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2015年5月

2015年5月31日 (日)

「働く」とは

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「働く」とはを…考えてみました。

仕事をする。労働をする。機能する。活動するです。

語源由来辞典より

はた(傍)をらく(楽)にするからという説が広まっているが、これは言葉遊びでの語源ではない。働くの語源は「はためく」と同様に、「はた」という擬態化であろう。

本来は止まっていたものが急に動くことを表し、そこから体を動かす…意味となった。労働の意味で用いられたのは、鎌倉時代からで、この意味を表すために「人」と「動」を合わせて「働」と国字が作られた。

『「働く」とは他者を楽にすること』

大きく変わる社会、多様化する価値観の中で、どんな仕事を選び、どのように働いていけばよいのか…

今は賃金労働のことを指していることが多いですが、昔はもっと広い意味で使われていた。家族を楽にすることも「働く」。地域のために清掃活動するのも「働く」でした。

お金をもらってももらわなくても「働く」で、海や山・川で獲物を捕ってくるのも「働く」ことだった。…働くことはそう考えると働くって楽しくなります。

企業も「世の中に役立っているか」が問われる時代

今、若い人たちの間では、「とにかく社会の役に立ちたい」と考えている人が多い言われています。NPOや「社会の課題を解決することを目的とする」…ソーシャルビジネス業界を目指す人もすごく増えてきたそうです。

一方…引きこもりのニート・そして孤立無業者「SNEP」が急増中・・・深刻な問題です。

SNEP(スネップ“solitary non-employed persons”孤立無業者)とは、20~59歳の在学中ではない無職の未婚者で、関わりを持つ人が家族以外に一切いない人のこととされており、その数は増加している。

無職あるいや不完全雇用、また、社会的孤立といったSNEPの各分野が拡大しているように見えるが、2011年には、職に就かず、かつ、家族以外の人々との接触がほとんどない人々が162万人に達したことが明らかになり、特に懸念されている。

家族との関わりすら持たずに一人でいるだけの者も多い。また、インターネット上での交流も少なく、テレビゲームやパソコンゲームなどの利用も、特別にスネップが多いわけではないという。男性、低学歴、高齢であるほど陥りやすい傾向にあるが、女性や大学卒、20代の若者のスネップも増えているという。(ウキぺデイア)

人間は「働く」ことで生きられるのです。社会の一員である事を認識しするならば「働く」ことは義務である…と思います。

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2015年5月30日 (土)

素直な心を持とう

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十人十色…本当に世の中には色々な人がいると思います。

素直な心…

子供の頃はみんな素直なのに、大人になるに連れて自分の欲や自我でその素直な心を忘れていってしまうのです。

世の中で揉まれる内に自分の損得で物事を見るようになり、子供の頃の素直な心をだんだん見失っていくのです。そして色々な思惑が出てきて苦しむようになっていくのです。

子供の頃は素直な心は、成長していく過程で、その素直な心が傷つく経験を重ねていく内に、人は素直さを忘れていくのです。それは心からなかなか離れないで、意固地になっているのです。

価値観は年齢と生活環境で変わります。「俺はこうだ。私はこうでなければいけない。」とい心の垢が付いていくのです。そして心の駆け引きをするようになり、損得で言う物質的な得を得るかわりに、心の平穏というものを失っていくのです。

複雑多岐の世の中…色々な思惑があり、我の張り合いがあり、無心とは程遠い世界で暮らさなければなりません。まさしく思惑と我の張り合いの毎日の中で、暮らしているような気がします。そして物質的な得を得る代わりに心の平穏を失っていったのです。

お金など物質的なものをより多く得ることで、心の平穏を得ようとしているのです。考えてみればこれはあり得ない事なのです。

物質的なものを得れば得るほどそれを守ることに躍起になり、自分が得た物質的なものを失う不安が増大していくのです。それは素直とは程遠い心の世界です。

素直な心でいるという事は、自分がしなければならないことを淡々と、無心でするということだと思います。それが毎日できれば本当に幸せな人生だと思います。

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雑念(独り言)

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花語らず

花はだまって咲き、だまって散って行く。

けれどもその一時一処にこの世の全てを託している。

一輪の花の声であり、一枝の花の真である。

永遠に滅びぬ生命の喜びが悔いなくそこに輝いている。

(京都南禅寺の元管長:柴山全慶老師)

花は黙って咲いています。「ここで咲いていますよ」、「私を見てください」と自分をアピールしません。そして散るときも、散りたいとも散りたくないとも言いません。ただ黙々と咲き、散ってゆきます。

花は、その時、その場で、その生涯を生き切っているのです。それゆえ花は美しいのでしょう。綺麗に見えるのでしょう。花は何も語りませんが、そこに一輪の花の命の神髄が見えてくるようです

守ることの…迷い

敢えてすることに勇気があれば、殺したり、殺されたりすることになり、敢えてしないことに勇気があれば、活かしたり、活かされたりすることになります。

この両者は、あるいは利益となり、あるいは損害となります。しかし、誰もその利害が何故そうなるのかを知りません。

でも、たとえ私たちが、それを知らなくても、天の法の網は、広く大きく、目は粗くても、そこからもれることはないのです。

【天網恢恢疎にして漏らさず】…(てんもう かいかい そにして もらさず)

天が悪人を捕えるために張りめぐらせた網の目は粗いが、悪いことを犯した人は一人も漏らさず取り逃さない。天道は厳正であり、悪いことをすれば必ず報いがあるということ。

悪行は自らを滅ぼす

悪行には悪、善行には善というように、それぞれの人の行いに応じた報いがあるとの、仏教的な教えがあります。

薫は香を以って自ら焼く香りの良い草は、香りが良い故に香料 として焚かれるという意味で、才能がある人はそれが原因で身を滅ぼす。

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2015年5月29日 (金)

無心に咲く花…「花無心」

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良寛さんの詩に…

「花無心にして蝶を招き、蝶無心にして花を訪ぬ。花開くとき蝶来たり、蝶来たるとき花開く。吾もまた人を知らず。人もまた吾を知らず。知らずして帝則に従う。」
…があります。

(花は、蝶を招こうとして咲いているのではなく。蝶に、花を訪ねようという心があるのでもない。花が咲くと、蝶が飛んできて、蝶が飛んでくる時に花が咲いている。自分も、他の人々のことは知らないが、他の人々も自分のことを知らない。互いに知らないながら、天地の道理に従って生きている)

花は意志をもって蝶を招くのではなく、蝶も意志をもって花を訪ねてはいない。花は、咲く時節がきたら咲き、蝶は飛ぶ時節がきたなら飛ぶのです。ただそれだけのことで、それが自然の摂理なのです。

蝶は花から蜜をもらい、蝶は花から花に花粉をつけてやります。自然とその関係で互いの子孫の繁栄につながっていくのです。それこそ自然の仕組みの見事さなのです。

大自然に和して,ただありのままに咲くからこそ花は美しいのでしょう。無心とは決して心が無いということではありません。"ありのまま、自然のまま" が無心です。自然の法則のままに今この時をただひたすらに生きる…それが無心です。

ところが、人間には自我意識があります。私達はなかなか花のように無心に生きることができません。"わが子は早く成長してほしい。自分は年はとりたくない" などと身勝手な期待・思惑を抱いて、ああだこうだと嘆いたり喜こんだりしてしまいます。

花を花たらしめている不思議にして偉大な大自然の法則が、私達人間一人ひとりに平等にゆきわたっていることを知るべきです。その力に逆おうとしたり、不平不満をもらしてもかえって迷いは深まるばかりです。

小さなはからいなどさっぱり捨てて、咲く花の如く無心に生きれば、私達の人生もより豊かでさわやかなものとなることでしょう。

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親と子の関係

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子供を大切にすること

生き物の多くがそうであるように、子供の世話はほとんど人間も含め、高等動物で見られる現象です。魚でも、鳥でも、獣たちでも、子供が一人前になるまで甲斐甲斐しく、また涙ぐましい努力をして、子供を育てています。人間も子供を育てることに関しては同じです。

所謂「親心」は特に珍しい現象ではありません。ところが、成長した子供の親に対する態度としては、人間のとっている態度は他の動物には見られない得意な現象といえます。

普通動物は巣離れをした段階から、親とのかかわりを余り持たなくなります。グループを構成する動物でも、特に親を大切にしている現象は見られません。

ボスの座をめぐって親子で争い、力がなくなった親はその座を追われ、ひっそりと群れの中で命尽きるまで生きているだけとなります。

最近は親に対する子の接し方は、人間の特徴を少しずつ無くしつつあるように感じられます。

親を大切にすること

親から「無償の愛」によって今日の自分がある事を知る時、親に礼を尽くし尊敬の念を抱かねばならないのに、幼少の頃、あれをしてくれなかった、こうこうでしかられた、等と恨み言を言うことがあります。

尊敬の念をもたないことは、未熟児の見本のようなもので親に敬を持たぬ者は自然の恩愛を知ることもありません。また、子弟(我が子を含めて)から尊敬をもって迎えられることもないでしょう。

親を大切にすることは、人によっては、たまたま大切にする人もいるというのではなく、親を大切にする心が人を生かし、物を生かし、時を生かすことにつながっているのです。

修練(稽古)が実は自分自身を最もよく生かすことであり、結局ここでも「一家の明日を拓く」最も理想的な自己を形成することになります。

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2015年5月28日 (木)

毎日暑いですねー

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この暑さ 真夏日のような 暑さかな 

「雨がほしいですねー」野菜が高い…紫陽花の花咲き始めましたが、日中は可哀そうに、ぐったり、しています。

連日の暑さはには、閉口してしまっています。気象庁は、7月上旬の暑さといいますが、お年寄りには、暑さは身体に応えます。

女性にとっては、太陽光線は忌み嫌われ、しみ・しわが老化へ拍車をかける悪の根源てす。紫外線のUVAは5月がもっとも多いとされています。女性にとって油断大敵の今日この頃です。

地球が異変?…ガラパゴスで火山が噴火・箱根山の噴火・インドで46.5℃の猛暑など気になります。

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2015年5月27日 (水)

安全保障関連法案のこと

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国の根幹となる「安全保障関連法案」…集団的自衛権行使の容認…国会審議はじっくり見届けてきたいものです。

政府の答弁

安倍首相…「一国のみ自国の安全守れない」

菅官房長官…「安保法制は国民生活に不可欠」

中谷防衛大臣…「国民の命、平和な暮らしを守っていくため」

 26日の衆議院本会議で審議入り…NHKニュース

安倍総理大臣は…集団的自衛権の行使について、「機雷掃海は受動的かつ限定的な行為で、外国の領域であっても、新3要件を満たすことはありうる」として、武力行使の新3要件に該当すれば他国の領域で行使することもありうるという認識を示しました。

新3要件とは…日本と密接な関係にある他国が武力攻撃され…

(1)我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態(存立危機事態)。

(2)国民を守るために他に適当な手段がない。

3)武力の行使は、事態に応じ合理的に必要と判断される限度――と定められている。…(2015-05-23 朝日新聞 朝刊 4総合)

8政党&5新聞のポジション比較・主な主張と思われますが…

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集団的自衛権の行使容認によって、抑止効果が高まる?

首相 外国領域で自衛権行使も…

集団的自衛権の行使などを可能にする安全保障関連法案が26日、衆院本会議で趣旨説明と質疑が行われ、審議入りした。

安倍晋三首相は集団的自衛権の行使について「外国領域でも(武力行使の)新3要件を満たすことはありうる」と述べ、他国領域でも条件を満たせば行使できると明言した。

夏までの成立を目指す政府に対し、野党は従来の憲法解釈との整合性や自衛隊の活動拡大に伴うリスクの増大などを追及した。(毎日新聞)

安倍首相は今夏までには、法案成立したいとの意向であるが国民にも分かりやすい国会審議をしていただきたいと思います。 

 

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2015年5月26日 (火)

よく分からない衆議院議員の資産公開

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衆議院議員の資産が公開されました。

去年12月の衆議院選挙で当選した議員の資産が公開され、1人あたりの資産は平均3463万円という。国会議員の資産公開法に基づき公開されたのは、去年12月に行われた衆議院選挙で当選した衆議院議員475人の土地や建物、預貯金などを合わせた資産ということです。

資産ゼロの議員も75人となっています。

昨日(5/25)自民党の谷垣禎一幹事長記者会見での質疑では…

朝日新聞の笹川です。資産公開の範囲で、普通預金や親族名義の資産などが公開の対象になっていないということや、虚偽の報告をしても罰則規定がないことなどがしばしば問題になるのですが、今まで法改正がされていません。この法改正の必要性についてはどうお考えでしょうか。

谷垣幹事長の回答

普通預金というのは、当座預金とは違いますが、私の場合でものべつ変化しています。例えばカードなどを使ったときに入れなければならないなど、しょっちゅう変化しています。

あれを全部公開するといっても、それは家計簿を見せろというのと同じようなことで、しょっちゅう変動していますから、そういう意味で普通預金は公開しなくていいということになっているのだと思います。

私はそれで差し支えないと思います。普通預金などの場合ですと、どんどん変わりますから、それを全部フォローしろといってもこれはなかなか容易なことではありません。だから、そういう意味で合理性のことではないかと思います。

親族名義の資産については、例えば昔は共稼ぎでないご家庭も非常に多かったから、奥さん名義にしておいて脱法行為をする人もあるいはいたかもしれません。

しかし今日、それぞれ自立して働いている方が多い中で、私は親族名義のものを全部公開せよというのはやや過ぎた要求ではないかと思っておりまして、私はそういう必要はないと思います。

むしろそういうことよりも、ずっと常に公開しなければいけないわけですね。だから、先ほど申し上げた普通預金などでも、どのように変化しているかというのを追える体制になっているわけですね。

あるとき、いきなり爆発的に資産が増えたということがあると「これは何だったのだろう」ということになるのでしょうが、そういう経緯が見られるということが大事ではないかと思います。

しかし…私は、資産ゼロというのは、納得いきません。罰則規定がないからと言ってゼロと公開しても信じる人は一人もいません。このことで議論しても無意味だと思います。やはり法改正しなければいけないと思います。

 

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2015年5月25日 (月)

思うようにならない人生

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人生は思うようになりません。

人生は「四苦八苦」ともいいますが、生きてる限り四苦八苦から逃れることはできません。苦しみから逃れようと欲すれば、煩悩がついてくる、煩悩によってまた苦しみが増します。

四苦八苦を数字に見立てて 4×9=36、8×9=72、36+72=108と、煩悩を数えることができるという、おもしろい説がありますが、次々と煩悩がわき出てきます。

世の中、喜びや楽しいことばかりであれば、それは喜びや楽しみとは言いません。悲しみや苦しみがあって、はじめて喜びや楽しみが味わい深いものになるということでしょう。

一方を照らせば、一方は暗し、背が有れば腹がある、表があれば裏がある…人生はまさに糾える縄の如しです。それというのも、生きているからこそ苦楽を味わい知ることができるのです。そして、まさに台本のない一度きりのドラマだから、サッカーも、野球もそして、人生もおもしろいのでしょう。

煩悩とは…

人間のもっている性分・気性のことです。苦しみの原因でもあります。人間が本来、備え持っている貪瞋痴(とんじんち)の三毒というものがあります。いま新聞・テレビのニュースなどから分かるように、この地球上では、いたるところで争乱や殺人事件が起きています。

たしかに人命軽視や刹那的欲望による犯罪、そして自己中心の風潮は現代社会の病巣として深刻な問題となっています。

これらの社会問題が貪瞋痴の三毒という単に理性のみで解決できない生命の奥深い迷いから起っているわけですから、表面 的な道徳教育や、倫理の訓話などで解決できるほど単純なものではありません。

現に人殺しはいけない、暴力はいけない、親不孝はいけないと誰でも知っています。それでもなおかつ、これらを犯してしまう事実は、もはや知識や教育の次元を越えてしまっています。

 

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2015年5月24日 (日)

核兵器は何のため?

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何のための核兵器なのでしょう。抑止力のため?

一発の核ミサイルが発射されれば、瞬時にして大量の核ミサイルが飛び交う状況になるともいわれています。もし核戦争となったら、敵国はもちろん、自国も滅びます。それだけではありません、関係ない国…いや地球全体に被害が及ぶでしょう。

大量の核兵器が使用された場合、爆発や放射能の直接的な影響以外にも、巻き上げられた灰や煙などが日光を遮ることで”核の冬”と呼ばれる地球全体の気温低下が起きると予測されています。

核兵器 = 一発で都市や数百万人を虐殺出来る究極兵器…

なぜ持つのか?

核兵器を持つ国は、お互いに相手の国の核兵器で攻撃されないように、より多くの核兵器を持つようになったのです。核保有国は、威力の大きい核兵器を持つことで、自分の国の安全を保とうという考え方などから、なかなか手放そうとしないようです。

やられたらやり返す=報復する事は、人間社会の常識?

核ミサイルを敵国に向けて撃った場合、ミサイルが敵国に到達する前に、敵国も相手国に向けて報復の為に核ミサイルを発射します。今の軍事技術では、互いに飛んでくるミサイルを到達前に撃墜・破壊する事が殆ど出来ません。

核ミサイルを一旦撃たれたら、ほぼ確実に自分達に命中してしまう訳です。即ち核兵器を相手に対して使用する事は、そのまま自国も核攻撃を受ける事なんです。

だから現状では互いに撃つに撃てないのです。…ピストルを互いの頭に突きつけ合ってにらみ合った状態です。自分が撃てば、同時に相手の引き金も反射的に引かれて自分の頭が吹き飛ぶようなものです。

人間の浅はかな知恵に神は嘆いていることでしょう。

核不拡散条約(NPT)の再検討会議…決裂

ニューヨークで続いていた核不拡散条約(NPT)の再検討会議…その道筋を話し合う5年に1度の国際会合が、ほぼ1カ月に及んだマラソン会議が、何の成果も出せずに終わったのです。

今日の新聞各紙の社説…

朝日…「核会議決裂―拡散への危機感高めよ」

読売…「NPT会議決裂 核兵器の非人道性を訴えたい」

毎日…「NPT会議決裂 核軍縮の漂流を憂える」

 

 

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2015年5月23日 (土)

良識ということ

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どうも、最近何が正しくて、何が正しくないのか?
考えてしまうことが多なりました。ある事象の価値判断で、年齢的な差異を感じるのです。

自分は今の時代の波に乗っていないのではと思うことがしばしばです。時代の趨勢を把握しきれていないのでしょう。しかし人は、その時代、その社会の中で生きていかなければなりません。「善悪」の基準は時代によって違うということなのです。

確かに絶対的な「善悪」は分からないかも知れません。

その時代、その社会の中で考えられた「善悪」の規準を守らなければ、社会生活を送ることはできません。それは相対的な「善悪」ですが、たんに否定すればいいというものではなく、その「善悪」の規準に不都合や誤りがあれば、それは少しづつ、やはりその社会の歴史に随伴して、修正し改革していくほかにありません。

「常識と良識」

常識と良識の違い…

【常識】
一般の社会人が共通にもつ、またもつべき普通の知識・意見や判断力。

【良識】
物事の健全な考え方。健全な判断力。

【常識】は普通の人が何かを判断するときに使う知識【良識】は正しいと思う考え。

最近よく言われている「自己中心主義」…物事を自分を中心にしか見る事ができない(他人の気持ちを思いやれない、自分を客観視できない)人がいるということです。それらも、時代からでしょうか…気になることです。

人の欲望は、際限がありません、社会で生きていくことは、その時代のルールを決めそのルールによって生きる「良識」を持つべきです。

 

 

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しなやかに生きる

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「しなやかに生きる」

「しなやかに生きる」という言葉は、植物の竹の弾力性のある性質を連想します。そして、雪の重さによって、今にも折れそうで折れない竹に例えて、生きていくことを連想します。

辞書で「しなやか」という言葉は、「(曲げても形がくずれず)弾力に富んだ柔らかさがあるさま」とあります。

今日、テレビや新聞のニュースを見ると、様々な事件が世界を揺り動かし、起こっています。このような時代に、「しなやか」に生きていくには…たとえ曲げられるような出来事が起こっても、形が崩れず、弾力に富んだ柔らかさをもって生きていくには…と考えました。

人はそれぞれ、生きる目標とか願いをもつことでしょう。

家を持ちたいという願望のために、必死に働いてお金を稼いで、ローンを組んで、やっとのことで立派な家を建てたとします。家を建てたから幸せになるはずが、そうはいかないこともあるようです。

子供が部屋を持ったことで会話がすくなくなった、通勤時間が長くなり、家族団らんがなくなった。返せるはずのローンが、リストラにあって、返済金が捻出できず、不動産価格も値下がりして、売却しても差損がでる。

家庭内に不協和音が生じるようになり、家庭が崩壊しそうである。こんなことになるのであれば無理して家を建てなければよかった。

小さな家で部屋数が少なかったけれど、家族の団らんがあった、笑い声があふれていた、そんな過去を懐かしみ涙するということも、よくある話しです。

自分の身体だって、自分でもどうすることもできないモノですが、さりとて、モノが幸せをもたらしてくれない モノに満足していてもモノに執着することから離れない限り、ふりまわされる。 物質的にめぐまれなくても、精神的な充実感があればいいのですが…。

目標や願いをもっても、未来はわかりません。目標や願いに執着しすぎると、思い通りにいかないことが多いから不安がいっぱいです。一寸先は闇でわからないのが人生です。

辛いこと、悲しいこと、悔しいことなど、逆風が吹くことが多い人生です。我慢すること、他人を思いやる…ことが大事なことです。

結論的には、現実をよく理解して…「しなやか」に、今を生きることが無難なようです。

 

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2015年5月22日 (金)

生きる意味

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私が生きているということは…人の世のために、使命があって生かされているのです。

人間は、生まれる過程のなかで社会という環境の中で生きます。社会は人間がつくるものですが、社会もまた人間にさまざまな経験を与えます。その使命は何なのかを考えて、毎日を大切に生きていかねばいけません。

人のために尽くすこと…

自分の身体であって、そうでない…多くの人のための私…と思います。だから、生きようとする意志は世の人のためです。自分勝手な行動は、許されないのです。

私が存在していること

私という人間(いのち)が今日ここに生かされているということは、両親のいのちを御縁として、父方、母方それぞれの祖父母、多くの御先祖の「いのち」が受け継がれてきたからであるということを忘れてはなりません。

この多くのいのちの一つでも途中で切れていたとすれば、私はここに生まれてくることはなかったということを理解できたなら、御先祖のいのちに向かって合掌せずにはいられません。

先祖を敬うという日常の生活があってこそ、代々受け継がれてきた「いのち」の大切さが解り、人に対し、また物に対しての報恩感謝の心を持って生きなければ…と思います。

生きることは辛いこと

辛いこと、悲しいことなどが、途切れることなく大海の波のごとく打ち寄せてきます。穏やかな波だけではありません。あるときは、台風のときのように…何百年かには津波がやってきます。

心の備え・心の支え

心の備えとは、可能な限り正しい情報を常日頃から頭に入れておき、知識だけでなく直感を養っておくことです。「生き残る」「諦めない」という強い意志を持っておくことです。

人が考えること、口に出す言葉、は結果に直結します。諦めたことは叶いませんが、諦めないことは着実にその目標に近づいていく力となります。

悪い言葉は他人と自分の心も傷付けて行きます。このようなことに意識することも「心の備え」です。

そういうことすべてが、他人が幸せになることを…言動で示さなければ私個人の幸せはない…れが私が最近発見した、私自身の生きる意味です。

 

 

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戦争をなくすには…

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国会では、安保法制・集団的自衛権などの議論が行われています。世界の国々が、武力を備え、国を守ることに必死になっています。

NPT(核拡散防止条約)はニューヨークの国連本部で開かれている再検討会議は、4週間にわたる会期の最終盤を迎え、事実上の交渉期限に当たる21日になって、議長による合意文書の草案が初めて各国に配布されました。

ところが、この草案を巡って、核兵器の段階的な削減を主張する核兵器の保有国と、核兵器の非人道性を踏まえ規制を求める非保有国との間で深刻な対立が続いています

「武力で平和を保つ」…戦争はなぜ起きるのか…どうして止められないのか…を考えました。 

人間も他の動物と同じに「自分を守る」という根源的なものがあります。そして種の保存という生物本能があります。そして人間は狩猟動物で、他の生物を捕って(採って)生きています。

紀元前ギリシャの歴史家であるトゥキディデスは、人間とその集団の行動の源泉が「名誉、恐怖、利益」にあるとしました。

生きるために争う

世界の人々は精一杯生きています。それぞれ違った生き方があって、住む場所も一日の中で行うことも違います。

争いは、ごく小さな者から戦争のような大きなものまで規模は様々です。そもそも規模の小さい争いとは何か?それはかわいらしい兄弟喧嘩や友達との言い争いなどの日々が起こるのです。

攻める目的

攻める側として、何を目的に攻めるかというのは意外と大事です。基本的には「あふれている資源を奪うために攻める」「栄誉のために攻める」「相手の戦力を減らす」ために攻める」が大きいところでしょう。

戦争をなくすには教育

人間は数えられない戦争の歴史があります。人間に欲があるかぎり戦争は無くなら ないと思います。戦 争を無くすには人間の教育しかないと思っています。それは人の価値観を変える教育をする事し かないと私は思っています。

今、現在では、争いを起こさないというのは不可能に近いと思いますが、その規模を縮小し被害を出さずに解決することは可能です。

しかし、人は他の動物と違い「知恵」があります。共存共栄の基本理念を徹底的に議論し、すべての人に教育していくことだと思います。

平和を知らない子供たち、今戦時中にいる人たちに、早く安全な、平和な日々が来ますように祈ります。

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2015年5月21日 (木)

初夏の訪れ

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新緑につつまれて  

うららかな日差し 草も木もみどり滴り

小川の水は流れを増し 小さな石を磨いている

新緑の木の葉を 揺らす風

夏のおとずれを告げる

見上げると  流れて淡き雲の下  身も心も清々しく

澄み渡る五月の空…夏を思わす…

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心に余裕を持つこと

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心に余裕を持つと「幸せ感」…になれます。

真面目で一生懸命やる人は、仕事が順調にいっている場合はいいのですが、上司と意見が合わなかったり、自分のミスで失敗したときなどに、ひどく悩み落ち込んでしまうことが多いようです。

「やや余裕を持った真面目さが、社会生活を送るのに必要」と言えましょう。

また、真面目なことは美徳ですが、あまり真面目すぎると、はた迷惑になることが、少なくないようです。さらに、問題なのは「賢すぎる」ということではないでしょうか。

「賢明である」ということは人にとって大切な長所であり、人間としては是非とも賢くなりたいと願うのも当然といえます。しかし、賢さを真に生かすのはなかなか難しいようで、下手に、賢さを振りまわすと、「小賢しい」ということになり、これも人間関係を損ないます。

いつも余裕ができなくて、イライラしたり怒ったり意味もなく悲しくなったりした事はありませんか?気づいたら1日が終わっているなんて事も日常茶飯事?

もっと自分に余裕がもてたら、もっと自分を大事に出来たら…とみんなが同じ悩みを持っています。そんな心に余裕ができたら、明日が今日よりも輝いていると幸せになると思いますが…どうでしょう。

 

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2015年5月20日 (水)

世の中とは

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世の中とは…

人々が互いにかかわり合って生きて暮らしていく場…(所・地域・社会)です。

「世の中」とは生死を超えた生かしあいの世界です。だから、この世に生まれてきた全ての生き物は、生かし合うために生まれてきたのです。

生きるとは、生かし合うことで、人も例外ではありません。人はだれでもたった一人です、けれども一人では生きていけません。他とともに生きるから人は生きていけるのです。

生かし合うために自分も「世の中」に必要とされています。それで自分が他に必要とされるに値する人であるかどうかが問われます。したがって自分しかできないこと、そういう能力を身につけるべきです。「世の中」が自分を必要としている…そのために自分に何ができるのか、そこが大切なところなのです。

人間すなはち「世の中」は瞬時たりとも同一のままでありえません。いかなる存在も不変でないから始めがあり終わりがあるのです。したがって生きているのは「今」です。

実在しているすべてのものは本来は空虚なものだから、命も自分のものであって自分のものでないのです。自分の命も授かった命であり、「世の中」に必要だから生かされている命です。

人間という意味は「世の中」です。

自分であって自分でない…世の中の人であるのです。つまり個人ではなく、多くの仲間の“もの”なのです。だから世の中に必要とされる自分であるべきです。

そのために向上心を鼓舞して自己の人格を高める努力を日々怠らないことです。人間は「何のために生まれてきたのか、何のために生きているのか」その疑問を解くキーワードは「世の中」になるのです。

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2015年5月19日 (火)

ふるさと(故郷)・母…を想うこと

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ふるさと…故郷…母…を想うことは、ごく自然なことだと思います。嬉しいこと・辛いこと、悲しいこと、悔しいことなどが、あったとき想うのです。

子供の頃を想い出すと、「母」のぬくもり・「故郷」の覚えている光景が目に浮かびます。私は、「ふるさと」は…精神的に想うことで、「故郷」は…物質的に思うものと解釈しています。

竹久夢二の「母」という詩に小松耕輔が曲をつけた「母」という曲があります。

 ふるさとの 山の明け暮れ 
 緑のかどにたちぬれて 
 いつまでも われ待ち給う 
 母は遠しも

 幾山河 遠くさかりぬ 
 ふるさとの緑のかどに
 今もなお われ待つらんか 
 母は悲しも

遠く、故郷を離れ、日々忙しさに…懐かしい我が家に帰ることもない。そんな自分を、母は、今でも待っていてくれるだろうか…きっと待っていていることだろう…あの門のところで…

ひたすら、自分を想ってくれる母の姿を思い描き…「母さんに会いたいけど…遠いなぁー」と面影を偲ぶのです。母、というよりも、ふるさと、というイメージがなだらかなメロディーに乗って語れているようです。

「椰子の実」

島崎藤村の詩に大中寅二が曲をつけた歌があります。戦争中のラジオ番組で紹介され、当時二、三年生だった、私も歌詞を覚えて、歌った記憶があります。

名も知らぬ 遠き島より流れ寄る やしの実ひとつ
ふるさとの岸を離れて 汝
(なれ)はそも波に幾月

もとの木は 生いや茂れる 枝はなお陰をや成せる
我もまたなぎさを枕 ひとり身の浮き寝の旅ぞ

実を取りて 胸に当つれば新たなり 流離
(りゅうり)の憂い
海の日の沈むを見れば たぎり落つ異郷の涙

思いやる八重
(やえ)の潮々
いずれの日にか 国に帰らん

私は年のせいか?昔を偲ぶことが多くなったようです。人の心は原点に戻ることは大事なことだと思っています。

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2015年5月18日 (月)

街の美化…で標語

街の美化の標語を考えてみました。

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「ポィ捨ては あなたの心が 汚れます」

 

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「ゴミ無しで 笑顔がすてきな 街になる」 

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道路排水溝・植え込みにゴミを捨てないで!

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ゴミ拾いをして気づくことですが、
道路の排水溝や植え込みにゴミ等の捨ててあることが多いのです。

捨てる人の心理は、捨てる行為は悪いこと…であると言う気持ちがあるのでしょう。“隠す”という意識が働く?…そういう人は、自分の家の庭などはきれいにしている人だと思います。

目立たないように…ひと目に付きにくいように…ということです。それが大変な結果になっているのです。

道路の排水溝の一部は、直接川につながっています!

道路の排水溝(雨水ます)にゴミ等が捨てられた場合、重大な水質事故に至ることがあります。道路の排水溝にゴミなどを絶対に捨てないようにして下さい。

八王子市内では、道路の排水溝が近くの川に直接つながっています。道路の排水溝にタバコの吸い殻等のゴミを捨ててしまうと、そのまま川へ流れて出てしまいます。

また、道路上で洗車をすると、廃液や洗剤混じりの水が川へ流れて出てしまいます。こうしたことによって川が汚染されると、そこで生息する生物たちに悪影響を及ぼします。

道路の排水溝は、雨水を集めるために設置しています。決して不要になった油やゴミなどを捨てないでください。

そして、植え込みにゴミを投げ入れないでください。空き缶・ペットボトル・プラッチックなどの不燃物は、溶けてなくなることはありません。取り除くに大変ですし、景観的によくありません。そして植栽に悪い影響が出ます。

あなた一人の街ではありません。多くの人の住むでいる街です。多くの人と共同体組織で、暮しているのです。個人の何気ない行為が多くの人に迷惑となっているのです。

自分の行為を反省してほしいと思います。

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2015年5月17日 (日)

人と自然の調和の大切さ

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公園アドプト…で公園・広場の清掃活動をしながら考えました。

自然とのふれあい

自然とのふれあいは、人が自然の豊かな恵みを享受する基本的な行動であり、自然の風景に感動したり、身近な自然に接して安らぎを覚えるなど、自然や人を大切にする豊かな心を育みます。

自然とふれあう機会を増やすことは、人間が自然生態系の構成要素のひとつであることを認識し、自然との共生への理解を深めることが可能となります。

人と自然との調和の大切さ 日本人は戦前までは比較的、人と自然が調和して生活していたことを、戦前生まれの私の記憶にあります。人は木と藁と紙でできた家に住み、家の中には自然の風が吹き抜けて、冷暖房の必要はありませんでした。

家の中にはさまざまな自然の光が満ち溢れていました。障子を通って入ってくる光は豊かな陰影を生み、家の中を神秘的なもので包み込んでいました。

農作物は人間や牛馬の排泄物を利用した有機肥料を使い、化学肥料はまったくありませんでした。田んぼにはレンゲの花が咲き乱れ、子供たちはそこを遊び場としました。

蛍や赤とんぼが季節とともに姿を見せ、季節感が生活のすべてにありました。人々は季節の旬のものだけを食べたのです。

戦後の物質中心主義が、日本人の心を荒廃させてしまったようです。日本人がアメリカ式物質主義の生活に切り替えて、日本人が古来から保っていた、人と自然の調和という大切な徳を喪失してしまったのです。

昔は自然との調和の中に、日本人の道徳も息づいていました。弱いものや老人を大切にするという徳も持ち合わせていました。現代日本人は、自分の根っこを喪失しつつあるようで仕方がありません。

日本人は、古来の日本人とはつながらない日本人になろうとしています。

日本人の本当の心は現代の日本人を拒絶しています。それは日本人の少子化に現れています。日本人は繁栄しようとする逞しい命をなくしてしまっています。このまま進めば、日本人の滅亡が待っているようで不安でたまりません。

公園アドプト制度…公園アドプト制度とは、参加する市民の皆さんに、公園の維持活動を行っていただく制度です。身近な公園の清掃や除草などをボランティア活動として実施することで、美化意識の向上や公園への愛護心、また、地域コミュニティの形成などの効果が期待されます。(八王子市)

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2015年5月16日 (土)

悩みについて…

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世の中に悩みのない人いません。

悩みとは、思いわずらうことで、或る物事を解決出来るだけの、「知識、見識、能力」つまり実力に裏付けされた自信がないという事です。従って先ず、自分に実力を付けることが大事です。そして実力を付けるには努力、勉強する以外に方法は有りません。

 自分に自信のない人は、過去の失敗や恥をかいた経験をいつまでもくよくよと悩んでしまう傾向があります。「くよくよするな」と言われても、「それができないから悩んでいるんじゃないか」と言い返したくなるでしょう。

悩みは、人間の健全な成長に欠かせないものです。自信を失ってしまう人というのは、悩み方が下手なだけなのです。悩み方の下手な人は、「悩み苦しむことはいけないことだ」と思い込み、手っ取り早く解決しようとしてしまいます。

そして無駄な努力を重ね、「自分はこんなに努力しているのに、なぜ苦しみから解放されないのか」と、よけいに悩みを深めてしまう結果となってしまいます。

人間は一生悩みながら生きていくものだ、ということを認めなくてはなりません。何の悩みもない人というのは、意志も欲望もない無気力な人だということになります。そんな薄っぺらい人間になっても仕方がありません。

生への欲求があるから、悩むのです。過去の失敗をくよくよ悩むということは、自分が進歩した証拠です。「同じような失敗を繰り返さないように気をつけよう」ということに気づいた分だけ、失敗する前よりは確実に進歩しているのです。

人生にゴール地点はありません。すべては移ろいゆくのです。悩みは、ひとつ解決しても、次から次へと生じるものです。悩んでいる時間を足踏みだと考えてはいけません。悩みながら歩き続ければよいのです。

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ゴミのポィすてをしないで…

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私は、地域の道路・公園毎日ゴミ拾いをしています。一回りし、戻ってみると、もう…ゴミは捨てられているのです。それには情けなく、悲しくなります。

どうしてゴミ・タバコの吸殻をポイ捨てするのでしょうか?

ポイ捨てされたゴミは街の景観を汚し、非常に醜いとは思いませんか?ポイ捨てはタバコ、空き缶や空きペットボトル、弁当カスなどもあります。そういう光景を見て、汚いと思われるでしょう。思ったら止める事です。小さなタバコの吸殻一本から、ゴミの山となるのです。

路上喫煙の防止に関する条例 …八王子市は全市歩行禁煙です。

八王子市は、一部のマナーを守らない人が多くの人に迷惑をかけている実態が明らかになりました。こうした無秩序な迷惑喫煙を解消し、安全な歩行空間を確保することにより、快適にすごせるまちづくりを推進するため、平成19年1月1日より本条例を施行しました。

喫煙者がマナーを守り、周囲への配慮を行うことで、吸わない人にも理解される快適な環境をつくることが大切です。喫煙マナーを守ってください。

規範意識のない人が、まだいるということです。

立派な大人が平気でタバコの吸殻を路上に捨てて行く光景を見ますと、注意したくなるくらいです。自分の住む町を、きれいな環境で生活したい…と思わないのでしょうか…?

誰でも美しい自然環境で生活したい。

環境を守る責任は地域社会に住む人たちです。一人ひとりの心がけで守られているのです。地域社会で住むということは、勝手我がままなことは、許されません。社会人として自覚をもってほしいです。

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2015年5月15日 (金)

安保法制のこと

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阿部首相「不戦の誓い守り続ける」…安保法制閣議決定しました。

注目した記者会見

安倍晋三首相は14日夜の記者会見で、集団的自衛権の行使を可能にする安全保障関連法案について「不戦の誓いを将来にわたって守り続け、国民の命と平和な暮らしを守り抜く決意の下で、平和安全法制を閣議決定した」と語りました。

 「もはや一国だけで自国の安全を守ることはできない」と強調した。北朝鮮の核開発などを挙げ「もはやこの現実から目を背けることはできない」と指摘しました。 

中国の軍事力の増強と、南アジア・東アジアなど海洋進出を目指している事実があります。また、北朝鮮の核ミサイルの脅威があるのも事実です。

日本の「国民の生命と財産を守る」ためには、法整備と日米同盟強化を通じ「抑止力がさらに高まる」と理解を求めました。そして、同盟国アメリカ軍が、日本人紛争に巻き込まれ救出している場合は世界のどこであろうと、救援にあたるということです。

自衛隊の任務拡大と、派遣に至る国会議論を短くする…自衛隊任務の拡大については、安倍政権は2014年7月に憲法解釈を変更する閣議決定を行い、日本が直接攻撃されていなくても、日本と密接な関係にある他国が武力攻撃を受けた際に共同して防衛にあたる集団的自衛権を行使できるとした。

ただし、自衛隊の派遣には国会の事前承認を例外なく義務付ける…これまでのように特定の事例のみに限って派遣を認める特別措置法(特措法)ではなく、有効期間を限らないで制定される恒久法とすることです。

このため国会での承認手続きを盛り込んだ新法案「国際平和支援法案」は、自衛隊派遣をめぐる国会承認について、首相が承認を求めてから7日以内(衆参合わせて14日以内)に議決する努力義務規定を盛り込んでいます。

国の根幹に関わる問題

集団的自衛権の行使を可能にする安全保障関連法案については国会で十分議論しながら、国民に理解を得ることことが大事だと、私は思います。また、憲法9条との関係もきっちり国民に説明してもらいたいことです。

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2015年5月14日 (木)

宗教と戦争と平和

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世界三大宗教…キリスト教、イスラム教、仏教を三大宗教とも呼ばれています。

三大宗教とは…民族、地理を超えて広がっていること、文化的、社会的に及ぼす影響が大きいことから、これらにより世界宗教と言われています。

これは信者数ではなく、キリスト教が20億、イスラム教が13億、仏教が3億6千万人程度とされていて、信者数だけなら、仏教よりもヒンドゥー教は9億人と多いのです。(ウキぺディア)

世界では、沢山の人々がそれぞれの宗教を信じています。どんな宗教も争うことよりも平和をつくることを勧めています。しかし、人々の争いは、人が誕生したころから、現在も続いています。

「武力で平和は作れない」

国民の生命と財産を守るには、武力しかないのか…? 私は、平和の究極は「教育」にあると思います。「戦争は人の命を奪うこと…どんな人間も人の命を奪ってはいけない」という教育…「自然環境を大切にする…森林伐採は自然を破壊する」…という教育です。

争いの原因は、相手が何を最も大切にしているのか、何をやりたいのか、何を求めているのかを知って、受けいれていないということです。

もしかすると、それを知識としては知っているかもしれません。しかし、知っているだけでは不十分なのです。理解し、受け入れなければいけません。その為には、落ち着いた話し合いが必要です。意見がぶつかるときには話し合い。これが正しい大人のやり方だと私は信じています。

悲惨な戦争をなくすには、私たち全員が幼いころから相手を思いやり、話し合う必要があります。相手のことを考えられる子供たちが沢山成長すれば、小さな争いからおおきな争いまで全てなくなります。

戦後70年

1945年8月15から70年の年月流れ、戦争の話をする機会や、話してくれる人がどんどん減ってしまっています。いつか、戦争を体験した人々はいなくなります。

私は、終戦時は小学生で戦争体験者です。戦闘機の機銃照射に遭いその恐ろしさは忘れることができません。二度と戦争は起こしてはいけないと思う一人です。

安全保障法制

戦後70年の節目の年に、政府は日本の国民の生命と財産を守るには…安全保障ガイドラインの改定の議論が行われいます。政府は国会で議論は当然ですが、国民に丁寧な説明が大事だと思います。

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2015年5月13日 (水)

今を一生懸命きる

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今を一生懸命きる

私たちが抱える不安は、すべてが「未来」のことです。

未来は、何がおこるか誰にもわかりません。考えてもわからないから、不安になる。それは当たり前のことです。未来は予測できても、100%ではありません。

過去(歴史)を勉強して、未来(将来)に備えて、「今を一生懸命生きる」ことです。4月25日に、ネパールに大きな地震が起きて大きな被害がでました。

首都直下地震(M7級)が、「4年以内に70%」、「5年以内に28%」、「30年以内に70%」などがあります。しかし、自然災害は、現在の科学では、はっきり何時起きるかは分かりません。

地震を含む自然災害については、いつ起こるのかを知ることが出来たら被害は少なくてすむのかもしれません。未来を知ることが出来れば、それに備えることが出来る、当然のことです。

それ以外の未来も知ることが出来たら、人はどうするでしょう。もし、自分が未来を知ることが出来たら、私はどうすれば…

株を買って大儲けする…何かの事件に巻き込まれないようにする…多分、未来を知ることが出来たら「未来では○○が起きるから、□□しないと」という感じで、常に「未来」を意識した生活をする気がします。そんな生活、窮屈です。

「未来を知って、安全に暮らしたい」と考える人ももちろんいます。人の価値観はそれぞれ異なって当然です。

同じことがまた起きるんじゃないかと不安になってしまっても、過去と今の自分は変化しているし、環境も違っています。同じことが起こるとは限らないのです。 

過去を知り未来に備えて「今を悔いなく生きる」ことは人間の知恵です。

自分の将来のこと、老後のこと、一体どうなるだろうかと考えます。考え始めると、大抵良いことは考えません。若返っているわけではないのです。

どんどん能力は落ちていく、体力は落ちていく、身体的ないろんな障害は出てきます、先のことを思えば思うほど、不安になります。それは当然のことは当然のことです。

そうすると、どうしようか、こうしようかと、策を考えますが、その道が分からない。愈々お先真っ暗になって失望し、「どうしよう、どうしよう」と心配しつつ、日々を過ごす。

先の事を考えることは確かに必要なことであり、また備えていくことも大切だと思いますが、将来、そうなるとは限りません。しかもその時があるかどうか、これは私たちには分かりません。

保険の外交員が「女性の場合は、平均年齢で87歳くらいは生きるでしょう。それも、毎年更新されて90歳くらいまで伸びるでしょう」と言われると、なんだかその年まで生きそうな気がします。しかし、何の保証もありません。

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2015年5月12日 (火)

悩みのない人生なんてない

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人生は「山」
あり「谷」ありです。どうしても「谷」の悩みに、はまって中々抜け出せない人がいます。私も、ある時期、悩んだ時期がありました。新社会人となって「理想と現実」違いで「五月病」という人もいるでしょう。

私は思います。「悩みのない人生なんてありません。 悩みがないとするならば、悩みを楽しみに変える術を持っているか、 人生に挑戦してないかのどちらかでしょう。」

悩みがあるから人間

仕事で失敗したり、恋に破れたり、いじめに遭ったり、友人と喧嘩したり、いろんなトラブルが待っています。そして壁にぶつかるたび、つまずくたび、人の感情はネガティブな方向に流れていくものです。愚痴をこぼし、社会を恨み、うまくいっている他者を妬むようになります。

しなやかに生きる…「ネガティブ感情をどう絶つ…」

そのレジリエンス(精神的回復力」「抵抗力」「復元力」「耐久力」)を鍛える法の第一が、ネガティブ感情の連鎖をその日のうちに断ち切ることですが…一晩眠ればと言いますが中々出来ないものです。

課題に対して最初から無理と決めつけていたり、自分の力を過小評価する傾向があると、レジリエンスには、状況に一喜一憂しない感情をコントロールする力や、自分の力を過小評価しない自尊感情が大きく関係する事があると思います。

疲労感、悲しみ、恐れ、嫉妬、羨望などで…うつ症状に…

体調不良の原因を、胃腸とか、心因性のストレスとか医者から聞けば、それだけで半分解決したようなものです。

同様に、今自分が消耗している理由には、まず嫉妬があり、次に怒りがあり、不安につながって、その結果憂鬱感が増大している、とラベリングしていくことで、モヤモヤな気分を頭で理解できます。

一歩身を引いて感情の整理をするのです。その中で最もしつこくこびりついていた感情にどう対処するか考えればいい

“折れない心”の育て方 - NHK クローズアップ現代 - NHKオンライン…より

http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail02_3486_all.html

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2015年5月11日 (月)

規範意識について

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規範意識とは、道徳、倫理、法律等の社会のルールを守ろうとする意識のことです。

規範意識の低下から、暴力行為、ネット上での誹謗中傷やいじめ、問題行動の多発しています。未然防止の観点からも、規範意識の教育が大事です。

規範意識の教育の重要性

昨今の公共の場での基本的マナーやルールを守れない子供の増加しています。そのためには、思いやりの心の育成が重要です。

これは、慣習、約束、きまり、公共心などの規範意識が希薄化していることが懸念されていることへの表れであると考えます。

子供の家庭での“しつけ”から始まって、学校での集団社会マナー・ルール教育と地域社会の公共の場での注意からの教えが大事です。

兵庫県教育委員会資料よりから…小学生から中学生の学校で道徳教育の手引きから…。

あいさつなどの基本的な生活習慣、社会生活上のきまりを身に付け、善悪を判断し、人間としてしてはならないことをしないこと身につけさせること。

集団や社会のきまりを守り、身近な人々と協力し助け合う態度を身に付けること。

法やきまりの意義を理解すること、相手の立場を理解し、支え合う態度を身に付けること、集団における役割と責任を果たすこと、国家・社会の一員としての自覚をもつこと。

自他の生命を尊重し、規律ある生活ができ、自分の将来を考え、法やきまりの意義の理解を深め、主体的に社会の形成に参画し、国際社会に生きる人としての自覚を身に付けるようすること。

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2015年5月10日 (日)

子どもの貧困のこと

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子どもの貧困が6人に1人という。
考えさせられる問題です。政府はこの問題に積極的取り組んでほしいと思います。

こどもの貧困率とは…世帯収入から国民一人ひとりの所得を試算して順番に並べたとき、真ん中の人の所得の半分(貧困線)に届かない人の割合。

子どもの貧困率は、18歳未満でこの貧困線を下回る人の割合を指す。厚生労働省調査によると、子どもの貧困率は1985年は10・9%だったが、12年は過去最悪の16・3%となり、およそ6人に1人が貧困という結果となった。(2015-04-03 朝日新聞 )

「相対的貧困」とは、所得の中央値の半分を下回っている人の割合で、つまりその国の所得格差を表している数字です。

広がる「子どもの貧困」 ひとり親世帯では2人に1人

http://dot.asahi.com/wa/2015022500065.html

この貧困の定義はOECDで定められた統計的な基準によるものですが、具体的には、日本の場合、世帯当たりの手取り収入で240万円、労働者一人当たりで120万円がそのボーダーラインとなります。

日本のこの16%という貧困率は、加盟34カ国のうちメキシコ、トルコ、米国についで、第4位という不名誉な状態にあるのです。

最新の世論調査では「景気回復を実感していない」と答えた人は78%と非常に高く、アベノミクスによる景気回復施策の恩恵は、国民全体で見ると、まだまだ行き渡っていないことがわかります。

安倍首相は子供の貧困対策に動き出しました…NHK・時論公論 「待ったなし!子どもの貧困対策」…村田 英明 解説委員

安倍政権は国民運動を展開し、民間の資金を活用して対策を進める方針を打ち出しましたが、国の予算も増額すべきだといった声が出ています。

http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/216016.html

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公園をきれいに使いましょう

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公園をきれいに使いましょう!

公園は、さまざまな方が利用する憩いの場所です。皆さんが安心して、気持ちよく利用することができる公園になるように、マナーを守りましょう。

一昨日、近くの時田公園で、前の晩にお酒を飲んだのでしょう…ビールの空き缶・お酒のビン・食べ物・タバコの吸殻がベンチの回りに400リットルの袋一杯になるほど捨てられていました。その上、お酒のビンを塀に投げつたのでしょう…ガラスの破片が砂の上に散らばっていました。

近所に住むの人に、聞いたのですが、前の日の夜10時ごろに、若者のグループが、奇声を上げてお酒を飲んでいたという。

公園内で悪質な破壊行為、迷惑行為が多発しています。公園は、利用者の憩いや遊びを楽しむ場所であることから、このような行為は、決して許されることではありません。八王子市では、特に悪質な被害に対して、警察に通報します。そして被害届けも提出します。

それにしても、大人の公衆道徳・マナーの無さに、愕然とします。歩行禁煙に全市条例で決まっていますが、タバコの吸殻は公園・道路など捨てるのは当たり前?…。

子供の健全育成は、家庭・学校・地域だとと思います。近年、「マナー」・「モラル」が社会問題となっています。注意すべき大人が、このような行為をしていていては…地域社会…いや日本社会の将来が危ういと思います。

自然を慈しみ、人に優しい人間が、一人でも多く育つ環境を考えている私たちにとってとても残念なことです。公園などの多くの市民が気持ちよく使えるよう市民一人ひとり考えてほしいです。

ぜったいやったらだめなこと…
1…ポイ捨て
2…家のごみを捨てていく
3…公園に落書き
4…遊具をこわす

こんなことをすると、みんなに遊びにくい公園になってしまいます。

他に利用する時の注意(ルール…看板)みて守ること、
そして…ゴミが出たら持ち帰りましょう。

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2015年5月 9日 (土)

町づくりは掃除力

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昨日公園のゴミを片付けながら…考えました。

「人が育つ風土づくり」が組織にとっていちばん大切だと思います。

町づくりの基本は「人と人つながり」そして「町の掃除力」と思います。町がきれいになれば気持ちよく生活ができます。人々が笑顔になります。

人々が笑顔になれば…

まずは「楽しい」という気持ちでしょうか…「おはよう」という言葉をかけて貰う際に、無愛想に「おはよう」と言われるよりも、笑顔で「おはよう」と言われた方が、言われた側はとても気持ちが良いものです。

相手が笑顔だと自分も自然と笑顔になっています。笑顔には連鎖的な作用があるのではないでしょうか・・・笑顔が笑顔を生む、まさにその通りだと思います。

朝…出勤駅に向かう道路・通学路の途中でタバコの吸殻などのゴミが落ちていて、「嫌だなー」と思ったら、笑顔になれません。ゴミのある光景に“慣れ”は怖い結果になるのです。

“ゴミを捨てない・あったらゴミを拾う”…お互いに理解しあい、お互いを助け合い、お互いを元気な町にしたいと思っています。

「笑顔」はみんなの宝物です。

 

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2015年5月 8日 (金)

若葉風

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若葉風 乗って聞こえる 小鳥声

爽やかな若葉風 体を通り抜けるようです。

心まで洗い流してくれるようです。

深呼吸してみたくなります。

今日は、童謡に「緑のそよ風」の歌を歌いたくなるようです。

1 みどりのそよ風 いい日だね
  ちょうちょもひらひら 豆の花
  なないろ畑に いもうとの
  つまみ菜つむ手が かわいいな

2 みどりのそよ風 いい日だね
  ぶらんこゆりましょ 歌いましょ
  すばこの丸まど ねんね鳥
  ときどきおつむが のぞいてる

3 みどりのそよ風 いい日だね
  ボールがポンポン ストライク
  打たせりゃ二塁の すべり込み
  セーフだおでこの 汗をふく

4 みどりのそよ風 いい日だね
  小川のふな釣り 浮きが浮く
  静かなさざなみ はね上げて
  きらきら金ぶな うれしいな

5 みどりのそよ風 いい日だね
  遊びに行こうよ 丘越えて
  あの子のおうちの 花畑
  もうじき苺
(いちご)が 摘めるとさ

 

 

 

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挨拶の大切さ

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挨拶…

「おはようございます」・「こんにちは」・「こんばんは」の挨拶…人は相手の表情を見ながらコミュニケーションをはかります。

人は…相手の気持ちや考えを読み取るという機能を発達させ、それが社会生活を発展させる原動力となったようです。

しかし、近年便利な機器が発達し、タバコや飲み物は自販機で買い・電車の切符などは、人と対面せず手に入れることが出来る時代になっています。私達は面と向かっての会話など、表情を読み取る機会を失っています。

駅の自動券売機、改札、すべて機械化されていきました。かつては駅員と「おはようございます」などと言葉を掛け合っていたものが、今では無言で通り過ぎるだけとなりました。

自動販売機の発達は確かに便利です。日常生活の中で、私たちはその便利さを享受しています。買い物をするにも、コンビニ、スーパー等では、店員と会話をする機会が極めて少なくなりました。

人は類人猿と違って、食卓を共にする動物であると言われています。食事の場を、人と人とをつなぐコミュニケーションの場として利用してきたのです。その食事も、家族団らんの食事から、一人ひとりの孤独な食事となっています。

また表情を見るとき、目の果たす役割は極めて大きく、対面コミュニケーションに都合良く作られていることがわかります。顔の表情や目の動きを見ながら相手の心の動きを知り、それが人に独特な強い信頼関係を育み、高度で複雑な社会を形成することができました。

最近の中高生から、大人も含めて、電子機器によるやり取りを優先する中で、目を合わせて会話することが少なくなってきています。

目を合わせることもなく、声を聞くこともなく、まして相手の表情を見るわけでもなく、これでコミュニケーションがはかれたら、それこそ不思議です。手書きでもない、画面上の機械的な文字だけによる意思疎通は、とても無理なことです。

同じ言葉でも、それをどんな声で、どんな抑揚で、どんな表情で言っているかによって、気持ちの伝達が出来るのです。機械的な文字だけでは、大事な「心」が伝わらりません。

そしてメールなどは、いじめに使用されるかもしれません。また表情が見えないために、何気ない言葉でも「いじめ」と受け止められてしまう場合もあると思います。

挨拶をする、現代の世では、学校とか、職場とか、狭い社会の中でのみ挨拶が行われているのです。しかし残念なことに、その狭い社会の中でも挨拶が少なくなりつつあるような気がしてなりません。

コミュニケーション力の低下が問題視されていますが、まず挨拶から復活させることが大切だと思います。

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2015年5月 7日 (木)

若者の政治離れについて

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4月26日投票された統一地方選後半戦の市区町村長選、市区町村議選の平均投票率を発表によると、市長選の平均投票率は50.53%で、過去最低だった前回2011年統一選の52.97%を下回った。

全国の281市議選も前回の50.82%から2.20ポイント低い48.62%で過去最低となり、統一選として初めて50%を割った。(総務省4月27日)

八王子市議会議員選挙(2015年4月26日投票)は、有権者数…447354人投票率…45.06%

若者の政治離れについて

若者の選挙離れの理由には以下の事がありそうです。 東京青年会議所 都議会議員選挙 文京区公開討論会… Facebookより

①選挙行為そのものが面倒…

面倒・物理的な時間や距離の問題・地方から大学へ入学する際に住民票を移さなかった為、投票する為の手続きが大変。・期日前投票の場所が自宅から遠い。

②政治に対して失望している…

興味がない・投票しても何も変わらないと思っている。・自分たちの生活にどう関わっているのか分からない。・政治が原因で「ゆとり世代」と勝手に決めつけられる。

③投票の意味がわからない…

そもそも…なぜ20歳になったら投票に行くのかが分からない。投票自体が義務や権利だと思っておらず、投票しなくても良いと思っている。

田原総一郎さんは…

今の若者は…なぜ若者は政治に関心を持たなくなったのか… ソーシャルメディアを利用して自己実現を成し遂げようと積極的に動く若者が増加している。しかし、政治に関して無関心な若者は相変わらず多い。

日常生活全てがオンラインになり、日常における独り言、見たもの、感じたものをネット上へ簡単に公開する事も出来るようになるということです。

こうした日常のオンライン化が進んだ事で、現代においては自分の意見や感想をより多くの人に見てもらい易い環境になったと言えます。ちょっとしたつぶやきが周囲の知り合いに留まらず、日本全国、しいては世界へも広がるからです。

これからの社会を作る若者には、何もせずに批判ばかりする者にはなってほしくない。まず行動してほしい。行動することによって、政治や社会全体のことを必ず考えるようになる。さらに、経験したからこそ言える意見を持てるようになる。

と言っていますが……

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2015年5月 6日 (水)

地球が悲鳴を上げています

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人間の本能…元々自然界で生きていくために備わったものです。もともと遺伝子に組み込まれたものです。

自然淘汰

生き物は、突然変異で遺伝子が変化し、性質の違う者が生まれます。その中で、生き残れる者が生き残り、生き残れない者が消えていくのです。人間などの動物は、感じる(本能)ことで行動します。

お腹が空けば…食べます。

暑ければ…服を脱ぎます。

眠ければ…眠ります。

怖ければ…逃げます。

など、遺伝子が変化することで、感じ方が違ってきます。 感じ方が違うことで、行動が違ってきます。行動が違うことで、生き残る者と消えていく者に分か 生き残った人たちは、生き残るような行動をするように本能(感じる)を身に付けたと言うことになります。

現在、地球上には3,000万種とも推定される生物が存在し、私達は生物の多様性がもたらす恵みを享受することにより生存しています。

生物多様性が人類の生存基盤であることを認識した上で、自然のことわりに沿った自然と人とのバランスのとれた健全な関わりを社会の隅々に広げ、将来にわたり自然の恵みを得られます。自然の仕組みを基礎とする真に豊かな社会を実現することは、持続可能な社会の形成に必要不可欠と言えます。

生物多様性が豊かな自然は、私たちのいのちと暮らしの基盤です。私たちは、暮らしに欠かせない水や食料、木材、繊維、医薬品をはじめ、様々な生物多様性の恵みを受け取っているのです。

自然を保全することで実現する、安全で豊かな社会…

環境問題は一人だけで頑張ってみても、中々難しいものです。「一人より二人、二人よりより三人」と、一人の力は小さくても、みんな考えて、みんなで実践していけば、とても大きな力になります。

私は毎日ゴミ拾いをしています。

いつも思うのですが、空き瓶・空き缶・ペットボトルなどは、捨てられて…時間が経っても解けません。プラッチックのゴミ・タバコの吸殻のゴミは、化学変化をして、有害な物質で自然界に悪い影響を及ぼすと言われています。

このまま放置していたら…人が安心して暮していけなくなるのです。地球上の生物の減少はすざましいほどの速さで進んでいます。たとえば、ちょっと前まで川いた、魚・山いた昆虫を探しても見つかりません。

昔懐かしい「クモもの糸で、蝉取り」や…「♪カエルの歌が聞こえてくるよ」の歌い出して知られる童謡『かえるの合唱』などは、いま、子供や孫たちには教えられません。カエルさえいなくなってしまっているのです。

いま地球が悲鳴を上げているのです。子どもから大人まで、一人でも多くの人に環境問題について関心を持ってもらうために、いろいろなイベントや環境教育プログラムが必要です。

この地球は、いま現在、住んでいる人だけのものではありません、子供・孫はもちろん、未来までつなげる責任があるのです。自然環境の保守を考えて欲しいのです。

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地球の歴史と、いのちの尊さ

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気の遠くなる時間の流れ

138億年前に宇宙…46億年前に地球…誕生したと言われています。気の遠くなる時間の流れを感じます。生命は40億年前誕生しましたが、人類の誕生は200万年前と言われています。

そして、地球は自転しながら太陽の周りを一年周期で回っているのです。つまり1月1日にあった地球は1年間かけて太陽の周りをぐるっと回って次の1月1日には、地球は元の場所に戻ってくるということです。

ちなみに、地球以外の水星・金星・火星・木星・土星などの惑星も太陽の周りを回っていて、この太陽を中心とした領域を太陽系と呼んでいます。

生命誕生は…現在の学説では地球が誕生してから6億年ほど経った頃(40億年前)、海で生命が誕生したと言われています。

人生…80年

人生80年は生命の歴史からみますとわずか1億分の2にすぎません。一瞬のいのちにすぎないのです。

織田信長は本能時の変で、敦盛の一節、「人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり」を舞いながら亡くなったとされています。

鴨長明の『方丈記』には「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。~朝(あした)に死に、夕べに生まるるならひ、ただ水のあわにぞ似たりける。」とあります。

人生とは夢のようなもので、生あるものは刻々と変化し、必ず死に至ります。人間は如何にもがいても「老・病・死」は避けられず、この限られた命を如何に生きるかが問題です。

諸行無常

万物は流転すると言われるように、すべてのものはとどまることなく、移り変わるということです。生命も刻々と変化しています。私たちは今、この瞬間を生きているのです。人類が誕生してからですら既に200万年の時間が経過しています。この長い人類の歴史の中で、今この瞬間…これは奇跡にも近い事です。まさに一期一会です。だからこそ、今のこの瞬間を大事にすることだと…思います。

命の尊さ

今問題となっています…学校内のいじめや、家庭内での虐待、そして、そこから起こってくる子どもたちの自殺や、親子間、友人間の殺人事件などが頻発する中で、「命」ということが軽んじられているようで仕方がないのです。

このような状況の中で、私たち大人は、「命」の尊さ・かけがえのなさを何とかして子ども達に伝えなければならないと考えるのです。

しかし、本当に…「命」の重さ、尊さというものを、人間の言葉・知識で表現し、伝えるということが出来得るものなのでしょうか…

そして、子ども達に「命」の重さや尊さを伝えなければならないと考えますが…私たち大人が、はたして「命」の重さ・尊さというものをどれほど実感しているのでしょうか…

 

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2015年5月 5日 (火)

若者の離職者で思う

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最近になって急に増えたわけではないようですが、入社した会社をすぐに辞めようとする若者は後を絶ちません。もちろん、全ての若者が仕事にやりがいを感じられないというわけではないはずです。

厚生労働省のデータによると、1995年から20年近く、大卒の3年以内離職率が3割という状態が続いているという。中にはキャリアアップのためといったボジティブな理由で離職する人たちもいます。とはいえ、入社3年以内の早期離職にはデメリットがつきものです。

4月に入社しながら、5月の大型連休明けには会社を辞めてしまう新社会人も少なくないそうです。厚生労働省の統計では、2011年春に就職した大卒者の13.4%が1年以内に離職しているという。

その多くは「人間関係が悩んだり」「上司とそりが合わない」といった会社の人間関係、コミュニケーションに原因があるといいます。辞めてしまった人の中には、フリーランスになる人もいるとのことです。そして最悪のニートに…そしてうつ病になる人もいます。

最近増え続けている職業にフリーランスと呼ばれるものがあります。別名、フリーランサーと呼ばれています。

フリーランスという意味とは「単発の仕事を行いあらゆる仕事をこなすものの、その仕事を依頼する度に契約を結ぶ形をとっている事、一種の自営業」と記されています。

つまり、個人の事業者で特定の企業や団体といったものに所属をせずに、自らが持っている技能や才覚を提供する事によって、契約毎に仕事を行う形態の働き方の事をフリーランスと呼ぶそうです。(Wikipediaより)

早期退職されますと、会社としては大きな損失です。コミュニケーションが会社を強くする…ということですが、昔のような家族的なコミニケーションまでは考えられないでしょう。

若い世代は、公私を分けたいという気持ちも強いと思いますが、ツイッターをはじめとしたソーシャルネットワークサービスが、これだけ広まっていることを考えますと、他の人との“つながり”を大事に思う気持ちというのは強い世代なのではないかとも…思えるのです。

コミュニケーションの取り方に(世代で)違いはあっても、それを大切に思う気持ちというのは一緒なのかもしれません。

厚生労働省はニート人口が65万に上るという。これだけは、本人はもとより企業・国の損失です。何んとしても、解消に国・企業・本人の努力すべき問題と思います。

 

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2015年5月 4日 (月)

憲法9条改正について

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安倍首相は、アメリカの議会の演説で、「集団的自衛権を柱とする新しい安全保障法制を夏までに成立させる」決意を表明しました。戦後70年の節目の今年の安倍首相の「談話」が注目されています。

憲法改正…NHKの世論調査によりますと…

■NHKのアンケート調査では「憲法改正 必要28% 必要ない25%」…

■今の憲法を改正する必要があると思うかについて…
「改正する必要があると思う」は28%、「改正する必要はないと思う」は25%で「どちらともいえない」は43%でした。

■憲法9条については「改正する必要があると思う」は22%、「改正する必要はないと思う」は38%で「どちらともいえない」は34%でした。

改憲の賛否…

憲法を「改正する必要があると思う」と答えた人…
□・・・「時代が変わって対応できない問題が出てきたから」が79%・・
■・・・「国際社会での役割を果たすために必要だから」が12%・・
■・・・「アメリカに押しつけられた憲法だから」が6%・・

憲法を「改正する必要はないと思う」と答えた人…
□・・・「戦争の放棄を定めた憲法9条を守りたいから」…67%
■・・・「多少問題はあるが、改正するほどのことはないから」…20%
■□・・・「今の憲法がいい憲法だと思うから」…9%

「憲法9条」の改正について…
■・・・「改正する必要があると思う」が22%
□・・・「改正する必要はないと思う」が38%
■□・・・「どちらともいえない」が34%

憲法9条を「改正する必要があると思う」と答えた人の理由…
■・・・「自衛力を持てることを憲法にはっきりと書くべきだから」が44%
■・・・「国連を中心とする軍事活動にも参加できるようにすべきだから」が25%
■・・・「自衛隊も含めた軍事力を放棄することを明確にすべきだから」が15%
■・・・「海外で武力行使ができるようにすべきだから」が8%

憲法9条を「改正する必要はないと思う」と答えた人の理由…

□・・・「平和憲法としての最も大事な条文だから」が65%
□・・・「海外での武力行使の歯止めがなくなるから」が13%
□・・・「改正しなくても、憲法解釈の変更で対応できるから」が13%
□・・・「アジア各国などとの国際関係を損なうから」が6% 

阿部首相は、「憲法9条を改正は国民の生命・財産を守るため」と述べています。

私は、憲法9条については「最大の問題は政府が『自衛隊は戦力ではない』という分かりにくい解釈をしてきたことにあります。あいまいなことはやめて、軍隊を持つということを憲法に明記すべきだと思います。

日本の国の在り方の根幹に関わるものです。憲法の基本原理だが、安保法制が国会で審議され、自衛隊の活動が拡大しようとしているなかで、憲法9条が示す平和主義をやはり守ったほうがいいのではないかと思ってます。

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2015年5月 3日 (日)

住んで良かった…町づくり

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「住んで良し、訪ねて良し」の町づくり

伝統・文化、自然環境を守って地域住民の協力で、安全・安心して…住んで良かった町にできるのです。地域のコミニティを活発化することが重要です。そして住民一人ひとりの理解と協力がなければ、町づくりは出来ません。

魅力ある町づくりを進めるには、まず、住民自らが生活しやすい、利便性、快適性にすぐれた環境の整備をめざす必要があります。また、住民が人間性豊かに暮らし、活気ある町であれば、来訪客にも好印象を与え、魅力ある町に感じられます。

21世紀に向けて、多くの人々が交流し、住民がいつまでも住み続けたい、また、来訪客も住みたくなるような都市として、ハード・ソフトにわたる都市環境を調和を保ちながら整備していくことが重要であると思います。

地域固有の生活文化の活用

地域で持つ生活文化の魅力の再評価し、これを活かした町づくりすることです。こうした生活文化を活かした町づくりは、住民自らが地域固有の良さを発掘、再認識し、これを守り育てることが大切です。

また、「私たちの町は私たちで守る!」の意識付けと、来訪客との交流の中でその良さを共に分かち合う、ホスピタリティ(心からのおもてなし)の精神を育てることです。

 

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「陰徳」という言葉から連想する

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「隠徳」という言葉の意味は、人に知られないようにひそかにする善行です。

人は必ず人に知られないところで徳を積むべきだというのです。

どんなにいい事をしてもそれを人に知られるようにやったら、それは徳にはなりません。人を助けるのでも、わざわざその事が相手にわかるようにして人を助けるのは「陰徳」とは言えません。

世の中には、「何をやっても旨くいく」という人がいます。これは人に知られず陰徳をつんでいる(こっそり人に知られないところで、善いことをしている)…それがちゃんと報いがあるのだと…私は思います。

相手への思いやり、自然への思いやり、これらはすべて私達の心の中にある物から流れでてくるものです。

何気ない言葉と思っていても相手にとってひどい心の傷を受けることもあります。受けたものだけが苦しみ、喋った本人は悪気もなく知らぬ顔です。

相手に対して悪いことをしたという自覚が懺悔を喚起します。この自覚が大切なことなのです。

「悔い改める」

私達の身と言葉と心より起こるところのものすべてを問い直して見る…

「そこに見える光景は、この世のものとは思えないほど美しく見える」…このような世界を感じられるのは、自分の心にもそのような清らかな世界があるからだと確信します。

それを昔の人は「清浄心」という難しい言葉で言い表してきました。この清らかな心が、私たちのほんとうの自分であり、それゆえにこの清らかさが分かるというのが真理です。

さらに、その清らかさの奥にきらきら輝きを放っているものが…平静心、柔和、責任感、愛、慈悲、反省、謙虚、感謝、優しさ、微笑などであると思います。

心をいつも清らかにしていると、こんな思いがどこまでも広がっていって、自分自身も、家庭も、社会にも広がりがっていくと思います。

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2015年5月 2日 (土)

自然と人間の関係

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昨日(5月1日)より「クールビズ」が」はじまりました。

近年になって、新聞やテレビなどで「自然保護」や「環境保全」といったキーワードと、「エコ」や「リサイクル」をテーマにした活動は各地で盛んになって来ています。

「クールビズ」は、冷房する際に室温を28度より下げず、上着やネクタイを着用せずに軽装で過ごす取り組みです。環境省が地球温暖化などへの対策として提唱したもので、地球温暖化対策に向けて、省エネのため冷房の室温を下げ過ぎずに軽装で過ごす運動です。

このような社会の動きの背景には、世界の各地においてかつてない程のスピードで熱帯雨林が消失 し、砂漠が町や森を飲み込んで行き、氷河が溶け始めているという紛れも無い事実があります。

私たちは生活の中では、どうしてもテレビ画面の中の遠い世界の話だから、やっぱり自分には関係ないよと思ってしまいがちです。

職場の同僚や家族に言われて、こまめに電気を消して、車のエンジンもアイドリングストップ。確かに「自分は今地球に優しい事をしているんだ」と思えば、なんとなく分かるような気がする…というこですが、「地球の危機意識」の感覚の温度差は、人により違いがあります。

私たちは、「自然の恩恵で生かされたいる」のです。

お米・野菜や肉、魚などの食料はもちろんのこと、ガソリンや鉄だって元を正せば自然の産物です。絶えず 自然から何かを得なければ生きることの出来ない存在です。大草原を駆ける動物達だけに限らず、人間だって そういった生き物の一つに過ぎないのです。

こういった類の話も「頭では理解できている」…実感の湧きにくい話だったりする のですが、そこで一度立ち止まってみるのはとても重要な事なのです。

毎日ビルの林立するオフィスなんかで過ごしていると、どうしても自分から遠ざかりがちに思える 自然です。こんな状態で自然と自分の関係について考えようといわれても、いささか無理があるように感じ られますが、そこで「身近な自然」に視線を移すことで、意外な所から答えは見つかるかも知れません。

例えば、貴方は普段会社や学校に向う時、満員の通勤電車がわたる鉄橋の下に川があるということを 忘れてはいないでしょうか…そして、その川も大切な自然の一部であるということを…

川は~~特に都会を流れる川は、完全な自然でなく、ヒトの手の加わった自然が 広がっている場所です。しかし、だからこそ自然と人間の接点がそこにあるはずなのです。

私たちの先祖は、山や川・海の自然と共生で行き続けてこられてきたのです、便利さだけを追求して、自然破壊を顧みないで、このまま人間の欲望だけを追い求めては、私たち自身の身の破滅になるのは間違いないのです。

 自然と人間の関係について考えましょう。

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2015年5月 1日 (金)

生きとし生けるもの万物の生命は共存が根本

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5月…青葉若葉の
季節です。動物も植物もこの季節には命が輝やいています。さまざまな植物が芽を出し、花を咲かせます。鳥は巣をつくり子育てをします。

生老病死は人間の悩みですが、自然界においてはごく自然な命の姿です。人間には損得心や競争心があるけれど、自然界にはそれぞれの生物が子孫を残すための生き残りの攻防があるだけで、損得心や競争心はありません。

人間は、自然界は弱肉強食の世界であるという偏見をもっていますが、自然界には不思議なバランスがあり、それぞれの存在の多様性が保たれています。目には見えない微小生物の存在が多くの生き物の命を支えています。だから目に見えない生き物もかけがえのない存在です。

この世の中は絶対にたった一つでは存在できない世界です。

万物生命の支え合いがこの世の姿であることに思いをめぐらすと、命の尊さが認め合えるでしょう。人間関係の悩みの解消も、地球環境の保全も、戦争やテロをなくすことも、生きとし生ける万物生命の共存が根本であることを認識すべきだということでしょう。

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