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2018年11月

2018年11月30日 (金)

信念を持つて行動する

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「信念とは?」

デジタル大辞泉・・・正しいと信じる自分の考え。固く信じて疑わない心。行動の基礎となる態度。

「信念もって生きる」とは・・・生きることにおいて、「行動の基礎となる態度」にぶれがなく、一貫性がある事が「信念」を持つという事です。

体験を通じて得られた「学び」や「教訓」「考え方」は、自分の心に奥深くに浸透し、それを元に、「固く信じて疑わない心」である「信念」が形成され、「行動の基礎となる態度」にぶれがなく、一貫性を持たせる事が出来る・・・つまり、「信念を持つ」事が出来るようになるのです。

ナンバーワンでは無く、オンリーワンに・・・

一般の社会でナンバーワンを目指す事には意味を感じず、自身の「信念」を貫いた先にある、オンリーワンを目指す事にこそ、価値があると考えるようになるのです。

万人には受けなくてもよい」

自分の大事にしている「信念」に基づいた、「価値のあるもの」に「共感」してくれる人が少しいればよい!と考え、無理に「数」を追わず、「同質性」を大事にします。現代社会は、「集団」重視の社会から、「個」が主役の社会へ変化しています。

「信念と一貫性」…

この一貫性を貫けば貫くほど、人に対する姿勢・態度が常に同じになるため、相手から信頼されやすくなり、一定の評価を受け、良好な人間関係(信頼関係)を築けるようになるのです。

携帯電話など、デジタル技術が発展した現代においても、人が生きる上で、変わらず大切なものです。それは、リアルな人とのコミュニケーション、そして信頼関係を築くことです。

人とのご縁・繋がりこそが、自他ともに活躍が出来る可能性を広げる、最も有効な手段なのです。

2018年11月29日 (木)

幸せの定義

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「幸せの定義は自分の心がつくるもの」

日々の生活の中で、「幸せ」を感じる時間はどのくらいあるでしょうか?

1日、1回ほど?それとも何回ほどでしょうか?

人によって、また、おかれた環境によっても異なるでしょうが、幸せを感じる時間が多ければ多いほど、楽しい毎日を過ごせそうです。

さて、このことばには、2つの意味があるのではないかと思います。

1つ目は、普段、自分の周りに当たり前にある幸せに気づいているか、ということ。2つ目は幸せ、不幸せという価値観は自分の思い込みで生まれるということです。

「当たり前にある幸せへの気づき」とは、今日も一日を問題なく迎えられ る幸せ、朝ご飯がおいしいと感じる幸せ…おはようと挨拶を交わしてくださる人がいる 幸せ…幸せを数えていけばきりがありません。

そして幸せを数えれば数えるほど、実は自分を取り囲む幸せがたくさんあるのだと、実感できるのだと思います。

2つ目は、「幸せという価値観は自分の思い込みで生まれる」とは、具体例を挙げれば、 どんなに恵まれて幸せそうに見える人でも、本人が幸せだと思っていなければ、その人は 幸せではないということがあるでしょう。

満足している高齢者というのは、老荘思想に「足るを知る」という言葉があるように現実を受け入れている人です。欲望を持ち、何かをしたいともがく人ほど苦しみます。

片倉城跡公園を散歩して

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私は、この地(八王子市片倉)に、長いこと住んで思うことは、田畑の村から町えと変わり…人も変わり…歴史の移り変りで…秋から冬へと季節が変わるころ…万感の想いがします。

湯殿川で泳いだり、魚を捕ったり、山で栗を拾ったり、うさぎを追いかけた昔が懐かしみながら・・・

片倉城跡公園を散歩して・・・

参道を 落ち葉で埋める 城の址

暖冬や たんぽぽ咲いて  冬いずこ  

さくら枝 葉を落としては 天を指す

池しずか 色とりどりの 落ち葉浮く

 寒い朝  歩幅も狭まる 年になる

2018年11月28日 (水)

認知症のこと

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NHKラジオ深夜便・・・「明日へのことば」を聞いて…

『実はボク、認知症になったんです。』・・・認知症は、誰でもかかる可能性のある脳の病気です。

認知症介護研究・研修東京センター
名誉センター長 長谷川和夫氏

11月28日(水)4,00時時代の放送を聞いて・・・「誰でもかかる病気」なんだと思い知らされたのです。

厚生労働省の2015年1月の発表によると、日本の認知症患者数は2012年時点で約462万人、65歳以上の高齢者の約7人に1人と推計されています。

認知症の前段階とされる「軽度認知障害(MCI: mild cognitive impairment)」と推計される約400万人を合わせると、高齢者の約4人に1人が認知症あるいはその予備群ということになります。

パーソン・センタード・ケアとは?

パーソン・センタード・ケアは、認知症をもつ人を一人の“人”として尊重し、その人の視点や立場に立って理解し、ケアを行おうとする認知症ケアの考え方です。

認知症予防のこと

1.生活習慣病を予防・治療する

すでに生活習慣病にかかられている場合は適切な治療を受け、そうでない場合は定期健診を受けるなど、生活習慣病の予防に励むことです。

2.運動する

運動で脳を刺激することにもなるのです。きちんと栄養を摂って筋肉づくりをするなど、体のメンテナンスを行うことです。

3.他人と交流する

人間は社会的動物といわれます。他人との交流がなによりも脳を刺激し、生活の豊かさをもたらします。

4.食事・・・低糖質・低塩分を心がける…いろいろな食べ物・飲み物をバランスよく摂ることです。

いつもの行動に頭を使う工夫を…知らない街を地図やガイドブックを参照に歩いてみたり、俳句や短歌を作りながら歩くなどもよいでしょう。

高齢者と生きがい

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高齢者の生きがい・・・

人は誰でも、何らかの「生きがい」を持つことで、人生の価値や意味を見い出そうとします。

生きがいとは…「生きるはりあい。生きていてよかったと思えるようなこと」と定義されています(広辞苑)。つまり、人にとって「生きる価値や意味」を与えるものである。と捉えることができます。

「高齢者の地域社会への参加」すること

高齢者の生きがいはボランティア?高齢者の孤立死・孤独死対策には社会参加による生きがいが必須と思います。一方「孫など家族との団らんの時」に生きがいを感じると思う人もいるでしょう。

このように、どのような時に生きがいを感じるのかは、人それぞれであるのかもしれません。しかし、健康状態や身近な人との関係が、高齢者の生きがいに深くかかわっていることは、言うまでもありません。

私の考えていること…地域社会に少しでも、お役に立てればと、一人でも出来る、ボランティアを継続していく・・・そして、健康を維持し、近隣の人・親しい友人や仲間との良好な関係を築き、親密な交流をもつことが、高齢者の生きがいを高められると考えています。

日本は「高齢化率が世界一」「超高齢化社会」

超高齢社会とは、65歳以上の人口の割合が全人口の21%を占めている社会を指します。

高齢化の進行具合を示す言葉として、高齢化社会、高齢社会、超高齢社会という言葉があります。65歳以上の人口が、全人口に対して7%を超えると「高齢化社会」、14%を超えると「高齢社会」、21%を超えると「超高齢社会」と呼ばれます。

平成30年度・・・総人口に占める65歳以上人口の割合(高齢化率)は27.7%です。(総務省発表)

2018年11月27日 (火)

小さな親切の輪をひろげよう

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小さな親切でも…

みんなですれば大きな力になります。

「親切の輪を広げよう」

ひとりの小さな行動も、集まれば大きな力になり、世界を変える力を持てると私は思います。

“小さな親切”を絶えず行っていくことが大切です。

大学で学んだ様々な知識や教養を、ただ頭の中に百科事典のように蓄えておくだけでは立派な社会人とはいえません。その教養を社会人としての生活の中に生かしていくことです。

やろうとすれば誰でもできるものです。

「“小さな親切”はバラバラな知識を融合させる粘着剤の役目を果たすのです」 他人に親切にするということは、『自分自身も同時に恩恵を受けている』という事実を忘れてはいけません。

親切は相手のためであることは確かですが、相手が喜ぶことによって、自分自身も嬉しいはずです。ということは、逆にその相手が私を喜ばせてくれた、ということにもなります。

他人に『親切をさせてもらった』と考えるべきなのです。

他人に親切にするのは良いことですが、「してやった」などと思わないことが、あなたの人間性を高めていくことになるでしょう。

親切にしてあげたことによって『自分自身も同様に喜びをもらった』という視点で考えてみると、うわべだけでない、本当の親切とは、どういうことかが見えてくるでしょう。 

2018年11月26日 (月)

自分が出来ることから始める

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誰もが安心・安全に暮らせるまち・・・自分で出来ることから始める・・・

私は、「まちの清掃活動」・・・ほぼ毎日家の近所でゴミ拾いをしています。そもそも私がゴミ拾いを始めたのは、年金暮らしで、これって好きな趣味もなく、何か地域社会に貢献出来ることはないかと思い付いてからです。

単にゴミを拾うだけでなく、「“通る人にあいさつ”挨拶を」心がけてみました。

通行人に挨拶したら「ごくろうさま」「ゴミ拾いありがとう」と言われることもあり微力でも役に立てているのだということも実感できました。

そんな経緯によりゴミ拾いを通して近所での挨拶が定着、近所との関係が築けて個人が孤立しない糸口になると思うようになりました。

そこから近所同士で支え合う地域環境を創る一助となれると考えました。周りの人たちからは行動して続けられて凄いとそこを評価してもらうことがよくあります。

確かに自ら行動を起こして更に続けるって簡単な内容でも意外と難しいですからね・・・

ただ、そこから気付いたのがこのゴミ拾いを通してどんな人でも、たった一人からの小さなスタートであっても地域のためにできることはあるというメッセージを発信できるということです。

そのためゴミ拾いも自分のできる範囲でゴミを拾うようにしています。拾ったゴミは、承認を得て、市の出張所・市のコミュニティセンターで処分しています。

タバコの吸殻一本拾うだけでも自分のできることを始めていることになります。全くやっていない時の0とタバコの吸殻一本拾った時の1は全然違う。その事を強調しながらこれからもゴミ拾いを続けていきたいと思います。

2018年11月25日 (日)

ボランティアの活動して思う

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最近、まちの清掃活動していて・・・

ボランティアとは何だろう?改めて考えてみることがあります。

「ボランティア」というと、福祉分野の活動?環境、まちづくりなど、ボランティアの活動? 

地域社会の課題を解決するために、個人の自由な意志で誰からも強制されず、無償でする活動を広くボランティアと呼ぶようになってきているように思うのです。

そもそも、「ボランティア」とは、ボランティアの語源は、vouluntas(自由意思)、voluntarius(自らすすんでいる、任意の)などのラテン語からきているという。

「ボランティア精神」とは

「お互いに助け合う心」です。ボランティアは参加するのではなくさせていただくもので、ボランティアとは人のためにするのではなく、自分のためにするものです。その結果それが人のためになることです。

ボランティア活動の3原則

①  自発性

 ボランティア活動は、他人から指図されて行うのではなく、個人の自由意志で行う行為です。活動をする・しないを決めるのは自分です。

② 無償性

 原則として、ボランティア活動をするときは、活動そのものに伴うお金はもらいません。ただし、活動するために発生するお金(ボランティアの交通費など)は実費弁償としていただいて結構ということです。

③ 社会性

 ボランティア活動は、だれもが住み慣れた地域で、その人らしく生きられる地域づくりのために協力して行う活動です。

2018年11月24日 (土)

「老い」は治らない?

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日本人の平均寿命は年々延び、男女ともに80歳を超え、いまや世界一の長寿国になりました。日本人の平均寿命は、男性は「81.09歳」、女性は「87.26歳」となりました。

一方、健康体で生活を送れる「健康寿命」は男性で72.14歳、女性は74.79歳(2016年)男性は晩年の9年以上、女性では12年余りの期間、病気やけがで日常生活に支障が生じているという実態が浮かび上がります。

老後の日常生活の不安と悩み

平成29年度の「国民生活に関する世論調査」(内閣府)では、60歳から69歳の人の約65パーセント、70代以上の約61パーセントの人が、日常生活での不安や悩みがあると答えています。

平均寿命が延びていても、元気で生活できる期間はそれほど長くないのです。個人差はありますが、人間の体は加齢とともに骨や血管がもろくなり、肺活量が減り、筋力も落ちるなどすべての臓器が弱って身体機能が低下します。

また耳が聞こえにくい、目が見えにくい、関節が痛い、転びやすいといった高齢者特有の不自由な症状も、身体機能の低下が主な原因です。

すべての人に訪れる老いのプロセスを受け入れ、不具合や病気が生じたときは完全に元に戻すことを目指すのではなく、上手にコントロールしながらつきあっていけばいい。気楽に楽しく生きることが、健康寿命の延長につながっていくのではないでしょうか・・・

不安は子供に頼れない介護の生活

つては、子どもがいれば、子どもに老後の生活を丸投げできました。子どもは、親の面倒をみるのがあたりまえでした。高齢者にとって古き良き時代でした。

現在はどうでしょうか?老後の生活を子どもに頼るのは可能でしょうか?子供たちにも守らなければいけない生活があります。高齢者は時代にあった、老後準備が必要なのかもしれません。

2018年11月23日 (金)

思いやりの心

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争そいごとのない平和を願っている人は多いことでしょう。

しかし、いつの世も争い事は絶えません。その理由は、自分の欲が強く、他人の「思いやりの心」が、持てないからだと思います。

思いやりの心

 他者に対する思いやり、人を気遣ったり同情する気持ちのことです。

人に優しくしたい純粋な親切心が動機になり、自分なりに相手の気持ちを相手の立場に立って考え、 想像した相手の気持ちを大切にした行動を取ることです。

そして、大前提として、見返りを期待しない純粋な親切心が動機になること・・・ 決して自分が好かれたい(得したい)、あるいは嫌われたくない(損したくない)といった保身的な気持ちが行動の動機になるわけではありません。

そうした純粋な動機のもと、自分なりに相手の気持ちを、相手の立場に立って自分が当事者だと思って考える・・・その結果出た「相手の気持ち」を大切にする行動を取る・・・

これが私の考える「思いやりの心」です。

そしてこの純粋な親切心から来る行いは、たとえ相手を気にかける、些細な一言であっても相手の心にきちんと伝わり響くもの。そのため本人が見返りを求めなくとも巡り巡って返ってきます。

純粋な親切心から来る思いやりの行動は連鎖するのです。どんな形で返ってくるのかと言うと、例えば、普段から思いやりのある態度で接してもらえたり、本当に困った時にも快く力を貸してくれる・・・

他にも、周りに思いやりの心を持つ良い人が集まったり、自分が幸せな気持ちになれるのもその一つでしょう。私たちはどうしても与えたら受け取ることを期待しがちであり、実際に社会で生きていく上で「お互い様の精神」はとても大切です。

純粋な親切心から人を思いやっていると、思いがけず真心からの思いやりが返ってきて人望も集まるものです。

2018年11月22日 (木)

デラシネに時代に思う

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「デラシネに時代」

「デラシネ」とは・・・[(フランス) dracin] 根無し草。転じて、故郷や祖国から切り離された人。今、世界中に6850人もの難民がいるそうです。日本は難民とどう向き合うかなどの問題が提起されてます。

今、国会の最大の焦点となっている、外国人労働者受け入れ拡大の論議されていますが・・・日本人の生き方が、グローバル時代とともに、大きく変っています。

日本には、日本の古来から引き継がれた、文化・価値観がありますが、私は、現代人に歴史をさかのぼって、日本人の固有の文化を考えて、現代に生かしていくべきと思うのです。

「温故知新」

「故きを温めて新きを知る」…前に学んだことや昔の事柄をもう一度調べたり考えたりして、新たな道理や知識を見い出し自分のものとすることです。

「共生」と助け合い

助け合いで生きていられる・・・から独りでも生きていける時代と・・・勘違いの人の多い時代です。高齢化や人口減少が進み、地域・家庭・職場という人々の生活領域における支え合いの基盤が弱まってきています。

本来、人は一人で生きているのではありません。家族をはじめとして、隣近所、町や村の中で多くの人々と係わりながら生きていられるのです、その関係を大切にすることです。助け合いながら生きてゆけるのです。

暮らしにおける人と人とのつながりが弱まる中、これを再構築することで、人生における様々な困難に直面した場合でも、誰もが役割を持ち、お互いが配慮し存在を認め合い、そして時に支え合うことで、孤立せずにその人らしい生活を送ることができるような社会としていくことが求められていると思うのです。

一方、「 共生…ともいき」とは、単にこのいまの世での生きものとの共生ということだけではなく、もう一つ大切なことが含まれているのです。それは過去から未来へつながっている“いのち”との共生です。

自然との共生

環境破壊…人間の環境に対する配慮を忘れていけない…やがては人間には、大きな代償が・・・プラッシックゴミは、世界的に大きな問題となっています。

インドネシアの島の海沿いに流れ着いたマッコウクジラの胃の中から、ポリ袋やペットボトルなど大量のプラスチックごみが見つかった。

海に捨てられたごみをのみ込んだとみられ、胃の中から計5・9キログラムのプラごみが見つかった。ポリ袋25枚やミネラルウォーター入りで売られるカップ115個、ペットボトル4本、サンダル2個、ロープなどです。((11/22AM1時)のNHKラジオニュース)

2018年11月21日 (水)

人の心を動かすには・・・

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人の心を動かすには…人の心が掴めなければいけません。

では、いかにして人の心を掴むかです。

理屈・理論ではありません。真剣に自分の心を示す行動し続けることです。

「行動の継続」

毎日、少しずつでも自分自身の成長を止めることなく伸ばすことです。

そして、ただひたむきに、行動すれば気が付き、“本物”と認められます。

率直で誠実と評価され…感動すら与えるのです。

◎ なにか相手にやって欲しい行動があるとしたら…

「好意的な言動を示す」ことです。

自ら進んで行動をとってもらうことが出来ると思います。

いうまでもなく友人や家族、恋人の言動は他人よりも信頼できるものです。

外見や笑顔、話し方や態度など、自分が信頼できると思える人の行動は…なによりも説得力を持つと思います。

そうすれば、外見のみならず、相手を批判も否定もせず、率直かつ誠実に相手を評価することでしょう。

2018年11月20日 (火)

終末期を考える

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高齢化では、身体的機能は徐々に衰えます。

私たち年代(1935~45年代生まれ)は、親と暮らし、見送った世代・・・

私の住む地域でも、高齢化が進み、誰しも、自分の近い将来の落ち着き先を、案じているのではないでしょうか・・・長年暮してきた、今までの地域(ご近所)とのお付き合いや、しがらみ、を断ち切りざるを得ないことになり、なんとも切ない想いがします。

高齢期の住まい&暮らし

自分たちの人生を創ってきました。ただ、“自立”というのは、どこまでも自力で、というのではなく、最期は介護の手が必要となっていくのです。

「核家族化の現状と子どもたちには面倒かけたくない」昔と違い、これからは事情が違います。 親子同士、頼り合うのは当然ですが、基本は互いに“自立”していることです。

「考えられる介護付き老人ホームの生活を検討」

できれば、普通のそのあたりの住宅地に住んでいる老人として暮らしたい。時間と共にこれまでのつき合いや趣味を続けられる今の生活圏に的が絞られ・・・普通に、老人として暮らしたい・・・ ホーム選びの条件は、二人で住めること、終末期が安心して生活できること、そして、日常生活で老人扱いされないことです。

「サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)」のこと…「住居がバリアフリー」・「安否確認サービスを行う」ということが最低条件

「サ高住」の供給促進に向けた税制優遇のほか、サ高住の条件を満たすための建築や改築の際には民間事業者・医療法人・社会福祉法人・NPO等に直接補助を行なっています・・・ということです。

ターミナルケアのこと

ターミナルケアとは、死を目前にした人のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)の向上を目指すケアのことです。治療を目的とせず、「残された時間を充実したものにしよう」という考え方です。日本では1980年代以降、緩和ケアの発展を通して、少しずつターミナルケアが重要視されるようになっています。

2018年11月19日 (月)

働くことは生きること

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石段は一段登るたびに風景は変わります。…人生も同じです。

将来の夢を描いていると、次々と浮かんできて、一気に十段もを上がったような気になることがありますが、まずそれは実現への夢というだけです。

石段を十段も飛んで上がることはできないものです。

じれったくても辛くても一段一段のぼるしかないのです。一つひとつ形に残し、きちんと積み上げて次へ進む・・・そうやって確かめながら重ねた経験だけが自信へと変わっていきます。

焦らず、絶望せず今日一日を生きていれば・・・

「明日はまた明日の風が吹く」のことわざがあります。

つまり石段を一段一段確り上れば、新しい風が吹き、苦しかったり、うまくいかなかったりしても、やがて目的に達することができます。絶望するな、希望はちゃんと先にあるということです。苦しかったり、辛かったりの経験が生きる術となっていくのです。

今日の私たちは文明や社会の中に保護されていて、スムーズに生きていけると錯覚を持っているけれど、実は一人ひとりが自分の手足を動かし、自分で働かねばならないのです。 

社会に寄りかかって生きていけるものではありません。人間は死ぬまで仕事です。お金のためではなく、もっと広く、働くことは、私たちが生きることそのものだからです。

地域の安心・安全はみんなで・・・

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地域の人間関係の希薄化

私たちのまちでも、少子高齢化・核家族化で、老夫婦や、ひとり暮らしのお年寄りが多くなってきています。都市化が進み、ワンルームマンション・住所変更していない学生・労働者が増えているようです。

今、人間関係の希薄化と相まって、今、地域からの孤立が大きな社会問題となっています。何かあったとしても近くに頼れる方がいないという人も多いのではないでしょうか・・・

中には、他人に迷惑をかけたくないと思い込んでいる人もいます。そんな人々の声にならない声に耳を傾けていくこと、これが見守り活動の始まりだと、考えています。

お隣近所で気になる人、心配な人などがいらっしゃるはずです。こうした方々の対応を行政の力だけに頼るのではなく、最も身近な市民がお互いに助け合っていく、その具体的な取り組みとして「声かけ・訪問活動」があります。

遠い親戚より近くの他人

血の繋がっている親類であっても、遠く離れて暮らしていれば行き来も少なくなり、情も通わなくなるもので、万が一急を要する出来事があった場合に助けられることはない。赤の他人であっても、自分の近くにいる人のほうが、かえって力になってくれるということです。

昨日、私たちのまちでは、町会の呼びかけで、地域の防災訓練…消防署の指導で、スタンドパイプを使い、消火訓練をいたしましたが、参加者が20名ぐらいでした。20代~50代の方の男性はいませんでした。

天災は忘れた頃にやって来る・・・自然災害はその被害を忘れたときに再び起こるものだという戒め(寺田寅彦の名言)があります。

2018年11月18日 (日)

季節の移ろいを捉える

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「あれ!もうこんなに、紅葉が・・・」

忙しい世の中の、暮らしでは、季節の変化を感じにくいものです。

ハロウィン、クリスマス、お正月といったイベントに合わせた時間の経過を感じることはあっても、自然の季節を感じる機会は減っています。

一方で、自然豊かな山にいくと、季節の変化が驚くほどに豊かです。季節とは、ゆっくりとグラデーションのように変化していくものです。あるときにがらっとすべて次の段階に変わるものではありません。

四季の中でも、日々刻々とうつろい続けていくものです。

しかし、季節を感じる余裕を忘れてしまうほど多忙な生活を送っている という方もいることでしょう。「生活に追われていたら、気づけば秋が終わっていた…」  そんなこともあります。

いっときも無駄な時間は無い。

「季節を感じるとは、今を生きること」季節を感じるということは、今を生きることです。過去でも、未来でもない、今を生きることです。今を生きるとは、言葉でいうのは簡単ですが、実は結構むずかしい…ことです。

「季節を感じる」ということは、意識を「今」に、関心や注意が集まります。

例えば、紅葉にしても、少し前はまだまだ色づいていなかったのに、今はすっかり紅葉して葉が落ち始めた・・・

それだけで一日一日の重みを感じられます。どんなときも、無駄な時間はありません。そう思って生きることで、今日という日を生きる重みを思い出すことができるのではないでしょうか。

2018年11月17日 (土)

人生は選択の連続

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シェイクスピアの名言に「人生は選択の連続」があります。

選択しなくては進めない事柄が本当に数多くあります。今ベストだと思うことが未来においてベストかどうか分かりません。その後の人生を大きく左右するものなのに、決め時は今、というものも多いです。

その時ベストな方を選んだとしても、歳を重ね状況が変わればベストだと思うことも変わってきます。 ならば「後悔したくない、後悔しないように」ではなく・・・

「後悔はするもの」と思ってみる?

後悔はするものだから。。。生き方のプランを考えよう どんな選択においても「後悔はするもの」であるならば、自分の生き方について大きくプランを立てること。。。

1つ1つの選択は木に例えると枝葉のようなものです。

まずはしっかりとした幹を決めることが必要です。 幹を決めておけば選択する場面がどんなに多くとも、理想とする生き方から大きくそれることはないでしょう。

もちろん、歳を重ねていく中で生き方そのものを変更したくなることもあるでしょう。 そんな時は基本となる幹のプランを変更します。それに付随する枝葉の部分は、幹がしっかりしてさえいれば流れに沿った選択をすることが可能です。

「失敗の連続するもの」と思ってみる?

どんなにひどい失敗も屈辱も、人生にとって大切な意味があることを、私たちは知っているはずです。間違いは成功するために必要なものが、足りなかったというヒントを与えてくれ、喪失は私たちが何を必要としているのかを教えてくれます。

たとえ混乱と間違いと失敗を繰り返し、誰かを傷つけてしまう日々を10年間過ごしたとしても、その経験はその後の人生を成熟させるのに必要だった、と捉えることができます。

私たちは自分のアイデンティティを確立するために・・・また正しく他人を理解するために失敗も必要なのです。そのように解釈して心の自伝を書き直せば、私たちは人生の失敗を許すことができるでしょう。

平均寿命と健康寿命

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健康寿命

「健康上の問題がなく、日常生活が制限されることなく送れる期間」を示す…健康寿命は、女性は74.79歳、男性は72.14歳です。

平均寿命

2017年の日本人の平均寿命は女性が87・26歳、男性が81・09歳で、いずれも過去最高を更新しました。

重要なのは「平均寿命」ではなく「健康寿命」

今後も平均寿命の延びに比べて健康寿命の延びが少ないということは、それだけ不健康な期間が増えるということを意味します。

個人の生活の質の低下だけではなく、家族の負担や、社会的な負担を減らすためにも、健康寿命を延ばすことが重要です。

健康寿命を延ばすには・・・(スターキージャパンHear Better.Live Better.BLOGより)

◎ 生活習慣改善

栄養バランスの偏りが少なく、規則正しい食事、十分な睡眠など、基本的な生活習慣の改善が大切です。

◎ 運動

適度な運動は心肺機能の維持や肥満の予防にもなります。そのほか、運動は、認知機能や心理面などへ良い影響も与えます。

近年注目されているのが、ロコモティブシンドローム(運動器症候群)です。骨や筋肉、関節、軟骨など、運動器のいずれか、あるいは複数に問題が起こり、座る、立つ、歩くなどの基本動作や生活に支障が出てしまうことをいいます。

ロコモティブシンドロームをそのままにしておくと、生活面だけではなく、外出や余暇活動にも影響を与えてしまいます。運動によって、このロコモティブシンドロームを予防することも大切です。

◎ 自立 働くことの重要性

身の回りのことを、できるだけ自分でしたいという人は多いものです。健康寿命を延ばすという観点から、できるだけ自立して過ごすということは非常に重要です。

また、仕事などを通して社会的な役割を果たすことも大切でしょう。他者との交流が生まれる他、頼りにされる、あるいは自立して生活をしていることへの張り合いや、責任感も保たれます。

健康寿命を延ばすためには、身体の健康面はもちろん、心理的な健康も、保っていくことが大切になります。

2018年11月16日 (金)

地域の連帯意識を高めよう

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刑法犯の認知件数が減少。(政府広報オンラインより)

刑法犯の認知件数は減少を続けており、平成25年の約131万件に対して、平成29年は約92万件となっています。一方、子供や女性、高齢者が被害者になる犯罪は依然として発生しています。

刑法犯の認知件数は減少しているにもかかわらず、治安に不安を感じている人が少なくないのが実情です。

治安に関する世論調査では、「最近の治安に関する認識」の問いに対して、「悪くなったと思う」「どちらかといえば悪くなったと思う」という回答が合計で60.8%と半数を超えています。

また、「日本社会に関する認識」の問いに対して、「地域社会の連帯意識が希薄となった」という項目をあげた人は54.6%で、2番目に多い回答となっています。

地域社会の連帯意識が希薄になっている中では、周囲に対して無関心であったり、近所に住む人の顔や名前も知らなかったりするために、不審者が近所をうろついていても気づかない、見て見ぬふりをするなど、地域社会の犯罪を防止する力が低下すると言われています。

公園の清掃活動みて

昨日、公園の清掃をしている、ゴミや空き缶・ペットボトルはもちろん落ち葉を履いている近くの町内の、ご夫婦がいました。落ち葉だけで40リットル袋5個以上でした。

「ご苦労さん・ありがとうございます。」…私は、感動したのです。

今、私たちの地域でも、環境に対して、「町が汚れているなぁー」と思っていても、掃除をしようと行動を起す人は少ないのです。そのご夫婦とは、面識はなかったのですが、私の清掃活動を見ていたようです? 

地域の環境意識の高揚とコミュニケーション活性化

一人でも環境意識を…暇な人は一人もいません。アイデアはお持ちのようですが、実行・行動を起さないのが実情です。勇気をもって・・・自分が出来ることでいいのです。 行動を起しましょう。

安心・安全なまちづくりは、清掃活動以外にも・・・

① 町内でのあいさつ ② 声かけ運動 ③ 空き家の確認・④ ひとり暮らしのお宅の見回りなど、地域の中でのちょっとしたコミュニケーションや活動によっても、地域を見守る機会が増えることになり、不審者を寄せ付けにくくするといった効果があります。

2018年11月15日 (木)

マナー教育の大切さ

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マナーを通して思いやりの心を育てる

マナーを守ることは大切なことで、どうして守るのか・・・理由があります。

例えば靴を揃えるといった行為ですが、整頓するという意味のほかに次に履くときに履きやすくなるという意味もあります。

マナーには誰かに迷惑をかけないように、相手が気持ちよく過ごせているかなど、相手を思いやる心が隠れています。マナーの形を子供に教えて習慣付けさせるのはとても善いことですが、どうしてそれをするのかの意味を合わせて教えることで、ほかの人を思いやれる優しさも教えることができます。

将来気配りができ、円滑に人間関係を築ける大人になるために、マナーをしっかりと教えていくことはとても重要なことなのではないでしょうか・・・

マナーで社会に出ていく基礎を作る…親はいつの日か子どもが自立して、社会に出て、しっかりと生きていくことを願うものです。

だからこそ、ときには厳しく叱り、そして子どものうちから「自分で出来ることは自分でする」・「ハイという返事をする」・「あいさつをする」・「整理整頓する」・「後片付けをする」…などのマナーを教えることにより、子どもは生活習慣や社会性、協調性といったものを身につけていくのです。

親が子どもにマナーを身につけさせることは、将来自立して社会に出ていくための自信をつけてあげることにつながるのです。マナーを教えるのに幼すぎるということはありません。将来立派な大人になってもらうためにも、今日から実践することです。

2018年11月14日 (水)

正しく生きるには・・・

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正しく生きるには、「正しいものの見方」ができなくてはいけません。

「自分の身体」を自分だと思っている人は、ものを正しく見ていません。なぜなら、実際に有るのは形(身体…ボディ・物)ではなく本質だからです。形はあくまでも本質の現れであって、実際に有るものでは無いのです。

実際に無いものを有ると見て、どうして正しい物事の判断ができましょうか?それでは正しく生きられるわけがありません。人間の不幸は、ものを正しく見ない所から波生しているのです。

ドン・ミゲル ルイスの 四つ約束 

① 正しい言葉をを使うこと。② なにごとも個人的に受け取らないこと。③ 思い込みをしないこと。④ つねにベストを尽くすこと。

私たちは、世の中をあるがままに見ているのではなく、自分が見たいように見ているのです。そして、その思いこみの、とらわれから開放されたとき、私たちの真の自由を手に入れることができるのです。

「思い込み」…現実とは異なる妄想の世界へと、人々を誘い不安や苦しみをもたらします。そして、本来の自分自身を罠から「思いこみ」・・・逃げることが必要です。

何が「思い込み」なのかを知ることが必要です。それには、時と勇気が必要かも知れません。しかし、真実のの姿を見出すことは、本当の自分と出会う大切な知恵なのです。

この世の中は自分の世なのであり、他人の世の中では絶対的にないのです。そして、他人が干渉することもできない。どのような世界を創るかは、自分の選択によります。

この世の中、は幻想であり夢である。規範や信念に合せて、与えられた夢に捕らわれるのではなく、自ら戦士として夢を支配すべきです。

混乱ではなく、秩序をもって、シンプルに…反応ではなく行為をもって、強烈に今を生きること・・・そして全ての行為は、神聖な儀式となるのです。 幸福とは、それを選択することであり、苦しみもまた同じです。

2018年11月13日 (火)

暖かな冬?

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「何んとなく 暖かな初冬 雨多し」

衣替え  暖冬なので  時期迷う」

2018年夏は、7月「平成30年7月豪雨」東日本・西日本で記録的な高温になり、9月にかけて台風、地震など災害もつづきました。また10月に入って東京・大阪などでは、32℃を超す真夏日がありました。

11月9日気象庁は「エルニーニョが発生したと見られる」と発表・・・

「今後の見通し: 今後、春にかけてエルニーニョ現象が続く可能性が高い(70%)。 海洋表層の暖水は、今後東部の海面水温が平年より高い状態を維持するように働くと考えられる。」とのことです。

今年の冬は暖冬?

エルニーニョとは、熱帯太平洋で見られる気候変動現象で、数年に1度、春から冬にかけて発生します。エルニーニョ現象が発生すると、熱帯太平洋の東部で海面水温が平年より高く、西部で海面水温が低くなります。

この水温の変化によって、通常は熱帯太平洋の西部で活発な対流活動が東に移動し、インドネシアや南米の北部では平年より雨が少なく暖かくなります。また、熱帯からの大気の変動を通して、日本では冷夏、暖冬となる傾向があります。

エルニーニョ現象と地球温暖化について

地球温暖化の影響の可能性を指摘する調査結果がある一方、自然変動だけで十分説明できるとする調査結果もあり、必ずしも、研究者の間で意見が一致しているわけではありません。

しかし、数年おきに発生するエルニーニョ現象のモデルによる再現性はあまりよくないため、温暖化したときにエルニーニョが今より頻発するかどうか、規模が大きくなるかどうかについて結論はでていません。(気象庁)

2018年11月12日 (月)

信念を持って生きる

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信念とは、自分の行動や考えを信じ、素直に守ることを意味します。自分なりの信念を持つということは、人生を生きる上で大切なことです。

信念は人それぞれ

自分はこれが正しいと信じることが、他の人にとっては正しくないかもしれません。人が何を是として信じるかは、その人の自由であるから、第三者がそれはおかしいとか、間違っているとか言う権利はありません。

人は、周囲の環境や考えに左右されがちです。最初はこれが私が信じる正しい道と思っていても、違う、間違っていると否定され続ければ、もしかしたら間違っているのかも?と自分の考えをひっくり返してしまうことは往々にしてあります。

周りに流されず、信念を貫き通せる人はいったいどれくらいいるだろうか・・・はじめは固い信念を持っていたとしても、必ず信念が揺らぐ時はきます。そのとき、ぶれないで自分や神仏を信じることができるか?

信じることができれば、その信念は本物で揺らぎがないものになり、その信念を持った人は、その志を一つの自分の中の軸として強く生きていけるような気がします。けれど、信念を持ち続けることは難しく、大変なことです。大事なことであるけれど、大事だからこそ貫くことは難しいです。

信念を貫くためにはある程度心が純粋であることが求められます。

邪心であったり、少しでもあわよくばという心があれば、人は簡単にぶれるからです。ある意味ピュアで、正しいと信じることを真っ直ぐ疑わないという素質がなければ、信念なんてもてないでしょう。

誘惑が多いこの世の中です、脇目もふらず自分が是と信じる道を一生貫き通すことは、至難の業です。それでも、自分なりの信念はなるべく持って生きていきたいものです。

私たちのまちをきれいにしましょう

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今、世界的に、プラスチックゴミが問題になっています。今年の1月に世界経済フォーラムが出したレポートによると、「2050年には海中のプラスチックゴミの重さが魚の重さよりも大きくなる」とのことです。

ゴミ問題は、私たちの町でも考えなければなりません。

「まちの落ちているゴミに気付くこと」

人間はどんな環境にも境遇にも慣れ、やがてそれをただの当たり前の日常と感じ、日常に対して感謝を忘れ、無感想になって行くものです。

まちにゴミは落ちていても、気にしない?それがエスカレートすると住む人の心は、他の地区のきれいで素晴らしい環境を気付かされることでしょう。

まちの汚れに気付くこと・・・大袈裟ではなく私たち人間の命に関わる…取り返しの付かない事態が想定されるのです。

「人と自然との共生」・・・気付くこと

気付きとは・・・それまで見落としていたことや問題点に気づくことです。まちの公園・広場・河川などにゴミが落ちていても、汚い・醜いことだけでなく、やがては地球温暖化へと繋がるのです。そして、人間が生きていくことさえ厳しくなるのです。

「ゴミ拾いの効果」

ゴミを拾うという行為は、まちをキレイにするだけでなく、心をキレイにします。
 
○ ゴミを拾う人は、少なくともゴミを捨てません。
○ ゴミを拾う人は、地域を愛します。
○ ゴミを拾う人は、周囲に気配りができます。
○ ゴミを拾う人は、謙虚で素直です。
○ ゴミを拾う人は、思いやりに満ちています。

私たちのまちをきれいにしましょう。

2018年11月11日 (日)

当たり前のことに感謝すること

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感謝する心

当たり前のことを感謝すべき「ありがたいこと」だと「気付く」ことが大切です。

感謝の心が生まれてくれば、自然と幸せが感じられるようになってきます。生かされていることに感謝し、幸せを感じる心によって、人生を豊かで潤いのあるものに変えていくことができるのです。

今日も生きていることなど普段何気なく生活している中にたくさんの感謝すべきことがあります。要するに私達はあることが当たり前になり、それが自分自身の基準(尺度)となっているのです。

いたずらに不平不満を持って生きるのではなく、今あることに素直に感謝することです。

その感謝の心を「ありがたい」という言葉や笑顔で周囲の人たちに伝える・・・そのことが、自分だけでなく、周りの人たちの心も和ませ、幸せな気持ちにしてくれるのです。

物事に対して優劣・善悪の価値や、自分にとっての都合しか考えない損得勘定を最優先するものの見方は、思い通りにならなければ、必ずその結果として苦痛だけが残ります。

人間には「煩悩」があります。優劣・善悪・損得勘定の見方がいかに虚しいものであるのか知らされることです。

2018年11月10日 (土)

大好きなまちに住み続けたい

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『 人がやさしい ・・・大好きなまち・・・ 八王子市』

やさしさ・ 思いやり・人と人とのつながりは、次世代につなげるまち…八王子…[人⇔人⇔人]です。地域で生活する小さな子供から、お年よりまで、すべての人が、人との繋がりを大切にすることにより・・・人とまちがやさしくなり、その結果として暮らしやすく・・・

「いつまでも~いつまでも住み続けたいと思える~大好きなまちでありたい」みんなの願いです。

少子高齢化の進展

現下の日本は、社会構造・ライフスタイルの多様化が背景にあると言われていますが、少子高齢化は進んでいます。独り暮らしの人・高齢化の夫婦…そして空き家の数が増えています。その光景は、当然?寂しいかぎりです。

私たちのまちでも、どんどん結婚しない人が増えてきているように思います。20代・30代・40代の若い世代で、結婚しない?・結婚できない?男の人・女の人が、多いご時世?です。

次世代に繋げる伝統文化と暮らしを守りたい

先人の智慧と聞いて、思い浮かぶことはなんだろうか・・・普通だったら捨ててしまうような食材の残りを掃除に使うおばあちゃんの豆知識や、会社や学校の先輩の経験に基づく的確なアドバイス・・・幅広い分野で、先人から学べることは計り知れません。

伝統は、先人が常にその時代の感覚を加え、より良いものを生み出すためのトライ&エラーを繰り返すことで、私たちにつなぎ届けてくれたもの・・・“先人の智慧”を過去のものにするのではなく、 “先人の智慧” と “今を生きる私たちの感性や感覚” を和えた、豊かな暮らしを次世代につなぐことが、大きなテーマとなっていると思います。

2018年11月 9日 (金)

まちの自然を守ろう

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私は、私たちの住むまちは、歴史的にもゆかりのあるまちであり、山があり、川があり、自然豊なまちです。私たちのまちは遠い祖先から引きついた…自然の豊かさは、私たちのひとり一人が、後世に引き継ぐ責任があると思っています。

近年まちのあちこちに、ゴミが落ちているのが気になります。

よく落ちているのが空き缶とおにぎりのカバーなのですが、落ちているのです。コンビニでおにぎりを買った人は、歩きながら食べようとして、カバーを外し、そのまま道端に投げ捨てたのでしょうか?

みんながしているから?ゴミ箱がないから?タバコの吸い殻が捨ててあるから?(私たちの住む八王子市…では全市内歩行禁煙です)忙しいから?掃除は行政やればいい?

もしそれが事実だとしたら、そこに良心の呵責みたいなものは、存在しないのか…とても残念な気持ちになります。

缶コーヒーの空き缶も、明るい時は道端に落ちているのに気づきますが、夜、自転車がそこを走り、その空き缶に躓いたとしたら・・・考えただけでも恐ろしいです。

捨てた人は、そんなことすら想像できないのでしょうか?

ゴミを路上に捨てた人たちは、もし自分の家や部屋だったとしても同じ行動を取るのでしょうか?

食べたらゴミ箱ではなく、部屋の中に投げ捨てる。。。そして、誰も拾わずに、ただゴミだけが溜まっていく・・・きっと自分の部屋だったらそんなことはしないはずです。

では、なぜ外ではできてしまうのか・・・

私は「自然環境意識」というものが欠如しているのではないかと思います。全てが自分中心で、自分さえよければそれでいいという意識がこのような行為を引き起こしているのではないかと思います。

では、誰が街をキレイにするのか・・・そこに住んでいる私たちです。

ほとんどの人たちは、路上にゴミを投げ捨てるなんてことはしないと思います。でも、落ちているゴミを見て見ぬふりをするのも、あまり良いことではないと思います。

全てのゴミを拾うことはできなくても、ひとつでもふたつでも目にしたら、拾う活動を皆がしていくことで、地域全体が今よりもっと良くなるような気がします。

私は暇人?これからも自分にできる範囲でゴミを拾っていきたいと思います。

自然から学ぶ心の豊かさ

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感性の豊かさ

世の中では大きな災害や、障がいのある人のいのちを、その身勝手な振る舞いによって奪う凄惨な事件など、悲しい出来事が起きています。人間らしいこころや感性が失われてきているように思います。

その原因の一つに、「豊かさ」があげられるように思います。

人は比較でものを考えつづけると、際限のない豊かさの中で、満足がいかないことに不平不満を言い続けます。これでは心の平安は得られません。

自然から学ぶこころの豊かさ

自然は、私たちの五感を通して、私たちの心に様々な感情を呼び起こしています。

感性が豊かであれば、それだけ、自然の醸し出す様々な刺激に対して、素直な感激を生み出します。そして、その感性の豊かさとこころの豊かさとは、密接な係わりを持っているようにに思えます。

感性豊かな人間は、自然の発する様々な刺激に反応し、そこに感激を覚えたり、不思議さを感じたりしながら、自然と対峙する…そこには、時を意識しない時が流れています。

こころの豊かさが、こころの余裕に

時間を気にせず、何もすることもなく、ぼんやりと一時を過ごしているとき、豊かなこころを感じ…自我を忘れ、自我の底にある無意識の世界を開放したとき、人は、幸福感を覚えるようです。

自我を意識するとき、そこには、一分一秒の時が流れるが、自我を忘れ、無意識の世界を開放するとき、そこには時を意識することのない、悠久な時が漂っていることを感じることが出来ます。

私達がこころ豊かに感じるその一つには、この悠久なる時の世界に身を置くことが出来た時ではないでしょうか・・・

今、自分に恵まれている…という事に、目を向けることができたら幸せな気持ちに、なれることでしょう。一人ひとりのこころが、安定していたら、もっともっと、楽しい世の中になることと思います。

2018年11月 8日 (木)

もっとゆっくり生きよう

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減速して生きる・・・

現代社会はめまぐるしい早さで動いています。一つのことに気を取られて、他のことに考える余裕がない?世の中の変化に対応に汲々としている?

激しさに対応するのに手一杯の状態です。

人が生きるのに適した速さがあるように思います。今の世の中は、その速さをはるかに越えるスピードで流れているように感じるのです。

● だから焦る。● だから疲れる。

常に焦燥感を抱いて、緊張した状態が続きます。ストレスがたまり心の疲れも蓄積されていくのです。

○ 無理をして周りに合わせなくてもいい。○ 慌てなくていい。人生は長いのです、もっとゆっくり生きればいいのです。

急がずに減速して生きる

常にせかせかと、考える間もない反射的で衝動的な行動。立ち止まることもできずに流れにのまれていく・・・

まずは一呼吸置いて落ち着いてみる

人それぞれに合ったペース、必要なものあります。周りを見て焦らなくていい。人生は競争ではありません。他人と比べて上か下かと争う必要はないのです。他人に勝つことを目標にした人生では満たされることはありません。

○ 自分にとって大切なものに時間をかける・・・
○ 自分とって必要なものだけ手元に置く・・・

◎ 消費する毎日ではなく、日々をゆったりと暮らす。
◎ 急かされながらではなく、減速して生きる。

そんな「スローライフ」な暮らしを心がけることです。

2018年11月 7日 (水)

結婚して一人前

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価値観は、時代と共に変わるということは分かります。

外国人労働者の受け入れを拡大するだけでは今の、中小企業の人手不足解消されても、人口減少に抜本的に、歯止めがからなければ人で不足は、解消されないでしょう。

日本の将来はどうなるのでしょう。

昔親父から言われていた言葉を思い出す・・・「所帯を持って一人前」・「嫁(か)して三年子無きは去る」

産経新聞から・・・博報堂生活総合研調査によると・・・

結婚・出産して一人前」・・・過去最低***「家族の絆強くする」・・・最高

「結婚・出産して一人前」という意識が過去最低になったことが、博報堂生活総合研究所の調査で分かった。調査は、昭和63年から10年ごとに実施。今回は、今年2月から3月にかけ、630世帯1260人の夫婦が回答した。

それによると、「結婚してはじめて一人前だ」と考える人は、昭和63年は、夫で47.7%、妻で41.7%だったが、今年は夫で27.8%、妻で17%と過去最低に。

「子どもをもってはじめて一人前だ」・・・と考えている人も、今年は夫で30.2%、妻で20.8%と過去最低になった。  

一方、家族の結びつきは強まっている。「意識して家族の絆を強めるようなことをする方が良い」と考えている人は、昭和63年は夫が37.3%、妻が36.4%だったのが、今年は夫で57.8%、妻で51.4%と過去最高になった。

「人口減少社会」

現代の若者は、日本の現実・将来をどう考えているのでしょうか?

日本沈没のような危機感を感じます。国も対策を考えているようですが、政策を立てている人たちはお年寄りが中心です。若い世代が子供を産まなくなった要因の一つには、子育てが格好よくない、ダサいという意識もあるのかもしれない・・・

今の人たちは、子をかわいがるという本能を持つ「哺乳(ほにゅう)類」から離れて変な方向へ向かっている気がします。哺乳類の原点に戻り、子育ての大切さを自覚する時だと思います。 それが日本の未来を切り開くことに繋がると思います。

2018年11月 6日 (火)

人間としてベストの生き方

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「人間としてベストの生き方というのは、どういう生き方なのだろうか・・・」

まぁー考えて…悩んで…最終的な結論を得たという人は、まずいないことでしょう。

そうした問いに対する答えなんて十人十色で、誰かが「どれが正解で、どれが不正解」なんて決められるものでもありません。自分が正解だと思えばそれは正解だし、不正解だと思えば不正解になります。

もともと生きている境遇が違えば、価値観も違います。教育で刷り込まれてきた事柄も違います。そんななかで正解などあるはずがないのです。

価値観も移ろいゆくもの・・・

また、昨日まで理想だと考えていたことがあっても、一夜にしてその価値観が崩壊し、その理想は間違っていたなどと思うことも、実によくあることです。求めても求めても永遠に得られない答えにこだわっていると、心が苦しくなるばかりです。

「一番良い生き方とは、どんな生き方なのだろう」・「本当の幸せって何だろう」…この答えは、永遠に知りうることはできません。また、知ったからといって、そうなれるわけでもありません。移ろいゆくところに正解を求めるのではなく、「今」を精いっぱい生きることが大切です。

人生観が移ろうことは、いつ何処でもあり得ます。生きる目的・価値・手段などについての考え方がありますが、自分の人生の目的に対する価値観です。

そんな自分の価値観・人生観が変わるという時は、始めての見たり聞いたり「衝撃的・心を揺さぶられる」ことに出合った時・・・海外へ行って…大事な人が亡くなって…震災に遭って…

これらは、自分の中で「当たり前だと思っていたことが、当たり前で無くなったことによる危機感であったり、寿命が遠い存在のように感じていた毎日が…

もしかすると思っていたより近い存在かもしれないという…怖れなどから自分の価値観を壊されることで…人生観は変わるのではないでしょうか。

自尊心とプライド

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自尊心とプライドとは・・・

自尊心は・・・自分の心の内側から沸き起こり、自分を認め、「自分はこのままで良い」という自分自身を承認する気持ちになることです。

プライドは・・・自分を他人と比べて、その中で自信を持つということです。

したがって、他人と比較しているかいないか、これが、自尊心とプライドの大きな違いです。自尊心からくる自信は、心にゆとりがありますので、何が起こっても、辛いことが起きても、立ち直りが早く、またすぐに本来の自分に戻ることができます。

プライドからくる自信は、色あせたり、他人との比較で成り立っていますから、とても脆いのです。ですから、自分自身の中で、セルフイメージ(自分自身が思い描いている自分のイメージ)をしっかりと持ち、他人からどう思われているかを考えるのではなく、自分を認めることで得られる自信を持てるようにすることです。

プライドが高い人は、自分の非をなかなか認めない。 何か自分が失敗したり、間違ったりしたときでも、それを素直に認めきれない一面があるのです。

どんなに些細なことでもそれは一緒です。さらに、自分が好きな分野や得意なジャンルであればあるほど、その傾向は強くなります。

プライドが高い人と、自尊心が強い人

プライドが高い人と、自尊心が強い人とでは、少しニュアンスが違ってきます。前者はネガティブに、後者はポジティブに捉えられることが多いです。融通の利かなさや極度の負けず嫌いという一面を改善できれば、良い可能性と結果を生むことにつながるのではないでしょうか。

2018年11月 5日 (月)

人間関係は義理と人情の世界

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人間関係は義理と人情の世界です。

最近、つくづくこの世の人間関係は「義理と人情」によって成り立っていると思います。

日本の社会に固有な生活規範。義理は一般に社会に既存している道徳や習慣であり、人の踏み行うべき正しい道筋をいう。(ブリタニカ国際大百科事典)

義理と人情の実情はその人の年齢、性格、家族など個人的要因…時代、職業、立場、役割、環境など社会的要因…そして、公私にわたる特殊な要因によって異なります。

「義理と人情」と同じように使われる言葉として「建前と本音」・「理性と感情」・「客観と主観」などがあります。

義理とは・・・自身の利害にかかわりなく、人として行うべき道です。

特に交際上いやでも他人にしなければならないことです。社会的、道義的に規定、掟を守ることです。義理を欠くことは、社会的責任を果たしていないとみなされます。

人情は・・・人ならば誰でも持っているはずの人間性を感じさせる心の働きです。

本当の気持ちであり…主観的、感情的で熱しやすい行動をとることです。人間関係の8割りは人情的要素の影響を受けて行動すると言われています。

人情は、自分の良識や社会的通念によって、自分で制御( コントロール)するもので、人情による人間関係を求める人は、私的、個人的に親しい、相性が良い、好き、信頼、尊敬の気持を有する人達です。

人情による結び付きは、集合・活動…そして相手への共感が高まり、気持ちに感情が伴います。

2018年11月 4日 (日)

郷土を大切する心

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「郷土愛」

今「地域を大切にする心」の育成に力を入れることが求められています。

地域に暮らしていても、地域の歴史や先人についてあまり深く知らなかったり、自分の住む地域について自信がもてなかったりするという実態が見られます。

また、私たちのまちは、交通の便もよく、都内の企業・学校などに通勤・通学などに、簡便です。そのため、地域は開発が進み、かっては豊な自然(…山・田畑で農業主体の村)からまちへと変貌しました。

アパート・マンションが出来、大型スーパーできて生活は便利になりました。その上日帰り温泉まで出来ています。遠くまで車を使わなくても、日常の日常の食料品や日用品は、歩いていけるようになりました。

町の自然環境・歴史の認識の希薄さが問題です。

最近私たちのまちに住む人、何代も続く昔からの住人より、新しくまちに来た方たちが多くなってきています。

私たちのまちには、昔からの歴史があります。「将来、生まれ育った郷土に住む、住まないにかかわらず、郷土のことを誇りに思い、大切に思う心をもって生きていくこと大切です。

① 先人の思いや努力を知る(道徳)

② 地域の先輩の話を聞き、体験活動を行う(学活)

③ 地域や郷土について考える(道徳)

道徳と学活の授業を通して、郷土愛をはぐくむ、学校教育が大事と思います。さらに、それぞれの授業の中で地域素材を生かした自作資料と学び合い活動を手だてとして授業に取り入れ、郷土に対する思いを深めていくことが大切と思います。

「謙虚さ」と「積極性」

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謙虚さを意識しながら生活をしたいものです。

「謙虚さ」とは、徳として身に着けたいものでありながら、大人しく、控えめな性格を想い起こさせる言葉でもあります。では、謙虚でありながら積極的に意思表示をすることはできないのでしょうか?

「謙虚さ」と「積極性」の兼ね合い

謙虚さと積極的な意思表示は、心がけ次第で兼ね備えることが可能なものと考えます。まず、素直な心を持つことに意識する生活を送ることです。素直な心を持つために必要なことは三つあります。

① 耳を傾ける
② 全てに学ぶ心
③ 価値を知る

自分の考えに固執せず、常に柔軟な対応を心がけることです。自分の考えが絶対ではないことをいつも心がければ、積極的に意思表示をしたとしても謙虚なままでいられるでしょう。

相手を思いやる気持ちが謙虚な姿勢につながる・・・謙虚さと積極的な意思表示を両立するために大切なことは次の二つです。

① 自分の考えが絶対ではないと意識し、常に柔軟な考えができるようにしておくことです。
② 他者の存在を意識し、思いやりを持って行動することです。

2018年11月 3日 (土)

文化の日

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文化の日 白雲流れて 空高く

今日は11月3日で文化の日・土曜日です。朝は昨夜はよく晴れて、朝は寒かったです。

今年の文化勲章は5人でした。今年の「秋の叙勲」の受章者が発表され、各界で功労のあった、合わせて4079人が受章いたしました。おめでとうございました。

人間の価値

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人間の価値 とは

アインシュタインの言葉に・・・「人の価値とはその人が得たものではなく、その人が与えたもので測られる」・・・があります。

誰かに必要とされるということは、人にとって大きな喜びになり、自分の存在価値を自分で確認できる環境なのです。家族の関係なら子育て中の母親や、夫の世話をする主婦、親を介護をする子供などなどです。

他者に与えられるもの…お金やモノも与えられますが、愛情や優しさ、勇気や感動、知識、癒しや許し…と言ったお金に代えられない、形ではない、かけがえのないものが与えられます。

まずは自分の幸せを考える

自分のために精一杯生きて幸せになることが、自分が人に何かを与えるための第一歩です。まずは、自分が自分のために生きて幸せになることを考えることです。

自分の人生を一生懸命生きる…やりたいことをやる…とことん楽しむ…自分がハッピーでいることで、周りの人にも幸せや楽しさを分け与えることができます。

人間が実現できる価値

① 体験価値

 体験することで何かを感じることで実現します。「地域の活性化のボランティアに参加した」といったことです。

② 創造価値

 人間が何か行動したり表現することで得る価値です。目標の営業成績を達成したといった、仕事でも感じやすい価値です。

③ 態度価値

 自分の置かれた環境や状況でどう立ち居振舞うかで実現されます。「逆境に置かれても冷静でいられる」…「弱音を吐かずに最後までやり抜く」…「常に人に対して声を荒げたりせず、穏やかで愛情を持って接することができる」…といったようなことです。

直接特定の人に何かを与えるということももちろんですが、自分のために仕事を一生懸命することで、その仕事を通して社会に貢献し、誰かを助けたり幸せにしていることになります。

2018年11月 2日 (金)

【今】を生きる

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今を生きる

「生きる」ということは…「今」という「とき」を大切にするということです。たとえ私たちが90年、100年生き得たとしても、私たちが生きるのは、いつでも「今」です。

ですから、「今」を疎かにしていたのでは、生きているとは言えません。まさに、私たちが生きられるのは「今」なのです。その過ぎ去ったところを「昨日」と言い、まだ来ぬところを「明日」と呼んでいるだけなのです。

私たちに与えられている時間は「今」しかありません。

当たり前といえば至極当たり前のことですが、その当たり前のことが中々実行出来ていないのが私たちお互いではないでしょうか・・・

例えば、今やっていることがしんどくなると、「早く終わればいいのになぁ」とついつい「今」を放棄することがよくあります。

また、今が面白くないと、「昔はよかった。あの時は楽しかった」と過去の思い出の中に逃げてしまうことがあります。

そして、今も昔も面白くなかったら、「まぁー、そのうち楽しいこともあるだろう」と、未来に淡い期待を抱いて、「今」を生きていないということがよくあります。

もちろん、過去を懐かしむことや明日への希望を持つということがいけないと言うことではありません。ただ、過去を懐かしむのは「今」をよりよく生きるためであり、明日への希望を持つのも「今」を大切に生きていくということから生まれてくると思います。

穏やかな心

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何かとストレスを感じる現代社会。。。何時でも「穏やかな心」でいたいものです。

それには・・・

1、 決めつけない

クリアランス(間隔。空間。すきま。ゆとり。)を持ち…決めつけないことです。人生とはままならないものです。「絶対にこれでなければダメ」と決めつけてしまうと、人生が煩わしいものになってしまいます。

完璧主義では息苦しいものです。物事は自分の思い描いた通りに進んではくれないのです。変えられるのは自分だけです。

決めつけず、押し付けないこと…必要以上に期待しないこと…ありのままを受け入れることです。物事に囚われない柔軟な心を持つことです。

2、 詰め込みすぎない

目イッパイのスケジュールを組まないことです。ギシギシのスケジュールでは、トラブルや予定外のことですぐにイライラしてしまうのです。 余裕をなくして、いつもピリピリしながら過ごすことになるのです。あまり詰め込まないことです。

3、 笑顔を心がける

人は共感する生き物です。笑顔の周りには笑顔が集まります。誰だってムスッとしかめっ面よりも、ニッコリ笑顔の方がいい…普段から笑顔を心がけてみることです。笑顔は物事のプラスの面に気がつきやすくさせます。幸せや楽しい出来事が増やすことでイライラに負けない心を持つようにすることです。

2018年11月 1日 (木)

困った時はお互い様

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「二階のベランダに上がりたい」

昨日、となりの奥さんから、「鍵を家の中に置いて、ドアーを締めてしまい、家に入れない、二階は窓が開いているが、上がれない、長い梯子があったら貸して欲しい。」と相談に来ました。

私の家には、長い梯子はないが脚立ならある…ということで、試したが届かない…近所の方の家にある事を知っていたので、理由を話し、貸して頂き、そして手伝っていただき、無事上ることが出来て、ドアーが開きました。不安そうにしていた、小さな子供二人は家の中に入りました。

「助け合いの精神が大切」

「助け合いの精神が大切だ」と話題になっていましたが、助け合いの精神って、人が生きてために絶対必要条件だからです。

昔は、醤油を切らせたらお隣様に分けてもらっていました。それは、昔は醤油を買うのも一苦労で、夜は店が閉まっていて買えません。そんな中、お隣様に分けてもらう。

「困ったときはお互い様」

今醤油を分けてあげます。今度私が切らせたときには貴方が助けてください。と言う「助け合い」の暗黙のギブ&テイクがあったと思われます。

便利になればなるほど、昔は数人でないとできないことが、一人でできるようになってきます。そうなればなるほど「助け合う」必要もなくギブ&テイクも成立しない。

周りで困っている人を見かけたら、貴方の出来得る範囲のことで助けてあげることです。

その人の嬉しそうな笑顔、 喜びの声を聞くことができた時、自分が役に立てたことに、誇りを持つことが出きて、その善意の行動で感謝され、それが幸せ感に繋がるのです。

それは、心の奥の奥のほうで、感謝の花が咲き真心の炎が灯り、貴方は、人としての最高の幸せをいただくことが 出来た喜びなのです。

なぜこんなに嬉しくなるのでしょう ?それは人間はひとりでは生きられない、生きていく仲間の心の絆を確信したからです。

努力は報われる

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「努力は報われる」という言葉はモチベーションにつながりますが、本当に大切なのはひたすら前に向かって歩みを止めないことです。

しかし、強い精神力がなければなかなか難しいものです。

努力によっての他人の評価を期待しないことです。「他人の評価より、自分自身が納得できること」…と思います。

大事なことは、自分で自分の目標を設定し、それを目指して自分ができる最大の努力すること…その目標を達成するために自分がやるべきだと感じることを、継続することです。

他人に努力が認められなかっただけで「つらい、もうやめたい。」とは思わないことです。

自分で自分の努力に納得する限り、その人は自らの人生に対して後悔をしないはずです。他人から高い評価を得られなかったとしても、つらいという感情を抱くことはないはずです。

人生、何のために生きているのでしょうか。。。私は私のために生きたいと思っています。私は私の納得する人生を歩みたいです。

「努力した者が成功するとは限らない。しかし、成功する者は皆努力している」…作曲家、ベートーベンの名言です。

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