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2017年5月

2017年5月25日 (木)

お互いが寄り添いあう地域社会

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これからの地域社会は「お互いが寄り添いあう地域社会」が必要となってきています。

少子高齢化の進展、核家族化による世帯構成の変化、地域コミュニティの希薄化などにより地域社会のつながりは大きく変容しました。

最近、近所付き合いのない世帯や高齢者の一人世帯での孤立死、若者の引きこもり、子どもや高齢者などへの虐待などが社会問題となっています。

残念ながら孤立死や虐待などは事件などが生じて初めて状況が公になることがほとんどです。

この背景には、個人主義やプライバシーが過剰に意識されすぎる傾向にあるため、他人の生活に立ち入らないといった意識や、お互いに干渉し合わないことが無難であるという意識が定着している現代社会の風潮があります。

このことから、わずらわしいことには知らないふりをするのが、一番楽だと思っている人も少なくありません。これでは人々はますます孤立化し、さびしい地域社会になってしまいます。

このことから「安心して生み育て」「安心して老いを迎えることができる」まちを創るためにも、地域から孤立している世帯などを「みんなで見守る」・・・「遠くの親戚より近くの他人」・「お互いが寄り添い合う」ことです。

また、誰にも相談できずに日々の子育てにひとりで悩んでいるお母さんや、外出することが難しくなり、生活の困りごとを抱えている高齢者の世帯などに、救いの手を差し伸べることのできる地域づくりも進めていかなければと考えています。

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だれにとってもやさしい“まち”

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誰にとってもやさしいまちに…

みんなが暮らしやすい環境や社会をつくることです。

□ 暮らしやすさは、不便や不自由がない

□ 地域の人たちと仲良く交流できる

このふたつのことが大切になります。

隣の人に会ったり、近所のお店の前を通ったりするときに、「おはようございます」とか「こんにちは」と、あいさつをする。

同じ地域に暮らす人たちの顔が分かり、

気軽にあいさつできるようであれば、

住んでいて楽しいし、なんとなく安心感があります。

それにこのような隣近所との関係は、住民の地域に対する関心は高く、犯罪がおきにくい、安全なまちづくりにつながります。

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2017年5月24日 (水)

自分の行為・行動を反省して!

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私たちのまちは、公園や道路などきれい・・・

健康的で明るい笑顔のあるまちにしたいものです。

それには、いつもみんなが意識して、以下の事を徹底することです。

1 挨拶をする。

2 ゴミのポイ捨てをしない。

3 自然環境を大切にする。

4 伝統文化を守る。

犬のフン不始末や、たばこの吸殻のポイ捨てに困っています。

犬のフンを片付けるのは、飼い主がすることが常識です。

タバコの吸い殻のポイ捨ては、歩行喫煙しているのです。(八王子市内は歩行禁煙です)

私たちの住むまちの公園・広場に犬のフンの不始末・・・

道路や空き地に、タバコの吸い殻や、ゴミが捨てられています。

自分が住むまちを、気持ちよく住みたいものです。

○ タバコの吸い殻は・・・“ゴミ”です。

○ 犬のフンの始末は飼い主です。

規範意識を持って欲しいものです。

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自分の住む町を大事にしよう

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自分の住むまちに愛着を!

自己中心主義の人が多いといわれる時代です。一人の人の行為で、自分が住むまちのイメージが悪くなるのです。

たった一本のタバコの吸い殻で・・・

たとえば通勤で、自宅から最寄の駅に行くまで・・・タバコを吸いながら(歩行喫煙)している人を見かけます。そして、タバコの吸い殻のポイ捨て…灰皿道路と化してしまう。そのままにして、おくと、パンの包装・紙くず・・・さては、家庭ゴミまでに至ってしまうのです。

自分が生まれ育ったまちは、一生心に残ります。誰でも自分の住んでいるところを悪く言われるのは嫌なものです。

あんな汚らしいまち・・・あんな危険なまち・・・逆にいいなあ住んでみたいなと思われることほどうれしいことはありません。

いま、そのまちに住む人が、住む人自身で考えて、まちづくりを行うことです。良くするも、悪くするも、地域に住むあなたしだいです。

子どもたちが、大人になったとき、自分が住んでいたまちを、どうすればよくなるか常日頃からよく考え、地域が、将来に引き継ぐことができるか考え行動をするようになるでしょう。

地域に住む一人ひとりの心がけ

自分が住む地域の人々が少しでも豊かになるようにという想いや、「誰かのために何かをする」想いを持った人たちが協力し合うことで地域社会が発展するということです。

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2017年5月23日 (火)

生きていることに感謝

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与えられた命

私たちは、この世に自分の意志で時代や場所を選択して生まれてきたわけではありません。生まれたのは、偶然であり、すべて与えらてこの世に存在しているのです。

与えられたいのちは、親や周囲の援助がなければ、そのまま失ってしまうような危うい存在なのです。そんな危うい存在である私たちが、何十年も生きられるのはなぜでしょう。

それは、あまり意識しないかも知れませんが、自らが持って生まれた「いのちの力」と家族や周囲のさまざまな人々の「お世話(支援)」があったからで、現在もあるからではないでしょうか。「迷惑をかけた」のではなく、「お世話」になってきたのです。

こうして「お世話」になりながら育ってくるなかで、私たちの心には、「できることで、誰かを助けたい」「誰かのために役に立ちたい」といった気持ち が、育っていくのではないでしょうか。

命のつながりと、共生

人と人がつながって生きるという双方向の人間関係は、このようにお世話になったり、お世話をしたりすること を通して育つ人間への基本的信頼感があるのです。

動物・植物など、いろいろな生きもののことを考えるとき、私たちは、彼らが住む山や海、森や川のこと、そして空気や水のことも一緒に考えます。けれども、そうした環境の中に人間の生活も含まれていることを、どうも忘れてしまいがちです。

私達は、豊かさにおぼれ、「共生の中に活かされている」このことを忘れてはなりません。命をつなぐ食べ物に、もっともっと感謝しなければいけないと思います。

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高齢化社会を考える

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高齢化社会が進みます。

2015年現在、日本の全人口のうち、65歳以上の占める割合は26.8%。これが30年後の2045年には、 37.7%になり、要するに、5人に2人が65歳以上という時代がやってきます。

『亀の甲より年の功』[=劫]
「劫」は極めて長い時間のこと。「甲(こう)」を同音の「劫」にかけて言った言葉。人間にとって大切なことは年劫を経ることだ。長年の経験は尊(とうと)いものである。

ある仕事・作業に対して、若年者がどうやっても上手くいかない時に、年長者(熟練者)か何の苦もなくやり遂げてしまった時に、この若年者が「さすが、亀の甲より年の功ですね」と年長者にたいして敬って言う言葉です。

年よりは邪魔者扱いされる

現在の社会では、高齢者をどこか高齢者を邪魔者扱いしてるような雰囲気というか、風潮があるように感じます。

永六輔の名語録に「子供叱るな来た道だもの 年寄り笑うな行く道だもの」・・・の通り、若い人だっていずれは年をとることです。年寄りを邪魔者扱いする前に・・・当然自分のこととして考えるべきです。

 「“嫌老”から“賢老”へ」

3人に1人が高齢者となる時代、作家の五木寛之さんによると、深刻な“嫌老”社会にならないためには、一人一人の高齢者が“賢老”・・・

つまり賢い老人になって、自立した人間として、生き生きと暮らせる世の中になることが大切だということです。高齢者が若者や子供たちを大事にする・・・そして若者や子供たちが高齢者を大事にする・・・

「賢老社会」を作るためには、若い世代も高齢者も、お互いがお互いの立場の身になって希望のある社会を作っていくことが、これからの時代だと考えます。

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2017年5月22日 (月)

“住んで良かった町”に・・・

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町内会・・・

安心・安全な町づくり 

地域の住民の安心・安全な暮らしを守り、健康で明るい町にしていくことです。

日本における伝統的な地縁集団。町や村などの対面的な集団が基礎にあるが、第2次大戦中に法制化され、総動員体制の末端として大きな役割を果たした。

1947年に廃止・解散が命じられた後も任意団体として復活し、行政の末端における補完組織、また住民の相互扶助組織などとして機能した。(マイぺディア)

昔のような農業中心の集落での活動でと違い、生活スタイル・価値観の多様性の社会で、コミュニテイ・・・地域の活性化と必要性が大事なことになってきていると思います。

活動の内容も、社会のニーズに合ったものにしなければならないと考えます。

スローガンは、「住んで良かったまち」です。

現実を見ると、町内会・自治会役員は9割がシニア男性です。

主役はシニア男性でよいのですが、子育て世代、女性、そして子ども達にとっても有用な町内会であるべきです。子どもから、お年寄りまでの意見を聞きながら、活動することです。

彼らの声を受け止める度量、興味を引くプログラム。シニア男性とは異なる発想や拙いアイデアも受け止められる町内会、自治会でなければ、それは敬老会にすぎません。

過去の成功体験にすがらない、形骸化した組織や旧来の目的とは違う今の町内会の役割を考え・・・これまでの町内会・自治会とも違う自治会・町内会づくりに取り組んでいくべきと思います。

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2017年5月21日 (日)

万緑の候・・・

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片倉城跡公園にて・・・

今朝の公園に小鳥の鳴く声のみの静けさです。

とき過ぎて 山の緑は 増すばかり

静けさや 深緑の葉に 朝のつゆ

水ひかり 草木が萌える 城の里

石垣の 割れ目の奥に 夏をみる

薫風は 古城の里を 巡らして

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老化は足から・・・

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アンチエイジング(老化防止)

誰でも、少しでも長く元気にしていたいものですね。。。

年を重ねるほどに、同じ年令でもすごく老けて見える人、若々しい人。元気な人、病弱な人の差が開くように感じます。

老化は足から・・・

一般的には高齢になるに従って運動量や歩行量は減少していき、使われる頻度の少なくなった筋肉はすぐに衰え始めます。これは過去に宇宙から帰還した宇宙飛行士の筋力が一時的に著しく低下していたのと同じことです。 

運動不足が続くと、筋肉が衰え、からだを支えることができなくなってきます。

老化を防止し、足腰を鍛えるために手軽にできる運動として、「ウォーキング」があります。

自分のペースで無理なく行うことです。

ウォーキングは有酸素運動で、ウォーキングいる間に体の中に酸素をたくさん取り入れることができる運動です。そして、有酸素運動で、長時間無理することなく続けられます。

ウォーキングは、誰でも簡単に始めることができるスポーツですが、徐々に距離を延ばすなどして、無理せずマイペースで行う事が大切です。

無理をすることによって筋肉痛を引き起こしたり、膝に負担をかけすぎたりしてしまいます。何よりも大切な事は楽しく続けるということです。

楽しみながら、老化防止を行いましょう!

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2017年5月20日 (土)

年々歳々花相似たり・・・

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今日の東京地方…朝から晴れて、真夏のような暑さになりました。「庭木の剪定」・・・昨日の続きの作業を午前中行う。

咲き終わった、モッコウバラの刈り込み片付けをしながら、ふと思い出す・・・

年々歳々花相似たり歳々年々人同じからず」・・・『劉 希夷(りゅう きい)中国唐代の詩人の詩』

あれほど咲き誇った花は見る影もなく散ってしまう。人もまた時々刻々老いゆきて、そして彼の黄泉の世界へと去ってゆく。一時一刻もとぎれることのない大自然の動き、諸行無常は世の習い。

花咲くも無常であり、花散る もまた無常で常に変化してやまないのがこの世の常なのだ。諸行無常の世の中に、常なるものは一つもなく明日のわが命さえ知れない。

この儚いものなのに、何時までもあるかのように迷夢に酔い痴れてお金に執着し、物とらわれ・・・名声、名誉を追い求め、限りなく欲望を募らせて争い奪い合い憎しみ合い、殺し合っての愚を繰り返しているのが私ども人間なのです。

近所の人から、相模原の北公園が、今バラのみどころだという、行って見たくなったなぁー

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季節外れの暑さ

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「時は今 真夏のような 五月かな」

今日の天気予報では、東京地方は29度の予報です。

年のせいか、急な暑さは身体にこたえます。

でも・・・我が家では、コタツは片付けていません。

朝などは、まだコタツがないと・・・

5月は暑かったり、寒かったり

気温の温度差が大きい・・・

身体がなれないと言われています。

熱中症で、倒れる人が多いそうです。

後期高齢者の私どもは、特に気をつけなければ・・・

昨日に引き続き、我が家の庭木の剪定をしたいのですが・・・

朝のうちだけにしておこう。

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2017年5月19日 (金)

地域の自然環境を守ろう

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人が健全な生活を営むには、地域社会の自然環境が大事です。

子どもから大人まで自然の豊かな恵みを享受する自然とのふれあいは、生態系の一部である人間が自然との共生への理解を深めていく基本的な行動といえます。

 しかし今、日本各地で身近な自然環境が消失し、人工環境が増えるにつれて、交通公害や水質汚濁、近隣騒音といったいわゆる都市生活型公害問題や地球環境問題が深刻化する「外なる自然」破壊が進んでいます。

私たちのまちの片倉城跡公園がありますが、かっては多くいた、カエルやホタル・昆虫などが少なくなりました。また、川の魚の種類も減ってしまいました。

現代の日本では、人間が本来もっている感受性や五感の劣化、さらに人間関係や対人関係のつまづきによるいじめ問題の拡大、孤独への不安など、「内なる自然」破壊が起きてきているといえます。

例えば、近年の子どもに共通する性格傾向として、いじめの現場を見ていても何も出来ずに同調していじめ側に回ってしまう、自己中心的、パニックに陥りやすい、粗暴であるなどが指摘されています。

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2017年5月18日 (木)

心身の健康について

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心身の健康・・・考える

ストレス社会が進み、生涯健康社会が望まれる中で、「こころ」と「からだ」の健康についても科学的な根拠に基づく知識が必要不可欠となっています。

心身の健康の維持するために、心がけることは・・・規則正しい生活と適度なストレス・良好なコミュニケーション・地域との良い関係などです。

具体的には・・・

① 「自然の中で適度なスポーツをする」

② 「充分な睡眠をとる」

③ 「バランスの良い食事」

④ 「規則正しい生活を保つ」

・・・ことです。

 

 

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日本人の寿命について

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日本人の平均寿命・健康寿命(2015年)

女性86.99歳

男性80.75歳

健康寿命(2015年8月28日付け日経新聞)

女性75.5歳

男性71.1歳

100年前の日本人の平均寿命は、40歳前半だったそうです。1950年台以降の寿命の20年以上の伸びています、大きくは医療技術の改善による寿命の伸びです。

在生きている私たちは、人類がかつて経験したことのない「長寿」の世界に生きています。

生きるために働く・・・

生きていくために必死に働いていた時代、少しでも豊かな暮らしをするために一心不乱に働いていた時代なら考えもしなかったのです。

近代まで「働きがい」であるとか、「仕事の面白さ」といったものは、ほとんど意味がなかった。生きるために働く、それでよかったのです。

子供はたくさん生まれ、たくさん死に、そして、人は60まで働けば、もう残り僅かの余生を送る、という生活だったのです。現代は、子供は少なく、人は長期間働き、余生は長い・・・社会そのものが、100年前とは大きく違ってきています。

寿命は医療で延ばせるものではなく、『天命』です。

寿命というものは、そもそも医者にも患者本人にもタッチできないものではないでしょうか・・・一人ひとりの寿命は、運命的に決まっていて、病気に限らず、事故や災害での突然の死も、本人が生まれ持っているものです。

少子高齢化社会・・・

「教育」や「職業」、「働き方」、「お金」、「健康」・・・そういったものが、これから社会の、大きな問題となってきています。「少子高齢化」の社会構造の変化でも、人間の尊厳を守り発展する社会を構築しなければならないのです。

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2017年5月17日 (水)

犬のフンの不始末のこと

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危機感さえ覚えます。

私たちのまちの公園に、今日午後2時に点検に行きました。

犬のフンを、片付けました。

小学生の女の子たちが、4人で遊んでいました。

ちょと離れた木の下に、放置されていて・・・

 踏まなくて良かった!

女の子たちに、「ゴミは持ち帰りましょうね」

・・・と言って犬のフンのことはいいませんでした。

絶対に止めて欲しい「公園内に犬のフン放置」

泥んこになって遊ぶような子供たちです。

誤ってフンに触れてしまう可能性は、大きいです。

そんな不潔な環境では・・・

安心して子供たちを遊ばせることも出来ませんよね。

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無情迅速月人を待たず

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ちょっと前まで、先輩たちが、たくさん近くにいて自分など、くちばしが黄色い者の出る幕ないと思っていましたが、本当にいつの間にか、ヨボヨボの爺さん?なってしまった・・・一体何をしてきたのだろう?

「無情迅速月人を待たず」・・・を実感しています。

時間は人の都合とは関係なしに、刻々と過ぎていくものであり、人を待ってくれることなどない。転じて、人はすぐに老いてしまうものだから、二度と戻らない時間をむだにしないで、努力に励めよということ。

人生とは有限です。

二度と取り戻すことができないものです。ただなんとなく過ごしていても有意義に過ごしでも、同じだけ時間は流れていく・・・その当たり前のことになかなか気がつけない。

だから限りある時間を、後悔のないように生きることです

気がつけば漠然と毎日を繰り返している・・・知らぬ間に年月が経ち、歳を重ねていく・・・

時の流れは残酷です。「自分の人生は何だったのか」「今までいったい何をしていたのか」過ぎ去った時間の長さに愕然とします。

いたずらに時間を浪費するのではないということ・・・未来のために今を犠牲にするのではないといことです。

どんなときも「今ここ」を大切に生きることです。

繰り返しのような日々も、同じ一日の繰り返しではありません。平凡で退屈な毎日も、目を凝らせば新しい発見に満ちているのです。淡々と進む毎日だからこそ、かけがえのない時間を大切にすることです。

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人の心には善と悪が潜んでいる

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人の心には「善」と「悪」の心があります。

警察官でも、人間です悪心を持った人間です。最近のニュースで、広島の警察署内で多額の現金が盗まれるという事件がありました。防犯カメラはない・・・当然といえば当然と思いますが、犯人は内部の人間との見方をする人もいます。

世界の歴史でも宗教戦争は絶えません。人間の道を諭している・・・とキリスト教とイスラム教との争い・・・イスラム教でも、シーア派とスンニン派との争いがあります。

同じ人間でありながら、冷酷な殺人者になる人もいれば、温かい人道主義者になる人もいます。人間の行動に時として動物的な性向が表われます。

不完全さと良心

人にはみな、生まれた時から間違ったことをします。良いことをするには努力が要り、それは川の流れに逆らって舟をこぐようなものです。

それでも、人間には良心が備わっています。生まれつき、正邪を判断する感覚を持っているので、多くの人は良識ある行動を取ります。

道徳教育を特に受けたことがなくても情け深い行動を取る人がいるのはそのためです。とはいえ、悪を行なう傾向ゆえに人の内面で葛藤が生じます。

ゆがんだ環境

カメレオンは周囲の環境に合わせて体の色を変えます。同様に、犯罪者と付き合う人は往々にして犯罪者の性向に倣うものです。

犯罪者と付き合えば、犯罪者の性向に倣うものです。一方、正直で品行方正な人とよく交友を持つなら,良いことを行なおうという気持ちは強まります。

しかし、間違った行動を取る人と実際に付き合わなければ悪影響を受けずに済む…と考えるわけにはいきません。人間は不完全なので、心の奥に潜む悪い傾向が表面に現われることがあるからです。

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2017年5月16日 (火)

公園・広場などはきれいにしよう

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誰も何もせずにほったらかしにしてたら、この公園どうなるんでしょう?

私たちのまちには、時田公園と片倉時田まちの広場があります。

私は、公園・広場・駅の駐輪場などの、まちの人が、みんなで使うところは、いつもきれいで、みんなが気持ちよく使える場所でなければいけないと考えています。

毎日ゴミで汚れていないか、点検するようにしています。公園・広場は公園課・駐輪場は自転車対策課に相談して、注意看板を取り付けていただいています。

なみ野交番に、夜間のパトロール・八王子市の生活安全部防犯課に、防犯パトロールをお願いしていますが・・・

一向に減らない、ゴミのポイ捨て、犬のフンが後を絶ちません。規範意識のない人は、多くはいないと思いますが、始末で頭が痛いです。(このところ連日犬のフンを始末しています)

地域の皆さんが利用する公園です。後で使う人が気持ちよく使えるように、心配りをしてもらいたいですね・・・ 特に子供たちが頻繁に使うので、危険なゴミ・犬のフンが無いかのチェックもとても大事です。

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真の世界平和は来るでしょうか?

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日本を取り巻く世界情勢もこれまで以上に緊迫したものになっています。北朝鮮は核実験やミサイルの発射を繰り返し、中国は南シナ海で軍事拠点を拡大させ、日本の領空や領海へたびたび侵入しています。

さらに、世界各地でイスラム過激派によるテロが頻発しており、日本人もその犠牲になってしまいました。これまで多くの日本人は「日本は平和で安全な国だ」と思ってきましたが、次第にその考えを見直さざるを得なくなっています。

真の世界平和は来るでしょうか?・・・

平和な社会、平和な世界、平和な未来・・・しかし、「平和」は何で保たれるのでしょうか?今の世界事情は、話合いで物事が解決できない状況にあるのです。

国家や民族が互いに不信を抱き、武力を背景にした緊張の上で保たれる平和は、はたして真の平和のすがたといえるのでしょうか・・・

戦争は怒りと悲しみを広げるだけの愚かな行為です。誰もがそのことを知りながら、繰り返される争いの連鎖を、私たちはなぜ、断ち切ることができないのでしょうか・・・

どこまでも根深い欲望と愚かさに根差しているのが人間です。

私たちは、常に過去の歴史に学び、愚かな過ちを再びおかすことのないよう、また自己本位で排他的なあり方に、厳しい批判的な目を持ち、この地上世界に平和が実現するよう努めるべきです。

真の世界平和は、世界の人々の願いです。「戦争を起こさない」この普遍の理想を実現するために、互いに排他的な憎しみの心を克服することに努め、尊い命を奪い合うという愚かな争いをこの地球上からなくすことこそ、皆が共有すべき目標とすべきです。

争いによって、多くの尊い命が失われてきた歴史を、決して無駄にしてはなりません。私たちが目指すべきです。

自他共に心豊かに生きることのできる社会を目指す・・・

平和は、誰かを犠牲にして成り立つものではありません。一人ひとりが尊ばれる社会、互いに信頼し合える安穏なる世界に向けて、これからも、いっそう力強く歩みを進めてゆかねばなりません。

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限りある時間を有意義に・・・

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「時間は止まらない」

「この地上で過ごせる時間には限りがあります。 本当に大事なことを本当に一生懸命できる機会は、二つか三つくらいしかないのです。」・・・スティーブ・ジョブズ

限られた時間の人生で一番大事なのは、今何をするか…ということです。

今何もしていないのに、将来を夢見たり、不安に憂いたりしないことです。先のことを考える前に、目の前の一瞬をしっかりと生きていく事が大事なのです。

「今を大切に生きる」

幸せになるためには、今を大切に出来るようになることが重要です。

大事なのは、今自分がどう生きているか・・・です。幸せになるためには、幸せを感じることが重要です。幸せを感じられるのは「今」だけです。

心が「今」になければ、幸せなものを感じることはできません。人生を大切にするためには、今を大切に考えることが大事です。

今を大切にすることが、幸せな将来につながるのです。 人生を後悔しないためにも、今をよりよく、生きることが大切です。

今を少しでも、楽しんだり、喜んだり、幸せを感じられるといいのです。そのためには、今ある物・ある人を・・・愛するすることができることが最高です。

そういう幸せな、日々を重ねていくことが、幸せな人生につながるのだと思います。 「今が大切」ということを忘れずに、生きていけるようになるといいです。

「人の一生は生きた内容が大切」

 人の一生は、どれだけ長生きしたではなくて、「どれだけ自分の責任を果たせたか、どれだけ社会の一隅を照らせたかが問われます」。 長生きよりも生きた内容が大切です。

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2017年5月15日 (月)

日々感謝の念を持つこと

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私たちは、毎日を「当たり前に、なにげなく」過ごしています。

実は、昨日首から肩にかけて・・・凝って、何か重い荷物を背負っているような、異変を感じました。血圧を測ったら、いつもの数値より、かなり高い結果でした。

すぐに横になり、休養しました。

「あぁーこういうことが脳疾患の原因になる」のかと思いました。

考えられる原因は、疲れ・・・だと思います。

無理は禁物で、「自分の能力・限界を知る」ことだと思いました。

命は永遠ではない、日々感謝の念を持つこと。

私たちは、自分の人生を永遠だと錯覚しています。しかし、人生には当然限りがあります。

今日、生きられたからと言って、明日も生きられる保証はありません。私も毎日、感謝の気持ちを持つことで、日常の小さな体験から幸せを感じられるようになりました。

歩けること、食べられることに感謝をすること、普段から「ありがたい」ことと思えるようになります。「ありがたい」を・・・心で口にすると、不思議と幸せを感じるのです。

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生きる真の目的・・・

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今日を生きることは・・・

自分自身を磨くこと、そして家庭と社会で、自分の責任と役割を果たすこと。また、多くを学んで、自分の品性、資質を磨き、人格を向上させることです。

これがこの世に生まれて、一生を生きる目的です。ですから、「人間の生きる目的」は、 日々・・・精進することだと思います。

その結果として、自分が社会に貢献し、子供たちを社会に貢献する人間に育て、家庭と国家の安定と繁栄に寄与することです。

人間が生きる真の目的は・・・

① 自分自身の心を美しくする。

② 品性を磨いて人格を高める。

③ 徳を積む。

④ 社会に貢献する。

⑤ 人間関係を円満にする。

⑥ 感謝報恩と奉仕の精神を持つ。

人間が生きてゆくうえで、必要なお金・物・地位・ その他は、一生懸命に努力をすればその人が持って生まれた器の分だけは、手にすることができるのです。

人間の生きる目的を忘れ、おろそかにして、いたずらに欲望のみを追い求めると、人は幸せにはなれません。

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2017年5月14日 (日)

母の日に思う

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「親思う心にまさる親心 」

子が親を思う気持ち以上に、親の子に対する慈愛の気持ちはさらに強いものだということです。 《吉田松陰の歌「親思ふ心にまさる親心けふの音づれ何ときくらん」から》

今日は「母の日」です。

昭和24年に日本でもアメリカにならって5月の第二日曜を「母の日」としたのです。

私は、終戦後、物・食料不足の、苦しい生活を体験しています。

私の母親は、昭和24年8月に、今思うと、薬や治療もない時代で、神や仏に祈るだけ・・・胃潰瘍で48歳で亡くなりました。

昭和20年3月、アメリカ軍の飛行機で焼夷弾が落とされ、防空壕に入ったとき、私たち子供(兄や妹)を、先に入れ母親は最後に入って、子どもたちを優先に「命を守ってくれた」・・・記憶が今でも鮮明に記憶に残っています。

世間一般に貧しかったせいもあるけれど、母親は子供の食べ残しで食事をすませることも多かったように思います。

母親の子を思う心は、「自分の命を賭けても守る」という強い愛情があると思います。それは、動物的「本能」からだと思います。

最近のニュースで若い母親が、気温28度もする日中に車の中に5時間も放置し死亡させたという。母親の資格ナシです。目に見えない、子どもの虐待などがあるそうですが、それは、母親本人が悪いのですが、社会の風潮が悪いのではないでしょうか・・・

それは教育も大きく関係していると思います。

基本的には、子育ては親が見本です。親が命を大切にしてたら子供にも伝わります。子は親の背を見て育つといいます。言葉だけで諭すより、親の背中で語れるものもあるのでしょう。

まずは、私達がその見本となって、命を大切にすることを学ばなければならないのかも知れません。

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人生はスタートの連続です

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「生きる」ということは・・・

「今」という「とき」を大切にするということです。

たとえ私が90歳、100歳生き得たとしても…

私が生きるのは、いつでも「今」です。

ですから、「今」をおろそかにしていては…

“生きている”とは言えないのです。

まさに、私が生きられるのは「今」なのです。

過ぎ去ったところを「昨日」といい…

まだ来ぬところを「明日」と呼んでいるだけなのです。

私に与えられている時間は「今」しかありません。

当たり前といえば至極当たり前のことですが…

常に、人生のスタート地点は、今なのです。

生きている時間は、厳密に言えば、今しかありません。

常に今を生きていると同時に、常に今、スタートしています。

人生は、スタートの連続です。

スタートのベルの音は、常に鳴りっぱなしです。

素晴らしいスタートができるかどうかは…

今の自分しだいです。

いいスタートができるかどうかを決めるのは…

今の自分自身の行動です。

人生を変えるチャンスがどこにあるはずだ…

それは今の自分なのだ!

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人の心は大地の畑

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人の心は・・・大地の畑のようなものです。

ほったらかしで荒れ地にする事も出来るし、毎日手入れをして、作物が沢山とれる畑のようにする事もできます。

想いが浮かぶままに、気持ちに任せるだけにすると荒れ地になり、肥沃な、畑のようにするには、毎日耕すのが大変です。

心を耕すとは・・・

心をほったらかしにしておくと、自分もダメ、他人もダメ、社会もダメ、何でもダメの否定的な人間になります。

自分は何をしても、ダメな人間と考え、自分の良くない所だけ考えてしまう。また、他人を悪く思い・・・他人の悪口を言い・・・他人の批判を繰り返す・・・

これは、自分がそうしているのです。考えを変え、ポジティブ思考に切り替えようと思えば、可能なのです。

しかし、努力がいりますし、相当な力と忍耐が必要になるものです。

でも、心をほったらかしで、全てが、自分を惨めにするような気持で終えるか、毎日、心を耕して、豊かな作物を生産し続けるかは大きな違いです。

人間は、自分の意志でどちらにもなれます。できれば、心を耕して豊かな人生を歩みたいものです。

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2017年5月13日 (土)

上手に年を取ること

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上手な年をとり方は、「自分に無理ではなく、我がままでもなく」というスタンスを確立していくことです。

若いころには、人並みか、それ以上に・・・という意識が強かったと思いますが、年を重ねるごとに、自分は自分、人は人、という悟り?を持つようになりました。

何をするにも、今までの経験の範疇でしか行動をしない、新しいことへのチャレンジすることが徐々に薄れてくるようなりました。いわゆる安全運転を心がけるということです。「あーこれが老化ということなのかな・・・」と思ったりしてます。

世間には、良い年の取り方をされてる?・・・という方は沢山いますが、私はあえて真似しないように考えています。

ものの考え方や精神的体験、具体的な人生経験などは違います。形成された人格は様々に異なっていて当然だと思うし「これが正解です」という事もないように思います。

素敵な人は素敵だと認めた上で、自分は自分なりにその時々においてベストの判断、行動を心掛けておればよい、と思っています。結果として世間のスタンダードからはずれた年の取り方になってしまっても、どうということはありません。

世間体とか、人並みとか、人以上とか、そういう他人との比較で神経をすり減らすのも馬鹿らしいような気がしております。どうせ一生、死ぬまで生きるだけの事です。

公序良俗に反しないなかで、自分を大事にしたいと思ってます。人を気づかうばかりではなく、もっと自分も大事にすることです。

もう少し自己主張しても・・・「ワガママ」にならない境界線というのは、これまでの人生経験で「しっかり身に付いている!」ということに、自信をもっています。

吉田兼好の徒然草に・・・

「何方(いずかた)をも 捨て じ と 心 にとり 持ち ては、 一事 も 成る べから ず」

何でもかんでも 手 を 付け て い ては、 どれ も 中途半端 な まま で 完成 し ない。重要 な もの に 焦点 を 絞っ て、 他 の もの は 思い切っ て 捨て去る 決断力 が 必要という意味です。

年を重ね、最近思うようになりました。

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梅の実

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青梅の 一つ転がる 敷石に

青梅の季節になりました

お寺の玄関前に

梅の実が

一粒転がっていました

梅の木を見上げると

大きくうぶげに包まれた沢山の実が

太陽に輝いています

収穫時期を前に

落ちてしまったのでしょう

何事もななかったような静かさです

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2017年5月12日 (金)

人に自然に思いやりを・・・

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人には、少しでも“楽”をしたいという心があります。忙しいからでしょうか?我がままなのでしょうか?最近「自己中」…の言葉が多く使われるように、「自分さえ良ければいい」との考えの人が多いように思えます。

その考えは、「今現在の楽しくあれば良い」・・・はまったく、将来のことは考えていないのです。それは、「ゴミのポイ捨て」「犬のフン不始末」「歩きながらの喫煙」など、環境保全を無視する行動に現れています。

人は一人では生きて生けません。多くの人に関わり合って生きていけるのです。人間社会で差別なく公平に、権利と責任あり、「決め事」ルールやマナーが大事なのです。

現代人の生活は、隣近所との関係が希薄であるといわれています。自分が住んでいる地域全体が守られて、はじめて家族が安全になれるのです。災害の発生を防いだり、被害を最小限に食い止めるためには、日ごろからコミュニティを大切にし、連帯感を深めていく努力が必要です。

「周辺環境の美化」

地球環境は確実に悪化しています。現在、地球の環境はかつてないスピードで変化しています。これが好転しているのなら喜ばしいのですが、残念ながら悪化の一途をたどっています。

環境をよくするために、私たち一人ひとりが、行動しなければなりません。でも-「環境が悪くなっているのはわかるけど、私たちに何ができるの?」そう思われる方、多いと思います。

確かに、何から始めればよいのか、分らないかも知れません。しかし、私たちにも出来ること、しかも、今日から出来ることが、たくさんあるのです。

「自分の住んでいる地域社会を守る」

国土交通省の調査では、現在住んでいる地域に対して、4人に3人が愛着を感じているようです。この傾向は、三大都市圏と地方圏で変わらないのです。

愛着を感じる要素については、三大都市圏においては、利便性、地方圏においては、「家や土地があるから」、「自然環境に恵まれているから」、「友人など人間関係があるから」など様々な理由が挙げられています。

人に…自然に…対する思いやりは、自分の人生を大切にことです。自分の周辺を良くして、自分が「幸せ」になれるのです。

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2017年5月11日 (木)

片倉城跡公園も新緑に…

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新緑や 通り抜ける 風静か

吹きそよぐ風も心地よく、

過ごしやすい季節になりました。

ついせんだってまで、

お花見で賑やかだった、

片倉城跡公園の桜は、

すっかり新緑になりました。

朝・散歩しますと、

桜並木の下を通り抜ける風は、

新緑の葉を優しく揺らしています。

公園内の草木が萌えるようです。

今は、散歩する人が通るだけになりました。

なんだか季節は、慌しく? 

移り変っているように思えてなりません。

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2017年5月10日 (水)

年寄りは社会の厄介者ではない

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老齢期に入って思う・・・

ライフサイクルからみた、老齢期を65歳以上のことを言うのが一般的なようです。それから、医療制度では…前期高齢者(65歳~74歳)・後期高齢(75歳以上)

(Ⅰ)幼少期(春)0~12歳
(Ⅱ)青年期(夏)0~20代後半
(Ⅲ)成人期(秋)30歳前後~60歳ないし65歳
(Ⅳ)老年期(冬)

年寄りというと「介護」のイメージがあります。厄介なお荷物?にならないようにしなけれればと思っていますが?私は果たして・・・

それにしても、少子高齢化時代で、どこに行っても、お年寄りが多いです。お年寄りの多い世の中で、元気な人がいます。

聖路加国際病院名誉院長の日野原 重明さん(105歳)。『九十歳。何がめでたい』を書かれた佐藤愛子さんは94歳です。「新しい憲法を制定する推進大会」であいさつする中曽根康弘元首相98歳のお元気な姿をみて驚きました。

「老」という言葉には、古くは「長老」「老中」などで代表されるように、尊敬の意味が込められていました。しかし現在では「老害」「老醜」などで代表されるように、マイナスのイメージがあります。

生きることの難しさ、虚しさが如実に現れるのが、年老いてからです。それは、改めて、生きることの意味を考えさせられる時期でももあります。新しいことをするためには、気力も体力も残されていない・・・年をとると言うことは、未来への希望や可能性が狭まっていきます。

同じ事を同じようにしようとすれば、若い人間には、太刀打ちできません。二十代の若者と同じ条件で六十代、七十代の人間が競わせようとするのは残虐な行為でしかありません。

しかし、一方において、年寄りには、生きてきた蓄積があります。それは、人間としてかけがいのない財産です。人徳として昇華されたものです。

人は、生きてきた時間だけ多くの経験や知識があります。その経験や知識を上手に活用することが年寄りの特権なのです。その為には、その人その人が生きてきた軌跡の延長線上に生活の基盤を求めるべきなのです。

年寄りには、年寄りにしかできないことがあるのです。老いても活躍する場所はあります。人に役に立てるからこそ生きる喜びがあるのであのです。生きてきた証のような事まで愚弄されれば、生きる気力まで奪われます。

年寄りは、社会の厄介者ではないのです。

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2017年5月 9日 (火)

福祉について考える

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誰でも「安心・安全と幸せの暮らし」願っています。

私は「みんなで支えあう社会制度」で、地域で生活する上で生じる、ちょっとした困りごとを把握し、その困りごとを解決し、地域とのつながりづくり、いくつになっても住み慣れた地域で安心して暮らし続けられるようにすることが福祉と思います。

福祉(ウィキぺディア)「しあわせ」や「ゆたかさ」を意味する言葉であり、すべての市民に最低限の幸福社会的援助を提供するという理念を指す。

辞書でみると・・・

福祉とは 公的配慮によって社会の成員が等しく受けることのできる安定した生活環境。「公共福祉」・「福祉事業」。

生活環境…人間の日常生活に直接・間接の影響を与える、大気や水・大地などの自然的・社会的状況。生物一般に対して用いることもある。

社会福祉とは

連想するのは、お年寄りや障碍をもつ人。また、「保母」や「指導員」、「寮母」といった職業を思い浮かびます。また、施設での介護や、経済的な援助といった内容を思い浮かべる人も・・・

社会福祉の目的

人間は「社会的存在」であり、「他とは代えられないその人自身の幸福」を目指すということです。例えば、お年より・病気や怪我などで「社会的存在としての人間」として出来るだけ、維持・復活できるよう、支援する制度政策です。

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2017年5月 8日 (月)

みんなが住みやすいまちに・・・

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 だれにとってもやさしいまちは・・・

みんなが暮らしやすい環境や社会をつくることです。

暮らしやすさとは、不便や不自由がないということと、地域の人たちと仲良く交流できるというふたつのことが大切になります。

みなさんは、隣の人に会ったり、近所のスーパーで会ったりしたときに、「おはようございます」とか「こんにちは」と、あいさつをしていますか?

同じ地域に暮らす人たちの顔が分かり、気軽にあいさつできるようであれば、住んでいて楽しいし、なんとなく安心感があります。

それにこのような隣近所との関係は、住民の地域に対する関心は高く、犯罪がおきにくい、安全なまちづくりにつながります。

まちの豊な自然環境

私たちの町には、四季折々の樹木や花、野鳥や昆虫も多く集まる「片倉城跡公園」・お年よりのグランドゴルフやゲイトボールに使われている「片倉時田まちの広場」・小さなお子さんや子どもたちが安心して遊べる「時田公園」があります。

片倉城跡公園は湧き水の池、自然地形を生かして造られた都市公園です。1年を通して散策を楽しめ、交通に便利で、多くの人が遠くから来て、バーべキュウなど楽しんでいます。

絶対止めてください。

心ない人の行為(ルール・マナー守らない)で困っています。バーべキュウ残飯や、あきびん・空き缶など処分しない・・・また、タバコの吸い殻やゴミのポイ捨て・犬のフンの未処理・・・があるのです。

「ルール・マナー守る」

地域社会は、住んでいるひとみんなが「安心して、気持ちよく暮せる」ことが第一です。人間社会における 『ルール』 とは、「規則」や「きまり」のことを指します。

「ルールに反すること」 は、「悪いこと」 であり 「してはいけないこと」 です。「法律」もルールのひとつであり、「法律に違反する行為」は「犯罪」とされ、厳しい処罰が科せられます。

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2017年5月 7日 (日)

いまを全力で生きる

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「過去を悔やまず、未来を恐れず、今を全力で生きる!」・・・

明治生まれの、親父の言った言葉ですが今でも忘れていません。

今を漠然と生きていないか?・・・朝起きて、サーテ今日は何をしようか?

気が向くままに「何かをして一日を終わる」・・・

もちろん、自分の存在意義や、生きる目的が持てないでいます。 ただなんとなく、漠然と漫然と生きている自分・・・(子ども達も、離れて暮し、孫も問題なく?暮しているようで・・・たまに電話で安否?を確認するぐらい。)

「毎日を消化試合で終わらせるほど無意味な人生はない」と何かの本に書いてありました。消化試合とは、もう優勝することもないし自分のチームの順位も決まったが、規定の試合数に達していないので、大きな目的もなく試合をすることです。

毎日を単なる消化試合にしていないだろうか?

朝早めに起きて、ブログ(つぶやき・日記)を書き、朝食に支度をする・・・運動をしなければと・・・毎日一万歩を目標に散歩する。そして、今日も終わった・・・無事に終わった~と、夕飯を食べ、風呂に入って・・・寝る。その毎日の繰り返し。。。

平穏無事・・・その積み重ねの毎日です。 それでも不満はないのですが、何か大事なことを忘れていないだろうか?

「人生は楽しむためにあり」

毎日をおもいっきり楽しんで生きる、楽しむとはワクワクするということ、充実するということ、やりがいを持つということです。

昨日の失敗をくよくよと思い悩んだり、未来を恐れ明日の心配をしても何も解決できません。 自分の力ではどうしようもないことを考えるよりも、「今この瞬間」を大切にすることです!

「過去を悔やまず、未来を恐れず、今を全力で生きる!」毎日を、 何かに挑戦しながら生きていこうと思う。それには目標を立てることが大事なこと・・・目標を立てることも楽しいと思う。

そして、一日が無事終わることに、「満足は出来なくてもいい、でも、感謝する心を持つことです。」

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2017年5月 6日 (土)

人の命について

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人生は「激流」、たちどまると「溺れる」、力むと「流される」

もう70年前のこと、私は小学生の頃、川で泳いでいて溺れたことがあります。

その時の事を今でも、時々思い出します。

「生と死は、隣り合わせ」

おそろしい「死んでしまうのかな?」・・・の体験

慌ててしまって・・・「生と死は、常に隣り合わせ」を実感したのです。

「人の命は儚く脆い」ものです。

諺に【朝(あした)には紅顔(こうがん)ありて夕べには白骨(はっこつ)となる】

この世は無常で、人の生死は予測できないことをいう。

「かけがいがない」いのち

かけがいとは、代わりがないと言うことです。

実は、“かけがえがない”という大切さは、私を「かけがえがない存在」と感じていていてくれる人の有無にかかっているのです。

つまり、「たった一つしかないからかけがえがない」のではなく、私のことを「かけがえがないと思ってくれる人がいる」から私はかけがえのない存在になることが出来るのです。

自殺する子供や、少年少女らによる悲惨な事件が多発している中で、最近急に生命の大切さを教育現場やマスコミが訴えるようになってきました。

しかし、問題なのはこのような子ども達には自分たちをか「けがえがない」と思っていてくれる大人や仲間がいないということなのです。

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主人公は、住民一人ひとりです

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安心して暮せる社会づくり

人には、三つの愛が必要と言われます。

「譲り合い」「助け合い」「分かち合い」つまり「譲り愛」 「助け愛」 「分かち愛」です。私は、「私の地域は私たちで守る」をモットーに活動していきたいと考えます。

私たちはリスクの中で生きています。しかし、日々の暮らしの中でその存在に気づくことは少なく、むしろ、何か予想しない事故や事態が起こってしまったときに初めて驚き、慌てふためき、なぜそれを未然に防げなかったかと悔みます。

安心して暮せる地域社会づくりは、地域の主人公は、住民一人ひとりです。地域の課題を自ら解決する「地域力」を発揮できるのも、住民一人ひとりです。

少子高齢社会の到来で、厳しい社会情勢にあって、よりゆたかで住みよい地域をつくるためには、住民同士の支え合いや助け合いにより「地域力」を育むことがますます必要になっています。

「地域力」を育むために、日頃から住民が行っているさりげない支え合いや、助け合いの流儀を学び、住民一人ひとりの“想い”や“力”を引き出して、住民等による多様な、活動になるのです。

 

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モラル・マナーを守って下さい

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最近、公園や道路などの公共の場所で犬のフンが放置され、大変困っています。

担当管理者(東京都・八王子市)に注意看板を設置していただいていますが、全く無視されています。看板の下にそのままあるのです。

一部の心ない飼い主のために、動物の飼育者全体に悪いイメージを持たれてしまうことにつながるため、飼い犬がフンをした時は、放置しないで飼い主の責任において、必ず持ち帰っていただくようお願いします。

モラル・マナー守って下さい

犬のフンの片づけは、飼い主の最低限のマナーです。 しかし、情けないことに、犬を飼っていながら、自分の犬のフンが片付けられない飼い主さんがいるのです。

犬を飼うのなら、フンの始末までするのが飼い主の責任です。できない人は犬を飼う資格がない・・・と思います。

放置されたフンを踏みつける・・・公園は保育園の園児たちがよく遊ぶことに使われています。もし、放置されているフンに気づかず、砂場で遊んだら・・・踏みつけてしまったら・・・?それはもう、悲劇以外のなにものでもありません!考えただけでもゾッとします。 

そして、ビニール袋にフンが入ったままで捨てられていることも・・・(多分家まで持って帰るのが面倒だからでしょう。)その始末も、また大変です。

誰でも今住んでいる地域(社会)が気持ちよく、快適に暮せるまちにするには、“一人ひとりの心がけ”が大切です。ご理解・ご協力願います。

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2017年5月 5日 (金)

何かをしない事を決めること

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Apple社の創業者であるスティーブ・ジョブズの名言で・・・

「何をしないかを決めることは、何をするのかを決めるのと同じくらい大事なことだ」…と語っています。

く生きるほど、増える悩みがあります。

新たな課題に挑戦するには、今まで続けた事を止めることも大事なことだと思います。人には、キャパシティ (capacity) ・・・保持、受け入れ、または 、能力的な許容範囲があります。

何かをしないことを決めないと、飽和状態になり、未来に進みづらくなることです。新しい未来を、切り開きにくくなるのです。人生がマンネリ化を防ぐには、過去を切り捨てることも大切です。

長く生きるほど、過去(しがらみ)自然と増えていきます。いい思い出もあれば、悪い思い出もあります。いずれも、大切な成長の記録です、しかし、過去は、邪魔になることもあります。

執着が増え、こだわりが増えて、先入観が増えます。自分の可能性を、なかなか越えることができません。過去が輝かしいほど、後ろばかりが気になり、前を向きづらくなります。

いい思い出であるゆえに、重いのです。気づけば、同じことばかり繰り返す自分がいて、未来に進みにくくなっています。未来に進めないのではありません。

過去を捨てていないから、未来に進めないのです。未来に進むなら、まず過去を捨てることが必要です。過去を捨てるほど、身も心も軽くなり、新しい未来を切り開きやすくなります。

気持ちのいい安心感を振り切って、捨てることです。

過去の失敗だけでなく、成功体験もです。執着を捨て、こだわりは気にせず、先入観も忘れます。過去を捨てることが、新しい自分に生まれ変わる第一歩です。捨てるから、新しいものを受け入れられ、未来に進めるようになります。

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2017年5月 4日 (木)

憲法改正を考える

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安倍総理・・・「機は熟してきた」

「憲法改正への国民の関心は確実に高まってきている。」「機は熟してきた。」「今、求められているのは具体的な提案」と・・・改めて憲法改正に意欲を示した。

2020年をめざして9条を改正して「1項、2項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込むという考え方は国民的な議論に値する」と指摘した。

1項は「戦争の放棄」

2項は「戦力不保持」

日本国憲法9条はその1項で〈日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する〉と定めている。

これにつづいて同条2項は、〈前項の目的を達するため,陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない〉と定めている。

これら二つの項から成る9条は、憲法前文の恒久平和主義を具体化するものと考えられ、とりわけ前文の定める〈平和のうちに生存する権利(平和的生存権)を保障するための制度という意義をもっているといえよう。
・・・出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

世論調査

毎日新聞・・・改憲に賛成48% 9条改正反対46%という。

共同通信社・・・九条改正を巡っては必要49%、必要ない47%で拮抗(きっこう)した。安倍晋三首相の下での改憲に51%が反対し、賛成は45%だった。

改憲を主張する産経、読売、日経

現状では改憲に慎重な朝日、毎日

私の率直な意見

私は、改憲には慎重にすべきと思う。

「戦争」とは、“国同士の利害が衝突し平和的手段で解決がもはや出来ない場合に取られる1つの手段”をいいます。

昭和10年代の生まれの私は、戦争の恐ろしさを、子供ながら体験をしています。戦争とは・・・「手段なき人の殺し合いのこと」・・・悲惨・無情のイメージだけが今も頭に残っています。

北朝鮮の不穏な動き・中東各国の不安定な政情・・・また、中国の南シナ海の進出・・・には脅威すら感じられます。「我が国民の生命と財産を守る」ということですが、平和維持は軍備をより強固にすることだけではないと思います。

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2017年5月 3日 (水)

歌で訪ねる故郷…想う

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ゴールデンウイーク後半です。

人は誰でも、心に「ふるさとを」持っています。
生まれ育った「ふるさと」に帰る人もいるでしょう。

人はそれぞれに、故郷を思う気持ちがあります。
歌は生きる力~応援(歌)」となっています。
それは歌により、より一層の強く、情感が深くなります。

「旅愁」

作曲:オードウェイ(作詞犬童球渓)

♪ふけゆく秋の夜 旅の空の
わびしき思いに ひとり悩む
恋しやふるさと なつかし父母
夢路にたどるは さとの家路
ふけゆく秋の夜 旅の空の
わびしき思いに ひとり悩む♪

♪窓うつ嵐に 夢もやぶれ
はるけきかなたに 心まよう
恋しやふるさと なつかし父母
思いに浮かぶは 杜のこずえ
窓うつ嵐に 夢もやぶれ
はるけきかなたに 心まよう♪

懐かしい風景・幼馴染みに会う…子どものころの
幼稚園で歌った・・・

「思い出のアルバム」・・・(増子とし作詞)

♪何時のことだか 思いだしてごらん
あんなことこんなこと あったでしょう
嬉しかったこと 面白かったこと
何時なっても 忘れない♪

父母を偲び、久しぶり我が家に来て・・・

故郷の廃家 (作詞犬童球渓)

♪幾年ふるさと 来生てみれば
咲く花 鳴く鳥 そよぐ風
門辺の小川の ささやきも
なれにし昔に 変らねど
あれたる我家に
住む人絶えてなく♪

♪昔を語るか そよぐ風
昔をうつすか 澄める水
朝夕かたみに 手をとりて
遊びし友人 いまいずこ
さびしき故郷や
さびしき我家や♪

私は、生まれも育ちも、また今住んでいる所も同じです。
ふるさとを想い、大事にする気持ちは、人一倍持っているつもりです。

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生きがいとは・・・

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人間が生きること・・・

人間も他の生き物と同じように、「目的は後世に子孫を残し、後世に命をつなげる」ことです。人間が安心して生きていかれるように、「よりよい環境をづくり、繁栄することである」と思っています。

生きがいとは・・・

ごく一般的には[生きる喜び」「生きる張り合い」の基になる事や物をいう。 「人の役に立つ、社会に貢献するのが生きがいである」という人もいます。また「人生は愛する人のためにある」と考える人もあります。

何か目標をつくりそれをやり遂げると、やり遂げたときの達成感・・・それが、生きる原動力(生きがい)であると考え、それらを行動のよりどころとしてきました。

しかし、そういう意義や目的を考えられるのは実は恵まれた状況にあるからかもしれません。一方で、さまざまな理由で生きるだけが精一杯であったり、歳を取って社会に役に立たなくなったり、あるいは健康を害して人の世話にならざるを得なくなる可能性も大きいのです。

そうなると生きるのも苦しくなります。しかし生き物の世界を見るとそんな悩みはもともと存在しないのではないかと思います。本能として、次世代にいのちを繋ぐこと、そしてそのために存在することが本来の意義であり目的であると教えてくれているようです。

人間も、何のためでもない、ただ生きるのが目的、本当はそれでよいのだと思えてきます。自然の摂理により、時間を戻すことはできません。そして、永遠に生きることは不可能なため、子孫を残して自分は死んでいきます。

たとえ固体としてのいのちがそこで終わっても、自らが子孫を残さなくても種としては保存されます。そして死んで土に還ることでまた別のいのちを育みます。

生きているということは、分子の流れが遅いか、一時的に留まる部分を意味していると考えれば、生と死は連続的で区別は必要ないといえるのかもしれません。(といってもやはり死は怖い)

ーーー「人間は、動物のようにただ一生懸命生きればよい。素直に、そしてあるがままに」ーーー

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2017年5月 2日 (火)

感謝の心は幸せ心

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因果応報とは・・・

過去の善悪の行為が因となり、その報いとして現在に善悪の結果がもたらされること、という意味です。今がある現実(状況)は、すべては、自分が蒔いた種が咲いた自然の姿です。自分が選んで種を蒔いた結果です。

過去を素直に反省し、より向上を目指す事を考えてみることが大切です。そして、この事に気づいた時、自然と 「感謝の心」で受け容(い)れられるのです。その結果、「幸せの心」を感じます。

心が豊かな人は、いつでも幸せです。 「喜びも」「悲しみも」「苦しみも」 すべて自分の心がつくりだしているにすぎないのです。物事が思い通りにならないと人はいらいらしたりします。

思い通りにならない時はいらいらせずに、 現実を 「受け容れる」という気持ちにきりかえることです。そして 「うまくいかない理由は自らにあり」と謙虚に反省することです。

何事も「感謝の心で受け容れる」という習慣を身につけ「正しく生きる」ことが大切です。正しくない行いは心を不安定にし、幸福感は得られません。

いつも今が出発点・・・

人は幸せな人生を送りたければ、過去・未来に生きるのではなく、今、この瞬間を感謝の心で受け容れることで「幸せを感じて生きる」 ことができます。人生、いつでも今が出発点だから、自己に向き合って、この一瞬をよろこびの心で生きたいものです。

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2017年5月 1日 (月)

人生楽もあれば苦もあり

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楽あれば苦ありの人生

生は楽しいこともあれば辛いこともあります。辛いことがあるからこそ、より楽しみを感じられるのです。

光があるところには影ができます。その光が強ければ強いほど濃い影ができます。言い換えれば、影があるということは光があるということです。

見る角度を変えれば、そこには光が見えるはずです。光と陰が表裏一体であるように、楽しいことと辛いことも、また背中合わに存在するのです。

「幸も不幸も自分の心」 幸せは自分の心で決めるものです。

「世の中には、幸福も不幸も、考え方しだい」 ものごとをどの様にとらえるか、解釈するか、理解するか、により360度の見方が可能になります。

自分の周りの世界、自分のエゴの世界にどっぷり浸かって、幸福と不幸のジェットコースターに乗っているかのように、揺れ動いているのです。

見かたを変える時、中立の自分になれる時、波に揉まれている状態から、深い、静かな状態になるのです。そこに本当の自分がいることできるのです。

「対局観を持って判断する」・・・(物事の全体的な状況や成り行きに対する見方・判断。)ことが大事です。大局観が身につけることに、努力することです。

努力といえば、人生は死ぬまで、幸せ探しの挑戦です。

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