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2018年2月22日 (木)

自然の摂理に生かされいること

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夜…暗くなったら寝る・朝…明るくなったら起きる・・・

私たち人間は、自然の摂理(法則・ルール)に基づいて生きています。すなわち、人間は太陽と水、空気をはじめとする大自然の無償の恵みを頂き生きているのです。

人間中心主義の近代文明は、今や限界に来ていると思えるのです。私たちの住む、地球上に生き物の頂点に立ち、思うがままに生きてきたのです。このままでは人類そのものの存続が危うくなってきました。

この文明の危機を乗り越えるには、人間も太陽・空気・水といった自然のめぐみによって命を与えられ生かされている一つの生き物ですから、大自然の摂理にもとづいた、人間として望ましい生き方を心がける事です。

私たちは「生きてきた」のではなく、目には見えない大いなる力、宇宙の生命を動かしている何かによって(太陽・空気・水等)「生かされている」のです。

そして、誰でも納得できる客観的な基準にもとづいた、大義なんてないから争いが絶えないのです。

まさに現代は嵐の海を羅針盤のない船で、航海しているようなものです。どちらへ進んでいいのか判らない。早く羅針盤を取り付けなければ沈没してしまいます。

客観的基準にもとづいた世界共通の大義とは、私達人間も生かされている地球の摂理、大自然のルールにもとづいた人間として望ましい生き方です。

「こころ」はだれにも見えないけれど…

「こころづかい」は見える。

「思い」は見えないけれど…

「思いやり」はだれにでも見える。

「こころ」は行いになってはじめて見えるのです。

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