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2018年10月 5日 (金)

親心というもの

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「這えば立て 立てば歩めの親心」

この言葉の如く、親が子供に最善を尽くし何かをするのは当然であり、親としての責任のようにも考えていました。

親が子供を生み育てること

改めて考えてみますと「何々をしてあげる」のではなく、「何々をさせていただく」と云うこの気持ちが、私は欠けていたように思います。

「何々をしてあげた」の後に来るのは、見返り・恩返しの期待感が隠れているように思われます。「何々させていただく」の後には何の計らいも無い、無条件奉仕の親心だと思います。

「子を持って知る親の恩」といわれるごとく、私も両親よりこの世に縁をいただき、子供の親にならせていただきました。この世に命をいただき育てていただいた、ご恩すべて無条件奉仕の親心だと思います。

~~この子をこの世に産んであげたから、あなたはこの子の親になった~~

そうではなく……この子を産み、この子を育てさせていただく過程において、辛い事、悲しい事、嬉しい事、楽しい事、そういった苦楽を共にする事により、共に泣き笑いしながら、親にならせていただき、子とならせていただくのです。

心身共に真実の親子にならせていただけるのです。

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