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2014年6月

2014年6月30日 (月)

ストレス社会をどう乗り切るか…

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現代社会は、価値観の多様化で複雑さで、ストレスを感じることが増えてきています。ストレスは外から要因で感じるものがほとんどです。その受け止め方は、自分自身にある、不器用さ、責任感がそうさせているように思えます。

複雑多岐の現代社会では自分で努力しても、改善できないことが多いのが現状であると思います。ストレス解消方法は、身心をリラックスさせる旅行・趣味など気分転換を積極的行う・同じ作業を長時間したら休憩をとるなどがストレス貯めないことです。

ストレスは、うつ病はじめ、心身に多くの疾患の原因になります。しかし、生きていくには、ストレスは、どうしても、払い拭えないのです。しかし、ストレスがあるために、不安や不満を感じて、人はやる気や行動力を出すこともできると言えると思います。

しかも、ストレスを感じなかったら、人は疲れていても働きすぎて体を壊してしまうことがあるからです。つまり、ストレスは必要なのです。ただ、先に述べたように積極的に気分転換をはかることです。

そうすれば、ストレスなんて気にしないで、あってもなくてもいいよというぐらいな気持をもっていてはどうでしょうか…

マイナス思考をしない・自分を否定しない・自分を肯定せよということです。だから、もしストレスをため込んで、気持ちの切り替えが出来ない時は、何も考えずに、、過去への執着を断つ努力をすることです。

そして、ありのままの自分を認めてあげることです。確かに、それを行うことは容易ではないかもしれません。それでも、その気持が前へ進んでゆく意欲を作り出してくれるのです。

旅行に行ったときも、絵画を見たときも、音楽を聴いたときも、「良かった」・「楽しかった」・「素晴らしい」と言ってみるとどうでしょう。プラスの言葉を発することで、頭は自然とマイナス思考から抜け、自信が出ます。

また会社の仕事でも「うまくいった」・「いいぞ」と声に出して自分につぶやいてみることです。大きな声でなくていい。自分だけがわかるつぶやきでいいのです。そうすると、ふつふつとやる気がでてくるはずです。自分を肯定するのは自分しかないのです。

子どもの遊びを考える

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すくすくと育つ子どもたちは、限りない可能性を秘めています。その子どもたちが、心身ともに健康に成長し、豊かな人間性や他人を思いやる心を培うためには、自然などに親しみながらさまざまな経験を積み重ねていくことが大切です。

子どもたちを健やかに育てたいというのは、いつの時代でも親たちの共通の思いであります。家族の形も変わり、インターネットなどの、マルチメディアの急速な発展が子どもたちの住む世界、子どもたちを取り巻く環境を大きく変えていきました。

今、核家族化の進む現代、仕事と家事の両方をこなしながら子育てをしていく中で、テレビやDVDなどメディアに子守をさせることも多くなっています。

子どもたちは、バーチャルリアリティーの世界に自分の居心地の良い場所を見つけ、血の通わないつながりの中に身を置いているうちに、生身の人間とはうまく付き合えない、集団の中の空気を読めない、集団の中で自分の居場所を見つけられないというようなコミュニケーション能力未発達という状態になってしまいました。

「人間は一度死んでも生き返ると思う子ども」…小中学校生で3分の1がいるという

http://www.death-education.com/kyouiku_18.htm

かつて子どもたちは、友達と外で遊んでいました。校庭や公園、広場に限らず、路地裏であったり、神社やお寺であったり原っぱであったり、町じゅうが遊び場でした。遊びを通して、年上、年下の上下関係を学びました。

小さな冒険の中で木に登り、塀を越え、階段から飛びおり、公園のブランコをどこまで高くこげるか、そんなことをして、すり傷、切り傷なんて当たり前。でも、その痛い思いをした体験から、どこまでやったら危険なのかという感覚を身に付けたり、遊んでいることで自然と体力や精神力も養われてきました。

子どもたちは、昔も今も好奇心の塊です。わくわくすることが大好きです。それも変わっていません。今の子どもたちが公園で、飛び回って、遊んでいる光景があって良いことだと思う反面、1人1人がそれぞれの携帯ゲーム機で黙々とゲームをしている。そんな光景をよく目にします。

公園に遊ぶ場所・遊具がないのが問題でもあると思います。昔のような、「樹上基地」・「穴型基地」・「家型基地」づくりなどのできる場所がありません。子どもの好奇心・冒険心が生まれません。

わくわくする遊具がありません。危険だからといって、使用禁止だったり取り外されたりしています。ボール遊びも禁止、芝生に入っちゃ駄目。そんな公園には何の魅力も感じないのです。

私たち大人は、自分たちがかつて好奇心の塊で冒険者であり、学校の帰り道、棒を振り回しながら歩いていたり、またターザン遊びや、大声で走り回って、小さないたずらをしながら大人になってきたのです。

どもたちが町で伸び伸びと育てば、町も育つといいます。もっと子どもたちのすることを見守る目を持ち、怒るのではなく諭し、子どもたちが子どもらしく遊べ、子育てに優しいまちづくりが必要だということに気づくべきだと思います。
 

 

 

2014年6月29日 (日)

我が人生悔いなし…

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きょう、葬祭セミナーに参加してきた。NPO法人 葬儀を考えるNPO東京(高橋氏)

何時かは来る死…「家族に迷惑かけないために」~知って損しない葬式の話~

「葬式の構成」・「葬式のルール&葬儀社の役割」・「お弔らいのやり方」など講義を受けてきました。

自分が死んだら、遺体は自分では始末は出来ない…自分の亡骸を自分では、処分はできません。「いかに処分をするか」生きているうちの、「エンデイング・ノート」に書き記し遺書として残す…費用・弔いし方などなど…です。

その前に、それまでの時間をどう過ごすか…自分のことが出来なくなったら…を考えてみました。

子供のころの近所にいたお爺さんを見て、随分年を取っているなぁーと思っていた人の年齢を聞くと。65歳だったと記憶に残っています。童謡に「船頭さん」の歌詞でも……

 村の渡しの船頭さんは

今年六十のお爺さん

年を取つてもお船を漕ぐときは

元気いつぱい櫓がしなる

それ ぎつちら ぎつちら ぎつちらこ

それにしても…随分と長生きしたものだ~ 超高齢化時代と言われています。私は70歳半ばまで生き、後期高齢者です。医療の進歩・暮らしの環境の向上などで、長生きするようになったと思います。

しかし、この世のすべてのものはみな変化していることは昔も今も同じです、生きとし生けるものの変わり方はとくに早く、人の命など朝露の日に照らされて消えるが如くであります。

変わらぬと思い込んでいる古郷の山や川でさえ、悠久の時の流れのなかにあり、まさにこの世は無常です。人はこの無常なることに気づくとき、はじめて命のはかないことを深く思い、かけがえのないこの命を、慈しむ心がうまれます。

今日、この時をぼんやりと過ごさず、その日、その日、その時、 その時を、勤めなければならない。過ぎ去った日の自分を振り返ってみて、「我が人生に悔いナシ」と、言い切れるようしなければと… 

日本人と本音と建前

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「日本人と本音と建前」

「面従腹背」・「臭い物には蓋をする」習慣は、説教や命令で治るほど簡単なことではありません。この問題の解決の秘策は、「正直者が馬鹿を見る」日本社会の仕組みを変える事に尽きます。

日本人独特の「本音・建前」の二本立て社会は、「本音」(他人の考えに影響されない「本心」)を言うと「損」をし、相手方にどのように思われるかを考慮した「建前」が得をする国柄を生み、それが情報隠蔽の温床になっていると思います。

真面目で正直だと言う評判の日本人も、団体の一員になると「本音・建前」を巧みに使い分けるようになり、その結果として真実より「損得」を優先する社会を作ったのではないでしょうか。

先の東京都議会の「女性蔑視のヤジ」の問題では、潔く名乗りを上げることなく、やっと、名乗りを上げた議員の、なんとも理解に苦しむ答弁内容は、まさしく、外国人には分かりにくい、日本人の独特の損得勘定の考えがはたらいたのではないでしょうか。

そして、その裏には、目に見えぬ組織の圧力があったのではないでしょうか、石破自民党幹事長は、他の人も名乗りを上げることを期待しているようですが、今さら名乗りを上げて、袋叩きに遭うより、だんまりを決めた方が得策だと思い込んでいるのでしょう。

そのことは、「組織固め」という観点からみると疑問です。一人の首を撥ねて、お家安泰に…昔の日本の武士の社会の遺伝子の現れのような気もします。

しかし、今のグローバル化時代この考えは通用しません。また、日本人に自殺が多いのも、「本音・建前」と言う「虚実」の使い分けを強いる日本社会の矛盾が一因に思えてなりません。

まぁ―そうはいっても…日本社会が、まがりなりにも、平和をたもっているのは、本音と建前があったから、とも思います。一言でいうと、我慢する心です。言いたいことをぐっと飲み込む。そして違う言葉で表現する、これが建前です。

日常会話で、誰でも使っています。しかし、「建前」だけしか言っていないのに、相手はこちらの「本音」を察するということもあります。このへんが一番分りにくいところです。国が違えばなおさらです。誤解や早とちりの基になるのです。

 

2014年6月28日 (土)

下山の時代

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「負けるはずがない」と信じていた、大東亜戦争は1945年日本は負けた。その代償は、日本の歴史上でも無かった経験をしました。

ゼロからのスタートから、1964年東京オリンピックが開かれ、1972年田中角栄元首相の列島改造論で飛躍的に経済成長が伸びていきました、追い付け、追い越せで日本は、経済大国世界2位まで上りつめた歴史があります。

時代はまさに「下山のとき」であると思います。登山といえば山に登ることだけを考え勝ちです。しかし下山に失敗すれば、登山は成功とはいえません。急坂を登り、重い荷物を背負って頂上を目指すとき、人は周囲を見回す余裕はありません。

必死で山頂をめざすことに没頭しているからです。しかし下山の過程では、どこか心に余裕が生まれます。遠くを見れば、海が見えたり町が見えたりもします。

消費は美徳なんて言葉ありました…物余り時代も終わったのです。私たちの時代は、すでに下山に差し掛かっているのです。実りある下山の時代を、見事に終えてこそ新しい登山へのチャレンジもあるのです。

少子化は今後も更に進み、人口の減少は恐ろしいほどのスピードで減り続けます。輸出型の経済も変わって行くでしょう。

もう強国、大国を目指す必要もなくなっていくでしょう。ちゃんと下山する覚悟の中から、新しい展望が開けるのではないでしょうか。下山にために気落ちすることはないのです。

これらのシナリオを考えてソフトランデングすることです。しっかり将来を見据えて、「下山の思想…五木寛之」…述べていますように、ハーベストタイムの時代であると思います。

雨に映える紫陽花

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紫陽花や 池に写して 色映える

今日は、朝から本格的な雨となりました。

6月も残りわずかとなり、雨に似合う紫陽花は色あせたかに思えます。

最後の最後まで燃え尽きるように、雨に映えていました。

普通に生きることは難しい

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世の中で一番難しくて一番大切なことは、「普通に生きこと」だと思います。

普通とは、特に変わっていないこと。ごくありふれたものであること。それがあたりまえであること…です。

・過去を学ぶ意識を持つこと。
・現状に対する改善意識を持つこと。
・未来のために学ぶ意識を持つこと。

この3つのことはなかなか出来ないので悩んだり苦しんだりしているのです。しかし、この3つのことが出来ていれば「普通でいること」になるのだと思います。

今現在の自分の生活を守ることが人間にとって一番大切なことであり、成すべき目標でもあります。

「今までの生活、今現在の生活」を維持していくことは可能でしょうが、今までやってきたことだけをやっていくだけで「今までの生活、今現在の生活」を維持していくことができません。

「過去」には先人の教えであったり、過去自分が成してきたことの中には現在そして未来で通用するものが数多くあります。

その中で改めるべきものは改め、引き継ぐべきものは引き継ぐ…そうして前に進んでいくことが「先人の教えに学ぶ」ということだと思います。「過去」には学ぶべきものが沢山あります。

そして、この学ぶべきことを今現在に生かすようにしていかなければ「普通でいること」もままならなくなると思います。

きっぱりと「過去からの継続性」を切ってしまうことは混乱を招くだけであり、これはどこかの国の政府がやってきたことが証明しているではないでしょうか。国だけではなく国民一人ひとりの生活おいても同じことは言えることです。

また、過去のことだけではなく未来のことも考えなければ「普通でいること」は難しいでしょう。

将来への計画を立て将来への投資をし、そこに向けて進んでいくことがなければ「現在」という時間において緩みが生じ、今まで積み重ねてきたものを壊してしまうことにはならないか? そうなってしまった時に「普通でいること」ができません。

「過去の経験則」「将来への投資」に目を向けなければ自ずと「現在」という時間での「普通の生活」は壊れていくことでしょう。

「予定は未定」ですですが、しかし、漠然としたものでも、「予定・目標」を立て前に進んで行こうとする気持ちを持ち、その中で「過去の経験則」から学び継続していくものは継続し、変えるものは変えていく…そうして意欲を持つことで「今まで積み重ねてきたもの」生かして前向きな生き方ができるのだと思います。

 

2014年6月27日 (金)

少欲にして足るを知る

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人間には、いろいろな欲があります。貪・瞋・痴(むさぼり・貪トン)…瞋(いかり・ジン)…痴(おろかさ・ チ )…貪瞋痴をあわせて三毒といいます。

人に嫌われたくない、持てたい、きれいになりたい、惚けたくない、いつまでも若くありたい、お金持ちになりたい、良い家に住みたいなどなどです。多分誰でも、「~したい」という欲は無限に涌いてきます。

だが、この欲があるから、向上心が涌き、人生が、頑張れるという人もいます。しかし、私たちはちょっとしたことに落ち込んで、悩んでしまうことも生じてきます。

「少欲知足」という言葉が仏教にあります。

「欲をできるだけ少なくして、足るを知る心を持ちなさい」「ガツガツするより、これで十分だと満足しよう」という意味です。

私たちは、はたから見れば、十分なはずなのに、「まだまだ」「もっともっと」と、欲がエスカレートしていきます。そして、いつも何かが足りない気がして、自分は不幸だと思ってしまうのです。

逆に、足りていることを知っている人は、どんな生活をしていても、心は十分に満たされています。ただ、勘違いをしては、いけないのは、「無欲」になれ、というのではありません。欲望がまったくなくなってしまったら、抜け殻のようになってしまいます。

「少欲」でいいのです。いつも欲を少なくすることを心がけていれば、自然に「足りることを知る」気持ちが涌いてきて、幸せが訪れてくるはずです。「こと足れば、足るにまかせてこと足らず、足らでこと足る身こそ安けれ」です。

豊富にあり過ぎて捨ててしまい、粗末にしてもったいない・あり難いと受けとめる心が失われているようです。多くの人の手を経て、作られる食べ物が、捨てられています。もったいない!食べられるのに捨てられる「食品ロス」を減らしましょう。

まだ食べられるのに捨てられている食べ物、いわゆる「食品ロス」が日本では年間500万トン~800万トンにも上ります。これを日本人1人当たりに換算すると、毎日おにぎり約1~2個分を捨てていることなります。

私たちは多くの食べ物を輸入しながら、大量に捨てているのです。大切な食べ物を無駄なく消費し、食品ロスを減らして、資源は有限であること、そして、環境も考えなければと思います。

 

夏の我が家の小庭

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草も出る 虫も出る出る 我が庭に

夏…毎日暑いです。

我が家の小庭(狭い庭)トマト8本・きゅうりが2本植えてあります。

トマトもキュウリも、花が咲き、実が大きくなってきました。

しかし、毎年どこからか、種が飛んできたのでしょう、草が生えます。

虫も出てきます。蚊も出ます。

夏は、雑草と虫との戦いが続きます。

2014年6月26日 (木)

信頼から生まれる安心社会

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私たちの選んだ都議会議員たちに失望しました。あんな幕引きは都民の一人として納得できません。

出産・子育て支援策を取りあげた女性都議への暴言問題で、東京都議会は「信頼回復及び再発防止に努める」というだけの決議を採択したのです。

信頼されて都議会議員の地位に就いたのです。やるべきこともやらずに「再発を防ぐ」と言われても、有権者が信頼するとは思えません。

遅きに失した鈴木議員の発言も信頼性に欠け、その裏に駆け引きがあったかのような印象すら残る後味の悪い結果と思います。何か恥の上塗り?感は否めないです。

反省・反省します。と繰り返しで本当の真意は伝わってきません

都民だけでなく全国に抗議が広がったのはなぜか。暴言と冷笑の裏には性差別意識がある。男女共同参画なんて口先だけ。こんなヤジを飛ばす心性こそ、少子化の元凶です。そう感じた人が多かったと思います。

あんな無見識なヤジと、真意が伝わらない釈明会見では、東京都民の一人として、情けないやら、悲しい思いすら感じます。都議会の不透明さが深まりと次元の低さに驚きさえも覚えます。

本当に信頼回復したいなら、都議会はまず事実解明の努力を尽くすべきです。そのうえで、議員が性差別と人権、そして少子化を学ぶ場を設けてはどうか。

厳しい現状を知り、ひとごとのように暴言を吐いている場合ではないと気づいてほしい。うわべだけの反省ですませるなら、必ずや有権者に見限られる。このまま幕を引くことなど許されるはずがない思います。

信頼とは、読んで字のごとく、信じて頼ることです。一朝一夕には築けないものです。人間は誰かを信じて頼らないと生きていけない弱い動物なのです。

選択肢の多さや、自分への不安、世の中の価値観の多様化・不透明感など、何かに対して迷い無く、心の底から「信頼」する事が難しい今日の社会です。そこに私達自身・社会の深刻な問題の原因があるとも考えられます。

失われることの無い本当の「信頼」というものが存在し、それが実体のある現実として、多くの人によって築かれるのが理想的な安心できる社会だと思います。

もっと真面目に謙虚さと誠実さと、言動と滅私奉公と言う言葉がありますが、やらさせていただきますの気構えが、都民に心に伝わる東京都議会議員であって欲しいです。

全てを受け入れ前向きに…

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きのう、大腸内視鏡検査をおこないました。2年に一回行うようにしています。しかし特に何の自覚症状もないのに、検査を行うのは、躊躇しがちでした。

妻に促されてしぶしぶ病院に足を運んだのです。前日の検査食から夜には下剤を飲んで病院へ…朝の9時30分に入院手続きを取り、部屋に案内され4人部屋(ベットの差額代ゼロ)に希望通り入れました。

部屋には、病気治療中の人が1人入院されていて、同じに検査する人が3人が一緒でした。まず2リットルの下剤を飲んでお腹の中が、2時間かけて、空っぽになるまで必死なって飲みました。

そうして、病院内を歩きようやっと、お腹の中が何もない状態になったことを確認し、内視鏡検査室のベットに乗りました。検査は睡眠薬投与され(希望して)気が付いたら終わったのでした。約30分ぐらいだったという。そしてポリープが1個あったので、取ったとのことで、生検に出すと言われました。

もしや、大腸がん…だったらどうしようと不安が、とり付きまとい始めました。部屋に戻り、同じに検査人と話を聞いたら、2個あったという。その人も不安のようでした、またその人の奥さんは、直腸がんで治療中とのことで、なおさらではないかと思いました。

「いいじゃないですか…検査してポリープが見つかったのだから」と言ったのです。検査しないでいたら、手遅れになることも考えられのですから…」

それを聞いてなるほど、現実を厳粛に受け入れよう。そう思ったら気持ちが楽になり、ホットした気分になりました。どんな生検の結果か分からないがすべてを受け入れることができ気分になりました。

そう言えば、6年前…私と、同窓会の幹事になった女性に「私乳ガンなのよ、いま、放射線治療をしているの…」1か月たって同窓会の最終打ち合わせで、「私ガンが骨に転移しているの」と明るく話されたのです。そして、「お気の毒に、交通事故で亡くなる人もいます、それに比べれば…ずーといいじゃないですか…」と言いました。

その1か月同窓会があったのですが、出席できませんでした。そして2か月後に亡くなりました。彼女の生き方・考え方は素晴らしいと思いました。

人生には、苦しいこと。悲しいこと。楽しいこと。悔しいこと。喜怒哀楽があります。すべて受け入れよう。自分に課せられた試練だと思い、立ち向い、前向きに生きることだ意を強くたのです。

2014年6月25日 (水)

富岡製糸工場と絹の道

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桑の葉に 雨滴りし 絹の道
 

今日は、朝のうち晴れたのですが予報通り、午後から、雨となりました。

畑の片隅に、わずかに残る桑の葉が雨に濡れています。

つい先ごろ(21日)群馬県富岡製糸工場が、世界文化遺産に選ばれました。

今では、八王子市の近郊で養蚕農家は見聞きしません。

いまから155年前の1859年(安政6年)に横浜港が開設されました。

それ以来農家の現金収入にために、養蚕を営んだのです。

私の子供ころに「お蚕」「蚕さま」と呼んで、春ご・夏ご・初秋蚕・晩秋蚕の4回でした。とても大事に育て、ヘビや鳥・ガマ蛙などに食べられないように注意していました。

戦前戦後は八王子市周辺でとれた繭は、ユタンと呼ぶ木綿袋に入れて、親父がリャーカーで、八王子製糸工場に出荷、帰りのお土産が楽しみでした。

健全な老化

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認知症で行方不明の人が問題となっています。

認知症による徘徊などで行方不明となる人が年間1万人に上っている問題で、警察庁が去年1年間の最新の統計を公表しました。明らかになった深刻な事態を受けて、警察庁は行方不明者の発見や保護に向けた対応を強化することを決め、全国の警察本部に指示したという。

誰でも年を重ねると、心身共に衰弱していきます。健全な老化になるのが世の人の願いです。

それにはどうすればいいのか?

身体が不自由であったり、認知症であれば、他の人の助けがなければ日常の生活ができません。だから健康で長生き、すなはち健全な老化が世の人の願いです。

身体が健康でなければ心も健康でない、精神的に深刻な苦悩が続くと肉体的にも病んできます。心身一如ですから、身体も心も健康であり、活き活きとして、生き甲斐を感じて日々生活ができる状態が持続できれば、健全な老化が期待できるでしょう。

どうすれば、心身の健康が保てるのか、生き甲斐を感じて生きていけるのでしょうか。健康で長生きできる生き方として、これまで言われてきたのは、病気につながる数値を適正にしていくために、生活習慣を改善することでした。

ところが最近では、腹六分・禁煙・規則正しい食事、ストレスを貯めない、など生活習慣の改善に加えて、社会参加をすることが健康で長生きにつながると言われるようになりました。

健康で長生きのコツとして、積極的な社会参加が長生きとどうかかわっているのかということについて、海外の研究者がさまざまなことを指摘しています。

たとえば、外出して交流を深めることや外出して食事する、家事仕事などの活動的な仕事をすることは、スポーツジムなどでの運動よりも長生きに役立っているということも、その一つです。

2014年6月24日 (火)

やり直すなら辞職すべき

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本当にやり直すなら都議を辞職すべきです。

“ヤジ”冷やかしなのか?…野次馬(はやし立てる)ヤジを飛ばす…大きな声で怒鳴る…ということだと思います。

今まで“シラ”を切っていた鈴木都議が、昨日の記者会見で、謝罪・反省を繰り返しで終わった。そして、所属の自民党の会派を脱会し、自民党議員は辞めない意向です。

本当に反省し、一からやり直したい、と言うなら辞職が分かり易いと思います。

『早く結婚したほうがいいんじゃないか?』のヤジが東京都民のみならず、アメリカなどのマスコミで話題になっていると言う。日本の人権が問われることまで、大きな問題になってしまうとは、鈴木都議も吃驚したことでしょう。

ビデオを見ても、あの発言と重なるように別なヤジがあり、そして笑とザワツキが聞こえました。一体何なのだ?年収2400万円の報酬を受けて、品位に欠けヤジ・笑…あれが都民の代表が集まる厳粛な場なのかと、一都民として情けなく感じます。

2014年6月23日 (月)

わかるとは分けること

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「わかる」という言葉の語源は、「分ける」ことです。

「分ける」とは、一つにまとまっているものをいくつかの部分にすることです。

「わかる」ことが「分ける」ことなら、「わからない」状態とは、分けられていない、混沌とした状態と言えます。こうした「分け」の「わからない」状態に置かれると、私たちは不安になりがちです。

私たちは、目の前の子どもを「分ける」ときに、「いい子」か「悪い子」かという基準で見ることがあります。ところが、すべての子どもを「いい子」か「悪い子」かのどちらかに分けることは難しいものです。

そこで、「いい子」にも「悪い子」にも分けられない子どもに対して考え出された分類が「普通の子」であると思います。

だから、もともと「普通の子」とは「わからない(分けられない) 子」と言えるのではないでしょうか。このようにして、私たちはさまざまなものを分けていきます。

分けることで自分を取り巻く世界に秩序を与え、安心を得ます。しかし、これまでの自分の知識や経験の枠組みでは対応できない事象に出くわすことがあります。たとえば、「いい子」と思っていた子どもが大きな問題を起こしたとき、私たちは混乱し、不安になります。

授業妨害などで問題の生徒を分ける。その分け方、定規も問題です。

学校の生徒を悪い子・良い子・普通の子に分けて、悪い子区別し「特別教室」として、指導していくことを決めた、大阪市教委の「特別教室」を設けることで解決できるのか、どうも、釈然としない。

魚や、野菜、果物などを選別する感覚で人間までも、そうしなければ…、社会の秩序が保たれない…仕方がないのか?社会で生きるにはルールを作りその中に入らないものは排除していかねばならないことは分かります。

価値観も人それぞれであります。一つの決まり事でも、解釈で、いま問題と、集団的自衛権の容認などがそうだと思います。

学校の授業妨害となる児童・生徒の家庭環境なども理解しないで、ただ分けるだけで問題は解決しない、そこまで、推察・配慮しなければいけないのではないでしょうか…

今日の朝日新聞社説…「問題児の分離―「これで解決」ではなく」

2014年6月22日 (日)

老後をどう生きるか

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老後をどう生きるか、子供の世話になりたくない。子供たちは子育て(教育費)とローン返済などで、厳しい家計…とても親の面倒など看る余裕がないと思います。

経済的には、むかしのような三世代同居が理想ですが、嫁・姑などの関係などの、メンタル面で問題が起こる心配があります。今現在が健康なので、甘い考えがあるかもしれません。

夫婦で余命をどう生きるかと考える。厚労省のデータ―では、平均余命75歳 男11.57歳 女15.27歳です。まだまだ、希望や夢を捨てる訳にはいきません。

加齢に伴い、心身の限界は目に見えてきます。でも、「子供や他人を当てにせず生きる」…そういう時代認識は終わりつつあるとの考える人が多くなっているそうです。団塊世代のさまざなデータは独立ではなく、支え合うこと社会と家族に求めています。

しかし、団塊世代の預貯金額、退職金、年金額、住宅ローン、生涯未婚率、高齢者の生活保護受給などの実態は自立していくことが、ますます厳しくなってきていること示しています。

一方の子供世代も20代30代の過半数が非正規雇用など、従来当たり前だった結婚し子供を育てることすら困難になってきています。

それらの実態をみれば、「老後は子供の世話にはならない」「子供は所帯を持って独立するのが当たり前」とする価値感は崩れているようにも思えます。条件が許せば親・子・孫は同居し支え合いながら、この時代を乗り切るときに来ているように思えます。

NHK「おはよう日本」(平成12年2月8日のニュース)…取り上げられて、大きな反響があった。五木寛之さん「下山の思想」で

大震災・原発事故を受けて…「多くの国民が分かってているのに口にすることを遠慮している。登山の時代は終わっている。今は元の場所へ戻れるよう上手に下山する時代だ。」との趣旨で述べています。同感です。…いよいよというか、益々というか、…難しい老後であると認識しています。

2014年6月21日 (土)

戦後を知らない人たちの社会

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いまや、「戦後」いう言葉は使われなくなりました。敗戦直後に日本人が真剣に議論したことがゼロになりつつあります。

安倍首相は、靖国神社参拝を強行したり、集団的自衛権の行使容認を主張しています。従来のアメリカの傘の中から…考えを変えて、一歩外へ出て、日本の責任の自覚を持って、日本なりの道を模索していく考えのようです。

靖国神社参拝は、中国・韓国などに配慮せず、アメリカの制止も気にしない空気が漂いつつあるようです。

「いわゆる『普通の国』イコール戦争ができる国ということなのでしょう。戦争になって最初に犠牲になるのは、若くて生活に困っている層だということは、歴史が語っています。

最初に戦場に出る若者が右傾化を支持する。それは、近代史の忌まわしいパターンの一つだと思います。今の若者は「戦争を知らない子どもたち」ではなく、「戦後を知らない子どもたちです。

戦後を知らないし、バブルの頃すら知らない世代です。自分たちに戦後民主主義と繁栄の恩恵がもたらされているとは感じられないのだと思います。

腹七分目の豊かさでよしとする成熟社会を…と唱えている人がいますが、就職できない若い人たちはこれをどう感じるだろうか…私もその考えが間違っているとは思いません。しかしその言葉が届いてない。

繁栄感覚が希薄になったとき、その代わりに何が出てくるのかが問題です。それがいよいよ現実になってきたのを感じます。まず繁栄がなくなり、そして、平和すら犠牲にしようという流れになって来ているように感じられます。

経済の衰退が人々の意識を変えていく…

経済的に一番弱い立場に置かれる人は、自分の生命さえ犠牲にしないといけないようになります。明日の生活のために5年先、10年先の命を顧みられなくなります。

人が押し潰されそうになっている状態というのは、支配層にとって、とても都合がいいと、戦争ができる国にしようとしている政治家を、若い世代が支持するのは、まさに生活と生命の乖離だと思います。

「国民の暮らしと命を守る」と言っても、格差にあえぐ若い世代だけではなく、生活のために自分の存在自体を懸けなければいけない構図はいたるところにあります。戦後の繁栄と平和を知らない世代に届く言葉で、希望が持てる社会を創る。

希望とは、外にあって元気づけられるものではなく、主体的に作り上げるものではないでしょうか…

 

規範意識の低下が気になる

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最近、規範意識の低下が気になっています。

社会にルール(法律)があるのは、人間の価値観の違いを、ある一定の基準の枠を決めておき、その中で人間社会が構成されているものだと思います。国や民族・宗教などで価値観が相当違いますが、それらを理解しあって生きていくことが大事です。しかし、人間の欲と価値観の違いから、争いは絶えません。

個人的にはそれぞれの国や民族などで違いはあるでしょうが、人が生まれて人間社会で生きるには、人として生きる「術」を親から学び、社会から教えられていく過程で規範意識の確立され、価値観が確立されていくものだと思います。

子供のしつけ、教育が大事で、野木(手の加えられない庭木)になっては社会で問題となります。

「駄目なものは駄目」

人間にとって最も重要なことの多くは論理的に説明できないといいます。

論理的にいうなら、「人を殺してはいけない理由」も「人を殺していい理由(死刑制度など)」もいくつでも挙げることができます。しかし、理屈ではありません。人を殺してはならないのは、「駄目だから駄目」です。「以上、終わり」。

「もっとも明らかのように見えることですら、論理には説明出来ない」とのこと。「ダメなものはダメ」か、論理的に諭すか…

子供が悪いことをしていたため注意したところ「なんで」と訊かれます。一般には論理的に諭す方がよいと考えられているように思います。しかし価値判断が出来ない年齢では、いきなり「ダメですよ」で教えなければならないでしょう。

「ダメなものはダメ」が通じるのは、10才くらいまでだそうです。

その後、理屈が必要になるのです。つまり、屁理屈こねる年になるまでに「価値観」を教えることです。人を傷つけてはいけない。人の物を盗ってはいけない。人に迷惑をかけてはいけない。

その価値観がないと、いくら理屈を言ってももう理解できません。だから、10才までに「ダメなものはダメ」と、いけないことは教えなくてはいけない思います。 
 

2014年6月20日 (金)

梅雨晴れ間

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梅雨晴れ間 鉢のトマトに 水をやり

このところ、雨の降らない日が続いています。

花が咲き、実も大きくなりました。

鉢にトマトを植えてあります。

朝一度上げていたのですが、天気で、葉が萎れてきてしまい夕方も上げています。

今日は、空気が重いに南風が強いです。

都議会の「産めないのか」のヤジから連想…

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女性都議に「産めないのか」 自民?議員席からヤジ…

「自分が早く結婚すればいい」「産めないのか」。18日の都議会で、妊娠、出産、不妊に悩む女性への支援の必要性を訴えた女性都議に対し、議場からこんなヤジが飛び、所属会派が抗議する騒ぎになった。

品位がなさ過ぎます…

むかし、親父が言っていた言葉に、「嫁して三年子無きは去る」を思い出しました。

今では結婚を考えていない。したくない。結婚しても、子供は産まない。人が増えているそうです。今でも地方では、その言葉が残っているらしい?

「急増する“結婚しない”人たち」…今大きな社会問題となっています。

“草食系男子”ということばを聞いたことがありますが、“絶食系男子”という言葉があるそうです。 恋愛に興味がない若い男性のことを指しているそうです。

ここまではいかなくても、実際に今、異性と一度もつきあったことのない人や、結婚を選択しない人が増えていて、近い将来、未婚者が急増する時代が来ると予想されています。

「1人でいたほうが楽。そんなに1人でいることが、抵抗があまりない。」

「結婚しなくても、他人にとやかく言われないからというのはある。」

「“自分が結婚する”ということに対するイメージが、かけらもない。だから結婚しなくても、こういう生き方でも、別に失敗ではないというのがある。」

 「恋愛や結婚に興味がない。」

このまま結婚しない男女が増えれば、少子化がさらに進んでしまう。危機感を抱いて、新たな取り組みを始めた大学もあるそうです。男性は5人に1人が結婚できない、しない時代ということです。

「結婚しない自由、子どもを産まない自由、権利が認められた社会だと思います。しかし、二十歳になったら、しっかりした人生観を持って欲しいものです。高学歴(大学)を身に付けるということは、その為の教育です。

東京新宿区などは、結婚しない人たちが、男50%女42%で未婚化は深刻です。

「自信がないというのがあるかもしれない。自分の収入で相手を食べさせていけるのか、相手が満足してくれるのかとか、相手のことを考えた時に、今の収入でいいのかっていう疑問は出てくる。」

“経済的な要因”と共に、“結婚よりも自分の生活を優先させたい”という傾向があるようです。

将来的に、これらの人たちに医療費が、一番かかる可能性があり、行政の立場からすると、極力、リスク要因を元気な時に軽減しておくことが必要でしょう。 従来の行政サービスを見直す必要があると思います。

新しい行政課題が出てくるはずです。こういうことを意識して、行政が検討作業をすることが今、求められているのではないでしょうか。

国の推計では、今後さらに上昇を続け、2030年には男性の3人に1人、女性の4人に1人が、一度も結婚しない生涯未婚者となる時代が来ると予想されています。

家族の構成も変わってきます。結婚する、しないというのは個人の自由です。ただ、このまま未婚化が進みますと、少子化が進む一因にもなります。

また、これまで家族の基本モデルとされてきた“夫婦と子どもの4人家族”という形は、大きく変わることになります。

家族の形が大きく変わる時代が近い将来、到来すると予想される中で、社会全体の仕組みを考えていくということが必要なのではないかと思います。

「一人口は食えぬが二人口は食える」諺もあります。

結婚したくても、いろいろな事情で悩んでいる人には、行政がしっかり相談にのることが、重要だと思います。また対策など検討すべきです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2014年6月19日 (木)

蛍が飛んでいた?

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近くの片倉城址公園の池で、蛍が飛んでいた?と知人に言われました。

今は、自然破壊のよって河川が汚れ、「ほたる狩り」の文化も消滅してしまって、

ほたるの飛び交う川は見ることはできないと思っていました。

蛍が戻った?もう見られないかと諦めていましたが、嬉しいことです。

むかし…高ぼうき(竹箒)で近くの小川に行き、ほたるを捕りをした覚えがあります。

♪ホーホーほたる来い あっちの水は苦いぞ、こっちの水は甘いぞーーーと

歌ったのです。

 紙袋に入れて家に帰り、蚊帳の中に放して遊んだのでした。

夏の風物詩ともいえる「蛍狩り」には、水の澄んだ流れと夜空が必要です。

そして人々の和やかな心、夕涼みを楽しむ気持ちが大切です。

国民の暮らしと生命を守るとは…

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「国民の暮らしと生命を守る」…ために「集団的自衛権行使の容認…」国会で大きな論点になっています。

戦後69年になります。日本は戦争放棄し、アメリカの傘で戦後復興成し遂げてきた歴史があります。世界大2位(現在は3位)の経済大国まで発展しました。

圧倒的なアメリカの力で、世界の警察も?かげりが…発展途上国の躍進、特に中国の経済は日本を追い抜き世界大2位となり、その影響力は脅威すら覚える存在になってきています。

中国はアフリカや、東アジアへ進出し(覇権)支配力の確保は威勢を増してきている情勢です。

歴史の変換点が来ているような気がします。我が国も、経済成長を継続発展すためには、資源確保で、エネルギー確保は、死活問題となります。ホルムズ海峡に、機雷があった場合は、日本の自衛隊で除去するのだと、安倍晋三総理の意向のようです。

「国民の暮らしと生命を守る」と「経済発展」が連想されます。経済を発展には、エネルギー源である、化石燃料・食糧などの確保が大前提であります。

「国民の暮らしと生命を守る」…集団的自衛権行使容認…戦争に巻き込まれる可能性あり…犠牲者は閣僚・官僚でなく、普通の若者です。

多くの犠牲の上に平和が保たれる。「戦争が起きる原因」…平和を守るために戦争はあるのか…など考えてしまいまいた。

人間だけでなく、この世の生物は、限られた資源を奪い合ってきたのです。資源は、無尽蔵にあるわけでないのです。多くの観念的平和論者は、意図的にか、資源が有限であることを考えてこなかったのです。

それでは、食べ物がなくなればすぐに争いが始まる? 古来、水の奪い合いは、重大な戦争原因の一つでした。水争いは、現代でも続いています。水がなくなっただけでも戦争は起こるのです。

戦争は、戦争という現象面ばかりを見ても分かりません。私たちは、産業革命ばかりに目をとらわれて、その同時期に起こって農業革命・エネルギー革命の存在を忘れています。

食糧の増産、化石燃料のエネルギーの転化があったからこそ、人間は、人口の急激な増加に対応できたのです。その食糧の増産、エネルギー資源にも限界のあることを忘れてはなりません。

その限界点に達した時、人類は、食料やエネルギーの争奪戦を始めることになる。現実に経済封鎖を受けた国は、飢餓にあえいでいるのです。

日本は、アメリカの傘のもとで、貿易立国で、経済発展してきました。食糧でも、自給率の低い日本は、外国からの供給(輸入)なければすぐに破滅します。

世界で動物や植物の多くの種が生きられないが為に、絶滅の危機に瀕しています。その原因は、彼等の居住環境が、開発という人間の大義名分による侵略によって破壊されている事であり、また、グルメやファッションを動機とした乱獲にある事を忘れてはなりません。

戦争の原因も多くの貴重な種が絶滅させられている原因と変わりません。もし、絶滅させられていく動物達が、抵抗を試みたならば、それは人間との戦争に発展します。

しかし、そこまで動物達を追いやっている者達は、自分達が原因だという自覚があるでしょうか…誰にも、迷惑もかけず自分達の自由にしているに過ぎないと思い込んでいるのではないでしょうか…

愛する妻や子が、また、親兄弟が、危機に瀕し飢えて死のうとしている時、自分だけが安全な所へ逃げ出したり、安全な所から傍観することができるでしょうか…

2014年6月18日 (水)

歴史の変換点?

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世界情勢と価値観の違う人・国が大きくクローズアップされ、そして緊迫度は増してきています。そして歴史の変換点が来ているようです。

個人主義と利己主義

個人主義は、個々の人間の主体性を重んじて、一人一人の個人が自由に生きることの権利が保障されている代わりに、個々の人間が集合して成立する社会に対して個人としての自覚と責任を負うものだと思います。

己主義は、自分が益することだけを行為の基準として、他者のことや個々の人間で成り立つ社会の利益を全く考慮することなしに、自己本位な生き方を推し進める考え方でしょう。

時代とともに価値観は違ってくる

東芝の元社長の土光俊夫さんは、『価値観というものは、時代とともに変わっていくのが当たり前だ。それでなきゃ、歴史は生まれない。

『仲間のご老体たちが「このごろは価値観が違って困る」とこぼしているが、そんなことは当然のことなんです。僕らの世代だって個人によって価値観は違うのだし、価値観が一緒になったら、それは独裁国家ですよ。』と名言を残しています。

安倍晋三総理は、集団的自衛権の行使容認をめぐり、自民党は、22日までの今の国会中の閣議決定を目指しているが、公明党は、依然、慎重な議論を求めていて、ぎりぎりの攻防が続いているようです。

与党である公明党の役割がある

自民党の一極だけの政治では、危険極まりない、現在の公明党が、まさにそのキャスティングボート政党にあたると思います。大所では政権党につきながら、本当の急所で政権党に釘を刺すのが生きる道だと思います。これも価値観の違いで、民主主義の良い政治だと思います。

世界情勢は緊迫しています

ウクライナ問題・中国の止むとことない、露骨は東シナ海などに進出する覇権行動・宗教戦争の体をなしてきたイラクなど緊迫した世界情勢です。これらの問題は、日本にも大きく影響してくる可能性は否定できません、ホルムズ海峡での機雷などは、日本にとって重大な影響が予想されます。まさに、集団的自衛権で自公の話し合いの大きなテーマです。注目していきたい。

 

 

日傘と白い腕

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白い腕 日傘の外に はみ出して

紫外線から守る…

女性の日焼けに日傘は有効です。日焼け止めクリームなどもよく売れているようです。

むかしは、美人は色白が条件であったようですが、近年は肌を焼いた方が、健康的という人もいます。

ノースリーブの若い人が日傘をさしている女性を、街で見ました。腕の白さが印象的でした。

 

政治家の言動・・・

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政治は信頼があって初めて成し遂げられるもので、一般的に国家または地域を統治することなどを意味する。また、社会やその環境をよくしようとする働きのことである。

民主政治において、信認され信頼された者が統治ことで、平和社会が構築されて行くものである。

本音が思わず…その言葉は、信頼を損なう発言であると認識せざるを得ない。

石原伸晃環境大臣の「最後は金目(かねめ)でしょ」発言が物議を醸している。16日、東京電力福島第一原発事故で発生した除染廃棄物を保管する中間貯蔵施設の建設をめぐり、「最後は金目[かねめ]でしょ」と発言した。

金で解決するとの見方を示したものだ。古里の未来と本県の復興を見据えながら建設について思い悩み、懸命に答えを探っている大熊、双葉両町民を逆なでするものだ。

一刻も信頼回復することである。それには態度で示す以外にない。一刻も早く現地を訪れて謝罪し、発言について説明を尽くす責任がある。

毎日新聞社説…『石原「金目」発言 政府の本音がのぞいた』

2014年6月17日 (火)

最初から悪い子はいません

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きょうは、曇っていて、蒸し暑い一日となりました。

夕方、時田公園には大勢の子供たちが遊びを終えて、家に帰ろうとしている状況のところへ通り掛りました。公園内に空き缶が3個転がっていました。子供たちに「戻って拾ってきて欲しい」とフェンス越しに話しました。「分かりました」と素直に返事するとともに、行動を起こしたのです。

そして、私に空き缶を渡すなり「どうしてしなければいけないの?」と言ったのです。「後で公園を使う人が、迷惑するでしょう」と言ったら、「あぁそうか」と納得したのでした。

最近、規範意識の低下が問題視されています。規範意識は、家庭・学校・地域で子どもたちに教え、指導して、行くことが大事なことと思ています。公園や広場で、年下・学年同士・年上の人、大人などと多くの人とふれあうことで、社会人に成長していくのです。

当然大人の行動も大事です。子供は大人の仕草を真似するのです。大人がしっかり見本を示すことは言うまでもありません。

公園や公共の場は子供にとって大事な場であり規範意識を高めると共に人間形成の基になる場でもあると思うのです。素直な心・優しい心・他人の痛みが分かる人間を養う場でもあります。

子供は国の宝です。最初から悪い子供は一人もいません。環境次第で良くもなり、悪くなるのです。家庭・学校地域で、環境を守り、子供しっかり育てることで、日本の未来は明るく希望が持てる社会になるのだと思います。

今日の朝日新聞社説に『若者の意識―「どうせ」のその先へ』…関連する記事がありました。興味深く読みました。

 

 

 

 

 

公園・広場から規範意識を高める

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規範意識の高めるには…

昨日も私たちの町の公園(片倉時田公園)と片倉時田まちの広場を掃除をして…考えました。公園や広場は何のためにあるのか……

何時も、気持ちよく誰もが、楽しく使えるようにしたいものです。それには使用ルールを守ることです(掲示されています)。公園・広場で、子供たちはルールを守ることで規範意識が育成されて、大人の社会へと進むのです。

子供たちが心身共に健全な育成の場であると思います。それと共に、社会に規範意識を養う場であると思うのです。友達との交流や、地域の大人などとの、ふれあいで、共生意識が身についてていく場です。

したがって、公園や広場が汚れたり、使用ルールを守らなかったり、管理不十分であるならば管理する町会や自冶会なのど資質が問われることになります。つまり、“町の顔”であると思います。

ルールやマナーは家庭・学校・地域で…

最近、サッカーボール・野球のボールが転がっていたりしています。多分家から持ってきて使って、そのまま帰ってしまい、また使うときには、親から買ってもらう?のでしょう。そして家から飲料水として、ペットボトル・缶ジュース・ビンジュースを飲み、そのままにして捨ててあるのです。昨日はビンジュースを石垣に投げて割った、ガラスの破片が散乱していました。見栄えだけでなく、幼児などの怪我が心配です。

片づけは、分別で処分が大変なのです。みんなで使う公共施設は、後の人が気持ちよく使えるようにしたいものです。

子供たちの「公共の場所の使い方・ルールを守る」私は、子供会のお母さん達に話しているのですが…そして近隣に住んでいる住民の方たちにお願いしています。きのう、ある父兄の方が事情を話したら、こういうことは学校校長先生に話しては…(八王子市立由井第三小学校…白石貴志校長)と話されました。

しかし、子供の規範意識は、家庭の躾、学校の教育、地域の見守りが大事です。子供たちは大人の行動を見て育ちます。たばこの吸い殻・弁当の食べ残しなどの散乱も散見されます。

子供たちは、規範意識の尺度(やって良いこと悪いこと)分かりません。大人の行動を見て判断します。このことは大人がやっているので…と判断します。間違った認識でそのまま大人になるのです。環境問題がクローズアップされている昨今、恐ろしいことになると、危惧する一人です。

国土交通省の「都市計画運用指針」では、公園を「主として自然的環境の中で、休息、鑑賞、散歩、遊戯、運動等のレクリエーション及び大震火災等の災害時の避難等の用に供することを目的とする公共空地である」としている。

一方、広場は「主として歩行者等の休息、鑑賞、交流等の用に供することを目的とする公共空地である」としている。定義上は両者に大きな違いはない。…となっています。

 

2014年6月16日 (月)

論語の「剛毅朴訥」から

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論語に「剛毅朴訥」(ごうきぼくとつ)という言葉があります。

子供のころ、親父に、「あの人は「剛毅」なものだ、いいか、お前もあの人のように立派な「仁」になれ」・・・と言われたことがありました。当然…あまり理解できずじまいでした。

昨夜NHK深夜便で、安岡定子さんの〔オトナの教養講座〕~論語を聞いて…「剛毅朴訥、仁に近し」の話があり、あゝそうか…なるほど…と思ったのです。

何事にも、恐れずに苦難を耐え忍ぶ強さを内面にもって、表面を飾らずに口数も少ない人(剛毅朴訥)が最も仁を持った人に近い、という意味です。

「仁」とは、人間が持つべき最高の徳である愛情、思いやりや誠の心ということです。

「剛毅朴訥」は自分自身でも目指したい人間の姿です。剛毅朴訥の人に出会うと、心が洗われるような清清しい気持ちになります。

その逆は「巧言令色、すくなし仁」…口先が巧みで愛想の良い表情をするものに、誠実な人間はほとんどない、という意味です。

今の世の中、「自己中心主義」が多く、剛毅朴訥な人が少なくなって来ていているようです。「自己中心主義」とは、物事を自分を中心にしか見る事ができない・他人の気持ちを思いやれない・自分を客観視できない人です。

この歴史上の聖人「孔子」の言葉からすると、テレビによく出てくる政治家の方々の言葉は、慎重に中身を考えて聞いた方がよいかもしれません。中身を見抜くことはそれなりに大変ですが、巧言令色の人には「要注意」ということでしょう。

2014年6月15日 (日)

父の日と紫陽花

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紫陽花や 西日輝き 七変化

我が家の狭い庭を、紫陽花の株で埋め尽くさんばかりに咲いています。
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日の光で色が変わるようです。
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梅雨真っ盛りですが、このところ天気の日が続いています。
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今日は15日、日の出4:25分 日の入り18:58分です。
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むかし、親父が夏至10前が一番長く感じれれると…
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今日は父の日、親父の顔が・・・

歳を重ねるということは…

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梅雨の晴れ間で、昨日は真夏日となりました。交通安全指導に出動し炎天下に国道の交差点に立つ…坐骨神経痛で痛み止めの薬を飲みながらで辛かったです。自分も年寄りだが仲間も同じようにお年寄り……

歳重ねると一つや二つどこか、具合が悪いところあって当たり前です。私もそうですが、ほとんどの人が薬を飲んでいるようです。高血圧・糖尿病の予防薬などなど…

定年で何か、町のことで社会奉仕と思い、活動していますが、交通指導員もその一つです。一昨日・昨日と、いきなりの高温と多湿で、何やら体がついていかず、頭がクラクラし立っているのが辛い…やはり、年齢相応に体力が衰えてしまっていて、何時まで続けていけるやら不安が頭をよぎる始末です。

「熱中症に注意してください!」…行政や天気予報などで呼びかけています。部屋の中にいても熱中症になる恐れが「お年寄りはとくに水を飲んで、クーラーも使って部屋の温度を上げないように」などと言われても、まだまだ…

何処か他人事で済ませていたものの、これはまさに「自分にも向けられているのか…」などと愕然となります。夜は寝つきが悪いということはないのですが、一番に際立っているのは尿意です。

以前は人よりはるかにトイレの遠い男だと自覚していたのだが、最近は、寝てから尿意で2~3時間目が覚め、量は少ない上、残尿感があるのです。これは、老い以外の何ものでもないと思っています。前立腺肥大でのことであるのは間違いなさそうです。

超高齢化時代で、世間では今は確かに、70代の半ばまでも、石原慎太郎さんや三浦雄一郎さんのように、80歳過ぎてもで元気で人生を謳歌している人がいます。

世間では、「おじいちゃん」とは言わないのかもしれない。たしかに、その歳でも私なぞよりはるかに溌剌、元気な方が多いような気がします。

しかし、これも個人差があるような気がします。私よりちょっと上ぐらいの人でも、よろよろと歩き、他人の様はまったく眼中にないような人も多くなったような気がします。

「老害とも言われたくない」だが、「年寄りの小言も聞いてほしい」と思うこともあります。超高齢化の時代、それぞれで、それぞれの生き方があります。人はみな年を重ねると、身体は弱っていきます。しかし、地域に住んでいること…自分が出来る(社会奉仕)をしていくことが住みよい社会を創ることだと思います。

耳遠く いたわり言葉も 怒鳴り声  とほほ…

2014年6月14日 (土)

どくだみと雷雨

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どくだみや 予報通りに 雨となる

昨日の朝は、一点の雲のなく…晴れて、梅雨忘れさす爽やかな朝でした。毒ダミ(十薬)の花が我が家の庭隅に白い花咲いています。

予報では、午後からところにより雷雨になるとのことでした。11時ごろから黒い雲が、南から風と共にやって来て、ゴロゴロとなり始めたかと思ったら、大粒の雨が降って、どくだみの白い花を濡らした。

八王子市地区では、すぐ止んだが、国立市に住む兄の話では、そうとう降ったとのこと、テレビでも立川市街の雷雨の降っている映像が流れました。

STAP細胞…騒動の結末

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もしや、エプロン姿の研究室…若い女性のノーベル賞かと期待された?・・・成果に焦り?があったのか、小保方晴子氏の、泣きながら「STAP細胞はあります!」記者会見は何だったのか?…億単位の税金を使って…「本当にSTAP細胞があるなら証明して…」誰でも思います。

捏造?

改革委員会の記者会見で岸輝雄委員長は、「世界3大不正一つ」●アメリカのベル研究所で起きた高温超電導研究●韓国のソウル大学教授のES細胞・・・と並ぶ●理研のSTAP細胞・・・という。

理化学研究所発生・再生科学総合研究センター(CDB)の信頼は地に落ちたと言わざるを得ません。だが、難病患者らの期待は高い再生医療研究は日本は整っていると言わています。CDBは世界有数と言われているのです。今までの蓄積した財産を生かし、研究を続けることも大事だと思います。

このことで、日本の研究機関や、研究を目指す若者に影響しないように政府も含め、日本の科学界全体が教訓をくむことが重要だと思います。

未知の現象に魅せられること自体は科学者として当然のことです。不正防止にあたっては、科学者を萎縮させたり、若手の自由な発想を妨げたりしないための工夫も大事です。

日の新聞の社説

朝日…「理研への提言―改革で信頼取り戻せ」

毎日…「理研の改革 覚悟を決めて取り組め」

2014年6月13日 (金)

小さなことで幸せを知る

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墓掃除しながら考えた。

急なの上り坂の上に私の先祖が眠る墓があり、月二回の墓掃除をしています。この時期の雑草は伸びるの早いです。掃除ができることは、何代も何代も…続いてきて私がいることで、両親がいなければ、私は存在しない。

偶然に何億兆分の一の確率化?で私は、今生きていられるのだと思うのです。これは仏教でいう「縁」なのかも知れません。今親の生存した年齢を超えて生きていられることは、先ずは「幸せ」なことで…感謝しています。

「世は無常」です。現代は流れは一層早くなっているように思えます。幸せを感じる機会がないのか、平凡な(生活)ものは、なかなか幸せに感じ取れない…みんながもっているようなもの(事・人・物)には、幸せを感じられない人がいます。

たとえば、ご飯が食べられること、親がいること、眠れる家があること…“ある”のが当たり前と思っていたものが無くなった時不幸になる…それは“ある”ことが幸せなことを、実感するのです。

ほんの小さなことでも「楽しい」、「うれしい」、「いいなぁー」など、好感などの自分の幸せな感情に気づいてそれを味わい、「幸せだなぁー」と思えば、確かな幸せが感じられます。

また、自分の望みや自分の幸せを知り、その中から自分が幸せになれることをやれるようになるといいでしょう。

小さな幸せには気づけない人がいます。気づけても幸せを感じられない人もいます。生活の中でいろんな幸せを感じて暮らせるようになるためには、小さな幸せを感じられるようになることが肝心です。そして感謝の心を持つことです。

悩みや心配があって人生

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悩みや心配ごとがあるのは当たり前 です。

生きるということは、悩みや心配があって生きられるのです。寒さ暑さなどの自然現象から逃げ出し一年中ちょうど良い気候などありまなせん。人との付き合いでも十人十色の性格です。

夢のような、桃源郷なってありません。

「苦手なあの人と、なんとかうまくやっていけないかな」…「お金がもっとあったらいいのに」…「今のままの仕事で、自分に将来はあるんだろうか」…「もっとやせて、きれいになりたい」…「あと少し、背が高かったら」…「もっと美人にうまれていたら」…

しかし、実際はどうでしょうか。たとえ、これらの問題が解決したとしても、また次の悩みや心配がでてくるはずです。すべての悩みや心配がなくなることはないようです。

何かをしようと思ったら、そのままあれこれ思案せずにしたほうがいいでしょう。後でと思うのはよくないのです。また、外出しようと思ったときも同じです。気が向いたとき、そのままさっと出かけるべきです。

後でと考えないことです。たとえ雨や雪であっても、おもしろい雪だ、子どものころは雪遊びをしたなあと思って出かけるべきです。すべてこのように思案なしにしていると、心は思いのほか軽くなるものです。

晴れていようと雨であろうと、天気のことを気にせずに行動する。つまり、悩みや心配をあるがままにして、くよくよ考えずに、行動すればいいのです。

悩みとのつき合い方には、次の方法があります。

一つは、悩みや不安の原因を追及し、「真っ向勝負」する方法。もう一つは、問題やその原因をひとまず脇に置き、目の前の「やるべきこと」をできるだけ淡々とこなす方法です。

多くの人は「真っ向勝負」を挑んで、その原因を探し、「ああでもない、こうでもない」と悶々としています。しかし、やるべきことに集中していくと、「つらくてたまらない」と思っていた気分がスーッと軽くなっていきます。そして、数日後には何を悩んでいたのか、すっかり忘れてしまったなんてことさえあるのです。

私たち人間は、生まれつき心配性です。悩んだり、くよくよしたりするのが自然なのです。だから、私たちに悩みや心配ごとがあるのは、当たり前です。

しかし、それに囚われて、もっと悩んだり心配してもしょうがありません。逆にそれらを、自分を成長させる「きっかけ」にし、軽やかに生きれば、毎日が楽しみな自分になれるはずです

2014年6月12日 (木)

梅雨寒む

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梅雨寒や 仕舞った炬燵に 未練あり

いよいよ梅雨本番だけど、今年は暑くなったり寒くなったり、

気温の乱高下に悩まされています。

暑い日があって、炬燵は片づけて…

あーぁもう少し後にした方がよかったかー-

ここ2日雨の日が続いている東京地方です。

今は止んでいますが、今夜にはまた…

台風6号が温帯低気圧になって、北上するとの予報です。

集団的自衛権で党首討論・・・

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政治家は歴史を知ることが大事です。今、安倍首相の「アベノミクス」で景気は改善されてきています。そして「国民の命と財産を守る」という大前提で、積極て平和主義を掲げ世界各国を訪問しています。

そしてウクライナの問題、中国の東シナ海への進出の問題…で、アメリカの国際警察の支配力にも変化してきいる状況から、集団的自衛権の行使を容認する憲法解釈変更を今国会の期間中に閣議決定したい意向です。

ちょっと閃いたのですが今、勝海舟がこの世界の情勢の中で日本はどう針路をつるべきか・・・聞きたいものです…と思いました。

昨日、今の国会で初めての党首討論が行われ、民主党の海江田代表が、集団的自衛権の行使を容認する憲法解釈の変更を今の国会の会期中に閣議決定するのは拙速だと批判しました。

安倍首相は、「与党の真剣な議論の結果において政府の立場を閣議決定する」と述べたうえで、集団的自衛権の行使は必要最小限の範囲に限定されると強調しました。

与党公明党とは、協議を重ねていますが、国民のは分かりにくく、説明不十分の感は否めないと思います。政治家は歴史を知ることが大事です。過去の戦争での残像が残る世代は、少なくなっています。決めたら後戻りはできません。誤らない道を進むことです。そして、国民主権です。

今朝の新聞各紙の社説・・・

朝日・・・「党首討論―論争なき抜け殻の府」

読売・・・「党首討論 民主は平和確保の具体策示せ」

毎日・・・「党首討論 足元をみられた民主」

日経・・・「こんな党首討論ではなさけない」

産経・・・「党首討論と民主 いまだに安保語れぬのか]

東京・・・「党首討論 安保論議が物足りない」

2014年6月11日 (水)

集団的自衛権のこと

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国際状況の変化は、すざましい流れとなっています。アメリカの「世界の警察」の実効支配が弱まってきていて、日米同盟にも変化せざるを得ない状況になり、アメリカは、日本を守る負担を日本に一部肩代わりということもあり、日本国民の生命・財産は日本で…という安倍首相・政府の考えです。

憲法第9条の法の解釈で…「集団的自衛権」の行使容認に向けて議論が繰り広げられています。

集団的自衛権に対するメディアの反応はと言うと、「読売新聞」「産経新聞」は賛成、一方、「朝日新聞」「毎日新聞」、そして「東京新聞」は反対です。

はっきりと分かれています。国民の反応はと言うと、各紙に世論調査でも同じような結果で、賛成・反対が分かれているようです。公明党の言うように、議論を重ね、国民にさらに説得が必要だと思います。

ジャーナリストの田原総一郎氏は、自身のブログで述べています。

「朝日新聞」の報道は、「外部の要因はすべて無視、脅威や危険はみな自分たち日本側にあるとするのだ」という。すなわち「日本は悪魔だ」という理念のもとに、主張を展開していると指摘しています。

たしかに「朝日新聞」の報道は、一貫している。たとえば、「集団的自衛権を行使できるようになる」ことを、「戦争をする」と報じる。「首相の靖国神社参拝」については、「軍国主義賛美」だから「反対だ」と論じている。

「朝日新聞」「毎日新聞」「東京新聞」のこうした報道姿勢が、日に日にリアリティを失っていることもまた事実である。

「集団的自衛権の行使は国際法で認められています。どうして日本だけが勝手に『禁止』だと自国を縛り、行使できる国に変えようとする政治家を悪者扱いするんでしょう。こんなに国民が国を信用していない国は、他にないんじゃないでしょうか」・・・

 

 

親の愛情で子は育つ

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親の愛情で子どもは育つ…心理学で用いる広い意味での性格は、3歳以後でもあらゆる要因によって形成されると言われています。

子ども、特に乳幼児にとって母親は、生命を維持するために不可欠な存在であり、生理的な緊張の解消、やがては心理的欲求の充足を満たしてくれる存在であるということを体験していくことは重要なことです。

特に生後1年くらいまでの間は、子どもはその生きていくための全てのことを母親に依存し、その関わりの中で様々なことを学んでいくものです。かまいすぎ型・期待型・甘やかし型・無視型など、親の接し方で子どもの性格は決まってきます。

親子の関係は、子どもの人格形成に大きく影響するものです。一般的には、育児は母親が中心となっていて、母親の、子に対する接し方の違いが直接、子どもの人格形成に影響するとも言えます。

親が子供の接し方で、性格も変わるものと思います。親の背中を見て育つ…ということは他に比較するものが分からないから、言語でもわかるように、初めて話しかける言葉で理解できるようになる…と同じに性格も似ていくのだと思います。

性格と環境的要因の関係を無視するものはありません。それらの定義では、その人の育った状況・親、友人等周囲の人間の影響・学校教育など、さまざまな環境によって性格は変容・形成されるとしています。つまり、「性格」は変わる、ということです。

最近の夫婦共働きという家庭が多くなってきています。子育てに大事な情操教育と子供の安全にも大きな影響が出てきている思います。一方、幼児を放置してしまうショックな事件や、学校帰りに低学年の女の子を襲った事件の犯人逮捕…また、札幌・熊本などで女性の殺害事件が相次いでニュースがあります。

昨日の日経新聞の社説に「質の高い学童保育を増やそう」…がありました。

安倍晋三首相は小学生の子どもを学校や児童館などで預かる学童保育(放課後児童クラブ)を、2019年度までに30万人分、増やす方針を打ち出した。共働き家庭の増加や放課後の安全意識への高まりから利用希望が増え、入れないケースも出ているためだ。

政府は「女性の活躍」を成長戦略の柱に掲げ、仕事と子育ての両立支援のために乳幼児向けの保育サービス拡充を急いでいる。その子どもたちが小学校に入った後の受け皿としても、欠かせない一手だろう。国と自治体は着実に整備を進めてほしい。

学童保育を利用する子どもの数は、急速に増えている。登録人数は2003年の約54万人から13年には約89万人と1.6倍になった。クラブ数も約2万1千カ所にまで増えたが、まだ足りない…以下略

2014年6月10日 (火)

先を読む

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世界はグローバル化した経済、益々、複雑多岐になってきています。

いまは簡単に先読みができるような状況ではありません。しかし、社会の面でも、経済の面でも、人間の寿命、人間の在り方についても、あらゆる面で非常に激しい変化が続くだろうと思います。

どう生きればいいのか・・・難しくても将来を策定(先を読む)しなけれならないです。人口構造も、少子高齢化社会になるということは分かっていたです。しかし、政府も政治家も何も十分対応しないままです。

人口減少問題は、国の将来のあり方の基本中の基本で、避けては通れない大きなチャレンジとなります。長生き世界一位…素晴らしいことです。しかし、長生きしてきた人たちに対応するための制度も、税制も、暮らし方も、将来の不安は拭えません。

少子化については、女性がもっと子どもを産んでも、きちんと社会で活動していけるような形をつくらないと…保育の仕組み、就労の制度を改善を考えるべきです。

また女性が働かなければ、この国の経済は十分に発展しない…ということを考えれば、制度的にしなければならないことは沢山あったはずです。対応が遅いなという印象です。

労働市場では、少子高齢化の社会において、外国の人に助けを求めるのか…助けを求めるには、相手の国に対してすべきことができているのか、という、相互依存への対応に関する様々な問題が出てくるだろうと思います。

教育についても、英語は、外国語というよりも、国際語になっています。英語のほかに何を知っているかということじゃないと、国際的な交流ができないのです。

国全体を見て様々な変化の必要性を訴えていくのは政治家です。政治家は、先を読み、その上でアイデンティティーしっかり持って、説得していくことが重要だと思います。

そうすることで、非常に素晴らしい進歩を遂げてきた日本が、引き続きそれに見合った責任を、国際的に果たしていく時代が来るのではないでしょうか…

それには政治家が研鑽することです、この大きい世界で私たちだけが生きているわけではありません。同じような状況にある人々だけではなく、いろいろな違った考え方を持っている人々、国々、社会というものと相互研鑽を図っていくことが必要です。

自分たちのためだけじゃなくて、ほかの一生懸命頑張っている人々や国々のためにも先を読んで行動しなければ…

一人だけ、一国だけで生きれるということはあり得えません。頑張って「一緒に考えようじゃないか」ということで、いろいろな人、国々の様々な立場の人たちとの交流を、盛んにすることによって発展していくと思うのです。

2014年6月 9日 (月)

特定外来種「オオキンケイギク」

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思い出の いにしえ里に 外来種 オオキンケイギク したたかに咲く

湯殿川の堤防の法面に、5~6年前から、今まで見たことがなかった花ですが、5月から6月にかけて、黄色い(花キバナコスモス)に似ている花が咲くようになりました。

先週、東京都の河川維持課の職員が除去していました。聞いてみますと、特定外来種とのことす。…日本固有の植物を殲滅してしまうということでした。ちょと綺麗だが…

特定外来生物「オオキンケイギク」の原産は北アメリカ(ミシガン~フロリダ、ニューメキシコ)だそうです。

就活の問題

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「就活」から「就活うつ」…「派遣社員」から「ワーキングプア」という言葉が連想されます。確かにアベノミックスから、景気は良くなったようにいわれています。

しかし、働いても働いても報われない、豊かになれない。今、日本では、ワーキングプアと呼ばれる働く貧困層が急増しているの事実です。

大学を卒業してもなかなか定職に就けず、定職に就いても3人に1人は契約社員・パートなどの非正規雇用者。正社員になっても、若者は簡単に会社を辞めてしまう。

「3年で3割辞める」新卒離職率、「心の病」を抱える30代社員の急増、ニート、フリーター問題…急浮上しているのが現実です。

「年功序列」は終わったと言われて久しいです。いまや、上場企業の9割で成果主義が取り入れられている。とすれば、やる気と才能、そしてハッキリとしたキャリアビジョンさえ持ち合わせていれば、若くても活躍できる時代になったのでしょうか。

いや、そんなことはない。状況はむしろ逆だ、いまの時代、汗水たらして働いても、若いときの苦労はけっして報われない。下手をしたら、一生下働きで終わる可能性もあるのです。

夢と現実

「夢を取るか? 現実を取るか?」「やりたいことを取るか? 生活の安定を取るか?」という選択に悩む人がいます。

一度、どちらかを選択したあとに、まだ迷ったり、決断を後悔してしまう人もいます。誰でも、自分の望みと生活の安定のどちらを大切にするか迷うことがあるのではないでしょうか。

年功序列というと時代に逆行していると言われるかも知れませんが、「毎年きっちり給料が上がっていく」…人生設計に収入の安定が大前提であります。結婚・マイホームのローンの支払い・出産・教育などで必須でなのす。

 

2014年6月 8日 (日)

紫陽花とメールボックス

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紫陽花や メールボックス 花飾り

我が家の玄関先に、紫陽花の花が植えてあります。

郵便受けが見えなくなるほど花がたくさん咲いた。

二日続きの大雨で濡れた花がメールボックスを覆ってしまう。

郵便物を取るのに一苦労します。

自分自身を知ること

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「汝自身を知れ」とは古代ギリシャのデルフォイの神殿に刻まれていますが、人類ははじめて自らを知ろうと挑戦した哲学者ソクラテスが有名です。

この2500年もの間、宗教や哲学や科学などの発展・発達で、人間は自分自身について知ろうとしてきました。ソクラテスの時代から現在に至るまで、自分自身を知るための「方法」や「手段」はさまざまなものが開発されてきました。

人間は共に生きる生物との関係、自然のなかでの立場、宇宙の中での存在に思いをいたし、思いのままに自然を搾取し破壊することなく、共存のなかで分相応の生き方をせよといっているのでしょう。

自分自身を知る…とっても難しいことですが、70歳過ぎたころから、「自分は何者」自分の今までの「生き方」はこれでよかったのか?考えています。

自分自身を知る事によって真の自分への慈愛の心・自分自身に労りの心が生まれ…それが人への、優しさ…に繋がることだと思います。

素直に自分自身を見つめてみる…そして一歩ずつ、正しい見性(自分に本来備わっている真理を見きわめること)目指すことです。そして、真の自分自身を知り、その心が正しく在るように努めることです。

 

2014年6月 7日 (土)

日本の将来に希望を持てるか?

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国の借金は…2013年度末で過去最大の1024兆9568億円。

少子高齢化と人口減少…日本の6割の地域が無人に?2050年日本の人口は、9700万人。

年金問題は…政府の百年安心年金は信頼低下・・・年金危機は間違いない。

エネルギー政策…原子力、化石燃料を輸入?環境問題?

資源のない日本の過去は、資源を輸入し、付加価値を付けて輸出で、経済産業を発展させ、先進国の位置づけてきたが、発展途上国と言われた国々が追い上げ…持続的経済発展できるのか?

OECD加盟国34ヵ国で第21位日本人は「1人当たりの生産性」が低すぎる。

http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/diamond-20140606-54160/1.htm

政府は、税と社会保障と一体改革などの施策で、目指す将来像~未来への投資(子ども・ 子育て支援)の強化と貧困・格差対策の強化するとしているが・・・

国民の命と財産を守り、安心・安全に暮らしていく…日米同盟で、日本は近隣の中国・韓国などで協調を図れるのだろうか?希望が持てる将来を期待できるだろうか?

ロシア・中国とG-7首脳会議

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ベルギーのブルュッセルで開催されたG-7首脳会議は、ロシア・中国を抜きに実行力のある共同政策はできるのか。

現実に起きていることで、ロシアのクルミア半島の編入や中国の東・南シナ海での行動は問題がある。今回は確かに、環太平洋経済連携協定(TPP)を含めて各国が進める貿易交渉の速やかな妥結をめざす方針を確認するなど成果もあった。

国際秩序の形成に責任を持つ…G7首脳が中国・ロシアの行動に深刻な懸念を共有し、戒めたのは当然だが、武力による威嚇に対し、武力で強化するしかない…という考えで世界平和が保てるのか疑問である。

安倍晋三首相が提唱している「集団的自衛権」をロシア・中国はどう受け止めているだろうか。

G7の存在感が低下し、中ロが影響力を強めつつあるのが世界の現実だ。単に中ロを突き放すだけでは、逆に両国の連携を助長し、ひいてはG7の対抗軸にもなりかねない。

中国と尖閣諸島領土問題・ロシアと北方領土返還問題などを抱えている現状に、日米同盟の強化につながる集団的自衛権で対抗で、極東アジア圏の安全は保障できるだろうか…

また、北朝鮮の核・ミサイルの懸念もさることながら、最も近い韓国との関係も国民感情は一向に改善されていない。

読売新聞社と韓国日報社の共同世論調査によると、現在の日韓関係について、日本では「悪い」と答えた人が87%に達し、韓国でも「悪い」は86%であったという。韓国との関係では歴史認識・靖国神社参拝問題で、双方の国民感情が悪いことが証明されたのである。

 

2014年6月 6日 (金)

宮ケ瀬ダムで…

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宮ケ瀬ダムを眺めて・・・考えた。

山があって谷があるから素晴らしい画になる。

晴たり降ったりで草木は伸びる。

男と女で人間社会で生きられる。

世の中利口がいて馬鹿がいて成り立つ。

人生は良いこと、悪いこと交互に来るもんだ。

この世は全てプラスとマイナスだ。

葬式のこと

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昭和20年代位まで葬式は、自分の家で行い、家族の人は相談だけで一切しない…隣組合で営まれました。飛脚(親戚に・知人に二人一組で葬儀の日などを知らせたのです…(電話がなかった) 墓堀り(メド番…未婚者しない)お勝手のことまで…

村落共同体である村社会、隣組合などの地域の互助によって、死者は弔らわれたのです。

お棺を綱と竹の棒で二人で担ぎ、旗・鐘と読経で家の庭を左廻りで3回、お墓まで家族・親族・隣組合の順で墓まで行列が続くというものでした。自宅から墓場まで葬列の野辺の送りがありました。

ところが、昨今では人生の最後を病院でむかえ、そして病院から移送される先は住み慣れた自宅での葬儀でなく、葬儀会館でというのが多くなりました。かつて地縁血縁によって執り行われてきた「家」の葬儀が、近年は「個」の葬儀として、葬儀業者さんにすべてをゆだねるようになりました。
             
通夜には、ご近所や特に親しくされていた人がお悔やみに来られるぐらいで、親族のみで終夜故人を悼み供養するのが、ならわしとなってきているようです。また、故人と直接関係のない人にまで会葬していただかなくてもよいという考えのもとに、近親者だけで葬儀をあげることが多くなってきたようです。

“お葬式は要らない” と主張する人まで現れてきました。葬式をしても何も残らないから、葬式に多額の金をかけたくないということでしょうか。葬式をしないで遺体を火葬場に運び、荼毘にという「直葬」。

会葬者をよばず、親族だけで通夜、葬儀をする「家族葬」。通夜と葬儀を一日ですませる「ワンデーセレモニー」。戒名も僧侶も不要で、近親者だけでおくるという「お別れ式」。近親者のみにて密葬して、後日にホテルなどで「偲ぶ会」を催す等、葬儀の形態が近頃は様変わりしてきたようです。

墓地の形式も、大きな木下という意味で樹木葬・共同墓地・団地風の墓・・・川に流す・空に撒くという人もいます…これは違反です。

それではいったい葬式とは、どんな意味をもつのでしょうか、葬式は不要でしょうか。あわただしくつとめることになります。それで、突然のことで分からないことが多いことから、葬式について考えておくことも必要なことです。  

葬儀代だけでは済まないお寺の費用…
http://kurassist.jp/anshin/anshin10-1.html

 

梅雨入り

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梅雨入りに あじさいの花 輝きぬ

関東甲信地方が梅雨入りしました。平年より3日早いそうです。

我が家の小庭では、紫陽花が、輝きを増し、存在感を強くなりました。

驚きの暑さ…

一昨日まで、真夏の暑さでした。 

北海道の音更町では、記録的暑さ(37.8度)猛暑日だった。

2014年6月 5日 (木)

ポイ捨ては人格を疑われます

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朝の通勤時に、駅前で必ず目にするのがタバコ吸い殻のポイ捨てです。最近は駅構内が禁煙なので、入場前に捨てるらしい。路上に捨てるのはさすがに気になるようです。

きれいなゴミ一つない施設や公園など、ゴミを捨てるのは、さすがに気が引けます。そこで、岩の割れ目や木の根の隙間、植込みの中などに、ゴミを入れる人が後を絶ちません。ちょっと見には、ゴミは散らかっていない。しかし、隙間に入れられたゴミは、後で回収するのも大変です。プラスチック系のゴミが多いため、分解もせず残ったままです。

若者の行動といえば、奇妙なことがあります。飲み干した飲料水などの空き缶やペットボトルが、通りがかりの民家の塀の上などに置いてあるのをしばしば目にします。

回収用のゴミ箱までは距離がある。といって、路上に捨てるのは気が引ける。そこで塀の上、ということでしょうか。本人は、ゴミを散乱させずに、良い事でもしたと思っているのでしょうか。でも、その空き缶やペットボトルを片付けるのは、結局は置かれた塀の民家の住人です。つまり、ゴミ処理を他人に押し付けていることになるのです。

人が少なく、生活に自然素材を使用していた時代には、「三尺流れれば水清し」の言葉のとおり、ポイ捨ても自然の浄化作用が解決してくれました。

しかし、生活様式もずいぶん変わりました。環境上の支障があるかどうかだけではありません。視界にさえ入らなければ別に問題ではない、というのはおかしいと思います。いわば、臭いものにはふた、の考え方です。

おまけに、どうも本人は、「ポイ捨てはせずにちゃんと片付けた」とでも思っているようです。むしろその意識のほうが問題です。側溝に捨てられた吸い殻、岩の割れ目にねじ込まれた空き缶、塀の上に置かれたペットボトル、それらの行く末、あるいは誰がそれらを片付けるのか、そこまで思いを巡らせてほしいと思います。

ポイ捨てはポイ捨て…そこに”美学”などは存在しません。自分の家ではしないようなことは、公共の場でもしないで欲しいです。ポイ捨行為は、未成熟な人間と言わざるを得ません。

他人が見ていなくとも、お天道さまは見ています。ポイ捨てなどが昔の行動様式の名残なら、それはやめにして、「お天道さまは見ている」を復活して欲しいです。

広場・公園は町の顔です

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公園・広場をきれいに使いましょう。

私の住むまち(片倉町一丁目町会)には時田公園と片倉時田まちの広場があります。

子供たちが友達と仲良く遊ぶ、お母さんたちが幼児を遊ばせる、大人たちが休むなどの目的と災害時の緊急避難場所として、あると思います。

公園・広場はその町の「顔」でもあると思うのです。私の家からは、少し離れたところにありますが、ゴミ(弁当の空き容器ペットボトル・空き缶・たばこの吸い殻)を収集して処分しています。

公園がいつも汚れていれば、町会や自冶会の資質が問われます。そして、犯罪の場となり、本来の公園のあり方から逸脱しかねない危惧すら覚えるのです。

私は、子供会のお母さん達にお願いしているのですが、自分の子供が毎日公園で遊んでいる状況と、遊んだ後に持ってきた、飲み物・食べ物などきちんと処分されているか…確認してほしいと…そして町の方に関心を持ってほしい思います。

子供たちの健全な育成には、家庭・学校・地域の皆さんが協力し合って立派な規範意識を持った大人になるです。お酒を飲んで、弁当を食べ、たばこを吸って、そのまま放置したまま帰って行く…まず大人の公園の使い方にも問題があります。

そのまま放置していたら…後に利用する人がいないばかりか、犯罪の場所になりかねないと危惧するのです。

2014年6月 4日 (水)

薫風を味わう

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薫風は 梅の実匂い 香り乗せ

梅の実は大きくなってきました。

風薫る6月…梅雨入りの前は、爽やかな風で快い、禅語に「薫風自南来」があります。

…春から初夏ともなれば、南の方からほのかな春の香りをふくむ風が吹いてくる…という意味です窓を開放して新涼の気分に浸っています。

薫風の清涼さは単なる感覚的清涼さではなく精神的な清涼さ…何にも比較すべきものがない無心の境地で…清々しい気分になれます。

九州は梅雨入りしたそうです。関東地方も梅雨入りも、もう直ぐ?

 

「ごめんなさい」では済まされぬ

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今市の女児殺害、32歳男逮捕=容疑認め「ごめんなさい」…

(時事通信)…栃木県今市市(現日光市)で2005年、小学1年吉田有希ちゃん=当時(7)=が行方不明となり、茨城県常陸大宮市の山林で遺体が見つかった事件で、栃木・茨城両県警の合同捜査本部は3日、有希ちゃんを連れ去り殺害した疑いが強まったとして、殺人容疑で、栃木県鹿沼市西沢町、無職勝又拓哉容疑者(32)を逮捕した。

捜査本部によると、勝又容疑者は容疑を認め、「今言えるのは、有希ちゃんにごめんなさいという気持ちです」と供述している。有希ちゃんとは面識がなかったという。

動機は何かわかりませんが、人を殺すということは、自分も殺されても仕方がない…ということです。何の罪もない、子供を殺すという行為は絶対に「ごめんなさい」で済ませることはできないことです。

そして、神奈川であった、幼児の白骨化していた発見した事件

当然死ぬだろうと思っていた父親の取った行為は、人間として許されることではありません。自分が、その子供であったとしたならば、絶対にできないことで、殺人罪は免れないことです。保護責任者遺棄致死の罪は免れるとはない。今となって、「ごめんなさい」では済まされないことです。なぜ・何故そうしたのか理解できないことです。

「ごめんなさい」の日本語の使い方が知らない人間でしかない。人として許されない行為と許される行為の区別がつかない、愚か者というしかないと思います。

最近そういう思いますのが取り返しの付かない行為…は「赤信号みんなで渡れば怖くない」主義の人が多くなってきているようです。環境や、社会に対する規範意識の低下に恐れている一人です。

日本人の心の問題をもう一度検証していかねばならないことだと思います。

懸念される中国の民主化

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天安門広場で、民主化を叫ぶデモ隊に戦車で出動し、激しい抑圧し、多くの死傷者をだした事件から25年の前の今日です。その時のテレビの衝撃的な映像は記憶に鮮明に残っています。

人口13億人・少数民族55もあり、格差が大きいと言われているようです。人口は1億0650万人いるとのことです。西部の内モンゴルの自冶が問題となっていている地区は、鉱物資源が豊富にあるといわれていて、国の抑圧政策に反抗する人たちの、過激な行動が続いているようです。

世界第2位の経済でありますが、その拡大政策は北東アジア・南シナ海の進出で、東南アジアの国々脅威すら与える存在になっています。

政治は共産党一党支配で、人権問題と政治の民主化が、世界各国から指摘されているようです。25年前の民主化へ強く抗議する若者たちによる天安門広場の行動に、軍隊の戦車などで多くの死傷者が出た事件があます。

六四天安門事件(ろくしてんあんもんじけん)とは、1989年6月4日に、同年4月の胡耀邦の死をきっかけとして、中国北京市にある天安門広場に民主化を求めて集結していた学生を中心とした一般市民のデモ隊に対し、中国人民解放軍が武力弾圧(市民に向けての無差別発砲や装甲車で轢き殺したとの報告がある)し、多数の死傷者を出した事件である。(ウキぺディア)

経済・軍事で強大な力を増してきた中国は内に人権問題・外には覇権主義は、世界の脅威となってきているのではないでしょうか…

そして、言論と結社の自由を認め、健全な批判ができる幅を広げ、そんな民主化の段階的な発展なくして、国の安定はないと思います。武力で国を治めることは絶対に長続きはしない。今後の中国の動きが注目されるところです。

今日の新聞各紙の社説

朝日・・・「天安門25年―改革になぜ踏み出せぬ」

読売・・・「天安門事件25年 政治改革に背を向ける習政権」

毎日・・・「天安門事件25年 民主化なき発展続くか」

 

2014年6月 3日 (火)

「社会奉仕」と「社会貢献」

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「社会奉仕」と「社会貢献」…どう違う

①・・・奉仕は自分以外の誰かのために報酬なしで働くこと。 自分自身の働きそのものを差し出すのが奉仕。ボランティア・・・自主的に社会事業などに参加し、無償の奉仕活動をすること。

②・・・貢献は自分以外の誰かに自分の手柄や利益を対価なしで差し出すこと。自分が働いて得た結果としての利益を差し出すのが貢献。社会の利益に資する行いをすること。

個人は会社を通じて役立つ、つまり社会に貢献する、会社が儲かる、喜ばれる、拡大すると、自分も豊かになるということです。

CSR…Corporate Social Responsibility…も、何か特別な環境対策などが強調されることが多いです。だが、日々の仕事のすべてが、実は社会奉仕なんだと言われると、毎日の過ごし方や気持ちがまったく違うものになってきます。

社会とは大きな言葉だが、最小単位でいえば、仲間や家族、会社や業界だったりするわけで、会社の社長だけではなく、お茶くみ、掃除でも、すべてが誰かの為になることであるわけだから立派な社会奉仕なのです。

人との協力関係を築き、思いやり、優しさ、愛情など持った交流をすることが究極的な「奉仕と貢献」であると思います。そう考えれば、何も特別な活動をするまでもなく、日常のひとコマひとコマが奉仕や貢献の機会であることに気づくことです。

人と向かい合う時に笑顔で、その人に心に輝かせているでしょうか…元気に挨拶をして、その人の今日を明るくしているでしょうか…誠実に向き合って、その人の未来のためになる会話ができたでしょうか…自分の言動が人に及ぼす影響について、もっともっと真剣に見つめていかねばならない思います。

2014年6月 2日 (月)

真夏日…

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風鈴の 気になり始める 暑さかな

暮れなずむ 川面も夏の 湯殿川

電線で 鮮やかに着る 燕尾服

城址の 松の陰にも 夏の風  

昨日は(6/1)は全国的に気温は一気に上がり、東京地方は真夏日となりました。

今年はエルニーニョ現象が発生の確率が高い…(気象庁)という。

北日本は涼しく西日本は暑く、平均気温は北日本(北海道、東北)で平年並みか低い。西日本(近畿、中四国、九州)と沖縄・奄美は平年並みか高く、東日本(関東甲信、北陸、東海)は平年並みとみています。

日本付近では夏の暑さをもたらす太平洋高気圧の北への張り出しが弱いと予想。ただ、日本の南海上では勢力が強いという。

梅雨前線の位置に影響する偏西風の北上も平年より遅くなるため、梅雨期後半に当たる7月の降水量はほぼ全国的に平年並みか多い見込み。

各月の予報は…

▽6月 北日本の天気は数日周期で変わる。東・西日本は平年より曇りや雨の日が少ない。沖縄・奄美は曇りや雨の日が多い。

▽7月 沖縄・奄美は晴れの日が多い。そのほかの地域は平年より曇りや雨の日が多い。

▽8月 北日本は平年より曇りや雨の日が多い。そのほかの地域は晴れの日が多い。

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2014年6月 1日 (日)

平均寿命と健康寿命

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「平均寿命」

世界保健機構(WHO)が2014年版の世界保健統計が発表しました。それによると、最も長寿の国は日本で男女平均が84歳だった。2位以下は、アンドラ、オーストラリア、イタリア、サンマリノ、シンガポール、スイスが続く・・・

寿命が長い国は男性がサンマリノで82歳、女性が日本で87歳。日本の男性は平均寿命80歳で、カナダなどとともに5位(同順位)。最も平均寿命が短いのはシエラレオネで46歳。

世界(男女)の中央値は74歳、平均値は70歳。

「健康寿命」

健康寿命とは、生活に支障なく過ごせる期間の平均のことで、5月28日厚労省の研究班がまとめた20大都市別データを内容が5月28日に発表あれました。2010年は男性70.42歳・女性73.62歳です。これまでは都道府県別しかなかった。

日本では65歳以上の高齢者人口が3000万人を超えて、4人に一人が高齢者です。日本の高齢化スピードは先進国の中で最も早く、日本は超高齢社会になりました。昭和22年~24年生まれの団塊世代が65歳以上の高齢者になったのですが、だれも自分が高齢者であると思っていないようです。不老長寿への願はますます高まっています。

「転ぶな・風邪ひくな・義理を欠け」と岸信介元首相の名言で、長生きの秘訣がありますが・・・

私も、後期高齢者の仲間となって、つくづく思うのは、目・耳・筋肉の衰え、つまずきを注意せざる得なくなりました。そして、糖尿病予備軍と医者に診断され、脳梗塞の予防薬と合わせて、頂いて飲み続けています。

塩分や糖分そして油分などに取りすぎないように…野菜類を積極的に採るように心がけ、運動…散歩するように心がけています。

ストレスは生活していく上では、複雑社会では仕方がないことですが、ストレスで心身の不調となるファクター大きくなってきていると思います。また記憶力や思考能力が低下したと感じることがあります。それで自分は後何年…健康で長生きできるだろうか思うこともあります。

健康で長生きできる生き方として、これまで言われてきたのは、病気につながる数値を適正にしていくために、生活習慣を改善することでした。ところが最近では生活習慣の改善に加えて、社会参加をすることが健康で長生きにつながると言われるようになりました。

究極的に年を取って心身の衰えはやもう得ないことですが、90歳を超えても現役医師で活躍されている、日野原重明さんのように「生き甲斐を持ち続ける」ことでしょうか。

「ピンピンコロリ法則」…

ただ長生きするだけでなく、私たちが望むのは、亡くなる直前まで元気に活動するピンピンコロリの人生であり、不幸にして長期の寝たきりになって亡くなるネンネンコロリではないというもの・・・そう望みたいものです。

 

 

 

 

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