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2015年10月27日 (火)

アイデンティティ…とはを考える

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生まれながらにして本来、人間には自我というものなどない はずですが、ないはずの自我が、 14歳頃から40歳頃までの「青年期」の間に「自分は何者であり、何をなすべきか」を考えながら、イメージの自分と同一にしていきます。

アイデンティティidentity)とは…広義には、「同一性」「個性」

自分が自信をもっていること、自分自身のよりどころ、のようなことだと思います。なにか自分に自信をもつことができ、他のことで多少何かあってもへこたれないで生きていける…そういうものがアイデンティティです。

それは、他人より優れていたり、他人がもっていないものであったりする必要はありません。

勉強もスポーツもそこそこで目立たないけど、家族思いの心をもっている、ということを自覚していれば、それが自分のよりどころになるかもしれません。その場合には、そういう心が、アイデンティティといえるでしょう。

自分でわかっている方がいいのですが、わかっていなくても、そのことが自分の自信であり支え・よりどころになるような、広い意味の自分自身の「キャラ」のようなものです。

もちろん誰しもがうまく同一にして形成していくわけではありませんが、何度もの危機的な体験の中で形成していくと仮定されています。

おのれ自身の自我に固執したり、こだわったりするところから、悩んだり苦しんだり、安心したり、喜んだり、悲しんだり、悲喜こもごもの生活を繰りかえしています。だから時に、争ったり、殺し合ったり、傷つけたり、脅したり、ものの道理が理解できていないから、自分本位に行動してしまいます。

そして、常に心身が満たされなくて、満足できないことばかりだと、いっては欲望と不平不満から、苦しみが次の苦しみを生み、またまた次々と苦しみの迷い道にはまりこんでしまい、出口も進むべき道すら見失ってしまう人がいます。

人の一生は、そもそもあてにならないことばかりです、それで、いつも、満ち足りない思いを抱き、心は乱れ、煩悩に迷い苦しんでいます。

おのれ自身の自我に迷い、悩み苦しんでいるのが自分自身です、だからいつも「主人公」を呼び覚まし、迷いの根本が何であるかをよく知ることです。迷い苦しむ自分自身こそが、本当の自分の姿だと、さとることができたならば、人生は楽しくなることでしょう。

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