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2018年6月 2日 (土)

過去の郷土の思い出から

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お祭り・・・子供の頃の風景

大きな杉に囲まれてた高台に、住吉神社あります(現在は片倉城跡公園内)。8月29日はお祭りでした。夏休みの最後の楽しみでもあった。夏休みがもう終わる…ことの寂しさも忘れたのでした。

高台から、見下ろすと遠くまで広がる田園風景、そして曲がりくねった湯殿川に沿うように、草葺の農家・竹林があり、大きな欅がありました。

私は、朝から、お囃子が聞こえる住吉神社に…嬉しくて、まったく他のことは、考えることもなく、母親から、小遣いを貰い、近所の子どもたちと、急坂を駆け足で上り、出店が数軒出ていて、水風船のボンボン…チョとした飴球…を買う。その光景は、70年経った今でも鮮明の覚えています。

この地(八王子市片倉町)に暮らし続けて思うこと

戦争・多くの人の出会い・別れを経験し、豊さを求めて…開発・自然破壊・・・の人間社会と、自然とのバランス…など反省は多くあると思っています。

そんな世の激動社会で、歩んできて、何度かの人生の岐路に立ったとき、人の言葉でなく、その風景に励まされたり、勇気を与えられたように思います。

今思うこと、自然の豊(魚・昆虫含め)な環境を後世に・・・「人は環境によって人格さえ変わる」

「孟母三遷の教え」にもありますが、人が成長過程において、自然の環境が大事なことは、いうまでもないとことです。

人は自然との共存です、自然を守ることは、人間を守ることになるのです。今を生きる私たちには、そことを後世に繋げる義務があると思うのです。その事をどんな小さなことでも行動で示して欲しいのです。

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