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2019年3月

2019年3月31日 (日)

私たちの町を私たちで輝かせよう

私たちの町八王子市片倉まちには、片倉城跡公園があります。

今桜の花が咲き、多くの人が桜を楽しんでいます。近くに湯殿川が流れて自然豊な公園です。桜は、田んぼだったところで、湯殿川の河川改修に伴い、私たちの先輩(子供会)で、むかし桜の苗木を植えたものです。

禅語に「大地黄金」という言葉があります。
『自分が置かれている場所で、精一杯力を尽くすこと。そうすれば、その場所が黄金のように輝いてくる。』そんな意味を持つ禅の言葉です。

私たちはつい、ここではないどこかに輝く場所があると考えてしまいがちです。

「もっと自分に合う場所があるはず」「ここには自分の居場所はない」そんなふうに、どこか遠くに黄金の大地を求めてしまいます。

だけど、光輝く黄金の大地は、すぐそばにあるのです。はじめから用意されているわけではなくて、誰かから与えられるものでも、どこかに隠れているものでもありません。

自分自身が輝かせましょう。あなたがいる場所をあなた自身で輝かせましょう。

画像に含まれている可能性があるもの:植物、木、屋外、自然

2019年3月30日 (土)

人の関わりを大切にしよう

一期一会の大切さ
「人」という漢字が表しているように、私たち人間は一人で生きていく事はできません。どんな場所にいても、どんな日常生活を送っても、またどんな旅をしても、やはり最終的には「人との関わり」がキーワードになってくるような気がします。大切なのは昨日でもなく、明日でもなく「今」です。

◎ 出会いが人生を変える

出会いは、3つあります。
① 人との出会い。
② チャンスとの出会い。
③ 言葉との出会いです。
この3つの出会いで、人生は変わっていくのです。

◎ 今、会う日を決めよう

「いつか会いましょう」では、いつ会えるか分かりません。会えないことがほとんどです。 人と会う秘訣は「今、会う日を決めましょう」です。この一言が人とのご縁を作るのです。

◎ 必然を運命に変えよう

出会いは必然です。 その出会いを運命に変えるかどうかは、自分次第です。 神様はきっかけしか与えません。出会った後どうするかは、自分次第なのです。

◎ 今までの出会いを大切にする

「出会いが欲しい」と言う人は、今までの出会いを大切にしていません。大切にしていれば、出会いは自然と広がっていきます。

2019年3月29日 (金)

人と人の絆の大切さ

幸せになるためには、人との繋がり、絆を大切にすることが必要です。

しかし、人と人の、絆を大切にするとは一体どういうことでしょうか?困った時に助けることでしょうか?
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人それぞれ、人との繋がり、絆を大切にすることの定義、考えが違うと思います。
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そこに「愛」があるかどうか、「動機」が「愛(個人的な感情を超越した、幸せを願う深く温かい心)」であるかどうかです。
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つまり、人との繋がり、絆を大切にするとは、相手に対して「愛」を持って接すること、相手と真正面から向き合うこと、相手のことに関心を持つこと、相手のことを考えた上で関わること、相手の心に寄り添うことです。
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人は、ついつい自分に甘くなりがちです。そして、自分目線で自分都合の人と繋がり、絆を大切にしようとします。
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今、自分さえ良ければの「自己中心」の考えでいませんか?自分目線で人を選り好みして、自分都合で人を大切にしていませんか?人は一人では生きていけなのですから・・・もっと人と向き合いましょう。。。もっと人の気持ちを考えましょう。。。もっと人を大切にしましょう。。。
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失ってから気付くのではなく、失う前に気付くことです。今、本当の意味で人との繋がり、絆を大切にする時が来ているのだと思います。

2019年3月28日 (木)

片倉城跡公園の朝

きのう(2019年3月27日)東京の桜の花は満開宣言がありました、私の家の近くの片倉城跡公園のさくらは3分咲き?です。

朝公園を散歩していると、練習中?「朝の静けさを破るようなハッとする」鶯の鳴き声が聞こえてきました。

3/28の誕生日の花は「ソメイヨシノ」です。花ことばは「優れた美人」です。

里山に うぐいす鳴いて 朝告げる

春告げの 鳥と成らんと 稽古中

うぐいすも 桜の開花に 合わせ鳴き

長閑さや うぐいす鳴いて さくら咲き

うぐいすの  鳴き声ひびく  城址森

2019年3月27日 (水)

人生に「今さら」などはない

「いまさら、新しいこと始めなくても・・・」と、まず年齢のせいにして、諦めていませんか?
私たちは、時間の経過と共に、成長し老いていきます。
年を重ねるということは、頭や体の動きが衰える一方で、多くの経験を重ねて直感が鋭くなっていくものです。
おしなべてみれば、人間の一生に全盛期も衰退期もないのです。
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だからこそ”今さら”ではなく”今から”~~です。


 

純粋な心から起こす行為

「純粋」とは、「混じり気がないこと」「気持ちに打算・私利私欲がないこと」です。
私は、いまこの地に生かされています。
そして「幸せである」と感謝の心から、今住んでいるまちの公園・道路・川などのゴミを拾っています。
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『ひとつ拾えば、ひとつだけきれいになる』私の信念を込めた言葉です。
ゴミを拾っていて感じることは、ゴミを捨てる人は捨てる一方。まず、拾うことはしないということです。
反対に、拾う人は無神経に捨てることもしません。この差は年月がたてばたつほど大きな差となって表れてきます。
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人生はすべてこうしたことの積み重ねですから、ゴミひとつといえども小さなことではありません。
第一、足元のゴミひとつ拾えぬほどの人間に何ができましょうか。」
「ともすると人間は、平凡なことはバカにしたり、軽くあしらいがちです。難しくて特別なことをしなければ、成果が上がらないように思い込んでいる人が多くいます。そんなことは決してありません。
「世の中のことは、平凡の積み重ねが非凡を招くようになっています。」

2019年3月26日 (火)

これからどう生きる

私は今年(2019年)日本人の平均寿命を超える歳になります。
年々年を取ってきて、運動能力・思考力の低下を実感しています。
これはいかし方がない事実です。
しからばこれからの人生をどう生きていけばいいのか?
出来るだけ周りの人に迷惑をかけず、生きて生ければと考えています。
① 健康管理、無理をしない。
② おしゃれ、笑顔を心がける。
③ マナーと気配り。
④ 趣味を楽しむ、なるべく外に出かけ、多くの人と会話する。
⑤ 動けるうちは・・・動く。
⑥ 自分自身を年寄り扱いしない。

2019年3月25日 (月)

地道に生きる

今年は桜はいつ咲くのか?待ちどうしいと思う人は多いことでしょう。
日本人は、桜の花でいろいろな、想いをもって毎日の暮らしに、励みとしています。
さくら咲く4月始め・・・学校の入学・進学、企業の役所の新しい年度始めとなっています。
私は、今年も桜が咲いて・・・改めて「地道に生きる」ことに想いをいたしました。
『・・・さきぬべき はなはいずれに おくれても さくべきものと おもひしらるる・・・』
「今咲いていない花でも、やがては咲くように然るべき道を、踏み外さないよう努力・精進していけば、必ず人生の華が咲くものである。」
咲く花、散る花は数多くありますが、咲かない花、散らない花はないものです。
また花は散るために咲き、一時でも輝き魅せるもので、人の心を和ませてくれたり、安らぎを与えてくれたりするものです。
その花を私たちの人生に置き換えています。
咲かない花はないように、地道でも人の道を踏み外すことはなく、一生懸命生きていけば、必ずや何時か人生の華が咲く日がきます。


2019年3月24日 (日)

思いを行動に移す

「思い」を「行動」に移すときに、一番大切ポイントは・・・
「小さくていいので、成果が出る」ことから行なうということだと思います。
人はなぜ思ったことを継続することができないのか?
「一年の計は元旦にあり」と言う言葉があります。
「今年こそは○○やるぞ」・・・と目標を立て、ものすごいく、意気込んだりします。しかし一ヶ月も続かない。。。
「三日坊主」・・・いつの間にか忘れてしまっている事が多いです。
「目標は小さくていい」
自分の思いを行動に移すことによって、自分が生きていて価値を見出し、生きやすくなり状況がよくなること、さまざまな新しい発見することができることなど、行動によって今までの自分にプラスになることが多いと思います。
そして、肩の力を抜けて「なんでもっと早く行動を起さなかったのか」など思うこととなるのです。
続けること自分が確実に成長していることが実感できるのです。他人からの評価もさまざまで、批判や推奨などありますが、固い信念をもっていれば、躊躇することなく、前だけを見て生きることができると思います。
そして、人間的にも一回り、二回りも大きくなるのです。
行動することによって、きっと違う新鮮な風景と、のびのびした明るい世界が待っていると思います。

2019年3月23日 (土)

幸せ(幸福)とは・・・

幸せとは何か・・・
① 心が満ち足りていること。
② 不平・不満がなく、楽しいく、欲望を満たすこと。
◎ 重要なのは、『今』を幸せに感じる・・・こと
要は、何をするにしてもーー「足るを知る」ーーそのことで幸せ感じるを状態をつくること・・・
そして生きているだけで・・・幸せを感じて、人生を送ることです。
食事も・・、睡眠も・・・娯楽も・・・働くことも・・・人間関係も・・・すべて幸せを感じとっていけばいいのです。
これが最も難しいわけてすが、一番人生を豊にしてくれるポイントです。「今が既に幸せ」・・・
問題は、未来でも過去でもなく、「今」を幸せかどうかです。
そして、幸せには「今この瞬間」に「心が満ち足りた状態」を・・・作り出すことです。
つまり「幸せとは」なるものではなく「感じるもの」なのです。


2019年3月22日 (金)

心の居場所

桜の開花はもう直ぐです。
桜の花・・・その美しさは、冬の間厳しい風雪に耐えながら咲く時期を信じて、力を育んできた結果だと思います。
それが出来たのは、大地にしっかりと根をはり、その幹に安心して身をゆだね、努力を重ねながら、それぞれの季節の美しさを醸しだすことができるのではないでしょうか。
人もまた同じ。大地にしっかり根を張った幹となる心の居場所が大切です。
生きていくことはたやすいことではありません。あらゆる試練が待っています。辛いことも悲しいこともたくさんあります。
どうもがいても駄目な時・・・優しく声をかけてくれる人、だまって温かく見守りながら寄り添ってくれる人、本気で叱ってくれる人が傍にいたら、どんなに救われるしれません。
大人も子どもも心の拠りどころとするものは、どんな時でも自分をしっかり受け止めてくれる人がいる場所ではいでしょうか。愛と温もりに満ちた場所には、力強い花が咲きます。
幸せの基準は、人それぞれぞれですが、それぞれ自分自身が心地よいと思える居場所を見つけた時、社会は、もっと優しく穏やかになるような気がします。

2019年3月21日 (木)

「ココログ」のリニアールで戸惑う

毎日、・・・想い、記録・感情・心身の状態などを(、コラム・日記・つぶやき)書き続けて13年、8100件を越えました。
これは健康であったこと、生活環境のお陰と思っています。これからも続けて行きたいと思っています。
それにしても、思い切り?リニアールでしたね!ビックリです。
戸惑ってしまいました。多くの人に「ありがとう」感謝・感謝です。

2019年3月18日 (月)

自然の尊さ

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人間は自然の恵みで生かされていることを忘れていけない。

人間は太陽と水、空気をはじめとする大自然の無償のめぐみをいただいて生かされています。私たち日本人は、恵まれた環境で日本人は生まれています。四季がありあり、そして山があり、海があり、自然豊です。

しかし、毎日の生活をともすれば、お互いが自分の力で生きているように考えやすい。それは大きな錯覚ではないかと思います。

恵まれた環境に生れた日本人がすべきことはなんでしょうか。。。食うに困らず、寝るに困らず、着るに困らない環境にいて親を、または子供を殺す、虐待するということは私は嘘と思うのです。

恵まれた環境だからこそ、悩めるのです、怒りを持てるのです。そして「何をすべきか」人それぞれですが・・・「生かされている」という心を忘れてはいけないと思うのです。

「すべてのものは、大きな自然の恵みによって生かされています。それはあたかも、子が母の慈悲のうちにはぐくまれているのと同じであります。それに感謝していくことが、われわれの健全な生活のために最も必要なことであります。自然の恵みを素直に受けることができてこそ、そこから繁栄と平和と幸福が生まれてくると考えるのであります」(松下幸之助)

「人間中心主義の近代文明が今や限界にぶつかり、このままでは人類そのものの存続が危うくなってきました。この文明の危機を乗り越えるには、人間も太陽・空気・水といった自然のめぐみによって命を与えられ生かされている一つの生き物であるから大自然の摂理(ルール)にもとづいた、人間として望ましい生き方を心がける事である。」(梅原 猛)

2019年3月17日 (日)

環境の認識の差

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環境の認識の差は教育?

3月16日・・・今朝は、「片倉時田まちの広場」を公園アダプト(公園掃除)の日でしたので、私は8時30分ごろ、湯殿川の河川管理通路のゴミを拾いながら広場に行きました。

その途中に、一人の若者が橋の下のごみを拾っていました。私は、最近ゴミが異常に落ちていて、気になっていたのです。(以前には、私も拾っていた)・・・しかし年をとり、最近は高齢で、危険な作業となってきたので、南西建の担当にお願いをしていたものです。

その若者に、「ご苦労さん・気をつけてね!」と声をかけました。そして、名前と、所在を聞いたところ、工科大の学生で、みなみ野の寮にいる者・・・と答えてくれました。

最初は魚を見にきたが、ゴミが気になり、拾い始めたということでした。私はボランティア袋を用意して渡しました。そして拾ってもらいました。

終わって、川から上がって聞いたのですが、小学生のときから、環境に対する認識は持っているとのことで、出身は佐賀県ということでしたが、ボランティアで、「まちをきれいにすることは、当たり前」と言っていました。

私は、これは、「環境に対する認識が、都会・地方の差」と思いました。私たちの町にも若い人はたくさんいますが、若い人のゴミを拾う姿を見たことがありません。

もっともっと環境の大切さを真剣に考えて欲しいと思いました。

人の痛みが分かる人間

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「人として最も尊いことは、他人の痛みが分かるということである」

人の痛みを感じる感性は、誰に教えることも誰からも教わることもできません。強いて言えば、さまざまな苦労を経験して磨かれる感性と言えるでしょう。

いくら能力が高く頭脳明晰であっても、人の痛みがわからない人には、その能力を誰かのために役立てることはないでしょう。

人の痛みが分かる本当の優しさがある人でなければ、自分の能力や技術を人のために生かそうとはしません。ですから、人として大切なことは優れた能力を持っていることではなく、人の痛みが分かる心を持っていることなのです。

どんなに凡庸に思える仕事であっても、必ず誰かを生かしている・・・誰かの役にたっている?そして大切なのはどんな“行ない”一日を過ごしたかということです。

私は頭脳明晰でもなく、素晴らしい能力を持っているわけでもない凡庸な人間なのですが、今の自分の置かれた環境で、出来ることは何かを考えて行動し、周りの人たちと幸せ感を共有するかだと思います。

そして、いつでも”今”を精一杯、全知全力、全身全霊で生きることです。

2019年3月16日 (土)

信頼される人

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信頼は、信用の積み重ねです。

人から信用されることは、何か大きな成功をしたり、人より上になったりしたりして生まれるものじゃなくて、普段の小さな親切が信用を生み、信頼関係に発展します。

普段から小さな親切を行ったり、礼儀正しかったり、少しだけ助けてくれたりなど・・・大きな事をやるよりも普段の行動から優しい人が信用できる人だと思います。

信頼される人は信頼されやすい行動を自然にとっています。

① 自分のためではなく、他人のために生きている。

② またはそう周りから思われている。

③ 自分自身に自信を持っている。

④ 言動に一貫性がある。

⑤ 一度決めたことは徹底して行う(意味もなく途中でやめない)。

⑥ 人の悪口を言わない。

・・・日々感謝気持ちを忘れないことです。・・・

心のありようが大切

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私は思う

日々の自分の心をいかに保つか・・・どうもこれが人生の鍵のようです。

「心こそ 心迷わす 心なれ 心に心 心ゆるすな」

沢庵禅師の「不動智神妙禄」にある歌です。

心こそが自分を迷わすモノだから、自分が心に思うこと、感じることに、また自分の心の動きに気を許すな、という意味です。

人はいっときの感情によって、本来の心が惑わされます。 本当の心を見失わないように いっときの感情には気を付けることです。

私たちの心は、真実でないものを、あたかも真実であるかのごとく思い込んでしまうところがあります。ですから、心のありようがとても大切なのです。

2019年3月15日 (金)

「アサーション」で自信と信頼を

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「態度がデカイ」

人にお願い事をするのに命令するように言う、人より自分の方が優れているとか、頭がいいとか、人を見下すような態度も上から目線に見られてしまいます。

人に頼むときには頭を低く

上から目線で人に接する人は、あまりいい印象ではありませんし、ほとんどは嫌われ者となってしまいます。

自分では自覚がなくても、気づいていないところで上から目線になってしまうことがあるので注意が必要です。自分の気持ちや考えは、言葉にしなければ伝えることはできません。

「黙っていても以心伝心で伝わるものだ」と思う人もいるかもしれませんが、そこに「分かってもらえて当然」という思い込みがありませんか?一言が足りないために、人間関係をこじらせてしまうことは少なくありません。

考えを言えなかったり、気持ちを伝えなかったりと、自分を抑えながらコミュニケーションをしていると、次第に不満がたまってしまいます。我慢していることに気づかない相手に対して、「なんで察してくれないのだろう」と、不快感に繋がることにもなるでしょう。

アサーションで自信と信頼が得られる

「アサーションとは、“伝える”と“受け止める(聴く)”のバランスをとることで、自分も他人も尊重するコミュニケーション方法であり、人間関係のスキルです。

つまり、アサーションのスキルを用いることで、やりとりの中で自分の気持ちや考え、欲求などを後回しにせず、それでいて伝えたい目の前の相手のことも十分に尊重した自己表現をすることができます。

そこで、“誰もが自分を表現しても良い”という権利に根ざしたアサーションをしていくことで、コミュニケーションに自信がなかった人は自信を持つきっかけになります。そして率直なコミュニケーションによって、相手との信頼関係を築くことにもつながります。

理屈より行動

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頭で考えているより、まずは行動することです。

今の人は、どちらかというと、行動よりまず頭で考えてしまう傾向があります。目標が設定できたら、すぐに行動に移すことです。

して目標を達成するためには、様々な経験を積んでいく・・・頭の中で結論を出すより、動きながら考える、人間の五感をフルに働かせる事です。

決して、考えることが悪いことではなく、人は机の前で座して考えるより、動きながらの方がよりよく考えられるようです。常に、心の中にもち、忘れることなく強く意識したいものです。

理屈で語らず、心で感じて行動すれば、伝えた人には必ず伝わります。思いやりと気遣いの積み重ねが魂を共鳴させるのです。

『人は理屈では動かない』

「人間は実益や理屈よりも、自分の感情を優先する」というように作られています。人間は理屈より感情を優先する生き物である以上、このような考えは、良い悪い以前に仕方のないことなのかも知れません。

2019年3月14日 (木)

感謝の心を持つ

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感謝する心

感謝の気持ちで生きることは人生を豊かにします。

○ 感謝とは大切にすること。
○ 当たり前だと思わないこと。
○ 価値を見出すこと。

◎ 他を尊重し認め合うことができます。

「ありがとう」の心が幸せを確認させてくれるのです。感謝の気持を忘れないでいること  は、私たちが幸せに生きるために大切なことなのです。

1、今あるものを大切にできる。

それは足るを知り、豊かに生きるために必要な心のあり方なのです。

2、物事をプラスに捉えることができる。

すべての出来事も出会いも「一期一会」二度とは取り戻せない、かけがえのない瞬間です。自分にとって意味あることにするのも無駄にするのも、自分の心が決めるのです。

3、いつもの日常が特別に変わる。

繰り返しの退屈な日常・・・その当たり前なことが、どれほどありがたいか気がつきにくい。失ってからでは遅いのです。

4、自分は幸せだと実感できる。

感謝の気持ちを忘れないでいれば多くの気づきが生まれます。当たり前が特別なものになる。何かを手に入れなくても豊かで自由に生きていけることを知るはずです。幸せは与えられるものではなく自分の中に見出すものなのだからです。

2019年3月13日 (水)

人間味がある人

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間味ある人とは

「人情味」・・・人間としての豊かな情緒・また、人間らしい思いやりや、やさしさ・・・

優しいくて、思いやりがあって、こまめに気がつく人でしょうか・・・あの人ならずっとついていける存在ではないでしょうか・・・

人を引き付ける力は・・・人間味あふれる人

人が寄ってくるのと人間味あふれる人はま逆です。人が寄ってくるのは、軽くて乗りが良くて人数を気にしちゃう最低な人間ほど、人は寄ってきます。ちなみに寄ってくるのはそういう人間が寄ってきます。

人間味あふれる人は、感情がコントロールできて想像力があって、思いやりや勇気、社会的に底辺といわれる言われる人たちにも差別をしないでつきあえる人のことです。

ちなみに、そんな人はごくわずかなので寄ってくる人は少ないですが、助けあいの精神をもっているので、前者よりはるかに成功しやすいでしょう。

うれしい時は大いに騒ぎ、悲しい時はじっと耐える。。。銭金だけが人生ではないと飄々と生きる。。。人。

2019年3月12日 (火)

生かし生かされている

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自分の為にも頑張る

人の為と書いて「偽り」と読みます。

これは「人の為、人の為と言う人は、結局自分の為に働いている」という意味です。「人の為」と言わず、はじめから「自分の為である」と言って働けばいいのです。

「自分の為、そしてあなたの為にもなる」これが健全な姿勢なのです。恩返しをしよう 「人の為」という人は、自分がされてきた善意に気づいていません。

自分がされてきた善意を考えれば、自分がしていることなんて微々たるものです。それが分かれば「人の為」なんて言えません。 できることはすべて恩返しなのです。

「社会の為」と云えば・・・

多くの人は「そのような余裕はない」「それどころが自分の事で精一杯」と言います。しかし、人は、自分の為に多くの事を尽くしています。自分あっての人間の社会、人間社会があっての自分です。

自分独りでは生きていけません。社会や他人から多くの恩恵を受け、今を活かせているです。今、すぐ「世に尽くす」と云う具体的な言動に、移すことがなくとも、「時間」「余裕」などの言い訳を、口にしない方がいいです。

口にすれば心が認めたことになります。今、自分が活かされているのは「世の尽くし」のお陰です。

2019年3月11日 (月)

心のふれあう社会

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「心がふれあうとき」・・・目には見えない何かの波動が飛び交う気がします。ふれあいは感謝の気持ちを生み出し、穏やかな空気をかもし出します。

やさしさや思いやり、お互いがそんな気持ちを持ち合うそれが「心のふれあい」のような気がします。

現代社会は、なんとなくギスギスした感じの雰囲気を感じます。自己中心の考え方の人が、多くなっ多ような気がします。威嚇したり、文句を言ったりと、何か変です。

例えば、高速道路での運転のゆずりあう・・・ことではなく、意地悪?運転で、社会問題となっています。譲り合いや交互のマナーなどの気持ちがあればいいのにと思います。

それは、自分さえ良ければの「自己中主義」いわゆる、わがままや自分勝手な人がよく見られます。やはり、集団生活には譲り合いや思いやり、いわゆる協調性が大事なんですね。

もう一度、昔の日本にあった「助け合いの精神」を取り戻したいですね。その意味でも「心のふれあい」の持つ意味は大きい気がします。

安心・安全の社会は・・・人と人の心が触れ合いができてこそ、本当の「安心・安全」できる社会と思います。

共生社会の創生

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今、日本中どこでも同じと思いますが、私たちの町でも、高齢化や人口減少が進み、地域・家庭・職場という住民どうしの、生活領域における支え合いの基盤が弱まってきています。

暮らしにおける、人と人とのつながりが弱まる中、これを再構築することで、人生における様々な困難に直面した場合でも、誰もが役割を持ち、お互いが配慮し存在を認め合い、そして時に支え合うことで、孤立せずに、その人らしい生活を送ることができる、社会としていくことが求められています。

また、人口減少の波は、地域社会で社会経済の担い手の減少を招き、それを背景に、耕作放棄地や、空き家、商店街の空き店舗など、様々な課題が顕在化しています。

地域社会の存続への危機感が生まれる中、人口減少を乗り越えていく上で、社会保障や産業などの領域を超えてつながり、地域社会全体を支えていくことが、これまでにも増して重要となっています。

「地域共生社会」とは

このような社会構造の変化や人々の暮らしの変化を踏まえ、制度・分野ごとの『縦割り』や「支え手」「受け手」という関係を超えて、地域住民や地域の多様な主体が参画し、人と人、人と資源が世代や分野を超えつながることで、住民一人ひとりの暮らしと生きがい、地域をともに創っていく社会を目指すものと思います。

2019年3月10日 (日)

人間だもの・・・

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同じ人間だもの

「助け合い、つながりあう。同じ人間だもの 」それぞれの心が、優しさと思いやりで、「祈る」だけではなく「動こう」としていく・・・それが大変大事なことと思う。

自分の人生がただ満足できていればよいという考えではなく、家族、仲間、地域、国がつながり、すべての人たちの意識がつながろうとすることが必要不可欠ではないでしょうか・・・。

そんな時、人は自己を犠牲にして他人に尽くすことで、「あぁー自分はなんて良いことをしてるんだろう」と脳に感じさせ、脳内に快感物質を発生させるという回避行動をとることがあるそうだ。 

自己犠牲ではない思いの行動

私は、自分が他人のためにできる一番大切な事は、幸せでいることだと思う。

私の思う「幸せ」とは、「ああ、自分と、自分にとって大切な沢山の人やものは、宇宙、いや、もっとさらに大きな存在から、この世に存在することを許してもらえたから、ここに存在している。」と、畏れとありがたさを感じること。。。

その気持ちでいられたら、あらゆるものに優しくなれる。 私は、自分が他人のためにできる一番大切な事は、私が幸せでいることだと思う。 

世の無常さが心に染みる

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私は、まだまだ若いと思っていたのですが、同世代の人の訃報に次々と会い、世の無常・・・を改めて「思い知らされた」感がしています。

「祇園精舎の鐘の聲、諸行無常の響あり。沙羅雙樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。」・・・

諸行無常を表現した言葉で、平家物語の冒頭にあるこの言葉が有名ですが、最近特に、無常観を覚えます。

寂しい?・・・切ない?・・・心の闇に入ってしまいそうな、何んともいえぬ思いがしています。それと引き換えに、生きることの大切さ・・・命の尊さ・・・を心の奥に染み入るように複雑に感じてます。

「命は大切である」と言葉の上で理解することではなく、一人ひとりが心から実感することです。実感は体験する中で得られるものであるが、ただ体験さえすれば実感できるものではありません。

言葉以前の感覚が価値あるものに「ハッ!」と気づくきっかけになった?気づくことで、全身の共感を呼び起こし、それが実感へとつながったような、感覚を持ったのです。

2019年3月 9日 (土)

「マナーから、ルールへ」

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改正された健康増進法が、2020年4月1日より全面施行されます。

2018年7月、健康増進法の一部を改正する法律が成立しました。このことで、望まない受動喫煙を防止するための取り組みは、マナーからルールへと変わります。

マナーやモラルに期待しながら町の環境を良くしていくことは非常に難しく、人々の道徳心のみに頼ることは、もはや限界であると考えたのです。

厳しいのはルールではなく、モラルをなくした現実です。マナーというのは罰則が無くても守らなければならないものです。

マナーとルールの違い

モラルとは・・・「常識」「他人を含めた”社会”に配慮する気持ち」です。・・・モラルを持つことでルールができます。

ルールとは・・・「規則」「個人的、一般的な常識を守ろうという取り決め」です。

お互いに合わせるための規則が「ルール」、相手に合わせる程度が「マナー」だと思います。モラルとは「常識」「他人を含めた”社会”に配慮する気持ち」です。

道徳・モラルの問題には、その当時の時代背景や社会システムなどさまざまな要素が絡んでいます。

今の子供達の親がしつけられていないから?

列車の中で高齢者らに席を譲らない若者、道路や公園にゴミを捨てていく人、子どもを虐待する親、老いた親を虐待する子ども・・・

昔は大家族でした、親が言わなくてもおばあちゃんや、おじいちゃんがいてしつけたでしょう。でも今核家族になって子供も孫もかわいがるだけ・・・それも祖父母のそばにいないから余計に孫を甘やかせるだけになっているのではないでしょうか?

心の豊かさ

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心の豊かさとは

「春に三日の晴れ間なし」という諺があります。昨日は、朝からよく晴れて、私たちの町にある「つどいの森」の高台から、雪に覆われて富士山がことのほか美しく感じられました。

日ごろ見慣れた風景ですが、なにか、“精神的充足感”を覚えました。

 心の豊かさとは・・・こう言う精神的充足感なんだ!

日常生活で、人・自然に・・・「思いやりの心・寄り添う心・助け合いの心」に“通づるものがある”と感じました。

この心の充実感の思いを大切にしていかねば・・・この光景の素晴らしさに、感動することができ、“生きる張り合い”になると思えたのです。

この、感動できる精神は誰もが持っている上に特別なことではありません。ですが、実際気が付いていない人が数多くいることは事実であり、この感動できる心とは、心豊かだと言えるのではないでしょうか・・・。

2019年3月 8日 (金)

自分らしく生きる

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「自分らしく生きる」とは・・・

「自分を偽るのではなく、自分本来の姿で生きる」ということです。そして「自分を認めてあげる」ということです。

どのように行動すればいいか?

「自分の行動を他人が認めるかどうかは、他人の価値観の問題」 ・・・人から認められたり、「すごい」と言われることはもちろん嬉しいです。

 『そのために行動するのではなく、自分の「やりたい」という気持ちを行動のモチベーションにする。』

自分の「やりたい」という気持ちで行動をすると、他人に認められるかどうかは重要ではなくなってきます。もちろん認められたら嬉しいです。でも、例え認められなくてもいいのです。

「自分軸」で行動する

当たり前のことなのですが、他人が認めてくれたり、「すごい」と言ってくれるかどうかは他人が決めることです。他人の価値観に合えば認めてくれるわけですし、合わなければ認めてもらえない…それだけなのです。

行雲流水(こううんりゅうすい)心

「ひとつの物事に執着しないで、自然の流れに身を任せて行動する」という意味で、肩の力を抜いて自然体でいることも、自分らしく生きるコツだと言えそうです。

2019年3月 7日 (木)

「思い」の大切さ

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綺麗な心で「思う」こと

私たちは、頭で考えるということをします。しかし、頭で考えるということよりも、もっともっと大事なことがあります。

それは、思うということです。思いは、人間のあらゆる行動の源になっています。「思う」ということと、「思いつき」は違います。

思うということは、決して軽いものではないのです。

この心に思うということがあって、初めて行動に移すということになります。こうして、強い動機が行動となり、物を作り出していくことになります。

思いの集積は、私たちの人格や人柄を形成していきます。 そして 思いの集積は、私たち人間の境遇や運命を作っていきます。

自分自身の主人は自分ということです。

私は、「この自分自身をコントロールしていく上で、大切なのは綺麗な心だ」ということだと思います。

なぜなら、自分自身をコントロールするのに、悪い心だと悪い結果になります。一方綺麗な心でコントロールできれば、良い結果(美しくきれい)になります。

私たちの人生は、ある種、確かな法則に従って創られています。私たちがどんな策略をもちいようと、その法則を変えることはできません。

「原因と結果の法則」は、目に見える物質の世界においても、目に見えない心の世界においても常に絶対であり、ゆらくことがないのです。

2019年3月 6日 (水)

高齢者の不安

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超高齢化時代

高齢者の3K・・・不安(お金・健康・孤独)が今、大きな不安となっています。 

核家族化、子供はいても近くにいない。夫婦二人生活でやがては、配偶者が亡くなり、独り暮らしの人生コース・・・「生・老・病・死」は、生き物すべての現実です。

心が貧しい時代 

私は、現代社会は物は溢れていても、心が貧しい時代と思います。人間同士の「心の触れ合い」がない時代と思います。自己中心主義・見て見ぬ振りする人が多くなったのです。

取り残される「厄介者の年寄り」となっているよう気がします。 

「高齢者に温かいまちづくり」

耳が遠くなる・物がよく見られない・足がつまづきやすい・判断力が落ちるなどの現象は、私も感じてきています。 

「向こう三軒両隣り」・・・これは私も経験していますが、かっての太平洋戦争時代の合言葉になっていました。「困ったときにはお互い様」です。お隣から、味噌・醤油を借りて・・・今では、お年寄りが、本当に困っていても相談する・・・人がいない。

最近ではこうしたつながりや、家族関係ですら希薄なケースが増えてきており、孤独死の数も増加傾向にあるのが現状です。 

高齢者の悩み・・・足の衰え・認知の低下の不安

食料品の買い物 通院などで、電車など駅・バス停まで遠くて・・・

①八王子市で、走らせている「八バス」を近くに走らせて!

② バス停に、待合ベンチを備えて!

③ 家の敷地に不信者いて怖くなった!(昼間は独りになる高齢者)

④ 最近、電話のアポデン詐欺・巧妙で、もしかしたら私も?

⑤ 空き家が多くなっています。家主さんが分からない、火災の恐れがあっても家主さんに連絡とれない・・・

地震などの自然災害は勿論ですが、老化に依る認知症で、ガス・電気の消し忘れ・戸締りの忘れ・家の中でも転ぶ?転んで頭を打ったら・・・

これらは私が、近所で見聞きしたものです。

2019年3月 5日 (火)

世のため、人の為に尽くす

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『利他の心』とは

仏教でいう「他に善かれかし」という慈悲の心・・・キリスト教で言えば愛です。簡単にいうと、「世のため、人の為に尽くす」ということです。

利他とは・・・社会のために、思いやる小さな心がけです。

人間は、世のため、人のために何かをしたいという“善”の気持ちを備えもっています。

他人のために何かをする・・・尽くす事は他人の利だけでなく、めぐりめぐって自分も利することです。

他人に親切にすると、喜ばれたり感謝されたりします。それで自分も、善い気持ちになるのです。反対に他人に意地悪をすると、嫌われたり憎まれたりします。それで嫌な気持ちになるのです。

中には、他人に意地悪をすると良い気持ちになったり、他人から親切にされると「人から情けは受けない!」などと言って腹を立てる人もいますが、そのような人は心のひねくれた人間です。そのような人間は、世間の人々から憎まれるので不幸です。

そして本人も、自分の人生に幸福を感じていないと思います。いつもイライラし、自分でもわけが分からずに腹が立ち、幸福そうな世間の人々を憎んでいるのではないかと思います。

ふつう人間は、他人から好かれることを望み、他人から憎まれることを嫌います。だから、人から好かれるようになるために、あるいは人から嫌われないようにするために、「利他の心」が起こるのです。

世の中で守るべきこと、すべきこと

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世の中には・・・

○ 約束時間を守るなど・・・守るべきこと・・・
○ 食事中は他人に迷惑かけてはいけないなど・・・すべきこと・・・

などの「すべきこと」「してはいけないこと」というルールや道徳、常識が多く存在します。これらの守るべきもの、決まりごとの、大元は、「思いやりの行動」から存在するのです。

「時間を守る」「遅刻しない」というのは、相手の時間、関わる人の時間を大切にする・・・という思いやりです。

テーブルマナーは、目の前の人が気持ち良くできるように、という思いやりです。そういった思いやりの行動が形となったものが、決まりごとといったルールやマナーです。

大切なことは・・・

遅刻をしないといった形にこだわることではなく、思いやりの部分に立ち返ることです。仕方なく遅刻してしまう時もあるでしょう。。。仕方なく約束を破ってしまう時もあるでしょう。。。

遅刻してしまったものは仕方ないので、どうしたら相手が気持ち良く過ごせるか・・・という思いやりベースの行動をすればいいのです。

約束を守ることが、世の中のみんなが気持ちよく、円滑になることから、マナーやルール創られたもので、時代でも変わり、住む地域(生活形態)でも違いはあります。

マナー・ルールは守ることで、よりよい社会が創られると思います。この原点はすべて「思いやり」から発案からできたものです。

2019年3月 4日 (月)

春の雨

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木々の芽に 雫それぞれ 春の雨

春の雨  雫のなかの  小世界

音もなく 路面を濡らす 春の雨

春雨は「春の風物詩」ともいえるもので、とても風情があります。

「春雨じゃ濡れて参ろう」・・・これは、月形半平太が、馴染みの芸子と料亭から外に出て見たら、しっとりとした春雨が夜の風情を醸し出して、ほろ酔い気分には気持ちよく、思わず呟いた言葉とか・・・

春霖(しゅんりん)
春雨と同じく、春に降るしとしとと長い雨のこと。「雨」が入っていないのでちょっと分かりにくいですが、優雅な言い方ですね。

春の南岸低気圧・・・雪は今年はどうでしょう?

日本海側の大雪は西高東低の冬型の気圧配置の時に降りますが、関東地方の大雪は本州の南岸を低気圧が通過する南岸低気圧で降ります。

真冬には南岸低気圧が発生しませんので、南岸低気圧が現れるときは、冬の終わりから春のはじめです。 したがって、南岸低気圧による雪は、春を呼ぶ雪と呼ばれることがあります

昨日も一日中雨でした、それも春特有の音もしない小雨でした。今日も雨の予報の関東地方です。

人の承認欲求のこと

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「承認欲求」

誰かに「認めてほしい」、「ほめられたい」、「賞賛されたい」といった想いです。

承認欲求は誰でもあります。

例えば小さい子供から、親や家族に自分の存在を認めてもらいたいと感じます。人間は、「自分のことを他人に理解してもらいたい・大切に扱われたいと感じる「生き物」です。

人間は誰でも、何かを欲している・・・それは他人に理解されることであり、他人に認めらることです。理解され認められれば、その心豊かな自覚を梃子(てこ)として、誰もが自信がつき、勇躍し励むことができます。

それによって、社会の人々に活力が増進し、誰もがその恵みにあずかることができます。この場合、世間とは具体的に自分に指示を与える人であり働きをともにする仲間です。

この人たちから黙殺または軽悔されるのは死ぬより辛い・・・逆に自分が周囲から認められているという手応えを得たときの喜びは何事にも替え難いものです。

自分の周りにいる人たちを思い浮かべた時、「めんどくさい人」「できるなら避けたい人」として思い浮かんでしまうのが、承認欲求が強すぎてしまう人たちです。

「喜怒哀楽が激しく、負けず嫌いで嫉妬深い」・・・人

こう並べてしまうと悲しいほど、大人になり切れない子供っぽさがありますが、すべては『認めてもらいたい』という、たった一つの満たされない気持ちからきていることがわかります。

認めてもらうことを切望する理由は、他人に認めてもらうことでしか『自分』存在価値を認める方法がないからです。

2019年3月 3日 (日)

人から信頼されることとは・・・

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人から信頼されることは、小さな善行の積み重ね(実績)からです。

「信用」と「信頼」の違い

何らかの実績や成果物に対して「信用」する・・・その実績や成果物を根拠にその人の未来を・・・「信頼」する・・・人は相手から「信頼」されないと友好的な人間関係を構築できません。

 信用と態度

「信頼」を得るためには、「信用」と「態度(行動)」・「信用」・・・「信用」は実績や成果物に対してつくものです。人は、実績や「でき」のいい成果物をコンスタントに提供し続ける人を、「次回も同じような成果を上げてくれるだろう」と「信頼」します。

または、前回も約束を守ってくれたので、今回も約束を守ってくれるだろう、と「信頼」するわけです。「信頼」は、いわば「信用」の積み重ねの上に成り立つものです。

陰でそっとする小さな善行を、続けることで信頼されるのです。善行とは、人に優しく…正直…誠実…謙虚であれ、などという。人として最も基本的な価値観です。

昔から「情けは人のためならず」と言われていますように、善きことを積み重ねていくことで、私たちの人生もよりよいものとなっていく・・・のです。

2019年3月 2日 (土)

体験して身につ

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「体験してはじめて身につく・・・」

いくら本を読んでも、人から教わっても、どんなに考えても、自分が実際にやって体験しなければ、出来るようにはなりません。

体験して得たものは、『成功経験』だろううが『失敗体験』だろううが、体験した結果が出て、実感が出来ます。

体験をして何を得、何かに気付く・・・反対に、体験をしないと『成功体験』も『失敗体験』すらも出来ず、残念ながら、失ったことにすら気づきません。

「行動し続ける限り後退はない。例え失敗が続いても後退はない。」

 時と場合にもよりますが、悩んだり焦ったりしている時って、行動する足が止まり、無駄なことばかり考え心配して、何も前進していない状態に陥ってしまう。

状況が刻一刻と変わるのだから、止まっているどころか後退しているくらいです。

どうせ状況は変わるのだから、まず「やってみる」ということ。やってみた結果、目標達成に近付けたのかどうか・・・それが大切だと思います。

まずやってみること。

うまくいこうが失敗しようが、絶対に後退はしていない。だから少しでも早く失敗しよう。 失敗は自分の人生の無駄、という考え方ではなく、失敗は達成までのただのハードルなんです。

そう考えると、失敗を恐れて立ち止まっているんじゃなくて、とにかくやってみよう、そんな気に少しでもなれるのではないでしょうか。

「何かが(うまく)できない」と言って、そのことをやらなければ、いつになってもできません。やらなければ、ますますできなくなってしまうこともあるでしょう。

たとえば、夢や目標をもって努力しなければ、大きな幸せを得ることはめったにないでしょう。そういう生き方を続ければ、なおさらです。

夢や目標をもって努力する習慣がある人は、それなりの幸せを得ることができ、さらに大きな目標も達成できるようになるのではないでしょうか。

2019年3月 1日 (金)

ご縁を大切に

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私はこの世の中は、すべて縁によって成り立っていると思います。

それを人間の浅はかな智慧によって、すべては自分の力だと考え違いをし、それがもとでいろいろな事件が起こり、おたがいに苦しんだり悩んだりしているのが現実の姿であります。

人間の一生もやはり、縁によって生まれ、縁によって滅びていくのです。自分がこの世に生を受けたのも、両親の縁です。この両親が結ばれなかったら、自分という人間はこの世に存在しなかったわけです。

その生まれた条件がどうであれ、自分ではこれをどうすることもできないのです。つまり、自分で自分の誕生を選ぶことはできないのです。これすべて縁に任せるしかないのです。

すべてのご縁を大切に

 昔から「袖むれあうも他生の縁」と言います。道を行くとき、見知らぬ人と袖が触れ合う程度のことも、前世からの因縁によるという意味からです。

「どんな小さな事、ちょっとした人との交渉も偶然に起こるのではなく、すべて深い宿縁によって起こるのである」・・・という意味のことばです。

今の世の中は、袖がふれただけでも因縁をつけられ争いになる悲しい時代です。従って、明けても暮れても争いや、嫌なことばかり続いております。これでは、いつまで経っても安らかな社会は実現できません。そのことから、ご縁うを大切に・・・したいものです。

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