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2015年2月

2015年2月28日 (土)

白壁に西日・・・

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新築の 白壁西日 二月尽

時節の巡りは早いものです。

明日は3月となります。

梅は咲き終わり、次は、さくらの花…

予報では、東京地方は3月26日ごろという。

春に三日の晴れ間なし…

ということわざがありますが、今日は朝からよく晴れています。

しかし明日は雨の予報です。

昨年12月にお隣に家を新築しました。

大きな白壁が西向きにあります。

夕日が当たり、輝いています。

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善悪の判断

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善悪の判断…

それは「損得ではなく、善悪で行動する」ということです。 判断基準が「損得」ではいけないということです。

自分にとって得だからやっておこうとか、こんなことしても損するだけだからやめておこう、という考え方には常に「私心」が付きまといます。私心が勝るところに、公共性は生まれません。

私心や私欲、損得勘定を持っていては、人の心を理解することはできません。「善悪の判断」を支えるものは何なのか、一体何に照らし合わせて善悪の判断を下せばよいのでしょうか…

もめ事や警察沙汰を裁く裁判には、法律があります。法律に照らし合わせて、これは正しい、これは間違い、と判断していくわけです。

では善悪は、何を基準にすればよいのでしょうか…

それは、理念や方針ということを超えて、その人、まさにその人間が、何を考えて、何を正しいと感じ、何を理想として目指しているのか、という、「人生・生き方の理念」そのものである、ということです。

世の中の常識や倫理観というものは、明文化されて何かに記してあるわけではありません。 それぞれの人が生きていく中で、「どうすればお互いがいやな思いをせず、平和に、穏やかに過ごしていけるのか」ということに取り組んだ結果、暗黙の了解として生まれてきたものが、常識や倫理観です。

そこには、「人としてどう生きるべきか」「より良い人生とは何なのか」という、それぞれの人が意識的・無意識的に持つ、哲学的・観念的な「人生観」が大きな影響を及ぼしていると考えられます。

つまり、「どう生きるのか、どう生きたいと考えているのか」ということに尽きるのです。

そのそれぞれの人生観・生き方の理念を持って、多くの人びとの願いをくみ取り、判断し、導いていくことこそが、指導者と呼ばれる人の使命となるのです。教育に携わる人間は、人柄・人格・人間性・人間力を向上させなければならないのです。

思いやりの心、深みと広がりを感じさせる、味のある人間力を持ってこそ、説得力のある善悪の判断を下すことができるのです。

 

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2015年2月27日 (金)

周りの大人の責任は重い

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周りの大人の責任は重い

 川崎市川崎区の河川敷で同区の中学1年、上村遼太さん(13)の遺体が見つかった事件

サインは見えていた

上村さんは友人らにトラブルに巻き込まれていると話し、顔や腕には殴られたようなあざがあったというが、学校や保護者がもっと早く異変に察知し、事件を防ぐことはできなかったのだろうか…

1月から全く登校してないという事実があって、明らかに異常事態なのに、学校も親も何をしてたんだろうと思う。

高校生グループと一緒にいるところを川崎駅前でよく見かけられていた。大勢の人が気づいていたことは、はっきりしていて、状況の変化は見てとれたはずという。

テレ朝のモーニングバードより

どうしようもなかったではなく、どうしようもあった事件です。

夜回り先生として知られた水谷修さんは「学校に来なくなった時点で防がなければならなかった事件です」と指摘しています。

川崎市教育委員会が公表した資料では、担任教師はこれまで上村君宅を5回訪問し、母親や本人の携帯電話に30回かけていた。しかし、上村君と話ができたのは4日前に1回だけだった。「テストがあるから学校に来ないか」「そろそろ行こうかな」というやり取りだった。

「同級生たちは状況を知っていたのだから、教員もちゃんと聞かなければ…生徒たちに居場所を聞いて、行けばいいだけ。上村君は  狭い範囲で動いているのだから、いくらでも会えます。教師は授業だけでいいわけではないし、文科省や教育委員会も何も指示していません」

水谷さん「(加害者少年たちの)親に対する教育も教員の仕事です。拒否されたら児童相談所に伝えるべきです。どうしようもなかったではなく、どうしようもあった事件です」という。

命の尊さを否定する事件が多発しています。

これらの事件の根底から聞こえてくるものは何か…そこには、共通した「心の叫び」があります。悲鳴にも似た声に耳を傾けよう。

犯人は複数のようです。人が死ぬということ…もしかしたらゲーム感覚で?…生き返る?とでもいうことなのか?親をはじめ、周りの大人達・学校の先生・近隣の大人たちは、事件に関係する子供たちの異常行動に気がつかなかったのでしょうか…

神奈川県警川崎署捜査本部は27日、上村さんの顔見知りの少年3人が事件に関与した疑いが強まったとして、殺人容疑でリーダーとみられる定時制の高校生(18)ら3人を逮捕したという。(毎日新聞ニュース)

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春浅し

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春浅し すずめ飛び立つ 羽音かな

2月もあと1日…

朝の寒さは身にしみますが、少しずつですが日足も伸び始め、春の訪れが感じられます。

朝、いつも散歩している湯殿川の河川管理通路に、20羽ぐらいの雀の集団いつもいます。近づくと一斉に飛び去ります。飛び立ったあとに羽が落ちていた…飛ぶのに支障がない?寒い?…なんて考えてしまいました。そして、今の時期、食べ物を探すのが大変だろう?…

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2015年2月26日 (木)

町内会・自冶会の活性化

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町内会・自冶会は、地域に暮す人たちの自主的な総意に基づき、より安全で安心な住みやすいまちにするための住民組織です。地域のさまざまな課題に協力し合って解決していく役割を担い、日ごろの活動を展開しています。

しかし、現状は少子高齢化進行、生活圏の拡大など社会構造の変化・価値観の多様化が進んだことから、町内会・自冶会の役員のなり手いない。役員の高齢化しているので世代交代が進まない、行事の参加者が少ないなどが、問題となっています。

「地域自主組織―住民参加と行動の場に」…2月25日の朝日新聞社説…がありました。

私たちの町内会の活性化を考えるための参考に…その記事をみました。

人口が約4万人、過疎に悩む島根県雲南市の呼びかけに全国の140の自治体が応えた。「地域自主組織」の推進会議が今月中旬に発足した。

自治会に加えて消防団や婦人会、地元の学校のPTA、福祉や体育関係など、地縁に根ざす団体が力を合わせ、できればひとつになる。自治会の活動が世帯ごと、長老主導になりがちな点を改め、住民一人ひとりが対等の立場で参加し、活動する。これが地域自主組織のおおまかなイメージだ。

その役割は、防災や福祉、教育、地場産品の製造販売など多岐にわたり、推進会議は「小規模多機能自治」と呼んでいる。

地域で大きな役割を果たしてきた自治会・町内会の存続が、高齢化と少子化で危うくなってきていることが背景にある。

先行する雲南市には、形態や取り組みはさまざまながら、約30の地域自主組織がある。独り暮らしのお年寄りへの声かけを兼ねた水道検針、民間スーパーの撤退を受けた住民管理のミニ店舗、廃校後の校舎を改装した宿泊研修施設の運営など、コミュニティーを維持し、活性化するための事業が生まれている。

全国の市町村の1割近くが推進会議の会員に名を連ねたのは、危機感の表れだろう。推進会議は、自治体間で情報交換しながら、小規模多機能自治に適した法人制度や税制を国に求めていく考えだ。国の既存の制度に頼り切るのではなく、自治体同士が学び合い、国と向き合おうとする姿勢を歓迎したい。

注文もある。

まず、自治体の歳出削減ありきでは、失敗しかねない。

住民による活動が広がれば、税金で提供するサービスを減らせるかもしれない。ただ、それはあくまでも取り組みの成果であり、目標は地域コミュニティーの維持・活性化だ。自主組織の挑戦を支えるのは、行政からの自由度の高い交付金である。

次に、NPO法人や公益法人など、地縁に基づかない民間団体とも連携してほしい。

雲南市も、地域自主組織の整備と並行して、市内外の若者らが交流する場を設け、人材育成を担うNPO法人の設立につなげるなど、地域外の声や活力を取り込む工夫をしている。

地域自主組織の形態や活動は、自治体や自治体内のコミュニティーの数だけあるはずだ。官や民、団体間の縦割りを取り払い、住民一人ひとりが参加・行動するという原則を見失わない。そうして、無数の小規模多機能自治が芽生え、育つことを期待したい。

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2015年2月25日 (水)

社会貢献とボランティアを考える

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こうしてほしい、こうあってほしい、こうなればいい…など人の欲はキリがありません。人は一人では生きていけません。人間社会の中でしか生きていけないのです。社会で生きていくには、働かねばいけません。

「働く」ということ…全ての意味で豊かになることだと考えられます。経済的な点はもちろんのことですが、人間的に成長したり、社会に貢献するなどの意味も含まれます。

社会貢献…貢献するということを第一義に考えれば、ボランティアも考えられるでしょう。しかし、ボランティアは見返りを期待しない分、一方的なつながりになります。

社会に貢献することは、「働くこと」で、一人ひとりがそれぞれの仕事に意義を見出し、自分のため、社会のために働き、社会を動かしていくことにつながるのです。

そうして、それぞれが貢献しているという実感をもつことは、社会が充実していくことになると考えます。

ボランティア…子どもも、学生も、社会人も、シニア世代も、誰でも、自分の興味や関心によって、また時間の余裕や生活スタイルにあわせて参加できる活動です。

そして、ボランティア活動には、こうした気軽さとあわせて、自分の考えではじめたこととしての責任が大切でもあります。また、ほかの人々の考えを尊重しつつ、お互いの違いを認め合うことも必要です。

そして、一人ひとりの自由と信念が尊重され、誰もが安心してくらせる平和な社会を創ることに、自分の考えで、金銭を目的とせずにかかわっていくことです。

ボランティア活動には、学校や職場では得られない「出会い」と「気づき」、そして「学び」があります。ボランティア活動を通して、自分の街で、そして、社会で起きていることに気づき、出会った人々の生き方から考えさせられ、自分の生活を見つめなおす機会ができるでしょう。

そして、その中で、年齢、職業、国籍を超えたさまざまな人々のつながりが生まれることでしょう。

ボランティア活動をはじめる時も、場所も、そしてきっかけもさまざまです。自分らしさを大切にしながら、あなたも、ボランティア活動の第一歩を踏み出してみませんか。

小さなことでもかまいません。そこに住む人といっしょに汗を流して働いてみることです。きっと何かが見えてくるはずです。

 

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2015年2月24日 (火)

ふるさとは心のやすらぎの場所

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ふるさとは、そこに暮している一人ひとりの心の中にあります。

「ふるさと」は、生まれ育った場所だけではありません。「ふるさと」は、私たち日本人一人ひとりが、自分のよりどころとなる「こころをよせる」やすらぎの場のことです。

愛する人が住むところかも知れない。偶然訪れた村や町かも知れません。「日本全体が、私のふるさと」という人もいるでしょう。大切なのは、「こころをよせる」ばかりではなく、何かのかたちで、「そこにかかわる」ことだと思います。

小さなことでもかまいません。そこに住む人といっしょに汗を流して働いてみることです。

少しの「かかわり」で、「こころをよせる」気持ちが強くなります。それがきっかけとなって、さらに深く「かかわる」ようになります。このくり返しが新しい「ふるさと」をつくることとなるのです。

愛着のある場所との「かかわり」によって、失われつつある「ふるさと」への誇りと価値をふたたびつくりだす。新しい「ふるさと」は、100年先の子供たちまでなっていきます。

古来から美しい自然と文化の中で、私たちはその営みを続けており、日々の暮らしの中で、自分が生まれ育った場所を「ふるさと」と認識し、愛してきました。

「ふるさと」に帰属しているという意識が、私たちに安心感をもたらしてきたのです。「ふるさと」は、いわば心のよりどころであったのです。

その「ふるさと」の原風景には、青き山、清き川、風や空、祭りなど、世代を超えての一定の原型があるように思われます。だが、実際には途絶えてはならない原風景が失われつつあるなど、現実と「ふるさと」の原型に隔たりが生じています。

また、大都市に人口が集中している現状においては、自分が生まれ育った場所が「ふるさと」であるという認識を持たない人も増えているようです。

このような状況を踏まえると、私たちの活力の源であり、誇りである「ふるさと」の価値を再認識し、「ふるさと」を愛することの大切さを後世に伝えていくことが必要ではないでしょうか…

そして、そのために「ふるさとづくり」をどのように進めていくかを、今、考えてみるべきではないでしょうか…

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2015年2月23日 (月)

老後の不安…考える

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老後の不安とは、「金」・「健康」・「家族(孤立)」…3K

日本人が幸福感を判断するときに重要視するトップ3は「家計の状況」「健康状況」「家族関係」です。

「公平で安心できる年金制度の構築」…社会保障制度がトップです。

一般財団法人経済広報センター「高齢社会に関する意識調査報告書」(2012年)によると、60歳代・70歳代が高齢期の生活・暮らしについて不安に思うことは…

1位 健康で自立した生活を送ることができなくなる
2位 配偶者との離別
3位 家族が健康を崩す。またその世話ができない
4位 収入(年金など)が減少し、生活が苦しくなる
5位 体調を崩したときに十分な医療・介護を受けられない

現状を見据えた上で先行きに関して、自分の思い通りにならない、今より状況が悪化する可能性を危惧し、色々と思い悩むことを総じて「不安を持つ」と呼んでいます。

「3人に2人が生活に不安、一番の悩みは「老後」…内閣府「国民生活に関する世論調査」ー産経新聞ー(2014・8・23日)から

日常生活での悩みや不安を尋ねたところ、3人に2人にあたる66・7%が「感じる」と回答した。具体的には「老後の生活設計」(57・9%)が最も多く、「自分の健康」(49・7%)、「家族の健康」(41・9%)、「今後の収入や資産の見通し」(41・0%)が続いた。

日常生活での不安について昨年6月の前回調査と比較すると、「老後の生活設計」が2・6ポイント増加し、「自分の健康」は2・7ポイント減少。今後の生活で何に力点を置くかの質問では、「所得、収入」(34・3%)、「資産、貯蓄」(33・4%)の回答がいずれも過去最高だった。老後の生活の備えに対する意識が高まっているといえそうだ…。

お金

毎月必要となるお金や公的年金額については、個人差がありますが、重要なのは、どのくらい長生き出来 るのかわからないので、いくらお金があっても不安は解消されないということです。

定年退職時に、退職金やそれまでの貯蓄はまあーまあーあったとしても、その後病気になるかもしれない、長生きしてどのくらいお金が必要になるかわからない、と考えると貯蓄を取り崩すのが不安で しょうがない、と言われる方が多いと思います。

健康

痴呆症になったらどうしよう…ガンになったら?などなど考えるとキリがありません。趣味を続けて、多くの人と話す機会を持つようにすることです…そのことが健康維持するのではないでしょうか。

家族

核家族化は仕方がない?そうであるならば、電話・メールなどでコミニティを積極的にとるようにしたいです。

少欲知足…あまり、いろいろな物を欲しがらず、現在の状態で満足すること。 欲望を全て、消してしまうのではなく、欲張らないで、与えられた現実を素直に受け入れることです。

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2015年2月22日 (日)

春めく

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春めくや 我がふるさとに 陽の匂い

梅は咲き、三つ葉つつじに花芽も膨らみを増してきたようです。

日差しは、じょじょですが確実に力強さを感じてきました。

道端の、ちょこ花(親父が言っていた)が春を待ちきれない?で咲きだしました。

今日の東京地方は、春一番が吹くそうです。

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2015年2月21日 (土)

いくつに見える?

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身体は年相当です。

アサヒお客様生活文化研究所のアンケート(昨年5月)で、3人に1人が自分の見た目を「実年齢より若々しい」と答えた。この割合は性別や世代に関係なくほぼ一定しており、「老けている」と回答した人の約3倍…

自分自身で「年を取ったな」と老化を感じるのは、男女共に「白髪が増えた」・54%で、男性は「体力がなくなった」、女性は「シミ・くすみが気になる」が次に多かったそうです。

具体的なアンチエイジング対策1位は「お水・お茶をたくさん飲むようにしている」35.1%「水分補給」「睡眠」など、「生理現象」を働かせる人が目立つという。

「あんた若いねー」

同級生に言われることがあります。しかし本人は随分と歳をとったものだと…感じることが多いですよーー脳神経外科・整形外科・内科の医院に毎月通いしているし、薬は、朝・昼・晩に沢山飲んでいるのですよ…

無理はきかないのです。睡眠不足禁物で、十分睡眠をとらないと身体が言うことが聞かないのです。もう「無理は出来ない」とつくづく感じるようになりました。

でも、電車に乗って席を譲られたときは、嬉しいよりショックを受けてしまいました。私ももうそう言う年なのだと…気遣い、苦笑いとぎこちない受け答えしてしまった経験があります。

「村の渡しの船頭さんは、ことし六十のおじいさん」の童謡の歌詞にもあります。

子どものころ、60代の人でもすごいお年寄りに見えた。今や平均寿命が80歳を超える時代。アンチエイジングがもてはやされ、ぱっと見ただけでは年齢不詳のおじさん、おばさんが増えました。

スキーのジャンプレのレジェンド葛西選手は見事です。

昨年の11月29日、フィンランド・ルカで行われたノルディックスキージャンプワールドカップ個人第3戦で、葛西紀明選手がシモン・アマン選手(スイス)と同点優勝、42歳5ヶ月自己の持つ最年長勝利年齢記録を更新しました。

イチロー選手が「25歳でも45歳に見える人はたくさんいる」と指摘し、その反対でありたいと語った。孤高のアスリートらしい言葉で心に残りました。

 

 

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2015年2月20日 (金)

地域住民のきめ細かいふれあい

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少子高齢化・核家族化で、私の住む地域も、私を含めお年よりばかりになっています。そして50歳になっても、いろいろ理由があって?未婚の長男の方がいます。

旦那さんが突然急病に…

ベットから起きられない…歩けない……どうしよう…長男は仕事でいない…親戚は遠い…救急車を呼ぶ?慌ててしまう。という事が実際に起きたのです。

車椅子で近くの掛かりつけ医院に連れて行きたいとのことで近所の方から頼まれ、(私の住む地域は、近所のコミニティーは良い方だと思います)駆けつけ、何んとか車椅子乗せることが出来ました。

しかし玄関に降ろすのに、もう1人の力を借りなければ降ろせないので、私の妻を呼び寄せ、やっとの思いで降ろしました。

車椅子の介助で知るバリヤーフリー必要性

300メートルまでの医院に行くまでが大変でした。砂利道・歩道の段差です。もちろん家のなかでも同じですが、道路が砂利道では二人の介助がなければ移動できません。

そして、一般道路(都道)で車道では、車が怖くて車椅子は歩けません。歩道を歩いたのですが、途中に変則急勾配の箇所があり、車椅子1人で押していて、車道側に倒れそうで、二人がかりでどうにか通りぬけることが出来ました。

家の中のバリヤフリー問題は個人の問題ですが、砂利道は私道ですので、私たち利用者の問題かもしれません。問題なのは一般道路(都道)です。以前に近所の方から相談を受けたのですが……

国土交通省の都道管理者に、今回の経験を話し改善を検討依頼しました。近日中に当該地を見て頂くことを約束していただきました。

高齢化社会での不安を助け合いの精神で…

地方の少子高齢化が話題になっていますが、私の地域も、少子高齢化・核家族化…超が付く高齢化…と1人暮らし・空き家の自然現象?が起きています。住んでいて不安を解消するには、日ごろの近所付き合いが大事と思います。不安…を助け合いの精神でカバーすることです。

地域経済の新陳代謝が取り上げられていますが、住む人が案心・安全に暮らし続けるには、若い人が働く場所があるということが基本ですが、現状はベットタウンとしての町であるのです。日中はお年よりの町になるので、地震や自然災害に対する心構えも大事なことだと思います。

そして、地域住民(近所)のきめ細かいふれあいを尚一層進めなければと…思います。

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2015年2月19日 (木)

挨拶をしよう

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「先に」「笑顔で」「元気よく」挨拶をしよう。

子どもたちに…

子どもの「将来」を考えると“人生を生きていく上での基本”がとても大事です。

「今」を是正し、躾けてあげるのはもちろん大事。それは、子どもの「将来・未来」を考えるからこそです。 「今」ではなく、「将来・未来」です。

挨拶は人間が生きる基本です。挨拶することで明るく気持ちの良い一日を過ごせるのです。そのことを躾けることが大切です。

大人はいつまでも子どもの傍についていてあげられません。子どもも小学校、中学校、高等学校、大学、社会と進学や就職で親元を離れれる時がすぐに訪れるでしょう。

社会人に…

社会生活を営んでいる私たちの暮らしは、ほんの少しの思いやりや気配りを行うだけで随分気持ちのよい毎日が過ごせるのです。

人間社会…今、グローバリゼイションが進んだ社会です。観光地などは、外国人に、出会う人たちが多くなってきています。トラブルも起こる確率が高くなるかもしれませんが、そこは見方を変えて逆の発想をしてみましょう。

私たちが気持ちのよい応対をすれば、出会う人たちも気持ち良く一日を過ごすことができるのです。それほど難しいことではないと思います。

「迷惑をかけない」という守りの姿勢ではなく、「相手に気持ちのよい一日を送ってもらおう」という積極的な姿勢に挨拶することです。

挨拶をされて気分が悪いという人はいません。それが、知らない人でも、挨拶されて、一日が気持ちよく過ごせるような気がします。特に小学生などに挨拶されると嬉しくなり、大きな声で返事をします。

家の近くで見たことのない人、知らない人に声を掛けることで、犯罪が少なくなると言われています。顔を見られて犯行を諦めてしまうそうです。

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2015年2月18日 (水)

春はもう一息

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春はまだ もう一息の  我慢かな

今日(2月18日)は、関東地方は雪の予報です。最高気温は4℃とことです。

立春は過ぎた、とはいえまだまだ雪も残り、肌寒いこの季節、じれったくも、 盛りの春を迎えるまで小さな春の訪れをみつけると嬉しい季節でもあります。 

自然の動植物は、春のくる時期を、それぞれのタイミングを計っているようです。

道端の枯れ草に囲まれるよう“よもぎ”の青い葉が伸び始めているのが見られます。 

また、二月は花の咲く草木は、準備で忙しいように思えます。

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2015年2月17日 (火)

町づくりは日ごろの清掃活動から

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私はよく町を歩き、公園・広場に行きます、そこにゴミが落ちていれば拾っています。ゴミを捨てる人がいれば、拾う人がいなければ、町は汚れ、防災、防犯の危険が高まります。(割れ窓理論)

“町づくり”の基本は、町の美化(活動)です。そこに住む人々が、そこを歩く人々が、そこに集う人々が、道路や公園といった身近な公共施設を自分たちのものとして、ごく自然に生活の一部として、大切に手当てをし、守っていくことです。 

きれいで、自然環境が豊かなところに暮している人は、人に自然に優しい、思いやりのある人間が多いと言われています。そして、犯罪が少ないと言われます。

人がいつまでも安心して、心豊かに暮していくために、地域の文化とコミニティを育み、地域の活性化を図ることが大切です。人の暮らしを守り、将来に引き継ぐという、持続可能な社会の構築を考えなければいけないと考えます。

豊かな環境とコミュニティを育むことは、時とともに住む人の愛着が増す、まちづくりに取り組んでいくことです。町づくりにはさまざまな視点が必要ですが、防犯・防災にも効果がある近所付き合いが重要です。

住む人の自由な意思と責任、そしてなによりも自らの町を大切にするという温かい愛情に基づいた、人々と公共施設を結びつけるきっかけのようなものを何とか創りたいものです。

市民一人ひとり自ら、清掃や美化などの活動を行うことにより、地域の人々の「顔が見え」、地域の、自然、景観、伝統、文化などを「共有する」ことができ、豊かな地域コミュニティが育まれると思うのです。

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心に余裕を持つこととは…

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心の豊かさは、心に余裕もつことで、幸せを感じることが出来るのです。事に追われる毎日では、幸せを感じる暇さえありません。適度にゆっくりできる時間が必要です。

忙しい毎日に、自分を振り返ることがなければ、自分を見失っている状態です。自分が今、何をしていて、何を感じ、どうしたいのかということを考えられるだけの心の余裕を持つことです。

心の余裕は、いわば余白です。特に何もない部分ですが、いざというときのために取っておく余分な部分です。忙しい毎日を送っている人には「そんな暇などない」と言うかもしれませんが、その心の余裕は無駄ではありません。

しかし、これがなかなか難しいものです。毎日の生活を顧(かえり)みると、何かに追われて過ごしていたりします。時間…仕事…人間関係…家族や恋人の問題…悩み事…などに…追われているといつの間にか余裕がなくなり、視野が狭くなり、心が疲れてしまいます。心が疲れると体にも疲労を与えてしまい悪循環に陥ってしまうことになります。

心に余裕がないのは、自分に自信がないからで、根本的な原因は、自己肯定感が希薄なことにあります。ですから、心に余裕がない人が、自己肯定感を高めることが出来れば、自分に自信が持てるようになり、心に余裕を持つことが出来るようになります。

自己肯定感とは文字通り、自分を肯定している感覚・感情のことです。

幼少期の生活・教育環境によって大きく左右されると考えられており、教育上の重要な要素だと考えられています。自己肯定感が低いと自信が持てず、他人にどう見られているか気になり、他人の言動に過敏に反応してしまうとされています。 

自己肯定感が高いと、心の受容が大きく、少々のことではめげない。意欲的に人間関係を築くことができます。反対に自己肯定感が低いと、自信喪失、委縮、自己否定的になります。

自己肯定感を得るには…

認知の歪みを修正する。失敗してしまった場合に、それは一時的なものと考える。ネガティブな言葉を用いない様にする。ポジティブな言葉を意識する。自己を否定する原因となっている人や環境から離れ、違う環境へ移る。

自己肯定感を得られなかった原因を探る。乳幼児期や幼少期が原因である場合がよく知られている(愛着障害)。( はてなキーワードダイヤりーより)

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2015年2月16日 (月)

親の背中を見て子どもは育つ

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少年犯罪が減少しています。しかし、少年犯罪が減少を続ける一方、新たな課題も表れ始めたようです。それは、いじめにに関連する事件による検挙・補導者の増加、少年による振り込め詐欺の急増、そして初犯者の低年齢化などです。

社会の変化とともに、子どもたちも変わりつつあるのかもしれません。少子化・核家族化と無縁社会などが原因と思いますが、子供に対する家庭の“しつけ”から、地域社会との“絆”の希薄さから、子育ての善し悪しに問題があるのではないかと思えます。

ドロシー・ロー・ノルトの言葉に『子は親の鏡』が有名です。

けなされて育つと、子どもは、人をけなすようになる

とげとげした家庭で育つと、子どもは、乱暴になる 

 不安な気持ちで育てると、子どもも不安になる 

 「かわいそうな子だ」と言って育てると、子どもは、みじめな気持ちになる 

 子どもを馬鹿にすると、引っ込み思案な子になる 

 親が他人を羨んでばかりいると、子どもも人を羨むようになる 

 叱りつけてばかりいると、子どもは「自分は悪い子なんだ」と思ってしまう 

 励ましてあげれば、子どもは、自信をもつようになる 

 広い心で接すれば、キレる子にはならない 

 誉めてあげれば、子どもは、明るい子に育つ 

 愛してあげれば、子どもは、人を愛することを学ぶ 

 認めてあげれば、子どもは、自分が好きになる 

 見つめてあげれば、子どもは、頑張り屋になる 

 分かち合うことを教えれば、子どもは、思いやりを学ぶ 

 親が正直であれば、子どもは、正直であることの大切さを学ぶ 

 子どもに公平であれば、子どもは、正義感のある子に育つ 

 やさしく、思いやりを持って育てれば、子どもは、やさしい子に育つ 

 守ってあげれば、子どもは、強い子に育つ 

 和気あいあいとした家庭で育てば、子どもは、 

 この世の中はいいところだと思えるようになる

子どもを見れば、親がわかる…というのは、どうやらまぬがれない事実のようです。

きっとこれは、いくら肩書が立派でも、お金持ちでも、愛想が良くても、その人の子どもを見れば相手の方がどういう人なのかがある程度わかります。

その人の子どもがどういう人間に育っているかで、親である相手の方の価値観を見ることができる、ということです。中には、「結果は、一目瞭然」という人もいます。

立派な人間に育っていれば、その親御さんも立派な方なのだろうなと判断できます。私が思う『立派な人間』とは、高学歴や地位や名誉を持っていることではありません。心が豊かで、思いやりのある行動ができる人のことです。
 

挨拶ができて、笑顔で受答えのできる人、協調性や協力、責任感などの人格ができている人です。そのように育てるには、育てる側の親が手本となる行動を必ず行っているはずです。

親の背中を見て子どもは学ぶのです。親の行動も立派なのだろうなと想像ができます。

子どもは社会に適応できる人間に育てる。そうでなければ、親である自分もまた信頼されないということだと思います。子どもは、『知・徳・体』をバランスよく育てることです。そのために必要なことは、今が良ければいいのではなく、先を見た子育てをすることです。

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2015年2月15日 (日)

人に自然に優しい・思いやりの心

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故郷とは…生まれ育った場所です。

人それぞれに、育った故郷の思い出を持っています。お父さん、お母さん、兄弟などの家族…友達…、山や川、海などの環境…です。泣いたり、笑ったり、苦しんだり、楽しんだりしながら育ったところです。

第二、第三の故郷と言う人もいることでしょう。人には事情があって、同じ場所には、いられないことが多いものです。人生は日々新です。一分一秒とも同じ環境ではありません。動き続けて→生きているといえるのです。生きていくためには、多くの人・自然環境に、関わり合って生きていけるのです。

いま、過去を振り返って思うこと…

あの童謡の「ふるさと」の「うさぎ追いしかの山 小鮒釣りしかの川」が象徴する農山村風景をもつ育ちの地でしょうか…友達や仲間との共有体験でしょうか…

私には、水泳・川遊びやお祭りなどの楽しい思い出があります。私という人間が、其処の持つ歴史や文化に囲まれて成長していったところであるのです。そして、先祖伝来の田畑や山々、そしてお墓があり、自分の原点を意識させられるのです。

また、その土地特有の食べ物や狭い地域社会での強いネットワークに包まれた思い出があります。また、これらは故郷に対する個人的感傷だと決めつけることもできますが、多くの人には、最も心のやすらぐ思い出の地であることも間違いないでしょう。

さらに、故郷の持つ連続性と連帯感です。同じ土地、同じ水、同じ空気、同じ学校、同じ地域、同じ体験、同じ慣行、同じ食べ物、同じ風景などから作られる共通感覚の共有です。この共通感覚は、先輩後輩を問いません。

つまり、過去から現在、そして未来へと時間軸に沿っても意識されます。またこの共通感覚は、一定の広がりを持つ人々に共有されます。

このような故郷は、何も農山村に限ったことではありません。大都会でも、都市部でも、街中でも、十分故郷足りうるのではないでしょうか。故郷は誰にでもある育ちの地といえのです。

忘れられる故郷

このような大方の人が持つ故郷ですが、もし故郷の良さや故郷の魅力を感じられない人がいたらどうしよう。単にそこで育ったという認識だってあり得るのです。

たとえば、外の世界に飛躍するための準備の地や時期にすぎないと決めつけることもできるでしょう。この場合、故郷は懐かしい心の原点ではなく、単なる今をつくるための過程にすぎなくなります。

私は、このことを懸念しています。故郷の山や川の名前も知らない、故郷の歴史や文化も知らない、故郷の祭りや行事にも参加していないなど、故郷を共有していない場合には、故郷の共通感覚が持てないのではないでしょうか…育てられないのではないでしょうか…

故郷を愛するには

故郷を愛する人をどのように育てていけば…地域の自然に触れ、地域の歴史を学ぶことだと思います。人びと交流の機会に積極的に参加し、人々の協力を得ながら自然観察や動植物の栽培飼育などを実践することです。

自然を守るということは、人に優しい・思いやりの心が培われていくのだと思います。私たちの町には、ふるさとの歌の詩にあるように、山にはウサギ、川にはコブナ、ドジョウとホタルなどと、カエルなど・そして、カブトムシ・セミなど多くの昆虫いました。

それらの生き物を呼び戻そう…環境を守ろうと…町の道路・公園・広場などの「ゴミ拾い」を行っています。一人でも多くの「ふるさとを守る」意識を持って欲しいと思っています。

そして、人に自然に優しい・思いやりを持った「人間づくり」に多くの人が関心を持つことを期待しています。

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2015年2月14日 (土)

春隣り

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日が伸びて 三つ葉ツツジに 春隣り

まだまだ寒い日が続きますが、確実に日は伸びています。

三つ葉つつじの花芽が赤く膨らんできたように見えます。

これから南岸低気圧がやってきて、関東地方に雪ということも…

でも…「春隣り」・「春近し」…春は確実に近づいていることを実感しています。

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2015年2月13日 (金)

普段から近隣のお付き合いが大切

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昨夕、近所のお年より夫婦から、夫が熱を出し、近くの掛かりつけの医院に連れて行きたいが、車椅子が玄関から出せないので、手伝って欲しいとの電話を受けました。(息子さんはいますが仕事で遠くにいて直ぐには帰れないとう事でした)

私は、ちょうど風呂に入ったばかりだったので、妻に行ってもらって、ようやっと連れ出すことが出来ました。私は、風呂から出て、医院に電話をかけ、帰りを手伝うことにし、薬をもらい家まで車椅子を押して、玄関から部屋に連れて行くことが出来ました。

「遠くの親戚より近くの他人」

この言葉は良く聞きますが、こう言うときに使う言葉と実感しました。核家族化・少子高齢化で、一人暮らし・老夫婦の世帯が、多くなり、何か助けが必要な時には隣人は一番ですが、近年プライバシーとかで、隣人と疎遠になっている場合が多いようです。

こう言う時とか、災害が発生し始めて…普段から近隣人同士の付き合いが如何に大切であったかを実感する人も多いのではないかと思います。

「年寄りの不安」

私も後期高齢者の一人です。私の身に何が起こるか分かりません。もし私だったらどうするか考えましたが…。近くには、お年よりが多く、若い世代の方もいますが、ごく最近に来た人ばかり、相談をかけられません。

私の住む八王子市の民生委員・児童委員が組織されています。民生委員は、一人暮らしで住んでいる家を、定期的に伺がって安否を確認しているようです。

町会の役員を拝命されている私は、極力一人暮らし、老夫婦のみの人に声をかけています。しかし、私も高齢者です。身体の具合が悪いときがあります。ますます歳をとる訳ですので、将来が不安です。

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2015年2月12日 (木)

守破離…

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守破離…と言う言葉があります。

「守破離」(しゅはり)とは…日本での華道、茶道、武道、芸術等における師弟関係のあり方の一つで、日本において文化が発展、進化してきた創造的な過程のベースとなっている思想であります。

まずは師匠に言われたこと、型を「守る」ところから修行が始ます。

その後、その型を自分と照らし合わせて研究することにより、自分に合った、より良いと思われる型をつくることにより既存の型を「破る」…

そして、最終的には師匠の型、そして自分自身が造り出した型の上に立脚した個人は、自分自身と技についてよく理解しているため、型から自由になり、型から「離れ」て自在になることができる…ことです。

華道(生け花)と言えば、池坊(いけのぼう)は、室町時代(1462年)発祥した日本最古のいけばな流派であるとされています。そして、草月流などの流儀が数多くあります。

華道の「守・破・離」の真髄は、人間はいつも前を向いて進化していかねばならない。そうしなければ、時代の流れに乗れない…ということだと思います。

「守破離」の言葉から連想…

「イノベーション」…新しいものを生産する、あるいは既存のものを新しい方法で生産することで、既存の価値を破壊して新しい価値を創造していくこと(創造的破壊)です。

人の価値観の多様化で、世界は激しく流れています。歴史をしっかり認知し、自分のの考えを持つことと、先を見ることが、大事な時代であると思います。

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2015年2月11日 (水)

ふるさとの八王子を美しい街に

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水とみどりに恵まれた自然環境を保全し、環境への負荷が少ない循環型社会を形成していくためには、一人ひとりが環境について考え、その保全・回復・創造に積極的に取り組む必要があります。

「ふるさとの八王子を美しい街に」

八王子市の東南部のみどりは、ニュータウン開発などで減少し、平成14年では裸地を除くと26%になっています。後を継ぐ人が居なくなり、放置され、荒れているみどりも多く見受けられるようです。

道路や川などへのごみやたばこのポイ捨てはなかなか減らず、定期的な道路や川の美化清掃と喫煙マナーの向上を実行していかなければならないと思います。

八王子市は条例により「市内全域で路上での歩行喫煙を禁止」です。

美しい“ふるさと”を後世に引き継がねばならないと強く思っています。しかし「歩行禁煙」のポスターある前にタバコの吸殻をポイ捨てする人がいるのです。タバコの吸殻→ゴミではない?自然と消えてなくなる?とでも思っているのでしょうか…

タバコの吸殻一本ぐらい……が、空き缶・ペットボトルやお菓子の空き袋・弁当のカラなどが捨てられてしまい、ゴミ捨て場と化してしまうのです。片づけが大変なことになります

私は、ボランティアで、ゴミを拾っていますが、誰かが片付けないとゴミの街になってしまいます。

理由は、朝の出勤が忙しいから…吸殻一本ぐらい(問題ない)…マイ灰皿は面倒だから…でしょう。そして、自己中心主義…公衆道徳の欠如だと思います。

地球温暖化・自然環境の保護・私たちから、子供・孫の時代まで、「美しい街を残す」ことは現代の暮している一人ひとりの責任です。

子供は大人の行動を見ていますよ!歩きタバコの喫煙はやめましょう。そしてゴミのポイ捨てはやめましょう。そして、安心・安全で「住んで良かった」と思う街づくりに、ご協力願います。

 

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2015年2月10日 (火)

愛の絆

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今朝は、この冬最大の寒気団が日本列島を包み込んでしまったようです。北陸などの日本海側では、大雪に見舞われているとのことです。東京地方も、氷点下になりました。

「寒いですねー」…寒いと言えば、忍冬(すいかずら)を思い出します。

冬を耐え忍び、「すいかずら」は、スイカズラ科の蔓性(つるせい)の木本。山野に自生。葉は楕円形で対生し、冬でも残っているので忍冬(にんどう)ともいう。花は5~6月に咲く、花言葉は「愛の絆」です。

そして「愛の絆」とは、家族、地域で、支えあって、励ましあって生きることだと思います。

今年は歳のせいか、ことのほか寒さが身に応えます。昔から、立春が過ぎてから一週間が一番寒いといわれています。

また、歳をとると身体的にも精神的にも不安が押し寄せてくるものです。世の中が複雑になり、日本人は、うつ病は生涯に約15人に1人が経験しているそうです。

「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり」  芭蕉

松尾芭蕉は過ぎゆく月日も旅人のようなものと、時の流れと人生を重ねて詠んでいます。人生を一つの旅にたとえると、毎日が先の見えない旅の途中です。

その旅の途中で、人はつまずいたり、転んだり、笑ったり、泣いたりしながら人生という旅をしています。でも、それがいつ終わるのか、長い旅になるのかは予測できません。

今、「終活」…「人生の終わりをより良いものとするため、事前に準備を行うこと」が話題になっています。

例えば、自分のお葬式やお墓について考えておいたり、財産や相続についての計画を立て、身辺整理をしておくといった内容で、これらの活動を行うことで残された家族に迷惑をかけることも無くなり、また、安心して余生を過ごす…

やはり、核家族化などと遺産相続で、争いが起きていることからだと思います。死ぬまで不安や苦悩はつきません。

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2015年2月 9日 (月)

春近し

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湧き水に 砂小躍りし 春近し

近くの片倉城跡公園の池に流れ込む水は、

一年中枯れることのない湧き水です。

砂を吹き上げている様子を見ますと春の近いと、

感じさせられます。

お年より 帽子も軽く 春近し

老人会(片倉福寿会)のみなさんは、元気に、

グランドゴルフを楽しんでいます。

お年寄り達の帽子は、軽くなったような気がします。

柔らかい日差しの中で…

球を弾く乾いた音が公園から聞こえてきます。

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2015年2月 8日 (日)

二月の雨

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雨降って 二月の木々の 光かな
 

今日は午後から雨となりました。氷雨です。

立春すぎて、南岸て気圧が、西から東に移動する時に、地上気温が2~3℃以下、上空1500mの気温が氷点下5~6℃以下であると雪になることが多いとされています。

木々が雨しずくとなって輝いています。

立春を過ぎると「一雨ごとに暖かくなる」と言われています。一方で低気圧が通過したあとは一時的に寒気が入りやすくなります。

そして、「春に三日の晴れ間なし」大陸からやってくる高気圧→低気圧→高気圧→低気圧と周期的(三日間ぐらい)に変化していく傾向があるのです。

そのように、春は天気や気温の変化が激しいです。また気圧の変化も大きく、風も吹きやすいということで、体調を崩しやすい時期でもあります。体調管理には注意したいものです。

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2015年2月 7日 (土)

どうして人間同士がうまく行かないのかなぁー

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どうして、人間同士がうまく行かないのかなぁー人間の業の強さで、争いが絶えない?中東のアラブの春の嵐は終わっていないのではないでしょうか…

完全なる平和はないのか

平和とは…戦争や内乱で国が乱れていないことです。または、国が自国をしっかり抑制出来ている状態の事です。現実的には国家の抑止 力が内外の脅威を抑止している状態です。

人間は他の動物と違いがあるはずですが、民族・宗教によっても、殺人・戦争・暴力…などどうして止められないのでしょうか?理性が失われ、共生(共存共栄)の心が失われてしまったような気がする昨今です。将来は、はたして、カタストロフィー→人類の道好転へのシナリオは実行されるのでしょうか…

世の中は、殺人・いじめ・詐欺・DV・虐待・リンチ・薬物などの犯罪ニュースが後を絶ちません。人間、どうしてこう、うまくいかないことを好む?…また、何故にそう仕組まれるのか?先人の多くも経験したように、人間の歩むところは障害物の山…そう言い切ってもよいのかも知れません。

人は生まれる環境を選べない

与えられた環境で、与えられた能力や性質、さらにその環境や性質によって与えられるものによって性格や能力が作られていきます。

物心が付いて、自分の意志で動いているように見えても、その意志(価値観や判断力)は環境によって作られたもので、決して自分で選んだものではありません。

人は常に自分にとってよりよい方向を選択して生きています。そしてその方向を決める価値観や判断力は自分で選んだものではありません。

つまり、たまたま自分に生まれて、自分がいいと思う方向へひたすら必死に生きているだけなのに、ある人は善人とされ万人に愛され、ある人は悪人として処刑されるのです。

社会が成熟すると格差は拡大する

世の中には所得格差、資産格差、雇用格差、教育格差、地域格差、世代格差、男女格差、健康格差など多数の格差が存在します。

人間社会の中でこのような「違い」ある程度生じることは仕方ないと思います。「格差」という言葉を辞書で調べると『同類のものの間における価格、資格、等級、水準などの違い』です。

社会学では「格差」という用語は基本的に「良い・悪い」といった価値判断を含まない概念ですが、今日では「格差」と聞くと「好ましくないこと」や「不平等」といったニュアンスを強く感じる人も多いようです。

近年「格差」について様々な論議があるのは、これら多様な「違い」が社会の不平等や不公正につながり、健全な社会の発展や持続性、そして個人の幸福の実現に疑問符を呈しているからではないでしょうか…

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2015年2月 6日 (金)

老いても出来る

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老いと向き合う

私は、「最近年をとったなぁー」と、しみじみ思うことがあります。足腰の衰え、記憶力の低下・注意力・判断力の低下などが、謙虚に感じられます。

今、私も含めた団塊の世代という人々が定年を迎え、これから超高齢化社会に入っていきます。そういえば、テレビに出て来る歌手や俳優の名前もなかなか覚えられません。

いつまでも若くありたいのは、命ある者の共通の願いでしょうが、老いる事の苦しみと老後の不安がひしひしと感じられます。ましてや、一人でお暮しの方はもっと深刻に「老いる事」への不安を感じておられると思います。

しかし、どのように抵抗しても、だれでも老いていきます。であるならば、老いる事を恐れず、老いと向き合いながら生活をしていく「前向き」の人生を考えるしかないのです。

晴れも良し、雨も良し、元気も良し、老いもまた良しです。日々是好日なのですから…生きていられるだけで、幸せであり、満足であると思うようにすることが大事だと思います。なかなか難しいことですが…

生きがいを見つけることです。

私は、いま実践していることですが、町の清掃活動をしています。このことを長年続けて、思うことは、元気だからです。環境(自然)を守る…また、防犯パトロールを積極的に参加する…安心・安全な町に…など奉仕活動をしています。

地域の皆さんから、「ご苦労さん」・「ありがとう」の言葉でこれからも、続けて生きたいと思います。年をとっても、ゴミ拾いをしながら地域の皆さんに喜ばれる…これが嬉しいのです。

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2015年2月 5日 (木)

貧困と貧乏…を考える

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貧困と貧乏の違い

貧困とは・・・教育、仕事、食料、保健医療、飲料水、住居、エネルギーなど最も基本的な物・サービスを手に入れられない状態のことです。極度の、あるいは絶対的な貧困とは、生きていくうえで最低限必要な食料さえ確保できず、尊厳ある社会生活を営むことが困難な状態を指します。(国や社会的要因で起こる生活の質の低下)

貧乏とは・・・財産や収入が少なくて生活が苦しいこと。貧しいさま。災難や不慮の事故等で財産や家族の働き手がなくなり、生活費にこと欠かすような状態です。人並みの生活が目途が立たない状況です。生活保護などの社会的保障で、わが国では、被保護実人員数は2166千人・被保護世帯は159万世帯(26年2月現在)だそうです。

支え合う社会

あらゆる世代の人たちが相互に支えあい、それぞれの将来設計を描くことができる、国民一人ひとりのいのちと暮らしが守られる、安心、安定した社会保障を構築できる…すべての人に公平な機会が与えられ、「当たり前のことが当たり前にできる社会」を創ることが大事だと思います。

いま「格差社会」で安倍政権の経済政策…デフレからの早期脱却と日本経済の再生で、アベノミックス…「三本の矢」と言われている政策の陰に格差社会の増幅が問題と訴える人います。ピケティ理論などが、話題になって日本の資本主義の危機を唱えているようです。

そもそも、貧乏と貧困の違いは…なんであろうか、派遣村の村長の湯村誠さんは「溜め」があるかないかということだという。

■金銭の溜め

お金(貯金)を持っている人は、失業してもすぐには困らない。

そのお金でしばらく食べていけるし、また、積極的に就職活動することが出来る。

■人間関係の溜め

近くに支援を期待できる人がいる。

■精神的な溜め

自分に自信があること。自信があって、自分にゆとりがあること。

この3つの溜めのどれかがあれば、貧乏かもしれないが、貧困ではないと、主張しています。

貧乏は個人、貧困は社会と思いますが、「貧乏」であっても皆で支え合って生きている社会…理想です。貧しくとも、幸せと思えれば、楽しく生活が送れることでしょう。

 

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2015年2月 4日 (水)

立春に満月

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立春と 獅子座満月 良き日なり

私は獅子座生まれです。今日4日は獅子座満月 幸運の星・木星と獅子座パワーで自分らしさを輝かせたいものです。

人間社会に何が起きようと、季節は確実に巡り回っています。ふと気がつくと、道端の水仙・垣根越に梅の花が咲いています。そして、日照時間は確実に伸びてきています。

昨日は節分、今日は立春…春が立つ…立つ、とは、忽然と現れる、という意味合ということらしいが、季節の変わり目に、たしかにぴったりとした表現だなぁーと、あらためて思います。

ここしばらく寒い日が続いた東京でも、日差の匂いに、小さいけれど確かな芽吹きに、春が近いことを感じてほっとすることが間々あった。

春待つ、春隣、春近しは、冬の終わりの言葉だけれど、早春の春めくよりも、強く春を感じさせます。

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2015年2月 3日 (火)

許せないテロ集団

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「フクワウチーオニハソトー」

今日は節分で豆まきです。明日は立春です。お寺や神社などは、人気歌手などで大勢の参拝客で賑やか豆まきがおこなわれるでしよう。

ところで、テレビ・新聞はテロ集団と思える「イスラム国」の非道な行為が世界中で大きな問題になっています。遠く離れた地でのことと思っていましたが、日本人二人が、犠牲になるという、何ともやりきれない事件が起きました。それを映像でインターネットで世界中に発信したのです。

テロ集団で、国を作る?ことを主張しているようです。その一点で人を殺しをインターネットで公開したのです。非道なテロ・不法行為は許すことは出来ません。アメリカ・イギリス・フランスなどで空爆などを行っているようですが、勢力は衰えた?成果は分かりません。

そして、「イスラム国」は、インターネットなどを通じて世界のイスラム教徒に向けて勧誘活動を展開しているほか、アメリカやフランスなどの市民を殺害するよう呼びかけていて、アフリカやアジアのイスラム過激派組織にも「イスラム国」に呼応する動きが広がっているようです。

日本人は、今まで「テロ」という、恐ろしさにそれほど遭っていなかったのですが、袖に火がついた感じです。政府の対応が注目されます。

豆で鬼を追い払うわけにはいけません。世界各国、テロは許すことは出来ません。私たちは落ち着いて見守ることが大事だと思います。神や仏に…豆まきで鬼を追い払う…祈るしかないのでしょうか。

今日の新聞各紙の社説

朝日…「人質事件と日本外交―平和国家の構えを崩すな」

読売…「「人質」国会論戦 対テロで冷静な検証が重要だ」

毎日…「日本人人質事件 疑問にこたえる検証を」

日経…「イスラム社会と手を携えて」

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2015年2月 2日 (月)

親子の絆

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「親子の縁」は切れても、遺伝子は引き継がれます。「親子の絆」…人間関係では最も大切にしたいものです。

しかし、近年の多様化した価値観や、複雑な人間関係で、その「絆」は失われつつあります。本来支え合うべき身近な人たちの間で、育児放棄や、親が子の尊い命を奪ってしまう痛ましい事件が多発しています。

また、親が子どもを思うあまりの過剰な関心や抱え込みが、周囲への関心を薄れさせてしまう要因ともなっています。親子関係の問題は、地域に生きる人たちの元気を失い、ひいては地域の活力低下につながるのです。

子どもたちの健全な育成には、子どもと共に親も成長していくことが大切です。

子どもの心身の健やかな成長を願う親として持つべき感覚を醸成させ、親と子のふれあいから子育てすることへの意味を見出すことで「親子の絆」を育みます。

確かな「絆」は親子から家庭、地域へと伝播されることによって、ふれあいと思いやり溢れるコミュニティへ繋がっていくのです。そして、子どもは自分の根幹を見つけながら、他者との関わりの中で自己を形成していきます。

心の形成に最も重要な時期である子どもの頃に、自分を取り巻く自然など身近なものとの関係を知り、将来自分たちが生きる社会が支え合いで成り立ていること、自分もその一部であることを感じる…

その時には意識をしていなかったとしても、先の人生を歩み進めていくうえで振り返った時や、岐路に立った時に、より豊かな人生の方向を指し示す道標となり、生きていくうえでの礎となります。

さらに、その体験は、広い視野を与えてくれ、家族や周りとの関係をより深め、まずは自分との関係を感じ取れるものに対して、心を表すきっかけとなるはずです。

私たちは、子どもたちがより良い人生を歩むために必要な力を育み、支えながら成長を見守り、導いていかなければなりません。自らの背中を見せて共に生きていくことは、親としても大きな喜びとなり、生きるうえでの糧となるはずです。

親から子どもへ、子どもから社会へ、そして未来へ、良心の循環を起こし、未来に希望と夢を持てる地域社会にしたいものです。

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2015年2月 1日 (日)

空き家対策を真剣に…

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私の家の周りでのことですが、隣に2戸の空き屋となって3年が経つ家があります。そして、昨年のこと、大きな(約100坪)土地の家主が土地を売却して転居しました。その土地に3戸の家が建ちました。

地域の活動…コミにティーにも問題になってきています。防犯・防災なども心配です。これは私の地域に限ったことではないことです。

7戸に1戸が空き家

日本には6063万戸の住宅があり、このうち820万戸が空き家で、空き家率は13.5%に達する。つまり、7戸に1戸が空き家になっているということです。(総務省)

理由の一つに、家を処分し更地にすると固定資産税が6倍に…また、それぞれの理由があって空き家となっているのです。単純に考えて、「新築家屋は増えるも、空き家も増える」現象は問題と思います。政治問題になってきていると思います。

日本では、これまで個人の住宅取得の促進が図られてきました。これはもともと、人口の増加、世帯数の増加で、住宅への需要が高まっていたものの、住宅の供給自体が足りなかったことに起因します。

こういった事情から、国も住宅ローン減税などの特典を用意し、国民の住宅取得を後押ししてきました。この政策は、個人の新築信仰と住宅販売業者の意向とも合致する考えでした。現在はというと、全国的に空き家が増え続けているという事実があります。

「地域の安全・安心の暮らしを守る」…防災・防犯で、地域のコミにティーが損なわれることがあってはならないと思います。政治で何んとか解決策を打ち出して欲しいです。

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