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2016年12月18日 (日)

湯殿川を眺めて想う

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湯殿川と兵衛川が落ち合う所

湯殿川を眺めて想う・・・私のふるさとは、生まれも育ちも、そして今も此処に暮しています。80年になろうとしています。曲がりくねり、田んぼに水を引く堰があり、竹林と藪で覆いかぶされていたが・・・大きく湯殿川は、大きく変わってしまったなぁー子供のころは…泳いだり、たくさん魚を捕ったり…

鴨長明の「方丈記」冒頭

「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。」

語訳…ゆく河の水の流れは絶える事がなく流れ続ける状態にあって、それでいて、それぞれのもともとの水ではない。

解釈…河が流れて行く様子を見ていると、池や沼とは異なり、とうとうと流れて行き、その水の流れは、河がなくならない限り絶えることはありません。

鴨長明は、流れる河の水が、二度と戻らない事を見、「無常」という仏教の言葉と重ね合わせて、「常に同じものはこの世には無い」と強く感じて、この冒頭の文章を書き始めたと多くの人に解釈されています。(ウキペデイア)

鴨長明の生きた時代は、戦乱が多く、天災や火災も多かったという。今の世も、グローバル化したことにより、地球規模で観ると、大きく、激しい・・・河に例えるならが激流と言えそうです。やがて海に注ぐ河の流れのように、穏やかな流れになって欲しいものです。

平成28年(2016年)もあと僅かとなり、慌しさ(河の流れが急に)なったような気がします。シリアの内戦・難民・貧困・餓死などと・・・やりきれない思いです。人生は、激流を避けることは出来ません。それを乗り切って成長があるのです。

人それぞれの人生がありますが、年を重ねて行くほどに、世の無常を覚えさせられずにはいられません。

私事でも、それなりに大きなうねりとなり、激流とも思える年となったと思えます。時は止まらないですが、世の中が平穏な流れに、なって欲しいものです。私は、年を重ね静かに過ごす時間と、心静かに世を終いたいものです。

美空ひばりの歌に「川の流れのように」…秋元康作詞・見岳章作曲

♪知らず知らず 歩いてきた 細く長い この道

振り返れば 遥か遠く 故郷が見える

でこぼこ道や 曲がりくねった道

地図さえない それもまた人生♪

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