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2017年10月10日 (火)

衆議院総選挙で思う

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05detohama11

衆議院選挙が今日から始まります。

政治とは・・・人間というのは、一人で生きるのではなく集まって社会というものを形成しています。 人間一人一人は、価値観も違えば、利害もあります。しかし、みんなが勝手なことを言っていれば、社会は崩れて無茶苦茶になってしまいます。

本来人間は動物ですから弱肉強食の本能を持っていて、そのような状態になれば殺し合いになるでしょう。

幸せなことに、私たちの住む日本は1945年の敗戦以来、約72年間もの間、戦争とは無縁の国で居続けることができています。私たちにとって、戦争とは「画面の中」や「教科書の中」での出来事だ、と言っても過言ではないと思います。

しかし、世界を見てみれば今現在も戦争が行われ、尊い命が失われているのも事実です。決して戦争は「過去のもの」ではないのです。今でもシリアなどの内乱状態が正にその状態じゃないでしょうか?

もしそうなれば、その集団の繁栄はないでしょう。なぜなら人間一人一人は、みんな得意分野も違って役割分担があるからです。

つまり喧嘩が強い人ばかりが生き残っても人間の社会は、発展しません。その紛争を解決するために、政治というものがあります。

だから、政治というものは、ある集団があった場合に内部で対立が起こった場合に話し合って全員が納得のいくルールをつくって、対立をなくして秩序のある集団にするための手段です。

その集団でルールに従わず秩序を乱すものは、警察力によって罰を与え服従させます。政治の治めるとは、秩序を作るという意味です。

今日から、立候補者がそれぞれの主張を訴えて、当選を目指して戦いが始まります。主義・主張を訴えのですが、私は、その人の過去の経歴・実践・人格と政治に対する姿勢が大事だと思います。

清廉潔白な人格者などこの世にはいない。立候補者の主義主張を聞いて、信用・信頼することですが、信じるというのは、頭で考えてするのではなく、心で思ってすることなのではないかと最近思っています。

頭で考えると、どうしても裏切られることを想像することになってしまい、信じられなくなってしまうような気がします。信じたいから「信じよう」と思い、余計なことを考えなければ、信じられるのではないでしょうか・・・

「信じたい」という中には、相手のためと自分のための両方があると思います。相手の立場になれば、自分を信じてくれる人がいてくれるだけでも、心の支えや励みになります。

また、人から信じられたら、裏切りたくない/裏切れないという気もちにもなるのではないでしょうか。自分のために人を信じたいということもあると思います。人を信じる自分でありたい、人を疑う自分にはなりたくないというような思いです。

「信じたい」という思いを大切にできたらと思うのですが、100%信じるのには危険性もあります。人によって信じる度合いがあっていいと思うのです。この人はここまでだったら信じてもいい、これ以上は信じられないという度合いです。

愛する人・幸せにしたい人はできるだけ信じたほうが、相手のためにも自分のためにも幸せだと思うのです。

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