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2016年7月

2016年7月31日 (日)

盆踊りを終えて思う

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「町会のみんなの盆踊り」が終えて…

最近、少子高齢化で、「ふれあいの場」が少なくなっています。お隣でさえ、朝晩の挨拶すらすることがない?人たちが多くなっているようです。

私たち町では年間行事で「盆踊り」「敬老の集い」「どんど焼き」「みんな町の清掃デイ」「川の清掃デイ」などの行事を行っています。そして防犯パトロールを行っています。

私たちの町の盆踊りは、やぐら組み立て、飾りつけ・テント張り、二日間の実施、飾り撤収・テント撤収、やぐら解体と…町会のみんなと行うことにしています。今日、盆踊りのやぐら解体でしたが、参加者は例年と同じに40名の参加者がありました。

盆踊りを実施することで、子供からお年寄りまで、多くの参加を呼びかけていますが、最近町内のイベントに、関心がない人が、多くなったようで「町内のコミニュケーション」不足が心配です。

町会のイベントに参加

町内の人々が楽しく参加していただき、参加したことで、「得るもの?」ある筈です…同じ町内で、良いこと悪い事を話し合い、少しでも、楽しく、将来に希望が持てる、安心・安全な町にしていきましょう。

2016年7月30日 (土)

盛夏の候

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入道雲 背に向日葵の 花揺れる 

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太鼓の音 遠くに聞こえ 夏祭り  

盛夏の候です。

気象庁は28日、関東甲信地方が梅雨明けしたとみられると発表しました。平年より7日遅く、昨年より18日遅かったです。そして、今日(30日)は、「土用の丑の日」です。きのう近くのスーパーでは、大きく張り紙がありました。

一年中で最も暑い時季といわれる「夏土用」。酷暑をしのぎ災厄をさける習慣や食養生など、夏の土用を穏やかに過ごす昔からの知恵がいろいろとあるようです。

八王子市では、今日(30日)花火大会です。天気も大丈夫でしょう…多くの人が夕涼みを楽しめそうです。そして、8月5日(金)・6日(土)・7日(日)の3日間、開催されます。

2016年7月29日 (金)

自分のお墓を建てる

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私は、近くにある父母が眠る墓に、月2回お墓の掃除に行っています。今生きていられること・家族が健康でいられる感謝から、無理のない自然の気持ちからです。

私は、自分のお墓を建てることにいたしました。私たち、夫婦は生まれも育ちも近くです。そのことから、近くお寺を選びました。お寺の墓地の高台から今住んでいるところが良く見えます。

お墓を建てる意味…建墓をすることで得られもの…

自分に関わる全ての人達との絆を大切にし、自らの生命に感謝する時、心の拠り所としてのお墓は欠かせないものであると考えます。

墓石を立することは、自分の心に平穏になり、精神を浄化してくれます。それが生前の建墓であれば、自身のその後の時間を満ち足りたものになりす。

人には、それぞれその人が生きた人生の重みがあるはずです。今一人ひとり、が持っているはずの人生の重みが軽んじられているとは考えられないでしょうか…最も大切なものであるはずの供養の心が今の時代、忘れられているとは言えないでしょうか…

お墓は心の拠り所

お墓を建てた当人のみに限ったことではなく、家族にとっても同様の意味を持つと思うのです。そして、親子や兄弟姉妹、あるいは祖父母との絆を強めることは、新たな勇気と活力を得ることにつながります。

また、お墓は家族同士の結び付きを深めるためにも重要な役割を果たします。お墓を建てたらそれで終わりというわけではありません。親から子へ、子から孫へと、代々受け継がれていくものです。

春秋の彼岸やお盆、故人の命日などに墓参に集い、供養の心を捧げることは、故人(先祖)や家族との絆を深めることになります。故人を偲ぶことは自分の生命に感謝することにつながります。

墓前で手を合わせ故人と語り合うことで、大切な人と過ごした日々を振り返るとともに、明日に向けたエネルギーを得ることができるのです。それらのひとつひとつが、お墓を建てる意味であり、お墓を持つことで私たちが得られるものなのです。

お墓を大切に守るということは、家族や個人にとって心の寄りどころであるだけでなく、ご先祖さまに対する感謝の気持ちのあらわれなのです。

お墓は言うなれば、家族にとっての幸せのシンボルかもしれません。こうした「お墓」の本質的なことについて、親から子へ、子から孫へと代々伝えていくことは、とても大切なことだと思っています。

2016年7月28日 (木)

地域社会は気遣いが大切

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最近、自分さえ良ければの(自己中心)…の考え?人が多くなったような気がします。

人は、家族・社会で生きています。そしてより良い人生を求めて生きています。社会人は考え方・価値観はと違う人がいます。

共生社会です、多くの人が苦しんでいる社会で、一人だけ幸せ気分になることは出来ません。気遣いが大事なことだと思います。

「気遣い」とは、思いやり…心遣い…です。相手のためを思ってあれこれ気をつかうこと。相手の気持ちになってあれこれ考えることです。

幸せとは、一人だけでは感じることはできません。人と人との関わりのなかで、感じて育まれていくものです。幸せになるためには、秘訣があります。毎日の暮らしのなかでいつでも感じられる、そんな幸せを探してみることです。

 自分のまわりをすがすがしい世界にしたいと思えば、まず自分がすがすがしい心を持つことです。たとえば朝のあいさつ一つにしても、こちらから明るい声であいさつすれば、明るいあいさつが返ってくるのです。

2016年7月27日 (水)

人生は弛みが大切

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「人間万事塞翁が馬」

私は人生に迷い考えすぎて、軽いうつになったとき、亡くなった兄からこの言葉を聞かされて、救われた思い出があります。

「人生は良い時もあり、悪い時もある」ということです。

昭和30年初期のは就職難でした。片親では、一流企業には就職できませんでした。採用に当たっては、近所の評判などを調べたのです。しかし、採用されれば、年功序列・終身雇用・家族的職場でした。そのことがかえって、マイナス面もあり、企業風土に馴染めない人もいました。

私は、そんな会社生活を42年を送って退職し、もう20年になるのです。「禍福は糾える縄の如し」…

今振り返ると、禍福が交互にやってきた事を実感しています。人生には、「押す」と「引き際」この加減とタイミングをうまく捉えることが大事ということです。また、必ず人生に行き詰ったり、大事な判断が必要な時は、いつでも相談できる人を持つということがポイントだと思います。

張った糸の凧は切れる…「カテナリーの曲線」…柔軟な線状のもののたるみ(弛度)をあらわす曲線であり、送電線など日常の多くのものに見ることができます。正に人生は、弛み(余裕)を持つことが大事と心得えました。

2016年7月26日 (火)

困ったときはお互いさま

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「地域の共生社会」

昨日、近所のことで、未婚の息子と二人暮らしで、息子は勤めで日中は一人、80歳代の主婦が、転んで腰が痛く、近くの整形外科に診てもらっているが良くならない…という。

そのお宅の前の同世代の奥さんが、クチコミで、ちょっと遠い整形外科医院に車で連れて行くことにしたというこてでした。

それには、連れて行く方が、脳梗塞の後遺症が残るご主人を、看ていて欲しいと私が頼まれました。私は心よく返事し、看て上げたのです。

その時間は4時間…その結果、転んで腰が痛い要因が分り安心したという…これが近所の助け合いだと思います。近所の内科で医院の先生の指示で飲み薬をいただけるということでした。当の本人も安心…したことでしょう。

少子高齢化、核家族化、晩婚・未婚化と社会構造が大きな変化しています。終身雇用で年功序列…から実力競争社会になって…自由だが、格差もあり、収入も不安定?…との理由から未婚が多い一つの原因だと思います。

今、私たちの住む地域社会では、高齢化・一人暮らしのお宅が増えてるのが現実です。子どもや高齢者などさまざまな立場の住民が助け合う「地域共生社会」の認識が大事なことだと考えています。

住民が一人ひとりが(困っている人)に出来ることをしてあげる…声をかけるだけでもいいじゃないですか…きっと元気が出ると思いますよ。。。

2016年7月25日 (月)

盆踊りの太鼓と風鈴

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盆踊り 遠くに聞いて 風鈴鳴る

私たちの町では、一昨日・昨日と盆踊りでした。

二日間とも、曇り25℃~28℃と涼しく過ごしやすかったです。

毎年思うのですが、天気が気がかりです。

今年は幸い雨は二日間降りませんでした。

2016年7月24日 (日)

盆踊りで想う

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私たちの町会(八王子市片倉町一丁目町会)では昨夜(23日)・今夜(24日)盆踊り大会です。町内では、盆の迎え日でもありました。

会場(片倉時田まちの広場)に行く途中、ある家の玄関の両脇に、苧殻の燃えあとがありました。「あーぁそうか今日は迎え日だー」…私たちの地区では、今日なのです。13日迎え…と、23日迎え日とあるようです。

全国的には、お盆と言えば八月ですが、それぞれの地区で違う訳は、その地区の農業で収穫時期・作業によって違うようです。むかし、私の家(実家)では養蚕農家で、蚕でしたので、夏子の出荷の都合で7月13日が盆の入りでした。

そんな想いを頭に浮かべ…やぐら立てから会場作りまでを町内会の役員の一員として協力しています。幸い、昨日は、曇りの一日で、24度ぐらいで涼しかったで作業が楽に出来ました。

最近、地域のコミュニケーションの場として、各地域で盆踊りが盛んに行われています。私は役員の一人として感じることは、地域のみなさんのご理解とご協力を得るということ…そして、気配りが大事だということ…「みなさんが、無理なく出来るご協力は…」それを引き出すことだと思いました。

そのためには、「理屈ではなく、自分自身が身体で示すこと」だと思いました。「あの人はあんなに一生懸命やっているから…出来ることを協力しよう!」一生懸命さを見せることで、誠実さが大事だと思います。

盆踊りは子ども達の「思い出づくりの場」と思います。これからも、みんなで汗をかき一つイベントを通じて人と人の交流を深めて生きたいと考えています。

2016年7月23日 (土)

見直そう…「子供のしつけ」

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社会構造と家庭の環境の変化

昔は、お爺ちゃん・お婆ちゃんがいて、長男と嫁さんと子供がいるという家族…本家の「あと取り」何代も続いた家系…

次男は、父親が働きに出かけ、母親は家を守り、子供を守る…という家庭が一般的な生活スタイルでした。今は、夫婦で外で働く…共稼ぎのお宅が殆どだと思います。

今、「安全・安心の社会を」「人と自然の共生」…など、「住みよいまちづくり」が叫ばれていますが、街の道路・公園などタバコの吸い殻・ゴミのポイ捨ては、一向になくなりません。

自然環境に対する配慮が問題となっていると考えます。モラル・マナーの欠如で日本人の品性まで危うくなってしまいそうです。そんな世の中になって日本人の品性も、価値観も変った社会になってしまった原因だと思います。

待機児童の問題

「子育て中だけどこれから働きたい」「今働いているけど子供が欲しい」と考えている女性にとって不安な問題はやはり、待機児童問題です。日本各地で問題とされています。そんな社会事情なかですが…

もう一度見直そう…「子供のしつけ」

”品性”は、大きくなってからは身につかず、生まれてから幼児期の間にしか養われません。したがって、しつけは子どもが生まれたらすぐに始めることです。いま一億総活躍時代と叫ばれています。そんな中、日本人の品性を取り戻すことも忘れないで欲しいと思います。

「のびのびして子どもらしい」と「善悪を知らない」を混同しています。元気な子どもと、ものごとの善悪を知らない子は違います。公園や街での「歩きながらの飲み食い」は…なんのためらいもない「行為」…やっていいことと悪いことを、大人がしっかりと教えてあげることが大事です。

「善悪を知らない」子供が大人になって、社会問題となっている「ゴミのポイ捨て」では、「モラル・マナーの尺度」の違いが出てきていると思います。

子どもは真似をする天才です。知っている人に会っても黙りこくっている、こんな親の後ろ姿を子どもはしっかりと観察し学習しています。そして、挨拶ができない大人に育ちます。

「挨拶ができる子になってほしい」のならば挨拶する親でなくてはなりません。親の思う通りになんか、子どもは育ちません。親のしているように育ちます。

最近よく、電車内で行儀の悪い子どものことが話題になります。これは、親が電車内にお菓子を食べたり、大声を出したり化粧をしているのを子どもが見て、いつの間にか真似していることもあるのです。

2016年7月22日 (金)

お陰様で・・・

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「しばらく見なかったけれども、お元気でしたか?」

「ええお陰様で何とか…」

「お陰様で…」

この会話は、「お元気ですか?」という問いかけに対して、「神様や周りの人のお世話によって元気に過ごしています」というような意味です。つまり、自分の力だけでは生きていないということが、この「おかげさま」という言葉に含まれています。

この「陰」ですが、「陰」というのは、主となるものの後ろに隠れた存在です。つまり、陰というのは、けっして目立たないということです。

「神」や「仏」のご加護で…人は多くの人の「愛」で生きています。その上に、自分自身の心を支えている「神や仏」を信仰する心からです。

「陰」が「陽」となってしまったら、それは愛ではなくなります。「愛」というのは、あくまでも他人のことを考え、思いやり、他人のペースに合わせて歩んでいくことです。

ということは、決してこちらの方が他人よりも目立ってしまったらいけないということです。ある時には、自分の功績が評価されなかったり、無視されたりすることがあるでしょう。それにもかかわらず、わたしたちは、愛し続けていく必要があるのです。

つまり「縁の下の力持ち」的な存在です。このような存在になることもまた大切なことです。もう一度、この「おかげさま」という言葉を見直してみてはどうでしょうか。陰のように他人に寄り添い、陰からその人のことを見守っていく姿勢、この変に出しゃばらない姿勢も、私たちには求められていることです。

自分のためだけに生きるよりも、人に何かをしてあげることで喜ばれ、自分も人の行為に素直に甘えて、感謝して生きる…そういう生活をしていればと、ストレスもなくなり、心温まる豊かな人生になると思います。

人生を過ごしていく上で、私たちは、本当にお陰さまを被って癒されています。みんなに支えられ、そのお陰さまで生きていくのですから、「生きている」のではなく、「生かされている」という考え大事なポイントです。

それは、「お陰さま」という一つの言葉に集約できる大変大事な教えです。「お陰さま」ということを本当に大切にしていきたいものです。

2016年7月21日 (木)

感謝の心で生きる

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生きていること…生かされていること…

人は、一人では生きていけません。空気、水、食料、また家族、さらには地域社会など、自分を取り巻くあらゆるものに支えられて生きているのです。そう考えれば、自然に感謝の心が出てくるはずです。生きていれば、病気や怪我に遭うこともありますが、幸いに今があるのです。

特別ではなく当たり前の日々に感謝する…

私たちは多くの人に助けられ、沢山のものに生かされています。ときに誰かを傷つけ、気づかぬうちに迷惑をかけてしまうこともあります。困ったときはお互い様…気持ち持つことです。人は、弱い生き物です。だからこそ、助け合い寄り添いながら生きてこられたのです。

大切なのは感謝の心を失わないこと…「ありがとう」という気持ちを忘れないことです。そして忘れてはならないのは、自分を生み育ててくれた、両親そして先祖があって、今の自分があるのです。

私は思います…息して、食べることができて、歩くことができて、ぐっすりと眠ることができて、そして、自由に誰にも束縛されず生きていられること…若いうちは、当たり前すぎて、何も思わなかったですが、いま、感謝の念を忘れないようにしています。当たり前のことだからこそ感謝しなければいけないことです。

当たり前にできていたことに不自由になって、当たり前にできることが、当たり前でなかったことに気付くのです。

「感謝」の反対は「当たり前」

 人は慣れる生き物です。はじめは感謝したいたことも、しだいに鈍感になってきます。「やってもらって当然」そんなふうに考えてしまいます。身近なものほど「当たり前」になりやすい。つい感謝の心を忘れてしまいがちです。

相手を「敬う」気持ちが薄れていく…感謝の気持ちがあっても、口に出して言わくなる…思っているだけでは伝わらないこともあります。

「ありがとう」感謝の心を、言葉して伝えてみる…言われた相手も、言った本人も気持ちがいいものです。身近な人に感謝の言葉を伝えてみるのも、大事なことだと思っています。

2016年7月20日 (水)

持続可能なまちづくり

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私は長らく町会の役員を行っていて、年齢的にも重く感じるようになりました。後継者へ引き継ぐことの大事さを感じています。

今、自冶会・町内会は、必要・不必要の割合は不必要が多いという社会です。

朝日新聞のアンケート…http://www.asahi.com/opinion/forum/013/

私は、「持続可能なまちづくり」…後世に繋げていくことが大事と思います。激動する世の中、新しいルールづくり…「コミュニティ・ガバナンス」が必要と考えます。

コミュニティ・ガバナンスとは、「地域コミュニティにおける民主的なルールづくりに向けた運動のことをいう」…WIKI

少子高齢化時代

子高齢化は、私たちの町でも例外ではありません。地域社会のコミュニテイを維持していけばいいのか…安全・安心のまちづくり…持続可能なまちづくり…など検討課題は多いと思います。

近所付き合いが希薄だと、互いにあまり踏み込まない人間関係になりがちです。安全安心は、高齢者から子どもまで全体をとらえて考え、全員でつくっていく時代となっていると思います。

地域のみんなが交流できるコミュニティーづくり

安全安心は、高齢者から子どもまで全体をとらえて考え、全員でつくっていく時代となっていると思います。

役所・企業をリタイアした中間管理職の人、そして、医療に携わっている人・介護職など…少し前まで現場で働いていた方が事務的役割で参加し、そこに元気な女性がサポート役として参加する…

ただし、コミュニティーの場を、どう作るか、どう運営していくかなど、考えるべき点はたくさんあると思いますが、地域の特性を生かした、町づくりが必要ではないでしょうか…

町会をボランティアと考える若い世代と、高齢化の進んだ大多数の住民の間に起きているギャップは簡単には埋められないし、埋まらないと考えますが、他人事ではなく、地域の皆さん、みんなで考える問題です。

検討テーマとして次のような問題があると思います。

① 安全・安心のまちづくり 

② 年代格差の地域社会のコミュニテイ

③ 環境 ④ 防災⑤ 防犯 

2016年7月19日 (火)

私はこの町の人たちが好きです

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私の好きなこの町

小さな小さな自慢だけど

私はこの町を大事にしています。

私はこの町を大事にするの人たちと

生き続けていきたい。

近所の子供からお年寄りまで

大声で声をかけあいみんな輝いています。

汗と涙で生きていて

でも笑顔が素敵な人ばかり

豊かさはなくても安らぐことができる

だから私はこの町で生きていきたい。

貴重な自然を後世に引き継ごう

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“本当に地球が危ない”

私たち一人ひとりにかかっています。どのような変化が起きるかは、私たち人間の一人ひとりの意識にかかっています。一人ひとりの小さな行い、気遣い…今、それが求められているのです。

これまでの社会経済活動や私たち人間のくらしが、地球温暖化や砂漠化などの問題を引き起こし、自らの生存基盤でもある環境を脅かしています。

私たちが住む八王子市片倉町は、歴史的にも貴重な片倉城跡があります。大きな杉の木に囲まれた住吉神社…小高い丘となっている二の丸広場…鎌倉時代を偲ばせる石垣などがあります。近くを流れる湯殿川・兵衛川があり、清流に鯉が気持ちよさそうに泳いでいます。

片倉城跡公園の高台から眺める風景は、田園から街並みと変りましたが、カタクリ・ヤマブキ草など貴重な植物と、湯殿川には環境改善で、昔はいなかった…そして清流しか棲めない、鮎の姿見るようになりました。

豊かな自然を守り、自然の力の大きさとその中で生かされている私たちの存在を改めて学びました。八王子市片倉町の環境を、そして地球の未来を次世代に持続可能な状態で引き継いでいくためには、私たち一人ひとりが社会のありかたや、くらしを見直さなければなりません。

環境学習とは、私たちのくらしが自然にどう支えられ、自然をどう利用してきたかを考え、環境に対する理解を深め、自然・歴史や文化・産業・伝統といった地域資源を活用しながら、地域や地球環境との望ましい関係を築いていくために学びあうことです。

私たちは、世代を超えて、家庭・地域・学校・職場などの様々な場所で、市民・事業者・行政の協働によって、人と人との新しい交流を生み出し、環境学習活動を支えるしくみをつくっていかねばと思っています。

地域の美化に積極的にボランティア活動を推し進めるとともに、南多摩西部建設事務所、八王子市役所、南大沢警察などと連携し、地域の人々が安心・安全で「住んで良かった」を後世に引き継ぐことだと考えます。

 

2016年7月18日 (月)

感謝の心

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あなたは「今」何が大事ですか?

私は「感謝の心を持つ」ことだと思います。

今生きていられれることが、「幸せと」思う気持ちが大事です。それは、「感謝」です。感謝の気持ちで生きることは人生を豊かにします。

感謝とは…大切にすること、当たり前だと思わないこと、価値を見出すことで、他を尊重し認め合うことができます。

「ありがとう」の心が幸せを確認させてくれるのです。感謝の気持を忘れないでいることは、私たちが幸せに生きるために大切なことなのです。

感謝することで…他人を優劣なく対等な存在としてみれるようになります。人は一人では生きられません。多くの人と、寄り添い、支えあい認め合いながら共に生きています。

誰かに助けられ、また誰かを助けながら生きているのです。そのことを理解できれば、他者は敵ではなく仲間になる。優劣も上下もなく、争うことなく穏やかに暮らしていくことができるのです。

感謝することで…物事をプラスに捉えることができます。感謝の気持ちを持てば物事をプラスに捉えることができます。失敗や苦労も「経験」「学び」に変えることができます。

すべての出来事も出会いも「一期一会」二度とは取り戻せない、かけがえのない瞬間です。自分にとって意味あることにするのも無駄にするのも、自分の心が決めるのです。

そして感謝することで…「自分は幸せだと実感できる。」

感謝の気持ちを忘れないでいれば多くの気づきが生まれます。当たり前が特別なものになります。何かを手に入れなくても豊かで自由に生きていけることを知るはずです。

それは今ある幸せに気づくことなのです。幸せは与えられるものではなく自分の中に見出すものなのだからです。

 

2016年7月17日 (日)

慈しみの心を持つ・・・

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最近の出来事で、バングラデシュで日本人7人が犠牲者を含め20数人の死傷者・フランスで、花火の見学者にトラックで突っ込み多くの犠牲者・またトルコでは、一部の軍隊がクーデターを起こして、多くの犠牲者やが出でいるという…

そしてイギリスでは、EU脱退が決りその対応…中国の南沙諸島の問題・北朝鮮の問題・などなど…テレビニュースを見ますと…日本でも対岸の火事…とはいえない不安低の世界情勢です。

人と人の間を保つとことで人間です。自分の欲望を達成しようとする、いわゆる自己中心・利己主義の人間が多くなっているということです。

いま思うことは、人は本来…人を慈しむ心を持っている生き物です。冷静に、落ち着いて、物事を客観的にみることが大事で相手の人・国を慈しみの心がもてないないものでしょうか…と思う今日この頃です。

「慈しみの心を持つ…」

人の幸せや喜びを願う心のことです。慈しみの心を持つことで、自分を幸せになれるのです。自分だけの幸せや喜びを求める行為は、ときには人を傷つけ、恨みをかうこともあります。

それでは結局、自分が幸せになれない。自分の幸せは、周りの幸せなくして成り立たないからです。 多くの人の幸せや喜びを実現しようとすることで、自然と自己中心的な考えが消え、自分の幸せにも近づけると思います。

難しいことですが、そうありたいものです。人間は「慈しみの心」を持つことです。一切の生命に対して「幸福で、穏やかで、安らかで、いられますように」と心で唱えることです。

2016年7月16日 (土)

酒は百薬の長・命を削るかんな

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昨夜のNHK深夜便…上方落語で、桂 春団冶の「寄合い酒」を聞いて、その冒頭に…「酒は百薬の長それとも命を削るかんな」というくだりがありました。

 適量の酒を飲む…

適量とは、一体どのぐらいの量を指すのでしょうか? 日本酒なら1合、ビールなら中瓶1本、ウイスキーならシングル2杯、ワインならグラス2杯が妥当というそうです。

適量のお酒を飲むことによって動脈硬化を抑えられるということがあります。動脈硬化がもとで起きる心筋梗塞の発症リスクが減ったという話もあります。これらは、アルコールそのものよりも、お酒の種類によって含まれているポリフェノールの作用が大きいと思います。ブドウの皮の部分を含む赤ワインなどには、ポリフェノールが多く含まれています。

ポリフェノール

ポリフェノールは、植物の樹皮、果皮、葉などで光合成によって作られる色素や苦み成分のことです。抗酸化作用が強く、活性酸素を除去することからがんや生活習慣病を予防し、老化の進行を抑制する美容効果があるとして、一躍脚光を浴びました。

百薬の長…命を削るかんな…

飲酒の常習化(アルコール中毒)は、肝臓に負担がかかる、肝臓が硬化してしまう肝硬変になります。肝硬変まで病状が進行してしまうと、元通りには治りません。また、大量のアルコールを急激に摂り込むと、呼吸などの自律的機能や意識などを管理する脳の部分まで麻痺してしまいます。

私は過去には、酒を飲みすぎて、道路の側溝に嵌ったり…何処をどう帰ってきたか分らないほどに深酒し、失敗したことが経験があります。

最近は、気分転換?一週間~10日にビールを一本ぐらい飲むことがあります。たまに宴会などで飲んでしまい、翌日まで残る二日酔い…あぁー調子に乗って飲んでしまったこと悔やむことがあります。翌日の辛さで、「酒は適量に飲む」ことが大事と反省・反省…

2016年7月15日 (金)

五心

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「日常の五心」

日常生活では多くの人と関わり合って生きていけます。「安全・安心と信頼」で社会は成り立っています。それは「五心」という精神をあらわすことだと古来からいわています。つまり、人と人のつながりの大切さは「五心」の心を忘れないことです。

五心とは

①…「すみません」という反省の心

②…「はい」という素直な心

③…「おかげさま」という謙虚な心

④…「私がします」という奉仕の心」

⑤…「ありがとう」という感謝の心

五つの誓願の言葉です。
 
私たちは、日頃使われている五つの言葉ですが、これが会話の中にはいって来ないと、スムーズにいくはずの家庭や職場、果ては友人関係までもしっくりとしません。
 
自分に都合のいい人は善い人だといい、自分に都合が悪くなるとけなす、皆さんも見に覚えがありませんか…ちょっとした心のゆとり、感謝の気持ちがないために、人間関係にひびが入ったり、信頼関係を失ったりしているのではないでしょうか…

いま私達は、物質的には大変満たされていますが、その反面、心はどんど貧しくなっていると言われています。「心貧しい」いやな言葉です。

「心貧しい」とは、自分の事ばかり考えていて、周りの人を喜ばせようしていない、愛のある行動をしていないということです。自己中心の人です。
 
釈尊が説かれた知足という教えの中に、「足る事を知る人は、心は穏やかであり、足る事を知らない人は、心はいつも乱れている」と言われています。
 

2016年7月14日 (木)

環境文化を高めよう

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環境問題を解決していくのは、私たち一人ひとりの責任です。

常に環境に関心・興味を持ち、その大切さを知り、環境と自分の行動と関わりを理解し、そして身の回りの小さなことから、取り組む姿勢と行動を持つことが、大事なことだと思います。

「環境文化」

「環境文化」とは…その地域の人間が学習してきた環境に対する作法といえるものです。

自然環境や生活環境などを取り巻く状況が厳しさの度を増している今日、「持続可能性」と「循環」を基本にして自分たちのライフスタイルから、社会のありさまに至るまでを改めて、見直し、「環境に配慮」する日常の活動を「環境を優先」する段階へと発展させながら、新しい価値観や文化の創造へと高めていく必要があると思います。

私たちは、かけがえのない地球にある生態系の中で、自然と共生しています。いま残念ながら、「環境破壊が進行している」と言わざるを得ません。

このことを、一市民としての原点に立ち返り…先人から受け継いだ美しい自然環境と多様で豊かな文化を活かしながら、私たち市民は、環境保全・維持などに、積極的な行動とによって、人も自然を後世に繋げていく…「環境文化」の理解が大切なことです。

2016年7月13日 (水)

毎日ごみ拾いをしています

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私は、毎日ごみ拾いをしています。

八王子市では平成19年「八王子市路上喫煙の防止に関する条例」施行されています。

歩行喫煙は、当たり前?と言わんばかりに通勤時に歩行喫煙は後を絶ちません。それではとポスターを貼っても、守られていません。

快適な町づくりは住民一人ひとりの心がけです。

場所によっては、タバコの吸い殻がポイ捨てされているからと?空き缶・ペットボトル・ゴミを捨てていく…マナー・モラルの低さはあきれてしまいます。そのままにすれば、ゴミの山になります。

自分が住んでいる町に…なぜポイ捨てするのでしょう。誰かが始末してくれる?行政が掃除をする?…あまりにも身が手な、自己中心的な考えの人が多いと思うのです。

人の利己的な行為で自然破壊が進みます。

きれいで美しい町に住みたいのは誰でも思うことです。そして、「割れ窓理論」にありますが、犯罪の有無にも関わってきます。いま、環境問題は深刻な危機と専門家は指摘しています。ちょっと昔にいた、川魚・昆虫がいなくなりました。植物も種を減らしています。

人は自然と共存して生きられるのです。一旦破壊された自然を取り戻すには、破壊の何百倍の時間と労力がかかるのです。その事をしっかり考えて欲しいのです。

「忙しいから…」「ついうっかり…」「人が見ていないから…」「みんが捨てているから…」理由になりません。私は、このことが分らなければ、この町に住む資格はないと思います。

喫煙者がマナーを守り、快適な環境をつくることが大切です。喫煙者は、歩行喫煙をしない…たばこのポイ捨てをしない…など喫煙マナーを守ってください。公園や・広場・川などに、ゴミのポイ捨てをしないでください。

2016年7月12日 (火)

急がず、休まず

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「急がず、休まず」

新渡戸稲造曰く…誰でも決心をしない者はいないのだが、それを永続させるのが難しい。凡人にとって困難なだけでなく、古来の英雄にとってさえそうなのだ。」

多くの物事はもう一息というところで嫌になりがちなものです。

ゲーテの言葉に…「急がずに、だが休まずに」があります。特に目標達成思考が強ければ強いほどに、急いでしまいます。

目的が達成にあるからです。しかし、目標達成を目指すと…

1.短期爆発エネルギーで前に進むと、達成後失速の危険があります。

2.達成後のモチベーション維持ができない。

そのことから「習慣化思考」が大事です。

1.ゆっくりと、抵抗力に対して徐々にウォームアップして始める。

2.無意識化することで、モチベーション入らずの状態の軌道に乗せる。

ということです。

徳川家康人生訓

「人の一生は、重荷を負うて、遠き道を行くがごとし」…があります。

一歩一歩休まず進むことです。

2016年7月11日 (月)

幸せを感じ心豊かに

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幸せを感じること

人は幸せを感じることは、最高の喜びです。幸せは、一人だけでは感じることはできません。人と人との関わりのなかで、感じて育まれていくものです。

「人に喜ばれる事をすると回りまわって自分にも喜びがやってくる 一生の間に一人の人間でも幸福にすることが出来れば自分の幸福なのだ。」…川端康成

人が喜んでくれると嬉しい…それは他の動物にはない人間の本能です。

 人から喜ばれるようになるには…

①・・どんなことがあっても、不平不満を言わない…

②・・愚痴を言わない、泣き言を言わない…

③・・悪口・文句を言わない…

これを守ることです。そして、「うれしい」・「楽しい」・「幸せです」・「ありがとう」という言葉をたくさん使うことです。肯定的な言葉によって、人から喜ばれ、心豊になります。

2016年7月10日 (日)

自分の幸福度を考える

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自分の幸福度を常に相対評価している人がいます。人と自分を常に比べて、その都度高かったり低かったりするので、自分の軸がブレまくりで、不安になってしまったりします。

人生を幸せに送るために、一番大事なことは絶対評価です。自分自身が自分の結果に満足するか否かという絶対評価が、人生の幸せ度を測る基準となるからです。

人と比べてばかりいる人生では、いつまで経っても幸せは訪れないでしょう。なぜなら、どこまで相対評価で上に行ったとしても、かならず上には上がいるからです。

それよりも、自分を基準にして、自身の結果に満足するという人生のほうが、幸せ度は高いものだと思います。また人間関係を作っていくうえでも、他人と比べて、優越感を感じたり、劣等感を感じたりすることには、なんの価値もありません。

円滑に人付き合いを進めていくには、優越感や劣等感は、邪魔な存在です。優越感を強く持っていれば、他人に対して、傲慢になったり不遜で見下すような態度になる恐れがあります。

他人と比べる必要はないと言っても、ライバルの存在や友人と切磋琢磨することは、もちろん良いことです。他人から刺激をもらうのは、時には必要なことでもあると思います。

ただし、他人と比較して他人を羨む必要はありませんし、他人を見下したりしてはいけません。また、他人と比べて、自分を憐れんだり、卑下したり、自己否定をする必要もありません。また、優越感や劣等感を持つ必要は、まったくありません。

人にはその人の良さ、自分には自分の良さが必ずあるはずです。人生は自分との戦いでもありますから、自分自身が自分に満足するかどうか、という点が一番大事なことです。

「人は人、自分は自分」と、他人と比較することをやめて、自分の最大の敵は自分だ、と言い聞かせたほうが、充実した人生にもなり人間関係も良くなると思います。

2016年7月 9日 (土)

この町が好きです

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私はこの町が好きです。なぜって?理由なんてない、あえて言うなら、今住んでいるからです。

この町に住むのだったら、子供からお年寄りまで、仲良く暮らしたいものです。そして、歴史ある町を後世につなげていくことが私たちの使命と思っています。

80年近く住んでいますと、土地も人も変りました。私は、誰でも「住んで良かった」と思える町にしたいです。それにはこの町の人がみんなで協力し合って、作らなければ出来ません。

「町を良くしたい」…「知恵や理屈ではない、人が動いて始めて、環境が変るのです。どんなことでも、目標を立て、努力することです。信念を持って行動を起こすことです。

それには、町の人の一人ひとり、それぞれ色んな考え、感情があるでしょうが…一人ひとりが町を良くしていく…という思いを持ってもらうことです。

 「この町が好きだから」詞/曲 中村 正明

子供達が 走り回る 学校の校庭 頑張る君を見ていると 胸が熱くなる…無邪気にはしゃいだ 昨日が 鮮やかに よみがえる…小鳥のさえずりや 虫の鳴き声さえ 今でも心の奥で やさしく鳴り響く…

駆け抜けていった 季節が 愛おしくなる…ふと 立ち止り 気づく 生きる喜び…いつも私を支えてくれる ふるさと…このまちが好きだから このまちの人が好きだから…このまちで暮らす喜びを ともに分かち合おう…

都会にあこがれ ふるさとをはなれた まぶしい光の中 手探りでさまよったがむしゃらに 追いかけた夢 かけがえのない日々…ふるさとに戻り出会った なつかしい友 今でも変わらない 笑顔とあのしぐさ…

いつでも 受け止めてくれる やさしいまち・・・人と出会い 別れ 人のさみしさを知った…信じ合える 喜びを 教えてくれた ふるさと…このまちが好きだから このまちをもっと元気にしよう!

このまちを守り育んで ともに夢を描こう…“過去からのメッセージを 訪ねてみよう 今を感じて 明日をつくろう!”

このまちが好きだから このまちの人が好きだから…このまちで暮らす 喜びを ともに分かち合おう…このまちが好きだから このまちをもっと元気にしよう!このまちをつくるストーリー ともに語り歌おう!

○郷土愛とは…住民が自らが育った地域に対して愛着または、忠誠を抱く思想・心情です。

2016年7月 8日 (金)

上高地に行く

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一昨日、所要で…信州松本に一泊し、昨日標高1500メートルの上高地に行ってきました。

日中の最高気温も20℃前後と、避暑地の名にふさわしい「さわやか」さです。大正池や、梓川の水面と青い空・白い雲・白樺の緑…満たされた上高地の風景に心身ともに、リフレッシュしてきました。

梓川を流れる水は、穂高連峰の雪解け水…冬の間にたっぷりと蓄えた山の冠雪は、夏の太陽に照らされて梓川を流れていきます。そっと手のひらを浸してみたら、手の切れる冷たさです。

梓川の水は抜群の透明度を誇り、雨が降った後でも濁ることはないそうです。日照りのときでも枯れることがないという。

河童橋にほど近い「清水川」の水は、周辺施設の飲料水として利用されています。霞沢岳や六百山の湧水が、沢をぬけ谷を下り、川藻やイワナを潤しているのです。

2016年7月 6日 (水)

大切な自然を守ること

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梅雨明けは間もなく?本格的夏の暑さがくる季節です。片倉城跡公園・近くを流れる湯殿川はすっかり夏の装いになりました。水と緑が豊富で落ち着いた環境の中、緑の美しさに胸一杯空気を吸い、毎日が心豊かな気持になります。

このような素晴らしい環境で生活できる、片倉町に住む私たちは、自然の美しさや大切さ、お互いを思いやる優しい心が知らず知らずのうちに培われるものと思っています。

自然環境は、一朝一夕には出来るものではありません、長い年月をかけ、人々の自然に対する想いが代々引きついているものです。そこには、歴史が刻まれているのです。今生きている私たちは、美しい自然を守り育てていく責任があるのです。

私達が日々暮らしている中、自分の周りの環境がふと、「前とはどこか違うな」と、感じる瞬間はないでしょうか?勿論、世界は日々変化して行き、今この瞬間もそれは起こっています。昔はよく見かけた林が今はもうない、この先にあった今は舗道となってしまったが…小川でザリガニよく釣ったなぁー

前は裸足で駆け回っていた浜辺は、今はガラスや空き缶で足を切らないように履物が欠かせなくなった…何かが前とは違い、しかもそれは私達の心と体に痛みを伴うものへと変わってゆく…早い話が、地球がとても住みづらく、生きにくい環境になりつつあるというわけです。

では、私達がこのような悲しい出来事を食い止め、再び幸せや笑顔と共に楽しく過ごすことのできる自然を取り戻すには、どうすれば良いのだろう?まず自分達で出来る簡単な方法にはどんなものがあるのだろうか?

ゴミは出さない、増やさない、持ち帰る!

例えばコンビニやスーパーで渡される、ほんの小さなお菓子1つが入れられたレジ袋、あれって本当に必要?あのビニール袋も、用が終わればただのゴミとしてポイッとあっけなく捨てられてしまう。また、タバコは全市内(八王子市)路上での歩行禁煙です。絶対に守って欲しいです。

日本中で毎日そんな膨大な量のビニールがゴミとして燃やされれば、大量に二酸化炭素や有毒ガスが発生し、空気中に放出されてしまう。それが、地球を暖め、砂漠を作り、植物を枯らし、生き物を住めなくさせてしまうのです。

マナーを守って楽しく遊ぶことは、自然にダメージを与えず皆と気持ち良く過ごせるのです。そして、子供の躾けの基本をしっかり教えることです。

教育学者の森信三先生の「あいさつ・返事・後始末」です。

子ども達が毎日、気持ちの良いあいさつが。「おはようございます」、「こんにちは」、「失礼します」、「ありがとうございます」、「さようなら」などの一言が互いの気持ちをとても幸せにしてくれます。

そして、お互いを敬う絆を深め、人の心の温かさも育ててくれます。公園・広場や道路・川など、ゴミなどのない、とてもきれいな町…すがすがしい気持ちにもなります。

あいさつ、礼儀、言葉づかい、時間を守る、マナーやルールなどの規範意識を高める、思いやりの心を育てるなど、自分達にとっていい環境をつくることにより、「環境を守る」という意識持つことを習慣となり、習慣が心や体をつくります。

2016年7月 5日 (火)

毎日を感謝しなさい、しかし満足するな

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私は中学生のとき社会科の先生に言われたことが、今でも忘れません。「毎日を感謝しなさい、しかし満足するな」…という言場を持ち続けています。

人が希求すものは…精神的豊かさです。愛情、友情などです。人とのつながりを通して得られる心です。幸せは、心で感じるものです。心があってこそ、本当の幸せを感じます。

人とのつながりを通して得られる心に触れたとき、人は深い満足感を抱きます。人から慕われたり、愛されたり、尊重されたりするとき「幸せだな」と感動し、深い満足感が得られるのです。

自分の中に何か足ないと感じてることがあって、そこを何かで埋めようとするのではなくて、自分は充分に満たされている…自分は幸せだから、他人の中に足りないことを見つけ、そこに愛情を注いでやる…

人生には当然限りがあります。今日、生きられたからと言って、明日も生きられる保証はありません。私も毎日、感謝の気持ちを持つことで、日常の小さな体験から幸せを感じられるようになりました。

歩けることや日々、食べられることに感謝し始めると…普段から「ありがとう」と言えるようになります。「ありがとう」を口癖にすると、不思議と脳が幸せになるのです。このルールを見つけてから、私は感謝を習慣化できるようになりました。

私は、「ノーマライゼイション」身障者や高齢者が安心して暮せる社会が理想です。その中で個人としての幸せとしては、以下の条件が満たされたときと思います。

① くらしの基盤が安定している…衣食住の安定的確保。
② 自己肯定感・有用感があるくらし…社会や家族の中に居場所と役割がある。
③ 信頼感、連帯感、”愛”に囲まれたくらし…家族(のような人)や仲間が身近にいる。

2016年7月 4日 (月)

道徳の危機感を持つ

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     片倉城跡公園二の丸広場

昨今の道徳教育をめぐる危機的な状況にあると言わざるを得ないと感じています。

公園・広場の現状…私たちには、何時でも、誰でも使える、「片倉時田町の広場」・「時田公園」があります。最近、困っているのが「汚れ」です。ペットボトル・空き缶・お菓子の空き袋などが、放置され、空き瓶を割られたりしているのです。

私は、広場や公園が汚れていては、まちのイメージからも良くないと、ゴミは片付け、子ども達にゴミは持ち帰るようにと…声をかけています。また、市の公園課にお願いし「ゴミ捨て禁止」「ゴミの持ち帰り」のポスターを掲示していますが、一向に改善されていません。

…隣接しているお宅にお願いし、公園・広場で遊ぶ子ども達に声をかけていただくようにお願いしましたが…

「徳育」とは…知識の習得よりは実践的な性格形成…学校、家庭、地域と連携して、社会性や規範意識をはじめとする心の教育です。

道徳性の育ち、指導については、子供自身の自己肯定感を育てながら、自己向上心に向けていくことが基本です。そこから周囲の人、世の中のいろいろな人への配慮、思いやり、共感、同情心が育つのです。

車から…歩きながら…ポイ捨て禁止看板があるにも関わらず…タバコの吸い殻・ゴミのポイ捨ては多いです。それは自分さえ良ければの利己主義が多いと言うことです。軌範意識がないということです。それらは子供の頃の習慣で、当たり前?と勘違いしているのです。

「共感する心」 

人は生まれつき社会性をもっているわけではありません。人と関わり、豊かに学び、成長する中で培われる他人への思いやりや優しさは、これからの世の中を生きていく子供たちにぜひ身に付けさせたい心です。

共感する心」は、人とのかかわりの中でしか育たちません。もちろん読書などを通しても豊かな心は養われます。しかし、一方通行でなく、相互通行で人が互いの思いに共感する経験を積み上げることは、学校・家庭・地域の大きな役割と考えています。

教育(学校・家庭・地域)を通して、人、社会、自然との関係を大切にし、望ましい関係を築く中で温かな思いやりの心を育つのです。そのために、子供と向き合う時間を十分に確保することです。

特に、夫婦共稼ぎ・少子化などの、社会構造から、家庭でのしつけを含めて家族との「話し合い」「コミュニティ」不足しているのではないでしょうか…

子供の規範意識は、家庭・学校・地域で育つということだと思います。地域のみなさんは、忙しいでしょうが…公園や広場で子ども達の遊び方を見てほしいのです。他所の子供は…最近の子供は…嘆く前に注意指導して欲しいのです。

2016年7月 3日 (日)

万物流転

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「万物流転」

万物流転とは、「この世にあるすべてのものは、常に移り変わるということ。」です。

私たちの周りを見渡しても、この世に変わらないといものはありません。草木はじめ、あらゆる生きものの躍動するありさまは、季節とともに変わっています。

私はいま、都市近郊に住んでいて、生まれも育ちも同じ…今住んでいるところも、同じ町(地名村から町に…)むかしの、ふるさとの光景は、想像すら出来ないくらい変ってしまいました。

人の行為で山を削り・川の曲がりを直線にし道路つくり、橋を作って、人が生きるための利便さの追求のエゴによるものと、長い年月によるものがありす。住んでいる人の生活環境も大きく変ってしまいました。

また、むかしいた、魚・うさぎや、きつねなの小動物・昆虫などの生き物がすっかりいなくなってしまいました。農業従事者は今では、極僅かになり、マンション・アパートの林立です。今や田んぼは、完全になくなってしまい、人口増加…人の生活スタイルも変り、人との関わりもかわりました。

人の思いとは気ままなもので、変わってほしいと思うこともあれば、変わらないでいつまでも現状のままであってほしいと願うこともあります。変わりゆくとは、時の流れでもあり、ものの存在もそうです。

すべてが変って行く中で、少しでも自然を取り戻したいということですが、一旦、自然破壊したものを復元は破壊の何十倍もかかること…そして復元は不可能のこと…今になって知るのです。

この世の摂理

法則と言いますと何か難しい話のように思いがちですが、太陽が東から上がり西に沈むように、本来誰もが簡単分かるはずのものなのです。宇宙の起源は、約137億年前にビックバーンが起きて作られたといわれていますが、その宇宙は膨張し続けています。そして、そのすさまじい早さこそ、万物が変わりゆくことの根本です。

光陰は矢の如しで、人の一生などあっという間です。のんべんだらりと日々を過ごしていたら、一月や一年はすぐに経ってしまう。

いつまでも若くありたいと願っても、老いはさけられません。それで光陰の速やかなること、すべての物が変わりゆくものであるという無常を観じるとき、人は生き方を変えなければと思うのです。

2016年7月 2日 (土)

環境は人つくる

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         片倉城跡公園と湯殿川

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         片倉城跡公園と大鳥居

私たちが住む八王子市片倉町は、交通の便はもとより、片倉城跡公園や片倉時田まちの広場・遠く、富士山を眺められ、近くに高尾山、また町を流れる兵衛川・湯殿川などに、保育園・小学校・中学校・高校・大学があり、環境に恵まれています。

環境は人をつくると言われています。常に、花が咲き、ゴミが落ちていない…環境が住民の心を豊かにします。そして、美しい環境を地域住民と共に作り、守ることにより、住民一人ひとりが自らの存在意義を感じることです。

また、共に助け合い、協力しあう精神を培うことにより、共に生きる社会の実現につながっていく…そして、これらの活動で、地域の連携がさらに深まり、子供からお年寄りまで、地域コミュニティーが育成されることを願っています。

環境は人が作るもの…そして未来に繋げていく義務があります。私たち大人は、子共たちにどんな環境を与え・残し、未来を作っていってほしいのか、といったことなども考え、一日一日を懸命に生き抜くべきです。子どもは環境を選べません。だから、最高かつ最良の環境を整えてあげるべき義務があるとも言えます。

2016年7月 1日 (金)

真心と正直な心

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今日から7月…

お中元の季節となってきました。デパートやスーパーなどの店頭では、お中元の大売り出しが真っ最中です。真心のこもった贈り物したいものです。「真心」と「正直な心」を考えてみました。

真心とは、真の心…他人のために尽くそうという純粋な気持ち、偽りや飾りのない心・誠意です。

正直な心…「偽りないありのままの気持ち」で、尽くすとか飾らないなどの深い意味は含まれれていない、「迷惑に感じている」など、悪い意味合いも含むので、良い意味合いだけの真心とはまったく別です。

例えば「真心こもった贈り物」と「正直な気持ち(心)がこもった贈り物」意味が違います。前者は相手に尽くした姿勢が読み取れますが、後者は送り主が相手に不満を抱いていたら、贈り物の中身は決して良いものばかりとは限りません。

直な気持ちは、「迷惑に感じている」とか「嫌いだ」とかマイナスな感情であれば当然相手を傷つけます。そういう気持ちを伝えることを「真心を伝える」とは決して言わないです。

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