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2018年7月17日 (火)

心のふるさと

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私は「心の故郷」という言葉には、強く心が惹かれるものがあり懐かしく思います。

心の故郷がある人は、そこに帰ると緊張緩和、不安減退がもたらされ、生命力が補強されるといわれています。心の故郷を思う時、私は純粋な心になります。純粋な心とは、あるがままの心⇒子供の心のことです。

私は、生まれも育ちも、今住んでいる町です。

故郷…これが歳を経ていくごとに次第に純粋さが日常の生活の小さな出来事によって曇っていきます。曇ってしまえば、自分の純粋性も分からなくなります。魂が何を望んでいたかもわからなくなります。

三つ子の魂百までという諺があります。私の解釈では、魂や心が望んでいることは誰にも変えようがない。つまりは普遍的に魂や心はこの世で何をしたいかを持っているという意味です。

天命を与えられて生まれてきた存在は、そのまま死ぬまで天命がなくなることがないということです。しかし実際は、その天命をやらせてもらえず教育によってやってはいけないことばかりを仕付けられてはそのものであることが否定されたりもします。

心のふるさとは、子供のころの風景の中で安心・一切わだかまりのない、落ち着くところですが、人間の勝手な欲望で、自然破壊が進み、自然との共存でしか生きられない、ことまで忘れるさまは、心の故郷もかき消されそうです。

未来に繋ぐ担いて、子ども達が安心して生きていけるというのは、心の中に懐かしいふるさと…心の故郷を持つことです。その心は、父母の無償の愛を持っているということです。その無償の愛とは、言い換えれば自然慈愛の魂とも言えます。

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