« 2018年11月 | トップページ | 2019年1月 »

2018年12月

2018年12月31日 (月)

大つごもりで思う

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Photo_2

「大つごもり」・・・

今年一年いろいろありましたが、歳せいか時の経つのが早く感じます。「光陰矢のごとし」まさにこの言葉が心に響きます。樋口一葉は明治27年12月に「大つごもり」を発表していますが、現代でも私達の心に響く小説です。 

時代の変化とともにかつての家族制度は崩壊し、社会全体も大きく変革してきている中で、私たちの取り巻く環境も以前とはずいぶん変わってきました。また、晩婚化・生涯独身という人も多くなっています。少子高齢化時代は加速しています。

ひと昔前なら、三世代が一つ屋根の下で暮らすことが当たり前と考えられていたことが、最近では「親は親、子どもは子ども」といった考え方が主流となり、子どもたちもある一定の年齢を過ぎれば自立し独立しています。

私たち夫婦もそうだが、子どもたちが、去った後は家に残るのは夫婦二人。お互いいつまでも健康であれば結構なことですが、そうはいかず、いずれ必ずどちらかは先に亡くなる。。。

その後、また子どもと同居という方もおられますが、なかなかそうもいかない。その結果、一人暮らしのご家庭が目に見えて増えてきたように思われます。

この究極の核家族化が変化する兆しは見えてきません。それだけではなく、近隣同士の関係は希薄化し、かつて「東京砂漠」と言われた時代も今は昔。次第に人間同士が無関心な時代になってきました。

バブルの崩壊以降(1991年ごろ)から、人にかかわっている余裕がなくなってきたことも一因かもしれません。現代人は、時間は持てても、ゆとりと余裕を無くしてしまったといわれます。

そんな状況下、「孤独死」が大きく社会問題化しています。

孤独死とは、一般的に一人暮らしの人が一人だけの時に、自分の住居内で生活中に死に至ることといわれるそうですが、中でも多いのは、突発的な事態が起こり、そのまま誰にも連絡できずに亡くなってしまうというケースも増えている。・・・不安です。

遺品整理専門の業者も毎年増えていると言います。本当に寂しい限りです。結局最期(さいご)は一人なのかもしれません。

2018年12月30日 (日)

思いやりの心と感謝の気持ち

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

T6_02xga

今、もっとも大切な事が忘れられていると思います。それは「相手を思いやる心、感謝の気持ち」です。

恩を知り他人に情けをかけられる人こそが、人を慈しみ、みんなに幸福を与えられる人です。自分に都合のよいことばかり期待して、自らは善行を心がけず身勝手なのは人間とは呼べないのではないでしょうか・・・

自分が今生きていけるのも多くの人やものそして、社会の存在があるからだと感謝をし、有難いと思う。その心の余裕と思いやりが必要です。

感謝と奉仕に生きること

日常のどんな小さなことにも「有り難うございます」と感謝する心を忘れない、誰にでも親切に手をさしのべ、その気持ちを奉仕の行いに移すことのできる人です。

感謝の言葉

周りに対する「感謝の言葉」は沢山あるはずです。私自身、今一度、人やものに対して思いやりの気持ちを考えながら「感謝の言葉」を大切にしていきたいと思っています。

拝金主義

今の社会は、拝金主義の人が多いように思います。金銭こそが最上のものと考え、何よりも大事に扱うといった考え方や性格のことで、「勝ち組」「負け組」などと心の通わない言葉で、一人の人間を判断してしまうことです。

だからこそ、子供達や若い人達に人と、ものの大切さを知らせるために・・・「いただきます」「ごちそうさま」の心は伝えていかなければならないと思います。

問題なのは、「人」に欠落しているものは何かということです。

誰しも、自分一人では生きて行けない事を知るだけで、自然に感謝する心が芽生えてくるものです。心から感謝する事が出来れば、無意識に奉仕活動をしたくなる・・・心から感謝していれば、どんな人も社会に貢献したくなるのが、人間と言う生き物なのでしょう。

逆に、他人に尽くしたいと思えないという事は、他人の支えがあって初めて自分が生きて行けると思っておらず、感謝する心がないという事になります。

感謝が行動に表せないのであれば、やはり、感謝などしておらず、感謝していると思い込んでいるだけに過ぎないのです。

2018年12月29日 (土)

落ち葉の道を掃除して

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Tdk060t1

階段である市道(八王子市)を掃除して思う。

そこは階段であるため歩行者のみ利用で、スーパーの買いものお客さん・日帰り温泉の利用するお客さんが利用したり、散歩する人が、行き交う道です。

この道を掃除

わずか、4メーター×70メーター?2時間で半分×二日で終わらせました(ちょっと疲れた)。多くの人に「ご苦労さん」「ありがとう」「おつかれさま」の声をかけられ嬉しくなりました。

ここも私たちのまち

この道に桜が植えられ、春には人々の目を楽しませてくれます。しかし秋になれば葉が落ちて積り、歩きにくくなり、その上、温泉客?のビール・ペットボトルなどが捨てられています。

落ち葉とゴミは片付けないと・・・人の心まで曇らせます。やがては犯罪に繋がる言われています。私たちのまちは・・・「誰もが安心・安全で暮らせる町」でありたいです。

私の掃除の心得は、私たちのまちを・・・「美しいまちにしたい」です。行動出来る事の幸せを感じています。

お坊さんは、掃除「作務」という修行の一つですが、掃除することは「汚れを落とす」だけではなく、「心の内面を磨く」ことにつながると考えられています。

掃除することは・・・

1. 謙虚な人になれる・・・自分ひとりが良いという状態よりも、全体としてうまくいくことを考えて行動する。

2. 気づく人になれる・・・周りの状況の見て…現実を知る。

3. 感動と感謝の心を育む・・・感謝の気持ちをもつと、人はやる気に満ち、落ち込が癒えて希望がわいてくる。

2018年12月28日 (金)

挨拶の大切さ

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

04011

挨拶はコミュニケーションの基本になります。

私は毎日散歩をしています。最近意識して、お年寄りから小さなお子さんまで、挨拶をするように心がけています。

挨拶をすると「気持ちがいい」です。「おはようございます!」と挨拶する・・・

「挨拶してイヤな気持ちになった」なんてことは滅多にありません。また、「挨拶されてイヤな気分になった」なんてこともないでしょう。挨拶はするのもされるのも気持ちがいいものなのです。

朝・・・をするだけで気持ちのいい一日を始めることができるのです。

一日の中で「気持ちいい!!」と感じられることってそう多くはありません。実は挨拶は、その少ないチャンスのひとつなのです。挨拶をしないということは、朝から「気持ちいい!」と感じるチャンスを自ら逃しているのです。

暗い顔をして大きな声で挨拶をしている人ってあまり見かけません。大きな声を出して挨拶を続けていれば、顔は自然と明るくなり、口調も自然とハキハキしてきます。

昨日イヤなことがあって暗い気持ちが残っていても、大きな声で挨拶をしているうちに気分が晴れてくることもあります。

挨拶は、暗い気持ちを吹き飛ばす力があるのです。

1回や2回、挨拶をしただけでは気分は変わりませんが、挨拶を続けていくと気持ちは間違いなく明るくなっていきます。挨拶を続けることで前向きになっていくのです。

2018年12月27日 (木)

湯殿川で思う

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

C0004251_1601071

ゴミのない、きれいな水の流れる湯殿川の遊歩道歩いて・・・富士山・片倉城跡の森を見る・・・気持ちがいいですねー

私たちのまちには湯殿川が流れています。東京都八王子市の西南部を流れる多摩川水系の一級河川で、浅川(南浅川)支流です。

歴史的に見ると、農業用水などに利用され由井村の発展に大きく貢献したとされていますが、蛇行し川幅も狭かったことからたびたび洪水が発生していました。(私も子供のころ台風で、氾濫して、床上浸水・田んぼの稲が水を被り大きな被害があったこと覚えています。)

そのため川を直線にするとともに川幅を広げる改修工事が1940年(昭和15年)から行われ川の水質維持など、役所(南多摩西部建設事務所維持課)で除草を定期的行っています。

自分さえ良ければの自己中の人?

しかし、現在…私たちのまちの人にも困ってしまう行動する人がいます。川に物を投げ込む・・・通路にゴミを捨てる・・・人が後を絶たないのです。

河川管理通路(遊歩道)通勤路にになって、環境に無関心な自己中心的?人間が捨てるタバコのポイ捨てが多いので閉口しています。

たった一本のタバコの吸い殻はでも、大勢の人が捨てたら、一日で数え切れないほどの数になるのです。片付け(掃除)しないと・・・タバコの空き箱からコンビニ弁当の容器・空き缶・ペットボトルなどなってしまってしまいます。

自己中の人が多くなったわけ

戦後の日本は、個人の自由が強調され、個人の利益が優先されて、他者のため、公のために生きようとする精神が失われてきたのではないでしょうか・・・

そのため、自分勝手なエゴイストばかりが育ち、大人の世界にも、子供の世界にも、いじめや虐待などが増えてきたのではないでしょうか。他者への優しさ、公への奉仕の精神がなければ、健全な家庭も国家も形成されないと思います。

2018年12月26日 (水)

師走・・・雑感

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Img_83971

柿の実の 空しく残る 師走空

静かなる 雨の日もある 年の暮れ

鏡みて またひと皺が 増える暮れ

八十路越え なんと早きの 師走かな

年の瀬に 田んぼに群れる 雀たち

今年は、柿の当たり年?で・・・師走になっても、赤黒くなった柿の実が残っている、お宅が見受けられます。

それにしても、一年経つのが・・・早いこと早いこと、つくづく思う81歳の私です。今年も色々ありました。入院・手術・家の土地の問題・などなど・・・

私は、あまり鏡を見ないのですが、床屋に行って、大きな鏡で自分の顔を見て、「アこんなに皺があるんだ!」と自分でビックリしてしまいました。・・・随分と歳をとったもんだな~

私の決まった散歩道に田んぼがあります。雀は以前に比べ少なくなったように思えますが、田んぼの落穂ひろい?でにぎやかに鳴きながら餌さ探しをしています。

2018年12月25日 (火)

社会的責任について

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Photo_2

一人ひとりの社会的責任について

最近ニュースを見ていると、公衆道徳を守らない人・・・協調性にはなはだしく欠けている人・・・子育てをきちんとしない人・・・政治に無関心な人など、枚挙にいとまがないほど社会人として無責任な行動や、考え方をする人が増えてきているように思います。

そして、自らの権利を必要以上にあるいは当たり前のように主張し、他人を困らせ、失笑を買ったりするケースもあるようです。

気持ちよく共同生活を送りたいのは私たちの共通の願いであるはずなのに、こうした望ましくない傾向が表れていることは悲しいことです。

社会人、国民としての共通の社会的責任

たとえば、社会人として公衆道徳をキチンと守るとか、互いに仲良く協調し合うとか、主権者として政治に関心をもち、投票を大事にし、政治をよりよくしていくといったこともあるわけです。

また、法を守り、税金をおさめ、子弟を教育するといった社会人としての共通の責任もあります。

私たちはこうした社会的責任をどこまで認識できているでしょうか?

まず、自分の社会的責任を自覚し、それを遂行し、他の人が社会的責任をよりよく果たしていくように見守り追及するというのであればいいのですが・・・

今は、それが反対になって、他の責任は声を大にして追及するけれども、自分のほうは怠っているという傾向があります。

というより、そういう社会的責任を自覚さえしていないという、姿が一面多いのではないかと思うのです。これではお互いの共同生活はうまく運ぶはずはありません。

それには、しつけ、人間教育が大事となってきます。家庭での親の役割が大きいと思いますが、現況では、夫婦共稼ぎが、普通となっています。そして、核家族化で、祖父・祖母の教え・・・昔のようにできません。何とか工夫をしたいものです。

自分を知ること

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Photo

本当の自分とは?

自分を知ることは、人生をよくする上で避けては通れません。逆に、十分に知れていれば、不安の少ない、満足のいく時間に繋がるはずです。

それを着実に行っていくためには、自分の状態を知ることと、人間一般を知るという大きく分けて二つの方法を区別し、自分が知るべきことを把握しながら、とにかく気づきを自分の外側に出していくことが大事だと思っています。

自分を知らなければ、何もはじまらない

もちろん、自分の気持ちに気づく・・・自分について知る・・・ということは、日常生活の中では時々あることです。ずっとこうだ、というわけではありません。しかし、これを意識して行うかどうか、ということで、歴然と差が出るのは誰の目にも明らかです。

 具体的にどのように自分について知るか・・・

① 今の自分の気持ちや考え、状態を一つひとつ捉える

書き出したり、人と話したりしながら、たくさんの矛盾する自分の気持ちや考えを捉えていく方法です。もちろん、過去を振り返ったり、映画や小説などを読んだりするのも手です。とにかく、今の自分の状態について明らかにしていくことです。

 人間一般について知る

多くの人は、個人の経験から、「人間って普通こうだよね」というイメージを持っています。もちろん、自分の目でいろんな人を見て、経験して、人間って~と知るのもひとつ・・・これが基本です。

私の“幸せ感”は・・・自分ひとりではなく・・・「社会の人々、みんなが助け合いながら・・・思いやりを持って心豊かに暮せる」ことであると思っています。

2018年12月24日 (月)

感謝の気持つこと

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

10ichige_akitakoma11

「感謝の気持ちを忘れない人が・・・人として成長する」

人を褒めることは自分の感動で相手を包み込むことです。感動が相手を心地良い気分にしてくれます。こういう人に共通することは、人の選り好みをしないことです。

どんな人からも学び取れる強い吸収意欲を持っているため、第一印象だけで人を決めつけたり、周りの評価に流されるようなケースは非常に珍しいといえるでしょう。

誰にでも長所と欠点があるものですが、その長所だけにスポットライトを当てるかのように、その人のいい面を吸収していく能力に優れています。

そして「あなたといると、とても勉強になる」と、喜んでもくれますし、その言葉に嘘がないため、相手まで嬉しくさせてしまいます。

こうして、いろいろな人から素直になって本心から学ぶのですから、どんどんと成長するというわけです。その感謝の気持ちはやがて感謝しながらどんどん大きくなって、相手を包み込むようにもなります

特別な才能を持って成功した人よりも、努力と継続力と誠意や感謝、恩返しをした人の方が、人として、心が広く、寛容さがあり、信頼されます。

感謝の気持ちを忘れすれてしまえば、人の成長は終る

そもそもなぜ感謝の気持ちを忘れると人の成長は止まり、感謝の気持ちを忘れない人が成長するといわれます。

私たちは人から助けられたり、褒められたりすると、その人に感謝の気持ちを抱きます。人がなにかを与えてくれたときに感謝するのが一般的ですが、中には人との出会いに感謝の気持ちを抱いている人もいます。

見かけからの謙虚さや打算からそう思うのではなく、本心からそう思っていれば、それが相手に、なんともいえない安心感と心地良さを与えてくれます。

感謝の気持ちを持ち続けている人が周りに与える影響力とは、このような安心感と心地良さがあり、その心地良さに人が集まるのは言うまでもありません。

2018年12月23日 (日)

年を重ねて思う

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Dsc0712011

平々凡々な・・・毎日

同じ日々の繰り返し、気がつけば時間ばかりが過ぎていく・・・何のためにこんなに頑張っているんだろう。過去のこと思い出しても仕方がありません。あの頃はよかったと嘆いていても、仕方がないことです。

時間が経てば、どんなに楽しいと感じていたことも、次第に新鮮味がなくなっていくものです。同じことを同じように繰り返しているだけではマンネリになってしまいます。何か楽しいことが起こらないかと、受け身でいるだけでは不満だけが溜まっていくばかりです。

視野を広めて、自分の立っている位置を客観的に見る

視野が広い人は物事を長期的に、そして客観的な視点から見ることができます。つまり、冷静に分析できる目を持っているのです。また、自分の考えが全てではないことを知っており、他人の意見にきちんと耳を貸すのも1つの特徴として考えられます。

その一方で、視野が狭い人は目先のことにとらわれやすいと言えるでしょう。長い目で物事を見ることができないのです。物事の一部分だけを見て全てを理解したかのように語ることもあるかもしれません。

決して二分化できるというわけではなく、仕事スキルの高い人が些細なことで視野が狭くなる場合もあり得ます。また、これまで視野が狭かった人でも、今後の行動によっては視野を広げていくことだって可能なのです。

自分から人生の楽しみを見出す

年を重ねると、感動することも少なくなります。「楽しい」も「つまらない」も心の在り方です。楽しくするのも、つまらなくさせるのも自分自身。つまらないのなら、つまらないと感じる自分がいるだけです。

どうせ、いつもと同じだろうと決めつけていては、自分の中で退屈な日々をつくり出してしまいます。同じようでいても同じものなどありません。楽しみながらでも後悔しながらでも、変わらず時間は流れます。どうせなら、楽しみながら毎日を過ごしたいものです。

自分の心と向き合い、現状を受け入れる

 運が無かったのだと、環境や誰かのせいにしていても何も変わらないのです。それは自己責任だと、自分自身を責めることではありません。現実から目を逸らしていては、物事をあるがままに受け入れられません。

まずは自分の心を見つめ、現状を受け入れる。何に不満を抱き何に苦しみを感じているのかを、誤魔化さずにきちんと向き合う。人は少なからず、満たされない思いをを抱えています。不満を探しだせば切りがありません。足りないものを考える程に自らを不幸にしてしまします。

気分の滅入ってしまうときほど笑顔を心がけてみる

仏頂面をしているとマイナスの面ばかりが気になります。笑顔でいる方が楽しみを見つけやすくなります。心の持ち方で、どんなことでも楽しめます。「つまらない毎日」をつくり出すのは自分の心。「楽しい毎日」をつくり出すのも自分自身なのです。

2018年12月22日 (土)

いつまでも自分らしく・・・

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

3e0efb42073e3a102d859b5d9b3710fb1

高齢者がいつまでも、自分らしく生きるには・・・

年を重ねると、もの忘れ・・・身体の衰え・・・また気力の衰え・・・を実感します。自分らしく生きるためには、予想もしていない、山あり谷ありのたくさんの障害があると気付かされます。そして日に日に、増して・・・?

人や社会との繋がりが薄れたり、自尊心や生きる目的も失われたりしがちになり考え込んでしまいそうになります。

何とか強く生きたい・・・というよりも「上手に年を重ねたい」・・・思いです。高齢になる「生活行為」の障害が生じます。

生活行為とは・・・「人が生きていく上で営まれる生活全般の行為」です。

起きる、座る、立つ、歩くなどの基本的な動作・・・また、食事や排泄、更衣などの日常生活動作はもちろんですが、調理や買い物、掃除など日常の仕事、趣味、他者との交流といった幅広い行為も含まれます。

私は実感していますが、老化や病気により心身の機能は衰える・・・そうすると基本的な動作も不十分になり、自分の身の回りのことが難しくなってきます。同時に、仕事や趣味、気の合う仲間との交流も、やはり減ってきてしまいます。

私たちは、つい「できないこと」に目を向けてしまいがちです。そのため、「したいこと」や「興味があること」、「続けていきたいこと」をしっかり、前向きに、考えていくことです。

積極的な見方する

年取るつれて、若い時元気で多を行なえたことを思い出し、消極的な気持ちになるかもしれません。それも無理はありません・・・ですが、そうした気持ちに呑み込まれてしまわないように努力する・・・

過去ことばかり考えていると、毎日が暗くなり、今できることをする意欲くまで失ってしまいます。むかしは出来た事を今はできない・・・ことを考えるより、今出来る事を楽しむことでだと思います。

2018年12月21日 (金)

信頼を得るには・・・

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Photo

人間社会は信頼関係で成り立っています。

信頼されるためには、誠実さが無くてはいけません。日頃から誠実さのある行動を心がけていれば、自然と周りからの信頼は付いてくるでしょう。 

他人のために行動する 打算なく、自分を犠牲にしてでも他人のために行動できる人というのは、他人から強く信頼されます。また、自分の利益を優先するために、相手が困ることを避けるのも、他人のための行動と言っていいでしょう。

時に合理的な判断を超えて他人を尊重できる人には、ピンチのときに同じように損得を度外視して助けてくれる人が現れるはずです。

ボランティア活動

みんなが幸せに暮らせるように、進んで地域社会を良くしていこうとする活動がボランティア活動です。『人が過度の報酬を受けることなく、社会のために動く』のであれば、どんなに小さな事柄でもボランティア活動と言えます。

一人でも多くの人が、時間や労力、金銭など、それぞれ自分が提供できるものを出し合いながら、お互いに支え合えるようなまちづくりが、いつの時代でも大事です。

こういう時こそ、正直な真っ直ぐな対応が必要なのではないでしょうか。。。 信頼関係を築くのには時間がかる 信頼とは一朝一夕で生まれるものではありません。日頃からの積み重ねが必要となってきます。

信頼関係を築くのには時間がかかります。その一方で、信頼を一瞬にして失うこともあります。 私が考える信頼関係構築の絶対必要条件は、正直であること、そしてwin-winであることです。

清潔な町にしよう

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

C0004251_1601071

私たちが「安心」して暮らせる「まち」にしよう。

犯罪に強い「安全」な地域づくり をする には、ごみのポイ捨てなどい「 清潔なまちづくり」と 行き交う人同士の「声かけ」によって、犯罪が起き難い 土壌(雰囲気)づく りです。

公園のベンチ・広場の片隅・歩道の植え込みなどに、残念なことにまだまだ空き缶やタバコの吸い殻などのごみが落ちています。

清潔で美しいまちづくりには、市民の皆さん一人ひとりの日ごろからの心がけと行動が必要です。

今よりもさらに快適に暮らしていただこうという考えのもと、ポイ捨て、犬のふんの放置、さらに喫煙に関するルールを定めております。

本来であればこうした条例をつくることなく、一人ひとりの行動をもってすれば快適な環境を維持できるのですが、そうしたモラルだけに頼るには限界があります。

★ 条例で・・・八王子市内全域で路上での歩きたばこ(歩行喫煙)を禁止しています。

また、喫煙に関しては、さらに路上禁煙区域を設けることもでき、そうした区域において指導、勧告等に従わない場合、過料を徴収することもできるようになっております。

★ごみのポイ捨て禁止 

空き缶やタバコの吸い殻などのポイ捨てはやめ、持ち帰るか、回収容器に捨てましょう。

2018年12月20日 (木)

私たちのまちは、私たちで守ろう

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

800pxkatakura_castle_karabori1
   
片倉城本郭跡と二の郭跡を隔てる空堀

717668732_2
        .............. 湯殿川と片倉城址公園.............

私たちのまちは『片倉城跡』あり、歴史的に見ても貴重な地域であります。

片倉城跡として先代より大切に守られてきました。私が子供のころ(70年前)泳いだり、多くの種類の魚を捕ったり…湯殿川・兵衛川は、清流が途絶えることなく、今も流れ続けています。

歴史を遡れば、田んぼと畑のがほとんどの片倉村でしたが、戦後都市化が進み、田んぼは全く無くなり、宅地化されて、人口を増えて、国道16号・北野街道が整備されました。

また京王線片倉駅が復活・JR片倉交換所が駅になって、都内まで通勤にも便利なベットタウンとなっています。そして、町内に、スパーが出き、日帰り温泉もできました。わずか一世紀も経たないで、私たちの住むまち片倉町は大きく変わりました。

将来の世代へ引継ぎの責任

水とみどりは、多くの人々にやすらぎを与え、潤いをもたらすだけでなく、環境保全、防災、など安心・安全な町を維持し、次世代に引き継ぐ責任があります。

その中でも一番大切なことは生態系を保存することでしょう。多様性が失われ生態系が壊れてしまうと、その復元には長い時間がかかる、場合によっては二度と復元できないこともあります。

個性豊かで魅力ある都市空間の創出や身近な住環境のさらなる質の向上が求められる中で、持続的に都市の魅力づくりや良好な景観づくりを進め維持していくことです。

歴史、文化、自然、山並み、まちなみなどの地域の多様な魅力を活かし、つなげ、人々を惹きつける八王子市片倉らしい景観づくりを次世代につなげる使命があると思います。

2018年12月19日 (水)

困った時はお互い様

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Photo

近年、近所づきあいは昔よりも希薄になってきています。

まちのスーパーに買い物に出かけて、顔を合わせれば挨拶するのは当たり前ではないかと私は思うのですが、そんな必要はないと思って人は少なくありません。

「住民全ての間で困ったときに互いに助け合う」

この関係が理想だとはいっても、ふだん顔を合わせてもあいさつを交わさない、あるいは付き合いがあまりない人に助けを求めることができるでしょうか・・・逆に、近所の人が困っていればいつでも助けたいと思っていても、付き合いがないのに、誰がどんなことに困っているかを知る由もありません。 

「住み慣れた地域で、みんなが安心して生活をしたい」

住民で助け合える共助の精神が土台にあることが前提です。しかし血縁、地縁に限らず、人間関係は一朝一夕にはできません。では地域の人たちとのお互いさまネットワークをどう作ればいいのでしょうか。。。 

よほどの緊急性がない限り、知らない人に助けを求めたり、何かをお願いしたりはできませんが、顔見知りがすぐ近所にいれば、「天井の電球の交換をしてほしい」「急病で寝込んでいるので、外出するついでにバナナを買ってきてほしい」といったお願いもしやすくなります。

たいがいの人は、知らない人には自分の悩みや不安を話さないでしょう。また、話されたほうも戸惑います。元気なうちは、近所付き合いや地域住民との人間関係は煩わしいと思っても、いざ困った時には頼る人がいないという事態に直面する可能性は誰にでも起きます。 

そして、困ったときにまわりの人や社会にサポートやSOSを要請しやすい環境が整っていなければ、万が一のセーフティネットは、いくら制度や仕組みがあっても役に立ちません。

地域コミュニティーの復活・・・というと抵抗があっても、「一定の距離を保ちながら、近所の人たちとつながりたい」と考える人は少なくないはずです。 こうした緩やかな関係があることが、住民の安心や安全につながります。

「住民全ての間で困ったときに互いに助け合う」という関係は、あいさつをする、顔見知りを増やすといった、今日から簡単にできる努力から始まるのではないでしょうか。。。

2018年12月18日 (火)

年を取って思うこと

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

10kouchi_katurahama11

普段あまり意識することはないですが・・・

加齢による変化で、疲労がたまったり、大きなイベント(出来事)があると「私も年かなぁー」などと、実感することがあります。

何とか現状維持を続けたいと思うが・・・寄る年には勝てない・・・

一年前と現状の違いを感じるのことが多くなったのです。私は一年前に、腰の病気をし、手術をし、回復したのですが、未だに右足のシビレが取れないのです。

「体の機能の変化と感覚機能の後退は、気力では、カバー出来ない」

意識できるもの、あまり意識しないもの、いろいろありますが、私は病気をして、実感しています。「体の機能の変化と感覚機能の後退は、気力では、カバー出来ない」という事です。そして、自動車の運転免許も返納しました。

仕方がない?

自分ではどうにもならない現実・・・皆さんは遭遇したことがあるでしょうか?気づかずに素通りできたら楽なのですが、そうもいかないときもあります。

現実の理不尽さを感じるときって、本当にいろんなことを考えてしまうんです。

 健康維持・・・毎日歩くようしていますが、歩く速度が落ちている?段差がない道路でつまずく・・・現象を実感します。そして、気力・記憶力の減退・・・などなどです。

それでも、気力だけでもと思うのですが・・・限界あることも・・・無理せず、「マイペースで行こう」と思うようにして、人生を楽しむことにしたいと思っています。

2018年12月17日 (月)

人間教育について

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Ka_0721

問題というものは、自ら見出すしかありません。その第一歩が「教えない教育」によって、気づかせることにあるのです。

なぜ今、人間教育が必要なのか・・・

現代社会には、地球温暖化対策…世界規模で解決しなければならない問題や、少子高齢化の進行による年金問題等、我が国で解決が急がれる問題があふれています。

人は社会との関わりの中で判断し、問題を解決しながら、社会の一員として生きていますが、まさに今日の社会には、議論が分かれ判断に迷う問題が集積されています。

そして、これらの問題は一人で解決できるものではなく、さまざまな立場の人々がともに議論し、解決していかなければならないものです。

しかし、子どもたちの現状はどうでしょうか・・・

自己中心的な考えを持つ生徒の増加が昨今叫ばれています。相手の気持ちを考えず、暴言を吐いたり、いじめが多発するなどはその表れとも言えるのではないでしょうか・・・

自分さえよければといった自己中心的な見方・考え方、つまり一面的にしか物事を見ることができない生徒が増えてきているといえるのではないでしょうか・・・

そして、社会において考えれば、学んだ知識や技能を活用しながら、根拠を持って自らの考えや意見を述べたり、必ずしも説明できる力が十分育っていると言えません。

知識や経験をもとに、自らの将来の生活に関する課題を積極的に考え、知識や技能を活用する能力が求められていると思うのです。

社会から求められる基礎能力として最近よく耳にする“自ら問題を発見し、解決できる力”の修得を目指すべきです。

これからの時代に求められる力を育成する「人間教育」

学校生活を通して、子ども達は自分の人生を生き抜く力を身につける必要があります。そして、その力を磨くためには、人間的な成長(人格の完成)を実現することが不可欠だと考えます。

そして教育や心理の分野に携わるためには、その導き出した問題解決の知と技術を“発信する”伝達能力も必要となります。これからの社会では自分にだけでなく、他者の生にも豊かさを提供し共生できる人間的な大きさがますます求められる時代です。   

2018年12月16日 (日)

地球の危機が迫っている

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Titleimg1

地球が危ない

本当に大変なことがいっぱい起こっています。そして、対策をしなければ地球環境が元の状態に戻れなくなる可能性が高いと指摘されています。

日本ではここ数年、豪雨や大洪水、巨大竜巻などの異常気象が頻繁に起こり、規模が拡大していますが、世界中でも同様のことが起こっていることを知ることです。また、なんの対策もしなければ地球環境が元の状態に戻れなくなることが懸念されています。

異常高温と度重なる豪雨

気象庁の解説でも、これらの背景としては地球温暖化に伴う気温の上昇と水蒸気量の増加に加え、特に高温の背景には、今春以降持続的に、北半球中緯度域で大気循環が全体的に北にシフトしていたことに対応して、顕著に気温が高いことの影響も考えられます。

世界の平均気温の上昇を産業革命前に比べ1.5度に抑えることができず、温暖化の深刻な影響を防げないとして、世界全体で取り組みを加速させることが必要です。

パリ協定実施ルールで大枠合意 (NHKニュース)

ポーランド・カトウィツェで開かれた気候変動枠組み条約第24回締約国会議(COP24)は15日、2020年に始まるパリ協定の実施ルールの大枠に合意されました。

地球温暖化対策の会議「COP24」で15日、すべての国が合意して「パリ協定」の実施に必要なルールが採択されました。

会期を1日延長して交渉を続けてきた「COP24」で、日本時間の16日午前6時前、現地時間の15日午後10時前、2020年以降の温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」を実施するために必要なルールが全会一致で採択されました。

ルールでは、原則として途上国を含むすべての国が、温室効果ガス削減の実施状況を国連に詳しく報告し、最初の報告は、2024年末までに行うとしていて、先進国側の主張を反映した形になっています。

削減目標

「パリ協定」では、世界の平均気温の上昇を産業革命前に比べ2度未満に保つとともに、1.5度に抑える努力をするという目標を掲げています。

この目標の達成に向けて、世界全体の取り組みがどれだけ進んでいるか、5年ごとに検討するとしていて、各国は、その結果をもとに、削減目標を見直すことが期待されています。

私は、もちろん日本も“しっかりやっていく”ことが大事で、ひとり一人の認識は、家庭で、職場で、学校で・・・教育実践が大事と思います。日本は世界のトップランナーであって欲しいものです。

2018年12月15日 (土)

浮き沈みは世の常

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Caption1

昔から「浮き沈みは世の常」の言葉があります。

「人間は一生のうちに幾度も浮き沈みがあるもので、決して始めから終わりまで安穏に過ごせるものではない」・・・ということです。

ことあるごとに一喜一憂し、心を乱すようでは、着実な進歩発展、成長を成し遂げることはできないでしょう。「状況によらず泰然自若としてなすべきをなす。」その姿勢がお互いの幸福、社会の繁栄に通じるのです。

嬉しい日もあれば、辛く苦しい日々もあるものです。それが浮世、つまり無常での生活だというのです。ですから、気に入らぬことも多く起こってきたりするものです。

世の人は十人十色

自分の心の形を三角としますと、三角の形をした者同士だったら気も合い楽しくやれるのですが、相手の心の型が四角だったり丸だったら、合わないというより合わせようとしない自分がいたり相手がいたりするものです。

いわば、心そのものが氷みたいに固く凍ってしまっているものですから、三角の器には四角・丸といった違った型のものはハマラナイのです。

つまり、心を水のように柔らかくしていけば、三角や四角・丸の器で水を汲んでも自在に形をことが出来るように、人間関係においても円満になっていくのです。

この世は、気に入らぬことが多い世の中だからこそ、自分自身の凍りついた固い心を水のような柔らかい心に磨いていきたいものです。

松下幸之助の言葉に・・・

「どんな世の中になっても、 あわてず、うろたえず、 淡々として社会への奉仕を心がけていこう。」という言葉があります。

2018年12月14日 (金)

季節の花が何処かで・・・

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

08tubaki_takegaki11

師走も半ば、肩をすくめて歩く寒さとなりました。

それでも、季節の花は何処かで咲いています。それぞれの季節にそれぞれの地域に、花はいつも人々のそばに“けなげに”咲いている・・・そんな光景を目にします。

時代のスピードが早過ぎるんですかね。。。立ち止まる勇気、素通りさせずに、見て楽しんで、そんな心のゆとり が必要だと思います。

技術の速度もついて行けないくらいです。そんな社会だからこそ、花を見る為に立ち止まる・・・それが心身のバランスを保つことに繋がる気がします。

「それどころじゃない」、「花を見ても飯が食えない」、「そんな余裕が無い」、「それは綺麗ごとだ」、「理想はそうだけど…」そんな声も聞こえてきそうです。今はそうかもしれないけれど、いつかそんな時間が訪れるといいですね。。。

あいだみつおさんの詩 『美しいものを見て 美しいと言える その心が美しい』とゆう詩があります。

人は悩みのせいで周りが見えなくなっていたり、何か不満や恨みを持っていたりすると、美しいものを見ても美しさに気づかなかったり、あるいは美しいものにまでケチをつけてしまったりするものです。

だから、美しいものを見て、その美しさに気づき、素直に美しいと言えるということは、その人の心が美しく澄んでいることの表れ・・・と解釈しています。

自分の誤解に気づいて落ち込んだら、「つまずいたっていいじゃないか、にんげんだもの」と言ってあげてください。

2018年12月13日 (木)

環境を守ることの大切さ

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Photo

環境を守ること

「地球環境が大変です」・「自然や生態系を守りましょう」・「地球にやさしく」…地球環境の危機を伝える情報と、この問題への取り組みを呼びかける言葉が今、世の中にはあふれています。

ニュースでは毎日のように、何か環境にかかわる報道があり、インターネット上でも多くの情報が発信されています。学校でも子どもたちが授業で環境のことを習い、関心と知識とをたくわえる機会に恵まれています。

しかしなぜ、環境を保全しなくてはいけないのか、という理由を、誰かが納得のいく形で明確に示してくれることは、なかなかありません。なぜなら、その本当の理由は、一人ひとりの心の中にあるからです。

自然環境と住環境を守ることの大切さは、世の中の正義感・倫理観や思いやりの心など豊かな人間性を育むからです。

① 美しいものや自然に感動する心などの柔らかな感性
② 正義感や公正さを重んじる心
③ 生命を大切にし、人権を尊重する心などの基本的な倫理観
④ 他人を思いやる心や社会貢献の精神

などの感性や心です。このような感性や心が子どもたちに確かに育くまれるよう、私たち大人が足元を見直し、改めるべきことは改め、様々な工夫と努力をしていくことが大事と思っています。

◎ 社会全体のモラルを考える こと

子どもたちに豊かな人間性がはぐくまれるためには、大人社会全体のモラルの低下を問い直すことです。子どもに伝えるべき価値に確信を持てない大人、しつけへの自信を喪失し、努力を避ける大人が増えています。

子どもの心を育てるべき大人社会が、こうした「次世代を育てる心を失う危機」に直面していることこそ、根本的な問題です。

◎ 今なすべきことを一つ一つ実行すること

私は、私たちの住む“まち”、先代より引き継がれた地域の自然を守ること・・・「まちの清掃活動」・・・をしています。まだまだ十分ではありません。一人でも二人でも私の行動に賛同していただければ…と思っています。

思いやりの心

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

07rose_ame21

思いやり心=利他心

思いやりは、「利他の心」とも言い換えられます。つまり、自分の利益だけを考えるのではなく、自己犠牲を払ってでも相手に尽くそうという、美しい心のことです。

「他人に親切にすると自分も気持ちが良くなり、他人に意地悪をすると自分も嫌な気持ちになる」と、いうことだと思います。

他人に親切にすると、喜ばれたり感謝されたりします。それで自分も良い気持ちになるのです。反対に他人に意地悪をすると、嫌われたり憎まれたりします。それで嫌な気持ちになるのです。

世の中には(特に小・中学校の子供のいじめが問題となっています)他人に意地悪をすると良い気持ちになったり、他人から親切にされると「人から情けは受けない!」などと言って腹を立てる“ひねくれな”人?もいます。

普通の人間は、他人から好かれることを望み、他人から憎まれることを嫌います。だから、人から好かれるようになるために、あるいは人から嫌われないようにするために、「利他の心」が起こるのです。

「利他の心」が起こる理由としてつぎに考えられるのは、「情けは人のためならず」という諺のがあります。これは、「人に親切にしておけば、必ずよい報いがあるという意味です。

この場合は、自分が行った利他の行為が、直接に報われるわけではありません。 しかし自分が親切にしたその人が、「人に親切にするのは良いことだ!」と実感して今度は別の人を親切にし、そのような「親切の連鎖」が人々の間にめぐりめぐって、いつかは自分も誰かから親切にされることを言っています。

あるいは、「親切な心」がめぐりめぐって人々の間に浸透すれば、犯罪や争いごとが無くなって社会が平和になり、ひいてはそれが自分の利益にもなっている。と、いうことかも知れません。

2018年12月12日 (水)

師走の雨

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

505bc6191

昨日は 今までの借りを返すような寒さになりました。

そして、今日は冷たい雨の朝に・・・

「寒いですーネ!」 挨拶を交わし後に出る言葉でした。

日本列島が本格的な冬将軍に襲われたよう。。。

北海道・東北地方は大雪となったところも・・・

明け方に 音抑えぎみ 師走雨

枯れ道を 静かに濡らす 冬の雨

師走雨 舗道に散りて 黒かりき

便利すぎる世の中の行方

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Img_01

便利すぎる?社会の行方

調査…朝日新聞の(2017年9月5日~9月12日)から~

問1.いま以上に便利さを享受するのと引き換えに、あなた自身が失うものはあると思いますか?

総数 155票の内訳
◎ おおいにある99票63.9%
28.4% 
5.2%えめめり
4 2.6%
 

問2.いまよりさらに便利になることで、社会全体はどのように変わっていくと思いますか?

 12 7.7% 
12 7.7% 
48 31.0%
49 31.6% 
34 21.9%

便利すぎるデメリット

上記のような結果ですが、私は、人が生きていく基本はを忘れてしまうことが大変問題と思います。人は、今住んでいる地球上でしか生きられません。今地球温暖化・環境破壊は、深刻な問題となっています。

これらの問題の起因するところは、便利だけを追及して・・・「助け合い・絆・協働・共生などの精神」大事ですが、「自己中心」の考えの人が多くなってしまっていることです。

独りでも生きていける?

世の中、独りでも、誰にも迷惑をかけずに暮らしていける?と勘違いしてしまう。人が生きる基本は、家族・地域社会・国があって生きられるのです。これは忘れてはいけません。便利さだけを追求しては、人間社会は破滅してしまいます。

法律だけでは守れない世の中で、道徳・規範意識が大事になってくるのです。思いやり・優しさが便利すぎると、忘れてしまうことがあると思うのです。

2018年12月11日 (火)

少欲知足そして感謝

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

2_2006_1201_133713dscf06031

「生きていられる・・・ありがたい」

生きていられることで“ありがたい”ことだと思えるようになったのです。

して、今あることに感謝しなければと、最近強く思うようになったのです。そして私がここに生きていられることが、どんなに素晴らしいことかと。。。

ついつい、“ある”ものではなく、“ない”ものに意識を向けてしまいがちです。あれが足りない、これが足りない。あれがあったら幸せになれるのに・・・これがあったらこの苦しさから解放されるのに・・・

すでにたくさん持っているのに、それは「あたりまえのこと」と考えてしまいます。そして、それがあることに感謝することもなく、「もっと、もっと」と欲してしまう。

「少欲知足」・・・生活の中の仏教用語 です。

まず、「少欲知足」の意味は「いろいろなものを欲しがりすぎず、今あるもので満足すること」という意味です。言い換えると、あまり欲張ることなく、今自分が持っているもので十分満足することといえます。

特に重要なのが「知足」という部分で、実は今の自分がさまざまなものに恵まれていることを知ることを指すといえるでしょう。ものがあふれかえっているといわれている日本の社会ですが、この気持ちは忘れないようになることです。
 

上を目指してもっともっつという、気持ちは分かりますが、まずは、今“ある”ものに意識を向けて、それに満ち足りること、喜びを感じること、感謝の気持ちを持つこと…それが大事です。

つまり、「足りないから埋めよう」と考えるのではなく、「足りてるけどもう少し増やそう」という考え方をする・・・すると、現実的に自分が満足するような出来事が次々と起きてくるのです。

2018年12月10日 (月)

環境に対する認知度が低い?

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

05detohama11

最近、鎌倉に漂着された、鯨の胃腸の中にマイクロプラスチックのゴミが飲み込んでいるという…ショッキングなニュースがありました。

神奈川県の由比ガ浜に打ち上げられた…シロナガス赤ちゃんの胃腸の中からプラスチック製の袋・ペットボトルなどが29キログラムが見つかったという。

この頃のシロナガス鯨の赤ちゃんは、母乳しか口に入れないというが・・・何か間違って飲んでしまったのでは・・・専門家は言います。私は、人間の仕業で大変なことが起きていることに、危機感を抱く一人です。 

プラスチック汚染、国内河川を調査

プラスチックのゴミは、市街地を流れる川からが多い・・・国内の河川で初めて、マイクロプラスチック調査すると、市街地を流れる川にはマイクロプラスチックがやはり多かったという。

「スターバックスコーヒー」や「スカイラーク」などの企業で、プラスチック製のストローを自主規制することが話題にもなりました。欧米ではプラスチック製品に対する取り組みは進んでいます。日本でもようやく、環境省が中心になって進めていくようです。

最近ではマイクロプラスチックという小さなプラスチックが注目されています。マイクロプラスチックは、大きさが5ミリメートルより小さいプラスチックのごみです。もとから小さい場合もあれば、砕けて小さくなったものもあります。 

近年、マイクロプラスチックについての調査や研究が進み、さらに主要国の首脳会議で取り上げられたこともあり、ここにきて一気に世界的な社会問題になっているのす。

マイクロプラスチックの話は海を対象にしたものが多いですが、忘れてはいけないのが川です。私たちのまちでも、河川管理通路を利用者、歩きながら、食べたり・飲んだり・歩行喫煙でも、ポイ捨てする人がいます。

環境に対する認知度が低い?

私はよくゴミ拾いをしますが、ゴミのポイ捨ては、一向に減りません。それだけ、環境に対する「認知度が低い」と言わざるを得ないと思います。空き缶・コンビニ弁当の袋・ペットボトル・タバコの吸い殻が多いです。

河川管理通路・道路の歩道・植え込みの中・公園や広場など・無意識・所定の場所に面倒だから、そして私の住む八王子市は、全市内歩行禁煙ですが・・・子どもは大人の行動見ています。マナー・規範意識が無い?私たちの将来に危機さえ感じられます。

2018年12月 9日 (日)

いよいよ冬本番

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

78c51da9bc51691af89cll2

12月に入って、今まで温かい日が続き、街中に様子も、いつもと違う雰囲気年末のようでしたが・・・

今日は寒い朝でした。

今朝の北海道では、大雪で気温が驚きの陸別で-23.1℃という寒さだそうです。私の住む東京・八王子市でも、今朝5時の気温が3.2℃でした。

そして予想最高気温は、11℃という。そして短日となり、街に飾られた、クリスマスツリーの輝きも、夕方も早めに点き始めてきました。 今年も慌しい年の暮れ・・・「どなた様もお体にお気をつけ下さいませ。」

昨日は、墓の掃除して・・・

 短日や 墓石に当たる 暖夕日

街を歩いていて年寄りの仲間に・・・

 寒いので 風邪引かないでと 言葉かけ

私もお年寄りの仲間です。「怒るな 転ぶな 風邪引くな」今年の暮れを大事に過ごそうと思います。

人生・・・「まだまだ」&「そろそろ」

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Photo

生きることは動くこと、動くことは生きること。

高齢者は、しばしば「棺おけに片足突っ込んでいる」などと自分の現在を表現します。しかし、そう語る人に限って「まだまだ死なんぞ、もう一花」とも思っているものです。

しかしまた、体調を崩して弱気になると「そろそろ(終わり)かな」と思ってみたりします。私を含め高齢者は概して「まだまだ」と「そろそろ」の間で生きています。言い換えれば「終わりの時を生きている」のです。

肉体もった人生は一時でも、その経験 感覚は永遠の中で生きて行く、だから気を抜かず・・・気を入れすぎず・・・今を大切に心がけることが大事なのです。

花は 土(養分)と水と太陽があれば十分咲いてゆける・・・人間は 愛と礼と敬があれば 人との和が育ち・・・うるわしく咲いてゆけます。

時代は常に変化

「祇園精舎の鐘の音、盛者必衰の理を表す…」平家物語の冒頭です。私は、わずか81歳ですが、戦争…終戦…などなど振り返っても万感胸に迫るものばかりです。

幕末の志士たちに大きく影響を与えた教育者の言葉は、今でも十分に心に響きます。

「時代の趨勢をよく見極め、その流れに対応して守るべきものは守り、変えるべきは変える。重職たるもの。この判断力がなければ、天下の大勢に後れを取るものと心得ておかなければならない」

世の流れに気付き

禅の修行は、毎朝同じ時間に起きて、掃除、座禅を行ないます。日々の生活が同じだから、変化が分かる・・・心が何かに執着していると、変化に気づかない・・・時代の変化、世間の流れを気づくには、やはりいくつになっても多様な方々との交流が大事と思います。

気づいたら行動を起こす。知行合一こそ、重職のリーダーシップと思います。年齢を忘れているかのような、先輩たちの行動力に学ぶところは多い、と思うこのごろです。

2018年12月 8日 (土)

四季を感じる心を持とう

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

5a3027710c2a7584155995e7ee9ff37e1

忙しないスピードで流れる時代・・・

私たちは心の余裕が持てなくなっています。余白もつくらずに詰め込んでしまうから些細なことでイライラする・・・必要以上に増やすから他人に優しくする余裕が持てないのです。

それには、意識的にゆとりを持つことです。そのために必要のないものはを手放すことです。

「四季を感じる心を持つ」ことです。

古来より、日本人の考え方、国民性、生活、宗教、伝統、文化・・・生きるすべては四季を感じる心と行事を大切にする心で作られています。

誰から強制されるわけでもないのに、ちゃんと季節や行事を大切に考えてきました。もう遺伝子に入り込んでるといってもいいでしょう。

子供にとって、おとな以上に年中行事や季節を感じることが大切です。それを数えることで、自分の成長を実感するからです。「もーいくつねるとお正月」のうたなんて、よくわかります。

ひとつ寝ると一日過ぎて一日分成長します。

季節を知る自然も・・・町に住んでいると気づかなかったり、知らなかったりします。「つた」「トンボのせなか」「からすうり」「ひがんばな」「ゆうやけぐも」などなど・・・

これ、なんだかわかりますか。「まっかな秋」のうたに出てくる赤い色の秋の風物詩ですが、知らない子供がいると思います。

いろいろなことに気づく心を育てたいものです。いつのまにかせみが聞こえなくなって…こおろぎも聞こえなくなって…ああ、木枯らしが吹いたなぁ…自分もそんな人間でありたいです。

2018年12月 7日 (金)

感謝すること

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Suiryu1

生きていることに感謝すること。

遠い昔より命を引きついた…父と母により、私に引きついた尊い命です。

人は自分一人では生きていけません。家族や職場の人たち、社会など、自分を取り巻くあらゆるものに支えられて生きているのです。

そう考えれば、自然に感謝の心が出てくるはずです。不幸続きであったり、不健康であったりする場合は「感謝をしなさい」と言われても、無理かもしれません。それでも生きていることに対して感謝することが大切です。

感謝の心が生まれてくれば、自然と幸せが感じられるようになってきます。

生かされていることに感謝し、幸せを感じる心によって、人生を豊かで潤いのあるものに変えていくことができるのです。

今あることに素直に感謝すること。

その感謝の心を「ありがとう」という言葉や笑顔で周囲の人たちに伝える。そのことが、自分だけでなく、周りの人たちの心も和ませ、幸せな気持ちにしてくれるのです。

昔、「青い鳥」という童話を読みました。

チルチルとミチルという非常に貧しい兄弟が魔法使いのお婆さんに言われ、幸福の青い鳥を探しに行く物語です。いろいろな国に行き、そこここに幸福の青い鳥がいるのですが、連れて帰ろうとすると籠の中からいなくなってしまいます。

どこの国で捕まえても、いなくなってしまうのです。

最後に、クリスマスの朝目が覚めて「夢だったんだ」と思ったら、自分が飼っていたハトの色がどんどん変わり、青い鳥になるのです。そこでチルチルとミチルの兄弟は「青い鳥はここにいたんだ」と気付くというお話です。

これは「幸せは他所にあるような気がするけれども実際は心の持ちよう次第で、本当の幸せはここにあるのだ」ということを教えているのです。

2018年12月 6日 (木)

人間の生きる目的

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Photo

人間の生きる目的は「幸せ」になることです。人生の目的とは、万人共通唯一のもののことで、命の重さに差別はありません。

日本人も、中国人も、アメリカ人も、ロシア人もすべての人は幸せになるために生きています。「人生の目的」は、古今東西すべての人の究極の関心事であり、最も知りたいことなのです。

「幸せになる」という人生の目的を明確にもち、その目的を果たすために、具体的な努力をすることです。

① 人に愛されること。
② 人に褒められること。
③ 人の役に立つこと。
④ 人に必要とされること。

この④つのうち③つ(②~④)は、働くことによって得られます。また、④つのうち③つが受け身であるのに対し、③番だけは主体的です。しかも「役に立つ」という行為には、必ず努力が伴います。

人は、努力なく褒められ、必要とされるよりも、努力した行為がそのような報酬をもたらす方が、より幸せを感じます。そして意識するかしないかに拘らず、人は誰しも「役に立ちたい」という思いを潜在的に持っているものです。

内に秘めたるその思いが、見送られることなく「表現できる場」が身近にあるか?

例えば、まちづくりのリーダーにとっては、そのような「場」をきちんと提供できるか、さらに大小のそれらの思いを、一つに束ねて大きな推進力とすることができるかどうか?

そして自分自身が、その「場」に、人々の幸せにどのように関わることができるのか?そして、その役に立つことが、私自身の幸せと思います。

他人のために尽くす…人は喜ぶ行為が…自分の「幸せ」の目的なのです。

長生きの秘訣・・・

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

447141

長生きの秘訣はいろいろあると思いますが、笑ったり、面白いこと、楽しいことを考えて日々を過ごすことも大切なことと思います。

笑うことによって脳が活性化されます。また、外に出て、多くの人と話をする事です。

認知症が問題になっていますが、これも、ぼーっとしている時間が長く続くとなりやすいそうです。仕事をすることも大事ですが、いろいろなものを見たり聞いたりして、また季節感を味わい、情緒豊かに、楽しく過ごすことが大切です。

身体的には、足が一番最初に年を取ります。

お年寄りはわずかな段差でもつまずいたり、よろけたりしやすい…バランスを崩しかけた時に、足の指の力でしっかり体を支えることができれば、転倒を防げるのだという。

・・・ですから足を鍛えないといけません・・・笑うことと同等によく歩くことがとても良いと思っています。

足を鍛えることは本当に大切です。人間は、手はよく広げますが、足は靴の中に入っていて、広げることがあまりありませんから、定期的に広げるのが大事だそうです。

つまずきやすい人の多くは足の指に問題があるそうです。

立った姿勢でバランスを保つには、実は、地面をつかむようにして体を支える「足の指の力」が欠かせない。お年寄りになってこの力が弱まると、転倒しやすくなるという。普段から意識し、足の指の運動をしておくことが大切だそうです。

ただ、寿命は一つの運命でもあります。いつ死を迎えても悔いのないよう徳を重ねていくのが一番の肝心です。

2018年12月 5日 (水)

今を大切に生きる

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Photo

「平凡は非凡」・・・平凡に生きるだけでも立派・・・

今の日本は、自ら命を絶つ人が、8年連続減少ということですが、2017年の日本の自殺者数は2万132人という。毎年2万人を超えています。

それだけ、生きづらい世の中なのです。 今の時代、平凡に生きるだけでも立派です。平凡に生きることすら難しい世の中なのです。

人生を大切にする人は・・・

今を大切・・・人生を真剣に生きている人は、「将来」「未来」という言葉をあまり使いません。それより「今」「今日」という言葉をよく使います。

「今」が人生に大きな影響を与えていることを肌で知っているからです。「今」が人生を作るのです。

過去を悔やまず、未来を憂いず、今を全力で生きる」

いろいろ考えて生きていると何もできなくなることがあります。過去の失敗を思い出すと後悔に打ちひしがれます。先のことを想像する不安になります。

私は、まだまだ全力で生きていません。どんなに他人の目を振りきっても、心のどこかに失敗や恥への恐れがあります。まだまだ、心の修行足りない?

2018年12月 4日 (火)

人と自然と技術の共生へ

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

1c7290021

自然の大切さ

本当に、今日ほど自然破壊が深刻な問題になっている時代もないと言えるでしょう。これは人間が利己的な物の考え方で快適さや便利な生活だけを追求し、地球にとってどうなのかを考えずに生活してきた結果です。

生物のみ生物を産む

諸々の生物を生み出す地球という天体は、地球自身が生命体であるということを知らねばならないのです。かつて江戸時代、日本は世界有数の循環型社会だったと言われています。自然に感謝し、自然と共に生きることがあたり前の暮らしでした。

今、私たちが暮している片倉の町も、そうした里山のひとつでした。片倉城跡は、鎌倉時代(1185年 ~ 1333年)からの長い歴史があります。今は、城の守護神として住吉神社が歴史を引き継いています。

地元の片倉まちの守護神として、多くの人に親しまれ、城跡公園として整備され、八王子市民の憩いの場所のひとつとされています。

みんなが自然を大事にし、親しみをこめて雑木林を“ヤマ”と呼び、やまゆりの花が群生していたのです。今では、市の公園課で、やまゆり・にりんそう・やまぶきそうなど復元し春るにはきれいな花が咲き出します。

しかし、私たちの大量生産、大量消費の便利な時代は、里山の有り難みをすっかり忘れ、いつの間にかこの“ヤマ”も、ゴミが散乱する林になります。

「このままではいけない。大切なことを忘れてはいけない」

私たちは、不法投棄されたゴミを拾うことからはじめました。その結果、少しずつ生物たちを少しづつでも取り戻したいのです。そして、生物多様性の高い里山に復元することがとてもだいじと思うのです。

人と自然と技術の共生へ

この片倉まち…山・川の自然に、新しい価値を生み出しながら、多世代で交流し、ともに「学ぶ場」になることを願っています。

気候変動、生物多様性、廃棄物のあり方について、一緒になって100年先を考えつづけていく。そうして、地球の“持続可能性への知恵”が集まる場となり、一人ひとりが「今日、自分にできることは何か」を考え、一つひとつ行動を起こしていく機会になれたら、大変うれしく思います。

2018年12月 3日 (月)

虚心坦懐に努めたい

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

177156871

「褒めらるるより毀られるな 」(ほめらるるよりそしられるな)の言葉があります。

他人から褒めたたえられることよりも、まず非難されないように身を処すべきことをいうことです。

慢心・・・

「慢心」は自らの能力や権力、立場の強さなどを過信するあまり、他人を思いやる心を失い、自分の気持ちを優先させる言動をとる人間をいいます。

慢心がいつしか欲心を制御できないところに来てしまったら、それをたしなめて意見するものもいなくなってしまい、社会的制裁を受けることになるでしょう。

自分を褒めて他人をけなす、そうすると自分の評価が高まると思っているかもしれませんが、自分に自信がないから、あえて自分のことを誇張したがるのでしょう。

自分のことを褒めて欲しいから人に褒められる前に自分を褒める。ところがそれは、かえって自分の評価を下げてしまうようです。虚勢を張ると、どこまでも張り続けなければならなくなります、そこには息苦しさがついてまわります。 

虚心坦懐に努めたいものです。

慢心の反対語・・・「虚心」

心に何のこだわりももたずに、すなおであることです。

虚心坦懐・・・心になんのわだかまりもなく、気持ちがさっぱりしていること。心にわだかまりがなく、平静に事に望むこと。

「虚心」は心に先入観やわだかまりがなく、ありのままを素直に受け入れることのできる心の状態です。「坦懐」はわだかまりがなく、さっぱりとした心。平静な心境です。

2018年12月 2日 (日)

幸福は他者とのかかわりの中で・・・

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Odaiba971

自我の認識・・・

自分という存在をどのように社会と関連させて認知できるか、自己の客体化ができるかは、何よりもまず社会の中での自分というものに気づき、自分とは何であるかを考えることです。

人は、他人のことは良く見えても、じつは自分のことはあまり知らないことが多かったりするものです。それは、鏡を見ないと自分の姿を見ることができないことにも、どこか似ているような気がします。

幸福は他者とのかかわりの中でしか生まれない・・・

どんな状況にあっても、より自分らしい役割を見つけ、この世に唯一人のかけがえのない存在として社会や時代に貢献し、広い世界の中に自分の場所を求めて羽ばたいてゆくためには、常に学び続けることが必要なのです。

子供の、自分中心に捉えられている世界観も、成長するにつれ、他のいのちの存在に触れ、いのちの温かさや愛おしさを感じ、やがて自分もひとつのかけがえのないいのちであると気づくのです。

そして、互いに支え合いながら身近な社会に暮らす様々な人々について学ぶ中で自分もその一員であることに気づくのです。

物質的に・経済的に豊かに・・・

人生が豊かになると、人々は信じて努力しているし努力してきのでしょう。楽になる、便利になる=幸福度が上がる・・・

現代の生活はモノやサービスがあふれ、人々にお金があるがゆえ社会の有償サービス等を利用し、いわばカネで解決できるので、無償の他人の助けを借りずとも殆ど物事の処理が出来るようになったのです。

そのため仕事や商売以外に他人を助ける事も、又助けられる事も少なくなったように思えるのです。つまり日々の暮らしで人の役に立ち、人に感謝され、人に尊敬され、人に必要な存在なのだと実感する事が少ないのが現代社会、特に都会での暮らしなのです。

本当の意味での喜びや楽しさ、人生の豊かさは心が通った人々の係わりの中でしか生まれないと思うのです。

逆に都会等で暮らしていると過剰なモノやサービスは当たり前で必然的に他人との係わりは薄れ、機械的にまわる世の中にいると次第に他人に感謝する気持ちも無くなっていくのです。

必要以上に他人と係わらなくなるのは色々な人であふれる都会では他人をいちいち信頼できる人間なのかを確かめるのが面倒だからです。

2018年12月 1日 (土)

地球温暖が深刻

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

142820090228081

今日は12月1日=川浸りの朔日(かわびたりのついたち)

私の子供の頃、母親は朝早く起きて、ボタモチを作って朝食にしたのです。子供ながらに楽しみにしていたのを覚えています。

ボタモチを食べ、近くの川(兵衛川)に行き…お尻を川の水に浸ける…と風邪を引かない?という風習があったようです。

ある年に川浸りの日(12月1日)兵衛川に氷が張っていて、お尻が浸けられない・・・「氷を割って浸けよう」ということで、川岸近くへ行って氷を割ろうとしたら・・・川に落ちて全身びしょ濡れ・・・急いで家に帰り、着替えをしたのですが、母親に酷く怒られて記憶があります。

今では、12月1日は、兵衛川はもちろん、バケツの水も凍りません。それだけ地球温暖化は進んでいる事を実感できるのです。

地球温暖化の影響は想定より深刻

韓国の仁川で開催されたIPCCの総会で10月8日に公表されたことですが、世界の平均気温はすでに産業革命前から1℃上昇しているという。

この10年間には、世界中の国や地域が、記録的な嵐や森林火災、干ばつ、サンゴの白化、熱波、洪水に見舞われてきました。報告書によれば、気温の上昇が1.5℃に達した場合、状況は大幅に悪化するという。2℃に及ぶとすれば、さらに深刻です。

未来に繋げる私たちの責任

世界中の、ひとり一人が環境意識の高揚と、地球温暖化を真剣考えていくことですが、それには、「教育」と地球を汚さない「道徳」が大切と思います。

« 2018年11月 | トップページ | 2019年1月 »