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2016年1月 8日 (金)

自然を通して「命の大切さ」を知る

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人にやさしく、自然の大切さを子ごもに…

現代の子どもたちは、自分から進んで人に自然に話しかけ、疑問などを働きかけ、問い正すことが少ないように思います。

それは、都市や地方に限らず、便利で快適な暮らしが、そうさせているのです。何でもボタン一つで答えの出る生活は、人や自然に関わる機会を奪い、子どもたちの好奇心を、削いでいるのです。

インターネット検索で答えを出し、そのことで物事を理解しようとしたり、テレビやビデオなどを視聴し、そこで得た情報で物事を受け止めたり…これでは、ますます受動人間になり、主体性は育ちにくいと思います。

夢を持ち、そのことに向かって主体的に生きていく人間を育てるには、苦労の伴う価値ある体験を通し、個人の考え(個性)を育むことになるのだと思います。

人の苦労・工夫・生き方に触れたり、自然の不思議さ・おもしろさ・追究する楽しさに触れたりする中で、情報処理のおおもととなる物事の見方・考え方の基礎を学ぶ教育活動を展開していくことが大切と思います。

その上で、人間社会での生きていくための規範・軌範…単なる事実ではなく、判断・評価などの基準として展開していく…行動したり判断したりする基本になるのです。

自然を通して「命の大切さ」を知る

大事なのは「命は大切である」と言葉の上で理解することではなく、一人ひとりが心から実感することです。子どもたちの生育過程をとおして形成される心の奥底の実感的基盤があってこそ得られるものなのです。

そのためには、見る、聞く、触れる、嗅ぐ、味わうといった経験そのままの感覚、つまり自分の身体をとおして感じるものを大切にしなければならなりません。そして、経験そのままの状態、いわば言葉になる以前の感覚を大切にする必要があると思います。

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