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2018年10月

2018年10月31日 (水)

人生を変えるのは行動

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「人生を変えるのは行動」

人生を変えたいと思い悩んでいても、解決はしない、解決は、「考えるより行動することだ」

生き方は、変化の時代に “正解” はありません。技術革新のスピードがますます速くなっている現代・・・むかしと比べると驚くような変化が、身の回りでは起きています。

人生を変える行動は、他人と比べている時間を、自分と向き合う時間にすることです。

自分よりもたくさんの才能を持っている人、そんな人たちを見ていると、ついつい自分と比べてしまいます。自分にはずば抜けた才能も継続力もないから夢も叶えられない…そんなふうに思って諦めてしまう。

人と比べることは、決して悪いことではありませんが、考えすぎも良くないです。少しラフに、「自分の好きなものって何だろう」と、気分転換に自分の好きなもの探しをしてみることです。

自分の環境が大切です。

そして、自分の基準を上げてくれる環境を選ぶことです。環境で人は良くも悪くも変わってしまいます。そんな今の自分の環境はどうか…?得られる事が多い環境にいるか?

「自分を変えたい!」と思い付いたら、行動で自分の環境を変えてみることです。物事をポジティブに考えることです。そして、「経験・失敗・挑戦」は大切なことだと理解することです。

善い人間関係をつくること

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人生は後悔がつきもの

「人生に後悔はつきもの、後悔しないよう生きることは不可能です。どの選択をしても後悔をするのなら、今、自分がそうしたいほうを選択すればいい」(ジョン・ウーデン…カリフォルニア大学ロサンゼルス校のバスケットボールチーム元コーチ)

完全無欠な人間はいません。

100%自分が正しいことは100%ないのです。そのことを絶えず念頭に置いて起きた事象を見つめ、判断し、対処することが良好な人間関係を構築する最大のポイントなのだと思います。それが「幸せに生きる方法」 です。 

周囲の人との関わり方です。

自分を好きになれない、自信が持てない、自分らしさを発揮できない、などと悩まなくても、済むようになります。 そもそもひとりの人が、すべてのニーズを満たしてくれると思うのは、非現実的です。

ならば、寄りかかれる肩をいくつか持っておくことです。人は大体5~10人ほどと同時に友情や支え合う関係を育むことができると思います。必要に応じて助け舟を出してもらうことです。

いきなり助けを求めない

確かに「今すぐ必要」と思うことはあっても、それはあくまでも精神的なものです。そんなときは、誰かを求める「緊急性」を今一度自分に問いかけてみることです。すると、思うほど緊急ではないことに気づくかもしれません。

2018年10月30日 (火)

地球温暖化をひとり一人考えよう

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今、プラスチックゴミは、世界的に環境問題で大きな問題となっています。

プラスチックのゴミだけではなく、地球温暖化で温室効果ガスなどで、人間の生命に関わる重大な事態に発展する危機さえあるのです。二酸化炭素が増加し、大気汚染は進み、自然がどんどん破壊されています。

そんな環境問題を少しでも解決するためには、ひとり一人の意識が大切です。

まちを歩いていても道路の交差点、歩道の植え込みの中、普通の川に浮かんでいるゴミなど、ゴミがたくさん落ちています。

そんなゴミも環境破壊の一つです。

渡り鳥が餌と間違えて飲んで死んだり、魚が食べて死んだりと、そういった人間のゴミで、他の生物達が死んでしまうこともあるのです。ひとり一人がゴミのポイ捨てをしなければこのようなことは起きないはずです。

環境破壊を守るために、ゴミのポイ捨てはやめましょう。

ポイ捨てといえば、タバコのポイ捨てをよく見かけます。環境問題に対する、意識が低いことにあるのではないでしょうか・・・

環境問題を改善するためには?

環境問題を改善するために、世界は、国は、私たちは、どのようなことができ、どのようなことをしていくべきなのかを、考えてほしいものです。

環境問題の現状を把握し、深刻化しているということをたくさんの人に知ってもらい、自分たちが環境問題について興味や関心を持ち、自分の意見を持つということが重要と思います。

片倉城跡公園の周辺を散歩して

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秋も深まってきました。

湯殿川・片倉城跡公園の周辺を散歩しながら。。。

朝晩が冷えてきました、今日この頃です。今日明日で11月です。月日の経つの早いものです。今年もあと2ヶ月です。

慌しい世の中です。季節の移り変りを、しっかり感じることが大事です。

陰と陽 きっぱり分けて 秋陽射し

秋の日の こごれ日深き 道祖神

深山や 静けさ破る 百舌が鳴く

静けさや ゆるりと泳ぐ 秋の鯉

赤い実の はなみずきは 輝けり 

2018年10月29日 (月)

凡事徹底

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1日の積み重ねが人生です。1日を大事生きないと・・・

分かっていても、1日をだらだらと過ごしてしまうこともあります。しっかりした人生の目的と目標を持ち自分の人生は、自分でしっかりと舵を取ることです。

1日1日を充実した日々を過ごすために、やるべきことが明確になって、人生が充実して来るのです。

「凡事徹底」

なんでもないような当たり前のことを徹底的に行うことです。凡事徹底とは、当たり前のことを当たり前にやるのではなく、当たり前のことを一生懸命やるという意味なのです。

挨拶ひとつをとってみても明るく元気に満面の笑顔で行うのと、自信なさげにオドオドしながらでは結果は全く違ってきます。

野球のイチロウ選手

「小さいことを積み重ねるのが、とんでもないところへ行くただひとつの道」と言っています。

凡事徹底の必要条件は

(1)自分のする事柄すべてに行き届いていること。
(2)自分の主義と行動が迷うことなく一貫していること。
(3)自分のするすべてのものを活かし尽くすこと。

この三つが「凡事徹底」の必要条件なのです。この三つのうち一つでも欠けると、「凡事徹底」とはいえないのです。

平凡なことを徹底してやると、平凡な中から生まれてくる非凡が、いつかは人を感動させるとができ、成果に結びつく極意なのです。

2018年10月28日 (日)

一日一日を大事に生きよう

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年をとったせいかなぁー最近、毎日何もしていないのにあっという間に終わって…一日・一年に、世の中のスピードが早まっている気がします。

スピードに流されることなく、ゆっくり着実に生きていきたいものです。

○ 「私の歩みは遅いが歩んだ道を引き返すことはない。」(エイブラハム・リンカーン)

○ 「速度を上げるばかりが人生ではない。」(ガンジー)

○ 「急がずに、だが休まずに。」(ゲーテ)

一日一日を大事に生きよう

「一歩一歩繰り返す、それが人生なんだ!」

毎朝、目覚めたら、今日一日の目標を立てる…目標は、仕事でも、趣味でも、健康でも構わない。ただし「自分ができそうなこと」に限ること。目標が決まったら、今日一日だけはその目標に向かって頑張る…そして、毎日、それを繰り返すことです。

過去の失敗を悔やんだり、将来の不安に怯える人は、今日一日をしっかり生きることができません。すると一番大切な「今」を無駄に過ごしてしまいます。「人生にとって何が大切なのか」もわからないまま、一生を終えてしまうのです。

だから、具体的に行動を起こさない限り、人生は何も変わりません。だから悩みを引きずるのをやめて、さっさと見切りをつけて、建設的なことのために、今日一日をしっかり生きることです。

過去は修正できません。

しかし将来は未定です。その将来はどこにあるのでしょうか。それは「今」の延長上にあります。だから今」をどのように過ごすのかによって、将来を変えることもできます。

「 今日一日だけに集中する 」 「 悩むのではなく行動する 」「 毎日、それを繰り返す 」。この3つがポイントになるのではないでしょうか。

いじめが増えていることで思う

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最近のNHKのテレビのニュース(10月25日)…

国の学校で確認されたいじめは昨年度、41万件を超え、前の年度より9万件余り増え過去最多になったことが文部科学省の調査でわかりました。

今日、いじめ、暴力行為、ひきこもり、凶悪犯罪の増加など青少年をめぐり様々な問題が発生し、深刻な社会的問題となっています。

自己中心主義の大人にも問題

こうした問題の背景には、様々な要因が考えられますが、思いやりの心や社会性など豊かな人間性が青少年にはぐくまれていない現実とともに、他者を省みない自己中心的な大人の意識や生き方です。

相手の立場や気持ちを大事にする思いやりの心は、生活の恵みにも脅威にもなる自然の中で、まわりの人と支え合い生きてきた、私たちの生活に確かに根付いている価値観であることに、改めて気付かされた人も多かったことでしょう。

思いやりの心は人と心を通わせ、つながりを育む中で養われていきます。

して、それは日々の生活の中で、親や地域の大人たちから子どもたちへ世代を越えて伝えていくべき大切なことです。

どんな時代であっても誰もが幸せに生きるための知恵として伝えられてきた“思いやりの心”の大切さを家庭・学校・地域が一体となって子どもたちへつないでいくことが大変重要となっています。

社会の形成者となる青少年に自信を持って未来を託すためには、今こそ、こうした問題に正面から向き合い、手立てを講じないと取返しがつかなくなる状況にあると言えます。

2018年10月27日 (土)

地域社会「協働」の重要性

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「協働」とは・・・

お互いを尊重しながら、共通の公共的な目的実現のために、一緒に行動することです。

現状の協働の問題点

現状の地域社会において、連帯感・危機意識が希薄化と地域コミュニティが衰退しています。地域の防災や防犯・環境などの、問題に対する認識が薄れてきています

考えられる原因として、地域の若者が協力的ではない…若者の推進力が低下している…そのため問題を解決していく、能力が低下しています。

核家族化の進行や社会環境の変化があいまって、連帯感の希薄化により、進んでいると言えます。

急激な少子高齢化が進み、地域との関わりのきっかけとなる、子どもの減少により地域コミュニティの停滞が生じています。

親の世代である20代から40代世代の減少により、それまで地域に脈々と受け継がれてきた文化や風習、伝統などが途絶え、地域固有の結びつきが崩壊する危機さえ・・・

その状況として、地域における高齢者の役割が喪失することになり、独居及び高齢者世帯の孤立化が加速しています。

更に、絶対的な地域コミュニティの担い手の不足から介護や見守り、防災、環境保全など従来、地域が担ってきた役割の行政への転嫁に拍車がかかることになるのです。

2018年10月26日 (金)

幸せはカタチではなく感じ方

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何でもない幸せを感じる心

空が青い、木々の紅葉が奇麗、道端の何でもない花も素敵・・・感動する心があれば嬉しくなります。自分でワクワク生き生きする心があれば幸せを感じます。

それは物欲とは違う心

例え貧しくても(贅沢出来なくても)感動できる心さえあれば前向きに生きられます。前向きに生きられる事自体ポジティブになるからです。

物で尺度を図ればキリが無いです、物欲は数限りなく上がるからです。物で幸福度を見れば心は虚しくなります。心が満たされることも無い筈です。

幸せはカタチではなく感じ方

この状況に幸せを感じるか?…「感じ方」です。

ただ単に、その幸せを感じることができるかどうかであって、ある条件をクリアすると幸せになる、そうじゃないと幸せじゃない、ということではないのです。

2018年10月25日 (木)

笑顔の無い人に幸せは来ない

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年を取ると、毎日毎日生きることに、しんどいことが多くなります。

「人間はみな同じような状態にいるんだ、まぬかれることのできない、生と死のあいだで、そのぎりぎりのところで生きているんだ」--山本周五郎

過去のことを嘆いても、前に進めません。

むかし、親父の言葉に「過去を悔やます、未来を憂えず、今この瞬間を必死に生きる」・・・思い出す…。

真摯に、謙虚に、誠実に、素朴に、純粋に、感謝して、気概をもって、素直に、愚直に、毅然と、貪欲に、自信をもって、信念を曲げずに、一日一日を生きることです。

すぐには結果が出ないかもしれない、でも努力を続けることです。きっと、何かが起きる・・・ひたすらに、ひたむきに、必死に続ける・・・周りは見てくれています。

私たちは、今を生きるしかないんです。今の一瞬一瞬に心をこめて、真剣に生きていく。今日自分は何をすればいいか、どう生きればいいかを考えて実践することです。

「笑顔の無い人に幸せは来ない。」

私は、近くの湯殿川の散歩を日課としています。目標は7000歩です。人に出会ったら、笑顔であいさつをするように心かけています。いやなことを忘れさせてくれました。すれ違う人もいつもと違って少し優しく感じました。

ちょっとした印象に気をつけるだけで気持ちよくすごせるし、たまにいやな態度をとる人もいるけれど、気にしたらそういう顔になって運気が下がるので、気にしないでいられるように、なりましました。

小学生からの返事・・・声をかけても応答がない、気難しそうな人など出会いますが、それでも続けて生きたいと思います。

2018年10月24日 (水)

80歳を過ぎても今が幸せ

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八十歳を過ぎると一日一日の過ごし方がかなりつらくなります。

人にはなかなか言えないけど・・・食事、排せつ、睡眠すべてに、健康を保つ努力が必要になります。耳も遠く・目も疎くなり…事故を起こす前にと…自ら…自動車免許も返納しました。

季節の移り変り…鳥やセミが鳴く声・秋に鳴く虫の声…は昔ほど鋭敏に感じ取れない。

何とか今日という日を無事に越え…明日を迎えて、またその日を越えて…長生きはいいね・・・とはとても単純には言い切れない。

人は生まれてきただけで…存在しているだけで…価値があります。

自分の行きたいところに行けること…ご飯が食べられること…「明日がある」と思えること…。それらはいずれも、当たり前のように見えて、実は奇跡のように幸せなことなのです。

そして、人には「生きる支え」となっているものが必ずあります。それは家族であったり、燐り近所の方だったりかも知れません。私たちはふだんこうしたことを、あまり意識せずに過ごしています。

人生の最後が近づいたとき、初めて自分自身や人生、日常、周りの人たちのかけがえのなさに気づく人もいるでしょう。

でも、もし、元気に生きている間に「今日が人生最後の日だったら」と考え、自分にとって大切なものを知ることができれば、人生のとらえ方、生き方が少しずつ変わっていくと思うのです。

私は今のところ、大きな病気もなく、毎日・毎日を生きています、何時までに、絶対しなければいけないものもありません。

生きる目標も、特に持たずの毎日ですが、少しでも地域の人たちが、気持ちよく過ごせるように、まちの清掃活動をしています。それが出来ることが、幸せであり、生きがいかも知れません。ですから80歳を過ぎて今が幸せです。

2018年10月23日 (火)

ゴミのない町にしよう

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私たちに町(八王子市片倉町)には湯殿川が流れています。

悠久の昔から、湯殿川は私たちにとって、かけがいのないものです。今でも、湯殿川をきれいな水が流れ、鯉が元気に泳いでいる姿をみて心がなごむ人も多いと思います。

私は町内の範囲の湯殿川の河川管理通路のゴミ拾いを心かけています。近年、片倉城跡公園が整備されたり、スパーや日帰り温泉が出来て、人通りが多くなりました。

そのせいか、ビールの空き缶・ペットボトル、弁当の殻、など捨てられています。広場のベンチ周りは毎日のように落ちています。

そして昨日のこと・・・あってはならない湯殿川のフェンスの内側に、大きなレジ袋がビールの空き管・弁当の残飯・プラッチック包装紙などがいっぱいのゴミ…3個も捨てられて、長い竹竿で、やっとの思いで、拾い上げました。

私は近くの、八王子市の出先機関に由井事務所に、そこで持ち込み…処理をしていただけるか…検討していただくようにお願いしました。今日その結果を聞きに行く事にしています。

最近、プラスチックゴミを飲み込んだクジラや、他国がプラスチックを廃止するニュースを目にした人も多いのではないでしょうか?世界でこういった問題が深刻化しています。

地域の持続可能性を実現するには・・・地域内の資源循環の仕組みを構築することは不可欠です。拾うこと出来ても、処理するのが大変です。

大事なことは、ゴミを捨てない・・・多くの人に理解して頂くことです。注意看板や、ポスター貼なくてもいい、意識をひとり一人が持つことだと思います。家庭・学校・地域でとり組む問題と思います。

人に・・・自然・・・にやさしいまち、町に住む人の笑顔にしようではありませんか・・・

2018年10月22日 (月)

ちょっとした思いやり

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ちょっとした思いやりで笑顔のまちに・・・

町の人の、ひとり一人の思いやりや心がけにより、私たちのまちを訪れる皆様に気持ちよく過ごしていただくと共に、まちに住む人にとっても暮らしやすいまち、を目指すには、ひとり一人の意識を持つことです。

①思いやり、②笑顔・あいさつ、③交通マナー、④町内美化

近年は生活スタイルが、便利さを求めることやプライバシーを確保することを重視する方向へと変化してきています。

さらには集団よりも個人を重視する価値観が次第に強まってきたことで、人間関係が希薄になり、他人を思いやる心が薄れ、市民の地域社会に対する関心や連帯感も薄れつつあります。

意識と理論から行動で

人々の様々な生活課題を解決していくには、人々の意識変革に加え、地域において自発的に課題を解決しようとする力の向上が必要です。

心理学の研究の中では、実際に行動を起こす際には、日々の行動の非常に多くの部分を無意識に行っていることが知られています。

例えば朝起きてからオフィスに着くまでの行動の多くは習慣化されているため、意識されず行われることが多いのです。玄関を出て・・・最寄の駅まで、歩行喫煙が習慣化されてしまって、吸わなければ、一日の調子が出ない?

タバコの一本ぐらいが・・・捨てられてしまい灰皿通り化してしまうです。「これで、何か問題あるの・・・」と思っている・・・?これが現代社会の自分さえ良ければの「自己中心主義」の人です。

もう一度、地域に生きるということは、モラル・マナーがあって自分も生きられる・・・考えて欲しいのです。そして、他人に思いやりを持つ、心のゆとりを持って欲しいのです。

地域の変化と活性化

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高齢者(私)は…このままでは将来が不安…

少子高齢化・核家族化・結婚しない高齢者の独り暮らしの、地域社会で…人口減少…市民の連帯感や地域社会への関心が、希薄化する傾向にあり、不安は高まるばかりです。

最近は、近所のつながり、家族関係ですら希薄なケースが増えてきており、孤独死の数も増加傾向にあるのが現状のようです。こうした状況に対して、社会はどのように対処すべきなのでしょうか。。。

地域が活性化し、地域住民が生き生きと生活できることが、そこに住む人みんなの願いといえます。今日、高齢化、少子化及び人口減少で、地域社会をとりまく現状は、大きな変化の中にあると言えます。

生き生きした少子高齢化社会を築くためには、地域住民間での相互扶助(助け合い)が重要となります。

地域住民が、お互いに助け合い、支え合い、様々な福祉活動へ参加するという機運を高める必要があります。また、市民、行政、民間団体のパートナーシップの下に、ボランティアの育成や活動の支援などを行いながら、参加型地域福祉の一層の推進が不可欠と思います。

包括支援センター(八王子市高齢者あんしん相談センター)利用

地域包括支援センターとは 高齢者とその家族のサポートをしてくれる 地域包括支援センターは、高齢者の暮らしを地域でサポートするための拠点として、自治体などにより設置されている機関です。

居宅介護支援事業所は要介護認定を受けている高齢者のケアプランを作成する施設ですが、地域包括支援センターは、すべての高齢者の相談を受けつけています。

 国が進める地域包括ケアシステムの拡充によって、ますます重要性が増しており、しっかり考えたいものです。

2018年10月21日 (日)

「共生の心」と命の大切さ

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私は、終戦後の日本の物不足の生活を経験しています。

歌にもありました。「隣組の歌」現代でも、大切にしたい…3番の歌詞

♪トントンかりんと隣組…
     地震や雷 火事泥棒…
             互いに役立つ 用心棒…
                        助けられたり 助けたり…♪

物不足で、生活物資の配給制…隣近所で、味噌・醤油まで分かち合って生活していたのです。

「共生の心」で命の大切さを・・・

昔の日本は、「命の大切さ」をとりたてて教えることを考えなくても、うまくいっていのです。ものがないと分け合う等、いろいろ教えなくても自然に心と心はつながっていたのです。

ところが今はものは豊かになったが、心と心の「つながり」は疎かになっている。こうした社会状況の変化の中で、命を教えることは難しいです。

親子の間にしっかりした心の「つながり」があれば、「命の大切さ」は実感できます。

一番の根本は親子関係にあります。この根本的なことを抜きにして学校教育で「命の大切さ」を教えていくことは、大変難しいと思います。

なぜなら命が大切であるという思いは、子どもたち自身の実感や体感から生まれてくるもので、頭から頭に働きかけても意味がないからです。

こうした命の大切さを「教える」ことの難しさを、教える側は、承知しておかなければならないと思います。

ままにならない人生

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荒々しい生き方は…困難を増やすだけです。

自分の心をコントロールする…生き方

私たちの人生は、毎日が小さな修行の連続です。幸せを求め、困難に耐え、この世に生きる意味を問いながら、人生の曲がりくねった道をひたすらに前へと歩み、人それぞれの旅を続けています。

その道のりは、晴天ばかりではありません。ときに、悲しみや理不尽に襲われて涙で泣きぬれたり、怒りやつらさに震えたりすることもあります。

そんなふうに感じてしまうとき、いちばん大切なのは、その辛さ、苦しさ、悲しさの波にのみこまれないように自分の心をコントロールすることです。

ままならない人生

「環境に逆らわず、調和して歩む」という意識はとても大事です。

嫌な出来事があったときの対処法としては「心に生まれたネガティブな気持ちを深追いせず、嫌な出来事をそれ以上頭に思い浮かべないこと」・・・です。

そして「自分の行動はどうだったかな?」と一歩引いた目線を取り入れてみるのも大事です。

目の前の出来事に一喜一憂しないことが肝心

困った事態も、苦しい状況も、「しょうがないなぁー」と、あるがままに受け止める…そして、クヨクヨと無用に悩む時間を減らす…ましてや、怒りにまかせて誰かを責めたり、うまくいっている他人を妬んだりすることは、自ら不幸のスパイラルに飛び込むようなものです。

目の前の不平不満にとらわれるのではなく、明るい要素や感謝すべきことに、目を向ける努力をすることが、人生の幸せへの第一歩です。

人は、自分の心の向いた方向に人生のエネルギー…すなわち運気が運ばれます。その結果を私たちは「運がよい」とか、「運が悪い」とか呼んでいるだけなのです。

2018年10月20日 (土)

仕事とボランティアのこと

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仕事(働く)・・・何かを作り出す、または、成し遂げるための行動です。

何のために仕事をすのですか?…「自分のために働くか? 他人のために働くか?」

何が原動力となって働く人なのか、100%自分のため、100%他人のためという人はいません、基本的にどちらが原動力になっているかは、人によって分かれます。

どちらが良くて、どちらが悪いという話ではありません。

自分のために働く人は自己中心的で、他人のために働く人は思いやりがある…という印象がありますが、前者がダメで、後者のほうが良い、と思われがちだけれど、私はそうは思いません。

会社組織などは、自分のために働く人も他人のために働く人もいて成り立っています。

誰かの役に立つことで自分も嬉しくなり、みんな自分のために動いているとも言えるが、「誰かの役に立ちたい」という…思いを本当に持って働いている人もたくさんいる。

「他人のためにする働きが、最終的には自分のために働いている事なのです。 

ボランティア精神・・・

ボランティアとは、慈愛の心で奉仕をおこなう活動であって、決して結果や報酬を求めてはいけない。また、活動そのものを他言せず、ある意味、自己満足で行うものです。 

私は、人は一人では生きられない、人は助け合い・思いやり・相互扶助の精神が大切と思います。困った時にはお互い様で、少しでも、地域の皆さんが笑顔になれるように…と思って行動をしています。そして、自分も充実感を味わえるのです。

2018年10月19日 (金)

現代人の心に飢えが・・・

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ITの進歩によって世の中は便利になった一方、こんなに人とすぐに繋がれる時代なのに…ひとり一人が大きな孤独を抱えています。

日本で多くの人々が心の飢えがあるように思えます。心に飢えた現代人が今本当に必要としているモノは何なのか?

感謝の心と思いやりの心を持つこと

現代人は、昔の人と比べると、ずいぶん暮らしが豊かになりました。また生活も便利になりましたが、その一方で、現代人は、豊かさと便利さに慣れきってしまって、すべてが当たり前だと思うような感覚です。

暮らしが豊かになり、便利になっても、不平不満とグチを言っている人を数多く見かけます。これは、生活が便利になり、暮らしが豊かになった反面、今の人は昔の人より、心が貧しくなって来ているからです。

何事にも、ありがたいと思う感謝の心が無くなって来ているのです。また、家族や社会の人々との人間関係も、昔と比べると希薄になっています。

これは、相手を思いやる心、相手に尽くす心、相手に感謝する心、相手にやさしく接する心が無くなり、自己中心、我執貪欲の人々が増えて来ているからです。

この先、どんなに生活が便利になり、どんなに暮らしが豊かになっても、人間の心が貧しくては、人は幸せにはなれません。

やさしさとおもいやりと感謝の心で、全ての人間関係を円満にして、自分の心を豊かにすれば、人は幸福になれるのです。 幸福感は、お金や物の豊かさではなくて、心の豊かさなのです。

たとえ、今は貧しくとも、先の希望を決して失わずに、1日1日努力を積み重ねて生きていくことです。

地域のコミュニケーション

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どんな生活でも近隣や地域の方々とコミュニケーションをとることは大切!

私たちの生活を取り巻く環境は加速度的に変化しています。高齢化・一人暮らしの家族が増えています。

遠い親戚より近くの他人

血の繋がっている親類であっても、遠く離れて暮らしていれば、万が一急を要する出来事があった場合に助けられない。地域の人に助けを求めることです。

昨今では核家族化やライフラインの発達によって、昔と比べて近隣の住民同士の接点が大きく減少しています。とはいえ、ひとり暮らしの中では、いざというときに頼りになるのは地域の方々です。

なにげない親切を日頃から実行する

自宅の玄関前を掃除するときには、家の前だけでなく、せめて両隣ぐらいまではきれいに掃除することです。あまりおせっかいが過ぎるのも考えものですが、些細な好意を積み重ねることが、ご近所づき合いをスムーズにする秘訣なのです。

基本中の基本、挨拶

近所の方とすれ違ったら、挨拶をする。これを毎日繰り返すだけで、自分の存在を相手に印象付けることができます。

最初のうちは答えてくれないかもしれませんが、次第に心を開いてもらえるはずです。そうすれば、日常会話などにも発展させることができ、地域との交流が生まれる起点ともなります。

2018年10月18日 (木)

時が経つのが早い

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世の中の動きが早い!

私は、最近年を取ったせいか、最近時間が経つのが早く感じます。

「花の色は 移りにけりな いたづらに 我身世にふる ながめせしまに」・・・小野小町
降る長雨をぼんやりと眺めいるうちに。。。世の移り変りの早いことを嘆いた詩です。

諸行無常の世の中

物事の変化のスピードがドンドン速くなり、人々の生活リズムは不規則化し、それに合わせる形で24時間営業するサービスが増えています。

パソコンやインターネットの発達によって、人々は時間や場所に縛られなくなったので、生産や消費は時間帯やリズムがてんでバラバラになったのです。

昨日の情報は今日は通用しない。

世の中は、情報革命が起こり世の中は日々大きく変化しています。昨日のやり方は、今日は通用しない。昨日と同じことやっていると、時代の流れから取り残されます。

周囲の動きを把握し、自分の行動を変化させていかねばなりません。

決して止まることなく前進せよ。現状維持は衰退である。」

人生に永久不変のものはない

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時は流れ、あらゆるものは変化します。

この人生に永久不変のものは何一つありません。もしあるとすれば、それは変化するという事実だけです。今日の幸せが明日の幸せとはかぎらないし、今日ここにあるものが明日ここにあるとはかぎりません。

最近年を取ったせいか、世の流れが早く感じます。

今日はここにあるが、明日にはもうない。自然についても、それは同じです。一見、自然は悠久不変のように思えますが、私たち自身との関係から眺めれば、自然の事物は一つとして同じままであることはできません。人は同じ川を二度渡ることはないのです。

「同じ人が同じ川を二度渡ったことはない」

「…ゆく川の流れは絶えずしてしかも元の水にあらず…」と方丈記にもあります。川は絶えず流れており、一時として同じ姿であることはないからです。すべては一期一会ということす。

たとえ今日渡った川が、昨日と同じ場所にあったとしても、流れる水は昨日と同じではないし、渡った私自身も、厳密にいえば昨日の私自身ではないのです。

もっと大きな時の流れの中で変わるものに、風俗風習がありますが、人はそれに合わせて生きるしかありません。

「移り変わりは浮き世の習い」

生あるものは必ず滅びます。人生のはかなさは、一場の夢です。人生ははかない夢にすぎない・・・いつなんどき、何が起こるかわからないのも人生です。

そこには未知の事実が満ちあふれ、それらは奇々怪々、フィクションよりずっと面白いといえます。

「事実は小説より奇なり」

この世に住む人々は、それゆえ、変化に慣れています。人目を引く事件も、すぐに忘れられるのです。「驚きは九日しか続かない、人の噂も七十五日」です。

2018年10月17日 (水)

「人間臭さ」を考える

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人間臭いとは、「人間らしさが感じられるさま」…(デジタル大辞泉)

一言で言うと、まっとうな人間らしい人のことです。人間らしい感情を持ち合わせている人は、人間臭いといわれます。

今の世の中は、誰も他人のことを思いやらなくなり、そして、思いやるゆとりさえなくしてしまった。そして、他人と関わり合うのさえ面倒になってしまったのです。

機械のようではなく、血が通い、心があり、喜怒哀楽がある、ということだと思います。

よいことも悪いことも考え、正しいこともするが間違ったこともする、時に賢く、時に愚かでもあり、コンピュータにはプログラムしきれない、人間ならではの思考や行動をすることです。

人間の優秀な点というよりは、むしろ「愛すべき愚かな点」「理屈には合わないかもしれないが、心情的に共感できる点」について「人間くさい」が使われることが多いです。

昔と違う、今の世の中

親は子の世話をしなくなり、子は親の面倒を見なくなってしまい、それで足りなくなったところを、教育制度や介護制度、福祉制度に求めるようになり、会社は、会社の都合だけで社員を雇い、社員にとって会社は、生活費を稼ぐだけの場でしか過ぎなくなったのです。

国に、国民は、要求だけをして国に尽くす事を忘れ、誰の助けもいらぬと言う社会は、社会としての本質的機能、相互互助の精神を失ってしまう。そうなってしまったら社会など不必要なことになってしまうと思います。

人と人との関わり合いの中で、社会は形成され、また必要とされます。人と人との関わりそのものを否定し、喪失したら、社会なんて無意味なものになるのです。

動物と人間の違いは、考える力の差です。ですから「よく考えて、良い行動をしましょう」という事です。

2018年10月16日 (火)

将来を見つめた地域社会づくり

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地域づくりとは「みんなが安心して、いきいきと暮らせる住みよいこと」です。

それには、地域に住む人のひとり一人が、地域のために何ができるか?考え行動を起すことです。それは「気付き」であったり、「思いやり」・「人に自然に優しさ」であります。

それには教育が大事です。

教育学者の森信三先生の三つ教え、「ハイという返事・お早う、今日は、今晩はのあいさつ・靴を揃える・片付ける」をしっかり身に付けることです。

私はその上に、「人・自然を大切に・・・物を大切に・・・する心」を持つ教育が大切と思います。今、過去の(社会仕組み)構成を根本的に変わりつつある、現象が予想され、地域社会の、一番基礎である“きずな”の維持の考え方が難しくなってきています。

それは、「ソロ社会・超高齢化社会は、2035年には日本の人口の半数に独身?ある研究機関では、高齢者人口約3740万人、独身者は約4800万人と言われている」ことです。

私たちの地域でもその傾向を実感しています。それには私も頭を抱えてしまう有様です。しかし、今やることがあると思います。私は先代からの、自然遺産を守ることだと思います。

A I・ロボット化時代の進化でも・・・『人は自然と共生しか生きられない』・・・は、未来永劫変わらないと信じています。

人は一人では生きられない・自然と共生でしか、生きることはできない・・・ことをもう一度考えるべきと思います。人の絆・自然はもろいものです。一旦壊れたら修復に時間がかかります。人の絆・自然環境を大切にすることは「人の生きる原点」です。

協働による地域づくりを推進し、お互いに助け合ったり、学び合ったりして、年をとっても安心して暮らせる持続可能な地域社会をつくるということです。

2018年10月15日 (月)

ソロ社会・高齢化の地域社会

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私は、81年以上八王子市片倉町に住み続けています。戦争と混乱した社会を経験しました。そして、平成30年の現在は、少子高齢化と、人との繋がり(コミュニケーション)が課題となってきています。

私は結婚して今の住所で、1960年代から住んでいますが、核家族化で、お年寄りの、ご家庭が多くなってきています。そして、空き家・住所変更をしない、大学生などワンルームマンションが多くなり、地域社会のあり方が問題となっています。

結婚しない・結婚できない・将来も独身で「ソロ社会」「高齢化社会」で地域のコミュニティの危機さえ覚えるのです。

高齢者の地域での付き合いの程度 ( 健康長寿ネットより)

高齢者になると、地域での付き合い方は変わってくるのでしょうか?

高齢者の「社会参加活動」の実態をみてみると、高齢者が参加しているグループ団体として最も多いのは町内会、自治会で、その割合は26.7%。約4人に1人が参加しているということになります。

参加理由は強制、自発的と様々ですが、自治会や町内会に加入しているという点で、ある程度の「地域との付き合い」があると考えられます。

しかし、近年では町内会や自治会への参加率は低下し、地域コミュニティから孤立する高齢者も増えてきているようです。

さらに、パソコンや携帯電話、スマートフォンが普及し、高齢者でも所持者が増加していることから、地域での「近隣との付き合い」よりも、遠方でも「昔ながらの友人」とのやり取りが、インターネット等を通じて増えつつあります。

特に、大都市と町村地域と比較すると、いわゆる「近所付き合い」にはかなりの差があるようです。もちろん、大都市だけでなく、町村地域での付き合いも、減少傾向にあることが分かります。

2018年10月14日 (日)

秋の雨

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「秋の雨 朝の空気が ひんやりと」

今年の夏は、10月になっても続きましたが、台風25号が過ぎて、何か急に寒くなってきたように感じます。11月中旬の陽気?今朝は(10/14)未明から屋根に雨音しています。

秋の冷え込みを、多くの人はどんな場面で実感するでしょうか・・・

それは人さまざま、場面さまざまであろうけれども、朝目覚めて、さて起きようとしたとき、「いやーちょっと冷えている!」起床に、ほんのちょっとした「勇気」が必要になってきます。

十月という月は、四季的に言うとそんなにきっぱりと寒くもなくて、まだ中途半端な感じではあるのだが、少しずつ来たるべき冬の気配も感じられるようになるわけです。

道徳の重要性について

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「道徳」・・・人々が、善悪をわきまえて正しい行為をなすために、守り従わねばならない規範の総体。(デジタル大辞泉)

最近、若い人に「社会性」に物足りなさを感じることが多いです。

これは、学校に時代に、教育や人間関係の在り方を学ぶ、機会が減っていることや、協力して行う活動など人間関係づくりの基盤となる資質・能力を培う機会が不十分になっていることが、要因の一つとして挙げられるのではないでしょうか・・・

何事も自分を中心に考え、他人については考えが及ばない、自己中心的な人が多くなったように思います。それは、自分さえ良ければという考えの人です。人間は、一人では生きられないことが分かっていない人です。

まさに「生きる力」を育てていくことの大切さを痛感します。

この「生きる力」の核となる豊かな人間性を育てていくためには、「心の教育」の充実が必要であり、これに深くかかわっていくのが道徳教育です。

家庭での、親のしつけが言うまでもなく大変大事こと、小学校・中学校で・・・自分ならどうするかを考させる道徳教育が人間性が社会的に大きく左右されると考えます。

その際、道徳的価値観を押し付けたり、教え込んだりするのではなく、自分自身がどのような生き方を、そしてどのような人生をつくるのかを自ら考えることのできる学習を進めることが大切であると考えます。

2018年10月13日 (土)

散歩の道すがら

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コスモスの 色とりどりの 散歩道

稲掛けに 遠くに見える 富士の山

山栗の 落ちたる坂に 秋夕日

里山に 柿の実赤く もずの声 

秋雨に 川に流れる 枯れ落ち葉

当たり前の日々に感謝

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当たり前に生きている日々に感謝

自分の体が自由に動く…五感の自由が利く…今日も生きていること…など普段何気なく生活している中にたくさんの感謝すべきことがあります。つまり私たちはあることが当たり前になり、それが自分自身の尺度となっているのです。

実はその当たり前のことが、一番感謝すべきで、“ありがたいこと”…と「気付く」ことが大切なのです。

ありがたいと思うこと

毎日三食の御飯を食べる…それも自分が好きな物を腹一杯食べる…それが出来る。今の大半の日本人には当たり前のことです。住む家もあってエアコンもあります。着る服にも不自由しません。これも当たり前のことになっています。

基本的に人間は当たり前のことを“ありたがい”とは思っていません。

しかし、今の日本人が享受している豊かな生活は、せいぜいここ50、60年くらいで得られたものであり、昔はそうではありませんでした。また、現在の世界でも貧しい国ではまだ衣食住に困っている人もたくさんいます。

そう考えてみると、私たちが当たり前と思っていることは、実は当たり前ではないのかもしれない、ということに気がつきます。

さらに、東日本大震災でよくわかったことですが、現代文明というのは非常に繊細な基盤の上に成り立っています。石油と電力がなくなったら、衣食住、現在のすべての生活がまったく維持できません。

そんな脆いものであり、いつ何時そのような状態になるかも知れないのです。

2018年10月12日 (金)

最後まで自己の最適化を

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最適化・・・制約条件がある中で複数の選択肢を組み合わせ何らかの成果を出すとき、その成果を最小または最大にすること。

「最適」とは…「最もよくあてはまっている」という意味です。例えば、「この服が最も似合っている」などというのも最適の一種ですが、誰にでも似合う服というものはないので、「その人にとって」という制約条件がある中での最高ということです。

最後まで自己の最適化

自己最適化:自らを最も価値ある資産とみなし、一番自分らしいかたちで成功し、美しく、幸福に、健康で生きようとすることです。

人生最後の「課せられた課題」

自らの生き様を肯定し、自分自身を受け入れられるようになることです。経験してきた数々の過ちに折り合いをつけ、責任を負うのです。それは人生の最後の最後まで続きます。それがうまくいけば、とてもすてきな終焉になると思います。

私は、自分から進んで人との交わりの中に飛び込むことが必要と考えます。特に「自分の経験と技術を伝えることだ」という思いを持つことが出来れば、高齢となっても、日々を楽しく過ごせるようになると思います。

「自分の経験と技術」は高度なものでなくてもいいのです。「社会に貢献すること素晴らしさ…道徳の尊守する…」ことで世の中平穏になることなど、自ら実践して示すことです。そして、他人に喜んでいただきことが出来るというのは、生きる喜びにつながります。

2018年10月11日 (木)

世の中色々な人がいるもんだ

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「世の中いろんな人います、だから面白い」

社会(世の中)は、いろんな人がいて成り立っている。いろんな人がいる…と最近つくづく思います。

人の性格というものは、その人の生き様を表していると思います。

ただ、ときどき…「この人はいない方がありがたいな」…存在がマジに、勘弁と思えるような方がおられます。

その人が育ったときの環境、その人が触れたこと、その人が感じたこと、それらが組み合わさってその人の性格ができます。素晴らしい性格をもった人は、誰から好かれます。

光あるところ必ず影も存在します。

その影の人達からは嫌われるのです。素晴らしい性格の人を妬んだり、粗探しをしたりするからです。気に食わないからです。自分に自信がなさすぎて、自分が優位に立とうとするためそういうことをする可能性だってあります。

そんなことを想いながら話をする・・・話べたな私でも、誠意が伝われば理解してくれる…そんな時には、嬉しいものです。

コミュニケーションは、誠心・誠意の心で話し、行動で示すことだと思います。

2018年10月10日 (水)

信念を持つて行動する

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信念とは…

① 正しいと信じる自分の考え。固く信じて疑わない心。行動の基礎となる態度。② 神仏を固く信ずること。宗教を信じる気持ち。信仰心です。(デジタル大辞泉)

信念は、「行動の基礎となる態度」と解釈するのが、一番わかりやすいのではないでしょうか…つまり、「行動の基礎となる態度」にぶれがなく、一貫性がある事が「信念」を持つという事なのです。 

信念を持って生きる ことは大事なこと

ある一定の成功を収めている人たちはほぼ間違いなく信念を持っています。その信念があるからこそ、人から見れば“つまらない”ことでも、行動を起こすことができます。

 「楽しいことだけをやっていれば成功する!」って言う人もいるけど、そんな成功者はごくわずかです。オリンピック選手や一流経営者の話を聞いていても、みんな口をそろえて「楽しいことだけじゃない」と言っています。

つまらないこと、苦しくても、自分の願望実現のために行動する・・・自分の信念に従って行動し続けること・・・これができれば、たいてい人は成功すると思います。

2018年10月 9日 (火)

自由と責任について

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「自由には責任が伴う」

本当の意味で「自由」を手に入れたいと願うのなら、同時にやらなければいけないこともあります。それは、「責任」を果たすということです。

責任を果たすとは

一般社会では、普通、人々は自己の行為に責任を負っており、各人が何をするかに応じて賞賛や非難を受けると言うです。

「自由」と「責任」はコインの裏と表の関係になるということです。欲望の満足という自由だけが暴走しては、後で取り返しのつかないことになります。

自分のやることなすことは、その結果については自分で責任を負う人間になることが大切です。自由と責任のバランス感覚を身につけると、自由の暴走はなくなります。

責任というブレーキを効かせながら、自由を満喫して自己肯定感の強い人間になります。自由と責任のバランス感覚を身につけた人間は、社会のルール・道徳を守りながら、生の欲望の発揮に邁進するようになります。

自由と道徳

自由は私たちが生きていくうえで、その度に実現されなければならない課題であり、そのために道徳的意識を考えなければなりません。

道徳的に、“なすべきこと”の意識の中で、自分を確立していくことで自由を得ていくのです。

2018年10月 8日 (月)

集団の中で生きる人間

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集団とは…

ある目標をもち、それを達成するために相互に活動しあい、共属していると感じている複数の人々の結合を集団あるいは社会集団という。(世界大百科事典第2版 )

人間の歴史を振り返ってみても、家族でかたまったり、集落を作ったりして、いつも何らかの集団を形成して生存していたのだろうと思います。

その集団という形態は進化して、今では国家という集団を形成するに至っています。

この国家を形成するということも、結局は、人間の祖先が『群れをつくる人間族』であるということの延長線にあるだけのことだろうと思います。

群れるというと、群衆に身を任せるという感じがしますが、身を任せては、刹那的な安心感しか得られない。群れに入ったとしても、自分で考えて、ときに群れから離れて動くのも、大事なことだと思います。

人間には群れる習性があり…『群れる』という概念からは逃れられない宿命をもっているといえると思います。

現代では、インターネットをはじめ、社会がすごいスピードで変わっている中、人間にとって他の人間と関わる最適なバランスを求め、新たな社会集団を探求していかなけれと考えていす。

老後・余生の生き方

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老後とは…余生とは…

老後・・・65歳・75歳から使われているようです。(2014年厚労省の調べで)

余生・・・盛りの時期を過ぎた残りの生涯。残された人生。私は、80歳から…人それぞれと思います。

人それぞれの想い・感じ方

大事なのは、自分が価値を感じるものをいかに大事にして暮らしていけるかです。それが、人生後半を幸せに導く最大要素だと私は思います。

感動するというのは、「心が動く」こと

イキイキと活動しつづけるためには、心が動かなくなっていくことが、一番よくないと思います。

感性を研ぎ澄ませる…好奇心を持ち続けること。感性を錆びつかせないで、おけるかどうか、そして、何につけても、好奇心を持ち続ける・・・

その人自身の意識の問題

寄る年波とともに、身体がだんだん硬くなっていき、可動域が狭まっていきます。しかし、前屈も開脚もびっくりするほど、見事にできてしまう身体の柔らかな、ご年配の方もたくさんいます。それは、可動域を狭めないよう日々意識して身体を動かしつづけているからです。

心も同じです。動かしつづけることを心がけたほうがいい。いろいろなことに心を動かせられる自分でいること──意識して、そう仕向けていくことです。

2018年10月 7日 (日)

あいさつをしよう

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『知らない人にもあいさつしよう』

「おはようございます」・「こんにちは」・「こんばんは」

「ナナメの関係を持った地域社会」

親と子ども、先生と生徒、上司と部下という縦の関係…同級生同士だったり、同僚との横の関係…私たちの生活の中では、こういった縦横の人間関係が大半を占めています。

その人を劇的に変えるような出来事は、縦横の人間関係を外れた意外な人からの「ナナメの関係」から生まれてくることも多いのです。

「私は「ナナメの関係」を持った地域社会が、今大事なことだと思います。

人間関係が豊富で防犯上も機能もあり、知らない人にあいさつは、大事なことです。

「笑顔で、元気よく挨拶をしましょう!」

「あたりまえのことはあたりまえにできるように!その一つは挨拶です!」

何を急いでいるのか知らないけど、ぶつかっても素通りする人…さみしいです…さすがに常識のある大人の人は挨拶くらい気持ちよくできるのだろうと思います。

環境に対して危機意識を!

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環境に対して、危機意識を持って!

地球環境問題はいろいろありますが、もっとも対策が困難で影響が大きいのが気候変動(地球温暖化)です。温暖化は恐ろしい勢いで進んでいる一方で、環境危機意識はここ数年低下していると感じられます。

環境に関するテーマに対して人はどれぐらい敏感か?

清潔な環境はどれぐらい大切か?

清潔な環境を守ることはどれぐらい重要か?

私は自己中心的な人がますます増えていると思います。公益を考えることが少なくなり、このことが他人を省みずにゴミをどこかに投げ捨てること、につながっていると思います。

環境美化?そんなこと考えている時間がない、済みません、仕事のことで頭が一杯で、気をつけるようにします。電車に乗らなければ・・・とタバコの吸い殻を、私の目の前で捨てて行く、立派なサラリーマン。私がゴミ拾いをしているにのに・・・

歩きながら、食べたり・飲んだり・・・カッコいい?若者・・・当然のように捨てて行く、ペットボトル・空き缶・食べもの包装紙が、歩道の植え込みの中へ・・・環境美化なんて私には関係ない行政で対策を考えればいい?

大きな注意看板を取り付けだけではダメ、ここまできた環境意識なさに驚いている昨今です。子供頃の家庭のしつけにあると思うのです。

教育学者の森信三先生の三つ教え

① 朝のあいさつをする

② 「ハイ」とはっきり返事のできる

③ 席を立ったら必ずイスを入れ、ハキモノを脱いだら必ずそろえる

2018年10月 6日 (土)

これからの社会を考える

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世の中のいわゆる進歩的な人達は、地縁や家に伴うしがらみと戦ってきて、しがらみや束縛や抑圧に苦しんだ歴史があります。

その結果、少なくとも日本では、思想とテクノロジーと都市計画によって、しがらみは相当のところまで無くなった思います。

しがらみや束縛が無くなったことで、私達は自由な個人になりました。ひとり一人がワンルームマンションに暮らせるようになり、コンビニ等のサービスを利用すれば一人でも苦も無く生活できます。

一人では生きられない…もう一度群れるしかない

人は一人では生きられません。強い人間は、たくさんの他者を平伏させて一人で生きていけるかもしれない。だが、凡人は身を寄せ合い、心を寄せ合って生きていくほかありません。

精神的にも私達は自由になれたでしょうか?

そう思えません。個人が自由になればなるほど、個人の内面に抱えた欲求や葛藤することで、自縄自縛(じじょうじばく…自分の言動が自分をしばって、自由に振る舞えずに苦しむこと)で悩むことになってきたのです。」

そして、核家族化が、家や地縁に伴うしがらみが、再び、重要となてきたのです。

血縁や地縁を遠ざけたのはいい?では、それに伴って、かつてそれらの束縛や抑圧に付随していた社会的機能や諸々のメリットを、誰が今、代行しているのか?そして何が代行されないままなのか?

力を合わせなければ生きていけない。

一人では勝てない人間が、弱くても生き残っていくために、再度群れるためのライフスタイルや処世術が必要とされていると思います。

こうした「再び群れざるを得ない」・「群れてでも生き残る」気分が再起動しはじめた情勢のなかで、窮地に立たされるのは「経済的・文化的・精神的に弱く、なおかつ、群れるための作法も訓練も素養も持たない人」でしょう。

強者は個人単位で、それより弱い者はスクラムを組んで生きていくしかない中で、弱く、かつ群れることのできない者はどうやって生きていけば良いのか?問題は残ります。

陰徳を積むとは

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徳を積むとは・・・善行を行うということ。

徳の中でもっとも尊いのは陰徳ということ。

陰徳とは、「人に知られないようにする、善い行い」のことです。

人に何かしてもその見返りを受け取ったりするとこれは陰徳ではありません。

人知れず、礼を受け取らずに、善い行いをすることが陰徳となり徳を積むことになります。

慈善事業に寄付することも、人知れず、誰にも知られずにすることこそ陰徳です。

つまり、陰徳を積んでいれば、天が代わりにその善い行いをした報いを与えてくださるのです。

格言に・・・

◎ 「情けは人のためならず」

◎ 「わが身からいづるものいづれわが身に戻りくる」

とあるように、「善い行いは返ってくるものだから、どんどんしなさい」とのことです。

そう 徳を積むということは、人知れずする見返りを期待しない善い行いのこと。それを陰徳ということです。

2018年10月 5日 (金)

親心というもの

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「這えば立て 立てば歩めの親心」

この言葉の如く、親が子供に最善を尽くし何かをするのは当然であり、親としての責任のようにも考えていました。

親が子供を生み育てること

改めて考えてみますと「何々をしてあげる」のではなく、「何々をさせていただく」と云うこの気持ちが、私は欠けていたように思います。

「何々をしてあげた」の後に来るのは、見返り・恩返しの期待感が隠れているように思われます。「何々させていただく」の後には何の計らいも無い、無条件奉仕の親心だと思います。

「子を持って知る親の恩」といわれるごとく、私も両親よりこの世に縁をいただき、子供の親にならせていただきました。この世に命をいただき育てていただいた、ご恩すべて無条件奉仕の親心だと思います。

~~この子をこの世に産んであげたから、あなたはこの子の親になった~~

そうではなく……この子を産み、この子を育てさせていただく過程において、辛い事、悲しい事、嬉しい事、楽しい事、そういった苦楽を共にする事により、共に泣き笑いしながら、親にならせていただき、子とならせていただくのです。

心身共に真実の親子にならせていただけるのです。

道徳を考える

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して善い事(善)として悪いこと(悪)を区別する方法を・・・『道徳』と言います。 人が社会で生きるためのルールのことです。

道徳は人が社会で他人とスムーズに生活するために重要な鍵になるのです。スポーツでも、ゲームでもルールを破ると罰せられたり、その世界から追放されたりします。

道徳自体が初めの前提として『他者と協調して生きる』ことが基盤にあるため、この意識が薄れると、道徳を無視するようになります。

また他者と情報を共有できない(する気がない)人もまた道徳を理解できません。『自分さえよければ』という思考で生きるため、他人に迷惑をかけます。

今の社会、自己中心の人が多くなったようになった。

自己中心とは、自分を中心に物事を考え、周囲(他人)に配慮したり、思いやりがないことです。やはり人間は幼いころより、しつけを含め、家庭・学校や大人からの、教育で道徳をしっかり学ぶべきです。

むかしは…女性は男性の補佐役だった。

「家内」という漢字が表すように、この時代の女性は家の中を守るという役目がありました。ほとんどの日本人が、女性は結婚したら旦那を支え、家事や育児に専念するべきだと考えられていました。

それが現在では、夫婦共稼ぎの家庭がほとんどです。そして核家族化です。昔は、当たり前の三世代家族は、極わずかで、その上、結婚しない・晩婚・生涯独身といった家族制度となっています。

社会に対する価値観・道徳観の多様化となっています。大事なことは、「人は一人では生きられない」ということです。人間社会で生きることで守るべき規範(ルール)子供の頃から教育する…それは親であると思うのです。

「国づくりは人づくり」す。

いま、思いやり・きずな・やさしさなどの言葉は、よく耳にすることですが、言っているだけでは済まされない状況にあると思います。政府は国土強靭化を謳っていますが、少子化対策と共に、人の道…つまり道徳(教育再生)は、日本の国づくりの基本と考えます。

2018年10月 4日 (木)

信念を持つこと

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信念を持つて生きる

「信念」・・・正しいと信じる自分の考えです。

「信念は願望実現の原動力である」

ある一定の成功を収めている人たちはほぼ間違いなく信念を持っていると言えます。その信念があるからこそ、嫌でもめんどくさくても行動を起こすことができます。

「楽しいことだけをやっていれば成功する!」って言う人もいますが、そんな成功者はごくわずかです。オリンピック選手や一流経営者の話を聞いていても、みんな口をそろえて「楽しいことだけじゃない」と言っています。

どんなにつまんなくても、苦しくてもなんでもいいから、自分の願望を成就するために行動する。自分の信念に従って行動し続ける…これが大切と思います。

松下幸之助の名言に 『社会生活は日々これ戦い、日々これ苦難。その時に心が動揺するかしないかは、信念の有無で決まる。』 『常に信念を持って主体的に生きるためには、やはり心静かに、われ何をなすべきかを考え、そのなすべきことをひたすらに、なしていくことが大切である。』

また、本田宗一郎の名言に 『何かを深く信じれば、誰でも自分の中に大きな力を見つけだし 自分を乗り越えることができる。念じることは、普段から常々心に留意していて、深く期すこと。』

私は、信念は人それぞれ価値観が違い、正しいも間違いもないと思います。

2018年10月 3日 (水)

現代人が考えなければならないこと

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私は、産まれも育ちも、今住んでいるところも同じ、八王子市片倉町です。私が生まれたときは、東京都南多摩郡由井村片倉でした。田・畑・山で暮す農業中心の村でした。

大きく変った自然環境

昔では、想像もつかない開発で、山は削られ、田んぼは無くなり、川(湯殿川・兵衛川)コンクリート化して、今では、自然災害(大雨で床上浸水)した経験の記憶が、懐かしくさえ思えます。

山には、きつねや、うさぎなどの野生の動物、川には、たくさんの種類の魚・昆虫など多様な生態系が存在していました。

いま私たちが暮すまち「片倉」は一世紀も経たない間の環境の変化は、歴史の上でも、かってない激変という事と思います。(日本の国全体ですが・・・)

現代人が考えなければならないこと。

地球温暖化・プラゴミなどの問題は深刻です。他人ごとではありません。便利さだけを求めて気が付いたら、人間が人間仕業で、”もがき苦しむ”ことになるのです。未来に繋げることの大事さは人間ひとり一人の認識・行動にあると思います。

心の豊かさと自然との共生

環境と共生するためにやるべきこと、 環境破壊しないために私たちが出来る事は何だろうか・・・例えば、ゴミに関してはリサイクルや再生をしてまた使うという事ができます。そしてゴミのポイ捨てしないということです。

自然を大切にすることで、心豊かになります。

「豊かさ」は「モノをふんだんに消費する」ことだという意識も高く、「モノの豊かさ」を大切にすることは地球環境への配慮とは相反するように感じられることもあります。

しかし同時に人は「心の豊かさ」を大切にするために、「自然や緑とのつながり」や「家族とのかかわり」を求めます。私たちは「心の豊かさ」を大切にする住まい方が、心地よさを生むと同時に環境配慮につながる可能性があると考えます。

2018年10月 2日 (火)

信じること

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「幸せ」を創造する生き方・・・

「幸せ」という言葉は、もともとは「善い」という言葉です。 

自分の一日を「善い」と思えること、自分の命を「善い」と肯定できること、それが幸せなのです。

そうすれば私たちは毎日を善い日々、すなわち「幸せな日々」として生きることができるのです。このように、自分の一日を「善い」と思えること、自分の命を「善い」と信じることできること、それが幸せなのです。

一日のうちには色々な事が起こります。しかし、すべてを万事を”役に立つ”と信じることができれば、どんな一日であっても「善い」と言える一日になるでしょう。

そうすれば私たちは毎日を善い日々、すなわち「幸せな日々」として生きることができるのです。このように神様への信仰によって一日一日を善い日と信じて生きること、それが私たちの幸せなのです。

今自分が持っている幸せを忘れて暮らしている人も多いと思います。自分が持っている幸せから幸福感を得ている人は少ないと思います。それができるようになるだけで、日々の生活はずっと幸せになると思います。

行動を起してこそ

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ゲーテの言葉に

「知ることだけでは十分ではない。それを応用しなければならない。意欲だけでは十分でない。それを実行しなければならない」・・・があります。

行動して「気づくこと」で人は成長する

人間として生きる上で、物事を実行することに価値を置き、知識や意欲が熟すのを待っているだけでは、その機会を失し、何事も成し得ないと考えました。

自分で考え、選び、行動することの大切です。大きな行動を起こす時には勇気がいりますが、小さな行動を起こすためには勇気は必要なく「やるか、やらないか」自分次第です。

ほんの小さな行動を起こすだけでも、時には後悔したり、また時にはすぐに行動してよかったと実感することがあったりと、行動するからこそ様々な思いをすることがあります。

どんな小さなことでも行動するからこそ、必ずそこに何か「気づくこと」があり、この「気づくこと」が非常に大切で、人は何か新しいことに気づくたびに必ず成長するのです。

人生はさまざまな選択の連続です。中には、その後の人生を大きく左右するような大きな選択もあります。このような選択以外にも、普段、意識していないだけで私たちはつねにさまざまな選択をしています。

意識するしないにかかわらず、つねに、瞬時に、さまざまな選択をしています。その1つ1つは些細なことかもしれませんが、その選択の蓄積が、あなたの次の選択肢へとつながり、その連続した選択の軌跡が、そのままの人生の軌跡となっていくのです。

2018年10月 1日 (月)

台風24号襲来の夜

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9月30日の夜…台風24号は、大型で強い勢力で、和歌山県に上陸、日本列島を縦断…北上するコースで、10月1日、八王子市では、午前0時すぎに45.6メートルと統計を取り始めてから最も強くなった(NHKラジオニュース)

雨戸打ち続ける風雨に、古い家に住む私たち、夫婦は不安で眠れない、ただ無事に通り過ぎ去って欲しいと祈るばかりです。

自然の猛威?

人間の果てしなき欲望が、わがままかってにまかり通っている日常を、時として自然は猛威をふるって打ち砕いてしまいます。大切な財産が消失し、人命が奪われてしまう悲哀を受けとめざるをえないのです。

台風の襲来、豪雨豪雪、地震津波など、天変地異に遭うと人は自然の猛威に恐れおののき、あらためて大自然に畏敬の念をいだきます。

考えたい地球温暖化

地球温暖化という問題となっていますが、その原因の温室効果ガス「二酸化炭素」や「メタン」といったいくつかの種類です。

そのなかで、地球温暖化の一番の原因といわれるのが、二酸化炭素。二酸化炭素は、自動車や飛行機を動かしたり、電気を作ったり、ゴミを燃やしたりすることで、たくさん発生しているのです。

地球温暖化が進むと、私たちの生活にも様々な影響が出てくると考えられています。たとえば極端な現象がより多くなります。夏がより暑くなり、熱中症の危険も増します。

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