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2017年4月24日 (月)

公園・広場はまちの鏡です

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どんなまちにも、人間で言う表情のような、独特の雰囲気があります。その表情は、人が造った、公園やまちの広場・道路・家並み・・・自然の山や川・・・環境の調和で、人々の生活スタイルによって、さまざまに変わってきます。

まちの表情を作るのはそのまちの人々です。まちはそこに住む人々の生活を映し出す「鏡」と言っていいでしょう。特に人間が造った「公園」・「まちの広場」はそのまちの「鏡」とも言えると思うのです。

もし、知らないまちに行ってゴミだらけの公園を見たら「汚いまちだなぁー」という印象を人々に与え、逆にきれいに整備された公園を見たら、「きれいなまちだなぁー」という清々しい爽やかな印象を与えるものです。

では、「鏡」として恥ずかしくない公園とは、どのような公園でしょうか・・・

考えなくてはいけないのは、自然環境です。小さな子ども達が自然と触れ合える環境を作ることは、日本の美しい自然を守っていくことにつながります。

小さな頃から「自然は大切である」と理解していれば、その子達が成長して日本を支える立場になった時にきっと、正しい判断をしてくれることでしょう。公園に植えられた木や花壇は、視覚的に私たちを和ませてくれるだけではないのです。

もしも、まちの公園や広場が、ゴミだらけの公園になってしまったらどうでしょう。それは、鏡に映った、まちの人々の姿の醜さを表していることになるはずです。

また、鏡に映った自分の顔を見て、顔色が悪かったり、にきびだらけになっていたりしたらどうするでしょうか・・・化粧をして隠せば、すぐに見えなくなります。

しかし、にきびが治った訳では決してありません。むしろ、にきびを悪化させてしまう可能性が高いのです。大切なのは、にきびの原因を突き止め、その原因にあった対処をする事であるはずです。

なぜゴミを捨ててしまう人がいるのか、どうすれば改善できるのかを考えて、適切な対処をしていく事が何より必要です。「隠す」だけでなく、「正す」事が、美しい公園や豊かなまちづくりには大切なのです。

私たちのまちは、今でこそたくさんの家が建っていますが、私が子供ころは、畑やたんぼがある農業中心の村でした。終戦から、開発(列島改造)で、物凄いスピードで開発されてきました。

開発が進むなか、何とか自然環境の保護で「片倉城跡公園」と共に、私たちの「片倉時田まちの広場」・「片倉時田公園」は・・・まちに住む先輩たちが、精力的にすすめ、造られのです。

子どもからお年寄りまで、希薄になりつつある…「コミュニケーション」づくりの場として、手作りで造られたのです。今では、お年寄りのゲートボール・グランドゴルフ・まちの盆踊り大会・防災訓練などに使われています。

いま子どもの“しつけの仕方” “規範意識の低下”が問題です。

ふだん保育園の幼児の遊びある「片倉時田まち広場」、「時田公園」は、最近ゴミや犬の糞で困ったいます。ゴミは持ち帰りです。犬の糞は始末するのは飼い主の責任です。

広場や公園はみんなが楽しく使いたいものです。心当たりのある方は、是非是非・・・心改めてください。そして子どもを持つ、お母さん・お父さんに…お子さんの行動に公衆道徳と教育を考え直して欲しいです。

今後も、そんな願いと祈りを込めて・・・公園、広場の維持管理して、「鏡」に映った人々の姿は、きっと楽しそうに笑い合っている、まちにして行きたいと考えています。

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