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2019年2月 1日 (金)

恥の文化を取り戻せ

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「若いうちは恥をかけ」とは・・・

臆病にならず、もっと挑戦しなさい。失敗したら恥ずかしいという気持を捨てなさい。ということで、自分ひとりが恥をかけばすむことをいいます。 かたや、「恥を知れ」とは・・・ 「不名誉なこと、卑怯なこと、人のせいにすること」を言います。

「見苦しいこと」をしないということであり、人様に迷惑が及んだり、不快な気持を起こさせることをしたときに言う言葉です。

昨今は、この「恥を知れ」という感覚が希薄になっています。

例えば、歩きながら、飲んだり、食べたりして、その容器(缶・ペットボトル・コンビニパンの包装などを当たり前に、捨てて行く・・・何の罪意識持たない行為) また、言い訳や言い逃(のが)れ、人のせいにする政治家や経営者・・・そこには、姿の美しさとか、慎み深さ、礼儀正しさという、品性がひとつも感じられません。

日本人の心 恥知らずの人間になってはいけない・・・日本人のよき美徳、「道徳的品性」を忘れないで欲しいものです。

具体的には、農家さんがつくってくださったものに感謝し、お米一粒でも無駄にしないようにという心・・・ 今まで助けてお世話になった古いパートナーだからこそ、そのご恩を忘れずに粗末にしないようにしよう・・・といった日本人の元来持っている、大切な感性のことを「尊敬」という言い方で整理したように思います。

日本語にはどれも、御蔭様や感謝の念が入ってその言葉が素晴らしい響きを持ちます。

日本人の恥の文化 江戸時代、庶民が借金をするときに、「もしもお返しできないときは、お笑いになって結構です・・・」 と言ったそうです。

「笑いもの」になるというのは、名誉ある日本人にとって耐え難い屈辱であり、武士はもちろんのこと、庶民さえももっとも大切にしたのは「人間としての価値」であり、それを「笑われる」という事は死よりも辛いことだったのです。

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