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2014年9月

2014年9月30日 (火)

私にもこんな時代が…

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                宮ケ瀬ダム

昭和10年代生まれの私は、子供ながら身分制度を感じていました。隣組合という言葉と「親分」と言う言葉を両親が使っていたことを記憶にあります。私の家は、田畑を借りていた小作農で「年貢米」を地主に納めていたのです。

…地主から土地を借りて耕作をしている農民のことを小作といい、その農家のことを小作農家といいました。小作農家では、地主に年貢米を出して、肥料などの費用を払うと、収入として残る米はほんのわずかでした。

そんな世の中であっても、地主の子どもと小作農の子どもは、一緒に遊びました。何故か、身分の違いなどはあまり感じてはいませんでした。

しかし、小作農家の人はどんなに努力をしても、地主にはなれない…身分制度があることは子供ながら知っていました。

そして終戦、農地改革…今まで地主から借りて耕作していた土地を、実質的にタダ同然で譲渡された小作人に与えられれました。そして年貢米も、供出(戦争で国に米麦を治めた)もなくなりました。

戦前の政府の指導?「産めよ増やせよ」の掛け声で、子供は5~7人家族は普通で長男・次男が兵隊になり、命を亡くした人も多くいました。残った子供たちは、収入を得るために『勤め人」なったり、農家の後取りも?冬の農閑期には出稼ぎ出で現金収入を得たのです。

地方から東京・大阪などに職求めて就職列車に乗って都会に出てきたのです。故郷を後にしてきた人は多かった。そう言う時代に巡り合わせたのです。

そして私は現在、生まれた土地を一度の離れることなく、で暮らしています。

「故郷」と言えば、魯迅の短編小説があります。(中学の国語教科書にも)

封建的は社会の背景で、故郷に対する思い出と、郷愁という感情と格差社会を是正しなければならないという、心情を訴えたかったのだと思います。

現在日本では「格差」が問題となっています。小説の最後に、主人公は、故郷を出発し、自分の子どもたちの生き方について考えます。

「私のように、無駄の積み重ねで魂をすり減らす生活をともにすることは願わない。またルントーのように、打ちひしがれて心が麻痺する生活をともにすることも願わない。また他の人のように、やけを起こして野放図に走る生活をともにすることも願わない。希望をいえば、彼らは新しい生活をもたなくてはならない。私たちの経験しなかった新しい生活を。」

心に響きます。

「思うに、希望とは、もともとあるものだともいえぬし、ないものだともいえない。それは地上の道のようなものである。もともと地上には、道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ」(竹内好訳)

 

2014年9月29日 (月)

注意すれば素直に聞く子供たち

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                             片倉城址公園

公園や広場に、ゴミ(ペットボトル・ジュースなどの空き缶・お菓子の空き袋など)が、散乱して、片付けが大変です。

毎日、気を付けて拾うようにしています。子供たちが遊んでいるときには、「うるせーじじい」と思われるかも知れませんが、「君たちゴミは持ち帰ってね!」と、声をかけています。

ベンチで、たばこを吸っている大人がいるときには、声を大にして話します。「公園は、みんなで使うもの…後で使う人が気持ちよく使ってもらいましょうね!」

子供たちは、素直に「ハイ、分かりました」と答え拾ってくれます。そして、子供たちが、ゴミを拾いを大人たちも、たばこの吸い殻を捨てるのを自粛すようです。

規範意識の認知は、家庭・学校・地域社会…ということだと思います。“後で使う他人のため”と言うことは「思いやり」・「優しさ」の心の教育です。

価値観の多様化・自己中心的と言われている人が、多い言われる現代社会です。子供たちが、公園・広場で、遊ぶことは、心身の鍛える格好なスペースだと思います。喧嘩・悪戯・冒険・などしながら大人になっていくのです。

自然を大切に、モラル・ルールを守り、心身共に立派な大人になって、美しい故郷を後世に引きついていただきたいと思うのです。是非、大人の人は、子供たちも行動で…危険なこと・ルール違反していることなど、気が付いたら注意して欲しいのです。

木曽の御嶽山…7年ぶり噴火

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9月27日11時53分長野県・岐阜県堺に位置している御嶽山が噴火が発生しました。水蒸気爆発で、噴煙の舞い上がっている映像をみて、自然の力の恐ろしさに驚嘆してしまいました。

気象庁では、27日12時36分に火口周辺警報を発表し、噴火警戒レベルを1(平常)から3(入山規制)に引き上げました。また、同13時35分に降灰予報を発表しています。

身を隠す場所が限られる山頂付近で、噴石に直撃されたのだろうか…警察・消防・自衛隊などで救助にあたっていますが、多くの犠牲者が出ているようです。

御嶽山…

東日本火山帯の西端に位置する標高3,067m(富士山に次いで2位)の複合成層火山である。大きな裾野を広げる独立峰です。

フォッサマグナ…

地質学的にみると、日本の主要な地溝帯の一つで、東北日本と西南日本の境目とされる地帯にあたります。

フォッサマグナの西側を西南日本、東側を東北日本という。西南日本に当たる飛騨山脈は(地表は新しい火山噴出物で覆われているが)大部分が5億5,000万年前 - 6,500万年前の地層(中生代や古生代の地層 = 中・古生層)である。(ウキぺでィア)

火山にはいろいろなタイプがある…

火山の地下にはマグマ溜まりがあり、そこからマグマが上昇して地表に出る現象が噴火である。噴火には、様々な様式(タイプ)があり、火山噴出物の成分や火山噴出物の量によっでもその様式は異なっている。(ウキぺでィア)

御嶽山の噴火について、気象庁は数週間前から火山性地震などを観測していたのにも関わらず、大規模な噴火を予測出来ていなかったことが判明しました。これは記者会見で気象庁が述べたもので、「事前に情報を発表できなかったという意味で予知ができなかった」と担当者は話しています。(日本経済新聞)

火山は人類に恩恵と壊滅的打撃…

火山は人類の生活に密接につながり、さまざまな恩恵を与えてくれている。火山から得た恩恵のうち重要と思われるものは、火山がもたらす地形と、その環境から得られる肥沃な大地、湧水、火と温泉、黒曜石を代表とする鉱物や美しい風景があげられる。火山の噴火はしばしば人間社会に壊滅的な打撃を与えてきたため、記録や伝承に残されることが多い。(ウキぺでィア)

御嶽山と言えば民謡で有名な「基礎節」を思い出します。

♪ 木曽のナー 中乗りさん
木曽の御岳(おんたけ)さんは ナンジャラホーイ
夏でも寒い ヨイヨイヨイ…♪

2014年9月28日 (日)

コスモスと富士

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コスモスや 遠くに富士を 眺めけり

台風17号の進路が気になります。

明日あたり、伊豆諸島に接近とか…影響は?

東京地方の今朝はちょと冷え込みました。

日中は26度ぐらいなるそうです。

でも、空気が乾いで、爽やかなです。

きれいな花と子育てを考える

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美しい花を咲かすには、「肥沃な土壌」と水と太陽で光合成で出来る環境があることです。

全ての生き物にとって栄養素が必要不可欠であることは言うまでもありません。植物ならば、それは肥料ということになります。

N・P・Kつまり『チッソ』『リン酸』『カリ』のことで、植物の3大栄養素と言われています。

N=“葉肥え” とも呼ばれ、枝や葉を成長させる。 P=“実肥え” とも呼ばれ、花や実の付きを良くする。K=カリ “根肥え” とも呼ばれ、茎や根を丈夫にする。

大切なのは、N、P、K 三つのバランスです。

人間も同じで、有名な、「孟子三遷の教え」があります。良い、悪いは別にしてその育つ過程環境に馴染んでは育つことです。

良い子育てる…良い子とは…親・保育者に反抗する子・悪戯する子・喧嘩する子・ふざける子…です。そうして、人間社会の一員として、社会人としての自覚を持ち・自立心を持って人間になることです。

つまり、子供の育つ環境が大事です。家・学校・町が汚れていたり、荒んでいた環境で育った子供たちは、その環境でしか知らないで育つのです。やがて、子供たちの行動範囲の広がりの中で多くの人と関わりあって人間形成されていくのです。

子育ては、子供たちの良い環境で育てることが、とても大切な事です。いま言われています…家庭・学校・地域社会…です。

植物が立派な花を咲かすのと、同じに、子育てのよい土壌づくりを、大人は考えるべきだと思います。地域社会から、日本の将来を、安心・安全な暮らしが、みんなが出来き、夢と希望を持って、生きられる社会になることを願わずにはいられません。

 

 

2014年9月27日 (土)

金木犀の甘い香りが…

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金木犀 流れて匂う 昼下がり

金木犀の存在は、何と言っても「甘い香り」です。

どこからともなく風に乗って、匂って来ます。

花は黄色で、どう見ても控えめな感じ…

金木犀の花言葉は、「謙虚」だそうです。

あぁーもう…こんな時期になったのかーー

私たちの町は私たちが守りましょう

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                              湯殿川のカワセミ

半世紀以前の私たちの町(八王子市片倉町)は山林・田畑と湯殿川・兵衛川が流れる自然豊かな村でしたが開発が進み、隔世の感があります。

消費生活の拡大や交通事情の発達に伴い、道路沿いや農地または山林などへのごみの不法投棄が目立ちます。特に山間部、崖、河川付近については、「人目に付きにくい」「既にごみが捨ててある」などの理由で、ごみを平気で捨てる人がいます。

コンビニ弁当食べた容器・たばこの空き箱・ペットボトル・さまざまな空き缶・空き瓶・パン・菓子など包装物・たばこの吸い殻など…何気なく捨てられいます。

不法投棄で私たちの町(八王子市片倉町)の、美しい自然景観を損なうばかりでなく、付近に住む人びとの生活環境を害し、環境保全の妨げとなっています。

ゴミの不法投棄は犯罪です。

ごみが投棄された場合には、警察等関係各所に連絡し原因者を調べます。 原因者は、投棄されたごみの撤去を求められるとともに、重い刑罰が科せられます。 不法投棄は犯罪です。

廃棄物(ごみ)は、私たちの日常生活に伴って排出される「一般廃棄物」と、事業活動に伴って生ずる燃えがらや汚泥など、指定された内容に基づく「産業廃棄物」と、大きく2種類に分類されています。

れら廃棄物の不法投棄は、「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」で禁止されており、違反すると不法投棄の原因者は投棄した廃棄物(ごみ)の撤去を求められるとともに…

5年以下の懲役または1,000万円(法人には1億円まで加重ができる)以下の罰金が科せられるなど、反社会的行為という位置づけが強化されて、制裁措置が大幅に引き上げられています。

不法投棄によって私たちの生活環境が損なわれないようにするため、不法投棄で困ったときは、 八王子市…資源循環部ごみ総合相談センターに連絡しましょう。

そして、私たちの町は私たちで守る…町をきれいにするのは、市役所の職員ではありません、私たちが住んでいる住民です。町が汚れていたら私たちの資質が問われます。

他人事とではありません。「ゴミは捨てない・落ちていたら拾う」住民ひとり一人の心がけで気持ち良い生活ができるのです。

尊い自然環境を後世に残す…美しい山・川は私たちの財産です。昆虫・カエルなどや川の魚は、昔はたくさんの種類がいました。それらの生き物を呼び戻そう。

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2014年9月26日 (金)

人生で一番大切なことは…

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人生で一番大切なこととは…

①どれだけ真実を知り得たか…

②どれだけ真実と向き合うことができたか…

③どれだけ魂を揺さぶる出会いであったか…人生を送れたかです。

考えてみると多くの人は、物やお金や地位や名誉を得るために一生懸命です。

私はこの世の物を否定しているわけではありません。地位や名誉や財産よりも、もっともっと大切なものがあると思います。それは真実を知ることです。

求めるべきものは真実です。すなわち、「本当の自分を知ること」です。これ以外人生の目的はありません。一体自分は何者か?を見極めることです。

本当の自分探しは、自分が好きなものや、やりたいことを知ることから始まり、そこから、仕事や人生で本当に成し遂げたいことが見えてきます。

成功者とは、真実に少しでも近付けた人のことをいうのです。

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「人生の理想は「自己実現」である。」…東大名誉教授 竹内 均氏

私の考えでは、人生の理想は「自己実現」にある。

自己実現とは、①好きなことをやり、②それで食うことができ、③しかもそれが他人によって高く評価されることである。だいぶへそまがりな人でも、これが人生の理想であることだけは認めてくれる。

自己実現をするための「自分の好きなこと」が見つかったとして、それから後は、①勤勉 ②正直 ③感謝を実行すればよい。したがって自己実現をしようとするものはまず勤勉に働かなければならない。勤勉のポイントは、「やれることからやる」ことである。当たり前のことではあるが、これが大変重要なことである。

自己実現のための「自分の好きなこと」を「大きい夢」と呼ぶとすれば、今すぐ「小さい一歩」を踏み出すことが重要である。

ちょっと考えると、「大きい夢」と「小さい一歩」との間には無限の隔たりがあるように思われ、絶望的な感じになることもある。しかし、そうではない。「小さい一歩」をうまずたゆまず続けると、最初考えたよりはずっと早く「大きい夢」が実現してしまうものである。

また「正直」は、「約束したことを必ず実行し、実行できそうもないことを約束しない」ことであり「感謝」は「勤勉・正直を実行して、いささかの成功をおさめた場合には、それを他人のおかげとし、失敗した場合にはそれを自分のせいにする」ことである。

このうちの「感謝」は特に実行しにくい。そんなことをしていたのでは、自分の手柄が全部他人に奪われてしまうように思われるからである。しかし決してそうではない。長い目で見ると必ず、ここで述べたような意味の「感謝」を実行した人が自己実現をする。

勤勉・正直・感謝を実行すれば必ず自己実現ができる。これは物理学における「運動の法則」と同じくらい確実な因果律である。若い諸君がこの法則を自分のものにして、これからの日本を自由と繁栄のある国にしてくれることを期待する。

 

 

危機意識を持つとは…

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現代社会は、主義・主張を持ち、人権を守り、秩序ある社会で、それぞれの人生を送っています。

一部の人間の行動で、多くの人が生命を脅かす「テロ」集団の存在、生物の生存も危ぶまれる、排出効果ガスなどの有害物質の排出、地震・津波・台風などの自然災害など…

人の生命に及ぶ問題は、人間社会には何時の時代でもあるのです。危機意識をもって、対応する・備えることが大事だと思います。

危機意識とは…社会において人間によって持たれる意識の一つ。このような危機意識というのは、社会においての現時点においての支配的な価値観や秩序などが崩壊しそうになった場合に、人間がそのことに対する不安から持たれる意識のことである。

また組織などといった自身が所属している場所そのものが危機に瀕した場合にも持たれる意識であり、自身の組織が崩壊しそうになったり、災害が発生したことによる被害からも人間というのは危機意識を持つようになるということである。(ウキぺディア)

その人その人により意識は強さ、認識度は違う…ものでだと思います。

全世界の大多数の人が、共通する危機意識は、何と言っても世界を震撼させる「イスラム国家を名乗る無謀ぶり」であったり、「地球温暖化」・「エボラ出血熱」などの問題です。これらは、国連で討議されています。

個人的には、家族・健康・財産などと、育児、老後などがあったりしますが、その人その人、受け止め方、認識の強さ・深さの程度は人によって違っています。

変化・激流の現代社会は価値観の多様化で、危機意識は、多様化していると思います。人は、安心・安全・平和な社会が、誰でも望んでいると思いますが、人には煩悩があります。

煩悩とは…人間の心身の苦しみを生みだす精神のはたらき。肉体や心の欲望、他者への怒り、仮の実在への執着などです。「三毒」…三毒(貪・瞋仏教の教えがあります。

貪(とん)=むさぼり(欲深く物をほしがる、際限なくほしがる)、瞋(しん)=怒り(自己中心的な心で、怒ること、腹を立てること)、=迷妄(物事の道理に暗く実体のないものを真実のように思いこむこと)、これを人間が持っている三毒と仏教では言います。

貪・瞋・癡は人間の心の中にあり、人間にとって最大の敵なのです。人間は産まれた時から貪欲な心を本能的に持っています。

2014年9月25日 (木)

秋の雲

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高き空 一段高く 秋の雲

今日の東京地方の朝は、小雨が降っていた。

台風16号(温帯低気圧になった)風も強く雲の流れも速かった。

10時ごろには雨は上がり、日差しが射してきた。

田んぼの稲、輝く太陽の日差し、秋の雲である。

地球環境を守ろう

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最近の台風などの豪雨で、気象庁が発表する「何十年ぶりの大雨」「記録的な大雨」「記録的短時間大雨情報」など表現が増えてきています。

人間の勝手な仕業で、地球の環境が破壊され来ているのです。地球温暖化で、北極の氷山が溶けて海面上昇で小さな島国が、沈没の危機にがあるのです。

地球環境を守る必要性

地球を汚してしまうと悪環境に適応出来る人のみ生存出来、体の弱い人や赤ちゃん等は生存出来なくなるでしょう。宇宙の中でも地球は生物の存在できる奇跡の星です。汚してはいけない星なのです。誰でも生存出来る星で在り続ける事が人類の未来に必要です。

地球環境を守りましょう。「そんなこと言ったって、私一人が気を付けたって…どうにもなるわけではない」という人がいます。

私たちの環境の「SOS地球を守ろう」…地球から発しています。

「地球環境問題」は、決して遠い国の話ではありません。私たちの生活が原因で発生し、変化に気付いたときには手遅れになっている可能性もある、身近な問題なのです。

子供たちが大人になったとき、あるいは大人の方は、子どもたちが大人になったときに…これからもずっと緑が沢山あり、魚や昆虫などの生物いる「まち」にするために、そして、この地球でいつまでも暮らしていけるように、今、私たちにできることは何でしょうか?

家族や友だちと一緒に考えてみてください。そして、まず、自分にできることから行動をはじめましょう!

それは、地球環境を守り、将来に引き継ぐことです。国連で地球温暖化で取り上げて話し合いが行われました。地球に住む人間が、解決すべき問題なのです。

ニューヨークで開かれた国連気候変動サミットには、世界約120カ国の首脳級が出席し、温暖化対策に関する過去最大の首脳級会合となりました。

新聞各紙の社説

読売…「気候サミット 日本の知見を途上国の対策に」

日…「気象サミット 新枠組みの交渉加速を」

 

     

 

 

2014年9月24日 (水)

規範意識を考える

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子どもの成長時に規範意識を、身に付け成人になることが大切です。

モラル・ルールと言うと日本人は、世界的に見ても評判がいい…と言われています。しかし、公園や広場・道路などにゴミのが捨ててあったり、自転車の運転などのマナー・ルールが守れていないことで、環境や安全などに問題が起きていると実感しています。

ルール・マナーを守るということは、家庭の躾が大事だと言われています。子供の成長と共に行動範囲も広がって行きます。それと同時に社会の規範・責任が問われてきます。

良し悪し判断が出来ないままの大人になってしまったら…憂いています。朝、公園・広場に行きますと、ゴミの散乱で、困っています。子供会のお母さん達に実情を話、子供たちが帰った後の公園・広場をチエックしてほしい…と言っていますが…

そして、公園や広場の使い方の、ルール・マナーが守るように?遊んでいる子供たちに注意をしていますが…

たばこの吸い殻、ビールの空き缶などの捨ててあることから、大人の利用者もいるのです。子どもの成長時のしっかり規範意識をもった成人、になることが大切だと思います。良し悪しの判断が出来ないままの大人になってしまったら…憂いています。

世の中の人、各々が自分の考える”常識”があるのだと思いますが、それにしても最近はずれた人が増えたような気がします。かと言って自分の”常識”が正しいとも言い切れないませんが…

ただ昔に比べて、人と関わる機会が減ったというか、関わらずとも生活できるようになると、他人を気にする必要もなくなってきています。

寂しくなればネットなどで、自分の都合の良い仲間を見つけ、都合が悪くなれば切り捨てる?こんな集団生活に向かない人が増えると、何が常識で何が道徳なのかわからなくなってくると思います。

唯一有効なのは法律ですが、法律だけではすみやすい社会になりません。これも個人主義の弊害なのかもしれないと思います。

昔のようにめんどくさいながらも、人とつながっていたころの方が、知識ではなく本来の意味での見聞が広まり、他人がどう考えるかを、感じながら生活できました。そんな生活こそが思いやりや、マナーを根付かしたのではないでしょうか…

 

 

2014年9月23日 (火)

地域のコミニティのあり方

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私は町会役員をしていますが、以下のような問題があると考えています。

現在の日本においては、少子高齢化の急速な進展により、人口減少社会の到来で地域のコミティ、核家族化で、人と人の繋がり・連携不足は否めません。そうしたことから、お年寄りの将来に、不安を感じる人は多いようです。

従来は家庭で対応されてきた保育や介護などが…公共サービスとして求められ、私的活動の公共化によって、行政需要は日々増大しています。

そして、社会経済や地域経済の変容の中で、地域コミュニティの多様な主体が自ら地域の課題…新たに今までになかった問題を発生してきています。

独居老人や老老介護の問題など、家族やコミュニティ機能の低下が顕著になっており、メディアで取り上げられた「高齢者所在不明問題」や「無縁社会」の言葉によって、その広がりを改めて認識させられます。

孤独死や社会的孤立問題の深刻化を招いており、大きな社会問題です。その上、平成22年以降注目を集めたいわゆる「高齢者所在不明問題」等の社会現象についても、家族のあり方の問題が根本にあるとはいえ、地域住民の一人として、必要な方策を講じる必要性を強く認識しています。

コミュニティの中心的な役割を担う自治会・町会への加入率は、「若い世代」、「ひとり暮らしの世帯」、「居住年数が浅い世帯」で低い傾向があり、また、未加入世帯ほど、「地域活動に関心がない」傾向です。

新しい住民は、町の安全や美化という意識がなく、町会の意味をよく理解していない。町会に入会せず「ただのり」している住民もいます。

サラリーマンは地域にいる時間が少ないため地縁がなくなり、少子化で血縁がなくなると言われています。地縁を作ることが必要です。自分が生まれ育った地域で、自分の都合のつく数時間だけでも参加してほしいと呼びかけています。

「今後の都市部におけるコミュニティのあり方に関する研究会」…中間報告(まとめから

www.soumu.go.jp/main_content/000223742.pdf

①自治会・町会加入率の低下

②近所付き合いが希薄

③活動の担い手不足

④支援が必要な住民への対応

⑤マンションと自治会の関係

⑥防災面への取組への期待

2014年9月22日 (月)

日本人の世代別価値観

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来年は戦後70年…日本人の「価値観」も時代と共に変わって来ています。

現状の国際情勢と過去の年代層の価値観の変遷~世代での違いで、日本の立場と取るべき針路(考え)は少しづつ違っていると思います。

時代と変化と世代別価値観…(現世代研究所)

貧困、高度成長、大量消費、バブル経済、そして平成不況……。戦後の日本は「豊かさ」を目指してその姿を大きく変貌させてきました。そして、そこで生きる人たちの価値観や生活も大きく変化しています。

物質的に豊かな社会の到来、余暇時間の増大、少子化と高齢化、「公」重視から「私」重視への移り変わり。もはや消費が豊かさの象徴である時代は終わりつつあり、真の豊かさとは何かを問い直す時代が来ています。

「今」という同時代に生きつつも、世代間には、大きな価値観のギャップが存在します。

この問題を探るべくサントリー不易流行研究所(現次世代研究所)では、首都圏での生活意識と行動調査から、昭和10年代生まれから昭和50年代生まれまでの各世代の特徴を描き出し、また今という時代の気分を浮き彫りにしています。

世代別(生まれ)の価値観・生活観

昭和10年代~勤勉実直世代

昭和20年代~走り続ける頑張り世代

昭和30年代~ワンランクアップ消費世代

昭和40年代前半~堅実・安定志向世代

昭和40年代後半~体感なきデジタル世代

昭和50年代~ロストプロセス世代

移り変わる世代の気分~新しい世代の台頭…豊かさがもたらしたもの…拡大する人生の選択肢・情報化で失われたプロセス・摩擦回避では満たされない人間関係…

安倍首相の積極的平和・集団的自衛権などを進めていますが…ウクライナ情勢・イスラム国の名乗る集団・スコットランドなども少数民族の主張・中国の真珠の首飾り的海洋進出など、不安定な国際情勢です。

一方、日本の国内情勢は少子高齢化で地方創生を目玉に政策に力を入れていくようです。しかし日本の取るべき針路は、波高しと言わざるを得ない状況です。

ノンフィクションク作家のクライン孝子氏…

アングロサクソンナイズの呪縛を解くことが先決です。

戦後70年を迎える今の政治情勢は、平和を目指す手本を世界に示す良いチャンスと思われますし、そのような崇高なことができないとしても自力で自己を守れるようにしなければ明日の日本は無いのです。

国際情勢とは弱肉強食であり、未来永劫日米が親密とはいえません。アメリカが日本を中国に売り渡す可能性がないとはいえないのです。

今後の日本の取るべき路は、共存共栄と自存自営の二つをバランスよく保つことです。
自存自営は自存自衛でもあり、そのためにはある程度の軍事力を持つ国軍を維持する必要があるでしょう。

人間というものは一人ひとりでも汚い考えの生き物ですから、である国家がいかに卑劣であるかを認識せねばなりません幼稚園児のお手て繋いで仲良く…の洗脳を解きましょう…と言っています。

 

2014年9月21日 (日)

幸せとは…

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あいだみつを…の名言で…

「だれにだってあるんだよ ひとにはいえないくるしみが  だれにだってあるんだよ ひとにはいえないかなしみが .ただだまっているだけなんだよ いえばぐちになるから」

 幸せは、人それぞれ…自分の幸せは、自分の心が決めるものです。

もともと、幸せを感じやすい人とそうではない人がいて、幸せだと感じやすい人は、時に不幸だと感じることはあっても幸せ感を取り戻しやすく、幸せだと感じにくい人は、一時幸せ感を感じてもまたそう思わなくなるということです。

そう考えると、幸せになりたいと考えるのは、無駄な努力なのでしょうか?…そうではありません。幸せ感の変動がなぜ起こるのかは十分に明らかになっているわけではありませんが、幸せ感は確かに変動するからです。

幸せの感じ方は遺伝?

人が楽しさや幸せを感じるのにも、セロトニンという遺伝子が大きな影響を及ぼしているそうです。セロトニンが多く分泌されている状態だと、「他人との結びつきを求めたり」「幸せ感」を感じ、これが少ないと「不安」になったり「うつ病」の原因にもなるという。

幸せの5の事柄…

1…「仕事」………今の仕事に満足して働ける。

2…「人間関係」…自分の周りに人と付き合える。

3…「経済的」……ほどほどの収入がある。

4…「身体的」……毎日が動ける。

5…「地域社会」…自分が住む地域社会を良くする。

地域の清掃活動やボランティアなど、自分が住む地域社会をより良くするための活動をすることによって、自分自身の幸せ度も向上するそうです。一見、面倒と思えるようなことにこそ、幸せのポイントが隠されているかもしれません。

2014年9月20日 (土)

スコットランドの独立の住民投票

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2012年、キャメロン英国首相とサモンド・スコットランド第一首相の間で、スコットランドの独立に関する住民投票を実施することが決まった。

スコットランドなぜイギリスから独立めざすのか…

スコットランドはグレートブリテン島北部の3分の1を占める面積約8万平方kmの国土に、イギリス全体の約1割にあたる525万人が住む。日本の北海道の面積・人口とほぼ同じだ。

イングランド、ウェールズ、北アイルランドと共に連合王国であるイギリスを構成している。中世には独立した王国として南隣のイングランドと攻防を繰り返したが、17世紀に同じ王を抱く同君連合が結ばれて、1707年に統一された。

かつてのスコットランドの主要産業は石炭だった。イギリスの産業革命を支え、グラスゴーの造船業・機械工業は大英帝国の栄光をもたらす原動力となった。さらに1960年代に北海油田が開発されると、石油基地として大きな発展をとげたが、油田の主要海域を抱えているのに英国政府に財源を管理されることへの経済的な不満が膨れあがっていった。 

MSN産経ニュースでは、イギリスからの独立を掲げるスコットランド民族党の主張を、次のように伝えている。

独立を目指す背景には、1960年代に発見された北海油田の存在が色濃い。欧州最大の埋蔵量とされる石油・ガス資源を支配下に置くことで、独立すれば1人当たりの所得が年1000ポンド(約17万円)増えると主張している。 (the huffington post)

全世界が注目していた投票結果 

日本で言えば、広さも・人口もほぼ同じという。投票結果は、独立反対が勝利しましたが、世界ではスペイン・カナダ・中国などでも独立を主張している民族が存在しています。日本でも、沖縄?

スコットランドが独立した場合は、世界の経済・国連の枠組み(常任理事国)・EUの枠組みと、独立を主張している民族などに大きな影響及ぼすことになり、不安定さが、増長される懸念が出るでしょう。 

イギリスは分裂を免れた…▽独立賛成161万7989票、▽反対200万1926票

しかし、スコットランドの民族は、独立の意志は根強く持ったままの人は多い事だと思います。この問題をスッキリし、今までのイギリスであって欲しいものです。

新聞各紙の社説

読売…「スコットランド 独立否決でも難題は残った」 

朝日…「英の住民投票―国の姿を見直す契機に」

毎日…「スコットランド 国家の進化につなげよ」

 

 

 

2014年9月19日 (金)

郷土を愛する心

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私は「郷土」に対する考えは人間形成に,大きくかかわっていると思っています。

近年の社会情勢の激変・グローバル化で、価値観の多様化が進んでいます。そのためか、自分が生まれ育った「郷土」に対する、「思いやり」・「慈しみの心」が薄れているのではと思っています。

郷土を愛する心を何とか取り戻し、心豊かな人間(人間形成)の場としてかねばと考えています。

郷土を愛する心を育てる指導…文部省(S62)より

1 今なぜ郷土を愛する心が求められるのか…

①都市化現象により、人間同士の連帯感や思いやりが失われてきている。

②自然破壊が進み、豊かで美しい自然が失われ、郷土の伝統や文化が忘れ去られようとしている。

③ 郷土の自然や文化、伝統などに接する機会を拡大したり、人間関係を深めるなどしながら、自分の生の由来や生育の過程を振り返り、それが、自己を支えている心のよりどころ、生きている基礎となっていることを感得し、郷土を懐かしみ、親しむとともに、さらに、郷土を育て発展させるような郷土を愛する心を育てることが、児童の人間形成の上から重要。

2 郷土とは何か…

①「人が生まれ育ったところ」(地理的・空間的な場所)

②郷土の様々な事物、事象、体験は児童の生活と一体であり、郷土という意識を特別にもっているとは考えられない。

③具体的な体験を通じて、漠然とした郷土への愛着の情はもっている。

④ 感情的な排他性や独善に陥ったりする弊害も伴いやすい。

⑤体験を前提とし、その基盤の上に立って、理性に支えられた郷土を愛する心 を育てる必要がある。

3  郷土を意識する…

① 自分の生まれ育ったところや現に住んでいるところの自然や歴史、人との関わり合いを意識すること。

② 生地を離れると自分の生まれ育った土地や地域に思い出、懐かしさなど特別の意味を与えることによって郷土を意識するようになる。

③ 自分がその土地とかかわり、そこに生活の実態があり、その中で様々な忘れがたい経験を経て生ずる心の安らぎ、親しみ、懐かしさ。

④ 人間の在り方の根元と深くかかわる。

⑤郷土を意識するためには、まず郷土と自分とのかかわりを理解し、感得すること。

4  道徳意識としての郷土愛…

① 郷土愛は、自分と自分を取り巻く共同社会との関係としてとらえることができる→ 「家族愛」「愛校心」と関連している。

② 偏狭な郷土愛に陥らないためには、異郷の地や外国の風土、生活や文化を理解し、他の人々が自らの郷土や国に寄せる愛着の情を知ることも必要→ 「愛国心」「国際親善」「人類愛」と関連している「公共心・公徳心」「勤労の精神」「尊敬、感謝」とも関連している。

③ 自分にとって親しい、懐かしい、大切な郷土に対してより積極的にかかわり、郷土をよりよくすることに貢献し、文化や伝統をさらに発展させようとする能動的な側面を育てることが大切。

5  郷土を愛する心を育てる…

① 郷土に親しみ、郷土に気付き、郷土に対する豊かな感情、愛着の情をもつように。

② 低学年では、郷土の美しさ、楽しさ、すばらしさを感じとらせ、郷土に親しみ、郷土を大切にしたいという心情を培うことが大切。

③郷土の自然や歴史、伝統、文化などを調べるなどの活動をとおして、郷土を理解し、自分とのかかわりを知ることも必要であり、このような活動や学習によって、郷土を守っていきたいという心情も生まれてくる。

④ 積極的に郷土にかかわり、異郷の文化や生活と自らの郷土を比較し、よいところを発見したり、よりよい郷土を作ろうと積極的に働きかけたり、郷土のよさを発展させ、育てていこうとする心情や態度の育成が大切( 高学年中心で)

⑤ 郷土としての共同体を愛し、育てようと力を尽くしている人々がいることを知り、また、その人々の心を共感的に理解して、心を打たれることは、自分たちの郷土を見直す契機となる。

⑥ 体験をとおして、児童の心に安らぎを与え、しみじみとした情感を与えることがなければ、郷土を愛するこころは育たない。

⑦家庭や地域社会のとの協力による指導が極めて重要。

 

2014年9月18日 (木)

空気を読む…ということ

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日本語俗語に「KY」という語があります。

その場の雰囲気や状況などを察する(感じる・掴む)ことを「空気を読む」とも表現するもので、「空気」と「読む」の頭文字で、「KY]主に空気が読めない人を意味します。また、逆にそういった人に「空気を読め」と提言する際にも「KY」と耳元で囁くなどして使われるようです。

女子高生がメールのやりとりで使い、普及したものです。若者の間では以前から使われているが、2007年、こういった頭文字略語の存在が話題となり、広く知られています。(日本俗語辞典)

空気を読むことはとても大事です。

日本人はとくにそういった…“場”や“空気”に気を使う。集団や組織ではこの見えない“空気”をいかに読み取るかで、その人の立場や言葉、意味合い、雰囲気が変わってきます。

田中角栄の名言集にあった言葉で…

言って良い事・悪い事

言って良い人・悪い人

言って良い時・悪い時  …という語があります。

この言葉を読んで、含蓄のある言葉だと思います。たとえ言って良い事であっても、言って良い人と悪い人があり、言って良い人であっても言って良い時と悪い時があります。空気を読むことの大切さ、言葉の重さを教えられます。口から一旦出た言葉は元には戻りません。

大事な会議などでは、言いたい事は何でも言えばいいってもんじゃない。それは会議ではなく井戸端会議です。

相身互い・お互いさま

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武士は「相身互い」…武士という同じ立場にあるのだから、武士同士は互いに助け合って協力し合わねばならないということ。転じて、同じ境遇や身分にある者は互いに助け合う気持ちが大事だということ。

「お互いさま」…助けたり、助けられたりすること…おあいこ。引き分け。どっちが悪いのでもないこと。…共通するのは、「両方とも同じ立場や状態に置かれている」ということ。(辞書)

私たちは個人として自立した存在ですが、現実の社会に生きていくうえでは周りの多くの人々に支えられています。私たちの暮らしを見ても、電気、ガス、水道の利用や公共サービスなど、多くの人々の労力に支えられています。

一方、自らも社会活動に携わることで、周りの人々を支える立場に立ちます。私たちは、支え、支えられながら生活していると言えます。

さらに、直接的なつながりがなくても、知らず知らずのうちにお世話になったり、負担をかけている場合もあるでしょう。世話を受け、めんどうを見てもらうことは、当たり前のことです。

つまり、私たちはお互いに助け合う存在なのです。

かつての(戦後の動乱期)日本では、「相身互い」「おたがいさま」といった相互扶助の精神が人々の暮らしを支えていました。

「お互いさま」という感じ方や受け止め方は、謙虚さや反省の心を引き出してくれるうえで、とても大切です。多くの人々に支えられていることに感謝して、これらの美しい言葉を忘れない生活を送りたいものです。

2014年9月17日 (水)

キャリア教育

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私の孫娘は来年高校進学です。

今、子どもたちには、将来、社会的・職業的に自立し、社会の中で自分の役割を果たしながら、自分らしい生き方を実現するための力が求められています。

この視点に立って日々の教育活動を展開することこそが、キャリア教育の実践の姿です。

学校の特色や地域の実情を踏まえつつ、子どもたちの発達の段階にふさわしいキャリア教育をそれぞれの学校で推進・充実させましょう。(文部省)

私の経験ですが、進学の時に、先生からまず「将来の職業を決めてから学校を選べ」と言われたのですが、よく分からなくて悩んだ経験があります。

悩んでいて、落ち込んで勉強にも意欲がなくなる…それ自体盛んに言われている「キャリア教育」の「成果」なのだろう。

大きく成功する人は、常に先を読む

ある経営者の人が言っていましたが、ヒット商品を生み出す為には、何年か先に何が流行っているかという事を、常に気に掛けていないといけないそうです。

「アリとキリギリス」 の話ではありませんが、常に目先の事だけを見ている人は、思わぬ落とし穴にはまります。

キャリア教育とは即ち…「人生は計画的に」というのでしょうか…世は壮大な椅子取りゲームで、早くから狙いを定めておくのが必勝法だとでも言われているようで仕方がありません。

私の経験では、順風満帆と来られる人は“マズ”いないと思います。ちょっとした弾みで、大きく変わってしまった…という人が多いのです。そして、人生三つの「坂」があると言いますが…

「人生には三つも坂は無い」と…人生は、上り坂と思っていても、実は下り坂であったと言う事もありました、下り坂だと思っていても、それは予想もしない上り坂であったことも経験しました。

つまり、人間が予想したり、認識していることとは関係なく、〝まさか〟のことが起こり続けていると言う事ではないかと思います。

人生は計画通りにはいきません。まして、子どもの人生を親が計画できるわけもない。無防備で放り出すにはあまりに不安な世の中ではありますが、そこはやせ我慢でも「まあなんとかなるよ」と言ってやりたいものです。

2014年9月16日 (火)

家の周りの掃除

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家の周りの掃除

先日、国道16号に面しした歩道の脇にちょっとした空地(国土交通省の管理?)に背丈ほど雑草が伸びていてその中を草を切りました。コンビニ弁当・ペットボトル・空き缶・空き瓶などが捨てられてあり、500リットル袋一杯になるほど処分しました。

民家の目の前でもあり…汚れに対して感覚がマヒ?しているのではと思ってしまいました。いや、国の管理場所だから国で掃除は当たり前だと思っている?のでしょうか…

いずれにしても駅に近いこともあり、多くの人が通る歩道であり、ご近所の人が掃除していただければ…と思いました。

冬になると、童謡の「たき火」歌詞を思い出しました。家の周りの落ち葉などを掃除して燃やしたのです。 昔は家の周りを、毎日掃除する…当たり前でした。

近年は自然環境変わり、町の景観も変わりました。価値観の多様化、生活様式の変化、食べもの包装・飲料品の容器、プラスチックなどの容器類が、断然多くなってきています。自然に戻らない物、有害な物質が多く、処分が大変です。

共働き、高齢化などで毎日は掃除するということは出来ないと思いますが、各家で、週一ぐらい掃除するようにすれば、「きれいな町」を維持できるのではないでしょうか…

空き缶やタバコの吸殻なんかは見つけるとすぐに拾う…この行為、心がけが大事です。拾って、また誰に捨てられるから…そんなこと関心ない…掃除する時間がない…などの理由?で目に余る光景が現れることになるのです。

きれいな町に住むことで、人に優しい、思いやりの心が醸成していくのです。子供たち教育などにも大事なことだと思います。一人ひとりの心がけで町はきれいになるのです。家の周りを掃除しましょう…ご理解をお願いします。

2014年9月15日 (月)

老後の将来が不安

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人は、心身の衰えを感じるようになると、「将来の不安」と感じ方が増してくると言います。
私も、何か自分の思い通りにならなくなると、そのようにふと思ったりする時があります。

しかし、考えてみれば、将来の事をいくら不安に思っても、その将来が自分にあるかどうかは分からないのです。

それまでに自分が死ぬかもしれないのです。老後が不安だと言っても、その老後があるのかないのかは分からないのです。

将来の事を不安に思いながら今を過ごすのはもったいない…「時が解決」します。

今は今を満喫して充実させる事に心を向ければいいのです。もちろん将来の事を考えて計画や対策をする事は必要だとは思いますが、漫然と不安に思うことはしない、その時はその時で何とかなるものです。

毎日を一生懸命生きる…そして今、自分がしなければならないことを一生懸命することです。将来を不安に思う時もありますが、不安に思ってあれこれ悩んでいても、何の解決策は見いだせません。

自分自身に「大丈夫!」と言い聞かせる

そういう事を繰り返していると将来の事を余り不安に思わなくなる心になって行くのだと思います…すると不安に思っていた将来も何とかなっていきます。これがどうも人生を不安を少なく、そして楽しく過ごす良い方法かも知れません。

 

敬老の日で思う

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今日は「敬老の日」です。

昨日、私たちの町では、町主催で「敬老の集い」で70歳以上の方を、ホールにご招待し、飲食・歓談・カラオケなどで一時を過ごして頂きました。(町会の役員)

「石を投げれば坊主にあたる」ではありませんが、世の中は、少子高齢化は身近に感じる今日この頃となりました。右を見ても左を見ても、お年寄りじゃございませんか、子供も姿が見えません。人の顔もすっかり変わってしまった。

「8人に1人が75歳以上 65歳以上が3300万人」…高齢者のいる世帯は2086万で、初めて2千万世帯を超えた。うち高齢者の単身世帯は552万世帯に達した。(朝日新聞)

このままだと、「約半数の市区町村が消滅する可能性がある」という民間調査機関で指摘があり、呼応して、政府は、「まち・ひと・しごと創生本部」を立ち上げました。

人口減少に対応するため、2020年までの「総合戦略」や「50年後も人口1億人維持」の長期ビジョンを年内にまとめる。次の臨時国会には、地方創生の基本理念を定める法案も出すという。

私たちの町は、今まで出来ていた清掃活動・イベント活動などの共同作業でも、規模を縮小・廃止などの処置をとらわずを得ません。防災や防犯などでも問題となってきています。

「元気なお年寄り」…老人会などで積極的に参加してい頂くように、町会などでもサポートしていますが、超という語があてはまる高齢化で難しくなりました。

支え合う地域社会というけれど、趣旨は分かるが、思うようにはなりません。「自分の身は自分で守る」…核家族化で、防災・防犯はもとより、日常の食生活・身の回りまで考えなくては…と思います。

お年寄りが、安心して暮らせる社会を創って(なって)欲しいものです。

 

 

2014年9月14日 (日)

ゴミのポイ捨ては止めましょう

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私たちの町でも町の清掃活動を行っています。毎回100以上の参加者がいます。今年も小雨が降りましたが行い(9/7日)、きれいになりました。しかし
困ったことに…

清掃活動した翌日には、早速ゴミは捨てられているのです。ゴミを道路脇に捨てる人達は、地域のゴミ拾い等に参加したことがないのでしょうか?自分が住んでいる町がゴミだらけでもいいと思っているのでしょうか? 

人には、感覚・認知さは違いがありますが、「小さなたばこ一本ぐらい、いいだろう」と思っている人がいるのでしょう。「誰かが捨てているから捨ててもいいだろう」…子供たちは「大人が捨てているから…」ということになってしまっているのが現状のように思えます。

町の品格問われます…

町の品格が問われます。町がゴミで汚れていたら、人の心も汚れて、性格も荒んだり防犯上でも問題となると思います。反対にゴミのない町に住んでいる人は、人の優しく、思いやりのある人がいると思います。

町は色々な人が通りる道路があります。公園は誰でも入園できます。他所から来た人も自由に入れます。車の窓からタバコの吸殻をポイ捨てする人をよく見かけます。ポイ捨てする人もいます。

喫煙者のごく一部の人の行為だとは思いますが、止めて欲しいものです。ポイ捨てする人はごみが落ちてる町並み(山でも、川原でも)を見てもとくに気にならないんだと思います。

私は、まちをきれいにすることは、自然環境を守る→人々の心が優しくなる→子供たちが元気になる→次世代に良い環境を引き継ぎが出来る…そうしなければいけない…とも思います。

多くの人の理解を…

私はよくゴミ拾いをしています。拾いながら思うのですが、ひとりでもゴミ拾いをしていただきたい思います。ゴミを拾うとう行為はとても勇気のいることです。しかし、健康で自然を愛する心豊かになり、安心して暮らせる町になるのです。

何時もきれいにしていれば、人は捨てにくい気持ちになるものです。是非ご理解していただきたいと思います。

不法投棄は犯罪です…

農道や山林の道路脇など、人目に付かない場所へのごみの不法投棄が後を絶ちません。廃棄物を定められたルールに従って適性に処理せず、処分場以外の山林や原野、空き地などにみだりに捨てたり埋めたりする行為は犯罪です。

違反をすると5年以下の懲役、もしくは1,000万円(法人は3億円)以下の罰金、またはその両方が科せられます。

 

2014年9月13日 (土)

個人主義と利己主義

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世の中には、自分が幸せになりたいと思っている人はたくさんいますが、幸せになる方法を知らない人も多いものです。大概の人は、人の事はさて置き、自分や自分の家族が幸せになれば良いと願って毎日を過ごしています。これはこれで自然なことだと思いますが、中々幸せになれないのが現実です。

個人主義と利己主義

個人主義と利己主義は当然ながらその意味が違います。しかし、現代社会の人々の生き方を見ていると、近頃の日本人はその意味の違いを理解していないように私には思われます。あるいは、これらの二つの言葉を、各人が自分の都合のよいように勝手に解釈しているのかもしれません。

個人主義は、個人が社会の仕組みの中で自分の位置を与えられ、関係付けられ、働き(運動)が明らかにされ、かつ保障されている社会を指しています。

つまり、個々の人間の主体性を重んじて、一人ひとりの個人が自由に生きることの権利が保障されている代わりに、個々の人間が集合して成立する社会に対して個人としての自覚と責任を負うものです。

一方、利己主義は、自分が益することだけを行為の基準として、他者のことや個々の人間で成り立つ社会の利益を全く考慮することなしに、自己本位な生き方を推し進める考え方です。

個人主義と利己主義という、これら二つの言葉に対するおおまかな定義からも、その違いが明らかです。

この定義に当てはめて、近頃の日本人が個人主義というよりも非常に利己的であることが理解できます。日本人は個人主義と利己主義をはき違えてしまっているように私には思えます。

国家や行政に依存したシステムに慣れてしまった国民は、他人依存になると共に、社会に対する無関心だけでなく、「他人」に対しても無関心である状況が見られ、危惧さえ覚えます。

思想や理念が欠如したお任せ民主主義は、官僚統制型の日本的社会主義国家になり、責任や義務を放棄した利己主義の国民を育てる結果になったと思いす。

無関心で他人依存・自己中心的な行き過ぎた個人主義・公共心の薄れ・反道義的な事件が日常化し、家族の絆さえ失われ、非常事態の感さえお覚えます。

またこれらの解決にむけた個別の政策に答えが見出せない根源としては、国民自身が主権者であり、社会を構成する主体者であるという認識の欠如と、「御互い様」と「思いやり」などに見られた日本人の心が荒廃していることが考えられます。

 

 

地域のあるべき姿

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あるべき社会の姿

個人主義というのは、日本人的には「自分勝手」とか「利己的」みたいにとらえられますが、本来は個人のプライバシーに立ち入らないという、欧米的には「親切」ことです。

日本では、年齢層が高ければ高いほどフィットません。しかし、若者達には個人主義がやや浸透してきた感じです。価値観が変わったのです。

近年、都市化、少子化、核家族化及び地域における地縁的な繋がりの希薄化、欧米などの個人主義の浸透などによる弊害で、日本独特な集団の「隣組」?の組織が消滅しかかっています。

そのことから、地域の(環境・保安)などに無関心・無責任が増長していると思います。潤いのある心豊かな優しさいっぱいの町、安心安全な町を目指し、地域の活性化を図らねばならないと思います。

超高齢化社会の在り方

地域コミュニティ再生…高齢者から見た地域コミュニティの在り方・高齢単身者が安心して暮らせるようにするには…

同居、近居をし易くし、もう一つの居場所やグループハウスを確保健康維持・介護予防・体を動かす、頭を使う、笑う( 喜怒哀楽)機会を充実→自助努力

就業の促進、心のケア=地域の中にもう一つの居場所を確保←行政の支援

若者に意識改革(意識づけ)

高齢化社会への対応、弱者への思いやりの心、コーディネートできる力、創造表現する力、安心安全な地域環境等々の教育が不可欠なものとなってきます。

また、これらの教育には学校と地域が一体となって初めて大きな成果が出てくると考えます。別な視点から言えば、学校だけで教育を担う時代は終わったと言っても過言ではありません。多くの大人が関わり合いながら地域一体となった教育が必要となった時代と思います。

 

 

 

 

2014年9月12日 (金)

無いものねだり

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人間は、みんな無いものねだりをしたがります。

もっと心を平穏に毎日暮らしたいと…人に依存する心をもっと少なくしていきたい…怒る気持ちをなくしたい…などなど、今の自分にないものを欲しがるのです。

これらを向上心という人もいますが、なかなか「これで良し」と思えないのです。こうなると死ぬまで「これで良し」とは思えないのかなと思ってしまいます。

私は生きている間、「穏やかな心」であるということを、願っていますが、まだまだいつも何かを求めているような気がします。修行が足りないと…戒めています。

もっと修業をして、もっと多くの気づきが必要なこなのかも知れません。たぶん今のままの状態でも一つ気付けば「なるほどこれで良し」と思えるはずです。でも気付かないから「次は、次は」と思ってしまうのです。

世の中とは面白いもので、金持ちになると不安がなくなるようにみんな思ってしまいますが、金持ちほど不安なのです。自分が持っているものを失う不安が持てば、持つほど増大するのです。だから一生涯安心することがないのです。

働いてお金を貯めていく事は悪いことではありませんが、持っているものに対する執着を捨てることができないと、幸せにはならないのです。所有欲を失くすために喜捨しなければならないのです。

私も“しがない”生活をしていますが、まだまだ物惜しみをしているのではないかなと思います。執着があるのです。

「これで良し」と思うことが瞬間もありますが、知らないうちに「次」を求めている自分もいるのです。死ぬまでこれの繰り返しでは嫌だなと思うので、どこかで気付かなければならないのです。

「人間本来無一物」

無一物(むいちもつ)・・人間は本来、何も持たない。汚れも罪もなく病気も苦悩も無い。何も無いはずなのに、何故か現実には誰かが誰かを恨んでいたり、バチが当たると思っていたり、自分は罪深いと思ったり、何も悪い事はしていないのに世の中は自分の味方をしないと考えていたりします。

一度、死に直面した人は、人生観が変わるという。

生きていくのに最小限のものがあればいい。余分な欲に苦しまなくなったという。本当に最小限のものは、巡り巡って神様が準備してくれる。

空の小鳥も野の花も「明日の食べ物をどうしよう」なんて悩まない。いつも何か求め、一つ持つと、次のもう一つを得ようとする人間の性が消えたら、きっと心の平和が来るのだと思います。

 

 

信じることの危うさ

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脅威となっている「イスラム国家」…

中東のイラクからシリアにかけて支配地域を拡大しているイスラム過激派「イスラム国」これまでの過激派と大きく違う点は、「国家」の樹立を宣言したことです。

「イスラム国」は、独自の国家づくりを目指しています。謎に包まれた指導者は、自らを「カリフ」と宣言しました。

カリフとは、イスラム教スンニ派にとって、預言者ムハンマドの後継者のことでした。第1次世界大戦でオスマン帝国が敗れて崩壊して以降、カリフの座は廃止されていました。それを復活させたというのです。

アメリカ人の記者の斬首映像をネットで流して、オバマ大統領は今まで消極的と言われていた攻撃を実施しています。しかしその勢力は拡大しているようで、イラクの油田地域も占拠するという国際社会も対応に苦慮している状況です。

信じることの危うさ…

http://d.hatena.ne.jp/world-2/20120928/1348840496

「信じる」というのは、人間が想定外のパワーを発揮できる鍵です(事を理解したり、解決したりするのに最も大切な事)論理や科学をはるかに越えてしまう力があります。

その一方、信じるというのは、怖ろしく危険でもあります。カルト、テロ、全体主義などは、信じることがエスカレートしていった悲劇です。多くの宗教は、そのような問題を生じていません。

「信じる」ことは、主観的であって、客観的な証明はできません。検証も再現も不可能です。検証が不可能なので、信じる行為は、一方通行となりやすいです。修正も、停止も、できにくくなってしまいます。信じることは、修正や停止を「悪」としてしまいます。

2014年9月11日 (木)

原発と経済成長

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震災の復興は、まだまだと言わざるを得ないと思います。

復興とは、何らかの問題により勢いを失った団体や勢力、ないし市町村など地域・集合体の機能を回復させ、以前の状態に戻すことであり、またはこれらの集合体(=社会)が用いる手法のことである。(ウキぺディア)

「震災3年半 避難者いまだ24万人超、仮設暮らしも19万人」産経新聞… 

東日本大震災は11日、発生から3年半を迎える。警察庁によると、9月10日時点の死者は1万5889人で、なお2601人が行方不明となっています。

原発事故がなければ…もっと復興は進んでいることでしょう。 

マグニチュード9.0という規模の地震と、10メートルを越す津波だったが、それでも、我が家があれば戻り、農業・漁業に精出すことも出来たはず、そして、放射能汚染の風評被害もなかったことです。

除染?本当に山や畑がすべて安心するレベルまでできるの?そして地下水まで…そう考えてくると…今までの常識を超えた判断をしなければならず…今後の原発稼働は日本のみならず、世界の国々の問題でもあると思います。

経済成長には、エネルギーの確保が必須です。太陽光・地熱・風力・水力などの自然エネルギーで賄えるのか…いや限界でしょう。ならばリスクは高いが原子力の頼わざるを得ないでしょう。との意見はあると思います。

鹿児島県にある九州電力川内原発1、2号機について、原子力規制委員会が、安全審査の合格証にあたる「審査書」を決定ししました。 

再稼働?廃止?…意見は分かれることでしょう。

私は、これ以上の経済発展の進捗進度はゆっくりでいいのではないかと思います。

何のための経済成長なのか、成長しなければ後退するばかり…という考えもありますが、私は、現状維持でもいいのではないかと意見です。現状維持でも、成長は止まらないし、ただゆっくりと成長していることです。

などなど考えていくと、「下山の思想」(五木寛之)にあります。 

 ピークを過ぎた日本経済は下り坂に差し掛かっている。

 下りは行く先も見下ろし俯瞰できるからゆるりと行けばいい。

登山は登りより、下りに危険大きいという。安全・安心の世の中であって欲しいと思うのみです。

今日の新聞社説・・・鹿児島の川内原発で「審査書」を巡って… 

読売…「川内原発「合格」 再稼働へ課題の解決を急げ」

毎日…「川内原発再稼働 なし崩し的に進めるな」 

 

 

 

2014年9月10日 (水)

夜寝て昼活動が自然です

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万物は宇宙の法則から成立っています。地球の星は、太陽系の中にあって、24時間かけ自転しながら太陽365日かけて回っています。

だから、地球は夜と昼があり、地球上の生物は夜に眠り、昼に活動するということが地球史上続いているのです。すべての生き物は眠る時間がなければ生き続けられないのです。夜も働く…ということは、昼間に寝るということです。

 人間だけが、夜も昼も働く…

24時間放送…NHKラジオ放送も、深夜便が生まれたのは1990年4月…それまでラジオ第1は午前0時で放送は終わり、午前5時までお休みしていました。テレビも24時間放送…ということも民間放送番組があります。

これほど、忙しい時代…

地球は丸いので、「裏と表」で、夜で寝ている人もいれば、昼起きて活動している人もいます。グローバル化した経済で、普通の人とは、昼夜逆転の生活(仕事)をしている人がいます。

警察・消防署・病院などで働くということは当然ですが、コンビニなどで24時間営業まで必要になったのでしょうか?

1975年ごろに、 24時間営業が始まったようですが、いま、過労・営業採算・従業員などの問題で、厳しい状況にあるようです。

朝日新聞に「24時間営業、その裏を知っていますか ある店長の日々」…から…

過労死ラインを超えている…

コンビニのオーナーの仕事内容を紹介しているものですが、売れ残り処分や、管理などから過労が心配されます。その上、深夜営業は完全に赤字というが、「1日中営業しているイメージが大事だ」ということです。

深夜働く老健(介護老人保健施設)などで働く職員なども、働く条件が厳しいようです。人の命に関する仕事ですから、労働条件を十分配慮しなければ…

私は、夜に働くというのは、必要最小限の世の中であって欲しいと思います。暗くなったら寝る明るくなったら動く…そしてスローライフで暮らしたいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2014年9月 9日 (火)

全ての生き物は…他の命に支えられている

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昨夜TBSテレビニュースの特集「無人島一週間自給自足の生活に挑戦」を拝見しました。

ガスなし、電気なし、水道なし、あるのは一面に広がる海と境遇を同じくする仲間…日の出と共に起床して、日没と共に眠る…そんな一週間を過ごして得られるものは…自然の恩恵と仲間のあり難さ、命の尊さを実感する… 

魚を獲る大変さと、持っていた鶏を食べるか食べないからの話し合い、仲間同士で意見が違い…など生きるということの意味を考えたのでは…

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あらゆる生き物は、生きとし生ける、さまざまな他の命にささえられて、生きることができるのです。人も同じです、只一人では生きていけません。

この道理を認識する謙虚な態度こそ最も大切なことですが、現代人はあまり気に留めようとしないばかりか、気づいていても、自分本位に行動します。

 この最も基本的なことが崩れ去ってしまう世の中ほど、恐ろしいことはありません。 

食品の品質表示の不適正、銀行や企業への取引不信、公人の不正行為、親の子供虐待、俺おれ詐欺、凶暴な犯罪、青少年の命を尊ばない無謀な行動、枚挙にいとまがないほど最近、人々の心はすさんでいます。

信頼や信用、お互いを助け、生かし合えることを、みんな忘れてしまったのでしょうか… 自分の力で生きているのだと思い込んでいる人であっても、人間は多くの人々や、生きとし生ける、さまざまな命にささえられ、生かされています。

只一人では生きていけません、多くの人々や、生きとし生ける、さまざまな命とともに生きているから、ヒトと間、すなはち人間です。 

「今、生きている、生かされている」 この幸せを、喜びを実感する…素晴らしい企画だと思いました

2014年9月 8日 (月)

危機意識の希薄…

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慣れの恐ろしさ…

人の感覚とは、その生活環境に慣れることです。環境に慣れるということは、生きていくためには必要条件かも知れません。

しかし、同じ環境にいると、そもそも危機意識を持ちにくかったり、元々持っていた危機意識が次第に希薄になってしまう傾向があると思います。

日本人は平和ボケしているのではないかと指摘する人もいます。

格差問題・財政再建問題・エネルギー問題・環境問題・人口減少問題などなど切迫した問題あります。

最近思うことですが特に広島の土砂災害などは、今までに経験したことのない異常(想定外)な雨量であったのです。専門家でも起こるべくして起きたもの…と指摘する人もいます。

「地球温暖化問題」が、科学者などの専門家だけでなく一般市民の間でも日常会話に登場する「常識」として定着し始めたのは、やはり1997年12月に京都で開催された「気候変動枠組み条約第3回締約国会議(COP3)」 いわゆる「地球温暖化防止京都会議」で「京都議定書(気候変動枠組み条約議定書)」が採択されてからのことでしょう。

特に、最大の温室効果ガス排出国であるアメリカ合衆国がこの議定書の規定から離脱することを表明した2001年3月以降、それ以外の先進国政府がこの国際的公約をどのように守り実現していくのかが、大きな話題になりました。

その後、北極海の海氷の減少や太平洋に散在する島国の水没の危機などのニュースが報じられる度に、「地球温暖化」という言葉が飛び交い、このいわば「魔法の呪文」によって様々な現象が「―元的に理解される」という傾向が強まっています。

確かに、最近の「異常気象」や「天災」の背後には、「地球温暖化」の影響があると想像できます。しかし、それを「科学的に立証すること」は極めて困難だ、というのが現実です。

地球規模の自然現象は、そのメカニズムの解明にとてつもない時間と労働力と費用が必要です。世界中の科学者達が、文字通り「よってたかって」このテーマに取り組んでいますが、なかなか意見の一致をみせません。まだデータ不足だという指摘もあります。

今年12月にペルーで開く(COP20)に暗雲が漂っているという。議長国のペルーで、温暖化ガス削減の取り組みに逆行するような動きが目立つためだそうです。

発展途上国と言う言葉が使われた、1997年の京都会議で排出基準を設けたのですが、どうも曖昧なものとなってしまった感があると思います。

経済発展には、エネルギー問題が欠かせないのです。化石燃料は有限であり、環境問題で将来的には、削減…それに替わる原子力・自然エネルギーとなるわけですが、これも問題があります。真珠の首飾り(中国の海洋進出)などで経済発展は、環境にも大きく係わって来そうです。

やはり、大事なことは、環境に関心を持つことです。環境を取り戻すことは、並大抵なことではありません。経済成長で国民の生活が向上することは大いに結構ですが、その付けが環境問題にならないように配慮することです。

環境問題は人の生死に係わる問題として、日ごろの暮らしの中でも関心を深め、一人ひとりが何をしなければいけないか考えて行動することが大切と思います。

 

 

 

2014年9月 7日 (日)

中秋の名月…

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怱怱たる 世の移ろいに 秋の月

中東、ウクライナ…激動の国際情勢は、一時たりとも目の離せない状況のようです。イスラム国家などと名乗る集団の衝撃的な行動は、欧米諸国も対応に手を焼いているところです。

そんな地球上の人間同士の“いざこざ”にいささかも、関わりもなく、中秋の名月は(9月8日)…(満月は9/9で必ずしも同じでない)訪れます。

せめて満月を見上げて…「不毛の争い」は止めることは出来ないものでしょうか…

川の清掃ディ…で思う

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今朝(6:00)は(9/7)八王子市の「川の清掃ディ」でした。小雨決行(昨夜から降っていた雨は小降りになり、当町会は、実行いたしました。)参加者は80名ぐらいでした。

事前に、町会のみなさまに負担を掛けないように、都・市にお願いし、除草作業をしていただきました。でも…草や、ゴミなど30袋以上の収集できました。

作業をやり終えて考えみると…町の美化は普段からしておくことで、決められたからと言って大事(おおごと)に構えるものではないのではと思うのです。町をきれいにし、みんな気持ちよく暮らせるまちづくりを多くの人で行うこと…そして、市民一人ひとりが、まちをきれいにする意識の高揚が大切なのです。

人には目立たぬように清掃活動している人もいるようです。

聖書に(新約聖書)「善行は隠れて行いなさい。」と言うものがあります。

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 善行は、利他行を積む…(京セラ創業者の稲盛和夫さんの言葉)

中国に「積善の家に、余慶あり」という言葉がありますが、これは善行を積んできた家には、よい報いがあるということです。

世の中には、因果応報の法則があり、善きこと思い、善きことを実行すれば、運命もよき方向へ変わることができます。当然仕事など自分がしようと思っていることがよい方向へ進めていくことができるのです。

善きこととは、「人に優しくあれ」・「正直であれ」・「誠実であれ」・「謙虚であれ」などという人として最も基本的な価値観です。

昔から、「情は人のためならず」と言われていますように、善きことを重ねていくことで私たちの人生をよりよいものとなっていくのです。

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 もし、あなたが幸せに生きたいのなら利他行を実行すると幸せが早くやってきます。

利他行とは布施、愛語、利行、同時の事です。

布施…

布施はよく知られていると思います。ただ寺院や僧侶への寄付くらいにしか理解されていません。それでは少し本質がずれてしまうのです。布施とは人に物品を施すことです。これは同時に「人にあげたら惜しい」という自分の我欲を捨てる行なのです。

愛語…

これは人に対して優しい温かい言葉を使うことです。職場でも学校でも人に対してみんなが温かい言葉を使えばこの世は何と住みやすくなるでしょう。相手の心を励まし癒す言葉を使うのです。

利行…

利行とは相手の利益になることをすることです。他人の利益のために心を込めて動けるか、働けるかですね。ボランティアなどを心を込めてやっていたらそれが利行です。

同時…

同時とは他人の立場に立って物事を考えて行動することです。自分の事ばかり主張したり、損得ばかりで動いていると人の心は離れていきます。人の喜びのために使う愛語や利行は、結局は自分が救われていく行なのです。

普段の心がけとしては「和顔愛語」という言葉を実行することです。和顔とはいつも微笑み穏やかな顔をしていることです。したがって、どのような人にも微笑み穏やかに接して、相手に対して温かい言葉を使うことです。

人のためにすることなのに、全部自分に幸せとなって返って来るのです。これら利他行はやろうと思えば今からすぐにできることなのです。今から幸せになりたいのなら今から実行すればいいだけの話です。幸せになるのは案外簡単なことなのです。

 

 

 

 

 

 

2014年9月 6日 (土)

湯殿川の蘆

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雨の後 蘆が呑み込む 水の音

近くを流れる湯殿川、蘆が生えています。

管理する役所の人に聞いたのですが、蘆は水を浄化するという。

雨が降って水かさが増して、蘆が音を立てて、水を飲み込んでいるようです。

故郷再生の夢…

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私は生まれも育ちも、同じ土地…町内(生まれは村)です。

昭和30年代まで、田んぼがあり、畑があり、山があり、自然豊かなで、のどかな暮らし…時代だったのです。

近くの片倉城跡(現住吉神社)の高台から眺めた風景を今でも懐かしく思い出します。湯殿川、田んぼがあって…(当時は“下河原”と言われていた田園地帯)竹林や大きなケヤキが家を包むようにあったのです。今でもその当時の風景を思い出します。

ところが高度経済成長の時代が来ると、都市にいろいろなものが集中し始め、風景が急激に変わり始めました。土地の補償制度も整備されるようになり、土地の所有に対する意識もずいぶん変わってきました。

風景も、人の気持ちも、この頃からどんどん変わってきてしまった印象です。田畑は埋め立てられ、山は削られ、家が建ち…都市化が進んで、想像もできないほどの様変わりとなっています。

専業農業家は、ほとんどいなくなり、アパート・マンション経営となってるようです。川は直線的になって、情緒・風情が亡くなって寂しい思いがします。昭和20年代までの生まれの方は、昭和30年代を何か懐かしいと感じるものがあると思います。

現在は、その当時を知る人は数少なくなり、少子高齢化が進み、空き家が増えてきているのが現状です。限界集落と危ぶまれる状況になって来ています。その上、晩婚化・結婚しない・核家族化で無縁化時代と言われる、人との交流が少なくなっています。

人口減少の対策、いま安倍政権が力を入れている「地方創生」に注目されます。人口減少や地方都市の衰退などの克服は、待ったなしです。

私は、「故郷再生」…自然を取り戻し、人との温もりを感じ合える、「町づくり」…ハード(箱もの)よりも、ソフト(心)の充実に力を…家族が、隣近所が信頼し合えることが大切な時代だと思います。

そして、実行力で勝負の時代だと思います。

実行力が大事…全ての人が、世の中に何か役立つことを見つけ、行動を起こすことです。そして住民ひとり一人の役割認識をもって、「町の再生」に参加することだ思います。

故郷再生の実現を夢見ています。

 

 

 

2014年9月 5日 (金)

川にゴミを捨てないで…

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私の住む地域(八王子市)一級河川指定の湯殿川が流れています。多くの人が散歩に、通勤・通学・買い物に河川管理通路を利用させて頂いています。

最近一週間に一度ぐらいですが、不心得の人?が、家庭ごみ捨てる人がいます。フェンスを乗り越え回収しています。…困っています。(都や市に注意看板を取り付けて頂いていますが…)

yahoo!知恵蔵に載っていました。

「川にゴミを捨てたらいけませんか?」

変わった癖があるんですが、高い橋の上から、下を流れる川を見渡して、そこに物を落とすのが好きなんです。よく家庭ごみを持っていき、投げ捨てます。ゴミ袋のまま投げるとプカプカ浮いて、それが川を流れていきますが、それもまたいい眺めです。

これ真面目な質問ですよ。これを注意されたことがあります。おじいさんでした。

でも「なんでダメなの?」って思います。よく「川を汚すな」なんて言いますが、川を汚して何が悪い?川なんか汚れても関係ないじゃん。

川が汚れて何か自分に不都合があるの?ヵ 何にもないんですよ。

自分の部屋が奇麗ならそれでいい。もし、川にゴミを捨ててはいけない、納得できる理由があれば、それなら自分は辞めると思う。今はその理由がないから川にゴミを捨てている。

回答…

まず、これはレッキとした〝法律違反行為〟だということを認識しなければいけません。

公園や川などの公共の場へ、まるでゴミ捨て場のごとく、家庭ゴミを置いたり捨てていく人がいますが、粗大ゴミの不法投棄も増えています。特に公園などには自転車やバイクをはじめ、家電製品や家具など様々な物が持ち込まれています。

これらのゴミを不法投棄した場合には、「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」により、5年以下の懲役若しくは1,000万円以下の罰金に処せられ、又はこれを併科されます。

もし不法投棄現場を目撃した際には、車のナンバーを警察に通報するなど、情報の提供をお願いしてるので、下手したら罰金ものですからアナタも気をつけたほうがいいですよ。

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上記のような、自己中心的な考えの人がいる?…驚きです。

いま、地球温暖化・異常気象が問題となっています。そして、町が汚れていますと、「割れ窓理論」…犯罪などが起こりやすく…治安に問題が生じます。川の汚れで、魚や昆虫も棲めなくなり、自然破壊になり、最終的には人も住めない状況になるのです。

川だけでなく、町はきれいにすれば、住んでいる人が気持ちよく快適な生活ができるのです。たばこの吸い殻一本でも捨てないことです。(八王子市では全市歩行禁煙です)

むかしは、法律や、条例などなくても、きれいな川で泳ぎも出来たり、洗たくも出来たのです。「規範意識」(道徳、倫理、法律等の社会のルールを守ろうとする意識のこと)高かったのでだと思います。

環境を守るということは、国や市ではありません。市民一人ひとりの心がけです。「この町に住んで良かったと思える」まちづくり…みんなの協力で出来るのです。

「私達の町は私達で守る」…ご協力をお願いします。

2014年9月 4日 (木)

人間の価値

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人間の価値とは…

「その人の道徳をわきまえた正しい品性にある(徳性)」と言われています。人間として生まれつきそなえている性質を持っている人です。すなわち人間性です。

人間性とは…

平たく言えば、その性質が卑しい人もいれば清らかな人もいるという事です。肩書、財産、生まれ、収入、権力…などでは人間の価値を計る事はで来ません。

世の中ではこの部分が昔からまだ誤解されやすいものです。肩書き、財産、収入などと、人の性質の卑しさ清らかさとは何の関係もないのです。

またどんな高貴な家に生まれようとも、それによってその人の性質が清らかになるということはありません。

高貴な家に生まれても卑しい性質を持つ人もいます。またどんなに貧しい家に生まれても、清らかな性質を持つ人も多くいます。だから生まれでもその人の性質の卑しさ清らかさは決まらないのです。

では何によって人の性質の卑しさ、清らかさが作られていくのでしょうか…

それは、その人の生活態度の積み重ねによって作られていくのです。「これがないから卑しくなりました。これがあるから清らかになりました、」という事はないのです。

毎日の生活態度の積み重ねがその人の性質を卑しくしたり、清らかにしたりするのです。では「生活態度」とは…それはその人の「心の態度」です。

だから「心の生活態度」と言って良いかも知れません。いくら立派な肩書きや財産があっても卑しい人間は世の中に掃いて捨てるほどいます。貧しくて何の肩書きがなくても本当に清らかな人間性を持つ人もいます。

心の態度は…

それは、どんな状況であっても自分の考えを正しくして、目標や願いに向けて、そしてその実現を信じている心の状態です。

さまざまな状況や情報から心が揺れ動くと、そのまま現実が不安定な状態に陥ります。

私はせっかく一回しかない一生を生きるのならば、卑しい人間より清らかな人間でありたいと思っています。

 

 

 

 

 

 

生きるとは「動き」です

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昨日、ある老人施設に見学に行ってきました。

デイケァーに来ているお年寄りを見ていて、思いました。お婆さんが車いすから、杖をついてやっとの思いで、仲間がいるテーブルの椅子に座ったのです。

生きるとは「動き」です。

生きるということは、「生きる」という言葉どおり、止まっているものではなく機能なのです。行為で、動きです。

一瞬たりとも、「止まる」ことはありません。生きることに限らず、この存在の中にある、物質を含む一切の現象は、動いています。止まっていないのです。

動いているというとは、移動する動きです。生きている我々は、移動という動きも、変化するという動きも、同時に行っているのです。歩く、座る、食べる、寝るなどの動きをしています。

料理をする、勉強をする、仕事をする、遊ぶ、などの動きもしているのです。我々は、寝ていても動きだけは止まりません。生命には自分の意志で行う動きを自由に変えたりすることができるのです。

時間があると、その時間に散歩をしようか、テレビを見ようか、本を読もうか、などの選択が成り立ちます。自分の意志で何かを決めて、その動きをするのです。

たえず動く生命が、自分の意志で動きを変える。これはとても大事なポイントなのです。動きを変えることはできても、止めることはできないのです。

何かの動きをしなくてはいけないのです。そこでどんな動きにしようかという問題が起こる。それから動きを選択する意志が、どのような基準で判断するのかと知る必要があるのです。

 

終わりよければすべて好し

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「日々是好日」

好日は、願って得られるものではなく、また待って叶えられるもでもありません。自からの生き方に日々に好日を見出していかねばならないのです。

時の時とする「とき」は来ません、ただ、じっと待っているのではなく主体的に時を作り充実した良き一日一日として生きていくところに、真意あるのです。

余生を過ごす…と言う人がるいけれど、人間に余生と言うものはないのです。

「天命に従う」

偶然・奇蹟的に、この世に生まれ出た好き日から、はじめてこの世の空気を吸う、終わりはありがとうと吐いて締めくくる、終わり好ければすべて好しです。

これで人間一生、「日々是好日」、今日で命尽きるかもしれない、その日その時、みな良き日、よき時でありたいものです。

日々是好日が積み重なれば年々好日です、過去を振り返って愚痴ることも無用です、未来に思いを馳せても先のことなど確信がもてません、だから、今日のこの好き日、ただ今を生きることです。

人生はお天気のようなもので、晴れの日、曇りの日、雨の日、嵐の日など悲喜こもごもです。晴れてよし、曇りてもよし、雨もよし、嵐もみんな天気ですから、天気予報で言う、天気に下り坂もなければ、お天気が回復するという表現も、人間の我が儘根性の表れにしかすぎません。

人としてこの世に生まれてきて、今、生きている毎日が好き日です。そして多くの方とのご縁によって、共に生きていく日々が好い日です。

人生は山あり谷あり、挫折も向上の原動力であり、絶望も希望の出発点ですから喜ぶべきです。来る日、来る日のことごとくが好き日です、自分の物差しで判断していると、ついつまらないことで嘆いたりしてしまいます。

2014年9月 3日 (水)

これからのお寺・葬儀事情

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「日本人と仏教」

古来から先祖を祭る仏教の伝統文化・風習などが引き継がれてきたものですが、少子高齢化・人口減少で、先祖の「墓を守る」ことが出来ない…(家)人が出てきて問題となっているようです。

お寺の事情も檀家の減少後継者いない…などで、経営が難しくなって廃寺とならざるを得ないというお寺もでてきているという。

日本は統計的にみて約8470万人が仏教徒であり 、全世界で3億数千万人程度が仏教徒とされていることを考慮しても、やはり一大仏教国である。約7万5000の寺院がある。(ウキぺでィア)

墓を守るとは…定期的に行って、掃除などの管理する。お寺に檀家料など経費を支払い、お寺の維持費などを支払う。

昨夜あるテレビニュース番組で、「墓じまい」という特集があった。

墓をどうするか…東京都で管理している「樹木葬」など人気が出ていているようです。私も、何か年代的に近づいているせいか、興味を持ってみました。粉骨にして、散骨・海洋散骨、樹木散骨などがあるということです。

毎年先祖代々の墓を守ることが不可能となり「墓じまい」するというものです。後継者いないでお寺や周りの人に迷惑かけるとの理由だそうです。

知恵蔵miniの解説より・・・

「墓じまい」とは…墓を撤去したり処分したりすること。墓参りをするのが困難、墓参りをする人がいなくなるといった場合に、墓の管理者(近親者など)が行う。

墓じまいをした後は、「近所に新しい墓を購入する」「納骨堂を購入する(永代供養)」「散骨・自然葬をする」「自宅供養をする」など、様々な供養の方法がある。

少子高齢化の進展により、後々墓参りをする人がいなくなるケースが増えており、それに伴い墓じまいも増えている。墓じまいをするには、墓地埋葬法で定められた手続きが必要であり、また寺院や霊園との折衝、墓石店への依頼などの障壁がある。

墓のある寺から高額な「離檀料」を求められるなどトラブルに発展することもある。2014年現在、墓じまいを代行する業者が多数存在しており、墓じまい相談会なども行われている。(知恵蔵 )

散骨…東京湾の船上にお坊さんと家族が乗り先祖のお骨を海に撒くという光景を見て、これからの葬儀・お寺の在り方など多くを考えさせられました。

2014年9月 2日 (火)

柿の実と爽やかな風

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柿の実の 大きくなりて 秋の空

日射しが眩しい。

久しぶり、朝からよく晴れた東京地方です。

吹く風も、心なしか爽やかな秋を感じさせるようです。

子どもの頃8月末には、柿(早生)を食べた思い出があります。

仕事と社会貢献

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「仕事」とは…事業を通じ己を磨き、世に貢献すること。これが人が働く目的です。

仕事と報酬…他人・社会のために尽くし…その代価(報酬)です。その代価で生活維持する手段…人間社会を構成しています。生きるための手段です。

仕事がなくても生きられるかもしれませんが、人というのは社会の中で自分の役割を見つけないと生きづらいものだと思います。やはり自分にしか出来ないことがあったり、人に喜んでもらえたりすると、生きる自信が持てます。

「お金のため」「食べるため」に仕事をするだけでなく、「自分の夢」・「目標を実現」するために手段に仕事があるのです。

仕事を通してやろうとしていることは、人に生きていることの躍動を存分に感じてもらい、新しい価値観や生き方を伝えたり、仕事を通して人と触れ合い、世の中について語り合ったり、社会の一部になって動いていることを常に意識することが大切です。

「世の中」とは…生死を超えた生かしあいの世界です。だから、この世に生まれてきたすべての人間は、生かしあうために生まれてきた。生きるとは、生かしあうことです。人はだれでもたった一人です、けれども一人では生きていけません。多くの他人(ひと)とともに生きるから人は生きていけるのです。

生かしあいのために自分も「世の中」に必要とされている。それで自分が他人に必要とされるに値する人であるかどうかが問われます。したがって自分しかできないこと、そういう能力を身につけるべきです。

「世の中」が自分を必要としている。そのために自分に何(仕事)ができるのか、そこが大切なところでしょう。だから世の中に必要とされる自分であるべきです。そのために仕事を通じ、向上心を鼓舞して自己の人格を高める努力を日々怠らないことです。

仕事を通じ社会に貢献

仕事…働き方」は、お金を基準とした物の考え方でなく、社会に貢献している…そして「何のために生きているのか」・「何のために働くのか」という自己の存在意義を考え、社会に貢献できる生き方・働き方が求めるということが大切だと思います。

 

 

 

2014年9月 1日 (月)

防災の日に…

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今日は、2014年(平成26年)9月1日(月)。防災の日です。

立春から数えて210日目で1923年(大正12年)関東大震災があり、この日を「防災の日」としております。

むかし親父から関東大震災に遭った時のことを興味深く聞いた覚えがあります。生まれが農家であって、この時季は稲が開花・結実する大事なときだということも聞かされました。水管理と、台風の襲来で、稲のが被害をどう防ぐかを母と話していた記憶があります。

二百十日は伊勢の船乗りたちが長年の経験によって凶日としたといわれていて、雑節として暦に記載されたのは江戸時代で、八十八夜とほぼ同じ頃です。先人たちの経験に基づいた生活の知恵が暦となっているのです。

未曽有の被害

日本大震災は2011年(平成23年)3月11日が発生し多くの犠牲者を出し、原発に伴う被害は、いまだに仮設住宅を余儀なくされている人、たくさんいる状況です。

原発事故で、電力の3分の1を作り出していた、54か所の日本の原子力発電所は全てストップしました。放射能の恐ろしさを、まざまざ知らされた思いです。

エネルギー問題は、経済成長には欠かせない最重要問題です。原発再稼働の論議は続くかと思いますが、環境問題と絡み将来の課題だと思います。

「首都直下型地震が発生する確率は30年以内に70%!」

政府の中央防災会議の作業部会が公表した被害想定は、最も被害が大きくなる「都心南部直下地震」をはじめ、様々な震源のマグニチュード(M)7級の地震によって、首都圏が最大震度7の激しい揺れに襲われることを示しました。

「30年以内に70%」と切迫する首都直下地震の想定を冷静に受け止め、防災・減災に生かすことが重要です。これには日ごろの訓練と心がけが大事だと思います。

しかし、地震以外にも、水害・土砂など災害は起こります。最近は、地球温暖化、無秩序な開発、などで従来の想定しがたい災害が相次いで起きています。天災とも人災ともつかない災害が起きているようで仕方がないのです。

町会で防災訓練を計画しても参加者が少ないのです。自分は大丈夫ということはありません。自分はもとより、家族・近隣、地域の安全はみんなで守るということが大切なことです。

「のど元過ぎれば熱さ忘れる」ではありませんが、今日の「防災の日」を地域の一人ひとり、いつ起きても最少被害でとどめる…改めて考えておくことが大切です。

 

命いっぱいに生きる

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現代は、今大きな変革期を迎えているよう気がします。

私たちはいま意識の目覚めの時を生きています。

相田みつをの言葉に… 

『昨日のいのちはどこを探してももうないし、明日のいのちは明日になってみなければわからない。明日は死んでいるかもしれない。間違いなくあるのは、いま ここのいのちだけ。いまここで、ぶつぶつと不満や弁解をしながら生きるか。いま ここを、生き生きはつらつと、いのちいっぱいに光かがやいて生きるか・・・それを決めるのは、いま、ここの自分。』

私はよく、過ぎていった時間を後悔してしまいます。「あの時こうしていたら」…自分にプラスになったものもマイナスになってしまう、ということです。「その時」しかなかった“いのち”が“いっぱい”に生きられなかったのはもったいないことです。

また、その時 その時を 一生懸命に、つらくてもできるだけ前向きに生きることが日々を充実させていく、ということも、この言葉で改めて実感させられました。

「いのちいっぱい」に生きること…それはきっと、一日を、一分を、一秒を、一生懸命に生きるということです。それはきっと、優しい気持ちで精一杯に生きることです。

自分がこの世に生まれてきた意味を探して、「今日」を「いのちいっぱい」に生きていたら、日々の生活の中の“ささやかな幸せ”も大切に感じられると思います。

命いっぱいに生きてきてほんとうによかった。どんなときでも心の底からしみじみと言えるような人生を 生きて行きたい。

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