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2017年1月

2017年1月31日 (火)

生きる姿勢

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弱くていい、不完全でいい

完璧な人間なっていません、弱さや間違いがあるのが私たち人間です。

完璧になんてなれないし、きっとなってもつまらない。人は誰もが不完全な存在です。私たちはひとりでは生きられない弱い生き物です。

だからこそ手を取り合って生きていく・・・助け合い、協力しながら生きていく・・・このことをしっかり、理解しライフワークに取り入れていくことです。

ライフワークとは・・・作家の本田健は、「ライフワークとは、自分のなかにある《幸せの源泉》から湧き出る情熱を使って自分らしさを表現し、まわりと分かち合う生き方」と定義している。(ウキペイデイア)

一生懸命生きる

どこにでもある、ありふれた、当たり前のような言葉です。そして、真理はいつもシンプルで、当たり前のようなところにあるもんです。生きていれば、辛いことあります。順風満帆とはいきません、むしろ辛いことの方が多いのが人生・・・

災害に遭った人もつらい気持ちをなんとか捨てて、新しく出直すしかないのです。また、戦争だってあの悲惨さを覚えていたらとても生きてはいけません。人間は辛い気持ちを忘れるから生きていけるのです。

人生が長いとか短いとか、幸福だとか不幸だとか、それは他人が計るものではないし、誰が決めるものでもない。自分の人生を自分で決め、後悔せずに生きるには、日々を一生懸命に生きることだ・・・と思います。

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2017年1月30日 (月)

春を待つ

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待ち春の 産毛に包まる 柳の芽

近くの湯殿川の淵に柳が自生している、柳の枝先に、産毛に包まれた芽が寒風に揺れています。寒さにじっと耐えて、春を待っています。

一日一日日は伸びています。今年の立春は2月4日(土)です。立春は過ぎてもまだまだ寒い日がありますが、立春というと、何か気分が明るくなります。

柳の芽をみて、幸せを感じてしまいます。

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2017年1月29日 (日)

安心・安全な町にしよう

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域住民の皆さんが、安心して安全に暮らすことができる地域社会は、警察・消防・市などの行政機関だけで実現できるものではありません。

現在、地域社会は、昔からの戸建てに比べて、マンションであったり、ワンルームマンション・アパートに占める住民が以前と比べ多くなってきています。そして、価値観も違ってきています。

日ごろ地域の、コミュニケーションについて、考え方も当然多様化してきています。

いざと言うときの、自然災害・防犯などの備えは・・・向こう三軒両隣りの普段からの心配りが大事あるということは言うまでもありません。

そして、地域住民の皆さん、事業者や土地建物などの管理者が、一体になって・・・

「自分の安全は自分で守る」「自分たちの地域は自分たちで守る」・・・

という意識をもって、日常生活でできる安全対策を進めるとともに、環境整備や安全活動に取り組むことが大切です。

コミュニケーションを図る場としては、町内会主催の盆踊り・町の清掃ディ・川の清掃ディなどに積極的に参加することです。そして月並みですが挨拶の励行です。

また私は、割れ窓理論の通り、第一に地域の美化であると思っています。

私たちの町は幸い豊な自然が残っています。歴代の諸先輩が引きついでこられた豊な自然を享受しています。これからも美しく豊な自然を次世代に引き継ぐ責任があります。

子どもは大人の行動をよく見ています。大人の一人ひとりが環境美化の意識を持って、子どもの模範となる行動を取っていただきたいと思います。

私たちの町も少子高齢化が進んでいます。そして独り暮らし、空き家が増えてきています。それらの状況もよく認識し、安心・安全のまちづくりは、地域の住民一体と取り組まねばならないと考えます。

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2017年1月28日 (土)

家の周りの掃除のこと

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むかしの「たき火」の風景を思い出しました。

童謡に「たきび」があります。

 作詞:巽聖歌、作曲:渡辺茂

♪かきねの かきねの まがりかど
たき火だ たき火だ おちばたき
あたろうか あたろうよ
きたかぜぴいぷう ふいている♪

現代では「たき火」は出来ませんが、自分の家の周りは掃除をしたいものです。美観・防火になることで・・・特にこの時期は、落ち葉が風で舞い散るので、毎日の掃除が大事です。

家の周りを掃除することで、「向こう三軒両隣り」のコミュニケーションもよくなるのではないでしょうか・・・

最近町を歩いていて思うのですが、道路に面しているお宅の前が、ゴミが落ちていたり、枯れ草が、そのままになっていたりするお宅が見かけられます。町の景観も損ねます。

毎日ちょっとの心がけで、町がきれいになり、みんなが気持ちよくなります。

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おちょこ花がいじらしい

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大寒に  ちょこの花は いじらしく

むかし親父は、冬の田んぼのあぜ道などに咲く、青い小さな花を、「ちょこ花」と言っていた・・・「オオイヌフグリ」。確かに小さな、「おちょこ」の形をしている。

昨日、日当たりの良い、河川管理通路の端に、枯れ草の中に、うす青い、ちょこ花が咲いていた「オオイヌフグリ」の花です。

一年で最も寒い「寒中」でも、しっかり子孫を残そうとして咲いている・・・何んともけなげで、いじらしく思えたので、そっとしておいてあげたい気持ちになったのです。

花言葉は、【清らか】【信頼】【神聖】【忠実】などです。この花の色が確かにそんなイメージを醸し出しています。

「いぬふぐり星のまたたく如くなり」 高浜虚子

花が星の瞬きのように見えるってとてもロマンチックです。

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2017年1月27日 (金)

歳をとるということ

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歳を取るということ

大抵のことは、勉強すれば、理解できるけど、本当に大切なことは体験して見ないと分らないものです。

肉体的・精神的に年を重ねるに連れて自覚することです。その感じ方は人それぞれですが、すべてが始めての体験でしか分らないものです。

大事なことは、年相応もありますが認識と行動

人が大事な場面での体験、何らかの動きをするのか、依然として何もしないのかで人物の評価されると思います。

「年をとても生かされている・・・」という事実

若くても歳をとっても、その事実に変わりはありません。自分で心臓を動かしてはいません。太陽も酸素も水も、一方的に与えられています。

生かされてる世界から見れば、私は、かけがえのない大切な存在であり、100点満点です。何もないのに、私は素晴らしいのです。どんなにみじめになっても、生かされてる世界から見れば、私は素晴らしいのです。

この事実を忘れてはいけません。社会的な評価はあった方がいいでしょうが、なくても私の価値には関係がありません。

確かに、貧しい時代なら社会の評価をもらわないと衣食住を得られません。生きてはいけません。しかし、豊かな時代なったのです。

豊かさの意味は、衣食住から自由になって、自分を生きれる時代になったということです。生かされてる世界の中で自分を生きるという喜びを得られるようになったということです。これが、本当の幸せであり、人生の価値ではないでしょうか・・・

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2017年1月26日 (木)

自由と責任

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「自由には責任が伴う」

「人は自由という権利をもらう代わりに、道徳やルールを守るという義務がある」

自由には責任が伴うというのは、例えば、何かを好きにやってまわりに迷惑をかけてしまったらそれ相応の対応をとらなければならないでしょう。みんなが好き放題やったらめちゃくちゃになってしまいます。そうならないよう心がけるのが責任が伴うということだと思います。

最近、考える事が多くなりました。自分は「果たして、自分は実践出来ているのか」・・・?と・・・

何かを選択する時、「選択する自由はあるが、責任は?義務は果たしているか・・・?」と、自問自答する機会が多くなりました。そういう事とは、対極にいる人間だったはずなのに・・・

「自由には責任が伴う、権利には義務が伴う・・・我々は果たして実践出来ているか・・・?」
改めて、自分自身問うて見ては如何でしょうか。。。

往々にして、 現代人は自由だけ欲しがる。権利ばかりを主張する。自由には責任が伴い、権利には 義務が伴う事をもっと、しっかり自覚するべきです。

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高齢者の生きがい

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生きがい

人がその人らしく生きていくのに大切なのは、生きがいです。

生きがいとは・・・「生きる喜び」「生きる張り合い」の基になる事や物をいう。また、生きている意味であり、人生を充実させてくれるものです。楽しみや喜びを与えてくれることもあります。

だれにでも、生きがいはあるといえるのかもしれませんが、生きがいを意識する人と、意識しない人とでは、精神的な豊かさに違いがでると思います。

どのようなときに、生きがいを感じているか・・・

健康状態が良い傾向にある人は、「趣味やスポーツに熱中」「孫や家族との団らん」「友人や知人との食事・雑談」「旅行」の順で生きがいを感じるでしょう。

健康状態があまりよくない人は「テレビ、ラジオ」「孫や家族との団らん」「友人や知人との食事・雑談」「おいしい物を食べているとき」など・・・

そして、社会と触れて、自分の存在を認められることに生きがいを感じる人も多いでしょう。地域に貢献する、ボランティア活躍するシニアの姿を見ると感謝を感じると共に温かい気持ちになるものです。

生きがいと聞くと難しく思う人もいるかもしれません。生きがいについて考えたことはなかったという人も、自分の日々の生活のシーンで、どういうときに喜びを感じるか、自分らしくいられるかということを、見つめ直すことが大事だと思います。

最近、核家族化で、老夫婦二人で暮す家庭が多くなってきています。生きがいの大事な条件の一つに健康維持です。

心身の健康維持を保つために、趣味・老人クラブなどで、地域の皆さんとの触れ合うことの機会を増やすことです。 また、日常生活の笑顔の源を見つけることが、生きがい作りへの近道だと思います。

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2017年1月25日 (水)

無心・・・

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無心とは・・・「一切愚痴の心なき」・「一切の妄念を離れた心を言う。

私は、ゴミを拾っていて、「アツ、今私は、今まで何をしているのだろう・・・そうかゴミを拾っていたんだ」・・・気付かされることがあります。

日ごろから、ゴミ拾いは修行の一つであると思っていましたが、ゴミ拾いを出来ることが、有り難いことです。理由は、身体が丈夫であり、私的環境がよいからだと思っています。

意味を考えず、ただ、その事柄にあたる

「毎日ゴミ拾いをして、何の意味があるんだ」・・・「こんな天気の悪い日に町内を歩き回るなんて、!」・・・などと愚痴を言ってはいけない…心に思ってもいけないと、言うことだそうです。

このように、「意味がない」とか、「イヤだ」「面倒だ」「やってられない」といった気持ちが、一切心に浮かんでこないような状態が、「無心になる」ということなのだそうです。

「目の前の事柄を行うことの意味を一切考えずに、ただ、その事柄にあたる」ということが本当に大切なのだと思います。事柄にあたる前に、先にその意味や効率を考えすぎると、この無心にはなれないでしょう。

まずは、ただ、行ってみることで無心になれ、その過程の中で浮かんでくるアイディアこそが、最も高い効率や質を生み出すのではないでしょうか・・・

何かに熱中すると、いつの間にか我を忘れて打ち込んでいることは誰でも経験することですが私は、そこに「生きがい」すら覚えます。

いずれにせよ、「無心でゴミ拾い」できることは幸せなことです。

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2017年1月24日 (火)

町をブラブラ歩いて思うこと

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困ったことです。

① 私たちの町では、防犯パトロールを週2回行っています。元警察署長という人から「防犯パトロールをして効果があるのかね」・・・と聞かれ、返事に困ってしまった。

② 家の玄関前に放置自転車が何日も置きぱなしであっても、気にしない。(気が付かない)

③ お年よりの人がいなくなり、空き家となってしまって、防災・防犯上で問題と思い隣の民生委員の方に聞いても、分りませんの返事・・・

④ 町の美化で毎日ゴミを拾っていますが、エリートサラリーマン?の紳士がタバコの吸い殻を平気で捨てて行く…(私がごみを拾っている前で)

④ 子供たちが、公園・広場で遊ぶのは結構ですが、家から持ってくるジュースやペットボトル・お菓子などは子供たちは平気で捨てていく・・・「ゴミは持ち帰りです」と気が付けば言うのですが・・・なかなか徹底しない。お母さん達にその話するのですが一向によくなりません。このままだと将来が案じられます。

④ 空き家・独り暮らし・老夫婦などのお宅が増えてきましたが、お隣り人の無関心?防災・防犯上でも問題です。昔の向こう三軒両隣の精神が今大事になってきていると思います。

⑤ 町で拾ったお金やカバンなどの拾得物は、どうしていいか分からない。「交番(警察)に届ける」ということが分からない。・・・拾得物横領罪ですよ。

⑥ 隣のお宅の屋根に布団が干しっぱなし、忘れたのかと思い話をしたのですが・・・もう昨年の暮れから片付けない。美観が損ねるのです。

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今を懸命に生きる

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今を、現在を・・・懸命に生きること

「人生において重大なのは生きることであって、生きた結果ではない」…ゲーテ

人はとかく「世の中に何かを残して死にたい」と言いますが、しかしそれは生きた結果で、大事なのはゴールではなくその道程、生きることなのだ・・・と言っています。

目標ばかり追いかけて過程を忘れがちな人は肝に銘じておきたい言葉です。

幸せな人生を送るために重大なのは、今現在、何を望んで、どういう心で生きるかということではないでしょうか・・・。

もちろん、過去も将来も結果も現実も、人の幸不幸に大きな影響を与えます。現在の自分の心を大切にできるように心がけることで、それらの悪影響を小さくし、少しでも幸せに暮らすことができたら、と思います。

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2017年1月23日 (月)

人の幸せとは

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「今さえ」・「自分さえ」・「お金さえ」だけの価値観で社会を生き抜こうとする人間が多くなってきているように思えてならないです、末恐ろしい世の中に思えるのです・・・

また、未婚・離婚・・・が何んとも、普通のことになってて来てしまった時代・・・これでは人類破滅しかありません。

人類の歴史からみても、ただ事ではない異常な現象と思うのですが…そう思うのは、時代遅れ?なのでしょうか?危機感さえ覚えます。人の生き原点に立ち返り考えていかねばいけない問題と思います。

今、生きていることは・・・遠い先祖があって今生きていられるので、私たちは未来に繋げる義務があるのです。人は、言うまでもなく、一人では生きて生けません。

人の幸せは・・・今さえ、自分さえ、お金さえでは、幸せにはなれません。

私は、「自分が幸せにならないと他人を幸せに出来ない」「他人の幸せを願わないと自分が幸せになれない」・・・そうだ、他人を幸せにして・・・自分の幸せなんだ!

自分が幸せにならないと他人を幸せに出来ない。他人の幸せを願わないと自分が幸せになれない。先ずは、一番身近な、他人の幸せを願う事から始めてみてはいかがでしょうか・・・

羨望が強いからこそ、自分が欲しくてたまらないのに、手に入れられない容姿や才能に恵まれ、富や名声も易々と手にしているような他の誰かを見ると歯ぎしりし、不幸を願わずにはいられなくなる・・・

人の不幸を願うヒマがあったら、自分自身が幸せになる方法を探してやるべきことをしっかりやることが、幸せな人生につながると思うのです。

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2017年1月22日 (日)

感謝の心を持って生きる

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忙しい現代社会・・・忘れてしまいがちなりますが、人は一人では生きていけません。多くの人に支えられて生きていられるのです。

ありがたいことです。人に感謝するということを、常に忘れないようにしたいものです。

感謝する心は「幸せ」を 呼び込む

人を憎んでばかりいたり、他人を妬んで悪口ばかり言っているようでは・・・いつか自分に跳ね返って返ってきます。自分の心にゆとりがなくなり、穏やか生活はできません。

複雑多岐の世の中・グローバル化した社会が進む中・・・いろいろなトラブル・争いが起きている昨今です。価値観・思想・宗教・などの違い、自己の中心の人などで、腹を立ててしまうこともあるのですが、やはりそういった気持ちは心を乱してしまいます。

考えると、人の痛みや悲しみを感じ、人と向き合って支え合うことの大切さを痛感します。

時代は刻々と移り変わり、予想を絶するような事態は突如として起きます。私たちは、安心・安全で暮せること、社会を創ろうとして今日より明日の向上を願っています。その一日一日を大切にし、生きられることの感謝する・・・

感謝の気持ちは、心を穏やかにし、心に少し余裕を持たせてくれます。また、常に感謝の気持ちを忘れないようにすれば、幸せを引き寄せることができるかもしれません。

ときには、常に運が悪いような気がすることもありますが、感謝の気持ちを忘れて他人に腹を立ててしまうと、余計に不運が重なるようになります。しかし、感謝の気持ちを忘れないことで、少しは不運を回避できるようなことがあります。

人間には調子の善し悪しがあり、運についても良い時もあれば悪い時もあるものですが、少しでも運の良い状態を保ちたい場合は、他人に感謝することを忘れないようにして、他人に腹を立てたりしないようにするとです。

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2017年1月21日 (土)

八十の春を待つ

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人生の  八十の坂越え 春を待つ

子どもの頃の、童謡で「船頭さん」という唄に・・・

♪村の渡しの 船頭さんは
  ことし六十おじいさん
  歳はとっても お舟をこぐときは
  元気一杯 ろがしなる ソレ
  ギッチラ ギッチラ ギッチラコ♪・・・とありました。

そのころ、60歳なんて・・・
想像もつかない遠い将来のことと思っていました。

今私は今年80歳になります。子ども頃は、想い・・・以外です。
80歳を振り返りますと、上り坂・下り坂・真坂の道を経験して来ました。

これから先は未知の世界、不安もあるが、期待も持って、春を待つことにしよう。

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郷土愛する心

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郷土を愛する心・・・自分の生まれ育った郷土を大切にする。

自分の育った郷土は、自己の形成に大きな役割を果たすとともに、一生にわたってな理解大きな精神的な支えとなるものです。

郷土との積極的で主体的なかかわりを通して、郷土を愛する心を育て、郷土をよりよくしていこうとする態度を育成する必要です。そのことが、人生観・人間形成に大きく影響していくのです。

私たちは、地域社会、さらには国家など様々な集団や社会に帰属し、その中で活動し生活しています。

人としての生き方・・・社会規範・道徳など子どもの教育が大切なことは言うまでもありません。人は生まれ育った環境で、大きく変ってきます。郷土は、そこに暮す人たちの郷土を大切にする心・・・郷土を愛する心の深さで違ってくると思います。

自分の生まれ育った郷土の歴史や伝統・文化について理解を深めるとともに、広い視野をもって異文化を理解し、それらを尊重する態度や、異なる文化をもった人たちと共に生きていく態度と能力を身につける必要があります。

いまや、人や物だけでなく、情報や金融など様々な面で国際社会のグローバル化が急速に進行しています。こうした国際社会において様々な国と地域の人々と協調しながら主体的、創造的に生きていくためには、日本人としてのアイデンティティをしっかりもつことが求められます。

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2017年1月20日 (金)

生きがいについて

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「生きがい」とは・・・

一般的には[生きる喜び」「生きる張り合い」の基になる事や物をいうことで、生きがい感は幸福感のひとつと思います。

人それぞれで、「お金」・「責任」・であったり、人の役に立つことに、やりがいを感じる人もいるでしょう。

直接人から感謝されたり、喜ばれることで、人の役に立っていると実感できることに喜びを感じる人もいます。

誰かの役に立っている実感する・・・衣食住も、教育も、医療も大事です。でもそれと同じくらい、いやそれ以上に、生きがいは大事です。

好きなことや、得意なことを、仕事にし、その仕事で、きちんと生活していけ、かつ誰かの役に立っている実感があること、そして仕事をした相手から感謝されることです。

生きる中で嬉しいことや、喜びを見つけ、ただ苦しい修行をするだけの場ではなく・・・「喜びの場」であるとも言えます。さらに、感謝で物事を見られるようになると、「感謝の場」であるとも思えるのです。

やりたいことを仕事に出来る・・・そしてその仕事で人の役に立てる社会・・・また人から感謝される・・・私は、それが最高の幸せと思います。

それこそが理想の社会ではないでしょうか。人には、必ずいるべき場所があり、やるべき事がある。私にはそう思えてならないのです。

「修行の場」と固定的に考えなくてもいいわけですし、「喜びの場」でなければならないということでもありません。「感謝の場」でなければならないということでもない訳です。

ただ、どのように受け取ったら、本当に生きがいのある、人生になるかという点で、違いがあるということです。

私たちは、そういう捉え方、自身の価値観を持つことによって、人生をしっかりと把握していくことが、大事なのではないかと思います。

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2017年1月19日 (木)

時代遅れ

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世の移り変りは早いものです。

日本人の「もののあはれ」の感覚は、多く仏教的な無常観と関係があります。

本当はゆったりと、ぼーっとしていたいのに、世の中は宇宙ロケットのような早さで飛んでいき・・・そのままでいて欲しいものに限って、無情にも変化してしまう事を悲しむ事が、詩の題になったのでしょう。

恋することだけが生き甲斐のような暮らしをしていた平安朝の貴族、特に女性は、この変化の絶えざる事を特に憂えたようです。

今も昔も、恋は若く美しい女性にこそ似つかわしいものです。それなのに、その若さと美しさは永遠のものではなく、むしろ世の中で最も変わりやすいものの一つなのです。

「はなのいろはうつりにけりないたつらにわかみよにふるなかめせしまに」…小野小町

「世の中は三日見ぬ間の桜かな」

「歳々年々人同じからず」

「歳々年々人同じからず」・・・(辞書に)毎年毎年、人はこの世を去って行くために、顔ぶれが異なる。人の世の無常であることをいう。→年年歳歳花相似たり・・・

時代遅れ?

年をとってしまったからでしょうか、最近特に感じるのです。。。昨日の朝と、雨戸を開けた今朝は、世の中は、大きく変わっている。。。疲れて・・・とてもついてゆけません。

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「地域の防災について」考える

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「天災は忘れたころにやってくる」・・・日ごろからの備えが大事です。

日本全体にいえることですが少子高齢化・核家族化が進んでします。近所隣のコミュニケションが、希薄になっているといわれています。

私たちの町でも・・・

① 高齢化が進んでいる。

② 老人の独り暮らしが多くなている。

③ 隣同士のコミュニケーションが少ない。

④ ワンルームマンションなど集合住宅が増えている。

こういった状況おいて、日ごろから防災意識を高め「いざ」と言うときの、どう対処できるか考えると・・・恐ろしい状況であると思います。

その備えは…「おとなり場カード」…作成(横浜瀬谷区で実施…参照)

地域の要援護者を把握して支援に備える。

地域の要援護者(高齢者や障害者、乳幼児など)を把握するためには、最低限の情報を記載した「カード」を世帯ごとに作成し、地域で共有する。

作成したカードを、日常的に地域の見守り活動に活用することで、「いざ」という時に実効性の高いものとなります。

また、災害時に要援護者支援が速やかにできるよう、要援護者と支援の方法について話し合い、地域で情報を共有し、避難訓練等をしておく必要があります。

隣近所の小さな組単位で、被災した際にお互いの様子を確認するために、「おとなり場カード」は、助け合いに必要な各戸の家族の最小限の情報を記入し、組単位でリーダーが保管する。

曜日と昼夜に分けてそれぞれ在宅している人数・いざという時に支援が必要な幼児や高齢者、障害者の人数・・・

1 被災時に「おとなり場」に集まった住民を確認。

2 各組のリーダーが組のみなさんの「おとなり場カード」をチェック。

3 本来いるはずなのに来てない場合は、組のみなさんで家を見に行き、留守なのか、中に閉じ込められてないのかを判断。

これは「必要最小限の情報を集めよう」「助けが必要か、必要じゃないかだけ分かればよい」ということで作る。

個人情報を取り扱う時には、何をするためにどんな情報が必要なのかということをしっかり把握することがとても大切です。

空き家について・・・家主の所在・日ごろの管理者は最低必要です。

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2017年1月18日 (水)

社会のモラルの低下を問う

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社会のモラルの低下を問い直し、「真の心の豊かさとは」・・・考えたい。

子どもたちに豊かな人間性が育くまれるためには、大人社会全体のモラルの低下を問い直す必要があると思います。

具体的には、次のような事象を問い直すことが大切です。

① 社会全体や他人のことを考えず、専ら個人の利害得失を優先すること。
② 他者への責任転嫁など、責任感が欠如していること。
③ モノ・カネ等の物質的な価値や快楽を優先すること。
④ 夢や目標の実現に向けた努力、特に社会をよりよくしていこうとする真摯な努力を軽視すること。
⑤ ゆとりの大切さを忘れ、専ら利便性や効率性を重視すること。
⑥ ゴミのポイ捨てが減らない、自然環境保護に無関心の人が多いこと。

このような大人社会全体のモラルの低下を背景に、新しい時代への夢を語り、未来を切り拓く大切さを伝えようとしない大人・・・子どもに伝えるべき価値に確信を持てない大人・・・しつけへの自信を喪失し、努力を避ける大人・・・

子どもを育てることをわずらわしく感じる大人が増えていると言わざるを得ません。

子どもの心を育てるべき大人社会が、こうした「次世代を育てる心を失う危機」に直面していることこそ、我が国の抱えている根本的な問題です。

今日、心の豊かさを求める機運が確実に広がってきています。今後、私たち大人が率先してモラルの低下を是正し、よりよい社会を目指した、ひたむきな努力や勇気を大切にしていくことにより、この危機を乗り越えていかねばならいと考えます。

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2017年1月17日 (火)

可憐な水仙の花

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主なき 空き家に咲く 水仙花

寒さに負けす水仙の花が咲いています。

12月~2月に咲く水仙・・・花言葉は「うぬぼれ」「自己愛」です。

お隣の空き家に、みんなに見て欲しいと咲いているようです。

黄色いスイセン 花言葉は 「もう一度愛してほしい」「私のもとへ帰って」だそうです。

私たちの町も、ご多分に漏れず、空き家が増えてきています。

子供たちは、独立し遠くに離れて所帯を持って暮らし、残った夫婦は高齢化となり、やがて独り暮らしとなり・・・空き家となっている、お宅の庭に、水仙の花が咲いています。

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2017年1月16日 (月)

陰徳を積むということ

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むかし、親父から、「人は陰徳を積むことだ」と言われ、改めて「陰徳を積む」とは・・・を考えてみた。

誰も見ていない所で行う行為がその人の本性であり、人としての真価が問われるとところです。全ては回り回って自分のところに戻って来る。

「陰徳」とは・・・「義・礼・智・忠・信・孝・悌」を行う事と言われています。これを行う事を「仁」という。

義とは、正しいことならば、例え自分が犠牲になっても行うこと。
礼とは、どんな相手でも尊敬して接すること。
智とは、原因と結果を明らかに観ること。
忠とは、裏表のない行動。
信とは、言葉と行動が一致すること。
孝とは、恩に報いること・・・親や神や恩人の恩に報いること。
悌とは、秩序を守ること・・・秩序維持の為に、法律・先輩・上司を立て自我を出さないこと。

そもそも儒教的な「徳」とは何かというと、優しさや気品といった人間本来の良き精神を示すものではなく、天分が社会的経験や道徳的訓練によって後天的に獲得するものであり、
誰でも経験や教育によって善き人間の特質となりえる後天的な精神です。

つまり、徳は訓練によって得られる「善因」であるということであります。それを「人知れず積みなさい」ということですから・・・

基本的に「陰徳」とは、「報酬を考えず良いことをする」→「後で良いことがある」では無く、
「自己鍛錬の為に報酬を考えず良いことをする」という姿勢です。

また、「仁」とは何かという説明に、「心優しいこと」とか「人の痛みが判ること」という説明がありますが、それも間違いではないが、不完全であります。

心優しいが、裏表のある人は仁者ですか?心優しいが、秩序を守らない人は仁者でしょうか?心優しいが、強欲の人は仁者でしょうか?

「義・礼・智・忠・信・孝・悌」を実践しようと生き方を正す事を陰徳を積むと言い、常に自分を高める努力をする生き方を実践する者には、善い事があるという意味なのです。

・・・と言うことで日ごろから、人知れず良いことをする(実行)する姿勢でいたい。

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2017年1月15日 (日)

豊な自然を後世に繋げたい

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私のくらす町を誇りに思っています

湯殿川が東西に流れ・・・

清流には、鯉の泳いでいる姿を見られます。

はるか西を望めば真白き富士があり

近くに、片倉城跡があります。

春には、カタクリの花が咲き

ヤマブキ草の黄色い花・可憐な二輪草の咲く

自然豊な片倉城跡公園です。

また、片倉城跡公園から、片倉つどいの森公園と続きます。

近くの高尾山・遠く富士山・丹澤山塊が望めます。

桜が咲く3月下旬から4月初めには

多くの花見客で賑わいます。

夏には住吉神社の祭りがあり、秋には紅葉が楽しめます。

私は、この地に生まれ育ち、今も暮し続けています。

そんな自然豊な郷土を、何時までも後世に繋げて行きたいと考えています。

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2017年1月14日 (土)

きれい町で暮そう

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ゴミ拾いのこと

もう何年になるかなぁー20年以上になるか?

簡単に考えていたゴミ拾いだったですが、あちこちに散乱する膨大なゴミは少し拾ったくらいでは何も変わらなかったです。無力感にさいなまされて、呆然と立ち尽くすことも・・・気を奮い立たせ始めても、なかなか手ごたえは得られなかったです。

ごみが多く捨てたられる場所が分る

信号機ある横断歩道付近・公園内・公園内の緑地は意外にきれいで、一見、ゴミは見当たらない。ただ、繁みの中や物陰には、コンビニ弁当のプラスチックの空き箱や、空き缶・空きびん、菓子袋などが潜んでいます。

アメの小袋やたばこの吸い殻などの小さなゴミも、よく見ると半ば土に埋もれて散らばっているのが分る。大まかに分別しながら、ビニール袋に拾い集めています。

拾ったゴミの処理

近くのスーパーで処分させていましたが、八王子市ゴミ減量対策と相談・・・由井市民センター(八王子市)にて処分していましたが、最近は、八王子市役所由井事務所で処分させていただいています。

放置自転車・盗難自転車は、警察・市の自転車対策課に連絡し、犬・猫の車での死骸・粗大ゴミなどは、ゴミ相談センターにて依頼して処分していただいています。また、国道・河川などは南多摩西部建設事務所にて処分を依頼しています。

年末年始に、ゴミを拾った量は、すざましいかったです。

40リットル袋8袋分でした。

環境に対する認識を高める(環境に対する意識の高揚)ことです。

① 一つの空き缶・ペットボトルは、落ちていたら拾って、自販機などの備え付けのボックスに入れる。

② 歩行禁煙(八王子市は全市内歩行禁煙)です。

③ 小さなゴミでも捨てない。

私たちが住んでいる地域は自分達が守るという意識をもって、みんな気持ちよく暮していきましょう。

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2017年1月13日 (金)

どんど焼き

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繭玉を 焼いて無病に どんど焼き

どんど焼き 赤々と映る 子等の顔

「どんど焼き」で無病息災を祈り、良い年を迎えましょう!

私たちの町では、恒例となっている「どんど焼き」・・・1月15日に行います。

お正月のお飾りを燃やし、繭玉を焼いて食べ、無病息災を願うという、昔からの正月の行事です。

どんど焼き・・・昔からの言い伝え

どんど焼きは、火は穢(けが)れを浄め、新しい命を生み出す・・・竹の爆ぜる音は災いを退け、高く  上る煙に乗って正月の神様が帰る・・・と言われています。

どんど焼きは、祓い清めという役割と、正月に  浮かれた人々を現実世界に戻す、二つの役割を担った行事と思われます。

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2017年1月12日 (木)

孤独な時代を考える

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孤独な時代

グローバル化した世界・・・世界中の人やモノ、お金や企業がつながっている現代、今後ますます「グローバル化」が進むと言われています。

外国人とのコミュニケーション、私たちは気づかないうちに、「異文化交流」をしている?あまりにも早く何ごとも変化していきます。人生観も変わって当然です。

生活圏が広がり、文化・宗教・習俗・価値観が異なる人々と交流するようになっています。テロや戦争の恐怖を感じながらも、さまざまな民族とふれあう時代になっています。

コミュニティの手段では、SNS(ネットサービス)が大きな存在となっています。ネット社会においては、見知らぬ人とのつながりが無限大に広がっていきます。

けれども、あくまでもバーチャル(仮想)なものであり、人の肌のぬくもりや息づかいを感じることもないから、孤独な個の存在が互いに無機質なネット関係でつながっているにすぎないようです。

かつての地域社会では、村八分になっているような人を除けば、孤独は珍しいものでした。むしろ逆というか、孤独ではないこと・常に他人とのしがらみにまみえて生きることが常識化され、そちらがストレスの源として危険視されなければなりませんでした。

ところが、今はどうでしょう。他人とのしがらみが最小化され、個々人の自由選択が尊重される都市生活に至った私達は、今ままでの、しがらみから大幅に開放されたはずにもかかわらず、人々はストレスに呻き悩みを持つ人が増えているようです。

他人とのしがらみにまみえることによるストレスはこんなにも減ったにも関わらず、現代人のメンタルヘルスはたいして改善しませんでした。それどころか昔よりも悲惨なことになっているのではないでしょうか。

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2017年1月11日 (水)

自己中と縁と絆を考える

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自己中心的な人が増えたわけ

以前は近所の人の協力なくしてよい生活をすることは出来ませんでした。お祝い事でも凶事でも近所の人が助けてくれました。現在は葬式でも金があれば業者がやってくれます。

過去隣近で協力してやっていたことが現在では行政や業者が行ってくれます。現在では生活において近所の人は煩わしいだけになっており、生活の助けになってもらう必要もなくなっています。

このような状態が続けば地域に無関心となり、他人に協力すると言う意識も薄れ自分勝手となる人も多くなると思われます。

縁と絆

盆踊りなどは、その町や村に根ざした、その土地に根ざした地域のものです。そこの前提になるのは地域の人の繋がりです。

これを土地の縁、地縁です。そこに家族ぐるみで参加するとなると血縁で、やはりそこにも縁があります。土地の縁、地縁、血縁といった縁によってそうした祭りが成立していたわけです。

縁というと社縁という言葉がありました。これ会社の縁です。かつてはその大きな会社になると自分の社だけで盆踊りをやってしまうというような、そういうこともありました。

つまりその祭りというのは、そもそもは、地縁・血縁・社縁といった縁という人の繋がりの土台の上に成り立っていたものです。

縁というのと絆というのは違う・・・縁というのは、そこにあるものです。しかし絆は作るものです。

絆とは、長い時間をかけて絆が出てくるもので、絆というのは作るのが難しいものです。人と人が自覚し合って作っていくものです。縁が薄れた社会は私たちに執拗に今、絆を求めているような気がします。

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空き家の除草

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町の景観を損ねる空き家・空き地が問題となっています。

少子高齢化は、私たちの町にも、時代の波は容赦なく、押し寄せていています。

かっては○○銀座商店街と言われていた商店街も今は、景観を破壊する空き家・空き地は、建物は老朽化し、雑草が高く伸び、もう長い間、人が足を踏み入れていないようになっている物件もあります。

このような家や土地は、景観上良くないだけではなく、不法投棄や害虫・害獣の繁殖の原因となってしまいます。また、このような被害があった場合に適切な対応を取らず放置してしまうと、さらなる事態の悪化が予想されます。

また、空家や空地は、これは防犯・防災上の不安を増幅させるとともに、地域イメージを大きく損う原因となってしまうのです。

防災・防犯上でも心配

管理されていない空き家や空き地で周辺住民が恐れるのは治安悪化です。不審者が家に住み着いてしまったり、不審火が頻発したり、不動産に対するいたずらが発生したりと、いった状況が予想されます。

空き家の持ち主の所在の確認が大事

空き家の持ち主が誰なのか、近所の人も知らない空き家・空き地が存在しています。町内会で調べる必要があると思います。

特に、一軒ですが、乾燥する時期に火災が心配です。

これから(1月~2月)の空気が乾燥する時期、枯れ雑草にタバコ吸い殻での火災が心配されます。(昨日は、家主の分らない家の前を除草し掃除しました。)

歩道に面したところに留める・・・(空き家の敷地内に勝手に入り込むことは、住居侵入罪?となることから)

また、持ち主?(管理者)が、分っている空き家については、定期的に点検は必要不可欠です。

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2017年1月10日 (火)

ふるさとを思う心

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人々の心の底にあるふるさとを思うの心は、やさしさの心です。

どんな人間でもふるさとを思慕する心をもたない人はいない、このふるさとに憧れる心こそ、人の心の底から湧き出てくる清らかな泉であります。

人の心の底にあるふるさとの心は、人間本来のやさしさの心です。 私は、生まれも育ちも同じ地域です。私の地域も開発が進んで、わずか半世紀ですっかり変わってしまいました。

山ではウサギを追いかけ、川では、小鮒を釣った思い出があります。

ふるさとを思う心は誰でも同じです。今の子供たちは、現在の環境で育っています。人間には、良い環境で育つことが大変重要です。優しさ・思いやりのある人間は、豊かな自然の中で育った人だと思います。

良くも悪くも子供は生まれた環境は選べません、今の大人は自然環境の保全の責任があると思います。自然環境保護は一人ひとりの心がけです。子・孫の幸せを願うなら、何ができるのか考えて欲しいと思います。

地域社会(ふるさと)において、長い間繋がれてきたものを、次の世代、その次の世代へと繋げていかなければいけない責任があります。

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2017年1月 9日 (月)

人生でもう遅いはない

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人生80年生きて思うこと・・・

「人生で、もう遅いはない。」

「今ある時はいつも出発点だ。」

このこと考え・・・行動しようと思う。

どう生きてきたかを考えるよりも、

どう生きるべきかをいつも考えて動きたい。

人生では、すべてうまくいくことはない。

仕事でも人間関係でも、よかれと試みて、

ひとつでもうまくいけば上出来だ。

失敗の方がずっと多い。

事故、病気、家族のトラブル、

ものごとには、障害がつきものだ。

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素直な心

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私の今年の目標は、「素直な心」にしたい。

素直な心とは…

「寛容にして私心なき心、広く人の教えを受ける心、分を楽しむ心であります。また、静にして動、動にして静の働きのある心、真理に通ずる心であります」…松下幸之助が定義しています。

お互い人間が最も好ましい生き方を実現していくには、それにふさわしい考え方や行動をすることが大切で、その根底になくてはならないものが「素直な心」であるというわけです。

「素直の心」で物事を判断する…

一つのことにとらわれない。あるがままに見ようとする。このような心には強さが必要です。ですから、「素直な心」の絶対条件は強い心を持つことです。強い心を持った時に「素直な心」も持つことができる。

物事の本質を見極めて、それに対応していく心…真理をつかむ心といってもいいのだと思います。したがって、皆が「素直な心」になれば、するべきことがはっきりわかってくる。

してはならない善と悪の区別もつく…あらゆることの適切な判断ができるようになって、力強く、進んでいくことができる。

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2017年1月 8日 (日)

一日一生の思いで生きる

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新春に 思いも新たな 傘寿かな

子供のころは、私には80歳…なんて遠い未来のことで…

おじいさん・おばあさんの道のりは想像もつきませんでした。

今実際に80歳になって、思うことは、何の実績もなく…

無駄に年を重ねただけで、何にも残したものはない。

特にこれって目標も立てず、その日その日を過ごしてきてしまったからでしょう。

これからは「一日一生」…の思いで、一日を大切に過ごしていこうと思う。

生きるのは「きょう一日」と考えれば、限られた時間を大切にできます。

やるべきことに全力を尽くし、努力しなくてはと…思います。

 

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2017年1月 7日 (土)

地域社会のコミュニティについて

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地域社会のコミュニティについて

地域社会のコミュニティを活性化する必要性は、震災の際に近所の人に助けられた事例が多いことが分っています。徒歩圏内の地域のコミュニティは、防災・減災や防犯、無縁化の解消などの地域の課題解決に力を発揮します。

これまでのマンションは、プライバシーを担保することが重視され、コミュニティの形成が軽視されてきましたが、これからの生活スタイルは、地域のコミュニティの必要性はますます高めていくことが大切と考えます。

地域に存在する、コンビニとの協調、セブン・イレブン…「セーフティステーション活動」提唱しています。高齢者の独り暮らしや、身障者へ宅配・災害時の対応など、町内会などと取り決めも大事です。

空き家・空き地対策、今地域に空き家が多数存在しています、防犯防災の観点から、存在と連絡先…管理者など調べておく必要です。

独り暮らしの見守りなども大事なことと考えます。

人は、「明るく楽しく生活する住民がたくさんいるところに、人は移り住むようになる」という。「地域の安全・安心は地域に住む人で守る」ということは、日ごろからの「コミュニティ」が大事なことは言うまでもありません。

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2017年1月 6日 (金)

年をとる

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年重ね 老いを知る 年初め

年を重ねてくると、知らず知らずに、この古い言い伝えに従うかのように、自分自身を見失う傾向にあります。

ほとんどの人が、「実年齢よりも年をとった!」と自覚し、時間が戻せたら…なんて思うようになります。老いを気にせずに、知恵と経験を生かすことも出来ます。

「年とったなぁ…」そう感じる人が多いのは、社会のモラルや常識に自分をフィットさせようと、魂にフタをしてしまう人が多いからでしょう。

いつでも自然体で、つねに目標を自分で捉え、自己現実を達成し、いわゆる“成熟した大人”に、変わっていきたいものです。

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百の看板より一人ひとりの心がけ

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ゴミのポイ捨てがなくなりません。年末年始が特に多いです。

歩道にはコンビニの袋、空き缶やペットボトル、ファストフードの紙袋、タバコの吸い殻、ガムの包み紙、チラシや雑誌など、本当に様々なものが落ちています。

家庭で、年末に処分できなかった危険物?大量に捨てられたり、新年になり、飲み会?をして、ビールの空き缶・弁当の食べ残しが、河川管理通路・国道の端・植え込みなどに4袋(40リットル)拾い集め処分をしました。

駅の近くの駐輪場に捨てるところがない?・国道などの植え込みに車で…空き地・空き家などに歩行者が投げ込みする…人の目に気付かれない朝早く・夜などのようです。

捨てても目立たない、植え込み…に注意看板を…空き地など整地する…国土交通省(管理地)にお願いしました。また、駐輪場の管理する八王子市の自転車の整理する人に(ゴミを片付け)お願いしました。

百の注意看板より、一人ひとりの心がけ

私は、ゴミのポイ捨てをなくす方法をいろいろと考えてみましたが、やはり一人ひとりの意識を変える以外に方法は、ないのではと思います。確かに、いつもきれいになっているところ・明るいとこころは、少ないようです。

ゴミを拾い続けること、また、市の所管(公園課・ゴミ減量対策課・ゴミ相談センターなど)連携を取ることです。

規範意識の向上で、子供の躾が大切なことは言うに及ばずです。そして環境問題は、捨てる人にも、将来的に自分自身にも悪影響してくる…事を認識することだと思います。

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2017年1月 5日 (木)

時の流れは早い

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2017年明けましておめでとうございます。

新春の朝の光に照らされ時、誰でも喜びの気持ちが、わきあがることでしょう。生きとし生けるものも、山も川も草木も天も地もすべてが喜びに満ちあふれる一時です。

この世の何もかもが、片時も同じ姿を止めません。すべてのものは日々刻々に新しい姿を見せているのですが、とりわけ新春を迎えるとなにもかもが新鮮な感じがします。

山川草木のみならず、この世のすべてのものはみな変化をしています。生きとし生けるものも、人の命も朝露の日に照らされて消えるがごとくです。そして時の流れも速い、すぐに一年365日がたってしまいます。

今年も、あたふたしている内に、また師走になってしまいそう?そうやって人は年を取っていくものなのかも知れませんが、自分の持ち時間がそれだけ減っていくということでもあります。

「今でしょ」

人生何かやろうと思うなら「今でしょ」と言うことです。そのうちに…と思っていると、多分「そのうち」はずっと「そのうち」のままです。時は刻々と過ぎ去って行き、二度と戻ってくることはありません。時を大切に、人生を大切に生きなければと思います。

「光陰は矢の如し、身命は露よりも脆し」です。

変わらぬと思いこんでいる故郷の山や川でさえ、悠久の時の流れの中に同じ姿を止めていない、これを無常といいます。人間は、この無常なることに気づくとき、はじめてやさしい心、おもいやりの心、人を信じまた許せるおおらかな心になれます。

命の儚いことを深く思うことによって、かけがえのない命を慈しむ心がうまれ、ものごとの真実を理解しょうと思うようにもなるでしょう。

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2017年1月 4日 (水)

川に想う

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私たちの町を流れる湯殿川

昔から、川は人の暮らしになくてはならない存在です。

茶碗や野菜の粗洗い、洗濯のすすぎに、川を利用していました。いまでも、田に水を引き、米作りには欠かすことができないものです。川に棲んでいる魚や生き物を、食べ蛋白源として位置づけていました。

「川には水神様が住んでおられる」と川を大切にしてきたのです。

いま私たち一人ひとりが身近な問題として考えていきたいものです。川は、地域の自然や文化、人々の暮らしぶりを反映した流域の象徴でもあったのです。

人々が川に生かされ、川もまた人々の生活を支えてきた緊密な関係が、水辺のたたずまいのなかに感じとれ、川という自然に生活が溶け込んでいたです。

山紫水明水の国…

日本には、大小さまざまな川が流れています。平野をゆったりと流れる大きな川もあれば、のどかな田園地帯を流れる野の川もあり、山ひだを縫うように谷間を駆け下る渓流もあります。

なかには痛めつけられ忘れさられたドブ川もありますが、多くの川にはその川の流れる地域や場所に応じて、四季折々に変化をみせる自然の息吹があり、川とうまく折り合いをつけながら暮らしを立ててきた人々の営みがあるのです。

ともすれば社会経済や生活様式の変化とともに、次第に失われつつある川と人との良き関係について、川とともにある人々の暮らしの歴史があったのです。

私たちは、そういった歴史を踏まえて、今でも自然豊な川は、人間の暮らしにとっても大事な存在です。何時までもきれいな川であって欲しいと思うのです。

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2017年1月 3日 (火)

犯罪行為ですよ!

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新年早々ではありますが…

「なぜするの?」

嫌な思いをさせられる事がありました…

私たちの「片倉時田まちの広場」近くの湯殿川の河川管理通路に、大きなビール袋が四つ捨てられていました。

中身は大きな扇風機を分解したもので、普通だと危険物で、八王子市指定の有料袋に入れて、指定日に出すというものです。それを処分するのですが、近くの八王子市役所由井事務所に3回に分けて運びました。

この行為は犯罪です。

絶対やめて欲しいものです。そして近くに、スーパーや、日帰り温泉があり、多くの人が通行するするところで、目立つところです。近くの住民の方が気が付いたら、片付けて欲しいものです。

正月三日…ちょと悲しい出来事でした。

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生きる力

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「生きる力」とは、「自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する能力」のことです。

また、自らを律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心など、豊かな人間性であると考えます。

生きる力は、これから生きていく長い人生の中でとても必要なものです。不透明社会・めまぐるしく変化していく社会の中で、生きる力をバランスよく育んでいくことはとても重要なことです。

生きる力は、日常生活の中で養われていくものであり、それは体験を通して備わっていくものです。子供は学校生活・家庭・地域社会の中でたくさんの人達と関わり困難にも遭遇します。

挫折を味わう

そんな時、そこから目をそらさずに、自分なりに考えて対応していかなくてはなりません。いろいろな体験がとても生きる力を、養う上で必要なことです。最終的には自立していかねばならないのです。生きる力を養っていくのは子供自身であり、子供自身の力によるものです。

基本的には、子供の力を信じて解決できるときにはその子供の力に任せ、一人では解決することが難しく、助けを必要としている子供がいる時にはさっと手を差し伸べればいいことです。

もう一つ条件

人はひとりでは生きていけません。他者(や社会)との関わりが不可欠です。そこで、もうひとつの条件、「他者と調和する力」、「他者と好ましい関係を築く力」というものも不可欠だと思われます。

この両者が揃ってはじめて、その人には「生きる力がある」と言えるのではないでしょうか

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孫の成長は早い

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正月や 孫成長に 驚きぬ

きのう(二日)孫が一年ぶりに、やって来た。

子供の成長は早いものです。

孫は、四人います。

高校二年生(女)

高校一年生(女)

中学三年生(男)

中学二年生(女)

考えも、ちょっと大人になっていて…

そういえば…私も年を取ったなぁー と気付く?

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2017年1月 2日 (月)

ゴミ拾いをして思うこと

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2017年 あけましておめでとうございます。

ゴミ拾いをして思うこと・・・

ゴミのポイ捨てが減らない…規範意識が低い?人が多いように思えます。マナーは子供の頃の“しつけ”の善し悪しで、大人になっても現るのです。

最近、自宅の前の道路が汚れていても放置?しているお宅もあります。住んでいる家の敷地内、周囲の道路の清掃を日常的に実施し、誰が通っても「いつもきれいだね」と言われる環境づくりが大事だと考えます。

常に率先してほうき、ちり取りを持ち、通行する人や車に対して行動をアピールしていくことが必要だと思います。そのことが、自然にたばこの投げ捨て・・・犬の糞などの減少につながっていくのではないでしょうか・・・

強制的にやらせるのではなく、自主的にやっていくムードづくりを地域全体、近所で地道にやっていくことがベターであると考えます。

私は、毎日ゴミ拾いをしています。家族に「お父さんみっともないから止めて!」と言われていますが・・・拾い続けています。

大事なことは、自然環境は、一旦悪くなったら復元が大変なこと、また復元が出来なくなることもあるのです。そのことから、毎日続けて生きたいと思っています。

最近は、子供さんから「ゴミ拾いのおじさん」知らない人から「あのゴミ拾いしている人」・・・有名人?人なっているようです。私の行動をみて一人でも二人でも行動する人が増え、「まちをきれいにしよう」と思う人が多くなることを望んでいます。

多くの人が自然環境の大切さを知り、「ゴミを捨てない 捨ててあったら拾う」意識が生じてくると思います。

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2017年1月 1日 (日)

新春に思う

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あけましておめでとうございます。

今年・・・心がけること

「純粋な心、素直な心をもつ」ことに努める・・・

「常に自分が安定した基盤を保持することと、そのうえで、自分の余裕の一部を嫌みなくおすそわけできる心を持つこと。」

自分の心に素直に生きることは、とても大切だと思います。そして、全てに愛の心を持って接することで、自らも愛情にあふれる豊かな人になれるような気がします。

魂や心が純粋であることはよいことなのですが、逆にデリケートで傷つけられやすかったり、ふつうの人が感じない、現象に遭遇したりして、人知れず悩むことも多くなるように感じています。

でもそこにも何か意味があり、与えられた役割があるものと謙虚に受け止め、自分にとっての最善の生き方を模索し、世の中の、みなさまのお役に立てる生き方を実現していきたいと考えています。

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老人川柳

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老人川柳・・・これはある人が作ったものですが自分が年をとって納得したので、書いてみました。

 老人川柳

サジ投げた 子に救われて 老後生き (サジはスクウもの)

喜寿ちかく 大器晩成 夢と消え (小器も成らず)

長命と 健康は別  老いて知る (ヨボヨボ長寿は否) 

本当に 幸せだろうか ポックリ死 (旅たちに準備も必要)

足の分 口が達者に なって老い (ヨボヨボ口達者)

防止より 老化を進める 妻の愚痴 (過労・加労)

常識の 変化に老いは 追いつけず (若者語・カタカナ語)

江戸っ子だ 宵越し遺産 など持たぬ (苦し見栄)

寝たきりも 達者すぎるも 嫌う嫁  (どちらも手に余る)

我が老後 より気掛かりな 子の老後 (結婚しない子)

心配を 掛ける子親を 呆けさせず  (反面幸子)

君が代の 二番を歌えない 呆けきたか?(初期認知症)

私も歌えない認知症ではなく知らなかった・・・

 きみがよは 千尋の底の
さゞれいしの 鵜のゐる磯と
あらはるるまで かぎりなき
みよの栄を ほぎたてまつる 

(明治14年11月出版 『小学唱歌集』)・・・だそうです。

 

 

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地域社会の現状と課題

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平成29年・・・明けましておめでとうございます。

年明け早々ですが、私の地域社会に対する思いを書きました。

地域社会の現状

近年、全国的な傾向として、少子高齢化が進行するとともに、一人一人の価値観や生活様式が多様化し、(町内会・自治会)への加入者や地域行事への参加者の減少、役員の高齢化の進んでいます。

担い手不足などにより、地域の安全・安心や子育て、福祉、環境など様々な分野で、人々の暮らしを支える主体としての地域コミュニティが弱体化することが懸念されています。

地域コミュニティとは

住んでいる地域をより良くすることを目的に結成された集団、組織のことです。

日本の家族の形態とは

日本は、親子が3世代で同居する「直系家族」の文化が長く続いてきました。近代化によって核家族化が進んでいます。また、価値観の違いから結婚しない男女が多くなり人口減少に拍車が増しています。

老夫婦に結婚しない息子・娘がいて最終的には…むかしで、いう・・・「後取り」不在で「家」は絶えてしまうことになる運命?・・・私の近隣にも見かけられます。

そうして、老夫婦となり…やがて独りになり…空き家となっていく現象が起きています。また、価値観の違い?で、空き家を放置(管理しない)のままになり、地域の安全にも支障をきたしている状況にあるところも・・・出始めています。

そういう現実で、如何に地域のコミュニティを図り、安心・安全を確保するかが、大きな課題となってきています。

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