« 2015年7月 | トップページ | 2015年9月 »

2015年8月

2015年8月31日 (月)

仁(じん)とは

0361

仁(じん)とは…

中国思想における徳の一つ。仁愛。とくに儒家によって強調されており、孔子がその中心にすえた倫理規定、人間関係の基本。

主に「他人に対する親愛の情、優しさ」を意味しており、儒教における最重要な「五常の徳」のひとつ。また仁と義を合わせて、「仁義」と呼ぶ。

古代から現在に至るまで中国人の倫理規定の最重要項目となってきた。中国の伝統的な社会秩序(礼)を支える精神、心のあり方である。(ウキペデイア)

「仁は人の心なり、義は人の道なり」…孟子

『いま、なぜ「武士道」か』岬龍一郎著(致知出版社)

仁とは人が人としてもたなければならない"良心、真心"、義とは人が人として踏まなければならない"正しい道"である。

仁とは相手をおもんばかる心、かわいそうだと思う憐憫(れんぴん)の情であり、そうした仁があるからこそ、義としての善悪の判断がつくのである。

「義をみてせざるは勇なきなり」で、何が義であるかを決めているのは、人間としての思いやり、慈悲の心である。

弱きを助け強きをくじく行為は義侠心といわれるが、これとてその根底にあるのは思いやりの心である。

✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳

「義に過ぐれば固くなる。仁に過ぐれば弱くなる」…伊達政宗

仁は優しく、母のような徳である。高潔な義、厳格な正義を、特に男性的であるとするなら、慈愛(仁)は女性的な性質である優しさと、さとす力を備えている。

私たちは公正さと義で物事をはかるばかりでなく、またむやみに慈愛に心を奪われでしまうことのないように教えられている。

✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳

「武士道」新渡戸稲造

武士たる者は、「智」によって「仁」と「義」のバランスをとり、どちらかにかたよりすぎてもよくない、と教えられたのである。

「武士の情け」

武士にあっては、たんに女性的な慈愛ではなく、正義にもとづいた"厳しい愛"でなければならないといっている。

儒教では人間の行うべき徳のトップに「仁」を置いているが、武士道では支配階級としてより困難な「義」を筆頭に持ってきたのである。

現代社会では、格差社会といわれています。公正さ・思い遣り・優しさの心を持った、人間教育が大切と思います。

 

 

祭りと秋雨

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

646454761
           住吉神社…片倉城跡(八王子市片倉町)


祭りの日 まずは気になる 空模様

昔から私の住む、南多摩郡片倉村(八王子市片倉町)の鎮守さまで住吉神社(片倉城跡公園内)は、私が子供の頃の思い出には…8月29日のお祭りは雨の日が多かったという印象があります。

お祭りの思いで…

長沼…六社神社・北野…天神神社・打越…八幡神社・片倉…住吉神社・小比企…稲荷神社・宇津貫…熊野神社…がありました。私は、子供の頃の楽しみに、近くの北野・宇津貫・打越のお祭りに行きました。

特に娯楽はない時代、地区の運動会・お祭り・お盆・お正月・お年よりの(お日まち・お念仏)が唯一の楽しみであったようです。

お祭りというと、田舎芝居で地区の青年会(若葉会)の芝居がありました。お祭りに出演するために練習したと思います。

それが、年代とともに…千鳥新太郎とその一座・稲葉興行などに変わり…そして、プロの歌手…また、地元の人のカラオケ大会になってきましたが、年々、お祭りに対する関心が薄れていくようです。

人々の生活感覚の移り変わりの激しさ(価値観)…集団(意識)から個人(意識)へ変わってきている事を感じます。

片倉町の歴史(ウキペデイア)

1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い、神奈川県南多摩郡小比企村、片倉村、宇津貫村、北野村、打越村、西長沼村が合併し由井村が成立する。

1893年(明治26年)4月1日 - 南多摩郡が、神奈川県から東京府に移管され、東京府南多摩郡由井村大字片倉となる。

1955年(昭和30年)4月1日 - 横山村、元八王子村、恩方村、川口村、加住村とともに八王子市へ編入される。由井村大字片倉は八王子市大字片倉となる。

1956年(昭和31年)10月1日 - 八王子市大字片倉が町名変更により八王子市片倉町となる。

2015年8月30日 (日)

老後が不安…

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

08yokotesigai_yuukei21

老いの問題は深刻です。

少子高齢化・核家族化…私も、夫婦で老後を送らざるを得ない状況です。今のところは二人とも元気でいますが、年を積み重ねると徐々に体力・気力が衰えていきます。

年とともに将来が不安が増すばかりです。在宅医療・介護が必要になることに…老老介護…を想像すると恐ろしいことに…不安が一杯になります。

厚生労働省資料より

いまや認知症の人は約500万人になり、10年後には700万人に達すると言われています。

「社会費用」年14.5兆円に…周囲に負担をかけずに死ねる「幸せ」な人は、むしろ少数になりつつあるのかもしれません。

介護保険制度はできましたが、日本では認知症患者の多くは街中でノーマルな生活を営める状況になく、今なお施設に預けるか、家族が重い負担を負って介護しています。

家族の支えのない独居老人も増えています。なるべく認知症や寝たきりになるのを遅らせ、死ぬまで人間的な暮らしができるような社会にすることが大事です。

厚生労働省では、できる限り、住み慣れた地域で必要な医療・介護サービスを受けつつ、安心して社会を目指す。自分らしい生活を実現できる在宅介護を目指しています。

我が国は国民皆保険のもと、女性の平均寿命86歳'世界2位(、男性79歳'同8位(を実現するなど、世界でも類を見ない高水準の医療・介護制度を確立。

○・・65歳以上の高齢者数は、2025年には3,657万人となり、2042年にはピークを迎える予3,878万人…

○・・ 世帯主が65歳以上の単独世帯や夫婦のみの世帯が増加していく…

○・・国民の60%以上が自宅での療養を望んでいる…

○・・ ケアマネジャーの50%近くが医師との連携が取りづらいと感じているなど医療・介護の連携が十分とはいえない。

国民の希望に応える療養の場の確保は、喫緊の問題。「社会保障・税一体改革大綱」に沿って、病院・病床機能の分化・強化と連携、在宅医療の充実、重点化・効率化、地域包括ケアシステムの構築等を着実に実現していく必要があり、2025年のイメージを見据えつつ、あるべき医療・介護の実現に向けた策が必要。

2015年8月29日 (土)

わかち合いの精神

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

3612

人間は、独占欲が強く、無限の力を与えると、人間は傲慢になり、他人との連帯性・協調性を失い、ついには他人との関係も崩れるのです。私たちは、自分の弱さを、いつも認識し、その弱さの中でどう生きていくべきかの知恵を身につけなくてはならないのです。

分かち合いの精神

グローバル社会では、人、モノ、金、情報、技術が、国境を越えて、めまぐるしい速度で世界中を移動しています。そこには、世界がひとつの「社会」としてつながるという側面もあれば、さまざまなひずみを世界の人びとにもたらす側面もあります。

相田みつをの詩に「うばい合えば足りぬ・わかち合えばあまる」「うばえ合えば憎しみ・わかち合えば安らぐ」がります。まったくその通りと思いす。

「神からの賜物と招きは他者への奉仕のため」です。

聖書によれば、あらゆる恵みや富はまわりものです。恵みはまず神から出て、人間がこれを受けとり、次にこの恵みを他の人と分け合うことによって互いに成長してゆきます。

そして最後に神をたたえ、感謝することによってこの恵みは神に返されるのです。限られた富を奪い合えば地獄になるが、それを分け合えば天国になる。

奪い合えば、足りぬ足りぬの心が育ち、どれだけ多くの富を得ても満足できません。また、奪い合いの世界では、今度は自分がいつ奪われるか不安になります。

限られた富でも、分け合う世界なら、多くの人が安心を共有し、みんなでどうするかを考えることもできます。例えば、みかん一つでも、ある人はその皮でジャムを作りたかったり、他の人は実を食べたかったりします。 話し合えば、良い分け方もあるのです。

競争も少しはあった方がいいかもしれませんが、基本的には、分け合う精神を持った社会の方が、限られた富でみんなが幸せになれると思います。

2015年8月28日 (金)

命の大切さ…みんなで考えよう

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

952090141

戦後70年が経ちました。終戦…私は7歳でした。

シラミ・蚤に悩まされ、辛い日々を送らなければなりませんでした。赤痢・疫痢で友達が亡くなりました。空襲・機銃照射も…体験その怖さを実感して、復興…世界第三位の経済大国になり現在に至っています。

厳しく、辛い時期を経験しました。それでも、家族の愛があり、地域の目があって、何とか生きてこられてこられました。

昔の日本は、「命の大切さ」をとりたてて教えることを考えなくても、うまくいっていました。ものがないと分け合うなど、いろいろ教えなくても自然に心と心はつながっていました。ところが今は、ものは豊かになったが、心と心の「つながり」は、疎かになってしまたようです。

こうした社会状況の変化の中で、命を教えることは難しいことです。親子の間にしっかりした心の「つながり」があれば、「命の大切さ」は実感できるはずです。

一番の根本は親子関係にあると思います。この根本的なことを抜きにして学校教育で「命の大切さ」を教えていくことは、大変難しいことです。

なぜなら命が大切であるという思いは、子どもたち自身の実感や体感から生まれてくるもので、頭から頭に働きかけても意味がないからです。こうした命の大切さを「教える」ことの難しさを、教える側はわきまえておかなければならないと思います。

大阪高槻市の中学生が殺されるという事件・2月に川崎市の少年の事件などは、「命大切さ」を親・家族・学校・地域社会の「繋→絆」が昔と比べ、希薄になってきていることの結果です。

こうした事件が起きることは、当然、事件は犯人が悪いわけです。これが大前提で、その上でこうした機会に考えなければならないことがあります。

中学一年生…まだまだ小さな子どもが真夜中に出歩くということは、大人がみんなで考える必要があると思います。

一つの言葉…

062

「一つの言葉はそれぞれに、一つの心を持っている」があります。(作者不詳)

一つの言葉でけんかして 一つの言葉でなかなおり…

一つの言葉で頭が下がり 一つの言葉で心が痛む…

一つの言葉で楽しく笑い 一つの言葉で泣かされる…

一つの言葉はそれぞれに 一つの心を持っている…

きれいな言葉はきれいな心  優しい言葉は優しい心

一つの言葉を大切に 一つの言葉を美しく

日常の思わぬ言葉、何気ない一言も、やはりその人の心がそこにくっついています。冷たい心からは冷たい言葉が、温かい心からは温かい言葉が生まれてきます。だから何気ない言葉も人を傷つけることもあれば、逆に人を温かくすることもあるのです。それぞれの心のあり方が大切なのですよ、と呼びかけている詩です。

「言葉は洗って使え」とあります。日常使う言葉にもう少し気を使うことで爽やかな気分になれると思うことがあります。

なによりも心のあり方が大切です。

私がゴミ拾いをしていたら、見知らぬ人が「ご苦労さん」の言葉が、私の心に一陣のさわやかな秋風となって吹き抜け、清清しい気分になり…「有り難うございます」と心から返事が出来ました。

その日は、家族に温かい言葉をかけたことはいうまでもありません。私たちの何気ない言葉も、人の心を幸せにするものであって欲しいものです。

2015年8月27日 (木)

秋の気配が一段と…

38a37b6a1

雨上がり  風爽やかに 今朝の秋

台風15号は九州に上陸し日本海に抜けた。

その影響?東京地方も、昨日は雨…

東京地方は半そでシャツでは寒いくらい…

21度と寒いくらい秋の気配が強く感じられました。

近くの土手に秋を代表するススキの穂が揺れて、

今朝、吹く風も「秋風」になっていました。

 

向こう三軒両隣の精神

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

4d4f5804915149db8a393b28860e3d6e_ll

地域の「ふれあい」は、日ごろの心遣いが大切です。

安全・安全の町づくりは、「向こう三軒両隣」“お互いさま”の心遣いで安心て暮せるのです。

近年、少子高齢化で…防災・防犯からみても隣近所で助け合いの体制が必要性が増してきています。

困ったときにはお互いさま…

防災・防犯の基本的理念は…「自助・共助・公助」です。

「遠い親戚より、近くの他人」です。「向こう三軒両隣」の言葉は、戦前・戦後の動乱の時に使われた言葉です。

昭和15年、*隣保制*が全国一斉に完成し、以前からあった隣組がさらに強化されました。自治会の下部実行組織として機能するようにされ、物資の配給や防空演習に積極的に参加することなど、国策遂行の末端組織として位置づけられたのです。

*燐保制(りんぽせい)中国で、近隣の数家を組み合わせて治安などに連帯責任を負わせる行政組織の制度。

『隣同士、団結して頑張ろう!』近所隣同士助け合いし、困ったときは「お互いさま」で助け合っていきましょう!という事です。

いかりや長介の「ザ・ドリフターズ」で「8時だよ!全員集合!」のテーマ曲(替え歌)で歌われていました。

 とんとんとんからりと隣組
 格子を開ければ顔なじみ
 廻して頂戴 回覧板
 知らせられたり知らせたり

 とんとんとんからりと隣組
 あれこれ面倒味噌醤油
 ご飯の炊き方垣根越し
 教えられたり教えたり

 とんとんとんからりと隣組
 地震や雷 火事どろぼう
 互いに役立つ用心棒
 助けられたり助けたり

 とんとんとんからりと隣組
 何軒あろうと一所帯
 こころは一つ屋根の月
 纏められたり纏めたり

ご近所との連携を更に強めよう・安全・安全の町づくりは、向こう三軒両隣の親交の大切です。家の前を掃除する時も、間口よりちょっとだけ、隣に掛かる部分も掃除するように…要するにそれが気遣いであり、責任の範囲…と言うことです。

2015年8月26日 (水)

持続不可能な社会の課題

Ena84_01271

地球温暖化・異常気象・食料・水・エネルギー・格差社会・教育…の問題は私たちの課せられた大きな課題です。

http://www.mext.go.jp/unesco/004/1339970.htm      

ESD(Education for Sustainable Development)とは社会の課題と身近な暮らしを結びつけ、新たな価値観や行動を生み出すことを目指す学習や活動です。

例えば、持続不可能な社会の課題を知り、その原因と向き合う。それらを解決するためにできることを考え、実際に行動する。そのような経験を通じて、社会の一員としての認識や行動力が育まれていきます。

また、豊かな自然といのちのつながりを感じたり、地域に根ざした伝統文化や人びとと触れながら、人と自然、人と人との共存や多様な生き方を学ぶといったことも、ESDのアプローチのひとつです。

地球温暖化問題、エネルギー・食糧・水問題、格差社会問題、安全安心の問題、教育問題など、今、私たちがこの社会で生きていく上で直面している問題、また、これから直面しようとしている問題に対処し、生きていける力(生きる力や人間力)を子どもから大人まですべての人に育むための教育です。

ESDは、2002年(平成14年)に南アフリカで開催されたヨハネスブルグ・サミット(持続可能な開発に関する世界首脳会議)において、当時の小泉首相が日本の提案として、2005年(平成17年)からの10年間を「持続可能な開発のための教育の10年」とするよう国連に求めたことから始まりました。

人口が10億人を上回る巨大大国の中国やインドのめざましい経済発展と、それに伴う大量消費や環境汚染の拡大などは、エネルギーも食糧も海外に頼ってきた日本(間接的な形で日本は世界最大の水輸入国でもあります)にとっては深刻な影響を及ぼしつつあります。

例えば、日本のエネルギー自給率はたったの4%で、原子力を国産エネルギーと数えても16%しかありません。現在、盛んに進められているソーラー、風力、バイオマスなどの新エネルギーも、その普及率はわずか1.7%で、2010年(平成22年)での新エネルギー普及目標も3%でしかありません。食糧も同様です。

何年か前までは食糧を輸出していた中国が、今では食糧輸入国になっています。世界では地球温暖化の影響などもあり、食糧生産は伸びるどころか低下傾向にある中で、人口も消費量も全世界では増大の一途をたどっています。

いまや私たちは目の前のことだけを見ていては、この先暮らしていけそうにありません。広く世界を見て、世界の情勢を知り、その中で一人ひとりがどうすればこの先も暮らしていけるかをしっかり学び、実践していかないと、この先生きていけない状況に追い込まれつつあります。だからESDが必要なのです。

心の支えと信頼されること

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

5bdc9f2169e1de1e911b5c4cc1bd0b89618
           
片倉城跡公園二の丸広場

人は誰しも、安全・安心して暮しす毎日を望んでいることです。

それは、パートナーであったり、家族・地域社会の「心の支え合い」…そして行動で示すことです。それには他人まかせではなく、あなたの力も必要です。自分の我がままは通用しません。

人があなたを「心の支え」に感じるためには、あなたに何が必要なのか…あなたはきっと今までの人生で一度は考えたことがあると思います。「心の支え」として何が必要か? それは「信頼される力」に他なりません。

それは「信頼される」ことが大事であることは、言うまでもありません。経験を積み重ねてきた経験がそう物語るからです。信頼される力、これこそあなたの望む「心の支え」になるための一番大切な要素です。

人はひとりでは生きていけません。

自分は一人で生きていける…と思っていても、多くお人に支えられて生きているのです。多くの人に支えられて生きているのです。自分さえ良ければ…と自己中心では、人は信頼されません。パートナー・家族・地域社会など関わり合って・支え合って、人間社会で生きて生けるのです。

人間社会にはルールがあり、責任と義務があるのです。そしてマナーです。マナーは人から信頼される重要なことです。

マナーは、ルールではなく、 今、目の前にいる人への心遣いです。 思いやり、相手を敬う気持ち、とも言えるでしょう。 人に会った時は挨拶をする、これは当然のことです!

マナーは、決して他人から強制されるものでは ありません。「自分は最低限のルールは守っているし、誰にも迷惑をかけていない」 と考える人がいます。 しかし、しっかりとマナーをわきまえていないと、人間社会では、信頼されません。

大勢の人が支えあって 成り立っているからです。 どんなに自立したつもりでも、自分ひとりで 出来ることなどたかが知れています。

そして、他人と関わって生きている以上、 相手に対して常に心遣いをしなければ、誰も、
あなたの為に何かをしてくれようとはしないのです。

「誰かに迷惑をかけなければ、何をしてもいい」 と言う、自分中心の勝手な考えは、決して通用しないと言うことです。 つまり、自分の言動、行動をどのように感じるか、不快なものに感じていないか、常に相手の感情に配慮する心がけが肝心です。

マナーを心得た人こそ、信頼に足りる人物と 思われるのです。 マナーのあるなしで、あなたと言う人物を 他人から判断されます。あなたの言動、行動は あなた個人で終わる問題ではない と言うことを良く覚えておいて欲しいのです。

 

2015年8月25日 (火)

子育てについて

111

むかし、祖父・祖母・両親と子供たちがいる家庭…いわゆる三世代家族は、珍しくありませんでした。特に農家などは普通であったのです。父親中心に物事が進められていた時代がありました。子供は、家族の…教え、地域の人々の見守りで成長していました。

現代は、核家族化・少子化の時代…そして、コミニケーションツールのSNSの発達で、子供の教育は、むかしと大きく変わってきています。

「子育てについて」

 「門前の小僧、習わぬ経を読む」…その人が長い間、過ごしている環境は、知らず知らずに、その人に強い影響を与えてしまい、 習わなくても、その環境のことを身につけてしまうというたとえ…

お寺の門の近くに住んでいる子供たちは、毎日のように、お寺の、お経を 聞いてしまうので、習ってもいない、お経を、知っているということから生まれたようです。

「子供は、善悪は自然には分からない」

子供は成長とともに自然に善悪の判断が出来るわけではありません。親や周りの大人から、なにが良いことで、なにが悪いことなのかと教えてもらいながら、できるようになるものです。

ですから親の子供に対する善悪のしつけ…その善悪理由を教えるところから始まります。その時に一番重要なのが「○○したらダメ」ではなく、「~だから○○したらいけないんだよ」と必ず子供が分かるように、きちんと説明することです。

今、自分がどういう場所にいて、どういう状況にあるのか、子供自身が家を一歩出て、取るべき行動は何かということをまず親が手本を見せる必要があります。騒ぐ子供そっちのけで携帯などに夢中になるのは言語道断です。

子供は親の姿を見て育ちます。まずは親である自分が子供に良いお手本を示せるようになりることです。

善悪の判断は生まれてから、大人になるまで人間が生きる上で一生伴うものです。きちんとした善悪の判断ができるかどうかで、大げさにいえば、その人の人間関係や社会的なものまで左右してしまうかもしれません。善悪の判断を教えるのは、親として当然のことです。

もし子供が悪いことをしてしたら、それは子供が社会のルールーやマナー、思いやりなどを学ぶチャンスです。

その時は感情的に子供を「怒る」のではなく、親が冷静になって、子供がより良い方向に向かうように注意やアドバイスをする「叱る」を心がけることです。

みんなで考えなければいけないこと

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Img_0161

文豪の夏目漱石の草枕の一説に…

人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。

越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。

川崎市・大阪高槻市の少年の事件で思う…

今日の子どもたちや子どもたちの教育をめぐる環境はどうでしょうか…

今日の子どもたちは、規範意識、公共心、学ぶ意欲の低下や忍耐力の不足などが指摘されています。また、大人になりたがらない子どもや、将来への夢や希望を描けない子どもが増加し、社会への参画意識も希薄になり、なかなか社会人として自立できない若者が多くなってきていると思います。

一方、子どもたちの教育の担い手である家庭・学校・地域・社会は、その責任を十分果たしているとは言えないのではないでしょうか…

大人たちのモラルの低下、氾濫する有害情報が子どもたちの健全な育成に、マイナスの影響を与えています。一方、NPOやボランティア活動団体などをはじめとして社会貢献や人材育成の意識が高まってきているものの、未だ十分な力を発揮していません。

親が知らない子供の遊び…

子供がスマホで何をしているか、分からないという親が多いことも事実です。まずは、どのような使用状況なのか確認することが必要です。

親としても、パソコンやネットやスマホを使うのが当たり前のご時世だという認識があるので、ある程度の使用は良いと甘く考えがちなのですが、実態を把握することで問題がたくさんあることに気づくことが大切です。

有害なサイトや課金が必要となるゲームなどには、ロックを掛けましょう。但し、子供にネットの怖さをしっかりと教えて納得した上で決まりごとを作ることが大切です。特に、「みんなやっている」とか、「自分はネットにはまることはない」というのは、何の根拠もない子供の言いわけなので注意が必要です。

そして、初めは誰でも依存症になるなどとは考えずに始めるのですが、大人が巧妙に作ったシステムの中で、だんだんと射幸心があおられ、気が付いたら抜け出せなくなる、というものだという認識や警戒心を持つことが必要です。

また、LINEなど、無料だからいくら使っても良い、などという打算的な考え方もいけません。お金がかからないからと言って、四六時中、深夜遅くまでネットを使っているだけでも、生活のリズムは乱れ、しだいに身体的、精神的な問題や障害が起こってくるのです。

 

 

2015年8月24日 (月)

市の清掃活動に参加しよう

1024pxyudono_river021
         
湯殿川・兵衛川が落あう片倉町

八王子市では、5月30日を「ゴミ無しディ」…として、街の清掃を全市で行う。また、9月の第一日曜日に「川の清掃」を各町会・自冶会を通じて、一般の市民に呼びかけて、毎年一斉に行っています。

草を刈り、ゴミを拾い、掃き清められたのだが、これで掃除は終わりなのではないのです。この日が始まりなのです。周囲を山に囲まれびっしりと植え込みがある公園・広場では、一度綺麗に掃いたと言っても精々二日も持てばいい方で、たちまち元の木阿弥となるのです。

一回清掃すれば、それでよいと思われるか知れないが、これは掃除と言うことを知らない者の言うことです。

何のための一斉清掃か?日常の生活の忙しさから、自分の家の中・庭の掃除で、手一杯でフエンスの外の道路まで、手が回らない?お宅も増えてきています。

落ち葉など、普段はうっちゃらかしで、草茫々、行事に合わせて一回掃いただけで終り…掃除は毎日ようにする…ゴミが落ちていたら直ぐ始末する…などを市民のみなさんに喚起することが目的です。

美しい街・きれいな川・自然な山を守ることが、人に優しさ・自然の有り難さを知り、感謝のする毎日を送ることにつながるのです。最近、自分さえ良ければという考え…

いわゆる自己中心の人が多くなっています。その結果は、街の道路・公園には、タバコの吸い殻・弁当の空きパック・ジュース・ビールの空き缶などが散乱しています。

規範意識の低下?今さえ良ければでは困るのです。次世代まで安心安全な街にするには、一人ひとりが大切です。

今年の川の清掃ディは9月6日で、小雨決行です。一人でも多くの参加をお願いします。

老いを考える

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

170

老いを考える

これまでは「やり残したことはないか?」・「命を燃焼し尽くして人生を生き切ったか?」などと追及、検証する間もなく先に寿命が来てしまう…

余生をどう過ごすなど…余計?なことを考える間もなく、生活に追われ、生き続けるのに必死なうちに息絶えるのが当たり前…死ぬよりも、上手に老いることの方が難しい時代になってしまった…

日々是好日…

余生を過ごすと言う人があるけれど、人間に、余生と言うものがあろうはずがない、こと切れるまで生きぬくことが天命に従うことです。

「晴れてよし曇りてもよし富士の山もとの姿は変わらざりけり」
.
これは、幕末の政治家・山岡鉄舟が剣の悟りを得た時に詠んだ歌です。
.
「人はとかく自分の不幸を周囲の環境のせいにしがち」と指摘し、「本来あるべき自分をただそのままに生きていけばいい」と説いているのです。
.
天候に関わらず常に富士の山であり続ける故郷・静岡の富士山のように、逆境にあっても自分を失わずに生きていたい…
.
また、それこそが人の器の証明なのですが、しかしそれにしても、迷ってばかりの我が人生…晴れても曇っても泰然自若の日々が早く訪れることを願いたいものです。
.
人生はお天気のようなもので、晴れの日、曇りの日、雨の日、嵐の日など悲喜こもごもです。晴れてよし、曇りてもよし、雨もよし、嵐もみんな天気ですから、天気予報で言う、天気に下り坂もなければ、お天気が回復するという表現も、人間の我がまま根性の表れにしかすぎません。
.
人生は山あり谷あり、挫折も向上の原動力であり、絶望も希望の出発点ですから喜ぶべきです。来る日、来る日のことごとくが好き日です、自分の物差しで判断していると、ついつまらないことで嘆いたりしてしまいます。

2015年8月23日 (日)

一声運動と町の美化活動

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Img_0155

今年の2月、少年が河川敷で殺されるというショックな事件がありました。そして、大阪高槻市の少女・少年の殺人事件は、身震いするほどの恐ろしい事件です。

犯罪件数は最近の数年間では減少傾向にあるようですが、身近な犯罪への不安感は依然として高い状況です。

犯罪の被害に遭わずに安心して暮らせる社会は、多くの地域住民の願いであり、生活の基盤となるものです。特に、子どもの安全・安心については大きな関心が寄せられ、地域ぐるみで子どもを守る取り組みが必要となっています。

町の美化・防犯活動…一人ひとり心がけ大切

私たちの地域で防犯活動が取り組んでいますが、継続的に活動を進め、そして、町の美化活動することによって、地域の方々にとって住みやすく、魅力的なまちにすることが防犯性の向上にもつながるため、幅広い視点からまちづくりを進めて行くことが大切です。

一声運動

安全・安心なまちづくりを推進するためには、「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」だけでの「一声」で、その日が一日気持ちよくすごせます。また見知らぬ人に声をかけることによって犯罪の抑止になります。

これは、個人で気軽にできる防犯活動として、朝夕のウオーキングなどで、出会った人に声をかけ、顔見知りを増やしていただくことで地域の連携を強めることになります。

犯罪を犯そうとする人が嫌うのは…1.「音」が出る  2.「光」が出る  3.「人の目」がある 4.「手間」がかかる…ことだと言われています。

中でも「人の目」については、地域で取り組むことが大事で、住民同士で顔見知りが多く、まちに人が集い、互いに声をかけ合える地域が犯罪抑止効果の高いと言われています。

2015年8月22日 (土)

夏休みも終わり近づく…

089

夏終わり 切ないほどの 秋の風

今年の夏は、記録的猛暑が続き、

熱中症になれた方も多かった。

夏休み終わりに近づき…さすがに秋風が、心に染みる。

今になって素直になれる…悔しさが涙に滲む、

燃えた…高校野球…君のもとへ夏の終わり切ないほど秋風が心に染みる。

今になって素直になれる悔しさが涙に滲む…

家族の絆・地域の絆とは…

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

08yokotesigai_yuukei21

家族の絆・地域の絆とは…

今回の大阪高槻市の少年少女の痛ましい事件を想い、家族の絆・地域の絆の大切さを改めて考えさせられる事件だったと思います。

事件の起因の一つとして、過度に経済的な豊かさを求め、個人を優先する風潮があると考えられます。家庭生活よりも職業生活を優先させ、個人が自らの自由や気楽さを望む…という傾向があると思います。

子育て…

子育ては、「家族・家庭」が中心となって営まれるものであることから、先ず何よりも家族の愛情の絆を再生することにあると思います。

さらに子育て家族が孤立することなく身近な地域における触れ合いとつながりの基盤である町内会等とのかかわりの中で、「楽ではない」けれど「楽しい」子育ての喜びを実感するため、地域の絆を再生することが大事です。

家庭や地域を通じて生命や家族を大切にする意識が高まり、社会全体が、子育てを応援する雰囲気を醸成することが求められるのではないでしょうか…

昔は専業主婦で女性は、家族を守る・子育て、躾・教育と家族の健康管理が、主流で家族での母親の存在は大きかったのです。それに対し近年は、主婦が社会的に進出し職業婦人という社会も女性の能力を期待する時代となっています。

『なおざり』になる子供の躾

「なおざり」にしてしまい、自分の好きなことを考えて行動する…昔は、子は、ほっておいても育つ…と言われていました。

そして勝手に育った子どもたちは、既におじさん、おばさんになっています。その頃私たちは、近所のお兄さんお姉さん、おじさんおばさんが皆知り合いでした。家で何か嫌なことがあっても、近所の人がかまってくれました。

子どもたちは勝手に外でコミュニケーションしていました。おじいさん、おばあさんもいます。知恵も学びます。子どもたちはケンカもします。子どもは好奇心旺盛で、よく動き回るので、時に大けがもします。

そうして子どもは外で計り知れないことを学び、いつのまにか成長していくのです。こうして育てられてきた私たちは、ほっとかれてもそれなりに成長できたのです。地域で子どもの面倒をみてくれたし、何といっても子ども同士のコミュニケーションがありました。

現在に戻って、これらのことをいろいろ当てはめて考えてみると、マンション暮らし? それとも一戸建て? 隣近所の知り合いは何人いますか? もしかして、隣に住んでいる人がどんな人なのか知らないかも… 

近くに知り合いがいないとして、子どもは誰と遊ばせますか? 少し大きくなったら、保育園か幼稚園があります。帰って来るのが早いので、その後、子どもはどうしているでしょう? 主に、母親と接していることが多いはずです。

一日の半分は、母親がすべての責任を負わなくてはならないのです。「もっとも責任の重い仕事」と言ったのは、こうしたことからも分かると思います。

現在の親たちは、まるで仕事のように子育てをしなくてはなりません。昔は外に出ると、自分と同じくらいの子どもが必ずどこかで遊んでいました。親が面倒みなくても、どこかで誰かがみてくれていたのです。

 

2015年8月21日 (金)

関わり合って生きている

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

10kouchi_katurahama11

今生きている、生き物すべて、命の源である先祖から一度も途切れたことのない、何万年もの命のつながりの中に生きています。

命の源から今に至るまで、天地自然から生まれ、天地自然に育まれてきました。天地自然に生かされていることから、古代より人は天地自然に畏敬の念をもって、森羅万象を神々として、命の源を先祖としてまつり崇めてきました。

いま地球から400キロ離れた国際宇宙ステーションで日本人の宇宙飛行士油井さんが、19日打ち上げられたロケットコウノトリをロボットアームで捉える…

無人の欧州宇宙機関 (ESA) の彗星探査機(ロゼッタ)・太陽からおよそ59億キロ離れた冥王星アメリカのニューホライズンズの成果が期待するところですが、まだまだ宇宙の謎は解明されいません。

地球は宇宙の星です。地球に生命が生まれましたが、生命をかたちずくっている炭素や窒素や酸素や鉄もみんな宇宙のものですから、生息する生き物もすべてが地球の一部であり、宇宙そのものです。

分かっていることは、地球は宇宙星の一つであることです。太陽を始め多くの星とかかわりあって存在しているのです。この世に存在するものはすべて天地自然のもとに生滅するものであり、すべてが関係し合って存在しているのです。

人も、生きとし生けるすべての生き物は、生かしあい、生かされあいのためにこの世に生まれてきて、死んでいく…誰しも、この世に必要だから、かけがえのない命として生まれてきているのです。そして、今ここに生きて、生かしあっているのです。

天地自然に同化した生活をしなくなってしまった人間の認識は、なにごとにも自分本位にものごとをとらえようとします。

ところが自分本位の判断や認識では、天地自然・宇宙の法則と、かなりちがった判断や認識になってしまうから、あらゆることにおいてズレが生じます。そのズレが煩悩とか妄想で、そのために自分自身で苦しみ悩むことになってしまうのです。

2015年8月20日 (木)

年を取るということは…

229

最近、年を取るということは…「あぁーこういうことだったのか」と、年を取って初めて知ることが多いと感じます。…突然老けるというものではありません。

誰でも経験しなければ分からないことです。私たちは暮らしながらに老けていきます。だんだん歯が抜け、腰やひざが痛くなり、耳も遠くなってくるのです。

誰しも年はとりたくはない…老いたくはない…しかし誰しも必ず年をとり老いていくのです。

そんな当たり前のことがらを前にしてなんで、くよくよしたり、怯えてたり、腰が引けたりすることがあるのでしょうか?正面きって向かい合いこちらから仕掛けていけば、こんなにやり甲斐・生き甲斐のある人生の時の時は、他にありません。

体の老いに抗することはできません。そのためには必ず老いていく肉体の原理と、その兼ね合わせで、かつて若い肉体が作った精神の関わりについて知ることです。

それを踏まえて老いに関するさまざまな情報を心得ながら、若い頃にはなかった経験と、それが培ってきた冷静さをもって老いを迎え討つことです。

私の人生の生きようまで老いに押さえられてはなりません。人間の脳細胞は使わなければますます退化していくと言われています。今からでも何かをする・新しいものに意欲を燃やす・趣味に生きる・みな老いを転換する考えです。

人生の後半、望まずして必ず対面する老い、人間は与えられた宿命を背負いながら、自分の人生を歩く以外にどうすることもできない存在です。素直にそのまま、うなづいていくことが老いを超えていくことになると言えるのではないでしょうか。

 

子育てについて

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

3612

「わが子を抱きしめてください」…とても大事なことです。

動物は本能で子供を育てます。人間も動物です。

今年2月の川崎で少年の事件・最近の大阪の少女の事件…はとても悲しい事件と思いますが、なにか、起こるべくして起きた事件では…と思わずにはいられません。

青少年の事件で考えさせらる「子育て」…「家庭での躾」…「理想の家族」とは…経済的に…社会的に…などいろいろな理由で…専業主婦から夫婦共稼ぎ…

いま、家庭環境から、育児が辛いと感じる母親が多いそうですが、核家族が増えている現代では、仕方のないことかもしれません。子供と離れている時間の多い働く母親よりも、専業主婦の方が育児ストレス度が高いと言われています。

いろいろな母親がいます。そしてその母親たちもまた、それぞれ違った価値観を持った親に育てられてきたわけです。子供をいつも抱きしめ、可愛がってきた親もいるでしょう。逆に幼い頃から別の寝室で寝かしつけ、冷静に事の善悪を諭しながら子育てをしてきた親もいるでしょう。

本来は、自分にとって自然なやり方、自分が楽で、自分はこうしたいと感じる方法で子供を育てることができる環境というのが、最も理想的なのかもしれません。

子供を肉体的、精神的に虐待したり、道徳的に間違ったことを教えて育てたり、ということは論外です。

基本的に親が愛情を持って子供に向き合っていれば、過剰な情報はかえって育児を混乱させることも多いような気がします。育児とは本来、考えながら頭で行うものではなく、感じながら身体でするものではないかと思います。

氾濫する知識や情報に過度に振りまわされず、動物としての本能で子育てする、という側面も必要かもしれません。

2015年8月19日 (水)

水は命の源なり

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

0092022262f1

水のこと

毎日暑い日が続きます。熱中症に気をつけましょう。水分を補給・炎天下の仕事は、時々休憩を取りながら作業を…と言われています。

終戦後まで大きな井戸から“つるべ”で、桶に汲み上げて、風呂に入れる作業は、子供の仕事だったので、辛かった事を思い出します。現代では、家の中で蛇口をひねれば、水が出る…便利な時代です。

いま、どこどこの山の湧き水…と水がペットボトルで売られている次代です。地球上の生物は「水」がなければ生きられません。日本では、「飲料水」…不足では、問題はないのですが、世界では水不足で深刻な状況にあるところがあるのです。

水は…化学式 H2O で表される、水素と酸素の化合物です。「万物の根源は水」です。

海水を飲料水に…

世界の水のほとんどは海水です。そのうち人間が利用可能な淡水はたったの数%です。しかも、そのほとんどが北極や南極で凍っている氷塊です。それだけ安全に利用できる水は限られているのです。

しかし、現代では海水を太陽光をエネルギーに稼働して、淡水化システムが開発されているそうですが…世界の水不足問題の課題解決や安全に利用できる水の安定供給に向けて、大きな一歩と言っていいのではないでしょうか…

2015年8月18日 (火)

感動の高校野球

Image391

今年の高校野球

灼熱の夏のドラマ…今年の高校野球は、明日(19日)順決勝…まさに「筋書きのないドラマ」です。

明日の準決勝の組み合わせ…です。

仙台育英(宮城)ー早稲田実(西東京)

東海大相模(神奈川)ー関東第一(東東京)

東京が二校勝ち進んでいます。早稲田・関東第一とも、話題の主人公?います。はたして参加校数 4014校の栄冠を勝ち取る高校は…

高校野球には、選手はもちろん、一生懸命練習し、予選を勝ち上がり甲子園に出場…優勝の栄冠をチーム一丸で郷土に持ち帰る…その思いは、選手一人ひとり熱いものがあるでしょう。

そして、負けたとしても、価値ある負けは、これからの人生に、よい土壌作りになると確信します。

甲子園出場常連高といわれ、横浜高校の名監督の渡辺元智監督(70)が、勇退することになったそうです。

神奈川代表の決勝戦…横浜高校0-9東海大相模 …敗退であった。

横浜高校の、渡辺元智監督と言えば、日本の高校野球指導者。横浜高等学校硬式野球部終身名誉監督。同校硬式野球部監督を長年務め、同校を強豪校に育て上げた…

松坂大輔投手・涌井投手・岸投手・愛甲外野手などプロ野球で活躍している選手はたくさんいます。

渡辺元智監督の名言

『栄光より挫折。』

『勝利より敗北。』

『成功より失敗。』

『白いボールを追いかける中に人生がある。』

『教え子たちには人生の勝利者になってもらいたい。』…

渡辺元智監督が、地方大会決勝で東海大相模に敗れた後の言葉です。

私にとっても、大学卓球部での団体リーグ落ち経験が今に繋がっています。あの敗北がなかったら今の私はなかったかもしれません。

団体戦のレギュラーではなかったのですが、「絶対負けられない。」という自分の身体の中のマグマを感じた、人目をはばからない二十歳の号泣でした。

それだけ必死に取り組んでいたのだと思います。「卓球では負けたけど、人生においては負けられない。」私の腹の底です。だから必死に生きるのです。

てもとても重みのある言葉と思います。

 

病葉と雨の路

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Inagi_sakahama_05a5085v1

秋立つや 病葉落ちて 雨の路 

記録的な暑さが続き、雨が降って、欲しいとーと思っていたのです。

昨日、東京地方は朝から雨が降って、一日中、降ったり、止んだりの一日でした。

濡れ落ち葉とは…定年退職後の夫のことで、仕事人間だった夫が家では邪魔な存在であることを表現した言葉ですが…

歩道に落ちている桜の葉が雨に濡れていたの滑って危ないと思いながら歩きました。

2015年8月17日 (月)

あたりまえことに感謝の心

1231

人は元々“思いやり” “優しさ” “温かさ”を持って生まれて来ております。それがいつしか、自己中心的な思考、思想に変わってしまっています。社会環境が、家庭、家族の関係の中で少しずつ“あたりまえ”の心を失ってきたからだと私は考えます。

私たちは多くの人に助けられ、沢山のものに生かされています。ときに誰かを傷つけ、気づかぬうちに迷惑をかけてしまうこともあります。

困ったときはお互い様…人はひとりでは生きられません。だからこそ、助け合い寄り添いながら生きてこられたのです。大切なのは感謝の心を失わないことです。「ありがとう」という気持ちを忘れないことです。

人は慣れる生き物です。はじめは感謝したいたことも、しだいに鈍感になってきます。「やってもらって当然」そんなふうに考えてしまいます。

身近なものほど「当たり前」になりやすい。つい感謝の心を忘れてしまいがちです。相手を「敬う」気持ちが薄れていく…感謝の気持ちがあっても、口に出して言わくなる…思っているだけでは伝わらないこともあります。

「ありがとう」…感謝の心を、言葉して伝えてみましょう。言われた相手も、言った本人も気持ちがいいものです。

人はひとりで生きているのではありません…感謝を「義務」や「義理」と捉えている人も少なくないように思います。良くしてもらったからお礼を返さなくてはいけない…助けてもらったのだから恩を感じなければいけない…。「やってもらったからしかたなく」そんな気持ちが少なからず含まれているのです。

自分にとってプラスになったときだけ感謝する。何かをしてもらったときだけ感謝するのではありません。

人は自分だけの力で生きているのではないのです。自分の弱さを認めることです。驕ることなく、謙虚さを持つことです。今があるのが当然ではなく、多くの人たちのおかげです。沢山のものに自分が生かされていることに気づき、自覚することです。

特別ではなく、何でもないありふれた日常にこそ感謝すすることです。足る心を知り、恵まれていることを実感する…感謝できれば今ある幸せに気がつくことができるのです。

基本的人権について

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

00a233ff1

人間は、生まれたときはみな平等同です。しかし、生まれた環境と、育った環境はそれぞれ違います。国・地域での環境では、宗教・経済・教育などで差異があるのです。

戦争真っ最中の中で生まれ育った人間…なに不自由なく多くの人から愛されて、育った人間…では当然性格・価値観などは、違ってくるでしょう。

生きる権利は誰にもあるのです。これを尊重することで、世界は平和になるはずです。

基本的人権…すべての人間が生まれながらにして持つ権利…

基本的人権とは、人間が、一人の人間として人生をおくり、他者との関わりを持ち、結びにあたって、決して犯してはならないとされる人権のことです。

基本的人権は、生命、財産、名誉の尊重といったような個別的具体的な権利の保障へと展開することが多い…このため、体系化されているさまざまな権利を総称して「基本的人権」と言うこともあります。

幸福追求権…自由権…基本的人権の一つで、国家から制約を受ける、または強制されずに、自由にものを考え、自由に行動できる権利のことをいう。

思想・良心の自由・信教の自由・学問の自由・表現の自由・集会の自由・結社の自由などなどです。

世界人権宣言あるいは、日本国憲法によって、すべての人間の自由平等差別禁止の原則を定め基本的人権を保障しています。

国や地方公共団体が人権意識の高揚啓発・人権尊重の理念の理解と定着に取組み役割を果たしていくことは責務であることはもとより私たちは、基本的人権をお互いに尊重しあい、それを自分たちの力で大切に守り育てていかなければなりません。

人々が人権尊重、心の豊かさを育むことで明るい社会が築かれます。

2015年8月16日 (日)

初秋の候

 Yjimage4

送り火や ツクツクボウシ かどの家

今日は、送り火をたく日です。私の子供の頃、昔は仏様を迎えるのだと教えられていました…百姓だった、私の家ことですが、きゅうりの馬・なすの馬を作って、盆だなに供えたものです。

お盆には亡くなった人が足の速いキュウリの馬に乗ってやって来て、帰りにはゆっくりと景色を眺めながらナスの牛に乗って帰っていくと言われています。

いずれにしても、お供え物が少ない時代に、夏の季節に採れる新鮮でおいしいものを、精一杯ご先祖様にお供えしようという気持ちが表れています。そんなことを考えていたら、今も昔の伝承を守っている家がある…感心しました。

最近は、蝉の鳴き声が少なくなりましたが、昨日の夕方にツクツクボウシが鳴いていました。今年は記録的な猛暑が続きました。しかしツクツクボウシが鳴きだし、秋の気配を感じるようになりました。初秋の候となってきました。

地球の星の出来事を宇宙から見て…

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Galleryplayer11_earth_2

いま、国際宇宙ステーションで、宇宙飛行士の油井さんは、7月23日から5ヶ月という、長期滞在クルーとして今年12月頃まで滞在する予定だそうです。

国際宇宙ステーションに物資を届ける日本の宇宙輸送船「こうのとり」の5号機は天候の影響で打ち上げがさらに延期され、今のところ打ち上げは今月19日になる予定です。

アメリカとロシアの輸送船で事故が相次ぐなか、今回アメリカの輸送船で送り届ける予定だった物資を緊急に積み込むなど日本の役割が増しており、今回の打ち上げを世界も注目しています。(NHK-17日追記)

国際宇宙ステーションでの5ヶ月は長いのか?…短いのか?多分退屈はしないだろうと思いますが、毎日のスケジュールを正確に、消化することに神経を使っていることでしょう。

地球の星の出来事を宇宙から見て…

人間社会で起こっているさまざまな事柄…過激派組織IS=イスラミックステート動き、ギリシアの経済、中国の海洋進出、北朝鮮の不穏な動き、などなど一向に収まりが見られまず、まさに混迷の時代です。 

日本では、国会で、我が国民の命と財産を守るための集団的自衛権の法制化が審議中です。人は、しっかりとした生きる道標がなければ、人は自分の歩むべき方向を見失ってしまいます。

この世は無常です…

宇宙の無数の星々も生滅して存在しています。地球に生きるあらゆる生き物も、微生物も人も生滅して存在しています。人の体をつくっている細胞の一つ一つも生滅しているから、片時も同じ姿をとどめていません。

昨日の私と今日の私、明日の私は違う私です。昨日も今日も明日も変わらない私と思っていても、この世のものはことごとくが移り変わっていきます。瞬時であっても同じ姿をとどめているものは何一つとしてありません。

この世のすべてのものは、互いに関係しあって、生かしあって、縁により存在している この世のものでただ一つだけで存在しているものは、何一つとしてありません。

宇宙の星も、すべてが関係しあっている。身近な月と地球も引力の関係にあり、潮の満ち引きは月の引力により起こっています。

人は生理的に月の引力に左右されているという、生き物は太陽の光や月の満ち欠けのもとに生きています。そしてすべての生き物も、お互いに何らかの関係があります、たった一つで存在しているものは何一つとしてありません。

2015年8月15日 (土)

終戦記念日で思う

05detohama11

戦争を知らない世代は8割を超えたそうです。戦争記念日…を知らないのも当然です。戦後50年、村山談話…60年に小泉談話に次いで、70年の節目…昨夜安倍信三首相の…「談話」が記者会見で行われました。

中国・韓国を始め、世界の国が注目していたのです。将に国会では、安全保障関連法案が審議真っ最中であり、多くの憲法学者の違反…の意見もあり、最も大事な談話(主張)であり、注目されました。

「戦争反対!」…「二度と戦争はしてはいけません!」…戦争を経験した、お年よりの方は、言っておられますが、私もその一人です。

世界的に、過去の歴史には、さまざまな戦争がありました。その戦争は何れも、正しい戦争はなかったと思います。歴史を学び現在を生きることは、大変大事なことだと思います。

英国のチャーチル元首相の言葉に…「過去をより遠くまで振りかえることが出来れば、未来はそれだけ遠くまで見渡せるだろう」…

日本は世界第二次大戦で、多きは代償を払って、70年前の今日…無条件降伏をしたのです。

もちろん安倍首相の談話も、多くの学識経験者の意見も参考に崇高を重ねての内容と思います。中国や韓国はじめ世界各国の反応があるでしょう。

日本の新聞の社説…

朝日…「戦後70年の安倍談話―何のために出したのか」

読売…「戦後70年談話 歴史の教訓胸に未来を拓こう」

毎日…「戦後70年談話 歴史の修正から決別を」

日経…「70年談話を踏まえて何をするかだ」

時は動く、刻々と世界は、動いています…世は無常です。その時その時の対処が大事です。それには、戦争を知らない人達は、歴史を学んで、将来を見据えて、現在を生きて欲しいものです。

本当の自分を知る

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

3612

「人生の成功というものに基準も定義もありません。」

自分の人生を生きる

未来が見えない、先がわからない中を手さぐりで進むのは不安です。なにか道しるべになるものを求める気持ちがあります。

未来のことは誰にも分かりません。他人の「答え」や「正解」に依存していても、自分の生き方は見つかりません。失敗を怖がることも、間違うことに怯えないことです。

起こる前から悩んでいてもしかたがありません。恐れずに前に進むしかないのです。どういう結果になったとしても、それが人生だと全てを、受け入れることです。

真実を求め続ける

生きていく過程で、誰にでも失敗はつきものだし、上手くいかないこともあります。

どんなに入念に準備しても、予定は狂うし怪我も病気もします。でも、絶対に諦めずに、真実求め続けることです。そして、向かう道というのは様々な方向に伸びていて、正しいと信じてやって壁に突き当たったとしても方向転換すればいいのです。

人生で一番大切なことは、どれほど本当の自分を知り得たかなのです。物やお金や地位や名誉を得るたかではないのです。

私は、地位や名誉や財産よりも、もっともっと大切なものは、「真実を知る…本当の自分を知る」ことだと思います。評価は「心の豊かさ」になれたかです。だから、自分しか評価できないものです。

2015年8月14日 (金)

焼夷弾の恐ろしさ

7eceb0e7e04f3e4f22fe6a6910641190_l1

焼夷弾  鳴る恐ろしさ 母の手に 思わず伸びる 豪の中

総務省…資料よりhttp://www.soumu.go.jp/main_sosiki/daijinkanbou/sensai/situation/state/kanto_20.html

 昭和20年8月2月未明、米軍爆撃機B29による大空襲を受けた。約2時間にわたる空襲で八王子市街地の約80%が焦土となり、近隣の町村でも被害を受けた。この空襲で合計1600トンの焼夷弾が投下された。八王子空襲は3月10日の東京大空襲の総投下量1665トンとその投下面積を比較しても、密度の高い爆撃であったことがわかる。

私(当時8歳)は東京都南多摩郡由井村片倉(現八王子市片倉町)に農家に住んでいました。家の近くに土手に、親父が掘った防空壕に家族が身を寄せあって、「ヒューヒュー」「バラバラ」が落ちる音を聞きました。

豪の入り口の扉から赤々となった空に白い雲が、映し出されていたのが、印象的に70年経った今でも思い出されます。防空頭巾を深くかぶり、私は、無意識に母の手を握り締めていました。

焼夷弾…発火性の薬剤)を装填した、爆弾・砲弾・銃弾である。(ウキペデイア)

攻撃対象を焼き払うために使用する。そのため、発生する爆風や飛散する破片で対象物を破壊する通常の爆弾と違い、焼夷弾は中に入っているもの(焼夷剤)が燃焼することで対象物を火災に追い込む。

公園の汚し方、酷いので困っています

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

717668732
           片倉城跡公園(八王子市)


公園とは…
公衆のために設けた庭園または遊園地です。地域の住民の幼児からお年寄りまで、ふれあいの場であり、美しく、安全であることが第一だと思います。そこにはもちろん利用ルールがあるのは当然です。

公園の汚し方、あまり酷いので困っています。

毎日のように、尋常ではない汚し方が続いています。昨日は、拾い集めたゴミが、多すぎて、八王子市のゴミ相談センターに、お願いし処分をして頂きました。

お酒の空き瓶・ビールの空き缶・おつまみ・弁当など・タバコの吸い殻・空き箱などとビンが石垣に投げ捨て、公園内の砂場・その上の道路までも破片が散乱していました。

暑いに日中に一時間ぐらいかけて拾いました。その量は大きな袋二つです。

八王子市の公園課に青パトの巡回…南大沢警察生活安全課に防犯パトロールの強化…をお願いしましたが…決定的なものは望めません。

南大沢警察では、近所の方の協力は…難しいとのことで、「先ず110番」をして欲しいとのことでした。地域の皆さんは、防犯パトロールを行っていますが…20時頃で、週/2回です。

どうも若者が5~6人で酒盛り?のようです。

昨日近所の方に聞いてみましたところ、深夜1時半ごろのこと、中学生?が大声で騒いでいて、朝早く覗いてみたら茶髪の女の子が、ベンチで寝ていたという。

110当番に電話するのは分かっているが、電話をかけたりすると眠れない…仕事のことを考えると…という事でした。

交番は、近くは・「小比企」・「高嶺」・「みなみ野」の町にはありますが、私たちの町「片倉」にはありません。片倉地域安全センターがあります…問題は大きいと認識しますが、どう対処したら良いのか、模索中です。

2015年8月13日 (木)

ストレス時代

Center171_3

過度にストレスが、かかっているのに「ストレスがない」と思っていないでしょうか。また、いやな出来事や悲しいこと辛く苦しいことばかりがストレスの原因とはかぎりません。

結婚、昇進など本人にとってうれしいはずのことが、ストレスを生じることもあります。こうしたストレスは気づくのが遅れがちです、「何となく調子が悪い」といった身心の不調のシグナルを見逃さないことです。

ストレスの原因の多くは生活習慣にありますから、ストレスになりやすい生活習慣かどうか、自分でチェックしてみることです。

ストレスに負けない心をつくるには、自分と向き合い、ストレスの原因がどこにあるのかなど、現状の問題点を冷静に洗い出してみることです。

悲しみや他人への怒りの気持ちなど、いつまでも引きずっていても、なんら良いことにつながりません。一分一秒たりとも同じ私でない。だから過去にこだわらず、今の私を生きることです。

「水は方円に従う」の言葉通り、水を方形に入れても円形に入れても三角の器に入れても、形は変わるけれど水であることにかわりはないのです。

執着する心のはたらきがあってはならない、何ものにもとらわれない心で、日々生きようと心がけることが、一番の健康法です。

今の私を生きる

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

10shiretoko5go_1ko21

今の私は、去年の私でも、昨日の私ではありません。

身体の細胞はたえず生まれて死んで、一時も同じでないから、いつも新しい私で、一分一秒たりとも同じ私でない。だから過去や未来にこだわらず、今の私を生きることです。

自然界には、過去も未来もありません、生きとし生けるものは、みな今を生きています。人間だけが過去や未来にこだわっています。

自分本位の心を捨てて、世のため人のため、生きとし生けるもの全てのために尽くそうとすることを、実践することによって、自分自身にも苦しきことや、悲しきこと、どんな困難をも乗り越えていける勇気と自信がそなわり、心も晴れるのです。

欲ボケしてしまった、自分を元の自分に戻すことです。身に福が、心に徳がそなわるように、幸せな人、福徳円満の人になろうと心がけたいものです。

2015年8月12日 (水)

日本人の和の心を取り戻せ

Img_97161

日本人の心とは…敢えて定義づけると、「和の心」になると思います。

「和の心」とは…

個人を重視するのではなく、集団における秩序や調和、また礼儀を重んじること」ということになります。

確かに私たちは、世界的に見て、過剰なまでに「集団主義」を貫いているといえるでしょう。また、集団の中で相手の意思を読み取り、波長を合わせて行動をし、決して争わずに調和を保っています。

この「調和」は、「平和」にも通ずる部分であり、私たちは、互いを信頼し、集団行動でのルールを守ることができ、決して他人に迷惑をかけないを…モットーにしています。

この国民性は一方で、現代社会では「個々の個性を潰す」「自己表現が下手」と、国内外でバッシングされる対象になっています。

確かに第二次大戦後、西洋思想や文化が大量に輸入され、それらに無意識に影響を受け、日本らしさと西洋思想の狭間で、日本人らしい「和の心」は姿を変えつつあります。

それでも、第二次大戦直後の日本は、この「和の心」や「和の精神」で互いに手を取り合って、めまぐるしい発展を遂げたのです。

これから先、西洋式個人主義と日本式集団主義は緩やかに融合していくものと思われますが、それでも「和の心」は、世界の中で、日本人の美徳として受け入れられています。

最近の日本人は大人から子供まで道徳心の無い人間が増えているようです。「自分さえ良ければ」…それで良いと思う人間…日本人の規範意識が問題です。

最近の学校教育もさることながら家庭での躾に問題があるのではないでしょうか…特に今の若い親たちは育ててくれた両親から正しい躾を受けていない?

そのため、子供対する躾が判らず暴力に走ってしまう。小さい子供が虐待されるのもその一因と言えます。また、弱い者いじめ問題が後を絶ちません。

昔の親はよく子供に…「他人に迷惑をかけるな」・「困った人がいたら助けよ」などと常日頃言っていましたこれは一種の道徳であり日本人の美徳です。

そして悪を憎む心、これらは日本人が昔から本来持っている心であり、これからも日本人として大切に受け継いでいかなければいけないのではないでしょうか…。

いまやグローバル化した世界ですが…日本人は、日本人としての本来「和の心」を取り戻し、世界に示すべきです。

心の時代

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

24351

こんなに物質的に豊かになった日本でなぜ多くの人々は更なる幸福を探しているのだろうか?経済的に豊かになって大変便利な世の中になり、不安も少なく安心して暮らしていけるはずの日本で、どうして心の豊かさや幸福を求める人がいるのだろうか?

発展した今の世の中の問題は、人間が本来もっている本能的な部分、人間として生きていく上での重要な部分がある意味を、脇に追いやられ欠落している結果なのではないだろうか?

そして心の豊かさを求める時代ではないだろうか…いわゆる「心の時代」…模索する時代でもあると思う。

五木寛之さん「下山の思想」

「成長神話の呪縛を捨て、人間と国の新たな姿を示す画期的な思想」

なぜ下山に関心をもつのか…

登頂したあとは、麓をめざして下山する。永遠に続く登山というものはない。この下山こそが本当は登山のもっとも大事な局面では…下山の方に登山よりもさらに大きな関心が深まる時代に入ったのではないだろうか…

安全に、しかも確実に下山する、というだけのことではない。

下山のなかに、登山の本質を見いだそうということだ。下山の途中で、登山者は登山の努力と労苦を再評価するだろう。下界を眺める余裕も生まれてくるだろう。自分の一生の来し方、行く末を思う余裕もでてくるだろう。

その過程は、人間の一生に似てはいないか。壮年期を過ぎた人生を「林住期」とみて、そこから「遊行期」にいたるプロセスを人間のもっとも人間的な時代と考える。下山は「林住期」から「遊行期」への時期だ。そこに人生のつきせぬ歓びと、ひそかな希望を夢見ることだと思う。

2015年8月11日 (火)

汚し方が半端でない

Tokita1
           
時田公園(八王子市片倉町)

汚し方も半端ではない…モラル・公園ルール…など全く無視…これは犯罪?

今朝の時田公園は、酷い汚し方でした。

若者の夕涼み?大変盛り上がったと思います、これが公共の公園です。汚された常態は時々あり、これが常習者では…? 公園を利用する資格なしです。

空き缶12個・空き瓶3本(内2本は石垣に投げ捨て割った)破片が散らばり、タバコの吸い殻、30本ぐらい散乱し、タバコの空き箱、弁当の食べ残し…他にはテッシュ・使ったタオル等…これは犯罪?と思われます。

一時間かけて処分いたしましたが(大きな袋2個)…細かいガラス破片があり、幼児が遊ぶには危ない。

小さなガラスの破片が拾いきれないので、砂の中にあり、幼児などが手を切る恐れあります。

近所の方には、注意するのは無理ですし、途方にくれ…南大沢警察署に、夜間のパトロール要請しました。このような、無責任な行動があった場合は…110番して欲しいとのことでした。

八王子市公園課に相談…青パトの巡回の検討依頼しましたが…

公園は地域の人々が安心して、お年寄りから、小さいお子さんの、コミニティの場であります。そして、その町は、割れ窓理論から…地域の顔でもあるのです。美しい笑顔、汚れて悲しげな顔…いつも笑顔でむかえてもらえたいものです。

老いの人生を考える

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

07_sl_kurosawa21

人生は、片道切符の旅です。

今までの経験のないことばかりです。「生老病死」の一生で、私はいま、老いの真っ最中を走っている?ところです。

老いを実感…

老化がすすむと、体力も気力も衰えてくるから、何をするにも持続力がなくなり、疲労の回復力も低下します。筋力が落ちるとちょっとしたことで足腰に疲れがきて、筋肉痛になったり、歩行さえも困難になります。

動作がとろくなり、つまずいたり、耳が聞こえにくくなり、視力も衰えてきます。加齢とともにさまざまなことが悩みとなっています。

老いにともない、物忘れがひどくなり、思考回路も衰え判断能力が弱くなっています。これまでにできたことが、できなくなり、何をするにもついおっくうになってしまいます。

病にかかりやすくなり、快復力も衰え精神的に気弱になる。そして、やがて自分で何ごともできなくなり、他の人の力を借りなければ、生活できなくなります。

老いることで悪いことばかりではありません。

年の功で、人生経験が豊かになり多様な判断能力が身について、なにごとにも偏らずに多角的に理解しようとします。そして悟る…(物事の真の意味を知り、今の状況をはっきりと理解する。)ことができるのです。

相手の気持ちも受け入れようとする寛容な気持ちの余裕をもち、自己本位の思いをおさえて、相手の立場に立って理解できます。

さらには人をおしのけて進むことよりも協調性を重んじたり、対決軸を持とうとしなくなくなる…人生を対局的にみることが出来てくるようになります。

このような年をとったからできる判断力・洞察力を、どのように社会に、還元・繁栄のために発揮するのか、これが長寿の課題と思います。

2015年8月10日 (月)

人間の生きる原点はふるさとです

177156871

今年は、戦後70年です。失われたものは沢山あります。

人の命・尊い財産など、敗戦とその衝撃は、失意・空しさは、経験しないと、現代人に、説明しても到底分かるはずもないと思います。

それから、今70年を振りかって見て、とても大事なことが失われつつあることがあります。私はそれを取り戻し、人間本来の姿を取り戻さねばならないと考えています。

人間本来の姿とは…家庭は、社会の基礎です。親は子供を愛情をもって育て、子供は親を大切にするのが人間本来の姿です。また、男女・夫婦は互いに長所を認め、短所を補い合うところに、調和のある家庭が築かれます。

日本人が大切にしてきた、・親子一体・夫婦一体・家族一体の生き方によって、明るい社会、平和な世界を実現できます。そして、先祖から続く生命…自然の大地の恵みを受けて生かされているのです。

戦後の復活は世界の国々でも驚嘆に値する復興があり、物質的には豊かになりました。アメリカに続き、第二位の経済大国になりました(現在は中国に抜かれ、第三位)。

その影に、失われたものがあります。日本人は、その失われた、余り大きなものがあるのに関心がなく、その結果が大変な自然破壊です。そしてまだまだ進行中です。

私は、人間には大切なことは、ふるさとを大事にする心です。ふるさとは人間の原点と考えています。

ふるさとを守り、心の豊かさを取り戻しましょう。

美しい自然に囲まれて生まれ育った人は、他人に優しく、思い遣りある人間です。争いが…戦争になり、70年前のような悲惨なことがないように守ることです。

心の豊かさとは、お金・物がたくさんあることではありません。困っている人いれば助ける…世界中の人々が安心して暮せることがなければ…心の豊かさは生まれません。

ふるさと愛する…70年前に川に棲んでいた魚や昆虫・植物などがいなくなり、また、山が開発され動物がいなくなり、子供たちが触れ合う機会なくなってしまって、情操教育が十分できず、とても残念に思っています。

“しつけ”を考える

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

5bdc9f2169e1de1e911b5c4cc1bd0b89618
          
片倉城跡公園二の丸広場

“しつけ”とは…人間社会で生きていくための手段です

年代や国などでも違いがありますが、具体的には「やって良いこと(=誉められる)」「やってはいけないこと(=罰せられる)」の区別をつけさせることです。

最近、公園などの公共の場での子供たちの遊び方みて思うのですが、ゴミ捨てたり、器具を壊した光景を見ますと、家庭の躾・教育が問題と思わざるを得ません。「子供は家庭・学校・地域で育つ」と言われています。

悪戯…

むかし小学生のころ、近所のおじさん・おばさんに、いたずらしたら…「先生に言ちゃうから…」・「お巡りさんに言いますよ…」とよく言われたものです。先生と警察官はとても怖い存在だったと教えられていたのです。

親父のゲンコツと褒められること

家では、父親は怖かったです。ゲンコツを飛ばされさ痛かった!…理由が分からないことが、よくありました…母親がその理由を説明するという…パターンが多かったです。

そして悪戯したら、「押入れに入れるぞ!」・「外に出してしまうぞ!」ということも…とにかく「父親は怖い」とイメージがありました。しかし、よいことすると褒めらたのです。

♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣

三歳ごろから、良いことと悪いことは、行動の中から、叱る…褒める…を言葉を工夫することです。

行動の範囲が広がり、多種多様な行動をし始めるのが三歳ごろですが、その動きはほとんどが好奇心・愉快さの追及、つまり、面白そうだから、珍しいから、楽しいからという理由からです。

「他人の迷惑になるから」という、判断能力はないのです。日常生活の自立はかなり進んできているはずですが、まだ不器用であり注意力は散漫です。行動の予測ができないので、危険の一歩手前にいることもあります。

「こんなにごはんをこぼして」・「またおもらししたの」・「触ってはダメよ」・「はさみは危ないか」…このような言葉を発していないでしょうか?

しかし、三歳児の興味関心の向き方をかんがえればこれらはごく自然なことばかりです。活発で元気がよく、好奇心の旺盛な子供ほどよく叱られるとも言えるでしょう。

子どもはまだ世の中のルールを知らないので、善悪の区別はつかず自分の思うがままに行動します。道路の横断の仕方、買い物の仕方も徐々に教えていかなければなりません。

品物にはそれぞれ所有者があって、ブランコに乗る時には順番を守ること、他人に迷惑をかけてはいけないことなど、社会で生きていく最低限のルールを教える時期であるのです。

快楽だけを求めて生きていくことは社会が許さないということを教えなくてはなりません。現実の世界で生きていくための基本的なルールを子供のころに厳しく教えることは教育の基本中の基本でもあります。

叱ることはほめることと同じくしつけの方法ですが、三歳の子どもの為すことの中には、まだ三歳だからということで許容されるものもありますが、どうしても叱って禁止しなければならないこともあります。

しかし、叱ることは教育的効果を考えてのことであって、親の不安定な感情の発散であったり、八つ当たりであってはなりません。

 

2015年8月 9日 (日)

環境問題は待った無しです

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

90b90d4c6db29a264022577c071fccbb1

「後悔先に立たず」…ロシアには「持っているものを守らずに、なくしてから涙をこぼす」…表現あるそうです。

環境問題は深刻で、ここまま、人間のエゴで、この地球上の貴重な生物を死滅させていいはずがありません。共存共栄の精神を再構築し、対策を立て実行しなければ、取り返しの付かない事態になります。

人類は新たな挑戦の数々に直面しています。

オバマ米大統領は3日、米国の気候変動対策について演説し、「我々は気候変動を実際に感じる最初の世代であると同時に、対策をとりうる最後の世代だ。いま行動しなければ手遅れになる」と述べ、温室効果ガスの排出削減へ向けた規制強化に理解を求めました。

世界各国が、グリーン成長路線を取らねばならなりません。

「この10年間で、世界共同体は、経済発展に向け大きな努力を払ってきましたが、そのことはグローバルな環境の悪化をもたらしつつあり、そうした傾向は、今も続いています。つまり、経済の発展を別のレベルに移行させるための措置を講ずる必要があるという事です。

生物学的多様性の維持、合理的な天然資源の利用、水資源の管理、大気汚染防止と気候変動の影響緩和…「グリーン成長」の支援が大事なことです。

環境保護問題は、世界各国が、力を合わせて環境を保持し、できる限り再生させることに全力で立ち向かなければなりません。

原子力に頼らないエネルギーミックスとすべきです。また、石炭火力を極力減らし、再生可能エネルギーを中心とした、エネルギーミックスとすべきです。

子孫が我々の行いを決して恨むことが無いよう、今を生きる我々は、自然に対しもっと敬意を持ち、大切にしなければならないと思います。

今年の12月のCOP21フランスで開催に注目

年末に、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の「第21回締約国会議(COP21)」がフランス・パリで開催されます。このCOP21の会議では、2020年以降の世界の気候変動・温暖化対策の大枠が合意される予定です。

この会議の結果によって、世界がどの程度気候変動を防ぐことができるか、すでに起こっている影響を軽減できるか、といったことが決まると言われています。2015年が地球にとって非常に重要なのはそのためです。

2015年8月 8日 (土)

立秋

516880592_2
               片倉城跡公園   

城跡や 樹々立秋の 風に揺れ

今日は立秋です…二十四節季の一つで、太陽黄径が135度の時を言います。

高校野球が始まり、暑さもピークを迎えいますが、暦の上では「秋に入る日」とされています。

ハガキ…立秋を基準としてそれ以前に出すのを暑中見舞い、立秋以後に出すのを残暑見舞いと区別します。

東京地方は、猛暑日が8日間も続き、明治8年以来観測の記録だそうです。しかし、今日からは残暑見舞い…となります。

テレビのニュースでも「本日は立秋。暦の上では秋が始まるとされる時期ですが、暑さはますます厳しくなって…」というフレーズをよく耳にします。

とはいえ、空を見上げると夏の代名詞である入道雲ではなく、秋の空特有のいわし雲やうろこ雲が多く見られるようになります。空から少しずつ、秋は近付いているのです。

27ad0eed8013a7c4d36452cab3b687a1e_2
              秋特有のいわし雲


             

価値観の違いからの問題

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

00nyudogumobgm1

価値観の違い…考え方の違い

それは、生まれて育った環境ーー知識量・思考方法・道徳観の違いなど。(同一地域・国でも、時代とともに価値観は変遷してゆくことがは多い。そして変化が速い国や地域では、親子で価値観が大きく異なるということもある。=ウキペデイア)

① 知識量の違い…これは、その本人の持っている、知識によって異なります。

② 思考方法の違い…ものごとの、積極面をとる思考方法と、消極面をとる方法があります。

③ 道徳観の違い…道徳観とは価値観の一種ですが、これが価値観全体を支配することがあります。

一般的に道徳と言うと、規範とも言える。社会の人々が、善悪をわきまえて正しい行為をなすために、守り従わねばならない規範の総体です。

外面的・物理的強制を伴う法律と異なり、自発的に正しい行為へと促す内面的原理として働きます。一定の行為を命令または禁止する準則 (ルール) …宗教規範、道徳規範、法規範などがあります。

価値観の一つでもある道徳観の違いで、戸惑うことがあります。年代の違いからでしょうか?私が70年以上生きて過去をふり返ってみても、地域社会においては、村から町へ…

そして戦後は、人の交流が激しくなり、便利さを最優先から、自然との調和を無視して開発が進められた結果…価値観=道徳観の違いから、人と・人・自然との調和修復が重要視すべきです。

そして、最近、道徳観の多様性で、社会の構成の基本である環境・エネルギー問題が大きな問題となっていると思います。

グローバル化した社会になってきた世界経済において、価値観外交が進化しているようです。民主主義や人権の尊重などを価値として共有する国家との関係を強化しようという外交方針…「価値の外交」とも言われているそうです。

今までの既成概念を打ち破る?…過激派組織IS:イスラミックステートの発祥で、世界の国々で、緊張が続いています。日本人も犠牲になっています。その対応が難しくなっています。

2015年8月 7日 (金)

自分の行為を反省しよう

Photo_3

「自分の行為を反省しよう」

極端なことかもしれませんが、毎日一人が、本人しか利用しない通路にゴミを捨てて行き、まったく始末しなかったらゴミは山となって、通れなくなってしまうようになります。…本人は外の通路を探しますか?自分の玄関前だったら…どうするでしょうか?…多分捨てないし、他人が捨てたら怒るでしょう。

最近、「地球温暖化」・「異常気象」が、問題となっています。大きくマスコミも取り上げられています。私には関係ない…政治が悪い、行政が悪い…と自分が、通勤に吸いながらタバコの吸殻を、あたりまえのように、捨てている人…言うセリフ?のようです。

今年は戦後70年で、日本は大きな分岐点にきていると思います、環境問題は日本だけ一生懸命やってもだめ…と言われるお方は沢山いると思いますが、私は「環境問題は、放射能汚染などから、日本がリーダーシップをとって進めなければいけない」…考えています。

それにしても、戦後の教育の影響からか、「自己中心主義」が多くなってきたと思うのです。それは、私は70年以上前、この世に生を受け、自然環境の変わるよう知っています。自然環境の破壊が、このまま続くならば、やがては人が住めない地球になってしまうからです。

自分の都合だけを主張していたら、争いは起こります、そして戦争となります。戦争とは、人をを殺すことです。それだけではありません、自分自身も死ぬまで、「人に殺される」という恐怖心で、心静かに世を送ることが出来なくなるのです。

自己中心主義が恐ろしい結果を招くことに早く気づくことです。この地球はあなたの思い通りには行かないのです。そして70億人とも言われている人間だけのものでもありません。680億種とも言われている生きものものでもあるのです。

自然に優しく、人に思い遣りの心…今大切なのは、お分かりでしょう。生きていくには責任があるのもちろんです。無責任な行動をとっていたならば、あなた自身が真っ先に恐ろしいことになるのです。

心がきれい人は行動が美しい

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

07rose_ame21

の美しさと、行動の美しさは共通しています。

行動が美しい人は心もきれいです。

行動は、心が外に表れたものです。

平気で、ポイ捨てをする人は、心にそういう気持ちがあるからです。

悪口を言う人は、心があるから、口にするのです。

行動と心は、連動しているのです。

だから、行動を見れば、心が見えるのです。

心と行動は同じとも言えます。

行動を変えることで、心にも影響を与えることができます。

私は、暑い日にゴミ拾いなどして、大丈夫なの?

あなた、そんなに一生懸命やって…

身体を壊したら誰も褒めてくれないよ…

と他人に…言われたことがあります。

私は、ゴミ拾いをすることが出来ることは健康だからと思い、

むしろありがたいと感謝の心を持つって行動しています。

「行動を変えることで心は変わり、元気になる」と信じています。

 

2015年8月 6日 (木)

70年前の思いで…

282_field111

学校のカバンは、兵隊さんが使った、お古の雑嚢(ざつのう)を母親が、どこからか手に入れ…穴などを繕ったもの…教科書は、二人で、一冊という人もいました。多分クラス全員一冊がなかったのです。

そして物不足で、着るもの靴などは兄の物のお下がりが、多かった…特に靴は貴重で、普段は藁ぞうり・足なか(藁のぞうりで踵の部分がないもの)父親、(雨の日か夜なべ)で作ったものだった。石鹸・衣類などは配給制度で調達で、手に入れたのです。

部落は、7~8世帯が隣組合となって、今で言えば組長のことを…親分と私の父親は言っていた。小作農家である私の家は、一定(1反何俵と決めて)年貢米を納めていた。

終戦直前、敵機襲来(グラマン・B-29)で夜は警戒警報・空襲警報のサイレンが鳴ると、灯火管制と言って灯かりを消して外に、むしろを引き寝たのでした。

学校へは近所の子供たちは、集合場所に集まり、集団登校で、上級生が、まとめ役でした。私の住んでいたところは、当時は、南多摩郡由井村片倉(現在は八王子市片倉町)だった。小学校の裏の土手に生徒クラス全員が入れる、防空壕掘られていて、警戒警報のサイレンが鳴ると、先生の指示でその防空壕に入ったのでした。

竹槍・バケツリレーの訓練の、もんぺ姿の母親が目に残っています。若い青年は兵隊でいない…残った、年寄り・女・子供たちとなった部落で、爆撃に備えて、防空頭巾は、手放せない・農家でありながら食べ物ない…母親は、子供に食べさせるもの探しに明け暮れの毎日だったと思う。

親分と言われた人が、徴集され広島方面の軍施設の警護で行っていた?私と同級生の子は「内の父ちゃんは兵隊になったと自慢げに言っていた。日本が戦争に勝って、長いサーベルを持った偉い人になって帰ってくると…私は羨ましく思ったのでした。

広島に、とても大きな爆弾が落ちたたとの情報が漏れ伝わって、子供の私にも耳に入ったのでした。「かあちゃん長いサーベルを、おじちゃんは持ってくる?」と聞いた覚えがあります。

「70年前の今日」6日広島・9日の長崎に原子爆弾が落とされたのです。そして、15日天皇陛下の玉音放送があり、日本は戦争に負けたのでした。…70年前の今日の思いでを綴ってみました。

今国会で安全保障関連法案が、参議院で審議されています。殆どの議員は戦争の体験しない人たちです。国を守ることは大事ですが、人の命と平和の尊さは計り知れません。

戦争は、人間の欲望から、起きるのです。「少欲知足」の心を持ち「共存共栄」の心を大切にする…願ってやみません。

少子高齢化で地域社会の危機

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ
3e0efb42073e3a102d859b5d9b3710fb1

少子高齢化で地域社会の危機

地域社会で、毎年恒例の盆踊り大会を崔していますが、事前準備(会場整備・やぐら組み立て・テント設営・電気配線・ちょうちんなどの飾りつけ…実施…飾りつけ類と電気・テント撤収・やぐら解体・会場整備)の一連(5日間)の作業があります。

町会会員の方・子供会・老人会などの団体に呼びかけて、何とか今年も無事行うことが出来ましたが、少子高齢化で、参加する人の人数が少なくなり、何と言っても、行事の旗ふり役も高齢化して、「やぐら組み立て/解体」は業者に……と考えざるをえなくなってしまったのです。そして、若者の地域社会への行事参加に関心が、薄れて来ています。

向こう三軒両隣の認識も…戦後70年のいま、町会役員の啓蒙もむなしく…年寄り家族のみので(親子二世代同居がいない)昔からの“よしみ”と言われていた「助け合いの精神」が維持できなくなりつつあるのです。

都市のスプロール化

駅前商店街、寺社の参道に展開する商店街、アーケード街など以前の繁華街と呼ばれた地域が衰退しシャッター街化している。

一方、これに代わって、郊外の道路沿いに飲食店、コンビニ、スーパーマーケット、などが進出しています。これらは一般にロードサイド店と呼ばれており、モータリゼーションに対応して充実した駐車場を備えています。人と人の会話の機会が少なくなってしまっています。

明治大学政治経済学部 安藏 伸治教授の【少子化を斬る】より

 http://www.meiji.net/opinion/population/vol09_shinji-anzo

「家族の変化が生んだ男女間にある結婚観の乖離」

「未婚化」「晩婚化」が進む背景には家族の変化が指摘できると思います。高度経済成長時代、父が主たる働き手で母は専業主婦、そして子どもが二人という、いわゆる「標準世帯」が家族の一般的な形態として定着していました。

大きなターニングポイントとなったのは1973年のオイルショックである。これを契機に「重厚長大」型の産業から「サービス型」の産業に産業構造が移行、その変化は家族の在り方にも影響をもたらしたのである。

パートタイム就業などで母親がサービス産業の労働市場に参入したことで、かつての「標準世帯」は減少していった。さらに女性の高学歴化が急激に進展、男女雇用均等法などにより就業機会は一層拡大し、女性たちの経済的自立が可能となった。

バブル経済による大量採用や大幅な賃金の上昇は未婚化、晩婚化の進行に拍車をかけた。そして、「二子規範」ゆえに戦前のような家庭内人口圧力もない中、成人後も父親の経済的環境の中で生活し、パートタイマーではあるが専業主婦としての役割を行う母親からの家庭サービスを享受し続けていくことが、男女ともに可能なのである。

都心から40キロ西部に位置している八王子市です。戦前から、絹織物と農産業の主体産業から戦後70年経った今、少子高齢化・晩婚化で社会構造が大きく変わったのです。ただ戸惑っていてはいられません。良き地域社会の伝統文化を守り、将来に向けて、私たちが考えなければいけないと痛感しています。

2015年8月 5日 (水)

この暑さ…考える

09oga_akanegumo11

地球温暖化?70年以上生きてきて、はっきりしたデーターではないので、感覚的だけですが、毎年毎年…より暑く感じています。
この暑さは、異常?です。

地球温暖化のせいもある…東京地方6日連続で猛暑日で、新記録だそうです。

政府は、2030年までに温室効果ガスの排出量を2013年比で26%削減するという目標案を、7月30日に示しました。

今年末にパリで開かれる国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP21)に向けたものだ。この目標が低すぎるとして、一部の海外メディアは批判的な論調で報じている。

アメリカは2025年までに2005年比で26-28%の削減、EUは2030年までに1990年比で40%の削減を掲げているが、それぞれの目標を年度比で比較すると以下のようになる(ただし、日本とEUは2030年まで、アメリカは2025年まで)。

         日本     アメリカ      EU
2013年比  26%   18-21%    24%
2005年比  24.5% 26-28%    35%
1990年比  18%   14-18%    40%
 

2013年を基準にすれば、日本が一番達成しているように見えるが、京都議定書の基準値である1990年の値からすれば、日本の目標値は決して高いものとは言えない。

このことを、ロイターは「日本政府の担当者は2013年を基準として使いたがっている。他の主要先進国より高い削減目標を示すことになるからだ」と批判…

実施するには、地球上の人間が真剣に考え実施しなければ、将来大変なことになると思います。温暖化を防止するには、中国はじめ全世界の国々が、理解・協力し合わなければいけないことは言うまでもありません。

気象変動のメカニズム

私達の生活は、温帯低気圧の通過や台風の襲来、熱波や寒波、豪雨や干ばつの発生をはじめとした大気や海の現象の現れ方に大きく影響されています。

一方で人間の活動によって排出された二酸化炭素などの温室効果ガスが大気中に蓄積して地球温暖化をもたらしていることがわかってきています。地球温暖化が進むと、暑くなるだけでなく、身近な気象現象も変化します。

いったいどのように変化するのでしょうか?気候の将来を予測するためには、「気候モデル」を使ってコンピューターシミュレーションを行います。世界中の様々な機関がそれぞれの「気候モデル」を開発して将来予測を行っていますが、実はその結果には、ややばらつきがあります。

日本の夏

~梅雨と盛夏の将来変化~

日本の夏は梅雨入りとともに始まります。梅雨は一年のうちで最も雨の多い時期にあたり、終わり頃には局地的な大雨による被害がもたらされることがよくあります。梅雨が明けると、一年のうちで最も気温の高い盛夏期が訪れます。

極端に暑い日が続くと、作物や家畜に被害が出るばかりでなく、熱中症患者が増えるなど、人にも影響が及びます。

このように、梅雨の動向や真夏の天候に関する情報は、私たちの生活にとって欠かせないものとなっています。では、温暖化すると日本の夏はどのように変化してしまうのでしょうか?

日本の夏の将来変化を知ることは、現在の気候に合わせてつくられた社会の仕組み(農業や治水、交通など)が、今後の変化にどう対応していくのかを考えていくうえでも重要です。

梅雨前線は、本州の南海上で発達する背の高い小笠原高気圧と北方のオホーツク海高気圧の間に現れます。季節が進むにつれ、小笠原高気圧が強まりつつ北上し、これに押し上げられるように梅雨前線も北上します。

さらに、日本の上空を流れる偏西風の軸も前線の少し北側でほとんど足並みを揃えて北上することが知られています。

異常気象の原因を探ったり毎日の天気を予報したりするとき、小笠原高気圧や偏西風の位置に着目することがよくあります。そこで、私たちは小笠原高気圧や偏西風の北上の様子がどのように将来変化するかを、調査の手掛かりにしようと考えました。

参照記事

『暑いだけじゃない地球温暖化』パンフレット

環境省 地球温暖化について - 気象庁

正しい生き方

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

10kouchi_katurahama11

人間として、「正しい生き方」とは…

子供たちが、ごみを捨てたり、公共の物を大事にしない、いわゆる「規範意識」がないと思える行動が多いと思います。私は子供会の、お母さんちに、子供たちが帰った後の公園を見て欲しい、そうして「ごみなどを片付けてほしい」話しました。

その翌日お母さんたちは、夕方公園に行って片付けたが、汚すのは、子供たちだけではありません、タバコの吸い殻が捨ててあった、と言っていました。大人達の規範意識がない人がいるという事です。

親は子の鏡

京セラの創業者の稲盛和夫氏は…

「小学校の道徳のようなことをいう」と笑う人がいるかもしれません。しかし、その小学生のときに教わったようなことを、私たち大人が守れなかったからこそ、いまこれほどまでに社会の価値観が揺らぎ、人の心が荒廃しているのではないでしょうか。

 

いま、子どもに向かって堂々とモラルを説ける大人がどれほどいるか。これはしてはいけないことだ、あれはこうすべきだと、明確に規範を示し、倫理を説ける。そういう識見と精神、重厚な人格を有した人物がどれだけ出てきたか。

 

それを思うと、私なども忸怩(じくじ)たる思いにとらわれないわけにはいきません。

 

正しい生き方とは、けっしてむずかしいことではないはずです。子どものときに親から教わった、ごく当たり前の道徳心 ― 嘘をつくな、正直であれ、人をだましてはいけない、欲張るな ― そういうシンプルな規範の意味をあらためて考え直し、それをきちんと遵守することがいまこそ必要なのです。

これがあたりまえ?…

毎日、ゴミをを拾いながら思うのですが、タバコの吸い殻が無くなりません。道路に捨てるのは、あたりまえ?または、環境などまったく意識していない?大人が多いという事だと思います。「規範意識」・「街の美化」など、まったく認識がない人がいるのです。

子供の「行い」を見れば、親が分かると昔から言われています。子供のしつけ・道徳教育が大切さを痛感する…今日この頃です。

国の根幹になる法案…

自分さえ良ければの考えの、自己中心主義では、安全保障の関連法案は、語れません。人の痛みを知り、戦争の恐ろしさを体験した先輩の話をよく聞き、自分の事と考えて欲しい問題と思います。

入道雲

201109161540151

夏空の 天高らかに 入道雲

猛暑日が5日続いています。

猛暑お見舞い申し上げます。

「暑いですねー無理せずお体をご自愛ください」

 夏の風物詩でもあります、

「入道雲」…

ブルースカイに純白な雲…

素晴らしいコントラストです。

夏空を見上げて…誰かの顔?

大自然に感動します。

 

2015年8月 4日 (火)

「非風非幡」(ひふうひばん)

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

E6_02xga

「非風非幡」(ひふうひばん)…

「動いているのは幡(はた)でも風でもなく、それを見ている人の心」

目の前の事象に心奪われると、正しい判断を見失う…とかく物事を認識するのに、白と黒、善と悪などと比較・相対でとらえがちです。比較・相対で認識すると、白は善で黒は悪だというような価値判断を下してしまいます。

安全保障関連法案…

今国会で審議していますが、政府はすべて「自衛」の範囲内と見ていますが、集団的自衛権行使は憲法上認められないという有力な意見があります。

また、「自衛」については、自衛隊だけの問題でなく、日米安保条約に基づく米軍との協力と一体となって行なわれます。

後方地域支援は米軍の作戦と一線を画して行なわれるというのが政府の考えですが、相手国は必ずしもそのように理解しないので、後方地域支援であっても戦闘に巻き込まれる恐れがあるという指摘もあり、そうなると憲法違反の問題になりえます。

また、自衛隊の行動の範囲が広がり、協力する国が米国だけでなくなり、多数の国に広がると、「多国間の国際協力」との境界線が不明瞭になるという問題もあります。

今、世界のどこかで戦争やテロが起こっています。多くの難民が飢えと貧困と恐怖の日々を余儀なくされています。

世界の平和安定のために紛争の回避、難民の救済、復興支援等に日本が世界でどう行動すべきかが問われています。国民の安全と利益を守ることも大切ですが、安保法制化は国際平和に貢献するものでなければならないと思います。

自分(自国)の立場で物事をとらえると、執着心から目の前のあらゆるものが、自分(自国)との相対として受けとめてしまいます。

けれども小さな自己という執着心を離れると天地いっぱいの世界が現れます。比較・相対で認識すると、ものごとの本質を見誤ることがあります。だから国の自衛や国際的な問題についても、相対・二元的な認識を超えて、より高い立場で理解しようとする姿勢が大事です。

2015年8月 3日 (月)

「おかげさま」の意味

1231

「おかげさま」とは…

スポーツで優勝・努力して事業に成功・命がけの事を成し遂げたとき…「おめでとう」と祝福の言葉に対して、「おかげさま」で…とお返しに使う言葉です。

おかげさまは「お陰」を丁寧に言う言葉であり、「お陰」とは、神仏などの陰で庇護を受けるという意味で、室町時代から使われているそうです。

普段、何気なしに使われいますが…陰のように他者に寄り添い、陰からその人のことを見守っていく姿勢、この変に出しゃばらない姿勢も、私たちには求められていることです。

他者に対してどんな良いことをしたとしてもそれが余計なお世話になってしまったのでは、意味がありません。その意味でも、もう一度、この「おかげさま」に含まれる意味をかみしめ、大切にしていくことが今の日本人に求められるのではないでしょうか?

そして、この「おかげさま」という言葉を死語にするのではなく、これからも使い続けていくことが大切なように思います。それも、ただ儀礼的にではなく、心の底から誰かのお世話になっていることを感謝し、気づいていくことができたら、素晴らしいことだと思います。

現代人の忘れもの「おかげさま」

地球は宇宙の星です。地球に生命が生まれましたが、生命をかたちずくっている炭素や窒素や酸素や鉄もみんな宇宙のものですから、生息する生き物もすべてが地球の一部であり、宇宙そのものです。

この世に存在するものはすべて天地自然のもとに生滅するものであり、すべてが関係し合って存在しています。

人も、生きとし生けるすべての生き物は、生かしあい、生かされあいのためにこの世に生まれてきて、死んでいく…今私たち人間を含めて、すべての生物は、地球上に、この世に必要だから、かけがえのない命として生まれてきたのです。

そして、今ここに生きて、生かしあっている…野生の動物・昆虫のように、天地自然に同化した生活をしなくなってしまった人間の認識は、何ごとにも自分本位にものごとをとらえようとします。

ところが自分本位の判断や認識では、天地自然・宇宙の法則と、かなり違った判断や認識になってしまうから、あらゆることにおいてズレが生じます。

そのズレが煩悩とか妄想で、そのために自分自身で苦しみ悩むことになってしまうのです。 自分本位に生きることから生じるズレを起こさないためには、大いなるものに畏敬の念をもつことでしょう。

大いなるものとは命の源であるご先祖さまであり、天地自然です。日本人は天地自然をお天道さまと表現してきました。そして朝な夕なに、ご先祖さまに、そしてお天道さまに「おかげさま」と、感謝の気持ちをあらわしてきました。

そうすることで日々の安心と安全を得てきたのです。現代人はこの「おかげさま」を忘れてしまっているようです。もう一度「おかげさま」を…考えてほしいと思います。

 

 

夏の思い出

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

135

今年は、“やけに”暑い日が続いています。昨日も、東京地方は36℃でした。先週の土・日に行った盆踊り大会の、やぐらの解体を片倉町一丁目町会の皆さん約40名の方と行いました。

私の子供の頃の「夏の思い出」は、裸・川遊び・蝉とり・お祭りです。

歌では、「ホーホーホタル来い…」・「「夏が来れば、思い出す♪遥かな…」この季節になるとなぜか思いだします。

私は、何と言っても…「夏の風物詩」…というと花火・盆踊り・お祭りです。

そして、「夏の味覚」は?

スイカ・そうめん・冷や麦 カキ氷・アイスクリーム ・ 冷やし中華・ 枝豆 とうもろこし ・ 麦茶 ・ 冷やっこ ・ バーベキュー・焼肉…などなどです。

夏の味覚ナンバーワンは、「西瓜」

「スイカ」だそうです。ある調査機関が、調べ(インターネット)によりますと、ダントツの1位は「スイカ」(68.9%)だそうです。

「食べる時は『夏だな~』と家族で目を細める」…暑い夏に水分補給も兼ねて、みずみずしいスイカを食べる」…夏の枯渇した喉に冷たくて水分豊富な「スイカ」が一番という声が多く、老若男女問わず、人気の「夏の味」となっていることが明らかとなりました。

またスイカには水分ばかりではなく、ビタミンやカリウムなどのミネラルもバランス良く含まれており、夏バテや疲労した体を回復される効果もあるそうです。まさに夏を代表する定番グルメといっても過言ではないかもしれません。

食欲の落ちる夏場でも「冷たい麺類」ならOK

 2位は「そうめん・冷や麦」(42%)…「夏の暑いとき、食欲もなくなりぐったりした時に食べる。よく冷やし、土生姜の利いたつゆだしで食べると気持ちまで涼しくなる」・「流しそうめんにすると、雰囲気も夏って感じになる」など、食欲の落ちる暑さの厳しい時期でも、ツルリと喉越しの良い「そうめん・冷や麦」だけはなんとか、口にできるという方も少なくないようです。

住んでいる地域や、生まれ育った故郷によっても「夏の味」に違いがあるようです。全国どこに行っても、同じものが手に入る世の中となったとはいえ、地域によって、また個人によって季節を感じる食べ物に、少なからず違いがあることを、改めて実感します。

2015年8月 2日 (日)

一瞬の命をどう生きる

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Galleryplayer22_moon

昨日、NHKのテレビ「目撃太陽系の秘境」…番組がありました。

NASAと欧州宇宙機関の探査機が現在、太陽系誕生の謎に迫るそれぞれのミッションに挑んでいる。NASAの探査機・ニューホライズンズは太陽系最果ての冥王星に接近し、欧州宇宙機関のロゼッタは彗星に着陸して調査中だという。

46億年前の地球誕生のメカニズムを解く?ことが出来るでしょうか…

140億年くらい前に起きたビッグバンから、地球誕生が46億年前と気の遠くなる年月が経った、今、私たちは地球という星で生きています。

地球上に生息している、すべての(860万種と言われている)生物の、命が輝いているのは、ほんの一瞬です。

植物も動物も生きとし生けるものはみな、命が輝いているのは一瞬のことで、やがて精彩を失い、衰弱して動物であれば死ぬ、植物であれば枯れてしまう。

私も最近…体力の限界を知るようになり、精彩を無くしてしまった?こんなはずではなかったのに…もうそんな年になったのか、気のせいだろうか…などと嘆いてしまう…

生老病死は生きものの自然な姿であるのに、健康でいつまでも若くありたい欲望がありますが…思い通りにいかないことを実感しています。

残された僅かな命を、どう生きれば…

自分の 生きた証を残こすこと。 これからの自分の命や、周囲の人の命を 大切にし、最後の時に「いい人生だった」と言えたり、言われて出来ることを目標にして生きていかねばと思っています。

途方もない時間の経過から、現在、私たちは地球という星に、生きているのす。宇宙的・大局的な見地で物事を判断しますと…人の争い・戦争など無意味なことになるのではないでしょうか?生きている間は、人に、自然に優しさ・思い遣りが、大切さを強く感じています。

2015年8月 1日 (土)

利他行について

Galleryplayer21_bali

利他行について、京セラの創業者の稲盛和夫氏の名言…

六つの精進

「六つの精進」とは、人生や仕事において、重要となる実践項目をまとめあげたものです。「六つの精進」を毎日連綿と実践し続けていけば、やがてすばらしい人生が開けていくはずです。

①努力(Effort)…誰にも負けない努力する…

②謙虚(Humbleness)…謙虚にして驕らず…

③反省(Reflection)…反省のある毎日をおくる…

④感謝(Thankfulness)…生きていることに感謝する…

⑤善行(Benevolencc)…善行利他行を積む…

⑥感性(Sensibility)…感性的な悩みをしない…

利他行…

人間は、外の動物と違って、人間社会をつくっています。人と人との関係がつながって互いを生かしあっています。

他の動物は、親が子を育てるのに、自然の生き物の場合はその子が自活して生きていくことができれば、そして子孫を残せる能力があればそれでよいのです。

人間は世間に生きています。世間が人間を生かしてくれます。親は子を育てるのに「世の中に役立つ人になりなさい」…と、世の中で役立たない人は生きていけないことも教えました。

ところが、今子育てをしている親は、「世の中に役立つ人になりなさい」と、わかりやすい言葉で子供に話せるでしょうか…

グローバル化した世の中です。世間が地域社会から国境を越える時代になりました。けれども地域社会の世間も、国際的な世間も、人は人との関係のもとに生きていることに変わりありません。

人はみなこの世の共生きの同居人ですから、地域社会でも、国際社会であっても、生かしあいの精神は世界に通用するでしょう。

いま、TPP(日本・米国を中心とした環太平洋地域による経済連携協定-11参加国)の問題でも、グローバルな時代であるからこそ、よりいっそう利他の精神が尊ばれなければならないと思います。(今日のニュースではもう少しのところで合意?)

「他を幸せにしなければ、自らの幸せはない」、人生は利他行です。この利他の願いを持ち続ける限り、その人は優秀であり、価値のある人間という事です。

生きものは、逆境にさらされると強い、苦しい時こそ利他の生き方が生命力を活気づかせます。自分に満足できる生き方は利他行により可能になるでしょう。

ブルームーンから連想して「有り難う」

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

09meigetu_tyusyu11

昨夜は(2015年7月31日)「ブルームーン」…でした。

季節の長さは3ヶ月なので通常満月も3回なはずですが…2、3年に1回の間隔で、一つの季節に4回満月が起こります。その3回目の満月がブルームーンです。

珍しい現象なので、「稀なこと」を表す言葉でもあります。

春分・夏至・秋分・冬至で分けられた季節のことです。アメリカのメイン州においてブルームーンと呼んでいたのが発祥のようです。

「稀なこと」と言えば…「人間が生まれるのはごく稀」なことです。

この世には、何百万種の生物が生息していると言われますが、人間はその中の1種に過ぎません。今私たちが、両親から…生命を受けて生かされているのも…本当に稀なことで、有り難いことす。

ありがとう…」

感謝の気持ちを表す言葉として、日常で何気なく使われています。本来は感謝を表す言葉ではなく、「有り難う」は「有り難し」から派生しています。「有ることが難しい」「非常に稀である」という意味です。

そのむかし、世に極めて「稀な」事や珍しい事は、神や仏の力で実現されると考えられていました。そういう「稀な」出来事や奇跡を起こした神仏の力を讃え、同時に感謝の気持ちを表して「ありがたし」と手を合わせて神仏を拝んだそうです。

珍しい、有り得ない事が起こった場合に使ったわけです。今日私達の日常においても、人の好意、親切、助け、協力はいつも「有る」ものではありません。時々示してもらうからこそ「有り難い」のです。ですから「有り難う」が感謝やお礼の言葉に使われているのです。

ちょっとした…人の心遣いにも、心から感謝できる人間でありたいと思います。

感謝の気持ちを素直に気軽に現せる「有難う」をもっと、もっと日常の生活の中に生かすと、住みやすい世の中になるのですが……

« 2015年7月 | トップページ | 2015年9月 »