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2018年8月15日 (水)

将来の夢はなに?

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「夢を追いかける」

を持っている人は、ロマンを感じて、素晴らしいことです。私たちは、子供の頃から、聞かれ続けたきたわけですから、誰もが少なくとも一度はこのことを考えたことがあるでしょう。

夢を追いかけることが果たして…正解なのか?、不正解なのか?

「将来の夢はなに?」・「夢をあきらめるな」・「自分の思うようにしなさい」といった言葉は、はっきりしているようでとても曖昧です。その曖昧さゆえに、それは多くの誤解を引き起こし、場合によってはいらぬ苦悩の原因にもなっています。

「夢を追いかけろ」という言葉の問題

私たちの中で起きている誤解とは 「将来の夢はなに?」・「夢をあきらめるな」・「自分の思うようにしなさい」といった言葉は、はっきりしているようでとても曖昧です。

その曖昧さゆえに、それは多くの誤解を引き起こし、場合によってはいらぬ苦悩の原因にもなっています。将来の夢をひとつ決め、それに一直線に向かっていくという考えは多くの人を苦しめます。

「将来の夢は?」や「夢を追いかけろ」といった言葉には、ある言外の前提があります。それは、やりたいことを「ひとつ」みつけ、それを一直線に追求していくべきだという考え方です。

この考え方はあたかも「夢の仕事に着くこと」が「幸福」に直結しているかのようにも映りかねません。また、こうした、「夢」の捉え方は、ひとつの夢を追いかけ、それを実現することが人生の特効薬であり、それが実現できなかった場合は「夢に敗れる」ことを意味します。

この考え方は、あまりにも白黒はっきりしすぎていませんか?これでは勝率があまりにも低すぎます。 また、「そんなことは分かっている」、「そんなナイーブな考え方はしない」といった反論もありそうです。

しかし、ここで留意しておくべきなのは、「夢を追いかける」ことの反対、つまり「夢をあきらめること」や「自分の情熱、関心を無視すること」に振れることが正解ではないことです。なぜなら、それもやはり「夢を追いかける」という考え方に基軸が置かれているからです。

したがって、「夢を追いかける」という考え方のフレームワーク自体に多くの問題が孕んでいるため、「すべき/すべきでない」といった白黒どちらかという、アプローチはあまり有効ではないということです。

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