« 2018年12月 | トップページ | 2019年2月 »

2019年1月

2019年1月31日 (木)

生き様それぞれ

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Pixta_7968297_m1

人生を「坂」に例ええると、その「坂」の状況は百人百様であって、勾配も長さも内容も違います。思った通りに進まないことの連続です。

切り替えて次に進まなくてはいけない・・・「下る」ためには、まず頂点を極めたいところですが、上り続けるのも、なかなか難しいものです。

「知らず知らず歩いてきた細く長いこの道、振り返ればはるか遠くふるさとが見える。でこぼこ道や曲がりくねった道。地図さえないそれもまた人生、ああ川の流れのように・・・」

ご存知美空ひばりの「川の流れのように」の作詞家秋元康さんの歌詞です。

ひばりさんは、『どんな川もね、最後は同じ海にそそいでいるのよ…』っておっしゃった」…「そのときに、すごい深いことをおっしゃるな…」と、秋元さんは思ったそうです。

人生は、川の流れに例えられるかもしれません。全く先行きが見えません。希望通りにいきませんし、後悔も尽きません。今一度あの時に戻れたら、やり直せたらと思うことはいくらでもあります。

人生それぞれですが、その人の幸、不幸が決まるのは「生き様」であり、最後の「人生全う」や「大往生」も、その評価が決まるのもまさに「下り坂」の晩年です。

あなたの生き様が誰かを助ける

恵まれない、環境下で生き抜くのは大変です。そんな中であっても、必死で生き抜こうとする姿勢は、同じような境遇にいる人にとって、大きな励みになります。

成功したかどうかは関係ありません。“今”生き抜こうとしているその様が、人を励まし、勇気と希望を与え、誰かを助けるのです。

2019年1月30日 (水)

薄れていく・・・きずな社会

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

1057935511

「薄れていく絆」・・・ 絆社会

今は自分の人生が、どんな選択でもできるようになってきました。昔ならではの“しがらみ”が少なくなっていき、今は「自由」な生き方での選択が可能です。

それは、良いことでもありますが、そこに隠れた闇の部分に背景が隠れているのではないでしょうか・・・無縁社会・・・家族、地域、会社などにおける人との「きずな」が薄れ、孤立する人が増えている社会です。

「主な背景」

○ 核家族化

家業の仕事を引き継ぐまたは家を継ぐという選択肢は少なくなり、高齢者の夫婦・高齢者だけの独り暮らしが増えてきました。

○ 非婚化

今は結婚をしないという選択肢もあります。
結婚をしなくてもいい、したくない、したくても相手がいない、理由は様々だとは思います。

仕事以外は誰とも連絡をとらず、、、なんてこともあるようです。その他にも、単身赴任や、家族との不和などで、独り暮らしが急増しています。

無縁社会による心の病気

社会と無縁であるということは、寂しさや不安がつきまといます。 社会から無縁でいるとどうなるのでしょうか・・・

○ 知らず知らずのうちに心身ともに病にかかっている・・・自分では分からなくても、他の人が見れば分かる場合もあります。ですが、それを指摘してくれる方もいません。

○ いざという時の病気の時などに頼る人がいない・・・急な病気で倒れてしまい、そのまま孤独死してしまう可能性があります。

外に出て他人と会う機会を増やすことです。

具体的には ・・・私は、地域のボランティア活動で、まちのゴミ拾いをしています。ゴミ拾いをしながら、会う方に、挨拶をするように心がけています。特に小学生に挨拶することが大事と思っています。拾い集めたゴミは、市民センター・市役所の出張所に断って処理させていただいています。

地域の地域の役所(市民センター・警察・市役所関係)などでも、様々な情報が得られると思います。 社会との繋がりをもつために、この機会に挑戦してみることです。

2019年1月29日 (火)

「あととり」のこと

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

461 

現代では、あまり使わなくなりました・・・

あととり」とは

先祖代々の流れの中で生きる家族の在り方のことです。「あととり」には、お墓を守ることや家を継ぐことが願われています。 

言い方を変えれば、先祖が子孫の繁栄(末永く幸せに生きて欲しい)の願いを受け取っていくべき人を示す言い方なのでしょう。

私たちの過去を振り返ってみると、先祖は今よりも、もっと厳しい時代を生き抜いてきたという歴史があります。

ご先祖たちは、天災での飢餓・戦争・伝染病などと多くの困難を生き抜いてき、その中を生き延びることが出来たからこそ、現代にまで命が繋がって来たのです。

そして、現代を生きる私たちの(先祖)が子孫に願いたいことと言えば、末永く幸せに生きて欲しいことです。そういう先祖代々の願いの中で、子孫の幸せをも視野に入れて生きる家族の長を「あととり」というのです。

ご先祖を敬い・子孫繁栄を願う・・・

子孫繁栄・・・各種生物の個々の血が繋がった子供・孫・玄孫(やしゃご)云々と沢山生まれ、そして永遠に断絶することなく、続いていくこと。(ウキペデイア)

日本の国歌の精神・・・

「君が代は
  千代に八千代にさざれ石の
                岩をとなりて
                     苔のむすぶまで」

 天皇を中心とする国が集まって岩となり、苔がむすぶほどまでに、永く平和で繁栄することを願う・・・「家」も同じ考えと思います。

2019年1月28日 (月)

人の世は共生き世界

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Photo

日本では、「困ったときはお互い様」という考え方が根付いており、冠婚葬祭や年中行事にいたるまで、ご近所同士で助け合ってきた歴史があります。

時代が進む中、この助け合いの一部は社会保障制度が担うこととなり、高齢者、障がい者、児童などの対象者ごとに、整備が図られてきました。

かつての助け合いやつながりを再構築することで、だれもが役割をもち、認め合い、支えあうことで、その人らしい生活を送ることができるような社会が求められてきていると思います。

時代が進む中、この助け合いの一部は社会保障制度が担うこととなり、高齢者、障がい者、児童などの対象者ごとに、整備が図られてきました。しかし、高齢化や人口減少、核家族化や基礎的な生活レベルの向上を受けて人間関係が薄れてきています。

かつての助け合いや、つながりを再構築することで、だれもが役割をもち、認め合い、支えあうことで、その人らしい生活を送ることができるような社会が求められてきていると思います。

利他心

利他心とは・・・ 他人に利益となるように図ること。自分のことよりも他人の幸福を願うことです。お互いが利他心を持つことで、世の中が平穏に暮せる社会になると思います。

人の世は共生きの世界です。自己中心で行動・・・自己本位で生きようとすれば、どうしても生きづらくなり、悩みや苦しみが生じることになるのです。

2019年1月27日 (日)

道徳について考える

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Img_11_m1

道徳は人間社会において、生きていくための適切な行為です。

人が互いに尊重し協働して社会を形作っていく上で共通に求められるルールやマナー、規範意識などを身に付けるとともに、人間としてより良く生きる上で大切なものです。

人間は、生まれて成長していく過程で、親から、家族から、学校・地域社会に行動範囲を広げていきます。

だんだんと自分の行動が広がる度に多くの人の出会い(社会)のなかで、自分は人間としてどのように生きるべきかなどについて、時には悩み、葛藤しつつ、考えを深めていくことになります。

人間社会において、自立した一人の人間として人生を他者とともに、より良く生きる人格を形成することを目指すものです。こうした道徳教育は、万人に必須のものとしてすべての教育活動の根本に据えられるべきものであり、国や民族、時代を越えて大切にされています。

いま自己中心的・・・道徳心の欠如の人が多い

昔は、近所の人の協力なくしてよい生活をすることは出来ませんでした。お祝い事でも凶事でも近所の人が助けてくれました。

むかしは、隣近で協力してやっていたこと、道普請・葬儀など、現在では行政や業者が行ってくれます。現在では生活において近所の人は煩わしいだけになっており、生活の助けになってもらう必要もなくなっています。

このような状態が続けば地域に無関心となり、他人に協力すると言う意識も薄れ自分勝手となる人も多くなると思われます。

自己中心的になったのは、人間が変わったわけではなく、環境が変わり、生活において他人との相互協力が必要ないと勘違いする、社会状況になってきたからではないでしょうか?

遠い親戚より近くの他人」・・・「天災は、忘れたころにやって来る」もし今大きな地震がきたら、お互い近助どうしで助けあわなければなりません。

普段から、適切な、隣り近所のお付き合いが大切です。『助け合う』という行為は、道徳の基本中の基本と思います。

2019年1月26日 (土)

近々の片倉城跡付近の風景

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

04011

湯殿川 流れ静かに 春を待つ

寒風に 城跡さくらや 春遠し

寒ガラス 静寂破る 城跡森 

二十四節気 大寒(1/20~2/3)一年で最も、寒さが厳しい季節です。

片倉城跡公園付近は、静かにじっと春の来る日を待っています。

しかし、一段と冷えた、寒さを打ち払うごとくに、夕方のこと、カラスの鳴く声が、あまりにも煩く鳴く声がするので、外に出てたら、片倉城跡公園の森からたくさんのカラスが空を舞っていました。ねぐらの場所で取り合い?ビックリするほどの数でした。

2019年1月25日 (金)

人生いつでも今が出発点

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

3cb18c360c9ca6fa087260813d7965851

年をとって・・・先を考えたとき「残された時間」ではなく「あたえられた時間」と考えることです。

「今」が人生を作るのです。人生は、いつも今が出発点です。未来のために今の行動をするのなら、全力で今を生きることです。

本当はやりたいこともやらず、言いたいことを言わなかったり、何か我慢を伴う何となく、充実しない、毎日を過ごすことになるかもしれない。

「しょうがない、未来のためだ」とつぶやきながら、それよりも、今できることに集中して、今を大切にして生きることです。

自分軸をしっかり持つ

自分の軸とは簡単に言えば自分の価値観です。そして価値観とは「自分の人生の中で大切にしているモノの優先順位」です。

つまり自分の軸を明確にするというのは、自分の人生の中で大切にしているモノの優先順位を自覚するということです。 周りからの印象としては「自分の意見をしっかり持ってるな~」と映ります。

「何が好きで、何が嫌いで、何をしたくて、何がしたくないのか」が明確なら自分の意志が強くなるのは当然です。自分の軸=価値観が明確になると、それが自分の軸の原型となり、物事の判断基準になります。

物事の判断基準が明確になる・・・行動の選択基準が変わる・・・行動が変わる・・・このように自分の価値観によって自分の人生は作られていきます。

人生は選択の連続ですが、その選択は価値観によって決められ、その結果の積み重ねが軸を作り、自分の人生を作ります。

2019年1月24日 (木)

今を懸命に生きる

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

O07750519118033164891

人は生きる過程で、今やるべきことがたくさんある。

人生を後悔しないためにも、今をよりよく生きることが大切・・・「今が大切」ということを忘れずに、生きていくことが大事と思います。

むかし親父から・・・「過去を悔まず、未来を憂えず、今に最善を尽くせ」の言葉を今でも、覚えています。「自分はいま何をすべきか」を考えて実行しなければいけないのです。毎日、私たちは生活していくなかで、やらなくてはいけないことが、たくさんあります。

あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ、と考えていても、ついついテレビを見て、だらだらと過ごしてしまい・・・焦ったりすることあります。

また他の人と比べて、あの人はあんなにうまくいってるのに、自分はまだ全然出来ていない・・・なんて落ち込んだりして、やるべきことに取り掛かることすら出来なくなってしまう。

人生は有限ですよ!

なかなか、人は人生は有限だということに気づくことができません。気づいたとしても、すぐに忘れてしまうのが人間なのです。人生は有限だということに気づくだけで色々なことができるようになるということです。

普通に生きていると、まさか人生が有限だなんていう事になかなか気づく事ができません。普通に今日が終わり、そしていつもと同じ明日がやってくるからです。そのため、いつ人生が終わるかについては考える事もないのです。

例えば、事故にあったり病気になったりすると、人は残りの人生についてよく考えるようになります。しかし、事故にもあった事がなく、病気にもなった事がない方というのはなかなか残りの人生について考えないものなのです。

いつまでも、このままの人生が続くと思ってしまうものなのです。

やるべきことと、やりたいことの優先順位を変えるだけで、やるべきことはちゃんとやり、空いた時間でやりたいこともちゃんとできるようになるのです。

2019年1月23日 (水)

大切な何かを拾っている

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

P10205221

ゴミ拾い・・・自分のためにやっている・・・

単に好きでゴミ拾いをやっているのは、誰かのためにやってるわけではない。このまちに生まれ、このまちに育ち、このまちが好きで、これからも生き続けたいからです。

立派な行為でもなんでもないし、ましてやその立派なことをしている自分を誰かに認めてほしくて言ってる訳でもないのです。

大切な何かを拾っている?

「品格」「こころ」「おもいやり」「自尊心」「高潔」「公共心」「道徳心」「魂」「礼節」・・・人によってさまざまな言葉が当てはまると思います。

「信用」

その中でも、私は「信用」という言葉を一番に上げたいと思います。人の目の前でポイッとゴミを捨てる人を、あなたは「信用」できますか?

空き缶を車の窓から投げ捨てる人・・・タバコの吸殻を、舗道に捨てる人・・・その人たちは、実は、自分の一番大切な「信用」を捨てているのです。

いくら立派な地位のサラリーマンや、お金持ちでも、どれほど大きな会社の社長さんでも、「空缶のポイ捨て」をするような人とは付き合いたくありません。もし、そういう人と、友達だと見られるだけで、こちらの「信用」が落ちてしまいます。

今の世の中、結構立派ないいこと言っている人がいます。そういう人が、平気でタバコの吸い殻をすてる・・・本末転倒です・・・信用できません。

2019年1月22日 (火)

当たり前に感謝の気持を持つ

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Odaiba971

現代はストレス社会です。

ふとした時に、周りの人とうまくいっていないなと感じたり、または忙しい毎日の中で、心に余裕がないと、感じることが誰でもあると思います。そんな時は感謝の気持ちが足りないのではないでしょうか・・・

当たり前が当たり前ではない

当たり前のことを当たり前じゃないと理解することで、毎日が豊かになります。考えて見ますと今は、歩く、食べる、しゃべる・・・は、当たり前で、なんの意識もしていません。

しかし歩けなくなる・・・食べられなくなる・・・しゃべれなくなる・・・当たり前じゃなくなると、とてもストレスになります。

感謝の気持ちが人間関係を良くする

人は何かをしてあげたら、何かしらお返しが欲しいとどこかで思っています。それは下心があるというわけではなくて、心理学で言う「返報性の法則」が働いているからです。

返報性の法則は、人は何かをしてもらったら何かを返さなければいけないという心理のことです。

逆に自分から相手に何かをしたのに、相手から感謝の言葉ひとつももらえないと、その人とは関係を切りたくなるという心理状態が働きます。人は何かをしてあげたら、何かしらお返しが欲しいとどこかで思っています。

感謝の気持ちで健康になる!

また、感謝の気持ちを持っていると健康にも良いとも言われます。、感謝の気持ちを持つと心にゆとりができます。

感謝の気持ちが持てない人は、イライラして血管が細くなり、血圧が上がり、呼吸が速くなることで脳に酸素がいかなくなり、何かしらの病気を引き起こしやすくもなります。感謝の気持ちというのは、身体にも影響を与えるということがわかると思います。

2019年1月21日 (月)

個人と社会の繋がりについて

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Ka_0721

個人と社会の繋がりが薄くなったからモラルもなくなり、自分のいる社会を良くしようとも思わなくなる?

私は、今の世の中は、個人が世の中を良くしようという意識が低いように思います。道徳心がない、選挙での若年層の関心も薄く、投票率も低い・・・

昔はお国の為にとか、若い人はこれからの日本をしょって立つとか言われたりしました。そう言われて育つと、社会の為になることをしようと思うようになります。

戦前生まれの私などは、少なくとも、「他人に迷惑をかけるようなことはしない」ように意識しています。ところが最近はそんなことを言われない。

他人を蹴落としてでも競争に勝たなければいけない、自分さえ良ければ良いという風潮です。むしろその為には多少悪どいことをしても、犯罪じゃなければ良いぐらい?

高度経済成長時代は将来は国が豊かになるとみんなが信じてたし、事実豊かになっています。そして、「日本」という共同体のためになることをしてれば、個人も豊かになれると思われていたのです。

原因は個人と社会の繋がりがないこと。

今は多くの家庭が核家族・・・祖父母や親戚は地方で住んでて、普段の付き合いはないという人は多いです。ずっと同じ土地に住んでる訳でもないので、近所付き合いもない。

社会との繋がりといえば、学校やアルバイト、会社のみ・・・自分と同じような年齢・価値観の人としか繋がらないのです。

現代社会は、非常に少ないチャンネルでしか個人と社会の繋がりがない世の中になっています。ただでさえ人同士の繋がりは少ないのに、買い物は通販、友達との付き合いもLINEやSNSを通したネット上だけだったりです。

昔は当たり前にあったリアル社会での人との繋がりが非常に少なくなってるのです。

現代はネットでは価値観が近く話が合う好きな人とだけ繋がってれば良い・・・少ないというよりは薄いという方が適当かも?

地域での繋がりが大きい・・・年齢や職業や考え方が違う人がいるのが当たり前ですが、非常に狭い社会の中でしか生活していないし、それ以外の繋がりもないので、自分が国や地域社会の一員という意識が少なくなってるのです。

2019年1月20日 (日)

人生100年時代どう生きる

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Photo

今、人生100年時代と言われています。

誰もが避けることのできない老いを、どう生きるか?

自然に身を任せる

身体の機能が衰え、社会とのつながりも薄れていく・・・老いをありのままに受け入れ、心の内面を充実させることで・・・幸福感を高められ、生きる張り合いが持てるようになると思います。

自然のままに生きる。。。自然が一番。。。思い出したり、忘れたりの繰り返しで、今は忘れることが多くなりました。。。年はとりたくないが、それも自然のなすことです。そして、周囲への感謝の気持ちを忘れず、いつも前向きの考えで、老いを自然体で受け止めることです。

合理的、自己中心的な思考から解放され、自然とのつながりを感じ、老いを受け入れるように価値観が変わり、幸福感につながると思います。

今出来る「社会奉仕」をする

ちょっと体力をつかったボランティア活動をして、家に閉じこもっていない。そして『貯筋』つまり歩き、運動を意識して歩くこと、歩いて、人と会たら挨拶すること・・・気が合えば、世間話もすることです。

運動・・・毎日歩くこと

そもそも、運動は心肺機能を高め、脳の血流をよくするので、認知症の予防にもなります。また運動は骨密度の低下を防ぐので、転倒時の骨折に対しても予防効果があると言えます。

老化からくる心身のさまざまな衰えを無理に追い払うのではなく、自分の健康は自分で管理する「セルフケア」を心がける・・・そんなライフスタイルが満ち足りた日々をつくるのではないでしょうか。

アンチエイジングの考えより、自然の流れに身を任せ、自分の心身の状態に耳を傾けながら穏やかに年を重ねていく・・・人生経験を通して得られた数々の知恵を生かして、できる限り元気で長生きをすることが、健康長寿(ヘルシーエイジング)ということではないでしょうか。

2019年1月19日 (土)

老夫婦が幸せを感じるとき

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Photo

私たち老夫婦が一番幸せを感じることは・・・

「子供・孫たちが、元気で、仲良くして成長していくことです。」

「親の恩は子で送る」という諺があります。

両親が自分を育ててくれた恩は、わが子を立派に育てることで、 その恩に報いることができる、ということです。 この想いは、先祖代々からDNAを引きついたもの・・・また、後世につなげて欲しい本能?でもあると思います。

「孝行のしたい時分に親はなし」

孝行のしたい時分に親はなしとは、親の有り難さがわかる年頃には、親はこの世にはいない。親が生きているうちに孝行せよという戒めです。

親が達者なうちは、親の苦労や有り難みになかなか気づけず、それに気づく頃には親がこの世にいなくなっているもの・・・

親に恩返しをしたい頃には、もう親が生きていない場合が多いということから、その恩を 返す方法として、わが子をしっかり育て面倒を見ることです。

自分の親の愛情によって受けた 心づかいを、再び、わが子に与えることができる、という意味です。

2019年1月18日 (金)

黄金の大地

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

04011 

禅語のなかに「大地黄金」という言葉があります。

私たちは、縁をもって、「今いるところ」にいるのです。気に入ったところであるか・・・気に入らないところであるか・・・合っているか、合っていないかにかかわらず。。。

「今いるところ」にいるのです。

「結果にかかわらず、その場所を居所として一生懸命生きれば、そこはまさに「黄金の大地」となるのです。」そんな意味を持つ禅の言葉です。

結果にかかわらず、その場所を居所として一生懸命生きれば、そこはまさに「黄金の大地」となります。私たちはつい、ここではないどこかに輝く場所があると考えてしまいがちになります。

「もっと自分に合う場所があるはず」・「ここには自分の居場所はない」・・・そんなふうに、どこか遠くに「黄金の大地」を求めてしまいます。

光輝く「黄金大地」は、すぐそばにあるのです。はじめから用意されているわけではなくて、誰かから与えられるものでも、どこかに隠れているものでもありません。今住んでいるところが、「黄金の大地」と認識すべきです。

「大地黄金」は、光り輝く場所を探すのではなく、今いる場所を自分で輝かせるのです。

当たり前の毎日なんてない

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

500ko412l1

平穏無事

当たり前に続く・・・繰り返しの毎日・・・ありふれた退屈な日常・・・そうやって人生をつまらなく感じている人がいます。今ある暮らしがずっと続くものだと思い込んでいる?「当たり前」の毎日なんてありません。 

今あるものに感謝して生きる。

ありふれた日常こそが奇跡なのです。私たちは今ある暮らしが、ずっと続くものだと思い込んでいるのです。しかし、当たり前なんてどこにもないのです。これからがどうなるかは誰にもかわかりません。今日があるから明日もあるとは、かぎらないのです。

「後悔は先にただず」・・・後悔しても今日という日は二度と戻らないのです。私たちは失ってみるまで、その有り難味に気がつかない。当たり前の毎日なんてありません。 ありふれた日常こそが奇跡 ということです。今があるものに感謝して生きることです。

「一日一生」

「今日が人生最後の一日だと思って生きる」と、言った人がいます。人生に無駄な時間なんてない。当たり前なことなんてどこにもありません。まだ見ぬ未来の為に、今を犠牲にするのではない。

生きていれば楽しいことばかりではありません。落ち込む日もあれば、つらくて泣きたくなる日だってあるでしょう。だけど、どんな一日もすばらしい・・・よかった日もダメだった日も、等しくかけがえのない一日なのです。

2019年1月17日 (木)

落し物は近くの交番へ

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

片倉地域安全センター写真
  南大沢警察署「片倉地域安全センター」

落とし物の届けは、私たちの町にある「片倉安全センター」でも取り扱います。

片倉地域安全センターは、国道16号線片倉駅入口交差点近くにあり、以前は片倉交番として運用されていましたが、平成19年からは地域安全センターに生まれ変わり、地域の安全安心の拠り所となっています。(毎日10時から15時)

センターでは、元警察官の地域安全サポーター1名が昼間活動し、町会との合同パトロールや学童の通学見守り、落とし物の届出受理や地理案内等を行っています。

拾った財布などを、そのまま、自分の物にすると・・・拾得物横領罪になる可能性も・・・

○ 落としてしまったら・・・届出先は、どこの警察署、交番、駐在所でも構いませんが、できるだけ落とした場所を管轄する警察署、交番、駐在所へ届出をしてください。 

○ 落し物を拾ったら・・・落とし物を拾ったときは、速やかに落とした人に返還するか、警察署、交番、駐在所へ提出してください。 

2019年1月16日 (水)

自己中の人間が多い

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

646452111

自分さえ良ければそれでいい、と考える人間が急増したのはなぜ?

最近、自分さえ良ければの「自己中心の人」が多くなったように思います。

人様に迷惑をかけてはいけない

自分の事は後回しでいいから、地域社会のことを優先させる、日本人の美徳「慎み」が消えたのです。戦後普及した自由、平等、権利を日本人ははき違えたのです。

子供の道徳教育が、家庭であるのに、夫婦共稼ぎが多くなったことで、子供と接する時間が少なくなった家庭事情からでしょう。しつけや道徳は学校で・・・と思っている人が多いからでしょう。

物を大事に使うこと知らない

公園などで子供たちが遊んだ後は、ゴミはたくさん落ちています。全く後で使う人の事を考えていない?のです。そして、遊んだ野球のボール・サッカーボール・グローブまで置いて帰る・・・子どもたちもいます。

そう言う行動で育った親は、通勤途中で、歩きながらタバコを吸い、捨てて行くのです。道路に棄てていく・・・「当たりまでしょ」と言わんばかり?道路が灰皿化してしまうのです。

もう一度真剣に「道徳教育」を考えて欲しい・・・ものです。

2019年1月15日 (火)

老後どうする暮し方

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

3e0efb42073e3a102d859b5d9b3710fb1 

老後不安として「カネ」「孤独」「健康」を3大不安(3K)と定義づけてられています?

子供がいても老後を頼らないという人が多いそうですが・・・

最終的には、誰かに看取られなければならなくなります。離れて暮す子供はいても、子供たちの生活があるから、年寄りの生活支援(介護)はできない。

老後どうする暮し方考える

○ 親は・・・子供に面倒見てもらわない。

○ 子供は・・・自分の子供に注力して悪いけど親の面倒は見ない。

昔は、子供が親の面倒を看る!看ろ!というのは当たり前でしたでしたが、今では核家族と、価値観の違いで無理です。

高齢者施設で、人生を終える・・・住みなれた自宅でと54%の方が希望していますが、現実は80%とが病院・施設だそうです。

後は高齢者で一杯になってるから完全介護の施設とか、よほど田舎なら空いてるかもしれないけど大半の地域では無理・・・有料のに入ろうとすると最低で1000万以上かかるでしょう。プラス月20万とかです。

「私は子供に迷惑かけるなら自死するわ・・・」とか言う人で実際に死ぬ人はそうそういません。もうろくしてくると、がらっと考え方が変わって・・・「子供が親の面倒見るのは当たり前」になったりするわけ?

しかし、もう物理的に無理です。

こう言うこと、子供が消耗しきってしまう。子供の人生の20年を「親の世話をするために消費」とか、本当にあり得ないと思うんだけど「毎日、毎日が精一杯で先のことは考えられない」という人たちに限ってこの状態に突入してしまう。

こういう現実にしっかり向き合うためには親子でという、申し合わせをするしかないと思います。いまでさえ孤独死とか多いのに、あと10年したら田舎の廃屋に累々と横たわる・・・みたいな現実が来ることを意識して、準備する必要があると思います。

真剣に「子供に迷惑を掛けないように」しないと・・・

己に克ということ

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

018810023521

「克己」

人名に使われる・・・その場合は「かつみ」と呼ぶ。以前会社に「○○克己(かつみ)」という、先輩にいました。

克己(こっき)・・・自分に打ち勝つこと。心の中に起こる衝動・欲望を意志の力によっておさえつけること。ーー辞書。

「克己の工夫は一呼吸の間に在り」

江戸時代後期に活躍した著名な儒学者、佐藤一斎の言葉です。この言葉の意味は、エゴに打ち勝つ方法は、あれこれ考えず即座に実行することです。

夢を叶えよう・・・目標を達成しよう・・・人生を有意義なものにしよう・・・と思ったら、 エゴのいうことを聞いてはいけないのです。

己に克ち、思いやりに生きる

人が素直になるというのは、自分の間違いに気づき変化するということでもあります。しかし、「求める心」が強すぎて、「自分のこと」が優先されてしまう間は、なかなか克己の工夫はできないのではないでしょうか。

自分が間違っていない、自分が正しいと思い込んでいると人は素直にはなれません。他人の話に耳をよく傾け、または自分の心で反省ができなれば、己の正しいという思い込みに負けてしまうからです。

相手が自分の思い通りになっていないときや、自分が思っている理想とのギャップがあったというのは、自分がそうあってほしいと思い込んでいるものです。

きっと相手は自分にこういう対応をするはずだと信じたり、きっと相手はこう思っているはずだと自分の先入観に照らしてその物事を判断しようとするからです。

2019年1月14日 (月)

感謝の心を持つこと

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

000000811

生きていることに感謝すること

生きていく中で、感謝という気持ちは、常に大切にしななければと思うのですが、私たちは日々生活していく中で、感謝の心をついつい忘れていまいがちになります。

どうしてこんなにも忘れてしまうのだろうか?私は・・・「多くの人に支えられて生きている」ことに気付かないからだと思うのです。

そして、仕事が忙しかったり、家事や育児、家のことなど、時間に追われたりして感謝の心を置き去りにしてしまいがちです。

「あたりまえ」が普通の日常生活になっていて、もっともっと楽な生活を望んでいるからです。自分がもっと楽な暮らしをしたいなら、自分一人でも他人のために尽くすことで、感謝されて、今の生活が幸せと思うようになるのです。

「今日も生きている・・・を自覚する」

生きていられることに感謝と恩返し・・・

感謝と恩返しは、心から示すことから、態度と行動で示すことです。「人に感謝」・「自然に感謝」することに、日頃から行動で示すことです。どんな小さな行為・行動でもいいのです。「感謝の気持ち」があれば喜んで行動で示すことが大切です。

私は感謝する心を常に持ち、いつも誰に対しても「感謝する心」・「ありがとうという思い」持ち続けたいです。

2019年1月13日 (日)

生ものすべての地球

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Odaiba971

町をあるいて思う

タバコの吸い殻・空き箱・空き缶・ペットボトル・コンビニ弁当の容器など・・・

ゴミが捨てられています。誰かが片付けないと、ゴミの山となります。そして人が住ない環境になってしまいます。

地球の温暖化は、深刻な状況になっていていると思いませんか?

最近自分さえ良ければの「自己中心な人が増えた結果だと、私は思うのです。

自己中な人は、他人事とするだけ・・・でも、生きるものすべてが暮らすのは、地球という空間です!

誰しも、自分で精一杯と他人のことを考える余裕を持たない世の中です。 でも 温暖化・・・の一つの原因になっているです。地球が悲鳴を上げているのだ…そう考えませんか?

どんなに自分勝手に生きても、地球の猛威に勝てる人などいないのです。人間の身勝手で、動物は環境を奪われ、死に追いやられるのです。

それは、直接的に手を加えていない私たちにも責任はあるのです。地球が今日も生きていてくれるから、私たちは、今日を送ることができるのです。

そんな地球は、世界中の私たちがみんなでシェアする「分担・共有」空間です。

自分勝手な行動は、不快な感情を生むのです。それが募れば、地球は、嫌な空気に包まれていく。小さな行動は、大きなエネルギーにも変わるのです。

地球規模で考えて暮らすことができるほど、私たちの生活は余裕で溢れていないと思います。

どんなことも誰か任せでは・・・

悪いと思っているけれど、率先的に行動できない。でも、その積み重ねは、良いものとは言えません。私たちは、一体何のために生まれてきたのでしょうか?

自分のことで精一杯だけれど、他者を考えることの大切さも知って欲しいと思うのです。

原因があって結果ある

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

201402081417161

なにげない日常に思わぬことが起こるものです。

「因果応報」・・・この世のすべてが「原因があって結果ある」のです。因果の道理とは、原因と結果の道理ということです。

どんな結果にも、必ず、原因がある、原因なしに起きる結果は、万に一つ億に一つ絶対にないと仏教では説かれます。

分かりやすく言うと、まかぬタネは絶対に生えませんし、まいたタネは必ず生えます。何かが生えてきたということは、そこに必ずタネがあったということです。

このことは、時代や場所とは関係ありません。いつの時代、どんな場所でもタネのないところに芽はでませんし、何かが生えてきたということはそこにタネがあったということです。

同じく、原因があって結果を生じたのであり、結果が生じたということは、それを生み出した原因があってのことなのです。

特に、仏教は、私たちの幸せ、不幸せは何によって決まるのかという幸せ、不幸せの原因と結果の関係をあきらかにして、私たちが、どうしたら苦しみを解決して、幸せになれるのかを明らかにされています。

生き物である人間が何時かは死ぬことは、生き物という言葉の定義からして当然ですが、いつ死ぬかはわかりません。しかし個人個人の行動の積み重ねによってそこに到ったと考えるほかありません。

以前の特定の行為だけに限定して原因と結果を考えることは出来ません。また、いかに立派な方であったとしても個人がすべての原因と結果をコントロールできると考えることも出来ません。

たとえば、地震の発生を現代科学で抑制することは出来ません。いろいろな原因と結果が絡み合ったと考えるべきだと思います。

2019年1月12日 (土)

信念を持って行動

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Caption1

人はどう思うかより、自分の信念を持ち、行動を続けることが大切です。

自分が信念をもって行動し、努力したのに成果が思ったほど出なかった場合、がっかりしてしまうこともあるでしょう。ですが、信念を持って行動しなければ、目標はまったく達成できないのです。

もしも、成果や評価に満足がいかなかったからといって、信念を失い、努力することを放棄してしまったら、それから先は不満の残る結果どころか、「達成」することさえできません。

人は目指していた目標が達成できたとしても、人からの評価が低かったり、あるいは自分自身がその達成に満足感を得ないことがあるものです。

本当はもっと多くの人に認められると思っていたとが、全く無視されてしまったとしても、目標への達成の努力は自分の信念を貫くためのものであり、決して周囲の人に認められたり評価されるためにするものではありません。

願望や目標だけじゃだめで、そこに行動の継続がなけれ成果はない。

 ゆるぎない信念を持っていれば、まわりに何と言われようと自分の信じた道を突き進むことが出来るのです。嫌でもめんどくさくても行動を起こすことができます。普通の人だったらめんどくさくてやらないことでも、強い信念があればできるのです。

苦しんでこそ人は優しくなれる

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

T6_02xga

最近、事件のニュースをみて・・・

世の中、どうしてこんなに悪い人が多いのだろうか?

様々な性格の人が、様々な犯罪を犯します・・・

私たちはそれぞれ個性がありますが、性格が極端に偏っていて、そのために自分自身や周囲の人が困るほどになると、それを「性格障害」と呼んでいます。

もちろん、性格だけで犯罪者になるわけではありませんが、様々な性格特徴を持った人々が犯罪に走らないように気を付ける点はあるでしょう。

「楽をして生きたい」は人間の心理だと思います・・・

「楽して儲けようなんて甘い、我慢した人が最後に笑うんだ!寝ないで働けば稼げる・・・そんな簡単に稼げるならみんなやっている・・・」

苦しんでこそ人は優しくなれる

「心が傷ついた人ほど、優しくなれる・・・それで本当に優しい人は強くなれる・・・」苦しみ悲しみに出会い、心が傷付き、涙の日々を経験した者は、他者の苦しみ悲しみを理解することが出来ます。他者の心を理解することから、他者にやさしい態度を取れるようになります。

苦しみ悲しみのない人生は、存在しないのです。自分の苦しみ悲しみの経験から、他者の苦しみ悲しみを理解出来るようになり、自分の幸福だけではなく、他者の幸福を願う生き方を決意出来た時、自己中心的だった自分の人生は、大きく変わります。

自己中心性を克服して、精神的に自立した人間になることが出来ます。自分さえ良ければいい生き方から、他者のためにと思いをかける人間になります。それが、本当にやさしい人だと思います。

2019年1月11日 (金)

素直な心

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

12080101u1

『素直な心というものは、私利私欲にとらわれることのない心、私心にとらわれることのない心である』ー松下幸之助

「素直さ」とは・・・

・謙虚であるということ。
・頑固ではないということ。
・失敗を失敗と認められるということ。
・周囲の助言をちゃんと聞くことができるということ。
・正直であるということ。

「素直」に生きるって難しいことです。素直に生きるのには、「本当の強さ」が必要なのだと思います。

本当の強さとは・・・

・自分の価値を知っていること。
・相手の価値を知って尊重できること。
・流れを信じる気持ち・流れに任せる勇気。
・自分のできることをやってみる決意。
・なんにでも学んでいこうという柔軟な姿勢。

 素直に生きること・・・

これらを常に持ちつづけることは、難しいことです。とりあえず、「自分ができることをやってみる」ことから始めることです。 

自尊心を育てることは、自信を持てることです。

「自尊心(自分の価値を知って認める・自分を好きでいる心)を育てる」 自信は・・・何かをやってみて「達成する」ことから生まれます。なんでもいいのです、小さなことでも、何かを始めてやり遂げる。この繰り返しがとっても大切だと思います。 

自分を好きになることは、難しいけれど、素直に生きるための第一歩です。やれることから取り組んでいけば、自信につながる日が来ます。

2019年1月10日 (木)

どう生きる人生100年時代 

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

282_field111

人生100年時代と言われています。

人生50年時代から比べて見ますと・・・

昭和22年(1947年)の平均余命は、男 50.06 ・女 53.96歳でした。
平成29年(2017年)の平均余命は、男 81.09 ・女 87.26歳です。

加齢とともに知る生きることの悩みが増えます

長生きすること自体は、大変喜ばしいことですが、その一方で老いは、加齢に伴う心身の衰えや病気などの悩みを抱えて生きて行くことであり、今、この長い老後をどう生きて行くか私たちに新たなテーマを突き付けていられるように思います。

たった一度の人生であれば、幸せに自分らしく生きたい

「最近、物忘れがひどくなった」・・・「顔にシミやイボができた」・・・年をとると、そんな悩みが私たちの心身には次々と出てきます。

自分では「年のせいだ」と薄々わかっていても、病気のせいにして、老化が原因であることを誰も認めようとはしません。でも、これは紛れもなく肉体の老化からくる機能の低下です。これに対し、こころ(精神)の老いは、年齢に比例しないと思います。

私も、「人の名前がすぐ出てこない」「なかなか疲れがとれない」など若い頃と比べ、体にも少しずつ変化が現れるようになりました。

自然のままに老いを受け入れ

人生のそれぞれのステージに合わせて、軽やかに自分のありようを変えていくことだと思います。「昔はできたのに、なぜ今はできないのだろうか」などと思い悩まないことです。
「この年では、仕方がない」と軽く受け止め、スマホやパソコンのような便利な「文明の利器」を上手に活用しながら、楽しく快適に暮らすことです。

創意工夫をすれば、また違った人生の味わいも・・・

老いは単なる年齢の積み重ねではなく、正しい生活習慣と心のあり方しだいで豊かな老後をデザインすることも可能に・・・「もうトシだから」などとあきらめず、「生きがい」を持ち続けることが何よりも大切と思います。

2019年1月 9日 (水)

みんなが同じだった昔と、みんな違う今

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Odaiba971

現代人の人生値観・・・『国民の意識の変化を探る』・・・

結婚観・・・NHKの意識調査によると・・・必ずしも結婚する必要はない」68% 「結婚しても、必ずしも子どもをもたなくてよい」と答えた人が60%

「みんなが同じだった昔」と「みんな違う今」

 これまでの日本では、人々は比較的同じような価値観をもって生活を営んでいました。

分かりやすいもので言えば、「女は家で、男は仕事」みたいなものがその一つに挙げられます。今なお根強く残る価値観でもあります。

一般的な男性なら、「学校を卒業し、会社に勤めて、結婚して、子供を育て、家と車を買って、定年まで働いて、老後は静かに暮らす」みたいな人生観あった。

女性なら、「学校を卒業したら、(会社に勤めても)早いうちに嫁ぎ、専ら家事に勤しむ。料理、洗濯、掃除に精を出し、子供が出来たら育児に専念する・・・夫と子供たちのために家を守ることが使命」

といったものが、当時、広く共通して認識されていた人生に対する価値観だった。しかし今は状況が異なります。

現代の人々の価値観ー独自(オリジナル)な人生観ー

 現代では、様々な思想や考え方がインターネットを通じて広まり、また、個人が多くの情報や、モノ、仕事等を手に入れることが出来るようになりました。つまり、個人が己の人生に多くの選択肢を持つことが可能になったのです。

より具体的に言えば、「趣味」「食べ物「ライフスタイル」「好み」「価値観」などの各項目から、己の生き方や人生観にそった選択肢を自由に選び取ることが出来るようになったということです。

グローバル化をはじめ、日本の社会は常に変化し、複雑化しています。

異文化を柔軟にとらえ、さまざまな違いを超えてコミュニケーションできる力があれば、目まぐるしい社会の変化に呼応しながら、自分自身もまた創造的に変化・成長していけるのではないでしょうか・・・

2019年1月 8日 (火)

世のため人のため

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

10kouchi_katurahama11

幸せとは、「自分の心が喜んでいる状態」だと思います。

人間は、社会的な動物です。「利他の心」で、世のため人のために働くと、自らの心の中から、充実感や幸福感が、こんこんと泉のように湧き出て来ます。

利他の心とは・・・他人の利益を重んじ、他人が利益を得られるようにと振舞おうとする心です。

これは、自己中心的ではなく利他の心で働けば、幸福感が湧き上がってくるように、造物主によって人間は創られているからです。

「自分のことばかりではなく、人のことを考えなさい」

どうすれば人のことを考えられるのでしょうか・・・それには、まず自らの行いを反省することが必要だと思います。

そして、他人の考えなどを受け入れられるように視野を広げること、最後に自分が生かされていることに感謝することが大切なのではないでしょうか。。。

稲盛和夫さんは・・・

人生の目的とは、「心を高める」ことです。「心を高める」とは、世のため人のために尽くすということになります。世のため人のために尽くすのが人生の目的だと考えていますが、それは心を高めるということですと、と述べています。

「利他の心」で、世のため人のために働くとことが、幸せの心になれるのです。

2019年1月 7日 (月)

ゴミ拾いをしながら・・・

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

177156871

ゴミ拾いをしながら考えた。

問題意識は十分持っているのか?自分が住んでいる地域の安心・安全の認識があるのか?

環境に対して、どれぐらい関心をもっているか? 環境はどれぐらい大切か? 環境を守ることはどれぐらい重要か?

道にゴミやタバコをポイ捨てする人の心理と特徴

① 自己中心的な考え

② ゴミ箱を探すのが面倒くさい

③ 自分がやったと特定されない

④ みんなもやっているから自分もやっていい

⑤ 習慣づいている

 ポイ捨てをする人の中には、ダメとわかっていながらつい…?

私は、自己中心的な人がますます増えて、公益を考えることが少ない・・・このことが他人を省みずに、ゴミをどこかに投げ捨てることにつながるのではないでしょうか。そして、親の教育が子供のときの、マナーや公衆道徳が大事と思います。

悪びれる様子もなく、当たり前のようにポイ捨てを、する人もいるようです。どの心理もみんな自分勝手な内容です。子供ではあるまいし、大人としてのマナーや公共のルールはちゃんと守ってほしいものです。

みんなで安心して暮せるまち

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

1057935511

犯罪者がさける、きれいなまちしよう!

犯罪者は皆さんの住んでいる地域を観察しています。

川にゴミが捨てられている・・・道路や公園にゴミが落ちている・・・落書きが多い・・・放置自転車がある・・・そんなまちを犯罪者はねらっています。

こうした生活のルールが守られていない地域は、住民同士の連携が弱い、「スキ」のあるまちだと見られるのです。

一人ひとりが小さな暮らしのルールを守ることは、住みよいまちづくりにつながるだけでなく、防犯上の重要なポイントでもあるのです。

「あいさつ」は防犯効果バツグン

 侵入盗(泥棒)が犯行をあきらめた理由でもっとも多いのは、「近所の人に声をかけられた」、「近所の人からじろじろ見られた」というものです。見知らぬ人に注意を払う、あたり前のようですが、残念ながら他人に無関心な人も増えているようです。

同じまちに住んでいるご縁ということで、行き会った人にあいさつをすることからはじめてみてはいかがでしょうか。近所のおつきあいの輪が広がるとともに、防犯にもつながる一石二鳥の取組です。

また、旅行などで長期間不在にするときは、どうしても空き巣などにねらわれる可能性が高くなります。お隣に注意してもらうようお願いしてみましょう。「おたがい様」の気持ちで、支え合って暮らしたいものです。

2019年1月 6日 (日)

個性と協調について

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Dscn04001

空気を読む

自分ではそう思っていなくとも、周囲に意見を合わせたがるという人は多いものです。特に日本人は協調性が高く、現代風に言えば空気を読める人になりたいというのも、同じ理屈かと思います。

信念を貫く

事の流れも無視して、自分が正解と思ったら、それは自分を信じることができ、信念を貫ける貴重な人かと思います。こういった人は、頭の良い人や、我が強い人で、周囲の意見に惑わされない傾向にあると思います。

個性と協調性

もちろん、周囲に合わせてしまうという人がダメというわけではありません。周囲に意見を合わせてしまう人は、協調性を重視し、周囲に敵を作らないようにすることができる人物です。

協調性を重視する人は、空気を読むことができ、会社・地域などの組織では、上の者に命令されたことも従順にこなしてくれるので、リーダーにとってはとてもありがたい存在です。個性を発揮できる人は、逆にリーダー向きと言えるでしょう。

個性の重要性

個性を発揮できる人というのは、信念が強く、頭の良い人である可能性が高いものです。周囲の意見と異なる言動をする人は、遠ざけられたり、変人のような扱いを受けたりすることもあるのですが、こういった人物は時として貴重な存在かと思います。

周囲に合わせる方が楽

周囲に意見を合わせてしまう人が多いのは、その方が楽というのもあります。周囲の人と意見が食い違ってしまうと、当然対立が生まれたり、口喧嘩から争いに発展するかもしれないからです。

我が強い人や頭の良い人に意見を合わせておけば、少なくともその人からは反感を買わず、無用な争いを避けることができるのです。同じ意見の人が多ければ多いほど、敵が減ることになり、自分の安全も保たれることになるのです。

2019年1月 5日 (土)

老いて悩みは増えてくる

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Dsc04546_r_20140204195932b631

生きていれば、悩みや問題は誰にでもあります・・・真剣によりよく生きようと思えば、なおさらです。一つの悩みが解消しても、他の悩みがあるでしょう。

「生きている限り悩みはあるもの」「生きていくうえで悩みはつきもの」「悩みは生きることの一部」などと考えたほうがいいのかもしれません。

生きていると、次々に生まれる煩悩と対峙していかなければなりません。どの悩みも、自分で簡単に決断、解決することができたら、どんなにか楽なことでしょう。

老いて悩み増えてくる

この肉体は必ず老いるので、生きてる限り、年を重ねれば重ねるほど、悩みの種が増えてくるものす。

個人差はありますが、人間の体は加齢とともに身体機能が低下します。また耳が聞こえにくい、目が見えにくい、関節が痛い、転びやすいといった高齢者特有の不自由な症状も、身体機能の低下が主な原因です。

また、精神面で、老いによる心理的ストレスが増えてきます。白髪や薄毛、しわ、曲がった腰といった外見の衰えに加え、今までできていたことができなくなり、悲しみや先々の不安が生じます。

さらに社会の役に立たなくなってしまったという無力感や孤独感、配偶者や同年代の友人の死など、高齢者の周りには、周囲が思う以上にさまざまなストレスが存在するのです。それまでの人生観や社会的な背景が大きく影響することも、長く生きてきた人なら誰でも同じです

人間年をとると致し方ない事です。心を磨く努力をすることです。そして、いつも正しい状況判断が出来るように努めることが、大事にだと思います。

環境美化にご理解を!

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Katakura_16kita21

2019年も私は「環境美化活動」を実行していきたいと考えています。

きれいな町は気持ちがいいものです。誰もがきれいな町に住みたいと思っています。きれいなまちづくりは、ひとり一人の心がけです。

「私たちの住むまちは私たちできれいにしよう」

「きれいなまちに住む人は心がきれいな人が住む」・・・が私の想いです。

食べ歩きは、止めましょう

歩きタバコは止めましょう

世の中、忙しい人が多くなったのでしょうか・・・

○ コンビニで買ってきた、パンやおにぎり・缶コヒー・ペットボトルのジュースなどを・・・歩きながら、食べたり飲んだりする人を見かけます。ポイ捨てしないで下さい。

○ 歩きタバコをする人が多いのです。八王子市では「歩きタバコは全市内禁止です。歩きながら飲食・たばこを吸う人はマナーを守りましょう。

2019年1月 4日 (金)

今年も穏やかな年を願う

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

04011

穏やかな 新春の川 富士の雪

湯殿川 初富士映し 鴨泳ぐ 

初空や われ散策を 待つ烏

平成31年(2019年)の新春・・・

東京地方は穏やかな、幕開けとなりました。

今年は・・・

4月  統一地方選挙(7日・21日)

5月  新天皇即位、「新元号」スタート

7月  参議院選挙

10月 消費税が10%に増税(減税策、幼児保育など無償化)
    などの、大きな国家事業もあります。

私個人としても、土地問題・地域関係などが控えています。緊張する想いです。高齢化の実感が増す今日この頃ですが、健康に留意して、この一年を乗り切ろうと思います。

2019年1月 3日 (木)

高齢者が幸せに暮らせる社会

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Photo_2

「万が一、あなたが治る見込みのない病気になったら、最期はどこで迎えたいですか」という問いに対して、54.6%の人が「自宅」です。(内閣府「平成24年度高齢者の健康に関する意識調査」より)

自宅への愛着には変わりがない一方で、介護が必要になったら高齢者向けの施設や医療機関に移って介護を受けたいと考える人も、全体で25%と決して少なくはありません。

ところが実際は、8割近くの人が病院など医療機関で死を迎えていて、自宅で看取られる人はだいたい1割強というのが現実です。

「自宅」

体が不自由になろうとも、住み慣れた土地をなるべく離れることなく、長年かけて築き上げてきたコミュニティーのなかで暮らすことこそが、一番の老後の理想ということです。

日々の生活の中で少しずつ体力や気力が衰え、自分でできることが減っていくことで、最終的に介護が必要な状態になっているはずです。

「フレイル(高齢者の虚弱)」

多くの高齢者が、元気な状態からフレイルを経て、要介護状態になると考えられています。

高齢者が幸せに暮らせる社会は、次の世代の希望し、誰もが最期まで自宅で自立した生活を送りたい、そして愛する家族の負担にはなりたくないと願っていると思います。

その気持ちを尊重できて、高齢者がいつまでも生きがいを感じながら幸せに暮らせる世の中にすることは、決して高齢者だけの問題ではありません。私たち次の世代にとっては、未来の自分の居場所をつくることにもつながります。

まだまだ時代とともに、社会状況・価値観の多様化などが予想されますが、幸せに暮らす先輩方の姿を見れば、歳をとることが楽しみになり、生きる希望が湧いてくるというものです

そんな明るい未来に向けて、まずは身近なお年寄りと楽しく世間話をするところから始めてみるのもおすすめです。

人間の真の値打ち

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Photo

人間の真の値打ちとは・・・

『人間の値打ちというものは、その人が大切な事柄に対して、どれほど決心し努力することができるかどうかによって決まる』教育学者の森信三先生は、言っています。

人間は、この世に生まれた人間としての役割、他の動物にはない「人間性」というものを天から受けています。つまり人間には人間としての生き方や役割があるということで、即ち天が人間に使命(ミッション)を負わせ、この世に送り出したということです。

天は人間を自分の分身だとしていると言っても過言でなく、人間はこの世を良き方に向かわせるべく存在し、更に人間は死んでも、この世の進歩発展の永続化のための遺産を残すことも含め、世のため人のため生きるようにすべく天意を受けているのだと思います。

人間は、死すべきものとして、この世に生まれています。ですからこの世に生ある間、それなりの仕事をして行かねばなりません。その仕事とは言うまでもなく、己の私利私欲のためではありません。

人間基本的には、今この時代、自分と共にこの地球上で生きている、多くの人のプラスになることを本来使命として背負っており、それを成就させることが結果として、その人間の生き甲斐になって行くのだと思います。

この世に生ある限り世のため人のためとなるような志を立て、その志を遂げるべく夫々の人が夫々の形で粉骨砕身生き行くべきなのです。平均寿命も延びた今という時代、年老いて尚体力も充実している人は数多くなっています。

人間みな生まれた時から「死」に向かって歩いており、そして人生は二度ないわけです。世にお金を惜しむ人は沢山いる一方、時間を惜しむ人が少ないのは何故でしょうか?一たび過ぎ去った時間は二度と取り戻し得ない、大変貴重なものであります。

毎日を大事に有意義に・・・

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

200281237_6241

2019年、新春にに思う・・・毎日を大事に有意義に過ごさねばと・・・

「日に新たに、日々に新たなり」があります。

 中国・商時代の湯王が言い出した言葉で、東芝社長だった、土光敏夫さんの座右の銘でした。

『今日なら今日という日は、天地開闢以来はじめて訪れた日である。それも貧乏人にも王様にも、みな平等にやってくる。そんな大事な一日だから、もっとも有意義に過ごさなければならない。そのためには、今日の行いは昨日より新しくよくなり、明日の行いは今日よりもさらに新しくなるように修養に心がけるべきである』

今日という日は、天地開闢(てんちかいびゃく=天と地が初めてできた時)以来はじめて訪れた日です。それも貧乏人にも王様にも、みな平等にやってくるのです。

そんな大事な一日だから、もっとも有意義に過ごさなければいけません。そのためには、今日の行いは昨日より新しくよくなり、明日の行いは今日よりもさらに新しくなるように修養に心がけるべきです。

今日は昨日より新しく、良くなる。明日は今日よりまた少し新しく、良くなる・・・そういう毎日を繰り返すことができるなら、私たちはきっと今よりもずっと前に進むことができるでしょう。

「日に新たに、日々に新たなり」この短い言葉を胸に刻み、「昨日よりは良くなった」と思える様、日々を精一杯に生きていかなければと思います。

2019年1月 2日 (水)

今をしっかり生きる

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

144690726279856834177_img_844615001

「人生に立ち向かうのではなく すべてを受け入れて前に進む」

人間は生きていて不可能なことはあります。以前(昔)は出来ていても、今は出来ないこともあります。そして、人には出来て自分には出来ないこともあります。

どんなに力仕事がやりたくても、身体が弱ければ思うように出来ないし、スポーツだってどんなに練習しても、プロになれるのはほんの一握りの人しかなれません。

過ぎてしまったことを、いつまでもくよくよと考えていても、物事は、先に進みません。どこかで、気持ちを切り替えて、前に進んでいくことが大事です。しかし、過ぎてしまったことにいつまでもとらわれて、落ち込む?方がたくさんおられます。

「現在の境遇」・・・「過去の失敗」・・・「未来の不安」・・・

こういったものについて、あれこれと思い悩むことは無意味です。そうではなく、すべてを受け入れて、「これでよかった」と思うことで・・・物事はうまくいくようになります。

過去の失敗を引きずって生きている人はたくさんいます。過去の失敗が、今の私しは毎日大変だ・・・とあきらめてしまっている?過去は変えることが出来ません。未来も思い通りに変えることは出来ません。

変えられるのは「今、自分が何をするか」決めて・・・

全てを受け入れて、「今、自分がすべきこと」、ただそれだけに集中し、自分の力の全てを投じることで、人生は良い方向に進んでいくと思います。

あれこれ考えるよりも、一歩を踏み出すことの方が大事だと思います。

これからの地域社会づくり

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

9a43f7a21 

○全員自己ベスト ○多様性と調和 ○未来の継承

2020のオリンピック・パラリンピックの三つの基本コンセプトコンセプトです。私は、これからの地域の社会づくり・・・ダイバーシティー(多様性)につながるものがあると思います。

ダイバーシティーというと日本では、「女性や高齢者の活用」「外国人労働者の導入」などが思い浮かびますが、世界では人種、文化、生活、言葉、価値観、宗教などさまざまな違いのことを呼びます。 

これからの地域社会づくり

地域は多様な人たちが存在するんだということを前提にしてその人たちの意見を本当の意味で、吸い上げるような「仕組み」・「場」をたくさん作っていくことだと思います。

多様でも、向かう道は同じ

ダイバーシティーは、意思決定のプロセスにおいて異質な人の考えも含め、多様な選択肢の中から議論を尽くし、より良い決定に導くことに意義があります。

しかし、このプロセスは時間がかかり、意見の対立を大局観に立ってまとめるリーダーの統率力や求心力が必要です。また、多様性を尊重することは説明責任をはじめ、リーダーシップや寛容力など大きな労力も求められます。

安心・安全な地域社会

それぞれの価値や生き方を尊重すると同時に、いずれも皆、究極の目標である…「幸せ」への道を探し求めることです。

現代こそ私たち一人ひとりが、組織の「多様性の尊重」と、それらを束ねたその先にある「価値観の一体感や求心力」をどう高めていくか主体的な行動が求められています。

2019年1月 1日 (火)

家族愛について

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

05detohama11

1919年、明けましておめでとうございます。今年も自分の思いを書いていきたいと思います。

「家庭における思いやり」

人生でつらい気持ちを感じているときに愛と共感…ぬくもりを感じさせてくれる場所となり得るのが家庭です。家族の中には、自分の気持ちを理解し、気にかけてくれる人がいるという安心感があります。

それに、家庭の中で思いやりのある行いを見たり経験したりすると、自分もほかの人に思いやりを示せるようになりたいと思うようになるものです。

地域の人々をも視野に入れ、親子関係からはじまるきずなを、さらに強いものへと変えていくことが大事なことと思います。

FacebookやLINEなどのソーシャルメディアは、新しいつながり方を社会に広げました。

しかし、いまの日本においては、このごく普通の親子関係が難しくなっています。共働きの家庭が増え、親子の時間が少なくなっています。また、仕事のストレスが子育てに影響を与えるケースが多くなっているのではないでしょうか・・・。

少子化により一人っ子が増え、周りから子どもが減っています。さらには親子の同居すらあたりまえではなくなってきました。このような時代だからこそ、ごく普通の親子関係が大事な社会ではないでしょうか・・・

私は昭和生れで、戦争の恐ろしさを経験した一人です。物不足で、一つの卵を二人で分け合って食べた時代を過ごしてきました。

そのころの社会は、「男(夫)は外で働き、女(妻)家を守る」が常識でした。いわゆる、専業主婦・・・家事はもちろん、子供しつけ、近所との付き合いも・・・

夫婦共働きのメリットとデメリット

夫婦が共働きになることのメリットは、収入源が夫と妻の2つになり収入が増えるということです。

一方で妻が専業主婦の場合と比較すると仕事に時間を割かなければいけなくなるため、家事や育児に割ける時間が少なくなってしまうことがデメリットになります。

共働きの場合、子どもと接する時間がどうしても少なくなってしまいます。子どもの性格によっても異なるかもしれませんが、客観的に見ると専業主婦世帯に比べて寂しい思いをさせる時間が多くなることです。

コミュニケーションが苦手になる

肌で触れ合う、目を見て話しかける、一緒に遊んで気持ちを共感する……といった経験が少ないことにより、コミュニケーションの取りかたが分からず、他者と接するのが下手になると思われます。それが最近、自己中心の若者が多くなた起因しているのではないでしょうか。

« 2018年12月 | トップページ | 2019年2月 »