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2017年10月

2017年10月31日 (火)

公徳心を持ってほしい

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毎日ゴミ拾いをしています。

ゴミはなぜなくならないか?

拾う人がいるから、なんとかごく狭い範囲の、見えるところは「まぁまぁ現状維持」を保っているよですが?・・・拾っている人から見ると、環境に対する認識が段々悪くなっていくように思うのです。

行政も、環境美化・ゴミ問題に力を入れていますが、まだまだ、一般市民の認識は足りないようです。「自分の家に捨てない」事から、自分さえ良ければ・・・の自己中の人が多くなったからだと思います。

また、ゴミは持ち帰るという考えがないからでしょう。ゴミは捨ててくるもの、そう思っているんじゃないでしょうか?

徳教育の大事さ

人は生まれて、親の躾けでモラルを…教えで、生きるための手段を親から学び…一人では生きて生けない事を家族から学び…幼稚園・学校・地域社会から人間社会で生きることの術を学び大人になるのです。

ポイ捨てする人が大人

子供よりいい年した大人が多いです。タバコの吸い殻は大人です。子どもは大人の仕業を真似します。「大人が捨てているから・・・いい?」と判断してしまうのです。

一般道路や公園・河川・海など公共の場では、ゴミは持ち帰りです。公共心・公徳心を持ち、地球に優しい環境づくりを考えてほしいものです。

「公共」とは社会一般。おおやけ。
「公共心」とは公共のためを思う心。社会の利益を図ろうとする精神。

「公徳」とは社会生活をする上で守るべき道徳。
「公徳心」は公徳を大切に思って守ろうとする精神。

 

 

自然環境を守る大切さ

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最近台風21号22号と、続けて襲来、日本列島に大きな被害が出ました。地震や台風など、人間にとって、今の科学の力では、どうすることも出来ません。

最近、「環境破壊」が大きな問題となっています。

「地球環境が大変です」「自然や生態系を守りましょう」「地球にやさしく」…地球環境の危機を伝える情報と、この問題への取り組みを呼びかける言葉が今、世の中にはあふれています。

人類による環境破壊が深刻化し、増えすぎた人口、化石燃料の使用が増え、その結果、大気中の二酸化炭素の濃度も増加しています。

また、世界的にみますと、水不足・食料不足など深刻な状況となり、核戦争・破滅的な戦争が全世界規模で発生したら・・・???地球環境は大きく変り、生物を含め人が住むことは、非常に厳しい状況になる専門家は言っています。

「サスナビリティ」の考え方

サステナビリティ(Sustainability)とは、広く環境・社会・経済の3つの観点からこの世の中を持続可能にしていくという考え方のことを言う。

その中でも特に、企業が事業活動を通じて環境・社会・経済に与える影響を考慮し、長期的な企業戦略を立てていく取組は、コーポレート・サステナビリティ(Corporate Sustainability)と呼ばれています。

しかしなぜ、環境を保全しなくてはいけないのか、という理由を、誰かが納得のいく形で明確に示してくれることは、なかなかありません。なぜなら、その本当の理由は、一人ひとりの心の中にあるからです。

環境を守ることは、小さなことから、身近な暮らしのなかで、出来ることを一人ひとりが意識を高め実践していくことです。そして、身近なことから実行することです。たとえば、再利用を考える・・・「ゴミを捨てない・・・ゴミを拾う」ことです。

2017年10月30日 (月)

住民協議会で思う

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住民協議会の地域役員をつとめて思う。

地域社会のコミュニケーションを図る・・・という行事の一つに、住民協議会という組織があります。

【目的・・・市民センターを中心にコミュニティ活動を推進し、地域住民の文化と福祉の向上を図り、健康で明るく住みよいまちづくりに寄与することを目的とする。 

また、住民協議会同士の連携を図り、共通課題について協議するための住民協議会連絡協議会を設置することにより、より良好なコミュニティづくりを推進する。(八王子市)】

私の地区で「市民センター祭り」が28日29日に雨の中行われました。

参加する人の年代層・・・

老人会など老人対象となってしまう傾向があります。若い人(男性)が20台~50代の参加少ないのです。私は、子育て真っ最中の30台~50代の人たちだと思います。

ある調査では、地域のつながり、地域のつながりが「必要だと思う」「どちらかといえば必要だと思う」は合わせて92.8%で、地域のつながりが必要だと思う理由については、「災害時に助け合うため」が70.7%と最も多かったという。

地域活動に「あまり参加していない」「参加していない」は合わせて35.0%であり、参加に消極的な理由は、「忙しくて時間的に余裕がない」が50.8%と最も多かった・・・という。

実際「仕事の忙しさ」で地域の主催する、お祭り・清掃などの「行事」には若い人は、何処の地域でも少ないことは理解できます。

地震や台風などの自然災害などの対応では、普段からのコミュニケーションが大事なことだとは、理解しているようです。そのことと、自分の仕事のバランスの考え方が、人それぞれであります。

地域の行事を主催する団体にとっては、リーダー(役員)の選出が難しく、困難な作業となってきています。安心・安全な暮らしとは・・・何か?を考えていくべきと思いました。

2017年10月29日 (日)

自分を大切にすると自己中との違い

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「自分を大切にする」とは・・・

自分の気持ちに素直になり、自分でその気持ちを叶えてあげること。

「ワガママ・自己中」とは・・・

自分の思い通りになるように他人に強要すること。

ですから、全く違います。

たとえば、「ああ、疲れたなぁ・・・」という時、「疲れたから適度に休もう」とか「疲れをためないようにしよう」というのが自分を大切にする、ということです。

逆に「疲れたからお前がやれ!」とか、「俺はやらんがオマエがなんとかしろ!」というのが、自己中・ワガママです。

最近の日本では、自分を大事にすること=自己中心的に、振る舞っていいと思っている人が多くなってきている気がします。

本当の意味で自分を大切にすることができる人なら、自然に他人に対しても思いやりを持って接することができると思います。

「こういう人生でなければならない」「こういう倫理観でなければならない」という、ある一定の水準が通俗道徳として広がるのは、それはそれで必要なことだとは思うのですが・・・

たとえば平均年齢で結婚してない人とか、学校に行けれなくなった子など、その水準から外れている人間は、差別の対象になってしまうというところが問題だと思います。

ドロップアウトした人生だろうと、そうでなかろうと、一人一人が価値のある人間であり、様々な生き方があっていいと思ます。

人は帰るところがあるから頑張れる

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毎日生きていると楽しいことばかりではなく、心がすり減っていくのを感じることがあります。

「心の拠り所」・・・

心理学では「安全基地」って言うそうです。もともとは親子関係にまつわる言葉でしたが、現代では大人にも適用されるそうです。大人だって帰るところがあると思えば、安心して外の世界に飛び出して行けます。

人は帰るところがあるから頑張れる

「心の拠り所は自分が生まれ育った「ふるさと」にあるかもしれない・・・場所そのものだけでなく、そこに住んでいる人や存在する物や景色、習慣、思い出、それらすべてがつまった大切なものです。

それがなくなってしまったら、すごく悲しいだろうし、私は不安で、外の世界に飛び出せないと思う。帰る場所があるから、人は頑張れるのではないでしょうか ・・・

私の「ふるさと」は、今住んでいるまちです。理由は、ただ長く住んでいるからではありません。かけがえのない友達と過ごしてきた思い出という名の「宝」がぎっしりつまっているからです。

そして、周りの人と築きあげてきた信頼からくる「安心感」があるからです。もし、私の大切な「ふるさと」がある日突然なくなったら…怖くて想像できません。

だから、今住んでいるまちの自然を大切にし、まちのみなさんの、心の拠り所になるように安心していき続けられるように、貢献したいと思っています。

2017年10月28日 (土)

マナーの悪さに困っています

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通り一遍の行為ではない?

駅前のトンネルの手前のツツジの植え込みの根元に、頻繁にゴミが捨てられて困っています。それも、木の葉や枝で隠れて、一見、何もないように見え、よく探さないと見つからないように非常に上手に捨ててあるのです。

毎日電車通勤?の人のようで、日常化しているのです。管理担当の国交省にお願いして、大きな注意看板取り付けた近くです。

お菓子の空き袋、コンビニのレジ袋、ハンバーガーの包み紙、その他諸々の紙屑等ですが、多分、電車を降りて家に帰る途中に、家に持ち帰っても、ゴミの仕分けて処分が大変だからと思います。

人目に付かないところに隠すような行為は、とても不愉快です。最低のマナーに腹が立ちます。ゴミの内容から、大の大人の仕業です?その感覚は異常で、憤りを覚えます。

2017年10月27日 (金)

人の気持ちを読むこと

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「人の気持ちが読めなかった」

近所の住民9人が賛成・1人が反対・・・まとまらないことって・・・ある事を身を持って体験しました。

ご近所のことは、気を配っていたつもりだったが、「甘かった!」の思いです。

1人の人を理解できなかったことに、反省し「全員で納得・・・共同で実行をすること」が大事さを、改めて思い知ったことです。

十人十色と言うこと、世の中には本当に色々な人がいます。ひとの心を掴むというのは、一筋縄でうまくいくものではありません。

でも、諦めてはいけない・・・1人で悩んでいる人がいれば、話をよく聞き、悩みを共同で解決しなければ・・・と思いました。

2017年10月26日 (木)

年寄りの独り言

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「人の一生は、生きた内容が大切なのだ」

人の一生は、どれだけ長生きしたではなくて、どれだけ自分の責任を果たせたか、どれだけ社会の一隅を照らせたか;長生きよりも生きた内容が大切なのだ。

 人間の一生「生・老・病・死」この世に生まれ…死ぬのです。

愛情を注ぎ、立派に育ててくれた両親・・・感謝の気持ちは忘れないで欲しいものです。親から子供、そして孫と繋がり社会に貢献することが、人の生きる目標であると思います。

人間に限らず、この世に誕生し「生きるのサイクル…生・老・病・死」は自然の姿です。そして最も大事なことは子孫を残すこと・・・それが生き物の本能です。

生き物は、親の愛に育まれて、大人に成長し結婚・子供をつくり・・・と繋がっていくのですが、役目を終えた年よりは邪魔扱いされ、長生きは迷惑だ?

いくら人間愛やしきたり、風習や、綺麗事を並べてみても、介護する側が大変なのは事実です。介護される方も悲しく辛いということもあります、する方も大変です。

頼むから早く死んでくれと皆思う?のですが、そういう年寄りは長生きを目標としている傾向にあります。回りへの多大な迷惑を考えず、時間で自動的に出る飯を、がつがつ食べ長生き?しようとしているのです。

でもやはり自分が高齢になると「子供の世話になりたい、施設には入りたくない」「嫁が世話をするのは当たり前」と思うものなのでしょうか?

自分は、自分の子供たちの生活に支障をきたし、迷惑をかけ、挙句の果てには厄介者扱いされるくらいなら、さっさと施設に入りたいです。

子ども達に迷惑かけない老い方

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むかし・・・

日当たりの良い、縁側で嫁さんが入れた茶を、お爺さんお婆さんが飲んでいる…幸せそうな光景を思い出します。子供や孫に囲まれ、皆に祝福されながら、穏やかで安らぎに満ちた晩年を過ごすというのは、一つの理想でした。

しかし、現代は、子供達から見放され・・・誰にも世話にはならないと片意地を張って?老夫婦で、施設にお世話になって、老いの人生を看てもらう・・・なるべく子ども達に迷惑掛からないように、老いることと思っています。

また、それが現代人の出した結論であると思います。家族愛・心の問題は、どこかに置き忘れられてしまっています。

抑制心が弱まる老齢期は、その人の本性がむき出しになってきます。そこへ、惚けや痴呆が追い打ちをかける・・・上手に歳をとると言うことは、本当に難しいことです。だからこそ、人生の晩年は、最高の修業の場となるのであると思うのです。

上手(美しく)に歳をとることは、人生最高の栄誉(道徳概念)です。

老齢期は、人生における集大成であるべきなのです。失われていく力や記憶、技術や能力それに逆行しながら人間としての最後の修業、修道の期間こそが老齢期、晩年です。

自制心や抑制心が失われ、自らの規律が保てなくなってきた時、自らを支えるのは、それまで培ってきた、人間としてのプライド・自尊心です。

ですから、老齢期は、諸々のハンディキャップを乗り越えて、最後の修養、修業を行う人達を敬意と尊敬を以て支援・援助することの心意気が大事です。

それは、決して憐れみや同情からでるものではありません。世話をする者もされる者もそれこそが最高の修業と思います。

2017年10月25日 (水)

信頼を得るには・・・

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人間社会で、良好なコミュニケーションを持つには「信頼関係」であると思います。

「信頼」を得るには・・・

より良い、コミュニケーションづくりの基です。信頼とは一朝一夕で生まれるものではありません。日頃からの積み重ねが必要となってきます。

信頼を得るには「誠実さ」が大事です。日頃から誠実さのある行動を心がけていれば、自然と周りからの信頼は付いてくるでしょう。信頼されていない人は、日頃の行動を見つめ直していくことです。

稲盛和夫さんの言葉に・・・「信頼関係は自分自身の心の反映だ。たとえ、自分が損をしたとしても、人を信じていく。その中でしか、信頼関係は生まれない。信頼とは、外に求めるのではなく、自らの心の内にもとめるべきものなのだ。」

「嘘をつかない、約束を守る」

自分を大きく見せようと見栄を張ったり、相手を欺こうとする人は、信用を失ってしまいます。正直で嘘をつかない・・・常に、まっすぐな態度でいることが、誠実な人間にとって重要な事です。誰に対しても、正直な態度が大切です。

「他者を認める」

自分が知らないことであったり、自分の価値観と合わない「こと・モノ」を、すべて否定しないで、世の中には、色々な価値観を持った人がいることを・・・理解することです。そうすれば、心に余裕が生まれますし、信頼も得やすくなるはずです。

2017年10月24日 (火)

感謝と幸せ

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人はみんな「幸せになりたい」願っています。

どんな幸せを思い描くかは、人それぞれですが「幸せになりたい」ということついては皆、共通です。 

「感謝」と「幸せ」

感謝の気持ちと幸せの関係とはなんでしょうか?多くの人は、「そんなの簡単…幸せなときは感謝するよ」でも、「幸せな人は感謝している」というのは本当でしょうか?

人を幸せにする全てを手に入れても、まだ、「幸せではない」と思っている人達は多くいます。なぜならそういった人達は、別の物やより多くの同じ物を求めているからです。

不運に見舞われた人達のことも、私達は多く知っています。自分には起こって欲しくない不運があってなお深く幸せを感じている人々です。

なぜか?それは、彼らは感謝しているからです。つまり、幸せが人を感謝させるのではなく、感謝が人を幸せにするのです。人を幸せにするのは「感謝の気持ち」です。

与えられた試練も、立ち上がるための機会として感謝する。

でも全てに感謝ができません。確かにそれは不可能です。暴力、戦争、抑圧や搾取こういったものには感謝はできません。個人レベルでは、友人を失ったり、不信や死別といったことには感謝はできません。

確かに全てに感謝はできませんが、新たな機会のために与えられた瞬間には感謝できます。大きな困難に直面した時でも、その状況に対して立ち上がり、与えられた機会に反応することは出来ます。

時に与えられる試練は、立ち上がるための機会なのです。そうして忍耐や痛みなどを学ぶのです。幸せ(平和)・・・への道のりは短距離走ではなく、長距離走だと言われています。

それには忍耐が必要です。難しいことです。信念や意見のために立ち上がる必要もあるでしょう。それが私達に与えられた機会なのです。

学び、苦しみ、立ち上がることです。

全て与えられた機会であり、感謝の心を持つことです。人生で大切なものを手にできます。たとえ機会をのがしても、別の機会は常にあります。それが人生のすばらしさです。

2017年10月23日 (月)

利他の心

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「生きる目的」は・・・私は、喜びを知り、“生きがい”となることです。

それは、「世のため人のために尽くす」ことと、私は思っています。

世の中のこと、他人のことに少しでの役に立つことをすることは、人間としての最高の行為と思うのです。人間は「自分だけよければいい」考えがちです。

しかし本来、人間は人を助け、他の人のために尽くすことに喜びを覚える・・・美しい心を誰もが持っています。利己的な思いが強すぎると、美しい心は表に出てこないのです。

自己中心な思いを抑え、「利他」の心をもって「世のため人のために」尽くすことで、平和で安心できる社会になると思います。

「利他の心」

「他人に親切にすると、自分も気持ちが良くなり、他人に意地悪をすると、自分も嫌な気持ちになる」ということだと思います。

他人に親切にすると、喜ばれたり感謝されたりします。それで自分も良い気持ちになるのです。反対に他人に意地悪をすると、嫌われたり憎まれたりします。それで嫌な気持ちになるのです。

衆議院総選挙・・・「日本(人)の“幸せ”にさせる」・・・選ばれた人…その本気度を注目していきたいものです。

2017年10月22日 (日)

家族と社会について

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「家族とは何か」という問いには、どんな答えが返ってくるのでしょうか。wikipediaで「家族」を調べると、"血縁集団を基礎とした共同体"であると出てきます。

家族形態が変化しているのは、50歳以上の日本人である人なら誰でも分かっていると思います。社会構造の変化どのように影響を与えているか? まず、家族形態の変化は、社会に、色々な問題を与えています。

齢者に問題

核家族化で、高齢者のおじいさんとおばあさんだけの居住となっている家族は多くなっています。高齢者は子孫に頼れなくなり、何かがあったら自ら解決するしかないことになるのです。

緊急時、誰でも助けて、救うことができない・・・その上、多くの一人暮らしの高齢者は、他人に話せなくなり、毎日毎日を繰り返しを何んとかいきている?頼りの子どもたちは何かあっても、駆けつけに時間がかかる…地域の交流も少なくなり、先行きの不安が忍び寄る・・・

核家族化は、子育てにも悪?影響が出ている 

子育て問題・・・家族を支えするために、夫婦友稼ぎで、子供は二人が限度?としている夫婦の多い。その上、子供が学校から帰っても家に誰もいない…学童保育という制度がありますが、本当の家族愛や父・母の愛情ある、子育てができるのか疑問です。

結論として、家族形態の変化は、社会に色々な問題を与えている・・・でも、やはり社会変化は止めることができない・・・悪い影響を減らすために、政府は経済支援を提供することはもちろん、もっと重要のは、皆さんの努力や関心だと思います。

私は、経済最優先の日本の社会の仕組みから、本来の人間の生きための基礎となる「家族」の姿はどうあるべきか・・・を真剣に考えるべきと思います。

大自然に生かされていること

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私たち人間は、自然があるからこそ生きていられるのです。

46億年の地球誕生の歴史があります。それ以来の自然というものは、荘重、畏怖、畏敬の念をもって生かされ、生きていくことは、運命である・・・だとしたら、私たちは自然に、従って生きていかねばならないのではないでしょうか。

氷河期・・・約22億年前、7億年前、6億年前の少なくとも3回生じたといわれています。近年でも東日本大震災などを始め、地球の変動は起きています。

人間は、長い間、自然の中で静かに暮らしてきたのだと思いますが、人間の智慧で生きるためのエネルギーとして、原子力発電があり、いま日本では継続の可否が議論されています。

私たちは、何が出来るかではなくて、出来るとか出来ないとかにかかわらず、与えられた自然の大切さやかけがえのなさを体感し、その中で他の動物や植物たちと共に生きていくことを求められているのだと思います。

私たちの祖先は、自然に打ち勝つことや科学の万能性を証明することに全精力を注ぎ続け、今では世界は酷い有様になりつつあるように思います。

さまざまな環境汚染、公害、戦争、自然破壊、これらは今では普通に行われ、多くの場合、私たちの感覚は鈍ってしまい、それらの異常さにほとんど気がつかない。気がついていないのではないでしょうか。

現在のように、科学技術万能の世界で、あらゆる人為的な恩恵にどっぷりと浸かって生きている私たちには、自然の摂理の中で、その法則に身を任せて生きるということは、極めて難しいことでもあります。

私たち人間は、自然の中に組み込まれ、自然に生かされている小さな存在であり、謙虚に自然と向き合い、自然の偉大さ、大切さを・・・地球の誕生に遡って、後世に繋げていくことに、真剣に取り組むことだと思います。

2017年10月21日 (土)

自分がして欲しいことを他人にもしてあげる

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人と人の間で一番大切なこと・・・

「自分がしてほしいことを他人にもしてあげる」

それは「人の嫌がることをするな」となると思います。

道徳観に「己の欲せざる所は人に施す勿れ」(論語)あります。思いやりというもので、自分がして欲しくないことを、人にするべきではないと言うことです。

しかし、グローバル化して価値観の多様化する現代の世界では、第一に「人の嫌がる事」の共通性・価値観の多様化を容認する社会において、「常識」も変化します。

自分の常識と他者の常識も同一のものとは限りません。そして万人に共通する常識的に「嫌な事」が極めて少なくなります。

また自由観の変化です。

例えば、日本は欧米化によりその自由観も変化しました。以前に比べて他者の行為の尊重よりも自己の「自由」を強調する社会に変容しました。

これらを考えてみて、「自分の価値に則った」思いやりを持った「話し合い」・「行動…(してあげる)」に尽きると思います。

良かれとした「行為」も人によっては、理解されないこともあります。大事なことは、相互の利益になる・・・良い意味での「妥協」「譲歩」の心を持つことが、幸福につながるのではないかと思います。

2017年10月20日 (金)

子どもが結婚しないのは親の責任?

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社会の歪み・・・人口減少が止まらない。

国立社会保障・人口問題研究所が5年ぶりに公表した将来の推計人口によると、日本の2065年の人口は15年に比べ3割減の8808万人となり、高齢者の割合は38.4%に達する(29年6月2日…毎日新聞)

少子高齢化の原因は、結婚しない、できない・・・からが大きな要因と思います。現代は、結婚しない・できない?人が増えて、いまや大きな社会問題となってきています。

なぜ結婚したい人と・・・結婚できない・・・のでしょうか?

原因は、モテない、経済力がない、若くない、他人と暮らすのが苦手、一人でいるのが気楽、など複合的な要素になってきますが、それらの要素をひっくるめて言えるのは、現代の男女の持つ理想の結婚観と現実との大きなギャップです。

結婚したいと思う人とは結婚できない・・・だから結婚しない。

 ”機”を逃した点も含めて、自分の能力の低さ(できない)を認めた上で、あきらめて、結婚しないという選択(意思)をしているのです。

親と同居していると結婚できないといわれていますが、これは本当なのでしょうか?

舅・姑と嫁の関係は、価値観(人生観)の違いからでしょう。将来、親の面倒を看る・・・好きで、付き合っているものの、親と同居(二世帯家族)では、嫁としては断わる?

親と同居している男性は、女性に親離れできていない人だと思われてしまいます。大半の女性はそういったイメージを持ってしまうので、結婚においてはマイナス要素になるでしょう。また、親と同居していると、マザコンという印象も強いです。

子どもが結婚しないのは親の責任?…子供を結婚させて一人前?

今日の毎日新聞webニュースに・・・

「子どもが結婚しないのは親の責任」などと不安をあおられ、息子や娘のための結婚相手紹介サービスに親が入会し、契約トラブルになるケースが相次いでいるとして、国民生活センターが19日、注意を呼び掛けたという。

2017年10月19日 (木)

公園・広場はゴミは持ち帰りです

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私たちの町の「時田公園」・「片倉時田まちの広場」にはゴミ捨て場・ゴミ箱はありません。「不法投棄」「一般のゴミ」「吸殻」を捨てるのは絶対に行わないようご協力お願い致します。

マナーを守っていつもキレイで気持ちのいい公園・広場にみんなでしていきましょう。

アララ…コンビニのおにぎりやお菓子のビニール袋が・・・レジ袋にきちんと詰めてベンチの下に置いて(隠して?)あることもあります。

子どもたちが遊んで帰った後は、ペットボトル・ジュースの空き缶が捨てられています。また大人の仕業でしょうが、タバコの吸いがらがベンチの前に落ちています。

わんぱくらんどは「遊園地」と思われているるかもしれませんが、実は自然の中の「公園」です。自然の中には人間の出すゴミは不要です。

ご存知ですか?紙も土に還るまでに数年かかります。ビニール・プラスティック以外のゴミも、持帰りにご協力ください。いつ来てもきれいな公園・・・みなさまのご協力をお願いいたします。

父さん母さんの愛情で、育てられた赤ちゃんから、徐々に成長して・・・“公園デビュー”人間社会の進出で、大事なことは、親のしつけだろうと思います。

躾けの基本もう一度考えて

「ハイと言う返事」・「お早う・今日はの挨拶」そして「片付けること」が人間教育の基本です。公園で遊んで、飲んだり、食べたりしたら、空き缶や食べたものの袋などは持ち帰り・・・を教えて欲しいものです。

大切にしたい公共の精神

「公の場」・・・最近グローバル化した社会において、道徳の重要性が議論されてきています。その意義は大きいと思います。人は育った環境から個性と価値観・・・から アイデンティティに繋がっていくと思うのです。

公園・広場の存在重要性

豊な地域づくり、地域の活性化に不可可決です。中心市街地のにぎわいの場となる公園・広場の整備や、地域の歴史的・自然的資源を活用した地域の人間の交流・連携の拠点となる緑とオープンスペースの確保は、快適で個性豊かな地域づくりに必要不可欠です。

2017年10月18日 (水)

気遣いについて・・・

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「気遣い」とは、本来、相手に気づかれないようにやるものです。

自分が気を遣っているのと同じくらいに、他人も知らないところで気を遣ってくれているのです。気遣いの出来る人は周囲の人から頼られ、好印象をもたれます。相手の立場に立って考えられる人です。

相手の立場に立って考えられる人

 自分が人にされたくないことを他人に平気で行う人は、気遣いの出来ない人として疎まれてしまいます。自己中心的な視点からでなく、相手の立場に立って考えることの出来る人は、特別な努力をしなくても自然な気遣いが出来ます。

負担にならない気遣いをするには、相手が自分にどのような、態度で接してもらいたいかを考えるようにすることです。視点を変えて、いろいろな立場の人の胸のうちを慮れる人間は、誰から信頼されます。

「あの人は気遣いが出来る人だ」・・・これは社会人にとっては最高の誉め言葉の一つです。さりげない一言や何気ない行動一つで、相手を和ませる気遣いの出来る人です。

自分が人にされたくないことを他人に平気で行う人は、気遣いの出来ない人として疎まれてしまいます。自己中心的な視点からでなく、相手の立場に立って考えることの出来る人は、特別な努力をしなくても自然な気遣いが出来ます。

負担にならない気遣いをするには、相手が自分にどのような態度で接してもらいたいかを考えるようにすることです。視点を変えて、いろいろな立場の人の胸のうちを慮れる人間は、誰から信頼されます。

2017年10月17日 (火)

感動する心を大切に・・・

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現代人は、時間に追われ、あふれる情報に翻弄され、自分を見う人は少なくないと思います。

感動する心を大切に・・・

感動とは、驚き・ショックではありません。感動は数値でも事実でもありません。感動は人の心の中に既にあるものを刺激することです。

子供のころは、初めて出会うものには、心のときめき(感動)がありましたが、年を取るにつれて、感動することもなく空しく?、日々を送ってしまっています。

不確実なものに対して興味を持たない

経験が邪魔をするのです。一度経験したから同じ結果しか出ないだろう、興味が薄れてしまい、チャレンジしなくなります。問題はチャレンジしなくなった時、新しいことをやっていこうという創造性が失われていくことです。

多くの人と出会いを積極的に努める

人はそれぞれ価値観が違います。自分が辛い、嬉しい、悲しいなど経験をすると相手に対する思いやりが生まれます。相手が苦しんでいる時に、その人がいかに苦しいのか自分の経験と照らし合わせて理解できます。

相手に共感できることによって感動できるのです。経験から不確実なものにチャレンジしなくなるのは良くないことですが、経験を基に思いやりの心を持つことは大切なことです。そういうことを日々繰り返す中で、共感できる人間を作ることが出来るのです。

10月の冷たい雨

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冷たさが 骨身に染みる 秋の雨

昨日は冷たい雨が、朝から一日降り続きました。

それにしても寒かったです。

八王子市は12℃でした。暖房せずに居られませんでした。

2017年10月16日 (月)

豊な自然の大切さ

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自然の豊な環境を守ろう

人間の生活は、自然環境がもたらす生物資源に支えられています。

生物の多様性・・・(生きもののつながり)

身の回りにある食べ物、生物の多様性が損なわれれば、私たちはその恩恵を受けることができません。人間が安定した暮らしを送るためには、さまざまな生物を育む自然の豊かさを守っていくことが重要なのです。

人の心の豊かさ・・・豊な自然の中で・・・

「自然は人間の苗床」といわれているように、幼児の時から自然とのふれあいの機会を多くもたせることによって、子どものみずみずしい感受性や五官を刺激することが不可欠です。

子どもから大人まで自然の豊かな恵みを享受する自然とのふれあいは、生態系の一部である人間が自然との共生への理解を深めていく基本的な行動といえます。

しかし今、日本各地で身近な自然環境が消失し、人工環境が増えるにつれて、交通公害や水質汚濁、近隣騒音といったいわゆる都市生活型公害問題や地球環境問題が深刻化する「外なる自然」破壊が進んでいます。

さらに、現代の日本では、人間が本来もっている感受性や五感の劣化、さらに人間関係や対人関係のつまづきによるいじめ問題の拡大、孤独への不安など、「内なる自然」破壊が起きてきているといえます。

2017年10月15日 (日)

人と人の関わり合いの大切さ

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人は必ず多くの人と関わりあって生きていけるのです。

一人で生きていくなんて100%無理だと言いうことは説明することもないでしょう。それでもできるだけ人と関わりたくないと思うときがあります。

人と関わるのが面倒だって感じるときがあります。そして自分の殻に閉じこもってしまう。どうしてそのような状態になってしまうのか? 人と関わるのが嫌になってしまうのは・・・

 それは、人と関わることで傷つくのを恐れているからです。しかし、人と関わるということは大なり小なり、避けられないことも、傷つくことであります。

まったく傷つくことなく、傷つけることもなく人と関わることなんて不可能です。だからといって、対人関係を避けていては、不満だらけの人生になってしまう危険です。

対人関係を避けてはいけません ・・・

人は鏡だというように、人は自分のことをいろんな意味で教えてくれます。対人関係を避けていると、自分のことが分らなくなり、勝手な思い込みをしてしまう可能性があるのです。

思い込みがひどくなると、ありのままの自分というものを受け入れることが許せなくなり、人を信じることができなくなってしまう。そうなってしまうと、常に不満を抱きながら生きることになってしまいます。

傷つくことを恐れずに・・・

 傷つくことを恐れずに、人と積極的に関わるようになれば、不満からの脱出口が見えてきます。そして、人と関わり合いながら、自分を理解し、自分以外の人を信じて生きていけば、不満に感じることもなくなってしまうのではないでしょうか・・・

人と人とのつながりが大切 さ・・・

そして、より充実した日々を送るためには多種多様な人と関わっていくことが大切なんだと思います。例えばサラリーマンだと、会社の人だけとの関わりがほとんどで、すごく偏った生き方になってしまいそうです。

実際に会うことで得られるものというのは、ネットでのコミュニケーションと比べ物にならないほど、大きな価値があるように思えるのです。

今、地域のつながりが希薄化したと言われています。地域のコミュニティなどに参加すれば、まったく違う職業の人、自営業をしている人など、様々な人に出会うことができます。

そこでいろんな話を聞いたり、コミュニケーションをとることで自分の成長は計り知れないものになると思うのです。

2017年10月14日 (土)

子供の躾について思う

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公園の掃除をしていて思うのです。

ボール遊び(テニス・野球・サッカー)してそのまま帰ってしまう、子どもたちが最近多いのです。

エッどうして・・・

忘れたのではないのです。面倒だから?また新しく買ってもらえるから?でしょうか? 

この事実から、私は、物の溢れる次代だからといって見過ごすことは出来ないのです。

教育学者の森信三先生の言葉に・・・「しつけ三ヶ条」があります。

一、祖父母や両親に、朝起きしたらあいさつの出来るように・・・

二、祖父母や両親から名前を呼ばれたら「ハイ」と返事のできるように・・・

三、脱いだ履物を自分できっちりそろえて上がり、立ったら椅子を机の下におさめられるように・・・

これがしつけの基本です。こんな簡単なことでいいのですかと、一瞬思いがちですが、これが多くのしつけの基本なのです。

基本を守らない(教えられない)まま、大人になってしまう、人から自己中心の人と言われることになるのです。そういう大人が多くなっているのは、幼少からの躾が出来ていないからだと思うのです。

大人になって自己形成をするにも、基本の教育が身に付いていなければ、世の中に乱れた社会となってしまいます。

最近特に、子どもの躾の大事さを痛感しています。

年寄りの地域の役目

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最近、どこえ行っても、お年寄りが多くなったと印象ありかす。

毎日をどう過ごすか、人それぞれと思いますが・・・私も、80歳・・・これからどう生きたらいいのだろうか? 何をしたらいいのだろうか? ふと考える時があります。

お金も大切ですが、まず第一に求めることは、健康だと思います。その次に、お金に困らない生活の安定だと思います。三番目は、対人関係で苦労しないようにと願う、人間関係の円満だと思います。四番目は、心の安らぎの持てる生活だと思います。

自分一人では幸せ感は味わえられない

幸せな生活を送るには、周りに困っている人も気をくばり、多くの人にも共有し合えことが、なければ、心から幸せ感は味わえないのです。

最近思うのですが、「自分さえ良ければ・・・」の人間が多くなってきているように思えるのです。

私は、生まれて大きくなるまで、親の過保護の温室育ち?の人が多くなったと思います。人には、多少の苦労を味わい、人から慰められて、人の温もりを感じてきた人は、年をとっても周りの人に気を配り、幸せ感は一人では味わえないものと思います。

人がみんなで、「住みやすく…住んで良かった」と思える地域にすることが今大事なことだと思うのです。お年寄りの出番であるのです。

自然を守り、後世につなげていく・・・大事な役目があるのだと思うのです。少しの時間を地域のために費していただきたいのです。

2017年10月13日 (金)

家庭での子供のしつけ・教育を考えて!

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最近、子どもたちの遊び方で思う。

人間社会では、ルール・マナーが大事です。家庭での躾けができていないのか、飲んだり、食べたりしたものを片付けない・持ち帰りしないで、公園や、広場などにゴミが散乱して、後で使う人に嫌な思いをする・・・ことが多いのです。

家庭の夫婦共稼ぎで、鍵っ子?が多いせいか、学校から帰って、おやつを用意して、いつもの場所に、あるおやつや飲み物を、持って遊びに出かけるのでしょう。

子供に注意するより、お父さん・お母さんの躾け・教育が大事と思うのです。日常の忙しさで、子供は、「元気でいればいい」とだけしか思っていない親がいるのではないでしょうか?

「ゴミは持ち帰るのですよ!」その訳をきちっと教えていないのです。その事は、多くの人と出会う社会において、ルール・マナーが大人になって、とても大事なことだと思うのです。

マナーは守らなければならないものではなく、罰則もありません。しかし、守るか好き勝手に行動するかはその人のモラル、良心であると思うのです。子供には是非モラルある大人になって欲しい・・・住みよい地域社会にする基本です。

誠実さは信頼につながる

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「誠実」は・・・・・「信頼」につながる

誠実とは、私利私欲をまじえず、真心をもって人や物事に対することです。

打算的に行動をする人は、それが相手に伝わってしまうために、誰からも信用されることはありません。相手からすると、自分を陥れようとしていると感じてしまうからです。

一方、何の計算もなくフラットに接することができれば、裏表のない印象が感じられます。すると、信頼につながりやすくなるということです。

口で言うのは簡単ですが、実行するとなると非常に難しいです。相手の気持ちを最優先に考えて、相手の為になるような行動を心がける必要があります。こういった行動を積み重ねることで、少しずつ信頼は大きくなっていくのです。

信頼関係は日々の言動や態度などから生まれてくるものです。一朝一夕で得られるものではありません、常に、日ごろから小さなことを行動で示すことです。

誠実さを伝えるために大切なことは・・・

① 嘘をつかないこと

自分を大きく見せようと見栄を張ったり、相手を欺こうとする人は、信用を失ってしまいます。常に、正直でまっすぐな態度でいることが、誠実な人間にとって大切です。

あえてダメな自分を見せることで、好感を持たれやすくもなります。裏表のない印象を与えられますから、積極的に恥をかくという姿勢が大切です。

② 他人を認める

自分が知らないことであったり、自分の価値観と合わないモノを、すべて否定してしまう人がいます。でも、それだと自分の視野が狭くなるだけです、余計な争いを生みがちです。

他人のことを何でも否定しないで、色々な考え方を聞き、色々な人の考え・価値観の違いがあると勉強する…ぐらいの心に余裕を持つことです。

③ 約束を守る

 約束を破った場合、それだけで信頼関係は崩れてしまいます。約束を守り続けることの積み重ねが、信頼関係に繋がります。守れない約束は、最初からしないということも大切です。

約束を果たせないようであれば、あらかじめ相手に連絡をする…代替案などを示し、細かなフォローを入れておくと、誠実さを伝えることができます。

2017年10月12日 (木)

公園をきれいに使いましょう

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私たちのまちに、片倉城跡公園があります。

春には、カタクリ・ヤマブキソウ・ニリンソウなどが咲き、桜が咲き、多くの人の憩いの広場 静かな森に囲まれた住吉神社があります。お年寄りから子供まで楽しめる自然豊さは、私たちも誇りと自慢できる公園です。

先日連休(10/7・8・9)も多くの人が来て、自然を楽しんでいました。そんな中に、心ない団体?が、ブルーシートを敷き、酒盛りをしたのです。

日中が夏を思わせるような暖かさは、夜まで続いていた日でした。近所の人の話では夜12時ごろまで、賑やかだったと言っていました。

次の日に、ブルーシートが国道16号のお豆腐やさんの家の近くに、投げ捨てられていました。中を開いて見ましたら・・・“これは酷い” ビール空き缶・ペットボトル・残飯・容器が沢山包まれていたのです。隣接する、湯殿川の住吉橋の下にも、レジ袋・敷物が投げ捨てられていました。

八王子市のゴミ相談センターに、お願いして片付けて頂くよう願いしました。湯殿川に捨てられたゴミは、私がフェンスの鍵を開け拾いました。片倉城跡で、酒の宴を崔すことは、いけないと言うことではありません。しっかり、後片付けて欲しいのです。

自然・環境を守ろう!

仲間内や家族にも環境に対する意識をもってもらうためには、あなたが環境に対する知識と意識を今以上に高めて行動していくことにあると思います。

私は、ゴミ拾いを実践することで、周りの人の意識を無理に変えるのではなく、取り組んでいる姿勢が周囲の人々の意識を変え、それが世の中全体を変え、そして未来を変えて行く事だと思い、毎日、地域内のゴミ拾いをしています。

ゴミ拾いをする人はゴミは捨てません

ゴミ拾いをして綺麗にするのではなく、「ここにゴミを捨ててはいけない」という気持ちをゴミを捨てる人に意識させる・・・環境づくりが大切と思います。

2017年10月11日 (水)

政治とは何か

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衆議院選挙の立候補者の街頭演説が始まっています。

政治とは何か?

「社会をいい世の中にしていくための仕組み」です。

しかし、「いい世の中」の思い(イメージ)が一人ひとり違います。ここが、政治に関する理解の最大のポイントだと思うわけです。

いろんな人がそれぞれ思い浮かべる「いい世の中」は違うので、いろいろな意見を取り入れつつ、最大公約数的な「いい世の中」を作っていくことが「政治」です。それが、民主主義の政治の仕組みです。

「三権分立」

日本の政治の枠組みは、国会(立法府)、内閣(行政府)、最高裁(司法府)の三権が互いにチェックし合う三権分立の体制です。

「いい世の中」をつくる

人間社会において、みんな「安心・安全に暮して生きたい」という、共通の認識があります。政治は、現状の不備を改善し、人間の共同生活のためのよりよい環境を形成するという目的を志向するものとして、未来づくりをその本質的特徴の一部です。

政治は未来の形成に重大な関係をもち、しかも今日では、未来形成のための予測や計画が、それに必要な情報の収集や処理によって、従来よりもはるかに正確かつ迅速になされるようになったのです。

けれども、未来形成にはつねにまた多かれ少なかれリスクが伴うことも否定し得なません。したがって政治にはつねに賭(か)けの要素があり、決断を必要とします。

危機的状況においては、政治における決断の要素が重要となる。未来づくりのための賭けを回避するとき、政治は守旧的、現状維持的となり、自ら危機を招くに至る。(政治学者・飯坂良明)

政治家の資質

ドイツの経済学者マックス・ヴェーバーの著書の中では、政治家に必要な重要な資質は、「情熱」「責任感」「判断力」の3つであると記しています。そして最大の敵が「虚栄心」とも説いています。

国会議員は、国民から選ばれた代表・・・

市民、国民の目線を持ち、その自覚とその職責の重要さについての責任感があること…そして、もっとこの世の中を良くして行きたいという熱い情熱を持っていること…一方で、物事や人に対して、客観的に、かつ冷静に対処できる判断力が必要になってくるのではないでしょうか・・・

2017年10月10日 (火)

衆議院総選挙で思う

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衆議院選挙が今日から始まります。

政治とは・・・人間というのは、一人で生きるのではなく集まって社会というものを形成しています。 人間一人一人は、価値観も違えば、利害もあります。しかし、みんなが勝手なことを言っていれば、社会は崩れて無茶苦茶になってしまいます。

本来人間は動物ですから弱肉強食の本能を持っていて、そのような状態になれば殺し合いになるでしょう。

幸せなことに、私たちの住む日本は1945年の敗戦以来、約72年間もの間、戦争とは無縁の国で居続けることができています。私たちにとって、戦争とは「画面の中」や「教科書の中」での出来事だ、と言っても過言ではないと思います。

しかし、世界を見てみれば今現在も戦争が行われ、尊い命が失われているのも事実です。決して戦争は「過去のもの」ではないのです。今でもシリアなどの内乱状態が正にその状態じゃないでしょうか?

もしそうなれば、その集団の繁栄はないでしょう。なぜなら人間一人一人は、みんな得意分野も違って役割分担があるからです。

つまり喧嘩が強い人ばかりが生き残っても人間の社会は、発展しません。その紛争を解決するために、政治というものがあります。

だから、政治というものは、ある集団があった場合に内部で対立が起こった場合に話し合って全員が納得のいくルールをつくって、対立をなくして秩序のある集団にするための手段です。

その集団でルールに従わず秩序を乱すものは、警察力によって罰を与え服従させます。政治の治めるとは、秩序を作るという意味です。

今日から、立候補者がそれぞれの主張を訴えて、当選を目指して戦いが始まります。主義・主張を訴えのですが、私は、その人の過去の経歴・実践・人格と政治に対する姿勢が大事だと思います。

清廉潔白な人格者などこの世にはいない。立候補者の主義主張を聞いて、信用・信頼することですが、信じるというのは、頭で考えてするのではなく、心で思ってすることなのではないかと最近思っています。

頭で考えると、どうしても裏切られることを想像することになってしまい、信じられなくなってしまうような気がします。信じたいから「信じよう」と思い、余計なことを考えなければ、信じられるのではないでしょうか・・・

「信じたい」という中には、相手のためと自分のための両方があると思います。相手の立場になれば、自分を信じてくれる人がいてくれるだけでも、心の支えや励みになります。

また、人から信じられたら、裏切りたくない/裏切れないという気もちにもなるのではないでしょうか。自分のために人を信じたいということもあると思います。人を信じる自分でありたい、人を疑う自分にはなりたくないというような思いです。

「信じたい」という思いを大切にできたらと思うのですが、100%信じるのには危険性もあります。人によって信じる度合いがあっていいと思うのです。この人はここまでだったら信じてもいい、これ以上は信じられないという度合いです。

愛する人・幸せにしたい人はできるだけ信じたほうが、相手のためにも自分のためにも幸せだと思うのです。

2017年10月 9日 (月)

他人のために尽くす

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『他人のために尽くす人生こそ、価値ある人生だ』・・・アルバート・アインシュタイン

最近思うことで、自己中心的な人が多いです。

自己中心的な人ほど、自分のことは棚にあげて、人のことをよく批判します。我がまま、自分勝手で、自分はいつも正しいと思っています。そして、自分だけ楽しめばいい、喜べばいい、と思っています。

☆ 幸せの心を持つには・・・

○ まずは誰かを幸せにしましょう。

○ 一日一善を心がけて行動しましょう。

☆ 善い事はそう簡単に出来る事ではない。

常に・・・勇気が必要・・・

◎ 落ちているゴミを拾う。

◎ 困っている人を助ける。

意識しなければ見過ごしてしまいますが、頭に一日一善を入れておけば、すんなりと行動できます。善い事をしようと考えている人は、周りから見てもとても優しく素敵に見えます。

私たちの社会は、さまざまな人達と互いに助け合い日常生活を送っています。

他と共に協力し合って生活している私達です。自分自身の行動を好き嫌いの感情のままでしていると、偏った、自分勝手なものになり他と衝突してしまいます。

まして、他人の言動や行動に接する時、同じ内容でもその相手が好きか嫌いかによって判断が変わり、間違ったことでないのに好き嫌いの感情で、それを善い事として受け容れたり、あるいは悪い事と決め付けて拒絶したりしてしまいます。

自分の感情にまかせて判断するようでは、もちろん公平ではないし、間違った判断となり、そのうえ物事の本質さえも見誤ってしまいます。

好き嫌いの感情を超え、真実を歪めることなく、常日頃から物事の本質を見極めようと努力や鍛錬することで、公正・公平な判断力が身についてくるものです。

片寄る思いや、決めて掛かる心、先入観に捉われる思いは、物事の本質を見失ってしまう事になります。

「善悪を感情で決めることは物事の本質を見失う元である」

どのような物事に対しても「好き・嫌い」で判断せず、自分自身の感情を捨てて、しっかりとその物事の本質を見極めていきたいものです。

2017年10月 8日 (日)

地方・国会の議員や公務員は「公僕」です

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公僕・・・公衆に奉仕する者。あるべき姿としての、公務員をさす。(大辞林)

むかしは「滅私奉公 」という言葉がありました。 

を滅し、公に奉ずることを意味する故事である。一般的には、私心や私情を抑えて、国家・地方公共団体・社会・世間などに対して奉仕する精神を意味する。 「滅私」は自身の利益や欲求を捨てること。(ウキぺディア)

衆議院選挙が始まります。

いつも思うことですが多くの政治家は、選挙運動の時には、お願いいたしますと頭を下げ、当選したら「先生」と手のひらを返すように態度が変わります。

政治家は国民の公僕という考え方があります。選挙によって選ばれた代表に過ぎません。地方・国会の議員や公務員は「公僕」です。

特に最近の議員連中の言動には「公僕」と言う意識が欠如しているように思います。 「マスコミを懲らしめろ」と言ってみたり、理想が大きくて実現不可能な事を言って・・・

「国民の皆さんから一票を頂いて、国民に代わりに仕事を「させて頂いている」と言う事を肝に銘じて頂きたい。

総選挙と言うと、今までの主義主張を変えて出馬する人がいます。

当選すれば・・・何とかなる?・・・選挙中に訴えたことは、見えなくなったり、私生活にも社会的な規範にも妖しい人になってしまう議員もいます。理念・信条を死ぬまで貫く覚悟が見られないことが、多いのではないでしょうか・・・

だから議員を長く努めている議員の中には、党名をいくつも変えている人もいるようです。それは時代・社会のニーズがあろうかと思いますが、有権者には分りづらいです。

いま怖いものと言えば・・・

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地震、雷、火事、親父!日常、怖いと恐れられているものの順に列挙した言葉だが、地震より、雷。雷より火事。火事より親父と恐れられたのは昔。今は、地震が一番怖いものになり、親父はどこかに 消えてしまった。

確かに昔の親父は煩くて怖い存在であったが、 しっかり家族を守っている感じもした。今は優しくて、物分かりのいい親は存在するが、本当に何かがあったとき「お父さん、助けて!」と言えなくなり、むしろ「お母さん、どうにかしてよ!」とふて腐れる子供に対して、おろおろする母親の存在ばかりが目につく?現代です。

現代の怖いものと言えば・・・私は、地震・原発・テロと思います。そして政治・・・これから国の最高の決定機関の衆議院選挙が始まります。本当に国民のために働いてくれる人を、選びたいですね。

国会議員は、私たち国民の管理人・・・私達国民がご主人で、政治家、お役人は私達が雇った管理人です。管理人がご主人様のお金を税金で巻き上げて無駄遣いをして、優雅に暮らしています。

国を築いた先人(老人)と幼児はほったらかしで、役人様だけ楽な暮らしをして羨ましいです。行政改革を行い、支出を減らし、政治家とお役人を大幅に減らして、給与も民間の庶民並みにに減額すれば、赤字国債も消費税も値上げしなくても充分に国家運営はできると思います。

民間企業は減益になるとリストラを行って、人と支出を減らし節約をして乗り切っています。国も自治体もリストラをして老人と子供と福祉に手厚くして頂きたいものです。

私たち庶民は寝ずに働いてお金を貯めようと思っても税金と物価高で食べるのがやっとで、老後の備蓄も子育て、教育も思うようにできません。

私達国民がご主人で、政治家、お役人は私達が雇った管理人です。管理人がご主人様のお金を税金で巻き上げて無駄遣いをしていては・・・

2017年10月 7日 (土)

人生は階段を上る長旅

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最近階段を上るときは、手すりにつかまらないと不安に・・・年のせいか身体の衰えは否めません。

階段を上りながら・・・考えた。生は、階段を上る長旅です。

階段を上る基本は「1段ずつ」です。最も安全で、確実です。もし足腰に自信がなければ、しっかり手すりにつかまります。手すりにつかまっていれば、足腰が多少悪くても、何とか上れます。

そして人生は、階段(試練)を上るようなものです。人には、誰にでも試練がやってきます。世界(自分の周り)も変化(時間的に)しているからです。そこに留まってしまったら世間から取り残されることになり、時代遅れとなるのです。

人生は試練の旅

自分にやってくる試練は、自分が成長するためにやってくるものです。楽に乗り越えられるものもありますが、乗り越えるのに苦労するものもあります。

そして、どんな試練も、その人が乗り越えるためにやってくるのです。乗り越え(階段)上れ、時代に付いて行けるというものです。

乗り越えるための努力をすると、その努力は、どんな努力であれ、すべて、報われます。その努力は、すべて、とても意味のあるものになります。

多くの試練は、自分の古いプログラムのせいです。そのプログラムを今は、不要になって捨ててしまいたいと、思った時に、そのプログラムに関する試練がやってきます。

階段を上り、見晴らしのよい所で、見ることで常識的な判断と、自分の価値観の見定めが出来ることになるのです。階段が急であったり、緩い階段であったりしますが、成長したい人にとって、前向き思考・・・むしろ歓迎すべきことです。

2017年10月 6日 (金)

人間は自然と共生でしか生きられない

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ひと昔私たちの住むまちは、山があり、田んぼがあり、畑があって、自然が豊な町でした。山や川にいたカエルやホタル・多くの魚も、いなくなりなした。昆虫の種類も減ってきています。

私たちの町は、ひと昔前まで、きれいな水の川・虫や多くの種類の木や草など自然豊な町でした。人間のエゴで、環境は確実に悪化しています。

現在、地球も環境はかつてないスピードで変化しています。これが好転しているのなら喜ばしいのですが、残念ながら悪化の一途をたどっています。

環境をよくするために、私たち一人ひとりが、行動しなければなりません。でも-「環境が悪くなっているのはわかるけど、私たちに何ができるの?」・・・そう思われる方、多いと思います。

確かに、何から始めればよいのか、わからないかもしれません。しかし、私たちにもできること、しかも、今日からできることが、たくさんあるのです。身の回りの危機を自分個人の問題と結びつけて考えることはなかなか難しいものです。

なぜなら、それは「まだ失っていない」からであり、例え失う可能性が大きいとしても、実際にそれが起こらない限り、人間は予防策を実行しないからです。

私は、平気(当然)であるとゴミのポイすて・・・立派なサラリーマンの行為を見かけます。タバコの吸い殻・空き箱・ペットボトル・空き缶など毎日拾っていますが減りません。大の大人がしている行為を子供がみています・・・当たり前の如くです。

環境は人ごとではありません。一人ひとりの危機感をもって実行しないと復元できないのです。良い環境を取り戻すには大変は時間と労力が掛かります。

危機感を持つこと

危機感とは・・・不安と同じく私たち人間に備わったいわゆる「必要な機能」の一種で、感じることによって行動を起こすきっかけをくれます。ある程度の危機感を持っておかなければ、人間関係をはじめ、人生の様々な場面でミスや失敗を招いてしまいます。

そのため、常日頃から「今ある状況はいつまでも続かない」と捉えておくことが必要です。「今はあるけど、明日にはなくなるかもしれない」という危機感を持たせることで現状と向き合い、「今やるべきこと」を処理するようになります。

今ある状況に頼りきるのではなく、危機感を交えながら、自分の将来を想像していくことが大切なのです。危機感を持つことはモチベーションにも繋がり、変化を取り入れやすくなります。

人の繋がりの大切さ

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人は十人十色

人は考え・好み・性質などが、人によってそれぞれに異なります。 一人ひとりの違いを、豊かさとしてとらえることから、私たちは、一人ひとりみんな違った、個性や特性をもっています。

「みんな一緒」「みんな同じ」であることをもって平等ととらえる傾向がみられ、そのことが時には、「みんなと同じでない人々」や「みんなと同じでない行動」などを「異質」として排除することにもつながっています。

このような考え方は一つの社会秩序、価値観となり、「異質」とみなされた個性や特性をもつ人々に対する偏見や差別を生み、その人々の自己実現を阻んでいる場合も多くみられます。

グローバル化と共生社会

社会がグローバル化するなかで、多様な文化をもった人々との共生が求められています。一人ひとりに違いを、豊かさとしてとらえることのできる寛容性や感性を培い、互いの存在を尊重し、生活のなかで人権を大切にする生き方を、具体的に展開することのできる力をつける必要があります。

民主主義の根本精神

すべての人間を個人として大切にしようとすることにあります。そのためにも、一人ひとりの多様性を尊重することができる人間を育成していくことが必要です。

一人ひとりの繋がりが大切

近年、人と人との関係が希薄になってきている状況があります。「人間は社会的動物である」といわれるように、人は、個人や集団との関係のなかで生き、そのなかで自己の存在を確かなものと自覚していきます。

人と人、人と集団、集団と集団のさまざまな出会いを通して、互いの存在やつながりの大切さに気づき、自他の人権を尊重しようとする心が芽生え、育ってくるのです。

一人ひとりが自己実現を図っていく際にも、自分を大切に思う感覚や自分が他者から認められている、受け入れられているという感覚が重要な要素となります。このような感覚は、人と人とのかかわりのなかで生まれ、はぐくまれるものです。

今、地域ではさまざまな団体等が、人と人とのかかわりを豊かにしようとする取組を展開しています。そのなかには、世界の国々や人々との交流を通した活動を進めているものもあります。このような活動と積極的に連携しながら一人ひとりの繋がりを大切にした住みよいまちづくりを進めていきたいものです。

2017年10月 5日 (木)

中秋の名月で思う

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影揺れて おもかげ偲ぶ 秋の月

湯殿川  水の流れに 月映し 栄枯盛衰 思い出偲ぶ

昨夜は中秋の名月でした。

月の変容ぶりとは対照的に、太陽は不変…ずっと変らず「いつもまんまる」です。ただ私たちが見た場合ですが…月は「28日周期」で地球のまわりを1周(公転)し、「29日半で(満ち欠けを)繰り返す」のです。

太陽と地球、月・・・太古から変わらぬ一定の法則で動いています。この地球上に住む、人間は、大宇宙の法則に従って生きています。

諸行無常・・・

この世に常なるもの、永続するものなどは皆無であり、一切は変化の中にあるということです。わずか半世紀のうちにも、私には痛いほど感じています。産業・経済・教育すべて人の暮らしの向上を目指すスピードは今でもその速さを留めていません。

人の心と思いやり・・・

有限の資源の採り尽し…自然破壊は、人間のエゴは尽きる事を知らないまでに…そして人間同士の醜い争いが絶えません。昨夜月を見て、昔の人々の心意気を懐かしく思い出しました。

2017年10月 4日 (水)

長寿社会で思うこと

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超長寿社会

日本国民の寿命の平均値が高いということは、それだけ生存に適した条件に恵まれているということで、理由の如何を問わず幸せなことなのです。

それなのにそのことの認識が足りない、感謝が足りない、それを感謝したり誇りに思うどころか、それさえも不平不足のタネにしている人もいるようです。

ごくごく普通の日常が一番幸せだと思うこの頃

私は、l今年80歳になり、二人の子供に孫が四人となり、今では老夫婦二人だけの生活をしています。みんな健康で過ごしているようで、私は、本当に幸せと思っています。

現代はそれぞれの考え方、価値観の違う社会です。あととり・二世代同居・などの「家」に対する継承の考えはありません。「生き方」もちがうのです。

、結婚しない。結婚しても子どもはつくらない・・・という人も、幸せという価値観を持った人もいるようです。(それでは少子化が、進み社会に歪みが出てきてしまうことになるのですが・・・)

れからの長寿社会に向かって思うこと

「心は丸く、気は長く、腹は立てずに腹八分目」・・・心がけることは、宮沢賢治の「雨にも負けず」の詩の心を大事にして生きたいと思います。

これからの長寿社会に向かって、私たちは、できるだけ自分の精神状態をフラットにできるかが、キーポイントのような気がします。

足るを知ること

人間ってそんなに強いものではありません。ましてや自分のこととなると一番弱いものです。なぜかと言うと我欲が常に働いているからです。「足るを知る」ことです。

2017年10月 3日 (火)

ゆく河の流れ・・・

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鴨長明 方丈記の冒頭に・・・「ゆく河の流れは絶えずして・・・」があります。

最近、自分の足あとを振り返り思うことは、戦後の動乱期を生き残り、70数年経ち、まさに方丈記の冒頭を思い出します。

川の水は昔と変わっていないが、人が増えて、多くの人が住めるように、山を削り、野を拓き、河の流れを変え・・・人がより良く住めるようにしたものの・・・数十年経った現在は・・・

人のエゴの“付け”が回って来たのです。

日本列島改造…開発に開発で、人は競って快楽な人生を求めて、住み家を作って住んだものの、わずか四半世紀で、核家族化・・・家は老朽化し・・・住み主は、細々して老夫婦?近い将来は……?不安は増すばかりです。

自然破壊・地球温暖化・大気汚染・・・人の仕業で、むかし野・山・川に棲んでいた生き物が恋しく思っても、後の祭りです。

「知らず、生まれ死ぬる人、いづかたより来たりて・・・」

しかし、自然の破壊の仕業は人間であり、少しでも復元することは、人間の責任であると思うのです。今ではあちこちに、空き家…家は朽ち、庭木・草が伸び放題…棲み主は人間に変わってハクビシン?となってます。

さてさて、日本を変える総選挙が、10日告示・22日投票があります。社会構造の変化に対応し、外にも内にも心くばりし、「日本を守る(人の命・財産)」…使命とする指導者は・・・どの党の誰なのか、注目したいです。

2017年10月 2日 (月)

人生・・・雑感

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人生は失敗の積み重ね

失敗を恐れると・・・何もできなくなり、貴重な体験をするチャンスを、自ら摘んでしまいます。やはり、体験することが、何よりも重要だからです。また、失敗することは、本当の意味では失敗ではありません。

失敗は成功の元

なにかに失敗しても、そこから反省して改善していくと成功の原因になっていく、という意味です。実際、成功者と呼ばれる人たちは、数限りない失敗を積み重ねて、その結果、成功しています。

「成功するには、たくさんの失敗を経験する必要がある」ということなのです。 そして、人生を本当に生きて、楽しむためには、何よりも、体験の量を増やすことです。

価値観と信念を醸成

何に対しても、自分なりの考え方や物事の捉え方を身に付けることは大切ことです。

他人の意見を参考にすることはあっても、決して流されることはせず、自分の頭でしっかり考え、自分の意識で人生を取捨選択し、生きていくことです。

人生のあらゆる問題、自分の身の回りに起きる事柄に対して、しっかり自分の頭で考え、自分の意見を持ち、自分の意思でもって答えていく・・・

そのように、自分だけの価値観や信念を持って生きることができるようになると、人生は今よりずっと楽しくなるかもしれません。なぜなら、生きているという実感を持つことができるからです。

倫理観を高める

倫理観とは、法律とは関係がなく、人として正しいかそうでないかを一般的な考えによる基準のようなものです。倫理観を高めるためには、人と接する時にいつも誠実であることを心がけることが大切です。

よく嘘をつくような人とは、信頼関係が築けません。

モラルをしっかりを持っていて何事も真摯に取り組み、自分を誤魔化さずに真っ直ぐに見つめられる人というのは、能力的に優れている優れていないに関わらず、好かれるものです。

2017年10月 1日 (日)

人間の使命と目的

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北朝鮮の不穏な動き・・・アメリカのトランプ大統領の力で抑え込もうとしている現況・同盟国(日本・韓国)を守るとしてしていますが、安倍首相も今回の選挙戦で、その対応を示そうとしています。

人間の使命

人類の歴史を振り返ってみると、どの時代も「闘争と破壊」「貧困と飢餓」の繰り返しです。現代も続いています。なぜ、このような悲劇がいつまでも繰り返されるのでしょうか?

この世の生きもの、すべて目的があるのです。

大宇宙の自然の中に、膨大な種が生存する生物の一種の人間も、子孫を残す、種の保護することを、本能的に持っているのです。

生き物の種を残そうとする本能から、競争社会(食うか食われるか)です。現人間社会では、物質的豊かを追い求める経済や、領土拡張などに明け暮れてきたのではないでしょうか?個人にしてもそうです。

人生の目的が不明だから、ただ肉体を守る行為や生本能を満たす行為などに、明け暮れてきたのではないでしょうか?

しかしこれでは、万物の霊長としてはあまりにもお粗末です。人間は動物とは違うのですから、そんな生き方をして良いはずはないのです。人間には、やらねばならない目的と使命があるのです。

人間の使命と目的・・・

☆ 慈愛の精神を養うこと。

☆ 優しさ・思い遣りなど、他人をいたわる心を育むこと。

☆ 広く大きな心を育てること。

☆ 正義と秩序を守る心を育てること 。

私たちがこの世に生まれてきた目的と思います。 人間社会の争いは、すべて欲得がらみで起きているのです。

人の心が豊かになれば回避できる・・・

家庭の不和も、小さな戦争も、大きな戦争も、みな心の未熟さが生み出しているのです。莫大な予算を費やして武装しても、戦争がなくなることはないのです。

戦争をなくすには、人の心を豊かにすることです。人の心が豊かになれば、黙っていても人類の使命は達成されるのです。政治や経済や科学は、この使命を達成する手段にすぎないのです。

足るを知る

無い物ねだりばかりして、心をすり減らすんじゃなくて、今の自分の恵まれている部分に目を向けることが大事ということです。

足るを知る…と言う考え方を肝に銘じて生活することで、際限なく湧きあがる欲望をコントロールしていく必要があります。そして、欲望をうまくコントロールすることで、心にゆとりが生まれ、心にゆとりが生まれることで、それが幸福な暮らしへとつながっていくのです。

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