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2018年1月

2018年1月24日 (水)

春の訪れを待つ

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今日は、何十年ぶりかの、厳しい寒波が襲ってきたということです。

「厳しきも 春のちかづく 喜びが」

 一年を省みたときに、嘆き悲しむ日もあるけれども、厳しい冬から春に近づくかのような喜びもあります。

 一年(ひととせ)は、人の生涯と言い換えてみると・・・

一年のなかにもさまざまな出来事が起こりますように、人の生涯においても、嬉しいことも楽しいこともあれば、辛く苦しいことも起こってくる・・・ということです。

また、嬉しい・楽しい時は一時(ひととき)のやすらぎのように感じますが、辛く苦しい時はやけに長く感じたりするものです。

 時には、もう笑える日なんか来ないんじゃないだろうか・・・とさえ思う時もあります。

けれども季節と一緒で、寒さの厳しい冬が終われば必ず花咲き乱れる春が訪れてくるように、辛く苦しい日の後には笑って暮らせる日が来るものです。

2018年1月23日 (火)

雪の思いで

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「南岸低気圧」で昨日は東京で雪となりました。

…日本列島南岸を発達しながら東に進んでいく低 気圧のことで、東京地方に春先に多いと印象があります。

子供のころ、2月ごろから3月始めごろかけて、雪は降った印象があります。竹馬で、庭を歩き回った記憶があります。また、ザルで仕掛けを作り、雀を捕ったり・・・

「雪やこんこん、あられやこんこん」の歌を歌ったのでした。

1 雪やこんこ あられやこんこ

  降つては降つては ずんずんつもる

  山も野原も わたぼうしかぶり

  枯木残らず 花が咲く

2 雪やこんこ あられや こんこ

  降つても降つても まだ降りやまぬ

  犬は喜び 庭かけまはり

  猫はこたつで丸くなる

昨日、雪になって、交通機関が大変でしたが、昔と現代の生活(暮らし)が大きく変わりましたが、ゆったりした暮らしも味わいがあって、いいものだったと懐かしく思い出しました。

2018年1月22日 (月)

運を天にまかせる

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いま、私は「脊柱菅狭窄症」の病気で苦しんでいる?

?(ハテナ)をつけたのは怪我と思っているからで・・・病気ではない・・・と思っている。(発症したのは、重たい物を持った次の日だからだ…)また高齢(80歳)だから・・・

どっちでもいいか・・・でも腰の痛みは右足まで痛く、歩くどころか、立ってまともに歩けない状況となり整形外科に診てもらっている。

レントゲン・CTの検査を行い、飲み薬を処方され、飲んでいるが、一向に痛みは取れないでいる。そして、明日1月23日一泊入院し、造影剤を注入するミエログラフィー検査をする。

明日はあいにく、大雪予報で車で行けない?心配だ。

「運を天に任せる」

これも、何かのめぐり合わせだ。誰のせいでもない、自分に課せられた運命だと思って・・・焦らず、落ち着いて最善を尽くそう。

2018年1月21日 (日)

季節の移ろいを楽しむ

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アッというまの時は過ぎてしまいます。

今年も、1月21日となり・・・「早いなぁー今年もう21日過ぎた」「早いなぁー」と、ため息をつくばかり・・・年をとってつくづく早く感じます。こうも慌ただしい日々が続くとついつい口から出てしまうから困ったものです。

それは同時に季節を感じる余裕すら無くしてしまっているのではないかとすら感じてしまう。つまりそれは春に桜、夏にはバラ、そして秋にはコスモスなどの季節を感じる草花を愛でたりする余裕すらなくなってしまっていると言うことです。

その瞬間を大切にする」と言う感覚

「その瞬間を大切にする」・・・と言う感覚の欠如が意味するものは感覚から感性へ、そして感情へと失うモノがやがて大きくなるのではないでしょうか・・・。

季節の移り変わりというのは単なる暦上のものではありません。桜が咲く頃に新しい事を始めたくなったり、朝夕にじんわりと広がる肌寒さに秋の訪れを憶えるといった具合に・・・

私達は視覚や肌感覚、味覚といった五感を総動員して感じています。そしてもう一つ、季節の移ろいを感じられるものがあります。それは「果物」です。旬の時期に収穫された果物は季節の変化を手に取って触れる形にしたものです。

「梨のおいしい季節になりましたので贈ります」と手紙を添えた果物を受け取ることで「ああ、今年も夏が終わって梨のおいしい秋が来たんだな…」と高い秋空をまっすぐに見上げ、爽やかな錦秋に心踊らせます。

旬のおいしい果物が新しい季節がやってきたことを教えてくれるわけです。

2018年1月20日 (土)

心豊かな人間

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心豊かな人間とは

豊かな人間性(心)=他人を思いやる心や感動する心 

「平凡=非凡」

ある意味、非常にあたりまえのことが大事だということです。むかし義父が常々言っていたことですが、「普通の生き方が出来れば、最高の幸せなんだ」と言っていました。

○ 自分を着飾らない

 誠実さ・謙虚さがある。自分に対しても、他人に対しても正直である。素の自分である。過大評価(無理に背伸び)もしないし、過少評価(変に自信を卑下)もしない。

○ 他人を尊重している

 感謝心がある。自分の周りの人(親兄弟・親族・友達・先生など関わる人全て)を尊重している。個々の個性を理解し、相手を馬鹿にすることをしない。自然体でどんな人とも触れ合う。

○ 自分らしい生き方を選択している

 自分らしさと向き合い、(正解とか不正解とかは関係なく)自分らしい生き方を選択している。自分の等身大(自分が許容できる範囲)でモノゴトを選択しているため、どういった選択をしたとしても楽しくしている。

以上・・・=文部科学省・・・HPより

2018年1月19日 (金)

人を思いやる心と自然を大切に

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人を思う心を育む

自分を大切にしようとすれば、自ずと他のものも、大切にしなければならなくなります。「人を思う心」がなくては人と協力して、生きていくことはできません.。

大切な、周りの人の幸せを願うと、お互いの心の距離が狭まり・・・見返りへの期待に執着すると、お互いの心は遠ざかります。

倫理を守る

周囲をみると、行動といい…考えといい…どこか狂っているとしか思えないことが最近、多いと思います。常態から考えると、理解できないことばかりです。

組織や集団の内部では、社会倫理や規範が形骸化し、「赤信号、皆で渡れば怖くない」の風潮が蔓延し、ルール違反が、日常茶飯事になってしまったように思えます。

人間社会全体にとっては円滑な日常を送るために「秩序」が大切だと思います。世界そのものに関しては、全ての生き物の命を左右する、「自然環境」を守ることです。

2018年1月18日 (木)

信頼感は安心感

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最近ですが病気になり、今まで出来ていた動作が出来なくなり、心身とも落ち込んで・・・「適切な治療」と「心の支え」、が大切と、病気をして実感しています。

人は心の支えなしには生きていかれません。けれど、間違ったものを心の支えにしてしまうと、かえって辛くなるばかりです。

適切な心の支えが大切・・・つくづく思うのです。「信頼感は安心感」です。やはり信頼できる人からのアドバイスは、心の支えとなるのです。

人生は、一寸先は闇…とはよく言ったもので、人生を辛いと感じていたとしたら、それは、間違ったものに心を向けているからかもしれません。「人生を楽しい」は苦しい試練を乗りこて来たからいえるのです。

年をとっても、夢と希望を、周りの人たちの心の支えあっていく・・・人生のゴールはないのです。辛いことがあっても 「また先にもっと大きな幸せがある」と思えばよいのです。

2018年1月17日 (水)

季節は巡り続ける

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季節のめぐりを確かめる心にゆとりを持とう・・・

今日は冬の土用の入りだそうです。(夏の土用はよく聞きますが…)季節は巡り続けます、2月4日の立春まで・・・

「田子の浦に うち出(い)でてみれば 白妙(しろたへ)の 

                            富士の高嶺(たかね)に 雪は降りつつ」 …山部赤人

毎日、忙しくしていると、つい季節がゆっくりと変わっていくことも気づかずに、過ごしていたりするので、たまには短歌でも読んで頭を解放させてみることも…

今年は寒く、北陸・新潟・東北地方は雪が多いです。お見舞い申し上げます。

今日(1月17日)は。1995年(平成7年)1月17日死者6435人の犠牲者を出した、阪神淡路大震災が起きた日です。

2018年1月16日 (火)

人生80にして思うこと

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人生は山あり谷あり…

決して平坦な道ばかりではない。

けれども、人生の道から逃げることはできない。

一歩また一歩と歩み続けなければならない。

「苦しまないで楽しようと思ったって…人間なかなかそうはいかない。」

「楽しようと思ったら苦しまなきゃダメだ。」 桂歌丸氏の言葉)

人生は楽しいこともあれば辛いこともあります。

辛いことがあるからこそより楽しみを感じられるのです。

下り坂・上り坂・まさかの坂もあるのです。

2018年1月15日 (月)

悪行は無くらない

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新年早々、いやな事件のニュースを見聞きし・・・

安心安全な社会にしたいものです。

残念なことに現在でも、犯罪や社会悪(貧困や差別など)は無くならず、人間を苦しめています。では、この先もずっとこのような悪は無くならないのでしょうか・・・

将来的に悪が完全になくなることはないでしょう。悪が現在よりも減ることはあってもゼロにはならないでしょうね。

それは、人間には自由意志というものがあり、その自由意志を行使するのは自分自身だからです。人間はロボットのように善のプログラムを忠実に再現出来るものではありません。

ですから、自由意志を行使できる人間の意識が変わらない限り「悪」というものは無くならないでしょう。個人が「悪」という失敗に気づいて意識が変わらないと「悪」という結果をくり返してしまうのです。

この世界には、完全に善だけしか行わない、完璧な人間は存在しません。人間は必ず何らかの悪(失敗)を経験しており、何らかの欠点があるものです。また、人間は三毒(貪・瞋・痴)は消せない。 

逆に言うと、もし人間が善だけを行って、悪(失敗)を行わないようにできているならば、存在価値がありません。最初から完璧な人間がいるとしたら、進歩向上する意味がないので存在している意味も無いからです。

人間は進歩向上して喜びを感じるために、存在しているのですが、困難や苦しみが無ければ喜びを感じることもできなくなってしまいます。

「反面教師」という言葉がありますが、「悪」が存在することによって人は「悪いことをしてはいけない」と学び、「善」が存在することによって人は「善の大切さ」を学びます。

2018年1月14日 (日)

優しさと思いやりの違い

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生きていくためには、「向こう三軒両隣」のコミュニケーションが大切です。それには、「譲り合い・助け合いの精神」が大事です。

そして、日頃のおつきあいは、「優しさと・思いやり」が大切ですが、優しさと思いやりの違いがあります。優しさがなくては、思いやりもないのではないかと思います。

厳しい人は、何時でも何処でも誰にでも厳しい一面しかないのでしょうか?・・・優しさを知ってるからこその厳しさもあるのです。

表面だけの優しさしかない人も多くいますが、思いやりを持った人たちもいます。本人たちもそれは分らないです。でもそれって明確な答えがなきゃいけないのでしょうか。。。

優しさの一つに「思いやり」があるのだと思うのです。

私は、「優しさって必ずしも無償じゃなく、見返りや下心がある」…と思います。本人はその気はなくても、優しくした相手に応えてもらえなかったら・・・「あんなにしてやったのに」って感じることは、何処かで自分がしてあげた分の、見返りを求めてたからだと思います。

思いやりは全くそういうのはなく、また見せつけたり、相手に恩を着せるようなものでもなく、本当に純粋に相手のことを考えた行為だと思います。

2018年1月13日 (土)

新春の湯殿川は

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昨日(1月12日)新春恒例の「歌会始」が皇居で行われました。お題は「語」でした。

来年のお題は「光」です。

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新春の 

......... 光を浴びて 

........................鴨つがい

..................................愛を確かめ  

................................................ゆどの川岸

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新春の

      光を浴びて 

                  鯉の群れ 

                           泳ぐ光景 

                                    勢いを増す

2018年1月12日 (金)

自己のマナー・モラルの再チェック

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「規律性」・・・

社会のルールや組織内やグループの決まりごと、人との約束を守る力のことです。これは基礎力というよりも社会人としては持っていて当たり前のこと、つまり一般常識やマナーといえます。

一人の人間として社会のルールや約束を守って生きるのは当然で、これができないと職場や地域社会の一員として受け入れられない可能性もあります。

単に約束事を守るだけなら誰でもできますが、情況に応じて自分の行動を律することが社会人としては求められます。他人が見ていない場所では、仕事をサボるようでは規律性があるとはいえません。

社会人基礎力では、規律性を「社会のルールや人との約束を守る力」と定義し、行動例を「状況に応じて、社会のルールにのっとって、自らの発言や行動を適切に律する」としています。子どもの頃から言われ続けているような内容です。

社会のルールを認識し、そこから外れた行動は取らない、他人との約束は守る、さらには他人に迷惑を掛けない・・・などを心がけたいものです。

これらは社会で生きていく上では最低限必要なことで、これができなければ人からの信用をなくし、社会から受け入れられなくなるでしょう。

私たちの個人のマナー・モラルの再チェックしよう。

「地球環境が大変です」・「自然や生態系を守りましょう」・「地球にやさしく」…地球環境の危機を伝える情報と、この問題への取り組みを呼びかける言葉が今、世の中にはあふれています。

それらは、他人事のように思っている人が多い・・・と思います。反省して、私たちの町が住みよい町にしたいものです。

2018年1月11日 (木)

時代の流れの速さに

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2018年新春を迎え、時の流れの速さを感じます。

世の中の移り変わりが速い 近年、時代の移り代わりが速いと実感している今日この頃です。

1年前は新しかったかたことが、今はもうすでに古くなっている・・・変化の波が激しく、変化の方向も一定じやぁありません。

また、あなたが興味を持てるものが次から次への創られてきます。そして、1年もするとそれは陳腐化してしてしいます。

この変化の渦に巻き込まれ、自分を失っては、ハッピーな人生は歩めません。環境にコントロールされる人生ではなく、自分のしっかりした軸をもった人生を歩むことが、いま益々重要になった時代になったといえます。

自然の流れに身を任せた生き方」・・・ 自分のしっかりした軸をもつことにも通じます。そして、ワクワクした成功人生を歩むことができるでしょう。

時代を読むことの難しさ

「プロ棋士」などは、100手先を読むといいますが、これから来るであろう時代のために、準備をしっかり読むことが必要です。

それらが判れば、あらかじめ来るであろう災難を最小限に食い止めたり・・・逆にビジネスをつかむチャンスに変えたりできます。

2018年1月10日 (水)

仕事とは

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私は現在、定年(60歳)でリタイヤして、今は年金暮らし、夫婦で暮して26年、子供二人独立させ、孫四人(上は19歳)・・・新しい年を迎えることができました。

「仕事を」について考えてみる

『仕事』とは、人の幸せのために尽くし、自分も幸せになることです。「仕事は神聖」…どんな仕事でも(犯罪は除く)尊いことです。

人には与えられたなすべき使命 というものがあります。その使命というのは利他愛に生きることにより、人を幸せに導き、 自分自身も人間的に向上することです。また、生きることの本当の意味を知り、死ぬこと への心がまえを持つことができます。 

自分は、一人で頑張って生きていると思っても、誰でも、多くの人に支えられて生きているのです。また多くの人を支えて生きられるのです。その手段が「仕事」です。

いい仕事をするね

いい仕事をするために大切なのは、まず気持ちです。「いい仕事をしよう」という気持ちがあるから、しっかり気合が入り、能力を正しく発揮できるようになります。

仕事の結果のもとをたどれば、気持ちです。気持ちがあるから行動があり、行動があるから結果が生まれます。

思いが強ければ、貫く力も強くなります。完璧にできなくても、せめて完璧を目指す姿勢だけは持ちたい。まくいかないこともあるかもしれませんが、うまく生かせようという気持ちが大事です。

2018年1月 9日 (火)

思考停止について

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「思考停止」

・・・自分自身で物事について考え、判断することをやめてしまうこと。 

思考停止が習慣化してしまうと、人の成長は止まります。仕事をするにしても、日々生活を送るにしても、思考停止している人よりも、常に考えている人は、良い結果が生まれることは間違いありません。

知らぬ間に思考停止に、陥っている人も多いと思います。思考停止の原因を知ることで、改善していき、常に考えられる人へと、変わって行くと思います。

現代は情報社会

情報は至るところに溢れています。その情報をすべて同じ重みで扱っていると、情報対処ができなくなって、思考停止に陥りやすくなります。

不必要な情報を無視して、当面必要なものだけで、仮定していく考え方を身につけましょう。但し、その仮定に固執しても思考停止と同様の状態になってしまいます。

『不必要』と判断した情報にも鍵をかけず、情報のデータベースの引き出しにしまいこむイメージで、必要になれば再びアクセスするような、心持で情報を管理していくことを、日常化させていく事が必要です。

また、別の思考方法として予めゴールを選定し、そのゴールに最短でたどりつける情報のみを活用していく思考方法もあります。日常に流されて惰性感覚で生活をしている状態も、ある意味、思考停止と言えるかもしれません。

目的を見出して活性化せることが、望ましいのは言うまでもありませんが、まずは行動を変えてみるところからアプローチしてみるのもお勧めです。例えば、いつも通いなれた道を通っていれば新しい発展の道はありません。

いつも通る道でない道を通ってみると、意外な発見があるものです。このように、ちょっとした行動を起こしてみることから、始めてみるのです。目的が見いだせなくても、行動を起こしながら探してみることを怠らないことで、思考は活性化していくのです。

2018年1月 8日 (月)

なるほど・・・年の功

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【亀の甲より年の功】

年長者の豊富な経験は貴重であり、尊重すべきものだということです。

亀は万年生きると言われており、それに比べれば人生の八十年程度は短く感じるとしても、年長者の経験から身につけた知恵や技術は貴ぶべきだという意味です。

“年の功”とは良く言ったもので人生を積み重ねてきた方が残す言葉には重みがあります。
含蓄に富んだ『人生の教訓』・・・であります

つもりちがい・・・十か条

1 高いつもりが、低いのは・・・教養

2 低いつもりが、高いのは・・・気位

3 深いつもりが、浅いのは・・・知識

4 浅いつもりが、深いのは・・・欲の皮

5 厚いつもりが、薄いのは・・・人情

6 薄いつもりが、厚いのは・・・面の皮

7 強いつもりが、弱いのは・・・根性

8 弱いつもりが、強いのは・・・我

9 多いつもりが、少ないのは・・・分別

10少ないつもりが、多いのは・・・無駄

むかし、親父から教わりました。なるほど・・・感心したものです。

2018年1月 7日 (日)

心の豊かさとは…正月に思う

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心のな豊かさは、最低限度の物質的な豊かさが必要だと思います。

その上で何気ない日常にありがたみを感じることができれば、精神的に豊かだと言えるのではないでしょうか・・・

何もないところに穏やかさを感じ、心穏やかに過ごす。また何もないところから笑いや楽しみを生み出し、身近な人と楽しく過ごす。

そんな何気ない日常が、悪くはないというだけでなく、何気ないありふれた日常に、ありがたみや幸福感を感じるようになれば、それは心が豊かなのだと思います。

天気の良い日の心地よさや、頬を伝う風の心地よさなど、自然の与えてくれる心地よさは、日常から感じることができるはずです。

幸せの型を自分で決めてしまって、自らそこに捉われてしまえば、そうした日常の幸せは、心が感じ取れなくなってしまうように思えます。

そういう意味では、心の豊かさは、型に嵌(は)まった幸福感に捉われていないことで、ふとした幸せを、心が感じ取れる状態と言えるように思います。

また心が豊かであれば、人に与えることができ、人と分かち合うことができる状態だとも思います。

自分が得ること、それはもちろん大切なことではありますが、必要以上の物を求めず、「足るを知る」感覚があれば他の人と分かち合うことは可能なはずです。

そういう意味では欲が少なく、人と分かち合うことができる状態が、心が豊かな状態だといえると思います。

2018年1月 6日 (土)

これからの時代の生き方…人生観

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今の若者は、どのような人生観を持っているのでしょうか・・・自分の意志で、将来を生きて行きたいと思っているのでしょうか・・・現代は確かに価値観の多様化しています。

判断次第で、いかようにも異なる未来が、切り開けると信じる人もいれば、将来はすべて決められた道のりの上にあり、毎日はその道を歩むだけと考えている人もいます。

現代の人特に「ゆとり世代」は未来に対して希望も持ちつつ、不安もかなり増大していると思います。その原因となっているものは、「人生における選択肢の多様化」です。

学び、遊び、恋愛、結婚、出産・育児、職業生活等、人はライフイベントごとに選択肢を持ち、選択し続けます。あ

尊敬する人(見習う人)・・・父親、高校の先生、上司の部長、ビル・ゲイツ、坂本龍馬などなど、偉人や歴史上の人物、著名人から両親や身近な職場の上司まで、何の脈絡もなくバラバラにいろんな立場の人たちがリストアップされると思います。

PCやスマホがなくたって十分にコミュニケーションを取れていた時代に生きていた人たちが、それらなしでは日常生活もロクに成り立たないとなれば、苛立ちを覚えて当然でしょう。

新しいキカイを前にどうしたものかと立ちすくむと「情弱」と蔑まれ、私はアナログでいいんだと自分に言い聞かせようとすれば「オワコン」の烙印を押される?

時代の変わり目というのは、そういうものなのかもしれない。だが、加齢の価値がこれほど暴落する世の中は、決して出来のいいものじゃないでしょう。

今は情報強者として振る舞っている世代だって、デジタルネイティブにどんどんやられていくだろうし、その10年、20年先はまた別のキカイに馴染んだ世代が台頭して、上を旧世代扱いしていく・・・

人口の多い高齢者のご機嫌取り政策ばかりで、若い人たちの問題が軽視されている?といったシルバー民主主義批判がよくされていますが、どうしてすぐそういう世代対立に話をもっていくのだと思います。

人はみな歳をとる・・・安心して歳をとれるから、若い人たちも頑張れるのです。加齢を喜べる世の中じゃないと、全世代が前を向けません。

形骸化した年功序列は最低だが、「長幼の序」自体は必要です。逆風は吹き荒れるばかりだが、年長者は踏ん張らなければならないと思います。

起きた結果には原因がある

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私は昨年の12月始めに、腰に激痛が走り、整形外科医に診察をうけ・・・「脊柱菅狭窄症」と診断され、1ヶ月経ちましたが、まだ右脚が痛くて歩けません。

横になって眠れない。症状が続いています。血液の流れを良くする飲み薬を飲み、腰部固定バンドを締めていますが、改善しません。早く、治したいのですが・・・近所の経験者に聞いてみて、時間が掛かるとのことです。

病気をして分かる健康のあり難さ

生きていくと、病気や怪我…思わぬことが起きるものです。年をとり「無理しないこと」と分かっていても・・・防げないことがある・・・つくづく思う今日この頃です。

結果には原因があります。起きることに偶然はなく、すべて必然なのです。そんな時に、どんな対応をするかでその後の人生は決まってくるのだと思うのです。

今大事なのは、「どうしてそうなったかではなく、これからどうするかなのです」・・・と思っています。

2018年1月 5日 (金)

生きる目的とは

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結論から言うと、より良いものを次に(後世=子孫)残すことです。

それは、自然環境の保守であったり、心を高めること…魂を磨くことにあると思います。また、昨日よりましな今日・・・今日よりよき明日であろうと、日々誠実に努めること・・・その弛まぬ精進・・・と思います。

地道な日々の営む仕事や生活・・・つつましき求道(悟りを求めて修行)に、私たちが生きる目的や価値がたしかに存在しているのではないでしょうか。

心を高めるために与えられた期間であり、魂を磨くための修養の場です。人間の生きる意味や人生の価値は心を高め、魂を錬磨することです。

現世に生き、さまざまな苦楽を味わい、幸不幸の波に洗われながらも、やがて息絶えるその日まで、「倦(う)まず弛(たゆ)まず」一生懸命生きていくことです。

自己の人間性を高めること、精神を修養し、この世にやってきたときよりも、高い次元の魂をもってこの世を去っていく…私はこのことより他に、人間が生きる目的はないと思うのです。

「人の役に立つ、社会に貢献するのが生きがいである」という人もいます。あるいは「人生は愛する人のためにある」…と考える人もあります。

自分も若いころは(ときどきは今でも)「何か目標をつくり、それをやり遂げる情熱と、やり遂げたときの達成感が生きる原動力である」と考え、それらを行動のよりどころとしてきました。

しかしそういう意義や目的を考えられるのは実は恵まれた状況にあるからかもしれません。一方で、さまざまな理由で生きるだけが精一杯であったり、歳を取って社会に役に立たなくなったり、あるいは健康を害して人の世話にならざるを得なくなる可能性も大きいのです。

そうなると生きるのも苦しくなります。しかし生き物の世界を見るとそんな悩みはもともと存在しないのではないかと思います。

本能として、次世代にいのちを繋ぐこと、そしてそのために存在することが本来の意義であり目的であると教えてくれているようです。人間も、何のためでもない、ただ生きるのが目的、本当はそれでよいのだと思えてきます。

2018年1月 4日 (木)

大自然に生かされている

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世界情勢は、一刻の猶予もなく激変しています。

経済力ある大国が、地域の国々を支配するという傾向は、すざましいものがあります。最近中国の経済力は「一帯一路構想」で、実力を誇示しようとしています。人工島などで、南シナ海進出は地域の国々に脅威を与えています。

島国日本にいると、天変地異の災害を除けば、混迷の世界情勢が波及しないのか、あたかも真空の無風地帯にいるかのような錯覚におちいっている人もあるようです。

核装備で、朝鮮半島情勢で緊迫の度が高まっています。中東では相変わらず戦禍がたえません。ヨーロッパにおいてもアメリカ大陸でも経済をめぐる大きなうねりが生じています。

ドナルド・トランプ米大統領の、エルサレムをイスラエルの首都として正式に認めると発表しました。中東の和平プロセスに逆行し、ますます不安低下させる要因となってしまったよです。

しかし、人間の力には限界があり、「大自然に生かされている」のです。これを忘れてはいけません。

新しい年を迎え、宇宙のリズムに即した生き方を、考えてみることが大事なことかと思います。人間界は騒がしくとも、山川草木の自然のいとなみに変わりはありません。人間世界は混迷していますが、宇宙の法則は何ら狂うことはありません。

2018年1月 3日 (水)

傘寿の不安と悩み

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国立社会保障・人口 問題研究所の推計によると、平成47年には. 65歳以上 人口の割合が33.4%、75歳以上人口の割合が20.0%となりが高齢者になるという。

今は、貧困や介護など高齢者を取り巻く問題が毎日のようにニュースで取りざたされています。最近ではデイサービスが増えたり以前にくらべて施設に入りやすくなったそうですが、費用が上がるなどして施設を出ざるを得ない人も増えているそうです。

それで3人に1人が高齢者と言われたら自力で生きるしかない。けれど、辛いことばかり考えていてもなぁ…

老夫婦二人だけの暮らしで、80歳の私は、1ヶ月前(2017年12月4日発症)に「脊柱管狭窄症」で(何もできない)苦しんでいます。妻の介助でどうにか自宅療養していますが、「もし妻が倒れたら…」が頭をよぎります。

終の住処(ついのすみか)だと思っていた我が家を出て、老人施設を検討せざるを得ない状況が差し迫っている・・・不安が毎日の生活の中から感じられる状況です。

そんななか、おざわゆきさんの漫画「傘寿まり子」が話題になってます。80歳の高齢者を主人公にした漫画が発売されたのです。介護保険もどうなるかわかりません、これから高齢者にかかる世代は本当に厳しいと思わざるを得ません。

私の中で80歳という年齢は、60歳くらいで老いを意識し始めたとすると、歳をとったという感覚が身近なものになっている、いわば老いのベテランです。平均寿命が伸びて人生80年と言われる中で、気力を持って自分の人生について考えられる一番最後の時期じゃないかと思うのですが……

2018年1月 2日 (火)

人生は自分作りのドラマである

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今・・・80年の時を経てマンガの本・・・児童文学者の吉野源三郎…

「君たちは、どう生きるか」が話題になっています。

マルコム・マゲリッジ(イギリスのジャーナリスト・作家、1903~1990)の名言に…

「人生はドラマであって成り行きではない 」 あります。

人生とは、ドラマであり、登場人物の意思や行動によって、未来が決定されるもの・・・成り行き任せに勝手に進んでいくものではない。 ということです。

人は人それぞれのドラマの主人公です。人が生きる意味・・・ 夢や希望を成し遂げる(追い求める)ことです。

夢とは?

 夢と言うと2種類あります。ひとつは「寝ている時に見る夢」、もうひとつは「将来に対する夢」です。未来に対する願望を表す夢は、「希望」とも言い換えられます。

インド独立運動の中心的人物だったマハトマ・ガンジーは次のような言葉を残しています

『人間とは、思考の産物に過ぎません。自分が考えたようになるのです。』

夢とは希望であり、願望の先にある姿でもあります。しかし、ある意味で現場に満足していない自分がいるからこそ、憧れる姿や、やってみたい仕事像が浮かぶのです。

現実とは?

働き方と照らし合わせて考えるのならば、「現実」は生活するための働き方ともいえます。やりたいことや夢はあるけれど、それでは生活ができないから、現実的な仕事を選んでいる人も多いのではないでしょうか?

哲学者ニーチェは

『生きる「理由」がある人は、ほとんどどのような類の「生き方」でも耐えることができる。』
という言葉を残しています。

現実的な生き方を選ぶのには理由があるはずです。それは家族のためだったり、自分の将来のためだったりと、ニーチェが言うように耐えるに価する時間のはずです。

2018年1月 1日 (月)

2018年明けましておめでとうございます

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2018年「年明けましておめでとうございます」

英語・・・「Happy New Year 」

フランス語・・・「Bonne année ボナネ」

ドイツ語・・・「Ein gutes neues Jahr アイン・グーテス・ノイエス・ヤール」

ロシア語・・・「С Новым годом ス・ノーヴィム・ゴーダム」

中国語(北京語)・・・「新年快乐…シンニェン・クワイロ」

ヒンディー語(インド)・・・「नया साल मुबारक 」…発音分らない。

宇宙の規則正しい動き

大宇宙の中の一つの星、地球…人間は今76億人住んでいます。太陽系の地球は、太陽を365日をかけて回っています。地球は24時間でひと回りしています。それは46億年前の地球誕生から続いています。

私たちの住んでいる地球を未来永劫、平和で安心して暮せる星を維持していきたいものです。それには、世界に住む人間の役割は、重いものがあります。

宇宙の法則に生きる

人間の科学・文明が発達したとしても、時間を止めることは出来ません。大宇宙の法則は絶対です。人間は自然に生かされているのです。その事をしっかり認識する考え方が、世界平和に繋がるのです。

人付き合いで大切なこと

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人の生き方・考え方はそれぞれです。「十人十色」です。

人付き合いで大切なのは、相手の気持ちを理解することです。たとえば、相手が悲しんでいるときは、その気持ちを理解しながら励ますでしょう。

自分にも同じ経験があれば、相手の立場が想像でき、励ましやすくなります。共感するだけでも、相手は「自分の気持ちを分かってくれた」と思い、癒されるはずです。

しかし、それでもある程度までが限界です。人の心は繊細であり、完全に理解するのは難しい。相手の本当の気持ちは、相手にしか分かりません。

込み入った事情や複雑な過去が絡んでいるときに抱く気持ちは、超能力でもないかぎり、完全に理解するのは困難です。

では、相手の気持ちを完全に理解するのは諦めるしかないかというと・・・そうではありません。たしかに相手の気持ちを完全に理解することはできなくても、完全に理解したい気持ちは必要です。

完全に理解したい気持ちを持って接すれば、言葉が足りなくても、気持ちは自然と相手に伝わります。

できないから諦めるのではなく、できるところまで挑戦することです。理解したいと思うからこそ、ますます想像力が膨らみ、気持ちを理解する力が強くなります。

「大変だったね」「辛かったね」という一言でも、大きな癒しの力があります。気持ちを完全に理解してもらえなくても、その優しい心がけに、相手は救われるのです。

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