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2015年1月

2015年1月31日 (土)

そそと咲く白梅

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白梅が 我が意を得たりと 咲にけり   清(さや)けし心 取り戻しつつ

早いもの、今日は2015年の1月の晦日です。

遠く中東の国で、日本人の人質事件?またまたウクライナで紛争が、再燃が気がかりです。

今年も慌しい年になりそうです。

ややもすると季節感を失いかけてしまいそうです。

季節の移り変わりをしっかり捉える心の余裕を持ちたいものです。

自然界の生物は、季節の移り変わりを捉えています。

梅の花が季節を知らせているようです。

花をつけ、そして実を付け、子孫を残そうとする自然の法則です。

白梅の花をみて、ふっと清き心を取り戻ったような気がします。

 

湯殿川の寒鯉

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湯殿川 寒鯉群れて 水暗し

わが町を流れる湯殿川の時田大橋の下に鯉が沢山います。

近所の方がパンなどの餌を与えています。

群れて餌を漁ると黒いかたまりになります。142820090228081

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2015年1月30日 (金)

可愛い子には旅をさせ

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読売新聞の「編集手帳キャンペーン」より心が救われる思いがしたので記して見ました。

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 俗謡にある「可愛いわが子に旅させ、親御憂いも、辛いも旅で知る」

…親は子供に代わって人生を闘ってやることは出来ない。出来るのは闘い方を教えることだけである。あとは自力で苦難を乗り越えてくれると信じ旅を見送るしかない。

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ひとの心を傷つけて…

喜ぶ心さびしき者に、聞く耳はなかろうから、中傷された君に言う。

蝿たちの集まりでは蝶も「キモイ」と陰口をたたかれるだろう… 心ない者たちのうちでも、自分と同じ美しさを探しつつ、 君はひとり大人になればいい。

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「早く起きないと学校におくれるょ」「うるさいなぁー」…

といったやりとりがいかに幸福な時間であったか、胸を突き刺すような追憶のなかで噛み締めている人もあるに違いない。

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わが子の寝顔を見つめただけで…

悩みがふっと軽くなる。ういう経験は、誰にもあるだろう。心の算数は、いつも不思議である 10の重荷を支えるには、10の助けが必要かと、言えばそうでもない。

たった1の励ましが100の重荷を軽くしてくれることもある。

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日本人の一人ひとりが、あの地震を境に…

いままでよりも、他人の痛みを少し敏感で、少し涙もろくなった。新しい人生を、歩みだそうとしている。名前も知らなぬ君よ、一緒に育てよう。

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叱って、ほめて規範意識を育てる

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情報化、少子化、高度産業化などの社会構造の変化が、人間の生き方に大きな影響を与えているなかで、少年犯罪などの問題行動が多くなっています。

それぞれの原因として、家庭や地域の教育力の低下、社会全体のモラルの低下などの子供たちを取り巻く環境の変化とともに子供たち自身の「公徳心・規範意識」などの低下が指摘されています。

規範意識を育んでいくためには、家庭・学校・地域が子どもへの関わり方が重要になってきます。周りの人から、褒められたり、叱られたりすることで、子どもたちは行動の規準を学び、自分の行動を改めたり、よりよくなりたいという意欲をもったりすることができます。

また、子どもたちと信頼関係を結んでいくために、「ほめ方」「叱り方」は大切な要素となります。叱り方を一つ間違えただけで、子どもとの信頼関係を崩してしまうこともあります。

そのため、子どもたちの様子をよく観察し、子どもの意欲が高まるように声かけをしていくことが大切になります。適切にほめたり、叱ったりすることで、子どもたちとの信頼関係を築くことができます。

その信頼関係の中で、家庭・学校・地域の人の示す、規範を守ろうという意欲につながっていくのではないでしょうか。

叱って、ほめて規範意識を育てる

子どもを叱って育てるか、ほめて育てるか、昔の親はどちらかと言えば前者でした。親も近隣の大人も、先生もやたらに子どもを叱るので、子どもは毎日どうしたら叱られずにいられるかと大人の機嫌に細心の注意を払って生活してきたと…記憶に残っています。

「褒めると叱ると怒るの違い」を考えてみることが大事です。

そして、子供の規範意識の向上は、大人の言動を見つめ直し省みることが大切と思います。子供は大人の行動を見て育っていくのですから…

2015年1月29日 (木)

焦点を絞り…集中

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最近、問題点に目をそらし、その「根本的な問題を解決しようとしない」ことが多いように思えます。剣豪塚原卜伝…二ノ宮尊徳に学ぶことが多いと思います。

焦点を絞り…集中する

太陽の光を、一点に集中させてじっと固定していると、焦げ目の点ができ、かすかな煙を上げて広がり、紙がにわかに燃え出します。

問題をそらしたり、曲げてはいけない…真剣勝負の人生…塚原卜伝(塚原卜伝…(1489~1571年)82歳の生涯はその当時では長命でした)の生き方は、人生のあり方を示唆しているように思えます。

焦点(目標)を定めて生きないと人生は拡散し、何の結晶も得ぬままに終わってしまう…ということです。

剣豪塚原卜伝の逸話

武者修行で全国を旅していて、大きな石が道を塞いでいました。数人がかりで除けようとしたが、びくともしません。そこに石工がやってきて、石の一点に槌を打ち込みました。大きな石はたちどころに割れました。

どうしてそういうことが出来たのか、と卜伝は聞きました。

「石には目があります。そこに槌を当てるとたやすく割れます。目でないところをいくら打っても、割れるものではありません」…それが石工の答えです。

卜伝は大いに感じ入り、剣の極意を会得したという。焦点を定めることの大事さを、教えてくれる話です。

二宮尊徳に学ぶ

尊徳は天明7(1787)年に生まれ、70歳で生を終えました。それは幕末の国家的動乱期で、 内憂外患の時代でした。

その時期に尊徳は、貧困にあえぐ農民救済に焦点を定め、国事を一切論じず、一滴の血も流さず、一発の銃弾も撃たず、荒廃した全国600余村を復興し、疲弊した藩の財政を再建したのです。

その根本は4つの教えに尽きます。

「至誠を本とし、勤労を主とし、分度を体とし、推譲を用とす」

まごころを根本に置き、懸命に働き、自分の分限に応じて暮らし、今年得たものは来年のために譲る。子孫に譲り、社会に譲る。

この報徳思想の普及と実践が偉大な成果を生んだのです。

また、尊徳の言葉…

「それ我道は、人々の心の荒蕪を開くを本意とす。心の荒蕪一人開くる時は、地の荒蕪は何万町あるも憂るにたらざるが故なり」

我が道は、人々の心の荒蕪を開拓するのが本意である。一人の心の荒地を開拓すれば、土地の荒地が何ヘクタールあろうが、心配することはない。必ず開拓できる、というのである。

人心の荒蕪を開拓する、この一点に焦点を定めて生きたのが、尊徳の人生であったのです。

2015年1月28日 (水)

寒雀

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近づくと 梅枝に跳ぶ 寒雀 

散歩のコースに梅林があります。

雀は20羽ぐらいの群れで草むらの中で餌さがし・・・

人が通る度に近くの梅ノ木の枝に一斉に跳び移ります。

ちょっと、食事どき困っちゃうなー とでも?

老いるとは

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「老いる」・「老化」…とは心身とも弱ってきたという事だと思います。今までは、人生を振り返る心の余裕がなかったが、心身が弱くなって考えました。

人生を誕生から死まで、四つに分けるとう考え方があります。

誕生・成長・成熟。老衰・死という人間の生理的な加齢過程に応じて個人の一生をとらえる「ライフサイクル」という考え方で、古代インドで理想的な人生観として四住期という考え方がありました。

「学生期」(がくしょうき)   0~24歳
「家住期」(かじゅうき)  25~49歳
「林住期」(りんじゅうき)  50~74歳
「遊行期」(ゆぎょうき)  75~90歳…になります。(作家五木寛之さんから)

加齢による衰えは間違いない事実であり、いたずらに若さを追い求めることは止めて、むしろ老化を遅らせる努力することだと思います。

平均を意識しない…他と比較しての価値判断基準を考えず、自分流を確立すること。

知足…高望みせず、現状の自分自身を完全に肯定すること。

遊行期を楽しむ

加齢によりいろいろな変化が影響してくるのが遊行期です。かっての同僚や友人の何人かは亡くなる人もあり、病床にあるということも起こります。身体の衰えを感じることもしばしば起こります。なかには家族の介護に明け暮れる人もいます。

新たな生き方を受け入れる・・・過去の人生にしがみつかず、現在の新たな人生を受け入れ、過去の華やかだった人生は幸せな記憶として留めるだけにする。

今を生きる・・・今を大事に生きることが大切に、この瞬間を大切にしたいです。

老い…されど老いです。老いを自覚するのは突然です。第三者が冷静に観察しつづければ、老いは徐々に訪れるのかもしれないが…

最近、老いは容赦なく姿を現してきています。そして老いは、どんどん進行していくような気がします。それは外観的にもそうだが、内面でも深化していくようです。

外側から内側から泣き笑い現象が進行していき、泣こうがわめこうが、がんじがらめに縛り上げられることになる? 余人は知らず、私はそんな印象です。

 

2015年1月27日 (火)

脚下照顧ということ

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仏教に「脚下照顧」と言う言葉があります。

自分の足元をよくよく見よという意味です。他に向かって理屈を言う前に、まず自分の足元を見て自分のことをよく反省すべき…ことです。

最近…自分の力で生きている。人は人それぞれの意思で生きていけばいい。自分さえ良ければ…自己中心的な考えの人が多くいるようで仕方がないのです。

街で困った人…道に迷った人や、子供たちが悪いことをしても見て見ない振りして通りすぎてしまう。バス・電車などで、お年寄りや身体の不自由な人に席を譲らない。公園・広場でゴミを捨てる。全市歩行禁煙を守れない。・・・・・・です。

命の大切さ・奉仕精神・共生社会…規範意識の低さが気になるのです。自分を含めて、完全無欠な人はいません。もう一度、襟を正し考えて反省することが大切だと思います。

「天台宗一隅を照らす(運動)」よりを参考に実践することだと思います。

1.生 命(いのち) あらゆる命に感謝しよう

あらゆる命に感謝しよう 人間に生まれたことにまず感謝し、先祖や両親から受け継がれてきた生命の道の中で生かされていることを自覚しましょう。生命の大切さを知り、未来に生きる子どもたちのために、私たらは先祖によって培われた正しい人間のあり方を伝えて行くと共に、新しい命の誕生を心から祝福しましょう。

2.奉 仕(ほうし) ありがとうの心で行動しよう

仏教の布施の精神を実践すること、見返りを求めない無償の活動です。世界中が平和に暮らすには、常に弱者の立場に立って物事を考え行動することが大切です。慈しみと思いやりの心を家庭内に育み、家族みんなで心を合わせて奉仕活動を行いましょう。
例えば身体の不自由な方に手を差し延べるなど自分のできることから始めてみることです。ボランティアは参加する人の心も豊かにします。

3.共 生(きょうせい) 家庭のゴミを半分にしよう

 おいしい空気、清らかな水、大地から与えられる食物や天然資源、これらの恵みは私たちが生きる源です。しかし、これらは決して無尽蔵ではありません。増え続けるゴミの問題、特に家庭のゴミは産業廃棄物の量を超え、深刻な地球環境の悪化を招いています。まず私たちが物を大切にし、家庭内からのゴミを少なくすることが大切です。また、使える物はできるだけリサイクルしましょう。

2015年1月26日 (月)

ありがとう・おかげさま…感謝の心

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ありがたとう・おかげさま…感謝する心

私たちは心の中で何かをやりたいと思っていても、それをいざ行動すというのは難しいことが多いです。

踏ん切りがつかなかったり、つい忘れたりしてなかなかできません。大切な人に何かをしてあげたいのにできない、もっと力強く生きたいのに力が湧いてこない…

そんな時、「有り難いことに自分は恵まれているなぁー」と気づき、やりたいことをやれること自体にまずもって感謝することから始めることにしています。

大切にしたい人の存在や、家族がしてくれたことに感謝することから始める…つまり、感謝の気持ちをバネに何かを始めればいいのです。

ありがとうの気持ちが具わっていれば、自然とやりたいことをやれる幸せを感じられます。人にやさしく接することができ、人生を大切に生きることができます。

このように考える時、実は「ありがとう」という感謝の心は、一人ひとりが何かの行動を起こす以前にすでに具わっているのです。

生かされてれいるのです…

自分の力で生きていると思っても、実は多くの人によって生かされているのです。そのことを理解するが一番大切なことです。

人と人との支え合いによって生きているのです。今日一日無事に働くことができました。おいしく食事をいただくことができました。あたたかい布団の中でぐっすり寝ることができました。これらのことは、決して自分ひとりの力で成り立っているのではありません。

そして神仏のご加護や大自然などの大きな存在のお陰をいただき、畏敬なる存在に包まれているのです。

私たちは「生きている」と同時に、「生かされている」のだということがわかると、自然に対して、また人や物に対してやさしさが生まれてくるはずです。

そのやさしい心を表す言葉、それが「ありがとう」と「おかげさま」です。 

私たちは、多くの人たちの支えと、自然の恵みによって生かされています。豊かな現代社会に暮らしていると、当たり前の有り難さをついつい忘れがちですが、この世はまさに持ちつ持たれつの「おかげさま」の世界です。

したがって、一隅を照らす運動の「奉仕-ありがとうの心で行動しよう」というのは、自己に具わり湧き起こる「ありがとう」「おかげさま」という気持ちを具体的な行動で表し、感謝と喜びの生活を送るということなのです。

「忙しい」と思っていると、見つめ直すことも億劫になってしまいがちです。時にこういった時間をとることは、とても大切なことなことだと思います。

2015年1月25日 (日)

社会的信頼を得るには

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社会的信頼を得るには…

 社会的に信頼を得るには、他人(他者)のために奉仕することだと思いす。

①約束提示

 自分にとっては、どんな些細なことでも、相手にとってはとても重要な場合があります。自分から提示する約束でも、相手から提示される約束でも、自分が感じた重要さに関わらずしっかり確認することです。

②約束の履行

 自分が守ることが出来るか分からない約束を無理に引き受けることはしない。相手の意思を尊重して引き受けたことでも、しっかり履行されなければ、全く無意味です。自分ができる範囲の約束にするなどしっかりとしたバランス感覚を持つことです。

③話し方

 よく身だしなみを指摘されることも多いですが、信頼を得るのに非常に大切なものとして「話し方」があります。自分の発言が軽くとられがちの人はそれなりの話し方をしてしまっていることが多いです。話し方ひとつで信頼力もかわってくるのです。

④信用される実績

 ビジネスなどでは、これまでの実績が信用となって判断材料にされることが多いものです。しかし、実績がすべての信用につながっているわけではありません。

経験から出た結果をしっかりと自分の言葉で言い表せることが出来るかが重要なのです。なんとなく「うまくいった」実績より、自分なりの「見解をはっきりと述べられる」結果が信頼を生んでいきます。

⑤取り組む姿勢

 意外と人は観察しているものです。「人知れず努力をする」といいますが、その努力にまわりにいる人は気付いているものです。逆に口ばかり饒舌で、その取り組む姿勢が伴わないものもしっかり見ています。日頃の物事や人に対する真摯な姿勢の積み重ねこそ、信頼につながるものです。

⑥モラル

 当たり前のことですが、人としてのモラルを持つことです。例えば、自分勝手な気分に任せて、たまった怒りをすぐに人にぶつける短気な気性の人もいるでしょう。

人前で特定のだれかを大声で頭ごなしに怒鳴るというのも社会的モラル違反と言えます。信頼を得るのに、人への気配りや、社会的モラルを持つことは最低限必要なことです。

⑦フォローする

 人間関係においても、「やりっぱなし」というものは全く信頼関係につながりません。しっかりフォローするということが大切です。

メールでも電話でも、細かなコミュニケーションのやり取りが関係生を築いていくものです。一方的なコミュニケーションをやりっぱなしにしておくことは、何の進展も見せないでしょう。

 

2015年1月24日 (土)

梅の花に感動

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風もなく 穏やかな日 梅の花

日本には、四季折々の花が咲きます。今寒中で、一年で最も寒い季節です。南傾斜の土手などに、梅の花が咲き出しました。

携帯電話やネット時代で、何かと忙しい時代となり、ややもすると季節の移り変わりを見落としてしまいます。気をつけてみますと、道端に水仙の花が咲き、梅の花も咲いています。塀越しに金柑の実が黄色く色づいています。

「心を落ち着かせ過ごす」…ことがとても大事です。人は自然の中に生かされているのです。自然の優しさ・暖かさは、どれほど人の心を癒してくれるか分かりません。自然を愛することで、人に優しい心が培われていくものだと思います。

今日どうやら事もなく、風もなく穏やかな日になりそうです。そうして、梅はいじらしく、少しでも美しく咲き 続けようとしています。

朝も昼も、夕方も、夜も、梅の花は、溜息の出るほど美しく感動しました。

2015年1月23日 (金)

冬の鴉と夕方…

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冬カラス 一日終えて 日暮れかな

日暮れになってねぐらへ帰る烏をみて…

今日も無事に過ごせて感謝…

明日もまた穏やかな一日を祈り…

元気に生きよう…

2015年1月22日 (木)

将来の不安

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超高齢化社会

夏目漱石は49歳で亡くなられました。(1867年2月9日(慶応3年1月5日) - 1916年(大正5年)12月9日)

110年前の日本人の平均寿命は50歳くらいでした、60歳の還暦まで生きれたら、それはめでたく、70歳は古来希なりとしたから古希を大いに祝ったそうだ。

だいたい日本人の寿命は50歳ないし55歳程度で推移してきましたが、近年急激に寿命が延び、80歳を超えて生きる高齢化の時代になったのです。(2013年の日本人の平均寿命は男性80.21歳、女性86.61歳)

人間の大人に成長する過程を20年間とすると、50歳平均寿命時代での大人で生きたのは30年間であり、今日のように80歳以上まで生きる時代では、大人で生きるのは2倍の60年間ということになります。

日本人は高齢化社会において先人の時代の2倍を生きることになるから、その生き方が根本的に変わらなければ長寿社会を生きる意味がないということでしょう。

長寿社会を生きるには…

戦後の一時期に生まれた団塊世代(昭和22年~24年位)は約806万人です。後4~5年経ちますと後期高齢者となります。難しい課題です。政治の役割が大きい時代となると思います。

プラチナ構想ハンドブック」…高齢化する社会 秋山 弘子氏から

http://www.platinum-handbook.jp/contents/5

少子化

総人口の減少以上に深刻なのは、子供の数の急速な減少です。合計特殊出生率が現状から横ばいで推移しても、現実に産まれる子供の数は2010年頃から急減し、2055年にはわずか45万人となり、過去最低だった2012年の103万人と比べても4割近くになってしまうと予想されています。

新年早々難題が…

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新年早々難題が…

イスラム国を勝手に名乗て、二人の日本人を楯に途方もないお金を要求して、存在価値を認めさすテロ集団に、日本政府・日本国民に脅しをかけています。

今まで、アメリカ・イギリス・フランス人などの人質を映像を見てきましたが、まさか日本人が人質になった映像を見ると予想だにしませんでした。

シリアと日本の距離8400キロで、遠い国のようだが、インターネットは距離は関係ない、人質が砂漠の砂の上にひざまつかされている映像と、240億円を要求するという、ショックな現実を味合わされました。

静止も聞かず危険な取材?に出かけた者も、安全確保を確認しなかったのか?無謀という言葉は通用しないのでしょうか?

テロには屈しない…安倍晋三首相の日程まで狂わせてしまう、結果となったようです。力では力で対処は、アメリカ・イギリスの徹底抗戦の考えは出来ないでしょう。阿部首相はテロには屈しないと明言しています。

二人の命を国際的な協力を得ながら救出を考えているようです。期限が72時間に救出できるか日本国民ならずとも世界各国が注目せざるを得ないでしょう。

卑劣な行為は許せないことです。是非日本の国民が納得する解決を祈るばかりです。

2015年1月21日 (水)

生と死は隣あわせ

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昨日の朝のこと…いつもと同じ時間に起きて朝食を食べ終わったそのとき突然激しい目まいに襲われて、座っていることさえ辛く、このまま昇天してしまうのでは…(死ぬということは、こういうことか…)と思ったのでした。

もちろん初めての経験ですが、救急車を呼んでも間に合わないほどの衝撃でした。暫くして吐き気・下痢に見舞われ、お腹のものすべて空になり、やっと正気を取り戻しました。

考えて見ますと、「朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる身なり」…蓮如上人…と言われていますが…いやまったくその通りと…

交通事故・石につまずいて・そして地球温暖化の影響で、かって経験したことのない豪雨・豪雪災害が増え、台風や竜巻・土砂災害が多く発生しています。

地震や火山の噴火は予知し難いもので、こうした自然災害が多くなると、誰もが被災するかも知れないのです。

最近、駅や飛行場、劇場のみならず身近な所でも、AED(エー・イー・ディ)と書かれた医療器機を見かけます。このAEDは、突然に心肺停止して倒れた人を、そこにいる人たちが、その場でこれを使って救命する医療器機です。突然に命を落とす、そういうことが多いから、AEDがあちらこちらに備えられているのでしょう。

年の初めに年神様を飾り、この一年が穏やかで安らかな日々であることを願うのですが、正月の餅を喉に詰まらせ…初詣に出かけ転んで命を落とすこともあり得るのです。

いくら気をつけ難を逃れたとしても…「形あるものはいつか壊れ、生あるものはいつか滅ぶ」…「諸行無常」「盛者必衰」「色即是空 空即是色」は真理です。 

しかしながら、生きている人間の多くは、死ぬ事に不安を感じ死の恐怖に怯えます。だからこそ、恐怖を、あたかもあるかのごとく捉え、恐怖に対し恐怖感を和らげようとするのです。

死ぬ事の直接的な恐怖よりも、生きている時間に、やり残した多くの事・悔いを残す事に、私は恐怖を感じます。だからこそ多くの事に興味を持ち、「行動」する事に生きがいを感じざるを得ません。

春を待つ

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さくら木や  寒風に耐え 春を待つ 湯殿の川に 花散らす日 

片倉城跡公園に、植えられている桜…

今は葉を落とし枯れ枝となっていますが…

枝の先をよく見ますと…

花芽が…暖かくなるのをじっと待っています。

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2015年1月20日 (火)

戦後70年で思う

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団塊の世代…(1947年から1949年までの3年間に出生した世代) 2025年問題がささやかれています。25年は、団塊の世代が75歳以上の後期高齢者になる年です。(10年に11.1%だった75歳以上人口の割合は、25年には18.1%に上昇すると言われています。)

終戦…買出し・闇市・浮浪児・乞食・傷痍軍人・復員・パンパン…りんごの歌・鐘の鳴る丘が思いだされます。

今年は戦後70年

振り返ってみますと、ものはなかったが、人の心は豊かさは現代よりあったように思えます。家族・近所の助け合いの精神は現代社会よりあったからです。

貧しい暮らし…

三田明の歌に「みんな名もなく貧しいけれど」…私たちが子どもの頃、みんなが貧しかったのです。卵焼きなど贅沢だった。一つの卵を子供たち三人で、麦ご飯にかけて食べた記憶があります。

「隣組」・「配給」・「「農繁休暇」(稲刈り時期などに子供は学校を休んで、家の仕事を手伝った)「脱脂粉乳」・「麦ご飯」・「朝鮮動乱」・「金偏景気」など…

自然は豊だった。田んぼにはタニシ・川にはうなぎ・なまず・山には栗・きのこ・山芋があってみん取って食べたのです。鉄くず探しで現金を得たことも…

中学を出ても農業の仕事が忙しく、高校は夜間という人も多くいました。農業では現金収入が少なく、勤め人と生活の内容が違うことを、子供ながら感じていました。

一億総中流家庭

集団就職……そして、東京オリンピック(1964年)・大阪万博(1970年)と時代は移り、田中角栄首相の列島改造論(1972年)などがあって、生活が大きく変わりました。

ほとんどの家庭が自家用車を持ちショッピングセンターができ大量消費の時代が始まりました。一億総中流家庭とか言われ貧富の差は急速になくなり、もはや「貧乏だから学校に行けない」とは過去のことになってしました。

それから40年~

それから何十年経った今、もの心ついた頃からすでに豊かな時代を享受してきた世代が親となり子育で、教育で様々の問題にぶつかっている。不登校、学級崩壊、高校中退、親子の意識の断絶等々……

この豊かになった今こそ苦難の時代の犠牲となり、あるいは必死に生き抜いてきた先人たちの夢が成就した時代ではないでしょうか…

現代社会は決して悪くはありません…ベストとでもありません…そんな楽園はどこにもありません…それでも日々飢えることもなく個人が尊ばれ言論、信教の自由があり徴兵制のない国に住んでいる人が世界にどれだけいるでしょうか…歴史を振り返っても過去の日本にあったであしょうか…

それなのに私利私欲に明け暮れ、日々生かされている喜びを忘れ、自分たちが何ゆえこの世に生命を与えられているかを、忘れてはいないでしょうか…

自分さえ良ければ~自己中心主義

生かされていることの感謝・思いやり・規範意識…未熟な大人が多いように思うの私だけではないでしょう…

今日の日を無事に終え、眠りの前に、そして明日の朝、目覚めたときに、今日も生かされていることを思い感謝しましょう。

普通に呼吸ができるそのことでさえ成り行きでも偶然でもなく人知の及ばぬ力によってなされていると考えましょう。

自分はなぜ生まれこの世に生きているのか?

「自分探し」をしている若者たちへ…その答えは得られないでしょうけど自分は誰れのために、この世に生を受け今生かされているのかを考えて下さい。そこからあなたの新しい未来を開いていって欲しいと思います。

2015年1月19日 (月)

冬の朝

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枯れ草に 霜降る朝の 散歩道


私の元気ノルマはウォークです。川沿いの散歩道は枯れ草に真っ白に霜が降りています。それにしても、日本の昔の歌、童謡唱歌って、曲も良いし歌詞もいいですねー

冬景色の二番の歌詞…農家に生まれた私です、子供の頃、北風が吹く畑で、学校から帰ってから親父と麦踏をさせられた覚えがあります。

カラスなきて 木に高く
人は畑に 麦を踏む
げに小春日の のどけしや
かへりざきの はなもみゆ

「カラスが木の高いところで鳴いている。畑には麦を踏んでいる人の姿が遠くに見える」…風景画となって浮かんできます。
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寒さにおびえる事無く元気で、前を向いていきたいものです。「北風が寒い日も心一つで温かくなる」…
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「寒い朝」

北風吹きぬく 寒い朝も
心一つで 暖かくなる
清らかに咲いた 可憐な花を
緑の髪にかざして 今日も ああ
北風の中に聞こうよ春を
北風の中に聞こうよ春を

かつて、吉永小百合&和田弘とマヒナスターズが歌って大ヒットした曲です。
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寒い朝も、辛い時も、悲しい時も、何もかもうまくいかない時も、心の持ち方次第で、時には暖かくもなり、気が楽になったり、上昇気流に乗ることが出来ます。
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東京地方の冬は、雪はあまり降りません。北陸・東北のなどの雪国では、生活が大変でしょう。生活の様式も、寒さの取り組みも違うでしょう。
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そんな想いで毎日散歩しています。

2015年1月18日 (日)

感性とは…

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「感性」について考えてみました。

「感性が豊か」・「感受性が高い」というのは、目に見える情報、聞かされた情報だけで物事を判断すのではなく…理屈で考えるのではありません。だから、必ずしも1+1=2という事でないのです。

「与えられた情報を様々な角度から見ることができ、自分の心で深く考えてみることができる」ということだと思います。

感覚で受け取る能力が高いということになります。

現代社会では、知識や情報、技術では差異がなくなってくると言われています。そうなったとき、「違い」を出すのは「感性」だからです。これからの時代、ビジネスには「感性」は大切で、必要なことだと思います。

感性の豊かさ

人と接していると、「思いやりのある人だな」と感心したり、反対に「どうしてあんな言い方しかできないんだろう。」配慮に欠けているんじゃない?と思わざる得ない人がいます。

人との思いが感じ取れる人は、誰ともうまくやっていけます。

人の思いをはじめとして、さまざまことを感じ取り、読み取る力があるでしょうか?そうした力を養えるように、日々暮らしていくことが大切だと思います。

夕空を見上げて 感動

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 夕方の西空を見ていると、空の色が徐々に色を変え、満天の星空に変わります。地球という一個の星に過ぎないのです。自然がおりなす、美しい光景に感動しました。

去年11月にハワイにある「スバル望遠鏡の限界に挑んだ最遠方銀河探査 ~ 宇宙初期に突然現れた銀河を発見 …」のニユースがありました。いったい137億光年とは…

とても考えられません、想像するしかありません。宇宙の広さは、膨大ではかりしれない。

その広さは更に広がっているという~~。

無数の星の中の地球という一個の地球という星に、70億人という人間が、ひしめき合って生きています。

はるか遠くの星には、地球と同じに生物がいるかも知れません。どんな生物か?想像するだけでも、楽しく、夢につながります。

いま、地球上では様々な人間どうし、トラブルや争い事が後を絶ちません。お互いの主義・主張と欲望で、他人を思いやる気持ちがないからです。

もっと大空を眺め、大自然に生かされていることに「ありがたい感謝の心を持って」生きることにつとめれば…と思いがしました。

2015年1月17日 (土)

由井の里

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                        片倉城跡二の丸広場

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           湯殿川より富士を望む

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          住吉神社(片倉城本丸跡)

こんもりと…森に包まれ片倉城跡

 その…たもと流れる湯殿川

 いま眠るように静かな冬…真っ只中

 鎌倉時代より…歴史をきざみ

 多くの人の夢のあと偲びよせる

遠く西空を望めば…

富士を背後に高尾の山並み

こよなく愛する由井の里よ

2015年1月16日 (金)

ふくらすずめ

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北風に 羽膨らませし 寒雀

この冬は、北陸・信越・東北地方の日本海側地方で雪が、例年になく多いようです。東京地方では、乾燥した冷たい北風が吹いています。

野生の雀などは、虫や木の実といった食べ物も減ってしまい、数少ないエサを求めて、庭や公園にもいろいろな小鳥達がやって来ています。

日ごろよく見かけるスズメやシジュウカラだけでなく、中には遠いシベリアからの来訪者も見られます。

そんな中でスズメが夏や秋に比べてずいぶんと太ったなと感じます。あれは羽の間に空気を取り込んで、体を膨らませているんです。

「ふくらすずめ」(膨ら雀/脹ら雀/福良雀、)あるいは寒スズメとも言われています。空気というのは、とても良質な天然の保温材なんです。保温の効果は毛糸など他の素材より、はるかに優れていると言われています。

その空気を羽の間に何層にも着込んでいるため、あのように真ん丸に太って見えるのです。

スズメなど野鳥達もこの時期、いろいろと工夫して、冷たい北風と寒さに耐えているのです。

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                     片倉城跡公園二の丸広場

2015年1月15日 (木)

氷雨

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寒椿 花芽に光る 氷雨降る

きょうは、東京地方は予報どおり冷たい雨となりました。

雪でなくて良かったです。

空気が乾燥して、風邪と火災が心配でしたが、

この雨でほっとします。

信頼性のある情報…

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情報社会です。その情報を如何に取り入れ、如何に利用していくか…これからの社会を生きていくため大事なことはないと思いす。

ネット・テレビ・新聞…情報は日々の生活において、ものを考え、発言し、行動する上で重要な判断材料となります。その情報が信頼性がなければならないのは言うまでもありません。

中央調査社「メディアに関する全国世論調査」(2013年)」によると…

全面的に信頼している場合は100点、全く信頼をしていない場合は0点、普通の場合は50点として、それぞれ点数で回答では…

「新聞」は70.7点で昨年度調査の68.9点から1.8点の上昇となった。

「NHKテレビ」は72.5点(昨年度70.1点から2.4点上昇)

「民放テレビ」が60.4点(昨年度60.3点から0.1点上昇)

「ラジオ」が60.6点(昨年度58.6点から2.0点上昇)

「インターネット」が54.1点(昨年度53.3点から0.8点上昇)であった。

これらのメディアの情報信頼度は、昨年調査で調査開始の2008年度以来最低の結果となったが、「新聞」「NHKテレビ」「ラジオ」は若干の回復が見られた。

新聞について…池上彰氏のメデア論より(参考)

新聞は…政治、経済、社会、文化などあらゆる分野で記者が取材を通じて得た情報を分析、整理し、多様な論評なども加えながら一つのパッケージにして安定的に読者に提供しています。

その点で新聞は自由な言動が保障されている民主主義社会においての必需品であり、極めて高い公共性を有しています。

「新聞社は運動体ではない」…当たり前のことであり、読者も同じ思いでしょう。日本は思想、信条も、すべてが許され、そして表現の自由も保証された社会です。反原発活動でも、反日運動でも、好きなだけやればいいと思います。

新聞記者が客観情報をねじ曲げてまで「自分の主義や主張を押し通すこと」は許されない。それは、驕り以外のなにものでもありません。

新聞の役割は、「気づき」にあると思っている。毎朝毎朝、さまざまな客観情報を提供し、各界の知識人が、独自の論評を掲載し、“へぇー”と心底、唸らせてくれる新聞です。

「こういう見方もあるのか」「そういう事実があったのか」と、それまで気づかなかったことを教えてくれる貴重な存在が「新聞」なのです。

決して、新聞は「同じ」ではありません。それぞれに“生きている記事”を掲載しているところは多い。新聞を取るのを「やめる」のではなく、「代えて」みて欲しい。そして“気づき”の役割を果たしている本当の新聞に、もう一度、チャンスを与えてあげて欲しいと思う。

2015年。それは、将来、生き残る新聞と消えていく新聞が“二極化”していく年になるのではないだろうか。2014年の最後の日に、私はそんなことを考えさせてもらった。

新聞について感じられますが、中立性を保たねばならないことは勿論ですが、新聞によって報道の内容・アピール度などに差異が感じられます。そして、読者として偏りが感じられるのは如何と思わざるを得ません。

2015年1月14日 (水)

新春に思う

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新春に思う…

人との“つながり”の大切さ…

人は、この世に生を受けた瞬間から、家族を始め誰かに支えられ守られています。成長するにしたがって、活動の場は広がり、隣近所の人と遊び、地域の学校で友達と学び、社会人となってからは職場の人と共に仕事をするなど、様々な人と触れ合うようになります。

そして、その過程で、コミュニケーションを図り、人的ネットワークを形成するなど、人々とのつながりを育んでいく…どのようなつながりを持つかは、日々の生活を安心して快適に過ごすことに、ひいては充実した人生を送ることに、大きく影響を及ぼすと考えられます。

人々が求めるつながりは千差万別ですが、つながりを持つことで、人々はより充実した快適な生活を送り得る。つまり、人々が生活に満足するか否かは、望むようなつながりが持てるか否かによっても影響される可能性があります。

無いものねだり…

もっと心を平穏に毎日暮らしたい…人に依存する心をもっと少なくしていきたい…怒る気持ちを無くしたい…もっと今の仕事を発展させたい…まあ色々今の自分に無いものを欲しがるのです。

これらを向上心と言う人もいますが、なかなか「これで良し」と思えないのです。こうなると一生涯「これで良し」とは思えなくなってしまいます。

他人と比較をしない…

「あの人はいいな…家族みんなが元気だから」・「なぜ、私は損ばっかりしているのに、あの人はいつも得をしているのだろう」…

私たちは何かにつけて、他人を羨む気持ち・自分を嘆く思いがあります。そして、その思いが何かの機会に頭に浮かび、一つのことに心がとらわれてしまう事があります。

「あれが欲しい」という欲も、「これを手放したくない」という執着も「他人がうらやましい」という気持ちも・「自分はダメだ」という思いも、すべて妄想なのです。そして、この妄想によって、私たちは苦しんだ、悩んだりしてしまうのです。

他とは比べようがない「絶対」の存在があるのです。誰でもそうですが、「比べようがない」にもかかわらず、比べようとするから、余計なことや無駄なものがまとわりついてしまい、不安や悩み、心配事が増えるのだと思います。

2015年1月13日 (火)

出会い・そして感動

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一期一会とは

一期一会の「一期」とは一生という意味、「一会」とは一度の出会いという意味で、人と人との出会いは一度限りの大切なものといった意味で使われる言葉が一期一会です。

出会い…そして感動…

人間を動かし人間を変えていくものは、むずかしい理論や理屈ではない。

感動が人間を動かし人間を変えていくのだーー相田みつを

色々な人と出会い、感動を得る事ができる出会いと感動というものはすばらしいものだと、つくづく感じる今日この頃です。

考えてみれば、私たちの人生は「出会い」と「別れ」の繰り返しで、そこに新たな感動が生まれるものではないかと思います。

これからの人生において、すばらしい出会いをして、そしていっぱい感動をして生きたいと、思います。
                      

2015年1月12日 (月)

どんど焼きⅡ

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年寄りは 昔を偲び 子供等は ワクワク好奇の どんど焼き
  

時代の流れは早いものです。阪神大震災・地下鉄サリン事件から20年経ち、戦後70年です。そして今世界を震撼させる、フランスでテロが起きました。

不穏さが懸念されます…平穏な社会を望むのは私だけではないでしょう。

無病息災・平和社会は誰でも願うところです。

激流を乗り越えた(いわゆる後期高齢者)以上のお年寄りの方は、「どんど焼き」(私は「繭玉焼き」と認識していました)を町会主催で「片倉ときた町の広場」行いました。お爺さん・お婆さんから、幼稚園のお子さんまで約200人の参加で賑わいました。

快晴で風も比較的穏やかで、各家庭から持ち込まれた正月飾り、書初め、だるま・門松・しめ縄などが燃えました。参加者は無病息災の団子(繭玉)竹の先に付けて焼きたべました。

地域の人々の交流の場が少ない時節がら、こういう催しものは大切だと思いました。

2015年1月11日 (日)

どんど焼き

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夫々が 心を籠めて どんど焼き

今日10日は私たちの町会では恒例の「どんど焼き」を行います。

太い孟宗竹を芯に、杉の枝・枯れ木など高く積み上げてその周りに、各家庭から正月の門松・お飾りなどを貼り付けて燃やす行事です。

子供たちが、燃えた火の団子を棒の先に付けて焼くのです。

私たちの町会では、昔からあった行事ですが、復活させて行っています。

どんど焼きの火にあたったり、焼いた団子を食べれば、その1年間健康でいられるなどの言い伝えもあり、無病息災・五穀豊穣を祈る民間伝承行事です。

2015年1月10日 (土)

日本が何かおかしいぞ

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何かおかしい???…日本

スローバイオレンスとか、ピケティ現象…(格差問題)などで象徴されるような現象が、起きています。多くの人は今まで経験したことがない現象で、初めてのことだと思います。年をとり不安が増すばかりです。

スローバイオレンス…

慶応大学・金子勝教授の説の概念では、「放置される福島」、「進む若者の非正規化」、「過労死・過労自殺」が頻発するブラック企業の横行、「子どもの貧困の広がり」、「老後破産」や「孤独死」など、ゆっくりと社会の片隅に追いやられる(あるいは放置される)ことで、消え去ってしまう人々のことなどを指しています。

どうすればいいのか…

沈黙をしてしまい自分の意見を発信しない?考えることを避けて他人まかせにすることが、最も社会から置いていかれることに?

問題の一つ…老後破産(J-CAST・テレビウオッチ14年・10月27日記事から)について

内閣府の世論調査によると、日常生活の悩みや不安の第1位は「老後の生活設計」(57・9%)だ。なかでも、40歳代女性は66%、50歳代は74%と高い。「30年後の年金の試算では、今の3割程減ってしまいます」(シンクタンク研究員・中嶋邦夫氏)というからそれも当然だろう。

NHKの三輪秀香アナが「子供達の教育費がいくらかかるのか、老後のお金使いすぎはどんなところか、身の回りチェックはどういうところかも見て行きます」と老後のマネーを解説した。何よりも人生のそれぞれの世代での出費や貯蓄を漠然と考えず、しっかりと具体的に計算することが大切だという。

5項目の「老後マネーお困り度チェック」 老後破綻を招きやすいのは、退職後の「かくれ出費」が意外に多いことの気づかないことだ。年に1度の税金や固定資産税、冠婚葬祭費、家電や車の買い替えなどは、サラリーマン時代はボーナスで都合してきたが、退職後にはそれがない。この分を年金から補填すると老後の生活費の赤字は膨らんでいく。

フィナンシャルプランナーの畠中雅子さんの試算によれば、退職後30年の出費総額は1731万円になった。加えて医療介護費の300万円が必要になるので、老後30年のかくれ費用は2000万円になる。

では、どんな暮らしが「老後破綻」につながるのか。フィナンシャルプランナーの横山光昭、竹下さくら、藤川太さんはこんな落し穴を指摘する。「趣味にお金使いすぎ」「退職金での投資に失敗」「高収入者ほど年金生活に不満」「バブル世代は貯蓄下手」。

竹下さん「バブル世代はがんばった自分にご褒美で浪費する癖がついています。その分貯蓄ができていません」

藤川さん「この世代は貧乏老後の予備軍がゴロゴロいるんです」将来あなたは老後マネーに苦労するかどうか。畠中さんが「老後マネーのお困り度チェック」を作った。

    (1)整理しきれない程の衣類がある
    (2)友達に誘われると断れない
    (3)子どもの成績を他人と比べたがる
    (4)自分は友達が多いのが自慢だ
    (5)夫婦(家族)の貯蓄総額が不明

いくつかは心当たりがあるはずだ。要注意である。

 

2015年1月 9日 (金)

感性豊かに…

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感性の豊かな人…

自分の目に映る状況に敏感に気づき、その真の意味を理解し感動して、適切な行動をするようになります。感性の豊かな人は、自分と他人を幸せにします。

感性を豊かに身につけるためには、相手の言うことばをよく聞き、物事を心の目で深く見ることです。

何を聞いても、何を見ても何も感じない人は感性があるとは言えません。そして感じたこと、見たことに対する反応を即座に示さなければなりません。その心の反応を実践することです。

行為のない感動はなかったと同じであり、それは、聞かなかったと同じであり、何も見ていなかったことになります。持っている感性を正しく用いれば、感性は、自分を成長させる要素であり、そして他人をも成長させる要素でもあります。

そして感性は人が幸せになるための大切な土台に数えることができます。感性の豊かな人は、愛にあふれた人と言われるでしょう。

誰でも感性のある人と評価されたいと望んでいます。ところが感性のある人は、そう多くはないのです。そのために、感性に富んだ人は、多くの人から親しまれ、多くの人が寄り添ってきます。

感性の豊かな人は、いつも親切であり、人々から感謝されます。そして、自分の目に映る状況に敏感に気づき、その真の意味を理解し感動して、適切な行動をするようになります。

感性を豊かに身につけるためには、相手の言うことばをよく聞き、物事を心の目で深く見ることです。感性の豊かな人は、愛にあふれた人と言えるのではないでしょうか。

幸せに生きている人、楽しく生きている人は、まぎれもなく感性の豊かな人であり、日々、感性を磨くことを大切にしている人です。

2015年1月 8日 (木)

生きる最高の喜び

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2015年も幕が開きました。今年も、健康で、幸せを願うのは誰でも同じです。

そして夢を努力により達成することが最大の幸せです。

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sun生きるとは…目標を達成するために努力することです。

ただ単に生き永らえることではありません。

何のためにこの命を使うか…どう「生かす」かということです。

「命を生かす」とは、何かに「命を賭ける」ことです。

だから生きるとは…「命を賭ける」ということです。

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命を賭けても惜しくないほどの対象と出会うことです。

そのときこそ、命は最も充実した生の喜びを味わい、激しくも美しく燃えあがるものです。

あなたは、何のために命を賭けるか…あなたは何のために死ぬことが出来るか?

この問いに答えることが「生きる」ということであり、この問いに答えることが「人生」です。

2015年1月 7日 (水)

ふるさとの想い

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現代人の多くの人が、今住んでいるところを…どれだけ愛おしく思い、大切にし、こころの拠りどころとしているのか…もう一度日本人のこころの拠りどころでもある「ふるさと」の価値を見直さなければいけないと思います。

「ふるさと」とは、生まれ育った場所だけではありません。私たち日本人一人ひとりが、自分のよりどころとなる「こころをよせる」やすらぎの場です。今暮している地域の環境にも自分自身が関心を持ち関わり合って改善していこうという意識を持つことが大切と思います。

日本人は、従来から美しい自然と文化の中で、その営みを続けており、日々の暮らしの中で、自分が生まれ育った場所を「ふるさと」と認識し、愛してきました。「ふるさと」に帰属しているという意識が、私たちに安心感をもたらしてきたのです。

「ふるさと」は、いわば心の拠りどころでした。そして、その「ふるさと」の原風景には、青き山、清き川、風や空、祭りなど、世代を超えての一定の原型があるように思われますが、しかし、実際には途絶えてはならない原風景が失われつつあるなど、現実と「ふるさと」の原型に隔たりが生じてきています。

このような状況を踏まえると、私たちの活力の源であり、誇りである「ふるさと」の価値を再認識し、「ふるさと」を愛することの大切さを後世に伝えていくことが必要ではないでしょうか。そして、そのために「ふるさとづくり」をどのように進めていくかを、今、考えてみるべきではないでしょうか。

「こころの拠りどころ」としてのふるさとに、こころをよせる(精神的態度)ことにより、「ふるさと」に対する愛着が生まれます。そして、こころをよせるだけでなく、「生活の営みの場」としての「ふるさと」に、何らかの形でかかわる(実践的態度)ことにより、さらに「ふるさと」を思う気持ちが強くなっていきます。

ふるさとづくりとは…

ある場所に「こころをよせる」ことと「そこにかかわる」このくり返しです。“こころの拠りどころ”としてのふるさと⇔生活の営みといてのふるさと…

こころをよせる⇔そこのかかわる…このくり返し新しい「ふるさと」をつくります。

愛着のある場所とのかかわりによって、失われつつある「ふるさと」への誇りをふたたびるくりだす。新しい「ふるさと」は、100年先の子どもたちまで受け継がれるものになっていきます。

2015年1月 6日 (火)

結婚出来ない・しない…問題

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結婚しない・結婚できない…人が増えています。私の住む地域でも多いです。少子高齢化社会の進行している現状で、日本の将来が心配になります。

その理由は…親の面倒(介護)を嫁がする…という昔のイメージがあるので、両親・片親がいる場合は…結婚できない・しないと思います。

女性セブン2014年7月10日号…

結婚しない男女が増えていると言われている昨今。たしかに、結婚してあれこれ苦労するぐらいなら独身のほうがいいという考え方もある。そもそも、人はなぜ結婚するのだろうか。九州大学で「婚学」の講座を開いている九州大学大学院助教の佐藤剛史さんはこう話す。

「国民が結婚せず、子供を産まなくなると社会が崩壊してしまうという一面があります」(以下、「」内佐藤さん)

現在、日本の人口は1億2710万人だが、昨年1年間だけで30万人減少。2060年には8600万人にまで減ると試算されている。

「その数値が現実になると、現在の社会保障も年金制度もなくなります。だから、国民が適切な時期に結婚して、子供を産み、社会を維持していく必要があるといえます」

また、最近は晩婚、非婚も増えている。

「結婚するのが当たり前、子供を産むのは当然という価値観が崩れてきたと思います。よくいえば社会の成熟。権利や自由が認められ、女性も大学を出て就職するのがごく普通という価値観が形成された。その影響が、晩婚や非婚という結果に結びつき、さらなる人口減を招いています」

もっとも、そうした社会構成に関する面だけでなく、結婚は“人間性の育成”という意味においてもやはり大事なものである、と佐藤さんは力説する。

「結婚は人を成長させます。自分の身勝手さやわがままさを痛感し、自分より大切な存在を知ることができる。結婚しない人生はもったいないと、学生に説いています」

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戦後70年・家族と社会 多様な暮らしの実現を

強い歴史的な意識を持ち、世代の途切れることのない継承を重視し、究極の政治目的は私有財産権の承認するという家族制度はドイツ・スエーデン(5日毎日新聞社説)

「核家族」とは

「夫婦のみ」「夫婦+未婚の子供」「父親か母親のどちらか一方+未婚の子供」からなる世帯であると定義されている。要は3世代世帯ではない、核のみの世帯ということ。1人だけで構成される「単独世帯」は含まれない。

 

2015年1月 5日 (月)

どんど焼きで思う

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初春の 町行事に 参加せば しみじみと感ず 年の差を

今まで出来ていた作業が思うように出来ない…

1月11日に町会で「どんど焼き」を行います。昨日はその準備で、役員の手で骨組みを作り作業を行いました。

年々体力の衰えを感じていましたが、作業していて「イヤー年を取ったものだ…」としみじみ思いました。それと同時に時代の流れの早さ思い知らされたのでした。

「若い者にバトンタッチ?」いつまでも年寄りが頑張っていては…いけないのでは…と・老害***、高齢者たちが実権を握り、若年者(若者)たちが充分に活動 できない状態…を考えたのでした。

どんど焼きと言えば子供ころ、母親に繭球を作ってもらい、三つまたの木の枝に付けて残り火で焼き、食べた記憶があります。

2015年1月 4日 (日)

年頭に当たって思うこと

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2015年も始動しました。近年、不安が増してきたように思われて仕方がありません。

1…地球温暖化による異常気象

異常気象と言うと、台風や洪水、干ばつなどを思い浮かべます。ですが、私達の身近なところでも異常気象は起きています。毎年のように続く猛暑と暖冬ですが、「たまたまでしょう?」などと思っていては大変です。

猛暑や暖冬も十分に異常気象なのです。では、この猛暑や暖冬も含めた異常気象の原因とは何なのでしょうか?また、対策を立てることはできるのでしょうか?

2…法と秩序を守る国連機能の弱体化?

①ウクライナとロシアの関係②イスラエルとパレスチナ③イラクとシリアから「イスラム国」無法な出現③中国の海洋進出などが上げられます。

そして日本などにも、問題となっているピケティ現象(1月3日の毎日新聞社説掲載)です。いわゆる格差社会の問題です。

3…地域社会の連携認識の希薄化

少子化や核家族化、都市化、情報化等の経済社会の変化や、人間関係の希薄化、地域における地縁的なつながりの希薄化などにより、地域社会や家庭における「教育力」が低下していることです。

こうした内外の不安定要因から日本社会は、今後こうした社会的な様々な憂慮すべき現状を視し、国際社会そして我が国全体で解決に向けた取組をより、一層推進していくことが急務と思います。

2015年1月 3日 (土)

輝いて生きる

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暖かくなる春になると、小さな虫から大きな熊などは冬眠から覚め輝き始めます。輝くということは、生き物が活動することによて、存在価値を自然に占めすことです。じっと息を潜め隠れているようでは、輝いてるとは言えません。

人間の輝き…

①自らが光を発し輝く…②周りの人々から光を与えられて輝く…があります。

①は…その人自身の心の奥底に、燃える火があるかどうかです。②は…自らの長所も欠点も認識した上で、なおも自分自身を受け入れられるかです。

どんな環境条件でも貪欲に生きようと努力し、適用することです。そして、より一層生きやす社会を作ることです。それにより周りの人々に幸せを分け与えることです。

輝いて生きるということは、その人にしか出すことのできない、人生の色をいかに味わい深く醸し出すかということかも知れません。すなわち、その人自身の生き方そのものに直結していると思います。

しかし、自分の中から出てくる輝きというものは、年と共に、少しずつ弱くなっているということは自覚しなければなりません。同時に、私たちは、周りから光を与えられ、輝かせてもらっている。それを、私たちは忘れる時があるんです。

自分のことで頭がいっぱいになりますと、人から与えられているものの有難さを忘れます。今、私たちが考えないといけないことは、この輝きを失わないで生きるということです。

また、輝きを失わないだけでは駄目です。もっと本当の意味で内面から輝いて生きるにはどうしたらいいのか…それを私たちは真剣に考えないといけないのです。

 

2015年1月 2日 (金)

迷い雪

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越後より 山越え来し 迷い雪 元旦の朝 東京に降る

西高東低の気圧配置で…大陸から寒気が次々と日本列島にやってきています。

2115年(昭和26年)元旦・東京地方は朝6時ごろは良く晴れて星が見えた。

しかし、午前10時ごろ東京の空は、風と共に雪が舞った…積もることはなく、暫くして止んだ。

神奈川県の小田原では、薄らと積もったという。                  

生まれ育った故郷を考える

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正月の休みで“故郷”に帰り親・兄弟・幼馴染・友達などと会い…旧交を温めることは楽しいものです。

育ちの地だからこそもつ友達や仲間で、水泳・川遊びやお祭りへの参加などが懐かしいものです。自分という人間がそこの持つ歴史や文化に囲まれて成長していったところです。

そして、先祖伝来の田畑や山々、そしてお墓があり、自分の原点を意識させられる地であのです。また、その土地特有の食べ物や狭い地域社会での強いネットワークに包まれた思い出かあります。

これらは、故郷に対する個人的感傷だと決めつけることもできますが、多くの人には、最も心のやすらぐ思い出の地であることも間違いではないでしょう。

さらに、故郷の持つ連続性と連帯感です。同じ土地、同じ水、同じ空気、同じ学校、同じ地域、同じ体験、同じ慣行、同じ祭り、同じ食べ物、同じ風景などから作られる共通感覚の共有です。

この共通感覚は、先輩後輩を問いません。つまり、過去から現在、そして未来へと時間軸に沿っても意識されます。またこの共通感覚は、一定の広がりを持つ人々に共有されます。そして同窓会・同郷会などの活動があります。

このような故郷は、何も農山村に限ったことではありません。大都会でも、都市部でも、街中でも故郷は誰にでもある育ちの地といえます。

故郷は単に 生育した懐かしい町というだけではなく、自分の人間・人格形成の原点になった場所であると思います。誰にも故郷はあるのです。故郷を守り、後世に引き継ぐこと・故郷を愛すること…守ることは、とても大切ことで、今生きている人の責務だと思います。

2015年1月 1日 (木)

心のふるさとを守る

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生まれた故郷と自然環境を大切にすることは、生きている人の責任と思います。いま地球温暖化で、異常気象が問題となっています。身近なことで、今住んでいる地域の環境を守ることは大事で、規範意識を高揚することにつながるのです。

人には、心の故郷を持つことで、優しさ・思いやりの心が養われます。辛いとき・悲しいとき故郷を思い出し心が癒され、励まされ、困難に立ち向かって進むことが出来るのです。

五木寛之の「下山の思想」…

戦後、私たちは敗戦の焼け跡の中から、営々と頂上を目指して登り続けました。そして見事に登頂を果たしたのです。頂上をきわめたあとは、下山しなければならないのです。それが登山というものです。

下山の時代、ということは、言いかええれば「成熟期」ということではあるまいか…。戦後の半世紀は、「成長期」だったと思う。

競争社会の戦いで、心も体も疲れ果ててしまった人達が、心身の静養を考えるとき故郷があります。心の故郷がしっかり残っていれば帰って癒すことも出来るのです。

豊かな自然があり、数多くの生物がいる故郷で、むかし魚・昆虫・山の産物(野いちご・桑の実・きのこなど)採って遊んだ想い出があります。それは今でも懐かしい。思い出すことで心が癒されるのです。

スローライフ

スローライフとは、「ゆっくり生活する」という意味です。のんびり穏やかに生活する意味です。一見すれば、世の中のスピード化に反しているように思えます。

しかし「スピード、スピード」と叫ばれている世の中だからこそ、今一度「スロー」の大切さが見直されています。ただし、スローライフを「単なるのんびり生活」と思い込まないで欲しいのです。

スローライフの真意とは「心を充実させること」です。精神的に豊かになることです。

スピードを出すと見えなくなったり忘れがちになったりする愛や感謝、喜びや楽しみ、精神的豊かさを取り戻すのが本当の意味です。

今一度スピードを落とし、見えていなかったことに気づくことです。スピードを落とすことで、早すぎるがゆえに見えなかったこと、自分の身の回りが見えてくるのです。

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