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2017年5月10日 (水)

年寄りは社会の厄介者ではない

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Bachalpseeflowers1

老齢期に入って思う・・・

ライフサイクルからみた、老齢期を65歳以上のことを言うのが一般的なようです。それから、医療制度では…前期高齢者(65歳~74歳)・後期高齢(75歳以上)

(Ⅰ)幼少期(春)0~12歳
(Ⅱ)青年期(夏)0~20代後半
(Ⅲ)成人期(秋)30歳前後~60歳ないし65歳
(Ⅳ)老年期(冬)

年寄りというと「介護」のイメージがあります。厄介なお荷物?にならないようにしなけれればと思っていますが?私は果たして・・・

それにしても、少子高齢化時代で、どこに行っても、お年寄りが多いです。お年寄りの多い世の中で、元気な人がいます。

聖路加国際病院名誉院長の日野原 重明さん(105歳)。『九十歳。何がめでたい』を書かれた佐藤愛子さんは94歳です。「新しい憲法を制定する推進大会」であいさつする中曽根康弘元首相98歳のお元気な姿をみて驚きました。

「老」という言葉には、古くは「長老」「老中」などで代表されるように、尊敬の意味が込められていました。しかし現在では「老害」「老醜」などで代表されるように、マイナスのイメージがあります。

生きることの難しさ、虚しさが如実に現れるのが、年老いてからです。それは、改めて、生きることの意味を考えさせられる時期でももあります。新しいことをするためには、気力も体力も残されていない・・・年をとると言うことは、未来への希望や可能性が狭まっていきます。

同じ事を同じようにしようとすれば、若い人間には、太刀打ちできません。二十代の若者と同じ条件で六十代、七十代の人間が競わせようとするのは残虐な行為でしかありません。

しかし、一方において、年寄りには、生きてきた蓄積があります。それは、人間としてかけがいのない財産です。人徳として昇華されたものです。

人は、生きてきた時間だけ多くの経験や知識があります。その経験や知識を上手に活用することが年寄りの特権なのです。その為には、その人その人が生きてきた軌跡の延長線上に生活の基盤を求めるべきなのです。

年寄りには、年寄りにしかできないことがあるのです。老いても活躍する場所はあります。人に役に立てるからこそ生きる喜びがあるのであのです。生きてきた証のような事まで愚弄されれば、生きる気力まで奪われます。

年寄りは、社会の厄介者ではないのです。

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