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2017年8月14日 (月)

情報過時代

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現代人が1日に触れる情報量は、平安時代の一生分、江戸時代の1年分と言われています。人は、多くの情報が溢れる生活の中で、大小様々な選択を日々迫られています。

忙しい現代人に「ぼう大な選択」を1つ1つ時間をかけ、論理的に考えているヒマはありません。そのため人は、考える手間が無く、物事の判断を一瞬でおこなえる「無意識」を使って、これら「ぼう大な選択」を処理しています。

何かを選択するとき、何か行動を起こす時、「意識」と「無意識」のどちらかによって見極め、行動をしていますが、その判断は、私たちが自覚しているよりも遥かに「無意識」によるものが圧倒的に多いというのが事実です。

実際には、ほとんどの人が“97%”もの判断を「無意識」に行っているということです。この「無意識」を使った判断は、効率的な選択をおこなえる一方、不合理でメリットの無い選択をしてしまいます。

テレビで流れるCMや町中に溢れる看板、コンビニで見かける商品パッケージ、電気屋の店員など、目にとまる多くの場所で、この心理パターンが使われ、不合理な選択をさせられています。

また、日常生活や人とのコミュニケーションの場面においても「無意識」を使った判断で、不合理な結果になってしまうこともあります。

「無意識を意識すること」

いかに、無意識レベルでの状況判断や行動を、普段私たちがしているか・・・ということを、きちんと認識することで、今後の判断を意識的に行うことが出来るようになると考えられます。

人間は、自覚していない“呼吸”と同じように、「無意識」を「意識」によりコントロールすることができます。

大切なことは「心を感じること」、意識は基本的に「脳」で認識しますが、「無意識」は「心」で感じています。つまり「心に蓋をしないようにする」ということです。

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