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2017年7月17日 (月)

人(心)の箍(タガ)

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人間は、時に怒りや悲しみや欲望や、そういう激情を抑えきれず、精神的に暴走してしまうことがあります。その時に、最後まで精神を抑え保っていたものを、桶の箍に例えて、"心の箍"と言います。

夏目漱石著『草枕』の冒頭・・・

「山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に掉させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」があります。

人間社会には「タガ」必要なのです。タガが弛んだり、外れては人間社会はあり得ません。人は共同のみで生きられるのです。そこでタガ(法律)をつくり、規制を設けて、守ることで生きていけるのです。

むかし親父から、「野木になった庭木」では困るといわれたことがあります。庭木は枝を剪定し見栄えを良くすることで、野木のように、勝手に伸ばしてしまったら、家・庭につりあわなくなり、バランスが悪くなり、最悪切り倒すことになるのです。

人間社会でも、タガ(法律)があり違反したら罰則があります。それ以前に人間として生きるための、基本に道徳・倫理があります。子どもは親・学校・地域社会で、教わり育って、大人になっていくのです。

そもそも道徳・倫理とは何か?

ひとことで言うなら・・・倫理とは、自由です。そして道徳とは、強制です。

倫理とは・・・自由。言い換えるなら、決断です。何が正しく、何が正しくないかを、自分で判断すること。たとえ百人中九十九人がこうだと言っても、自分ひとりが違うと判断することもできる、それが倫理。

道徳とは・・・外的強制。他人がこうしているから、お前もそうせよ。これが道徳です。ただし、国家権力を背景にしていないので法律とは異なります、罰則があるかないかは別問題です。「常識」とほぼイコール。

規範とは・・・一定の社会集団内で、その成員がいだいている価値判断の共通の評価基準ないし理想型。規範によって価値の普遍的妥当性が保証される。→価値

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