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2016年12月

2016年12月31日 (土)

年の暮れに思う

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人の命は定年はない

103歳…美術家の篠田桃紅さん言葉…

毎日を自然体で生きるように心がけるだけという。人間の一生は、どんなにやても「やり尽くした」ということにならない。人生は未完・・・これで完ぺキはない。

『佐藤一斎  人の上に立つ人の勉強』から

安永元年10月20日(1772年11月14日)、美濃国岩村藩(現岐阜県恵那市)の家老の次男として江戸で生まれました儒学者。

「時代の趨勢をよく見極め、その流れに対応して守るべきものは守り、変えるべきは変える。重職たるもの。この判断力がなければ、天下の大勢に後れを取るものと心得ておかなければならない」

幕末の志士たちに大きく影響を与えた教育者の言葉は、今でも十分に心に響きます。禅の修行は、毎朝同じ時間に起きて、掃除、座禅を行なう。

日々の生活が同じだから、変化がわかる。心が何かに執着していると、変化に気づかない。時代の変化、世間の流れを気づくには、やはりいくつになっても多様な方々との交流が大事と思います。

づいたら行動を起こす。知行合一こそ、重職のリーダーシップと思います。年齢を忘れているかのような、先輩たちの行動力に学ぶところは多い、と思うこの頃です。

年の暮れに思うこと

人生とは…時代の激流の川に舟で海まで流れているようなもである。最初は、小さい小川の流れから、小川が合流して、川幅が広くなり、谷川に入り、岩を砕くような激流になったり、少し緩やかになったりしながら大きな川になって海に入る。

川の水の量・速さはいつも同じではない。舟も大きさ・造りも違う。その川に舟に乗っているようなものであると思う。山からの海までには、いろいろな障害物が待ち受けている。そこで怪我をする人・命を落とす人もいる・・・と私は考えます。

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2016年も今日で終わり

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ともかくも  大つごもり なりにけり

申年・・・2016年(平成28年)は今日で終りです。

今年もいろいろありましたなぁー

今年の10台ニュース(読売り新聞)

【1位】熊本地震、50人死亡

【2位】都知事に小池氏

【3位】リオ五輪 メダル41個

【4位】天皇陛下 退位のご意向示唆

【5位】米大統領が広島訪問

【6位】大隅さん ノーベル賞

【7位】北海道新幹線 開業

【8位】障害者施設 19人刺殺

9位】18歳選挙権施行

【10位】「ポケモンGO」日本で配信開始

私的なことでは・・・

【1位】自分の墓を作る

【2位】新車を買う

【3位】親切運動で表彰される(環境)

【4位】ココログを休まず書いたこと

【5位】ゴミ拾いを続けてきたこと

私が最も関心事では・・・

【1位】アメリカの時期大統領トランプ氏

【2位】COP21で「パリ協定」が成立

【3位】日銀のマイナス金利施行

来年は、80歳だ。何より健康第一だ。身体に気をつけよう。そして車の運転に気をつけよう。

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2016年12月30日 (金)

不透明な時代を生きる

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「不透明な時代」と言われています。

何時の時代でも同じで、未来は、誰のも分からないものです。

地球の星のこと

138億年前にビックバン…46億年前地球誕生22億年前、7億年前、6億年前の少なくとも3回生じた地球が全面凍結と考えられており…地球の歴史にも分らないことがあると言うことです。35億年前生命誕生・・・から進化が進み人間が誕生・・・

現代社会のこと

人間の争いは絶えることはなく、現在でも中東諸国では、人の命が戦争で失われています。そして、人間の勝手欲望で、自然破壊、地球温暖化が進行中・・・そして、地震などの自然災害は何時来るか分りません。

人間同士の利権の争いで、強い国・弱い国・民族・宗教と差別は、依然と隔たりがあります。世界平和は、遠いところにあるように思えます。

何れの国の指導者は世界平和を望んでいるのですが・・・世界のリード役の国アメリカのトランプ大統領の登場・シリアのアサド政権を推しているプーチン大統領、13億人の中国の動き…日本の動きも注目されますが・・・不透明な時代は続きます。

『過去から学び、今日のために生き、未来に希望を持て。大切なことは、何も疑問を持たない状態に 陥らないことである。』…アインシュタイン

温故知新、過去から学び、未来を知るとも言えるでしょうか・・・人は、今を生きているのであって過去を生きているのでもなく、未来を生きているのでもない・・・

そして、今を生きるなかで、いろんな物・いろんな事に、関心をもって、そして、何故だろうと疑問をもち、問いかけながら、真理を求めていくことが大事です。

何の疑問も持たずに、今に満足して、ただ生きるのでは、何の進歩もない、そんな状態に陥ってしまっては、おもしろくない人生になってしまうでしょう。人生を、より充実したものにするために、学び、生き、希望を持つことがとても大切であるということです。

過去から受け継がれてきた知恵と技術が、先人達の確信と挑戦の繰り返しの中で今に伝わってきたという事を学び、未来を作っていくのが誰かではなく、今を生きる自分自身である事を感じ・・・そんな想いから、過去に学び、未来を信じ今を生きることだと思います。

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2016年12月29日 (木)

人生・・・寄り道も悪くない

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人はつまづいたり転んだりしながら成長するもの・・・

相田みつおの詩に、「七転八倒、つまづいたりころんだりする方が自然なんだな、にん げんだもの」があります。 

「つまづき・転ぶこと」

誰だって経験することです。人生にしくじりはつきものです。その時、パッと気分を変えケロッとしてられる人は稀です。まじめな人ほどいつまでもこだわります。

人生・・・回り道をするのもいい…そまま少し休むこともいい…周りの人が理解してあげることが大事です。

「長い人生、寄り道も悪くない」

生では、近道で行きたいところですが、うまくいかないことがあります。

たとえば、大学受験に失敗して、浪人生活を過ごすような場合です。再挑戦まで時間があり、人生では遠回りになります。

しかし、浪人とはいえ、必ずしも失敗とは言い切れません。そのほうが、いい結果を生むこともあります。寄り道と同じです。

買い物のとき、効率よく近道を通るのもいいですが、毎日そればかりでは、刺激が平凡です。時間に余裕があれば、たまには買い物の帰りに寄り道も、悪くはありません。目的以外の場所に立ち寄ると、意外な刺激があるものです。

新しい風景を楽しめたり、新しいレストランを発見できたりするでしょう。少し歩く距離や時間が増えますが「楽しみ時間が増えた」とも考えることができます。脱線が、買い物にプラスアルファの楽しみを生み出すのです。

近道ばかりが、人生ではありません。近道だけが、正解とも限りません。何かに失敗して、遠回りをしなくてはならなくなったとき、寄り道だと思うのです。きっとその道の先には、意外な刺激があります。

予定外の刺激のおかげで、これからの人生にプラスアルファの楽しみを生み出すに違いありません。「少し予定が変わるけど、面白そうな道だな」と考える…寄り道が、人生を面白くさせるのです。

エリートコースを走る人よりも回り道をした人間には、人間味があります。

エリートコースを走った人が定年退職のとき、「定年って生前葬だな」と思います。「明日からあり余る時間の中に身を置かねばならない…死ぬまでずっとだ。」と途方にくれます。

一方回り道をした人間は、退職して地域の人と馴染み、生き生きしています。

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2016年12月28日 (水)

今朝の富士

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雪雲を 払い退けて 今朝の富士

今朝は、富士山がきれいに見えました。

昨夜の雨は上がり、澄み切った冬の空になりました。

今日は、北風が強く頬を刺すような冷たさでした。

西高東低の冬型の気圧配置…明日の朝はグッと冷え込むぞ・・・

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防犯パトロールのこと

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12月 最後の夜警 無事終わる

昨夜で、今年の防犯パトロールは、最後となりました。

私たちの町会では、毎週2回防犯パトロールを行っています。

そして、防災喚起の意味で、拍子木を打ち鳴らしています。

昨日は、途中雨に降られましたが、無事今年終了しました(私たちの班)。

皆様のご協力ありがとうございます。来年もよろしく願います。

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平凡な毎日が幸せ

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「平凡な毎日にこそ、幸せを感じる」

幸せは身近にあるものだと思います。また、幸せは当たり前のようで当たり前ではないもににあると思います。

私が・・・幸せだなぁって感じることは・・・

美味しい食事を食べているとき・好きな音楽を聴いているとき・美しい景色をみているとき・自然と触れあっているとき・無事一日を終えて床に就くとき・・・幸せだなぁって思います。

また、光、風、鳥、花、木々たちなど自然と触れあっているときにも幸せを感じます。そして、外を散歩をしているときにも幸せを感じます。

こうして無事でいられるだけでも大いに幸せだと感じます。人の喜ぶことが出来ること、人の幸せを願うことができること、人の助かることが出来るときにも感じます。

本当に幸せだなぁーありがたいなぁーと感じます。

「平凡は非凡なり」

平凡で生きることが、実は一番難しいということだと思います。自分では平凡だと思っていても、人の価値観は様々なので、他の人から見ると非凡に見えることもあります。

だから、本当は平凡であるということの方が難しい。平凡でいられることは非凡な才能である、という意味ではないかと思います。

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2016年12月27日 (火)

心にゆとりを持つ

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「心にゆとり」

むかし、会社の先輩から「心にゆとりを持て」と言われたのですが、どう言うことか考えました。それは、自分に与えられた仕事を確り覚えて、誰に聞かれても、答えられること…また、しっかり成果を上げることです。

一般社会においては、ある問題が起きて対処の仕方は、人それぞれでありますが、「心にゆとり」がれば、なんなく解決できるでしょう。それには、多くの人の話を聞く、本を読む、など若いときから、学ぶことです。

若いときから遊びに夢中になり、勉強はあまりしなかった人と、しっかり勉強した人間では、「心のゆとり」方が違います。

また、若いうちは、「苦労は買ってでもしろ!」と親父から言われ、いろいろな経験をすることで「生きていくための知恵」を身につけることで、「こころにゆとり」が出来るのです。

心にゆとりがあることは素晴らしいことです。

仕事に、家庭に、人生に、ゆとりは人を柔和にし、思いやる心が芽生え、そして決断を必要とする時にも 冷静な判断や知恵を生み出します。

人は誰もが余裕やゆとりを求めますが、今の時代自分の生活と身を守るのが精一杯の人も少なくありません。余裕のある人と そうでない人では、同じ事をしていても結果に大きな開きが生じる場合があります。夫婦間、子育てや仕事にも「ゆとり」が果たす役割は決して小さくはありません。

人助けや助言も自分に「ゆとり」が無ければそれどころではありません。励まし語る言葉にも、聞く人に勇気と力を与えるか、それともタダの同情に終わるか、その人が持つ余裕のほどが顕著になります。

「ゆとり」を持つためには、「夢を持つ」・目標を持つこと…そして研究、勉強することです。また、それを続けることです。

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2016年12月26日 (月)

政治は「国民ファーストで・・・」

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政治とは…(大辞林)

①・・ 統治者・為政者が民に施す施策。まつりごと。

②・・ 国家およびその権力作用にかかわる人間の諸活動。広義には、諸権力・諸集団の間に生じる利害の対立などを調整することにもいう。

本音と建て前を使い分ける政治家 ・・・ 何処の国でもいるらしい?自分たちの利権のみを追求し、国や国民の利益は一切考えていない政治家は…私利私欲に走る政治家は多いいようの思えます。

私は、政治家とは、「人類の平和と幸せを考えこと、それを未来に繋げていくこと」だと考えています。そうだとすると、世界の各国の政治家、いや日本の政治家(政治を志す人)がいるでしょうか?

ウルグアイのムヒカ大統領の話題になった伝説のスピーチ」が反響を呼んだそうです。この話を多くの日本人が共感し、SNSでシェアされたという。

「環境のために戦うのであれば、人類の幸福こそが環境の一番大切な要素であるということを覚えておかなくてはなりません。幸福が私たちのもっとも大切なものだからです。」・・・全くその通りだと思います。

韓国の朴大統領のスキャンダルに続いて、国連の潘基文事務総が巨額の裏金疑惑浮上のニュースあったり、日本でも国会議員・都議会議員・地方議員の政治活動費問題が社会問題となっています。政治家の権力を悪用されたとすれば、それは社会の敵になってしまいます。

民主政治は「国民ファーストと未来に繋げる」ことだと思う。

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冬空に飛行機雲

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白一線 飛行機雲の 冬の空

冬空を見上げたら、白い雲の一線が飛行機雲が確認できた。

飛行機の機影が太陽に小さく輝いて見えた。

冬の空のキャンパスに、何か描き始めるかのようでした。

飛行機の爆音は聞こえなかったが、何かドラマチックな冬の空でした。

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2016年12月25日 (日)

冬の城址の森

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城址森 静かに佇む 冬社(やしろ)

いま、住吉神社は静かです。

比高30メートルに、大きな杉の木に囲まれて住吉神社は、片倉城跡公園内にあります。

 片倉城と言えば

扇谷上杉氏の家臣長井氏が拠ったとされる。現在片倉城跡公園として整備され、公園内にはカタクリの群生地がある。

室町時代、大江広元を祖先に持つ大江備中守師親あるいは長井時広が在城(築城)したと言われているが、諸説ある。

長井氏以降の片倉城に関しては詳らかでないが、その堅固な構造から、後北条氏の領地になってからも砦として戦国時代後期まで使用されたと考えられる。(ウキペイディア)

 いまでは、夏祭り、初詣、七・五・三などでむかしから地元皆さんの鎮守様として親しまれています。

公園内には桜が植えられて春には多くの花見客で賑わいます。

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2016年12月24日 (土)

世のため人のためになる行為

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世の中、自分の幸せだけを求めて生きている人たちが多いです。

自分たちの幸せは、一人では得られなません。社会で生活を共有する人たちとの共同活動で社会は動き成り立っているのです。

その中には、社会について行けない弱者たちがいます。でも、彼らも今までの社会を構成しサポートしてきたメンバーです。力に余裕が有る人、経済的に余裕が有る人、時間的に余裕が有る人、何かを弱者のために提供できる人であるならば…

死ぬ前に、「世のため、人のためになる行為をすべきか」を考え実行することが、人間として大事なことだと考えています。

世のため、人のためになる行為

ちょっとした親切な行為・お金がなくても出来る・忙しくても出来る事はあります。

ポイントは、世のため、人のためになる事に気がついて自分の判断でそれを実行することで、日頃の意識と気づきで誰にでも簡単に「世のため、人のため」になる事ができます。

その自覚を持って行動を起こし、その結果を体験すると、心地よいプラスエネルギーが心の底から生まれてくるものです。

何も見返りは期待せず、自分の感覚で行う…行為は、新しい生きがいになるのです。

余生を無駄にしない

自分のことだけで悩むのを一時保留にして自分と同様な悩みを抱えている人たちのことを思い、自分ならば何か出来るかを考え、行動してみることです。他の人を支援、サポート、助けることで自分の悩みも解消できることは沢山あります。

自分の悩みは他人の悩み

私の悩みは、自分で出来る事がどのような形となって世のため、人のためになるかです。自分のスキルと経験、そして、知識を自分なりの方法で社会に還元したいと思っています。

これからも、今できることを実行しがら、次に出来る…世のため、人のための行動を考えていきたい。

 

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日だまりの猫

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日だまりに 居眠る猫や 至福なり

きのう(天皇誕生日)は、師走とは思えない、暖かな一日でした。

猫が気持ちよさそうに寝ていました。

猫には、一日15時間以上寝ると言われています。

寒がりやです。日向ぼこで寝ている光景が、長閑です。

喉を鳴らして…夜にはコタツに入ってきたり、布団に入ってきたりします。

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2016年12月23日 (金)

冬の夕空

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冬のまち むかしと同じ 夕空は

日暮れが早い、3時ごろになるともう日ざしが衰え4時過ぎると早くも薄闇がせまってきます。

仕事をしないで暮している年金生活者でも、年の瀬は、やらねばならぬ事があるものです。

私は、生まれも育ちも同じまちで暮して80年、村から町へ住所は変わり、もちろん町並みも変わってしまいましたが、あの夕暮れの風景は、変わっていません。

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地域の安心・安全について

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今日、私たちが暮らしている、町は、少子・高齢化や核家族化等により、地域の活動に、影響を与えています。

高齢者世帯や共働き世帯、単身世帯の増加等が見られる一方、地域連帯感の喪失や地域活動に対する住民の無関心層や担い手不足が現れています。

また、地域社会においては、福祉や環境活動の充実や、青少年健全育成、さらには防犯防災活動の充実といった地域に身近な課題の重要性は、ますます高まっています。

地域住民自らが、自己決定、自己責任の下、地域の様々な課題に取り組み、自らの力で切り開いていくことを真剣に考えていかなければなりません。

「地域の安心・安全は地域に住む人で守る」

これからは、行政だけに頼ることなく、私たち住民が、地域の安心・安全な社会環境の推進していかなければならないと思います。

安心して暮らせる社会は、多くの地域住民の願いであり、生活の基盤となるものです。身近な犯罪への不安感は依然として関心は高い状況と思います。

少子高齢社会の進行や地域のコミュニティ意識の希薄化、空き地・空き家の発生など、犯罪の起こりやすい状況が増加していることも、ひとつの要因と考えられます。

放置され勝ちの空き家・空き地は、町のイメージも損なうもので、持ち主に、環境整備に協力して、頂くことは大事なことと考えています。

「環境に対する認識の高揚」

私は、地域のみなさんに、環境に対する意識をもってもらうためには、町の美化活動(ゴミ拾い)を継続していくことだと思います。

周りの人の意識を無理に変えるのではなく、私自身が取り組んでいる姿勢が周囲の人々の意識を変え、それが世の中全体を変え、そして未来を変えてゆく・・・信じてこれからも続けて行きたいと思います。

環境保全活動に取り組んでいます。胸を張って、明るい気持ちで、自信をもって行動してくつもりです。

「なんでそんなことやっているの?」と聞かれたら、「少しでも世の中のお役に立つようにやってるの」・・・と答えるようにしています。これからも、相手に強制せず、自分自身が喜んで楽しんでやることです。

ゴミを捨てる人より拾う人が増えればゴミは無くなります。環境を破壊する人よりも、それを守ろうとする人が増えれば地球環境を守っていけると思います。

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2016年12月22日 (木)

安全・安心して暮せるまち・・・

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ゴミ拾いをしながら考えました。「安全・安心して暮せるまちにするには」

かっては、活気のあった商店街は、ラーメン屋・八百屋・団子や・魚屋・肉屋・電気屋・床屋・クリーニング屋などあったのです・・・が、今では,3~4軒残っているのみで…悲しいかな、荒れ果てた建物と看板だけが残っているのです。

地域でも、開発から40年余り、多くの住民が住宅地とともに年を重ねてきました。子どもたちは独立して都心に移り住み、残された夫婦は定年を迎え、60代から70代を迎えています。

地域の住宅地でも空き家が目立ち始め、空き家・高齢化・人暮らしのお宅が増えています。老人ホームに入居したり、病気になったりして、住み慣れたわが家を離れる人が相次いでいます。荒れ果てた建物が残っているお宅が多くなってきています。

住宅地では、老人ホームに入居したり、病気になったりして、住み慣れたわが家を離れる人が相次いでいます。荒れ果てた建物、お店の看板が空しい。

地域の住宅地でも、空き家が目立ってきています。空き地は、ゴミが捨てられ、防災・防犯でも心配となってきています。

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2016年12月21日 (水)

春を待つ

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冬嵐 地球の星は 春を待つ

特に今年の暮れは、暗いニュースは、多いように思えます。

中東のシリアでは、激しい戦闘状況・途方に暮れる人々、痩せこけた子供たちの映像は何んとも言えません。小さな船で、多くの難民の疲れきった顔・・・年端もいかぬ子供が自爆テロ・・・

日本の国内でも、事故・事件のニュースは後を絶ちません。

世界を収める救世主の出現は…アメリカの時期大統領トランプ氏?ロシアのプーチン氏?それとも…

冬の嵐を耐えれば、暖かな春が来る…きっと来る…地球上の人々は平和を望みたいものです。

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2016年12月20日 (火)

健康とは

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健康とは・・・

昨夜のNHKラジオ深夜便で、順天堂大学医学部教授 小林弘幸さんは、「人間を構成している60兆個の細胞に、きれいな血液を送ることである。」と言っていました。

血液の流れは生命活動そのものであるとも考えられ、綺麗な血液のスムーズな流れが健康を大きく作用するといっても過言ではないと思います。私たちの体を流れる血液は、全身の血管を通って栄養と酸素を約60兆個と言われる細胞のすみずみまで運びます。

そして、老廃物と二酸化炭素を受けとって、それぞれ排せつ器官に送り出すことをくり返すことで、生命が維持されています。

また血液は、各分泌器官で分泌されたホルモンをそれぞれ対応する器官まで運び、働きを活発にさせたり、体内で発生する不必要な熱を体の表面の血管まで運び、体外へ放散させ体温調節をしたりするなど、私たちの健康にとても重要な働きを担っているのです。

血を綺麗にしていく努力は、食べる事、飲む事、運動する事、考える事、知識を深める事、生活のリズムなどを、今まで「良い」と思っていた事が本当に「良いのか悪いのか」を考える事でもあり、「悪い」と分かれば「悪い」事はしないと言う事だからです。(癌を完治させた神河照美さんのホームページより)

改めて・・・健康とは

血液の流れは生命活動そのものであるとも考えられ、綺麗な血液のスムーズな流れが健康を大きく作用するといっても過言ではないと思います。

そして、「病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが 満たされた状態にあること。」と思います。

 

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利他の心と感謝の心

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散歩しながら考えました・・・

他の生きる心で毎日を送る・・・素晴らしいことです。

「自分の幸せを望むならば、他を幸せにすること、他を幸せにすれば自分も幸せになれる」これは幸せの大原則です。

この世に存在するものは、ことごとくが他からその存在を必要とされており、互いに必要とすることでつながっています。

したがって、不必要であるのに存在しているというものはありません。この世に生を受けたものは必要とされる存在であるからです。

そして感謝の気持ちを忘れないことです。

漠然と過ぎていく毎日・・・当たり前に感じている、いつもの変わらぬ日々・・・

永遠に続く景色はない・・・いつまでも変わらない日常はありません・・・諸行無常だ。

失ってから気づいても遅いのです。どんな一日も素晴らしい。毎日が平凡であり、特別な一日です。今日という特別な時間に感謝する。後悔のないように精一杯に今日を生きるのです。

かけがえのない今この時を楽しむ・・・日々、感謝の気持ちを持って生きていることです。

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2016年12月19日 (月)

ともかく師走です

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何やかや ともかく師走に なりにけり

何やかや、今年も12月…

これもしたい、あれもしたいと決めていた目標達成率は?

自己採点して果たして何点?100点満天などいくことはない。

「まぁーいいかー」健康だったから・・・

感謝しなければ・・・ちょっと風邪をひいてしまっているが・・・

これからは「毎日が一生」と思って一日一日を大事に生きよう。

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使命感について

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使命感・・・とは、自分に課せられた任務を果たそうとする気概です。自分が今“ここ”にいる意味や、役割、存在価値や存在意義を自覚しています。

こういう人は、責任の範囲を限定していません。指示命令があったとしても、自分の範囲を限定せずに自分から、その範囲を超えて役割や責任を、自らが拡げ使命を果たそうとします。

この目的を達成する意義や意味、この理想を実現することの必要性、なぜこれを自分がやるのかということが、自分自身の人生とつながっていることに、分りきってしているのです。

そういう人は、やるなといってもやりますし、休めといっても動きます。つまり、自分から使命に燃えて使命を果たそうと自ら行動し、続けることが生きがいになるからです。

本当の主体性というものは、とても積極的なものです。つまり使命感を持って自分の命や人生の意義をもって日々に挑戦し続けるとき主体がはっきりと出て来ます。

責任感か使命感かということではなく、責任感を使命感にまで昇りつめさせて、働くことがもっとも世の中に貢献する幸せ、仕事の楽しさ、やりがい、生きがいを感じる…ように私は思います。

何のために行うのか、自分がこれをやる意義が、何かを知る人は不思議ですが使命感がバックアップしてくれます。そのバックアップは信念とも言え、その信じる力が心身を鼓舞してくれて、理想への自動運転がはじまります。

本当の意味での持続する普遍のモチベーションというものは、他人から与えられるものではなく、実際は自分で高めていくもので、自分で育てていくものです。それは使命を感じることのように私は思います。

元ダイエーの創業者中内功さん…「人間とは、本来弱いものだ。だが、信念とか使命感で行動するときは、なぜか果てしなく強くなる。」と言っています。

変革をするとき、変化を求めるとき、変化を不安とふつうは思います。しかしその変化が不安ても、敢えて、それでも果敢にやりたいと挑戦する力は、この使命感と信念があれば強さが備わり喜びや楽しさ、幸せになっていくのです。

松下幸之助さんも「使命感があれば人は力強くなる、そして何をなすべきかの目標を持ち、使命感を持って、みんなが一致団結するところに成果がある」と言います。

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2016年12月18日 (日)

いらない人間などいない

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毎日のように報道される殺人や暴行、薬物事件などなど、ニュースにこと欠かしません。ニュースを観て、何故・どうして?起きるのだろう・・・

よく考えて見ますと、生まれたときから、犯罪者はいません。誰でも同じです。

いつから人の道を踏み外してしまったのだろうか・・・

自分は全く悪いことしてないのにいきなり怒られたり、いわゆる理不尽な行為をされてしまって起こす。また人間の欲求(煩悩)で、理性を失い犯してしまうこともあるでしょう。犯罪を犯してしまったそれまで、人生の成長過程の環境、教育に問題があると思います。

ところで、社会には、いらない人間はいない?いらない人間はいる?の議論があります。

「いらない人間などいない」と私は思います。

今まで生きてきた中で、色々な人に会ってきました。嫌なことを言ってくる人もいれば、生理的に会わない人もいました。しかし、そのような出会いは、後になって考えてみると自分自身を成長させてくれる要因になっていたような気がします。

自分の周りの人間が全て自分の好きな人たちなら、自分自身はあまり成長できなかったような気がします。今まで出会ってきた嫌な人たちも含めて人間関係という観点からみるといらない人間など、いないと私は考えます。

自分がいらな人間とか、自分には価値がないとか、生きている意味がないとか、そういうのやめよう…そういうことを言っている人がいるから、犯罪が起きるのです。

 

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湯殿川を眺めて想う

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湯殿川と兵衛川が落ち合う所

湯殿川を眺めて想う・・・私のふるさとは、生まれも育ちも、そして今も此処に暮しています。80年になろうとしています。曲がりくねり、田んぼに水を引く堰があり、竹林と藪で覆いかぶされていたが・・・大きく湯殿川は、大きく変わってしまったなぁー子供のころは…泳いだり、たくさん魚を捕ったり…

鴨長明の「方丈記」冒頭

「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。」

語訳…ゆく河の水の流れは絶える事がなく流れ続ける状態にあって、それでいて、それぞれのもともとの水ではない。

解釈…河が流れて行く様子を見ていると、池や沼とは異なり、とうとうと流れて行き、その水の流れは、河がなくならない限り絶えることはありません。

鴨長明は、流れる河の水が、二度と戻らない事を見、「無常」という仏教の言葉と重ね合わせて、「常に同じものはこの世には無い」と強く感じて、この冒頭の文章を書き始めたと多くの人に解釈されています。(ウキペデイア)

鴨長明の生きた時代は、戦乱が多く、天災や火災も多かったという。今の世も、グローバル化したことにより、地球規模で観ると、大きく、激しい・・・河に例えるならが激流と言えそうです。やがて海に注ぐ河の流れのように、穏やかな流れになって欲しいものです。

平成28年(2016年)もあと僅かとなり、慌しさ(河の流れが急に)なったような気がします。シリアの内戦・難民・貧困・餓死などと・・・やりきれない思いです。人生は、激流を避けることは出来ません。それを乗り切って成長があるのです。

人それぞれの人生がありますが、年を重ねて行くほどに、世の無常を覚えさせられずにはいられません。

私事でも、それなりに大きなうねりとなり、激流とも思える年となったと思えます。時は止まらないですが、世の中が平穏な流れに、なって欲しいものです。私は、年を重ね静かに過ごす時間と、心静かに世を終いたいものです。

美空ひばりの歌に「川の流れのように」…秋元康作詞・見岳章作曲

♪知らず知らず 歩いてきた 細く長い この道

振り返れば 遥か遠く 故郷が見える

でこぼこ道や 曲がりくねった道

地図さえない それもまた人生♪

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2016年12月17日 (土)

人間性(心)の豊さ

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◎ 豊な心とは・・・

美しいものに感動し、常に生きることの喜びと感謝の気持ちに 満ち、明るく、前向きに、たくましく生きようとする心です。

「豊かな心」は、自分を大事にすると同時に他人を思いやる心でもあります。 そし て、ルールやマナーを守り、社会に貢献しようとする実践的な力の基礎になります。

◎ 心が貧しいとは・・・(豊な心の反対語)

「最近は、心の貧しい人が日本にも増えてきたな」という意味合いの話を聞く機会がありますが、それは「最近の日本人は、自分のことばかり考える人が増えてきた」という意味なのかもしれません。

そして、「人をうらやんだり」、「けなしたり」、「自慢したり」などを、「心が貧しい」と表現するようです。

豊な心と言えば教育です。

文科省の教育の指導要領などを見ると「豊かな人間性(心)」という言葉が目に付きます。「豊かな人間性(心)」を育むことは、教育の中でも重要な要素として捉えられていることが分かります。

「人間性(心)が豊かになることで充実した人生を送る」ことができるとしています。本当にそうなるのかといったところは証明は難しいですが、「豊かな人間性(心)」が各々の人生にとってプラスになることはあってもマイナスになることはないと思います。

教育とは学校だけではありません。家庭の躾から、地域社会が大事と考えます。基本的には森信三先生の言葉「挨拶・ハイという返事・後片付け」から始まると思っています。

そのため、自分自身、より「豊かな人間性(心)」を持つ人に努力したいと思います。

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2016年12月16日 (金)

冬がれのふるさと

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冬がれの 我がふる里は 静かなり

12月も半ばとなり、世の中は慌ただしさを増してきたようです。

アメリカの次期大統領のトランプさんの言動が注目されます。

為替レートが117円となる。ダウ20000ドル達成なるか?

ロシアのプーチン大統領が15日来日し、安倍晋三首相と山口県長門市で会談。

シリアの内戦は続いています。早く終結して欲しいものです。

私のふるさと八王子市片倉のまちは、いつもの年と変らない年の暮れの風景です。

世界が平和であって欲しいものです。

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2016年12月15日 (木)

グローバル化と世界の問題

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「地球が小さくなった」

むかし、自分の住んでいる、ごく狭い範囲で生きてきたのですが、現代では、情報機器の発達で世界中の動き分かり、交通手段によって、全てが効率よくなってきています。

良いも悪いも、遠い国で起きている問題では、ノーベル賞の授賞式のニュースがあったが、同時に、シリアでは、今でも戦争で多くの人が亡くなっています。遠い国のことと思っていても、私たちの生活に影響してきているのです。

地球温暖化・難民・貧困で5歳未満の餓死者(毎年350万人~500万人)…

輸入大国日本は廃棄大国ですが、日本の食品の半分以上は、世界から輸入したものです。私たちは年間 5500万トンの食糧を輸入しながら、1800万トンも捨てています。

「足るを知る者は富む 」

足るを知る者は富むとは、満足することを知っている者は、たとえ貧しくとも精神的には豊かで、幸福であるということです。

人間の欲望にはきりがないが、欲深くならずに分相応のところで満足することができる者は、心が富んで豊かであるということです。

「地球も生きている」・・・(WWF JAPANより)

2016年10月27日、WWFは最新版となる『Living Planet Report:生きている地球レポート2016』を発表しました。2年に一度発表しているこの報告書は、失われ続ける世界の生物多様性の現状と、人間の消費による地球環境への負荷の増大を明らかにするものです。1970年以降、陸、海、淡水の自然の豊かさは58%減少。

一方で、その原因である人間の消費は拡大の一途をたどり、今や年間で地球1.6個分に相当する資源が利用されています。WWFはこの報告書の中で、現状に対して警告を発すると共に、この問題の解決をどのように目指すべきなのか、その考え方を示しています。

「今年も、もうじき終わる…」

毎年、年の瀬が押し迫ると、「時間の短さ」 をいつも感じます。アッという間に過ぎてしまったこの 1年・・・

そう感じるのは、自分が年をとってしまったということもあるかしれないけれど、「現代の時間」 というものが、どんどん短くなっているからだろうと思う。

常に、何かに追われているような気分になる。誰もが、周りの人と一緒に走りださなければならないような強迫観念を背負わされる。取り残されると、孤独感と敗北感にさいなまされる。

グローバリゼーション(グローバル化) とは、ひとつのシステムが地球規模に広がることではなくて、地球そのものを小さくすることだったんだと思う。
 

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2016年12月14日 (水)

プライバシーのこと

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近所付き合いも今は昔…「近所の人に会いたくない」7割超えだそうです。(exciteニュース)

「遠くの親戚より近くの他人」…遠く離れた親類よりも隣近所の人が力になってくれるということわざは、すでに時代錯誤なのでしょうか・・・

★お隣りは何人家族?★いつ入・転居された分らない?・・・これでは当然でしょう。

プライバシー問題 

そもそもプライバシーってなんでしょう。

☆はずかしいものはみられたくない…

☆他人に知られくない…

などありますが…

プライバシーとは …他人の侵害から保護される私生活や私事。他人から隔離されて、一人でそっとしておいてもらいたいという、生活上の利益が人格権の一つです。(ブリタニカ辞書)

プライバシーがあって当然のように思われがちな世の中ですが、本当にプライバシーって必要なんでしょうか?

プライバシーがまったく必要ないといってしまうと、自分のすべてをさらけ出してしまうみたいで、まったくないというのもいかがかなと思いますが、過剰にプライバシーを求めてしまうのは、どうでしょう?

たとえば、家庭で考えてみると…

★近所の人に家庭内をみられたくない→☆家庭内のプライバシーを守りたい。

★子供を危険にさらさせてはいけない→☆子供のプライバシーを守らなきゃ。

など、家庭の場においてプライバシーを保護しなきゃみたいな意識があるように思えますが、これが過剰になった場合、どうでしょうか?

家庭内の情報を絶対に外には知られたくない→★ご近所付き合いがなくなる。
子供を危険から守り続けないといけない→★子供の過保護。

こうなってしまっては、家庭という枠の中から出ることができず、ご近所のことを信頼できなくなったり、子供は親の過保護によって、子供は親に指示されたことだけをするようになり、何も考えなく、指示待ち症候群になってしまいます。

これでは、家族にとっても子供にとっても、外にあるさまざま可能性にめぐり合うチャンスが、なくなっていきます。まして、親の過保護は、子供の引きこもりにつながりかねない行為でもあります。

逆にプライバシーを、気にするのではなく、いろんな人が集まる場にいって、自分の思ってる疑問などを問うたり、話会いをしして、いろんな気づきを発見をすることが、大切なのではないでしょうか・・・

防災・防犯じょうでも、最低限の情報は必要です。

天災・犯罪は、何時起こるか分かりません。ご近所間で、知って置きたいこと事があると思います。ご家族の人数(年齢)・非常時の連絡先などは絶対に必要と思うのです。

そして、地域社会において、安全・安心は、個人では確保できません。自助・共助・公助の精神は、個人の最低限の情報は必要です。

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2016年12月13日 (火)

冬の田んぼ

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 冬田んぼ 落穂ひろいの 雀かな

むかしは、田んぼや畑が家の周りに沢山あったのですが、私の町(片倉町)田んぼは、全くありません。隣の町(小比企町)には、少なくなったですが、今も稲を作っています。

今の時期はスッカリ片付けられてしまい、雀や烏の落ち穂ひろい?見られます。私の散歩道の一つです。

最近、雀の数が少なくなったようです。むかしは、我が家の周りには、一年中見られたのですが、確かにあまり、見られなくなったなぁー

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2016年12月12日 (月)

湯殿川の鴨

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鴨かぞく 師走の川で 餌探し

今年も、あと三週間です。

日増しに寒さが増してきたようです。

片倉城址公園の雑木林も、枯れ葉となり、風で舞い散っています。

近くを流れる湯殿川の時田大橋の下に、鴨のかぞく?が5~6羽およいでいました。

よく、近くの人が餌のパン屑を与えていて、人が橋に立つともらえること知っている?

鴨って渡り鳥ですよねー

むかしは、湯殿川には、鴨はいなかったのですが、何時ごろからなのか?また、一年中みられるようなったのは何時ごろなのかなぁー

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毎日ゴミ拾いしています

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私は、何年も前から、私が住む町内でゴミ拾いをしています。 みんな無関心?であまり気にもとめていないようです?

ゴミ拾い・・・けっこう楽しいものです。

毎日歩く道ですからゴミが落ちていると不愉快です。きれいにすると実に気持ちが良いものです。

ある日小学生の子供さんから、「ゴミ拾いのおじさん」と言われて苦笑しました。有名に…?

お菓子の空箱、ペットボトル、アルミ缶、コーヒー缶、タバコの吸い殻・箱、新聞ちらし…そして一番困るのが犬の糞です。誰か覚えはあるでしょう…ビニール袋に入れたまま捨ててあるものです。

「毎日ご苦労さん。」「ありがとうございます。」と声を掛けても貰えるようになりましたが・・・欲しいのは、一人でも二人でも、ゴミ拾いをして欲しいのです。何故かって?・・・私も、あなたも住んでいる町だからです。

時間がない?散歩しながらでいいじゃないですか?スーパーへ買い物するときでいいじゃないですか?

そして一番大事なのは、ゴミを捨てないことです。

ルール・マナー守ることです。公園・広場では持ち帰りです。八王子市では全市内「歩行禁煙」です。車からのポイ捨ては絶対止めて欲しいです。

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2016年12月11日 (日)

日々雑感

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日本の社会は人口の減少と高齢化の増加、都市への人口集中と地方の過疎化、単身生活者の増大、空き家などの大きな社会変動のさなかにあります。

このため、人と人とのつながりが急速に失われ、近所付き合いも希薄になっています。地域の夏祭りや暮れの地域清掃に参加する人が年々少なくなって、今や一部の有志に頼っている地域や、清掃会社に丸投げする地域が多いという嘆きが聞こえます。

また警察関係者が地域を回って聞き込み捜査をする場合に、有力な情報は近所の住民からは得にくくなって、あちこちにある防犯カメラが何よりの情報になるという声もあります。

大勢集まると人は心を閉ざす傾向があって、人口集中地域では人は群衆の中の孤独に追い込まれていくようです。 ゆえに独居老人の介護や孤独死への対応も大きな課題となっています。

そうした社会にあって身近な人とのコミュニケーションや相談を促進することは、人と人をつなぐ鍵になっていくように思います。

自由と責任・権利と義務の本質について

大人になっても、子どものように、自己中心的な自由を欲しがる人がいますが、当然ながら、社会性に欠如した人だと周囲から判断されることになります。

人間は他者と共存し、社会の中で生きることが、生まれついての使命であり、また、その中で幸せに生きて行くことも、個々の人生における使命です。

それを実現して行くことが人間として成長するということであり、大人になるということだと思います。ですから、他者を配慮しない振る舞いは、社会的に受け入れられず、一人前としては認められません。

子供から大人になる過程で、人は自立することを学びます。特に親への依存から自立の道を辿り始めます。動物の世界では親の元を離れ、強制的に独り立ちさせられることになるわけですが、人間と決定的に違うところは、自立の失敗は、すなわち死を意味することになるという点です。

最近、地球環境が問題となっています。地球危機とさえ言われています。どれほど危機感を持っているかは、個人差がありますので、何んとも言えませんが、少なくても、自分が住む地域社会では、ゴミのないきれいな環境で住みたいと思っているでしょう。

しかし、あまり関心がない人が多いのです。その原因は、教育にあるのだと思うのです。きれいな地域社会で住みたいならば、自分でも出来る・・・しなければいけない事が沢山あるのです。それが分らないのは、子供から大人に成り切っていないです。

自由と責任・権利と義務の本質を勉強して貰いたいです。また、社会(地域社会)のために行動をする・・・それは自分でできることでいいのです。自分も地域社会の中で生かされていると言う事をしっかり認識することです。

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2016年12月10日 (土)

山眠る

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雑木林 ほおじろ鳴いて 山眠る

12月に入って、暖かな日が続いていました。

さすがに今日から、西高東低の冬型の天気になるという。

堂了堂がある、昔の絹の道を歩いてみました。

 懐かしい…「「てっぺん一六、二朱負けた」

思いだす…しずかだなぁー

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仕事は神聖

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「仕事は神聖なんだよ」

むかし、鍛造で物を作っている人が、「俺らの仕事は神聖なんだよ」物を造り出すということには、人にために作っていて、それが、多くの人に喜んでもらい、「世の中に貢献しているのだ。」屈託ない。

仕事とは…「社会貢献のために仕事をする」…「何かを作り出す、または、成し遂げるための行動」

神聖とは…「尊くておかしがたいこと。清浄でけがれがないこと。」

私は、「仕事は神聖なんだよ。」と言われて、ハッと思った。汗をかき、真っ黒になった顔が今で忘られません。「人のためになるものを、造りだしているのだ!尊いものだ!」と思ったのです。そして、人に幸せを与えて、自分も幸せ感を味合うこと・・・

多くの人に、喜び、幸せを送ることなんだ。それ以外何もないとなのです。今世の中仕事をしない若者(ニート)が社会問題になっています。

自分が幸せ感を味わうことを知ることは、「仕事は神聖」であると思いました。仕事をする喜びを早く知って欲しいものです。

「人は、自分が続けようと思っている仕事を途中で断念しなくてはならない時、とても苦しくなります。仕事があるから心も体も丈夫でいられるし、意に沿わない仕事をすると体に響く。それくらい人間にとっては大切で神聖なものです。」(オノ・ヨーコ)

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2016年12月 9日 (金)

自分の気持ちに正直に

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自分の気持ちに正直に生きる。

でも、それがなかなか難しいです。なぜなら、そのような生き方は往々にしてバカ正直なほど愚直なものだからです。楽をしたいという自分の表面的な欲や賢さが邪魔をするのです。

表面的に楽な方に流されてしまうのです。また、小賢しい考えが先回りして、本心からでる考えや衝動を遮ってしまうのです。

そのように上滑ってばかりいるのではなく、一度立ち止まり、自分は本当はどうしたいのか、何が自分の本心なのか、よく考えてみ見なければいけない。

楽をすることや、得をすることが本当に自分の本心なのか? それで本当に納得できるのか? 納得しているのか? 誤魔化してないか?

本心…真実な気持ち

改めて「本心」と言うと、本心が何か大きな夢を叶えることだったり、非日常的なもののように思えてしまうかもしれませんが、本心は極めて日常的なものであり、日常のあらゆる場面でいつもあなたの内面にあります。

自分の素直な気持ちに気づき、それに向き合うだけでいいのです。難しくしているのは、楽をしたい(苦しみたくない)、得をしたい(損をしたくない)という、強すぎる思いのせいでしょう。

実際には、本心に気づいていても、そのようには行かないことの方が多いのだろうと思います。上手く行かなくてもしょうがない・・・

本心に対して精一杯取り組んだかどうか、納得できたかどうかが大切なのです。日々そのように生きて行きたいと思います。また人生に何か大きな課題があるれば、その課題に取り組むことで、いいと思います。

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2016年12月 8日 (木)

ゴミ拾いをしてこんなものが・・・

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今年も、一年経とうとしています。

どうしてこんな物捨てて行くのだろうと、思うものがありました。

もったいない・・・

1月2日のこと、米5キロ×2袋

湯殿川の河川管理通路で、国道16号から、50メートルに、ビニール袋に入った米5キロ位が二袋が捨てられていました。食べられる?ものでしたが、何か気持ちが悪い、警察?鶏を飼っているお宅へ?いろいろ考えたのですが、結局、片倉時田まちの広場の片隅に穴を掘って埋めました。

昨日(12月7日)こと

やはり1月2日と同じ所に、一個の大きなレジ袋が捨ててありました。何だろうと持ち上げたら以外に重く、瓶らしい・・・ゴミ拾いを続けなければと、そのままにして、帰りに処分を考えればと思い、一時間ぐらいし戻り、中身を見ずに、いつものように八王子市役所由井出張所へ運び、開けて見たら、高級ワイン?が3本でした。

事務所の係長に確認してもらいましたが、まだ飲める?さすがに捨ててあったものだから、ちょっと・・・処分をお願いしました。

家庭ゴミ・パソコンのプリンター・消火器・炊飯器・毛布・布団・などなどさまざまですが、規範意識のない人が多い世の中と感じさせられます。

その他、医者から貰ったばかりの薬の袋・財布・女性の雨傘・手帳の入ったバッグなどは、警察にとどけました。(片倉地域安全センター)そして、放置自転車5台・盗難自転車2台・犬2匹・猫1匹・川鵜1羽などです。(警察・市役所の担当課に処分依頼)

5月のある日のこと、広場の草むらに、男物ジャンバーと皮手袋(公園課に処分依頼)は…後に高尾警察署少年課署員(3人)が来て、聞かれたのですが、窃盗事件に関係する物証だったそうです。

数年前には、何もなかった地域に、スーパー・日帰り温泉が出来、多くの人が来るようになり、環境・治安などの対策を考えなければと・・・思います。

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私たちの地区(町)は私たちで

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子どもは、良い環境によって、心豊かな人間が育つと言われています。自然豊な地区(町)に育った子どもは、人に、自然…にやさしい、思いやりのある人間になるといわれます。

地球規模の環境問題が問われている今、まず、私たちにできることは身近な環境を守ること、私たちの生活や自然の生態系に最も関係の深い水をきれいに循環させることが、大切なことです。

また、一度壊された環境を元に戻すのには多くの年月と莫大なお金が必要になります。私たち一人ひとりが周りの環境に活かしていくことで、ひいては地球の環境を守ることにもつながると思います。

地域(町)の清掃活動をしよう。

私たちの住む由井地区で今年は9月14日に、CC(Clean Community)大作戦を行いました。

CC大作戦は、由井地区の3小学校(由井第二小学校・由井第三小学校・片倉台小学校)と由井中学校が合同で行う取り組みで、各小学校から中学校へ向かってごみを拾いながら歩きます。毎年各学期1回行われています。

その他、多くの団体や個人でも、清掃活動を・・・大切なのは「やり始める事」です。

慣れない事をする時、最初は誰でも大変だと思うものです。しかし、「やり続ける事」によって「地球にやさしい生活」が自然に身に付き、やがてはゴミ分別・節水・節電等々が当たり前に出来るようになっていきます。

その頃には心も伴って、自然との共存や物を生かして使う感覚が目覚め、物を大切にする心も養われて、自ずと愛の心も深くなっているものです。

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2016年12月 7日 (水)

環境問題はあなた自身の行動が問題です

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通勤・通学買い物など…私たちの生活道路に…橋の上からゴミを捨てる…この現状を見れば明らかです。ポイ捨てする事に対して、さほどの罪悪感を持っていない人が多いです。

地球温暖化・自然破壊で、地球が危機的状況にあることは、連日の報道で分かっているはずだが、なぜかゴミがなくなりません。

なぜ、こんなにみんな平気でゴミを捨てるのだろう?

日本人ははもともと農耕民族でした。身の回りのものがその役割を終えれば、やがて土に返るという発想を持っていました。だから、ゴミといっても土に返るのだから、田んぼや畑や山に捨てても、いっこうに構わなかったのです。

昔は出るゴミの量も知れていたし、その中身もせいぜい食べかすや紙くらいで、簡単に腐って土に返るものばかりでした。だから、ものをそこらに捨てるのは全然悪いことではなく、むしろ肥料になるからいいことだ、くらいの感覚だったのです。

やがて、金属やガラスなどのゴミが出始めて、その辺に捨てた物が腐らずに残るようになった。しかし、それほどは目立つものではなかったです。

そしてゴミの本命プラスチック、ビニールの登場…特にスーパー、コンビニのポリ袋、ポリ容器、発砲プラスチック類です。目立つし、カラスなどにつつかれて、散らばってしまう。これらは「腐らない」し、あたりも汚くなります。

頭では、よくない事とわかっていても、昔からの癖が抜けなくて、ついついそのままそこらに捨ててしまう?

現代人は、何かと忙しい・・・生活スタイル変化と価値観の多様化と自己中心主義の人が多くなった。歩きながら、喫煙・飲食をする・・・テレビを見ながら勉強するなど、昔には見られなかった、何かをしながら別な事をすることです。

モラル・罪悪感が少しはあるのでしょう・・・ゴミの捨てる場所は道路・公園などの植え込み・下水のグレーチングの網の上・草藪の中・川の中など、なるべく目だ立たない場所を選ぶのです。酷いのは、お宅の敷地に捨てる人もいるようです。

それがエスカレートして、家庭ゴミまで捨てられていることがあります。それを始末するのは、大変なことです。プラッシック類は、川の魚や、自然界の動植物・人間にも及ぼします。

空き瓶は、腐らず、割れて人に危険物となります。結局のところ、教育やモラルの問題なのだろう。自宅や、清潔なお店・高級デパート・きれいな町に、ゴミのポイ捨てはしません。

ゴミを捨てる事に対してどれほど罪悪感があるのか?残念ながら、今のところ、多くの人はゴミをポイ捨てすることは、規範意識の不足か?自分の日常生活にも及んでいることに(温暖化食糧不足・異常気象など)関心が薄い人が多いと言うことでしょう。

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2016年12月 6日 (火)

午前中暖かく午後より冷たい風

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寒風に 雀の羽根も 逆毛立ち

今日(12月6日)は、東京地方は午前中は、昨日の続いて朝から暖かく、師走とは思えない陽気でしたが、予報通り昼より、冷たい北風が強く、八王子の甲州街道は、イチョウの葉で歩道に一面黄色となっていました。

今夜の防犯パトロールは、確り着込んで出かけよう。明日の朝は冷え込むぞ!

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これからの地域社会の在り方

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人間は生身の存在として、足を置く大地なしに生きていくことはできない。そして、同じ地域に留まる者の間には、意識するしないにかかわらず何らかの関係が存在し、現在でも、比重は低下したとはいえ、その点に変わりません。

自然災害も、環境問題や各種の地域的な人災も、特定の地域範囲で、程度差はあれ、そこに居住するすべての人を巻き込んで害を与えます。

東日本大震災のような、深刻な災害時には、ほとんど例外なく、出現しますが、そこでは性・年齢も職業も家系も民族・国籍も関係なく、同じ場所にいるということが、かれらの関係を規定します。それが地縁関係の基本です。

こうした地縁関係は、地域生活の単位を基礎に表われてきます。人の暮らしの基準となる土地をめぐる人間関係(地縁)は、生活の単位組織の所在地、すなわち住所を基本とします。

そのために、住居(及び生計)を一にする世帯(単身世帯を含む)が、その構成単位となります。住民の生活は、その「区域内に住所を有する者(住民)」同士の関係の上に成り立っています。

もちろん今日の住民の生活領域では、地縁による関係は限られたものとなっていますが、それでも地域の利便性、快適性、安全性等を高めるために、問題点を取り上げ、議論して、より多くの住民が満足できるものにするように協力し合うことが必要です。地縁組織である町内会に求められるのは、この町内会(地域共同管理の機能)を果たすことです。

地域区画には広狭両面があり、広域の地域管理は行政や公共企業体等の業務です。そして、公的管理が及びにくい狭域こそが、住民が共同で行う管理の区域です。

その狭域を生活の場とする住民が、自らの頭と手で、より安全で快適なものにしていく取り組みのためにつくっているのが地域住民組織です。それが山村武彦氏がいう『近助の精神』であり、町内会追求する…地域組織の原点であると思います。

の縁は多様ですが、地縁は他のどの縁よりも普遍的で客観的なものです。

つまり現在住んでいる人たちで、安心・安全な生活・維持向上を図ることが基本と考えます。町内会は、地縁者に周知し、理解・協力をお願いして行くことです。

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2016年12月 5日 (月)

あいさつについて

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今日の産経新聞に…「知らない人にあいさつ」って危険なの?・・・ありました。

「知らない人にあいさつされたら逃げるように教えているので、あいさつしないように決めて」-。神戸市のマンションで、小学生の保護者が提案し、マンション内のあいさつが禁止になったという。

地元紙への投書がネット上で賛否を呼んでいるそうです。神戸市では平成26年、路上で声をかけられた女児が殺害される事件が発生。同市教育委員会はあいさつ運動を進めつつ防犯指導も行っているそうだが…

私は、誰にでも、あいさつしています。特に私たち地域内では意識して、声をかけるようにしています。返事が来なくても、確り相手の目を見て声(あいさつ)するようにしています。

あいさつは、コミュニティーの第一歩です。私は、千葉敬愛短大学長 明石要一氏の以下の意見に賛成です。

--子供にどう教えたら

「逃げることを教えるより、『あいさつしなさい』と教えてほしい。あいさつは社会への扉を開く初めの一歩。大人はたとえ子供からあいさつが返ってこなくてもあいさつを続けるべきだ。近年はあいさつ文化が消えつつあり、出社時退社時に何も言わない会社もあると聞く。だが、業績の良い企業や集団はあいさつや返事がきちんとできるという傾向もある」

--あいさつをきっかけとする不審者に不安を持つ保護者もいる

「あいさつに続く甘い言葉や、『親が急病』といった嘘に注意するよう教えればよい。また、保護者は子供が生まれたら地域デビューをしてほしい。保護者がひとりぼっちになってはいけない。親が地域であいさつをすれば、子供は幼くてもその相手が安心な人であると識別できる」

--大人のふるまいが大事

「大人が自らあいさつして子供にその姿を見せるしかない。いとこや親族に代わる新しい身内は地域社会。地域社会で交流することで、子供の世間が広がり人を見る目ができる。人と交流しなければ人を見る目も育たない」

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これからの町内会を考える

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町内会(自治会)のいま長い転換期

改めて…町内会(自冶会)とは、地域住民の福利厚生、生活環境の保全、その他地域が抱える問題を住民相互で解決を図るための組織で、その目的は個人の力では解決できない事項を地域全体の問題として捉え、そうしたことにより、よりよいコミュニティーづくりを行うことにあります。

災害も高齢者介護も先のことと思いたい地域住民にとって、町内会(自治会)の存在は影が薄く、マイカーとコンビニとSNSがあれば、隣人との付き合いは不要と思われることも多いのが現実のようです。

いま、あらためて町内会(自治会)のあり方が注目されています。

その背景には、深刻な大規模災害に見舞われた都市でも農漁村でも、近隣住民の助け合いや支えあいが重要な役割を果たした事例が多くみられたことがあります。

災害直後の救出から避難所・仮設住宅の暮らしを通じて、同じ地区で生活をともにする人々の気心の知れた関係は、生活の迅速な再建に欠かせないものでした。

また、「集落消滅」から「里山・里海」再生に向かう活動のなかで、地域再生の基軸として、集落の意味が再確認されてきました。

震災を契機に、一時期注目されていたNPOやボランティア団体も、その守備範囲が明らかになってくるなかで、町内会(自治会)などの地縁型組織の意味と役割とが、あらためて問われるようになっています。

人口減少に転じた社会の構造転換は、地域でもそれへの備えをゆるがせにできないものにしてきています。

そうしたなかで、私たちの町では、空き家・老老介護・独り暮らし・戸建て住宅と集合住宅者のコミュニティー・役員の後継者不足などの問題が喫緊の課題と考えます。

 

 

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富士を眺めて昔を思い出す

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枯れ葉落ち 木立の隙より 富士が見え

私は生まれも育ちも、同じの土着人間です。子供の頃(1950年頃)、子供同士で、近くの山へ行くことが好きでした。山の名前は富士谷戸山です。山と言っても僅か標高200メートルぐらいです。その山は雑木林で覆われて、一人がやっと通れる道です。

堂了堂は、その小高いところに建てられていて、荒れ果てていました。近くにお婆さんが一人で住んでいたという、朽ち果てた小屋がありました。その頃より、神霊スポットと言われ、一人では行けない、ちょっと気味悪かったところです。

農家の人ばかり、畑の仕事が一段落し、後は山仕事(木を切り燃料・くず葉で肥料にする)を残した、この頃だったのです。

多摩丘陵の尾根ハイキングコースがあって、国道16号(御殿峠)~堂了堂~平山(平山城址)~高幡まで、青年団(若葉会)の20人ぐらいで、歩いた覚えがあります。

今は、開発され住宅でいっぱいで、ハイキングコースは分りません。富士山を眺めそんな昔を思い出しました。

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2016年12月 4日 (日)

紅葉の平林寺

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         埼玉県新座市にある平林寺

雨上がり 落ち葉の境内 霞む朝

寒くなったり、暖かくなったりの陽気です。

東京地方は、54年ぶり11月22日に雪が降りました。

今日は、暖かく10月はじめの気温18度になるという。

風邪を引いている人が多いという。

私も風邪を引いてしまいました。それで・・・

平林寺には、何年か前夫婦でいきました。

紅葉が素晴らしい…感動いたしました。

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2016年12月 3日 (土)

日々雑感

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新鮮な感覚を忘れないように 

山に登って、素晴らしい景色を眺め、心が洗われる思いをする・・・山登りの魅力は、そこにある、多くの人・新しいアイテムを創造することが、思うに進まないとのことや…ストレスが溜まって、新鮮は感覚で、物事に対応できないように感じたら、山登りや、趣味などで、心のスイッチを入れ替えることは、大事なことだと思います。

純真な眼を失わないように

普段の生活環境になれてしまい、家の周りや近くの道路や公園などが汚れていても、これが普通で、何にも差し支えのない…極く普通と感覚を持ってしまうことがあります。自分の生活環境しか見ないでは、比較することができません。そのためには、他の地域に、出向いて行くことです。きれいな町並み・公園などを見て、純真な眼を失わないようにすることが大事です。

子供の眼で

アインシュタインの言葉に『大切なのは、疑問を持ち続けることだ。神聖な好奇心を失ってはならない。』というのがあります。

私にとっては、とるに足らないものであっても、子供に取っては、初めて目にするもので、それが何かわからず、触って、確かめて、をやらずにはいられません。

好奇心の固まりは目に映るモノ全てが斬新で、そしてそれを触ってみないと、気持ちが収まらない、ということなので、本当に何でも触る、ということをします。大人目線から大丈夫だろう、と思うことは子供には通じません。

そして私自身、好奇心というか新鮮な目線というものを失ってしまっている、ということに気付かされます。仕組みがわかると、途端に興味が失われてしまうことがよくあります。

大人は、新鮮な眼というものが濁ってしまっているのかもしれません。より良い人生を歩むためにも、新鮮な眼を失わず、何事にも純真な心で接する。

新鮮な感覚、創造へ向けての新しい未来への探求心。それらを恐れないで、個性を失わないで。新鮮なものがいっぱいあります。感動やよろこびが。要は、心を込めて、精いっぱいやること。積極的に、果敢に力いっぱい挑戦していくことです。

高齢化社会ですが、「日に新たに、日々新たなり」

私たちは、明日の時間を今使うことはできない。昨日の時間を今取り戻すすべはない。たた今日の時間を有効に使うだけである。

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2016年12月 2日 (金)

自分の哲学を持て

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自分の哲学を持て

いろいろな考え方価値観を学び、今の自分に必要なところだけを取り入れて、自分の哲学を成長させ、意思決定いくところに意味があります。

「意思決定の拠り所はシンプルな原理原則 」・・・京セラを立ち上げた稲盛和夫さんは…

①嘘をつくな

②正直であれ

③欲張るな

④人に迷惑をかけるな

⑤人には親切にせよ

といっています…その通りだと思います。子どもの頃に親や先生から教わった、人間として守るべき当然のルールです。人生を生きるうえで先験的に知られているような「当たり前」の規範に従って生きることです。

世界の動きは、先が読めない状況が続いています。

「まさか」…アメリカの次期大統領のトランプ氏に…韓国の朴氏のスキャンダル…昨日の11月30日のウィーンで開かれていたOPEC総会で8年ぶりの減産で合意。などなど・・・

投資家のみならず、日本の一般社会人でも、生き方迷うところです。そのためなのか、適齢期でも結婚しない人(男女も)。環境・エネルギー問題。どう捉えているのでしょうか・・・

「どう生きればいいのか」判断は「人間として何が正しいのか」というきわめてシンプルな原理原則だと思っています。

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2016年12月 1日 (木)

ゴミ拾いをしながら思う

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ゴミ拾いをしながら・・・

町がきれいな状態を維持することで、「捨てにくい」環境を作り上げることです。防犯・防災などに効果があると考えています。そして、子供たちは、自然に人にやさしい心が培われていく・・・と思います。

明るく健康なまちづくりは、市で取り組んでいるところが、多くありますが、基本的には地域の暮しているみなさんの意識の度合いです。

昨日のことです。

私がタバコの吸い殻を拾っている、目の前で火の付いたまま、捨てて行く、サラリーマンに出会いました。「アッちょっと待って!」といったのですが、「済みません一言」で、足早に行ってしまいました。

私は思うのですが、規範意識が違うのか、タバコの吸い殻は、ゴミと思っていないのか?

八王子市にお願いし、「八王子市内は歩行禁煙」・「ゴミ捨て禁止」ポスターを貼っていても無視されているのです。これは自己中心的な考えの人だと思います。会社で忙しく働いている人で、通勤途上も仕事のことで頭が一杯なのかもしれません。「清掃活動は市にしてもらえば・・・」とでも思っている?

そんな事を思いながら、今日もゴミ拾いをしている・・・爺さんです。

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角が取れて丸くなる

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人間が丸くなるとは…

山峡の大岩から割れて渓流に落ち、流された岩は…流れに逆らったり、ぶつかりひっかかり、川底を転がって下流へ旋転して長い距離を移動していくうちに角が取れて丸くなっていくように……

人間も若いうちは周囲の人間たちといろいろトラブルを起こしたり、いさかいを繰り返していくうちに、うまく他人と折り合っていく方法を学んで話の分かる柔和な人間になっていくことをいうのでしょう。

 もちろん、対外的にそうなっていくのであって、内面までとらえどころのない、つるつるな没個性的人格になってしまうということではありませんが・・・。

角の取れていない、自己中心の人間・・・仏教でいう三業「身業=悪い行い。口業=悪い言葉。意業=悪い。」考えになるのです。「他人の立場になって考えてみる」ということができない人間が多くなっているようです。

それは、子供たちの遊び中でよく見られます。

自己中な振る舞いをする子供に対して、大人は「君は良いかもしれないけど…○○君の気持ちになって考えてごらん。」なんて言います。しかし、「人間は、完全に他人の立場や気持ちになることは不可能」なのかもしれません。

私は、他人を相手の立場をになって考えることは親の“しつけ”だと思います。我慢をすること、他人を相手の立場をになって考えることは、親の躾が大事あることを痛感します。

小さいときの「躾」が出来ていない…角の取れないで…そのまま大人になってしまった、大人が多いと感じています。

学校のいじめ、職場でパワハラは、受ける側にすると生きずらい雰囲気になる。とげとげしく角張ったいびつな人間の姿です。こうしたいじめやパワハラという醜い人間関係をかたちで表せば四角とか三角の関係です。

角と書いて「つの」と読めば、煩悩のゆがんだ角(つの)を突きあわし、絡みあうというところでしょうか・・・。

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