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2017年4月

2017年4月30日 (日)

歌は世につれ世は歌につれ・・・

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ある時代によく歌われる歌は、その時代の世情を反映していると思います。

時は流れ、平成の世になって29年

だんだんと遠ざかっていく「昭和」の時代~私の青春時代・・・ラジオから、から流れる大衆歌謡・流行歌・・・(終戦後の物不足で配給・・・の生活の苦しい時代)に泣き、笑い、喜びを、そのメロディと詩に織りこみ、世代を越えて歌われてきました。

戦後間もなく、世は配給・買い出し・・・シベリアなどからの復員の兵隊さん・浮浪児がバラックが町にいました。進駐軍と、混沌とした世の中を通り越してきた。。。

そんな時代に・・・りんごの歌の並木路子、そして♪緑の丘の赤い屋根♪の歌詞の「鐘の鳴る丘」は懐かしいです。

伸びやかな高音が持ち味の春日八郎・・・お富さん・別れの一本杉・赤いランプの終列車など・・・三橋美智也の“哀愁列車”、“おんな船頭唄”、“古城”・・・

そして岡晴夫の憧れのハワイ航路・・・井沢八郎のああ上野の駅・・・たくさんお歌手がいましたが、私は、特に印象に残っているのが、美空ひばりの越後獅子・・・岡晴夫の憧れのハワイ航路・・・石原裕次郎の・・・錆びたナイフです。

ほかに淡谷のり子・大津美子・三浦洸一・三波晴夫・村田英雄・藤山一郎・青木光一 · 霧島昇・青山和子などの歌を今でも思い出します。「歌は世につれ世は歌につれ」・・・

歌は世の中の成り行きにつれて変化し、世の中の有り様も歌の流行に影響されるなどと言いますが、最近では、世代を超えて愛され続けることになる流行歌の姿は消したと思います。

個の時代になり、流れ往く時代そのものの社会的な共有感がない時代となった証しなのだろうか・・・ヒット曲そのものはあっても、歌い継がれるような歌の姿を考えてみると、確かにそれは少ないようです。

ヒット曲は生まれても流行歌として誰もが共感・共有し得る時代を象徴するような歌としての作品が生まれ難くなってしまっているのだろうか・・・

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2017年4月29日 (土)

教育とは・・・

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教育とは・・・教え育てること。

教育の目的というのは、人間を幸せにすることです。逆に言えば、幸せになるために、勉強することです。

幸せ」とは“感じ方”です。「幸せだなぁー」と感じる心の状態が「幸せ」です。逆に、今この瞬間も「幸せ」を感じられるか、感じられないかの違いなのです。

幸せを感じることをより多くする・・・教育であると思います。今の世の中を良くしていくことで、自分も周りの人も、幸せに感じることが出来る・・・複雑な人間社会でより、「幸せを求める」知恵を身につけることが大切です。

いま地球上の問題を知り、改善することが、幸せの条件の一つです。

自然破壊、核の脅威など人類が直面している課題に対して、教育は有効となっているのだろうか・・・地球上に美しい水や空気を取り戻し、虫や獣とも共存できる生き方を実現するために、教育に何ができるのか・・・

道徳教育とは、モラル・ルールを守り、みんなで幸せを分かち合う。

「子どもの道徳」が問題という人もいます。しかし、その子どものときに教わったようなことを、私たち大人が守れなかったからこそ、いまこれほどまでに社会の価値観が揺らぎ、人の心が荒廃しているのではないでしょうか。

いま、子どもに向かって堂々とモラルを説ける大人がどれほどいるか。これはしてはいけないことだ、あれはこうすべきだと、明確に規範を示し、倫理を説ける。そういう識見と精神、重厚な人格を有した人物がどれだけ出てきたか・・・

正しい生き方とは、けっして難しいことではないはずです。子どものときに親から教わった、ごく当たり前の道徳心・・・ 嘘をつくな、正直であれ、人をだましてはいけない、欲張るな・・・

そういうシンプルな規範の意味をあらためて考え直し、それをきちんと遵守教育がいまこそ必要なのです。

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道徳について

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孟子… 性善説

人間は善い心をもって生まれてくるので、善い心が悪くならないように、善い行いをほめて伸ばし、悪いことはしないようにしつけるべきである。

荀子… 性悪説

人間は悪い心をもって生まれてくるので、悪い行いをやめさせ、善い行いを示して、悪い心が段々善くなるように教えるべきである。

この二つの見方・考え方は、いずれも理にかなってっていると思います。そこに共通しているのは・・・善いことと悪いことをきちんと教えること、善いことをしたらほめ、悪いことをしたら、それは悪いことだと教え、しないようにすることだからです。

第一に、大人の規範意識の高揚です。

最近、私たち大人が、人に迷惑をかけることや、社会のルールやマナーを守らない言動の人が、多くなったように思います。当然、家庭では、子どもの躾や、教育など出来るはずもありません。

マナーやルールを守らない子どもが多くなっている…それは、子どもに注意するより、大人を注意する・・・ことが大事と思うことさえ感じられます。

第二に、子どもと話す機会を多くすることです。

それは、家庭環境にあると思います。社会構造の変化で、夫婦共稼ぎでが多くなり、忙しい(鍵っ子になり会話が少ない)などが考えられます。

身勝手な自己中心の考えで、無理や不正が通るようでは、子供自身の将来にも、よいことではありません。学校では、規範意識を育てるために、道徳教育は、大事ですが、学校だけでは充分と言えないでしょう。

家庭では、社会のルールやマナーを守ることなど、人の迷惑になる行いについて、素直に反省の心、我慢する心などを…何とか工夫をして、お子さんと話す機会を何とか増やしてほしいものです。

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2017年4月28日 (金)

世の中自己中心の人が多い

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「自己中心主義」

昔は、近所の人の協力なしでは、生活をすることは出来ませんでした。現在は葬式でも金があれば業者がやってくれます。今は、生活において近所の人は煩わしいだけになっており、生活の助けになってもらう必要もなくなってきています。

このような状態が続けば地域に無関心となり、他人に協力すると言う意識も薄れ自分勝手となる人も多くなると思われます。自己中心的になったのは、人間が変わったわけではなく、環境が変わり、生活において他人との相互協力が必要ないと勘違いする・・・社会状況になってきたからではないでしょうか?

個性を大事にする教育

文化が変わって何でも金で解決できる世の中になりました。金が重要な世の中で、『お金』と崇めつつ、一方で金は汚いという認識も払拭できず、『人より勉強して良い学校に入りなさい』というあいまいな教育が浸透しました。

そう育てられたのが今の親で、受験戦争に勝ったんだか…負けたんだか…分からずあいまいに育った。 

気づいたらそれなりの会社に入った…いいが、世の中に流されっぱなしの人生を感じて、我が子に『この子に合った個性的な教育を』とか・・・ますます分らない育て方をしています。その中間には『ゆとり教育』とかいう多くの子供をダメにした世代もいます。

結局は親の育て方なんじゃないでしょうか。自分自身の生き方、ポリシーもない大人が子供を育てきれないのだと思います。 世の中が不透明だからといって、不安な気持ちを持ったまま子供に接すれば、子供らしくない子供になってしまうと思います。

子供が悪い事をしたら堂々と怒る、困っている人がいたら助ける、挨拶をする、笑顔を絶やさない、当り前のことを親ができないから子供もできなくて当然です。

それをできないことを『個性』と勘違いしている親は非常に多いと思います。繰り返し繰り返し根気よく子育てをして欲しいと思います。

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犬のフンは飼い主の責任で・・・

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日本の世帯数の14.42%程度(平成27年991.7万頭…ペットフード協会調べ)が犬をペットとして飼う時代です。

まちを歩いていても犬の散歩をしている人を数多く見かけます。生活に喜びが増えたり、人と人を繋ぐコミュニケーションが増えるという理由から飼う人が多いようです。

今年3月9日八王子市北野まちで幼児を噛み殺すという衝撃的な事故がありました。

そして、吠えてうるさいなど、犬にまつわるご近所トラブルが多いようです。被害の中でも多いのが、「犬のフン」の処理にまつわるトラブルです。 

散歩の最中にフンを片付けない人が・・・

公園にフンがたびたび放置されて困っています。そして家の前の道路に・・・1度でも被害を受けた方は、多くいるかと思います。

私は、八王子市公園課に事情を話し看板を取り付けていただき・・・警察にパトロール(夜間を)お願いしたりしていますが、一向になくなりません。

私たちのまちの公園(時田公園)に犬のフンが放置されているのです。また、ビニールの袋に入れまま、捨てられていることも。。。。

これらは本来、マナーやモラルの問題であるとはいえ、まちを汚す人々の行為を嘆く声を、多く耳にします。美しい生活環境を守るための方策は・・・飼い主の責任で、キチット始末することです。

犬のフンは飼い主が始末をしましょう

飼い犬等のフンをそのまま放置しておくと、保育園の園児たちが砂遊びをします、不衛生です。そして、公園を利用する人に、不快な思いをさせたりします。

飼い犬を散歩させるときには、必ずポリ袋やスコップなどの回収用具を持ち、フンは持ち帰るようにして下さい。

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2017年4月27日 (木)

楽に生きられる世はありません

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徳川家康の遺訓に『人の一生は重荷を負いて遠き道を行くがごとし』・・・があります。

楽に生きられる世ではありません・・・あれば人のいない国です。

夏目漱石の「草枕」に・・・『智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。

どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。 人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。』

私達は、心のどこかで、この世界に理想郷があると信じています。争いや不安もなく、誰もが自己実現を果たすことができ、平等で理想的な、平和な社会、それが理想郷です。

ところが、残念ながら、私たちが生きている世界は生き抜くい場所であり、争いと欲望が渦巻く世界です。

つまりは、「理想郷とは程遠いのが現実の世界」なのです。だからこそ、私たちは理想郷を追い求めるのです。まるで、青い鳥を追い求める人々のように・・・理想を追うことに疲れたら、立ち止まって、現実の世界をじっと観察してみるといいでしょう。

そして、この世は生きにくい、住みにくい世界なのだということを受けいれることができれば、この世界は以前よりも住みやすい場所になっていることに気がつくでしょう。

現実を受け入れることで、幻想が消え失せ、現実を直視できるようになるのです。そして、現実の世界において、理想ではなく、最善の選択ができるようになります。

良いか悪いかは別にして、この世の中で図太く生きていけるのは、理想主義者ではなく、冷徹な現実主義者です。

世の中を生きづらく感じるなら、現実主義者から大いに学ぶことです。彼らに学び、人々、世界、その現実的な姿を、覚悟して受け入れることです。

「こうあるべきだ」という理想に固執するのも、それは1つの選択だが、理想によって首を締められないよう、現実の世界を受け入れたいものです。

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春は惜しみながら往く

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「匂いつつ 散りにし花が 偲ばれる  

みどりと変り 春惜しみけり」 

待ちに待った桜は、今年もきれいに咲き、多くの人たちに、希望や夢・勇気・安らぎ・感動を与えてくれました。

きれいな花をみて思います。

「もしかしたら一番キレイなのは蕾の時期ではないかな」と言うことです。

満開の花を咲かせようと一生懸命、努力し何かを追い求めているとき、毎日をコツコツと頑張っているとき・・・それは、花であっても…人であっても…魅力的なのではないかなと感じるのです。

毎年、サクラの花が満開になるこの時期、多くの人が一生懸命、花を咲かせようとしている姿をより鮮明に思い浮かべます。

寒い冬ほど、キレイな花を咲かせることができます。どんなに長い冬であっても、あきらめなければ必ず花は咲くと信じています。

夢と希望を持ち続けることは、素晴らしいことです。その夢と希望を追い求める姿は、厳しい風雪たえ、花のつぼみに思えるのです。

「花の命は短くて、苦しきことのみ多かりき」…林芙美子

風も吹くなり

雲も光るなり

生きてゐる幸福は

波間の鴎のごとく

縹渺とただよい

生きてゐる幸福は

あなたも知ってゐる

私も知ってゐる

花のいのちはみじかくて

苦しきことのみ多かれど

風も吹くなり

雲も光るなり

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2017年4月26日 (水)

性格は変えられる

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「性格」…「character」とは・・・

感情や思考が、無意識に、現れる表情のことです。また、様々な心理により表れる、人の差異や特徴や傾向です。

一般的に「性格が良い」と言われる人は、周囲の人にポジティブな心理を抱かせやすい特徴や傾向を持っているということです。

逆に「性格が悪い」と言われる人は、周囲の人にネガティブな心理を抱かせやすい特徴や傾向を持っている人で、心の経緯や背景を理解されていない人です。

性格は変えられる

なかなか難しいですが、本人の強い意志があればある程度は変えられると思います。それには、今迄と違う環境に変わるとかの変化が必要でしょう。

子供の頃の生活環境が、かなりの性格を形成すると思います。親を見ながら育ちますから、ある年齢になるまでは親の影響があると思います。

学校に通うようになると、色々な性格の人と関わるので、負けたくない性格や、協調する性格や、ルールを守る性格、守らない性格など、多くの性格がプラスされていきます。

相手立場になって考えてあげるとか、相手の話をよく聞いてあげるとか、思いやりを持つとか、今までになかった性格は、自分でやろうとする強い意志があれば変えられます。

相手や、環境によって変えられない性格もあると思いますが、変えようという強い意志を持つことによって変えられる性格もあると思います。

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陰口ではストレス解消できない

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ストレスは、他人の悪口を言って解消するものではない。

悪口の中でも、特に、本人のいないところで言う「陰口」は絶対に止めたい。まわりの誰かにいつも腹を立てないようにし…少しでもそのストレスをなくしたい。

不満を腹にため込むのは、精神の健康にとって、良くないことであるのはたしかである。しかし、陰口でうっぷんを晴らすことが解決にならない。

どうしても腹が立つ人がいるから、ストレスがたまり、陰口を叩かなければ気がすまない・・・と考えているのだとしたら、それは間違いと気付くべきである。

「陰口を叩くような性格だからこそ、ストレスがたまる」

他人に対して不満があるなら、相手に直接言うか、それができないなら誰にも言わないか、どちらかにする・・・他人にどんなに不愉快な思いをされても、面と向かって文句を言えないくせに陰で悪口を言うのは、その相手に劣らず卑怯な行為と思う。

ただ、不愉快な思いをさせられただけならば、気にしなければすむことで、他人を不愉快にさせるような人間は、「誰からも嫌われる」ということだ。「嫌いな人」というのが存在するのではなく・・・「人を嫌っている自分」が存在するだけなのだ。

「他人への感情は、自分自身の心を映す鏡」

「自分が他人をどう思っているか」は、「自分が他人にどう思われているか」をそのまま鏡のように反射している。どんなに美しい風景も、くもった眼鏡をかけていれば、美しく見えない。自分の心の目を汚さないようにしたいと思う。

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2017年4月25日 (火)

故郷で思う

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人々の心の底にある「故郷を思う心」は、やさしさの心です。

誰でも、仕事に疲れたり、人間関係などで、心が折れそうなこともあるでしょう。そんな時に思うのは、生まれ育た、故郷を思い出すことでしょう。

いま住んでいるところ(地域)は、子どもたちにとっては故郷です。誰でも、故郷を思慕する心をもたない人はいないでしょう。自分が生まれ育った、故郷に憧れる心こそ、人の心の底から湧き出てくる清らかな泉であります。

人の心の底にある故郷の心は、人間本来のやさしさの心です。

私は、生まれも育ちも同じ地域です。私の地域も開発が進んで、わずか半世紀ですっかり変わってしまいました。

私が子供ころ、山ではウサギを追いかけ、川では、小鮒を釣った思い出があります。故郷を思う心は誰でも同じです。今の子供たちは、現在の環境で育っています。

人間には、良い環境で育つことが大変重要です。優しさ・思いやりのある人間は、豊かな自然の中で育った人だと思います。

良くも悪くも子供は生まれた環境は選べません、今の大人は環境の保全の責任があると思います。環境保護は一人ひとりの心がけです。子・孫の幸せを願うなら、何ができるのか考えて欲しいと思うのです。

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2017年4月24日 (月)

公園・広場はまちの鏡です

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どんなまちにも、人間で言う表情のような、独特の雰囲気があります。その表情は、人が造った、公園やまちの広場・道路・家並み・・・自然の山や川・・・環境の調和で、人々の生活スタイルによって、さまざまに変わってきます。

まちの表情を作るのはそのまちの人々です。まちはそこに住む人々の生活を映し出す「鏡」と言っていいでしょう。特に人間が造った「公園」・「まちの広場」はそのまちの「鏡」とも言えると思うのです。

もし、知らないまちに行ってゴミだらけの公園を見たら「汚いまちだなぁー」という印象を人々に与え、逆にきれいに整備された公園を見たら、「きれいなまちだなぁー」という清々しい爽やかな印象を与えるものです。

では、「鏡」として恥ずかしくない公園とは、どのような公園でしょうか・・・

考えなくてはいけないのは、自然環境です。小さな子ども達が自然と触れ合える環境を作ることは、日本の美しい自然を守っていくことにつながります。

小さな頃から「自然は大切である」と理解していれば、その子達が成長して日本を支える立場になった時にきっと、正しい判断をしてくれることでしょう。公園に植えられた木や花壇は、視覚的に私たちを和ませてくれるだけではないのです。

もしも、まちの公園や広場が、ゴミだらけの公園になってしまったらどうでしょう。それは、鏡に映った、まちの人々の姿の醜さを表していることになるはずです。

また、鏡に映った自分の顔を見て、顔色が悪かったり、にきびだらけになっていたりしたらどうするでしょうか・・・化粧をして隠せば、すぐに見えなくなります。

しかし、にきびが治った訳では決してありません。むしろ、にきびを悪化させてしまう可能性が高いのです。大切なのは、にきびの原因を突き止め、その原因にあった対処をする事であるはずです。

なぜゴミを捨ててしまう人がいるのか、どうすれば改善できるのかを考えて、適切な対処をしていく事が何より必要です。「隠す」だけでなく、「正す」事が、美しい公園や豊かなまちづくりには大切なのです。

私たちのまちは、今でこそたくさんの家が建っていますが、私が子供ころは、畑やたんぼがある農業中心の村でした。終戦から、開発(列島改造)で、物凄いスピードで開発されてきました。

開発が進むなか、何とか自然環境の保護で「片倉城跡公園」と共に、私たちの「片倉時田まちの広場」・「片倉時田公園」は・・・まちに住む先輩たちが、精力的にすすめ、造られのです。

子どもからお年寄りまで、希薄になりつつある…「コミュニケーション」づくりの場として、手作りで造られたのです。今では、お年寄りのゲートボール・グランドゴルフ・まちの盆踊り大会・防災訓練などに使われています。

いま子どもの“しつけの仕方” “規範意識の低下”が問題です。

ふだん保育園の幼児の遊びある「片倉時田まち広場」、「時田公園」は、最近ゴミや犬の糞で困ったいます。ゴミは持ち帰りです。犬の糞は始末するのは飼い主の責任です。

広場や公園はみんなが楽しく使いたいものです。心当たりのある方は、是非是非・・・心改めてください。そして子どもを持つ、お母さん・お父さんに…お子さんの行動に公衆道徳と教育を考え直して欲しいです。

今後も、そんな願いと祈りを込めて・・・公園、広場の維持管理して、「鏡」に映った人々の姿は、きっと楽しそうに笑い合っている、まちにして行きたいと考えています。

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人権について

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「人権」とは・・・相手の立場や気持ちを思いやる心

「人権」と言うと何か難しいものと考えてしまいがちですが、「人権」とは、人間が人間として尊重され生きていくという権利であり、誰もが当然に保障されるべきものです。ごく普通に相手の立場、気持ちを思いやることが出来れば、守られるものです。

発言した人は、ほんのささいな一言だと思っていても、相手には耐え難い苦痛を与えてしまうことがあります。言葉や態度が、いかなる暴力よりも他人を傷つけてしまうことがあります。

特に最近のように家族や地域の絆が弱くなったり、所得の格差が拡大したりするなど、社会が不安定になると、いわゆる社会的弱者へと人々の矛先が向き、不当な差別などが起こりやすくなります。

そして、そうした差別のすべてが、何の根拠も無いうわさ話、流説や自分勝手な思い込み、先入観が原因なのです。

もし自分が相手の立場であったら、どんな気持ちだろうと想像力を発揮することができたならば、他人を差別することなど起こるはずもありません。

人権について、今一度考えて、いつの間にか染み付いた思い込みや先入観を取り払って、相手の気持ちへ思いやりの心を持って欲しいと思います。そして、私たちのまちの皆さんと、力を合わせて、温かい心があふれる地域社会をつくっていきたいと考えています。
 

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2017年4月23日 (日)

行雲流水

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人は、80年という年を重ねると、この先どんな試練が待ち受けているか思う時、正直不安になる。

行雲流水という言葉がある通り・・・

『「行雲流水(こううんりゅうすい)の人生」・・・楽しむことだ!』 

意味・・・空を行く雲と流れる水。物事に執着せず、淡々として自然の成り行きに任せて行動すること。

大空に遊ぶ雲は、吹く風に従って形を変え・・・川を流れる水は、降り注ぐ水の量によって時に強く、時に優しく続く…流れをとめどなく、その流れに身を委ね、それを楽しめるのが行雲流水といえるのではないだろうか。。。

どれだけ一生懸命…日々意識をし、愛に生きよう…笑顔で他人を楽しませよう…そうあろう、在ろうと志を持てばもつほど、さまざまな困難にさいなまれ、自分で困難を引き寄せていまう。

何んとも、身に覚えもないような辛い物事が、続くように感じる時、苦しくなっていつしか気持ちは志に戻ることを忘れ行き着く先は、自己嫌悪・・・・・・

しかし気づきを得るときはこんな時で、 苦しい時ほど、さらにもう一歩・・・流れに身を任せる勇気が欲しいものだ。人間はすべてを分かることで、身を委ねられ、行雲流水になれるのだろう。

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2017年4月22日 (土)

心に余裕のある人

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心に余裕のある人は・・・

① やりたいこと・やるべきことが「明確」・・・

今、必要なことが明確であれば、後はやるかやらないかだけ。

② 時間の使い方がとても上手・・・

周りが悩んでいるあいだに、どんどん物事をすすめられる。時間の使い方がとても上手。

③ 他人と比較しない・・・

自信がないと、つい他人と比較してしまいますが、余裕のある人が比較するのは自分自身。過去の自分と比べて、どのくらい成長したかを知り、自分を分析することで、さらなる成長へとつなげます。

④  物事を肯定的に受け入れる・・・

 自信がある人でも、ミスや間違いは犯します。でもその時に落ち込むのではなく、原因を探して改善するという方法を取るから、同じ失敗を繰り返すことがありません。

⑤  小細工をしない・・・

 失敗を素直に受け入れられる人は、自分を取り繕う必要がなくなります。下手な小細工をせず、正々堂々とした振る舞いが、誠実な人柄を印象づけます。

⑥  人に優しい・・・

 自分を肯定している人は、人や物事に対して寛容です。たとえ他人が失敗をしたり、意見が食い違ったとしても、広い心で受け入れることができるので、その分、周りからも好かれます。

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2017年4月21日 (金)

時代の変化に適応する能力

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世の中は何時でも変化しています。

現代はグローバル化で、世界中の人やモノ、お金や企業がつながっている現代、今後ますます「グローバル化」が進むと言われています。

どんな時代でも一番強いのは「変化に強い人」です。変化は、どの時代でも起きます。変化に強い人は、どんな場所、どんな時代、どんな人とでも、うまくやっていけます。

世の中すべてものは、変化しています。変化をしないことは、いつの時代でも、どの場所にもありません。

変化に対応し将来を創造する。

過去の歴史(変化)を学び将来を創造することです。確かに、勉強も必要ですが、勉強より必要なのは、変化に対応できる姿勢が大切です。それはどの時代にも、当たり前の事です。

変化に対して、対応できる能力が、勉強以上に重要なのです。変化に対応できるような姿勢を整えておけば、必ず、社会をリード出来ます。

謙虚になること・・・

謙虚は、変化を受け入れることが出来る姿勢です。迷ったり、分からない事があっても「すみませんが教えてください」と言えます。知らない土地に行っても「ここはどこでしょうか。方向音痴なもので」と、頭を下げることができます。

時代の流れにも対応できも、教えてもらうことで、変化に対応の確実性・安定性が増してきます。これができれば、怖いものはありません。謙虚があれば、まず時代の変化を乗り切れます。

本当にかっこいい人は、必ず謙虚なのです。いつでもどんな時でもブレない姿勢を貫くことは、信頼を得るために大切なことです。横柄な態度は厳禁です。

しかし、想定外の事態が起これば、通常とは全く違ったやり方で対応しなければならないことも多々あります。柔軟性のない人は、トラブルが発生した時などに、既存の考え方が邪魔をして、うまく解決の糸口を見つけられないことがあります。

その結果、損害を最小限に抑えることができなかったり、自身の気持ちが折れてしまったりして、大きなダメージにつながることも・・・頑固さは、言い換えれば「意志の強さ」でもあるので、必ずしも悪いこととは言いません。

しかし、臨機応変な対応や、「いつものやり方がダメならこっちを試してみよう」という発想の転換は、困難を切り抜けるために欠かせません。トラブルが発生したときは、まずいくつかの解決手段を考え出し、一つ一つ試していくようにすることです。

常日頃は「あり得ない」と思っているやり方も、除外せずに残しておきます。優先順位の付け方も臨機応変に・・・素直にアドバイスに耳を傾けることです。

一度の失敗にいつまでも落ち込まず、失敗を糧にしながら次へ次へと気持ちを切り替えていくことも大切です。

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季節の移ろいを味あう

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花は散り 木々は新緑 様変わり 

片倉城跡公園の桜は

花吹雪の光景で終った。

冷たい雨が降り

翌日には、暖かいを…

通り越して暑いくらい

日が続く。。。

季節の巡りはスピードを緩めない

自然の偉大さに今更ながら驚嘆……

季節の移ろいをしっかり、味わう

心のゆとりを持ちたい。

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2017年4月20日 (木)

感謝を忘れた人に幸せはない

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生きているだけで「幸せ」…感謝を忘れてはいけません。

多くの人に支えられ、自然の恵みをいただき、生きていけるのです。

「ありがたい・・・ありがとうと思ったとき・・・」幸せを感じることができます。

「ありがとうと思う」ことは、何も特別なことをしてもらわなくても、感じられることです。でも、あまりにも当たり前にあるものには、なかなか感謝の気持ちを持てない人もいます。

平穏に暮しが、出来ることが当たり前だと勘違し、不平不満を繰り返す人がいます。多少の不都合のことや、意に反するようなことがあっても、基本的には変らぬことがなければ、許す・・・といった、“思いやりの心”を持つことで、世の中を平和を保て、平穏無事の生活ができるのです。

「感謝を忘れた人に幸せはない 」

もし、今あなたが幸せだと感じていないのであれば、それは日々の感謝を忘れているからです。今の自分の状況が当たり前にあって、さらに言えば、もっと良い状況であっていいはずだと、疑わないので不満が出ます。

しかし、幸せは感謝の気持ちがある人間が感じるものだと、私は思っています。何気ない日常、何気ない生活、そこにあるすべてのことに感謝できる人が幸せだと思えるのです。

あさ目を覚まし、日の光を受け、朝食を食べられる・・・これが普通のことですが、「幸せと感じる」ことで、感謝の心を強く持つことが出来るのです。そして、感謝の気持ちがあれば、不平不満を感じることがなくなってきます。

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2017年4月19日 (水)

つばめくる…

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つばめ来て 夏本番の 暑さかな

チキチキと聞き覚えのある

つばめの飛来を(4月18日)確認しました。

今日で夏日(気温25度)が4日続く・・・

これは19年ぶりだそうです。

片倉城跡公園の桜も散り

若葉の季節に移り変って来ました。

つばめ…田植え…の季節も、間近か・・・

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年相応の振る舞い

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最近、「年だなー」と感じること多くなりました。

○ 人の名前や言葉がすぐに出てこないとき…

○ 簡単は漢字を思い出せなくなったとき…

○ 少しの運動でも息切れしたとき…

○ 自分の体型が変ったこと感じるとき…

○ 一年が早く感じるとき…

○ 昔を懐かしなったとき…

○ 立ち上がるとき「よこらしょ」などと言ってしまうとき…

などなどありますが、「年相応(としそうおう)」という言葉があります。年齢に“ふさわしい”ということです。「年齢につりあっている。年齢にふさわしい」【振る舞い】が大事なことだ思います。

「年相応の振る舞い」

年齢相応の自覚を持ち、年の取り方を円滑に進めていく際のキーポイントは、世代間コミュニケーションです。

年の取り方が個人の自由です。

今日、世代間コミュニケーションは、自分自身が、年上/年下に対して、どのように振る舞うべきなのかを考える・・・

人は年長世代から未来を学ぶこともできますし、年少世代を育てる過程のなかで学び、自分自身をさらに育てることもできます。

老いていく、自然の流れに身を委ねながら、年相応の“自分らしく”努力していく姿勢が良いと言えます。


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2017年4月18日 (火)

慈悲の心

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「慈しみの心」

道徳を守り

困っている人を助ける

という行動していても

心が清らかでなかったらあまり意味がない

後で疲れたり・・・嫌になってしまう。

慈しみの心になっていれば

この先の行動は素晴らしいものに変るのです。

平和で、幸福な人生を送るために

慈悲の心を持つことが大事です。

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2017年4月17日 (月)

地域活性化について

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「地域活性化」とは・・・

活性化とはそこに住む人びとが地域の資源を活用し、生きいきとした創造的な生活を営んでいる状態、またはそうした目標に向かって努力している状態を指すものであろう。(塩見譲『地域活性化と地域経営』)

確かに、地域活性化とはそのようなものでしょうけれど、肝心の「創造的な生活を営んでいる」状態がどのような状態なのか具体的に見えてきません。第一、この定義は地域活性化に成功しているかどうかを客観的に判断できるものではありません。

地域活性化に成功しているかどうかを判断したり、地域の活力を測ることができるようなものはありません。

そこで、地域の目的を再確認してみますと・・・いちがいに地域の目的が何であるかを定義するのは難しいことです。さながら人によって人生の目的が異なっているのと似ています(個人も地域も自然発生するものであるという点も共通している)。

しかし、人生については、“生きること”そのものが共通の目的といえます。同様に考えますと、地域の共通の目的は“地域の存続”そのものであると思います。地域活性化の目的とは地域を存続させること・・・そして、地域の持続性を高めることです。

地域活性化を目指して活動を行う場合は、まずその活動がどのように地域の持続性を高めることにつながるのかを考えることが重要と思います。

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2017年4月16日 (日)

犬を飼う資格を疑う

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ゴミ拾いをしていて「犬の糞」で頭を痛めています。

注意看板を立てていますが、モラル・マナーのない人がいるのです。

私は犬を飼っていません。

桜が咲き多くの人が、お花見に来ていました。犬と散歩がてら来たのでしょう、薄いビニールに入った犬の糞がありました。

それが何んと3袋もあったのです。始末するのが(大型犬)大変です。空き地に穴を掘り、埋めました。それが3日も続いています。

そして、そのまま川に捨ててしまう人も見かけました。「飼い犬や飼い猫の排泄の処理は飼い主の責任ですよ!」

出来ない人は、「犬を飼う資格ナシです」と言いたいです。モラルのある人はそこらへんに放置しないと思います。

犬のだとお散歩用糞の処理袋が安くて売っていて、袋と流せる紙がセットになっていますので それで糞を取って袋にいれて持ち帰り後は 紙ごと糞ををトイレに流せるといことだそうです。

犬の糞を川に捨てる人

川に捨てる時、本人は何も思わないのでしょうか?糞を川に捨てた人は、いつもの行動(当たり前?)・・・といった感じです。

なな…ナント猫のトイレ砂?」が捨てらて・・・処分方法分らず、また、量が多く、大変、困ってしまいました。猫を飼っている方に伺い、生ゴミなどの袋に処分いたしました。

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外柔内剛の人

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「外柔内剛の人」は、私の目標です。

「外柔内剛」とは、見た感じは柔らかで穏やかで…でも内にはしっかりとした強い意志や自分の軸がある人のこと。自分の価値観を無理に押し付けることはしないけれど、安易に周りに流されたりもしない。

トラブルや困った場面でオロオロしたりパニクることなく冷静に柔軟に対応できる人というのが私の理想で、私もそうなりたいと思っています。

「芯が強い」というのは、長所のように思えますが、芯が強すぎて「融通が利かない」人もいますので、そうならないように気をつけなければいけない。

ものすごく頭の回転が速くて、才知に富んだ人はすごいと思われる一方で、「ずる賢い」と言われる可能性もあるわけで、したたかさや図太さも時に必要だけれど、それを「ずうずうしい」と嫌う人が現実にはいるのです。

人間丸くなったらおしまい・・・

多少“とんがって”突き抜けていないと高ところは目指せない。そういう考え方もあると思います、本当に高いところに到達した人は腰が低いし、ネガティブに誰かを(あるいは何かを)攻撃しないと思う。だから、自ら誰かの反感を買って、敵を作るようなことはしないと思います。

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2017年4月15日 (土)

心の断捨離

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“モノ”は使ってこそ価値があり、今この時に必要とされるところに、あるべきところにあって美しい。

心の断捨離とは

自分にとって必要なものと不要なものとを取捨選択していき、不要なものを取り除くことで心の安定を取り戻す作業です。

これまでは、片付け術として実際にあるモノを選別する方法が知られてきましたが、モノを持つことには、ほとんどが“思い”がこもっています。その思いのほうに目を向けて、不要な考えと必要な考えとを取捨選択していくことが、心の断捨離です。

不要・不敵・不快との関係を“断ち・捨て・離れ”ということです。

何かを捨てるということで執着を捨てることにも繋がり、簡単に意識変容が起こるのです。思い切って物を手放すことで、空間・時間・エネルギーにゆとりが出て、それが気持ちのゆとりに繋がっていく・・・

単なる片付け術ではなく、もともと心へのアプローチ法として始めたのが断捨離という考え方で、モノが片付けば思考も片付く…反対に、思考が片付くことでモノも片付く…両者は密接に連動しているいう。(山下秀子さん)

断捨離のアプローチで見えてくるのは、私たちが無意識に抱えている思い込み。「人によく思われたい」・「他人の期待には応えなければならない」・「失敗することは許されない」…

普段から当たり前のように、行動の前提としている考え方なので、改めて気持ちを掘り下げてみなければ、なかなかその存在に気づくことができない。

その人が抱えている思い込みを検証することで、自分の何を守りたくて、何を恐れているのかが浮き彫りになります。

「他人からの評価を得たい」と望む気持ちがあるなら、それを得ようとする動機は何なのかを自分に問いかけてみたい。

「評価をもらえればより自信がつくけれど、もらえなくても自信は揺らがない」と思うのか…また、「他人の評価がなければ、私の自信は一気に揺らいでしまう」と思うのか…後者であれば、自分を肯定する気持ちが欠如していると思われます。

悩みやモヤモヤの原因の大半は、自分と自分との関係性…自分の正直な気持ち、ありのままの存在を認めることで、自分の軸が固まり、心がご機嫌な状態を取り戻すことができます。

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2017年4月14日 (金)

しつけと教育について

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哲学者で教育者の森信三先生の「しつけの三原則」として、次の3つを挙げています。

① 「ハイという返事」

② 「朝のあいさつ」

③ 「はきものを揃え、椅子を入れる」

最近、公園や広場などの公共の場で、遊んだ子どもたちを見て、後片付けをしない光景がよき見受けられます。子ども会の会長などに、話をしていますが、子ども達がやがて大人になり、ちょっと心配になります。

私は、「ゴミはもちかえりですよ!」と言っていますが、なかなか徹底しません。子どもに注意するより、大人・親御さんに注意が必要・・・と思うくらいです。

教育の目的…

義務教育で、最初に学ぶのは、学問ではない。

学問と言うよりも、集団生活や社会の中で生きていく為に必要な事柄であり、教育の根本は、生きていくために必要な術を身につけさせる事であると思います。

教育とは何か?と問われて、「自分にとってはこうです」と言い切れる人はなかなかいないのではないでしょうか?

教育とは・・・

人間性を身につけさせると言うことです。

① 人間は、第一に生きていかなければならないということ・・・

② 自分をコントロールしなければならないということ・・・

③ そして最後に、社会生活を、営なまなければならないということです。

難しいことではなく・・・当たり前なことができないことが問題なのです。教育は、難解なことを教える事が目的ではありません。

むしろ、社会人として当たり前な事を習得させる事が大事なのです。いくら、学校の勉強ができても、善悪の判断ができないのでは、教育する意味がありません。

多くの人は、哲学的な事で悩んでいるわけではありません。世間の噂(下世話)で悩んでいるのです。

人間関係が上手くいかないとか・・・どうしたら、欲しいものを手に入れられるのかとか・・・それを、解決するための手立てを教えるのが教育です。

教育の目的は、生きることを学ばせることです。生きていくために、本当に必要な事は何か。それを考えれば、教育の目的が、おぼろげなまでも見えてきます。

いま、教育とは、知識を身につけさせる事だと思っている人がいます。また、人間教育と称して人間性を身につけさせる事だと勝手に思いこんでいる人がいます。

しかも、この人間性という概念が曖昧模糊としたもので、個人的な思いこみ、自分勝手な思いこみである場合が多いです。その多くが、自分の私見、独断、思想を押し付けているのに過ぎないのです。

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まちづくりを考える

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“まちづくり”とは・・・

街路や公園、建物と言った単なるまち空間の創造(都市デザイン)ではなく、社会、経済、文化、環境等、生活の根幹を構成するあらゆる要素をも含めた、暮らしそのものの創造と考えます。

まちづくりは人づくりと言われて久しい。人づくりは一朝一夕で出来るものではないだけに、ハード(施設)面が先行しがちですが、ソフト(人づくり)の面も同時に進行することが必要であります。

当八王子市片倉町は、里山はもとより田畑が開発され、団地・アパートに変貌してしてしまいました。農業を営む人が激減しています。少子高齢化に直面し、町は首都圏に通うためのベットタウン化しています。

地域との接点が少ない、サラリーマンが多くなり、車で大型スーパーで買い物し、以前あった魚屋・酒屋・電気屋・肉屋などの専門店も姿を消さざるを得ない状況に追い込まれてしまいまっています。

従って、町の安全・安心で活気ある、まちづくりは、むかしから住んでいる地元が中心に考えざるを得ません。その人たちは高齢化が進み、従来あったまちのお祭り・盆踊りや市の主催するまちの清掃デーや川の清掃デーなど行事にも、積極的の参加して、汗をかいてお互いのコミニケーションを図って欲しいと願っています。

違った環境で育ち、価値観の違う人が心を一つでき、防災・防犯・交通安全に備えて取り組みと地域の皆さんとコミニケーションの取れるまち作りが望れます。

その中で、八王子市では学校、公園の建設とハード面の施設着々と整備されてきました。こうした施設をよりどころとして、いかに人づくりをするか、いかにして町おこし、いかにして生き甲斐のある豊かな、まちづくりをするかソフト面の充実が今後の大きな課題です。

まちづくりは、一人ひとりの意識改革から始めなければならない。そのためには、町民がコミニケーションを通して市・町や地域のよさを発見して、どうまちづくりにかかわるかが、大切であると考えます。

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2017年4月13日 (木)

習慣化で思う

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今年も桜が咲き、花の季節が巡ってきました。

【歳歳年年人同じからず】・・・「毎年毎年人の顔ぶれが異なる。毎年花が同じように咲いて自然は変化しないのに対して、人の世がはかなく変化すること。」

『思うこと・・・』

人間は年を重ねるたびに成長していくものです。それが習慣だけでは、人は成長できないどころか、停滞→衰退してしまうことです。

経験・学習で次に生かし、前進・成長しなければいけません。そのことで、人生はより良いものになっていくのです。善きものは継続し、悪いものは捨て去り、改善したものを取り入れていくことです。

人間は楽に生きたいと考えています。本能とも言えるでしょう。なるべく少ないエネルギーで生活できれば、生存する可能性が高くなるからです。

習慣化すると、一々考えずに済むので、思考するエネルギーを節約できます。習慣とは楽に生きるための方法です。

「変えなければ、人は成長しない」

習慣とは「考えないで行動できる」ことです。無意識に体や心に良いことを毎日続けられるのは、良いことです。

その反面、思考が停止してしまうのです。同じことを続けていると、体が慣れてしまい、それ以上良くなったり、成長することはありません。

何もやらないよりは良いことですが、現状以上に進むことはできないということを、認識しておく必要があります。日々新しく勉強したり発見することで、心身が変化して、常に成長していきます。

「現状維持は衰退する」

 良い習慣を続けることは素晴らしいことです。しかし、加齢によって体力や思考スピードが落ちてくると、同じことを続けているだけでは、自分の能力は落ちていきます。

私たち人間は、動く歩道を逆走していると思うくらい…立ち止まっていると、あっという間に後退してしまいます。

習慣化とは、好きなものは続き、好きでないものは続かないものです。つまり、自分が得意なこと、好きなことしか習慣にならないのです。人は、続けられるものしか続けられないのです。

もっと頑張れることはないか?変えられるものはないか? 習慣で思考を節約して空いた思考リソース(供給源。資源。財源。)で、次の一手を常に考えることで、人は成長できるのです。

習慣化とは、より良い習慣を考えるためにあるのです。

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2017年4月12日 (水)

素敵な目のかがやき

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「目は口ほど物を言う」

辞書では・・・「人間が喜怒哀楽の感情を最も顕著に表すのが目だということから、何もしゃべらなくとも目つきから相手の感情がわかるものだということ。また、言葉で偽りごまかしていても、目を見ればその真偽がわかるということ。」

若くて希望に満ち溢れているような人は、キラキラと素敵な瞳をしています。また人は自分の興味があるものに、出会ったときは目を輝きます。

瞳孔が開き黒目部分が拡張します。この黒目の部分が、太陽などの光の反射率がほかの目の部分より高いために目が輝いているように見えるのだそうです。

子どもは、好奇心や色々な興味を持って、楽しく過ごしています。それで、黒目が大きくなり、光が反射して輝いて見えるのです。

「大人は老化で白目が汚れるため目が輝かない」

大人も新しいことに興味を持ったり、楽しいことがあったりしまと、輝いて見えます。しかし、老化すると、大人の目は、肌が衰えるように目も衰えるのです。白目と黒目の境界もクッキリという感じではなく、ぼやけてしまう。

何だか、「年はとりたくないものだな……」大人になると色々なものを失いますが、目の輝きもその中のひとつです。

好奇心を持ち続けること(努力)」

歳を重ねると、子供ではないという理由から素直に「なぜ?」と思う事が出来なくなってしまう事もあります。

また、知識を身につけてしまった事から、大抵の事は知った気になってしまい「どうせつまらない事だろう」「たいして重要ではない事だろう」と決めつけて「なぜ」を大切にしなくなってしまいます。

こうなっては好奇心にもブレーキが掛かってしまう事になります。「なぜ」を止めてしまわないで、きちんと向き合い「挑戦」を心がければ、好奇心も湧きやすくなります。

つまり、興奮で黒目が大きくなり、その部分に光が当たることで目がキラキラ輝くのです。そして、生きている幸せ感じ、なにごとも前向きに考えるようになるのです。

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2017年4月11日 (火)

社会人基礎力

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価値観の多様化の社会で生きく「社会人の基礎力」とは・・・

① 「柔軟性」・・・「意見の違いや立場の違いを理解する力」養う

柔軟性は、社会で生活するうえではとても重要な能力です。社会人として生活する際には、自分が住んでいる地域の人々との付き合いが大事です。また、仕事では職場の同僚や取引先企業の担当者と一緒に仕事を進めなければなりません。

「自分のルールや、やり方に固執するのではなく、相手の意見や立場を尊重し理解する」

新しい考え方を積極的に理解しようとし、必要なら受け入れるという姿勢は、人が成長するうえでは欠かせません。

② 他人の意見や立場を理解する

社会(職場・地域などの)人たちと、うまく付き合うためには、お互いが理解し合う必要があります。意見の違いや立場の違いを理解しなかったら物事は先に進みません。誰しもが、柔軟性・他人の意見や立場理解することです。

自分と異なる考え方や価値観に出会った際には、拒否するのではなく、まずは「そういう考えもあるんだ」と理解するようすることです。許容できる範囲であれば、受け入れることも必要です。

単に人の意見や考え方に従うということはなく、自分のルールややり方に固執するのではなく、自分なりのルールややり方を持っていることが前提です。

③ 年齢や環境の異なる人と出会える場に出て行く

では、柔軟性を高めるにはどうすればいいのでしょうか・・・まずは、自分と異なるバックボーン(サークル・なんらかの団体)の人や世代の異なる人と付き合ったり、話をしたりする機会を増やすことです。自分と異なる意見や考え方を持った人と出会うように心がけることです。

自分とは全く異なる環境にいる人々と接することができる場に身を置いてみる・・・そうした異なる価値観に触れ、理解することが、柔軟性をより高めてくれます。

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2017年4月10日 (月)

永遠にきらめく我がまち

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歴史と文化の片倉の里
遠く富士 を眺めて
悠久の 湯殿川の流れ
四季折々の 花が咲き

あふれる緑に囲まれ
こころ豊かに 新たな文化と歴史
あしたへの希望をぬくもりがあふれる
このまちにしたい

人のつながり大事にして
やすらぎ楽しさ感じる
いつも笑顔忘れないように
素晴らしい片倉まちのきらめき
永遠なれ

一人ひとりが輝いている
人のやさしさと風が 見えるこのまち
平和と夢いっぱいの さわやかな大地に
みんな手を取り合い 愛を感じる
このまちにしたい

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2017年4月 9日 (日)

善き行い

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「善行」・・・「陰徳」

① 「善いことを心がけよ」

② 「善いことを、継続せよ」

③ 「善いことを普通に行え」

この三つを、私の心に戒める心を持ち続けたいです。

陰徳ということばがあります。

感謝や見返りを一切求めない

人知れず行う、善き行動です。

大きい事でなくてよいのです。

その心は意識しなくともゴミが落ちていれば拾ってゴミ箱へ・・・

履き物が乱れていれば揃えてあげる・・・

といった小さな普段の生活の中で自然の行為です。

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ウグイスと春の風

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ウグイスの 啼く声きけば 春の風

開花宣言は出たけれど…

お花見はいつしようか?

満開は何時ごろかしら?

桜が満開になりました。

片倉城跡の森より・・・

春の風に乗って

ウグイスの啼く声が聞こえてきました。

湯殿川の鯉が元気が出たようです。

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2017年4月 8日 (土)

公園のゴミ犬の糞で困っています

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桜が満開になりました。

私たちのまちの片倉城跡公園・時田公園・片倉時田町の広場があります。

多くのお花見のを楽しむ人で賑やかです。近くの幼稚園の園児が、先生に引率され公園で、楽しそうに遊ぶ光景も見られます。犬を連れて散歩しながらという人もいます。

心ない人に困っています。

八王子市公園課・ゴミ減量対策課・ゴミ相談センターなどに相談、看板を取り付けていただいていますが・・・

犬の糞・ゴミは持ち帰りです。

飼い主がしたふんの放置が地域の住民に多大な迷惑をかけていることを知っていますか?

○ 自分の家の前に犬のふんが放置されていたらどう思いますか?
○ 道を歩いていたらうっかり犬のふんを踏んでしまったらどう思いますか?
○ お子さんと公園に行ったとき、犬のふんがあったら気持ちよく遊べますか?

飼い犬のふんを放置し、後始末をしない無責任な飼い主の行為が、周囲の人を困らせたり不愉快な気持ちにさせています。

飼い主のみなさんの心がけと協力があれば犬のふんの問題は改善できます。

「他人に迷惑をかけない」ということは犬を飼う上での大切なマナーです。飼い主の皆さん「持ち帰り」を守ってください!

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2017年4月 7日 (金)

花の季節に思う

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花便りの季節となりました。

「あちらの公園の桜が咲いたよ」「こちらの川の堤の桜が見事だよ」「お堀の桜も美しいよ」

おとといは国立市の大学通り桜を見てきました。きのうは相模原の市役所の前の桜のトンネルを車で通り抜けてみました。(約1.6キロメートルに、約300本)

あちらこちらと花をもとめて歩きまわり、幸せを求めて心はいつも揺れ動きます。桜の花の咲く時期は、新しい出会いの季節でもあります。

桜は毎年咲きますが、去年と違っています。同じものは何一ありません。世のすべてが無常です。形も数も違います。人も、自然も毎日姿を変えているのです。

「一期一会」

毎日が新しい日、はじめての日、毎日が新しい私、はじめての私です。

桜の花の咲く時期は、多くの人の出会いがあります。入学・転勤など人生の節目となる大きなるイベントがあります。

一期といえば 、人生の一生涯、一会といえば その時、その場、はじめての日のはじめての人との、一度きりの出会いですから、一期一会とは、一生に 一度の出会いということです。

我が命との出会い、自分の誕生を、自ら喜びとして受けとめようとしないで、自分の生まれに不満を抱く人もあります。

けれども、勝手に生まれてきたのではない、どんな人でもみな、この世に必要だからこそ、望まれて生まれてきたのです。

二度とない人生を喜びとしないで、他にどのような喜びがあるというのでしょうか。さまざまな出会いのもとに 人は生まれてきました、そして、人にはさまざまな出会いがあります、どんな出会いでもありがたきことと喜びたいものです。

四月は花の季節です、さまざまな生き物が生きるいとなみを活発にする時節です、新しい命が躍動する、さまざまな生き物も出会いの季節をむかえたのです。 

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2017年4月 6日 (木)

散る桜

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待ちに待った?

桜が咲き……百科繚乱の時節がきました。

「散る桜 残る桜も 散る桜」

良寛さんの辞世の句と言われています。

今の世の中は、色々悩みの多いものであります。 自分の老後のこと、お金や健康のこと、子供・孫たちのことなど・・・幸せより悩みのほうが、重たくなって各人に肩にずっしりのし掛かっているのではないかと感じています。 

しかし、今まで生きてきた人生を一度振り返ってみますと・・・決して苦しいばかりではなかったはずです。

昨日、今日、明日。

「明日のことを心配し過ぎているのかなぁー」

明日は誰にも分からないものです。分からない明日を悩むより、今日を楽むことに切り替なければいけない?

「散る桜、残る桜も、散る桜」

・・・今どんなに華やかでも、散らない桜はないと心得るべきことで、機微に触れた名句と思います。

人は、どのような原因であろうとも、一度は必ず死ぬものです。一度だけの人生だから、毎日を精一杯楽しく大いに努力して、“もがきながら”でも生きていくことです。

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上手に歳を重ねるには・・・

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を見ても、右を見ても(私も含めて)、後期高齢者ばかりの世の中じゃございませんか」

 歳を取ると思うと、どんな気持ちになりますかって?

不安や心配、はては恐れさえ抱く人も・・・。

それは多くの場合・・・容姿の衰え…体力の減退…記憶力の低下…慢性疾患などといった嫌な事柄を連想するからです。そして痴呆…介護…相続…墓…

とはいえ、年の取り方は人によってずいぶん異なり、晩年になっても、心身共に比較的健康な人がいます。

また医療の進歩によって、慢性疾患の治療やコントロールもできるようになりました。結果として、より長く、より健康に生きられる人が増えています。

それでも、加齢に伴う問題を経験しているかどうかにかかわらず、誰でも、歳は上手に年を重ねたいと思っています。そのために何ができるでしょうか・・・?

上手に歳を重ねられるかどうかは、本人の態度・・・意欲・・・人生の新しい局面に適応する能力にかかっていると思います。

長生きすれば、年を取るのは当たり前で、時計の針を戻すことはできません。しかし、「こんな年寄りに今さら何ができるのだろう」といった具合に、最初からあきらめきった態度を取ることは、しないようにすることです。

いままでに、積み重ねた経験・知恵を働かせ、「置かれた状況で最善を尽くす」ことだと思います。「もうだめダメだ」は死ぬ時の言葉にしたいものです。

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2017年4月 5日 (水)

人は前進するのみです

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何もしなければ、人生なんて 「あっ」 という間に終わってしまいます。

「人は前進するのみです。」

すべては、たった一歩から始まります。

だから行動を起すことです。

「始めなければ、終りはない」

何かを始めるためには、しゃべるのをやめて行動し始めなければならない。

頭の中で考えていることを実践してこそ・・・

その考えが正しいのかどうかや、改善すべき点が分かるのです。

やってはじめてわかるのです。

それには勇気と継続・・・が大事です。

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心の姿

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人は・・・

さまざまな姿や形があります。

大きい人、小さい人・・・

痩せている人や太っている人・・・

肌の色の違いや、男性女性の違いもあります。

「心の姿」

心にも姿があるのです。

心の姿は目に見えませんが・・・

心の姿は顔やさまざまな態度に現れます。

どんな心の姿をしているのかある程度、判断できます。

心の姿は、世の中のあり方そのものにも、大きく関わるものかと思います。

争いなどは、人の心のあり方のひとつの状態でもあります。

美しき心の“姿”・・・

悲しき心の“姿”・・・

醜き心の“姿”・・・

恐ろしき心の“姿”・・・

などなど、さまざまな心の“姿”を私たちは宿しております。

今日は、いかなる“お姿”でいらっしゃいますか?

「仏ごころ」

「なにがあろうと怒ることなく、すべてを受け入れる寛容の精神である」

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2017年4月 4日 (火)

ありのままで生きる

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私たちは、小さいときから、経験を通して「自分」という意識を作り上げながら、自分にとって心地よい快適なものを好きになり、そうでないものを嫌いになっています。

また、親や周りの人たちから教えられたり、学校などで学んでいくうちに、社会の常識や価値観を身につけていきます。

ありのままで生きること

「そんか とくか 人間のものさし うそか まことか 仏さまの ものさし」(相田みつを)

私たちは、自己中心でものごとを判断します。

知らず知らずのうちに物事にレッテルをはったり、自分の範疇でそのものに優劣や価値をつけようとします。

しかしそのすべての判断は自分のものさしでしかなく、それが本当の姿ではないわけです。

そのものさしは、きっと時と場合によっても変わってしまうし、ころっと手のひらを返したように長さがかわったりします。

しかし仏様の真実のものさしというのは普遍であるというわけです。

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2017年4月 3日 (月)

タバコの吸い殻をポイ捨てしないで!

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毎日ゴミ拾いをしています。

タバコの吸い殻のポイ捨てが絶えないです。

あなたは、車からタバコの吸い殻等のポイ捨てしていませんか?

歩きながら・・・自転車に乗って・・・タバコを吸っていませんか?

吸い殻が雨で溶けてなくなることはありません。

携帯灰皿を常備し、吸い殻やごみはご自身で持ち帰ってください。

煙で人に迷惑をかけるばかりでなく、すれ違いざまに、たばこの先が触れてしまったら、相手にやけどを負わせてしまう危険があります。

まちなかには、幼い子どもや体の不自由な人もいます。ぜんそくの人もいます。

ぜひ思い「やりの心」を持ちをお願いします。

八王子市は、「市内全域で路上での歩行喫煙を禁止」を条例で定めています。(平成19年1月1日)

そして、市内全域・公園・まちの広場など、ポイ捨てや歩行喫煙を止めて!・・・まちの美観からも、ゴミポイ捨てはしないでください。

八王子市のまちの美化に向けて、みなさんの一人ひとりのご理解とご協力をお願いします。

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徒然思うこと

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今まで生きてきて、つれづれ思うこと・・・

「世の中は、自分の思うようには、なかなかいかない。」ということ。

問題は常にあり。しかれども、問題は内にあり。」

(東本願寺の住職の言葉)

自分の心の内を誰かに知ってもらいたいと・・・

少しでもあることは、自分の心の持ち方に問題があり・・・

まだまだ「心の修行」が足りないのだ。

 

「苦しまないで楽しようと思ったって、人間なかなかそうはいかない。」

「 楽しようと思ったら苦しまなきゃダメだ。」

(桂歌丸氏の言葉)

人はなぜ苦しまなければならないのだろうか?

ひとつの答えとして、イソップ物語の『アリとキリギリス』のたとえがある。

楽ばかりていたら、 その先には苦しみが待っている。

苦労した後には きっと 楽(幸せ)が待っている。

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2017年4月 2日 (日)

環境を守る想い

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「私が変われば、日本が変わり、世界も変わる」

自然環境を守るには・・・

それは私たち一人ひとり考え、行動を起すことです。

「地球環境が大変です」

「自然や生態系を守りましょう」

「地球にやさしく」

地球環境の危機を伝える情報と、この問題への取り組みを呼びかける言葉が今、世の中にはあふれています。

ニュースでは毎日のように、何か環境にかかわる報道があり、インターネット上でも多くの情報が発信されています。学校でも子どもたちが授業で環境のことを習い、関心と知識とをたくわえる機会に恵まれています。

しかしなぜ、環境を保全しなくてはいけないのか、という理由を、誰かが納得のいく形で明確に示してくれることは、なかなかありません。なぜなら、その本当の理由は、一人ひとりの心の中にあるからです。

いままでの社会システム・ライフスタイルの延長では、破綻は誰の目にも明らかです。

それには、新しい価値観の創造です。非常に厳しく長い闘いでしょう。政府主導ではありません。一人ひとりの熱い思いと行動が鍵です。

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2017年4月 1日 (土)

町をきれいにしていきましょう

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湯殿川河川管理通路 

まちの美観、自然に与える影響の両面から、環境との共生をめざす八王子市のまちづくりにとって重要な課題となっています。

歩道に散らばるたばこの吸い殻、植え込みの陰の空き缶、公園に残されたファスト・フードなどの包装容器…犬の糞が捨ててあります。

もうすぐ、桜が満開になり、多く花見客が訪れることでしょう。お花見することは大いに結構ですが、ゴミはお持ち帰りです。

「ポイ捨てごみ」がはらむ問題は、まちの美観にとどまりません。たばこのフィルターやプラスチック、金属類などの分解されにくい材質のごみが、動物の誤食やからまり以外にも自然に影響を与えていることはいうまでもないことです。

桜の名所「八王子市・片倉城跡公園内」「湯殿川の周辺」「河川管理通路・水辺の枯れ草の中、川の則面」でも、これら「ポイ捨てごみ」散見されます。まちの美観が損なわれます。

南多摩西部建設事務所の河川維持担当などに、ポイ捨て禁止ポスターなどを設置していただいていますが、まだまだ、心ない人がいます。

私たちの町は私たちで、きれいにしていきましょう

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和顔愛語

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生きる姿勢

なによりも大事なのは、現在の自分の生きる姿勢です。成長しようと志して、自分が幸せに生きるように努力することが大事なのです。

○ 日々に感謝する気持ち

○ 前向きに生きる姿勢

○ 自分をさらけ出すことを恐れない気持ち

和顔愛語(わがんあいご)

私たちは毎日の生活の中で、さまざまな顔の表情をします。

感情に合わせて、笑い、泣き、怒る……。それと共に言葉や口調も変わります。その表情や言葉は、人間関係を左右する力を持ち、自分や他の人の人生にも大きな影響を与えるものです。

仏教で教えられている「和顔愛語」の心とその働きについて

読んで字の通り、和やかな顔で人と接し、やさしい言葉で人に語ることです。相手の魂を喜ばせる愛情のこもった言葉、相手を理解していることを伝える言葉を、実践の大切さが教えられています。

この「和顔愛語」にはどのような働きがあるのでしょうか。

いつもにこやかに、自分に正直に、ありのままに生きることです。

その上で、柔和に、人さまを包み込む温かさをもって生きることです。人さまを慈しみ、尽くすことに喜びをもって生きることです。

のようにしていると、自分が幸せであるだけでなく、周囲の人をも幸せにしていけます。その態度・動作・言語が、自然と周囲の人びとの心を明るくするのです。

柔和でおおらかな、笑顔の人に触れるだけで、喜びと安心感に包まれ、心に勇気が満ちあふれるのを感じます。誰でも、笑顔が持つ大きな力を、体験を通して知っていると思います。

心と形のどちらからでも

しかし、いざ、自分自身が「和顔愛語」を実践するとなると、簡単ではありません。気分がよくないときなどはなかなか笑顔になれません。

愛情を感じていない相手に、思いやりのあるやさしい言葉をかけるのも、かなり抵抗があるものです。大事なことは、その気持ちを持ち続けることです。

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本当のやさしさ・・・

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「本当のやさしさ」とは

相手の心情(心の中にある思いや感情)を汲み取って、サゼッション(示唆)してあげることです。

どんな人に対しても、親切でやさしい姿を見せ、特定の人だけでなく、多くの人に同じようにしてあげる。さらには街を歩いていて、困っているお年寄りを見つけたとき・・・目の前で急に知らない人が転んだとき・・・そっと手を差し伸べる。

最近、「優しさ」を悪用する人が・・・

優しさは、仏教の言葉に言い換えれば、慈悲の心です。困っている人に、慈悲心を向け・・・手を差し伸べてあげる・・・それには、相手方の状況を正しく把握し判断することが必要です。

助けを求める人がいても、詐欺師や泥棒の場合も多い世の中です。「借金の保証人になって下さい。」と知合いが泣きついてきたとしてしても、初めから借金した金を持って、雲隠れするつもりの人もいます。

近年、社会問題となっている「おれおれ詐欺」なども、優しさを悪用する卑劣な行為です。このように、残念ながら、世の中には人の優しさの心に乗じて金品を奪い取ろうとする輩がいます。

斯く言う私自身、十分な防衛力を身に付けているとは言えません。しかし、ガードの甘さで善意が踏みにじられることの、ないよう気を付けねばと気を引き締めています。

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