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2018年9月

2018年9月30日 (日)

美しいまちづくり

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美しい自然の中で生きる

人の性格は、生まれ育った環境が、大きく左右されます。 美しい心を持った人は、美しい自然環境から育つと言われています。

 美しい環境のまちづくり

私も、美しい環境の中で育った子どもたちは、きっと「心も美しく」なると信じています。

ただ、「心の美しさ」でいえば、現実には、日常生活の中で聞いている人が悲しくなるような言葉であったり、態度であったりがまだまだ、見られることもあるようです。

自然の大切さ

乱れた環境の中では、そうしたよくない言動も当たり前のものとなって、何も感じなくなるのかもしれません。「美しい心」を育てるためにも、私たちが住む「まちの環境を守る」ことが大変重要と思っています。

私たちはすべての生き物といっしょに、自然環境の中に生きています。川や山などの大きな自然はもちろん、木や花や虫や鳥、川の中の魚、私たち人間の体も自然の一部です。

自然環境を傷つけないで、大切にしていく環境保護が大切です。川や公園・広場などの町全体を汚さないようにする…そうした取り組みが、環境保護活動です。

自然環境を大切に守って、問題が見つかったら直していく・・・どうすればよいかをみんなで考えて工夫する・・・自然のしくみを守りながら暮らしていくと、気持ちのよい自然環境の中で生きていくことができます。

そして町に住むひとり一人が「まちの環境を守る」・・・意識をもち、実行することが大事です。また、自然環境保護は、エコ活動の基本です。

2018年9月29日 (土)

本当の自分を知ること

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幸せな人生を生きるには・・・

◎ 本当の自分に気づくこと

自分の思うように生きることです。つまり、自分にとって理想とはどういうものなのか…本当の自分を見つけ、自分が手にしているもので目標に向かっていくことです。

◎ 自分のことをよく知る

本当の自分になるには、自分が好きなものや、やりたいことを知ることです。そこから、仕事や人生で本当に成し遂げたいことが見えてきます。

そして、ありのままの自分を受け入れることです。自分の良いところ、悪いところを、ありのままの自分を受け入れることです。

人生で学ぶ一番の教訓とも言えるのは、自分の望む通りに他人を変えようとしても無駄だということです。そんなことをして無駄な時間を使うのではなく、ありのままのその人を受け入れることです。

◎ 自分の限界を知り、謙虚になること

何でもうまくできる人はいません。誰にでも強みと弱みがあります。自分の弱みを認識しながら、自分の強みを伸ばす秘訣は、そのギャップを埋める方法を見つけることです。

◎ 心穏やかに生きる

エイブラハム・リンカーンは「何歳まで生きたかが重要なのではない、いかにして生きたかが重要なのだ」と名言があります。

本当の自分になり、常に現実を反映し、支えるような決断をし・・・それを実行し始めた瞬間から、平穏な人生を送ることになり、自分の人生を生きることになります。

2018年9月28日 (金)

和の心を考える

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「日本人のアイデンティティ」

アイデンティティ…( 自己が環境や時間の変化にかかわらず、連続する同一のものであること。主体性。自己同一性。)

ようするに 日本人が何者か認識すること。

  日本人のアイデンティティが不鮮明になってきています。

「和をもって尊しとなす」…の精神

(何事をやるにも、みんなが仲良くやり、いさかいを起こさないのが良いというと。)

聖徳太子による、十七条憲法の第一条。いろいろと訳や解釈はあると思うんですが、ざっくり。それを約1300年前から、国としての大事な価値観として打ち出しています。

私は、この「和のこころ」を大事にするということは、それを私たちが日頃、どれくらい意識しているかは分かりませんが、確実に私たちの行動や日本人のイメージにつながってるいると思います。

「我を通しすぎず、お互いに譲り合い思い合うことで、物事が上手に進み、周囲と自分の幸せにつながる。」そんな「和のこころ」なるものがきっとDNAレベル(!?)

私たちの中のどこかにあって、それが、時間に正確…(相手を待たせない)、人に合わせる…(和を乱さない)、控えめ(我を主張しすぎない)…などの行動や気質に繋がっているような気がします。

ところが・・・「和の心」に地殻変動が起こっている?

聖徳太子の“嘆き”が聞こえてくるようです。「世の中は無常だから、変化していくのは当然だ」では済まない事態になっているような気がしています。自己中心主義者が多くなっているということです。

2018年9月27日 (木)

真実を知ること

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「真実」とは

真実→うそ偽りがないこと・本当のことを意味する。

ガンジーの名言

「子供は真実を映し出す鏡である。彼らには驕りも、敵意も、偽善もない。もし思いやりに欠け、嘘つきで乱暴な子供がいたなら、罪はその子にあるのではなく、両親や教師や社会にあるのだ。」

チャード・カールソンの名言

「人生は思い通りにいかないもの…他人はあなたの都合通りに動いてはくれないもの…これが真実だ。あなたに反論する人…あなたと違うやり方をする人…いくらやってもうまくいかないことは人生につきものだ。この基本線に刃向かおうとすると、人生の大半を戦ってすごすことになる。」

求めるべきものは、永遠に無くならない真実です。

人生で一番大切なこと。

○ どれほど真実と向き合うことができたか?

○ どれほど魂を揺さぶる人生を送れたか?

どれほど本当の自分(真実)を知り得たかなのです。私達が求めるべきものは真実です。すなわち、「本当の自分を知ること」です。これ以外人生の目的はありません。

それには、昨日よりましな今日であろう、今日よりよき明日であろうと、日々誠実に努めることです。その弛まぬ作業、地道な営み、慎ましき求道、私たちが生きる目的や価値が、分かってくるのではないでしょうか・・・

2018年9月26日 (水)

心に余裕を持つこと

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複雑化した社会で、心にゆとりのない社会

今、多くの人たちが、自分自身のメンタルに 過剰な負担を かけてしまってます。しかし、生きていくためには、この理不尽な社会で、上手く泳いでいかなければなりません。、

◎ 心に余裕をもつことです。

忙しないスピードで流れる時代です。私たちは心の余裕が持てなくなっています。余白もつくらずに、詰め込んでしまうから、些細なことでイライラする。必要以上に増やすから他人に優しくする余裕が持てなくなってしまいます。

◎ 意識的にゆとりを持つことです。

そのために必要のないものはを手放すことです。余裕がないならつくればいいのです。私たちに必要なのは求め続けることではありません。

今ある幸せを犠牲にしてまで手に入れなければいけないものなんてないのです。本当に必要なのは「足るを知る」…今に満足することです。

挨拶はコミュニケーションツール

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今、全国秋の交通安全運動期間(9/21~9/30)中です。

私は、交通指導員として、学童の登校時の交通安全を指導として、町角に立って、旗振りをしています。

昨日の朝のこと…小学校の先生が、小学生の子どもたちに「朝の挨拶をして欲しい」との申し入れ?がありました。私は「ハイ分かりました」と返事をしました。

先生に、「私は普段、まちの清掃活動をしています。その際は、小さなお子さんから、お年寄りまで、積極的に、あいさつを交わしていますよ。」

そして、教育学者の森信三先生のしつけの三原則の話をいたしました。もちろん先生は分かっていたと思いますが・・・

あえて三つの事を話しました。

一つ目は「ハイという返事をすること」…親のことばに…

二つ目は「あいさつすること」…朝起きて親に…

三つ目は「後片付けをすること」脱いだはき物を揃える・椅子を元に戻す…

すると先生は分かりました、その三つを復唱して「ありがとうございます」学校へ戻っていきました。

私はまちの道路や川・公園・広場などのゴミ拾いをしますが、その時は、「地域のコミュニケーションツール」といて捉えています。会う人すべての人に「あいさつ」をするようにしています。

「おはようございます。」ご苦労さん…と返事が返ってくると嬉しくなります。でも返事が返ってこなくてもいいのです、一人でも、私のしていること(ゴミ拾い)に気が付いてくれれば・・・ゴミ拾いを続けて行きたいと思います。

2018年9月25日 (火)

美しい町を守りましょう

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私達の社会は多くの人が限られた空間の中で生活しています。一人の行動は、好むと好まざるとに関わらず、他者に影響を及ぼすことになります。

大きな社会問題として取り上げられている環境問題は、私達の行動様式が引き起こしているものです。気づかぬ内に他者に迷惑になっているもの、チョットした心づかいで、環境浄化につながるものです。

私たち市民ひとり一人が、自覚を持って私たちの住む町の環境を守り維持して、未来に引きついていくことが責務と思うのです。

◎ ゴミのポイ捨てをやめましょう。

空き缶やタバコの吸殻、ガムなどが、道路や空き地に捨てられています。

私たちの町には遠く室町時代(1336年~1537年)大江広元の築城とされている「片倉城址」があります。現在は、東京都指定文化財である室町時代に築城された片倉城(城跡)と周辺の優れた自然環境の保全を目的とした公園です。

多くの市民の憩いの場所です。『私一人くらいなら』ではなく、『私から』ゴミをきちんと捨てましょう。

◎ 犬・猫のフンをかたづけましょう。

犬・猫のフンは、だれが見ても嫌なものです。悪臭 や衛生上の問題もあります。飼い犬・猫のフンは、飼 い主が責任をもってかたづけましょう。 

◎ 湯殿川を守りましょう。

私たちの町には湯殿川が流れています。昔は魚の種類が多くいて、子どもたちは泳いだり、魚を捕って遊んだのです。いま開発が進んで、コンクリート化し泳げません。しかし現在も、昔と変わらぬ、きれいな水が流れています。

湯殿川を毎日眺めて、ペットボトル・空き缶や、レジ袋などプラスチックゴミを見ると、今世界的に問題となっている海洋汚染…地球温暖化…取り返しのつかない状況が心配になります。

2018年9月24日 (月)

サイコパスについて

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『サイコパス』

「サイコパス」とは、精神病質であって精神病ではありません。世には25人に一人がいると言われています。

この数字は、一般的な印象よりも非常に高いものではないでしょうか。つまり、4%ほどの確率で、身近にも存在し得る、ということになるのです。

口達者で自己価値観が誇大というのは過干渉、支配タイプに多い傾向です。

子供が抵抗してもありとあらゆる理屈、理論を並べたて子供が、親の言う通りにするまで説き伏せようと繰り返し執拗に~しなさい。~すべき。という口癖はまさにサイコパスな親です。

「共感性がない」という人です。

人が喜んだり笑ったり、楽しそうにしているのを見て、自分までうれしい楽しい気持ちになる人は…「自分の力で相手を喜ばせてみよう」という発想ができます。

○ この発想こそが「愛情」なのです。

愛情を他者に注ぎ、相手を喜ばせる事が出来た時に、自分がとっても嬉しくなるのですが、この嬉しさが「本当の幸せ」です。「人の幸せを祝福できる心」は共感能力があるからなんです。

○ 人の幸せを共感できるから人の幸せを喜べるのです。

そして他人の苦しみを思わず共感してしまう人は「自分がされたら嫌な事はしないでおこう」…という発想(良心のブレーキ)が働きます。人に残虐な事はできません。

共感能力がなければ、人が嬉しそうにしても楽しそうにしても喜んでも「自分の心に全くプラスがない」のです。だから「相手を喜ばせようという発想ができない」つまり「愛情が無い」のです。

○ 人間は基本的に自分にないものを理解することが出来ません。

愛情や思いやりがないサイコパスは「愛されても・親切にされても気が付かない(愛とも優しさとも理解できない)」のです。だから「感謝すること」が出来ないのです。

2018年9月23日 (日)

「利他心」と「利己心」

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利己心…

自分の利益だけを考え、他人の迷惑をかえりみない心。

利他心…

①自分を犠牲にしても他人の利益を図ること。

②自己の善行の功徳によって他者を救済すること。

(『大辞林』三省堂)

現代社会は、自分さえ良ければの考えの人が多い・・・自己中心的で、人や自然に、思いやりがない人が多くなってきているように思えます。これは道徳心につながるといっても言いと思います。

「ゴミのポイ捨てが後を絶たない」のです。注意看板・ポスターを掲示しても、相変わらずです。

私は同じ地域社会に、同じに暮していく一人ですが、誰かが片付けないと、将来はゴミの町?その環境状況は、恐ろしいことになり…その片付け公費では莫大のお金がかかります。

今、当たり前のように、通勤路に捨てて行くサラリーマン・食べながら・飲みながら歩く若者たち多いです。そして子どもたちは、遊び場(公園や広場)を大事にしない…次に使う人のことを考えない。そして物を大事にしないのです。

私は、毎日拾い集めていますが、歩道や植え込み、公園・広場には、ペットボトル・空き缶・包装紙は、1時間で大きな袋一杯になります。

利他心の心を持ってほしい、自分でも気が付いてほしい

八王子市では、路上での歩行禁煙です。ゴミのポイ捨ては禁止です。小学生・中学生も知っています。しかし、大人が、利他心がない・道徳心がない人が多いということです。

まちを汚すことは、自分で自分の首を絞めるようなものです。自分の命を縮める行為に気付いてほしい。そして、自らまちの道路・公園・川などの清掃活動(ゴミ拾い)をして下さい。

私たちの住む町はみんなで共有財産です。美しいまちは、気持ちよく・町に住む人が、笑顔になります。ぜひご理解・ご協力をお願いします。

幸せは自分の心の中

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幸せは自分の心の中に・・・

経済的には豊かになったとされるけれども、社会はどんどんと複雑になり、自分が幸せと感じられない人も多いようです。不平等が広がっているからなどです。

社会的な不平等は、経済的な不平等をもたらします。不平等に対しては、既得権者とその他の人々との溝は、自然に埋まることはありません。いま格差は広がっています。

社会や経済は、富と権力を動かす・・・

金持ちではなくても、贅沢できなくても、幸せになることはできます。金持ちだから幸せだという相関関係はありません。外部環境は関係ないのです。なぜなら「幸せは自分の心にあるもの」だからです。

感謝の気持ち・・・

 幸せ感は、自分の心の中で育てられるのです。それもこれもいろいろな人たちのお陰です。両親や先祖といわず、神様や多くの人々への感謝の気持ちを忘れないことです。幸せというのは感謝している人の、心に湧いてくるように思います。

2018年9月22日 (土)

恥を知れ・・・

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道徳の“恥”について
恥を知れとは、人道に反したこと、常軌を逸した行動をとった時などに、周りの人が言う言葉です。「恥ずかしいことはしない」という深い道徳性に裏付けられていて、だからこそ嘘もいわないのが日本人だったのです。

ある意味では「誇り」であり、それゆえに恥をかかされたら切腹することもあった。その「恥」の観念が、いまや大変薄れています。
なぜ恥じることが必要?現代はまったく無恥の人間が非常に増えています。
道徳心における”恥”について
この道徳観が私たちの何を守っているか?
根本的にしっかりした道徳心があれば、恥の意識から罪を犯すことはなくなります。このことにより人間は、思いやりの心と、助け合いの精神で暮らしが守られるのです。
いい加減で、でたらめな生き方をすれば必然的に人生は壊れていきます。人の道を外れることに、恥ずかしさや恐れを感じる人ならば、正常な道徳心を、持った人と言えるでしょう。
したがって、これを失ってしまった人が、常軌を逸した行動を取ったり、犯罪を犯してしまう傾向にあるのです。

そうした方々の為に、社会には法律や条例などの強制力を持った決りやルールがあるのですが、それも完全ではないために上手く働かない局面もあります。

要は、法律や条例のような、いわゆる外部からの働きかけによって半強制的に決まりを守る、と言うよりは、内部からの自発的な抑制によって道徳を守る、という方が、より安全かつ健全な社会が保たれるのです。

太陽は平等に照らす

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太陽は万人を平等に照らしています。

人間は産まれたときは、みな「オギャー」と泣いて産まれ、みな平等です。

それが、それぞれの育つ環境で…地位、財産、才能などの違いがあり、そのかぎりでは平等ではないかもしれません。

しかしこの世に生を受け、その生を維持していくという点では、身分の区別はなく、みな同じ権利をもっているはずです。

ちょうど死が偉大な平等主義者であるのと同じように、生も偉大な平等主義者でなければならないのです。それは、動物も人間と同じです。

絆社会(協働社会)

人は一人では生きられません。助けられ、助けて生きられる社会「協働」の考えが大切です。私は、基本的な考え方は、「夢」、「安心」「安全」、「快適」、「活力」、「いきいき」の六つからなる絆づくり、大事と考えています。

◎ 絆を深めるための基本

○  「あいさつ」…気持ちのよいさわやかな、あいさつをする。

○ 「えがお」…で接し、心地よい人間関係をつくる。

○ 「おもいやり」…相手を気遣う心を育てる。

2018年9月21日 (金)

どう生きる成熟社会

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成熟社会をいかにして生きるか?

成熟社会とは…経済や社会制度が発展し、必要な物やサービスは満たされ、自由で便利な生活はできるが、成長がピークに達し色々な状況を呈している社会のことです。

人間は従来、集団(地域社会や家族等の共同体)が持つ伝統や知恵に学び、集団に支えられて生きてきました。

ところが成熟社会になると自己実現を目指して生き方が多様化し、物事の価値や判断を個人が行い、個人が責任を負う状況へと変化してきています。

つまり、食に追われ集団に支えながら生きた状況から、食は満たされるが集団との関係は薄れ個人の責任で生きていく、いわゆる「個人化」の傾向を示してきました。社会や国についても、それに応じて制度や仕組みが変わってきています。

「価値観の多様化」「個人化の時代」

価値観の多様化、差別とか偏見も少なくはなって、ひとり一人の価値観が尊重される時です。

おひとり様も増えて

生涯未婚率…50歳時点で一度も結婚したこと無い人の割合。2017年発表では男性23.6%、女性14.1%となっています。この事実から、私たち日本人はもはや、全体主義的価値観では生きられなくなっていることだと思えます。

生き方が難しくなった現代

私たちは高望みをしているわけではないのに、それなのに「普通に働き普通に結婚し安心して暮らす」を行うことが難しい現実があり、ストレスを溜めながら生きることになっている現実もあるようです。

2018年9月20日 (木)

墓掃除をして思う

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秋彼岸が近づき先祖の墓掃除をして思う。

「親祖先は自分自身の中にいる」

たとえ親祖先の肉体は今はなくなっているとしても、第一、生物学的にみると親祖先の血はまさしく自分自身の中に流れているのです。私たちの肉体を構成している細胞…それ自体がすでに親祖先のものです。

父そのもの、母そのものと全く同じではないにしても、この私の身体の中にすでに父母があり、そして祖先があるのです。これは科学的にも否定し去ることはできない事実です。

今日、私が生きていられることは奇跡的です。

それは、父親と母親のお陰なのです。何億人の中の一人として、何億人の中のたった一人とそれぞれ女房として、亭主として巡り合い、夫婦というご緑をいただいて「私」という存在が生まれました。

産んでいただいて、その上育てていただいて、こうして世の中に出て、歩ける今日がありますのは、すべてこの父と母がいるお陰なのです。

この父と母にはまたその父と母が、つまり私のお爺さんお婆さんが、何億人の中からこの人でなければというご縁をいただいて一緒になった。

このお爺さんお婆さんにも、そして何億人の…経緯を経てと考えると、このように脈々と続くこれが先祖代々ということになります。

生きていられることに感謝

いま私が生きていることに、感謝しなければと思うのです。人間は誰もが自分で生きているのではなく生かされているのです。人間は支え合って生きているのです。

生かされていることに感謝をすると、そこで自然に報恩の気持ちが芽生え、社会や人に対して〝何かしなければ〟という気持ちになります。生かされていることに感謝をしなければ、何も始まらないのです。

2018年9月19日 (水)

フレイルについて

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フレイル(虚弱)のきっかけは社会性の低下 東京大学高齢社会総合研究機構による、千葉県柏市における研究では、フレイルになる最初のきっかけは、「社会性の低下」から始まることが分かってきています。

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人間が老いるのは自然の摂理ですが、できることなら、なるべく老化の速度を落とし、いつまでも若々しくしていたいものです。

私は、毎日歩いて汗をかくような運動をしています。なるべく不自然な加工をしていない食物をやや少なめに、おいしく食べればいいと考えています。

しかし、心の錆落としは、どうすればいいのでしょう・・・何事にも無気力無関心なのは、心が錆びている証拠です。心に錆がなく、ピカピカの状態なら、何をやっても楽しいはずです。

心の若さを保つ秘訣は、つねに創造的であることです。何でも創意工夫して、新しいことに挑戦していく・・・その心意気が人間を若くしてくれます。

古い価値観にとらわれている人は、自分で自分の人生を狭くし、退屈で依怙地な晩年を過ごすことになります。つねに創造的であることは、趣味の問題ではなく、この世に生命を授けられた人間としての最も重要な責任と思っています。

2018年9月18日 (火)

生きているだけで幸せ

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「もう、今ここに生きているだけで、この上ない幸せ」

ビートたけしの名言

「人生には死んでしまいたくなるようなことは誰にでもある。」

うわーこんな目に合うのかって・・・だけど、“生きているだけで幸せ”っていうかさ、生きているからガックリできんたもん…「死ぬよりは這いつくばって、拾って食った方がいいよ」

◎ 「生きてるだけで幸せ」

幸せとは当たり前のようで当たり前ではないものです。身近にあるもの、日々感じていけるものだと思います。

私は、人の喜ぶことが出来ること…人の幸せを願うことができること…人の助かることが出来るときにも感じます。また、人の幸せを心から祈っているときも、幸せに感じます。

当たり前のことは何一つなく、すべてがかけがえのないこと、幸せなことなのです。そして、感謝出来ることなのです。

当たり前のようなことでも、それは奇跡に近い、素晴らしい出来事なのです。幸せはそのように心が決めていくものです。日々の奇跡に近い出来事に感謝することが幸せを感じれることです。




2018年9月17日 (月)

敬老の日に思う

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総務省統計局は2018年9月16日、翌日の9月17日に敬老の日を迎えるにあたり、各種統計から見た日本の高齢者動向をまとめたレポートを発表しました。

その内容によれば日本の65歳以上(高齢者)の人口は2018年9月15日時点で3557万人となり、総人口比は28.1%となることが分かりました。少子高齢化は、加速されていくと思います。

核家族化で心の絆が薄らいでいくことが心配されます。

高齢者の生き方

かつて、美しく歳をとるというのは、人生の目的でした。子供や孫に囲まれ、皆に祝福されながら、穏やかで安らぎに満ちた晩年を過ごすというのは、一つの理想でした。

しかし、現代は、子供達から見放され、誰にも世話にはならないと片意地を張って一人淋しく施設の中で老いて・・・さらばえていく・・・(年をとってみすぼらしくなる。年老いてよぼよぼする。)

それが現代人の出した結論?全ては、金の問題?心の問題は、どこかに置き忘れられてしまっています。

家族と家庭とは何か

家族とは、親子、夫婦、兄弟等、人間としての最も基本的な結びつきです。親がいて、自分がこの世に生まれて、生きています。自分に続いて、子供や孫がいます。また親から祖先にもつながっています。家族は、生命で結びついています。

家庭とは、人がそこで生まれ、育ち、死ぬところです。また日々、生活する場所であり、安らぎの場所でもあります。あなたにとって一番大切なものは、と聞かれて、家族と答える人が多いという。家族は、心で結ばれているのです。

家族の絆はかけがえのないものであり、人間関係の基礎です。

家庭が崩壊し、家族がバラバラになると、人々の心が荒廃し、社会は混乱し、国は伝統や文化を失う。核家族化で心の絆が薄らいでいくことが心配されます。

 

2018年9月16日 (日)

自然体で生きる

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身の丈に合った生き方をする。

「身の丈に合った生き方」とは・・・「自然体で生きる」ということです。

今、自分が「自然体で生きてる」・・・「身の丈で生きてる」と感じているか?

ちょっと無理して生きいると思っているか?

それとも自分をまったく無視して周りに合わせようと生きているか?

では「自然体で生きる。」「身の丈で生きる。」とは どういうことなのでしょうか・・・

私は「ありのまま自然体で生きる。」「身の丈で生きる。」という生き方が、一番幸せであると思っていますがこの「身の丈で生きる。」という意味を間違えないようにしてください。

それは「ほどほどで我慢しなさい、身の程を知りなさい。」という意味ではなく「まずは今あるものに満足してみるということ。」私利私慾に走ることを止め、自然に与えられたものを大切に、自然のまま、ありのまま、あるがままに生きるということです。

無理しないで・・・と人に言われますが・・・無理の加減で、「いい加減」→「良い頃加減」と思います。

「過ぎたるは、なお及ばざるが如し」ということわざもあります。つまり、何でも「過ぎる」のは良くないということなんですね。

私の生きがいについて

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生きがいとは・・・

ごく一般的には[生きる喜び」「生きる張り合い」の基になる事や物をいうことです。

私の生きがいは「人に喜んでもらうこと」をすることと、思っています。

私の周りの人・地域の人々が幸せに暮せることが出来ることです。

「他人の苦しみを見て一人だけの幸せはない」と言うことです。

私は、自分の健康も考えて、毎日歩くようにしています。(目標は7000歩です。)歩いてみると、地域内のゴミが、多い・・・それならば、ゴミ拾いの箸とレジ袋をもって、ゴミを拾いながら歩こうと思い・・・拾い続けています。

多くの人に会い、挨拶から、ちょっとの会話を楽しみにしています。「ご苦労さん」、「ありがとう」と笑顔で言われるとことに喜びを感じるのです。

そして、少しでも私たちの住む地域社会が、美しくあれば、人々の心は穏やかになると思います。

「自然を守る」・「美しい環境を次世代に引き継ぐ」活動に多くの人が理解・協力を願っています。

2018年9月15日 (土)

寒い暑いも彼岸まで・・・

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今日は寒くないですか?

今日は、私が住んでいる所は、雨降りで寒いです。

この間まで、暑い位の天気の良い日が続きましたが、今日はなんだか、冬みたいな感じの天気です。実際は20℃(八王子市12時)

気温差で、風邪を引かないように、気をつけないと。。。

今日は9月15日。「暑い寒いも彼岸まで」という諺が、あるように彼岸も近い・・・季節の巡りは、宇宙の法則です。

日本人の季節感を称賛されることが多いですが、それは、日本人の繊細な感覚により、四季折々に豊かな文化を生み出しているからかもしれません。

私たちは、暑い寒いといった皮膚感覚にとどまらず、花鳥風月をめでるなど季節の風情を大切にしています。幼いころから自然に親しみ、季節を愉しむすべを会得しているのです。

きれいな町を守ろう

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「マナーを守り、きれいなまちにしよう」

ひとり一人の心がけで、地域の人が気持ちよく暮せます。

緑豊かな自然環境を守り、持続可能な社会を次世代の子どもたちにつなぐために、私たち一人ひとりが日常生活や事業活動において、自らの活動と環境との関わりを意識し、環境に配慮した行動を実践することが必要です。

私は、公園のゴミ拾いをして・・・思いました。

毎日元気よく遊ぶ子どもたち、そしてみどりの多い静かな公園で、ゆっくり散策を楽しむお年寄り、また若い人のコミュニケーションに利用されています公園…がペットボトル・空き缶・タバコの吸い殻などのゴミが落ちています。

◎ 子供しつけ、道徳教育の大切さをつくづく感じます。特に公衆道徳です。公衆道徳とは、社会生活を営む上で人々が守らねばならない道徳です。

◎ 教育学者の森信三先生の三つの教え

○ 「おはようございます」の、あいさつすること。

○ 「ハイ」と言う返事すること。

○ 片づけすること。(脱いだ靴を揃える・椅子を元に戻す・飲んだり、食べたものは「ちゃんと」片付ける。)

この三つが、人間として社会で生きていく基本であると思います。

2018年9月14日 (金)

現在は過去の積み重ね

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現状に不満を持っている人は多いです。

では、その不満の原因はどこにあるのでしょうか?

◎ その原因はあなたの過去にあります。

もし「今を楽しめていない」・「今に不満が多い」とすれば…

それは「過去」の努力不足ではないかと思います。

なぜなら、「現在は過去の積み重ねでしかないからです。」

過去の思考・過去の選択・過去の行動そのすべてが今の自分を生み出しています。

自分で自ら考え、選択し、行動をした結果が今のあなたです。

そして「今」の積み重ねが「未来」に繋がって行くわけです。

生きがいについて

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きがいとは「生きるはりあい。生きていてよかったと思えるようなこと」と定義されています。つまり、人にとって「生きる価値や意味」を与えるものである、と捉えることができます。また、幸福感・満足感とも捉えることが出来ると思います。

「生きがい」の行動・行為

生きがい」をより多く感じるために価値基準を高めていく方法として、私たちの行動や行為のなかから具体的に考えてみると次のようになります。

私たちの行動や行為は、大きく分けると次の三つのパターンに分けられます。

① 自分の楽しみや趣味として行う盆栽とか読書とか観劇といった、自分一人での活動を主体とした行動・行為です。これは一人称関係のパターンと言うことができます。

② 家族とか友人等と行う趣味、旅行、スポーツといった、自分と相手との関係においての行動・行為です。これは二人称関係のパターンと言うことができます。

③ 自分と誰かといった第三者や不特定多数の人との関係である地域活動とかボランティア活動などで、他者のために何かをする行動・行為です。これは三人称関係のパターンと言うことができます。

この三つのパターンで得られる生きがい感を分析してみますと、一人称関係では自分自身の満足感とか充足感が得られられます。二人称関係では自分自身の充足感や満足感と自分と相手と共に感じる存在感も得られます。

三人称関係では一人称や二人称の関係で得られるものの他に、他者への貢献ということによって使命感も得られます。このように、生きがいのための行動・行為は、分類することができます。

「生きがい」を高める

生きがいづくりを行動・行為の面から捉えるならば、一人称的な活動から二人称的活動、三人称的活動へと発展させていくことが必要なことと思います。

「生きがい」は役割があることとか、家庭や会社あるいは社会で一員として存在が認められていることが、必要と言われているのもこれで納得できます。

2018年9月13日 (木)

年寄りの焦り

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老齢期は、人生の集大成の時です。

しかし、高齢になると生きることの難しさ、虚しさが如実に現れると、物の本に書かれていましたが・・・私も、年老いて実感しています。

年寄りの焦り・・・

新しいことをするためには、気力も体力も残されていない・・・同じ事を同じようにしようとすれば、若い人間には、太刀打ちできません。

それは、取りも直さず生きることの意味を、改めて考えさせられる時期でもあるからで、年をとると言うことは、ある意味で残酷なことです。

日常のことで、今まで出来ていたことも、出来ないことが、一つひとつ増えてゆく…変化に対応ができないことで…焦りを感じるようになってくるのです。当然、未来への希望や可能性が狭まっていくのです。

年寄りの人間としての財産・・・

しかし、一方において、年寄りには、生きてきた蓄積があります。それは、人間としてかけがいのない財産です。

その財産は、人徳として昇華されたものです。ゆっくりと、自分の財産を社会に還元すること・・・これこそ、年寄りの生きがいとなると思うのです。

2018年9月12日 (水)

安心・安全で笑顔のまちに・・・

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◎ きれいなまちは、犯罪が起こらない。

犯罪者は皆さんの住んでいる地域を観察しています。

まちの道路や公園にゴミのポイ捨てがある、落書きが多い、放置自転車がある、そんなまちを犯罪者はねらっています。こうした生活のルール・マナーが守られていない地域は、住民同士の連携が弱い、「スキ」のあるまちだと見られるのです。

一人ひとりが小さな暮らしのルール・マナーを守ることは、住みよいまちづくりにつながるだけでなく、防犯上の重要なポイントです。

◎ 「あいさつ」は防犯効果があります。

 侵入盗(泥棒)が犯行をあきらめた理由でもっとも多いのは、「近所の人に声をかけられた」・「近所の人からじろじろ見られた」というものです。見知らぬ人に注意を払う、あたり前のようですが、残念ながら他人に無関心な人も増えているようです。

同じまちに住んでいるご縁ということで、行き会った人に“あいさつ”をすることからはじめましょうよ。近所のおつきあいの輪が広がるとともに、防犯にもつながる一石二鳥の取組です。

また、旅行などで長期間不在にするときは、どうしても空き巣などにねらわれる可能性が高くなります。お隣に注意してもらうようお願いしてみましょう。

「おたがい様」の気持ちで、支え合って、笑顔で暮らしたいものです。

人生、いつでも今が出発点

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生き方を間違えていないだろうか?

何か新しいアイデアが見つかったら、挑戦してみることです。

人生は、常に出発の連続です。

 時間は、後戻りしないで未来に進みます 

今日は、これからの人生の、最初の日です。

これからの人生を決める出発点は、今この瞬間です。

今この瞬間の行動によって、これからの未来が変わります。

未来を決める原点こそ、今です。

人生では、常に出発点にいる気持ちになることが大切です。

常に出発点に立っている気持ちになれば・・・

常に新たな気持ちで、スタートダッシュができます。

今この瞬間、あなたは出発点に立っています。

さあ、新たな気持ちで、出発することです。

2018年9月11日 (火)

本当の思いやりとは・・・

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本当の(真)思いやり

思いやりのある人というのは…

相手の立場になって考えることができ…

自分のことよりまず人のことを心配しようとします。

他人に手を差し伸べ…相手の手を取って気持ちをくもうとする。。。

こうした無私のやりとりに、楽しみや満足を見出すことができるのです。

相手に嫌われたくない…

相手に気に入られたいという気持ちが先行しているなら「媚び」です。

そんなことは関係なく…

ただ自分がその人の為にしてあげたいと思ったのなら…

それが、真の「思いやり」ではないでしょうか。

2018年9月10日 (月)

秋を感じるようになる

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ことのほどに暑かった、今年の夏・そし8月までに台風21号という多さに・・・

日本列島各地に大きな被害をもたらし、自然の驚異まざまざ見せつけられました。

 その夏も終り?9月に入り、朝晩は秋を感じる頃となりました。

駄作ですが、散歩しながら作って見ました。

散歩道 胸に染み入る 秋の風 

寝ころべば 地球が回る いわし雲

こおろぎや 我が夜を得たりと 鳴きにけり

秋雨に 外路樹の葉 寂しけり

秋台風 揺さぶり落とす 木の葉かな 

常識・道徳は時代とともに変わる

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「すべての常識や道徳は、時代とともに大きく変るもの。」

人間社会で生きるためには、コミュニケーションが必要になりります。コミュニティができるにつれ、いくつものルールが生まれたのです。法律、神仏、道徳が最たる例です。

これらはすべて人間が後から、作りだしたものにすぎません。そして時代とともに権力者が代わり、時代とともにニーズが変わるにつれ、カタチ、内容ともに変化し続けてきています。

しょせん常識なんて、どっかの誰かが勝手な都合で作り出したもの・・・時代や場所とともに、大きく変わっていくものです。

実際、ちょっと前まで主流だった『いい大学に入って、いい会社に入れば、一生安定した暮らしが保証される』といった常識は、今では完全に崩壊しています。

空気を読む、他人を優先する、といった日本独特の価値観は今の日本の道徳としてふさわしいものなのでしょうか?

メタボのおっさんが、偉そうにイスにふんぞり返って、「あれ、やれ!」「これ、やれ!」なんて命令している場合じゃないんです。もっと若者の話に耳を傾けるべきです。年寄りよりも、若者のほうが新しい世界をよく知っています。

いかに彼らの知恵を使っていくのかが、重要な時代になってくるんです。だから、今の若い人たちは、今の常識を承知しその上で、今の時代に合った、常識を作り上げていく事ではないでしょうか・・・

2018年9月 9日 (日)

町の人が笑顔に・・・

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森信三先生のしつけの三つのこと

◎ 挨拶をすること。

◎ 「ハイ」とはっきり返事すること。

◎ はき物を揃えること。

この三つですが、私はその上に・・・

◎ 「道路や公園にゴミを捨てない」を付け加えたいです。

私たちの好きな、みんなの町です。

美しい町に住む人は、心が美しく、心が豊かになります。

「ゴミのポイ捨てしない」・・・ちょとの心配りで、町の人みんが笑顔になれるのです。

 

生きがいについて

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「人生100年時代」で大切なことは幾つかありますが・・・

特に重要だと思っているのが「生き甲斐」です。

長い一生の間には、ふと立ちどまって、自分の生きがいは何であろうか、と考えてみたり、自分の存在意義について思い悩んだりすることが出てきます。

人間がいきいきと生きて行くために、生きがいほど必要なものはありません。人間から生きがいを奪うほど残酷なことはありません。

では、生きがいとは何でしょうか?

 生きがいというのは、楽しみのことです。価値観は人それぞれ違いますから、何を楽しいと感じるかも人それぞれ違います。

代表的な生きがいの具体例をあげると、まずは仕事を生きがいとしている人が多くあります。特に、自分の好きな仕事をして、価値を生み出しているときは、働きがいがあり、生きがいになります。

また、子供の成長を生きがいとしている人もいます。子育てに大忙しでも、子供が成長していくのを喜びとして、忙しいけど充実した毎日になるのです。また、趣味を生きがいとしている人もあります。年に一度の旅行を生きがいにしたりします。

このような自分が楽しいと感じるものが生きがいです。何を楽しみとするかは人それぞれですが、自覚するかどうかは別として、必ず生きがいを持っています。その楽しみを目標として、生きる力がわいてくるようなものが生きがいです。

言うまでもなく、生きがい感は、ただ喜びだけからできているものではありません。子供でも絶えず喜んでいるわけではありません。さまざまの感情の起伏や体験の変化を含めてこそ、生きている、充実感はあります。

ただ、呼吸しているだけでなく、生きている内容が、豊に充実しているという感じ、これが生きがい感の重要な一面ではないでしょうか。

2018年9月 8日 (土)

当たり前・お陰様

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私たちが住んでいる美しい町には、遠い昔から歴史があります。私たたちは、先代から引きついた、美しい町を後世に引き継ぐ責任があります。それは行動することで実証できるのです。

○ 当たり前の美しさに気づこう

 きのう落ちていたゴミが、今日はなかった・・・それを見て、美しいと感じられれば、世界はより美しくなります。

○ 当たり前は、お陰様に支えられている

私たちが過ごす“当たり前の日常”は、実は当たり前ではありません。誰かのお陰様に支えられています。 目に見えない“お陰様”に気づいた人だけが、当たり前に感謝できるのです。

○ 感謝を忘れる時

「ありがたいな」と思えなくなったとき、人は感謝を忘れています。ありがたいと思えなくなるのは、それが“当たり前”になったときです。

安全で安心出来る生活があるのも当たり前・・・当たり前と思ったときから、感謝を忘れていきます。当たり前ではなかったことを思い出そう。

○ 「人に迷惑をかけずに生きる」は傲慢(思い上がって横柄なこと)

「一人でも生きていける」と言うのは傲慢です。自分がどれだけ多くの人に助けられているかを自覚していない人が言う言葉です。「人に迷惑をかけずに生きる」も同義語です。

人に迷惑をかけずに生きることは不可能です。人は一人で生きていくことも、迷惑をかけずに生きていくこともできません。 人は、迷惑をかけ合い、支え合いながら生きているのです。

○ 「ありがとう」を言う側にまわろう

「ありがとう」を言われるより、「ありがとう」を言う人生のほうが幸せです。「感謝されたい」という言葉は一見素敵に聞こえます。しかしその言葉は、自己肯定感の低さからきています。人から感謝されて自己肯定感を高めたいのです。

自己肯定感が高ければ「感謝したい」になります。心から「感謝したい」と思える人は、自ずと人に恩返しをし、「ありがとう」と言えるのです。 「ありがとう」を言おう。

2018年9月 7日 (金)

老化を考える

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老化・・・

老化とは・・・加齢に伴って生体機能、例えば筋力、神経伝導速度、肺活量、病気に対する抵抗力などが低下します。

年齢にともなうこのような機能低下は、一般に生殖年齢に達したあとに始まり、人によって早い遅いはありますが誰にでも起こります。ヒトでは20歳から30歳以降に始まります。「老化は病気ではない」ということです。

寿命・・・

誕生から死までの期間(時間経過)です。動物種間で比較すると、一般に寿命が長い種ほど、老化速度は遅いと言えますが、同一種内の個体間では必ずしもそうとは言えません。 病気や事故での死亡は老化とは関係なく起こることもあるからです。

人は、少しでも、健康維持し、長生きしたい欲求があります。

健康維持する活動・・・

◎ 心の健康維持する活動

◎ 体を動かす身体的活動

◎ 脳を働かす知的活動

人間は、生まれたときから、歳を重ねていくと、成長とともに心身の変化していきます。

意識的に、心・体・脳(精神)…ほとんどの人は直感や個人的経験から、精神的ストレスが身体的な病気を引き起こすと考えられます。

いきいきと自分らしく生きるためには、「身体の健康」と「心の健康」を保つことが重要です。両方の健康を保っていくには「適度な運動、バランスのとれた食事、休養」という、3つの要素が欠かせません。このことが大切です。

運動や身体活動が気分の改善や精神面での健康を導くことが、多くの研究が報告されています。つまり、身体活動性はがんや心疾患などの疾患リスクを低減させるだけでなく、精神的な健康を維持するためにも重要ということです。

そして、心身ともに健康であると、心疾患や認知症、総死亡リスクが低減する傾向があることは広く指摘されています。

心の健康を保っている人は、運動や身体活動を活発に行う傾向が強く、結果として病気になりにくく、病気になっても予後が良好で、健康寿命も延びるのではないかと、考えられています。

2018年9月 6日 (木)

心の時代

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今は心の時代・・・とも言われます。

心を磨く・・・

心を磨くとは、心がきれいになることという解釈になるのではないかと思いますが、「心を磨くとは」どういうことか…私なりに考えてみたいと思います。

たとえば、鉄の球があったとします。それは錆びて、薄汚く汚れていたとします。一生懸命磨いて、擦って、そして、拭き上げて、本当の意味での真の鉄の球、つまり、奥底の本当の良さを導き出してくるのではないかと思うのです。

人は、今まで生きてきた年月・・・色々な経験をして、心身共に成長してきています。その中で、「心」または「魂」ともいいますが、心を磨いてきただでしょうか?

心を磨くということは、心の奥底から輝いて見えるものです。それは人間の年齢を重ねる暮らしの中での作業です。生きていることは、心を磨く時と場が与えられ、その上世の中に貢献し、他人のお役に立つことです。

私たちは今、この物質的に恵まれ、自由に生きられる時代の、日本に生まれたということは 今世、心(魂)や転世(てんしょう・生まれ変わること…転じて、環境や生活を一変させる)や、生きる意味について、学びの良き場を与えられているという事です。

今世に何を成そうとして生まれてきたのか、その一つはまず、人に良きものを与えようという事です。それは祈り…笑顔でもいいのです。やさしい感情でもいいのです。人を助けることでもいいのです。

「自分の為だけの人生」は神の意志から遠いという事に気づく事です。人を許し、人の喜びに参加することです。そして、怒りを捨て自分を傷つけた人を許す生き方を身に付ける事です。

利他心と利己心

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人はどういうときに喜び、幸せを感じるのでしょうか?

私は、「自分が幸せと思うことを、他人にそっとやってやれる」ことだと思います。

アルバート・アインシュタイン・・・『他人のために尽くす人生こそ、価値ある人生だ』 人のためになることをするのは、自分にとって大きな価値があることなのかもしれません。

利他心と利己心

人の心には、「利己心」自分さえ良ければいいの考え・・・と、「利他心」自分を犠牲にしても他人を救う心があります。利己の心で判断すると、自分のことしか考えていないので、誰の協力も得られません。自分中心ですから視野も狭くなり、間違った判断をしてしまいます。

そして、利他の心で判断すると「人によかれ」という心ですから、周りの人みんなが協力してくれます。また視野も広くなるので、正しい判断ができるのです。

より良い仕事をしていくためには、自分だけのことを考えて判断するのではなく、まわりの人のことを考え、思いやりに満ちた「利他の心」に立って判断をすべきです。

今の世の中、一人でも生きて生けると・・・利己心の人が多くなって来ているように思えるのです。なぜ利己心の人がいるかと言えば、平和ボケしているので、緊張感・危機感がないからだと思います。

人間は一人では生きていけません。多くの人と助け・助けられて生きられるのです。それが生きていける「絶対条件」です。

2018年9月 5日 (水)

敬老の日で思う

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今年の敬老の日は、9月17日です。

敬老の日とは、国民の祝日の一。多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う日です。

① 尊敬される老人であるために、まず重要なことは、心身ともに能力が高いことです。

「老いるのも楽じゃない」・・・老いるには覚悟が必要です。生きていれば、否応なしに老いていく・・・「ただ長生きしているだけでは邪魔な老人」とまで言われてしまう。お金もなければ、子供たちに見放されてしまう?それが現実なのかもしれません。

またそうならないために何にでも興味を持って、行動しようという意識も持つことです。そして、社会に奉仕(ボランテイア)を実践し続けることだと思います。

② 老いたくなければ新しい出会いを求めることです。

年齢を重ねるにしたがって、ついつい人に会うのが面倒になりがちなものです。頭では分かってはいても、体が硬くなってしまってるのかもしれません。体のメンテナンスが大事です。

人生は出会いの連続です。年を取っても、生きるためには、人との触れ合いがなければ不可能です。そして、何かに興味をもつことです。俳句であったり、家庭菜園であったり…などなどです。

③ 「何をしてもいい自由」と「何もしなくてもいい自由」

「何をしてもいい自由」とは、自分の夢に向かって活動することや新しいことに挑戦することです。趣味を深めて行くことも入ります。

ちょっと寂しい?が「何をしなくてもいい自由」も確かにあります。なるべく人と接しないで、テレビを見て寝ころんでいればいいのかもしれません。これといった趣味も持たず、何も挑戦しないということです。

2018年9月 4日 (火)

人生に王道ない

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「人生に王道ない」

アリストレス 「学問に王道なし」言葉がありますが・・・

生に王道はありません。

人生に王道はなくても、生きることの苦しみやつらさを減らすことはできるはずです。それがどんなに立派な人でも、どんなに偉い人でも、一足飛びに現在の地位や知恵を身につけたわけではありません。

「千里の道も一歩から」始まる。

人生は一日一日の積み重ね、一瞬一瞬の積み重ねなのです。それ以外にはあり得ないのです。なにごとも一足飛びには、なし得ないのです。他人の苦労が見えないから、他人は難しいことを簡単にやっているように見えるだけなのです。

稲盛和夫さん

人生の目的・・・

真正面から、それは心を高めること、魂を磨くことにあると答えたいのです。昨日よりましな今日であろう、今日よりよき明日であろうと、日々誠実に努める。。。

その弛まぬ作業、地道な営為(えいい)、つつましき求道(ぐどう)に、私たちが生きる目的や価値がたしかに存在しているのではないでしょうか。

人生で一番大事なものとは・・・

① どんな環境にあろうとも真面目に一所懸命生きること。

② 利他の心、皆を幸せにしてあげたいということを強く自分に意識して、それを心の中に描いて生きていくこと。

私が考える「人生で大事なこと」は・・・

「自分の心に正直に生きているかどうか」です。

自分の人生ですから、自分らしく生きることが、最重要と思います。人生は魂を磨くための修養の場であります。

世の中のさまざまな苦楽を味わい、幸不幸の波に洗われながらも、やがて息絶えるその日まで修行です。

人生の過程で艱難辛苦を乗り越えて、己の人間性を高め、精神を修養し、より高い次元の魂をもってこの世を去っていく・・・私はこのことより他に、人間が生きる目的はないと思います。

2018年9月 3日 (月)

年齢ともに変わる価値観

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年齢とともに価値観が変わるのを、すごく実感している今日この頃です。

そして、グローバル化と激流の社会…どう生きればいいのか戸惑いもあります。

価値観は、その人の生きている時代背景・政治体制・社会的環境などの影響を受けていることが多い・・・また、性別による影響も見られる場合もあり、生まれつきの性格や気質によって生み出されると思います。 

生き様(生きていく態度・姿勢・考え方)

感謝を求めない姿。。。 人知れずゴミを拾う人がいます…。人知れず花を植える人がいます…。「ありがとう」を言われることを求めていません。 ただ、その道を行く人達が気持ち良く歩けるようにと願い続けています。この世で最も美しい姿だと思います。

最後に残す言葉

あなたは亡くなる時、何と言ってこの世を去りたいですか? 「幸せだった」ですか?「楽しかった」ですか? 私は「面白い人生だった」と言って、この世を去りたいです。

自分が願う最後の言葉が言えるよう、今を生きよう。 人生は、前進するか後悔するか、やりたいことをやらなかったとき、人は後悔します。

やりたいことをやって失敗しても、後悔はあまりしません。「失敗したけれど、あの時やって良かった」と言えます。失敗しても成功しても前進するのです。

平凡に生きるだけでも立派 

今の日本は、自ら命を絶つ人もいます。それだけ、生きづらい世の中なのです。 今の時代、平凡に生きるだけでも立派です。平凡に生きることすら難しい世の中なので、平凡は非凡です。

人生を大切にする人は、今を大切にする

人生を真剣に生きている人は、「将来」「未来」という言葉をあまり使いません。それより、「今」「今日」という言葉をよく使います。「今」が人生に大きな影響を与えていることを肌で知っているからです。「今」が人生を作るのです。 全力で今を生きよう。

生きた証を残そう 

生きた証を残すというのは、名誉や財産を残すことではありません。 社会に役立ち、人の生活を豊かにする、それが“生きた証を残す”ということなのです。

あいさつの大切さ

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「おはようございます」・「こんにちは」・「こんばんは」のあいさつ・・・大切です。

感謝の気持ち、尊敬する気持ち、謙虚さ、優しさ、心配りなどが含まれて相手に伝わり、それはそっくり自分に返ってくる・・・

近年、子供達のいじめや構内暴力などが、新聞記事やTVニュースになっていますが、これら子供達のこころの歪は、大人も含めた人間社会全体が歪んできていることの現れではないだでしょうか・・・

挨拶にしても、40年、50年前の時代と比較して、家族間での挨拶、近所の人達との挨拶、また職場に於ける挨拶などが、めっきり少なくなっているよう気がします。 

挨拶は、相手の存在を認め、相手との間にある心の壁を打ち破る働きがあります。挨拶を交わすことによって、そこには無意識の内に、互いが共有できるこころの世界が出来上がっているのです。

その共有するこころの世界は、実は、自分の無意識の世界を開放し、生命力を新たに生み出しているのではないでしょうか・・・ 

挨拶が交わされることの少なくなっている現代社会は、一人ひとりのこころの中で、自我と無意識との間に厚い壁が作られていることの現れです。

そして、この壁が厚くなればなるほど、自我意識だけが強烈になり、自分自身の中にある豊かな生命力を押さえつけてしまうのではないでしょうか・・・ 

子供達の心に起きている歪は、無意識の世界を存分に、開放させて上げることの出来ない環境に大きな、原因があるように思われます。

2018年9月 2日 (日)

健康と誠実

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健康とは・・・

世界保健機関 WHOの憲章では「健康とはただ疾病や障害がないだけでなく、肉体的、精神的ならびに社会的に完全に快適な状態であること」と定義されています。

イギリスの諺に「健康は人間が自分に贈ることの出来る最高のプレゼント」があります。元NHKのアナウンサーの鈴木健二さんの言葉で有名になりました。

今日高齢化社会を迎え、益々高度化・複雑化する経済社会にあって、健康に対する関心は一段と高まっています。

適切な健康管理を行い、病気を早期に発見して軽症の段階で治療を進める”セルフメディケーション”の役割を担うものが大切です。

誠実とは・・・私利私欲をまじえず、真心をもって人や物事に対することです。

 ◎ 人生で大切なことは・・・「健康」「誠実」の二つである

日常の生活において、また人との関係において特に大切だと思われるものは、「健康であること」と「誠実であること」だと私は考えます。

「健康であること」は、これはもうすべての人にとって大事なことであり、私たちの人生をフルに充実したものにするには、「健康であること」が絶対的な必須要件です。

自分らしく生きるとは

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ある看護師が末期患者と接するなかで、彼らが口にした後悔の言葉の

ひとつに。。。

「もっと自分らしく、生きればよかった」があるという。

自分らしく生きるとは?・・・一体、どういう事を言うのでしょうか?

私は、「自分が納得できる生き方」だと思います。

自分らしい人生・自分らしい生き方

いろいろな表現があると思いますが、自分が心の底から納得できるような、魂が喜ぶ生き方をしたい・・・。

いま、自分の人生をもっと自分が納得できる形で歩んでいきたいと思います。

たった一度の人生、悔いの無いように生きよう・・・

しかし、恐らくどう生きたって悔いは残るように思います。現に私は「あの頃に戻れたら…」と思う過去がたくさんあります。

そして、大事なのは「ではこれからどうするか?」ということですが、自分が納得できる、生き方をているか?そして、他人の目を気にして、自分以外の人生を生きてはいないか?

制約の多い現代社会でも、自分が「好きなこと」が出来ることは「幸せと」の一語に尽きると思います。

それは、きっと時間も忘れて集中できる時です。ならば、その「好きなことを思いっ切り」楽しんでみることです。新鮮に心に響くことで、「屈託がない」と言うことです。

2018年9月 1日 (土)

どう過ごすか遊行期

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人の一生を4つの大きな括りに分けした考え方

古代インドでは人生の過ごし方のれっきとした法則。

① 学生期(がくしょうき)・・・0歳~25歳 誕生して人間としての生きる知恵をつけるための学びの時期。

② 家住期(かじゅうき)・・・ 25歳~50歳 社会人として伴侶を得て家庭を作り、仕事に励む時期。

③ 林住期(りんじゅうき)・・・ 50歳~75歳 仕事や家庭から卒業し林に庵を構えて、自らの来し方行く末を深く瞑想する時期。

④ 遊行期(ゆぎょうき)75歳~100歳 林(庵)から出て思うままに遊行して人に道を説き、耳を傾け、人生の知恵を人々に授ける時期。

遊行期(75歳以上の人口は平成29年・・・17,482千人(13.8㌫)です。これから少子高齢化すすみ、ますます増える予想されます。

◎ どう過ごすか遊行期

遊行期・・・人間は大きな変化は好まず、同じ生活パターンや同じ事を続ける傾向があります。同じ事の繰り返しは楽で、安心できると言うメリットがあります。しかし、延々と同じ事の繰り返しは人生の無駄な行為であり、光陰矢の如しで無駄に貴重な人生の時間を費やしていると考えられます。

ある年齢に達すると生き方や、人生の考え方が固定して、変更する事が出来ない人が大勢います。しかし、臨終の死ぬ間際になって気付いても手遅れとなります。心身の健康な時に気づいて、魂の修行を続ける事を是とし、安楽に心穏やかに日々を過ごせれば幸せと思います。

自然の摂理に従うしかないこと

時までも、健康でいられればいいが、いつどうなるか分かりません。願わくば周りの人に迷惑をかけないで、終末期を迎えたいと思います。そして感謝の心を忘れないことです。

散歩のこと

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......................................絹の道................................................

歩くことの効果

「老化は足から始まる」と言われていますが、歩くことで自然と体内に酸素を普段より多く取り入れることができます。

取り入れた大量の酸素は血液によって、体のすみずみにまで運ばれていきます。血液の循環がよくなっていきます。

そして心臓を普段より動かすことで、血管自体も普段より働きがよくなります。よって血圧が下がります。

◎ 歩くことで、人とのコミュニケーションがとれます。

○ いつも歩いている、お婆ちゃんは今日も元気にしているね・・・

○ いやーめずらしい、しばらくぶりー元気にしていた?と小学校の同級生と・・・

○ アッあの人は、何処かで見かけた人だ!えーと…そうだ現役のころ同じ会社に勤めていた人だ、また今度話しかけてみよう・・・

◎ 季節の移り変りが、新鮮に肌で感じることができます。

○ 今は、栗・柿などが食べられる季節です。子供のころ木に登って食べたなぁー

○ そろそろ、あそこの山で、マンジュシャゲの花が咲きだすころだが・・・

○ 春に桜が咲いて、近所の人たちと“お花見”したが、今は枯れ葉舞い散って・・・

◎ そして、郷土を守る意識が強く想うようになります。

○ 私たちの住む、まちの自然を大切に、後世に引き継ぐ、意識を持つのです。

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