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2016年11月24日 (木)

きれいな環境で人の心がきれい

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人は、きれいな環境・きれいな人(心)に憧れます。

まちがきれいになれば、心がきれいに・・・

きれいな公園や道路などには、ゴミのポイ捨てするのは気が引けるけど、ゴミだらけだったら「今さらこの一個が増えたって」と思って簡単に捨ててしまいがちです。いや、思いすらしないでポイ捨てが当然だと思うかもしれないです。

「心がきれい」っていう抽象的なことを、何がどうなれば「心がきれいだ」っていうのかは微妙な問題になってきますが、少なくともポイ捨てする人と、しない人では後者の方が心がきれいといわれるでしょう。

汚いところはどんどん汚くなるけど、きれいなところは維持できる確率が高い。そして、そこに住む人の心も、そうでないまちに比べればきれい。

やっぱり気分的にも、綺麗なところだと気持ちよく歩けます。汚いところに比べたら。不潔で不衛生だと不快感や場合によっては病気もなって、気持ちに余裕がなくなってイライラするでしょう。

持続可能な社会を目指して

人の心には、善と悪が存在しています。人間の心の中には『善』という気持ちが存在しています。残念なことにその心の中にはもう1つの心『悪』が隠れて存在しています。

良い行いをしている人を見ると、何故か自分の心の中で私もしなければならないな~と思うことがあります。良い行いに対して共に感動したり、喜んだりする気持ちが善の心の表れなんだと思います。

善い行動

道路にゴミが落ちていたら、片付ける?片付けない?どちらでしょうか・・・ちょっとした心遣いで、まちがきれいに維持できるのです。勇気のいることです。

悪い行動

そのまま誰かが片付ける?と思うこと…それとも無関心?そんなことに関わりたくないと思う心です。誰かが、やるから私がやらなくてもいい?

人間は善の心と悪の心の割合が成長する過程で変ってくると思います。それはまだ善と悪の区別が、心のなかで確立されていない成長過程にあるからです。

地球環境の危機叫ばれています。環境悪化…人ごとのように無関心な「悪の心」が支配してしまったら、そのままにして、気が付いたら自分とっても恐ろしいことになってしまうのです。

私たちは美しいまちを維持していき、後世に繋げる義務あるのです。一人ひとりの行動が大事なのです。

 

 

 

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