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2016年11月

2016年11月30日 (水)

知ると感じること

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「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではない・・・レイチェル・カーソン

知識は、知ったことは、行動に起こせて初めて知識と言えるでしょう。そのためには、体感していくこと、感じることが重要になります。 

未知の潜在能力も、その存在を知っただけでは意味がありません。それを自在に使えるようになってこそ、知ったことが価値のあることになります。

自然が何かや、自然環境がどうなっているかも、知識として持っているだけでは意味はありません。その知識を、具体的な行動に落とし込めて、初めてその知ったことが活きてきます。

また、チャレンジした結果、どんな変化、進化が実現したかも、その僅かな変化を感じ取ることが大切になります。感じ取れるかどうかで、明らかに、次へのアクションが違ってきます。

自然界の保全について

私たちが、慎重を欠いていた事を未来の世代は決して許さぬだろう。

人類は、ここ数十年で、過去数百年、数千年分の、自然破壊を成し遂げていると言われています。

このまま進んでいけば、未来に美しい地球を残すどころか、自然淘汰の方が先に起こるでしょう、人類の存続さえ危ういかもしれません。

一旦、自然が大きく動きだしてしまっては、人間にはもうどうすることもできません。それ以前に、行動を変えていくにも、自然の声や変化を感じ取る能力が必要です。

未来は今の行動で創られます。今のためだけの今ではないことを肝に銘じて、未来を感じ、今を感じてください。自然を自然界を感じてください。

私たちのまちも、社会の趨勢て?

暮らしに便利とスーパーが出来き日帰り温泉が出来き、静かだった、まちは大きく変わってきています。人が集まり、活気がでて来たようですが、一方、今まで、山にいた動植物・昆虫や川に棲んでいた生き物は、数多くの種が、姿を消してしまいました。

昔を知る人は、寂しいと思っている人もいるでしょう。生き物を呼び戻すには、大変ですが、嘆いているばかりではいけません。環境を取り戻す努力をしなければ、私たちは、過去からの居場所を後世に引き継ぐ責任があるのです。

手をこまねいていないで実行することです。

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長寿社会を生きる

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世の中、左を見ても、右を見ても、年寄りばかりではございませんか・・・

電車やバスの中・病院・世の中、実に多いですねー申し訳ありませんが、私もその一人です。よく、若い人と席の譲り合いでトラブルもあるようです。

元気で長生きしたいものですが、永遠とはいきません。如何に上手に年を取るか・・・エンディングを考えて置かねばと思うようになりました。

高齢者の数はこれから増え続けます。2030年には3690万、2050年には3770万人、人口の4割近くが高齢者という社会が訪れます。

では、長寿に欠かせないものは・・・

一つは適度な運動、二つにはバランスの取れた3度の食事、そして三つ目「社会参加」です。

社会参加とは、つまり他の人とつながることです。ただ運動をするだけではなく、サークル活動やボランティア活動などの社会参加を通じて誰かとつながっているかどうかが、実は健康長寿のカギを握っていると言われます。

大切なのは「きょうよう」と「きょういく」。「今日用」がある、「今日行く」ところがある、そんな毎日が大切、というわけです。

目標を持ちつつ、生活すること・・・

朝起きてさーて、今日は何をするか?ではなく、毎日の目標を立て実行することが大切だと思っています。そして、怒らず・・・転ばず・・・風邪引かず・・・を心がけることです。

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空き家について

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昨年制定された「空き家対策特別措置法」。この法律によって、「特定空き家」と見なされた家の所有者は、市町村から撤去や修繕を命令されたりします。

また、住んでいなくても毎年支払わなければならない固定資産税についても最大で6倍にまで引き上げられることになり、これからは空き家を放置できない時代となりました。

現在、空き家の数はおよそ820万戸(総務省「住宅・土地統計調査」2013年度調査結果)、国内全体の住宅供給数はおよそ6,063万戸ほどあり、7軒に1軒が空き家化していることが分かります。

しかし、そのような状況においてもなお、毎年80~90万戸の新築住宅が建築されているという現状があるなかで、私たち日本人は誰もがこの空き家問題に直面する事態となってきているのです。

空き家となる、大きな原因は人口減少ですが、雇用が都市部に集中していることや、長寿命化による介護施設の利用増加、経済成長時期の時代に合わない制度、そして利権など、さまざまな原因が絡み合っているのがこの問題だと思います。

私たちのまちも空き家が増えて、防災・防犯などで問題となって来ています。町会・隣組としても、防犯・防災対策からも心配されるところです。

長らく放置(数ヶ月)して雑草が枯れて、タバコの火などがつきやすく、特にこれからの時期、湿度は低い季節となり心配です。

また、所有者の所在が分らない…分っても遠く離れた町で連絡が取れにくい…お宅があります。きょう、私はお隣の空き家の、フェンスの道路沿いの雑草と落ち葉を始末したのですが、まだまだ、落ち葉は積もります。

また、バス通りのお宅には、コンビニ弁当の、空き袋と缶ビール・ペットボトルが、投げ捨てられいて美観が損なわれています。そして、ハクビシンなどの小動物が入り込んで、匂い・物音衛生上にも不安となってきています。

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2016年11月29日 (火)

人生の目的・・・

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人生の目的・・・

作家の五木寛之さん・・・「自分の人生の目的」をさがすことである」(「人生の目的」(幻冬舎)より)・・・五木さんが「ないと思う」と言っていますが、私は「万人に共通の人生の目的などというものはない」と思います。

自分の人生の目的がはっきりしていれば、迷わずに生きることができるでしょう。人生の目的は、自分の幸せに繋がっているのです。人生の目的は、人それぞれでいいのでしょう。自分なりの人生の目的が見つかれば、それは幸せなことでしょう。

私は「自分で納得できる…社会のためになることをすること」で、「自分が幸せを感じ得ることである。」と思います。

哲学を持つ・・・

哲学をもつことは、自分の目的、理想の実現に向けて努力し、成し遂げること…「自己実現」です。筋道の通った考え方のことで、筋道の通った考えをもつと結果として判断がぶれなくなる。ぶれていては、悩み続けることになります。

社会のためになることをすること・・・

私は、もう直ぐ80歳になりますが、以前から地域社会で環境が問題と強く思っています。地域の美化に、奉仕活動しています。奉仕活動が出来ることは、私自身の健康と家族の理解があって出来るのです。

私は、病気や人間関係で悩んでいる人もいる社会で、本当に恵まれていると思っています。この世の地位や名誉とは縁がありませんが、奉仕の喜びを知り、奉仕できる「幸せ」を日々感謝しています。

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2016年11月28日 (月)

美しい心

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人間の心には三毒があります。

貪=むさぼり(欲深く物をほしがる、際限なくほしがる)、 瞋=怒り(自己中心的な心で、怒ること、腹を立てること)、痴=迷妄(物事の道理に暗く実体のないものを真実のように思いこむこと)、これを人間が持っている三毒と仏教では言います。

貪・瞋・癡は人間の心の中にあり、人間にとって最大の敵なのです。人間は産まれた時から貪欲な心を本能的に持っています。

美しい心…

生まれた時よりも、少しでも美しい心になって死んでいくことです。生まれた時よりは、死ぬ時の方が少しは進歩した、心が磨かれた状態です。

身勝手で感情的な自我が抑えられ、心に安らぎを覚え、優しい思いやりが芽生え、わずかなりとも、利他の心が生まれるという状態…が自分を変化させ、美しい心になっていくのです。

様々な苦しみや悩みなど味わいながらも、生きる喜びや楽しみ幸福を手に入れる事でもあります。そうすることにより、自分自身、十分に生きたと思えるような価値観があるというものです。

心の持ち方

(1)誰にも負けない努力をする (2)謙虚にして驕らず (3)反省ある日々を送る (4)生きている事に感謝する (5)善行、利他行を積む (6)感性的な悩みはしない…(稲盛和夫)の言葉にあるように『六つの精進』をすることです。

常に自分に言い聞かせ堅実に実践していくことです。自分を飾るのではなく、普段の生活の中に取り入れ、それが“当たり前”だと実行することが肝心です。

 

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感謝すること

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「当たり前」の毎日を過ごしています。今生きていることに感謝を忘れないことが大切です。

私たちは、生きる上で常にそばにあるものを人は当たり前だと感じ、そのうちあること自体が分からなくなってしまいます。今の人生を不幸と感じている方々は、まさに自分にとっての当たり前が多いのだと思います。

人は当たり前だと思っていたことを無くした時、自分のそばには幸せがあったんだと気づく人がほとんどです。当たり前を無くせば人は幸せに自由になれると思います。

そこには本来、感謝しかないのです。

明日が来ること…健康でいられること…空気があること…住む場所があること…食べ物があること…電気がつくこと…水が出ること…数えだしたらキリがありませんが私たちは本来、十分すぎるぐらい満たされていて幸せなんです。

自分は不幸なように感じるけど、実際はいっぱい満たされているんだ、幸せなんだと、気付くことです。感謝することです。

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2016年11月27日 (日)

清潔で美しいまちにしよう

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清潔で美しいまち(片倉町一丁目町会)づくりには、町民の皆さん一人ひとりの日ごろからの心がけと行動が必要です。

道路脇などには、残念なことにまだまだ空き缶やタバコの吸い殻などのごみが落ちています。そして湯殿川には、ゴミが投げ捨てられ本当に悲しく、とても残念です。

みどり豊かな自然やきれいな水、澄んだ空気など美しい環境を守り育てることは、私たち人 間だけではなく、すべての生き物にとって共通の願いです。

そして、私たちが生まれたかけがえのない地球のよりよい環境を、子どもたちに引き継いでいくことが、私たちに与えられた大きな責任です。

私たちのまちを今、すべての町民、事業者、行政が協力しあい、私たちのふるさと片倉町を「人と 自然が共生する環境にやさしいまち」にしていかねばならないと考えます。

私たちは、水やみどり、空気などを大切にし、いろいろな生き物が共に生きていける環境を守ることです。町民のみなさんは、それぞれ家庭生活は違います。それぞれの人が「環境を守る」…認識を強く持ち、それぞれの人が出来る事をすることです。

つまり、町をきれいにする意識を持ち、行動することです。すべての人たちと進んで協力して、安心で快適な生活ができる美しいまちをつくりましよう。

 

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落ち葉掃き

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落ち葉掃き 母の面影 思い出す

落ち葉の季節です。

風が(木枯らし)吹き落ち葉が踊っています。

赤や黄と青い葉がきれいです。

掃いても、掃いても落ち葉が…舞い落ちます。

木枯らしの吹くと遠くまで飛んで行きます。

私は、落ち葉を掃くと、幼いころ…

…母と一緒に落ち葉を掃いたことを思い出しました。

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2016年11月26日 (土)

持続可能な地域社会づくり

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大自然に対し人間一人の力なんて小さいものです。しかし、地球上の70億人と言われる人と長い時間をかけ、人間のわがまま勝っての行為で…自然は、恐ろしい牙を剥き始めているのです。

その事を気付いていない人間がまだいるのです。山は開発され、海・川はコンクリート化され今までそこで棲んでいた、多くの生き物(動物や昆虫・魚・草花)などが、僅か半世紀で数を減らしてしまいました。

分ってほしい人間は自然との共生でしか生きられないことを…

まだまだ、人間の欲望で、少しでも長生きし、楽な暮らしをしたい…それには大きな代償を払わなけれ行けない事を忘れてしまっているのです。人間は、自然からの恵みを頂いて生きられるのです。

自然を愛すること…自我を抑制すること…人間同士の争いを止めること…です。そのことが持続可能な社会を創ることだと考えます。

環境を壊すことなく、人類の消費を支えるためには、どうすればよいか?

その実現のための手段が、「持続可能な開発」という考え方です。これは、自然が再生する力やそのスピードを考慮しながら、人が利用する規模や早さを管理し、資源を使いきらないよう配慮するやり方です。

ただ木を伐らなければよい、という森林保全はありえません。魚を食べなければよい、という海洋保全もありえません。海や森の資源に頼らなければ、人間も生きられない以上、これらの自然の恵みを、上手に利用していくことが、欠かせないのです。

 地球の生態系に配慮し、計画性をもって管理、生産された製品を、世界の消費者に選んでもらうことで、環境の保全を実現する…そのためには、持続可能な社会づくりに取り組みが大事なのです。

いま、世界の人口のおよそ7人に1人が飢餓に苦しんでいます。その一方、まだ食べれる食べ物が、作られている食べ物の3分に1が廃棄されているというのです。

私たちの住む地域でも環境が大きく変りました。スーパーが近くにでき、日帰り温泉ができ、便利さと楽しさは、享受されましたが、自然環境は少なからず変わっています。その環境保持・改善は、人間の手で行うしかないのです。

持続可能な地域社会づくりをもう一度考えましょう。

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冬のたんぽぽ

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目立つ色 タンポポの花 枯れ野道

返りり花」とも言うそうですが、本来咲くべき季節ではない時期に、咲いてしまう花を見かけます。

周りが枯れ草におおわれた、田んぼのあぜ道などに、たんぽぽの黄色が鮮やかに目に飛び込むことがあります。

タンポポは、生育環境はかなり過酷でも、たとえばアスファルトのわずかな隙間でも育つことが可能です。

とかく生命力の強い植物は嫌われる傾向にありますが、その姿かたちによって誰にも愛される花です。

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2016年11月25日 (金)

地域社会を考える

「地域社会」を考える

私たち地域社会を取り巻く環境は、少子・高齢化や、高齢者のみの世帯や空き家が、増加など大きく変化しています。

住民のニーズや地域の課題も多様で複雑なものとなり、地域における、安心・安全の暮らしに対して、防犯パトロール・防災訓練などの活動も重ねてきましたが、その対応もままならない状況になってきています。

今地域社会で大事なことは、時代にあった組織づくりであろうと思うのです。それには、団塊の世代の方の退職者・介護の経験者、警察のOBの方など、の町内会への積極的な参加していただくことです。

団塊の世代(1947年〜1949年に生まれた人)の大量退職に伴い、社会経験豊富な市民が地域に戻ってくることが見込まれ、それら市民が持つ、さまざまな知識や経験、技術を地域にいかしていただくことが益々期待されていることころです。

今、いわゆる「地域力」、地域コミュニティの力の必要性があらためて注目されていますが、現実は、住民の地域への無関心さ、地域内での人間関係の希薄化によって、地域の役員や一部の住民に集中し、負担は増えるばかりになっています。

また一方では、退職後は地域に貢献したいという市民も多くいるにもかかわらず、参加のきっかけがつかめず、需要と供給がうまく結びつかない状態にあります。

本格的な人口減少社会の到来を迎え、地域社会の状況が急速に変化する中にあっても、住民が安心安全に暮らすことができるよう、地域のセーフティネットを強化していくことは、早急に解決すべき課題です。

そのため、「地域力」や「自治力」が発揮できる環境を整え、隣組や町内会に受け継がれた組織的な助けあいの精神や地域のあたたかい絆を活かしながらも、新たな地域自治のしくみを検討していくことが求められているのです。

これから直面する地域の課題

地域の超高齢化・・・個の生活自体が困難になって来ています。そして、高齢者人口は年々増加しています。地域の超高齢化が進むにしたがって、元気な初老のうちは感じなかった不便さを皆が実感してくるときが来ると考えられます。

日常の買い物、ゴミ出し、通院、自家用車の運転、多く歩けないなど、日常生活のさまざまな面において、援助が必要な高齢者が増えていきます。

“個”でいることにまったく不自由のなかった若い頃とは違うと住民の多くが実感しはじめたととき、本当にその時点で、わたしたち住民は何か手立てを講じられるのでしょうか。

地域に対する無関心さ、地域との関わる必要性を多少は感じていても、毎日の忙しい生活に追われているので、時間的な余裕がなく、なかなか参加できないという住民は多くいます。

また一方では、社会に多少の不満を持ちながらも、地域との関わりを持つのは煩わしいと感じたり、自分の生活にそれほどの支障はない状態であるため、「地域活動は自分とは関係ない。そういう雑務は市の仕事だろう」と考えたりする住民も少なくありません。

いずれにしても、結果として、地域との関わりを持つことの意義やメリットを見出しにくく、地域自治など自分には必要がないと感じるのが住民の本音かもしれません。

自分の家庭のみの生活に閉じこもり、子ども会や老人会、婦人会といった活動や、地域行事に参加しない世帯が増えてきています。なぜ小さな地域で自治を大きくしなければならないか、必要性を感じる住民は大変少ないのが現実なのです。

孤立化する市民と、孤独を望む市民

近年、高齢者の単独世帯、高齢者夫婦のみの世帯が増えており、これらの世帯は今後ますます増加することが予想されます。さらに、核家族化や、ご近所づきあいの希薄化が相まって、いわゆる「ひきこもり」「孤独死」等の問題が生じています。

一方で、生活スタイルの多様化や、住民のプライバシー意識の高まりから、地域とのつながりを持ちたくないと考える住民も少なくありません。表札もない高齢者夫婦や独居者、外国人世帯が急増して、居住の実態も把握できない、そんな幽霊的“個”の生活が散らばっている地域も増加しています。

疲弊するコミュニティ組織

地域に期待される役割は、今後もますます高まりを見せているところですが、高齢化と町内会加入率の低下による住民意識の低下、担い手不足が懸念されています。

地域の仕事は増える一方であり、負担が役員等の一部の住民に集中してしまう傾向があります。また役員は、退職者等の年配の世代に偏っていることが多く、若い世代から高齢者まで、地域のあらゆる世代が地域活動に関わっているとは言いがたいのが現状です。

 

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初雪で54年前の昔を思い出す

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東京都心など、関東・甲信地方の各地で初雪、積雪が降りました。都心で初雪を観測、気象庁によると、午前11時に積雪を確認しました。

11月の積雪は1875(明治8)年の統計開始以来初めて。初雪は1962(昭和37)年11月22日以来、54年ぶりだった。

あれー54年前というと、昭和37年 …あの頃何をしていたかなー確か会社に勤め始めてーえーと…4年

堀江謙一、ヨットで太平洋単独横断に成功。

三宅島雄山、22年ぶりに噴火。

世相…

ツイスト流行/住宅難深刻/東京でスモッグが問題化/求人難で「青田刈り」の傾向強まる。歌声喫茶に、よく行ったのもあの頃だった。

流行歌…

ルイジアナ・ママ(飯田久彦)・ふりむかないで(ザ・ピーナッツ)・遠くへ行きたい(ジェリー藤尾)・君恋し(フランク永井)・哀愁のトランペット(アイ・ジョージ)・下町の太陽(倍賞千恵子)・湖愁(松島アキラ)・.若いふたり(北原謙二)・.山男の歌(ダーク・ダックス)

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2016年11月24日 (木)

自尊心とプライド

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「自尊心とプライド」の違いを考えて見ました。

「自尊心」…自分を尊び他からの干渉をうけないで品位を保とうとする心理や態度。一般的には自惚れに同一視される。

「プライド」…他の人によって、自分の優越性・能力が正当に評価されることを求める気持。負けず嫌い。このことから、「社会・誰かに対して」の怒りであれば、「プライド」ではないかと思います。

自尊心であれば、心の中は「自分を恥じる」気持ちが強く、それはチャレンジ精神になっていき、プライドであれば、心の中は「悔しい」という気持ちが強く、それは劣等感になっていくのだと思います。

褒められた場合も違いがあると思います。自尊心は、自分を誇りに思える満足感があり、プライドは、優越感に浸るだけなのではないでしょうか。

自尊心が過剰になったものを、プライドと表現するとも、辞書には書かれてありました。

個人的には、自尊心は安定していて、ライバルは常に自分であり、プライドは不安定になりやすく、ライバルは常に他人であると思っています。

人間誰しも、自尊心とプライドがあります。特に、年齢を重ねるに従って、これらの度合いが増すようです。そして、社会的地位を築き上げてきた人ほど、この傾向は強いようです。

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きれいな環境で人の心がきれい

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人は、きれいな環境・きれいな人(心)に憧れます。

まちがきれいになれば、心がきれいに・・・

きれいな公園や道路などには、ゴミのポイ捨てするのは気が引けるけど、ゴミだらけだったら「今さらこの一個が増えたって」と思って簡単に捨ててしまいがちです。いや、思いすらしないでポイ捨てが当然だと思うかもしれないです。

「心がきれい」っていう抽象的なことを、何がどうなれば「心がきれいだ」っていうのかは微妙な問題になってきますが、少なくともポイ捨てする人と、しない人では後者の方が心がきれいといわれるでしょう。

汚いところはどんどん汚くなるけど、きれいなところは維持できる確率が高い。そして、そこに住む人の心も、そうでないまちに比べればきれい。

やっぱり気分的にも、綺麗なところだと気持ちよく歩けます。汚いところに比べたら。不潔で不衛生だと不快感や場合によっては病気もなって、気持ちに余裕がなくなってイライラするでしょう。

持続可能な社会を目指して

人の心には、善と悪が存在しています。人間の心の中には『善』という気持ちが存在しています。残念なことにその心の中にはもう1つの心『悪』が隠れて存在しています。

良い行いをしている人を見ると、何故か自分の心の中で私もしなければならないな~と思うことがあります。良い行いに対して共に感動したり、喜んだりする気持ちが善の心の表れなんだと思います。

善い行動

道路にゴミが落ちていたら、片付ける?片付けない?どちらでしょうか・・・ちょっとした心遣いで、まちがきれいに維持できるのです。勇気のいることです。

悪い行動

そのまま誰かが片付ける?と思うこと…それとも無関心?そんなことに関わりたくないと思う心です。誰かが、やるから私がやらなくてもいい?

人間は善の心と悪の心の割合が成長する過程で変ってくると思います。それはまだ善と悪の区別が、心のなかで確立されていない成長過程にあるからです。

地球環境の危機叫ばれています。環境悪化…人ごとのように無関心な「悪の心」が支配してしまったら、そのままにして、気が付いたら自分とっても恐ろしいことになってしまうのです。

私たちは美しいまちを維持していき、後世に繋げる義務あるのです。一人ひとりの行動が大事なのです。

 

 

 

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2016年11月23日 (水)

支えあって生きられる

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支えあって生きる→社会に対し応分の責任を果たすことです。

人々で成り立つ社会で生きるということは、多くの人々に支えられて自分が生かされているいるのですから、社会に対して自分も応分の責任を果たさなければならないのです。

それが、「人は支えあって生きている」ということの意味です。

社会人であるかぎり、社会に対して応分の責任を負い、そしてそれを果たすことも、自立した人間としては当たり前のことでしょう。

社会に対して責任を果たすというのは、老齢者も子供も弱者もすべての人が平穏に暮らせるような、より良い社会になるように、自分にとってできるかぎりのことをして社会に貢献するという意味です。

それは社会に対して何か特別に大きな貢献をするとかいうのではなく、年老いた親に対して精神的にも物質的にも自分ができる範囲内での支援をするとか・・・近隣の人々と仲良く暮らして、人々の心が調和している住環境にするとか・・・善意の人々が集まってボランティア活動で、苦境にある人々に救いの手を差し伸べるとか・・・

などの些細なことであり、人間として当たり前のことをして、人々が仲良く暮らせる社会を作り、そしてそのような住みよい社会を維持していく努力をするだけのことです。それが、人は社会の中で支えあって生きているという意味であろうと私は思います。

社会や人のために、善い行動をすることは、必ず試練が待ち構えています。その試練は、大きな喜びにいたる通過点・・・他人にどう思われるかではなく、自分はどう思うかを大切にすることです。

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2016年11月22日 (火)

いい夫婦(11月22日)

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お互いに 頼りにしてます 老夫婦

きょう11月22日は語呂合わせで「いい夫婦の日」・・・最近はこの日に婚姻届を出すカップルも多いと聞ききます。

明日(勤労感謝の日)は酉の市(二の鳥)です。天気予報では関東地方は、グッと冷えて寒くなると言う。

 何回か八王子の「酉の市」に行ったことがあります。縁起物の「熊手」は、私は買ったことはありませんが、「熊手」を売る露天が立ち並び、熊手を買うと、お店の人たちが、景気よく、しゃんしゃんと手拍子をします。寒さも吹っ飛ぶ活気です。

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自己中心主義と傲慢性

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最近、自分さえ良ければの自己中心・・・の考え?の人が多くなったような気がします。そして傲慢な人も・・・日本の昔から培われて、近隣同士の助け合いの精神が薄れてきていると思います。

人は人間関係の善し悪しで幸せにもなり、不幸にもなる」(宮古毎日新聞より参照)

自己中心的な人は他人の考えを無視し、他人の自己を犠牲にしてでも自分の利益を優先する。他人は単なる自己の利益の手段にしかすぎないと考えるのです。

単なる手段として利用された者は、不平と不満と怒りを抱くようになる。また、自己中心的な人は、他人の話や注意に耳を傾けようとはしないのです。そうなると、お互いの協調性がなくなり、連帯の心がなくなり、自分勝手な人で社会は乱れてしまいます。

そして、傲慢性…人間関係を崩壊させるものとして挙げることのできるのは、人間の傲慢性です。傲慢性は人間の自己中心性と並んで人間関係を損なう根本的原因だと考えます。

傲慢性とは、おごりたかぶって礼に欠けること、たかぶって人を侮ることです。別の言葉で表現すれば、傲慢性とは、自分を全知万能者に祭り上げ、他人を見下す人間の姿だといえるのです。

このような性質を持っている人は、人とは協調できません。人間関係を豊かにするのは、傲慢性ではなくて謙遜さなのです。傲慢性はその人を失敗に導き入れると同時に、社会をも不幸にします。

自己中心と傲慢性は、多くの人が潜在的には持っているものです。人間は本来そういう欠点を持った存在なのです。私たち人間は、学習や社会生活の訓練によって、人間の本来持っている自己中心と傲慢性を抑制する能力を身につける・・・大切なことです。

人間関係を崩壊することなく、他人の能力と各人の自尊心を尊重して、楽しい幸せな社会生活を築く努力は、私たちに課せられた課題であると思います。

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2016年11月21日 (月)

防災訓練で思う

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私たちの町会、八王子市片倉町一丁目町会で、消防署の職員を協力を得まして、私たちの町を流れえる湯殿川近くの路上で、昨日(11月20日)スタンドパイプを使っての放水の実技を行いました

路上にある消火栓の蓋を開方、スタンドパイプ取り付け、ホースと接続、解栓の、放水の仕方などの実技を行いました。(スタンドパイプの保管場所は、片倉時田ホール倉庫に保管されています)私もホースを持って、湯殿川に向けて、放水を体験しました。

放水の体験をして思うこと・・・

日ごろ防災意識の高揚の大切さと、いつ起きるか分らない大きな震災などの、心の備えと、隣近所の助け合い精神の大事さ、など喚起することで、意義ある訓練であったと思います。

「自助・共助・公助」

八王子市・町会・家族・個人が、それぞれのパートで積極的に取り組むものですが、今回の町会主催の訓練は、その内の「共助」にあたるものです。

現実に、火災が発生し、スタンドパイプを使い、消火活動するには、一人では出来ません。最低3人出なければ出来ないです。

町会主催の防災訓練は、スタンドパイプの使い方だけではありません。消火器の使い方、バケツなどの使い方、そして、AED、タンカの使い方なども大事な訓練であると思います。

これからも、「災害は忘れた頃にやってくる」という諺があります、日ごろの備えと、心の喚起することは大事なことと思います。これからも、もっと、多くの町民の人に、参加していただきたいと思いました。

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まちづくりを考える

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まちづくりって何だろう・・・改めて考えて見たいと思います。

私は、町(地域社会)で暮す人々が、安全で安心で暮せ、持続的発展していくことだと思っています。グローバル化社会・価値観の多様化と変化の多い時代です。その時代ニーズを取り組み活動することが、大事であると思います。

私たちも町も大きく変ってきています。少子高齢化・独り暮らし・核家族化・マンション・アパートなどの集合住宅などで人々の、地域社会に対する価値観の違いから、共生社会に対する考え方違ってきています。

Hiro Sasaki氏の「まちづくりを考える」・・・より

まちづくりとは、まちに関わる全てのひとびとによる多角的・協調的・継続的な活動を通した豊かな暮らしの創造です。

それは、それぞれの場で展開される議論も都市空間・景観問題、環境問題、交通問題、コミュニティ問題、まちなみの保存・再生問題、エネルギー問題、中心市街地空洞化の問題、経済・財政問題、都市計画制度・法律問題、高齢化・福祉問題等々実に多様です。

これらのまちづくりに関する問題は相互に密接に関係し、まちづくりに関わる様々な立場のひとびとが多角的かつ専門的に取り組んでいかなければ解決することのできない非常に厄介な問題ばかりです。

ところが現在日本では、自治体による補助金獲得偏重の画一的なインフラ整備と民間事業者による事業性偏重の箱ものづくりが多くの地域において行われています。

多くのケースで多角的視野と専門的知識の欠如が見られ、暮らしそのものの本質を見据えた“まちづくり”は残念ながらあまり行われていません。

住民への情報の開示、参加機会の提供も十分ではなく、まちに関わる全ての人々の参加・議論を通した空間づくりの機会は極めて限られています。

住民の問題意識・当事者意識は希薄で、まちの担い手としてのコミュニティによる継続的まちづくり活動も十分ではありません。残念ながら日本においては未だ住民・自治体・企業・専門家が一体となってまちづくりを推進して行くシステムが確立されていないように思われます。

このようなまちづくりは過度の車社会の進行や交通渋滞、地域文化や歴史の消滅、まちなみ景観や環境の破壊、中心市街地の空洞化、コミュニティの崩壊など様々な問題を生み出しています。

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2016年11月20日 (日)

老人の笑顔

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老人の笑顔

皺だらけの顔が笑顔になった
笑顔になると、皺が増える
喜怒哀楽を噛み締めてきた
風雪を何度も耐えて来た
老人の笑顔に屈託がない

あのしたたかな強さを知る時
ふとその老人の若き日を
その涼しげな笑顔から思い浮かべる
大木だって何時か朽ち果てる
若き者もやがては朽ち果てる

時の流れの残酷は誰も止められない
川の水の流れのように容赦なく襲いかかる
その鋭く穏やかな眼光は
その歴史の一端を語るかのように
淡々として明るく輝いている

 サミュエル・ウルマン
青春とは人生のある時期を言うのではなく、心の様相を言うのだ。逞しき意志、優れた想造力、燃ゆる情熱。おびえを退ける勇気、安易を振り捨てる冒険心、こういう様相を青春というのだ。年を重ねただけで人は老いない。理想を失うときに初めて老いが来る。歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失うときに精神はしぼむ。

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2016年11月19日 (土)

美しいまちと伝統文化を後世に繋げよう

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20年後、あなたはどんな大人になっているでしょう。街も地域も変わっているでしょうか?きっと住みやすい、住んでいて楽しいところになっていることでしょう。

私たちが生活している美しいまち八王子市には、長い歴史の中で培われ人々に受け継がれてきた伝統や文化、産業など地域の絆を深める要素が多岐にわたり存在します。

しかし、その永続的な発展の為には「自分たちが、より良くしていこう」という意識を高めていかなければなりません。まだまだ、やる事は沢山あります。

そういった意識を醸成し、地域の活性化につなげていく余地はまだまだあり、伝統や文化、そして団体をつなぐことによって新たな絆が生まれると考えます。

八王子市にに住む人が、地域の伝統や文化、人と人つなぐことの意識を強く持って、「自然・伝統文化を守る」…意を強く持ち、“美しいまち”にしなければならないと考えます。

市民が描く理想に向かって地域全体が動き出せば、市民や地域に活気が溢れ、私たちの理想である「明るい豊かなまち」に近づくのです。

市民や未来を担う子どもたちのためにも、私たちはこのまちの未来に対する夢を描き、その夢の実現に向かって積極的に取り組んでいきましょう。

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平凡に生きることは非凡

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私は、平凡でいることが、実は一番難しいということじゃないかと思います。自分では平凡だと思っていても、人の価値観は様々なので、他の人から見ると非凡に見える?

だから、本当は平凡であるということの方が難しい。平凡でいられることは非凡な才能である、という意味ではないかと思います。

「平凡なことを、毎日平凡な気持ちで実行することが非凡である」何をするかより、できることを続けるのも大きな挑戦なのかもしれません。

大切にしたいものは何んだろう?

やりたいことが分からないときは、自分が大切にしていることを考えることです。大切にしたいことが分かると、今、自分に必要なことが見えてきます。

例えば、家族と過ごす時間を大切にしたいと感じたら、時間に余裕を持つにはどういう生活が必要かと考えることになります。

そこから、やるべきことが自然と見えてきます。自分が本当にやりたいことを模索するときに、深く考えてしまいます。まずは行動してみることです。

自分の頭のなかで考えを組み立てる時間は大切ですが、まずは一歩踏み出すことで新たに見えるものがあるかもしれません。

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2016年11月18日 (金)

老人の不安

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異常な社会現象

超高齢化社会の問題は、深刻な問題で、老老介護・独居老人が増えて来ています。私の住む地域を見回しても、息子夫婦や、娘夫婦と一緒(二世帯家族)に、住んでいる老人は極めて少ないです。所帯が別々となり孤立化しているのです。それでも、孫が出来て目出度いことです。

個人の自由の考えのアメリカ影響

昔のように二世帯家族は、親と子供たち結婚しても価値観が違って一緒に住むことは無理なのです。それ以上に将来を悩ますのが、50歳を過ぎても、結婚しない、出来ない?息子・娘が年老いた親と一家で生活している…という家庭が多いことです。

現状の状況から将来、孤立化した老人が増えます。それは、実際は恐ろしいことです。昔は、代々職業が農民でも職人でも受け継がれてきたから老人の知恵が必要とされたから老人の価値は認められていたのです。

福祉政策の充実

急激な時代に合わない、今までの生活スタイルで、その変化に馴染めない、お年よりが多いと言うことです。子供たちは、離れて別所帯で暮らし、老夫婦のみで、健康に不安が心配になって来ます。

生活のサポートも、いずれは受けなければならないでしょう。それは息子・娘が、一番だとしても離れて暮していては、急な変化に対応できません。「遠い親戚より近くの他人」と言う諺があります。日ごろのご近所のコミュニケーションが大事なこととなってきます。

老い支度

年を取り、気力だけでは、どうにもなりません。年相応の考えと「老い支度」が大事と思います。何事も早めの対策が大事となると考えます。いずれにしても不安は年とともに増してくると言うことです。

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2016年11月17日 (木)

慎みの心を持った生活を・・・

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自分が、何不自由なく暮していける毎日を…なんであれ、有難いことと謙虚に感謝することです。一日を終え眠りにつけることは、多くの人に助けられて生きていられるのです。

美味しい物を食べても、口が驕ってしまっていたら、美味しいとは感じません。また、どんなに幸せなっても、甘えがあると、みんな当たり前としか感じません。

驕りや甘えほど恐ろしいものはありません。しかし、自分に驕りや甘えが出ても、気づくことは大変難しいことです。

いつも「慎みの心」をもつように心がけていると、何事も「もったいない」「あり難い」とすぐ思えるようになると思います。今、地球上の8億人の人が、餓えに苦しんでいると言われています

そのことを思えば、自分はなんと勿体ないことだとか、なんと有り難いことだと、涙が出るほど喜んでもいいはずです。

幸せになっても決して麻痺しないように、ますます敏感になって思い切り喜んでいると、そういう人のところに幸せの風は吹いてくるのです。

飢えに苦しむ人がいる一方で、国連食糧農業機関(FAO)によれば、世界では年間13億トンもの食品が食べられることなく捨てられているという。

これは全世界で生産されている食品の約3分の1に相当する。飢えた人の倍以上の人々に食事を提供できるほどの量です。

そのことは、ゴミのポイ捨てしても、いけない事と、感じない人がいます。努力もしないで、その上もっと、自分に都合がいいような、生活環境を望んでいる人がいますが、反省すべきです。

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日向ぼこのお婆さん

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お婆さん ぬくぬく笑顔 日向ぼこ

このところ朝晩は冷えてきました。

独り暮らしのお婆さん、誰かと話たくて、日当たりの良い格好の場所で、日向ぼこしています。そこは多くの人が利用する、湯殿川の沿いの散歩道…

話を聞くと、笑顔で・・・家にいてもテレビを見ているだけで、電気代も掛かるし、何もすることがないので、歩けるうちは、外に出て人と話すことが楽しみのようです。

私は、いつも声をかけています。こんなことで、こうなんだと話すのが生きがいのようです。

皺顔の笑顔で、最近、デイケアーに週2回行っているの…お風呂も入れてもらえるし…と嬉しそうに話していました。

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ゴミは人目の付く所に捨てて・・・

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私は、私たちの町が、いつもきれいで、気持ちよく生活できる“まち”にしたい一身で、ゴミ拾い(ボランティア)毎日行っています。

ゴミ拾いをして、絶対止めて欲しいことがあります。

毎日、缶コーヒーをコンビニで買い、飲みながら最寄の駅まで行くサラリーマン?が必ず同じ箇所(植え込みの中に捨てていくのです。・・・見つけたら注意したいのです。

ゴミを捨てる人は、少しは後ろめたい気持ちがあるのでしょう。植え込みの中、ヘンスの奥の方、U字溝・グレーチングの狭く奥が深い溝など、自分の行為を隠す? あまりひと目につきにくいところに捨てるのです。

ゴミは人目につき安所に捨てて下さい。

そんなことで出来る筈はないと思いますが…どうせポイ捨てするなら、タバコの吸い殻は、道路の真ん中・歩道などに、堂々と捨てて欲しいものです。

犬の糞が入ったレジ袋など植え込みの中に捨ててあり、拾うには大変です。川のフェンスの則面のゴミは、フェンスの鍵を開けて拾うことで一層大変です。 

川面に捨てられたら、諦めます。残念ですが、小さなゴミは流れて今しまいます。自転車、粗大ゴミなど、行政管理担当者に連絡します。

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2016年11月16日 (水)

落ち葉の舞い散る季節

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枯れ葉落ち 展望がきく 山の尾根

落ち葉の舞い散る季節になりました。

むかし、絹の道(八王子~横浜)…横浜街道…現在は国道16号…御殿峠が(多摩丘陵)、一番高いところで、標高183mです。そこから100m東に堂了堂がありました。(今国道16号のバイパス)

16号のバイパス架かる橋から、雑木林の枯葉が落ちて、北の方面に片倉の町、みなみ野シティの町並みが良く見えます。

子供の頃の思い出に、絹の道の堂了堂辺りまで、子供同士で、枯れ木(燃料)を取りに行き、一人やっと通れる笹の生い茂る山道で、昼間でも怖かった覚えがあります。

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2016年11月15日 (火)

歩きタバコに怒りを覚える

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私は「歩きたばこ」に日々怒りを感じている一人です。

毎朝、ゴミ拾いをしながら散歩している老人です。最近の異常気象や生物の消滅・自然破壊など大きな問題になり、地球危機が世界的に叫ばれています。

しかし、人々のよりよい暮らしを追い求めること、少しでも他人より良い生活をしたい…欲望のため競争心ばかり労力を使って、他人のこと、自然のこと、地球環境のことを心にとめる人が少なくなってしまっているのが残念です。

私は、遠い昔から続いて来た自然を大切に、将来に繋げる義務があると思うのです。一旦失われた自然を取り戻すことは、大変な時間と労力が必要です。

八王子市は【歩きタバコは禁止」です。

歩いて通勤先に向かうサラリーマンの方等とすれ違うとき、手元にたばこを持っていないか確認してからすれ違う癖がついてしまいました。

吸い殻を路上に捨てて行くのは「ごく自然」普通の出勤風景?となっているのです。捨てる場所は信号機のある横断歩道・歩道の脇の植え込みです。

八王子市は環境行政が比較的進んでいると、住民としても誇りに思っていますが、喫煙者が煙草を吸うこと自体は否定しません

勤め先では重要のポストにおいて精をだしておられる方だと見受けられる人が、平気でポイ捨てする光景を見ますと、人間の品格が疑いたくなります。

いけないことに、小学生が大人の行動を見ていることです。将来の日本を背負う子供たちに配慮してもらいたいと考えています。

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不法投棄は犯罪です

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私たちまちの、コミュニティの場「片倉時田まちのひろば」があります。老人会の皆さんのゲートボール・グランドゴルフや、町内の盆踊り大会・防災訓練などを行います。

近くには、スーパー・日帰り温泉があり、人通りが多くなりました。人通りが多くなれば、必然的?ゴミなどで汚れます。注意看板を取り付けていますが、タバコの吸い殻・ゴミのポイ捨てで困っています。

うしてそんな大きなゴミを捨てるの?

一昨日のことですが、スーパーの駐車場から、投げ捨てられた、紙に包まれた大きく・重い(約20キロ)物が捨てられていました。丁度スーパーの従業員がいたので片づけをお願いしました。他に空き缶、お酒の瓶タバコの空き箱が捨てられていました。

不法投棄です。

規範意識の低さ…不法投棄は犯罪です。絶対にしないで欲しいものです。

地球温暖化は、深刻な状態になっています。環境保全は、他人事ではありません。地球温暖化は深刻です。  一人ひとりが環境に関心を持って欲しいと思います。

今日のニュース…地球温暖化…国連が警鐘

国連(UN)の世界気象機関(WMO)は14日、2016年が観測史上最も暑い年になる「可能性が非常に高い」と発表した。その上で、地球温暖化に歯止めをかけなければ破滅的な未来が待ち受けていると警鐘を鳴らした。

今回の発表によると、今年の平均気温は産業革命前に比べ約1.2度高くなる見通し。観測史上最も暑かった17の年のうち、今世紀に入ってからの16年間は例外なくその中に含まれているという。

この記録更新は、気候変動による最悪のシナリオを回避するために国連加盟諸国が目指している、平均気温の上昇を産業革命前と比較して2度以内、可能ならば1.5度以内に抑えるという目標値の半分を既に超えてしまったことを意味する。

WMOのペッテリ・ターラス(Petteri Taalas)事務局長は声明で、「1年ごとに記録更新だ。2015年の記録は、2016年に再び追い抜かれるとみられる」と警告した。

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2016年11月14日 (月)

一番星みーつけた!

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一番星 きれいに見える 頃となり

一番星というと金星ですが、子供の頃、日がつまり(日照時間が短くなり)遊び夢中になり、一番星が見える頃まで遊んでしまい、急いで家路に走った覚えがあります。

星がきれいに見える次期は冬の寒い時期です。

その理由は、秋から冬にかけて、日本上空をジェット気流・北西の季節風が通過しているので上空の塵や埃が吹き飛ばされて夏に比べて空気が澄んでいます。

そして気温が低いと湿度が低い事でも空気が澄みます。特に太平洋側では晴れ渡る日が多く、上空の風が強く、上空が綺麗になるので星を見る条件としては良くなるわけです。

逆に言うと、星がきれいなほど「寒い」という事です。

ただ都会から離れた、空気がきれいで明かりの少ない場所であれば夏も冬も夜空がよく見えます。

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2016年11月13日 (日)

生きている証は歩き続けること

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最近、年を取ったと感じることが多くなった。

我が人生の到着駅が直ぐそこに見えてきたように感じる。

それでも、毎日毎日歩き続けなければいけない。

生きている証だと思っているからだ。

今まで、ひたすら自分の足だけで歩き続けてて来た。

膨大な距離を積み重ねてきた。

いま、 歩く という動作にしても一歩一歩を意識しなければならない。

機敏な動作などしようにも できない。駆け足なんてとてもできない。

それでも、歩くことだ。

今日一日を懸命に生きることだ。

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2016年11月12日 (土)

今日は一転小春日に・・・

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小春日や 柿の実一つ 風にゆれ

昨日は朝から冷たい雨が一日降って12月の中旬の寒さだった。

今日は一転…小春日和の陽気となり、ガラス越しの縁側では汗をかくほどです。

近所の家の柿は今年は、当たり年?いっぱい実がなりました。

先日、おすそ分けいただきました。美味しかったです。

 

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より良い「地域社会」をみんなで創ろう

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「人間は社会的動物である」…アリストテレス

社会を創り、その中で生きる動物であるということ…この時、社会とは複数の人間によってつくられる集団であり、その人たちによってつくりだされる規範のことをいいます。つまり、人間は自然と社会を形成して生活していく動物です。

より良い「地域社会」をみんなでつくろう

社会構造や環境の変化、住民の地域社会への帰属意識の希薄化などにより、地域住民同士の交流の機会が減少しています。

たとえば、地域における不審者のチェック、子どもたちに対する非行防止やしつけ等といった、地域社会がかつて担っていた役割が薄れてきています。

ここでもう一度、地域社会の持っている役割と良いところを見直し、住民それぞれができることを持ち寄り、またそれぞれが関われる、安全な地域社会をみんなで再生して行かねばならないと思います。

そして、あなたが、地域のために何かあるはずです。是非その力を発揮して頂き、そしてみんなで、考え・行動を起こし、より良い地域社会を創っていきたい考えています。

あなたの…「地域社会との関わり」の現状をみてみましょう。

① 近所の人たちと挨拶を交わしていますか?

② 近所の人と話す機会がありますか?

③ 地域の課題や問題となっていることを知っていますか?

④ 自分の住んでいる地域に疎くなっていませんか?

 近所の病院や公園・公共施設などについてよく知っていますか?

⑥ 地域の催し物に参加したことがありますか?

⑦ 地域の社会活動に参加していますか?

 新聞の地方欄や地域(自治体)の広報誌に目を通していますか?

⑨ 生涯つきあえる友人が何人いますか?

 学生時代の友人とは今でも交流がありますか?

⑪ 近所に友人がいますか?

⑫ 今後、新しい友人をつくろうと考えていますか?

 友人にとって自分はどんな役割を持っていますか?

⑭ また友人は、自分にとってどのような役割を持っていますか?

さてあなたは、いくつ当てはまるでしょうか?…

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11月に入り寒さ一段と

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雨となり 霜月の朝 寒さ増す

一雨ごとに寒さが…

11月に入り、朝晩グッと冷えてきました。

落ち葉が深くなり…

昨日は、朝から冷たい雨

昨日が一の酉でした。

15日は七五三です。

恒例の八王子銀杏祭りは、

11月19日(土)~11月20日(日)です。

落ち葉が深くなったようです。

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2016年11月11日 (金)

これからのまちづくりを考える

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地域社会の理念

地域は、隣人たちとの社会的な関係の中で、それぞれの住民が自分らしい生き方を実現していく場であり、歳をとっても、障害があっても、住み慣れた地域で自分らしい生き方を全うできることが、その人の尊厳を支えることです。

地域社会の変化

少子高齢化・晩婚化・未婚・などの家族の形態が変容、地域の連帯感が希薄化し、さらに価値観やライフスタイルの多様化などで、これまでのような地域の活力を期待することも難しくなっています。

私たちの地域社会でも、老夫婦のみ、独り暮らし、空き家が増えて、その存在が深刻となって来ています。また人々の移動性や流動性が高まり、個人主義的傾向も強まる中で、「ご近所」の人間関係が形成されず、地域の求心力の低下を招いています。

安心・安全の暮らしのまちづくり

上述の現代的事情を背景に、国や社会のことに目を向けるよりも個人生活の充実など個人個人の利益を大切にする傾向にあります。そのため、互助・共助の意識も希薄なことから、地域社会の停滞につながる一因となっています。

長い伝統をもって地域の自治を担ってきた町内会・自治会は、今後いっそう進む少子高齢化の、多様で深刻な状況や課題に応じた組織と活動の見直しを迫られています。

孤独死の防止や認知症住民の徘徊(はいかい)・生活の見守り、子どもの安全、空き地・空き家の管理など、新たな課題が生まれてきており、こうした課題に、会の運営と活動の新たな展開を図ることが求められていると思います。

退職住民の活躍の場づくりの支援(住民と自治2016年1月号より)

地域には多様な世代の住民が生活しています。かれらが地域で隣人同士、十分な交流機会をもてないでいることが、その能力を発揮できないでいる大きな原因となっています。

その背景には、組織が住民に十分開いていないことがあるように思われます。この隘路(あい ろ)の打開のために、先ず強化が求められているのが情報発信力の向上です。

町内会・自治会の未加入者が、加入しない理由としてあげる主な理由は、「多忙」と並んで「地域のことがわからない」ということです。情報発信の重要性に見合った人材の確保と広報体制づくりがぜひとも必要ですが、各種の職業で情報発信の経験を積んだ退職者が地域にもどってきています。この人たちの組織化が重要なポイントです。

さらに最近、子ども会が、子ども数の減少で世話をする親も減って負担増となり、それが支障となって子ども会を解散する事例が多いことに胸が痛みますが、子ども会の行事を老人会と一緒にしたり、必要に応じていろいろなお手伝いをしてくれる「お助け隊」を組織したりする例も聞かれます。

地域では、多様な役割を住民みんなで協力して担い合うことができます。お互いの負担を均(なら)して、無理なく役割を果たしあえる関係をつくることが重要です。

そこでは、コンピュータ操作等の得意技で高次の役割を担う人もあれば、住民の誰もができることはみんなで少しずつ担当するということもあるでしょう。いずれにせよ、“つながり”とは「役割を担い合うこと」であり、それが地域で生きる活力を生みだすことにもなります。

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環境美化は協働で…

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私たちのまちに、多くの人が利用する駅・京王片倉(八王子市片倉町34-9)があります。近くの国道16号近くの植え込みに、ゴミのポイ捨てが、後を絶たないで困っています。

毎日拾っていますが、一向に減りません。管理管轄の国土交通省へ「ゴミ捨て禁止」の注意看板を設置要請したところ、快諾を得ました。

何かを頼むときには、こちらは何もしないで、ただお願いします…では、役所と言えども人間です、私たちも、努力するから、サポートをお願いします…と言うことで真剣に取り組んでもらえると言うことです。

拾ったゴミを処理ですが、八王子市役所の出先機関に、由井事務所があり、事情を話し、事務所の敷地内にゴミの持ち込みを、市のゴミ減量対策課と協議し受け入れることになりました。

私は、町の美化は、まちづくりの基本であると考えています。公園・広場が作られても、その施設にゴミが散乱していたり、生活道路にゴミのポイ捨て…られていたら、同じ町内に住む一人として責任を感じます。

言わずともですが、私たちは「安全で安心に暮せるまち」が願いです。それには、同じ町内に住む人の一人ひとりの心がけです。今の世の中自分さえ良ければ…の「自己中心主義」の人が多くなったと言われていますが、ゴミのポイ捨てが減らない理由だと思います。

八王子市は全市内、「歩行禁煙」です。そして、「ゴミのポイ捨てはしない」…町内の美化にご理解とご協力をお願いします。

規範意識の高揚

広場や公園には、子供たちが遊びます。遊びは、おやつのパンやお菓子・ペットボトルや缶のジュースなどを持って来て遊びます。

「ゴミは持ち帰り」です。親御さんに、ゴミの持ち帰りを徹底するようにして、いただきたいと思います。ゴミは公園に放置してしまっても、平気でいる親や子では、公園や広場はゴミの山になります。

ゴミの持ち帰りは親御さんが、良く教え(しつけ)て欲しいものです。そのまま大人になっていくとは「規範意識」が低い人間になってしまうと思うのです。そして地域の人の注意と指導が大事です。

子供の規範意識を高めるには、家庭・学校・地域と言われています。健康で明るい地域社会を地域の人たちで作りあげたいものです。

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2016年11月10日 (木)

善と悪の心

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人の心には、「善と悪」が潜んでいます。

アメリカの心理学者「フィリップ・ジンバルド」教授は…『人の心には「善と悪」という対極した2つの面が、「陰と陽」の関係のように刻み込まれている。善良な人が悪人に変貌することはとても簡単で、また悪人が善良な人に変貌することも可能である。

人間は、その素質に関わりなく、おかれている状況や、環境、集団心理によって簡単に善人から悪人へと変貌するこのメカニズムに「ルシファー効果」という言葉を名づけた。ルシファーとは、天国から追い落とされて、やがてサタンと結託して神に反逆を企てる堕天使の名前である。』

人間の中には「悪と善」両方の側面があり、純度100%の善人も純度100%の悪人もいないわけで、それ故に自分も状況によっては「悪」に転落する危険性もあるということがわかっていれば、何か問題が生じてしまうことはあったとしても、軌道修正することは可能なんじゃないかと思います。

ある、悪徳行為が匿名性(誰だか分からない)…人が見ていないから…という心理が働くことは人間であればあります。その反対に、なかなか表にでないに美徳行為があります。

思いの行為

宮沢章二さんの詩に、『「心」はだれにも見えないけど「心遣い」は見える…「思い」は見えなけれど「思い遣り」は誰にでも見える。』があります。

あなたの <心 >はどんな形ですか と、人に聞かれても答えようがありません。自分にも他人の<心>は見えない けれど ほんとうに見えないのでしょうか…

確かに <心>はだれにも見えませんが…だれにも見えない けれど <心遣い > は見えるのです。そして、人に対する積極的な行為だから同じように胸の 中<思い >は見えない けれど <思い遣り >はだれにでも見えるのです。

それも 人に対する積極的な行為だから、あたたかい心が あたたかい行為になり 、やさしい思いが やさしい行為になるとき<心>も<思い >も 初めて美しく生きる… 初めて美しく生きることなのです。

世の中を明るくするには、一人ひとりが、思いやりの気持を、積極的行動して表し、その姿を見せることが大切なことだと思います。

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2016年11月 9日 (水)

年をとるということ

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年をとるって、こんなことなのか?初めての経験…今まで出来ていたことが、出来なくなったしまう。仕方がないことだと思いますが、何か寂しい気分になります。

誰でも若い健康な肉体のままでいたいと思うことです。

ほとんどの人間が年齢とともに身体にガタが来るし、物覚えも悪くなり、皮膚もシワやシミが目立ち始め、加齢臭や老人臭が漂い始め、体力的な衰えにより動きが鈍くなり、脳の回転も鈍くなるので機転が利かなくなります。

人間だれでも年を取ります。毎年一歳年齢が増えます。いわゆる加齢です。ところが加齢現象は毎年一歳年を取ることでは誰でもみな平等なのですが、加齢に伴う老化現象は年齢が増すごとにその差がはっきりしてくるものであることを誰もが同窓会などで体験します。

すなわち加齢と老化は異なるものであるということです。年を重ねると加齢は避けられませんが、老化は努力によっては避けることができるものになります。

では老化とはどのようなものでしょうか?

一説によれば、老化は「治療できる病気」と定義することもができます。

これには2つ意味があります。治療できるものであること、病気であることです。加齢はしてもいつまでも元気でいる人がいる一方で、老化の結果、動脈硬化や脳梗塞などを発症させる人もいます。老化はもはや病気として治療しなければいけないものという概念があるのです。

興味深い研究があります。見た目に老けている方の寿命はそうでない人より短いというものです。老けていると寿命が長くない!?見た目の老化はたんに、“見た目”だけで終わっているものではなく、実は寿命にも影響している可能性があるのです。

加齢とともに、全身で肉体の衰えは起こりますが、忘れてはいけないのは、実は、心にも老化現象はおこるという事です。

精神的老化です。やる気がわかない。などの気力の低下。精神不安定。気持ちが沈む。食欲がわかない、眠れないなどの症状として現れます。このような気持ちの老化は、肉体のように何歳からと言うものがなく、若い人でも、おこりうる現象です。

年相応は素晴らしいことです。

若い年代は、若さやういういしさ、肉体的な美しさが主ですが、年齢が高まるにつれて、その人自身の教養や人間的な美しさが生まれてくるものなのです。そして、気品(どことなく凜として上品な感じ)を持つことです。

せっかく年齢を重ねた風格の美しさがあるのに、肉体的年齢を若づくりにして補うかたがよくありますが、こういう人は、積み上げてきた自分の風格をご自分で低く見せているのだと思います。そのようなかたを拝見するたびにわたしは残念でなりません。

若くありたいという気持ち、いつも若い新鮮な気持ちを持つことは、素晴らしいことですが、若く見えるように装う、若づくりにするというのは、かえって虚飾の無理が出てたいていのかたには不自然に見えると思います。若く見せるのは装う外見ではなく、中身と思うのです。

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人は何のために生きるのか

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人生の目標…?生きことの意味を考えてみると・・・

アインシュタイン…「他人のために尽くす人生こそ、価値ある人生だ」なのだと思う。他人の尽くすことで、究極の目標「幸せ」を得られると思うからです。

稲盛和夫氏の言葉に感銘しています。

私は、人は皆、幸せな人生をまっとう出来ると考えております。

「どんな境遇にあろうとも、愚痴や不平不満を漏らさず、常に生きていることに感謝すると同時に、周囲の人々に対して、また社会及び自然に対しても感謝するような、澄み切った美しい心を持つ。」

「また、いかなる困難に遭遇しようとも、明るく前向きに自らの運命をいい方向へ変えていこうと必死の努力をする。そのように努めるならば、誰もが幸せな人生を歩むことが出来ると、私は信じております。」

生きていることに感謝する。

人は、幸せを感じる心がなければ、感謝に至りません。普通は、不足を感じる事ばかりで、心の中は不満でいっぱいです。だからこそ 『 足るを知る 』 ことが大事なのです。足るを知れば、幸せを感じ、感謝することが出来るようになります。

善きことを思い、善きことを行えば、人生は好転する。

人生は 『 運命 』 という縦糸と 『 因果の法則 』 という横糸によって織りなされる。因果の法則によって 『 運命 』 を変えることが出来る。

『 因果の法則 』 善いことを思い、善いことをすれば運命は善き方向へ変わっていくし、悪いことをすれば、その運命は悪い結果へと変わっていく。そういう厳然たる因果の法則というものが我々の人生にはみな備わっているのです。

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2016年11月 8日 (火)

慌しい年末が近づく

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立冬に 富士の裾野に 枯れ葉舞う

昨日(11月7日)…24節気の立冬でした。

一昨日は山中湖の近くで一泊しました。宿泊施設の窓から、富士を望むと、頂上に雪が見えましたが、ほんの少しという感じでした。富士の裾野の山中湖の付近の国道138号線の道路には、白樺の枯れ葉が風で舞っていました…。

昨日は、朝はさすがに、寒さを感じる東京地方でしたが、日中は18℃位まで上昇したようでした。でも、北海道では寒かったことでしょう。

慌しい年末が近づいて来ました。

寒さが本格的になり、早くも年末商戦…東京のデパートでは、クリスマスツリーが飾られたとニュースがありました。

世界の動きで、アメリカの大統領の投票日が8日です。そしてイラクのモスル奪還作戦・など中近東の動きも目が離せません。また、お隣り韓国の朴槿恵大統領のスキャンダルも気になります。

2020年東京オリンピック・パラリンピックの問題・東京築地市場の豊洲移設の問題も難しいことで、小池都知事の采配が注目されます。そして、2020年以降の地球温暖化対策の新たな国際的枠組み=「パリ協定」が、4日に発効しました。

7日にはモロッコで第1回締約国会議が開かれ具体的なルール作りがスタートしましたが、正式なメンバーとして参加するには10月19日までに協定を批准しなければならず、結局、日本政府はオブザーバーでしか参加できないことになったのです。日本の存在感の低下は避けられないでしょう。大失態と言わざるを得ません。

また、読売新聞ニュースでは、国内有数のハクチョウの越冬地として知られる新潟県阿賀野市の瓢湖では、冷たい湖面を泳いだり、朝日を浴びて舞ったりしていた。

同市瓢湖管理事務所によると、10月5日に今年初めて飛来が確認された。今月4日には3648羽が確認され、朝早くに湖を飛び立ち、日中は餌を求めて田んぼなどに移動している。今月下旬のピーク時には6000羽ほどになる見込み。越冬して3月頃には北へと回帰する。

グローバル化した世界経済です。週明け7日のニューヨーク株式相場は、300ドル超えの急伸ということです。「静と動」、落ち着いて行動をすることが大切です。

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2016年11月 7日 (月)

川の流れのように…

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私の近くに湯殿川が流れています。

湯殿川の思い…

子供のころ、湯殿川で、魚を捕ったり、洗濯をしたり、田にに水を引いて米を作り、湯殿川に生かされて来たといっても過言ではないと思っています。

 人生80歳を前にして、思うこと…

川は、一滴の水滴から、それが集まり、小川となり、荒らしい渓谷を下り、様々な小さき川をまとめながら、やがては、大きな深き川となって行きます。川は多くの生き物を育みます。人も川で、文化・産業の発展した歴史があります。そして、湯殿川はいつまでも、美しく後世に繋げなければと思っています。

「人生は川の流れの如し」です。

今も湯殿川を眺めて、思うのですが、一滴の水が大きな塊となり、小川となって、大地を潤し、大河となって海に注いでいます。

水は一時も同じ状態でいません。流れる水は常に変化して様々な表情があるようにまさに、「人生川の流れの如し」です。

れはそのまま人生にも通じることです。水の流れには、瀬があり曲がりくねる淵があり一様な流ればかりではありません。長い人生もまた然りです。

人生、順風満帆ばかりなんてありえません。どんなに障害があり、喜怒哀楽。様々な出来事の連続の中にあっても、常に心は その一処にとどまらず、執着せず、川の無心にして淡々と、さわやかに生きる ことだと思います。

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2016年11月 6日 (日)

晩秋の山中湖

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晩秋の 暮色に紛れ 鴨の群れ

昨日は、山中湖のほとりの

パノラマイン山中湖(宿泊所)で一泊しました。

(町内会常任理事研修会)

山中湖の紅葉は、

まだちょっと早いようでしたが、

木によっては、落ち葉が風で舞い散っていました。

富士山の雪はまだ頂上付近に、

見えるだけでした。

二日間、天気は良く晴れて最高の日和でした。

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2016年11月 5日 (土)

晩秋の夕日

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草の道 人影伸びて 秋の暮れ

昨日は良く晴れて素晴らしいお天気でした。

遠く富士山の上を太陽が沈む様子を暫く見ていました。

この時期(晩秋)の夕日は、寂しくなるようなセンチメンタルな気分になります。

夕日を眺めていると、人生を振り返り、過去を思い出したりします。また明日ある事を信じて、より良く生きる…

どこかのお寺に書かれていた言葉を思い出す…

「人生はやり直すことは出来ぬが、見直すことは出来る」

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2016年11月 4日 (金)

幸せは心で感じるもの

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頭であれこれ考える幸せではなく、身体で感じる幸せ…日々のなかでそれをたくさん見つけることが、生きていくということかもしれません。幸せは、最終的には、心で感じるものでしょう。

せになるために大切なことは、まずなにより自分自身の内側にある「意識」です。意識が変わると、周りの世界が変わって見えてくるようになります。

幸せは「心で感じるもの」です。

どれだけ周りの人に「幸せだね」と言われても、自分が幸せだと感じなければ、いつまでも幸せを感じることができません。また、周りの人があなたのことを不幸だと言っても、あなたが幸せを感じていれば、幸せになれているということです。

自分の心に正直になることです。

自分の心が、幸せだと感じているかどうかが、大切なのです。本来、幸せは、他人に評価してもらうことができません。数字で表すこともできません。誰かに聞いて出る答えではないのです。

自分がどう感じているかが、一番基準となるのです。禅語 “吾唯足知”幸せはいつも自分の心の中にあり、幸せを感じる基準は、自分でコントロール出来るということです。

吾唯足知 (われ ただ たるを しる)

「満足することを知っている者は貧しくても幸せであり、満足することを知らない者はたとえ金持ちでも不幸である。」

「まだまだ足りない」ではなく「こんなに足りている」という発想の転換です。どんなに苦しくても、「生きているだけで幸せだ」…つまり、自分の心の中で幸せと感じることなのです。

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石蕗の花が咲く

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庭隅の つわぶきの花 甘き匂う

我が家の、粗末な小庭の片隅に、つわぶき(石蕗)の黄色い花を咲いています。クリーミーで甘い香りです。プルメリア(フランジパニ)のような匂い?(バニラっぽい香り、という人もいるようです。)この時期虫もいないが…

晩秋の時期に咲く、つわぶき(石蕗・艶蕗)の花は、キク科ツワブキ属に属する常緑多年草(冬でも葉が緑のままで、1年や2年で枯れることなく、生き残れる草)です。

石蕗の花は、黄色い花ですが、ひっそりとしたたたずまいで、我が家の庭の狭い場所で眺めるからなのでしょうか…匂いと、黄色い花が目を引きます。

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2016年11月 3日 (木)

体感治安について

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体感治安(たいかんちあん)とは、人々が感覚的・主観的に感じている治安の情勢をいう。(ウキぺディア)

私は、最近の嫌なニュースが多い(いつもの年ことかも知れません)が、少年犯罪や悪質な詐欺事件が多くなっているように思えます。

警察庁がはじめて、国民の「体感治安」の調査を行ったそうです。その結果は、大阪最下位、東京29位 警察信頼度に比例 警察庁初調査…毎日新聞(8月31日朝刊)

最も良いのは山形で、警察への信頼度が高い都道府県ほど、体感治安も良い傾向がみられたようです。ベスト3は山形、島根、秋田。ワースト3は大阪、千葉、愛知。「地域の警察を信頼度」は、ベスト3は福島、山梨、山形。ワースト3は神奈川、大阪、千葉だったという。

私たちの町では、週2回住民による「防犯パトロールを実施しています」防災を兼ねていて、拍子木を打ち鳴らして巡回しています。しかし、最近、住民の高齢化で、パトロールする人が少なくなっています。また、若い人の理解度が足りない?のではないかと思われます。

警察の存在と相互信頼…事件や自己の未然に防ぐ「予知」が大事です。

私たちは、「安全で安心」の暮らしが第一です。起きてからは、遅いのです。それには日ごろから、備え…が大切です。そして、自分でできる事を日ごろから心がけることです。

私は、警察(南大沢警察署)に防犯パトロール行うよう、お願いしています。そして警察発行の「守り隊通信」を地域の人に読んでもらうように頂いています。また、片倉地域安全センターで、月2回程度情報交換をしています。

そででも、小さなことなど…「不安」になりそうなことは、近くの信頼できる誰かに、相談すること…それで解消されない場合は、市や警察・(消防署)などに相談することです。

犯罪する人は、ひなを変え、手を変えてきます。私は絶対騙されない…という人ほど騙されるといわれています、おれおれ詐欺事件は、後を絶ちません。

ちょとの時間でも留守にするときは、ガスの消し忘れ、鍵をかけ忘れで、大きな被害に遭うと言われています。これから、年末にかけて、何かと慌しい日が多くなると思いますが、落ちついて行動が第一だと思います。

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生きがいについて

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いきがい【生きがい】

人生の意味や価値など、人の生を鼓舞し、その人の生を根拠づけるものを広く指す。(辞書)

(1)趣味や生きがいは人それぞれだが、 人生の目的は万人共通で唯一のものである。

(2)趣味や生きがいには、金輪際完成ということはないが、人生の目的には完成がある。

(3)人生の目的は、臨終に達成されても、人生の勝利者といえるものである。

趣味や生きがいは、百人百様、人それぞれであっていい。これに対し、人生の目的とは、万人共通唯一のものです。「なぜ、自殺してはならないか」の答えです。

生きる目的を明らかにし、生命の尊厳をハッキリさせてこそ、「命を粗末にしてはならない」という言葉に、説得力が生まれるのではないでしょうか。

目的がなければ 生きられない。

人は、目的なしに、生きていけるだろうか。

朝日新聞の「天声人語」に、次のような話が載っていました。

たしか、ロシアの作家ドストエフスキーの「死の家の記録」だったと思う。囚人に苦役を科し、土の山を別の場所に移し、またもとの山に戻すといった仕事を繰り返させたら、数日で首をくくって死ぬだろう、といっている。

これほど残酷な仕事はない。目的や意味があれば、たとえ苦しいことでも我慢する。だが、まったく無意味なことを自分で知っていて、しかも努力することはできない。それを強制されれば、ついに自分が自分自身に反抗するようになる。

瀬戸内海の岩国で魚をとる人たちのニュースを読んで、思わずこの話を連想した。岩国では汚染源の東洋紡の工場が、海でとった魚をすべて買い上げることにきめた。

明け方、漁船が帰ってくると、工場のトラックが待っている。魚種ごとに魚の目方をはかったあと、工場にはこび、タンクに汚染魚を捨てる。悪臭を放つ魚に、市場値の金が払われる。

はじめのうちは、取れば取るほど金になるので、精を出して出漁する人もいた。が、やがて漁師たちの疑いがふくらんでくる。毎日、海に出るのは、捨てるための魚を取るためではない。

金になりさえすればよいと、いつまでも割り切れるものではない。たとえささやかでも、自分の仕事に何らかの意味がなくては生きていけない。

「何のための人生か。漁民だっておいしい魚を食べてほしいのだ」「情けのうて涙が出ます」と口々に訴える声は胸をえぐる。(昭和48年6月16日。朝日文庫より)

私は、「幸せを感じるため」ということだと思います。

「幸せになるため」としないで「幸せを感じるため」としているのは、幸福感を大切に考えているからです。

人は幸せを感じた時に、「幸せだなぁ。生きててよかった。生きているかいがある。これからも(幸せを感じるために)生きていこう」と思うことができます。

幸福感は、生きる価値・生きがい・生きる目的につなげることができるのです。

私は、幸せとは、「他人を幸せにさせて…自分が本当に良かった」と感じることだと思っています。それを行動で示し、多くの人に、幸せ感(喜び)を与えることです。

誰の人生にも「死」という終わりがあります。終わりがあるから、それまでの過程が大事、今が大事と思えるのではないでしょうか・・・

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2016年11月 2日 (水)

寒川神社に参拝

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行く秋や 寒川神社は しぐれけり

今年も11月(霜月)です。

11月に入ると気温がぐっと下がり季節は冬へと移り変わります。早くも、年賀ハガキの予約・お歳暮の予約広告が、出始め…「もう1年も終わるんだなあー」としみじみと感じてしまいます。

世の中はなぜか、時を急かせる人が多くなりました。

そんな風潮の昨今ですが、昨日、ある団体で日帰りバスツアー(バス3台110名)に参加しました。その行程に「寒川神社の参拝」が組まれて、私も参拝をしてきました。

家を出るときから小雨が降っていましたが、寒川神社で参拝時も冷たい雨で、傘が必要でした。

熱海のホテルで昼食を済ませたころには雨が上がって、伊豆の山から、富士山が夕映えに見えました。頂上には、雪が輝いて見えました。

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2016年11月 1日 (火)

上善は水の如し

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「上善如水」…(上善は、水の如し) 老子の言葉で、その意味は、水は万物を助け育てながらも自己主張をせず、誰しも嫌う低きへ低きへと下ると言うことです。

老子は、現代でも語り継がれる様々な名言を残した人物として知られていますが、最も馴染みのある言葉が、この「上善如水」と言われています

この「上善如水」という言葉通り、老子は、“水”に「最上の善」というものを見出していました。

「最上の善とは、争いを避けて生きること」…「人と争わず、常に低いところに留まりなさい。まるで水のように」と、生き方の見本として“水”を挙げているわけです。

老子が考える理想の生き方とは…

① 「住まいはしっかりとした土地の上がよい。

② 物の考え方は奥深いのがよい。

③ 人との交わりでは情の深いのがよい。

④ 言葉は誠実であるのがよい。

いずれも、現代にも通ずるところがあります。(理想論ですが…)

「競争しない」という生き方…ススメ

ともすれば私たち現代人は、「競争から降りて生きる」=負けを認めることと捉えがちですが…老子によれば、水のように「争わず、低きところに留まる」生き方こそ、堅く強いものに打ち勝つことができる秘訣です。

弱さに徹した水の性質を変えさせるものはない、だからこそ、水に勝るものはないのだと言います。確かに、水は、その流れの力で少しずつ大きな物(土石)を動かすこともできるし、山を侵食することも、岩に穴を開けることもできます。

流れに触れても、手には何も残らない。それなのに、何にも勝る力を秘めている。やわらかでしなやかでありながら、実は何よりも強い!そんな“水”のような生き方ができれば、向かうところ敵なしかもしれません。

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