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2018年3月

2018年3月31日 (土)

恐ろしいプラスチックのゴミ

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私たちの町には、山があり、川があります。

私たちは、自然豊な町を人間の欲望から、開発に開発を重ねて、自然と暮らしのバランスが崩れてしまっていることに「気がつかない?」でいることで、近い将来に人間の命に関わる重大なことが分かってきたのです。

道路や川に捨てられたゴミは、ほとんどが、ペットボトル、レジ袋、ストローなどのプラスチックです。

そのプラスチックのゴミを放置していくと、マイクロプラスチックにとなり、川にいる魚を始め住んでいる生物・野山にいる鳥や昆虫など、すべての生き物が食べてしまいます。川の水はやがては海に流れ着きます。

TBSのシリーズ「海を殺すなプラスチック汚染」・・・の番組にもありますように、私たちの暮らしに深く関わりのある“プラスチックごみ”が、海を汚染している深刻な実態が明らかになってきました。

プラスチックごみを食べた海の生物は・・・マイクロプラスチックが魚貝を通じて人体に、恐ろしい病気が・・・見えてきたのです。「プラスチック汚染、大量消費の日本 対策立ち遅れ 」クローズアップされてきました。

私たち一人ひとりが、ペットボトル、レジ袋、ストローなどの「プラスチック類の使い捨て」に、注意を払って処理し、海・山・川・道路・公園などに捨てないことです。

2018年3月30日 (金)

長生きして良かった

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年老いて思う。

生きることはときに楽しく、ときに悲しいものです。老いや病気を避けることはできません。そしてだれもが必ず人生を終えるときを迎えます。でも人は、そうした場面のなかで心を豊かにできるものなのです。老いとは、たくさんの鎖から解き放たれる実感でもあるのです。

今年も桜の季節です。

来年も、この花を見られると無意識に思っていた若い時よりも、今年のこの花が見納めかもしれない…来年の花は見ることはできないかもしれない…そう思った時、花の色も形も枝ぶりも、その場に吹いている風の感触さえ、この上なく愛おしく思えます。

年齢を重ねることで、よりデリケートにして果敢な体験者、実践者、目撃者、伴走者になれる…私はそう考えています。

無常の風が吹くなかで。

確かにこの社会は、高齢者に優しくない?と感じる時があります。高齢者に優しくない傾向がある社会はそのまま、高齢者から最も年齢が離れた子どもにも、優しくない社会である、とも言えます。

それぞれの高齢者が長生きして、良かったと思える社会はそのまま、それぞれの子どもが、生まれてきたよかったと、思える社会であると私は考えます。

桜満開の片倉城跡公園

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風に舞い 一片の桜 池に落ち

昨日は、記録的な暖かさ?陽気でした。

夏日に近い暑さとなりました。

桜満開の片倉城址公園の池に、

一片の桜が風に舞って浮かびました。

春の風と一口に言っても、

冷たいものから暖かいものまで、

また強いものから穏やかなものまで、種々様々あります。

冬が去り、身辺が春めいてくるのを感じると、

(花粉を心配しつつも)心が弾みます。

2018年3月29日 (木)

足裏も手と同じように大地をつかむ

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私は、「脊椎椎間板ヘルニア」で、手術・・・退院して、2ヵ月経ちました。

まだ、右足(足裏)にシビレがあり、フラフ感が今でも残っていて、リハビリを頑張っています。

足の指で大地をつかむ大事さを痛感しています。

考えて見ますと・・・

地球上に生命が誕生したのは約40億年も昔です。人類は他の動物と違い、両手を巧みに使って道具を作り、脳を高度に発達させて言葉を話し、文明を築いてきました。

そのきっかけは「直立二足歩行」をするように進化したことです。

「足裏も手と同じように大地をつかむ」

立っている時、足の指の力で床を掴もうとすることでバランスを取っているのです。足の指が和らぐと、指が開いて安定してきます。一本一本の指が動くようになってきます。

片足になったとたんに足の指がキュッと曲がって、大地をつかもうとします。足の指が硬いと、大地をつかむ力が弱くフラフラしてしまいます。

きれいな歩き方は、いつも片足に乗っています。反対の足に乗る瞬間が短いのです。逆に、片足で立つことが難しいと、両足を開いてベタベタと歩くような形になってしまいます。

片足でも楽に立っていられる体は、スッと天地に伸びていてとてもきれいです。

感謝の心

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「感謝の心を持つこと」

人生は、辛いこと、悲しいこと、嬉しいこと、楽しいこと・・・人生色々です。誰でも、生きているからには、人生こころ豊に生きたいものです。

生きていられることに「感謝の心」を持つことで・・・人生を豊かにします。感謝とは大切にすること、当たり前だと思わないこと、価値を見出すこと。他を尊重し認め合うことができます。

「ありがとう」の心が幸せを確認させてくれるのです。感謝の気持を忘れないでいることは、私たちが幸せに生きるために大切なことなのです。

○ 今あるものにを大切にできる

 私たちはつい、足りないものばかりに目が向いてしまいます。ないものねだりで近くにあるものほど見えなくなってしまいます。

求め続ける人生は満たされることのない苦しい生き方です。今あるものに感謝する・・・それは足るを知り、豊かに生きるために必要な心の在り方なのです。

○ 自分は幸せだと実感できる

感謝の気持ちを忘れないでいれば多くの気づきが生まれます。当たり前が特別なものになる・・・何かを手に入れなくても豊かで自由に生きていけることを知るのです。そして今ある幸せに気づくことなのです。

2018年3月28日 (水)

素敵な川が流れる町

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私たちの町には、湯殿川(一級河川)流れています。

むかしは、農業用水などに利用され、片倉町の発展に大きく貢献したのです。私は子供のころは、泳いだり、色々な種類の魚を捕り遊んだことを覚えています。

しかし、蛇行し川幅も狭かったことからたびたび洪水が発生していました。そのため川を直線にするとともに川幅を広げる改修工事が行われ、現在に至っています。

環境整備と自然破壊のバランス

今は、河川整備に伴い遊歩道、親水護岸が設置されています。水質は近年改善しており(平成15年)に下流で行った水質調査では75パーセント生物化学的酸素要求量(BOD)が4.1mg/lと、目標値の2mg/lを上回っていたが、2009年(平成21年)に行われた調査では1.1mg/lとなっています。(ウキペデイア)

きれいな川・・・湯殿川にしよう

環境を守るのは、私たちの使命です。湯殿川は私たちの先代から、なくてはならない生活の川でもあったのです。現在でも湯殿川の自然の大切さを教えているようです。

むかし湯殿川にいた、ウナギ・ナマズ・ハヤ・ドジョウ・ヤツメウナギ・カジカなどなど、今はもういません。そしてカエルの種類も多く生息していたのです。

私たちの町には、湯殿川は田んぼに水を引き、米を作るだけでなく、生物の命を育み、私たちの生活や産業の歴史があるのです。

川は、大気から大地、河川等を経て海域に向かう水の循環は、河川・地下水の水量の確保、水質の浄化、水辺環境や生態系の保全に大きな役割がるのです。

2018年3月27日 (火)

自分の心には嘘はつけない

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「嘘をついても自分の心には嘘はつけない」

人間は、表面的に嘘をついたり人を騙したりできます。でも本来人間の素直な心は、嘘が付けません。

うまく騙せたとしても、その嘘が真実でないので人生は、必ず良からぬ方向に向きます。だって、嘘だと知っている本人の心が現実を作ります。

何より、その嘘で人が傷ついたりするのであれば、守護霊様は、見過ごさないでしょう。 嘘を嘘で塗り固めれば、心の中で焦りが出てきます。 そして、心身の調子も悪くなります。

落ち着かない自分が居るはずです。 もっと、悲壮な状況になった人もいるかもしれません。

自分に嘘をつかない人は、最高の人生を送れる・・・

苦しいとき「大変だから」と逃げ出すのは誰にでもできます。自分に正直に生きてゆくのが良いのはみんな承知しているのです。しかし、「楽」をしようと思う考えは、誰もが思うことです・・・嘘を付きます。心は歪んでしまっているのです。

正義を振りかざせば・・・

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『「正義」を振りかざせば、そこに争いが起きる』

「義」とは・・・儒教における五常の一。人として守るべき正しい道。道義。「仁・義・礼・智・信」(デジタル大辞典)

「正義」とは・・・① 正しい道義。人が従うべき正しい道理。 「 -を貫く」 ② 他者や人々の権利を尊重することで、各人に権利義務・報奨・制裁などを正当に割り当てること。(大辞林 )

「義」と「正義」とは同義語と言えましょう。この「義による正しさ」を考えると、そこには「***にとっての正しさ」という対象となるべきものが存在します。この対象が誰であるのかが、問題なのです。

この「義」の対象を、広い範囲で考えれば全人類ということになるのでしょう。狭い範囲で考えれば、自分の仲間、あるいは自分自身におけるものになるのでしょう。

自分にとっての正しさを強調すれば、自分以外の対象と対立します。言い方を変えれば、「自分の正義」とは自分の都合のことであり、それは他人の不都合に等しいのでしょう。

つまり、「正義を振りかざせば、そこに必ず自分(又は自分達)の都合と、相手の都合との対立が起きて争いになる」ということです。争いが起きれば、そこに勝ち負けが起こり、強い者や運の良い者が勝つことになるだけです。一番の問題は、「正義」とは何かがはっきりしないことではないでしょうか。

それが曖昧なままに「正義が勝つ」という意味を論じれば、「正義は争いの元になる」ものと言えましょう。そんな「正義」なら、振りかざすべきではないでしょう。

2018年3月26日 (月)

人の心を読む

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人と話をしていて、一番気になることって何んだろう?

その人の考えていること・主張したいことなど「人の心を読む」ことが大事です。その人の思っている感情などを察知するには、話をしをする事が必要です。

そもそも関心や興味がなければ、相手を知ろうとは思わないでしょうが、人間は感情の生き物でもあり、性格や生き方に関心を持つことはごく当たり前です。

人間は 全てにおいてストレスをうけることにより 成長していきます。

その人の過去から現在の生活状況などから、どんなストレスを感じているのか、想像してみることです。その人の過去の生い立ちや現在の生活環境などから、ストレスをうけた場合、脳が活性化され 普通は使うことのない 脳の働きを可能にします。

とても純粋な幼少時代(子供の頃)に 過度(膨大)なストレスをうけると、より 脳の発達や成長がうながされて普通では考えてられない脳の力(機能)が身についています。

過去にとても辛い経験や悲しみをうけている人は・・・その辛い経験や悲しみにあたるストレスについては、周りに気づかれないものほど 強力なものになっています。

その人の過去からの生き方などからある程度想像して「相手の話を聞く」ことが大事だと思います。

2018年3月25日 (日)

彼岸の墓参り

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春彼岸 桜が咲いて 墓参り

元気だった?

私は80歳・・・4人の孫たちも大きくなって、みんな高校生となりました。

孫たちは行動範囲が広くなって・・・自分の時間が多くなったようで、また離れて暮しているせいか・・・顔を見る機会が少なくなってしまいました。

墓参り

年齢を重ねるごとに、かわいがってくれた祖父母・・・どんなときにも慈しみ愛してくれたご両親も、お墓に入っていくのです。

きっといつか、お彼岸にお墓参りにいってお話ししたいと思う人がお墓に入ります。お墓というのは、ただ故人が眠っている場所ということじゃなく、心の中で個人に話しかけたり、今の報告をすることで心がすっと安らぐ場所になるはずです。

大切なお墓を自分の次の世代にきちんと継承していくためにも、お彼岸の意味、お墓参りをする意味を、しっかり理解し、伝えていってほしいものです。

2018年3月24日 (土)

人間の苗床を再生しよう

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「自然は人間の苗床」と言われています。

今、日本各地で身近な自然環境が消失し、人工環境が増えるにつれて、交通公害や水質汚濁、といった地球環境問題が深刻化しています。

現代の子どもたちは、「自然への感受性」や「自然の変化に気づき、共感する力」も劣化しているといえ、単に環境教育を行うことで、地球規模の環境問題を克服するレベルをではもはやありません。

そして、現代の日本では、人間が本来もっている感受性や五感の劣化、さらに人間関係や対人関係のつまづきによるいじめ問題の拡大、孤独への不安など、「内なる自然」破壊が起きてきているといえます。

子どもから大人まで自然の豊かな自然とのふれあいは、人間が自然との共生への理解を深めていく基本的な行動といえます。今、日本各地で身近な自然環境が消失し、人工環境が増えるにつれて、交通公害や水質汚濁、といった地球環境問題が深刻化しています。

「人と自然」の関係性を再構築しなければならないという声も高まってきています。人間を育んできた自然環境は、人間にとって失う事の出来ない大切な「生存の場」であると私は考えます。

なぜなら、他の何の為でもなく、人間の未来の生存のために、人間は今の自然環境を守らなければなりません。なぜなら、人間が暮らすうちで必要なものの多くは自然環境によって作られ、維持されているものであるからです。

空気の成分も、水質も、土壌も、もっと直接的には魚や外の畑でとれる作物も、ある程度人間が手を加える部分はあれ、大体自然に頼っています。

そうである以上、それらのどこかを破壊し、全体のバランスを崩すことはすなわち、人間の未来を破壊することであるからです。

2018年3月23日 (金)

人が一番大切こと

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「人が生きていくことで、一番大切なこと」とは?

人の生き方は千差万別・・・正解があるはずもないでしょう。

私は・・・「人への優しさ」だと思うのです。

それでは、誰のために、人に対して優しくあるべきなのでしょうか?

「自分のため」です。

自分にとった行動が、相手が喜んでくれたり、気持ちよくなってくれたら自分は幸せだから、人に対して優しくするのです。

また、人に対して優しくある人物こそが自分の目指す“自分”であるから・・・なりたい自分になるために、人に対して優しくするのです。

大事なことは・・・真の優しさです。

相手が感謝という代価を払ってくれるかどうかなど一切関係なく・・・

ただただ、相手が喜んでくれること…相手が笑顔になってくれること…

が自分自身の幸せであるから、喜んでもらいたいという一心で相手を思いやり・・・それを行動に表すことです。

2018年3月22日 (木)

野の花に心を引かれる

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多くの日本人は、桜の開花を待ち焦がれています。

気象庁は17日、東京都心で桜(ソメイヨシノ)が開花したと発表がありましたが、昨日(21日春分の日)は、八王子市は雪に見舞われました。

桜の花が咲く頃は、日本では新年度、新学期が始まるころであり、新入社員や新入生が希望に夢を膨らませて新しい人生をスタートさせる時期であるのです。

桜の咲くころは、ひと目に付きにくい・・・オオイヌフグイ・スミレなどの「野の花」も咲くのです。野鳥たちの世界も同じで、スミレの花咲く頃になると恋をする、鳥たちのさえずりがあちこちで聞こえるようになってきます。

石段の間や、枯葉の下、土手の枯れ草の中などの路傍に、目立たなくじっと根強く生きるスミレの花、緑覆いしげる前に春を告げる明るい雰囲気を漂わせてくれています。

可憐に咲くスミレなど・・・人の心に何かを訴えているようです。

人は「情」で動くが「理」では動かない

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人は理屈だけでは動きません。

多くの場合、感情で左右され行動します。

人を動かすには心を動かさねばなりません。

心は理屈だけでは動きません。

むかし、おやじから、『人は「情」で動くが「理」では動かない』と言われたことを覚えています。

私は「人の心の動す」には・・・「誠意」・「気くばり」だと思います。

それがどんなに理路整然としていて、正しかろうと・・・

その人が嫌いだったり、馬が合わなかったら、「理」で説得されることはありません。

「情」とは、感じて動く感情のことであり、他人への思いやりの心や、誠意のことです。

人が本当に困っているときこそ、この情のあるなしがわかるものです。

「気くばり」も、「思いやり」も、「誠意」も理くつではありません。

まさに、「情」と同じで、「人の心を動かすのは人の気くばり」です。

・・・気くばり上手な人でありたい。

2018年3月21日 (水)

「守・破・離」・・・

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春は山川草木・・・芽吹きの時期です。

人の成長過程でも春は新たに飛躍・変化するときです。

「守・破・離」という言葉がある通り・・・

むかしから、剣道・茶道などの教えの基本です。

人の成長過程・・・また新たな道に挑戦する・・・ことでもあると思います。

人の成長に大切なことは・・・基本姿勢『守破離』の心です。

それには、「素直な心」をもって人の意見をよく聞き、常に反省し自分自身を見つめることの出来る人です。物事を学ぶ時の姿勢として昔から受け継がれている言葉です。

この姿勢は仕事で物事を実行するために最も大切な基本姿勢です。「素直な心」でいると、その人の周辺には、やはり同じような心根をもった人が集まってきて、物事がうまく運んでいくものです。

本当は自分を伸ばしてくれるものであると受け止める謙虚な姿勢・・・やはりこの『守破離』の言葉を聞くと『素直な心』が必要だと考えさせられます。

2018年3月20日 (火)

それが進歩というのでしょうか

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ほんの少し前の時代では、私たちの生活は、もっとシンプル、単純で素朴でした・・・生活に必要な物を自分達の手で作り、助け合って暮らしてきました。

現代社会は、そのころの生活に比べて複雑です。私の子供の頃と比べても格段に違います。単純?な社会でも生活はできたのです。

テレビがなくても、携帯電話がなくても、飛行機や自動車がなくても、石油や電気がなくても、それなりの生活はできたのです。ところが、現代社会では、それらが不足すると生活が成り立たなくなっています。

それが進歩というのでしょうか・・・

大事なことは、その時の生活を支えている財、生活必需品の生産と分配です。それさえできていれば生活には困らないです。それが経済の根本です。

ところが現代社会では、その経済の根本、つまり、必需品に対する考え方、認識が劇的に変わってしまっています。それなのに、現代人は、そのことに気が付いていません。

そして、その劇的な変化を引き起こしたのが、貨幣経済であり、市場経済であり、利己主義なのです。本来は、貨幣は、市場経済の道具に過ぎません。

ところがいつの間にか、貨幣に全てが還元され、人間の生活や社会は、貨幣価値に支配されてしまっています。今では、唯金主義、拝金主義といっても過言ではない状況を呈しているのです。

人生の目的

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生の目的は⇒「真理の探求」→「幸せ探し」

いつどんなときにも変わることのない、正しい物事の筋道…探すことです・・・とすればそれはほとんど「人生」も同じもののようにも思われてきます。

昨日よりましな今日であろう、今日よりよき明日であろうと、日々誠実に努める・・・その弛まぬ作業、つつましき生活、地道な生き方に、私たちが生きる目的や価値がたしかに存在しているのではないでしょうか・・・

つまり、何が正しい筋道で、どこに焦点を合わせればいいかを模索する・・・これが人間にどういう恩恵をもたらすかというと、人生における試練、トラブルといった、あらゆる問題ごとのスムーズな解決を促すのだと思う。

「やってみなければわからない」
        
やってみよう・・・行動を越す→行動した分だけ前に進む→自分の力が見えてきます。一度きりの人生です→やってみて「成功」・「失敗」は、行動を起さないと分らないということです。

「やってみなければわからないし、やってみてわかる」

以前には見えなかったことが、以後には見えるようになっていて、前と後とでは世界の眺めが、また自分自身もが変わっているのです。そこには驚きを伴った発見があり、その発見には必ず何か個性的なところ、自分だけの何かがある・・・

これは例えば「恋愛」は外から他人事のように眺めれば退屈なものですが、内側からそれに入り込んでやってみるなら、そこにはいつものように、古今東西前代未聞のかけがえのない何かが必ずあります。

2018年3月19日 (月)

人の命には限りが・・・

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あらゆる現象が常に変化する(諸行無常)、それそのものが真実の世の中で、心身ともに健康でいられる人でも、いつ心や身体を病んだり事故に遭遇するか分かりません。

また、一人ひとりの長い人生は、山あり谷ありで、人は必ず老いて死に、生まれた赤ちゃんも100年後には、この世にいないのでしょう。

共生社会

人の災難を運が悪かっただけで済ますのではなく・・・地域全体で抱き止め、歳をとっても現在たまたま健康な人もいます。

お蔭を神仏やご先祖様に感謝しつつ、たまたま弱き者を必ず助け、老いも若きもハンディー背負った人も、愛する地域を守りながら、皆で支え合える方向で、力を注ぐことが、少子高齢化社会とっては大事なことではないでしょうか・・・

そういう地域社会があってこそ、人は本当に幸せになれるし、安心して死んで行ける・・・私は、心の底からそう思います。

人は、生きてきた時間だけ多くの経験や知識があります。その経験や知識を上手に活用することが年寄りの特権です。

年寄りには、年寄りにしかできないことがあります。老いても活躍する場所はあります。人をただ介護の対象としてしか見れないのは、その人の心が貧しいからです。人はただ生きているわけではありません。生きようとして、生きる希望を持つから生きるのです。

生きると言うことは、生き生きと生きることです。世間の世話になり、邪魔者扱いを受けることではありません。年をとっても幸せになる権利はあります。

誰の世話にもなりたくない。そんなことを年寄りに言わせるような社会は、本当に豊かな社会なのでしょうか・・・

人生の終局に、俺は、何のために生きてきたのだろうなんて、年寄りが呟くような社会は貧しい過ぎです。誰もが通る道・・・みんなで考えることです。

2018年3月18日 (日)

みんなが笑顔の町に

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最終目標は・・・地域の皆さんが「笑顔あふれる毎日のくらし」です

子供の教育の大切さ・・・

「共同社会で生きていく基本をしっかり教えることです。」一人ひとりの自覚が大切です。

「子どもは親の背中を見て育つ」と言われています。子供は、親や周りの大人を見ながら成長していきます。・・・(大人の行動は、子供たちに見られていることを自覚すべきです。)

親の話し方や周りの人に対する態度など、親が日常からとっている態度があなたの子供にとっては「常識」となっていきます。

日常の親から教わる常識は、後々とても大切な子供の人生の目安になります。成長とともに自分の知っている常識と、友達や他人との常識の違いに戸惑ったりします。

人間関係を築くために必要なものはコミュニケーション能力だと言われています。 この複雑化した社会で生き抜いていくためにも、大切な能力に違いありません。

森信三先生のしつけの三大原則

1…朝、必ず親に挨拶をする子にすること。

2…親に呼ばれたら必ず、「ハイ」とハッキリ返事のできる子にすること。

3…ハキモノを脱いだら、必ずそろえ、席を立ったら必ずイスを入れる子にすること。

2018年3月17日 (土)

心の健康について

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ストレス社会の現代・・・

複雑多岐の世の中で、「こころの健康」が大きな問題となっています。

人がいきいきと自分らしく生きるために重要であり、生活の質にも大きく影響します。

「こころの健康」には・・・

① 自分の感情に気付き、それを表現できること(情緒的)

② その時々の状況に応じ適切に考え、問題解決ができること(知的)

③ 他の人や社会と建設的で良い関係を築けること(社会的)

④ 人生の目的や意義を見いだし、主体的に自分の人生を選択できること(人間的)

 ・・・があげられます。

こころの健康を保つためには・・・

ストレスに立ち向かう抵抗力(ストレス耐性)を高め、ストレスに上手に対処することが大切です。「適度な運動」・「バランスのとれた食事」・「十分な休養」はストレス耐性を高めます。

こころの健康には、個人の資質や能力の他に、身体状況、社会経済状況、住居や職場の環境、対人関係など、多くの要因が影響し、なかでも、身体の状態とこころは相互に強く関係しています。

2018年3月16日 (金)

人生いつでも今が出発点

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今を大事にしてこそ

何を隠そう・・・80歳を過ぎると一日一日の過ごし方がかなり辛くなります。人にはなかなか言えないが、食事、排せつ、睡眠すべてに、健康を保つ努力が必要になります。

耳も遠くなって、人の言うことが聞こえなかったり、自然の移り変わりや、自然界の鳥やセミが鳴くのも、昔ほど鋭敏に感じ取れません。何とか今日という日を越えて明日を迎えて、またその日を越えて・・・長生きはいいね、とはとても単純には言い切れなません。

私の子供のころの、年寄りのイメージは、童謡「船頭さん」の詩のように「今年六十のおじいさん」でしたが・・・いまや100歳のイメージとなっています。

八十代、九十代まで生きた人間がどうなるかは未知の世界だったのです。医学が進歩して、百歳を超えた人間を生かしておくすべを持った。いいとも悪いとも言えないが・・・

今日を大事に・・・

人生観も変わった?苦虫かみつぶしているより楽しい、面白い、と思っていた方がいいでしょう。生まれてきてよかったと思える生き方ができておれば、人は悩みも苦しみもなく、幸せであるということでしょう。

人生、いつでも今が出発点だから、自己に向き合って、この一瞬をよろこびの心で生きたいものです。

春・・・桜と入学式

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万葉集の志貴皇子・・・

「石ばしる 垂水の上のさ蕨の 萌え出づる 春になりにけるかも」

春」桜の開花宣言が・・・

15日に高知地方気象台より、高知でソメイヨシノの開花されました。

卒業式・入学式・・・春は別れと出会いの季節

新しい場所でスタートを迎える人も多いのではないでしょうか。

満開になる桜はそんな私たちの背中を押してくれるような気もします。

小学校の入学式で、母親の手の温もりを覚えています。

私は70何年前の入学で、母親に連れられて・・・

桜咲く小学校の門をくぐり・・・

不安と期待が入り混じった思い出が鮮明に記憶しています。

 

2018年3月15日 (木)

心の時代

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今日の私たちの暮らしは、物質的には豊かになりました。

ところが、機械化、生産性の向上に躍起となって、合理化が優先され、人の心の問題には、あまり関心さが薄れてきて、人の心の豊かさは取り残されてきました。

人の心の豊かさは、合理化によっては培われないのです。かえって不合理性の中でこそ、人の心は、その栄養素を吸収するのではないでしょうか・・・

今を生きる私たちは、多くの生活に常に合理性を持ち出し簡素化しています。そのことによって、私たちの心は栄養を失い、心の豊かさを失っています。

心の豊かさを失うと、社会生活が希薄になります。社会生活が希薄になるということは、お互いの人間関係を失うことになり、孤独になることを意味します。

社会生活をしている私たちは、お互いの連帯と協調性を必要とします。その必要性が満たされるとき、私たちは生きる希望が湧いてきます。お互いの連帯性・協調性が失われると、人は孤独になります。

孤独な人は、自己中心的になり、他人と仲良く生きていくことが難しいと言われています。孤独な人は、さまざまな問題課題を背負って生きています。

今、私たち社会は、不幸な事件が後を絶ちません。心の豊かさが求められる時代と思います。では、心の豊になるためには、どうすればいいのか・・・さまざまな模索がされています。そのために、「今は心の時代」と言われるゆえんです。

誠意について

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私たちが安心して暮せる社会は、人付き合いで、「誠意」が大事な一つだと思います

人とのお付き合いで「誠意」が信頼される人です。

誠意という言葉を辞書は、「私利私欲をまじえず、真心をもって人や物事に対すること」です。自分の利益を省みず、相手の為に尽くすということです。

打算的に行動をする人は、それが相手に伝わってしまうために、誰からも信用されることはありません。相手からすると、自分を陥れようとしていると感じてしまうからです。

一方、何の計算もなくフラットに接することができれば、裏表のない印象が感じられます。すると、信頼につながりやすくなるということです。

口で言うのは簡単ですが、実行するとなると非常に難しいと思います。特に、ビジネスの場面だと必ず利害関係が絡んでくるので、私利私欲を捨てるというのは難しかったりします。

ですから、相手の気持ちを最優先に考えて、相手の為になるような行動を心がける必要があります。こういった行動を積み重ねることで、少しずつ信頼は大きくなっていくでしょう。

日頃心がけることは・・・○ 嘘をつかない ○ 他者を認める ○ 約束を守る・・・ことです。

2018年3月14日 (水)

現代人の心の支え方

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人は心の支えなしには生きられません。

間違ったものを心の支えにしてしまうと、かえって辛くなるばかりです。人は、なぜ不安や焦りにかられてしまうのでしょうか?満足感が得られないのでしょうか?

今、人生を辛いと感じているとしたら、それは、間違ったものに心を向けている・・・かも知れません。

○ 他人にどう思われるかではなく・・・自分がどう思うかを大切にするとです。

○ 人生は試練の連続です。しかし、試練は大きな喜びに至る通過点です。

これを通らなければ深い幸せは味わえないのです。「また辛いことが起きてしまった」と感じたときには・・・「また先にもっと大きな幸せがある」と思えばよいのです。

試練は大きな喜びにいたる通過点・・・他人にどう思われるかではなく、自分がどう思うかを大切にするとです。

「レジリエンス」・・・(ウィキペディア)

レジリエンス(resilience)とは、跳ね返り、弾力、回復力、復元力という意味を持つ言葉です。

ストレス(stress)と共に、物理学の分野で使われていた言葉でしたが、近年では個人・組織ともに通用する「さまざまな環境・状況に対しても適応し、生き延びる力」として使われるようになりました。

心理学の分野だけでなく、組織論や社会システム論、さらにはリスク対応能力、危機管理能力としても広く注目される用語でもあります。

2018年3月13日 (火)

「自然は人間の苗床」

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「子どもは生まれた環境は選べない」と、いわれますが、私は、家庭環境・自然環境から人はつくられて(色々の意味)いくものだと思います。自然環境は、社会的なもので、特に地域社会の善し悪しは、人の成長過程に、大きな影響を与えると思います。

幼児の時から自然とのふれあいの機会を多くもたせることによって、子どものみずみずしい感受性や五官を刺激することが不可欠です。

子どもたちが出会う事実ひとつひとつが、やがて知識や知恵を生みだす種子だとしたら、さまざまな情緒や豊かな感受性は、この種子をはぐくむ肥沃な土壌です。

子どもの自然体験の必要性の声の高まり

子どもから大人まで自然の豊かな恵みを享受する自然とのふれあいは、生態系の一部である人間が自然との共生への理解を深めていく基本的な行動といえます。

しかし今、日本各地で身近な自然環境が消失し、人工環境が増えるにつれて、交通公害や水質汚濁、近隣騒音といったいわゆる都市生活型公害問題や地球環境問題が深刻化する「外なる自然」破壊が進んでいます。

さらに、現代の日本では、人間が本来もっている感受性や五感の劣化、さらに人間関係や対人関係のつまづきによるいじめ問題の拡大、孤独への不安など、「内なる自然」破壊が起きてきているといえます。

国民を欺く行為

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『森友問題』・・・「国民を欺く行為」「民主主義の根幹を揺るがす大きな問題」

毎日、新聞やテレビなどの報道されています「森友問題」不明朗さ・・・公平・公正な行政過程を検証するための公文書を、あとから都合よく書き直す・・・んな ことがまかり通ったのでは、行政に対する国民の信用は崩壊してしまいます。

問題 専門家は」 NHK NEWS WEB ニュースより(3/13)

「決裁文書の書き換えが明らかになったことについて、公文書に詳しく森友学園の一連の問題の情報公開も求めている神戸学院大学の上脇博之教授は「国民の代表機関である国会にうその情報を出していたのは国民を欺く行為だ。」

国会議員の国政調査権などの侵害や妨害にあたるおそれがあり、国民主権や民主主義の面から極めて問題だ」と指摘しました。

また、文書が佐川氏の答弁に合わせて書き換えられたことに関連して、「安倍総理大臣も答弁で『自分や夫人が関与していれば辞任する』としているが、官僚組織はこの答弁も受け止めた上で、国有地売却の交渉記録は廃棄したと言ったり決裁文書を改ざんしたりしたのではないか」と述べました。

さらに、上脇教授は「省庁の一職員ができる改ざんではなく、重要なポストの人物が関わり組織的にやったと考えられる。動機を説明する必要があるし、誰が書き換えを命じたのか、あるいは官僚組織を越えたところで指示があったのか、真相を解明しなければ国民は納得しないだろう」と述べました。

2018年3月12日 (月)

「絆」の大切さ

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人生で大切にしたい「絆」

昨日は、3・11東日本大震災・・・あれから7年が経過しました。各地でイベントがありました。東日本大震災をきっかけに、多くの人が『絆』の大切さ知る・・・

大きなものだけでなく、目の前にある絆も忘れないで欲しいものです。

近年、少子高齢化が、急速に進むと共に、個人の価値観が多様化することにより、地域住民間で、親しい付き合いや、助け合いという、家族や地域で相互に、支えあう機能が失われてきています。

その結果、子育てや介護をしている人、障害がある人など、日常生活で、不安やストレスを感じたり、社会的に孤立したり、問題を生じています。

このような地域社会の変化は、自殺や孤独死・暴力・虐待などの新たな社会問題を増加させる要因となっています。

これまで地域の福祉問題は、行政や社会福祉協議会、民生委員、児童委員など中心となり、解決に取り組んできましたが、それだけでは対応することができない、複雑多様化した、問題を起きています。

地域密着した、きめ細かい活動が重要だと思います。

2018年3月11日 (日)

桜の蕾に春の雨

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桜芽に ふっくら乗せて 春の雨

今年も、桜の開花が気になる頃となりました。

全国的な大寒波で、大雪に見舞われている地域も多い今冬・・・

まだ春が遠いという気がする一方で、あと1カ月間も待たずに桜前線の北上が始まります。

きっと暖かな春の到来を心待ちしている人もきっと多いことでしょう。

日本気象株式会社が、3月8日予想発表されました。

東京地方の桜開花予想・・・最速の3月15日だそうです。

3月中旬の気温が前回発表時より高い予想となったため、開花予想日が1~3日程度早くなっています。東京で3月15日に開花がスタートし、続いて太平洋沿岸部や九州地方でも続々と開花する予想となっています。

2018年3月10日 (土)

しなやかな心

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「しなやか」とは、弾力があって、圧力が掛かっても直ぐに戻ること。

しなやか心とは・・・人はなんでも出来るスーパーマンはいません。誰でも出来ること、出来ないことがあります。

心のしなやかさを持つには、まずは自分自身の弱い部分、苦手な部分を認めることが大切です。人の前で話すのが苦手・・・でも人のいやがる事を気持ちよくできる・・・

「折れない心」

何事にも揺るがない強い心を想像しがちです。ストレスを跳ね飛ばすような、固い頑丈なイメージを抱く人が多いでしょう。

だけど折れない心とは、強い心ではありません。固くて強い心ではなく柔軟な心・・・力ずくで打ち負かすのではなく、受け流す「しなやかさ」です。

必ず成功させるという想い(絶対ブレない意志)は、ときに大きな力を生みます。しかし、人の心はもろいものです。無理に強くあろうとしても些細なきっかけで簡単に崩れてしまいます。

「絶対にこう」・「これじゃなければいけない」・・・ひとつの形しか認められないと、どこかで行き詰まってしまいます。

現代社会は、何が起こるかなんてわかりません。どうなるかなんて誰にもわかりません。強くあろうとするのではなく・・・「ただ、柔軟であればいい」

自然の世界でも同じです。生き残るのは強い生き物でもなく、優れた生き物でもありません。環境の変化に適応できる生き物が後世に残っていくのです。

心を柔軟にしておく・・・常に心をニュートラルにして、「決めつけない」ことです。大切なのは日々の心がけ、折れない、しなやかで柔軟な心を持っていることです。

お年寄りの生きがい

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今の世の中・・・

自分も含めて、お年寄りが多いですねーどこえ行ってもお年寄りばかりです。

きのう、厚生労働省が発表した「健康寿命」男性・・・72・14歳 女性・・・74・79歳です。(平均寿命は男性・・・80・98歳、女性・・・87・14歳)その差(男性8・84歳と女性12・35歳)

日本人の長生きは、医療制度の充実と、食生活の改善だと思います。

大事なのは、単に長生きをするというだけでなく、物質的豊かさを基盤として健康でかつ幅広い生き方を選択でき、また個性を発揮できる豊かな社会作りに協力することです。

「高齢者の不安の3K」

① 健康 ② 金(経済生活) ③ こころ(生きがい)です。

この3つは、これからも永久に変わることはないでしょう。その中で、最も大きな問題として注目をあびてきたのが「生きがい」です。

高齢者の生きがいとは?

「他人や社会の役に立つ」「心の安らぎや気晴らし」人それぞれと思います。

自分の日々の生活のシーンで、「どういうときに喜びを感じるか」、「自分らしくいられるか」ということだと思います。日常生活の笑顔の源を見つけることが、生きがい作りへの近道だと思うのです。

2018年3月 9日 (金)

町会を辞めたい

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「町会を辞めたい」

私と同じ地域に住む方で、高齢で身体の具合が悪い、奥さん(80歳代)から・・・私は、足が悪いので、回覧板も回せない(転んだらどうしようと心配)・・・なので町会を辞めさせていただきたい。

ご主人も(80歳代)身体が悪く、家の中を“這って”いるような状況で、心臓も悪いという奥さんが介護?・・・息子さんは、難病・・・という。

本当に暮らしにお困りのようです。

プライバシーの関係で詳しく聞けなかった・・・のです。

その対応は・・・近所の者として、どう対応をすればいのか・・・近所に住むものとして、日頃の近所のお付き合い(コミュニティー不足)無さから・・・申し訳ない気持ちです。

とりあえず、「生活で、お困りになったら、電話して欲しい」と話しをしました。

考えますと、25世帯もある私たち、町会の班で、高齢化が、進んでいます。ゴミ出し・部屋の蛍光灯の球切れ交換も、ままならない?私も腰を痛めて痛感しました。

相談を受けた私ですが、腰を痛めて、思うように動けない状況です。・・・他の町会役員・民生委員・市役所等に相談してみたい。

2018年3月 8日 (木)

今日を精一杯生きる

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一瞬が連なって一日となり、一年となり、一生となるのです。きのうと同じように過ごした今日であっても、きのうはきのうの一度きり、今日も一度きりの今日なのです。

いつまでも健康でありたいが、高齢者の身体機能や認知機能が低下して虚弱な状態なるのは、自然の摂理で仕方ないことです。

平均寿命と健康寿命・・・厚生労働省の簡易生命表の発表によると、2016年の日本人の平均寿命は、女性が87.14歳、男性が80.98歳となり、いずれも過去最高を更新といわれています

直近の健康寿命としては、2013年時点のものが公表されており、男性が71.19年、女性が74.21年だったとう。

人生を宇宙ロケットに例えみると・・・

宇宙に飛び立つったロケットが、機体を切り離すたびに軌道を変えるように、人生の節目ごとに、発想を変えて新しいことを始めなければ、飛び続けることは出来ません。すでに私の人生にも幾段もの節目が来ているのです。

これからは、機体(身体)残りの機能と燃料を考えながら、見知らぬ世界に飛び込む・・・まさに新たな挑戦・決断の時です。

この先の時間・・・3年後、5年後に思わぬ才能がひとつと言わず花開くかもしれません。そんな期待に心踊らせながら、今日一日を精一杯、生きていこうと思います。

心と心の繋がり

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「幸せとは」心と心の繋がりです。

自分が一人だけで生きていると思っているとしても、沢山の人に支えられ、大勢の人と関わりながら、私たちは毎日を歩んでいるのです。

人と出会い、お互いに話し、触れ合い、自分という存在を受け止めて貰った時、感激し、幸せ感に浸ります。

人は生まれ、多くの人に関わりあって成長します。母親、父親、家族、親戚、学校の友達、先生方、クラブ活動、習い事、職場の人など・・・

少しづつ繋がりが増え、その繋がりを大切にしながら歩んでいるのではないでしょうか・・・尊敬する方、憧れの方からの一言や、友人からの1本の電話、季節の1枚のハガキなどなどで…幸せ感を感じます。

みなさんは、誰と繋がっているのでしょう。その繋がりを大切にしているでしょうか?たとえ会えないとしても、大切な相手のことを大事に思いながら、大切に思われながら、繋がりを大切にすることです。

まわりも幸せにしないといけません。

物質的な幸せには際限がないけれど、精神的な幸せは、人と人との心がつながり合っていると実感できたとき、完全なものになります。

誰か一人でもいいので、大切な存在を見つけて、心と心がつながる瞬間をもってください。そういう時間を積み重ねることによって、自分自身の価値は実感できるはずです。

2018年3月 7日 (水)

故郷の心は、やさしさの心

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人の心の底にある故郷の心は、やさしさの心です。

企業戦士になって仕事に疲れたり、心が折れそうなこともあるでしょう。そんな時に思うのは、生まれ育た、故郷を思い出すことでしょう。

どんな人間でも故郷を思慕する心をもたない人はいない、この故郷に憧れる心こそ、人の心の底から湧き出てくる清らかな泉であります。人の心の底にある故郷の心は、人間本来のやさしさの心です。

いま世界中では、国の事情で故郷を捨て、他国にあこがれ、幸せを求めて出ていく人もいます。難民といわれる人々です。どんな人・どの民族にも、それぞれにかけがえのない故郷がある、他民族に踏みにじられたくない故郷があります。

人の心の底にあるもの、それが故郷の心です。

お互い人間だから、故郷の心、やさしさの心には、人類共通の相通じるものがあり、民族や宗教のちがいを超えて共感できるはずです。

私は、生まれも育ちも同じ地域です。私の地域も開発が進んで、わずか半世紀ですっかり変わってしまいました。山ではウサギを追いかけ、川では、小鮒を釣った思い出があります。

故郷を思う心は誰でも同じです。今の子供たちは、現在の環境で育っています。人間には、良い環境で育つことが大変重要です。

優しさ・思いやりのある人間は、豊かな自然の中で育った人だと思います。 良くも悪くも子供は生まれた環境は選べません、今の大人は環境の保全の責任があると思います。

環境保護は一人ひとりの心がけです。子・孫の幸せを願うなら、何ができるのか考えて欲しいと思います。

片倉城跡公園で・・・

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春の日に よちよち歩く 園児たち

微笑ましい

先生の、手を放して歩こうとして…

放すと直ぐ転ぶ…

また立ち上がり、歩こうとする…

きのう、片倉城跡公園で見ました。

2018年3月 6日 (火)

脱皮しながら成長する

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「春」・・・人間も新しい門出・チャレンジの季節です。

蝶は、卵から幼虫になり必ず脱皮、羽化をします。「脱皮しない蛇は死ぬ」というインドの諺があるそうです。人間も春を迎えるたびに人は成長していくのです。いつまでも同じ所にい続けていては、成長がありません。

病気や挫折などのとても苦しむこともあります。

それを乗り越えて、昨日とは一味違う自分・・・昨日は苦しんでいた事を今日は切り捨て・・・昨日は出来なかったことが、今日は出来るようになる・・・それが「脱皮」というものであり、それを繰り返すことが「精進」ではないでしょうか?

「諸行無常」
 
世の中は、すべてのものは変化しています。それ故に、怠けずに精進することです。ですから、この世で一生を過ごす以上、私たちの身の回りの全ては、変化していくのが当然なのです。

成長するということも「変化」することの一つなのでしょう。つまり、時間の経過と共に「心」も脱皮するのが当然であります。

ただ生きることではなく、いかに生きるかだ

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金持ちも貧乏な人にも、公平に老いはやってきます。

誰にでも老いはやってくるのです。

「長生きするってつらいわね」・・・

90歳の女性の言葉が胸に痛く刺ささります。あすは我が身です。

高齢社会をいかに生きるか・・・

日本は、超高齢化社会になって、いろいろな社会問題となってきています。

時代に流れで、個人と社会の「あり方」が問われて来ていると思います。

私は「ただ生きることではなく、いかに生きるか」が大きなテーマになっていると思うのです。

「生きるとは?」・・・自分はどのように生きたいのか?

そして、その答えを出せるのは自分しかいないのです。

と言っても、すぐに答えられません。

自分はどのように生きたいのか・・・

わからずに生きている人も多いのではないでしょうか・・・

私は・・・生きていく上で大切なことは・・・

① 「生きがいを持つこと」です。

② 「好奇心を持って学ぶこと」です。

だと思います。
 

2018年3月 5日 (月)

難しい超高齢化社会

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超高齢化社会をどう生きればいいのか?

2025年には日本の人口の3人に1人が65歳以上の「超高齢社会」となるという、若い世代は社会をどう支えればいのか?

かつてなら、数が少なかったゆえに大事にされてきた存在が、世の中にあまっている存在になってしまったら、そのポジションや存在感が変わってくるのはある意味で仕方のないことです。

高齢者が当たり前のように多くいる社会というのは、少し前までの日本ではあまり意識しなかった環境であり、当然ながら社会の中での様々な摩擦やトラブルも生まれてきます。

作家の五木寛之さんは、そうした社会の雰囲気を「嫌老社会」と名付けています。

「“嫌老”から“賢老”へ」です。

3人に1人が高齢者となる時代、五木さんによると、深刻な“嫌老”社会にならないためには、一人一人の高齢者が“賢老”、つまり賢い老人になって、自立した人間として生き生きと暮らせる世の中になることが大切だということです。

五木さん「若い青壮年の方たちが、今に給料の半分ぐらいを社会福祉の方に天引きされるという現状になった時は、『子供たちを養わないといけない。高齢者を支えなきゃいけない。じゃあ俺たちはどうなるんだ』ということに・・・

そういう世代の抵抗感と言いますか、プレッシャー、そういう感情が、ある種の“嫌老”と言いますか、“厭老”と言いますか、『あの連中がいるから俺たちが大変なんだ』みたいな、そういうことになっていく可能性があると思う」

ピンピンころり(PPK)で逝きたい。

年をとってもピンピンしている健康長寿の人は、あまり多くはありません。ただ長生きするだけでなく、私しが望むのは、亡くなる直前まで元気に活動する(PPK)・・・不幸にして長期の寝たきりになって亡くなるネンネンコロリ(NNK)にはなりたくないものです。

片倉城跡公園の桜で思う

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「年々歳々花相似たり、歳々年々人同じからず」

春になると、この言葉をよく思い出します。

花は年ごとに変わることなく咲くが、人の境遇は年ごとに変化していく・・・自然が変わらないのに対して、人の世ははかなく移りやすいものです。

子供のころに見た桜・・・大人になって見た桜・・・「桜の花」ということには間違いはありませんが、決して同じものではありません。

私たちの町に昔から湯殿川が流れいます。護岸工事で蛇行から直線的になって風景は違ってしまいましたが、川の水は今も、西から東へよどみなく流れています。桜の木は、日々歳を重ねますが、春には花を咲かせます。

「諸行無常」・・・

毎年、片倉城跡の桜を見て思う、自分自身も間違いなく変わっているのです。私が子どものころの、湯殿川で泳いたり、洗濯したりし、田んぼに水を引いたり・・・人々は、川に関わり合ってきたのです。私たちの片倉町には、開発されて田んぼはもうありません。

今、湯殿川の河川管理通路の直ぐ傍に、桜の木を始め色々な花を植えて、片倉城跡公園は整備され、八王子市でも屈指の公園となっています。毎年春になると、色々な花が咲きますが、人は毎年同じでない・・・実感しています。

2018年3月 4日 (日)

事故を起こしてからでは遅い

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「自動車免許更新のお知らせ」が届きました。

80歳の私は、車の運転免許を返納しようと思います。

昨年も、「無事故・無違反」で表彰されていますが、「高齢者による事故」は変わらず・・・テレビや新聞のニュースで報道されています。

「アクセルとブレーキを踏み間違えた」「信号を見落とした」などで、痛ましい交通事故のニュースが後を立ちません。

私は、「24年間…交通安全指導員」…3回「事故無違反で表彰」・・・安全運転には自信があると思っていても、心身の衰えは否めません。とっさの判断能力は衰えは謙虚に認めざるを得ません。

車を運転出来ないと確かに、行動範囲が狭まります。「事故を起こしてからでは遅い」のです。私は、家族から特に「車の運転は辞めて」と言われていません。

「免許返納」少し迷いはあっても「これも人生の過程」・・・車のない、日常生活に早く慣れるようしなければと思います。

2018年3月 3日 (土)

桜の名所片倉城跡

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城跡の 桜の枝先 まだ硬し

桜の名所の片倉城跡は

ひっそりしています。

「城跡は 目覚めぬ草木 春浅し」状態です。

 花見は例年ですと・・・今月の末になろうかと思います。 

2018年3月 2日 (金)

住んで良かったまちづくり

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誰にとっても・・・暮し続けて、住んで良かったと思えることです。みんなが暮らしやすい・美しい環境や社会をつくることです。

○ 暮らし安さ・・・不便や不自由がないということ。

○ 地域の人たちと仲良く交流でき、安心して暮せること。

隣の人に会ったり、近所のお店の前を通ったりするときに、「おはようございます」・「こんにちは」と、あいさつをすることです。

同じ地域に暮らす人たちの顔が分かり、気軽にあいさつできるようであれば、住んでいて楽しいし、なんとなく安心感があります。

それにこのような隣近所との関係は、住民の地域に対する関心は高く、犯罪がおきにくい、安全なまちづくりにつながります。

自然環境を大切に・・・

私たちの町には、湯殿川・自然が残る片倉城跡公園があります。ホタルや、カエル、たくさんの昆虫などいました。川には、多くの種類の魚がいました。

子ども達にとって、自然の生き物を大切にすること・・・また、郷土の歴史を学ぶことは、心の豊かさに繋がるのです。郷土を愛そうとする、心情や態度を育てることは意義深いことであります。

そして、私たちの住む地域には、大地震などの災害が発生した時に、自力で避難することが難しい方々が暮らしています。また、災害で怪我を負い、支援が必要になる可能性は誰にでもあります。

災害による被害を減らすには、日頃からの備え(自助)と地域での助け合い(共助)が欠かせません。日頃からの地域の関係づくりが大きな防災力となって、いざというときの助け合いにつながります。

“せちがらい”世の中

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“せちがらい”

とは・・・生活していきにくい・暮らしにくい・住みにくいことです。

昨今は、誰も他人のことをあまり思いやらなくなった?急がしすぎるのでしょうか?思いやるゆとりさえなくす・・・そして、他人と関わり合うのさえ厭になってしまった?

親は子の世話をしなくなり、子は、親の面倒を見なくなる・・・それで足りなくなったところを教育制度や介護制度、福祉制度に求めるようになってしまいます。

会社は、会社の都合だけで社員を雇い・・・社員にとって会社は、生活費を稼ぐだけの場でしか過ぎなくなります。

国に、国民は、要求だけをして国に尽くす事を忘れた・・・誰の助けもいらぬと言う社会は、社会としての本質的機能、相互互助の精神を失ってしまう。

人と人との関わり合いの中で、社会は形成され、また必要とされます。人と人との関わりそのものを否定し、喪失したら、社会なんて無意味なものになってしまいます。

基本的な人間の“きずな”の大切さを知ること・・・

私は絆とは「感謝の心」の形だと思います。絆は望んで得られる物じゃないと思います。生まれつきしゃべる事ができたり、ひとりでトイレにいくことができる人間なんていません。

誰かが教えてくれたり、話しかけたりしてくれたから、それを覚える事が出来たのです。そういうことのひとつひとつに「感謝の心」がもてれば、人を思いやる気持ちが生まれ、その結果が絆となるのです。

2018年3月 1日 (木)

春のあらし

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「春あらし 過ぎて一転  暑くなり」

「春台風 冬将軍は 北に退く」

「荒れるだけ 荒れて冬往く 春嵐」

今朝は、雨戸を叩く風雨で目覚ます・・・

日本列島を西から東に、春あらし到来・・・

関東地方は今日の未明から風雨強まって、交通機関にも、影響が出たという。

天気予報では東京地方は、気温が沖縄県より高い22℃の予報・・・吃驚です。

低気圧の塊は、北上し、今日から~明日にかけて北海道へ大雪をもたらすようです。

善く生きる

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人は平等に年を取りますが、その年の取り方によって、その人が放つ光は異なってきます。

若い時の輝きは、それほど差はないかもしれないませんが、年齢を重ねたうえで出る輝きはその人のそれまでの生きざまそのものが現れます。

善く生きるとは・・・」

ギリシアの哲学者ソクラテスの言葉に・・・「最も大切にしなければならないのは、ただ生きることではなくて、善く生きることである」・・・あります。

 つまり「正しく生きること」であり、他人の生命や物を奪うような「不正」を決して行わない事だと説いたのです。

現代社会では、他人を騙したり、蹴落としたり、出し抜いたりしてまで、ひたすら利己的に「自分の利益」や「欲望」の為に不正を行い、それで何かを得て「自分は幸福になった」と思い込んでいる人が少なくありません。

ソクラテスは「真の幸福とは、ただ己の欲望を満たすことではなく、人間らしい『正しく健やかな魂をもって生きること』そのものにある」と考えです。

人はそれぞれ、自らの魂に「知恵」「慈しみ」「愛」「勇気」「節制」「正義」などの「徳」を備えることが大切であり、自らの魂に「徳」が備わり「優れた働き」が出来る様に、常に心配りすることを忘れてはならない・・・と言うことです。

私は「善く生きる」ことは、修行であると思います。どんな人生であっても毎日「善く生きる」ということを心に誓うことは大変な努力が必要で・・・『修行』だと思いす。そしてこの「修行」は例外なく「苦行」です。

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