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2014年7月

2014年7月31日 (木)

病気して分かる健康のあり難さ…



病気して 有り難さ知る 夏まつり

7月は終わり、明日は8月です。2か月前から、長く歩いていると、左脚がしびれ、我慢して続けて歩くと痛くなり、痛くて歩けなくなりました。

近くの整形外科に行き、診てもらったら、「坐骨神経痛」だということです。病名は「腰部脊柱管狭窄症」だそうです。電気治療・マッサージ治療を続けていますが…なかなかです。

何処も身体の痛みがない…当たり前のように思っていましたが、身体の一部が「痛くて辛い」個所がありますと、「健康の有り難さ」を感じます。

明日から、八王子の夏祭りです。ボランティアで、交通整理に出かける予定です。痛み止めの薬を飲んで頑張るつもりです。

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最低賃金値上げで考える

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非正規雇用労働者4割(1900万人)とも言われる。ミドルの非正規社員を取り巻く環境の厳しさは、あまり知られていない。

独立行政法人労働政策研究・研修機構が行った「壮年非正規労働者の仕事と生活に関する研究」では、「若年非正規労働者(25~34歳)の相対的貧困率が、23.3%と5人に1人であるのに対し、壮年男性(35歳~44歳)では3人に1人(31.5%)。

つまり、40代に突入した“氷河期世代”(バブル崩壊後の就職が困難であった時期〈1993年から2005年〉と定義されている)は、若い人たちより貧困率が高い。

なぜ、壮年男性のほうが、若手よりも貧困なのか? その理由は、「誰が家計を支えているのか?」にある。

若年層の7割が、「親」が家計維持者であるのに対し、壮年層では58.2%が「自分」。親のすねをかじれる若手と、一家の主として支えなければならない40歳前後とでは、生活に苦しさが異なる。

労働政策研究の調査結果によれば、同じ壮年層でも、正社員の場合の収入は、500~700万が最も多い(26.15%)。一方、非正規では、100~150万が20.7%で、その格差は年齢とともに広がっていく。

最低賃金を全国平均16円値上げが決定…

厚生労働省の中央最低賃金審議会が、今年度の最低賃金(時給)の引き上げ幅を全国平均で16円とする目安を決めた。最低賃金は平均780円に上昇する見込みだ。

消費を刺激して企業の生産活動を活発にし、それが新たな雇用を生むという好循環をつくるために賃金の上昇は重要だ。働けば少なくともこれだけはもらえるという最低賃金はパートなどの収入に影響し、引き上げはそうした非正規労働者の処遇改善にもつながる。

非正規雇用者が、何年か問題なく勤めれば、正規雇用になれるという制度があれば、勤労意欲が増し、生産効率も上がるのではないだろうか。従業員の待遇改善にもつながり、しいては、少子化問題にも改善が図られるのではないだろうか。

将来に夢と希望が持てる職場がなければ、個人の生活の質の向上と企業の生産性の向上は、連動するもので、最低賃金値上げだけでなく、非正規雇用者と正規雇用者の生活格差を改善することを進めるべきである。

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2014年7月30日 (水)

しつけの大事さを痛感します

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高1女子同級生、殺害事件で、思うことは、17年前の1997年に世間を震撼させた「酒鬼薔薇聖斗」事件を思い出します。育った環境で人を殺すことが、どういう事か理解できないまま、思春期まで育ってしまった…と言う事でしょう。

最近子供たちの公園や広場などで感じますのが、家から持ち運んだ食べ物や飲み物の空き缶・ペットボトルは、その場に投げ捨ては当然で当たり前と思っているのです。

人間社会にはマナーやルールがありますが、親のしつけが良くないのか、子供たちが帰った後の状況は、目を疑う光景がよく見られます。もちろん、大人にも言えることですが、八王子市では全市内…条例で決まっていますが「歩行禁煙」です。道路などにはたばこの吸い殻が落ちています。

いやいや、規範意識の欠如と言うべきか…このままルールがあっても守らないならいで大人になったら……と思うと心配です。頭は良く勉強は出来ても、社会人としては失格です。その失格者が結婚して子供しつけが出来ないと想像すると末恐ろしい社会になってしまう。

「健全な精神は健全な肉体に宿る」とい諺があります。

人は、生まれた環境で、人格形成されていきます。ルールを認識しない…人間になってしまった…ということだと思います。したがって、心身共に、不健康な人間といえるでしょう。

しつけの大事さを痛感します。

 

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心の健康…

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複雑多岐で、不透明な社会・グローバル化した経済…ややもすると自分を見失う・・・恐れも…「心の健康」が大事な要点になってきている時代と思います。

「心の健康」を考えてみました。

「心の健康」とは、人生の目的や意義を見出し、自分自身で選ぶことができることです。それには「生活の質」が大きく係わってきます。

個人の資質や能力…身体状況・社会経済状況・住居や職場の環境・対人関係などですが、なかでも、身体の状態と、心は相互に関係しています。

環境に積極的に適応できる… 積極的な適応とは、「単に環境に順応するのではなく、環境に適応しながら、その環境をより良いものに変えていこうとすること」です。

自分の行動を自分自身がコントロールしていること…
自我が十分な力をもっている・ 心の中の健康な部分が、行動をコントロールし、不健康な部分を制御できる…自分自身を傷つけたり、他の人に害を与える行為を制御できることです。

自分らしい生き方をめざしていること…
自分の個性に合った、自分らしい生き方(自己実現)をめざしていることです。

自立をめざしていること…
日常生活の自立、経済的な自立、精神的な自立で、精神的な自立とは「自分で考え、判断し、行動し、その結果に対して責任がとれる」「他の誰かではなく、自分自身に頼って生きていけるようになること」です。

心が一つに統合されていること …
意識と無意識が調和している。心の中で抑圧されたり、解離されている要素を受容し、人格の中に取り込んでいる。心の中のマイナス面とプラス面のバランスをとる。心の中のあらゆる要素が、自己を中心に統合され、心が完全に一つにまとまって機能していることです。

心が成長を続けていること…
外界の試練や心の中の葛藤と対決することによって、心を鍛える。心を成長させるための栄養・・愛、喜び、満足感、感動、笑い、人とのふれあいなどです。

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2014年7月29日 (火)

しつけの大切さを痛感します

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愛情溢れる「しつけ」が大切です。

16歳の高校生が「人を殺してみたかった」と、前もって、のこぎりや金づちなどを買って置いたそうです。

「しつけ」とは…人間または家畜の子供または大人が、人間社会・集団の規範、規律や礼儀作法など慣習に合った立ち振る舞い(規範の内面化)ができるように、訓練すること。概念的には伝統的な子供への誉め方や罰し方も含む。(ウキぺディア)

現在はアベノミクスの効果なので、人手不足・働く女性が増えてきています。低学年子供たちは、学校から帰っても誰もいない家庭が多くなっていて、学童保育などで、子どもの生活を守る制度があります。

「小1の壁」など議論がありますが、今一番気になることが、小学校高学年から中学ぐらいの子どもたち思春期の時代に「悪いこと・良いこと」の判断が出来ない子がいることです。

公園や広場で、多くに友達と体を動かす遊びは結構なことだと思いますが、家から、遊び道具(サッカーボール・野球のボール)そして、飲み物食べ物など持ってきて、片付けないで、そのまま帰る…自分達専用の遊び場と思っていのです。

公共の場も自分たちの場も分からない訳でもないと思うのですが、後で使う人のことを思いやる心がないと思うのです。他人に対する思いやり、自然や人に対する優しさの心が足りないと、思えるようで仕方がないのです。

物を大事にすることも足りない、無くしたら、買ってもらえる…という意識があるのでしょう。自分の都合の良い言い訳はしっかりしています…。これでは大人になって、「自己中心主義」の人間になって社会で問題を起こすのだと思います。

勉強は出来ても、規範意識が欠けた人間では歪んだ大人になっていまします。それでは社会に通用しません。改めて、今回の事件で幼少のころの家庭の「しつけ」の大事さを痛感いたしました。

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老々介護を考える

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「三夫婦」で新しく作った橋を「橋の渡り初め」という言葉をわずか半世紀前(子供のころ)に、聞いたことがあります。

ひいじさん・ひいばあさん…おじいさん・おばあさん…そして、おとうさん・おかあさん…子供がいるという家族です。

よく考えてみると、結婚した年齢が20歳前後が多かったようです。夫婦が40歳代で子どもが結婚し、孫が出来るということです。実は私(10歳)の母親は病気で(48歳)亡くなりました。長男は結婚していましたが子供は、妊娠6っか月で生まれていませんでした。

親父が、せめて孫を抱ければと…涙を流しいったことを思い出します。

40歳代で孫が抱ける人は珍しくなかったのです。人生50年時代があったのです。童謡の歌詞に、「船頭さん」…♪村のはずれの船頭さんは、今年60のおじいさん~~を覚えています。すごく年をとったおじいさん…というイメージがありました。

そして、親を看取る…嫁の仕事?で、犠牲?になっていて、私も子供ながら、不合理だと思っていました。

平成の時代になって、兄夫婦が認知症などになり、子供たち夫婦に負担がかかり、嫁だけに負担はかけられず、事情があって次男は、会社を辞めて介護にあたったのです。

そして介護保険制度が出来て、ヘルパーさんにお願いするようになり、少しは、負担は軽くなるという経緯がありました。

現代社会は「核家族化」・「少子高齢化」が進み…老々介護が問題となっています。

自分の始末は自分で…曽野綾子さんの「自分の始末」の著書にありますが、「出来るだけ、あらゆる面で、他人に迷惑をかけずに静かに、この世を終わらせることである。私たちは、一瞬一瞬を生きるしかないのだから、その一瞬一瞬をどう処理するか」…がありますが……

「いよいよ来たか…」自分達の番?

綺麗に人生を終わらせることなど自信はありません。老々介護で、悲惨な人生を送らねばないかも…覚悟せねばとも…不安です。

人それぞれの考え方や、家族関係の環境の違いで、一様とは行きませんが、社会保障制度の仕組みを時代にあった制度に変えていくことにあると思います。

時代ニーズに合った制度が必要でしょう。介護保険でできることを平易に伝えて支援につなげることを行政は目指してほしいと思います。

今日の朝日新聞社説…「老老介護―孤立させずに支えよう」

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2014年7月28日 (月)

世界が平和になるように祈る

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毎日のように人殺しのニュースが絶えません。

15歳の少女が、15歳の友達を殺し、遺体の一部を切断したとニュースがありました。

多くの人が、世の中に信頼し、無防備で眠れ、生活できるのです。それでも、殺人事件が起こるのです。人を殺す行為は、動機があるからで、自分も殺される覚悟でなければ出来ないことです。

そして…マレーシア航空機がインド洋の海で、行方不明になったり、また、ウクライナに墜落した航空機も300人近い犠牲者がでました。

地球という星に生まれ、生きている人間の一人として、こうしている時間にも、中東・ウクライナなど戦争が行われ、何の罪もない人たちが犠牲になっています。

同じ星にうまれ、このような事故?や災難は、いつ起きるか分かりません。もし自分だったら…もし家族だったら…と考えても…それでも太陽は、間違いなく朝昇り、夕に沈むのです。

悲しいこと、辛いことがあっても、季節になれば花は咲き、時間が経てば花は散ります。なにもなかったように自然の営みは続いています。

人は学習するの能力があります。記憶に留め、二度と過ちを繰り替えさせない、と言うことを学習することが出来るのです。だが、何故だか、大むかしから、同じことを繰り返しています。

それは地球に住む、70億人のうちのごく一部の人間かも知れませんが、人間として一番野蛮な行為である殺人です。殺人のニュースでショックですが、時が経つにつれ忘れることが恐ろしいと思うのです。

最近は、大量破壊兵器や、最強の核兵器の開発合戦を繰り広げて、その兵器を使わないようにするために、戦争しない…平和を唱えている人・国がいます。

武器を持たない人・国は、いつか攻めれれる?…という恐怖さえ持つのです。だからひと時も安心できない。人・国どうしで信頼できないのです。

人は一人では生きていけません。日常の出来事に何時までもこだわり続けては明日がありません。しかし、忘れてはいけません。

そして、その事件・事故を教訓にしなければ、前に進むことも出来ないことがあるのです。世界が平和であるように祈るばかりです。

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優しい思いやりの心を育つ道徳

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忙しい現代社会で、事件や事故の報道が絶えません。忙しい時代だからこそ、人間が生きる原点を考えて欲しいと思うのです。

「優しい思いやりの心を育てる」

あいさつをしよう。公共の場ではゴミは捨てない。助け合いの心を持とう。そして、私たちが住む町は、私たちが守り、美しい心を持った子供が育てよう。人に…環境に…思いやりのある人間になるのです。

道路や、公園・広場などに、何のためらいもなくゴミを捨てている人がいます。

「ゴミを拾いながら考えます」

立派な大学で、自分の得意な専門分野の高等教育を学んで社会貢献している人たちですが、道徳教育が未完成な人が多いと思うのです。道徳教育は人間社会において、思想・信条・宗教が違っていても、人が生きていくうえで守らなければならない、大事な要件の一つです。

また、ゴミを捨てる人には、自分の心の病に罹っていることに気づかないでいる人ではないかと思うのです。早く心の病を治して心身共に健康で社会に貢献することが大事なことです。美しい心を持ち、より良い社会を創ることに努力してほしいのです。

私は、環境というのはそのなかに暮らしている人たちの心の投影だと信じています。住んでいる町が、きれいになるためには、その町に住んでいる人たちの心が映し出されているのです。もちろん、町が美しくなるには、その町に暮らす人たちの心が美しくならなくてはならないのです。

 

 

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2014年7月27日 (日)

一歩引いた考え方

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たおやかに生きる…上品な生き方で、やさしさが内に秘め芯の強さがある生き方です。

何かを一生懸命やったり、まじめに考えたり、夢や理想を追いかけたり、しっかり生きようとするのはいいことです。

物事を一人だけで気負いこむこと…「一人相撲」とることって日常あることです。

力が入り過ぎたり、どうにもならないことを無理したり、思い通りにならないことを許せなかったりでは、折角のいいことが辛いことになってしまいます。

そんな時には、「押してもダメなら引いてみな」のような“一歩引く考え方”をしてみると明るい光が見えてくることもあります。

「自分を守るため」には、一歩引く考え方が必要な時があると思います。疲れ切ってしまう前に、自分の心と体を守るために、自分や人を傷つけてしまうような悪い事をしないために大事なことです。

少しでも気分よく生活できるように、自分の幸福な生活を守るために、力を抜く/休む/やめる/捨てる/あきらめるなどの選択肢を1つ加えて考えられるだけでも、心に少し余裕が生まれます。

「ねばならない」「これしかない」と立ち往生するよりも、「やるだけやってダメなら引けばいい」と考えたほうが楽に立ち向かえると思います。

実際にはみんなけっこういい加減にやっていて、無意識に一歩も二歩も引いているのだと思います。それがなかなかできずに苦しんでしまう人は、意識して一歩引く考え方をしたほうが、自分を助け、少しでも楽になれるのではないかと…

きょう、町内会のイベントで撤収作業で考えました。

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2014年7月26日 (土)

シングルマザーと貧困…

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社会の仕組みが時代に適応していないのか、器用生きられない人が、悪いのか、セフテイネットにかからない人は、諦めるしかないのか…安倍政権の第一の狙いは、アベノミクスで経済成長で、格差問題などはどうしたのでしょう…思わざるを得ないのです。

シングルマザーの働く環境が厳しい。安倍首相は、女性の働く環境を整備しなければ…と言っているようですが…

朝日新聞デジタルニュースで「シングルマザー、追い詰められて 今そこにある貧困」から(抜粋)考えさせらました。

急な仕事で子どもを預けないといけない。ひとり親で収入は少なく、頼れる人も限られている。一体どうすれば良いのか。

3月、インターネットで見つけたベビーシッターに預けた男の子が、遺体で見つかるという痛ましい事件が横浜市で起きた。母親(22)は取材に「助けてあげられなかった。ごめんねってしか、言えないです」と語った。

一人で1歳の次男を育ててきた母親にとって、生活は楽ではなかった。親元で暮らしていたが、父は病気を患い、生活保護を受けている。親にこれ以上頼るのも難しい状況だった。

ネットで見つけたシッターに預けたのは、我が子のために少しでも働きたかったからだ。シッターの男(26)は7月、殺人容疑で再逮捕された。

事件発覚当時、一部のネット利用者がブログなどに書き込んだのは「母親の責任」だった。東京都杉並のある区議は「ベビーシッター事件に思う」と題して…

ブログに「大切な子宝を乳飲み子のうちから、赤の他人に預けてはばからない風潮は、なぜ当然のようにまかり通っているのでしょうか。「こんな風潮は、そろそろ止めにした方が良いと思うのです」と記した。

母親の責任を問う書き込みは批判を浴びる一方、支持する書き込みもあった。田中氏に取材を申し入れたが、応じなかった。

週刊誌には母親を中傷する記事も出た。悲嘆に暮れていた母親は二重に傷ついた。

私たちの社会には「子育ては家庭でやるもので、主に母親の役割」という「隠れた意識」があるのではないか。その意識のなかで、保育環境の整備といった公的な支援策は乏しい状態が続いてきた。

東京大学の大沢真理教授は「日本は『男性は稼ぎ、女性は家で子育てや家事をする』という考え方が前提になっている。この仕組みが、女性や母子家庭の貧困を深めている」と語る。

ひとたびシングルマザーになれば、男性という「稼ぎ手」不在のまま、多くは低賃金労働で家計をなんとか支えながら、子育ての責任を一身に背負う。それがシングルマザーの家庭を追い詰めている。(今村優莉、今村尚徳)

日本で123万8千世帯に上る母子家庭の暮らしは厳しい。

厚生労働省によると、母子世帯の母親が働いて稼ぐお金は年間平均181万円。日本のシングルマザーは8割以上が働く。就労率6~7割程度の欧米よりも勤労世帯の割合が高い。生活保護を受けるのは約1割にとどまる。健康で働ける人たちには、国はまずは就労を促すからだ。

働いているにもかかわらず、日本の母子家庭は貧しい。母子世帯のうち、収入が125万円に満たない「貧困層」の割合は、およそ半数の48・2%にのぼる。先進国で最悪のレベルだ。

日本の母子家庭の貧困度合いが突出しているのは「男は稼ぎ手、女は家。女性は働いても家計の補助」という「隠れた意識」が根強いなかで、女性労働者が低賃金労働に置かれていることが大きい。女性の4割は年収200万円以下だ。

 

 

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逃げ水現象が…

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逃水や 目細めたる 日差しかな

昨日は猛暑日

肌を刺すような直射日光

アスファルトの眺めると

逃水…現象が見られました。

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猛暑日で思う

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連日猛暑日が続き、天気予報でも、こまめに水分補給し、「熱中症に気をつけよう」と呼びかけています。

後期高齢者である私です。大丈夫と思っていても、一人暮らしの64歳の男の方が、熱中症で亡くなったというニュースが流れたリすると、人ごとではないと思えます。…いやーほんとに、過信しちゃーいけないです。

後期高齢者に該当するようになりますと、みんなそれぞれ、一つや二つ、身体の具合の悪い人がいます。病院に通い、薬を飲んでいる人が殆どのようです。

そして、人はそれぞれなんらかの悩み苦しみごとを、一つや二つは持っています。老後のこと、病気のこと、経済的なこと、人間関係や、家族のことなど、さまざまです。

むかし、中国で修行僧が「暑さ寒さから逃れるのには、どうすればよいのか」と、禅師に尋ねたそうです。禅師答えて曰く「暑さ寒さの無いところへ行けばよろしかろう」と…

そうすると「それはどこにあるの」と、一人の修行僧は再び問いました。「暑い時には暑さになりきり、寒い時には寒さになりきる、そこが暑さ寒さの無いところだ」と、禅師は答えたそうです。

人間関係でも、あの人は嫌な人と思えば、何事もうまく運びません、けれども自分を含めて人は皆、長所と欠点がありますから、その人の欠点ばかりを拾い出すのでなく、長所を見いだすようにすれば、その人と関係改善がはかれることがあります。

これは自分に合わないとか、嫌な仕事だとか思っていたけれども、世の中には役に立たぬものなどないのです。

工夫・改善によって、気づかなかった面白さや楽しさを発見することがあります。相対としてとらえず…目線を同じに・自分のこととして捉えて、世の中のお役に立ちたいという気持を強く持つこと、すなはちすべて発想の転換が大切です。

老いを嘆くより人生経験豊かなことに誇りと自信をもって自己を生かすべき…病に負けることなく、生かされている命を どんなかたちででも輝かせる…ことだと思います。

夏目漱石の「草枕」に、智に働けば角が立つ、情に棹させば流させる、意地を通せば窮屈だ…を思い出します。

暑くも・寒くもない…“ところ”…そして心配ごとや悩みごとのない、安住(幸せ)の地は、今住んでいる場所(環境)でしか…ないのです。

心配ごと悩み苦しみごとがあるのは、今、生きているからです。心配ごとや、悩み苦しみごとの中に、喜びや楽しみ、また生きる希望の種が、芽が、あるのです。そう思えばこの世は楽しくもあり、希望に満ちあふれています。

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2014年7月25日 (金)

分からない若者の人生観

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働くと言うことは…人は、そもそも生きるために働くのです。「食うためには働かねばならない。」働くことの目的は、「生きること」であると言えます。そして、家族を構成し、子孫を残す…という動物的な本能であり、生まれた時から…そういうものと考えられていたと思います。

現代社会は価値観が多様化して、結婚しない・結婚しても子供はつくらない…など人生観も、多様化しているようです。いま、少子高齢化は社会構造まで深刻な状況は将来が危惧されます。

「働くこと」の考えも以前と違ってきているようです、収入の安定…将来の設計はどのように考えているのでしょうか…「個人と社会の関係」が、将来の問題になるのではないでしょうか…

非正規で働く若者たち…いま、非正規雇用で働く若者は年々増え、いま4人に1人にのぼっています。こうした非正規の働き方は不安定で、社会的に厳しい立場におかれていますが、今、新しい価値観で非正規という働き方に向き合う若者も出てきています。

今の若者が置かれている状況…

一旦、ドロップアウトした場合の再チャレンジが難しい。これまで若者は3月に学校を卒業し、4月1日に切れ目なく企業に入社するというのが一般的でした。

その一方で、そのライフコースから外れてしまった(履歴書に空白がある)人が、企業の正社員になるのは簡単ではありません。

特に“ニート”という言葉は、「勤労意欲を無くした、甘えている若者」というような否定的なニュアンスで使われるようになっています。⻑引く不況を受けて、高齢者の雇用を守るために非正規雇用を増やしたという若年者労働市場の社会構造的な問題が、若者自身と(「甘やかしている」と言われている)その家族の問題にすり替えられています。

正規雇用と非正規雇用の格差

正規雇用と非正規雇用は、法律で定義があるわけではなく、非正規雇用は契約社員やパートタイマー、アルバイト、住遣社員のように期間を定めた雇用契約であり、正規社員と比べて短い時間で働く社員を指す場合が多いです。

一言で言えば、「期限が来たら首を切れる」のが非正規雇用労働者であると言えます。

若いうちはそれほど年収や保障の面で差があるわけではありませんが、年とともに開いていき、年収が50代前半では正規雇用の5割程度になります。

子どもの養育費や親の介護、自身の健康問題などを考えると、非常に厳しい現実があります。

東京新聞…私説・論説室から(7月23日)

 「手遅れとは思わない」…

街角で働く若者たちを見かけると、正社員で働いているのかなと思ってしまう。なにせ働く人の4割は非正規だ。

少子高齢化で社会保障制度の維持が大きな課題だ。制度を支える次世代を増やすには子育て世帯への支援はもちろん必要である。それより心が痛むのは結婚したいのにできない若者たちが置かれた状況だ。

非正規の不安定な雇用が結婚を阻む。私たちが取り組むべき最大の課題と言いたい。

2014年版「子ども・若者白書」の若者意識の国際比較調査はその深刻さを示す。将来に希望を持つ若者は日本は61・6%で7カ国中最低。40歳になった時に自分が幸せになっていると思う割合も最低だった。

いったん非正規で働きだすとそこから正社員になることは難しい。格差が固定されてしまう。汗を流して働いてもなかなか報われないから希望を見いだせない。自分の人生の先行きに不安があるのに、未来そのものである子どもを持とうと思うだろうか。

子どもの貧困率も過去最悪を更新した。貧困が教育格差を生み就職の機会を狭める。格差はさらに下の世代に広がる心配が募る。

全国知事会が人口減への危機感から少子化非常事態宣言を出した。「もう手遅れ」と思いたくない。若者が希望を持てる社会をどうつくるのか、責任を共有したい。(鈴木 穣)

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裁判員裁判の意義は…

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裁判員裁判の判決が覆させられる…

5年前に市民の視点を反映させる栽培員裁判が導入されて以来、検察の求刑を超える判決など「刑の重さ」幅に広がりが出ていたそうですが、裁判員裁判であっても刑の公平性は、守られるべきという最高裁の判決がでました。

裁判員裁判の判決で、最高裁が直接見直したのは今回が初めてで、今後の裁判に影響を与えるものだと思います。

裁判員制度は刑事裁判に市民感覚を導入するのが狙いです。裁判官、検察官、弁護士の専門家に任せていた裁判に市民の常識を吹き込み、国民に身近な司法にしようというものです。

裁判員裁判は単に人の有罪、無罪や量刑を判定する作業ではありません。法廷で犯罪と対峙し、真実を追求する中で、裁判員は家庭や地域、あるいは社会のあるべき姿を真正面から考えることになるのではないでしょうか。

こうした裁判員制度の持つ意義は今後も、ますます重要になるでしょう。

制度の見直しを、法務省や最高裁の検討会などだけに委ねるわけにはいきません。国民的論議が必要です。裁判員裁判の理念を忘れることなく、これまでの経緯を幅広く検証し、教訓を引き出すことが求められます。

裁判員裁判の意義損なう懸念も…(NHKwebニュース)

24日の最高裁の判決について、裁判員の制度設計に携わった國學院大學法科大学院の四宮啓教授は「裁判員裁判であっても感情的にならず、ほかの同じような事件との公平性を前提に考えなければならないことを示した点で意義がある」と一定の評価をしています。

その一方で、「裁判員裁判では、市民の意見が反映され、従来の裁判に比べて刑の重さに幅が出ることはむしろ期待されている。

しかし、24日の判決を受けて、今後は先例に傾きすぎるケースが出ることも危惧される」と指摘し、今回の判決を過大に受け止めることで、裁判員裁判の意義が損なわれることを懸念しています。

そして、裁判員とともに審理にあたる裁判官に対し、「従来の刑の重さの傾向を検討することがゴールではなく、裁判員の自由な発想と意見の表明を阻まないように、評議を進めていくことが求められる」と話しています。

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2014年7月24日 (木)

豊かな感性を持った人

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優しい心、美しい心の持った人は豊かな感性を持っている人です。

「感性」とは、自己を取り巻く環境の変化を敏感に感知してどう対応していくか、価値を認めたり価値に気づいたりしながら、生命を尊重し、真理を求め、他人と協調してよりよいものをつくりあげようとする感覚です。

「豊かな感性」とは、自分自身を輝かせ、他をも輝かせる本物の輝です、それはやさしい心、美しい心の発露(心の中にあるものや隠していたことが表に現れ出ること)です。感性豊かに感動できる人は幸せです、逆であれば無味簡素なつまらない人生に終わってしまうでしょう。

相手の立場を感じない人の感性は本当の感性ではありません。自由にものを感じるということは、実は深い所で、相手の立場を感じることができることで、相手の立場を感じることができないことは、感性といえないです。

感性は、巾広い心、自由な心、素直な感情が育っていなければ、感性には、つながらないと思います。自由にものを感じられるというのは、好き放題、やりたい放題のことをやるということではありません。

自由というのは責任を伴うということがあるように、義務と責任があるから、人々は自由社会に生きられるということと同じように、本当に豊かな独創性のある人間の感性というのは、相手の立場を考えることができる感性があることだと思います。これが最も人間らしい感性といえるのではないでしょうか――。

物質中心の従来の科学技術だけでは、これからの時代に豊かな生活を築くのには不十分であると考える人々が増えてきました。すなわち幸福を実現するために、豊かな感情の発露である感性を高めようとする行動を、人々はとるようになってきました。

感性の豊かな人間を育てるために、子供の教育、とりわけ幼児期における子育てが大切であることをもっと認識したいものです。      

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2014年7月23日 (水)

規範意識を持つた子育てを

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諺に「産屋の風邪は一生つく」…赤ん坊に風邪をひかせるとその子は一生風邪を引きやすい…転じて、幼いときについた癖は直りにくいということです。

子どもの躾は大事ということでしょう。そして、「此の親にして此の子あり」があります。… このような、すぐれた親があってこそ、はじめてこんなにりっぱな子が生まれるのだ。また、子は親の性質を受けつぐものです。…(俗に誤用して)このような悪い親だから、こんな悪い子が生まれます。があります。

人間が生まれて初めて親の顔を知る…それが他の動物に育てられたら…子は、親と思ってしまうでしょう。実際、狼少年なんて事例があるそうです。

私は、子供の育つ環境はとても大事だと言いたいのです。幼児のうちは、良いことも、悪いことも、判断が付きません。親の「しつけ」…次第です。

親が世の中に生きる知恵や、多くの友達を知り、生きるために、徐々に社会へ広げて、生きていくこと、そして、一人では生きていけない、などの術を学んで成長していきます。大宇宙・自然の中で、「平和な人間社会」が作られていることを知るわけです。

いま、問題となっています「環境問題」です。地方自冶体でも、自然環境取り組みを、条例などを決めて、自然保護と町の美化に努めています。

一時、家にとじ込みテレビゲームなどで外に出ない子供が問題となった時期がありましたが、最近、公園や広場で子どもたちが、元気で遊んでいる風景を見ます。自然の中で遊ぶことはとても大事なことだと思います。

しかし、その遊んだ後の光景を見ますと、ジュースの空き缶・ペットボトル・お菓子の空き袋や、遊びに使ったサッカーボール・野球のボールがそのまま捨てて?残っているのです。

わたしは、公園や広場でみんなで遊ぶことは、肉体的・精神的に大変結構なことと思っています。そして、飲み物のジュースの缶や、ジュースのペットボトル・お菓子の空き袋を持ち帰ることを、教え・後で使う人が気持ちよくつかるように……教えて欲しいのです。そして大事なのは、持ち帰った時に、褒めて上げて欲しいのです。

ゴミを当たり前のようにで捨てて帰る…この行為は悪いことと思わないで大人になってしまたら…恐ろしいことになってしまうと思うのです。

道路に捨てる、たばこの吸い殻・ゴミは、拾っても拾っても後を絶ちません。市のごみの回収制度があるにも関わらず、生ごみや粗大ごみを捨てる人がいます。もちろん八王子市では全市内、歩行禁煙です。河川に生ごみを捨てることも禁止です。

いわゆる規範意識がない大人がいるのです。自分さえよければ、誰かが片づけるから、市の清掃員がやるから…まだそうう意識があるならまだしも、全く知らないで捨ててしまう…ことが恐ろしいのです。(知って行う行為より、知らないで行う行為の方が罪は大きい)と言います。

それらのことは、親の幼児からの「しつけ」であろうかと思います。きれいな自然の豊かな環境で、子供たちに育って欲しいのです。しっかりと規範意識を持った大人になって欲しいのです。

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2014年7月22日 (火)

歳をとるということは、こういうこと

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世は無常です。時は止まりません。私は、後期高齢者の一人となって、自分の心身に「老」…身体的・精神的な衰えを感じることが、多くなってきました。歳をとるということは、こういうことか…と・・・

「老いと生きがい」http://homepage3.nifty.com/mokiti-yamamoto/aging.htm

考えてみました。以下抜粋です。

老いの始まり 

ドイツの文豪ゲーテは「老いは不意に我々をとらえる」という…ある日ふと「あぁー俺も年をとったなー」と感じた時、老いは始まるというのです。

そ時には、老いを自分では自覚しない人もいます。まわりの人に指摘されて、老いに気づくこともあるでしょう。 老いは身体や記憶の能力の低下であります。これはすべての人にやって来ます。

そうして、ゆっくりと、進んでくるものです。50歳ころから、老いははじまり、徐々に右肩下がりに下降していきます。最後はゼロとなるのです。

老いを生きる

スエーデンの寿命学者フォルケヘンシェンは…「老いることは誰にでもできるけれども、老いを生きるにはコツいる」といいました。

幸せで、輝いていて、生きてよかったという老いを生きるコツとはなんでしょうか?

最近、いろいろな健康法が紹介され、指導されています。骨粗しょう症・認知症にならないためにとか…だが、それは無理なことです。

人間なら生きている限り、骨の量は減ってきます。また、脳は30歳を過ぎると、毎日何十万個の神経細胞が消えていくそうです。これが老化なのです。だから、老化を防止するだけに努力をするのではなく、今を大切にし、持っている幸せを感ずることも必要ではないでしょうか…

だいたい、幸せというのは3の要素からなっています。

①ほどほどのお金…②ほどほどの健康… ③ 豊かな心…であります。

お金は有り過ぎてもなにかと心配がつきまといます。贅沢せず、生きていくには、そんなにお金はいらないはずです。 老人は健康であるといって、あたりかまわず、口や手を出してひんしゅく、をかっているのをしばしば見かけます。

老害というんですか。老人は元来いろいろの病気を持っていてあたりまえと思います。完全な健康はありえません。病気にかかって学ぶことも多いのです。また、他人の心がわかり、同情できるようになるのです。ほどほどの健康が一番いいです。

とすると、三番目の「豊かな心」を養っていくことこそ、幸せへの道のもっとも大切な要素となるでしょう。

つぎに「豊かな心」とは…ゲーテの本当に親しい友人であったシラーは時の歩みは三重である。 未来はためらいながらちかづき現在は矢のように早く飛び去り、過去は永久に静かに立っている。

したがって、過去、現在、未来の視点から考えますと、長寿の方に聞きますと、若いときに苦労をされた話をされます。そして多くの人に世話になったと言います。

それがあって、今の自分があるのだと語ってくれます。過去をふりかええて、感謝の心をもっています。このことが、大切だと思います。過去は良くても、悪くても、今の自分を作ってくれたものと感謝です。

現在の生活について考えて見ますと… 現役の時と比べて、責任は重くないし、同僚と競争する必要もない、仕事を押し付けられることもない、まことにのんびりした環境にあるわけです。なにをするにも、その自由度は大きいと思います。

この自由こそ、老齢期の一番おおきなメリットです。新しい自己発見、真の自我誕生、第4の誕生といわれます。

自由に選択できることの喜びはかけがえのないものです。 仕事をする、勉強する、遊ぶ、奉仕する、旅行する、どれをとっても、よいわけで、それが楽しいものであることです。もし、やってみて楽しくなければ、これを止めることも自由です。

一見自己本位のように見えるかもしれません。しかし、このくらいの贅沢は許されます。 一言で言うと、体を楽しく動かすことです。

カールヒルティは幸福論の中で、「人間の幸福は働くこと、労働である」といっていますが、なにも給料をもらうとか、有益な仕事とかを対象にしているのではありません。道端の小さなごみを拾うことでもです。老人がその家庭に、その集いに、その社会にあること自体が静かな助言の行為であります。

ようするに、体を動かすということです。大体漢字で働くという字は人扁に動くではないですか?そうして、老人の衰えない好奇心、社会への関心は若いものを驚かせることでしょう。高齢者の精神力の高さを示すものです。

こうして、老人も生きている楽しみを味わうことができるのです。これが老人の生きがいとなりましょう。 ただ、一言大事なことを言っておきますが、高齢者が何かをしようと思ってもどうしても出来ない場合があります。

うつ病、あるいはうつ状態の時です。 親しい人を失った時、その後1年間はうつの状態にあるのが普通です。これを喪の期間といいます。こんなとき周りが、ああすれ、こうすれと言ったり、励ましてはいけません。

主治医の先生にその状態をお話してください。苦しみの期間はずっと短くなるはずです。  最後に、将来のことはどう考えるべきでしょうか?病気になったらどうしよう?自分が死んだらどうしよう?孫の教育はこんなことでいいのかな?こんな考えは、老いた人の脳裏をいつもかすめていることでしょう。

老いを生きていくには、おおざっぱに言って、あまり、くよくよ先のことを考えないことです。まぁー、いつ入院してもいいように、持っていく荷物を一つにまとめておくことぐらいですか。

あとは、他の人を信じ、任せたほうがよいようです。 次の世代に託したいことがあれば、口でいうより、生活の中で長い人生で得られた生活の智恵を、自ら行動で示すことがいいのではないでしょうか…

まとめ

過去は感謝、現在は和して行動、将来は信じて託するということになります。 これはとりもなおさず、英国の作家スチンブンソンが言っているような「真の智恵は常に季節に応じ変化する環境のなかでしなやかに変化していくことである。」と同じことになります。

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2014年7月21日 (月)

盆踊りで思う

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町の取って置きのイベント…恒例となっています…「納涼盆踊り大会」を19日・20日で行う事で計画を立て、準備しました…が、天気予報通り、夜になって雨となってしまい、19日は中止、20は時間を短縮して、なんとか行いました。

私たちの町でもご多聞に漏れず、少子高齢化が進んできています。そして価値観の多様化、参加する人も高齢化で、若い人の参加が少なくなってきています。

私たち町の役員も新陳代謝が大事と、後継者に若い人にとお願いしていますが、なりてがいないので、仕方なく、現状は何年も同じ人たちでやらざるを得ない状況です。

イベントをやる目的は、「地域のふれあい」ですが、子供の数が年々減ってしまいイベント内容も、お年寄りを中心に考えるようにしています。

いま、健康寿命が、大きな話題となっています。寝たきりで長生きしたくない、出来ることなら「ピンピンころり」と逝きたいという人が多いようです。健康寿命を伸ばすには、盆踊り大会・敬老会などに参加し住民どうし、コミニケーションを図り…生き甲斐を持つとが、大切です。

そして私は、長生きして良かったと思える町づくり…を考えていかねばと思います。しかし後期高齢となったいま、正直疲れます。

今日の毎日新聞社説…「健康寿命 長寿を真に喜ぶために」

健康寿命は世界保健機関(WHO)が2000年に提唱したもので、日本は男性70.42、女性73.62(10年)。平均寿命は男性79.94、女性86.41(12年、厚生労働省調べ)。

健康寿命は世界で最も長く、また年々延びているが、平均寿命はそれ以上に延びているため、この10年ほどで男女とも両寿命の差が約0.4年拡大している。つまり、介護や医療が必要な期間は延びているわけだ。

できるだけ仕事やボランティアをして社会につながり、生きがいを持ち続けることが何よりも大事だ。長生きを喜べる社会にしよう。(社説抜粋)

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2014年7月20日 (日)

言葉の重み

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いま、地方議員の公の場での「セクハラ」など人権に係わる、発言が問題になっています。
人に話す言葉、伝え方によっては自分の意とは、違う捉え方になることがあります。

一般社会的な日常生活でも気を付けなければいけないことです…

例えば「ごめんなさい」や「ありがとう」「失礼」など、このような言葉は良いイメージに感じますが、言い方、伝え方によっては悪いイメージなったてしまいます。

「ごめんさい」は反省、仲直りなどに使いますが、しかし、思いがこもってない「ごめんさい」は逆に相手を怒らせることもあります。

「ありがとう」は感謝、お礼などに使います。でも、誠実さ伝わらない、「ありがとう」は相手を馬鹿にしてるのと変わらない受け止めをしまいます。

では、「本当すみません」と謝る…誠実さがあっても、何度も謝ることは、誠実さがあっても、いつも謝ってばかりしていては、信頼性を失い、重みがなくなってきます。

だからと言って謝る回数を減らす…それは違うと思います。「ありがとう」も同じで、何度も「ありがとう」を言えば、信頼性を失い、重みがなくなってきます。

重みのある言葉で決定的なものがあります。人の心を傷つけるもので、取り返しの付かなものです。例えば「死ね」「うざい」…

言ってる側はなんとも思わないでしょう。なぜなら、言葉の重みを知らないから、言われた時の辛さを知らないからです。

一方、言われた側は傷つく、軽い気持ちで言われて、スルーしたとしても、心のどこかで必ず傷ついています。そして、辛くなったときに思い出すのです。

「あの時、言われたってことを、そして一生忘れない」などショキングで重い言葉だと思います。心のダメージは計り知れないものです。このように、言葉とはその人によって受け取り方の違いはありますが、とても重く、受け取る人も居れば軽く受け流す人もいます。

ですから、言葉で伝えるときは、性別や年代、性格などを察して話すようにしたいものです。

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2014年7月19日 (土)

人を動かすことは難しい

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「人の心を動かすことは難しい…」人を動かすことで悩んでいます。

一つの目標に向けて、多くの人の協力で達成される「事業」は、営利を目的にする企業と、町づくりなどの奉仕の活動などと違いがありますが、企業で仕事・町づくり…で共通して言えることが、それに携わる人間の意志が一つの方向へ向かい推進することです。

「知っていること」と「考えること」…知っていることを当てはめるだけなら、それは考えるとは言えません。

考えるとは…自分の中でものごとを組み立て、意味のつながりや事実の関連を見つけたり、新たな問題を発見することです。そして、それをどう解決するかを見つけたり、その問題はきっとこうなるのではないかと予測することです。また、何かを構想したり、何をすべきかを決めたりすることです。

そこで必要なのは、知っていることや、当たり前のことを、当てはめている限り、思考は自分にとって必要ではありません。

ロジカル・シンキング(論理的思考)というと、難しい理論をこねくり回して相手を論破するための思考のようなイメージをもたれる場合がありますが…

実際は難しいものを単純にし、構造化(誰が見てもわかりやすく)して、相手を納得させ、相手と協調させ、一つの事業を遂行させることです。

ロジカルシンキングは、物事をモレなく効率的に考える上で大切な思考法で、業務はもちろん、日々の生活の中でも大いに活用できるスキルでもあります。

「発想の転換…」

1…他にないたったひとつの「もの」や「こと」であるかどうか?

2…心の中に、気持ちや感情を動かすイメージが浮ぶかどうか?

3…特定の何かをそこから連想させる力があるかどうか?

 説得力が求められる時代です。それは何故かと言えば、人間は理屈よりも気持ちで動くからだと思います。如何に気持ち(心)を動かすことができるか…問題です。

地域社会を安心・安全で快適な生活が出来る町をテーマとするならば、自然環境の守り、地域の美化が基本であると思います。

その上で、さらに向上心を住民ともどもに持ち「協働」の精神を持って…「助け合い」・「思いやり」の心だと思います。

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2014年7月18日 (金)

子どもの幸せを最優先に…

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DNA型鑑定で血縁がないと分かれば父子関係は取り消せるのかを争う裁判で衝撃の判決が出たと話題になっています。

親子関係を取り消したくない…というお父さんにはいい結果です。しかし、取り消したかった方には残念な結果となりました。でも他人の子供でも父子関係を続けなければならないってどうなんでしょう。また、外国人血が流れていたらと、考えると…

血縁関係のない人と法律上の父子関係を残すことは、子の成育にとって心理的、感情的な不安定要因を与えるのではないでしょか…と疑問を投げかけた少数意見にもあったようです。

嫡出推定とは…結婚した妻が妊娠した時、その子は夫の子(嫡出子)と推定すると定めた民法772条の規定です。父親を早期に決めて親子関係を安定させることが、子の利益につながるという考えにもとづくものです。

嫡出推定の効果として、父と子の嫡出親子関係は、子の出生を知ったときから1年以内に、「夫からのみ」嫡出否認訴訟を提起できることになっています。

子供の幸せを最優先に制度の在り方を考えるべきだと思います。

新聞各紙の社説

朝日…「父子の関係―現代の家族に添う法を」

読売…「DNA父子訴訟 民法の枠組み重視した最高裁」

毎日…「DNA父子訴訟 時代に合った法整備を」

 

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2014年7月17日 (木)

スパーへ涼みがてら…

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日の盛り スパー買い物 時間かけ

入梅開け間近?…暑い本当に暑い!

東京地方では、午前中晴れて、強烈な日差しは肌を刺すようでした。

ゆっくりと、買い物して、休憩所で冷たいお茶飲んでいるお年寄り…

2~3人で談笑している光景がみられました。

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生あるも必ず死ぬのです

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「生あるものは必ず死に、形あるものいつか壊れる」

私達、人間も致死率100%です。にもかかわらず、普段は「死」についてむしろ目をそらして暮らしている人が多いのではないでしょうか…

自分の人生をどう生きるか?を考えるために一度は「死」も含めた「生」というものと向き合い、考えることは大変大事なことと思います。

その時が来たら、それはそれでいい?しかし、たった一度の人生、自分だけの限られた時間を、生きた証しを残しておくこととても素晴らしいことだと思います。

来る日も来る日もこれが人生最後の日と思って生きるとしよう。そうすれば、いずれ必ず間違いなくその通りになる日がくるでしょう。

もし、今日が自分の人生最後の日だとしたら…今日の予定は、 本当に私のやりたいことでしょうか?」…そろそろ何かを変える必要があるのではと…考えることが大事なことです。

自分が死と隣り合わせにあることを忘れずに思うこと…これは私がこれまで人生を左右する重大な選択を迫られた時には、常に決断する最も大きな手掛かりとなります。

何故なら、ありとあらゆる物事はほとんど全て…外部からの期待の全て、己のプライドの全て、屈辱や挫折に対する恐怖の全て、こういったものは、私が死んだ瞬間に全て、消え去っていくものだからです。

私自身は、死を意識するほどの病気や怪我の経験はないのですが、冷静に「死」事実として受け止め、死ぬ不安になることより、どう生きるかを考えることだと思います。

時間は、無情に過ぎ去って行きます。時間は止めることは出来ません。世は無常です。すべてが変化しています。ですから、大切なのは「どう生きるか」です。

「人からの期待も、自分のプライドも、屈辱や挫折に対する恐怖も、死んしまったら全部消えてしまうのです、すでに何も失うものはない、自分の心の赴くままに生きよう。

失敗する事を恐れてチャレンジできないことの方が、人生にとって、取り返しのつかない失敗になってしまいます。

屈辱や挫折を恐れ、周囲の期待に応えようとしたり、小さなプライドにこだわったりして自分の心が真に求めることができなかったりしたら、本当の成功や、本当の幸はないでしょう。

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2014年7月16日 (水)

自然と手を合わす心が大切

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私が子供のころ、母親が、朝水を汲みに外に出て、太陽に向かって…“手を合わせる”姿をみました…多分「命」があることに感謝してしていたのだろうと思います。

ふだん何気なく使っている挨拶「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」というのは、もともとお日様・太陽に向かって手を合わせ「今日は良い日です」「良いお天気でありがとう」と、お日様への感謝の気持ちを朝・昼・夕にあらわした言葉だそうです。

お互いが同時にお日様に向かって、感謝の気持ちを表すことで、お互いの心を通い合わせ、共に相手を思いやる、これが 「おはよう」 「こんにちは」「こんばんは」という挨拶の言葉です。

岡山県倉敷市で小5年生の、学校帰りの少女が、家に帰らず行方不明のニュースは大変心配です。またまたというか…少女誘拐事件は後を絶ちません。 いたずら目的の誘拐?…過去の捕らえられた犯人は、若い男が多いようです。

幼き頃の育ち方と、親の子育ての延長線上に、それらの凶暴な犯罪が生じたのではないかと思えてなりません。

手を合わすことは、人がもともと持ちあわせているごく自然な姿ですから、自分自身の心の安らぎを求めたい時も、手を合わせると清々しい気持ちになります。

子供を育てるにも、親はまず自らの心に手を合わせたいものです。そして我が子をしかり、我が子をほめる、手を合わせる心によって、いつも温かい親子の心のつながりが生まれてくるはずです。

でも親のエゴでの子育て、幼児虐待や躾のあまさ、偏重教育等々、子供の心が癒されないと、情緒不安定でゆがんだ人格が形成されていくそうです。

天地自然や先祖を尊ぶ心ある人、命の輝きを感じ取れる心豊かな人は、自然な動作として手を合わせます、自分自身の心の安らぎをとりもどせます。

「おはよう」 「こんにちは」 「こんばんは」という、ふだん何気なく使っている挨拶の言葉は、今日という良き日、幸せの扉を開く鍵なのです。自然と手を合わす心が大切です。

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分かりにくい「集団的自衛権の行使」の要件

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横畠裕介内閣法制局長官は、昨日参議院の予算員会で、集団的自衛権の、政府が歯止めとする武力行使3要件のうち「国民の権利が根底から覆させられる明白な危険がある場合」…の説明では分かりませんでした。

集団的自衛権も含む自衛権の発動に関する3要件とは…

(1)我が国に対する武力攻撃が発生したこと、または他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるおそれがあること。

(2)これを排除し、国民の権利を守るために他に適当な手段がないこと。

(3)必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと。

憲法9条で認められる「武力の行使」は「この3要件に該当する場合に限られると解する」…とした。

横畠裕介内閣法制局長官は、次のように定義しました。

他国への武力攻撃が発生し、「国民に、我が国が武力攻撃を受けた場合と同様な深刻・重大な被害が及ぶことが明らかな状況」だと…

つまり、日本自身が武力攻撃を受けたのと変わらないぐらい深刻な場合にのみ、集団的自衛権の行使が許されると明言しました。それであるなら…これまでの個別的自衛権で説明できる話です。

今日(7・16)の新聞の社説

朝日…「集団的自衛権―解釈改憲の矛盾あらわ」

毎日…「集団的自衛権 横畠長官の答弁は重い」

読売…「集団的自衛権 国会の論議をさらに深めたい」昨日(7・15)

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2014年7月15日 (火)

一生死ぬまで修行です

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人間は裸で生まれ、裸で死んでいくのです。

何にもないのです。このことが、きちっと理解していれば、何があっても、恐れることはないのです。人間本来何にもない。何かあると思うから“いけない”のです。

「本来自分のものだ」・「俺が」・「これは私のものだ」という執着心、これがさまざまな形で人間を阻害しております。仏教の「禅」は本来の自分自身の生まれた時の綺麗な気持に立ち返ることを目標にしております。

したがって、「本来何一つ持って生まれた訳ではなく、何一つ持って死ぬわけじゃない」このことさえ、しっかり理解していれば、本当に素晴らしい生き方が出来る…禅の考え方です・教えなのです。

「欲」は、人間は絶つことは出来ません。何時も欲を持ってています。その欲を欲としてどう処理していくか…これが修練、すなわち修行なんです。何故人間が修行しなければいけないか…修行していくうちに、実にその欲が綺麗な欲に変わるのです。

生きるということ自体が欲です。「生・老・病・死」という言葉があります。生きるという本能があります。生き物すべて持っています。「生まれ・老い、病み、死ぬ」という四苦八苦…八つの苦しみを如何に上手に綺麗に欲を満たしていくか…これが修行です。

だから、人間は一生死ぬまで修行です。

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どう生きればと考えているうちに…

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どう生きればと考えているうちに歳をとてしまった。

さーて・・・これから先はなるようにしかならいでは、人間として失格?

思うのですが…今まで生きてきて、迷い・遠回り・勿体ない・不甲斐ない…反省する余裕がなかったようにも思えます。

大事なのことは『「道標」は自分自身で決める』ことだということです。

今まで生きてきて、こんな“つぶやき”をしてきた?

①「大切なのは、自分のしたいことを自分で知ってるってこと」

②「『そのうち』なんて当てにならないな。いまがその時」

③「この世にはいくら考えてもわからない、でも、長く生きることで解かってくる事がたくさんあると思う」

④「義務って、嫌いなことをすること」

⑤「自由が幸せだとは限らない」

⑥「生き物にとって自然に振る舞うというのはとっても大事なことなんだ」

⑦風の吹くまま、気の向くまま…決めたって旨くいかないもの」

⑧「何れ何処かへいくだろうさ…それとも何処かへもいかないのかも知れないぜ…どっちでもいいさ。此のままで、とても楽しいじゃないか」

⑨「何か試してみようって時にはどうしたって危険がともなうんだ」

⑩「自然を感じるだろ…?強い風の前に立って自分達に向かって進んでくる雨を感じるのはなんて素晴らしいんだ」

穏か人生なんてあるわけがないのです。人の目なんか気にしないで、思うとおりに暮らしていれば最高だと思います。

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2014年7月14日 (月)

滅私奉公の謙虚さ

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「滅私奉公の謙虚さの精神」

滅私奉公とは…一般的には、私心や私情を抑えて、国家・地方公共団体・社会・世間などに対して奉仕する精神を意味します。

その意を強すぎると自己犠牲になってしまう恐れもありますが、社会に奉仕活動(ボランティア)的精神が薄れてきたような風潮が目立つ世の中になってきたようの思えます。議員や公務員など、その上、公の仕事に就いている人たちの言動からは、「働かせて頂いている」という謙虚さも問題があるようです。

平成の今、謙虚さは美徳であるという考え方がどこかに行ってしまって、「私のための仕事」とか「私が目立つための仕事」などといった考え方をする人が出てきました。 

訳の分からぬ言動で「先生」と呼ばれて、うつつを抜かしている人(地方議員など)が出現するに至っては何とも、情けない思いがします。本人の資質を見抜けなかった反省と誰がなっても同じと、諦めの言葉が囁かれては…世は末?

ほんの10年ほど前は、有名になってしまえば人々の嫉妬を買うだけだから、静かに仕事をしていたいという人の方が多かったようです。しかし最近、公共費を権力で私物化してしまう野望がある人間まで現れるに至っては初心に戻り「滅私奉公」精神を思いだしてもらいたい…思いです。

人は一人では幸せになれない。誰かがいるから幸せになれる、誰かが何かをしてくれて、自分も誰かに何かをしてあげる過程において幸せになる。つまり、ことに仕えている中で幸せになり、それが自己実現とやらをもたらすことはあっても、自己実現だけを先にやって幸せになるかといえば、そうではない。

自分だけが腹一杯になって、まわりの人が空腹に泣いている状況でも幸せでしょうか?もしそれでも幸せだと感じる人は、「ごちそうさま」を言う頃には、その人のまわりには誰一人いないと思います。人のために尽くせない人は孤独になるだけです。

今日(7/14)朝日新聞社説「号泣県議―ひとごとではないです」

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2014年7月13日 (日)

言葉の重み

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無口で実直・口下手というと、会社などの組織では、“割食う”…世の中だと思います。

調子の良い人は、実力はなくても、 口が達者であれば、虚勢?である程度の地位にまで上れますが、砂上の楼閣ではないのですが、小さなミスで崩れ去ります。

謹厳実直な日本人は非常にうそを嫌います。

んでも正直に話すのが本当の人間関係だと信じています。これは自分と他人の関係の中ではもちろんの事、自分と自分自身との関係の中でもいえることなのです。……自分自身に嘘をつくことも時にはあります?

神経質症になるような人は、中々自分自身に嘘がつけません。自分の心をストレートに出せるのが純情の証で、自分の心を欺くなど持ってのほかと思っている節があります。

だから自分の心の状態を含めた『事実』と、自分の心を偽らないと言う『理想』とのギャップにとらわれて、そこから中々抜け出すことができなくなってしまうのです。

言葉の重み…

人は信頼されている親や先生と言われている人(職業…代議士・弁護士・医者・学校に先生など)の言葉の一言で、今までの信頼が崩れ去っていくことがあります。その場の雰囲気であったり、心に迷いがあったりすると、ついうっかりすると失言とも受け止められることってあるものです。

言葉の本意は違わないのですが、テーマの例えなどでも全く違った受け止めをしてしまうことってよくあることです。気を付けていきたいものです。言葉に信頼できるには、日ごろの発言に真実味が感じられる、人格…実直さが大事だと思います。

今日(7/13)の朝日新聞社説「言葉の重み―社会の土台を守るには」がありました。

 

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2014年7月12日 (土)

熱中症に気を付けよう…

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台風一過。気温は33度(東京)以上だった。熱中症になるのでは…と思うくらい暑かった…いきなりの暑さは本当に厳しく感じられました。

実際、熱中症になった経験はありませんが、太陽の日差しに頭がクラクラしそうになるくらい強く感じ、歩きだし、汗が噴き出て下着はびっしょりになり、木陰に逃れました。

今日も(12日)各地の気象台は高温注意情報を出して熱中症対策を呼びかけています。体育の授業などで子どもたちが体の不調を訴え、病院に救急搬送されるケースが先月から相次いでいます。

夏休み近いです。運動部活動でスポーツをする機会が増えます。指導者は、改めて注意をされて欲しいと思います。

熱中症は高温環境下で体内の水分や塩分のバランスが崩れて体温調整ができなくなり、吐き気や頭痛、めまい、顔のほてり、手足のけいれん、筋肉痛などが起きる…ということです。

気付かないうちに進行して、症状が表れてきた時にはすでに深刻な状態に陥っていることが多い。重症の熱射病になって適切な処置が遅れると高体温から多臓器不全を併発し、死亡率が高くなるという。

原因は、人間の体は、皮膚からの放熱や発汗によって体温を下げますが、外気が皮膚温以上の時や湿度が非常に高いと、放熱や発汗ができにくくなり、熱中症を引き起こすという。

基礎疾患のある高齢者や肥満、糖尿病、アルコール依存症、熱射病に陥りやすいとされています。予防処置…基本は、涼しい場所で休む。風通しのよい日陰、クーラーの効いた部屋に移動することです。水分補給(スポーツドリンク)をこまめにとることです。

むかし…母親から聞いていました「あつけ」という言葉ですが、多分関西弁だという人もいますが、東京でも使っていました。熱中症だったと思います。

 

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2014年7月11日 (金)

難しい台風の発生・コース予測…

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台風まで 来るのを早める 新時代 

梅雨も明けない時期に大型台風が日本列島、風と豪雨が通り過ぎて行くようです。梅雨前線を、刺激して、台風が遠く九州時点でも、東北地方の山形県に大雨を降らせて大きな被害が出たという。

それにしても、地球温暖化などで、台風の発生時期は針路は、変わってきたように思えます。

気象庁の統計(1981年~2010年の30年間)6月に発生数1.7 接近数0.8 上陸数0.2 だそうです。今回の大型台風8号の上陸は、珍しいのではないでしょうか…

これからの時代、地球環境も変わり、気象現象の予測(コース)も難しくなってくると思います。

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生きていられるだけで幸せ

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「生きていられるだけで幸せ」

何年か前のこと、小学校の同窓会の幹事に選ばれました。打ち合わせのため、久しぶり会った同じ幹事役の一人に、「わたし乳がんなの…」と彼女がいてビックリしましたが、「手術しないで、放射線治療をしているの…」明るく話されたのです。

そして…私「ガンだからよかったのよ…」と言葉が続いたのです。「だって、交通事故で、アッという間に死んでしまう人もいるのよ…」話されたので、またまたビックリしたのです。

人は何時死ぬか分かりません、突然予期せぬ天災、交通事故亡くなるかもしれません。ガンであっても無くても人の寿命は分かりません。

なぜ、生きているだけで幸せと感じるのかというと、そのように感じることができる感じ方を身に付けたからだと思います。

今私は何事もなく普通に歩けるし、おなかは減るし、ご飯を食べると美味しいと感じます。「もし自分が怪我をして歩けなかったら…」・「もし目が見えなくなったら…」・「もし自分の食料が無くなったら…」と想像してみるのです。

実際に病院に行けばそのような人は大勢いるし、アフリカに行けばその日の食料が無い人が大勢います。終戦直後の街中に、家を焼かれ、食べ物がなくてさまよっていた浮浪者がいたことを目にしています。また行き倒れた人を見た覚えがあります。

そのような情景を思い出す時、今自分が「朝・昼・晩の食にありつける」生活できている事が「大変有難い」と思えるのです。「あぁこのように生きていられることが出来るだけで幸せなんだなぁー」と思うのです。

このように考えていくと普通に、そして無事に過ごしている素晴らしさというものに気付くのです。そうなると毎日普通に暮らせている事が奇跡的にも思えてくるし、本当にありがたいと思えるようになるのです。

『一日一生』…「今日一日が自分の一生の最後の日だと思って精一杯生きよ!」です。

そして毎日朝、目が醒めて「あぁ、あり難いな」と感謝の念がわいてくるのです。朝一番からこのように思えるようになった自分を大変嬉しく思います。その一日は色々な事があり、自分の思い通りにならないことや嫌な事もあるのです。それでも「無事に過ごせているだけであり難いと思える」のです。

こういう気持ちで毎日が過ごせるようになると幸せ感が増します。この世で暮らしていると辛く思うこともあります。でも自分の足元を再度新たな目で見ると、色々あり難いことが今日も自分に起っているのです。

やはり幸せは自分の足元にあるのです。これこそが禅で言う「脚下照顧、自分の足元を照らせ」です。「幸せの青い鳥」と「脚下照顧」は同じ本質です。

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2014年7月10日 (木)

もしかすると知らない?

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公園や広場・道路などの公共の場でゴミが後を絶ちません。一体何を考えているのだろう…ゴミを捨てることは…

「いけない」と知っていて捨てているのか?知らないで捨てているのか?…「もしかすると知らないで捨てている人がいる」のではないかと思うことがあります。

「温暖化」・「環境破壊」・「温室効果ガス」など、マスコミや学校・行政などで問題を取り上げていますが、実際には自分が直接実感できないので、何処かの国のことぐらいしか、考えていない?こんな小さいから…一人ぐらい…と思っている?

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悪いと知っておきながらやった行動より、知らないで悪い行動をやってしまう事の方が悪いのです。

「悪い行動」ということを「通常ではない行動」とします。

(1)通常の原理を知っていて、あえて、その通常に反した事を行う。

(2)通常の原理を知らずに、原理に反した事を行う。

よくある事です。

(1)は原理を知っていて自ら反した事を行っている自覚があるから、次に起こる事をある程度予測できたり、事故に迅速に対処できます。

(2)は作業指示マニュアルが設定された原理を知らないで、特殊状況でマニュアル想定外の事をマニュアル通りと行ってしまう。他人が行った作業の上面だけを見て原理を考察せずに真似てしまう。

大変危険なので行動するときは、指示されたからとか、マニュアル通りだとか、ではなく原理を知ることです。後で取り返しのつかない事態になったりします。

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町を美しく…

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家周りの掃除と

ゴミ拾いをする人が多くなれば

町は美しくなります。

犯罪はなくなり

そして、コミニティが活発になり

心豊かな人々が

生きがいのある町になります。

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2014年7月 9日 (水)

人を褒めること

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人を褒めることは・・・

 自分の至らなさを認める勇気が必要です

 批判に対案を持つと言うことは・・・

 常に思考を高め、学習することが必要です


 

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本当の経済成長

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経済成長で人々の暮らしが良くなことは大変結構なことです。安倍晋三政権は「持続的経済成長」めざし「三本の矢」を」うち立てデフレ脱却を目指しています。

しかし今問題となっています「格差社会」があります。

格差社会とは…成員(団体・組織などを構成する人)が、特定の基準から見て隔絶された階層に分断された社会です。特に、所得・資産面での富裕層と貧困層の両極化と、世代を超えた階層の固定化が進んだ社会です。

バブル経済崩壊後の不況で、中高年の雇用を守ることが若年層の雇用条件の悪化をまねき、世代間の生涯所得格差を広げました。また、産業界への規制緩和により、リスクを取って成功した者と、失敗した者やリスクを取らなかった者との格差も広がりました。

さらに、親の経済状態が子の教育機会に影響し、高い教育が好条件な就業機会につながるため、格差は世代を超えて継承されつつあります。(goo辞書)

いま高校・大学を卒業しても、自分の希望する職業に就けないで、とりあえず?入社したが、すぐに辞めたりしている人が多いそうです。そして派遣やパート・アルバイトなどで生計を立てている人、就職に挫折感を感じニートや引きこもりなどになる人もいるという。

そして格差社会をなくすには、経済成長と共に正社員を増やすことだと思います。外国人まで考えている企業もあるという、人で不足が叫ばれている昨今です。

しかし、求人は多いですが、募集内容は非正社員ばかり…これでは真の経済成長とはいえないです。正社員として就職し、人生設計もきっちり立てられる、将来の希望に展望が開かれ、生活が保障されることが本当の経済成長だと思います。

今朝の朝日新聞社説「雇用の改善―正社員が増えてこそ」

 

 

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支えあう心はマナーです

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きれいな水が流れ、魚が泳ぎ、小鳥がさえず、美しい山や川があって、心豊かな人間が育つのです。自然豊かな環境を守ることは人間にとって大切なことです。

環境は人間の心がけ一つで良くもなり、悪くもなるのです。たとえば、たばこの吸い殻一本ぐらいいいだろう、ガムぐらいだろう…が一人が一個捨てて100人で100本・100個になります。

捨てることは悪いことは、分かっていても止められない…その心理は、まだまだ「大丈夫」・「このくらいの物」と心のどこかにあるのです。

それでも美しい山や川のある自然豊かな環境を求めています。公園で、広場で花火を打ち上げジュースを飲んで、お酒を飲んで、食べて気勢を上げて楽しんでいる若者がいたのでしょう。次の朝のその無残な光景を見ますと…とても残念で仕方がないのです。

無法地帯にあきれてしまいます。このような行為を日常生活していたら、野生の動物でしかありません。他人のことなど全く考えない…自己中心的な人間です。

自己中心的な人ばかりでは、争いは絶えず、索漠とした心の持った人間社会になるのです。人間の心はいつも変化している感情の動物です。楽しいこと・嬉しいこと・悔しいこと・悲しいことを心に持っています。

人は一人で生きていけません。多くの人に関わりあって生きられるのです。人間社会はルール(法律)を作って守ることで世の中成り立っているのです。逸脱した者は罰せられるのは当然です。

そして、支え合う心…マナーです。

マナーとは、不文律にもう定着してる当たり前の事です。だから人によってそれはマナー違反だ!いやそうじゃない!みたいに多少の誤差も発生するわけです。

ですから、生まれ育った環境・風俗・宗教などでも違いはあると思いますが、他人に迷惑をかけない。人に思いやり心がある行為意だと思います。生まれ育つ過程で親のしつけで個人差がでます。個人から社会に出るようになって、「規範」…行動や判断の基準となるのです。 

規範とは、一つの国民社会、あるいは特定の集団や組織の中で、その成員が自己あるいは他者の行為に関し、ある一定状況のもとに何をなすべきか、何をなすことを期待されているか、あるいは逆に何をしてはいけないか、何をなすことを禁じられているか、ということについて共有している(共同)主観的な意識、あるいはそれの客観化された表現としての行為基準をいう。(世界大百科辞典)

環境を守りましょう。

ですから、人によって価値観が違いますが、日本の社会で、ルールやマナーを守って行くことが…常識となってくるわけです。その常識を逸脱する行為は許されないのです。

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2014年7月 8日 (火)

情けないやら、悲しいやら

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ことわざで「泣く子と地頭には勝てぬ」がありますが…
道理の通じない者や権力者にはどうやっても勝てないから、無理を言われても従うしかないという意味です。

そんなこと許されるものではない。兵庫県会議員の野々村氏の大号泣の記者会見でお終い…今の世の中許されるとでも思っているのでしょうか。

テレビがあることを認識してのことと思いますが、家族・親戚はじめ、投票した有権者は恥晒しの同罪です。とんでもないことです。さっさと不正政務費を返納し、辞職すべきです。昔なら張りつけ獄門…ハタマタ切腹ものもです。

ある政治評論家が言っていましたが、立候補した時点で、就職難で思うような就職先が見つからず、とりあえず、議員になっておけば…その程度の認識の人がいるという。低レベルで情けないやら、悲しいやら言葉が出ません。

当選しても、議会で発言が全くなく…何をしていいのか分からない人間がいるそうです。政務費・出張費といっても報告書も、領収書もない…これぞ税金泥棒と言わざるを得ません。そんな世の中、市民の方が泣けてきます。

毎日新聞社説・・・「政務活動費問題 住民の方が泣けてくる」・・・(7/6)

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「知恵」「知識」「経験」は年と共に増えます

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年と共に「記憶力」は衰えます。私も、70歳半ばを過ぎて、感じますのが、むかしのことのは意外と覚えていますが、新しいことは、なかなか覚えられません。

しかし、「知恵」・「知識」・「経験」は歳と共に増え続けます。

日本では、高齢者問題は年々深刻化しています。世は「無常」…宇宙に存在するすべて、老化という現象から 逃れることは出来ません。人間の場合、老化は高齢化のプロセス により、確実に進行します。

いま、老人性認知症になり、徘徊などで、年間1万人以上の行方不明者が出ていて、社会問題となっています。老化は、病気にもなり 易く、すべての器官・機能も故障し易くなります。

…観点を変えて、「老いる」ことをプラスに変えることが出来れば、 気持ちの上で元気な老人が生まれることでしょう。さらに、年老 いても、体力に応じ、知恵や経験を社会貢献に生かす老人が増え れば、年寄りが肩身狭く生きなくても良くなるでしょう。

私たち高齢者 が、いつまでも生きながらえたら、地球人口は大爆発してしまい ます。健康な人類社会を保つために死んで行くことはとても大切 だと理解すれば、高齢化・老化は、私たち人生の道程の一里塚で、 当然のことと受け入れられるでしょう。そこから、「老いを楽し む」生活が見えて来ると思います。

…脱法ハーブ・脱法ドラッグなどで自動車事故。ストーカーなどで殺人まで…若年層 から壮年までの非人間的犯罪の増加していることは、一般社会人のフラストレ ーションが弱いものへの衝動的犯罪行為につながっていることを 伺わせます。

高齢者は戦争の悲惨さや戦後の苦労も体験しました。バブルまで の日本産業発展成長を担って来ました。その間、挫折や成功の繰 り返しでした。バブル崩壊を含めて、失敗の経験は貴いものです。

失敗に負けなかったからこそ、今まで社会に貢献し、活躍を続け ることが出来ました。過去の栄光と同時に、苦い失敗を後輩たち に伝えて、未来への進路を誤らないように、助け、見守ることは 「老いた」からこそ出来る技と言えるのです。

老いたからと、まだまだ社会貢献をする場があるのです、「知恵」と「知識」と「経験」を、生かすことが社会に求められているのです。また過去の歴史知ることで将来の展望が開けるのです…それが「老人パワー」です。「老害」と思われないようにしないと…

高齢者たちが実権を握り、若年者たちが充分に活動できない状態を言うことです。

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2014年7月 7日 (月)

町内会(自冶会)費のこと

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町内会(自治会)の加入率は年々低下しているといわれるが、最近では東日本大震災の被害を受けた地域ではその役割が見直され、加入率が回復傾向にあるという。

仙台市のウェブサイトによると、2014年6月1日現在の町内会加入率は市全体で82.4%に達する。札幌市の70.48%と比べると一回り高い。

組織を維持・運営するには、会員の活動だけでなく資金も当然必要となります。その相場に関するデータは意外とないものだ。(月)1~300円=29.3% 300円~500円=22.8% 501~1000円=17.9%が合わせて70%です。(J-CSTニュース)

私の住んでいる町は、町会費は300円/月です。

付き合い料が高いか安いかは別にして、色々な人の集まりである社会が巧く機能するための経費で有ると思えば、必要な出費と捉えることも出来ます。常識有る社会人とはそのようなものだと思います。

町内会は日本的村社会の原点であるところの、ご近所のコミュニティを維持するといった無形の役割がかなり多くを占めています。回覧板などは、それらがわかりやすく具体化した一面であって、本質はもっと深いところにあります。

たとえば、地域の治安の維持とか災害時の互助体制を養うのだとかは、ある程度のコミュニティが平時から維持されていないと円滑には運びません。

住民相互があるていど知己になって初めて地域の治安や秩序が一定水準に保たれているということが、定住して長くなればなるほど理解できるようになります。

清掃活動や共益施設の整備などはもとより、祭りだとかイベントだとか一見無駄に見えるイベントも、結局のところはそういった形にならない習俗的なインフラを整えるための昔からの知恵なのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

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梅雨…で思う

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入梅の季節真っ最中です。その上台風8号の北上針路が気になります。うっとおしい雨と思うのは人間だけで、この時期に雨が降らないで、照り入梅では、農家の作物が不作に…とくに、コメなどは水不足では不作が心配されます。

雨のお蔭で、自然界の草木は、成長します。成長することによって、花が咲き実をつけるのです。それは子孫を残そうとする自然の法則です。いろいろな種類の草木は競って生えているように見えますが、自然界には弱肉強食などありません、人間の目がそういう見方をしているだけです。

食物連鎖で生態系が形づくられています。草木にしても動物にしても、生き物はみな、何も飾らずそのままで、自然界に生きています。人間以外の地球上の生き物はみなで自然に任せています。人間だけが、いじめ・戦争など、殺し合いの生き方をします。

自分という人間の存在すら、わからなくなってしまうことがあります。 「何かにあせり、何かにおびえているが、どうしたらよいのかわからない」という自分の思いを伝えてくる人がいます。

変化の著しい時代で、時代に乗り遅れそうになり、「“時代”のスピードの速さにもついていけない」と嘆く人もいます、技術革新、社会の仕組み、人々の価値観いずれも変化の速度が早いからです。

「どうして経済は成長し続けなければいけないのか」との問いに対して正確な答えがあるのでしょうか、成長、発展、進歩、について、疑問をもつことをはばかる風潮さえあるから、答をだすことすらタブーなのでしょうか。

ストレスの解消策というか、癒しという言葉が流行語のように用いられています、せかされて、あせらされて、息が詰まりそう、忙しすぎて、さまざまな重圧にたえかねて、なぜ、という問いかけの余裕すら許されない時代なのでしょうか、それでスローライフという生き方を考える人もいます。

「何々でなければけない」と義務感が精神的圧迫となり葛藤が生じ、心身の疲れにつながり、ニート・ひきこもりなどの、アウトロウ的な生き方をしたりする人が出てくるのだと思います。

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2014年7月 6日 (日)

人生、無駄な回り道があっていい

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人間70年半以上、生き、振り返ってみますと、多くの人との出会いがありました。そして思うことは、人はみな、幸せを追い求めて、いろいろな知恵を身に付け、道具を作って、少しでもより良い生活をするため努力しているということです。

今までの経験や見聞きした結論は「人生は直線コースより、回り道コースの方が豊かになる」ということです。 そして、大体、器の小さい人は、人生の直線コースを選んでいます。

「必要なことだけをする」「無駄なことはしない」 いわゆるショートカットです。 よく優等生に見られるケースです。 たしかにショートカットをすれば、目標に早くたどり着きます。

 受験のような勝負では、たしかに直線コースで目標への最短距離を歩んだほうが結果が出やすくなります。では、人生すべてが直線コースであればそれでいいのかというと、そうでもないのです。

無駄がなさすぎるのも悲しいものです。就職の面接で「これまで何をしてきましたか」と聞かれ「学校の勉強しかしていません」という回答では、物足りなさを感じます。

勉強は大切です。しかし、学校の勉強しかしていないのは、最大の勉強不足だと思います。学校の勉強には、弱点があります。成長には「意外」と出会うことが必要です。人生のどこかで「計画的な無駄」を作ることです。

決められた直線コースではなく、回り道コースで出会うものです。学校の登下校で、決められたコースばかりでは、いつも同じ光景の繰り返しです。ちょっと寄り道をして、回り道をすることで「意外」と出会うことができます。

回り道のような一見すると無駄と思えるコースこそ、人生の糧になる意外なことがあるのす。旅行、読書、映画、音楽、スポーツ、恋愛…学歴にも出世にもまったく関係のない無駄な回り道を、どれだけできるかです。

そういう回り道をすることで、面白い話のネタができたり、経験が増えたりして人間性が豊かになるのです。 回り道のコースは…一見無駄であると思いますが、新しい発見があるのです。

器の大きな人間になる…器の大きい人間とは 小さなことをいちいち気にしない。多少のことで怒ったり悲しんだりしない。そして人の痛みを分かり、自分に厳しく、人の優しい人のことです。

 

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2014年7月 5日 (土)

アイデンティティ持ち続ける

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アイデンティティ
とは…これを欠いたら自分ではないということです。

アイデンティティというのは、多くの場合、生まれ育った環境により、自然と刷り込まれるファクターが大きいと思います。そして思春期などの成長期・社会環境の変化を経験して徐々に形成されます。

ですから、幼い頃、その集団に属しているということや、そのことに関連して抱く思いは多かれ少なかれ自分にとって「当然のもの」となるのです。

特に、思春期になるころから、次第にそれを自覚的に受け止めるようになり、例えば、自分を「男らしくない」と感じている人のなかには、「男らしくならなければならない」と自分を自覚的に鍛えようとしはじめる人も出てくるでしょう。

アイデンティティというのは、「なにか素敵なアイデンティティを自分で自由に選ぶ」というものではありません。社会から強いられたアイデンティティを逆に自己肯定の根源としてとらえ直すというものなのです。

不透明で行先不安定といわれる社会を、どう生きるか、確りした理論を持ち、来たる社会を語り、創造していくことが若者にとって大事なことです。

選べる自由より、決められない不安のほうが大きい。

現実の世界には、唯一絶対の正解などない問題が存在します。そういった問題に直面したとき、私たちは選択することになります。選択とは、「帯に短し襷に長し」といったような候補の中から一つを選ぶ、すなわち「意思決定」ということなのですが、これができない人が非常に多いと思います。

たとえばこの先をどう考えればいいのか分からず、途方に暮れてしまう。そしてついには、こんな考えに至ることもあるようです。正解がないなら、そもそも真剣に考えることが無意味じゃないの?という具合に…

人が、生きる過程において様々な問題が現れます、その問題は与えられるものだと考えることです。その問題には絶対唯一の正解があると考えることです。

社会環境が絶えず変化し続ける今の時代、求められるのは組織そのものを変え得る、すなわち、イノベーションを起こせる人です。それは、自由な発想で自ら問題を設定し、自らの責任で選択肢を選び、実行できる人だと思います。

そして何時の時代でもアイデンティティを見失わないことです。そして次の世代(子供たち)を…アイデンティティを育てる…それが、人間としての責務だと思います。

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2014年7月 4日 (金)

煙草に関すること

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たばこを覚えた時期は20歳の成人式が終わって、就職先で先輩に勧められて、吸い始めた。(高校の同級生の中には、高校3年生で、陰で吸っていた人もいた。)最初は、もらいタバコですっていた。一日数本、ふかし煙草だった。

そして徐々に本数が増えてきて、一日一箱20本を吸うようになり、家・通勤途上の道路・駅のホーム・会社などどこでも吸わなければ、気持ちが落ち着かない。二箱になるまでは、4~5年でなった。会社の灰皿は一杯になり、手の指が茶色になった。

家は、部屋の天井や壁が茶色になるまでになった。会社の女子に煙たがられ、子供に注意されても止められなかった。一か月たばこ代1万円以上になった。

妻や子供たちに身体によくないから「止めて」と言われ「いない隙に隠されてたりした」が夜遅くに買って吸った。

振り返ってみると、40年間吸い続けたことに…「百害あって一利なし」その害で最も最悪の害は、一般的だが、ガン・心筋梗塞・などの病気。寝たばこなどで火災。副流煙で他人にも有害。吸い殻のポイ捨てで、環境破壊。小遣いの浪費などである。

止めてから、他人から勧められても断る勇気が必要。何度も断って心証を悪くしたこともあった。もう止めてから10数年、その罪滅ぼしに、道路や公園などのたばこの吸い殻やゴミ拾い…を止めてから毎日行っている。

40年間吸い続け、周りの人に大変迷惑をかけた。そして、知り合いの人には、たばこを止めるように注意をすることもある。町の公園や歩道・植込みにたばこの吸い殻をみると、むかしの自分を思い出す。

むかし会社の仕事で採用の係りにあった時代があり、その当時に新卒高校生80人ぐらいの中に煙草を経験している人が6~7人ぐらいいることが後から分かって、火災には十分注意するようお願いした覚えがある。

いま八王子市は市内路上での「歩きたばこ」禁止である。だが、現実は信号のある交差点・植込み・歩道などは、吸い殻は拾っても、拾っても後を絶たない。喫煙家の猛省をしてもらいたい毎日だ。

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規範意識と自己中心的な考え

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自己中心的な人間や規範意識の低い人間が目立ちます。

文部科学省も、深刻に受け止めているようです。

『文部科学省の社会環境の変化と徳育に関する「今日的課題」』として取り上げられています。

現在の日本の若者・子どもたちには、他者への思いやりの心や迷惑をかけないという気持ち、生命尊重・人権尊重の心、正義感や遵法精神の低下や、基本的な生活習慣の乱れ、自制心や規範意識の低下、人間関係を形成する力の低下などの傾向が指摘されている。

社会を震撼させるような、少年が関与する事件の報道に触れ、子どもたちの規範意識について不安を感じる人も多い。 

また、日本の若者・子どもたちが、諸外国と比べて「自尊感情」が低く、将来への夢を描けないという指摘もある。

その一方で、現代の若者・子どもたちは、柔軟で豊かな感性や国際性を備えていたり、ボランティア活動への積極的な参加や社会貢献への高い意欲をもつ者も多く現れたりするなど、昔の若者にはなかったような積極性が見受けられる。 

世は無常です。時代は移り変わってます。極端ないいかたをすれば、昨日の情報は遅くて使えない?というくらいインターネットなどの深化により、昭和生まれの価値観などでは通用しない時代と言っていいでしょう。

しかし「温故知新」…(古きを訪ねて新しきを知る)で日本の良き伝統文化を知ることは、将来の行く道しるべとしてとても大事なことと思います。ですので… 

年寄りの小言にも耳を貸してほしいのです。

人生観の違い…生まれ育った環境や時代で変わることは理解できますが、「結婚する必要がない」という若者が多いという。また「結婚しても子供は作らない」と言う考えの人たちもいるという。そうした実態を目の前にして、子どもを産み育てることにあるようです。

今から100年ちょっと前の日本の姿を歴史を学ぶと、当時は子どもを産み育てることは当たり前で、誰も疑問を持たなかったのです。 

では、当時の日本の子どもはどのように育っていたのか育てられていたのかということですがまだ学校はそれほど力を持っていない、子どもは学校以外の場で元気に育っていた時代だと思います。

より多くの、さまざまな楽しい体験を持っています。罰もなく、とがめもなく、しかられることもなく、がみがみ小言を言われることもない。日本の子どもは、確かに彼らは甘やかされてだめになってしまいそうに思えますが、とんでもない。 

日本の子どもほど両親を敬愛し、老人を尊敬する者は、世界中どこを探してもいない。なんじの父と母を敬え。これは日本人に深く深くしみ込んだ特性(DNA)的です。

今、虐待が非常に深刻です。子どもの安全・安心が奪われています。 

子育てについての様々な不安要因が広がっています。子育ての悩みやリスクを抱えないためには子どもを持たないことが、一番よいのだというところに、日本社会の若い世代が行き着いたことだ…考えられます。

100年このかた、日本の子育ては進歩したのかということになるわけですが、教育制度が整い、児童福祉制度も整い、さまざまな取り組みをして、子育て支援に力を入れていますが、果たして日本社会は進歩したのかと…何か逆に後退しているのではないかと思ってしまいます。

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この町に住んで良かった町に…

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自己中心主義」「規範意識の低下」問題…

ゴミを捨てる…誰かが掃除をやるから…(役所)の仕事…たばこの吸い殻ぐらい捨てても…そういう行為をする…などと実際捨てていった人と口論になったことも…

きのう…湯殿川にゴミの不法投棄の処分と放置自転車の処置をしながら「まちづくり」とは、あらためて考えてみました。

「この町に住んで良かった」と思える町は…美しい自然が豊かである・こどもが楽しく遊べる場所がる・学校が近い・交通・日常の買い物が近い・病院が近い・金融機関が近い…などの条件が満たされていること。その上に、コミニティが活性化が感じられることだとです。

建物や道路といったハード面や、歴史文化などのソフト面を、保護・改善する事によって、さらに住みやすいまちにしようと意欲を持つ組織(自冶会や町会)活性化が大事です。

まちづくりは、そこに住んでいる人々で創ることで、主役はその地域に住んでいるみんなさん一人ひとりなのです。それを相談や応援してくれる、役所(都・市)・警察・保健所・消防署で、「協働」で創られるのです。

まちが汚れたいていると、「割れ窓理論」からも犯罪が起こりやすくなります。それには自分の家の周りを掃除することです。

むかしの、唱歌の「たき火」のような光景は見られませんが、自宅の周りは責任をもって美化に努めることです。そして、公園や広場・道路などに、ゴミは捨てない・歩行喫煙はしないなど、ルール・マナーの規範意識を高めることです。

その上大事なのは、地域住民のコミニティを持つことです。地震や暴風など(自助・共助・公助)の天災などの非常時に助け合いがスムースにできるのです。

時代のニーズに合い、子供からお年寄りまで楽しく暮らせるまち…そして、安心・安全なまちづくりを目指していかねばと……

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2014年7月 3日 (木)

梅雨晴れも夜に雨の予報

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梅雨晴れも 夕方雨に 足急ぐ

今日は関西地方で雷を伴って、大雨に警戒の予報です。

関東地方は日中は晴れていますが、夜のは雨とのことです。

街行く人は、なんとなく足早になっているように見えます。

 

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町づくりは人づくり

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「さーて今日は、何をしようかなぁー」

定年になって何もすることがなく、家で“ゴロゴロ”して、自分の居場所がないなんて?誰かにに“粗大ごみ”?なんて言われそうな人もいるかも…

定年後仕事を辞めて、毎日をどう過ごそうか…まだ何をしたいか分からない人もいるでしょう。

何歳まで生きられる?…まだまだです。

厚生労働省の平成24年(調査)

余命年齢(平均) 

65歳  男 19.89歳 女 23.82歳

75歳  男 11.57歳 女 19.45歳

80歳  男  8.48歳 女 11.43歳

これだけの時間があるのです。この時間を目標を立て「生きがい」を持って、過ごすことが、「人生悔にいなし」に近づけられることだと思います。

生きがいとは、生きることで得られる精神的満足のこと、もしくは、そのような満足が得られるあるカテゴリーのことだと思います。

生きがいと呼べるものが無い人もいるでしょう。欲求不満だけの人生を送っている人も。また、生きがいが、無いわけではないのだけれど、あまり意識していないためよく分からないという人もいるでしょう。

大袈裟なテーマでなく些細なことでも、自分がそうだと思えば生きがいと呼べるのでしょう。健康で過ごすこと、三度の食事が楽しみなこと、好きなTV番組を観ること、など。

でも、他人から生きがいを尋ねられたら、それは、満足を得るために目的を持って取り組んでいる確固としたテーマを訊かれているのかも知れません。仕事や勉学、ライフワーク、趣味、そのようなことです。

最近、高齢者がボランティア活動に関心を持つようなってきているそうです。その背景には、社会に貢献したいという意識があるからです。

経済的にも時間的にも比較的ゆとりがでてきた中で、ボランティア活動を通じた人や社会のつながりに、それまでの勤労生活では得られなかった楽しさや生きがい、自己実現などの価値を見出しているのではないでしょうか…

現役時代には、地域とのふれあい・コミニテーが取れなかった人が、生活にゆとりを持った方が、地域のために奉仕することで、「生きがい」持つことも素晴らしいことです。

私は、長年、地域(町会)の役員を務めています。長年培った知識、経験、技能を生かして、欲しいと常々思っています。国際的に活躍する高齢者ボランティアも素晴らしいことだと思います。

少子高齢化が進み、価値観も時代と共に変わっていきます。環境も変わり、また変えなければならないことと考えています。いわゆる時代のニーズ合った、町づくりが大事だと思います。町づくりは人づくりです。

住民が主体的に福祉を中心とした地域づくりに参加したりする例もみられるようになっています。介護など身近な高齢者の福祉問題をきっかけに、様々な地域において地域社会の中での支えあいを見直し、福祉を中心とした地域づくりが進んでいくことも期待されています。

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2014年7月 2日 (水)

集団自衛権…議論不足は否めない

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法9条の解釈を改めて、集団的自衛権の行使の容認……閣議決定

戦争に巻き込まれる可能性がある?また幾つかの条件があるが、安倍晋三首相は、昨日の記者会見で…「例えば海外で突然紛争が発生し、逃げようとする日本人をアメリカが救助・輸送しているとき日本近海で攻撃を受けるかもしれない。わが国自身への攻撃ではないが、日本人の命を守るために自衛隊がアメリカの船を守る。それをできるようにするのが今回の閣議決定だ。」と述べた。

今まで歴代の内閣総理大臣の憲法解釈を踏襲してきたが安倍政権で大変換したのである。

自衛以外の武力行使は認められない」と首を縦に振らななった。その理由は、戦後60数年、法制局が築きあげてきた憲法解釈にある。武力の放棄をうたう憲法9条の下でも国民の生きる権利を守るため、日本への攻撃を排除する自衛権の行使は許される。

ただ、同盟国などが攻撃された場合に自国への攻撃とみなして反撃する集団的自衛権は、国際的に認められた権利であっても…9条のの範囲を超えていて行使はできない。と言うのが…今までの歴代首相の考えであった。

憲法違反か最終的に判断するのは、違憲立法審査権を持つ最高裁判所である。ただ、裁判所は訴えがなければ判断は示さない。政府が憲法違反の道を進まないよう、事前に正すのが法制局役割で、国会の憲法解釈の説明を担ってきた。

日本が自衛隊創設60周年の7月1日、日本の安倍晋三首相は、33年余り踏襲してきた憲法解釈を公式に変更したのだ。

「第2次大戦の敗戦国」として自ら塞いでおいた戦争参加の道を敗戦から69年ぶりに再び開いたという点で、この先、周辺国の対応如何によって、北東アジア安保の変数になる見通しだ。

少子化が進む日本、自衛隊に入り、「日本を守る」…自衛隊に、自ら入る若者が多くいるだろうか…。日本ために命を懸けて戦うと…自ら名乗りをあげる人はどれだけいるだろうか?…疑問である。

そして、日本国民の戦争の悲惨さを経験してきた人・これから日本を担う若者たちを含めて、もっと議論をしたうえで…結論ありきではなく、議論が不足は否めない。

新聞社でも意見が分かれているようだ。
容認…読売・日経・産経・・・・・・・・非容認…朝日・毎日・東京…

世論調査でも…朝日調査では「賛成28%、反対56%」、産経は「集団的自衛権 63%が容認」

どう捉えたらいいのか?分かりにくい…それだけ難しいことなのだ。そして自民党の村上誠一郎議員の意見・・・http://blogos.com/article/89500/

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2014年7月 1日 (火)

人間の評価

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「人間の評価…」

不安というのは、人間が生きてる限りなくならないものです。その不安を抱えながら、いかに楽しく生きていくのかが大事で、それが人間の評価の一つになるのです。

好きな人を嫌いになったり、嫌いな人を好きになったり、価値があったものがどうでもよくなったり、捨ててきたものを惜しんだりする…そんなあれこれの繰り返しこそが、人生でよくあることです。

喪失は、年を重ねて行けば行くほど、大きく感じます。私たちはありとあらゆるものを失います。若さや命だけでなく、愛する者の記憶や故郷まで、喪失は残酷であるが、救済でもあります。

当たり前が幸せって感じられるようになったら、大人になったこと。だけど、それを変えなくては…と思えたら、いつまでも若くいられます。

人から受けた不正をいつまでも思い続けることは将来的にも不幸に…そのうえ、大抵は無益です。そういう考えを急いで払いのけて、そのために、元気を失わないようにするのが、最も大切です。

生きていると、さまざまな自分と出逢います。情けない自分、格好悪い自分、怯える自分、逃げ出した自分…見たくない、認めたくない自分達と出会います。しかし、それらを、すべてを受け止めることで、心が広い人間と評価されます。

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一生修行です

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最近、まだまだ修行が足りないと反省することが多いです。しかし…努力すれば笑顔・明るい・元気で、周りまで幸せにすることができると確信しています。

だが、いつも笑顔でいられることは出来ません。人間は感情の動物です。喜怒哀楽の感情はあって当たりまえです。

人は過去の苦労・経験を積んで、それぞれ価値観を持っています。他人に会って話をすることは、生きていくためには絶対になくせません。誰だって悲しいとき、疲れている時、機嫌の悪いときがあります。でも、自分の周りの人に「いい気分でいてほしいから」笑顔でいなければと思うのです。

不機嫌が顔にでてしまう人って、無意識に周りを下に見てるようなところあるのです。周りの人も大変かもしれない。みんな毎日を頑張っていきています。誰にも人生があるのす。「私と一緒の時間を過ごしてくれてありがたいなあ」と思ったら、笑顔になります。

感情が顔にでてしまう人は、修行が足りない。本当の意味で思いやりが足りない人。心がけはひとつ。「今を大切にすること」「今にベストつくすこと」「今の自分がすべてだと思うこと」です。そこに言い訳はいりません。

人生なんて意外と短いものです。みんな一生懸命生きています。そこでの出会いは全部貴重な事に気付くことだと思います。

死ぬまで修行……一生修行だと思います。この気持ちを持ち続けなければ…

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湯殿川にゴミを捨てないで!

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           湯殿川と片倉城址公園


「不法投棄は犯罪です!」

私の町には、湯殿川が流れています。むかしは、洗たくをし、野菜を洗い、子供たちは泳ぎ、魚を獲ったり、田んぼに水を引き…生活に欠かすことの出来ない存在でありました。

しかし、台風で川の水が溢れて、床上浸水ということがありました。水が引き庭に鯉がいたことも記憶に残っています。

護岸用に竹林やケヤキなどの植えられたいて、藪が多く、曲りくねっていました。開発が進んでコンクリート化して、明るく、真っ直ぐな川になったのです。

私は、生まれも育ちも同じ地域に住んでいて、移りゆく光景を見つめてきました。開発が進んで、多くの人が在住するようになり、人口も増えて、湯殿川の利用はほとんどなくなり、日常生活から離れた存在となってきました。

地域の専業の農業家が少なくなって、湯殿川を利用することもなくなり、湯殿川の価値観も違ってきたのです。

今、問題となっています環境問題で、頭を痛めている一人です。ゴミを捨てる人が多い、水が流れているから、当然下流に流されます。流されるかいい?無意識か、意識してかわかりませんが、捨てる人が後を絶ちません。

昨日、フェンスの中側に、ペットボトル・空き缶・などの入った500リットルの袋に弁当の食べ残し2袋分が捨ててあったのです。散らばったそれらのゴミを拾い収集したのです。

さーて、その処理をどうしよう1袋でも持つのがやっとの重さでした。思案したが、役所の南多摩西部建設事務所の河川維持課にお願いし処分を依頼しました。

「不法投棄は犯罪です!」絶対に湯殿川には捨てないでください。そして、河川管理通路を利用する人は、たばこの吸い殻・ペットボトル・空き缶・ゴミなどは捨てないでください。

環境守り・きれいな湯殿川を維持していくのは、私たち地域住民の務めです。私たちの町の環境・犯罪を守り、安心・安全…多くの魚や、昆虫がいる自然を取り戻そう。

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             湯殿川のカワセミ

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            片倉城址公園のほたる

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