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2015年10月27日 (火)

真心が通じ合うこと

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真心が通じ合うことは嬉しく、感動します。

真心のこもったご飯はおいしい!食べた後になんともいえない大きな満足感が広がります。心のこもっていないモノは食べてもけして満足感が得られません。人間関係にも同じことがいえます。真心が通じ合う人間関係には確かな手応えがあり、うれしいものです。

しかし、誰にも真心が通じるわけではありません。通じていたはずの相手でも、いつしか通じ合わなくなることがあります。相手がこちらの真心を受け取ってくれない場合、拘泥するのは止めましょう。ちゃんと心の通じる人とよい人間関係を構築していけばよいのです。

思いやり、やさしさ、他人によくしたい…でも、思いだけでは何事も実現することはできません。大事なことは行動と知恵です。だからこそ、目の前のものから何かを感じ取っていただきたいのです。そのために必要なのは、自分の思い込み、を可能なかぎりなくしていくことです。

自分の観点から、評価するのではなく、まずはそのまま聞いて、受け入れる、感じることが大事なのです。

一行三昧…

何かをする時、ひとつのやり方を決め、迷うことなく、そのことになりきることです。何かをする場合、心が今の瞬間の行為に溶け込むことで我を忘れ、一種の心地よさを感じることではないかと思います。

この四字熟語は、仏教の言葉の1つで、1つの修行方法を決めて、その修行に無心になって励むことにより、 心の中がおだやかに静まり乱れない状態になることを言うようです。

た、ひとつの修行が、日常のいろいろな場面(座る、立つ、寝る、歩く、何かを行う)でも同じように、おだやかな心を…持ち続けることにつながるという意味もあるようです。

 

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