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2015年9月

2015年9月30日 (水)

いわし雲

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富士の峰 その上を行く いわし雲
 

季節が移ろいは早いものです。明日からは十月です。今日の東京地方は、気温24度・湿度32%で北西の風…爽やかな一日だったです。

コスモスは咲き乱れ、柿は赤く実り、ススキは風にゆれ、空を見上げれば、小さな無数の雲が疎ら(まばら)に、そして薄く広がっている…いわし雲です。気象用語では巻積雲と呼ぶそうです。

秋の空一面に広がる鰯雲は、見上げていると広々とした気分になります。

置き去りにしないで!

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日本は972億円支援表明もシリア人の難民認定は3人…

テレビのニュース番組で毎日のように報道されている、シリア難民の問題、日本ではシリア難民 地中海を船で、経済的に豊かなドイツを目指して、着の身着のままで、ギリシアやイタリヤの海岸にたどり着く光景を見ますと、同じ人間として、どうにかしてあげなければと思うのです。

安倍総理大臣は、国連総会で、日本時間の30日に行う一般討論演説で、中東各地から難民がヨーロッパに押し寄せている問題を踏まえ、ことしは去年の実績の3倍に当たる、972億円の支援を行うなど、シリアやイラクの難民支援を一層拡充する方針を示すことにしています。(NHKデジタルニュース)

しかし、難民受け入れは、消極的と積極的平和主義論者である安倍首相にしては、国際的には批判は免れないのではないでしょうか…

れにしても、オバマ大統領とプーチン大統領の会談で、アサド大統領に対する考えが違うことで、事態を一層深刻にしているようです。いま、イスラム過激派グループの勢力は衰えていないようだが、それも、米ロの考えが違うからだと思う。

格差と環境

NHKクローズアップ現代…

世界で激しさを増す過激組織の活動。今も止むことがない民族間などの対立。

国連は、「格差」と「貧困」、さらにそれらの根源でもある環境破壊など地球規模の問題を根本から解決しない限り、事態の打開にはならないと訴え続けてきた。

そして国連は、設立70年の今年、新たな野心的な目標を掲げる。その名は「SDGs=Sustainable Development Goals(持続可能な発展目標)」。「誰も置き去りにしない(no one will be left behind)」を基本理念に、2030年の世界を見据えた新たな指針だ。

17分野169項目という多岐にわたる目標で、途上国だけでなく、先進国も生産・消費のあり方を変える必要があるなど、人々のライフスタイルにまで踏み込んだ大胆な挑戦である。この壮大な目標の背景には何があるのか。そしてそれをどう実現していくのか。

番組では、事務総長の命を受けSDGsのとりまとめを行ってきたナイジェリア人女性の特別顧問、アミーナ・モハメッド氏などへのインタビューを通して、その可能性について探る。…を見ました。

「持続可能な発展目標…」「誰も置き去りにしない…」の理念ですが、貧困を解消には環境破壊という地球に良くない副産物が発生します…民族・宗教そして、先進国と発展途上国との融合など前途多難な時代です。

しかし、究極的な目標は絶えずぶれないで、人類の目標は「世界平和」に向けて努力し続けることだと思います。「国際機関のあるNYなど大都市に身を置いて口先で理想を言うだけなら、苦労するのは現場である!!!」…忘れはならないことだと思います。

2015年9月29日 (火)

幸せの3K

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道端に咲く花・人の手で咲く花…「美しい!きれい!」…人間が思うからで…植物が、子孫を残すために花を咲かすだけのことです。より美しい花は「よりよく、より丈夫な子孫を残す為」ではないかと思います。

人間がどんなに手を加えて、美しい花に仕立てても、花自信は人間の気持ちなど、察する訳でもなく、水や太陽光・肥料などの条件しだいで、より美しく咲き、立派な子孫を残すだけの作業工程に過ぎないのです。

詩人の八木重吉は、花を見て…「花はなぜ美しいか、ひとすじの気持ちで咲いているからだ」と詠んでいます。

人が見ておろうと見ていなかろうが、咲くところに真の美しさがある。何でもないところに感動してくるところに希望があるのです。

逆境の時ほど、誰も自分の悲しい気持ちはわかってくれない。誰もわかってくれない場合、自然をじっと見つめていると、無心の自然現象が希望を呼び起こしてくれます。誰が見ていなくても一生懸命に咲いている花が、呼びかけてくれるのです。

そして、どうしたら希望を持って生きられるだろうか…それをよく考えるのが「工夫創造」という心のはたらきです。

私は、花をみて、松原泰道の物を見るとき…プラス3K「感銘(感動)・希望・工夫」の心が大事なことだと思います。

日々の生活で感動を見つけ、そこから希望を見出し、日々工夫をしていくことができれば、それはきっと「幸せの3K」に違いないと、思います。

 

 

2015年9月28日 (月)

今日という日はもう二度と来ない

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今日という日はもう二度と来ない…イタリアの詩人ダンテの言葉

毎日、明日が当たり前にやってくると思い込んでいる私たちにとっては、少々現実味に欠ける言葉かもしれません。

「今日という日はもう二度と来ない」…だから1日1日を大切にすることです。毎日、明日が当たり前にやってくると思い込んでは、いけないということです。

今日の、東京地方は広く晴れました。たっぷりの日差しで、気温はきのうより上がっています。午後2時までの最高気温は、28度前後…湿度は55%ぐらいだ…歩かなきゃー「今日いう日は二度と来ない」…ということで、陽射しは強いが、歩いて良かったです。

風が爽やかで、歩き出して1時間…汗ばむくらいでした。気持ちがいい、いつもより距離をのばして歩くことが出来ました。

このあと、夜になると雲が増えてくるという予想ですが、スーパームーンを見るチャンスがありそうです。

「今日という日はもう二度と来ない」そして、フランスのモンテーニュ言葉に「いつかできることはすべて今日でもできる」があります。「今日しないで明日に…出来ないかも知れないのです」天候のこと、身体のこと、天変地異のこと…あるかも知れません。

「今日という日はもう二度とこない」…「いつかできることは、すべて今日でも出来る」を考えて歩きました。

中庸の精神

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中庸とは…

「かたよることなく、常に変わらないこと。過不足がなく調和がとれていること」なっています。

孔子は、「不足でもなく、余分のところもなく、丁度適当にバランスよく行動できるということは、人の徳としては最高のものです。しかし、それができている人を見ることは少ない」と言われたそうです。

いつも偏った考え方や、極端な行動をとる人は、心のどこかに変なこだわりや無理を生じやすい傾向があります。そういう状態は中庸とは言えです。

心が落ち着く中心が何もない感じでしょうか。だから、そういう人は精神的にもつらくなりやすく、何事にも長続きしない傾向があるように思います。

中庸の精神

この子供の時に身についたものは簡単には捨てられません。

いまだに自分にとっては都合のよい解釈となっています。常に目立たずに…でも、現代社会ではこの思考法は通じないのかもしれません、人は居場所を求めてさまようものです。

人としてお互いに認め合う、居場所を作ることが求められているはずなのに、なんとも悲しい社会になっているように感じます。わかりやすく言えば、私は中庸の精神の中で生きているということです。

一方で、中庸とは「足して二で割って平均をとる」といった単純な話でもありません。中庸は、心が何かにとらわれたり、何かにこだわることなく、「素直な心で実践する」ことによって得られてきます。

すなわち、中庸とは「平均点」というよりは、「バランスの取れた状態」という意味に近いように思います。左右にもどんどん動くものです。

素直な心を持って判断を行えば、ある時期に大きく右に振れようが、上下に振れようが、最後は中心点に向かって自然にバランスが取れていくものです。

己心やこだわりを捨てて素直な心になれば、何が極端で、何が自然なのかがすぐに判断できるようになるということでしょう。

古代ギリシャの哲学者アリストテレスも、「幸福になるためには中庸が重要になる」と言ったそうです。

「何事も行き過ぎてはいけないし、また不足であってもならない。幸福な状態はその中間、つまり中庸にある。快楽については、耽溺と鈍感との中間が節度と呼ばれる。徳とは、我々にとって中庸である行為を選択する態度である。」(アリストテレス)

「過度を排すること。過度になれば、その先には苦しみが待ち受けている。調和点を見極めながら、何ごとにおいても極端に陥らないことが大切である。」

これを仏教では、苦行主義と快楽主義のいずれにも片寄らない「不苦不楽の中道」と言うそうです。中庸(中道)の重要性を指摘していることは、大変に興味深いことだと思います。

私たちのような凡人であっても、心のなかの極端なこだわりや、わだかまりを無くし、素直な心で中庸を実践することによって、誰もが幸福になれるはずです。

2015年9月27日 (日)

しなやかに生きる

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「しなやかに生きる」

仕事をバリバリこなして成功しているのに、どこか融通が利かないところがあり、硬くて、いつかどこかでポキッといってしまいそうな人がいます。

心に余裕を持った生き方…

夜寝るとき、その日を振りかえってみて…何かに追われて過ごしていているようで、焦りを感じてしまう…早く切り替えないといけません。これがストレスになってしまうのです。

人間も動物です。

暗くなった寝て、明るくなった起きる…自然のサイクルが人間の生きる基本です、忙しく慌しい世となったためか…24時間…営業? ラジオ・テレビ・コンビニなどの出現などで、生活サイクルが狂いぱなしの世の中です。

時間…仕事…人間関係…家族問題…悩み事…などなど…追われているといつの間にか余裕がなくなり、視野が狭くなり、心が疲れ、体にも疲労を与えてしまい悪循環に陥ってしまうことになります。

凡人は、とかく心に余裕がないとこんなことがあったりします…他のものが見えなくなる…焦ってしまう…優しさを欠いてしまう… 忘れ物をしやすくなる…集中力がなくなる…怒りやすくなる…などです。

現代社会で、心に余裕を持つとどうなるのでしょう。

心の余裕を持てる人とは…いつでも冷静でいられる(自分の感情をコントロールできる)…落ち着いて物事を考えられる人…待つことができる人…人のことを考えられる人…必要な事を備えることができる人だと思います。

心の余裕のある人は、相手のことまで考えられ、相手を責めず、自分の感情も乱さない、待つことができる人なのかもしれません。

人が望む究極的な考えは、「幸福」です。幸福せとは…その人・その人価値観が違うように十人十色です。他人のことと比較して悩んだり、優越感に浸ってしまうから、ストレスとなるのです。

私は、世の中ひとりでは生きていけない…多くの人に支えられて生きていける。自分だけ幸せになって、他人が苦しんでいることを見過ごしてしまったら、やがて自分にも苦しむことになる…。

誰でも非常の時の備えの努力は必要です。でもいろいろな事情で出来ない人もいます。助け合う心で、困っている人を助けることで、喜びを感じる人間でありたいと考えています。

2015年9月26日 (土)

とらわれ心を捨てる

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「とらわれ心」を捨て去ることは容易ではありません。

生きていることに普段は、意識してません。生きを吸うこと・お腹が減ること・眠くなること…など自分では無意識に身体が欲求しているから、生きているのです。

私たち人間は、自分の意思で行動し、日々生きているのだと思い込んでいますが、自分の意識・行動にかかわらず、このように、生理的にも「生かされている」ことに気づくべきでしょう。

また、怪我をしたり、病気をしたり、やがて死を迎えるのです。これが自然の姿です。人間以外に老いを嘆く生き物はいないでしょう。自然界では死も自然な姿であり、生まれ死にして世代が交代していきます、死は生すなはち新しい命が生まれる始まりです。

このところ雨の日が続きますが、止まぬ雨の日はありません。天気予報でも明日あたりから、晴れるとのこと、徐徐に秋は深まっていきます。

2015年の中秋の名月は、9月27日(日)です。

良寛さんの一句にこんなのがあります 「盗人に 盗りのこされし 窓の月」  良寛さんの質素な住まいに盗人が入ったけれど、これとて盗み取るものもなかった、賊の立ち去った草庵の窓には月の光がなにごともなかったかのように、皎々とかがやいていました。

一点の曇りもない澄みきった秋の空に、月が皎々と光り輝いています、生き死にのこだわりさえもない、良寛さんの一句です。

人は何ごとにつけても心身にまつわる一切の執着、またその原因となる「とらわれ心」を捨て去ることは容易ではありません。際限のない欲、強欲で自分が自分を苦しめている。このこだわりこそが迷いと悩みの根元、すなはち煩悩です。

「生かされている」…「とらわれ心」…

おもむくままに生きるのではなく、この世のをありのままに、あるがままにとらまえて、「心身共にこだわらない生き方」が大事なことなのだと教えています。

2015年9月25日 (金)

幸せは利他主義で…

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最近、思うのですが、自己中心主義?の人が増えてきているように思えてならないのです。自分のことで精一杯で他人のことなど、関わっていられない?という人です。

自分さえ良ければ…

むかしの日本人ならば誰でも持っていた「恥の文化」が無くなったのでしょう。

子供のころに親から、よく言われたものです。

○人様に迷惑をかけてはいけない。

○人様から後ろ指を指される様なことをしてはいけない。

○人様に笑われる事をしてはいけない。

○自分の事は後回しでいいから、公の事を優先させなさい。

日本人の美徳「慎み」が消えたのです。戦後普及した自由、平等、権利を日本人ははき違えたのです。

復活させたい心…

人は、一人で生きていけません。多くの人に支えられた生きていけるのです。人は、思い遣り、優しさの心があって生きていけるのです。多くの犠牲払っても、他人に尽くす…ことで、共生の精神が大事です。これは、日本人の古来から引き継がれた価値観です。復活させたいです。

生きる喜び・幸せを共有する基礎であるからです。

自分が幸せになりたいと思うなら結局、利他主義で生く以外無いと思います。打算的でよいと思います。自分を含んだ誰かの為に行動したほうが得するだけのことです。

2015年9月24日 (木)

すすきの哀愁…

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白の刷毛 風に棚引く 薄かな 

秋の七草の一つに「すすき」…哀愁が漂っています。

かっては、萱(かや)を刈って牛の餌に…また茅葺(かやぶき)屋根の材料に用いたものです。十五夜の月見には、必ず飾ったものです。

日本人には馴染みの草花です。

繁殖力が強く、休耕田・畑、ちょっとした空き地、河原などには、どこにでも生えている雑草的な植物であり、そのような、決して華やかとは言えない「すすき」に、日本人は趣を見出していたのです。

「すすき」いえば、船頭小唄を思い出します。哀愁にみちた、森繁久弥の歌が、印象的に頭に残っています。

「♪ おれは河原の枯れすすき/同じお前も枯れすすき/どうせ二人はこの世では/花の咲かない枯れすすき…♪」と男女の間柄を歌っています。

 すすきが原といえば、神奈川県足柄下郡箱根町仙石原が有名です。

2015年9月23日 (水)

出来る限り迷惑かけずに年をとりたい

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最近…疲れが溜まりやすく、無理がきかなくなってきているなぁー実感する今日この頃です。年をとるという事は…こういうことなのか?と実感することが多くなりました。

限られた時間を意識し、無駄にしないように心がけてるのですが、毎日が時間も飛ぶように過ぎて行きます。もっと、パワフル、好奇心旺盛に人生を送らなければ…と思い「いい年の取り方、重ね方」について考えてみようと思っています。

良い年の取り方というのは、自分に無理なく、わがままでなく、というスタンスを確立していく事だと思ってます。年とともに、自分は自分、人は人…で、比較するべきことではないと思うようになりました。

私はあえて真似ようとは考えないようにしています。ものの考え方や精神的体験、具体的な人生経験などは人それぞれなのだから、その結果として形成された人格は様々に異なっていて当然だと思うし「これが正解です」という事もないように思います。

素敵な人は素敵だと認めた上で、自分は自分なりにその時々においてベストの判断、行動を心掛けておればよい、と思っています。結果として世間のスタンダードからはずれた年の取り方になってしまってもどうということはありません。

世間体とか人並みとか人以上とか、そういう他人との比較で神経をすり減らすのも馬鹿らしいような気がしております。どうせ一生、死ぬまで生きるだけの事です。公序良俗に反しないなかで自分を可愛がってやって良いと思ってます。

将来、イジけた卑屈な老人にだけはなりたくないです。そして、世間でのお付き合いは、年よりには、年よりのお付き合いがあり…無理せず、できる限りのご迷惑をかけずに…が私の願いです。

2015年9月22日 (火)

道徳(良心)とは

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良心とは、自身に内在する社会一般的な価値観(規範意識)に照らして、ことの可否ないし善悪を測る心の働きのことである。(ウキペディア)

毎日ゴミ拾いをしていますが、ゴミのポイ捨てが後を絶ちません。何を考えているのだろうと何時も思うのです。注意看板を取り付けても、まったく無視?良心(規範意識)あるのだろうか?

小さいゴミ一つぐらいがゴミの山に…

タバコの吸い殻一本ぐらいが、ガムや、使った鼻紙、タバコの空き箱、ペットボトル・空き缶…やがては、家庭ごみまで捨てられていることがあるのです。一人が一個のゴミでも百人で100個となります。そしてゴミの山になるのです。

家庭でのゴミ出しも、真面目に分別して出す人もいれば、「面倒だから」と色んな物をゴチャ混ぜで出す人もいます。

真面目にやっている人から見れば、「自分はちゃんとやっているのに…ちゃんとやらない人はズルい」と思えるかもしれません。こんな状況は不平等だ!と、憤りを感じる方も…

いずれも、言い換えれば「道徳(良心)」の問題

一見、良心に従って行動した人は損をしているように見えるかもしれませんが、決してそうではありません。良心に従って行動する人間と、良心に従わない、人間性が問われ、評価されることになるのです。

良心(規範意識)を目覚めさせて欲しい。「天はしっかりと見ていますよ」・「大人の行動を子供たちはみていますよ」

ごみのポイ捨ては…どういう事になるか…「自分で自分の首を絞めるようなものです」…汚い街になり、住みにくい街になるのです。考えてください。

2015年9月21日 (月)

年をとって母親・ふるさとを想う心が強くなる

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「守・破・離」…剣道や茶道などで、修業における段階を示したもので、人の生きる道程にもあると思います。自分の人格の形成の基礎は、母・ふるさと…です。

自分を生んでくれた母親…自分が生まれ育った…ふるさとは死ぬまで忘れられれません。母親・ふるさとを後にするのです。人は新しい新天地を求め旅に出ます。母・ふるさとを離れて成長していくのです。

古来から…母親の想い・ふるさとの想いを詩にしたものがあります。

「ふるさとは、遠ありて思ふもの、そして悲しくうたふもの」…室生犀星 があります。

そして…故郷(ふるさと)  作詞家の高野辰之助の詩の二番に…

「如何にいます 父母(ちちはは) 恙(つつが)なしや 友がき  雨に 風に つけても 思い出ずる 故郷 …があります。

 また…賛美歌に…

何にか譬えん 尊き母を 夜すがら輝く 御空の北斗
人生航路の 行く手に耀り 行けども行けども 耀りてやまず

 何にか譬えん やさしき母を 湧き出て尽きざる 谷間の泉
慈愛は御胸の 奥より流れ 汲めども汲めども 溢れてやまず

譬えんとは、他に比べるものはない。と言う意味です。

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 今日は敬老の日です。

人間は年とともに、生理的に身体の部位は衰えていくのですが、老化を少しでも若くありたいと思うことは万人みな同じです。

精神科医の斎藤茂太さんが、いくつになっても若さを失わない秘訣として「イ・カ・ニ・マ・ス」を提唱しています。

①イ---異性に関心を持つこと。まずこれが第一ですね。
②カ---カラオケ。声を出して歌うと心のわだかまりが消えて気持ちが晴れます。
③ニ---日記をつける。簡単でいい、毎日メモ程度にちょっと手帳に書くだけでいい。

④マ---街着。タウンウエア。出かける時、ちょっと流行にも気を配って、ネクタイの色を自分で選ぶ。老人が「年寄り臭く」なってはいけませんね。いつま でもおしゃれ心を失わないこと。むしろ年をとってからこそ身ぎれいにしなければならない。

⑤ス---スポーツ。柔軟体操でもいい。家の周りを少し散歩するだけでもいい。要は体を動かすことです。

この五つに加えて、大事なのはテレビよりも活字に親しむこと。つまり、本や新聞をよく読むのも積極的な頭の体操になります。

その上、いろんな集まりにはできるだけ出席して、人に会って新しい情報に接することが心を若返らせると言われています。

敬老の日

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我が夫婦 ボケ同士の 仲の良さ
 

私たち夫婦も結婚50年を過ぎました。二人とも後期高齢者となり、現代の標準家庭?(子供は世間並みの核家族化で別暮らし)…医療費が1割で、安くなったと喜んでいます。でも最近忘れること多くなって「わがボケに 気付く程度でいたい ボケ」が本音です。 

そして、「年寄りが 増えた増えたと 聞く辛さ」です。

NHKのデジタルニュース…

65歳以上の高齢者は3384万人 過去最多21日は「敬老の日」です。

総務省のまとめによりますと、日本の65歳以上の高齢者は3384万人で、過去最多を更新し、このうち80歳以上は、初めて1000万人を超えて、1002万人でした。

21日の「敬老の日」を前に、総務省が今月15日現在で推計した65歳以上の高齢者は、男性がおよそ1462万人、女性がおよそ1921万人で、合わせておよそ3384万人となっています。

これは、去年の同じ時期に比べて89万人増えていて、過去最多を更新しました。また、80歳以上は1002万人で、去年の同じ時期に比べて38万人増えて、初めて1000万人を超えました。

さらに、65歳以上の高齢者が総人口に占める割合も、0.8ポイント増えて26.7%となり、過去最高になりました。

高齢者の総人口に占める割合は、昭和25年は4.9%でしたが、少子高齢化の進展に伴い、一貫して増え続けていて、おととし、初めて25%を超えて、日本人の4人に1人が高齢者となっています。

一方、去年の高齢者の就業者数は、681万人と、11年連続で増加して過去最多となり、15歳以上の就業者総数に占める高齢者の割合も10.7%となって、過去最高を更新しました。

2015年9月20日 (日)

まちの美化にご協力を!

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まちの美化 一人ひとりの 心がけ

私は毎日ゴミ拾いをしています。ゴミの量は毎日同じで、国道の交差点・まちの広場で小屋の休憩所・公園のベンチ付近・駅の近くの植え込みなど…だいたい、捨てられる場所は特定できます。

もちろん、ゴミ捨て禁止・ゴミは持ち帰りましょう…などのポスター取り付けています。しかし、なかなかゴミは減らないのが実情です。

八王子市は歩行禁煙です。住んで良かったまちにしましょう。

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守ろうよ みんなの好きな まちだから

一人ひとりの心がけが、ポイ捨てごみや、路上喫煙のない環境になります。地域の環境美化を図り、安心安全なまちづくりを推進するため、ご協力をお願いします。

向こう三軒両隣のお付き合いの大切さ

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防災は、地域によって、土砂災害・水害・津波などによって異なります。

また、突然やってくる地震では、病院・学校・老人施設・などでも違います。そして、車の運転中・電車・バスなどでも違います。

地震が起きて、身を守るということでは何処の場所でも…

①「被災して3分はまず自分の身を守る」

②「それが出来たら3時間で人を助ける」

③「更にそれが出来たら3日間生き延びる努力をする」…ということです。

地域には、それぞれ特徴があります。

いま住んでいるところを、よく知ることです。山を削って造成した土地・湿地帯を埋めて造成した土地・以前は川だった場所を造成した土地・海に近い土地・埋め立てられた土地などそれぞれ違います。それが岩盤であったり、軟弱な土地であったりでも、災害の発生で、被害が違ってくるのは当然です。

自然の猛威…

今年の夏は相次いで台風が日本列島に上陸しました。 特に台風18号による被害は、栃木県・茨城では鬼怒川の氾濫で、水の恐ろしさをつくづく感じました。

東京では、35度を超える日…いわゆる猛暑日が8日間も続き、熱中症で亡くなられた方もたくさんおりました。竜巻・突風の被害もありました。9月下旬…台風も今年は過去最も早いペースで発生しています。

自然災害は恐ろしいものですが、 その恐ろしい自然災害から身を守るために最も大切なことは「備え」です。 モノとココロ、その両面を備えることにより、自然災害は未然に防いだり、被害を最小限に食い止めることが可能です。

地震はもちろん、火山噴火、大雨、洪水、雪害、風害、竜巻など、 様々な自然災害から身を守るために「私たちが普段からするべきこと」、そして 「家族や地域などとのつながりの大切さ」を改めてみんなで考えることが大切です。

災害発生の自助・共助・公助…日ごろの向こう三軒両隣のお付き合いの大切さ…

どのような世界(社会)も、地域を基盤として成り立っています。その基盤となる地域を支えているのはそこにお住まいの方々です。

地域の方々を知っていくことはそこの地域を知っていくことにつながり、地域での関係づくりを進めることで、特に災害時の(共助)で大事なことです。

「地域連携」をお題目ではなく、本気で推進しようと考えるなら、このようなごく当たり前で簡単なことから始めよう。もし、このような単純なことで、ごく当たり前のことです。

安保法制の新聞各紙の取り上げ方と気になる意見

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安全保障法案の賛否で新聞各誌の取り上げ方が違いました。もともと、左から朝日・毎日・東京・日経・読売・産経との周知ところと思います。

戦後日本の大きな転換点となった安全保障関連法のことで、論調の違い、二極化がはっきりしてきたようです。

朝日新聞…「民意軽視の政治問い続ける」・「憲法に抵触する疑いが強い法制だ。成立してもなおその是非を問い続ける」…

毎日新聞…「国家の過ちに謙虚であれ」・「国民の支持のない自衛隊の海外派兵はあってはならない」と指摘…

東京新聞…「不戦の意志貫こう」・「法律が成立しても国民多数が望まぬなら不用にできる」と訴え…

読売新聞…「戦禍を防ぐ新法制」・「強大化する中国と向き合い、必要最小限の抑止力を維持できるようになる」と評価…

産経新聞…「中国の脅威 抑止力強化」…成立を評価…「自国存立のために集団的自衛権を行使できるようにするのは当然だ」と…

日経新聞…「どう使うかで決まる安保法の評価」…「安保法制は大まかに2つの要素で構成される。ひとつは世界平和への積極的な貢献だ」…「求められる国際貢献」・「対話も同時に進めよ」…

「良識の府」参議院が…失墜

採決をめぐる混乱は目を覆うばかりで、怪我人が出るのでは心配するくらいで、失望してしまいました。

「良識の府」のかけらもうかがえない。法案は、日本の将来に大きな問題です。テレビでの中継でのことですが、採決強行は暴挙というほかない…どうみても強行採決と思えるのです。

気になる声・意見

「国民の不安置き去り」と言う国民感情がさらに深まったのは事実です。これからの日本を背負って行く、若い大学生の言葉が、印象的に残っています。「安全保障法案は、私たちの問題であり、自衛隊・国を守ることでも、私たちの意見を聞いて欲しかった」…

また、石破茂地方創生担当相は「自民党は政策よりも『何か感じが悪いよね』と国民の意識が高まったときに危機を迎える」と語った。

まだまだ、理解が出来ない国民が半数以上いると言われています。安倍首相はこれからも丁寧な説明をして行くと言うが…憲法違反の疑いがあるのは間違いないようです。

2015年9月19日 (土)

シルバーウィークで思う

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138億年前 - ビッグバン・46億年前地球が誕生したと言われています。それ以来地球上では、地球は、24時間で自転しながら太陽を365日かけて1周するという…規則正しい時間を刻んでいます。

秋彼岸…

太陽が真東から上がって真西に沈む日があります。春と秋に一回あり、日本では、「暑さ寒さも彼岸まで」というように、季節の節目にお彼岸はあります。

彼岸は、3月と9月の年2回あり、今ではそれぞれ春分の日と秋分の日と結びつき、墓参りなどをする年中行事となています。日本では、今日から「シルバーウィーク」と呼んで大型連休…

46億年前からの命が繋がり…

地球上のすべての生きものは互いに命の繋がりがあります、そして生きものの細胞には遺伝子情報・命の情報があり、生き死にしながら、何万・何億年にわたり伝えられ、さまざまな生きものの命が続いているのです。

人は、自分の意思で力で、生きていると思っています。自分の意思で生きているというのは、 自分の思いこみであって、自然の摂理によって、生かされているのです。

彼岸花(曼珠沙華)は昔から今もこの時期に咲いています。これも大自然の営みの一つで、何の指示も受けずに、ただ咲いているのです。

人間も自然の中の一種…

人間は百歳まで生きられるような、 生理的体質に生まれてきているそうですが、ほとんどの人はそこまで生きられないで寿命が尽きてしまう、なぜならば、ストレスにより自滅してしまうからです。

人は自然の摂理によって生かされていると気楽に受けとめればよいのに、欲張り根性、見栄っ張り根性があるから、いつも肩肘はって、世間や他人に気を使いながら、 ストレス地獄の中で、あがき苦しんで生活しています。

命の儚いこと、 つかの間の命、 死するものとしみじみと思う時、自分の生き方を本気で考えるものです。 命ある間に本当の生き方を見いだし、こんなに光り輝くすばらしい世界に生きているのだから、悔いのない人生を送りたいものだと、時には思うでしょうが、「そのうちに」で、日が暮れてしまう。

2015年9月18日 (金)

自分の経験は価値ある財産

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自分の経験は価値ある財産です。

「自分の経験は、どれほど小さくても、百万の他人がした経験よりも価値ある財産である」…ドリス・レッシング

後期高齢者ともなれば、いろいろな人生経験してきています。そして、失敗や後悔があります。その失敗や後悔を生かし、将来につなげること…これがその人の財産といえるでしょう。

私は多くの人を知り、あの人は「こう言う性格の人」・「器用な人」・「面倒見い人」・「人をまとめることが旨い人」・「我慢強い人」などです。つまり、多くの人を知り、見識を深めることも、財産だと思います。

財産と言うと、捕らえ方として「失敗しない方法を経験則以外で知る」と言うこともあるでしょう。

徒然草85段

人の心は素直でないから、嘘偽りにまみれている。しかし、生まれつき心が素直な人がいないとも言い切れない。心が腐っている人は、他人の長所を嗅ぎつけ、妬みの対象にする。もっと心が腐って発酵している人は、優れた人を見つけると、ここぞとばかりに毒づく。

「欲張りだから小さな利益には目もくれず、嘘をついて人から崇め奉られている」と。バカだから優れた人の志も理解できない訳で、こんな悪態をつくのだが、この手のバカは死んでも治らない。人を欺いて小銭を巻き上げるだけで、例え頭を打っても賢くなる事はない。

「狂人の真似だといって大通りを喚き走れば、これすなわち狂人である。悪人の真似といって人を殺せば悪人である。駿馬を真似るのは駿馬。舜を慕い、集まるのは舜の仲間。それが単なる上面だとしても、賢さを真似ようとするならそれが賢さなのである。」という話があります。

調子に乗って、バカな真似をした後で、酷い後悔の念をすることがあり、賢さを上手に真似できる人間になりたいと、思い返すことが出来ます。

また、吉田兼好を好きな時、嫌いな時というのも自分を客観的に評価できる、一つの指標になると思います。

2015年9月17日 (木)

心の豊かさ

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真 の 「 豊 か さ 」 と は ?真の「しあわせ」とは?この命題はこれまでも多くの人に語られてきました。その人の価値観によって大きくは2 極に分かれる問題です。

それは、「物質的豊かさ」と「精神的豊かさ」です。

前 者 の「物質的豊かさ」は、戦後、物資の乏しく、貧しい生活から、多くの人が逃れたいと求めてきた「豊かさ」です。戦後の著しい復興、科学技術の進展はわが国に大きな「物質的豊かさ」をもたらせました。

これは科学技術の進む限り、どこまでも尽きることのない欲求として人間は持ち続けるでしょう。人間だけが追求する欲求といえるでしょう。今、私たちは「物質的豊かさ」を得た裏側で、その負の遺産として、地球温暖化を始め、人類の生存にも関わる様々な環境問題に直面しています。

このことは大変大きな問題として、すべての人が考 えな ければならない 問 題です 。ある国では、わずかなお金で一本の井戸を掘 り、水を与えられることで、大きな喜びと幸せを感じることができる人々がおられます。

あるところでは、勉強したくとも、施設も先生もいず、1 年に1 回循環してやってくる移動学校を待ち望んでいる子供たちにとっては、そのときほど大きな喜びを感じている時はないのではないかと思われます。

「物質的豊かさ」は状況によって、わずかなことで幸せを感じることができますが、限りない質と量への欲求につながっていきます。また、豊かさとは、お金さえあれば、何でもできると思う人もいるでしょう。

しかし普通のまじめな人は、仕事せずに趣味三昧の生活に幸せを、真の豊かさを感じることができるでしょうか。決して経済的に豊かでなくとも、家族が健康で、楽しく思える生活が送れることに幸せを感じる人も多いと思います。

このような心の幸せを感じる人は、同時に心に「豊かさ」を感じて生活していると思います。これが「精神的豊かさ」です。この「精神的豊かさ」にはまた質の異なるものがあります。

例えば自分の好きな音楽や演劇を鑑賞し、静かに読書を楽しむこと、このような文化的な 時 を 享 受できることに、「豊かさ」を感じる人もいます。

ヨ ー ロ ッ パ人やア メ リカ人は働いて、お金を貯め、長期の休暇を取って、家族一緒に、一カ所でのんびりと時を過ごすことに「豊かさ」を満喫する人たちがいます。

私たち多くの日本人は、お盆、お正月の数日間の休暇を、満員の新幹線に乗り、また渋滞する高速道路を走って帰省する。同じ休暇を過ごすにも何か「豊かさ」の質に違いがあるこ
とを感じます。

結 局 、真の「豊かさ」とは、これという定義があるわけではなく、一人一人の価値観や心の持ち方にあります。言い換えれば自分で満足できる「形」を見つけ、実践できるところに真の「豊かさ」を感じることができるのです。

「豊かさ」は他人に強制はできないし、同時に自分の「豊かさ」を他人に押しつけることもできないのです。ここで注 意すべ きことは、自分の「豊かさ」を享受するために他人に迷惑をかけてはいけないことです。

また「豊かさ」は一人一人異なるとはいえ、人間共通に必要な最低限の「豊かさ」があることを忘れてはならないし、これは文化国家として、国家が守らなければならないこともあるということです。

混迷の時代に生きる

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混迷の時代の道標・・・道理をわきまえて、生きる喜びを感じる人は、幸せです。

シリアから難民は、豊かな国ドイツなどの欧州へと何百キロと歩いて脱出しているニュースを見聞きし、心が痛みます。鉄条網を掻い潜って、国境を脱出している光景を見ますと、何とかしてあげたいと思わずにはいられません。

生まれ故郷をすて、着の身着のままの状態のようです。そして、なぜかお年よりの人は見られません。シリアと言う国の内情が余りにも酷い国であるか、想像も付きません。

まさにこのグローバル化した、人間社会に、そういう人たちがいるのです。同じ人間として、日本も何とか救済を考えなければいけないのではないでしょうか…日本は難民の受け入れには消極的と言われているようです。

日本は島国です。シリア難民のような経験は過去にもないので、価値観も違いがあるでしょう。しかし、「お金は出すが…」日本は難民を受け入れるが余りのも少ない(難民を受け入れは3人)という。海外から批判は免れないことでしょう。

世界経済は、ヒト(人)、モノ(物)、カネ(金)が善循環して価値を創造し、経済の実体がかたちづくられます。これらが悪循環して、モノ(物)が極度に不足したり、溢れかえったりして、時には経済が混乱します。そういう時代も過去にありました。

ところが近年はカネ(金)が質的に変化し、肥大化した金融が経済を左右するようになると、経済の実体が虚像と化して、有り余るカネが、経済をまたたくまに混乱の渦に巻き込んでしまいます。

今、中近東・南東アジア・など、特にニュースなどの情報しか理解できていませんが、地球的規模の混乱の渦の中で人々は右往左往しています。深刻な世情ですから、人間の認識をもってこの現実を理解しょうとすれば、混迷の世に自分自身の存在までも見失ってしまいそうです。

国会では、安全保障関連法案が山場に来ています。「日本人の命と平和な暮らしを守るため、あらゆる事態を想定し、切れ目のない備えを行う」との安倍晋三首相の持論ですが…国民に納得が出来ない人が、まだ6割もいます(JNN世論調査)。

シリアなどの難民問題・イスラム過激派組織の存在などをを思うと、日本は無風状態ではいられません、現状の世界の中の日本は、これら世界の情勢を踏まえて、形はどうあれ、備えは必要であると思います。

2015年9月16日 (水)

季節は巡り巡って

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色さめた 土手に花咲く 彼岸花 

今年の夏は、ことさら暑かった。9月に入り台風18号の影響は自然の恐ろしさを、思い知らされたようです。

記録的な大雨となった東日本でした。茨城・鬼怒川や宮城・渋井川の堤防が決壊し、茨城県常総市では鬼怒川が、宮城県大崎市では渋井川が決壊し、未曽有の大水害となりました。

被災された方々には心からお見舞い申し上げます。

私の子供のころ、近くの川が氾濫して床上浸水の経験があります。ヒューヒューと続く風・大粒の雨が、雨戸を叩き、木の葉を引きちぎり、その様子は雨戸の隙間からみていました。水が引いた翌日に、鯉が横たわっていた事を覚えています。

幸いにして、私たちの住む街にはさほど影響はなかったのです。そして、季節は確実に巡り巡っています。今年も、除草を終えた湯殿川の土手に、曼珠沙華(彼岸花)が赤く繊細な花を開かせています。

彼岸花は、田んぼの畦道などに群生し、9月中旬に赤い花をつけるため、お彼岸の頃に咲く花として親しまれています。花言葉は、「情熱」「悲しい思い出」「独立」「再会」「あきらめ」だそうです。

2015年9月15日 (火)

楽しくなけりゃボランティアではない

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                       倉城跡公園

自分が楽しくなけりゃボランティアではない。

街中をはさみとゴミ袋を持って、毎日のようにゴミ拾いをしています。生活ゴミなどは、八王子市のごみ相談センターに処分を依頼し、少ないゴミは近くのスーパーに処分をお願いしています。公園・広場など子供たちに、協力してもらっています。

ゴミ広をするきっかけは、生まれも育ちも、また、今も住んでいる大好きなこの街だからです。後期高齢者になった私です。子供のころ川で泳いだり、魚捕りをして遊び、山では、蝉捕り、栗を拾い、自然豊かな村でした。

しかし、開発が進み、自然が破壊されむかしの面影がなくなりました。その上、ゴミが川に、山に捨てられている光景を目にするようになり、川の魚も、山の昆虫も姿を見ることも出来なくなりました。

以前、オキシダント・産業・生活排水などが、社会問題化として社会全体で取り組むようになりましたが、まだまだ一般市民は、高度経済成長の忙しさから、使い捨て時代となったのです。その上、競争社会に慢心し猛烈社員の言葉が生まれていたくらいです。

今では自己中心主義が問題化しているようで、自分の家の庭はきれいに掃除をするが、回りの道路は掃除をしない。それどころか、通勤の途中でタバコの吸い殻を平気で道路に捨てる人がいるのです。環境に無意識な人が後をたちません。

危機感が薄い?ゴミ拾いは、市役所の清掃事業所で行えば…と思っているのでしょうか?と思うくらいです。

このまま、環境破壊が進んだら、人間すら住めない環境になってしまうのではとの思いから始めたのです。ゴミ拾いなんてカッコ悪い、しかし、これからの子供や孫の世代そして、将来まで、自然を守る心を、つなげていかなければとの、思いから始めたのです。

ボランティアは、他人のためではない、人々に喜んでもらう…

私の住む町に片倉城跡公園があります。公園は歴史上から貴重な資料もありますそして、自然が残す…八王子市では片倉城跡公園を、特に自然保護に力を入れていて、老人会など、各種団体が、散策に訪れています。

ある日、その団体で来られた人が、きれいになっているねー「あっそうか貴方のような人がいるのねー」と話されました。ぁーゴミ広いやっていてよかったと思いました。喜んでもらったのです。

喜んではもらえるけれど 自分が受ける喜びの方が遙かに大きい…元気 活気もここから貰える。自分が楽しい。そして、みんな笑顔になってきます。

時間も費用も 多少無いと ボランティアが出来ない…これを自分が犠牲にしているのにと思った時点で それは目的が違う、させて貰っている…私は身体が丈夫だから、いつも「感謝の心」から行っています。



  

 

2015年9月14日 (月)

おせっかい…じいさんの独り言

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おせっかい…じいさんの独り言

今の世の中、時間に追われ、生活に追われ、人が過密になってくると、つい他人を無視したり、排除したりする気持ちがはびこってしまうようです。

電車・バスで、人が周りにいても足を放り出して座っている若い人…

何人分もの座席を占領し寝ている酔っぱらい…

ドアーの近くにスポーツバックを置く高校生…

そんな人たちを『ほうっておけない』と思い、声をかけるにはかなりの勇気がいります。場合によっては、逆恨みされたり、逆切れされ罵声をあびせられたりもするかもしれません。

良かれと思ってするお節介、挙句の果ては、そういったお節介者が奇異な眼で見られたりもする…困った世の中です。

このままでは、ますます自分勝手な、他人を無視する寒々とした社会になってしまうのでは…ほうっといていいですか?

今の社会で、見て見ぬを振りをする人が多くなって、お節介な爺さん・婆さんがいた昔が懐かしいです。プライバシーの問題もあるが、お隣が近所が・地域がお互い助け合っていくことが薄れ、これが社会現象化されているようで寂しく、不安になるばかりです。

余計なこと…

「見て見ぬ振り」が「傍観」に繋がっていくのです。

電車・バスの中…「お客さん、起きてください。つめて座っていただけますか!」「バック、網棚においてください」…とお節介の爺さんは言いたい…そして、「お年寄がいます。どなたか、席を譲ってあげてください」と…お互い他人を無視しあったりが…何んとも言えない雰囲気が寂しい思いがします。

「一言」声かけをしよう。

地域のお節介屋さんが変人扱いされる現在で、「その一言」は勇気のいることです。

目の前の身体が具合いが悪い人を『ほうっておけない』、そんな素直な気持ちが私たちの原動力だと思います。ちょと勇気を出してみようじゃありませんか…そうすばそうすれば未来は開ける事と思います。

ほうっておけない人は地域にもたくさんいます。私たちは、プロの大人なのですから…地域をを明るく住みよい町を目指し、地域のお節介じいさん・ ばあさん!頑張りましょう。

2015年9月13日 (日)

国勢調査員で感じたこと

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国勢調査の調査員として仕事を任命されました。調査は、身近な地域ですが、調べてわかったのですが、核家族化・お年よりだけの家・老夫婦の一家・お隣どうし知らない…などで、震災などの対応が、心配・不安を強く感じたのです。

洗濯物は、干してあるのですが、郵便ポストが何日分もたまって?チラシなどが一杯…ブザーが壊れている?…押しても反応がない…お隣の人に聞いても分からない…といった現象で困ってしまっています。

何といっても、地域の住民は少子高齢化・核家族化で、老夫婦・独り暮らし・比較的若くても独身で、地域に対する認識が薄い・ない…のです。

むかし、お巡りさんが、戸籍調べといって、分厚い台帳を持って、近くの駐在所のお巡りさんが一軒一軒回って家族構成など変わったことはないか調べていたことを覚えています。

今では、個人情報が厳格になり、調査は難しい状況…?また、自己中心主義?…核家族化が問題と思われます。

しかし、今でも警視庁では…

交番・駐在所の警察官が、受持区域内のご家庭や会社等を訪問して、犯罪被害の防止、交通事故防止、災害対策等について、役立つ情報をお知らせするとともに、皆さんからの困りごとや要望をうかがう活動しています。

警視庁では、都内の交番・駐在所を拠点として、地域住民が安全・安心を実感できるよう、パトロール活動や地理案内、遺失物・拾得物の取扱い、困りごと相談の受付や、110番通報時には迅速に現場に駆け付け、犯人の早期検挙、事件捜査、交通事故処理等を行っています。

また、巡回連絡で家庭や事業所を訪問し、身近で発生する犯罪や災害に関する情報提供を行っているほか、地域住民・団体と連携した防犯活動により、首都東京の安全・安心を守っています。

という事ですが…私の地区には交番が地域安全センターになり警察のO.Bの人が通いで(8時から16時)までいますので、時々相談に行っています。

私も、老夫婦二人です。年をとりこの先は、老老介護から独り暮らし?安全・安心のまちづくりに町会役員として、日ごろ活動に協力しています。盆踊り・敬老会などには、積極的に住民に呼びかけています。

住民の安心・安全には、市役所・保健所・警察などの協力・相談・アドバイスなどが必要と思います。まち並みは整備されても人のつながり・絆というものが薄れていくようで仕方がありません。

そして、寂しい誰にも分からず孤独死…私の将来を想像すると、このままでは、安心・安全には不安が増すばかりです。

2015年9月12日 (土)

政治の劣化…

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いま、政治家、それを選ぶ国民も含めた社会のあり方が問題となっていると思うのです。

日本の政治が民意を反映しなくなっているのではないか…多くの国民はそう思い、反対意見や要求が政治に届かない不満やもどかしさを感じているのではないでしょうか…ひとことで言えば、日本政治の劣化だ…いう人もいます。

自民党・公明党は、安全保障関連法案が、最後の詰めにきていると認識しているようです。審議も充分尽くされた…

と、言っても国民は、充分納得いかない、各種マスコミの世論調査では、理解はまだまだ60パーセントまでも出来ていません。数の力で承認され成立したとし、これが後々結果が、国民に悲劇を生むということになってしまったら…それとも、国民は納得しなくても結果がよければ…それでよし…

政治家というものは、結果で判断し評価するのだと思います。私は「政治は結果がすべて」ということだと思います。どんなにきれいな言葉で飾っても、どんなに見せかけの行動で取り繕っても、すべては結果で評価されます。

残念ながら昨今、あまりにも政治家の言葉や行動が軽くなってきたことに不安を覚えます。 「約束したことは必ずやる」「できない約束はしない」――。簡単なことですが、果たして実践できているか…いつも自分を振り返ります。

私たちは、いまこの時をしっかり守り抜く責任と同時に未来の世代への責任を負っています。今を生きている一人として「責任」があるからです。

2015年9月11日 (金)

信頼されるには…

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人を動かす」ことは、並大抵の努力では実現できません。

山本五十六の言葉に…

「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」⇒ 実際にやってみせるやり方を言って聞かせて、褒める…

リーダーシップとは…

自己の理念や価値観に基づいて、魅力ある目標を設定し、またその実現体制を構築し、人々の意欲を高め成長させながら、課題や障害を解決する行動。

またリーダーシップにおいて、リーダーの資質や人格的特徴は古来から関心の焦点となってきたが、リーダーが先天的に持つ資質や才能は、リーダーシップの質に影響する。…ウキペディア)

信頼されるには…

一朝一夕では得られません。長い年月かけ、小さい事を積み上げて、勝ち取れるものではないでしょうか…

誇りと自信があり、物事を冷静に見抜く技…あることです。大抵のことでは心を乱さない人です。まずは第一印象。明るく清潔で丁寧に。「こいつは話しやすいな」と相手に思わせましまうことです。

それは、相手の話を良く聞くことです。次に、自分が相手を信頼することです。疑り深い人というのは、相手からも信頼されません。

「自分に何かやましいことがあるから、相手を疑うのではないか」と思ってしまうのが人間です。ただ単に自信がないだけだったとしてもです。

そして、いよいよ何かを頼まれたり、約束をされたときは、確実・丁寧にこなすことです。そうして、1つ1つ実績を積み重ねて、はじめて相手から信頼されるのではないかと思います。

信頼を得るのは難しいですが、信頼を失うのは一瞬でできます。一番大切なのは、まず相手を尊重することだと思います。

 

2015年9月10日 (木)

毎日が好い日

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8月は猛暑日が続き、月が変わって9月…東京地方では、雨が毎日のように降っています。台風襲来で、日本各地に、被害がでています。特に、台風18号は、大雨で、昨日も降り、今日(10日)も気象庁では、大雨に、浸水・土石流に厳重な注意を呼び続けています。

この大雨を一年中、僅かしか降らない砂漠の国に降って欲しいと思いたくなります。しかし、現代科学でも、無理なことで、自然の偉大さには到底人間の知恵は及ばないことです。

相田みつをの詩… 

ふっても、てっても、日日是好日

泣いてもわらっても きょうが一番いい日

私の一生の中の大事な一日だから 日日是好日

この言葉への思い 「日日是好日」この言葉を耳にしたとき人には、それぞれの 受け止め方をあるでしょう。

「悠悠自適」という趣もあり、そう感じる方も…いるでしょう。今生きている一瞬こそ、一生懸命に生き抜くんだという、強い心が彩られてるように思います。

自分のいる場所に、環境に逆らわずにその中で、出来ることを…考えられることを…まっすぐに見ることが、出来れば、どんなに生きてることが、楽しいだろう…そう思います。

私も、これからも、そう思って、歳を重ねていきたいです…

人生はお天気のようなもので、晴れの日、曇りの日、雨の日、嵐の日など悲喜こもごもです。晴れてよし、曇りてもよし、雨もよし、嵐もみんな天気ですから、天気予報で言う、天気に下り坂もなければ、お天気が回復するという表現も、人間の我が儘根性の表れにしかすぎません。

人としてこの世に生まれてきて、今、生きている毎日が好き日です、そして多くの方とのご縁によって、共に生きていく日々が好い日です。

人生は山あり谷あり、挫折も向上の原動力であり、絶望も希望の出発点ですから喜ぶべきです。来る日、来る日のことごとくが好き日です、自分の物差しで判断していると、ついつまらないことで嘆いたりしてしまいます。

2015年9月 9日 (水)

家族とは…

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むかし教育勅語に「父母に孝に、兄弟に友に、夫婦相和し…とありました。

家族…居住を共にすることによってひとつのまとまりを形成した親族集団のことである。また、「産み、産まれる」かかわりの中から生じた親と子という絆、そうしたものによって繋がっている血縁集団を基礎とした小規模な共同体が、家族である。(ウキィペディア)

信じ合い 助け合い 支え合えることだと思います。

社会を構成する最小単位が家族です。親子のふれあいや家族の団らん等を通して、基本的なしつけや社会規範を身につけるところであり、人間形成が行われる最初の場です。

しかし、核家族化や家庭観の変化等により、家庭機能や環境は大きく変化してきています。そうした中、家族が楽しく過ごし、お互いに成長していく場としての役割があります。

現代社会は、なぜか、家族という単位を認めたがらないところもありますが、しかし人間関係の原点は家族の絆です。

現代人は、誰の世話にもならないで生きていきたいと思い込んでいるように見え…他人の世話どころか、家族の世話にもなりたくないと、言い張る人もいます。

しかし、それは傲慢なことで、お世話をさせていただく…そして、お世話になる…かつての日本人は、お世話様ですとお互いに声を掛け合い感謝したものです。

従前の経済は、家族を中心とした体制でありました。ところが家族中心の体制を封建的として否定しているのが現代経済です。

少子高齢化は大きな問題となています。少子高齢化は、子供を産んで育てるという事に、価値を見出せる…社会の仕組みでなくなったことに、起因するといえます。

2015年9月 8日 (火)

幸を感じるとき…

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人生って、本当に「楽ありゃ苦もあるさ」…で、色々な予期しないことが毎日のように起こります。そのなかで、どれだけ心豊かで幸せな人生を送ることができるか…自分の人生は、結局は自分自身の心構えによってしか変えることが出来ないという事です。

「幸せは こんなものかな  かき氷」

あるラジオ曲が川柳番組で「しあわせの五・七・五」がおなじ趣向で呼びかけたところ、人それぞれの幸福感を反映した句が殺到したそうです。

下の句を置き換えて、列記してみますと…

半分こ/しまい風呂/子の笑顔/普通の子/家で酌/二度寝入り/朝寝坊/寝息つく/抱き枕/朝のお茶/ちょい添い寝/孫の顔/ひざのネコ/5円引き/黄身ふたつ/変わりなし/・・・

幸せを感じるのは、「ちょっとのこと」・「小さいこと」そして、一瞬なのだと…それでいいのです。

○○だから幸せというのではなく、優越感。達成感。満足感。ただいい感じだと思うことはできても幸せになれなれません。

生まれてきたことがすでに幸せ…今ここにいられることが幸せ…つまり「生きている」ということが幸せって言えるのでしょう。

誰かを比べたり自分を比べたりして幸せを測ることなんてできません。心が通い合ったときや、静かで何もないときなんとも言えない気持ちになる…それが幸せなのでしょう。

2015年9月 7日 (月)

自己確立と人権

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自己確立とは…たくさんの知識を得て、さまざまな経験を経て、自分の中で吸収し、それが人と人の中で生かされたとき確立されていくのだと思います。

アイデンティティとは…自己同一性、自我同一性。自分が自信をもっていること、自分自身よりどころ…自分でわかっている方がいいのですが、わかっていなくても、そのことが自分の自信であり支え・よりどころになるような、広い意味の自分自身の「キャラ」のようなものだと思います。

私たちは、多くの人に支え合って生きて生けるのです。行き先不透明時代・混乱する社会・激動の世の中と言われています。

今最も大事なことは、人々の人権を尊重することだと思います。

21世紀は、「人権の世紀」と言われています。それには、過去の経験を踏まえ、全人類の幸福が実現する時代にしたいという全世界の人々の願望が込められています。

国際連合を中心に全人類の人権の実現を目指して、様々な努力が続けられてきましたが、国際紛争は20世紀から引きづづいています。シリアなど・中東諸国の動乱で、難民問題が、欧州のみならず、全世界に大きく影響を及ぼしています。

人々が生存と自由を確保し、それぞれの幸福を追求する権利-それが人権です。この人権の尊重こそが、すべての国々の政府とすべての人々の行動基準となるよう期待されています。

つまり、政府のみならず人々の相互の間において人権の意義が正しく認識され、その根底にある「人間の尊厳」が守られることが期待されているのです。

人権は「人間の尊厳」に基づく人間固有の権利です。しかし、地球の狭さと限られた資源の中で、人々を取り巻くあらゆる環境と共生していくことがなければ、人権の尊重もまたあり得ない時代に差し掛かっています。人権の尊重ということは、今日、そのような広がりの中でとらえられなければならないと考えます。

2015年9月 6日 (日)

幸せとは、苦しいことに耐え抜けるパワーがあることです

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幸せとは、苦しいことに耐え抜けるパワーがあることです。

年を取ったという事は、幸せの積み重ねで、今まで生きてこられた…いろいろなことがあっても歯を食いしばって、乗り切ってきだのです。むしろ艱難辛苦を耐えてきたのだから、自分を褒めるべきです。そして、幸せと思うことです。

9月21日は「敬老の日」だが、「シルバーウイーク」に埋没していて、注目度はひくいようです。私は、町会の役員をしています。「敬老」してもらわなくてもいいのだけれど、私より年下の人も、祝ってあげるため準備をしています。

80歳に手がとどく年齢になって最近、身をもって感じる現象は、視力・聴力・味覚・臭覚・触覚・温度感覚といった感覚のみならず、思考のスピード、身体を動かす速度、情報の収集処理能力等々確実に落ちてきていることです。

この世との接点がぼやけ、時の流れもゆっくりになってきています。これは私のようなもとからエネルギーの低い人間には必要なことなんだろうなと、最近は思えてきています。

無理せず静かに、大切なものだけに向き合ってていけるようにと言うことではないでしょうか…「幸せを充分感じ取って、毎日を送れ…」と、神が諭していると思うことにしています。

当然…そこには感謝の心がうまれ、人に優しく・思いやりの心が生まれると信じています。

平和って何だろう

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平和って何だろう。

戦争のない状態が必ずしも平和とは限りません。それは、戦争がなくても、人として持つべき最低の権利をもっているか、不公平がないか、社会的暴力がないか、これらをすべて考えた上で平和な状態かどうか判断できます。

その中の社会的暴力についてですが、これは社会的に不公平があり、その人の潜在的人格を発揮できないまま生涯を終えてしまうことがあれば、そこには暴力があったといえるでしょう。

その暴力とは、個人的な暴力とはもちろん違い、主語がわからない、見えないものです。その社会からなる構造的暴力に侵されず、調和がとれて、そして、戦争がない状態であって初めて平和といえるということです。

日本では難民の受け入れが厳しいと言われています。難民問題は日本にとっても遠い場所の話ではなく、私たちの社会でも大勢の人たちが暮らし、支援を求めています。そうした人たちにどうやって手を差し伸べるのか、日本の社会が問われていると思います。

安倍晋三首相の「積極的平和主義」とは…(Weblio辞書)

自国のみならず、地域および国際社会の平和の実現のために、能動的・積極的に行動を起こすことに価値を求める思想。2013年12月に閣議決定された「国家安全保障戦略」において、日本の安全保障戦略基本理念として掲げられた。

積極的平和主義が目指す具体的内容としては、専守防衛や軍縮などのような平和国家としての原則を維持しつつ、PKOなど国連の安全保障措置に積極的に参加することなどであるといえる。

国家安全保障戦略においては、「積極的平和主義」の語は「国際協調主義に基づく積極的平和主義」の形で用いられており、国際協調を基礎に置くことが前提条件となっている。

1枚の悲しい写真が今、世界を突き動かしています。

9月2日、トルコの砂浜に打ち上げられた、痛々しい男の子の遺体が世界のメディアを通して衝撃の与えています。トルコからギリシャに向かうボートが転覆し、溺れて亡くなったとみられるシリア難民のアイン・クルディくん(3)だった。

5日、母親と5歳の兄と一緒に、故郷に埋葬されたそうです。シリア難民男児の家族は父親だけが生き残った。その父親は…「未来を与えたかった」という。 

今年に入って7月末までに、中東・北アフリカから地中海を渡って欧州に到達した難民は22万5千人。2100人がその途中で亡くなったり、行方不明になったりしたと推定されている。昨年は約21万8千人がボートで地中海を渡ったが、途中で少なくとも3500人が死亡したとの報道されています。

世界経済は大きく発展しました、日本では考えられない、現象が起きている事を衝撃を持って知らされた思いです。日本でも格差社会が問題だとなっていますが、目の前で、突然、家族が亡くなるという…想像もできないことです。

2015年9月 5日 (土)

季節の移り変わりは早い

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柿の実や 存在を知る 秋はじめ 

今年の夏(8月)は各地で記録破りの猛暑日で、天気予報・ニュースで報道されましたが、8月末より雨降りの日が続いています。台風15号の影響という。そして秋雨前線が日本列島に張り出してきました。

秋の果物が種類も豊富になり、スパーの店頭に並びます。私は東京八王子市在住ですが、少なくなった農家の…庭先で、大きな葉に隠れて見えなかった赤い実…柿です。

食べるものがなかった昔、太い幹をよじ登って採って食べたことを思い出します。たしか、8月末には食べた。川を剥かずに、ガブリと、ちょっと渋かった…

季節の変わり目で、急に涼しくなり、雨で木の葉が落ち、赤く実った柿が目立つようになりました。

木の枝高く赤い柿のみが輝く季節も間近い…季節の移り変わりは早いですねー。

2015年9月 4日 (金)

見返りを求めない心

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「情けは人の為ならず」と言う諺があります。

人への愛情、善意、情けは、必ず自分に返ってきます。相手から直接感謝されなくても、巡り巡って、ほかの誰かが返してくれるものです。行為そのものが返ってくるというよりも、そういう態度や心がけが、幸せを呼び込むのです。

人に優しくできるから、人からも優しくしてもらえる。優しくされることがうれしいから、ますます他人に優しくなれる。うまくその好循環にのれば、ことさら「他人に優しくしよう」などと義務的に考えなくても、「そうせずにはいられない」と思えるようになるものです。

問題は、どうやってそのきっかけをつかむかということです。せっかく人に親切にしても、感謝されなければ、やはり損だ。親切が無駄になるのはばかばかしい。そう尻込みしてしまうのも無理はありません。

しかし、自分の親切が絶対に無駄にならない方法があります。「見返りを求めて、親切にする」のではなく、「過去に受けた親切に恩返しをする」と考えればよいのです。

人はみな、特に子供のころは、人の手を借りなければ生きていくことはできません。いま無事に生きているということは、数え切れないほど多くの人の世話になっていることの証拠なのです。

自分は相手に何も親切にしていないのに、まったくの無償で親切にしてくれた人も、必ずいるはずです。自分でも気づかぬうちに、人に迷惑をかけてしまったこと、不用意に他人を傷つけてしまったこと、それらを黙って許してくれた人もいるはずです。

その恩に報いるために、人に親切にするのです。相手に直接お返しをすることができなければ、ほかの誰かでもかまいません。他人に優しくされたから、自分も他人に優しくする。人に許してもらったから、自分も人を許す。

その善意が無駄になることはありません。見返りがえられるだろうかと不安を感じることもありません。自分の善意そのものが、人への見返りなのですから。それで目的を遂げたのです。

人に親切にするといっても、滅私奉公のように重苦しく考えることはありません。せっかくの善意も、度が過ぎれば、いらぬお節介となってしまいます。大それたことをしようと思わなくてもよいのです。 

相手のために働いたり、物を与えたりすることよりも、もっとも人のためになることは、「相手を尊重する」ということです。

心を込めてあいさつをし、話を聞き、共感すること…。相手の幸せをともによろこび、落ち込んでいるときには見守り、逆境にあるときにも見捨てないこと…。「相手の存在を認めてあげること」以上の優しさはありません。 

小さな善意をこつこつと積み重ねていけばよいのです。気づいたころには、「愛し、愛される」という大きな循環が自然にでき上がっているのです。

タバコの吸殻について考える

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街を清掃して…

一番数の多いゴミは、圧倒的にタバコの吸殻です。ゴミ拾いをして、一回りして帰り道に、もう…捨てられています。だから拾っても拾っても…の感じさえします。

人通り多い駅前・繁華街の道路、特に交差点には無数に落ちています。かさばるゴミではありませんが、至る所で目につきます。

捨てる人の品格が問われます。罰金という自冶体もあるそうです。八王子市では全市内が歩行禁煙です。「タバコの吸い殻はゴミでない」…とでも思っているのか!!!と怒りたくなります。

自分の家の前にゴミを毎日捨てられたら、誰でも怒りたくなるでしょう?。それを無意識に捨てている人がいるのです。まさに自分さえ良ければの「自己中」の人で公衆道徳の欠如と言うべきです。

歩行喫煙・ポイ捨て禁止の注意看板がある前に、捨てて行くのは、ただの習慣?「何故、と聞かれても、何も考えてないので理由など言えないですよ!」…という事でしょう。「赤信号、みんなで渡れば怖くない」的心理なのです。

歩行中・車の窓からポイ捨てで、火災が発生します、雨水の浸透性が高い「排水性舗装」もタバコの吸殻のために機能が停止させられたり、側溝の蓋を詰まらせたり 側溝そのものを詰まらせ 最近のゲリラ豪雨時には道路を冠水させます。

捨てられた吸殻は 誰かが気づいて拾わない限り、いつまでも近辺を漂い、通行人の目に留まることになります。捨てる人は無頓着ですが、その吸殻が目に留まるたびに、人の心を少しづつ荒ませてしまいます。

現にタバコのポイ捨てを禁止した街々で犯罪が減った報告が相次いでいます。人の心というものは、小さなゴミ一つによっても乱されるものです。街頭清掃に参加して1度でもタバコの吸い殻を拾った人は、不思議とゴミを捨てられなくなります。

「タバコの吸殻くらい」と無神経に捨てる人が世の中を悪くしているのだと思います。

2020年には、東京オリンピック・パラリンピックが開催されます。最高のおもてなしは、「街も人の心も美しい」…ことだと思います。どうかご理解・ご協力をお願いします。

2015年9月 3日 (木)

国の医療費の増大に思う

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「医療費、14年度は初の40兆円 診療報酬の削減焦点」

厚生労働省がまとめた2014年度の医療費が2日、分かった。患者負担と保険給付を合わせた総額は40.0兆円と前年度より7000億円増えた。増加は12年連続で、40兆円台に乗せるのは初めて。 

高齢化で治療を受ける人が増えていることが主因だ。医療の公定価格にあたる診療報酬の改定作業を年末に控え、どこまで削減に踏み込めるかが焦点になる。(3日/日経新聞)

16年度国家概算要求…

一般会計の要求総額は過去最大の102兆4000億円超で、15年度予算(96兆3420億円)を約6%上回る。高齢化による社会保障関係費の増大に加え、借金に相当する国債の返済費用が膨らむ。(時事通信)

高齢者の将来の不安…

9月21日は敬老の日です。長寿の時代に生きる高齢者は、まず健康で、このまま元気ではいられない…では元気なうちに、家・財産・墓などを、考え準備しなくては…と思っている人は多いと思います。

日常生活で不安はたくさんあることでしょうが、何と言っても健康のことだと思います。現状維持は出来ません。車椅子生活から…介護生活になる?

私は現在は二人暮らしですが年を増すごとに、不安は募ってきます。

独り暮らし?・高齢者専用住宅?高齢者施設?その費用は?国では、在宅介護サービスを費用の面から考えているそうですが、夫婦で長いこと生活を共にし、お隣とも親しくお付き合いした場所から離れたくない…人が多いという。

しかし、核家族化で老夫婦二人だけのお宅が多い中、大変な、老老介護生活で生活している人が、多いと聞きます。

国の予算が社会補償関連費が膨大になるからといって、「姥捨山的」政策だけはやめて欲しいものです。「年をとり身体が衰える」…人は誰でも通る道です。老人になっても安全・安心で…人生をまっとうしたいと思っています。

2015年9月 2日 (水)

暮らしの安全・安心はみんなの願いです

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みどり豊かな美しい自然環境を大切に守り、みんな「住んで良かった」と言える「まち」が私達の願いです。

標語を考えてみました。

「守ろうよ みんなの好きな 街だから」

~女性を犯罪から守るために~
女性の敵!痴漢・引ったくり…女性を犯罪から守るための防犯対策で、以前からあるもです。


「ポイ捨ては あなたの心が 汚れます」

「美しいまち 素敵な笑顔と 優しい心」

「挨拶の 大きな声に 笑顔で元気」

「声かけは 防犯の 第一歩」

「美しいまち 子供の心が きれいです」

「困ったとき 遠い親戚より 近くの他人」

 

季節の変わり目

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季節の変わり目…秋雨前線が日本列島に横たわっています。

今年の夏は各地で、記録的暑さで、8月の東京地方では猛暑日(35度)が8日続きました。ところが一転、台風15号の影響から急に涼しく、雨模様の日が続いています。体温調節が、難しくなっていて、体調を崩す人もいるようです。

熱中症で多くの人が入院し、亡くなられた人も多くいたようです。とりわけ体温をうまく調節できない乳幼児や高齢者が起こしやすいといわれています。

日本人が世界で最も長寿となったその背景には冷蔵庫が普及して、食生活での塩分の低下が大きいといわれていますが、近年の暑い夏をしのぐことができているのはエアコンの普及と思います。

窓を開け、室内に風を入れれば、結構涼しい…昔はエアコンなどなかったが、大丈夫だったじゃないか…というお年よりがいます。今の人は、我慢が足りないという。

しかし、昔から人が亡くなる時期は、夏の最も暑い時期・冬の最も寒い時期が多かったようです。我慢ではなく、体力がない赤ちゃん・お年よりでした。やはり身体が弱ければ…自然の法則です。

我慢すること…

どんなに暑くても、寒くても我慢しよう、苦しいこと・痛いのをぐっと我慢したなどと、日常会話にしばしば出てくるこの「我慢」という言葉は、耐える、辛抱するの意味ですが、もとは仏教語です。

仏教語で我慢という言葉は、煩悩の一つで、強い自我意識から起こる慢心のこととされています。現代の日本語では自己を抑制する、耐え忍ぶこと、こらえること、などと、忍耐の意に用いられています。

また、「娑婆」という言葉も「暴風に翻弄される船の中で右往左往してみてもどうにもならない」のと同じで、世の中何処へ行っても自由気ままにならないことばかりだと腹にすえて、耐え忍ばなければ生きていけないのが、この世の中だと認識してはじめて活路が見出されるのです。何ごとも忍耐の心が大切です。

日本は豊かな国になりました、ところがとりわけ若者には困難に出合うと逃げ出してしまったり、無気力になってしまう人が多いようです。

また逆境に立ち向かうことが不得手で逃げ出したいと思うけれど逃げ出せずに、抑うつ症状になったり、独りぼっちの悲哀感から生きていても仕方がないと感じてしまう人もあるようです。

2015年9月 1日 (火)

18歳で酒・タバコ解禁に反対

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「酒・たばこ18歳解禁を 自民特命委、選挙権年齢下げ踏まえ提言」

自民党の成年年齢に関する特命委員会(委員長・今津寛元防衛副長官)は31日、改正公職選挙法の成立で選挙権年齢が「18歳以上」に引き下げられることを踏まえ、民法上の成人年齢を「18歳以上」に改め、飲酒、喫煙の解禁年齢も現行の「20歳」から「18歳」に引き下げるよう政府に求める方針を固めた。(産経新聞)

18歳は大人…当然、飲酒・喫煙は認めるのが相当…提言の考えのようです。

私は反対です。

発育中の若年者の脳は薬物におかされやすく、依存を形成したり損傷したりでいいことがないそうです。

高校生が飲酒、喫煙することが許されたら…

校則を含め、親も教師も指導・学校の喫煙場所・下校時に飲酒…想像すると恐ろしくなります。

健康の大切さや、倫理や、節制等のたがが外れ、急性アルコール中毒等、たくさんの事故や事件が多発する事になると思います。

環境問題・規範意識が問題となっている昨今です。高校生が環境や規範の問題で、今でも大人達の認識のなさに、悩んでいるのに…高校生が解禁となれば、よくなるが筈がありません。

心のふるさとを取り戻そう

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現代人は、故郷を失いつつあります。私たちが、子供の頃に見た情景が無惨に破壊され、それとともに過去の記憶も、子供の頃の思い出も色褪せていきます。

緑の野山は、削られ、大地は、コンクリートやアスファルトで覆われてしまってます。友達と水遊びをした川は、護岸工事によって近寄ることもできません。

今や、川は、コンクリートで固められた水路に過ぎません。小鮒をつったり、ザリガニをつかまえた、水辺は、多彩な生き物たちの住処ではなくなったのです。

どんどん野生の動物達は絶滅しています。動物達は、檻に囲まれた動物園でしか見ることができなくなりつつあります。

山里は荒れ果てています。街は、アスファルトとコンクリートで固められ、荒涼とした風景が拡がって、潤いは何処にもありません。

人情味のない街に…小さな路地裏にあった小粋でこざっぱりとした小料理屋は死滅し、暑い夏、夕涼みしていた隣近所の大人達はどこにもありません。夏の風物詩は失われています。

かつては私たちが住む場所や仕事場には、人々の生活や暮らしがあって、仕事があり、季節があり、祭りがありました。今、私たちが住んでいる空間からは、生活感がなくなり、仕事場からは、季節感が失われていく…

秋には、神や自然に収穫を捧げたのです。人間は、自分達を生かしてくれる存在に対する怖れと感謝の気持ちを失ってしまいました。その結果、喜びを分かち合い、困った時には助け合う。そんな人間関係が希薄になったのです。

生活の土台は、今でも共同体にあります。暖かな、家があり、人々の日々の営みがあります。温もりがあり、家族が居て、人々の愛が育まれています。私たちは、この故郷を捨ててどこへ行こうとするのでしょう?…

根本にあるのは、幸せとは何かで、家族の世話や面倒を誰が見るかの問題です。子供をどうやって産み育てるか・恋愛をどう考えるかの心の問題です。人生観や道徳の問題です。

しかし、誰もその問題に触れようとしない…厄介な問題から目を背け、遠ざけようとしているのです。

年金問題や介護保険、高齢者医療の問題が騒がれています。現代人は、高齢者の問題を保険制度や介護制度、また、設備や施設の問題だと思っています。

また、育児も然りでです。少子化対策として、保育園の設備を整えることばかり気が向いています。若者達の結婚問題もしかりです。

 ウサギ追いし、かの山、小鮒釣りしかの川なのです。懐かしく、最後には、たどり着く故郷なのです。先輩・友達、親子兄弟です。そして、愛する人なのです。

その人間関係を突き詰め、そして、日々の暮らしの延長にこそ、人が生きる真の姿があります。その根源は、神の慈愛、慈悲です。

現代人の最大の問題は、神を忘れ、神を侮り、人間が神にとって代わろうとしていることです。人間は、故郷を忘れては…さまようことになるのです。現代社会の矛盾は、そのまま人間の奢りなのです。

 

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