« 2012年6月 | トップページ | 2012年8月 »

2012年7月

2012年7月31日 (火)

生活は便利になったが心が寂しい

00nyudogumobgm1 電気もないから、テレビもラジオもない。水道もない。ガスも当然ない時代で、辛うじて新聞があったが、世帯数2~3パーセントぐらいだった、1945年(昭和20年終戦)のごろまで、生活形態は、今では想像がつきません。

村には医者が一人、ノミ・シラミがいたり、女の子の頭の髪の毛にDDTを散布し真っ白になった、小学生がいた。エキリ・セキリで児童が死んでいくのを知らされた。出来物が出来て、向う脛に膿んで、ハエがたかったり、下着は10日も洗わないで履きぱなし、靴は買えず、何時も素足で駆け回って遊んでいる子供達・・・たかが60~70年歳月で月とスポンです。

しかし人の暖かさ、支えあい、思いやり、絆などは、反比例してしぼんでしまって誠に寂しい現代です。

何故そうなってしまったかは、人それぞれに思いや、考えはあるのだろうが、私は人間はひょっとしたら独りで生きていけると錯覚してしまっているのだろう。なぜなら、お金さえあれば、何でも手に入り好きなものが自由に出来ます。

足を止めて考えてみて下さい。自分の思いのままに生きられる時代なんて、そう長い時間はない。各人が思いのままに生きられることはない。人は智慧を働かし、お互い、協力し合わなければ生きていけないと感じるときは直ぐやって来ます。

いかに早く気が着くかで、世の中が希望に溢れ、心の豊かさを感じ暮らしていけるということだ。そうして明日から8月・・・8月6日広島9日に長崎に原爆が落ち、15日終戦となる。日本は良くも悪くも終戦が分岐点です。

完熟トマト

429pxtomatoesonthebush1 完熟に 葉陰で実る トマトかな

うだるような暑さが続きます。7月も今日でお終いです。まだまだ暑さは続きそう。私にとって今月は、外に出ている時間が多くて、日に焼けて相当黒くなった。

我が家の鉢植えのトマトが良く出来て、たくさん食べたが、まだ葉陰に実っているのが幾つかある。大きくて完熟だ。スパーで買ったら一個100円ぐらいかなー

自治会・町会の必要性はある

07akitakoma_sumire11 読売新聞web・・・発言小町より、「自治会の必要性が分らない 」のテーマで多くの意見が寄せられていた。内容の殆んどが必要性に疑問を感じている意見だと思いますが・・・

http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2006/0911/102477.htm?o=0&p=1

私は、自冶会・町会の必要性・・・①外灯の管理②川・道路・公園の維持(掃除)③防犯④地震等の防災⑤ご近所のコミニティなどで、安心・安全で楽しく暮らせる町づくりで、私は長いこと役員をやっていて、必要であると認識しています。そして「私たちの町は私たちで守る」ことです。

私は、コミュニティーに参加する方々が住みよい町をつくるために活動していて、安全で快適な環境を享受できるのは私達役員の活動の成果でもあると思います。不平不満があることも理解できますが、みんなの善意を認める気持ちも欲しいと思います。

多くの人が他人のために奉仕することで何か違った感動を得ることができれば、もっと、住みよい社会が出来ると思います。

しっかりしている町会は・・・例えば公園もきれいです。心なしか、歩道脇に生えている雑草も少ない。外灯のない町は不安です。でもしっかり管理されていれば安心です。

町の清掃ディなどで、自分たちの住む町をきれいにしたいという思いから、皆さん参加していただいています。住人の協力で綺麗になった町であり続けたいと思っています。見えないところで一生懸命動いてくださる皆さんに、感謝の気持ち、忘れないでほしい。

町会の付き合い=防犯にもなります。顔を覚えてもらえれば、名前は後からついてきます。自分から挨拶していれば、そのうち噂好きの人が、あれは○○さんで、どこそこに越してきたのよ~と伝えてくれます。防犯面でも、町内会のパトロールで、顔見知りが多ければ、不審者もわかりやすいようです。

町会は市役所や区役所、役場の末端組織になっています。お役所が地域の詳細な問題を把握できる筈が無いでしょう。そのために自治会がありますが、強制加入ではありません。

個人情報保護法の不備から匿名社会が広がりつつあります。隣にどんな人が住んでいるのかも分からない社会は恐怖社会であり、災害時などの救援活動も不可能です。

地震などの災害時に「自助・共助・公助」の鉄則があります。町会は共助の役目です。また、隣人どおしが支えあって住み良い明るい社会を実現するために、ささやかでも協力し合っていきたいものです。人との出会いが貴方の人生を豊かにします

2012年7月30日 (月)

衆愚政治に?

07kitayamazaki31 世論は正しい判断ができないことが多いので代議士が国民の付託をけ、その人達が知恵を出し合って政治を行うことになっているのに、世論に従って政治を行わなければならないという異状な主張が主にマスコミから流れていて、これの影響を代議士が受けてしまっている。

代議士は自分達の信念による政治を行ない、国民は彼等が行なった政治の結果を見て国民がこれの善し悪しを判断し、次の代議士を決めるということで世論は生かされるべきだ。

60年安保闘争では、連日国会を取巻くデモに参加して連日『岸を倒せ』と声を張り上げ続けていた。現在、判断すると岸元総理大臣の信念の方が正しかったことを認識する。彼は総理の椅子と引き換えに安保延長を断行した。そして、竹下さんも総理の椅子と引き換えに3%の消費税を導入した。

こういう政治家がいる間は衆愚政治に陥らなくて済むが、今はもう、世論におもねることが正義と勘違いしている代議士ばかりである。

国民の大半は自分さえよければいいということで、自分に都合のよいことが正しいことという判断しかできない。これが衆愚政治の原点だ。

衆愚政治(ウキペディア)・・・有権者の大半が知的訓練を仮に受けていても適切なリーダーシップが欠けていたり、判断力が乏しい人間に参政権が与えられている状況。その愚かさゆえに互いに譲り合い(互譲)や合意形成ができず、政策が停滞してしまったり、愚かな政策が実行される状況をさす。

きのう夕暮れの国会議事堂を、無数の灯が取り囲んだ。 市民グループの呼びかけであった「国会大包囲」。脱原発を求める人々が、キャンドルやペンライトを手に「再稼働反対」を連呼した。ここ数カ月、毎週金曜の夕方には、首相官邸と国会の前でも何万という人々が抗議の声をあげている。 60年闘争の再来?を思わせる現象だ。

朝日新聞社説・・・「国会を包囲する人々―民主主義を鍛え直そう」

http://www.asahi.com/paper/editorial.html

{やる」と「やらさせる」とでは・・・

05sikotuko31 「やると」「やらされる」とでは・・・成果は大きな違い出ます。

「やる」と「やらされる」の違いは大きな差となって表れます。良い実績を残す人はすべて自分自身の問題ととらえて、自ら「やる」姿勢で仕事をします。旨くいくように自ら工夫をし、失敗しても他人のせいにせず、(駄目男ランキング1位にも他人のせいにする)自分の責任として問題解決に当たります。そのため「やる」という人のレベルは、努力に応じて確実に成長します。

人間だから迷い悩むことがあると思いますが、信念と情熱をもって“やる”ことです、邪念を捨てることです。そして失敗を恐れないことです。

「やらされる」「やらされている」とう姿勢の人は悲しいほどみじめです。常に受け身であることと、心が入っていませんから、旨くいくことがないのです。良い結果が出ない原因を他人にするため、言い訳になり、問題の本質がわかりません。あげくは不満が多くなります。

「やる」という姿勢の人と、「やらされる」という姿勢の人との違いは、立ち位置が違うことです。自分の役割であり任務であるという積極姿勢になるかどうかの違いです。ビジネスマンはすべて任務がありますから、受け取り方が悪いと「やらされる」になるのです。「やらされる」人はいつまでたっても成長しません。

「やる」と「やらされる」の違いは大きな差です。同じ仕事をするならぜひ「やる」という姿勢で仕事をしてください。成果が出てくると面白くなり、どんどん自分の思いを実行できるようになります。仕事を楽しんでください。そして生きがいが出ます。

2012年7月29日 (日)

猛暑日・・・

Sky_000011 炎天の 水が湯となる 暑さかな

猛暑日・・・気温35度以上の日のことであるが、今日は私たちの町で先週の日曜日に行われた片倉町一丁目町会の盆踊り大会のやぐら解体を行った。参加者は28名で、無事午前に終った。

丸太での組み立てしたもので、7メートルの木の柱は、熱く燃えるようだ。みんな、汗びっしょりとなった。

年を取ると・・・

10247681 地域のゴミを収集し、信頼していた人に、お願いして置かして頂いたのだが、「断りなしに置いた」ので・・・と咎められた。私としては断って了解してもらったのだが・・・

このことは、2人だけのことなので、「言った・言わない」話になってしまって、結論が出なく、結局、私がすべて悪かったと誠心誠意謝ったのだが・・・どうも納得いかない。相手の方は私より年上の方(女)でしたので、これからのこともあるので仕方がないか・・・

しかし、人間年を取ると、身体能力の記憶力は落ちるのは私自信感じる。そして頭の回転なども・・・である。恍惚になると言われているが、あまり人との交流がない人と思われる人には話しかけるよう心がけている。

それでも誰でも忘れる。記憶力の減退は仕方がない。健康なお年寄りでも物忘れをすることはある。健康なお年寄りの正常の物忘れと認知症の物忘れにはどのような違いがあるのだろうか?

正常であった脳の知的な働きが、後天的な(生まれてからしばらくたってから起きた)いろいろな病気によって、持続的に低下した状態のことを「認知症」というが「物忘れ」との違いは・・・

正常の物忘れ・・・物忘れを自覚している。置忘れや名前を忘れるなど体験の一部を忘れるそして 、症状はほとんど進行しない。日常生活に支障がない。物忘れを自分で対処できる。

認知症の物忘れ ・・・物忘れを自覚していない 。生活体験の全体を忘れている。 症状が進行する。 日常生活に支障をきたし、介護が必要になることもある。 物忘れを自分で対処できない。

認知症の症状・・・知的能力の低下・心の症状と行動の障害・日常生活能力の低下・身体の障害である。 

これらの症状の出方は、現在の生活環境、過去の生活歴、性格等によって一人一人個人差があり、認知症の症状のレベルによっても違いがあるという。

いずれにしても老いは、誰もが通る道、体力・記憶力の減退は仕方がない・・・暮らし方を変えることで生活を維持するしかないと思う。

2012年7月28日 (土)

生存競争と相互扶助・・・雑感

00a233ff1 「生存競争」や「弱肉強食」・・・誰でも知っていて、日常生活でも、たびたび、出てくる言葉である。生きるために人間同士たがいに争って勝ち抜いて、いま生きていられる。そう考えていくと、今、社会問題となっている「いじめ」も、動物本能を持った人間の性なのかと・・・

今の時代一番相応しい、リアリティとはなんだろう・・・と考えると人は孤独であること、都市の中で、お互いに、邪魔にならないように無関心を装って生きている。そして、他人には、迷惑をかけないかぎり、各人の自由は、出来るだけ認めていこうとする。自分には被害が及ばないかぎり、私はあなたのすることに口出ししないから、あなたもまた私のすることに口出ししないでほしい。

そのような、パラパラの個人が無干渉に併存するという、どこか淋しい理想を、私たちは生きようとしているように見える。 それに対し「競争」に徹底し抗しする思想家・・・ロシアのクロポトキンの「相互扶助論」である。

クロポトキンの『相互扶助論』・・・動物界においては「生存競争」よりも本能的な「相互扶助」が種の生き残りと進化に重要な意味をもっているのであり、人類についても「相互扶助」の本能が社会の根幹をなしているという。

ダーウィン以来、動物の社会は、強いものが弱いものを虐げていく生存競争の社会であるという話が世に広まっている。だが、それはまちがった見方だ。動物の間には、たしかに何かの競争があるが、しかし、同じ種のなかの個体同士のあいだには、それほど強烈な競争はない。

考えてみると、動物の個体のあいだにあるのは、明確な相互扶助の原則である。お互いが生き延びていけるような「支え合い」のシステムであることが分かる。

人類社会だって同じことだと、クロポトキンは強調する。彼は、未開時代から現代に至るまでの社会の姿を吟味して、生存競争ではなく、まさに相互扶助こそが社会を作り出す根本原理であることを示している。

2012年7月27日 (金)

大人がモラルが悪いから子供まで・・・

Tokita1 今日も猛暑になりそうで、テレビでは熱中症にならぬよう、小まめに水分補給するようにと、気象庁では呼びかけているという。

何時ものように朝7時30分、「片倉時田まちの広場」に行き、ゴミのチェックに出かけた、ベンチには缶ビール・ペットボトル・缶ジュース・弁当の食べかけ、タバコの吸い殻など袋一杯になるほど捨ててあった。花火の燃えカスが落ちていた。ヤレヤレ、と思い拾って片付けたが、ちょっと離れたところに犬も糞があった。

毎日、拾っているが、誰かが拾わなかったら、町の人達がゲートボール・グランドゴルフなどするときには嫌な思いをする。市の公園課に相談し、注意看板を取り付けたが、一向に減らない。公園課の人は、どこも同じで町会の皆様から、苦情が出ているという。

子供だけではない、大人が公園など公共の場所で平気で捨てて行く、モラル・マナーの悪さは目を覆うばかりである。最近、大阪の泉佐野市が、「飼い犬税」を検討しているというニュースがあった。私たちの住む町八王子市でも検討して欲しいと思うくらいだ。

しかし、大人が社会の規範が分からないのだから、子供たちは分かるはずがない。自己主義?の人が多いのかもしれない?いや社会の規範の認識が足りないのだ。これは、家庭・学校・地域社会の教育に問題があるのだと思う。

自分の尺度で判断で世の中、生ききてこれでいいのだと思ってしまっているのだ。今まで生きてきて誰にも注意さっることなく、育ってきてしまったのだ。悪い行為を注意すると、暴力されるということが多くなって注意しない、一体どうしたらいいのだろう。そんなことを考えながら、ゴミを片付けた。

土用の丑の日といえば鰻

011 今日は何の日・・・土用の丑の日である。鰻の蒲焼きで知られる土用丑の日。夏の土用の期間の丑の日に精の付く食べ物を食べる風習がある。土用丑の日と鰻が今のように密接に結びついたのは、平賀源内が鰻屋のために書いた客寄せの言葉からと言われる。

むかし、私が住む八王子市片倉町では、湯殿川・兵衛川では鰻が獲れた。夕方、下げ針に大きなミミズを付けて川の深みに仕掛けて置いて、翌早朝に仕掛けを上げるという漁法?で30本ぐらいで3匹ぐらい獲れた。

他の魚で鯰・ギバチ・ハヤなどの獲れたがなんと言っても鰻である。しかしその鰻は、遠い海から上って来ていたとは全く知らなかった。そういえば、卵などは、当然見たことがなく、小さい鰻はいなかった・・・最近になって、鰻の産卵場所が遠く南太平洋だと分かったという。

ウナギの多くは、稚魚が黒潮に乗って日本にたどり着き、川で親に成長する。その生態の多くは謎に包まれていてまだ、鰻の生態が分かっていないことが多い。

最近のニュースで、漁獲高が減少し保護の運動が叫ばれているが、生態も分かっていないのでかなり難しいのではないかと・・・

朝日新聞社説・・・「ウナギ減少―資源保護に転じる時だ」

http://www.asahi.com/paper/editorial.html#Edit2

読売新聞社説・・・「ウナギ取引規制 日本の食文化を守る戦略を」

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20120726-OYT1T01491.htm

朝日・読売とも野放しにしては資源の枯渇につながる危機意識からだ。無制限ではいけない。私の何らかの規制は必要だと思う。

健康で長生きしたい・・・

05sikotuko31 健康とは・・・WHOでの定義は・・・「健康とは完全に、身体・精神・及び社会的によい(安寧な状態にあることを意味し、単に病気でないとか、虚弱でないことではない)

健康とは病気や虚弱でないというだけではなく、身体の体力値が高く、知的には適切な教育を受け、社会的(家族、地域社会、職場)には豊かな人間関係があり、精神的にも安定している状態である(精神的健康・社会的健康・身体的健康のバランスが取れた状態)というものだといえます。

msnニュースで、「女性の寿命、世界2位に転落 85・90歳、香港に抜かれ 震災、自殺が影響か」があった。厚労省は、「多数が死亡した東日本大震災が大きく影響している」と説明しています。

「何時までも健康でありたい」という気持ちは誰でも思っていることでしょう。健康寿命とか、最近は健康に関するデータなどが情報が溢れています。

私は健康に一番気をつけていることは、「医食同源」です。医食同源とは医療と食事は体を良くすることでは同じものであるという考え方です。

普段、何気なく食べている食べ物にはそれぞれ身体にいい成分が数多く含まれています。現在、いろいろな健康食品やサプリメントなどが出回っていますが、そのような補助食品に頼るのではなく、毎日食べる食事に気をつけることで体の内側から健康にしていきたいものです。

そして一番気をつけたいことは色々の種類(食材)少しつず多く摂るように心がけることです。

【健康的な生活4か条】

1.栄養のバランスのとれた規則正しい食生活。

2.適度で継続的な運動。

3.快適な睡眠。

4.過度のストレスをためない。

この4つのことをいかに心がけて実践しているかで、快適な毎日を過ごすことができると思います。そして無病息災ではなく(過信しない)、一病息災(定期的に医者に掛かり健康チエック)を行う。それが長生きの秘訣だと思います。

2012年7月26日 (木)

曹洞宗本山永平寺と総持寺のこと

13_10241 この度、義兄の葬儀は、八王子市戸吹町の曹洞宗の桂福寺(中央霊園)住職・・・加藤智昭導師で執り行われた。

曹洞宗というと道元禅師が開祖で福井県の永平寺と鶴見の総持寺と二つある。永平寺は、寛元元年(1243年)曹洞宗の開祖・道元が越前(福井県)に移り、大仏寺を建立した。これがのちの曹洞宗大本山・永平寺となる。

総持寺は、道元から数えて4代目の瑩山紹瑾(けいざんじょうきん)が54歳の時に、諸嶽山 総持寺として名称を変えて開いたお寺である。その後曹洞宗は保守的な永平寺派と革新的な総持寺派に分れ、両寺を本山として民衆の間に深く浸透していきた。

導師の法話があり、内容は、道元禅師はこれこそがインドの釈尊以来代々の仏祖が受け嗣いできたものとしている。十六条の仏戒、謂く三帰・三聚浄戒・十重禁戒。此の十六条戒。

その十重禁戒とは・・・
第一不殺生戒・・ 殺してはならない。
第二不偸盗戒・・ 盗んではならない。
第三不貪婬戒・・ 淫らなことをしてはならない。
第四不妄語戒・・ 悟ったと嘘をついてはならない。
第五不古酒戒・・ 酒を売って(買って)はならない。
第六不説過戒・・ 他人の間違いや欠点をあげつらってはならない。

第七不自讃毀他戒・・ 自らをほめ、他をそしってはならない。
第八不慳法財戒・・ 物心両面にわたり、他に施すことを惜しんではならない。
第九不瞋恚戒・・ 怒りを抱き、自分を失ってはならない。他人の謝罪を容れる。
第十不謗三宝戒・・ 仏法僧の三宝を謗り、不信の念を発してはならない。

私は、永平寺と総持寺は、お参りに行ったことがあるが、住職の法話で改めて道元が開祖された曹洞宗の教えを知った。

曹洞宗は、謹厳な修行で知られた道元の印象が強いことから、禅のみに徹する修行仏教のイメージがあるが、歴史的に見ると必ずしもそうともいえない。修行道場としての永平寺は、道元の壇越(だんのつ)=(布施)であった波多野氏の援助で成り立っていたが、その外護から離れると、たちまち運営が行きづまるようになった。

道元の教えと民衆に受ける革新派の第三世の徹通義介などと争うようになった。最終的には義介の弟子である瑩山紹瑾が第四世地位に着き決着した。

これ以降曹洞宗でも神人化度説話(土地神などが仏教的救済を僧に依頼する説話)による布教や密教的な祈祷を取り入れるようになる。これが地方の有力者や民衆の支持を得て、教団は瑩山が建立した能登の永光寺、総持寺を中心に大いに隆盛した。

しかし、法流は永平寺と総持寺と分かれ、交流はしつつも、長らく本末を争うことになった。江戸時代になると幕府の裁定によ両寺を本山と定められ、解決を見た。

その後は宗統復古運動など、何度かの内部改革が図られた結果、現在の釈迦如来と道元、瑩山の両祖を信仰の中心とし、永平寺と1898年の火災で能登から神奈川県鶴見に移転した総持寺を両大本山とする体制が成立。今も禅の普及に力を入れている・・・『武村鏡村「仏教」。』

2012年7月25日 (水)

熱く燃える夏・・・熱中症に気をつけよう

Sky_000011 日暮れても 汗ふき出す 土用かな 

2012年の土用入りは7月19日だったそうだ。土用の丑の日は27日。東京地方は、一昨日まで寒いくらいの最高気温が22度だったが、昨日から本格的な暑さ(35度)となった。

気象庁では、各地で猛暑日の見込み 熱中症に注意 を呼びかけている。25日は西日本や東海を中心に気温が上がり、各地で35度以上の猛暑日となる見込みで、気象庁はこまめに水分をとるなど熱中症に十分注意するよう呼びかけている。

夏休み・高校野球・オリンピックなどこの夏は選手のプレー・炎天下の応援など熱くなることだろう。この夏は熱く燃える・・・熱中症にはくれぐれも注意したいものだ。

脱法ハーブのこと

539571_2 NHKの20歳代の男性職員2人が今月3日、福岡市内で 脱法ハーブを吸引して意識がもうろうとした状態に陥り、病院に救急搬送されたことが分かった。

また、大阪府摂津市で追突事故を起こし、5人にケガをさせた中学校の非常勤講師の男の血液から、脱法ハーブの成分が検出された。脱法ハーブを吸引して、車を運転し事故を起すという報道があった。

昨夜の夕方のテレビの報道番組で取り上げられていたが、最近若者に脱法ハーブが横行しているという。その脱法ハーブを入浴剤と称して売られているという。 覚せい剤で57人逮捕→ 57人全員が生活保護だった・・・釧路市 など・・・ 全国に広がりを見せているようだ。

このまま野放しにしては、恐ろしいことになるのではないだろうか、専門家は、売られているものが生命に危険を及ぼすからといって、規制しても次から次へと、いたちごっこの状態に作られていくので取締りが難しいのではないかという。

最初は好奇心・チョットのアバンチュール的な気分で手をつけてしまったら取り返しにつかない代償をはらわされることになるのだ。そして原材料は中国から輸入しているという。・・・規制をしないといけないと恐ろしいことになる。

朝日新聞社説・・・「脱法ハーブー有害物から若者を守れ」・・・http://www.asahi.com/paper/editorial.html#Edit2

2012年7月24日 (火)

近頃の子供はと嘆く前に・・・

07akitakoma_sumire11 「近頃の子供はと嘆く前に」自分(大人)自身を見つめ直す必要がある・・・子は親の背中をみて成長していくと言われる。最近、いじめの問題が大きな社会問題となっているが、家庭・地域・社会のありのままが、現代の子供たちに行動に表れているのだ。

いじめをするという行為は、家庭や地域社会で何かファストレーションが堪っているからで、大人の責任でもあるのだ思う。

核家族化や都市化が進み、家庭でも、地域でも、子どもたちが、豊かな愛情に包まれながら、伸び伸びと友情を育める「場」も、心の「空間」も失われてきた。親自身も、絶えず緊張を強いられ、せわしなく働き続け、子どもたちと真正面から向き合う余裕がない。

大人社会にすらある陰湿ないじめ、エゴイズムや他社への冷淡さ、マスコミの人権侵害、弱者を笑いものにするテレビの悪趣味、さまざまな差別の横行など、こうした環境で取り囲んでおきながら、子どもたちに理想を押しつけるのは、あまりに身勝手である。いじめ問題は、大人社会の病理を反映していることを、決して忘れてはならない。

暴力を振るう子の多くは、「誰も自分のことを大切にしてくれない」という意識をもっていると言われている。子どもの心を健全に育むためには、自分の存在が、ありのままに受け入れられ、包容されることが必要だ。

そうすれば、自己という存在のかけがえのなさを実感することができ、自身を大切にしようという心が生まれてくる。それは同時に、他者に対する信頼と尊敬の源になるものだ。子どもが本然的に求めているのは愛されることである。

J-CASTニュース・・・朝日一面連載「いじめられている君へ」好評だが… 「新聞読まない」10代に届くのか・・・

http://www.j-cast.com/2012/07/22140207.html

ネット社会を考える

07rose_ame21 ネット社会・・・インターネットの急速な普及にて、距離とか世代とかを超えて、無意識の内に色々な人と、接することが可能な時代なっています。

近距離で、ふれ合いコミニケーション、本当の意味での社会性を身につけて、より良いコミュニケーションを作り、目指していく必要性を考えると、色々な課題が出てきます。

バーチャルリアリティ・・・インターネット内だけの、仮想空間のコミュニケーションでは無しに、常に現実社会を見据えて、コミュニケーションを保つことのバランス、ここを考えていくことも、インターネット社会では大切だと思います。

血の通った人の顔色・表情で言葉にし意思を表現し合うコミニケーションはとても大事で「人間愛」が生まれ、信頼から愛情が醸成される社会が出来ることになるのだと思います。

ネット社会にこだわると、他人と関わることを避けて、別人格となる危険性も有ります。直接、人と人とが関わることの方が、何よりも大切です。

ネット社会の功罪・・・いつでもどこでもネット時代で「人は賢くなるのか、アホになるのか」分かれる2つの見方

http://bu1019.blog50.fc2.com/blog-entry-2858.html

2012年7月23日 (月)

互助の精神の大切さ

E6_01xga 「互助の精神の大切さ」
昨年の3・11の東日本大震災で、いまさらですが「互助の精神」の大切さを感じています。このことは、なにもこのような災害時だけということではなくて、通常の生活の中でもこの精神が生かされていれば、世の中もギスギスすることもなく温かみのある社会が醸成されるはずです。

行政にまったく期待ができない状態の中で、「自分のことは自分で守る」「困った時はお互いさま」の気持を強く持つことが肝要だと強く感じています。復興・・・多くの国から支援を受け、日本政府も復興庁を設けて復興に全力で取り組んでいますが、町ごと高台移転計画など見通しは厳しい状況のようです。

NHK「その時歴史は動いた」という番組があったのを思い出しました。
「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ。」の名言で有名な「後藤新平」のことです。
.
関東大震災後の復興プランを手がけ、現在の東京の原形をデザインした政治家・後藤新平。もともと医者だった後藤は、社会を生物の体にみたて、「人と人とのつながりがうまく機能することで世の中が発展する」という独特の思想を抱いていたという。
.
後藤のこの考えは、関東大震災後、帝都復興院総裁として東京の復興を任された際、「区画整理」という新たな都市計画プランの実現につながっていく・・・“社会の医者”とよばれた後藤新平の情熱と信念を描く・・・
.
都市社会の構成員としてのあり方について、後藤はこんなことを言っています。「まず我が身を修めるというほかはない。我が身を修める自治の力が治国平天下の基礎である。かねて私のいう自治の三訣『人のお世話にならぬよう。人のお世話をするように。そして報いを求めぬよう』と少年時代から心がけてこれを実行するのであります」
.
自助、互助、自制の精神」です。「人のお世話にならぬよう」が「自助の精神」。「人のお世話をするように」が「互助の精神」。「報いを求めぬよう」が「自制の精神」です。
.
代社会に通じていると思います・・・「自助・共助・公助」の、3日分の備蓄を求める条例が東京都議会で可決これが3・11後の思想だ」企業に3日分の備蓄を求める条例です。

http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20120402/304261/?P=3&ST=rebuild

2012年7月22日 (日)

愛で生きられる

00a233ff1 千載一隅でこの世に生まれ両親の深い愛情に包まれ成長し成人になって社会に貢献する。自分の成長とともに社会貢献することになる。この原理は、地球所のすべての生き物の自然の摂理である。

世は、諸行無常である・・・変化している。全く今現在に状況は繰り返してはいない。常に変化していて生きている証である。変化しないということは死んでいることだ。安定しているとは、動かないことではなく、揺らぎながらバランスをとっていることである。いろいろな問題が出てきてもそれを解決して、元に戻す復元力があることだ。

人は多くの人に支えられて生きられるので、人間愛と言われ、弱い人間を励まし助けることによる愛である。また愛とは、種族保存の欲求と人間と人間を結びつけるものである。すばらしい人間関係をたくさん作ることが求められている。

自分が今置かれた場所で精一杯努力し光り輝くことに全力で生きている存在感が示される。命の根底には、感性がある。感性が肉体の形を決定し、精神を作っている。


育たない自主防衛精神

Sira61 育たない自主防衛精神・・・いわゆる自分の身は自分で守る・家族の安全は家族で守る・地域に事は地域で守る。という考えが、薄れてしまい・・・「湾岸戦争の、お金は出すが人は人は出さない」・・・PKOの考え方は、国際的に批判を浴びた。・・・そんな記憶が蘇った。

昨夜、盆踊り大会を、私達の町・・・片倉一丁目町会主催で行った。日頃お世話になっている消防団へご招待を出したところ数名の消防団の方が見えられた。

地域の消防団は、本業の傍ら、地域の安全と安心を守るために活動する人々を団員とする消防機関の1つであり、地域の消防力・防災力の向上において重要な役割を担っている。

私たちが地域は、幾つかの町会の連合で消防組織を作っている。しかし毎年、協力金は出しているが、人は出さない・・・私たちの町会に団員に加入を勧めて欲しいと言われているのだが、その意識は薄い。

いま問題となっている、自主防衛精神が薄れ、事が起こったら、誰かが守ってくれるだろう。行政が・・・と言う意識が強いのだと思う。

大きな地震が来るといわれている現在、今の生活は不安はないのだろうか、もう一度災害の基本・・・「自助・共助・公助」を考え直し、一人ひとりが、日頃から備える心構え・危機意識を再確認したいものである。

2012年7月21日 (土)

脱原発デモに参加 「思いは同じ」・・・

Galleryplayer1_venice  白か黒か一体どっちなんだ。

何んとも不思議な人・・・宇宙人と言って自他ともに認めている?その名は・・・

鳩山由紀夫元首相である。『鳩山元首相が脱原発デモに参加 「思いは同じ」』http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120720/stt12072019160008-n1.htm

毎週金曜日にデモをしている「原発反対デモ」に参加したと言うから驚きである。あの人の信念はなんだろう。分からない・分からない・・・

党内からも苦言が出るのは当たり前・・・http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/ann?a=20120720-00000067-ann-pol

物事には表と裏がある・・・

10kanmonkyo11 物には裏と表がある。物事にも必ず裏と表がある。ここでイメージしてはいけないのは善の裏は悪。善い事の裏には必ず悪がある・・・的な事ではない。

たとえば・・・成功者といわれる人は、陰には見えない努力し、嫌な事を人一倍に経験して、そこに行きつくまでには、血を吐くようなこともあったろうし、地べたを這いつくばって泥だらけになるような事も恐らくあっただろうと・・・想像できる人が一体どれくらいいるのだろうか?

運も実力のうち・・・どんな人にもチャンスは訪れる。しかしそのチャンスをつかめるかどうかは、その人の判断し、行動が伴って掴めるもの、チャンスが巡ってきたときに、何も行動を起こさなければそれは一瞬のうちに通り過ぎていく・・・。

そして本人はそのチャンスが通り過ぎた事にすら気づかないで、ただ他力本願的にいいことないかなーと思っていても、そうそうあるわけがない。すべて自分の行動からしか何も生まれない事を、理屈では知っているのに心でわかってないのだ。

お金だって天から降ってくるわけない。宝くじだって買うという行動を起こさなければ、一生当ることはない。そんな当たり前のことを、いろいろ複雑に考えて、あーだから出来ない。こーだから無理と出来ないと、理由ばかり並べていても、幸せもお金も掴めない。

いいとこどり狙ってるうちは、何も得ることは出来ない。すべては行動からしか生まれない。そして事をおこせば表と裏がある。その回数が多い人が、どんどん幸せを勝ち取っていく・・・回数が多いから失敗の回数も多い。しかし
成功の確率は上がる。

2012年7月20日 (金)

人間として何が正しいのか

05oirase31 人間として何が正しいのか?善かれと思って、言動に相手の価値判断が違って迷惑な感情を持たれてしまった。という経験は何方もあるでしょう。

最近のことだが、老婆心で言ったことが切っ掛けで、後々嫌な感情を持たれて、「あんなこと言わなければ良かった」と反省しています。

日本の実業家。京セラ・第二電電(現・KDDI)創業者。日本航空取締役名誉会長。稲盛和夫氏の言葉に私はすべての判断の基準を「人間として何が正しいか」ということに置いている。と言うことです。

人間としての基本的なモラル、良心にもとづいて何が正しいのかを基準として判断をすることがもっとも重要であるということです。

人間として正しいこととは、たとえば幼いころ、両親から「これはしてはならない」「これはしてもいい」と言われたことや、小学校、中学校の先生に教えられた「善いこと悪いこと」というようなきわめて素朴な倫理観にもとづいたものです。

それは簡単に言えば、公平、公正、正義、努力、勇気、博愛、謙虚、誠実というような言葉で表現できるものだと思います。「人間として何が正しいのか」ということを判断のベースとして考えていけば世の中、平和で豊かな暮らしが出来るのではないかと思います。

http://www.kyocera.co.jp/inamori/word/word03.html

いじめと、命の大切さ・・・

108sirakami_mothertree11 命の大切さ・・・大津の中学生の自殺は、日本の学校教育のあり方まで問われる大きな問題となっています。教育者である教職員・教育委員会・地方自冶の市長・町長のなど、背筋を伸ばし、襟を正して真剣に考える機会だと思います。

いじめ問題は野田首相も、「いじめている子、いじめられている子がいると分かったなら、見て見ぬふりをしないこと。これが一番大事なことです」といじめを発見したら学校などに相談するよう訴えたました。

また、いじめを受けている子どもには、「あなたは1人ではありません。あなたを守ろうという人は必ずいます。それを信じてお父さん、お母さん、先生、友だち、誰でもよいから相談してください」と呼び掛けました。 

最近、起こっている「いじめ」の問題は、一段と陰湿さを増し、時には被害者の子どもの自殺という悲劇的状況を招くところにまで至っています。当然のことでありますが、「いじめ」の問題は、子どもたちだけの問題ではないのです。

子どもは大人の生き方を、親や教師の姿を見て育つことを我々は強く自覚する必要があります。すべての大人は自らの生き方を見つめ直し、「生きる」ことの意味を一人ひとりが考えるとともに、「生きる」ことの意味を子どもたちに教えていかなければならないのです。

「命の大切さ」を実感させる教育は、日々子どもたちと向き合う学校現場の教師はもとより、教育に取り組む多くの教育関係者が、命に対する豊かでしなやかな感性や深い感覚を磨くことが大切です

教育の究極的な目標は人間のあり方そのものの成長です。子どもたちが命を大切にした生き方ができるよう、教職員・教育関係者があらゆる学習指導の機会を通じて、子どもたちの生き方に影響を与える教育実践をしていかなければならないと思います。

学校教育と人間形成・人権などの基本的な問題を、教育者・社会人も含め、社会全体で考えていく問題であると思います。

2012年7月19日 (木)

馬鹿な独りごと

Hiroshima101 この暑さ とっておきたい 真冬まで

大飯原子力発電が稼動を始めた。今年の夏の電力消費量に7~15%ぐらい節電をしないと乗り切れないと言うことで国を二分するする議論がある。野田首相の「国民の生活を守る」と理由から稼動にこぎつけた。

石油・ガスなどの資源も有期である。太陽光・風力などの自然エネルギーの利用は勿論であるが、その設備に、時間とお金がかかる。梅雨明けから猛暑が続いているがこの暑さを何かに閉じ込め冬の真冬日などに回せる技術を発明すれば、ノーベル賞ものだ。

ご近所のトラブル問題

539571 ご近所のトラブルを、何でも調査団 http://chosa.nifty.com/images/title_ver2.png が調査した内容で、自分の感覚と同じと思うものと、ヤッパリと思うことがある。

近所のトラブル問題のTOP・10
1、 騒音
2、 ペット・・・排泄物の放置・鳴き声
3、 ゴミ出しマナー・ルール
4、 駐車・駐車場
5、 悪口・陰口・噂・告口・詮索
6、 境界
7、 町内会・マンション組合
8、 共有スペースの掃除・手入れ
9、 上の階の水漏れ
10、タバコのポイ捨て

どれも、なるほどと思えるが、こんなトラブルで悩んでいる人は結構多い。耐えられなくなって転居を余儀なくされてしまう人もいる。

私が、常日頃感じているのが町内会の問題・タバコのポイ捨てである。町会の問題は役員の後継者がいない。町会の存在価値(必要性)認識が希薄となって悩んでいる。

環境問題、タバコのポイ捨て、ゴミのポイ捨てである。毎日ゴミ拾いをしているが、一向に減らない。

10項目、すべてに言えることは、共存・共栄意識がない。自己主義の増長。利己主義蔓延化などである。私は常日頃思うことは、人間は、一人では生きていけないということを、改めて考えてもらいたい。集団生活では、マナー・ルールは絶対必要で、一人ひとりが守ることで安心・安全で、心豊かな、充実した、生活が出来るのだと思う。

このことは、無縁社会化といわれている、人間性の問題でもある。つまり教育であり、基本的の基本である人に優しい、思いやる心などの道徳心の欠如だ。

文明の発達した豊かになった生活であるが、人間の心の醸成が未熟で、心身のバランスが欠けてしまっている社会の表れである。

2012年7月18日 (水)

梅雨明け宣言

0107ukisima11 大雨と 言いつつ関東 梅雨が明け

九州地方は、記録的大雨で、大被害である。熊本、大分両県では、河川の氾濫や土砂崩れが相次ぎ、 8人が死亡、20人が行方不明となった。1時間に100ミリ以上、これまれにない物凄い雨量であったという。

東京地方は、今年は雨が少ない?のでは・・・庭の鉢物にみずやりは一日2回である。これは地球温暖化で、異状気象が起きていることからなのか・・・群馬県の館林は39.2度となったという。

関東甲信、東海、近畿、中国・四国で梅雨明けした。平年24頃で17日は7日早いことになる。

2012ー7ー17という日

3612 気象庁の関東甲信・四国・中国・近畿・東海が梅雨明け宣言・・・八王子市では36.5度の猛暑日だった。また台風7号で九州大雨が心配と・・・

ロシアのロケット(ソユーズ)で、4ヶ月滞在する星出彰彦さん国際宇宙ステーション(ISS)に無事ドッキングに成功・・・(日本時間の17日13時50分頃)「わが家で楽しみたい」と話されたという。

そして「生命探る“ミッション”火星探査機「キュリオシテイー」が来月着陸へ」生命誕生の手がかりが見つかるかも知れない。と、NASAが発表した。

ちょうどその時、私の義兄は、14時28分に旅たたれた。長い闘病で一日でも早く・・・我が家に帰りたい・・・と願っていたのだが・・・変わり果てた姿で我が家の何時もいる部屋に着いた。73年間動き続けたメインエンジンは静かに休止した。

また・・・第147回芥川賞 に鹿島田真希(かしまだ・まき)さん(35歳)の「冥土めぐり」(文芸春号)、受賞された。
受賞作「冥土めぐり」は、脳の病気を抱える夫と、妻が8年ぶりに1泊2日の小旅行に出て、妻が幼少時に家族と訪れたホテルに泊まり家族の過去と向き合う。旅するうちに、妻は夫と出合ったことや、その病も“奇跡”であったと知るという物語(MSN産経ニュース)

義兄は旅好きだった・・・「旅に病んで夢は枯野を駆け巡る」芭蕉の句にあるように床に臥していた時、未知のあの世とやらへ・・・思い巡らしていたのだろうか・・・

どうせ一度はあの世とやら・・・流転藤田まさと作詞 阿部武雄作曲)の歌が好きで、宴会で歌っている姿が浮かぶ・・・

一、  男命を三すじの糸に かけて三七 賽の目くずれ

     浮世かるたの 浮世かるたの 浮き沈み

二、  どうせ一度は あの世とやらへ 

     落ちて流れて 行く身じゃないか

     泣くな夜明けの 泣くな夜明けの 渡り鳥

 

2012年7月17日 (火)

生きていることは動くこと

00nyudogumobgm1 宇宙はビッグバンで誕生し137億年の歳月を経たと推計されている。そして私たちが住んでいる地球の太陽系は46億年も生き続けている。しかし寿命がある。何時かは分からないが消滅するだろう。

そんなことを考えていたら、地球に住む生物の一種の人間は、活動していることで「生」の証があるのだ。呼吸をし生命体を維持でき、尊い他の命を頂いていき続けられる。他には、水と太陽と空気があればの条件であるが・・・

人は動かなければ、生きていると言えない。二本の足で歩いて・走って、人と人の間を行き来して生きているという証が立つ・・・だから人間という。

人間は一人では生きて生きていけない。お互いに支えあって生きていることを、事あるごとに認識してほしい。何故そういうかと言えば、最近一人で生きていると思い込んでいる人間が多くなったように感じるからだ。

環境問題でも、やたらとゴミを捨てていく、人を殺めても責任を感じない、家庭でも、学校でも職場でも・・・いじめがあり、いま社会問題となっている。これは“自分さえよければ”との思い上がりだと思う。

改めて思う。他人のために動き、感謝され社会で生きているという実感が得られるこである。そして生きていることは動いていることである。どんな立派なことを言っても実行できない人は生きているとはいえない。死んでしまった過去の人である。

他人のためにわが身を削ることもいとわない心を「復活」させたいものである。そうすれば、争いや、妬みのない世の中になるのだと思う。

納得できる世の中に・・・

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

07kitayamazaki31 世の中納得いかないことばかり、どんないい法律を作っても、抜け道を考えて作った頭のいい人。一般の国民には分からない?作った人達が勝手に分け合っているようで仕方がない。

国民の生活を守ると言って小沢一郎氏率いる「国民の生活が第一」新党であるが、産経新聞の世論調査では、「期待していない」との回答が81・8%で「期待している」(16・5%)を大きく上回った。これをどう捉えているのか・・・過去の小沢氏の経歴や手法は、信頼されていない・・・と言うことが分かっていないということだ。

この数字、小沢氏も納得いかないだろうと思う。納得いかない事が起こらないようにあらかじめ手を打っておくことが重要だと思うが・・・次の手が気になる?

「世の中、馬鹿で、頭の回転の鈍い、判断力も知識も経験もない、その上、自分自身がゴミ野郎だってことに気が付いていない奴等ばっか」と思っていれば、少なくとも、不幸に巻き込まれる確率がグッと下がるはずであるが・・・

世の中、少なくとも、「他人に期待しない」・「あてにしない」という当たり前のことを踏まえて生きていかないといけない。「そんなこととは思わなかった」とか「知らなかった」とか「そんなつもりじゃなかった」なんて言葉は、「言わない、聞かない、」で、問題が起こらないように対処したいものである。

人は、支えあって生きられるのであって、明日を信じて生きられる社会をお互いに考えていかなければいけない。それには、相手の身になって考える人の指導者で、「信頼」出来るリーダーを選ぶことだ。そしてお互い信頼できる社会を創る・・・納得できる世の中になる・・・ことだと思う。

2012年7月16日 (月)

小さななことの積み重ね

10kouchi_katurahama11 野球選手のイチロウの言葉に「小さなことを積み重ねることが、とんでもないところに行くただひとつの道だと思う。」がある。

「自分はこのような仕事をしたい。」・「家族みんなが幸せな家庭を作る。」・「自分はこのような人物になりたい。」など、目標・夢・希望がある。

パスカルの「人間は、自然のうちで最も弱い一本の葦にすぎない。しかしそれは考える葦である」として、人間の、自然の中における存在としてのか弱さと、思考する存在としての偉大さを言い表したものである。

ただ、自分の目標があっても、今日、自分がその目標に対してできる事は限られている。目標を達成するのには小さなことから初めて、小さな事を積み重ねるということが大切である。どうせ今日一日、自分がいくら頑張っても、目標全体から見れば小さな事しかできない。でも、それを積み上げていくと何時かは目標に到達する。

人生は小さなことの積み重ねなのである。事業でも、病気の回復も、スポーツでも、何でも、一日に出来る事は全体から見れば小さないが・・・それを一歩一歩積み重ねると自分が目標としているもに近づいて行く。だから、すぐに結果を求めない事も大切で、今は人生の時間も、今は限られているが分かる。

でも、やはり焦って結果を求めても、目標は達成できない。淡々と一日の結果を積み重ねるしかない。そして、死ぬまで積み重ねていくしかない。

これしか自分の目標を達成する方法は無いと思う。いくら世の中が複雑怪奇になってきても、人間の真理は変わらない。毎日、小さな事を淡々と積み上げることである。それが一番大事なことだと思う。

「ローマは一日して成らず」・「雨垂れ石を穿つ」・「大きい薬缶は沸きが遅い」・「愚公、山を移す」・「金輪際の玉も拾えば尽きる」・「大器晩成」・「ゆっくり行く者は遠くまで行く」

結婚して子供を産んで1人前なんて・・・

271 不正常が、時代とともに正常な価値観になってしまう。例えば、むかしは結婚しない人は、異状で、世の中で認められず、信用されなかった。したがって、責任のある保証人にはなれなかった。

結婚し子供を育てるという、人間の当たり前の行為が出来ないというのは、方輪者とみなされてしまっていた。

ところが現代では、結婚しない人間が多く、50歳時点で一度も結婚したことがない「生涯未婚」という人が、男性で20.1%、女性で10.6%にのぼるという。

「いずれ結婚するつもり」は男女とも9割近くあるのに2012年5月1日付の読売新聞によると、1980年の生涯未婚率は男性2.6%、女性4.5%で、今回の調査では男性が約8倍、女性が2倍以上に増えたことになる。

生涯未婚率は男女ともに90年頃から急上昇している。国立社会保障・人口問題研究所の「人口統計資料集(2010年版)」によると、90年には男性の生涯未婚率は6%に満たず、女性はおよそ4%であったことから、ここ20年で一気に増加していることがわかる。

なお、調査結果は政府が6月初めに閣議決定する2012年版「子ども・子育て白書」に盛り込まれるという。

また、結婚しても子供を作らない・・・昔に比べて夫婦の形も多様化して、事実婚ではなく結婚という形を選ぶのは、今の日本では内縁関係じゃ暮らしにくいから・・・結婚して子供を産んで1人前なんて・・・今じゃそれほど聞かない言葉となってしまった。

たしかに子供を出産すると得るものも大きい。でも産まない選択をしても損ではない?人生って寝て過ごさない限り、常に得るものがあると思うし・・・それと、夫が育児に協力してくれないで、妊娠中に浮気する。出産後、夫や妻が夫婦生活を拒否するということかな・・・

結婚の価値観一つを捉えても、何が正常で、何が異状なのか、こんなに激しく変わる世の中は、住みにくい?住みやすい?誰にも答えは出せないだろう。

楠の若葉に・・・

  Sira81 艶々と 楠の若葉に 雨の粒

梅雨時の草花は、生き生きしている。水をたっぷり吸って、葉も花びらも雨に洗われて新鮮である。傘をさして歩くことが多くなるのでうつむきがちになるが、楠の葉は青々とし輝いて見える。

青空が少ないこの季節には、青を希求する心情があるように思われる。梅雨時には青が似合う。雨つぶを単数ととらえるか、複数ととらえるかで趣きが変わる。

葛藤する心

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

05sikotuko31  どんなことをしても結局は自分のことを思っている自分がいて、それがすごく嫌・・・皆の嫌がる仕事をしては、「やってあげてる自分って素敵」とか「皆からの評価が良くなる」とか、べつにそれを目的にしたわけではなくても浮かんできて、それがすごく嫌で嫌で、苦しみ、今でもそんな自分が嫌になる瞬間があります。

ボランティア的な地域のことを考え、ゴミ拾い・除草などの町内の公園・広場・道路などの清掃活動をしています。ある人に言われたことだが、「どうせするなら黙ってした方がいい。」と・・・良く考えて見たのですが、善行は確かに黙ってした方が、訴える力はあると思います。何か自分が他人に認められたい気持ちがあることに気がついたのです。

でも最近は、人間である以上は仕方のない?どんな人間であっても、自分が一番に決まっています。その人生は全てその人主観で構成されていて、その人にはその人の気持ちしかわからなくて、人生の中心はその人なのだから仕方のない。

それは悪いことではない、心のどこかに高慢な影を抱えながら、それでも確かに誰かのために行動しました。大事なのは後から自分が何を思ってしまうかではなくて、それをした一瞬の間に自分が思ったことや、した内容だと思う。

大切なのは、人間は私利私欲にまみれていますが、それでも誰かのことを思って行動できる瞬間があるということです。誰かのために泣けるし笑えるということです。

例えそこに私利私欲があってとしても、その瞬間には誰かは誰かの笑顔に救われ、誰かは誰かと泣くことで救われるんです。それが大事なのだと思います。


私は自分自身を「素直ではない、ひねくれ者」と思うことがあります。むかし親に「お前はひねくれた性格だ」と言われたことがあり悩んだ経験があります。

70歳を過ぎても、時々自分はひねくれ者と自分自身反省することがあります。ひねくれ者は、逆に言えば、常識にとらわれた、他の方々とは、違った視点でものを考えられる天賦なのかも知れない。

だから、素直で純真無垢な心で行為をするということが出来ないという「悪い性格の持ち主?」などだと反省しています。

2012年7月15日 (日)

ブラック企業大賞?

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Omoide31 長引く不況で、失業:4パーセント台・年金受給者の2割超が年収50万円以下・200万人を超える生活保護者・若い人の労働意欲の減退:「下流志向」の現実・・・継続的に就労することに対する意欲は、さらに減退しているように思える。そして、年収200万円以下の「ワーキングプア」の問題と・・・

そんな背景がある現代・・・仕事は「危険」「汚い」「きつい」職場のいわゆる3K職場に「労使問題は深刻な状況」になっている企業のブラック企業大賞」実行委員会なるものがあって、2012年7月9日の記者会見にて、ノミネート企業10社を発表いたしたという。

ブラック企業を生み出す背景や構造を皆さんとともに考え、改善・解決をめざしたいと考えていています。・・・そして「ウェブ投票」で決まるようだ。

今は「ワタミ」「すき家(ゼンショー)」「SHOP99(現ローソンストア100)」「すかいらーく」「ウェザーニューズ」「フォーカスシステムズ」「陸援隊およびハーヴェスト・ホールディングス」「丸八真綿」「富士通ソーシアルサイエンスラボラトリ」「東京電力」の10社がノミネートされているようだ。

過労ストレス・低賃金労働などから将来に希望が持てない就労環境は、政治家は何を考えているのだろう・・・・

J-CASTニュース・・・http://www.j-cast.com/2012/07/12139246.html

2012年7月14日 (土)

まずは自分に負けない

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Sky_000011 自分に負けない、力強く生きたいが・・・誰だって、努力していても目標としている人生行路があるはず、その行路(世渡り)から反らざるを得ないことが多い。特に激しく変わる現代はその荒波を乗りきるのが難しい。あらゆるところで挫折感を味わい。目の先が暗くなるという経験をしただろう。その結果は毎年自殺者が30000人を超えるという現実がある。

夏目漱石の草枕にあるように、とかく世の中住みにくいーーー昨日、終末期の病人のお見舞い行ってきた。僅かな「命の灯火」一日でも、一時間一分一秒でも長く生きたいーーー懸命に努力している。そして家族の必死の励ましに応えるように・・・諦めない姿に感動すら覚えた。

「まずは自分に負けない」ことである。yahoo!コラム記事があった。激変する世の中を乗り切る「術」が書かれていた。「世界で勝負できる人、できない人──自分に負けないことから始めよう!」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120712-00000001-zdn_ep-sci

しなやかに、たおやかに生きる・・・でも書いたが・・・改めて考えてみた。

怒り悲しみの中に身を置いて、また、理不尽なことに出あっても、小さきことは積み重なり、表現するには細かすぎて今朝の雨の雫が枝から零れるように、しなやかに、たおやかに・・・

http://kawahata-m.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-85df.html

2012年7月13日 (金)

叱ると怒るは違う

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

3612 叱ると怒るは違う。私は子供の頃、よく父親に叩かれた覚えがある、確かに叩かれた後、考えても何故だか、叩かれた理由が分からないことがあった。それから親父は、怖いイメージがあって近寄ることをためらったことが記憶にある。

最近、公園・広場で遊び、遊んだ後の片づけをしない。子供会のママさんたちに「子供の遊んだ後行ってみて欲しい」と言ったものの・・・公衆の場を汚すのは子供だけでない、タバコの吸い殻・ビールの空き缶などが捨ててある。子供に注意することに、躊躇することもしばしばある。

善悪の分別がつかない子供は、ある行為が大人からみて「これは悪い・このことは善い」をはっきり教えることだ。悪い行為があったときには「叱る」・善い行為には「褒める」ことが大事で、「怒る」・・・(冷静さを失い感情のみになってしまう)ことは絶対に避けたいものだ。

過去に、自分の子供の躾でも大抵の場合、最初は冷静だが、だんだん怒りが増してきて、最後は何を指摘しているのかわからなくなって、反省したこともあった。

子供が「何に対して」「どう行動したから」叱られているのかを分からなければ、叱る意味はほとんどない。できれば、「どう行動すれば良かったか」まで含めて伝われば、素晴らしい叱り方となる。

問題となっている「幼児虐待」で、その理由で「躾」だという親がいるが・・・「躾ける」とは本来、礼儀作法を教えるという意味である。まったく本末転倒の言い訳である。

躾の極意は、「何が正しいか、何が間違っているか」を理解させ、次からは正しいことをさせることが、その指す意味となる。決して、間違ったことだけに集中し、体罰を与えることが躾ではない。

虐待は、「躾」を言い訳に、自分の怒りを子供にぶちまけているに過ぎないのである。躾と同様に「叱る」というのは、「悪い事をしたから罰する」のではなく、「悪い事をしたから正しいやり方を教える」という認識で行わなければならない。

その意味で、叱ることも相手の理解度を冷静に判断し、方法も吟味しながら教えていくのでいろいろ神経を使い慎重に、かつ一貫性もって行うことが大事だ。

しかし、通常の教え方では身に付かない場合もあるので、記憶に強く留めるために、教えるバリエーションの一つとして「叱る」というインパクトのある方法をとることもある。だからこそ、最初から「叱る」のではなく、何度か繰り返した時に「叱る」ことでなければいけない。

「叱る」とは、相手が自分を含めて誰かに悪い影響を与えたり、自分が指示したとおりに動いてくれなかったりした場合に、相手をより良くしようとする注意やアドバイスを、あえて声を荒げたり語気を強めたりして相手に伝える動作である。

2012年7月12日 (木)

禅の心・・・学ぶ

386351 スティーブ・ジョブズのことばで、「見えないものを見る」・「聞こえない声を聞く」ことが、アップルの革新的なプロダクトを生み出したと言われている。「禅の心」を学んだと言う。

見えないものを見る。聞こえないものを聞く。触れないものに触る。ずっと我々日本人は、ここにこそ真の感動があると信じて、そのことを追い求めて来た。だからこそ、そのものは現実にあるよりもっと美しい。

感動的言葉に・・・「永平寺・宮崎奕保禅師の言葉」hpより・・・がある。

自然は立派やね、わたしは日記をつけておるけれども、何月何日に花が咲いた、何月何日に虫が鳴いた、ほとんど違わない。規則正しい、そういうのが法だ。法にかなったのが大自然だ。

法にかなっておる。だから自然の法則をまねて人間が暮らす人間の欲望に従っては、迷いの世界だ。真理を黙って実行するというのが、大自然だ。誰に褒められるということも思わんし、これだけのことをしたら、これだけの報酬がもらえるということもない。

時が来たならば、ちゃんと花が咲き、そして黙って、褒められても褒められんでも、すべきことをして 黙って去っていく、そういうのが実行であり教えであり真理だ。

老活から終活へ

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

00a233ff1 「老活」とは、老後に備えた活動・老い支度である。いづれは誰でも通る道である老後・そして死・・・「他人に出来るだけ迷惑を出来るだけかけずに、人生を終らせたい。」

老後の人生を如何に上手に送れるか、少子高齢・無縁・価値観の多様化などの時代で、しばしば考えさせられるが、多くの人が模索していることと思う。それと同時に、他人にも、家族にも迷惑をかけず、生物本来の自分の姿?「土に還る」という考えで東京都などが計画している「樹林墓地」埋葬後の費用が掛からないというから、人気があるのも分かる。

生前に墓地を買い、墓石を用意し、戒名まで考えて置くという人がいる。NHK深夜ビン「就活」「婚活」という言葉に加え、最近は「終活」という言葉が広がりを見せてきているそうだ。人生の最期を自分らしく締めくくる活動(準備)をこう呼ぶのだそうである。

NHK深夜ビンで、司法書士・作家の安田依央さんが、仕事柄、遺言や相続といった人生のエンディングに関する事柄に数多く接してきたが、そこで多くの遺族の方から聞かれたのが「事前に意向を聞いておいて、本人の人生にふさわしい最期を迎えさせてあげれば良かった」という声であったと言う。

「終活」とは(ウキペディア)・・・「人生の終わりのための活動」の略であり、人間が人生の最期を迎えるにあたってするべきことを総括したことを意味する言葉。主な事柄としては生前のうちに自身のための葬儀や墓などの準備や、残された者が自身の財産の相続を円滑に進められるための計画を立てておくことが挙げられる。

これは週刊朝日から生み出された言葉とされており、2009年に終活に関する連載が行われた時期以降から終活本などと呼ばれるこれに関する書籍が幾つも出版されるなどといった風潮と共に世間にこの言葉が広まってきている。

2012年7月11日 (水)

私達の町を流れる湯殿川のこと

Yudono11 私たちの町、片倉町(片倉町一丁目町会)を流れる湯殿川は平安時代後期から鎌倉時代に横山党が山形県の出羽三山の湯殿山からつけられたようだ。

源頼義(みなもとのよりよし)に 従って出羽(現在の山形・秋田県)にいった 横山経兼が、出羽三山のひとつ湯殿山(山形県中部、標高1504m)から 大日如来像を拝領して、館に大日堂を建立したと言われている。1056年(天喜4年)陸奥守を更任。1062年(康平5年)陸奥守任期満了(ウキペディア)

多摩丘陵の起点である小峰(追分)に源を発するとされているが拓殖大学設置による開発によって川の一部が埋められており八王子市館町の拓殖大学敷地内の調整池が源流となっているが、神奈川県相模原市緑区城山付近が源流ともいわれている。寺田町付近まで蛇行した川筋であるがそれより東は改修工事によりゆるやかな川筋となっている。館町で殿入川、寺田町で寺田川、片倉町で兵衛川を合わせる。

湯殿川あれこれ 地誌【字名】橋などの名前は昔の地名(小字)を使用している場合がある。 昔の由井村、横山村の字名を 書き出し、その中で橋の名前を見ると、明神、和合、田中、椚、舟、白旗、釜土、殿田、稲荷、(かたくり)時田、住吉、(東)、山王、打越など等である。

昭和初期~17年。 小比企のバス停から2分ほど歩いたところに片倉ボート場跡がある。 当時、ひょうたん型の池のまわりには桜が植えられ、売店もあった。 冬はスケート場になっていたという

私が記憶にあるのは、昭和23・24年ごろまで、冬にボート場に朽ち果てたボートが何艘かあって、荒れ果てた池?のような場所で、冬に氷が張り、朝、水を撒いて、乗って遊んだことがある。

「ふるさと八王子」(昭和55年 八王子市広報課)によると・・・片倉にボート場ができて、朝から晩まで日がら1日中、音楽をでかい音でかけていた。 デックミネか灰田勝彦の歌が多かった。そのボート場のお客には、国立にある東京商大の生徒が一番多く来ていた。 大体の風態は学生服にきちんとかぶる学生帽であったが、なかには貫一お宮のような高下駄ばきにマント姿の学生もいて、 たいがい左手に2、3冊の本かノートを持って、ぶらんぶらんと片倉や小比企の野原を歩いていた。とある。

    地域社会の活動は・・・

    にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

    Hangesyo_06c1213cv1 夏目漱石の草枕にある。「智に働けば角が立つ」「情に棹させば流される」・・・感情に赴くままに突き進むと人心は離れていく・・・

    物事を推し進めるには、理屈だけでは協力は得られない、相手の立場に立って考えて見る事も必要で、相手の立場に立って考えるということはだれでもが知っていることだ。

    しかし相手の立場に立てと言われても、相手がなにを考えているのか全く分からないこともある。正確に言えば、「相手の立場になったつもりで考える」しかないと思う。

    地域社会で決め事を理解・協力してもらい目的を達成させるには、多くの人の「要望を出来るだけ聞く」と言うことが第一条件である。寄付などをお願いするには特にそうだ。もちろん主催者は、目的・必要性を説くことは言うまでもない。

    寄付は、尊い貴重な財産から頂くものであるのであるので、理解していただくまで説明が大事で、強引ではいけない、「気持ちよく協力して頂く」ことが大事だ。そして、信頼を得ることである。スマートでなくて、泥臭くていい、実直さによって成果が出るものと思う。

    2012年7月10日 (火)

    陽炎のぼる

     Sunflower_0041 陽炎に 躍る日傘に 人の影

    長い一直線の道路に容赦なく照付ける強い日差し、入梅とは思えない真夏の太陽である。遠くを眺めていると陽炎で、女性の日傘がユラユラ揺れて見える。有に、道路の表面温度は40度は超えているだろう。梅雨真っ最中というのに・・・7/10/2012

    生きがいをもって暮らせる社会

    08yokotesigai_yuukei21 少子高齢化・核家族化・独り暮らし世帯・空家・そして無縁化時代・地域の活動に無関心層の増加など地域活動の母体である、町内会のあり方が、今後の防災・防犯・交通安全などが問題となってきた。安心・安全なまちづくりの将来像・・・考える。

    『平成22・23 年度 八王子市都市政策研究所 研究成果報告書「より豊かな高齢社会を目指して~八王子の未来を考える~」』を見て・・・

    この中に色々ヒントがあるようだ、ただ、その地域にあった活動をすることが大事であることは言うまでもない。

    内容は・・・
    急速な高齢化の進行は、八王子市においても例外ではないという基本的認識を前提とし、地域において「より豊かな高齢社会」を構築するための諸方策を考察することを目的としている。

    「生きがいをもって暮らせる高齢社会」「―人と人とのつながりが育つまち八王子」に向けるにはという提言を行っている。間報告書の公表も行っている。

    2011(平成23)年3月11 日に発生した東日本大震災は、被災の有無にかかわらず、今後の自治体政策のあり方、実施主体の多面的な協力の必要性などに大きな影響を及ぼすことになる。

    また、この震災以降、「絆」(きずな)という言葉が多用され、地域住民間の関係があらためて見直されている。「人とのつながり」は、「絆」と同様の意味合いを持つものといえよう。日頃から「人とのつながり」を大切にする市民が増加し、市がそれを後押しする諸施策を展開することによって、「より豊かな高齢社会」が構築される。

    そしてこのことは、高齢者のみならず「あらゆる世代の市民がより豊かに生活する」という、抽象的ではあるが自治体政策の究極的な目標を体現することに直結するのである。「今後も八王子市に住み続けたいと思う住民」を1人でも多くするという目標を掲げるとき、この考え方は欠かせないといえるであろう。

    消防団に入団する人がいない

    にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

    00nyudogumobgm1 先日「消防団に入団する人がいない」・「団員少なく活動も思うように出来ない」と嘆きの言葉を聞いた・・・そして、「あなたの町会でも入団を勧めて欲しい」と言われて・・・返事が出来なかった。

    私たちの町片倉町一丁目町会では、何年も前から、団員している人はいない、毎年補助金を支払っているのみである。

    3・11東日本題震災で、自主防災意識は高まったように思うが、入団して町を守るという意識を推し量ることは難しい。

    入隊となる資格は?、若い人で、比較的体力のある人だ。しかしどれだけの消防団に対する意識があるのか分からない。

    以前に書いたブログ1011・5・31「自主防災と消防団のこと」を思い出した。

    2012年7月 9日 (月)

    夏草は伸びるのが早い

    0261 草などは 梅雨の晴れ間に 背伸びする

    夏草は、伸びるのが早い、アッという間である。私は草を見たら直ぐ草をとる主義である。小さいうちに除草することにしている。植物は花を咲かせないうちの処分をすることが大事だ。

    我が家の庭に風で飛んできたり、小鳥が運んできたり、色々な植物がある。けや木・南天・山椒・楠がある。そのままにして庭木にしてしまったものもある。

    人を説得させる方法

    にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

    108genbikei21 人を説得させる方法は、自分が納得いかない事は相手に納得させることは出来ない。ひとつの説得方法だけではなく、いくつかの方法を組み合わせて、その人に適した説得方法を創意工夫する必要がある。

    ○力による説得。○理論による説得。○情による説得。・・・である。

    ①・・・「力による説得」とは、大勢で押しかけ威圧的な方法で、相手を説得する。

    ②・・・「理論による説得」とは、論理的に相手を説得する。ことで、説得の王道で、理論に基づいて理路整然と説得する。しかし、理論によって説得されることにアレルギーを起こす人が多く、最初に理論や法律を持ち出すと拒否反応を示す人がいる。「智に働けば角が立つ」である。

    ③・・・「情による説得」とは、人間の情に訴えて説得することで、浪花節の残っている世界では有効である。まず、相手の話の内容を辛抱強く徹底的に聞くこと、その人の人格まで否定しないこと、そして、相手に対して最大限の情を持って接すること・・・しかし「情に棹させば流される」のとおり、情による頼り過ぎると失敗する。

    ①は、性格的に私には出来ない。②③でも、人間性が表れて来るのは当然であり、多くの経験が最大の武器になるのだと思う。

    2012年7月 8日 (日)

    梅雨の晴れ間に甲羅干し

    447141 のんびりと 梅雨の晴れ間に 甲羅干し

    梅雨真っ最中で、九州・関西地方では、大雨の被害で大変とニュースで報道されています。亡くなられた方もいるという。お見舞い申し上げます。

    東京地方では、ハッキリしない天気が続く空模様です。今日、近くの湯殿川を覗いたら、亀が思い思いの石で甲羅干しをして、自分の世界に入っているようで、何とものどかな光景な雰囲気でした

    首相の、尖閣諸島の発言から・・・

    にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

    05detohama11 南シナ海の島々の領有権をめぐり、中国と東南アジア諸国との緊張が高まっている。中国とフィリピンが領有権を主張するスカボロー礁(中国名・黄岩島)で・・・

    南シナ海の南・西沙諸島でベトナムと領有権問題で双方、主張を譲らない。「弱小国でも強力な反撃に遭う運命にある」との論評を人民日報に掲載するなど、大国意識を丸出しにし、相手を威嚇する態度を示している。

    中国の東南海域の進出と軍事力を強めてきている感がある。それに対し弱小国でも容赦しないとの構えであるようだ。弱小国のフィリピン・ベトナムなどは、アメリカに頼ざるを得ない状態であるようだ。

    そんな中、野田首相「尖閣(諸島)を平穏かつ安定的に維持・管理するにはどうしたらいいかという観点から、今、所有者の方とも連絡を取りながら、総合的に検討している。(地権者や東京都とは)様々な接触を様々なレベルでしている」の動きに中国は反発を強めるのは当然である。

    (西日本新聞社説)・・・中国は大国を自任するのなら、周辺国への軍事的な圧力を自制し、領有権や漁業権の争いを対話によって平和的に解決する姿勢に転換すべきだ。

    中国と東南アジア諸国連合(ASEAN)は、02年に合意した「南シナ海行動宣言」で、武力の行使や威嚇の禁止、新たな占有の自制などを約束している。

    中国もASEAN諸国も、同宣言を守り、国際海洋法裁判所への提起も含め、国際ルールにのっとった解決を目指すことが必要である。9日からは、ASEANや中国、日本、米国なども参加する一連の外相会議がカンボジアで開催される。「南シナ海行動宣言」を法的拘束力のある「行動規範」に格上げするための協議を、早急に始めるべきだ。

    フィリピンやベトナムは米国との軍事的連携を強化することで、中国の圧力に対抗しようとする動きを強めている。米国のこの海域への関与は心強いが、中国封じ込めの性格が強まりすぎれば、かえって地域の緊張を高める恐れがある。南シナ海を米中の覇権争いの舞台にしないよう、米中両国の対話も必要だ。

    東シナ海でも、日本の領土である沖縄県尖閣諸島について、中国が領有権を主張していることから、両国間に摩擦が生じている。背景や構図は南シナ海の問題と共通する。日本はASEAN諸国と連携しながら、平和的解決の仕組みづくりを進めることが重要だ。

    2012年7月 7日 (土)

    高齢者運転免許更新のこと

    Katidoki181  高齢者運転免許更新に教習所で講習を受けてきた。講習予備検査は(認知症の検査)・・・

    記憶力や判断力を測定する検査で、時間の見当識、手がかり再生、時計描画という3つの検査項目について、検査用紙に記入して行う。講習予備検査は、警察から委託された教習所等で受けることができる。

    ということで始めて講習予備検査を受けた。感想は、「寄る年波には勝てぬ」という事だ。イラスト16種類では、記憶力が減少しているようだ。全部をクリヤー出来なかった。

    車の運転時は、神経の集中力・身体運動力が、大事であり、自分ではまだ衰えは感じなくとも検査すれば、認識せざるを得ないであろう。自信過剰が事故の元だと心に言い聞かせてハンドルを握ることだと認識した。

    孝経の身体髪膚・・・思い出す

    にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

    282_field111  突然であるが、兄が教えてくれた・・・孔子の『身体髪膚これを父母に受く、あえて毀傷せざるは孝の始なり』・・・孝経・・・思い出した。

    「身体髪膚は父母からもらったものである。だから、からだを傷つけないのが孝行の始めである。」両親から授かった身体にどんなことがあっても傷を付けることは親不幸ということだ。

    自殺目的でリストカット、自己主張・ファッション感覚で入れ墨(タトゥー)をする人が多いという。最近若者がタトゥー(入れ墨)をしている人がいるようだ。話題になったのが、橋下大阪市長の職員がタトゥー調査で、職員(教職員除く)を対象に実施した入れ墨の有無を尋ねる調査で、入れ墨をしていると回答した職員が100人を超えるということだ。

    大衆風呂(スパ)などで、タトゥー(入れ墨)のある方お断りと、表示しているところがある。入れ墨=ヤクザ=普通の人と違う=怖い・・・のイメージがある。それにして、家族に入れ墨のある人は、家族で温泉旅行はどうしているのだろう・・・

    覚せい剤・タトゥーで、酒井法子夫婦が話題になったのは記憶残っている。入れ墨を消すと言うことの大変さなどもテレビで紹介されている。いずれにしても、そのときに思いつきで行うタトゥーをし、後に反省する人が多いということだ。

    アメリカなどでは、スポーツ選手・芸能人などは多いようだが、日本ではまだまだ、アウトロー的で否定的であると考えが多いことでホットしている。

    孝経・・・儒教の経書の一つ。孝道を論じたもの。http://100.yahoo.co.jp/detail/%E5%AD%9D%E7%B5%8C

    2012年7月 6日 (金)

    峠路にて

    800px1  峠路や 涼風流れ 笹動く

    この間、八王子市と町田市の堺の山道を散歩した。七国峠である。峠は辛うじて奇跡的に残された街道遺構は数十メートルから長いものでも百メートル程度といったところである。街道遺構から鎌倉街道という道の姿を思い描くのはなかなか難しい。幻の街道と呼ばれても仕方ないが・・・

    峠からは関東の七ヶ国(武蔵、相模、下野、常陸、安房、伊豆、駿河、)の国々が見渡せる眺望の良い峠だったことから「風土記稿」などには書かれている。出羽三山供養塔や大日堂がある。

    中学2年生の自殺のこと

    にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

    035571 「自殺の中学生 練習させられていた」(NHKweb)当然「いじめの」が日常あったようだ。他にも万引きの強要・「体育大会で集団リンチに遭っていた」・「万引をさせられ、殴る蹴るの暴行を受けていた」などである。その上教諭が笑ってみていたと言う(アンケートから)

    男子生徒の父親は、複数の同級生から独自に聞き取った暴行の証言と学校の調査結果を基に、生徒が自殺した後の昨年10月に2回、同12月に1回、大津署に出向き、暴行容疑の被害届を提出したいと申し出たという。しかし、関係者によると、対応した署員は「犯罪としての事実認定ができない」として受理を断ったという。

    父親は大津署の対応について「真相究明のために、死んだ息子に代わって被害届を出したかった。どうして受理してくれないのか」と憤る。同署は「一切、答えられない」としている。(京都新聞)

    越直美・大津市長は大津市立中学校で2011年に発生したいじめ自殺事件に絡み、越は2012年3月に、自殺した生徒が通っていた中学校の卒業式に出席した際、小学校3年生や高校1年生の頃に自らが受けていたいじめの体験を語り、その上で、いじめや自殺の再発防止を誓ったがその後市と加害者と遺族の間で裁判沙汰となり、生徒の遺族からは市長の行為は「パフォーマンス」だと非難された。(ウキペディア)

    男子生徒の父親(46)は意見陳述で、越直美・大津市長が今年3月の同中卒業式で「自らも過去にいじめに遭い死にたいと思った」と話したことに触れ、「あのスピーチは政治的なパフォーマンスに過ぎなかったのか」と述べ、市の姿勢を批判したのは当然・・・

    一体自殺した中学生は、どんなにか苦しく、嫌な学校生活を送っていたかと思うと背筋が寒くなる思いだ。人の命の尊さを教える立場の教育者の教師・教育委員会や法を守る警察は、人権・人の命をどう解釈しているのだろう。

    今後、このような犯罪があったら学校関係者・保護者・生徒の名前と顔写真は開示すべきと決めて犯罪幇助の罪に問えるようにしたい被害者は、命を絶って、加害者が大きな顔をして生活しているのは納得できない。これが、保護者の心情だろう。

    事件の真相を究明し、再発防止策を考えることこそが亡くなった中学生の霊の慰めてであると思う。

    2012年7月 5日 (木)

    郭公の啼き声を聞いて

    55eb1803d82b34f155628866526c3d391 郭公の 啼き渡る里 人けなし

    都会的になったと言え、私が住む八王子郊外はまだ田舎の風情が残っている場所がある。カッコウの啼く声は少なくなった。

    ウキペディア・・・郭公と言えば、托卵する鳥である。オオヨシキリ、ホオジロ、モズ等の巣に托卵する代わりの親は仮親と呼ばれる。托卵は、巣作りや抱卵、子育てなどを仮親に托す行為である。一種の寄生といってもよい。

    さびれたさまのことを「閑古鳥が鳴く」というが、この閑古鳥とはカッコウのことである。古来、日本人はカッコウの鳴き声に物寂しさを感じてたようであり、松尾芭蕉の句にも「憂きわれをさびしがらせよ閑古鳥」というものがある。

    自問自答の心の養生

    にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

    07murasugi_watasuge11 心が静かで安らかであれば、気の巡りが調和し、精神も安定し、幸せを感じる生活が出来る。しかし・・・古希を過ぎても、まだまだ人生、未熟だと感じる事が多い。どういうことかというと、心の養生が出来ていないと思うが、分かったようで分かっていない。

    自分でも「心の養生」・・・失敗や不運だったことを、いつまでもくよくよと考えず、思い切ってあきらめるのが精神衛生上よい、ということで、「諦めが心の養生」ということだが、なかなか難しい。

    現代は大変なストレス時代、情報の過多、複雑な人間関係などが様々なストレスの原因になっている。しかし、心や身体が健康体であれば、少々のストレスは跳ね返すことが十分できる。

    ストレスの量や原因を早く見極めて、うまく対応することで活動的な毎日を過ごすことが大切と分かっているつもりだが、その判断で身体と心のバランスが調整できない端境期なのだ。結果無理となることが多い。「感情をどうコントロール」かでこれからの人生を楽しんで過ごせるかにかかっていると思う。

    「感情」の状態は大きく分けて、「プラスの感情」、「マイナスの感情」があるがプラスの感情は率直に大きく感じ、マイナスの感情からは早く抜け出すことが大切である。マイナスの感情は自分自身の内側に向いている。これを外に向けること・・・。例えば外出、友達に話を聞いてもらう、スポーツなど積極的に行動する。

    プラスの感情、マイナスの感情とは・・・
    プラスの感情: 「やさしさ」、「思いやり」、「寛容」、「信じる」、「許す」、「好き」、「善意」、「愛する」、「楽しい」、「嬉しい」、「喜び」、「ときめき」、「感動」、「幸福」などである。

    マイナスの感情:「悲しい」、「つらい」、「苦しい」、「不安」、「憂鬱」、「心配」、「悩み」、「恐怖」、「怒り」、「無力感」、「孤独感」、「敗北感」、「絶望感」、「こだわり」、「不平不満」、「嫉妬」、「許せない」・・・など。

    「幸せ」、「不幸」は自分の心が決める(感じる)もの。同じ環境、同じ生活をしていても「幸せ」と感じる人と「不幸」と感じる人がいる。

    ヒッグス粒子の発見

    Galleryplayer6_cosmos ニュース総合から・・・宇宙誕生のビッグバン直後、素粒子は質量を持たず、光速で自由に飛び回っていたとされる。ヒッグス粒子は素粒子に水あめのように作用してブレーキをかけ、質量を「獲得」させたと考えられている。17番目の粒子を発見したという。

    スイスのジュネーブ郊外にあるCERN=ヨーロッパ合同原子核研究機関の1周が27キロある巨大な「加速器」と呼ばれる実験装置を使って、ヒッグス粒子を探し証明されたという。

    「新たな粒子」ヒッグス粒子は1964年に英国の理論物理学者ピーター・ヒッグス氏がその存在を提唱したもので、137億年前のビッグバン以降、物質に質量を与えたとされている。発見できれば、太陽や惑星がどのように生まれたのかなどを解明できる可能性がある。

    宇宙の成り立ちに欠かせないものとして、半世紀近く前にその存在が予言されながら見つかっていなかった「ヒッグス粒子」とみられる素粒子を発見したと、日米欧などの国際的な研究グループが発表した。

    ヒッグス粒子は1960年代以降、物理学の標準理論で存在が予言された17の素粒子のうち、ただ1つ見つかっていなかったもので、現代物理学の大きな謎が解明されることになる。

    これは4日、日本、アメリカ、ヨーロッパなどの国際的な研究グループが、スイスや東京で記者会見を開いて発表した。「ヒッグス粒子」は、もし存在しなければ、星や生命なども生まれないと考えられることから、「神の粒子」とも言われていて、宇宙の成り立ちを解明する重要な手がかりともなる。

    ヒッグス粒子NHKweb解説・・・7/5追記・・・
    ヒッグス粒子は私たちの身の回りも含め、すべての宇宙空間を満たしている素粒子として、1964年にイギリスの物理学者、ピーター・ヒッグス氏が存在を予言しました。もし、ヒッグス粒子が存在しなければ、宇宙を構成するすべての星や生命が生まれないことになるため、「神の粒子」とも呼ばれています。

    私たちの宇宙は、1960年代以降、まとめられた現代物理学の標準理論で、17の素粒子から成り立っていると予言されました。これまでに、クォークやレプトンなど16については実験で確認されてきましたが、最後の1つ、ヒッグス粒子だけが見つかっていませんでした。

    ヒッグス粒子が担っている最も大きな役割は、宇宙のすべての物質に「質量」、つまり「重さ」を与えることです。およそ137億年前、宇宙が誕生したビッグバンの大爆発によって生み出された大量の素粒子は、当初、質量がなく、自由に飛び回っていました。

    ところが、その後、ヒッグス粒子が宇宙空間をぎっしりと満たしたため、素粒子がヒッグス粒子とぶつかることで次第に動きにくくなり、物質を構成していったと物理学者たちは考えたのです。

    ヒッグス粒子にぶつかることで動きにくくなる、この「動きにくさ」が質量そのものだと考えられているのです。ヒッグス粒子はよくパーティー会場のたとえ話で説明されます。

    会場を訪れた大勢の人たちが「ヒッグス粒子」だとします。その人波の中を、人気アイドルが通りすぎようとすると、たちまち多くの人にまとわりつかれて動きづらくなります。この「動きづらさ」が、質量・重さだというのです。どこにでも存在していると考えられているヒッグス粒子ですが、発見に向けた道のりは、平坦ではありませんでした。

    非常に小さく、空間に密集して存在しているため、空間からヒッグス粒子をはじき出すためには、宇宙が生まれたときと同じような極めて大きなエネルギーが必要とされたのです。
    このため、CERN=ヨーロッパ合同原子核研究機関は、1周が27キロある巨大な「加速器」と呼ばれる実験装置を建設し、人類史上、最大のエネルギーで、2つの陽子を衝突させ、宇宙誕生の直後を再現する実験を続けてきました。

    2012年7月 4日 (水)

    一日一善の行為

    09hirugao31 「一日に何か一つ善いことをしよう」と、心がけてもなかなか実行に移せない。例えばゴミを拾う、その行為は勇気のいることだ。あなたにはそれしか能力がない?と言われているようで仕方がない。そして「一日一善」・・・散歩の途中の道路・公園・街中で拾うようにしている。したがって何時もポケットにはレジ袋を入れている。

    最近あまり聞かなくなったが、昔は人生のスローガンのように考えられていた。ところが、今はあまり耳にすることがなくなり残念である。「一日一善」とは、一日にひとつは善いことをしましょうという意味である。単純な言葉だが、とても大切なことだと思う。

    何事も習慣であり、日々続けていくことによって、意識しなくても自然と善を為すことができるようになる。また、善いことをすると気持ちが良いものである。見返りを求めない親切という善行はお互いを幸せな気持ちにしてくれる。そして、善行をおこなうことは、自身の徳を磨くことでもあり、積善の功徳は私達をより善き人間になるということである。

    幸福への道とは善行の道でもあり、一日にひとつの善を為し、日々積み重ねていくことができれば、やがては幸福の門を開くことができる。何事も最初は決意したり意識しないとできないものだ。だが、継続していくことによって自然と身についていくものだ。

    現社会は理屈と批判ばかりが横行しているようにも感じるが、言葉だけでは何も変わらないからこそ、具体的な行動と継続こそが必要である。「一日一善」を継続することで、心豊かな幸せな人生を送ることが出来ると思う。

    朝日・毎日VS読売・産経のエネルギー問題

    Ota21 日本のエネルギー問題で国を二分する議論となっている。朝日・毎日VS読売・産経でもそうだ。国民の選択は・・・国民投票でもしないと分からない。原子力発電の稼動反対の抗議デモは各地で行われているが・・・

    これまでの生活に支障をきたす電力需要に対応することは、天然ガス・原油などは限られた資源から高騰が予想される。

    私は、元来自然エネルーギー派であるが、日本の54基ある原子力発電所があるが暫時削減していく方向で太陽光・風力などに設備投資して長期になるかもしれないが原子力から自然エネルギーに転換するという考えである。

    J-CASTニュース『「朝日、毎日」VS「読売、産経」扱いに大差 野田首相も気にする「反原発」の抗議行動』がある。

    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120701-00000003-jct-soci

    注意・叱るときのコツ

    にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

    1231  誰でも一人では生きていけない。集団の中でのみ生きられる。家族・地域社会・仕事など、組織の中で生きていける。

    組織の中にはルールがあって、新しく組織に本人の希望で加入する場合は、よく組織の内容を知った上で加入・(就職)することが大事である。その組織のルールにしたがって行動をすることが基本で、それを忠実の守ることが信頼される。

    しかし、今まで生きてきた信条や考え方、また組織の人間関係など違和感があったり、本人の仕事ぶりなどが、先輩・上司は注意・叱らねばならないことがある。

    その叱り方が難しい。本人のプライドを傷つけたり、ヤル気をそいだりしてはいけないなのは勿論であるが、より一層の力を発揮し、前向きになるように人間的にも指導することである。相手の立場にたって考えてあげる、不満はよく聞いてあげることが大事だと思う。

    ポイントは・・・
    ●その場で短く、明確に伝える。
    ●人前で注意しない。
    ●感情的にならない。
    ●人格否定をせず、相手の行為だけを注意する。

    yahoo!ewb「相手を叱るとき、言っていいこと&ダメなこと」オズモール http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20120703-00000005-ozmall-ent

    2012年7月 3日 (火)

    落ちた熟梅

    Phot0000000000005fb5_500_01 熟梅や 色とりどりが 彼方此方に

    梅雨も半ば?関東地方は、今年はあまり梅雨らしくない。先月、青梅市の吉野梅郷に梅を買いに行ったのだが、今年は不作で品物がないという。梅ウイルスで3000本伐採したという。

    家の近くの天神様の境内に熟れた梅が黄色・赤になって落ちていた。本来の自然の姿だ。むかし大きな木の下に生えた、実生の梅の木を自分の庭に植えたら10年ぐらいして実が付いたのだが小さくて、食べられなかった。

    保科正之という人

    にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

    260pxtakatocastle1_2
                  
    桜の高遠城

    昨日BSNHKテレビ・・・「保科正之」を見て・・・

    今、不況・混迷する政治・経済・リストラ・失業など不安な暮らし、その上無縁化時代と言われ、人と人との絆が薄れてしまい、自己主張のみの個人主義の世の中である。

    カリスマ性のある指導者が現れることを望んでいるが・・・江戸の初期にまさしくいたのだその名は「保科正之」という人物だ。

    21歳で 藩主となられた。徳川将軍家を支えた名君「保科正之公」をテーマにしたNHK大河ドラマ化を長野県伊那市観光協会ではNHKに要請して、100万人署名運動を始めているという。

    日本一幸せな国を作ろう!江戸初期、将軍補佐・会津藩主を務めた保科正之は、巨大災害への対策や産業発展で決断力と指導力を発揮した。東北を代表するリーダー真打ち登場!

    江戸の町を襲った明暦の大火。迫る火の手を前に「将軍は城を動くな!動けば混乱のもと」と決断、リーダーシップを発揮した将軍補佐・保科正之。2代将軍・秀忠の子ながら、出自の不遇から家臣の子として扱われたが、けなげに幕府を支えた信頼と誠実の男。

    初代会津藩主として民の貧しさを克服し、大飢きんで一人も死者を出さず、会津を日本一幸せな藩に育てたといわれる手腕。安心に暮らせる世を目指した名君である。

    今でも伝えている会津藩の目指す教育理念
    ○ 学ぶ意味を知り、自ら学ぶ子ども
    ○ 心豊かで、思いやりのある子ども
    ○ 心も体も健康で、たくましい子ども
    ○ 「ならぬことはならぬ」と判る子ども
    ○ 地域の伝統・文化を大切にし、自己の生き方につなげる子ども

    【消えた偉人・物語】「保科正之 継承される「ならぬことはならぬ」

    http://sankei.jp.msn.com/life/news/120512/art12051207590003-n1.htm

     

    2012年7月 2日 (月)

    言行一致

    10kouchi_katurahama11 「言行一致」・・・「言葉に出したことと、その行動が同じであること」である。

    言ったことはやる!という心構えが大切である。この言行一致が信用を得る。しかし、言うのは簡単が、自分自身なかなか実行できない。大抵その時は、言い訳を先に考えてしまうので、なかなか信頼される人にはなれない。

    言行一致の人は言い訳しない人か、言い訳をするまでもない人だとも言い換えても良いだろう。私はまだまだ修行が足らないが・・・

    言行一致の人は普段多くを語らない。この時!っていうときに頼りになり行動に出る。人間とりわけ男は寡黙に、ここぞというときは力を発揮する。こうありたい。

    2倍の人生をどう生きるか

    にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

    10shiretoko5go_1ko11 日本人の平均寿命は厚生労働省が日本人の5月に発表によると、平均寿命は女性が86.30歳、男性は79.55歳で、前回調査(05年)より女性は0.78歳、男性は0.99歳上回っている。

    同調査が開始された第1回調査(1891~98年)の平均は女性が44.3歳、男性が42.8歳。戦前は男女共に平均寿命が50歳を切っていたが、1947年に女性53.96歳、男性50.06歳と50歳を上回った。以降、女性は1960年調査で70歳を、1985年調査で80歳を突破。男性は1975年調査で70歳を超えている。

    人間の成長期間を生まれてから成人までの20年とすると、寿命が50年の時代では大人期間が30年間であった、ところが今や平均寿命が80歳超をこえて、大人期間が60年間と2倍、日数で10000日多く生きるようになった。

    人生が50年の時代においては、子を産み育て終えるや命尽きたのが、21世紀になって多くの日本人がさらに30年間も生き続けるようになった。子を産み育てる第一ステージの30年間は気力体力ともに充実しているが・・・

    一方、現在は少子高齢化が進んで女性の生涯にもうける子どもの数が年々減って1.96人と、2人を下回った。また、無縁化時代と言われ、老後の生き方、死に方、埋葬などの仕方などの価値観が違ってきた。

    人生80年の時代で、大人期間を実質2倍生きることになる。結婚しても子を生まない少子高齢化社会・結婚しない生涯独身者が増えているという。これらの社会現象は、日本人にとって初めての体験である。この時代を生きる人々に、それぞれの生き方が見えてこない。

    定年も50歳から65歳を超えの時代で心身ともに健康で社会の担い手として活き活きと活動できる、経験と技術を生かして仕事ができる、社会に貢献できる、生き甲斐や楽しみを求め持つことができる、そうありたいものである。

    「子無きは去る」・『「子供を産まない女は価値が無い。嫁子を追い出して若い嫁をもらえ」と平手打ちされた』父親が言っていたことを思い出す・・・

    2012年7月 1日 (日)

    挨拶をしよう

    にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

    07akitakoma_sumire11  「こんにちは」「さようなら」これは幼稚園児でもできる軽い挨拶「お世話になっています」これは少し成長すれば誰でも言える言葉。自分の立場をわきまえ、他人に恥をかかせないどころかその場にいる人を納得させられるのは、きちんとした挨拶が出来る人である。

    簡単なようで意外と難しい。きちんとした挨拶ができない人は最近多くなった。礼儀、上下関係、社会的な立場、色んなことをとっさに理解する必要があり、ちょっとした言葉遣いや態度に育ちと品性が表れる

    昔は、知らない人とでも気軽に挨拶を交わしたものだが、最近では何があっても仏頂面をして挨拶ができない人が多い。車が大通りに出てくるというので、歩くのを止めて待っていてあげても、頭を軽く下げたり手を挙げたりすることができないドライバーも少ない。

    武道は「礼に始まって礼に終わる」と言われる。人間にとって挨拶は全ての始まりなのかも知れない。気持ちいい挨拶で一日をスタートすれば、元気も出てくる。知らない人と挨拶を交わせば、心が温かくなる。それは、山道ですれ違った人と挨拶を交わしたときのすがすがしさと同じだ。

    防犯から、見かけない人がいたら「挨拶し声をかける」ことで、犯罪を防ぐ効果があるという。挨拶の仕方だが、相手の目をみて・・・行うことで、信頼生まれ、心の温かくなる。

    相手に礼儀を期待するのではないが、せめてもう少し仏頂面の少ない時代を作りたいものだ。明るく、気持ちのよい社会を作るのは「挨拶」からであると思う。

    « 2012年6月 | トップページ | 2012年8月 »