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2018年8月28日 (火)

親の本当の愛について

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人は「本当の愛」を自分の子供に持っているのでしょうか・・・子を持ってこそ、深い人間の心にふれることができるのであって、古今を問わず人間の心情に変わりはありません。

親となることができたのも、わが子が生まれてきたためです。このように感謝とか愛情というものは、相互的なものです。

子を持つことによって知り得た人間性の深さに対して、感謝することのできない親からは、親に感謝を持つ・・・良い子供は育たないでしょう。

親子でも、近くいすぎては尊敬し合えなくなり、愛し合えなくなることもあります。

それは親が親である前に、人間であることを忘れているからです。人間である前に親になりすまして、人間として振舞わずに親として振舞うことは、往々にして子供に親の実像を隠し、親の虚像を示すことになります。

親の虚像を実像と取り違えて親を偶像視する子供が出てきます。

偶像が台座から落ちて子供が悲しむことを避けるために、親は実像を隠し、自分の虚像を掲げます。これは近くいすぎて自分の実像を見られると、子供の愛と信頼を失うことを恐れるからです。

人は遠くからしか人を愛することができない。

つまり虚像しか愛し得ないのです。自分をしか愛し得ないということです。人が他者を愛する場合は、絶対者として愛するのではなく、他者の中の自分を愛することに他なりません。

人間が愛しているのは自分だけであって、絶対者への愛は欠落しています。人間は人間の虚像をしか愛し得ないし、愛していません。

親が望む進路を押しつけない。

将来のことを本格的に考え始める時期ですが、親が子どもに、ムリに自分の期待や理想を押しつけることがあってはいけません。

このタイミングで子どもと適度な距離をとることです。子どもの将来と自分の理想を重ねるような言動をしていたら要注意です。女の子の母親は、無意識に自分自身が生きたかった人生を娘に強要してしまうことがあるので気をつけることです。

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