« 2014年3月 | トップページ | 2014年5月 »

2014年4月

2014年4月30日 (水)

主体的に生きていく人間を…

142 現代の子どもたちは、自分から進んで人や自然に働きかけ疑問に思っていることを、自ら解決することが少ないと、ある学校の校長先生か聞きました。つまり、自分自身で5W1Hの謎解きが少ないということでしょうか。

それは、都市や地方に限らず、便利で快適な暮らしが、そうさせている可能性があるのではないでしょうか。もの心がついた時には、テレビがあり、何んでもボタン一つで答えの出る生活、苦労しなくても何でも手に入る生活です。

人や自然の生物にかわる機会を奪い、子どもたちの好奇心を削いでいるようにも思えるのです。インターネット検索で答えを出し、そのことで物事を理解しようとしたり、テレビやビデオなどを視聴し、そこで得た情報で物事を受け止めたり・・・これでは、ますます受動人間になり、主体性は育ちにくいでしょう。

夢を持ち、そのことに向かって主体的に生きていく人間を育てるには、苦労の伴う価値ある体験を通す必要があります。人の苦労・工夫・生き方に触れたり、自然の不思議さ・おもしろさ・追究する楽しさに触れたりする中で、情報処理の根本となる物事の見方・考え方の基礎を学ぶ教育活動を展開していくことが大切です。

子どもの好奇心をくすぐるためには、支援者が深く教え込んではいけない。子どもへのかかわりは、考える時代(時期)だあり、自然体験、文化体験を通して、生きることの価値の根っ子部分を確実に身に付けてくれていくものと信じることだと思います。

子供たちに好奇心を持たせる教育…が大切でしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

小1の壁

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

057 核家族化で30~40年前は、普通の暮らし形態の「三世代家族」の家庭は少なくなりました。孫は、遠く離れて、たまに顔を見せるくらいで「お爺さん、お婆さん達はちょっと寂しい思いがする」と言った話は年より仲間で話されています。

「来て良し、帰って良し」という言葉あります。「そりゃー孫は可愛い」しかし「長くいられたら2~3日寝込むようだ」という。

近所の子供が、学校から帰ってくるのが、5時半ごろ帰ってくる光景をみることがあります。聞いてみますと、「学童保育」で遅くなるというのです。夫婦で共稼ぎで、親の仕事で子供学校から帰宅前に帰れないので、親の帰って来るまで預かる制度を利用しているのです。

「放課後児童クラブ」ともいうそうですが、日本の労働力不足が問題となっている現状と核家族化の社会構造の中では、この制度の拡充は必要なことだと思います。

「小1の壁」…共働き家庭において、子どもを保育園から小学校に上げる際、直面する社会的な問題を、『小1の壁』といいます。

保育園では、延長保育があるところも多く、ある程度遅い時間まで子どもを預かってもらえます。しかし、公的な学童保育では通常18時で終わってしまうところも多く、保育園よりも預かり時間が短くなってしまい、子どもは、家で一人で過ごすことになります。

小学校に入学して急にしっかりするわけではないので、保護者は安全面でも精神面でも心配がつきません。また、小学生になると、時短勤務制がなくなる企業も多く、子どもの小学校入学を機に働き方の変更を迫られるワーキングマザーの方が多くいるのが現状です。(キッズベースキャンプ)。

私の前のアパートの子供が、夕方暗くなるのに玄関前で泣いていました。「玄関の鍵がない」ということでした。お母さんは仕事から帰ってこない、と言うことでした。

近所の奇特な奥さんが、お母さんが帰って来るまで預かって…安心したようです。児童クラブの時間延長を検討していくべきと思いました。

国は、市は…このことにどう対応するか…政治で解決しなければならない問題だと思います。

今日の読売新聞社説…『「小1の壁」 解消へ学童保育拡充が急務だ』

子供が小学校に入ると預け先がなくなり、親が仕事を辞めざるを得なくなる。「小1の壁」への対策が急務である。・・・

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2014年4月29日 (火)

遠い親戚より近くの他人

214 むかし、姉さん被りの奥さんが、家の前の通りや、横町の路地などを、掃除をする光景をよく見ました。そして、童謡に・・・「たき火」などがありました。

掃除をしながら近所のコミニケーションが図られたり、思いやり、譲り合い、助け合い、人間が生きていくための術を学べることが出来たのです。

家の周りを掃除するという習慣は、いつの間にか薄れてしまい、自分の庭のみだけしか掃除しないお宅が増えたように思えます。

外のことまで、手が回らないというのか?現代人は忙しいのは分かりますが、よその所まで掃除をする余裕がないということが本音でしょうか、それともアパート・マンションで、関係ない?ということでしょうか?

「奉仕」…報酬を求めず、また他の見返りを要求するでもなく、無私の労働を行うことをいう。それぞれ、一般的な「勤め、業務」の他に、隣人や困窮者への援助などをする行為です。

社会の変遷で人間本来の価値観が違てきて、昔気質の人が少なくなって、寂しい思いをしている人は私だけではないでしょう。人は一人では生きていけません。助け合い励まし合って生きられるのです。

地震などの災害はいつ起こるか分りません。隣近所の方のお付き合いが大事です。

「遠い親戚より近くの他人」…血の繋がっている親類であっても、遠く離れて暮らしていれば行き来も少なくなり、情も通わなくなるものです。

万が一急を要する出来事があった場合に助けられることは出来ません。赤の他人であっても、自分の近くにいる人のほうが、かえって力になってくれのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

環境を守りましょう

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

072 自然環境を守るのは、あなたなのです。役所の人、ボランティアに任せて置けばいい?」のではありません。

「気が付いてほしい」のです。あなたの行為が、あなた自身が住み難くしているのです。ゴミ・歩きたばこをポイ捨ては一向に減らないのです。

私たちは地球は天地自然に生きているのです。そして、あなたや私、そして多種多様の生きものたちもみな同じです。

捨てられたゴミは、科学変化をお越し、生物に変化そして、生き続けることが出来ず絶滅している種は沢山あるのです。もうこれ以上地球環境を汚すことは許されません。何としても食い止めなければならないのです。

天地自然は気まぐれです、震災や台風、干ばつ、猛暑寒波など、自然界の異変、すなわち天変地異をおこします。大地自然に生きる人間やさまざまな生きものは、その宿命を享受しなければ生きていけません。

自然の大きな力の前には人間の存在などちっぽけなものです。でもこの地球に生きていく限り人間は昔も今も未来も地球自然に生かされ、生きていかねばなりません。だれでも心の底には、やさしさと思いやりの気持ちは心に宿しています。

地球環境を守るのは、あなたにも責任があるのです。守りましょう地球上の生物を・・・

154      川エビ(むかし湯殿川に棲んでいました)です。

136     沢蟹もいました。

176     ギバチもいました。

098     カジカもいました。

ウナギ・ナマズ・フナ・ハヤ・ヤツメウナギ・シジミ・タニシ・ほかにもたくさん湯殿川に魚・昆虫が棲んでいました。一種類でも二種類でも取り戻したい思いです。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月28日 (月)

マレーシアの不明機と韓国の沈没船

017 4月16日の韓国の貨客船セウォル号沈没は、救助の様子や事故の原因など、連日報道されていますが、まだ、ハッキリした原因は掴めていないようです。最も行方不明者の救出先ですから…

過積載は間違いないようです。この事故のことは朴政権の威信にかかわることでもあり、世界中で注目されていますので、国を挙げて原因究明されると思います。

これより先3月8日マレーシア航空機の行方不明の情報は、ほとんど報道されていません。どうしてでしょう。

マレーシアの航空の搭乗者は239人だそうです。そして、韓国のセウォル号は、27日現在、救助されたのは174人、死者・行方不明者は302人で、韓国で過去最悪の船舶事故となるそうです。

その後、不明となったマレーシア航空機の件が、まるでどこかに消えてしまいました。まだ見つからないとされていますが、軍事技術も発達した今、そんなことがあるのか?と疑ってしまいます。

これはただの事故でもハイジャックでもない、何か壮大な秘密が隠されている気がしてなりません。なぜにこれだけ各国の軍事技術も発達した中で、航空機の1機がいまだに発見されないのでしょうか。

何故か、マレーシアの不明機は、ミステリーまま迷宮入り、となってしまう?心配すらお持ちの方も出てきそうです。ブラックボックスは、もう見つからないのでしょうか…

| | コメント (0) | トラックバック (0)

自然に・人に思いやりを…

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

245 念願叶って、昨年(2013年)富士山が世界文化遺産に指定されました。そして、入山料を徴収するようになりました。理由は環境の保全ということも一つの理由です。

自然を大事に思う気持ち大事さ…一旦人間の都合で、「自然の破壊」してしまったら、元に戻すことに出来ない…ということを知っている人は多いのですが、一部の人の心無い行為で問題となっているのです。

みんなで楽しんだり、使ったりする、公共の場所を…大事に使う。他の人ことを考える。このことは、マナーであったり、大人の良識です。

大型連休が始まって、各地の観光地は家族連れで賑わうことでしょう。個人一人の行動が多くの人に迷惑や、嫌な思いを与えることがあるのです。「自然に・人に優しく、思いやり」を持って楽しんでもらいたいです。

産経新聞に載っていました。

「トレイルランにペット連れやポイ捨て…高尾山で見かけた“とんでも実態” 」

開山から1270年。「信仰の山」としても名高い高尾山を登山競走のトレーニングの場として利用するアスリートの存在は以前から聞いていたが、あまりの多さに驚いた。登山道を数分おきにジョギングとはいえないスピードで駆け上がっていく。登山客を抜く際に速度を落としたり、声をかけて注意を促すランナーはまれだ。多くが無言のまま駆け抜けていく。中には高齢のハイカーも多く、接触するだけで転倒や滑落の危険もありそうだ。

人間同士のトラブルだけでなく、山を走ることは登山道を傷めることにもつながり、山に生育する植生にも影響が出てくるだろう。最近ではマウンテンバイクを山に乗り入れたりする愛好家もおり、深刻な問題になっている。トレランなどを規制する動きは一部で出ているが、現段階ではそれぞれのモラルに頼っている状況だ。

「登山道はだれのものか」-。登山のスポーツ競技化、ファッション化に伴い、山のルールをめぐるトラブルが後を絶たない。登山競走を楽しむ「トレイルラン」(略してトレラン)の愛好家の増加によって、狭く険しい山道では一般登山客と“一触即発”の状況だ。桜が満開の頃、ミシュランの旅行ガイドに三つ星の山に選定されている高尾山(東京都八王子市)で見かけた“とんでも実態”を紹介する。

■何でもありの高尾山

都心から電車で約1時間。登山口までのアクセスがいい高尾山は週末ごとに多くの登山客やハイカーでにぎわう。ロープウエーや複数の登山ルートが整備。初心者でも登れる高尾山は“登山銀座”のにぎわいを呈している。標高599メートルと、スカイツリー(高さ634メートル)と比べても35メートル低いが、その歴史は奈良時代にさかのぼる。

日本の名峰を紹介した『日本百名山』(新潮社)で知られる作家、深田久弥(きゅうや)は、標高わずか876メートルの筑波山を百名山に推した理由を「歴史が古いこと」を挙げた。山の価値は標高や山容だけで決まるわけではないのである。

開山から1270年。「信仰の山」としても名高い高尾山を登山競走のトレーニングの場として利用するアスリートの存在は以前から聞いていたが、あまりの多さに驚いた。登山道を数分おきにジョギングとはいえないスピードで駆け上がっていく。登山客を抜く際に速度を落としたり、声をかけて注意を促すランナーはまれだ。多くが無言のまま駆け抜けていく。中には高齢のハイカーも多く、接触するだけで転倒や滑落の危険もありそうだ。

人間同士のトラブルだけでなく、山を走ることは登山道を傷めることにもつながり、山に生育する植生にも影響が出てくるだろう。最近ではマウンテンバイクを山に乗り入れたりする愛好家もおり、深刻な問題になっている。トレランなどを規制する動きは一部で出ているが、現段階ではそれぞれのモラルに頼っている状況だ。

■ペットを連れていく心理


登山マナーの悪化は、実は一般の登山客にもうかがえる。一瞬、目を覆いたくなる光景に出くわした。犬連れのハイカーが散歩のごとく歩いていた。チワワやトイプードルのような小型犬からシバイヌ、ダックスフントまで犬種はいろいろ。

「フンの処理をすれば愛犬を山に連れていくことに問題はない」。飼い主の言い分も一理あるが、仮に愛犬が登山道の脇におしっこをかければ、山野草の生育に悪影響を及ぼすことぐらいは分別のある大人なら分かる。季節ごとの山野草を楽しむ愛好家が、ペット連れに不快感を覚えるのは当然であろう。

ちなみに、高尾山周辺は「明治の森高尾国定公園」に指定されており、スミレなどの草花が群生し、スギやブナをはじめとする原生林が残る都内有数の景勝地なのである。


■一人の行為がはびこる

登山モラルの低下はそれだけではなかった。登山道をはずれて植物や草花の写真を撮る者、ゴザで場所取りをして花見に興じる者。実際、山頂付近は大宴会場と化し、幼児を抱えたヤンママがビールを威勢よくあおっているかと思えば、喫煙者が吸い殻をためらいもなく道ばたに捨てていた。

標高3000メートル級の北アルプスの登山と違って、低山の高尾山はハイキングの延長としてとらえられている。どれもこれも、心がけ次第で改善できるような“マナー違反”のたぐいである。とはいえ、公道における自転車マナーと同じで、放置すれば重大な事故を引き起こす危険もある。

登山には人間の持つ「品格」が出やすい。山中で偶然の出会いがあった。年に数回、高尾山を訪れるという初老の女性で、気さくに話しかけてきた。一人登山でも孤独感はない。自分に合った歩幅で歩く姿は美しく、軽快だった。山登りを純粋に楽しみたいというフツーの愛好家がいることを忘れてならない。

5月の大型連休を控え、高尾山周辺は高速道同様、渋滞となるだろう。「登山道はだれのものでもない」。まずはそんな意識を持って「隗(かい)より始める」しかない。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140427-00000517-san-spo

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月27日 (日)

春の疾風

144 

春疾風 乱れ泳ぐや 鯉のぼり

今日は、風が強く乾燥した空気に土ほこりで散歩していて、帽子飛ばされぬように気を付けながら散歩しました。

相模川の高田橋上流に両岸に5本のワイヤーを渡し、約1,200匹の鯉のぼりを泳がせます。大空を泳ぐその姿は、実に雄大です。今日の風で千切れんばかりに泳いでいたことでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高齢化と徘徊事故

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

028 最近どうも、物忘れをが多くなった?「年のせいかなぁー」「気をつけないとー」と思うことがあります。

昔のことは覚えていても、最近ことは忘れることが多いと言われていますが、私もそれに当たる?認知症?になったら大変だ。加齢による記憶力・物覚えの低下は仕方がないと思いますが、その一つに「日記を書く」・「ブログを書く」を続けること決めています。

加齢による身体の機能的な衰え(老化)を可能な限り小さくすること、「アンチエジンング」を積極的に心がけることだと思います。「バランスンのよい食事」「適度の運動」「他人との会話」などを積極的に取り入れて行動するようにしたいと思います。

認知症高齢者は460万人に上り、特別養護老人ホームの入居待機者も多く、施設だけで介護するのは困難だという。

認知症で徘徊が問題になっています。認知症が原因で行方不明になった人は2012年に約9500人に上り、359人は発見時に死亡していたという。

91歳の認知症の男性が徘徊して電車にはねられ亡くなり、85歳の奥さんも「要介護1」でしたが、鉄道会社から損害賠償請訴訟を起こされ、裁判で360万円の支払いを命じられたということです。

老い…誰でも必ずやってきます。老化をどう捉えるかは人によりますが、性格により、身を任せる人、老いと戦う人…

正解はないと思いますが、少なくとも子供たちや家族に迷惑をかけたくないという思いは多くの人がお持ちではないかと思います。もちろん私もそうです。結局ピンピンころりが家族にとっても自分にとっても理想です。

ボケてピンピンは想像するだけで恐ろしいものがあります。そのためにも認知症の予防を中心としながらアンチエイジングを心がけるのが理想ではないでしょうか…

今日の新聞社説

毎日新聞・・・「認知症と鉄道事故 みんなの目で守ろう」

読売新聞・・・「認知症事故判決 介護する側の苦労も考慮した」

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月26日 (土)

夏草

451

夏草は 我れが我れがと 伸びていく

樹木が切られた、日の当たる南傾斜の山は、初夏の太陽の日差しをいっぱい受けて、夏草は伸びています。

このエネルギーの迫力は驚きます。たった一年の命ですが、子孫を残すという強かさがあるのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

天災は忘れたころに…相模トラフ地震

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

043 子供頃よく親父から聞かされていた、大正12年の関東大震災の混乱ぶりは、想像するだけでしたが恐ろしさを覚えています。9月1日(二百十日)ということでも教えられました。

私は、戦争の恐ろしさを経験していますが、地震で身に危険を感じたことがありません。しかし、地震で、震度4を感じたことはあります。そして、ラジオやテレビのニュースで地震情報のニュースは、毎日のように聞いています。たった今も関東地方に震度3の地震のニュースが…

「天災は忘れたころにやってくる」

戦前の物理学者の寺田寅彦の名言ですが、現在でもそれに代わる名言はないと思います。

「自助・共助・公助」…まず自分の身は自分で、そして家族・隣近所の助け合い、そして公の救助を待つ…このことは防災訓練などで教えられました。

災害対策はこれで大丈夫…ということはないのですが、大事なことは、一人ひとり日々の意識を持つことででしょう。非常食などの備えや、旅行先のホテルなどで非常用の避難経路を確認して置くなどです。

「関東で大地震発生確率 最大5%」…NHKニュース
政府の地震調査委員会は、関東大震災を引き起こしたようなマグニチュード8前後の大地震が、関東地方で今後30年以内に発生する確率を最大で5%とする新たな評価結果を公表しました。

地震調査委員会は「規模の大きな地震はいずれ起きると考えて防災対策を着実に進めてほしい」としています。

関東地方では相模湾から房総半島沖にかけての海底に延びる谷筋、「相模トラフ」の地下で、大正12年の関東大震災を引き起こしたマグニチュード7.9の地震など過去に大地震が繰り返し起きています。

政府の地震調査委員会は「相模トラフ」付近で発生する可能性のある大地震について、規模や確率を10年ぶりに見直し新たな評価結果を25日、公表しました。

それによりますと、東日本大震災の教訓や最新の科学的知見に基づいて、地震の規模を震源となる領域の広さから最大でマグニチュード8.6としました。

また、地殻変動の痕跡や津波が陸地に残した砂などの堆積物の調査から、マグニチュード8前後の地震は、180年から590年程度の間隔で繰り返し発生しているとしています。

そのうえで今後30年以内に発生する確率について、これまでほぼ0%から最大2%としていたのを、ほぼ0%から最大5%としました。一方、マグニチュード7前後の地震は相模トラフ付近から関東南部と茨城県を含む範囲でたびたび起きていて、今後30年以内に発生する確率は、これまでと変わらず70%程度としています。

地震調査委員会の本蔵義守委員長は、「規模の大きな地震はいずれ起きると考えて、建物の耐震化や家具の固定など防災対策を進めてほしい」と話しています。

毎日新聞社説・・・「相模トラフ地震 耐震・防火の対策を急げ」

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月25日 (金)

山鳥鳴く里の朝

007

山鳥の 鳴き声爽やか 里の朝 

今日は全国的に気温は高く札幌では23度となったそうです。

もう7月の陽気とか…私が住む八王子市でも22度ぐらいになり、ちょっと歩いただけで汗をかきました。

里の山は、草木がみどりに塗り替えられました。

山鳥が遠くから聞こえて来ます。

季節は一気にはから初夏に移り変わって来ました。

今朝は湿度が30パーセントと低く、爽やかな朝でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高学歴でも貧困生活

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

131 井沢八郎の「あゝ上野駅」・・・最後の集団就職列車が上野着 昭和50年、地方の農村から都市部に就職する中学・高校新卒者を運んだ特別列車の最終列車が上野駅に着いた。私も同世代、よく覚えています。

高度経済成長期を支えた「金の卵」たちは最盛時、年8万人近くを数え、昭和29年から専用列車が延べ3千本運行されたという。

就職列車 中学・高校卒業し地方から、東京へ東京へと夢を持って就職先で頑張ってきた人たちは、自分たちの子供には、高学歴で就職させていました。・・・今は後期高齢者で、終活?・・・いやいや現役の社長?という人も・・・

そのころの振りかって見ますと、血のにじむ思いで、仕事を覚える努力が必要だったが、上司との人間関係は、アットホーム的であったと思います。そして終身雇用が一般的でした。

所得倍増・経済成長時代から、現代の孫?の世代にあたる現在の就職状況・社会状況は、大きく様変わりしています。

一定の学校を卒業すれば就職ができて、一定の生活ができるという関係そのものが崩れてきました。学力低下、学習意欲や規範意識の低下というかたちで噴出してきた現象は、教育問題というより労働問題だったのです。

貧困の連鎖はとっくの昔から始まっています。階級社会は既にできあがってしまっているといってよいのではないでしょうか。つまり、中途退学や不登校の生徒が貧困層に集中して現れているのです。こういった子たちを支援する制度がほとんどない・・・と指摘する人もいます。

大学を出ることは、もうなにも保証しないし、そもそも、そこまでたどり着く可能性を最初から奪われた者たちがいる。それが若い人たちの現状だという。

かつて、人びとは、働けば生活が豊かになると信じていました。上の学校に通えなかった親たちは、子どもたちに高等教育を与え、そのことで子どもたちは社会で職を得ることができました。時代は変わったのです。

現在の経済界は、いつでも辞めさせることのできる「労働力」を求めているようです。新自由主義の名の下に、あらゆるものが市場原理に晒されることになっているのだと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月24日 (木)

初夏の風

046 新緑を 潜り抜け来る 初夏の風

気温21度、湿度30パーセント、新緑の雑木林にウグイスが鳴き、通りぬけて来る風は一年でも、さわやかな気分に浸るということは、そうそうあることはないです。

生きていてよかった。心豊かな気分になました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

不法投棄は犯罪です

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

107 桜は散り、爽やかな風が快く感じるようになりました。湯殿川に棲む鯉たちも活力が増してきたように思えます。そうです、鶯が鳴き、鯉のぼりが気持ちよく泳ぐ五月が近づいてきました。深呼吸をしたくなるような季節となりました。

そんな気分爽快に心を曇らせる、出来事がありました。

湯殿川の堤防に家庭ごみの袋が5個捨てられてありました。何とも心無い人がいるものだと・・・この光景は一週間に一度ぐらいのペースで見られるのです。その度に拾い上げ処理をしているのですが、本当に困ったことです。片づけなかったら、この場所はゴミ捨て場所になってしまいそうです。怒りさ覚えます。

地球環境の問題は深刻な状況にあるのです。温室効果ガス・ダイオキシンンなどの人間始め、地球上の生物の「生命」に係わる重大なことです。最近、原子力発電の恐ろしさは震災以降大きく国民的議論となっています、そして地球温暖化の危機が叫ばれています。

環境を前に戻すことは、不可能だと思います。そして絶滅しまった生物は永遠に取り戻せないのです。今でも絶滅危惧種の生物も増え続けているのです。

環境破壊は、人間以外いないのです。

ゴミを捨てる行為は、不法投棄で犯罪です。最近自己中心的な人間が多くなってきて問題になっていますが、人は一人では生きてけません。お互い助け合って生きられるのです。自分勝手な不法投棄は、多くの人の迷惑をかけているのです。

八王子市のごみの指定収集日にキッチと出して欲しいです。絶対に止めて欲しいです。

尚この場所にゴミ捨て禁止に看板取り付けて頂くように、東京都南多摩西部建設事務所の方にお願いしました。そして近隣の方に監視をお願いしました。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2014年4月23日 (水)

因縁と我欲

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

003 因縁をつけるとは…

デジタル百科事典…「因縁(いんねん)」とは、仏教用語で原因、由来という意味。仏教では、すべての事象に因縁があり、世界はすべて因縁の理法によって生滅変化をつづけるとする。

しかし、われわれ一般人が「因縁をつける」と用いる場合は、怖いお兄さんが「オレが今からおまえをなぐったり、蹴ったりしようとしているのは、おまえがさっき数秒間おれをふざけた顔で見つめていたからだ」と説明する行為、すなわち「言いがかりをつける」「いやがらせをする」という意味となる。

このように「因縁をつける」は、むちゃくちゃな理由で相手を脅す行為をいうが、仏教用語の「因縁」も、「この世で馬になって人間にこきつかわれているのは、前世で悪行を犯した報いである」というようなむちゃくちゃな理由づけがおこなわれるのだから、考え方としてはわれわれ庶民も大きな間違いはしていないということができる。

人の世は、強いものと弱いもの、権力者と支配される人間社会です。10人10色社会の現実です。いじめっ子いるし、いじめられっ子います。気の強い人、弱い人もいます。

性善論者もいるし、性悪説論者もいます。マインドコントロールする人も、される人もいます。なぜ、「人は支配されるのか?」・・・それは「我欲と自保身」のためです。

いま世界を揺るがせているウクライナの紛争?の問題でも、尖閣諸島などの領土問題でも、歴史認識?、一向に改善される気配がないようの思えるのも我欲と自保身からです。その人間が持つ性なのです。そのことがややもすると、「因縁をるつける」ということになるのです。

平和の社会を望みたいものですが、我欲を抑えて、他人に愛を施す心が大切でになるのだと思います。「他人の気持ちを汲む」「譲り合い」「分かち合い心」が平和な社会を築くことになるのだと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月22日 (火)

結果があれば原因がある

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

465

「本当に消えたのか?それとも…未だに消息不明のマレーシア機」

乗員乗客239人を乗せたクアラルンプール発北京行きのマレーシア航空便が、日本時間3月8日3時40分頃、南シナ海上で消息を経ち未だに不明です。

これほどの大型旅客機が突如消えてしまうのは常識では考えにくいですが、果たして事故なのか?ハイジャックなのか?それともブラックホール?憶測だけが飛び交います。

これだけの文明が発達した世の中で、原因が分らないというのは、不思議な思いです。原因究明のブラックボックスの発見も絶望?で、ただ憶測だけが飛び交っているような印象すら覚えます。

「韓国の旅客船の沈没」

高校の修学旅行生300人余りを含む乗客乗員合わせて476人のうち174人が救助されたものの、これまでに高校生など29人の死亡が確認され、273人の安否が分かっていません。

4月16日韓国旅客船・セウォル号沈没事故:潜水艦との緊急時衝突回避行動が原因の転覆・沈没事故の疑惑ありとの報道もあるようです。

2件とも世界を揺るがす大きな・・・事故なのか?事件なのか?時間が経つにつれ、闇が深まっていく思いがします。遺族の方の心情を察すると胸が痛みます。

「真実は一つです」必ず原因があるのです。原因を解明できず、ただ憶測だけでは、後世に不安を残し、教訓にはならない。何としても解明を望むところです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月21日 (月)

必然の縁

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

060 「必然の縁」とは“与えられた縁”であるということです。川の流れの中でぶつかる岩は必然の出会いです。生まれてきた親の下も必然の縁です。「必然」の縁だから子供にとって親は選べません。

一方の「選択できる縁」とは、必然の後の「対応の縁」を意味します。対応の縁とはこれから“どう向き合うかという縁”のことです。

例えば、ある会社員が転勤命令を受けた。その場合転勤命令は受け止めなければならない必然の縁です。しかし、その「命令」に対して人はどうするか選択できます。これが「対応の縁」です。つまり、人が受け止める縁は必然ですが、対応で縁を選択できるのです。

人生は縁の選択の連続だとすると、良い人生も、悪い人生もそれぞれの選択の積み重ねの結果だということです。ですから”縁に流されて”しまうのではなく、しっかり向き合うべきなのです。

そして、普通「縁」というと何か特別の出会いや出来事を思い浮かべる人もいますが、実は毎日の生活のすべてが縁だということを認識して欲しいのです。

今食べていることも、話していることも、歩いていることも、車に乗っていることも、働いていることも、即ち朝起きてから寝るまでの一挙手一投足の行動の全てが「縁」との「対応」と「結果」なのです。結果が次の必然であり、その必然との対応が次の結果をもたらすという、人生は縁の展開なのです。

そこで考えなければならないことは、必然の縁には当然好ましい縁もあれば好ましくない縁もあります。しかし、好ましい縁であっても扱いによっては悪い結果となりますし、悪い縁であっても扱いによっては良い結果をもたらすことを自覚すべきです。

また、良い縁だけが与えられる人生なんて絶対にありません。また悪い縁だけが与えられるということも絶対にありません。どんな人の人生もさまざまな縁のぶつかり合いなのです。

ですから、人はどんな縁に対しても“選択”で勝負をしなければならないのです。しかしその勝負にいつも勝てるとは限りません。それは人の人たるゆえんだからです。

縁で成りたっている私と言うものは常に変化せざるを得ない。常に「今」、未来はまだ来ない。人間は今しか生きられません。不動の今。どのように理解してゆくかと言うのが悟りへの道の入り口だろうと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月20日 (日)

ど忘れと、もの忘れ

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

029 最近、年寄りの仲間で、よく交わす言葉が「物覚えが悪くなった」「簡単な字が書けなくなった」「ボケてきた」など自分の記憶力がなくなったことを強調するようになった会話を耳にします。

「度忘れ」… 思い出せるはずなのに出てこない…度忘れは健康であっても起こることで、度忘れの多くはボケではないのです。認知症?と思う人多い?のでは…。

“した”ことは覚えているが、たまたま忘れてしまった…というのは普通のこと。例えば、約束をしたのに忘れてしまい、あとになって約束を思い出す、というようなこと…

いつもは覚えているが「たまたま忘れてしまった」というのは普通のこと、度忘れは「良性の物忘れ」は「記憶の出し入れ能力が低下した」ということです。

記銘・保持・想起すべてに障害が起こる認知症とは違います。新しいことを覚える「記銘」、忘れないようにする「保持」、思い出す「想起」。度忘れは「想起」の部分のみがうまくいかない…ということだそうです。

10個の中から思い出すのと100個の中から思い出すのでは、思い出すのにかかる時間も変わってくる。

最近、物忘れは集中力がない…“ながら”行為の原因があるようです。一つ一つ問題を処理するようにすると結構問題なく過ごせることが分かった。「遅行は速攻に勝る」か…「ゆっくり確実に」体力と気力で集中するように…心がけることだと思います。

J-CASTニュース…「週刊朝日・編集者「ついに俺も認知症か!」物忘れ外来体験ルポ…これが結構コワ~イよ」

http://www.j-cast.com/tv/2014/04/18202547.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月19日 (土)

花だより

021

花だより 次はツツジと 人動く

桜の花が咲き終わり、次はツツジの名所に人は移ります。

八十八夜も近ずいてきました。

弁天様の境内は、毎年大勢の参拝客でにぎやかになります。

子供のころ母親に連れられて、ツツジがきれいに咲いていた記憶があります。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「豊かさとは」を考える

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

023 1960年時代までは、学校を卒業し、就職(終身雇用?)した普通のサラリーマンの人生行路・・・?

適齢期が来たら「自分たちの城」として、マイホームを構える。しかるべき相手と結婚して家庭を持つ。結婚して何年かしたら、子どもを作って親になる。男性の場合は一家の大黒柱として家族を養い、女性の場合は主婦として家を守る。普通のサラリーマンの流れ?だったと思います。

今、大卒でも就職できない若者たちに「希望」はあるのでしょうか?

賃金は安く、雇用は不安定で、税金は高いのに社会保障は減る。これではあまりに不公平ではないでしょうか?「史上もっとも高学歴なのに職につけない時代」?

非正規雇用、低賃金、給付減、未婚、借金、親と同居・・・これらは世界中の若者たちに共通するそうです。大卒でもまともな職につけない彼らに、果たして今後「希望」は生まれるのでしょうか?

世界各国の現状、労働市場の構造的問題、政府が迫られる赤字削減か経済成長かの選択、政府予算をどう使うべきか?

そして自力でのし上がろうとするY世代、自分の親より豊かな生活を手に入れるのは、本当にもう不可能なのでしょうか?

厳しい財政事情、少子高齢化などを考えると、Y世代がこれを踏襲するのは、ほとんど無理でのようです。これが、「親より豊かになれない時代」といわれる理由だと思います。

もちろん、各種報道で日本経済の厳しさを知っているY世代の人たちは、頭ではこの現実を理解しているのも事実です。特に、「今どき専業主婦なんて」と思っている人は多いでしょう。いざ結婚して子どもができて、ライフステージに達すると、親世代がやってきた「当たり前」を踏襲してしまう人も結構、多いと思います。

日本が生き残るには、労働力不足で経済成長は、外国人の労働力に頼らなければならない状況になるのは間違いない。

本当の豊かさとは・・・そして生きがいとは・・・を、もう一度考える時でもあるのだと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月18日 (金)

年よりの不安と認知症

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

036

老後が「安心・安全で希望が持てる社会」を・・・

社会の歪みや、暮らしに不安を取り除き、安心して暮らしができることができるのは、政治であると思います。少子高齢化で多くの問題が発生し多くの問題で、社会保障政策で国民の負担を消費増税などで対応しようと考えていますが、現実は厳しい状況にあります。

人は将来を考え、子供でも自分は年を取り老齢化し、やがては死ぬということは分かっています。少子化で働き手が不足で、日本経済の成長を心配する一方で、高齢者の増加で、医療・介護の問題は身に迫る不安となています。

私は、大きなショックを覚えた、昨日の朝のNHKニュースがありました。

認知症やその疑いがあり、はいかいなどで行方不明となる人が年間1万人近くに上っている問題で、NHKが、行方不明となり死亡した人の家族などを取材した結果、1人暮らしの人が全体のおよそ30%に上ることが分かたということです。

私たちの町でも核家族化進んで、お年寄りの夫婦の家が多く、また一人暮らしの方が増えてくことが予想されます。そして、空き家が増えている現実があります。

「私たちの町は私たちで守ろう」・・・で防犯パトロールや、一人暮らしのご家庭の訪問など見回り・・・を行っていますが、見回りする人間も80歳近い人間で、何らかの身体に不安を抱えている人たちです。「遠い親戚より近くの他人」という言葉がありますがこの「言葉」も限界を感じさせられます。

子が親を面倒を見るということが30~40年前は当たり前の時代がありました。近年では、嫁・姑の問題以上に自分たちの生活が共稼ぎしなければ家のローンが払っていけない・・・という苦しい経済状況で、親の面倒など見れない・・・という親たちの思いもあって、話し合いすら遠慮し、言いだせないのではないでしょうか。

NHKのニュースの内容を続けますと・・・

専門家は「認知症になっても自宅で暮らし続けられるようにしようという、国の政策が実現されていないことを示すもので、早急な対策が必要だ」と指摘しています。

認知症やその疑いがあり、はいかいなどで行方不明になったとして、警察に届けられた人は、おととし1年間に全国でおよそ9600人に上り、このうち351人の死亡が確認されています。

NHKは詳しい実態を調べるため、過去5年間に全国で行方不明になったとして警察や自治体に届けられた、およそ400人について取材しました。

このうち死亡が確認された112人について、家族や介護関係者などから当時の状況を詳しく取材した結果、1人暮らしの人が33人と、29%に上ることが分かりました。

なかには、症状から1人暮らしが困難だと介護関係者が判断したものの、すぐに入所できる施設が見つからず、そのまま自宅で暮らした結果、行方不明となり死亡した人もいました。

国は、認知症になっても精神病院に入院せず、できるだけ自宅で暮らし続けられるよう、訪問介護や訪問看護のサービスの充実や、グループホームなどの施設の整備を進めていますが、こうした国の対策が、増え続ける認知症の人を十分に支えることができていない実態が浮き彫りになりました。

これについて、認知症の問題に詳しい本間昭医師は、「国の政策を実現するための手立てや資源が不足し、現場が追いついていないことを示している。早急に対策を考え、問題を解決していく必要がある」と話しています。

読売新聞社説・・・「高齢人口25% 独り暮らし対策は待ったなし」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月17日 (木)

心は蝶になり

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

177

桜散り 移り気激し 世の人は 心はすでに 蝶になりけり

人の心は蝶のように思えます。

桜は散り葉桜になりました。大勢の人で連日賑わっていた片倉城址公園でしたが、桜が散ってしまい、ツツジ・シャクナゲなどが咲いている場所に大勢の人が集まるようになりました。

そして片倉城址公園内には、山吹草が咲き始めています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月16日 (水)

認められた行為で満足感を得る教育

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

029 大人でも子供でも、自分がそれなりにした行為が認められると、それ迄の苦労や努力が報いられ、「やって良かった」という満足感、充足感が湧き出て、気持が豊かになるのものです。

ところが、批判や中傷を耳にすると、たまらなく不愉快になり、人によっては不信感におそわれて自信を失うことさえあります。そういう場にいたくないし、そんな心ない人とは出会いたくないと思い、早くその人達や世界から逃れたいとさえ思うのです。

人間の心というものはきわめて法則的、機械的に出来ているのです。心を分かってくれる人には安心しておれるし、人の心を覗いて弱点をつつき、人の心を見たがる人には理屈なしに警戒し心を閉じるものです。このことは大人も子供も同じです。

私たち、大人は子供に対しては教育する側にあり、常に「良き人になれ、賢い人になれ、健康であれ、美しくあれ、皆に愛される人になれ」と願っています。こういう願いや理想があるからこそ教育に意味があるのです。

教育には必ず人間とし親としての願いが託されているのです。子供になつく祈りというものは、又どの親にも共通しているものです。共通の心として親はわが子を何処の誰よりも信じ愛しています。当たり前のことです。そうでなければ子供を育てられません。

しかし、親子の絶対な契りとしてはそうであっても、日々変化し留まることなく行為して、その半径が日増しに広がって行く自分の子供に対し、絶対に理想的な行動をしていると信じて、何らの不安をいだかない親はいません。

「怪我をしなければよいが、させねばよいが、悪いことをしなければよいが、いじめられねばよいが・・・」といつも心の何処かで心配しているものです。親として自然なことです。

この心があるからこそ子供を無事に育てるという使命が果せるのです。人類がずっと続き進化をとげながら、今日まで来れたのも、自然な親の愛情によって、文化や文明を育んで来たのでしょう。

もし、子供という未来を私たち親にたくした存在が無かったならば、また子供への愛が無かったならば、とても今日の様な文明の進んだ社会にはなっていなかったのではないでしょうか。

単に親だけの願いではなく、社会にとっても、どこの子供でもみな、立派に成長してもらわねばならないのです。社会は一人ひとりによって成立っていますから、未来を担う子供のいない社会は滅亡するしかないのです。

どこの子供さんも変りなく立派に健全に育っていかなければならないのです。子育てはもちろん家庭が主体です。親に勝る愛情は絶対にないからです。子供に対する親の気持はどこのご家庭も変りはないはずです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

春愁

021 春愁や 色多くして 深まりぬ

草は青みを増し、灰色の一色の山も、みどり色に変わってきました。季節の移ろいは、間違いなく進んでいます。

桜散って、ツツジになり、そのいろ数は増えてきます、それでも、何故か心が晴れない、よけい春愁を感じてしまう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月15日 (火)

環境について、一人ひとりが関心を持とう

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

020 「環境を守ることは人ごとではない」人間一人ひとりの意識に係っているのです。今、地球環境が大変な危機的状況になっていることを知って欲しいと思います。いまやらなければ取り返しがつかないことなのです。

昨日ゴミ拾いをしていましたら、どこか一見役所または会社の部長?のような身なりのお方が、たばこを吸いながら、出勤途上のようでした。

しばらくして吸っていた、たばこを路上に捨てて行こうとしました。「チョトと待って!」「拾ってください!」と声をかけました。バツそうな顔で拾って行きました。

ちょうど子供たちの通学時間でした。私は日ごろ子供たちには、「ゴミはすてないでね!」と声をかけています。

そして町をきれいにしようと毎日ゴミを拾っています。環境を守ることは「一人ひとりの心がけです」・・・

今地球環境が、大変なことになっているのです。世界各国の科学者で作る国連のIPCC=気候変動に関する政府間パネルは、温室効果ガスの削減策について最新の報告書をまとめています。

NHKデジタルニュース・・・「温室効果ガス4~7割削減を」

世界の平均気温の上昇を2度以内に抑えるという国際的な目標を達成するには、温室効果ガスの排出量を2050年の時点で4割から7割削減する必要があると指摘しています。

この報告書は、ドイツで開かれていたIPCCの総会で、およそ120か国の政府の代表や科学者などが7年ぶりにまとめたもので、日本時間の13日夜に公表されました。

報告書では、世界の平均気温の上昇を産業革命前より2度以内に抑えるという国際的な目標を達成するには、温室効果ガスの排出量を2050年の時点で2010年と比べて4割から7割削減したうえで、今世紀末にはほぼゼロにするか、大気中から温室効果ガスを回収してマイナスにする必要があると指摘しています。

その方法としては、二酸化炭素をほとんど排出しないエネルギーなどの割合を2050年までに3倍から4倍近くに拡大させる必要があるということです。

そのうえで、このまま本格的な対策の開始を2030年まで遅らせた場合、目標を達成することが困難になるとして、早期に対策に着手する必要性を強調しています。

IPCCが先月まとめた温暖化の影響についての報告書では、気温が2度上昇するとサンゴ礁などの生態系への影響が大きくなり、熱波や集中豪雨などの異常気象のリスクが高くなると予測しています。

今回の報告書では、各国が現在掲げている削減目標は対策として不十分だと指摘していて、日本を含めた各国は今後、より踏み込んだ対策の検討を迫られることになるとみられます。

[国際社会全体が関与する必要」

IPCCのパチャウリ議長は、総会のあとの記者会見で、「世界の平均気温の上昇を2度以内に抑えようとするなら、今後、温室効果ガスの排出は限られた量にとどめなければならない」と述べ、危機感を示しました。

そのうえで、「対策は極めて速いスピードで実行に移されなければならない。そして、国際社会全体が関与する必要がある」と述べ、国際社会がかつてない規模で対策を実行する必要があると訴えました。

朝日新聞社説・・・「地球温暖化―対策は待ったなしだ」

毎日新聞社説・・・「地球温暖化対策 危機回避の道筋描く時」

日経新聞社説・・・「CO2削減へ議論を深めよう」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月14日 (月)

「老人パワー」死語となり

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

055 日本の「老齢化」と「少子化」が言われて久しいのですが、先が見えないことの多い中で、この二つだけは統計上当然わかっていながら、またいろんな対策も講じてきた中で、依然としてさしたる名案もなく悲観的な空気に包まれているのが現状のようです。

昨日、地区の老人会の総会を行いましたが、顔ぶれを見ると、新しく入会する人がいなく、間違いなく老化現象が深化していて、老人会の行く末・活動が心配にならざるを得ません。

一昔では「老人パワー」と言われ地域でも、一目置かれ期待されていましたが、それも「超」という、かんむり語がつ付くようになって、会をまとめる人がいないということを実感して、“とてもとても”という感じです。

「老人パワー」どころか「お荷物の人」「めざわり老人」「厄介老人」・・・口は達者だが、身体が言うことを聞かない。さまよえる老人に・・・

街を歩いても電車に乗ってもやけに老人が目立ちます。別に老人に偏見がある訳ではないけれど(っていうか自分も老人の一員だけど)非常に近い将来日本の人口の1/3は老人になるのは厳然たる事実なのです。

一方では明らかに急激な少子化が進んでいます。早晩その老人たちが、日本社会の中で最大のマーケットとなるのだから若者たちの仕事の機会はそのような老人たちを対象としたものにならざるを得ません。

日本の個人金融資産は1400兆円だそうです。でもこのところの円安で対ポンドにおいてもここ数年で25%以上も目減りしています。

つまり1000兆円になった訳で、目減りしているのです。当然老人社会が進むことが予想され、その金融資産は消費されます。退職後の老人たちは生み出すよりも消費するお金のほうが多いに決まっています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月13日 (日)

ミツバツツジが満開


006そうに ピンクで埋まる つつじかな 
.
つつじの仲間ですが、一足早くさくミツバつつじ、我が家の庭でも満開となっています。重そうです。
.
花が咲き終わった後に出てくる葉の枝先に三枚の葉付くことから、ミツバツツジと名がついいたという。
.
野生のミツバツツジは、山の傾斜地などに咲いています、健気で愛おしい感じがします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月12日 (土)

エネルギー計画のこと

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

064 エネルギーは日本の経済や国民生活を支えています。安倍晋三政権は、昨日、新たなエネルギー基本計画を閣議決定しました。

しかし、原発に対する国民意識はさまざまです。将来化石燃料で日本の経済発展させ、環境に問題はないと言えるまでになるでしょうか、国民に不安のない、より良い暮らしとなるエネルギーとなるでしょうか、はなはだ疑問です。

20013年9月で、関西電力大飯原発3、4号機が止まり、国内で稼働中の原発は再びゼロになったが、綱渡りながらも必要な電力は賄えています。

COSTの問題・・・原発の代わりに火力発電を増やしたため、天然ガスなどの年間の輸入費用は震災前より3.6兆円も増えています、これは国富の流出を意味し、貿易赤字は常態化してきています。電気料金も上昇し、家庭や企業の負担を増やしています。

そのために、①・・・太陽光や風力、地熱など再生可能エネルギーの利用拡大に目いっぱい力を入れる②・・・省エネも強力に推し進め、地球温暖化の原因になる化石燃料にはできるだけ頼らないようにすることです。

使用済み核燃料廃棄処分の問題・・・放射能の強い廃棄物の処分に道筋をつけることです。将来の原発への依存度をどうするかにかかわらず、これまでの原発運転でたまった廃棄物の処分は避けて通れません。この問題は原発再稼働の議論とは切り離し、政治が真剣に向き合うべきです。

新聞社説

朝日・・・「エネルギー計画―これがメッセージか」

読売・・・「エネルギー計画 「原発活用」は現実的な戦略だ」

毎日・・・「エネルギー計画 これは計画に値しない」

日経・・・「複眼思考でエネルギー政策進めよ 」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月11日 (金)

いま注目の話題のこと

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

013 ①・・・STAP細胞・・・小保方晴子ユニットリーダーの問題

若い研究者の指導的な立場にあった人・周りのスタッフの人間などのコメントを聞けないのが不思議でならない。

実際に200例もありと明言しているので、それを検証し客観的に説明する方法開示することで問題は解決するのではないか・・・

論文がの内容で「研究不正行為があった」「捏造」と断定するまでしっかりと、聞き取りがなかったように思える。そして、共著者については不正はなかったとしたが、チェック機能が働かず「責任は重大」だ。

しっかりとした第三者機関の検証が望まれる。

②・・・近隣国との不仲・・・

歴史認識・・・靖国神社参拝問題・南京大虐殺論争などに見られるような太平洋戦争における日本についての歴史認識や、韓国併合・強制連行論争・慰安婦論争などに見られるような南北朝鮮への日本による統治についての歴史認識である。

日本は、戦後賠償も当事国間での条約・協約等で国際法上の責務を既に履行したとの立場を取っており、統治した国に対しても談話等の形で謝罪の文言を述べており、日本国民の間でもこれらを正式な謝罪とする見方が少なくない。

これに対して、韓国・中国では(村山談話等で表明されている歴史認識では一致することもありながらも)、政府は未だ日本から謝罪を受けていないとの立場をとり、政治的に利用している。

靖国参拝や刺激的・挑発的な言動は慎むべきだ。

③・・・ウクライナの問題・・・

ソ連崩壊後の独立時代(1991年~)最悪の暴動を経験する中、昨年11月に反政府デモが始まった時、その表向きの理由は、ヤヌコヴィチ大統領が欧州連合(EU)加盟に向けた第一歩となるはずだった連合協定の署名を突然棚上げし、ロシアとの関係を強化する道を選択したというものであった。

武力で解決はあり得ない。

これらの問題は、連日マスコミで報道されているが、日本国民には関係ないとはいかない。これらの事象で学び、自己意識を確立の一助とすることが大事だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月10日 (木)

ツバメが来た

243 ツバメが来ました・・・4月8日八王子市の京王線北野駅の南口改札入口で出会ったが、実際はもっと早かったでしょう。ある資料によりますと八王子市は平均4/3だそうです。

私の子供のころはツバメが軒先に巣作りを始めることで、魚捕りが出来るというこて楽しみでした。

近年は私が住む八王子市片倉町には、田んぼは開発が進んで、完全になくなりました。そして、田んぼにいた、ふなっこ・どじょう・たにし・かえるなどもいなくなりました。

むかし、八王子市郊外の農家では、ツバメがきて、忙しい農作業が始まるのです。田んぼに水を入れ、苗代掻きの準備が始まります。ツバメは田んぼの土で、巣作りを始めるのです。

多摩地域もこの時期に渡ってくると言えます。秋、南へ帰るのは、観察記録などから、9月中旬~10月下旬とされています。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

物に対する価値観の変遷

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

060 生まれたときは、戦前のように、家庭電気機器・自動車・AV機械などなかった時代と今のように何でもそろった時代に生まれた子供たちの「物」の価値観が違うのは当然であると思います。
.
消費は美徳 使い捨て時代・・・
.
かつて使い捨て時代などと言われた時代がありました。ひと昔以上前、1970年代頃でしょうか?「消費は美徳」とさえ言われたとんでもない時代です。経済優先の考え方から、大量生産・大量消費・大量廃棄が行われ、数々の公害問題が起きた時代です。
.
その頃の時代の人は、使い捨てによって起こるゴミ問題などの環境汚染を考えつかなかったなどと言う人が結構いますが、それはかなりのお門違いでしょう。 その頃は、地球の有限性はみんな知っていたし、ゴミの処分場にも困っていたでしょう。

それまで質素倹約を美徳として生きていた日本人の多くは疑問に思った筈です。その証拠に日本では1973年に、「使い捨て時代を考える」という会が結成されています。経済優先の論理で企業がそれを奨励し、政府も奨励したので、何となく大丈夫ではないか?と思ってしまったのではないでしょうか?

現在の21世紀を、いまだに使い捨て時代が容認されていると思っている人はいないでしょう。しかし
現実は、明らかに使い捨て時代は続いていて、さらにもっと酷くなっています。
. 
使い捨て時代と言われた20年以上前には、使い捨て商品は、割り箸や紙コップ、食品トレイとか色々ありましたが、使い捨てはやめようと言われて久しい現在も、その時代の使い捨ての商品はなくなるどころか消費量は増え続けています。

そして、「消費は美徳」と言われたその時代でさえも、
さすがに使い捨てにするには忍びなかったような商品が、現在では使い捨て商品として出回っているものが沢山あります。
.
カメラ、コンタクトレンズ、おむつ、カイロ、手袋、マスク、などなどです。混浴温泉での使い捨て水着なんてのもある始末・・・エレキバンなんて永久磁石を使い捨てにする健康商品もありました。永久磁石をどうして使い捨てにする必要があるのでしょう?

人間まで使い捨ての時代?

少なくとも日本に於いては使い捨て時代は実質終わってないどころか、酷くなっています。20年以上前に終わらせるべきだとみんなが思った使い捨て時代は、いまだに続いています。そしてより酷くなっています。
.
使い捨て奨励?時代に生まれ育った、今の親たちのしつけや教育・子供の物に対する価値観などで、世代格差を感じます。それによって起こる環境汚染・・・ゴミ問題は最も深刻な環境問題の一つです

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月 9日 (水)

地域の現状と活性化を考える

043 「老人パワー」は過去の言葉?それとも超高齢になり過ぎた?

私たちの町にもご多聞にもれず、高齢化と過疎化で、地域社会のコミニティ・機能が危機的状況にあるようように思えます。

地域社会の崩壊すら懸念される状況と私は認識せざるを得ません。高齢化ともない身体の衰えと、将来の生活の不安が増大していくばかりです。

そんな現状の中で、地域組織の維持する町会・老人会のありかたが、非常に難しくなっています。

そこで八王子市の「老人クラブの活性化に向けて」・・・(平成22 年3 月23 日)

単位老人クラブ活性化検討会の資料(抜粋)から問題点を考えたい。

人間が持つ「人の役に立って働きたいという欲求」や「趣味やスポーツを楽しみたいという欲求」は単純に年齢だけに左右されるものではなく、100 歳になっても生きがいを持っていきいきと活動している頼もしい先輩方が大勢いることはいうまでもない。

高齢化が進む地域社会における一人ひとりのつながりを担う老人クラブ活動を今後も活発に継続していくことには懸念を感じる。

具体例をあげると、会員の高齢化を理由に「昔のように活発な活動ができなくなり補助金が余ってしまった」という声や「運営の担い手となる会長や会計の受け手がいない」「若い人が加入しない」という声が多く聞かれる。

問題点

①・・・自己実現の多様化。

今「アンチエイジング」ということが盛んに言われています。この言葉は「抗加齢」「抗老化」と訳されるが、単に加齢に抵抗するため「時計の針を止めること」ではなく、「針を少し戻して、その進みを遅らせること」であり、生きがいやライフスタイルとも深く関わっている。

実際に比較的若い高齢者においては、自身の趣味的な活動はもとより、学び直したい事柄や新しい自分づくりへの挑戦、長年培ってきた技術の向上といった生涯学習に取り組む方も多く見受けられる。

また、自分の力を地域貢献に活かしたいという思いから、ボランティア活動やNPО活動に取り組む方も多い。このような活動に取り組むことは、新たな人間関係が生まれるという相乗効果も期待できる。

このように自ら新たな活動に取り組む意志のある方々に、ボランティアや生きがい活動でもともと地域の活性化を進めてきた歴史のある老人クラブ活動の情報が充分に伝わっているのか、魅力的に映っているのか、その情報の伝達や活動への理解が課題になっている。

②・・・クラブを運営する役員のなり手がい。

老人クラブに限らず、町会や自治会の活動、趣味のサークルといった会員が平等な立場で参加する組織において、会長や会計など組織を運営する役割を担うことは相応の負担があり、敬遠されがちです。

特に同じ地縁組織と比較した場合、町会や自治会においては、加入率は減少しているものの、地域で生活するためには加入が必要であることが意識されており、また、マンションの管理組合においては、建物自体の維持管理が関係しているため加入することが原則になっている。

このような組織においては、班体制などを導入し、順番で役員になることに会員の理解がある程度得られていると考えられる。一方、老人クラブは、清掃や防犯、高齢者への声かけといった地域に不可欠な公共的な活動のほか、スポーツ活動や文化活動といった趣味的な活動も多く取り入れている。

このため、加入は任意であり、極端な場合は役員となって仕事を負うのであれば脱会するといった行動に移り、順番で役員を担ってもらうということへの理解が得られない傾向があります。さらに、会員が高齢化する中で、新たに会員になる方にとっては、「入会するとすぐに役員を任されてしまう」といった認識の悪循環に繋がっている傾向がうかがえる。

③・・・希薄な地域社会との関係。

「自助・共助・公助」という言葉があるのは多くの方がご存知であろう。これは、災害時への対応方法においてよく使われる言葉だが、個人(家庭)で対応する範囲を自助、地域住民で協力して対応する範囲を共助、国や自治体といった行政が対応する範囲を公助というものである。

では、日本の社会において、この自助・共助・公助はどのように変化してきたのであろうか。まず、江戸の昔を想像すると、政府である幕府が一人ひとりの生活に対して何か手助けをしてくれるとは考えにくく、地域で生活するうえで発生する問題の解決は、自助と共助の範囲で対応していたことが想像でき、地域社会と深く関わり、お互いに助け合いながら生活してきた。

しかし、近代は、会社社会の中で一生懸命に労働することで個人の豊かさや物的欲求を満たし、経済を成長させ経済的に豊かな国を実現した一方で、自分が生活する地域社会とは希薄な関係となり、自己の責任において解決する自助と行政が直接サービスを提供する公助に多くを依存する社会のしくみを築いてしまったのも現実である。

現役時代に居住する地域ではなく勤務する会社に社会とのつながりを持っていた方にとっては、退職後においても相当な期間、かつての仕事において関係した人同士で、地域と
は無縁に余暇活動を続けることが比較的多く見られる傾向がある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

一日一生

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

062 「一日の命 万金よりも重し」という言葉があります。(徒然草第93段牛を売る者あり)・・・「一日一生」この言葉は、今日一日をいかに大切に生きるかを教えているものです。

「明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。」(マタイによる福音書)・・・「明日は明日の風が吹く」・・・の言葉もあります。

「一日一生」という言葉は、「今日一日が、自分の一生の最後の日だと思って精一杯生きよ!」という意味です。長い人生もよく考えてみると一日一日の積み重ねです。しかし永遠に続くものではありません、何歳まで生きられるか、人の寿命は誰にも分らないのです。

明日という日が、すべてての人に必ずやってくるとは限りません。いつの日か今日一日が自分の最後の日になることがあるのです。その最後の日が私たちの一人一人に知らされていない以上、今日のこの日が自分の一生の最後の日だと思って生きる生き方も間違っているとは思われません。

今日一日が最後の日だとしたら、人によっていろいろな生き方があるでしょう。しかし、共通して言える事はどんな過ごし方をするにしてもその人その人にとっての最後の一日はかけがえのない貴重なものであり、かつ真剣なものであると思われます。

このように理屈では人の一生の最後の日は必ずやって来ること、今日一日がいつの日か必ず最後の一日となることは解っていながら、人はそれをあえて認めようとしません。

人生の色々な苦難を乗り越えて来られた人でもいざ病気になり医師より「あなたの命はあと何か月・・・」と言われると案外にもろく精神的に滅入ってしまう人が多いそうです。

今日のこの一日が自分の一生の最後の日だと思って生きるということが大切なことだと思います。たった一人しかない自分を、たった一度しかない一生を、本当に生かさなかったら、人間生まれて来た甲斐がないと思うのです。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月 8日 (火)

里山の桜咲く

067

人知れず 里山に咲く 桜かな

今日は、風もなく、穏やかな日和となりました。気温は23度ぐらいで、初夏を思わせる暖かさです。里山は桜の色で里山を覆い尽くしています。

人に見せるために咲いているのではない。ただひたすら、子孫を残すために咲いている・・・自然の法則に従って咲いている・・・ということです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

政治とカネ

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

022 みんなの党の渡辺代表が党首を辞任すると記者会見で述べた。しかし議員辞職はしない、「これからは一兵卒で頑張る」という。これで幕引きとはいかない、これでは国民の政治不信は増長していくばかりだ。

政治になぜカネがいるのだろう?・・・ 政治家にはどこからカネが入ってくるのだろう?これほど、「政治とカネ」が長い間、問題になっているのに、なぜ首相も与党の幹事長も「政治とカネ」に無頓着・無関心?なんだろう。

田中角栄元首相のイメージで思いだしても簡単な話なことだ。

第一に、政治にカネがいるのは、子分にカネを配る。(普通の政治活動には調査費ぐらいしかいらない)

第二に、政治家にカネが入ってくるのは、政治的利権を求めてカネを出す人がいる。(普通の政治活動で必要なカネは公的に支給される)

第三に、首相や幹事長は政治とカネのことを隅々まで知っているけれど、シラを切る。

渡辺代表は離党や議員辞職について各党の反応・・・

みんなの党・浅尾幹事長・・・「説明責任、国民に対する責任を果たしたと評価」

自民党・石破幹事長・・・「“なぜ辞めるのか“がみんなの党の支持者に非常に意味あるメッセージになる」

民主党・大畠幹事長・・・「代表を辞任するという決意をされたことは当然」

公明党・山口代表・・・「貸した側と渡辺代表の説明が異なっている。自主的に解決していくことが望まれる」

共産党・山下書記局長は「何のために5億円を妻の口座に移動させる必要があるのか説明がつかない」

DHC会長 「熊手さておき・・・」「うそつかないように」 

新聞各紙の社説

朝日・・・「渡辺氏の借金―辞任で落着とはならぬ」

読売・・・「渡辺代表辞任 8億円の使い道がまだ不明だ」

毎日・・・「渡辺代表辞任 不信に沈んだ個人商店」

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月 7日 (月)

待機児童と待機老人と消費増税

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

045 少子高齢化で、日本の労働力が年々減少しています。政府は女性の労働力を増やす政策に転換させようとしています。

その条件に女性が働きやすい環境の一つに待機児童の解消政策があります。一方、高齢化が進み在宅で介護は、介護する人間が、外で働くことが制限されこのことも、深刻な問題となっています。

消費増税で5%から8%に4月からなりました。社会保障政策の充実のため、目的の決断だと思いますが、「国民の暮らしを守る」ためには必要だと私は考えています。国民の血税です。しっかりその配分を注視して行くべきと思います。

待機児童の実態の方が最近ではないですか・・・待機老人の問題は、もう待ったなしです、必死で在宅介護されている人の話を聞きますと、家庭崩壊の危機にあるお宅もあるという。

特別養護老人ホームの待機者が増大しているとの報道もあります。在宅介護をやむなくせざるを得ない現状のようです。ならば、在宅支援サービスを充実していくことが急務だと思います。

今朝の読売新聞社説・・・「待機者急増 在宅支援の拡充が不可欠だ」

52万4000人――。厚生労働省の調査で明らかになった特別養護老人ホームの入居待機者の数だ。4年前の調査より10万人以上増えた。

待機者の解消に力を注がねばならない。

待機者数は、全国の特養ホームの総定員数、つまり入居者数とほぼ同じだ。定員は増えているが、高齢化に伴う需要増に供給が追いついていないのが現状である。

特に問題なのは、要介護4、5の重度者でありながら、自宅で待機している人が8・7万人にも達していることだ。

政府は、2015年度から特養の入居要件を要介護3以上に限定する介護保険法改正案を今国会に提出している。

入居の必要性が高い人に対象を絞り込むのは、やむを得まい。

特養は24時間介護が受けられる上、有料老人ホームなどに比べて低料金であるため、入居希望者が多い。低所得の要介護者が入れる施設は、特養にほぼ限られる。

だが、介護保険の対象サービスの中でも特養の費用は割高で、国や自治体の財政負担は重い。多額の建設費が必要なこともあり、整備はなかなか進まない。

特に、地価が高い大都市部では、用地取得が困難で、特養の新設は、より難しい。首都圏などに待機者が多いゆえんである。

統廃合された学校の跡地利用や、マンションの一部フロアでの開設など、自治体は、特養向けの用地や建物の確保に知恵を絞ってもらいたい。

特養の大幅な増設が容易でないことを考えれば、受け皿となる在宅介護サービスの充実が、ますます重要な課題となろう。

住み慣れた地域で暮らし続けたいと願う高齢者は多い。施設頼みを脱し、在宅生活を安心して続けられる環境整備が求められる。

具体的には、医療・介護サービスが夜間も含め、一体的に提供される体制が必要だ。厚労省と自治体は、24時間対応の訪問介護・看護や在宅医療の拡充を進めなければならない。

在宅生活を支えるには、見守りや配食、買い物などの生活支援も不可欠である。費用を抑えつつ適切なサービスが提供されるよう、自治体はボランティアやNPO、民間企業などの活用に、積極的に取り組むべきだ。

介護の担い手確保も懸案となっている。介護職員の賃金は、責任の重さや厳しい労働条件の割には低水準で、早期の離職者が多い。処遇改善が急務である。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月 6日 (日)

超高齢化で決断・・・

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Desert_2 今まで経験したことがない、超高齢化社会となりました。現代を生きるものは先行きの生活不安を思いながらも長寿を願っています。

自らの行く末や、親や伴侶の介護などについても、これほど多くの人々が思い悩むという時代はかつてありませんでした。

かつて人生50年といわれた時代では、人は誕生から成人するまでの成長期の20年間を除くと大人期間は30年間を生きました。これにくらべて人生80年の現代では大人期間が60年を超えますから、2倍の人生を生きるという計算になります。

今日の長寿の時代では大人期間の中間点という思いを持つ人も多いようです。自分の思い通りにならないのが人生だとわかっているけれど、だれでも自分の5年先、10年先のことを思うものです。

孔子の言葉に「吾十有五にして学に志す  三十にして立つ  四十にして惑はず  五十にして天命を知る  六十にして耳に順ふ 七十にして心の欲する所に従いて矩を踰えず」・・・があります。

現代の日本人の平均寿命82.59歳(平成11年)です。これを現代に置き換えてみると・・・

人生の第一ステージ  0~27歳     学問を学ぶ。

第二ステージ  28~55歳   独立。 

第三ステージ  56~82歳   天命を知る・何を聞いても動じなくなる。

第四ステージ  83~108歳  心のおもむくままに行動しても、道理に違うことがなくなった。            

年齢ごとにそれぞれの生き方があります。さまざまな体験や学習を重ねて人は成熟します。加齢とともにものごとの道理がわきまえられるようになり、心の安らぎこそが幸せであると思える生き方ができるようになります。

私は、現代の日本は超高齢化が益々進んで、社会構造・構成も変わってきています。第三・第四ステージで、気力・体力がある程度あるうちに他人に頼らず、自らの生き方を決断しなければならないステージだと思っています。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月 5日 (土)

木の芽どき

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

.
032 例年通り、桜が咲き、桃が咲き、春爛漫という季節になりました。これから「木の芽どき」は、人生の転機の時期・・・うつになる人が多いようです。春に三日の晴れ間なしという諺がありますように陽気が不安定な日が続き、体調を崩す人が多いこともあります。
.
また、この時期は事故にあったり、病気などにかかりやすいようで、家庭によっては、外出のときに「木の芽どきだから・・・」と注意など促すようです。そして、学生から」社会人、」移動などの人生の転機を迎える人も多い季節だからのようです。
.
心も体もいろいろな変化に対応するために、大忙しの日がつづくからのようです。だから、いつもはミスしないことでもミスしたり・・・必要以上に思い詰めたりして辛くなるってことがあるようです。
.
人生の新しい門出の時期でもあります。いろいろな場面に遭遇し対処しなければならず、ストレスは避けられません、家庭生活においても、職場でも、地域社会でも、ストレスを感じながら生きていかなければならないのです。
.
ストレス社会に生きる現代人は悩み苦しみの原因を他に求めたがります。親や家族、会社や同僚、上司など、他が変わらないかぎり自分の悩みが解消されない、などと思いこんだり、他のせいにしてしまうから、悩みは複雑です。
.
また、ことさらに自分を卑下したり、ひきこもってしまう人も多いようです。いじめや、メールなどによる誹謗や中傷、非行、薬物乱用、犯罪などの青少年の問題行動も、ストレスがもとで起こす行動と考えられます。
.
人々は何らかの精神的な不安や悩みを抱えて、日々落ち着かない生活をしています。ストレスが解消されないと、精神的な不安や悩みはさらに深刻なものになり、体調までくずしてしまうと家庭崩壊や人生の破滅につながります。
.
穏やかな日々の暮らしには生きていけるだけの衣食住が必要です。ところが経済危機のもとでは生活不安を感じざるをえません。健康で長寿であることを願うけれど、長生きすればそれだけ老化の苦しみがともないますが、介護や年金の先行きが心配です。
.
今日は、昨日と違って気温が低く北風が冷たく、片倉城址公園のお花見も、早々に引き上げていくようでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月 3日 (木)

環境・・・岐路に立たされています

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

017 M8.2の地震が日本の裏側にある国、南米西部のチリで4月2日午前8時46分ころ(日本時間)、地震が発生しました。

震源地は、チリ北部イキケから北西99kmほどの地点の沖合で、深さ20km程度。太平洋の広域に津波発生の可能性があるとのことで、チリ・ペルー・エクアドルなど南米の太平洋地域全域に津波警報が発令されました。

ハワイの「太平洋津波警報センター」によると、地震発生から約19分後には、震源から最も近いチリ沿岸のイキケで2m10cm程度の津波が観測されました。

そして、今日(4/3)仙台港では午前7時36分に20センチ、▽岩手県釜石港でも午前7時38分に20センチ、▽岩手県宮古港で午前7時45分に20センチの津波を観測しました。

また▽小笠原諸島の父島で午前8時36分に20センチ、▽北海道えりも町で午前8時37分に20センチの津波を観測しました。

南米・チリで起こった地震として1番大きなものとしては、1960年の5月。いわゆる「チリ地震」「チリ津波」というもので、日本の太平洋沿岸に大きな被害をもたらした。この時は太平洋沿岸で1m~4m、で、死者行方不明142名、負傷者855名、建物被害46,000棟、罹災者147,898名の被害を出しております。

一方・・・横浜でひらかれていた、国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第二作業部会の報告書は、温暖化の進行に強く警鐘を鳴らしています。

横浜総会で承認された第5次報告書は「温暖化はここ数十年、すべての大陸と海洋で生態系や社会に影響を与えている」と断じています。温暖化の加速度と科学者たちの危機感の深まりが読み取れるのです。

私の生きてきた70年、環境の激変に地球の生物の生態系に大きな変化を感じています。津波や洪水に対する都市基盤のもろさ、急激に増えた熱中症、そして季節を失いつつある田んぼや畑、蛇行する海流、いなくなる魚たち・・・

後数十年、気温上昇は続く・・・だが、今ここで緩和策を取るか取らないかによって、今世紀後半の地球は大きく変わります。世紀末に4度を超えたら、回復は不可能と、科学者たちは考えています。

堤防を築き、農作物を品種改良し、適応を進めるだけでは、未知の災いを避けられません。IPCCは、温暖化の根っこにある石油依存体質を改善し、再生可能エネルギー社会への転換を急げと、警告をしています。

私たちは今、未来を決める岐路に立たされていると思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月 2日 (水)

一期一会

067 春・・・寒い冬から暖かな春・・・誰にとっても 待ちに待った春です。身体が躍動し、希望に燃えさせる力が湧いてきます。

そして、日本人は人生の出会いの季節かもしれません、人生の新しい一ページの始まりだいう人が多いと思います。

学校での新しい友達との出会い、職場の人との出会い、ご近所や地域の人々との出会い、さまざまな人との出会い。出会いこそ人生の始まり、生きていく上での新しい展開のきっかけとなることから、人生の悲喜こもごもは、出会いからだと、人は言う。

人にとっての最大の出会いの始まりは、自分との出会い、すなはち、我が命の誕生です。この世に三千万種もの生き物が生息している中で、人に生まれるということは、まさに受け難し人身を得たということです。そして、自分の誕生には、父母の出会いがあったからです。

命は尊くて重いものであります、 自分のいのちが尊き重きものなれば、他の命も同じであります、 自分が大切であるからこそ、他の命も大切であります。 自分が大切であるから、他人はどうでもいいのだという理屈は成り立ちません。 自分の存在は他が支えている、人は互いを大切に思い、必要とするからこそ、出会いがあるのです。

毎日が新しい日、はじめての日、毎日が新しい私、はじめての私です。一期といえば 、人生の一生涯、一会といえば その時、その場、はじめての日のはじめての人との、一度きりの出会いですから、一期一会とは、一生に 一度の出会いということです。一期一会は、自分自身への 最高の心くばりでもあります。

我が命との出会い、自分の誕生を、自ら喜びとして受けとめようとしないで、自分の生まれに不満を抱く人もいます、けれども、勝手に生まれてきたのではない、どんな人でもみな、この世に必要だからこそ、望まれて生まれてきたのです。二度とない人生を喜びとしないで、他にどのような喜びがあるでしょうか・・・

夜床に就いたとき、朝、目が覚めたとき、多くの人に生かされていることに感謝し、今日の出会いを大切にしたいものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

お母さん達のお花見

.
お花見や 哺乳ビンある 乳母車
.
四月に入った昨日は、一段と暖かくなり
.
片倉城址公園の桜も五分咲き?になりました。
.
時を得たりと、幼児とお母さん達が輪となって
.
お花見を楽しんでいました。
.
近くに置いてある乳母車に哺乳ビンが見えました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月 1日 (火)

騙す人、騙される人

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Koala

猪瀬前東京都知事の5千万円の公職選挙違反の問題。小保方晴子さんのstap細胞の不正な資料作成問題。佐村河内守氏のゴーストライター騒動の問題。そして、みんな党渡辺喜美代表の8億円借り入れ問題。などなど・・・きょうは、エィピリルフールですが、笑い事では済まされないことです。

騙す人・騙される人・・・

世の中に騙す人間は相変わらず、あの手、この手の「おれおれ(お母さん助けて)詐欺」で人を騙す人間がいます。「正直者が馬鹿を見る」という諺がありますが、この言葉が世間で大きく取り上げられるようでは問題です。
.
正直な人は大きく分けて二種類います。「人に正直な人」と「自分に正直な人」です。
.
真に「正直な人」とはどんな人でしょうか・・・
..
不細工な人には“正直”「不細工ですね」と言い、頭の悪い人は「頭悪いですね」と言いかたはどうであれ、伝えるのが真の正直な人と思います。
.
これはその人にやさしさや配慮が足りないからではなく、自分の思ったことを正直に伝えいるだけですが、このような人は「口が悪い」と言われることがあっても、「正直者」と言われることはありません。
.
また、「自分に正直な人」の方は「我慢ができない(正確にはしないだけですが)」と言われることはあっても「正直者」と言われることはありません。
.
実際には「正直な人」よりも(嘘と正直を使い分ける人)」の方が評価が高くなりますし、中には「正直者」と呼ばれる人まで出てきます。
.
結果として正直な人間ほど正直者と認識されにくく、嘘が上手くない人ほど正直者と認識されやすい。だから、「正直者が馬鹿を見る」は正しく、その構造に気づかずに正直であり続ける人もまた馬鹿だと言えるかも?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2014年3月 | トップページ | 2014年5月 »