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2017年12月

2017年12月31日 (日)

大つごもりで思う

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平成29年(1917年)も今日(おおみそか)

平成29年(1917年)も今日で終り・・・新しい年になります。

12月31日「大晦日(おおみそか)」・・・むかしは「大つもごり」も使われていました。

大つもごりといえば、私は樋口一葉をイメージします。そして、五千円札の顔として樋口一葉を知られています。

女性の紙幣は、一枚目は1881年(明治14)年発行の「神功皇后(じんぐうこうごう)でした。2004年(平成16年)二枚目の女性紙幣肖像画に大抜擢されたのです。

樋口一葉がえらばれたわけ

国全体で男女共同参画とか、フェミニストによる女性優遇が叫ばれていて、それが新札発行の際にも、まず、最初に結論ありきで、女性を入れるということが大枠で決まった。

本来なら、女性文化人として一番なじみがあり尊敬されているのは、乱れ髪の与謝野晶子なのですが、彼女の子孫が国会議員をしていますから、政治的中立で望ましくないということで、採択されない状態です。

それ以上の事情は知りませんが、要約すれば、① 女性を選ぶ、② 与謝野晶子はだめ(消去法)で落ち着きました。

樋口一葉・・・本名・・夏子
誕生年1872年・・・死没1896年ーーー24歳
東京生まれの小説家・・・「おおつもごり」「ゆく雲」「にごりえ」「十三夜」「たけくらべ」などです。

一葉といえば、貧乏・・・二十四歳の若さで亡くなるまで、一葉の財布に入った金は、決してそこに留まることがなかったのです。

私は、一葉がお札になったときは、なんとも皮肉な気がしたものだったのです。

2017年12月30日 (土)

絶望から希望へ切りかえ・・・

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「絶望・・・」

絶望とは、すっかり望みをなくすことです。

絶望から希望見出すには・・・“悔しい″という感情を持つことです。

今の状態でいるのが悔しい …

 このまま喜びも幸せも感じずに終わってしまうのは悔しい…

自分を諦めてしまうのが悔しい…

悔しいと思えば、こんな人生を続けるのはイヤだ ・・・

今とは違う人生をつくりたいという願望が出てきます。

これが「希望」です。

それには・・・

1 今まで頑張って来た→自分を慰めること。

2 過去にとどまった頭(取り返しのつかない過去についての感情)を⇒ゆっくり取り戻すこと。

絶望から希望の発想→キーワードは・・・「これでよい」・・・マイペースで再出発⇒

2017年12月29日 (金)

与えられた自分を生きる

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「ダメな母親でごめんね」…「立派な母親の私に感謝しなさい」…

相反する言葉をかけられたとしたら…私は前者の言葉に尊いものを感じます。

自分の至らなさを自覚している…人間のか弱さは、周りの人の優しさを引き出し、繋がりを生んでいるのではないかと思います。

人は生まれる環境を選べません

また人間は生まれながらに、親も、時代も、国も、性別も、才能も選べません。自分の思い通りに生きようとする限り、境遇を恨み、他人を羨むしかありません。

与えられた自分を生きる

良いことも悪いことも含めて、自分を支えているものだと、受けとめられた時、新たな世界が開かれるのではないでしょうか。

与えられた環境で、与えられた能力や性質、さらにその環境や性質によって与えられるものによって性格や能力が作られていきます。

物心が付いて、自分の意志で動いているように見えても、その意志(価値観や判断力)は環境によって作られたもので、決して自分で選んだものではありません。

人は常に自分にとってよりよい、方向を選択して生きています。そしてその方向を決める価値観や判断力は自分で選んだものではありません。

天命に従って生きる

自然に従って生きるということです。では、どのような生き方が最も自然な生き方かといえば、宇宙の流れに従った生き方です。宇宙の川の流れの中で生きているのですから、川の流れに従って生きることが「もっともらしい生き方」です。

それが、一番自然であり、適切な生き方です。自然と…そうしてしまうこと、本来人間は、人と人の繋がりを持ている性質が備わっています。そんなに努力しなくてもできること、目一杯、頑張らなくても、できることを生かして生きることです。

2017年12月28日 (木)

ココログを書きつづける

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ココログを書き始めて(2006年3月21日)今日まで・・・

12年3ヶ月になります。

「日記・コラムつ・ぶやき」を毎日書き続けてきました。

ちなみに、今日までのアクセス数は、85万…

記事数7、550です。

毎日書く・・・拙い内容ですが、生きているあかし?

私の考え・自己主張・その日の記録などを記して置く・・・

目的そして、ボケ防止と思って書いてきました。

これからも書き続けたいと思います。

 「名も名花」

http://kawahata-m.cocolog-nifty.com/blog/

言葉の力

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言葉を通して、その方のお人柄が伝わってきて、とてもしあわせな気持ちになります。

言葉って、すごいですね。真心がこもった言葉…いい言葉は人生を変えます。偽らず、飾らずに人に接すれば、交際術のようなものを使わなくても、心は必ず相手に通じます。

人間は、それぞれ考え方や、ものの見方が違うのが当然です。その違いを認め合い、受け入れられる広い心を持つことが大切です。

「価値観の違い」「考え方の違い」「性格の不一致」などという言葉を聞きますが、そもそも自分と同じ人間は存在しないのです。不幸を知っているからこそ、幸福の重みがわかるのです。

「優しい言葉は、たとえ簡単な言葉でも、ずっと心にこだまする・・・」マザーテレサ

思いやりの言葉というのは・・・

たとえ一言でも、簡単なものであっても・・・

相手の心の中で、勇気・元気・癒しとなり永遠に、響き渡ります。

そして、自分の心へも…必ず響き返ってくるのです。

2017年12月27日 (水)

心と心のつながりの大切さ

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今年もあとわずか(5日)…来年81歳で思う。

人の一生にはさまざまな苦しみがつきまとうものです。

病気や死への恐れ、人間関係から起こる悩み…ときには、自分の思い通りにならないことに対して憤り、その苦しみに振り回されてしまうこともあります。

できることなら苦しみに振り回されず、安らかに生きたいものです。人はひとりでは生きていけません。多くの人つながりで(支えあって)生きています。

人と人との支え合いには、やはり個人的な意思を超えた、縁という深い力が働いています。

夫婦の間にはもちろん、友人の間にも、また会社の上司や同僚、隣人との間にも、個人的な意思の力を超えたこの縁の力が働いていて、その力によってお互いが結びつけられていると考えられるのではないでしょうか・・・

私は、1945年(昭和20年)終戦直後に、物不足で食べることにせい一杯の生活を経験しています。現代の使い捨ての物の豊富な時代です。その慣れの果て?が…一人で生きていけると、勘違いしている人が多くなっていると思います。

いま、大切なのは人の心と心のつながりです。

私たちは、隣近所でといわず、今それぞれにもっている人と人との関わりを、もっともっと大事にしていく必要があるのではないかと思います。

日ごろ、なにげなく受けとめている人、この人とのつながりも、実は世界の何十億という人の中から、深い縁の力によって選ばれ、結ばれた結果です。

そう考えて、そこに感謝と喜びの心をもち、そのつながりを大事にしていく・・・そういうところから、お互いの心もよりスムーズに通いあって、ほんとうに力強い真の人間関係も育まれてくるのではないかと思います。

2017年12月26日 (火)

ローマ法王のメッセージ

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ローマ法王のクリスマスメッセージは、「思いやり満ちた世界に」…呼び掛けました。

地球上において、戦争や争いがない平和な社会を、誰もが望んでいます。しかし難民、飢えで苦しみで、明日の命さえ不安が拭えない今日の世界です。

フランシスコ法王は25日、バチカンのサンピエトロ広場に集まった大勢のカトリック信者を前に恒例のクリスマスメッセージを読み上げました。

このなかで、アメリカのトランプ大統領がエルサレムを一方的にイスラエルの首都と認めたことをきっかけに、緊張が高まっている・・・
イスラエルとパレスチナの関係について、「双方が対話を再開しようとする意思が大切であり、2つの国家の平和的な共存を認める解決策は可能だ」と述べ、改めて対話を通じた和平の実現を呼びかけました。

また先月から今月にかけてみずからミャンマーとバングラデシュを訪問し、イスラム教徒の少数派、ロヒンギャの避難民と面会したことに触れ「少数派の尊厳が十分に守られるよう、国際社会が努力を怠らないことが私の願いだ」と述べ、国際社会が少数派の人々の支援にあたる重要性を訴えました。

さらにフランシスコ法王は、北朝鮮による核・ミサイル開発で朝鮮半島の緊張が高まっていることについて「対立が解消し、相互の信頼が醸成されることを願う」と述べ、平和的に事態が収拾されることに強い期待を示しました。

老人力を生かす社会

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老齢(高齢)化・・・社会が進む日本社会です。

老化がすすむと、体力も気力も衰えてくるから、何をするにも持続力がなくなり、疲労の回復力も低下します。

筋力が落ちるとちょっとしたことで足腰に疲れがきて、筋肉痛になったり、歩行さえも困難になります。動作がとろくなり、つまずいたり、転んだりします。

私は、12月に入り、最近、老いからの病気?脊柱管狭窄症…で苦しんでいます。

確かに、老いにともない、耳が聞こえにくくなり、視力も衰え、物忘れ、思考回路も衰え判断能力が弱くなることは実感しています。

また、これまでにできたことが、できなくなり、何をするにもついおっくうになってしまいます。また、病にかかりやすくなり、快復力も衰え精神的に気弱になります。

そして、やがて自分で何ごともできなくなり、他の人の力を借りなければ、生活できなる不安な気持ちになります。

でも・・・老いることで悪いことばかりではないはずです。

年の功で、人生経験が豊かになり多様な判断能力が身について、なにごとにも偏らずに多角的に理解しようとします。

相手の気持ちも受け入れようとする寛容な気持ちの余裕もできて、自己本位の思いをおさえて、相手の立場に立って理解できます。

さらには人をおしのけて進むことよりも協調性を重んじたり、対決軸を持とうとしなくなります。このような「老人力」をどのように社会的子孫繁栄のために発揮するのか、これが長寿の課題であると思うのです。

2017年12月25日 (月)

自然に生かされている人間

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宇宙ステーションの存在など、忘れるくらいの慌しい年の暮れです。

いま、現在日本の宇宙飛行士の金井宣茂宇宙飛行士が・・・6ヶ月滞在予定で、宇宙で活躍されています。

夜空に、きれいに輝いている星をながめて、自然の中に私たちは生かされている・・・を考えてみました。

人間の考え方そのものを見直す時が来ています。自然にいかされる私たち、であることに気付くことなのです。

間のために自然を利用して、人間が自然を支配し、地球の、宇宙の主導権をにぎることを競った時代はもう終わりました。いえ、終わらせなければならないのです。

人類は今こそ 東日本大震災や、またそれに続く大型台風やハリケーン、天地自然の大きな変動を目の前にして、成長しなければならないのです。気付かなければならないのです。

「人間が自然を支配する」・・・そんなことは不可能であり、根本的な考え方が間違っていることを知らなければなりません。

人は自然に生かされている

「生かされている」ということは、自分以外の何者かの意志が働いていると言うことだとすると、人なり、生物なり、自然界なり、「何かと繋がっていること」・・・と解釈できるのではないかと思います。

つまり、何らかの恩恵を互いに分け合って生きているということで、「相互扶助」、または、「共生」という関係がそこには成り立っていると言えます。

これに、積極的に関わりたいという意識が働くと、「生きたい」となり、関わりを絶ちたいという意識が働くと「死」を望むということになります。

「生きている」には、「生かされている」という受動性と「生きたい」という能動性と二つの性質があって、それぞれが絡み合っているのではないかと思います。

受動的になったり能動的であったりは、人生の中で移り変わり、どちらが優位に立つかは、その時々で変わるのだと思います。

2017年12月24日 (日)

故郷を懐かしむ

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「ふるさと」懐かしく思い出すのは、年をとったせいかなぁー

それとも疲れているのかなぁー(私は生まれも育ちも、今住んでいる土地です。80年も前を、思い出すと、想像も付かない風景となっています。)

故郷の「故(ゆえ)」という字には、「事の起こるわけ」そして、「昔と変わらない」という意味がありますが・・・私たち人間は、生まれ育った故郷の水を飲み、空気を吸い、故郷の土で育った食べ物で成長しました。

つまり、生まれ育った昔のままの故郷の土に還りたいと、無意識に身体で覚えているのでしょう。それは無意識に懐かしむのは、自然のことかも知れません。

郷土意識・・・郷土に対する自意識として形成される観念。郷土はある個人の生まれ育った土地であるとともに、生活様式や思考形成など自己の人格形成がなされる場でもある。(世界百科事典)

♪兎追いしかの山~

♪春の小川はサラサラ行くよ~

♪めだかの学校は~

どの童謡も作者が故郷で体験した…川・山との触れ合いがきっかけとなっています。

そんな触れ合いを多くの人が自分のふるさとでの体験と重ね合わせて共感するから、今日まで世代を問わずたくさんの人に歌い継がれてきたのだと思います。

2017年12月23日 (土)

品格がないアメリカ

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ドナルド・トランプ大統領の「エルサレム首都認定」の発言

エルサレムはイスラエルの首都」「在イスラエル米大使館をエルサレムに移転する」と言うトランプ発言、「何故この時期に?」と言う疑問があった。

ドナルド・トランプ米大統領は20日、21日に開かれる国連総会でエルサレムをイスラエルの首都と認定した米国の決定に反対する決議案の採決をめぐり、賛成票を投じる国への援助を停止すると警告した。

品格がないドナルド・トランプ大統領のアメリカ

「俺に従わなければ恵んでやらない!」・・・これがドナルド・トランプ大統領の本音だろう。エルサレム問題、正に「見苦しいアメリカ」の姿を世界に曝け出した・・・「品格ないアメリカ」と言った方が正しいかもしれない。

アメリカよ…「何様だと思ってるんだ!」

減税法案が通るかどうか不安もあり、年内に一つでも公約を実現しておきたい、焦りがあったのだろうか・・・(米下院は20日、連邦法人税率を35%から21%に引き下げる税制改革法案を再採決し、賛成多数で可決した。)

これからは、肩の力を抜いて生きよう

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生きづらい世の中です。

急かされ、比べられ、すぐに結果を求められる時代です。自分を犠牲にしてまで、無理をして頑張ってしまう人がます。

心がボロボロになっていく

真面目だから、休むことも頼ることもできない・・・繊細で優しい性格が自分自身を苦しめてしる?それでも、この生きづらい世界で生きていくのです。世の中のせいにして嘆いていても何も変わらない・・・

考え方や見る角度を変えれば、今より楽に生きられる・・・いつからだって幸せになることができる・・・

どんなときも穏やかな気持ちで生きられる

視点を変えて観ることも・・・自分自身の人生を、自ら選びとることができるのだから。。。

人生は適当でいい

人生いい加減なぐらいで丁度いい・・・「いいかげん」は「良い加減」・・・自分の理想と違っても焦りや不安を感じたりしなくていい。
思い通りにはならないけれど、なるようになるのが人生・・・

もっと生きることを楽しんでみよう

人より上に立つ必要も多くを手に入れる必要もありません。自分に足りない「何か」を得ることが幸せに生きることではない。

これからは、肩の力を抜いて生きよう

迷ったときは「まあいいか」・・・ウジウジ悩んで、今を犠牲にするのはもったいない。

少しぐらい違っていても「まあいいか」・・・上手くいかないことがあっても「まあいいか」・・・難しく考えて人生を複雑にしなくていい。

心配しなくても、そう悪いことばかりは起こらない・・・人生案外なんとかなる?と思う。

2017年12月22日 (金)

人生は勝ち負けではない

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人生は誰かと競い合う場所ではありません。はじめから勝敗なんてないのです。

誰かと比べて勝った負けた、上だ下だと一喜一憂してもむなしいだけです。

人生は勝ち負けじゃない 人生に勝ち負けなんてないんです。 敵なんて、どこにも存在しません。 自ら敵を生み出しているだけなのです。

勝ち負けをつくり出しているのも、自分自身なのです。 他人を蹴落としても、あなたが幸せになれるわけじゃありません。 誰かが成功したって、その分あなたの幸せが減るわけじゃないでしょう。

勝たなくてもいい。 負けることを怖がらなくていい。比較して競い合う理由なんてない。 みんなで一緒に幸せに生きていくことができるんです。 そのことを理解していないと、どこまでいっても満たされないままです。

人生を勝ち負けで捉えているかぎり、穏やかな気持ちでは生きられません。 勝ち負けを手放した先に、心の平和があるのです。

私たちに敵なんてないのです。  他人は「敵」ではなく、共に生きる「仲間」 あなたが手を差し出せば、きっと味方になってくれます。

2017年12月21日 (木)

歴史を学ぶ大切さ

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沖縄の米軍の大型ヘリコプターの窓枠が、小学校の校庭に落ちたこと(事故)で・・・

死者が出なくてよかったと胸をなでおろす。

一方で県民は怒った

ところが驚いたことに、当の小学校に非難の電話が集中したという。なんという理不尽な・・・しかし理不尽はこれだけではなかった。

「やらせではないか」という考えられない邪推からでしょう・・・飛行場の近くに後から造ったのだから(そうじゃない)・・・と言う人もいたという。

「歴史を勉強の大切さ」

歴史を正しく知ることがいかに、大事さを改めて考えさせられます。

私は、今住んでいる町で、戦後のすざましい激動の歴史を、目にしてきた一人です。今があることは、善きつけ、悪につけ、多くの先人の考え方、懸命に取り組んだ働きがあって、今があるのです。

私たちは、将来に向け幸せに暮せるまちづくりを、造る努力を続けなければなりません。それには、地域の歴史を学ぶことは必須です。「私たちのまちの歴史を知る」ことです。

私たちは、八王子市片倉町の歴史を勉強し、将来に繋げる責任は今生きている人の使命であると思うのです。

 

 

2017年12月20日 (水)

損して得をとれ

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「損して得取る」ということわざがあります。

目の前の小さな損失をがまんして、将来の大きな利益を得ることのたとえです。

「損して得取る」の得は、本来損得の得ではなく、人徳の徳を書きます。

「金銭物質は損しても徳を取る」と理解することができます。

つまり、目先の損得に心をとらわれず、誠の道を実践していくことです。

社会は人の心によって作られ、動いています。

法律も人が作ったものです。

悪いことをすれば法によって罰せられますが、

法に罰せられるのではなく人の心に罰せられるのです。

「悪の栄えた例なし」ということわざの通り、

偽りの心で築かれたものは長続きしません。

心をきれいにして、本当の心によって,

築かれたものが社会に受け入れられ永く栄えていくのです。

2017年12月19日 (火)

ローマ法王の言葉を聴いて

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今朝のNHKラジオニュースを聴いて感動しました。

「東京の大学で学生とローマ法王が映像回線通じ対話」

東京都内の大学で、ローマ・カトリック教会のフランシスコ法王と映像回線を通じて対話する催しが18日に開かれ、若者への期待から宗教の在り方まで、参加した学生たちから多彩な質問が相次ぎました。

この催しは上智大学が企画したもので、バチカンのローマ法王庁と映像回線でつながれた大学内の会場には700人を越える大学生や高校生が集まりました。

対話では、8人の学生たちが英語や日本語などでフランシスコ法王に直接、質問をぶつけました。このうち、若者に期待や懸念はあるかという質問に対し・・・

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「今の若者は人生を急ぎすぎ、文化や歴史、家族などのルーツを見失っている。年を重ねた人たちとの対話を大切にして、過去を見つめながら現在に挑戦し、将来を見据えてほしい」と述べ、学生たちを励ましました。

また、少数派のイスラム教徒、ロヒンギャの問題が起きているミャンマーからの留学生が宗教の大切さについて質問したのに対して、「宗教は自分を成長させ、他人に奉仕するためもので、他人を傷つけるものではない」と述べました。

上智大学によりますと、ローマ法王が特定の大学と個別に対話の場を設けるのは極めてまれだということです。質問したミャンマーからの留学生は「ミャンマーのように複数の宗教の間で対立が起きている国では、法王が述べたように、互いを尊重することが大切だと感じた。多くのことを学ぶことができた」と話していました。

人間らしさ

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私は、人間らしさのある人が好きだ。

人間らしさとは・・・

人間らしさとは、他の動物にはない、相手の立場や心の中を思いやり、相手の身になって考えられる想像力を持っている生きもの(人)・・・です。

気配りができて、さりげなく押しつけがましくない言動・・・粋で上品な接し方が出来るなど、人間にしかできない心を持つことです。

機械のようではなく、血が通い、心があり、喜怒哀楽がある・・・ということです。

よいことも悪いことも考え、正しいこともするが間違ったこともする、時に賢く、時に愚かでもあり、コンピュータにはプログラムしきれない、人間ならではの思考や行動をすることです。

2017年12月18日 (月)

処世術の寸言

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何かと忙しい世の中、いつも追われて余裕がなくなってくると、何となく気短になります。

また、心も角張ってちょっとしたことで、腹が立つようになり、了見が狭くになりがちで、何かと言うと、自己中心の考え、になってしまいます。

「気は長く、心は丸く、腹立てず、人は大きく、己は小さく 」

達磨大師の言葉といわれていますが、いわゆる処世術に対する寸言だと思います。心は丸く腹を立てず、人間の度量は大きく広く、それでいて自己主張は小さく控えめに・・・ということです。

常日頃からこの言葉を、心掛けて生活するようにしておけば、特に対人コミュニケーションの面で、困ったり波風立てたりすることは、ないと思います。

逆に考えると、こうした心づもりで普段から生きてゆくのは、言うほど簡単ではない、ということにもなります。

そんなときにちょっと落ち着いて、この名言を思い返してやれば、起こさなくても良いいざこざを未然に防ぐことができる・・・かも知れません。

他の大多数の処世術ってのもやっぱり同様で、普段覚えているだけでは役に立たないものであって、いざと言うときに思い返せなければ、意味を成さないわけです。

「気心腹口命」・・・これも達磨大師の言葉です。

「気は長く 心は丸く 腹立てず 口慎めば 命長かれ」という意味です。

反対に、沈黙ほど雄弁な語り手はいません。語らないのに、その声は誰よりも優しく、重厚で奥深いものです。

2017年12月17日 (日)

子供の徳育の大切さ

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自己中心主義の人が多いと感じる今日この頃です。

自己中心主義とは、「他人のことを気に掛けず、自分のことしか考えてないこと」です。

子供の成長期に、家庭での徳育・しつけで、私は教育学者の三つこと(あいさつ・ハイと返事・片付ける)が大事で、どうも現代の社会構造で、(男は仕事・女は家庭・子供のしつけ)出来ていないのではと思います。

都市化や地域における地縁的つながりの希薄化、価値基準の流動化等により、保護者が自信を持って子育てに取り組めなくなっている状況があります。

さらに、こうした家庭における子育て不安の問題や、子ども同士の交流活動や自然体験の減少などから、子どもが社会性を十分身につけることができないまま小学校に入学している。

そのことにより、精神的にも不安定さをもち、周りの児童との人間関係をうまく構築できず集団生活になじめない児童になってしまっています。

○ 小学校低学年の時期における子どもの発達において、重視すべき課題としては、以下があげられる。

①・・1「人として、行ってはならないこと」についての知識を身につけさせることです。

①・・2「感性の涵養や、集団や社会のルールを守る態度など、善悪の判断や規範意識の基礎の形成」が大事です。

②・・自然や美しいものに感動する心などの育成です。

自己中を変えるのは・・・

自分一人で生きられない、多くの人によって生かされている、弱い自分を知り、全てに、謙虚になる事から始まります。

ゴミ拾いをして思うこと

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ゴミ拾いをして思うことは「修行」と思って行っています。

「修行」とは、肉体を訓練し、その生理的欲求に禁圧を加えることを通して、精神の安定および神的なものとの交流や合一を達成しようとする自覚的な行為。(大辞林)

禅僧の修行の一つに「掃除」・・・一に掃除。二に掃除、三、四無くて五に、掃除としています。

○ 謙虚な人になれる

どんなに才能があっても、傲慢な人は人を幸せにすることはできない。人間の第一条件は、まず謙虚であること。

○ 気づく人になれる

世の中で成果をあげる人とそうでない人の差は、無駄があるか、ないか。無駄をなくすためには、気づく人になることが大切。気づく人になることによって、無駄がなくなる。

○ 感動の心を育む

感動こそ人生。できれば人を感動させるような生き方をしたい。そのためには自分自身が感動しやすい人間になることが第一。

人が人に感動するのは、その人が手と足と体を使い、さらに身を低くして一所懸命取り組んでいる姿に感動する。

○ 感謝の心が芽生える

人は幸せだから感謝するのではない。感謝するから幸せになれる。小さなことにも感謝できる感受性豊かな人間になれる。

○ 心を磨く

心を取り出して磨くわけにいかないので、目の前に見えるものを磨く。特に、人のいやがるゴミ拾いをすると、心も美しくなる。

2017年12月16日 (土)

信じることが出来れば・・・幸せ

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幸せとは・・・

現状に満足し、もうこれ以上の上を目指さなくなることです。

そして、信じることが出来ることです。

自分の人生は、自分が心の底で信じることです。

「自分は幸せである・・・」と、信じなければ、幸せになることはできません。

信じることができないで、不安のままでいると・・・

幸せは遠のいて、いつになっても、幸せは掴めません。

今の現象的にどうであれ、今が幸せと思えることが出来ることです。

今が自分は幸せであると、自分に言って聞かせることが大事です。

幸せは、他人の評価ではなく、自分の心の中にあり、信じれることです。

信じられることが出来れば「感謝の心が生じます。

自分が「良くなる」「幸せになる」と信じられると・・・

心が明るく元気になり、明日に対して希望を持てるようもなり、笑顔も自然となります。

そして 他の人にも優しく親切に接することが、できるようにもなれるのです。

信じることが、信じるものを 呼び込むのです。

2017年12月15日 (金)

懐かしいこの時期の童謡

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今の時期・・・童謡

文部省唱歌で「冬景色」「冬の夜」は、

いい歌ですね・・・心が洗われる思いがします。

今でもしっかり覚えています。

「冬景色」…作詞、作曲ともに不詳

さ霧消ゆる みなとえの
舟に白し 朝の霜
ただ水鳥の 声はして
いまだ覚めず 岸の家

からすなきて 木に高く
人は畑に 麦を踏む
げに小春日の のどけしや
かへり咲の 花も見ゆ

嵐吹きて 雲は落ち
しぐれ降りて 日は暮れぬ
若(も)し灯火の 漏れ来(こ)ずば
それと分かじ 野辺(のべ)の里

「冬 の 夜」…作詞・作曲は?編曲は若松正司。

ともしび近く  衣縫う母は
春の遊びの 楽しさ語る
居並ぶ 子どもは 指を折りつつ
日数数えて よろこび勇む
いろり火は とろとろ 外は吹雪

いろりの はたに 縄なう父は
過ぎしいくさの 手柄を語る
居並ぶ子どもは 眠さ忘れて
耳をかたむけ こぶしを握る
いろり火は とろとろ  外は吹雪

2017年12月14日 (木)

地球が危ない

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地球の温暖化は大きな危機的問題です。

地球温暖化とは、気候変動の一部で、地球表面の大気や海洋の平均温度が長期的に上昇する現象です。

パリ気候変動協定とは、地球温暖化防止を目指して、温室効果ガスの排出についての2020年以降の各国の取り組みを決めた国際的なルール。

2015年12に国連の会議「COP21」で190カ国以上が合意し採択されました。

2016年11月4日に発効され、法的な効力を持つようになった。現在、147カ国・地域が締結しています。

世界の人々が温暖化の強い危機感を持つことです。

世界国々の目標

①・・・「産業革命前からの地球の気温上昇を2℃より十分低く保つ。1.5℃以下に抑える努力をする。」

②・・・「そのために、21世紀の後半に世界の温室効果ガス排出を実質ゼロにする。」

日本の目標

2030年度の温室効果ガスの排出をに2013年度の水準から26%削減することです。

地球温暖化に危機感を・・・

東京都の調査(2003年調査)では、東京都民の9割以上が都の温暖化に強い危機感を持っているという。

私たちにできること 

小さなことでも一人ひとりが実践・・・日常生活で常に電気・水などで、省エネを考え実践していくことです。

2017年12月13日 (水)

地域社会の課題解決は・・・

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誰しも一人では生きられません。「自分さえ良ければいい」では社会は成り立ちません。誰もが、いつまでも元気でいられません。

地域社会・・・ひとり暮らしの高齢者のコミュニテイの問題・防災・防犯に、空き家問題・自然環境の問題など、私たちが生きていく上で、安心で安全なまちづくりは、時代と共に変化しています。

人は毎日一生懸命生きています。

昨日と今日では違います、むかしは、“こうだったから”で良かったでは済みません。昨日まで元気でしたが、今朝は起きられません?雨戸が開きません・・・また明日は分りません。

支え合いに地域社会

いつもの通りの生活が突然にして、命に関わるような(病気・怪我・天災など)ことが起ったときには、「遠い親戚より近くの他人」です。それには日ごろからの「声かけ」が大事です。

毎日の“あいさつ”から、“困ったときには、“お互いさま”の精神が大切なのは、、言うまでもありません。「ひとり暮らしの○○○○のお婆ちゃん、今朝はカーテンが開いていない・・・ゴミ出しがしていない・・・どうしたのでしょう?」。。。心配りが大切です。

考えてから行動するのではなく、行動しながら考える。社会課題の解決策は、実践のなかからしか生まれません。

2017年12月12日 (火)

生きる姿勢を考える

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利他心を養う

利他心・・・他人の利益を重んじ、他人が利益を得られるようにと振舞おうとする心です。思いやりの心を持つことにつながります。

私たちは、他人との関係の中で、平安で幸せな生活を営むことができるのです。ところが、今日の社会は、多くの人々のストレスの発生源となり、孤独の場となっているような感がします。

ある人は、孤独は山や野になく、里や町にある。しかも多くの人々の間にあるという意味のことを言っています。このように今日の社会は科学文明は発展したが、人の心は栄養失調に陥っています。

人は人にとって支え合う関係とはならなくなり、お互いに信頼関係を失ってしまっています。実際に人の最も恐れているものは、幽霊でもなく他の動物でもなく、自分と同じ人間そのものです。

このように人間関係を崩壊させたのは、一体何でしょうか。その原因となる要素は、人の心の中に存在しているのです。

自己中心と傲慢

人の心には、「自分さえ良ければ・・・おごりたかぶって人を見くだす・・・」これは、多くの人が潜在的には持っているものです。

人間は本来そういう欠点を持った存在なのです。私たち人間は、学習や社会生活の訓練によって、人間の本来持っている自己中心性と傲慢性を抑制する、能力を身につけることで、社会をよりよくしていくと思います。

人間関係を崩壊することなく、他人の能力と各人の自尊心を尊重して、楽しい幸せな社会生活を築く努力は、私たちに課せられた課題です。

生きる姿勢を正す

日常の生活で悩み苦しみと向き合い、それを解消し、また上手くつきあえる、そのような体質に自分を改善する。そのために「生き方上手の術」を身につける自己訓練をしていくべきです。

2017年12月11日 (月)

一日をちゃんと生きる

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私たちは子供のころに・・・

「夢を持ちなさい」・「希望をなくさないように」・・・と親や先生に言われながら育ってきました。

誰れでも・・・何かに向かって、○○○こうなりたい…○○○こうしたい…夢・希望があります。

年齢と共に少しづつ変わっていきますが、努力して夢・希望が少しでも叶えたら、また新たに夢・希望を持つ・・・これが人生大切な、生き方と思います。

一日一日をベストを尽くす・・・

夢・希望を持ち続け・一日一歩の精神で・・・努力!!努力している姿は、屈託がなく、清々しく思えます。いつも、生きる意味や、人生の価値は心を高めることは、心を強靭にすることです。

「ちゃんと生きる」

この「ちゃんと生きる」という事だけでも結構大変です。でも、そのような毎日を送っていると毎日の生活に充実感を感じられるし、一日が無事に終わっていく事に感謝の念が湧いてきます。

夢とか希望と言っていたものは、一日一生懸命ちゃんと生きていけば結果として得られます。でも、そのために、生きている訳ではないのです。目的ではないです。そんなものより、毎日「ちゃんと生きる」ことの方が余程大切だと思います。

2017年12月10日 (日)

感謝の心を持つこと

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人を思いやるという心を持つこと。

人を思いやるということは、外面では善い行為に見えても、それが本心や良心からではない・・・偽善であってはならないことです。

人は、まさに十人十色です。

あなたは、「人生で学んだ一番大切なこと」何ですか?何が一番大切だと思いますか?私は、80年生きて、学んだことは計り知れません。

一番大切なことは・・・「感謝の気持ちを忘れないこと」です。

世の中でいろんな事件が起こる度、人と人の繋がりについて考えさせられます。

これまでの私の人生にも、様々なドラマがありました。学んだことは数知れず。。。でも、それを人生に生かせているか・・・不十分と思っています。

ひとりでは生きられません。

ひとりで、生きているように思える時でも、必ず支えてくれている人がいるです。成功してしまうと、そのことを忘れてしまうのが人間というものなのです。

ただ生きていられることに「感謝の心持つ」ことで、成長があるのです。

2017年12月 9日 (土)

右足の脛が痛くて・・・

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脊柱管狭窄症

整形外科医に、レントゲンなどから脊中間狭窄症と診断されました。そして、痛み止めなどの飲みグ薬を飲んでいますが、眠れないほど痛くて辛いです。

netで調べてみる・・・

多くは加齢によって腰椎が変化し、脊柱管が狭くなってしまったために起こります。 ある調査では、患者数は240万人。そのうち、約70%は70歳以上であるという。また、70歳以上に限ってみると、女性患者が男性患者の2倍となっているそうです。

前日室内の片付けで、重たい物を持った・・・

日ごろから運動を心がけ、筋力をつけておくことや、労働、姿勢の悪さなどによる背骨への負担を減らすように心掛けていて・・・

毎日歩いているのですが、前の日に重たい物を持ったことと、なんせ80歳の高齢者です。腰の方は、3年前にも整形外科に掛かりました、その時の、レントゲンの画像を比べてみますと、やはり今回で脊椎の骨と骨の間が、より狭くなっているようです。

まぁー仕方がない・・・時間はあるのだから、あせらず、無理せず「治す」ことに専念したいと思います。

2017年12月 8日 (金)

76年前の記憶

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第二次世界大戦(太平洋戦争)は、76年前の1941年の今日(昭和16年12月8日)日本軍の真珠湾攻撃から始まった。

当時私は4歳で、何も分らなかったが、12歳上の次男(私六男)におぶさり、子守り「♪見よ東海の空明けて・・・「愛国行進曲」を聞いた覚えています。そして、父親が「戦争が始まった!・・・」と。

むかしは、兄弟が6・7人は普通(生めよ増やせよの時代)で、上の子供が下の子供の子守するのは普通のことでした。 また私は、兄の背中で、露営の歌♪「勝ってくるぞと勇まし。。。」など、軍歌を覚えました。

子守と、お使い、風呂の水汲み・風呂焚きなど、学校から帰っても、子供でも、出来ることをすること・・・空遊びは?、親はさせませんでした。

12月1日というと、「月立ち(つきたち)」が転じて「ついたち」とよばれ、朔日は「ついたち」と訓読みし、「朔」だけでも「ついたち」と読むようになりました。

ぼた餅を食べて、川に行き、お尻を兵衛川に浸ける風習がありました。その時・・・兵衛川は凍っていて、氷を割って浸けたこと覚えています。(現在では兵衛川は凍りません、温暖化が進んでいるのですね。。。)

2017年12月 7日 (木)

急に足が痛くて歩けなくなった

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昨日朝10時ごろ、庭の草取りをしていたら…

腰から右脚(特にひざ下が)突然、激痛がはしり・・・

歩くこと非常に辛くなり、妻に車で病院に連れて行って貰った。

病院でレントゲンを、撮ってもらったところ、

背骨の脊椎の間隔一が箇所…右と比べ左が狭くなっていると説明され…

「脊椎間狭窄症」と医師は判断されたのです。

病院で診察・飲み薬をもらう、待ち時間も足がつけなくほど、

痛く車椅子で、移動させてもらった。家に帰って来ても、歩くことが厳しく、

イザり状態で、トイレに行く始末です。

痛み止めの薬をもらって、飲んでいますが大変です。

2017年12月 6日 (水)

「共生き」世の中

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この世は「共生き」の世界です。

「共生」とは・・・

2種類の生物が、密接な関係を保って生活することにより双方が利益をえるような関係をいう。

の世で生きる・・・向上心と利他心

自己中心で行動すれば、共生き世界であるという道理にさ逆らってしまい、自己本位で生きようとすれば、どうしても生きづらくなり、悩みや苦しみが生じることになります。

それで、この世は共生きの世であるから、「利他心」があれば生きられるということでしょう。人は向上心があれば、不満心も、不安心も生じないということでしょう。なぜならば、自己の内心に問いかけて、自らの向上心をさらに鼓舞していこうと思うからです。

ゴミ拾い

ゴミ拾いをしていますと、「ありがとう」「ご苦労さん」と声をかけてくれる人がいます。私は、誰にも感謝を求めていません。「ありがとう」を言われることを求めていません。 ただ、その道を行く人達が気持ち良く歩けるようにと願い続けています。

平凡に生きる

今の日本は、自ら命を絶つ人が毎年多くの人がいます。それだけ、生きづらい世の中なのです。今の時代、平凡に生きるだけでも立派です。平凡に生きることすら難しい世の中なのです。 「平凡は非凡」です。

2017年12月 5日 (火)

人生に無駄な時間なんてない

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ずいぶん遠くに来たものだなぁー

「寄り道しても 回り道しても ふり返れば一本の道・・・

 人生の道草は やがて綺麗な花をつけていく」

自分のしてきたことは、やたら何でも素晴らしかった!」 たとえ無駄としか言いようのないことでさえも・・・今生きていられることは、「ハッピー!」だと思う。

とりあえず、過ぎてしまった「無駄」を、わざわざもう一度「無駄だった」と言い直す「無駄」よりははるかに、ポジティブ思考です。

転ぶことは誰だってあります、そこから何を学ぶかってことだと思います。きっと、今の苦しみが、次の苦しみを、乗り越えることに役に立つのです。

人生は一直線ではありません。通りたくない道であっても、通らなければならないこともあります。それも、修行?と思えば、気が楽になります。

2017年12月 4日 (月)

12月で思う

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今年も早くも12月・・・アッという間の一年です。

あまり忙しく、四季の移り変りも楽しむ心に余裕ない人もいることでしょう。

心のゆとり、ちゃんと持てていますか?大事なことです。落ち着いている人や、どっしりと構えていられる人は、やはり余裕があるからこそなんです。

人間は本来、自然の中で生きてきたのです。自然に生かされているのです。ありがたいことで感謝すべきことです。

自然を畏怖、畏敬し、そのなかで生きていくことは運命であり、だとしたら私たちは自然に従って生きなければいけないのではないか。

人間は、長い間、自然の中で静かに暮らしてきたのです。

科学の進歩で、暮らしは大きく変わり、自然に対する価値観も違ってきています。忘れてはならない「自然の中でしか生きられない」ということです。

私たちは、何が出来るかではなくて、出来るとか、出来ないとかにかかわらず、与えられた自然の大切さやかけがえのなさを体感し・・・その中で他の動物や植物たちと共に生きていくことを求められているのだと思います。

私た人間は、自然に打ち勝つことや、科学の万能性を証明することに、全精力を注ぎ続け、今では世界は酷い有様になりつつあります。

さまざまな環境汚染、公害、戦争、自然破壊、これらは今では普通に行われ、多くの場合、私たちの感覚は鈍ってしまい、それらの異常さにほとんど気がつかない。気がついていないのではないでしょうか・・・

2017年12月 3日 (日)

問題意識を持つこと

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「問題意識」

問題意識を持ち続ける人は、もしかしたら、幸せを実感する場面は少ないかも知れません。けれど、だからこそ人間としての成長(進化)し続けることが、出来るかも知れません。

幸せ力(目の前のことに満足する力)も大切ですし、問題意識力(広い視野で、現状に満足しない力)も大切。。。深いテーマです。

子供の間はそれで良いのかもしれませんが、大人になったときに求められるのは、「問題意識」を持ち、自分で判断し、「自分で決めて行動する姿勢」が問われます。

「気付く」→「決める」→「動く」→「継続する」

1.「気付き」とは…わかる、認識、感づく、見抜く、発見、理解、思い至る、見出す、心づく、悟る、かぎ分ける。誰かから教えられたり、指示されたりすることなしに、自分の内面から生じることです。

2.「決める」とは…本気にやる気になることです。○目標を持つ(期限付き)こと・○結果・・・明るい未来の自分を想像することです。

3.「継続する」とは…何事においても継続することは大変な努力が必要であり、地道な努力を続けていけば、やがて積み重ねが力となっていくのです。

2017年12月 2日 (土)

きれいな町にしよう

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「守ろうよ好きな町だら」

この町が大好きです。私はこの町に生まれ、育ち、今も住んでします。

豊な自然・片倉城跡公園、きれいな水の流れる湯殿川ある私たちの町、八王子市片倉町です。

心ない人で悩んでいます、ゴミのポイ捨てです。

それは、町を歩いて気が付くのですが、最近特に・・・歩道に散らばるたばこの吸い殻、植え込みの陰の空き缶、公園に残されたファスト・フードなどの包装容器などなど・・・

いうまでもなく、これら「ポイ捨てごみ」の散乱により、まちの美観が損なわれています。

「ポイ捨てごみ」がはらむ問題は、まちの美観にとどまりません。たばこのフィルターやプラスチック、金属類などの分解されにくい材質のごみが、動物の誤食やからまり以外にも自然に影響を与えていることは言うまでもないことです。

「ポイ捨てごみ」対策は、まちの美観、自然に与える影響の両面から、環境との共生をめざす片倉町のまちづくりにとって重要な課題です。

タバコの吸い殻はゴミです。

公園・まち広場・道路は・・・灰皿がありません。この町はみんなで住みやすく、安心・安全な町にしていくためには、一人ひとりの心がけでつくられるのです。

モラル・マナーを守り、美しい町にしよう。

人が見ていない・小さなゴミだから、犬の糞は自然に返るから?は絶対に困ります。今年も後1ヶ月です。きれいな町で、新しい年を迎えたいものです。

2017年12月 1日 (金)

社会人の基礎能力

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現代は、社会人の基礎能力が育ちにくい社会構造

「社会人の基礎能力とは何か」

(若者の精神的成長を促す社会づくりを (法政大学大学院 政策科学研究科 諏訪康夫・教授 より)…

コミュニケーション能力が不足していて意思の疎通ができない。

かつては祖父母やおじ、おば、同世代の従兄弟などが身近に生活していて、そうした人たちとのふれあいを通して、家族の中の自分のポジションを確認できたのですが、今はそういう機会も減っています。

核家族化、家族の少人数化で、両親の過剰な愛情のもとに子どもが育てられる傾向にあります。

地域社会も大きく変化しました。

1995年のデータを見ると、自営業で働いている人が56%もいて、会社に勤めている人は44%しかいなかったのです。自営業の大半は地域に根付いて商売をするなり、ものづくりをするなりしていたから、子どもたちの日常の行動範囲に、働く大人たちがたくさん存在していました。

つまり、地域には常に大人の目があったわけで、たとえ他人であっても、いたずらをすれば叱られる、危ない遊びをしていたら注意されるといった、ふれあいが、日常的にごく自然に行われていた。しかし、昼間に働いている大人たちが、子どもの周辺からいなくなった今、「地域の教育力」が極端に低下してしまったのです。

地域の教育力を高める方法の一つは、近隣の家族同士の付き合いを増やすことですが、日本という国は、家族社会学者が国際比較をしたところによると、珍しいくらい隣近所の家族との付き合いが少ないという。

とりわけ住宅地でその傾向が強く、会社内の縦の関係が付き合いの中心となっているため、地域の子ども同士の付き合いも減少し、仲間と遊んだりケンカをしたりすることを通じて、社会性が成長する機会も減っているのです。

このような社会構造ができあがった結果、コミュニケーション能力が育ちにくく、社会性を身につける上での基礎訓練が足りなくなってきたと考えられます。

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