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2018年11月 9日 (金)

まちの自然を守ろう

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私は、私たちの住むまちは、歴史的にもゆかりのあるまちであり、山があり、川があり、自然豊なまちです。私たちのまちは遠い祖先から引きついた…自然の豊かさは、私たちのひとり一人が、後世に引き継ぐ責任があると思っています。

近年まちのあちこちに、ゴミが落ちているのが気になります。

よく落ちているのが空き缶とおにぎりのカバーなのですが、落ちているのです。コンビニでおにぎりを買った人は、歩きながら食べようとして、カバーを外し、そのまま道端に投げ捨てたのでしょうか?

みんながしているから?ゴミ箱がないから?タバコの吸い殻が捨ててあるから?(私たちの住む八王子市…では全市内歩行禁煙です)忙しいから?掃除は行政やればいい?

もしそれが事実だとしたら、そこに良心の呵責みたいなものは、存在しないのか…とても残念な気持ちになります。

缶コーヒーの空き缶も、明るい時は道端に落ちているのに気づきますが、夜、自転車がそこを走り、その空き缶に躓いたとしたら・・・考えただけでも恐ろしいです。

捨てた人は、そんなことすら想像できないのでしょうか?

ゴミを路上に捨てた人たちは、もし自分の家や部屋だったとしても同じ行動を取るのでしょうか?

食べたらゴミ箱ではなく、部屋の中に投げ捨てる。。。そして、誰も拾わずに、ただゴミだけが溜まっていく・・・きっと自分の部屋だったらそんなことはしないはずです。

では、なぜ外ではできてしまうのか・・・

私は「自然環境意識」というものが欠如しているのではないかと思います。全てが自分中心で、自分さえよければそれでいいという意識がこのような行為を引き起こしているのではないかと思います。

では、誰が街をキレイにするのか・・・そこに住んでいる私たちです。

ほとんどの人たちは、路上にゴミを投げ捨てるなんてことはしないと思います。でも、落ちているゴミを見て見ぬふりをするのも、あまり良いことではないと思います。

全てのゴミを拾うことはできなくても、ひとつでもふたつでも目にしたら、拾う活動を皆がしていくことで、地域全体が今よりもっと良くなるような気がします。

私は暇人?これからも自分にできる範囲でゴミを拾っていきたいと思います。

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