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2017年12月17日 (日)

ゴミ拾いをして思うこと

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ゴミ拾いをして思うことは「修行」と思って行っています。

「修行」とは、肉体を訓練し、その生理的欲求に禁圧を加えることを通して、精神の安定および神的なものとの交流や合一を達成しようとする自覚的な行為。(大辞林)

禅僧の修行の一つに「掃除」・・・一に掃除。二に掃除、三、四無くて五に、掃除としています。

○ 謙虚な人になれる

どんなに才能があっても、傲慢な人は人を幸せにすることはできない。人間の第一条件は、まず謙虚であること。

○ 気づく人になれる

世の中で成果をあげる人とそうでない人の差は、無駄があるか、ないか。無駄をなくすためには、気づく人になることが大切。気づく人になることによって、無駄がなくなる。

○ 感動の心を育む

感動こそ人生。できれば人を感動させるような生き方をしたい。そのためには自分自身が感動しやすい人間になることが第一。

人が人に感動するのは、その人が手と足と体を使い、さらに身を低くして一所懸命取り組んでいる姿に感動する。

○ 感謝の心が芽生える

人は幸せだから感謝するのではない。感謝するから幸せになれる。小さなことにも感謝できる感受性豊かな人間になれる。

○ 心を磨く

心を取り出して磨くわけにいかないので、目の前に見えるものを磨く。特に、人のいやがるゴミ拾いをすると、心も美しくなる。

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