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2018年4月

2018年4月30日 (月)

春の愁い

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「故里の 住む人変われば 景色かわる」

長き年月を、この地に住み続けていますと“故里”も、世の移り変りで、想像もできない、故里の変わりようです。もちろん、地番も変わり、村から町に変わっています。

昔は屋号で人の名を呼んでいたのが懐かしく思えます。そして、山も川も人も一体で、生きてきた感じがしたのです。

子供のころ、私たちの住んでいた人達で、結婚式・葬儀式はもちろん、家の屋根葺き、山きり(燃料)、田植え、道普請など、共同作業が多が多かった。

お天道様・山の神・川の神に、お供えをして、安全を祈願したものでした。自然の尊さを、子供ころから教育されてきたのです。

そして、川で魚を釣るのも、山で猟をするのも、神様からのいただきものと思っていたものが、戦後のころから、何もかもその人に、お金を払わなくちゃならなくなったのです。遠い歴史だと思っていたことが、ついこの間のことだということが強烈に残っています。

今私たちが、突き当たっている環境問題は、とどのつまりここにあるような気がします。昔の人々は「神さまからのいただきもの」と思うから、自然の声を聞こうとして来ました。

ところが、その自然を所有した人は、神さまの存在を忘れる・・・富を産み出し、育て、送り出しているその大自然の持つ大きな力を・・・

歌ったり、踊ったりする暇があったら働きなさい、と「アリとキリギリス」のアリは言うけれど、それじゃ何故、人がこれほどまでに歌や踊りを求め、祭りを絶やさずに来たのか・・・それが自然と人との対話だったからだと私は思います。

大昔の人たちの文化が、日本に今も生きているということは、すごいことです。その暮らしの中にあった、知恵や習俗や音楽や物語が、大切な財産であることを、思い出さなくてはいけないと思います。

100年時代をどう生きる

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2016年の日本人の平均寿命は、女性87.14歳、男性80.98歳・・・100歳以上人が6万7千人(2017年)いまや人生100年時代・・・とも言われ来ていますが、超高齢化時代をどう生きるか・・・が問題となります。

孔子の『子の曰く、吾れ十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順がう。七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず。』 孔子は74歳で亡くなっています。まさか百歳まで生きるとは、考えもしなかったことでしょう。

100歳は、おめでたいことですが、生き方、100年時代を生きていく私たちに今、求められることはどのようなことでしょうか?

「意識」と「行動」

「意識」の上では、人生を従来の常識よりも長い時間でとらえ、自分の人生を長期にわたって活かす道を考え、「賃金労働者」や「年金生活者」という一定の人にこだわらないことです。

「現役と余生」や「若手と老人」という二極化の発想にもとらわれないこと。老後の延伸を恐れず、「活躍のチャンスが拡大している」と前向きにとらえることです。

「行動」においては、多様な活動や人的交流を通じて刺激を受け、新しい社会の形成に参画する喜びを求めていくこと。常に新しい価値創造、ビジネス創造のチャンスを模索し、健康を増進しながら、収入を獲得していくこと。

このように「ポジティブな意識を持ち、仕事の創造につながる生産的な行動をすること」により、老化に対する恐れや既成概念の制限が外され、生きるエネルギーが活性化していきます。

そうすれば、「自分の生命をギリギリまで有効に活用して生きていこう」という意欲が、自ずと湧いていくものと思います。

夏間近か

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夏間近 わが意を得たりと 樹の若葉

24節季の「穀雨」は4月20日頃~

春の柔らかな雨に農作物がうるおうという意味です。

この時期に農作物の種をまくと、雨に恵まれ、よく成長するといわれています。

四月も余すところ後二日・・・♪夏も近づく八十八夜・・・です。

私が子どもの頃は五月二日は、弁天様のお祭りが楽しみでした。

今では、近くのお寺の池の周りを、

老人会の有志とボランティアで掃除をしています。

2018年4月29日 (日)

私たちの町は私たちできれいにしよう

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公道や公園に、平気でゴミ捨を捨てる人でも、いつもきれいに清掃されているところには、捨てない。 誰かがポイ捨てしていて、みんなが捨てているのだから、小さな、タバコの吸い殻一つぐらい…いいかな?と捨てて行く・・・ 

それが大勢になり時間が経つと、ゴミ捨て場化してしまうのです。歩道など道の真ん中には、捨ててない、植え込みや、自販機の裏など人の目につきにくい所に捨てて行く、また、人通りの多いところは捨てていません。

ゴミを捨てる人にも、うしろめたさがあるのです。

「物陰」・「人に気付かれないよう」・「以前から捨ててある」・・・それは、ゴミを捨てることは「いけないこと」ということが、分かっていても、持ち帰りは「面倒だ」と、思ってする行為で、自分さえよければの自己中心主義の人間です。

町が汚れていたら、まちの人々の心が荒み(すさみ)ます。そして、割れ鍋理論で犯罪が起きやすいと言われています。大の大人の、タバコの吸い殻が気になります。

ひとり一人の意識の向上と行動

人に自然環境に思いやり、そして、道のゴミ拾いは、町の人々の心を和まし、心の豊か繋がるものと思います。

私たちが住む地域社会は、安心・安全が第一です。明るい笑顔が溢れる町づくりは、美しい町にすることだと思っています。

他人に役立つこと

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人は何のために生きるのか?

人には「幸せになりたい心」があります。

それは『他人の役に立ちたい』・・・という本能があると言うことです。

人は、独りでは生きていけません。

いろいろな形で、人と人が関わりながら、社会を創っています。 

働くこと・・・

働くことでお金を得るだけでなく、社会とかかわりを持ったり、自己実現をしたり、社会貢献をしたりすることもできるからです。

人が働くことは、他人のためです。自分自身の生活を豊にしそして、私たち自身、日々、誰かの役に立ち、喜びを感じてもらうためです。

まずは自分を満たすことも大切ですが、自分一人だけで完結するわけではないと思います。人に愛を分かち合うことで、自分自身が満たされることも十分にあるのです。

生きる目的・・・

私は、人が生きる目的は・・・世のため人のために、貢献することと考えています。 そして、他の人に役立つよう、努力することです。

目的なしに生きたら、どんな生き方をしても、生きて死ぬだけです。「どう生きるか」よりも「なぜ生きるか」はもっと大事です。

2018年4月28日 (土)

夏も近づく

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わが町を 空からあいさつ つばめ来る

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五月晴れ 爽やか空に 鯉のぼり   

 

ゆっくり生きよう

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「急がなくていいだよ」

なんでも簡単に手に入り、どこにいても答えが分かる世の中です。

年寄りの私たちも、すぐに結果を求められることが増えてきました。だからでしょうか、いつも何かに追われるように感じてしまう。

心にいいきかせているのです・・・「大丈夫、慌てなくていい」・「急いで生きたりしなくていい」・・・と。ゆっくり生きる方が、人生をよりよく味わうことができるから・・・

即効性…手軽に…そんな言葉が重宝がられる社会で、便利になりました。しかし、簡単に手に入れたものは手放すのもまた簡単です。いたるところに表面的、即席が溢れています。

生き方や幸せまで、同じように考えてしまって、ゆっくり生きることができないでいます。

ハリボテで、取り繕って幸せなふりをしていても、決して幸せにはなれません。いくら「ふり」をして華やかに見せても、余計に虚しい思いをするだけです。

小さくても、少しずつでも進んでいく・・・ゆっくりでも自分のペースで歩いていく。。。その一歩の積み重ねが自信につながります。自ら踏み出した一歩だからこそ、自分自身を肯定できるのです。

ありのままでいいのです。幸せに見せる努力をやめれば・・・幸せは見えてくると信じることです。急がず焦らず、丁寧で穏やかな暮らしでいいのです。

2018年4月27日 (金)

思いやりについて

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「思いやり」とは、道徳・・・心です。

「判断」・「心情」・「実践」

「思いやり」というのは、見返りを期待しながら、

するものではなく、無償で相手に何かをしてあげることです。

○ 相手の立場になって考えること。

○ 深く考えなくても自然に出来ること。

○ 自分のことを大切にしながら、他人を優先すること。

思いやりとは、純粋に親切な心から出る行動のひとつで、その形や大きさはさまざまです。

相手の息災を気にしてひと言声をかける・・・

なんの見返りも期待せずに自分が持っているものを分かち合う・・・

こうした礼節の精神から思いやりが生まれるものです。

2018年4月26日 (木)

体験で大切な何かを学ぶこと

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「物事は、こうあるべきだ!」

考えただけでは、未熟者・まだまだである。

人生は本当に体験しなければ、

分かったつもりでも、本当に分かっていない。 

体験(経験)すること・・・

実際に見たり触れたりして知見を得ることして前へ進めることが出来る。

どんなに無駄に見える経験でも…

どんなにつらい経験でも…大切な何かを学ぶことができる。

その後の人生で必ず役に立つということである。

「人生に無駄はない」・・・(本田総一郎の名言)

『人間進歩するためには、まず第一歩を踏み出すことである。長い目で見れば人生にはムダがない。』

「情熱は喜びであり、希望があれば人は疲れない」・・・

人生に望ましいのは、失敗や困難がないということではなく…

決してそれに敗けない、ということである」

「希望をもって生きることが出来るのは・・・人間だけである。希望の内容が人間を創る」

「人生は、ニコニコ顔で命がけ」

人生の下り坂?

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人生という一本道を歩いていけば、頂上を過ぎ、やがて下り始めます。峠の下り方はさまざま・・・さらに上ろうと努力する人もいれば、状況を受け入れて歩み方を変える人もいます。今や人生九十年時代で、下り坂は長いです。

何時から下り坂?

「下り」といいますが、何時からか分からないです。今までの人生を振り返って、上りとか下りとかではなく、今を楽しく生きることを、考えることにしています。

80過ぎて病気をして・・・

今年の1月末に、腰椎椎間板ヘルニアで、苦しんだのですが、手術して、結果は良かったのですが、その復帰する時間が掛かる事を実感しています。現在リハビリ中・・・スムース身体を戻すことに時間がかかりそうです。

これが、若いころであったら、もっと早く現役復帰したことでしょうが・・・今では気力・体力も落ちて「やっぱり年だなぁー」・・・感じます。

70歳・80歳になって、確かに失ったものは沢山ありますが・・・一方で得たものもある・・・と思っています。それは、人生に対する考え方で、前を向いて生きることしかない・・・過去の思いや・価値観に縛られない新しい自分探しを続けること・・・と思います。

人生の後半戦に入ると、体力は衰えます。下ると捉える必要はないですが、加齢に逆らうことはしない。大事なのは学ぶ気持ちだと思います。残された能力と相談しながら、情熱は絶やさずに完全燃焼していきたいです。

2018年4月25日 (水)

「思いやり」のこと

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他人に対して「思いやり」の行動・・・自分のためでもあるのです。

「自分がそうして欲しいと思うことを、まず自分が他人にそうしてあげると」です。

他人の力になれることを考えると、自分の問題が解決し、自分のことというのは、往々にしてよく分からないことがあるものです。

一方で他人のことはよく分かる・・・もちろん他人の内面まですべてじゃないにしても、客観的な視点でその人のことを、よく見ることはできるのです。

ですから、自分が何を求めているかよりも、他人が何を求めているかのほうが、実はよく分かってしまったりするものです。他人の望んでいること、他人の求めているものが、見えてることって少なくありません。

だったら、それに力を貸してあげればいいんです。できることには限りがあるのでしょうが、できる範囲のことで力を貸してあげれはいいのです。

そうすれば、自分にとって得である、という実利に基づいて考えても、まず他人にそうしてあげることには価値があると思います。

まず他人の力になれることを考えることで、現実に自分ができること、できないことを冷静に考えられます。自分だったら、してもらって嬉しいことは何なのか・・・これまでと違った自分が見えてきます。

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そして当たり前ですが、本当にその人の力になってあげられれば、その人は喜びます。だからあなたの力になろうと思ってくれます。そしてやがてその関係が信頼できる、大切な関係に発展することがあるのです。

新緑に吹かれて・・・

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青葉風 カエルの鳴き声 乗せてくる

最近、季節の移り変りが早くなってきました。例えば、桜の開花時期ですが、昔は4月始めでしたが、今では、3月中旬となっています。カエルの目覚めも早くなっているようです。

地球温暖化でしょう。「新緑の候」・・・は、5月始めごろから使うのですが、この言葉も早くつかえそうですね。

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春風や 我が町見下ろす 丘に立つ

私たちの町に、「集いの森公園」があります。この場所は、山を開発した高台にあり、遠くは富士山を見ることができ、そして私たちの町を見ることができます。今の時期此処に立つと「気持ちがいいですねー」

2018年4月24日 (火)

幸せとは充実感

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「幸せとは充実感を得ること」

日々の暮らしで人の役に立ち、人に感謝され、人に尊敬され、人に必要な存在なのだと実感する事が少ないのが現代社会です。

本当の意味での喜びや楽しさ・・・人生の豊かさは、心が通った人々の関わりの中でしか生まれないと思います。

現代社会は、過剰なモノやサービスは当たり前で必然的に他人との係わりは薄れ、機械的にまわる世の中にいると、次第に他人に感謝する気持ちも、なくなってしまいます。

必要以上に他人と係わらなくなるのは、色々な人であふれている現代社会で、他人をいちいち信頼できる人間なのかを、確かめることに面倒です。結果不本意ながらも心は閉ざされていってしまいます。

自分の欲望の赴くままに欲しいものを手に入れ、物にあふれ物質的に満ち足りているように見えていても、なぜ心の中は隙間風が吹いている?人が多いのです。

自分を偽り虚構の中に一人孤独に苦しみ生きているからなのでしょうか・・・心を閉ざし続け目の前にあるものが見えなくなっている?

感受性を豊かな人間

感受性が豊かな方はなんといっても、人間味があると言って良いでしょう。感動したり、共感したり、相手の心に寄り添ったりすることが得意なので、周りからは人間味がある血の通った人だと見られるでしょう。周りからは人情家と見られ、好感を持たれることが多いでしょう。

2018年4月23日 (月)

老齢期は人生の総仕上げ

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「老齢期とは、人生の総仕上げの時代であり、

                 人生の終わりではなく人生の集大成の時期です。」

今まで生きてきた人生が凝縮されて老後に全て現れるのです。体力や健康だけではなくて、その人の人間性が老後に集大成されて全部現れてくるのです。

こう考えると、私も残りの人生の時間がとっても大切に思えるのです。しかし考えてみると、特に身構えなくても今の自分は今までの自分の集大成なのです。

今の自分に本当に満足できているか?と自分に聞いてみればいいのです。そして足りないところをこれからの人生で変えていけばいいのです。それが自分の人生を集大成させることにつながっていくと私は思います。

分の評価はできるだけ客観的に自分ですることです。最終的には自分の評価を人には委ねない。人に評価されるから自分が正しいと思うことはないのです。

誰でも、他人に評価されれば嬉しいかも知れませんが、人に評価されるために人生を生きようとは全く思っていません。そんなことは私にとってどうでもいいのです。

松井秀喜氏の母校、石川県、星稜高校野球部監督、山下智茂氏の有名な言葉が参考になると私は考えています。

心(心構え)を変える→生きる心構えを変える

『心が変われば、意識が変わる→意識が変われば、態度が変わる→態度が変われば、行動が変わる→行動が変われば、習慣が変わる→習慣が変われば、人格が変わる→人格が変われば、運命が変わる→運命が変われば、人生が変わる』

意識が変わって、行動が変わって、習慣が変わる・・・ここまで来れば人生は大きくいい方向に舵が切れると確信しています。習慣化は何かを成し遂げるために、大きな力になると思います。

2018年4月22日 (日)

多死社会

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「多死社会」という言葉があります。

日本はいま、死亡する人が多くなり、人口が少なくなっていく社会を迎えようとしています。去年、年間の死者が130万人を突破しました。さらに2039年には、その数が167万人に達する見込みです。

延命よりも生活の質を大事する

2020年代半ばには、『日本は年間死者数が150万人を超す「多死社会」を迎えると』高齢者は人生の最期をどう過ごすのか・・・家族はどのように「看取り」に臨むのか・・・

一人暮らしや認知症の患者が増え、意思確認は難しくなっている・・・終末期には約7割の人が自分では物事を決められない状態になるとのデータもあるという。

アドバンス ケア プランニング(Advance Care Planning)』

患者が治療を受けながら、将来もし自分に意思決定能力がなくなっても、自分が語ったことや、書き残したものから自分の意思が尊重され、医療スタッフや家族が、自分にとって最善の医療を選択してくれるだろうと、患者が思えるようなケアを提供することです。

例えば最期は自宅で過ごしたい…命を延ばすだけの治療は断る…逆にあらゆる手立てを尽くして欲しい…といった意思を、家族や関係者で確認・共有しておくのは大切なことです。

一人ではできないACP

「事前指示書とか遺言などもACP「全体」の中の一部とは言えるけれど、ACPは一人では成り立たないものです。自分の意思を引き継いでくれる誰かが必要ということです。

心豊かな人づくり

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心豊かな社会人

現代社会は、いじめ・暴力行為・ひきこもり・凶悪犯罪の増加など、今や青少年に限らず大人社会にも、広がりを見せているようです。それらをめぐり様々な問題が発生し、深刻な社会的問題となっています。

こうした問題の背景には、様々な要因が考えられますが、思いやりの心や社会性など豊かな人間性が、青少年期にはぐくまれていないからです。

また、他人を省みない自己中心的な大人の意識や生き方・・・さらには様々な社会的課題に対して、適切に対処できないという状況などがあるのです。

将来、社会の形成者となる青少年に自信を持って未来を託すためには、今こそ、こうした問題に正面から向き合い、手立てを講じないと取返しがつかなくなる状況にあると言えます。

そのためには、基礎となる家庭での教育の充実と、それを支える地域ぐるみでのつながりを育む環境づくりが必要です。私たちの町に暮らす大人一人ひとりが青少年を育成する担い手です。

子どもたちのために、それぞれが持ちうる力によって、心を通わせ理解しあえる豊かな地域社会を構築していくことが大切です。

2018年4月21日 (土)

夏近し

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湯殿川 鯉の動きは 夏近し

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今日は、日本列島が高気圧に覆われ、夏日となったという。

八王子市の片倉城址公園の桜も深緑となった。 

 この陽気は、明日も続くという。

これからの地域社会を考える

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地域社会で問題・・・

間関係の希薄化・・・その要因は「価値観の多様化」が挙げられます。

少年犯罪、無縁社会、これら全ての原因とされているのが人間関係の希薄化です。人間関係の希薄化は昭和を生きた人間が一番感じていることだと思います。

それに対して、平成しか知らない人達からしたら「人間関係の希薄化?そんなもの感じないけど」と思う人もいるでしょう。

かつてのつながりは、家族や地域といった比較的狭い範囲のものでしたが、交通手段の発達などで、つながりが急速に増えました。

それに対して、平成しか知らない人達からしたら「人間関係の希薄化?そんなもの感じないけど」と思う人もいるでしょう。

生活環境の変化で暮らし方が多様化、コミュニテイなどの課題

○ 核家族化・高齢化・独り暮らし・老老介護・などで・・・買物弱者

○ 少子化と、夫婦共働きでの、子どもたちの教育(遊び方)

○ 住所変更していない?ワンルームマンション住人の増加

○ 空き家の増加

地域社会との関わりをもっていますか・・・

☆ 近所の人たちと挨拶を交わしていますか?
☆ 近所の人と話す機会がありますか?
☆ 地域の課題や問題となっていることを知っていますか?
☆ 自分の住んでいる地域に疎くなっていませんか?
☆ 近所の病院や公園・公共施設などについてよく知っていますか?
☆ 地域の催し物に参加したことがありますか?
☆ 地域の活動(町の清掃デイ・川の清掃デイなど)に参加していますか?
☆ 地域(町会)のお知らせ・回覧に目を通していますか?

2018年4月20日 (金)

ゴミ問題は他人事ではない

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無意識・・・立派な大人でしょう?

ゴミを平気で捨てるわけ・・・「自己中心主義」・「他人を思いやる心がない」・「道徳心がない(マナー)」・・・子供のころの親のし付け・教育が問題であると思う。

「モラルが低い」という言葉は、最近よく耳にします。

モラルという言葉には「倫理」「道徳」等の意味があり、現代では、これが欠けている人との関わり方で悩んでいる人が大勢います。社会的な規範への意識や道徳心が希薄で、自分さえよければいいと考える人が多くなったと言うことです。

つまり、森信三先生の三原則・・・「挨拶」、「返事」、「靴を揃える」が出来ていないのです。

この三原則が、社会人としての基本です。これを、しっかり身体に覚えさせていないからです。子どには、理屈はわからないかもしれませんが、社会人として生きていくためには、必要なのです。

今の大人に言いたい。「ゴミをポイ捨てしたらその後どうなるか?

 ちょっと考えて欲しいものです。

「今地球がプラスチックのゴミで、危機的状況にある」そこでEUで、大きな問題として、プラスチックのレジ袋をはじめ、プラスチックのレジ袋・ペットボトル・ストローなどを無くす事を考えているそうです。

最近・・・海のプラスチックのゴミが浜に打ち上げられています。長く経つとマイクロプラスチックになり、魚や、海に生き物の口に入り、食物連鎖の頂点に立つ人間の口に入る・・・ということになると、TBSの報道特集にありました。

環境汚濁で、地球の危機が叫ばれています。でも私には関係ない?プラスチックのゴミなどで、イギリスなどでは、スーパーなどでレジ袋は、使用しないことにしているそうです。

2018年4月19日 (木)

平凡が非凡になる

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「平凡なことを毎日平凡な気持ちで
実行することがすなわち非凡なのである」
・・・アンドレ・ジイド

実際、ほとんどの人々が感じているように、世の中は、毎日毎日同じことの繰り返しで退屈なことだらけです。生活とはそういう地道な積み重ねです。

一つの目標に向けて、こつこつと積み上げる努力以外の何物でもないのです。

結局、忍耐強く平凡なことを実行し続けることこそが、新たな発見や人間の成長、社会の発展につながっていく近道なのだと思います。

継続は力なり

この言葉はストレートに理解できるのですが、達成のための毎日の努力のあり方をここまで上手く表現した言葉は見たことがありません。

この言葉を胸に、これからも目的達成のために、日々、平凡なことを平凡な気持ちで実行し続けていきたいと思う今日この頃なのです。

林芙美子は「私は家族の飯ごしらえもして、洗濯から掃除もたいてい自分でやっている。少しもわずらわしいとは思わない。といって別に愉しいとも道楽とも考えない」という。

自分はそんな平凡なことはしないわと、すましている自称才女を彼女は嫌った。

2018年4月18日 (水)

本当の強とは・・・

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「足るを知って・・・しなやかに生きる」

足るを知る・・・ 今を満ち足りたものとし、現状に不満を持たない、満ち足りた心で生きる・・・(己の身の程を知り、それ以上を望まないことが、豊か生きるということ) です。

今を満足している高齢者は、「足るを知る」(老荘思想)という言葉があるように現実を受け入れていることです。

欲望を持ち、何かをしたいと…もがく人ほど苦しみます。

人は絶対に死ぬのですから、上手に死ぬ方法を考えた方がいい・・・日本人はきれい事が好きなので、本音を言うことをタブーとする風土があります。

命を捨てることは、悪であるという考えにとらわれすぎると苦しくなります。安楽死にしても実際に必要としている状況があるので、選択肢として考えるべきです。

認めてしまうと、安易な安楽死や望ましくない…安楽死が行われる可能性があるので、運用を厳しくする必要がありますが・・・

幸せの定義は自分の心がつくるものです。

社会や行政、医療に求めるのは無理があります。どんなことにも、良い面と悪い面があります。長生きも同じ・・・片方にばかり着目せず、その良い面と悪い面をしっかりと考えることが大切です。

本当の強さって何?

“しなやかさ”の心を持っていることです・・・老子の思想で特徴的なのは、世の中一般で言われている“強さ”を本当の強さとは考えないということです。

すなわち、一般的には“弱い”とみなされるものの中にこそ真の強さがあると考えるわけです。例えば、「柔らかくて弱いもの」と、「固くて強いもの」・・・普通に考えると、後者のほうが強いように思われます。

しかし、水は柔弱ですが、時間をかければ固い岩を穿つことができます。強い北風が吹けば旅人はコートのボタンも心も閉じてしまいますが、やわらかい日光は旅人を開放的にさせてくれます。

力で抑え込もうとしても人々はますます依怙地になって心を開きませんが、言葉に耳を傾けてもらえれば人は安心して心を開き、信頼を寄せます。

このような例え話から転じて、「本当の強さとは、剛強ではなく柔弱なものである」と言えるのです。老子は、繰り返し、「柔弱なものが固くて強いものに勝つ」と言っていたそうです。

2018年4月17日 (火)

80歳を過ぎ、これからをどう生きる

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渋沢栄一の言葉に、「四十、五十は洟垂れ小僧、六十、七十は働き盛り、九十になって迎えが来たら、百まで待てと追い返せ」があります。

しかし、そうは言うものの、80歳にして・・・「寄る年波には勝てぬ」・・・気力・体力の限界を知るを実感している現状です。

そこで、これからの人生をどう生きるか?

「人に迷惑をかけない」と言っても、何時まで丈夫では生きられません。「生・老・病・死」は自然の法則です。最後に息を引き取るときには、誰かのお世話になるのです。

その前に・・・息があるうちに、世のため・人のため・・・尽くす・・・そして、「人に信頼される行い」をする・・・そして「人の善意を信じる」ことです。

「人の善意を信じる」…とは

自分の都合の良い結果になっても、都合の悪い結果になっても信じることです。この都合の悪い結果になったことを、自分が受け止めることが出来るか、どうかだけです。

もっと言えば、起きた事実を、自分の都合の良い結果なのか、都合の悪い結果なのか、(無意識に)自分で分別してしまうことなのではないでしょうか・・・

ありのままの事実をそのまま受け止めることが出来れば、人の善意だけでなく、人の悪意もまたありのままに見ることが出来ると思います。

一番信じたくないことは、「他人から自分の欠点を指摘されると腹がたつ自分」です。これこそ、ありのままの自分だと思います。しかし、実際には、このありのままの自分を受け入れることが出来ないのでしょう。

そうであるならば、そんな自分の正体を知っていく(内観していく)しかないでしょう。

2018年4月16日 (月)

人に自然に思いやりある町

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住んで良かった私たちの町(八王子市片倉)

◎ 私たちの町の良いところを考えてみて下さい・・・

○ スーパーが近くにあります。

○ 交通が便利(電車・バス)が近い。

○ 病院が近くにあります。

○ 市に出先機関が、近くにあります。

○ 自然環境・・・山や川があり、自然が一杯あります。

☆ 人が住んで良い町で、ありがたく、感謝すべきだと思います。

地域を守り続け、引きつないできた、先人たちのお陰です。

◎ 私たちは、この素晴らしい町の環境を後世に残す使命があるのです。

○ ゴミのポイ捨ては止めましょう。

○ むかしいた川魚・ホタル・カエル・昆虫など呼び戻そう。

◎ そして、人に・自然環境に思いやりを持とう。

2018年4月15日 (日)

春の雨

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春の雨 土ほこりは 静まれり

「雨が降ってほしいなぁー」

このところ、雨が降っていませんので、、、

空が真黄色になることも・・・

今朝起きて雨戸を開けたら、小雨が降っていました。

いつも見る窓からの景色が「シャキッ」として見えました。

 

記憶の限り会っていない

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「記憶の限り会っていない」

加計学園の獣医学部新設をめぐって、愛媛県が作成を認めた文書に、県の職員らが当時、総理大臣秘書官だった柳瀬経済産業審議官と面会した記載があることについて、柳瀬氏は「記憶の限りお会いしていない」とするコメントを出しています。

柳瀬唯夫首相秘書官(当時)の昨年の答弁です。

【自民党の小泉進次郎筆頭副幹事長も、「柳瀬経済産業審議官が、『記憶の限りでは会っていない』というコメントを出したが、理解できない。】

『記憶の限りでは』という注釈をつけなければいけないんだったら、『会っていない』と言い切れるはずがない。ちょっと考えられない」と批判しました。

私も、日本語の文章としてはおかしいと思います。

これは「会った記憶がない」という意味かもしれないが・・・理解できないです。 記憶とは主観的なものですので、思い違いも、勘違いもありえます。会見したことの決定的な証拠が出てきた場合には、「勘違いをしていました」となるわけです。

どちらにしても、その場しのぎの言葉です。

2018年4月14日 (土)

心の豊かさ

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心には、求める心、感じる心、考え話す心があります。

いま、人の心が貧弱になり、栄養失調に陥っていることが指摘されています。心が栄養失調になると、自分の行動を正しくコントロールする力を失います。

人の心が、コントロールを失うと、楽しい社会生活をしていくことが難しくなります。今日の社会の人間関係が希薄になっているとの指摘がされていますが、その背景的理由として人の心が、その栄養を失っていることが考えられます。

いま日本では、多くの人は、生活が物質的には豊かになりました。本来食べ物は体の健康のために、栄養素を取り入れるためでありますが、今では、いかに美しく目に映るかということの料理研究が盛んです。

機械文明の発達・・・

機械文明は、生産性の向上のために合理化が優先され、人の心の問題には、あまり関心を示さなかった・・・人の心の豊かさは取り残されてきました。

人の心の豊かさは、合理化によっては培われないのです。かえって不合理性の中でこそ、人の心は、その栄養素を吸収するのではないでしょうか・・・

今を生きる私たちは、多くの生活に常に合理性を持ち出し簡素化しています。そのことによって、私たちの心は栄養を失い、心の豊かさを失っています。

心の豊かさを失うと、社会生活が希薄になります。社会生活が希薄になるということは、お互いの人間関係を失うことになり、バラバラに孤独に生きることを意味します。

社会生活をしている私たちは、お互いの連帯と協調性を必要とします。

その必要性が満たされるとき、私たちは生きる希望が湧いてきます。お互いの連帯性・協調性が失われると、人は孤独になります。

孤独な人は、自己中心的になり、他人と仲良く生きていくことが難しいと言われています。そして、さまざまな問題・課題を背負って生きています。

寄る年波には勝てない

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若い人には、老いることも、自分の命の尽きることも、いまだ実感しないでしょう。

今が楽しければよいのであって、若い時には人生の終わりなどと、思うこともないでしょう。

さすがに還暦を迎える頃になると・・・

老いを感じ始め・・・この先、何年生きられるだろうか、などと、少し思い始めます。

そしていま、傘寿を迎え・・・

人生の老いをさらに感じて、我が人生の過去をふり返ることも多くなってきました。

一分、一秒、時の流れは老いも若きもみな同じスピードなのに、老いとともに時の過ぎゆくのが早く感じるようになるのは、なぜでしょうか?

若くても年をとっていても、みな同じように時は流れていきます。そして、昨日の私より、今日の私は確実に老いているのです。

年をとった分だけ過ぎし日の数が多いから、過去をふり返ると、光陰は矢のように進んできたように感じます。

2018年4月13日 (金)

お互いさま精神

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地域住民どうしの、思いやり

「向こう三軒両隣」「困ったときはお互いさま」

地域の中で、孤立しがちな高齢者・・・

障害者の見守り活動が、「安心・安全な地域社会」に繋がるのです。

「お互いさま精神」が地域のつながりづくりとしても大切なことだと思います。

お互いさま精神とは、大きく2つの使われ方があるようです。

① 助けたり、助けられたりすること。

② おあいこ。引き分け。どっちが悪いのでもないこと。

共通するのは、「両方とも同じ立場や状態に置かれている」ということです。

2018年4月12日 (木)

ゴミのポイ捨ては絶対止めて

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川ごみはもはや他人事ではない?

川の水は海に流れ込みます・・・これは自然 です。

海が人間の身勝手な行動で、大変なことになっていること知っていますか?

レジ袋や食料品の包装にプラスチック製品が使われています。私たちがコンビニやスーパーで買い物して、要らなくなった、レジ袋や食料品などのプラスチックスのゴミが、心ない一部の人によって、道路や公園そして川に捨てられています。

浜辺に打ち上げられたプラスチックなどのゴミを見ます。

それの多くは、私たちが住む町からなのです。排水溝の水・下水や、遠くから風で飛ばされてくるゴミが川に入り、海まで辿りついているのです。

私たちが普段出しているゴミが、川や海で多くの命を奪っています。そして、これは鳥や魚だけの問題ではないのです。それらを食べる、食物連鎖の上位にある人間にも被害が及ばないとも限りません。

つまり、海ゴミ、川ゴミ、町ゴミは、私たちにとっても、大変重要な問題なのです。

ゴミ問題を考え、普段の生活でちょっとした工夫をすること・・・そして身近なゴミを拾うこと・・・それは、私たち自身を守ることにもつながるのです。

他人事ではないゴミのポイ捨て・・・

誰も見ていないから・・・小さなタバコの吸い殻ぐらい・・・の認識が困るのです。美観の問題に、止まらず、人間の命に関わるのです。この事を、一刻も早く気が付いて欲しいと思います。

国会中継を見て・・・

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加計学園メモ、森友文書改ざん、自衛隊日報・・・国会では・・・

嘘はいけない・・・糺す(ただす)ことは大事なことではあるけれど、国会で時間を掛けて首相と野党が毎日やりあって、それのどこが国民の為になるのだろう?

国会中継を見ながら、次の言葉を思い出す。

~天網恢々(てんもうかいかい)疎(そ)にして漏(も)らさず~

「恢々」とは、広くゆったりしていること、「疎」とは目が粗いことを指す。

「天が悪人を捕らえるために張り巡らせた網の目は広くて粗いが、悪事を犯した者は一人も漏らさず取り逃がさない」 という意味となります。

つまり、一見すると悪いことをしてもなんともなさそうだが、悪事を働けばそのせいで必ず報いを受けて、苦しい思いをするということです。

天から地上に降ろされた天の網は広くて大きい 網の目はあらいように見えるが神は、悪事は絶対に見逃さない。人間の目はごまかせても神の目はごまかせない。

初つばめ

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「初つばめ 声の方向 空見上げ」

ツバメの鳴き声を今年(4/11)初めて聞く

姿を見ることは出来なかったが・・・

確かにツバメの鳴き声だった。

「キチキチキチ」と鳴いて空を飛んでいたのだ。

鳴き声のする方角に目をやったのだが・・・

姿は確認できなかったのです。

「あぁー今年もそういう時期になったのだ!」

ツバメの来ることは誰にとっても楽しみなものです。

2018年4月11日 (水)

「安全運転」の碑のこと…続報

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4月1日に書いたブログに追記・・・

「国道16号の住吉橋の近くに「安全運転」の碑のこと。」

ブログで記したものですが・・・「安全運転の碑」を、建てられた経緯の情報があったので記します。

当時近くに住んでいた方のお話しによりますと・・・

昭和38~9年(今から54~5年前)碑のある反対側ー国道16号マンホールを挟んで(左右)に作業車を止めて作業をしていた・・・(マンホール上に3人位?とマンホールの中に何人かで)作業が行われていた)

そこへ、八王子方面より、鋼材を積んだトラックが、接近するのを見て・・・危険を察知し、作業中の場所に入った・・・そのところへトラックが、作業車に接触し、その衝撃で、作業車が動き、作業中の人に乗り上げる形になり、死傷者が出たのです。

情報を頂いた方女性は、近くにいていたが、その人たちのお陰で、半身打撲で、命が救われたという。

新しいNTT交換局が、出来た時(昭和54年(NTTビジネスアソシエ)亡くなられた方の「鎮魂と交通安全」を願って碑を建てたと言うことです。当時は、まだ歩道もなく、バイパス道路もなく・・・現在より交通量の多い16号という印象であったという。

道徳心を持って事に当たれ

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森友改竄、加計、自衛隊日報問題・・・政治・行政では、将来が不安になります。

人間性が問われる問題が多過ぎます?

政治は「信頼」が第一です。

人間として正しい生き方 ・・・ 正しい生き方とは、けっして難しくありません。子どものときに親から教わった、ごく当たり前の「道徳心をもって事に当たれ」と言うことです。

○ 嘘をつくな
○ 正直であれ
○ 人をだましてはいけない
○ 欲張るな

そういうシンプルな規範の意味をあらためて考え直し、それをきちんと遵守することがいまこそ必要なのです。

これを、「小学校の道徳のようなことをいう」と笑う人がいるかもしれません。

しかし、その小学生のときに教わったようなことを、私たち大人が守れなかったからこそ、いまこれほどまでに社会の価値観が揺らぎ、人の心が荒廃しているのす。

2018年4月10日 (火)

ふるさとは大切な場所

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「ふるさと」は、本来誰にとっても、大切な場所です。

なぜなら、ふるさとは単に「生まれ育った場所」というだけでなく、ひとり一人の存在が認められ、安心して過ごせる「居場所」であるべきであるからです。

しかしながら、現代に生きる私たちは、精神的に満たされていないと、言われることが多いです

子どもたちも同様であり、今、自分が暮している所を「ふるさと」(自分が安心して存在できる場所・自分の存在をまるごと受けとめてくれる所)として捉えられずにいる、ことも少なくありません。

その結果、無意識に自ら不安を打ち消すために、他者を攻撃する行動をとることもあります。

そうした子どもたちに『「ふるさと」とは何か』と言う問いかけから始め。。。「ふるさとの」大切さに気付かせたい。そして、自分たちが暮している地域を、かけがいのない「ふるさと」として捉え、地域で育ったことを誇りを持たせたいものです。

次に子供たちが、自分の「ふるさと」を誇りうる社会として築いていける力を付けるため、地域歩き、地域の課題に触れさせる。。。

そして今、自分が暮している地域を愛し、そこをよりよい地域として、課題解決を目指し、活躍できる人の姿などから、人としの生き方を学ばせることです。

2018年4月 9日 (月)

多文化共生社会の時代

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多文化共生とは・・・

「国籍や民族などの異なる人々が、互いの文化的違いを認め合い、対等な関係を築こうとしながら、地域社会の構成員として共に生きていくこと」(総務省:多文化共生の推進に関する研究会報告書より)です。

現代社会は、グローバリゼーションで、人・物と情報が、国境を越えて飛び交っています。

最近はアジアや南米から、労働者としてやってきた人たちをよく見かけます。また日本人も、一人で何処かの国へ行って暮してみたい・・・と言う人が多くなったようです。

さまざまな人や文化が共存する多分化社会が、日本でも進展しています。私たちは、それぞれの文化の違いを尊重し合い、共に協力する・・・共生社会を築くことが求められています。

人間の生きる本質忘れないことです。

人間は、両親があって生まれます。生まれた赤ん坊は、父母の温かい心と、親身の世話なしには生きられません。親は、ただひたすら、赤ん坊が無事に、大きくなることを願って、夜も寝ないで子どもの世話をします。この、子どもを育てる親の心は無心です。

コミュニケーション重要性

昔はコミュニケーションというのは、生きていくうえで必要不可欠なものでした。天災、飢餓、猛獣、感染症などの人類の脅威に対抗するためには、群れを作って立ち向かうことが生存に有利だったからです。

そのために人はコミュニケーション手段を、どんどん発達させていきました。しかし現代、他の国でも、特に都市部では一人で生きていけるようになりました。すると、コミュニケーションをとることはなく生活ができてしまう、という錯覚に陥ります。

逆に、下手にコミュニケーションをとると危害を加えられかねないという、人類史上始まって以来の難しい時代がきてしまったのです。

2018年4月 8日 (日)

花まつりのこと

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花まつり 幼きころの あまちゃ味

今日、四月八日は、「花まつり」お釈迦さまの誕生日をお祝いする日です。宗派に関係なく全国の寺院や地域をあげてお祝いしています。

70年前の頃のこと私は、近くのお寺(曹洞宗・白華山 慈眼寺)に子どもたちと、甘茶(あまちゃ)を頂けるということで、友だちと、初めていきました。

終戦、間もないころでしたので、砂糖などなく、サッカリン・ズルチンの時代(それも手に入れるのは難しかった)でした。

暗いお堂に花に飾られた、お釈迦様の像*があり、像の回りに水盤があり、子どもたちは並んでお釈迦様の像に甘茶をかけたのです。始めての甘茶の味は、美味しかったことを今でも覚えています。

*「天井天下唯我独尊」の像・・・

宇宙のなかで自分より尊い者はいないという意味で、釈尊が誕生したときに、右手を上げて唱えたと伝えられる語。誕生偈 (げ) と称されます。

2018年4月 7日 (土)

感動すること

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ただ「歳を重ねても感動する位のことはできるようになれ」・・・誰かが言っていた?

人は、言葉で繋がり、言葉によって支えられています。

「感動は人を変える」…「笑いは人を潤す」…「夢は人を豊かにする」…そして、感動し、笑い、夢を抱くことができるのは人間だけです。好奇心を抱いて行動し、身体が震えるほど感動する・・・人間的に成長するものです。

人の一生には寂しい時も、悲しい時も、苦しい時も、辛い時も、むなしい時もあります。すべてが明るく希望に燃えた、楽しい時もあります。

好奇心を抱いて、身体が震えるほど感動・・・感動することは、「これまでの人生経験からくる思い込みや、想像を超えたときに感情は動かされる」のではないかと思います。

しかし、その時の状態で、見るもの、聞くもの、味わう物などに対する感じ方は違っています。心から感動した絵や歌でさえ、その時の感動は時と共に変わります。

人間は、心身の変化があります。身体は年を重ね…時間の経過で変わります。あの感動をもう一度味わいたいと思っても・・・そう感じた自分はもういない。あの時感動して涙を流した自分はもういない。自分だけではない。すべてが変わってしまいます。

年を取った証拠…?

今、変わってしまった自分が見ると、同じ絵も歌でも、同じ感動を味わうことはありません。あの頃の感動を思いだし、懐かしく思うだけです。

しかし、生きているからには、新しい自分を見出す努力は必要・・・たとえ生活に負われても、考えること位は出来ます。いや、むしろ生活に追われるからこそ、考えられるというものです。

現代に生きる者の使命

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今を生きる私たち・・・最も大事しなければならない事は?

次世代が安心して生きていける「自然環境を守る」ことです。近い将来・・・海がマイクロプラスチックで汚染されて人間の命の危機が?

正義感・倫理観や思いやりの心と豊かな人間性の育成にある・・・私は、倫理観を持つ教育が最も大切と思うのです。躾けの三大事項・・・挨拶・返事・後始末・・・(教育学者の森信三先生)から、社会全体のモラルの低下を問い直そう。

大人が模範を示す・・・自然を大切にし、心豊な人間性を、子どもたちに・・・豊かな人間性が育まれるためには、大人社会全体のモラルの低下を問い…直すことです。

自己中心主義から、人に自然に思いやりを・・・

私は、自己中心主義が子どもたちに大きな影響を及ぼしていると思います。自分自身を物事の中心と定義して、世の中の物事を解釈する(本人がそれを自覚していないことが多い)ことで、社会全体や他人のことを考えず、専ら個人の利害得失を優先することです。

子どもの心を育てるべき大人社会が、こうした「次世代を育てる心を失う危機」に直面していることこそ、日本の抱えている根本的な問題です。

今日、自然を愛し、心の豊かさを求める機運が確実に広がってきています。今後、私たち大人が率先してモラルの低下を是正し、よりよい社会を目指したひたむきな努力や勇気を大切にしていくことです。

この危機を乗り越えるには、後世に、豊かな自然を残そうとする…心と日頃の実践にあると思います。

2018年4月 6日 (金)

心豊かで愛に満ちた生き方

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今、テレビ・新聞などで毎日“嫌な”ニュースが後を絶ちません。

物質的には恵まれた時代ですが、心の貧しい人・心の余裕のない人が、多くなったように思います。

孔子は「衣食足りて礼節を知る」と論語に書いています。

しかし、精神の荒廃は、ものが豊かになればなるほど、進んでいくのは、いったい何故なのでしょうか。。。戦前や戦後の貧しかった時代の方が、はるかに人間らしいものの考え方や、生き方が出来ていたように思えます。

私達は今、これらの現実を真剣に考え、反省してみなければならないのではないかと思うのです。

今一度、一人一人の人間が、自分自身を見つめ直し、生きることの意義、家族との関係、周りの人との関係、自然との関わり方等を考えてみるべき時ではないかと思うのです。

世も末だとか・・・歴史が世紀末なのではなく、人間そのものありようが問われているのが今の時代だと思います。

地球の歴史は人間が作って来たものです。歴史というものは、人間の存在を抜きにして語ることは出来ません。

その人間が、人間らしい生き方や、自覚を失った時、世界の歴史は終末を迎えます。人間らしい・・・「心豊かで愛に満ちた生き方」を、取り戻したいと思うのです。

2018年4月 5日 (木)

ごみの事を考えよう

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○ コンビニにゴミ箱がない

最近のコンビニなどで店の前にあるゴミ箱を店内に置く店舗があります。

その理由のひとつに挙げられているのが、「家庭内のゴミを持ち込んで捨てる人がいるから」です。一部マナーを守らない、意識の低い方も住む地域である可能性が考えられます。

また、店外にゴミ箱があっても、あきらかに家庭内のゴミを持ち込んだ形跡(ゴミ箱から溢れている)などが見られる場合もあります。このような状況が見られるのであれば、「住みやすい町」とは言えないでしょう。

○ 家の周りを掃除

道路の掃除しても・・・「きりがない」と言うことでしょうか?家の玄関先にごみが、何日もあるお宅を見かけます。

道路など公共の場所などは、自分の家の境界+1メートルぐらい掃除する。ご近所同士が同じように掃除をすれば、重なる事が大事で、町はきれいで、気持ちよくなるのです。

ゴミに関心がなくなった?・・・これでは、「町全体が汚い」印象になってしまいます。自分の家の周りをひとり一人がきれいに掃除すれば、町全体がきれいになるのです。「住みよい町」になるのです。

○ 川には、ゴミは絶対捨てない

川にゴミを捨てれば、水に流されていくから・・・では困るのです。最近、世界的に問題となっていますが、「プラスチックのごみ→マイクロプラスチックとなり」…海の魚が食べて、魚に蓄積され・・・それを人間が食べて、人間が病気になるという、危険性が問題となってきています。

EUは2030年までに、使い捨てのプラスチック包装を域内で無くし、すべてを再利用または素材としてリサイクルすることを目指す取り組みを進めています。

○ ゴミを出さない工夫をしよう

世界でゴミを一番出している国 は1位:日本(1800) 2位:アメリカ(160) 3位:フランス(100) 4位:ドイツ(50) 5位:スウェーデン(20)・・・世界の国の焼却炉数です。ダントツで日本が1位なのです。

狭い国土にもかかわらず毎日多くのゴミを出しているゴミ大国なのです。世界中の焼却炉の約8割がこの狭い日本に集中していることに大変驚かされます。(エコシスホールディングス)

2018年4月 4日 (水)

これからの地域社会のあり方

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「働く」とは、「人の為に動く」と書きます。

人のために働く・・・助け合い

いま、地域社会は、核家族化・少子化などにより、地域の連帯感が薄れ、地域社会における人間関係の希薄化が進んでいます。

こうした傾向は、自分に直接かかわる事以外は行政に・・・傾向を招き、政府や地方自治体など行政を肥大化させ、社会における自己中心的な考え方とあいまって、個人が地域や社会のために活動を行うことができにくい一因となっています。

社会の主要な構成者である企業も、社員のもつ、親・家族の一員・・・地域の一員としての役割について理解し、尊重してきたとは言えない状況にあると思います。

「会社人間」と言われるように、会社以外に居場所や活動の場を持たない個人を生み出してきました。

高齢化の進む社会

お年寄りが社会との関わりを維持し、活力を持ちながら生きることができるようにすることや、お年寄りの能力をいかに活用するかが、社会において重要な問題になっていると思います。

また今、地域社会の様々な分野・・・例えば、地域の福祉・医療、災害・防災への対応、治安の維持・環境保全など解決が求められる、さまざまな問題が生じています。

個人が社会の一員であることを自覚し、互いに連帯して個人がより良く生き、より良い社会を創るための活動に取り組むという…

人の幸せのために尽くす奉仕活動は・・・自分自身のためでもあるのです。個人や団体が支えあう新たな社会をつくっていくことが、地域社会にとって、大事なことだと思います。

2018年4月 3日 (火)

80過ぎて考えること

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毎日を 無事過ごすだけで 幸せですか?

人生死ぬまで道半ば・・・

この世に生まれてよかったと思える人生を歩んでいくことが理想。。。

老後の生活は余生と言うのでしょうか、人生の、たそがれどきと言うのでしょうか・・・

今、若い頃とは全く違った人生を歩んでいる様な感じ・・・

もちろん、余生の話なぞ、そんなの『よせイ!!』

・・・毎日が日曜日どころか、イバラ?の日々です。

年をとることは「こういうことか」(心身の衰え)を実感する毎日。

「つまづいて 平らの道を 振り返り」

「とりあえず 起きてみたけど やることなし」

80過ぎて考えます。

生きる意味が見つからない・・・自分を追い込みながら生きるより、人生は暇つぶしだと割り切っていかに暇を潰すかを考える方がまだましか…生産的?

暇を持て余す…暇はあるが、何をしていいかわからない状態。
暇をもてあそぶ…暇にまかせていろいろな(無用の)ことに手を出している状態。

「毎日を 無事過ごすだけで 幸せですか」

「麻生財務大臣、副総理の迷言?」

90歳?「"おい、いつまで、生きているつもりだよ"」

訳の分からぬ事を言って・・・たしかに一理あると思うのだが・・・

2018年4月 2日 (月)

三つ葉つつじ咲く

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桜より 遅れて咲きし つつじかな

我が小庭 桜に負けじと ツツジ咲く

さくら満開

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「旧友も 暫くぶりねと 花見かな」

一面に 雪のごとしの さくら道」

花びらは 風の吹くまま 人の肩」 

人をみな 心和ます さくらかな」 

いまさくら満開です。

 昨日は天気もよく、片倉城址公園

 お花見で賑やかでした。

2018年4月 1日 (日)

「安全運転」碑のこと

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国道16号の住吉橋の近くに「安全運転」の碑のこと。

NTT片倉交換局ビル前にある「安全運転」の碑があります。
これは、昭和40年代このビルの建設・・・電気関係の工事(マンホール)で、作業者が交通事故で、4・5名の死傷がでたという。
また、国道16号沿いで、昭和20年代に、子ども達が、交通事故で、痛ましい死傷が相次いでありました。
「車の安全運転」「自転車・歩行者の安全」を願って建てられたものです。最近、近くの住吉橋の付近は、交通量多くなっています。通勤・通学等で、道路横断する人がいます。
「急げば回れ」です。信号機のある横断歩道をわたりましょう。

(碑を設けた詳しい経緯について、調べて表示しようと思います。)

往く春・・・惜しむ

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花びらを 川面に落とし 春は往く

歴史追う 城跡の里に 散る桜

昨日は、風が一日強かった。

片倉城跡の桜は、咲き始めたら…満開は早い?

咲いたと思ったら、もう散り始めています。

近くを流れる湯殿川に、まっ白になるほど花びらを浮かべていました。

夏?のような暑さになっている陽気です。

春が急いで過ぎて?・・・夏がやって来たようです。

万葉集で詠まれている

春過ぎて夏きたるらし白妙の衣ほしたり天の香具山という歌を思い出しました。

また、湯殿川の流れを見つめて・・・

鴨長明・・・方丈記

「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。」

ゆく河の水の流れは絶える事がなく流れ続ける状態にあって、それでいて、それぞれのもともとの水ではない。

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