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2017年1月11日 (水)

自己中と縁と絆を考える

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自己中心的な人が増えたわけ

以前は近所の人の協力なくしてよい生活をすることは出来ませんでした。お祝い事でも凶事でも近所の人が助けてくれました。現在は葬式でも金があれば業者がやってくれます。

過去隣近で協力してやっていたことが現在では行政や業者が行ってくれます。現在では生活において近所の人は煩わしいだけになっており、生活の助けになってもらう必要もなくなっています。

このような状態が続けば地域に無関心となり、他人に協力すると言う意識も薄れ自分勝手となる人も多くなると思われます。

縁と絆

盆踊りなどは、その町や村に根ざした、その土地に根ざした地域のものです。そこの前提になるのは地域の人の繋がりです。

これを土地の縁、地縁です。そこに家族ぐるみで参加するとなると血縁で、やはりそこにも縁があります。土地の縁、地縁、血縁といった縁によってそうした祭りが成立していたわけです。

縁というと社縁という言葉がありました。これ会社の縁です。かつてはその大きな会社になると自分の社だけで盆踊りをやってしまうというような、そういうこともありました。

つまりその祭りというのは、そもそもは、地縁・血縁・社縁といった縁という人の繋がりの土台の上に成り立っていたものです。

縁というのと絆というのは違う・・・縁というのは、そこにあるものです。しかし絆は作るものです。

絆とは、長い時間をかけて絆が出てくるもので、絆というのは作るのが難しいものです。人と人が自覚し合って作っていくものです。縁が薄れた社会は私たちに執拗に今、絆を求めているような気がします。

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