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2012年6月

2012年6月30日 (土)

造反者は除名すべき

Hiland051 民主党の内部の問題で国会が、休眠状態となっている。国民はそっちのけで、このご辞世に無駄なことは許されない。小沢・輿石会談は、3回目でも結論は出なかったという。国民のための政治を掲げていた小沢氏の理屈は何ともチグハグことになってしまったようだ。

国民は「国会を何と心得る」と言いたい人は私だけではあるまい。何とも解せない会談だ。造反議員を除籍できない野田佳彦首相、さっさと離党しない小沢元代表、双方の締まりのなさにあきれる。

速やかに輿石民主党幹事長が処分を伝え、小沢元代表らは離党など自らの決断を表明すべきだ。このことで民主党の節度のなさ、小沢氏の評価はさがり、有権者の反感を買うばかりである。

我を通すのも政治であるならば、多数決で決めるのも民主政治というもので、造反者に思いやりなんて可笑しい。さっさと除名処分とすべきだ。

読売新聞社説・・・「小沢・輿石会談 無茶な要求には付き合えない」http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20120629-OYT1T01430.htm

毎日新聞社説・・・「離党問題の混迷 けじめ無き政党の醜態」http://mainichi.jp/opinion/news/20120630k0000m070082000c.html

政治は、スピード・タイミングが大事だ。洞察力の決断が求められている。そのことを忘れないで欲しいものである。

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NHK「あなたらしい老後と死は?無縁社会の中で」を見て

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Bachalpseeflowers1  20年前頃まで、日本の家族の絆・地域の絆・社会の絆が、良し悪しはともかく、跡取りは長男が引継ぎ、長男と嫁さんと舅・姑同居して生計を立てる暮らしが基本であった。次男からは、結婚し新居を作って、新たな職で生計を立てる。したがって、嫁いできた嫁が、舅・姑を看取るということが当たり前で、それが家族成り立ちであった。

よくある嫁・姑のトラブルや小姑などの諍いなど、嫁にとっては辛い・厳しい時代であったと思う。そういった時代背景から、社会の少子高齢化に伴い、介護保険制度が2000年から施行された。

今新たに問題となっている無縁社会と言われる時代、孤立死・老老介護など、老後のあり方はどうあるべきか、NHKの番組・・・

「首都圏スペシャル「あなたらしい老後と死は?無縁社会の中で」・・・

老後と死は? 『無縁社会の中で』 世界に類を見ないスピードで進む日本の「超・高齢化」。同時に社会との“縁”を失った、単身世帯の高齢者が急増し、「孤立した老後」と「尊厳なき死」が深刻な問題となっている。

社会とのつながりを失った末の『孤独死』が続発、遺品整理業者への依頼は引きも切らない。医療費抑制と高齢者の自立という下で、社会的入院が認めらなくなり、病院にも居場所を失った高齢者たち。

自宅で暮らせず高齢者福祉施設にも入れない高齢者の新たな受け皿として、NPOが設立した「3畳一間」の施設に高齢者が雪崩のように押し寄せる。こういった社会の急激な変化に私たちはどう向き合い、今後、どう解決へ向かうべきか?・・・問う番組だったと思う。

将来誰でも訪れる「老と死」に対し、不安は改めて感じさせられた。自分で決められない老後と死は、政治はこの問題に力を入れるべきで、制度のしくみの見直し、揺り篭から墓場までの社会保障制度の改革が急務と思えた。

子育て支援、医療、介護、年金といった社会保障制度を取り巻く環境は大きく変化してきている。少子高齢化が進み、政府の財政赤字は拡大、また、待機児童への対応など新たなニーズも発生している。

なぜ改革が必要なのか、そして、どういった改革に取り組む必要があるのか、これは、私たち国民一人一人に直接関わりのある取組みが必要であろう。

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2012年6月29日 (金)

飼い犬税導入を検討・・・

10shiretoko5go_1ko21 私は、ボランティアで、町内の河川・道路・公園などのごみ拾いをしています。最近、モラル・マナーの低下が問題になってきて、何とかならないのか頭を痛めています。タバコの吸い殻・空き缶・ペットボトルなど、やたらとゴミ捨て場化している状態です。

2~3日経つと増えていくのが感じられ、これは環境・防犯・防災はもとより、道徳心などの子供の教育にもよくないと思います。最近、ペットの犬を飼うお宅が多く、愛犬を連れて散歩させる光景が多くなったように感じられます。

そのためか犬の糞が多く見かかられようになました。一部の心ない人のために多くの町民が不愉快になります、通勤途上に犬の糞を踏んでしまって、始末に大変だったという人の話をきいたことがあります。

私は、市・保健所などで「ゴミ捨て禁止」ポスターを頂いてきて、掲示させていただいているのですが、一向に減らないです。この問題は他の町会でも同じのようで、日本人のモラル・マナーの悪さは酷くなったように思えます。

大阪泉佐野市では飼い犬税を・・・考えているようですが・・・こんなことを考えざるを得ないとなれとは、情けない思いです。

NHKwebニュースで『大阪泉佐野市で「飼い犬税」の導入を検討』・・・をしているという。

大阪・泉佐野市が、犬のふんの被害がおさまらないとして、犬の飼い主に対し「飼い犬税」を課すことを検討していることが明らかになりました。

泉佐野市ではことし1月から公共の場所に飼い犬などのふんを放置した場合、飼い主から千円を徴収する条例を施行していますが、ふんの放置はおさまらず、市民からの苦情も続いています。このため市は犬の飼い主に対し、「飼い犬税」を課すことを検討することになったということです。

泉佐野市では5300匹余りの飼い犬が登録されています。飼い犬税の額などはまだ決まっていませんが、これを財源に、ふんを放置しないよう取り締まる人を雇うことなどを検討しています。

総務省によりますと、昭和20年代や30年代は飼い主に「犬税」を課した自治体があったものの、現在は、犬をはじめペットを対象に課税をしている自治体はないということです。

泉佐野市の千代松大耕市長は「関西空港直近の町で世界各地の人が訪れるため、美しい町づくりを進めたい。ふんの放置が改善されれば税を導入しないこともありえるが、改善されなければ2年後をめどに導入を検討したい」と話しています。

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監視社会のこと

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08yokotesigai_yuukei21 昨日、近くのスーパーに行った。するとパトカーが赤色灯をつけてとまっていた。店長に聞いたら、万引きで呼んだという。テレビの番組でもよく、監視カメラの威力で、商品を自分のポケットなどに入れる瞬間を捕らえるという内容である。全国で数百万台あるという。

監視カメラは、防犯を主な目的として、商店や銀行など金融機関、公的機関の天井などに仕掛けられているものがある。目的は、金融・公的機関の場合、侵入者や不審者の監視・記録はもちろん、従業員の背任行為を抑止するためでもある。

施設内だけでなく、市街や盛り場の道路などに監視カメラが取り付けられることも増加しつつある。また、カメラの価格降下に伴い、個人で自宅駐車場などに盗難防止目的として安価な監視カメラを設置するケースもある。

不審者の監視を目的とするものの中には警備会社の警備システムと連動しているものあり、無人となっている深夜に人が立ち入ると、警備会社に自動的に通報が行われる場合がある。

1地下鉄サリン事件の殺人容疑などで、15日逮捕された元オウム真理教信者・高橋克也容疑者を追い詰めたのが、公開された防犯・監視カメラの映像であったことは間違いないだろう。単に姿形を映し出すだけでなく、表情、所作、態度まで伝える映像だった。

従来は万引き防止や空き巣被害などへの防犯効果を期待して設置されるケースが多かったが、今はマンションのエントランスやエレベーターはもちろん、コインパーキングや飲料の自動販売機などにまで設置されている。タクシーや自家用車につけられている車載カメラまで含めると、都会でカメラに映らないように生活するのはほぼ不可能である。

そうした膨大な数の民間のカメラは今回の高橋容疑者のケースが証明するように、いざとなれば捜査機関が犯罪捜査に利用する。有事には数百万台の監視カメラが捜査機関の“目”となる。

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2012年6月28日 (木)

ツバメに思う

Swallow71 猫を見て 甲高く鳴く ツバメかな

近所のソバ屋の駐車場に巣を作っていて5羽ぐらいいる。親ツバメが、猫を見て、注意を促して、甲高い声で鳴いていた。

最近ツバメの数が少ない、特に今年は少ないように感じる。台風4号日本列島縦断した。6月に上陸は8年ぶりとか・・・それにしても数が少ない原因は、餌さとなる昆虫が少なくなったという説があるが・・・減る原因 環境変わり巣を作れないのではないかと思う。

専門家は・・・①②③という。
①えさとなる虫が減っている。水田や草地が減り、水路はコンクリートで、あぜ道はアスファルトで覆われてしまっている。

②カラスが街中に増えていること。ツバメの子育てが失敗する一番の理由がカラスに巣を襲われる。

③人との関係が変わってきたこと。農作物の害虫やハエなどを食べるツバメは、ありがたい存在だった。「ツバメが来る家は栄える」とも言われ、ツバメのために戸を開けておくなど大事にされていた。

最近はフンを嫌がり、巣がかけられることを迷惑に思う人が増えている。防犯上、ドアを開けっ放しにしておくことも難しい時代である。巣がかけやすい軒がある住宅も減りつつある。

最近のニュースで長野県飯田市の浄水場で岩ツバメの死骸がたくさん見られたという、去年も死骸が250羽あったという。水質検査で異常はなく、水道水は安全だというが・・・。

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片道切符の人生・・・

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282_field111 数え切れない人間の歴史を経て今この世に生を受けて生きていられる、私たち人間は、さてどのような人生を送るべきか?人生は旅は片道切符です。

旅とは、何処から何処へ、何のために、という目的ががはっきりしていないと、道に迷ったり、挫折したり、あるいはとんでもない処へどんどんいっててしまいます。旅というものは覚悟のいるものです。

それに比べ現代の旅はほとんどが旅行と言われるもので、楽しむことが目的となっていて、楽しかったことが多ければ多いほど、いい旅行だったということになります。旅行先の色々な「土産」や「土産話」をいっぱいに最後は元の我家に帰ってくることによって、その目的は達成されるのです。

一方、旅は目的地が元の我が家ではなく、目的地に向かって歩んでいく片道切符の行程です。人生はまさしく片道切符の旅です。ですから、その目的がはっきりしていないと、その旅はむなしいものとなります。

現在は、グローバル化した社会で、価値観も多様化しています。日本人の心の拠りどころがはっきり掴めていない人が多いように思えます。

自然界の花を見て思う、梅雨の時期の花といえば紫陽花です。白・紫色とりどりの紫陽花が見事にまで楽しませていたただいています。花の命は短い、1年かけて準備し、花を咲かせることに命がけで咲かせ、咲いている時間は僅かな時間です。

その全精力を使って花を咲かせることは、子孫を残そうと目的を持っているのです。この地球上の生物は植物であれ、動物であれみな同じ、先祖からのDNAの本能で目的を達成させる努力をしているのです。

そして、見事花を咲かせることが出来れば、自分の身は子孫に委ねて後世のための土壌地に帰るのです。これが自然で人間も同じです。だから、その原則を取り戻し、片道切符の人生の目標を改めてをもう一度考えてみることは意義深いことだと思います。

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2012年6月27日 (水)

政治を前に・・・

00a233ff1 すったもんだでやっとのことで衆議院通過した。これで決められない政治が一歩進めることが期待できる。造反者は、除名処分が必要と思う。

「社会保障と税の一体改革に関連する法案」は、26日の衆議院本会議でいずれも賛成多数で可決され、消費税率引き上げ法案では、民主党から、小沢元代表ら57人が反対し、民主党は、事実上分裂状態に入った。

小沢元代表は、みずからに近い議員から今後の対応について一任を受け、近く最終的に対応を判断したいという考えを示した。

今日の新聞各紙の社説・・・

朝日・・・「一体改革、衆院通過―緊張感もち、政治を前へ」

政権交代からまもなく3年。迷走を重ねてきた「決められない政治」が、ようやく一歩、前に進む。率直に歓迎したい。

読売・・・「一体法案可決 民自公路線で確実に成立を」

造反には厳正な処分が必要だ。財政再建と社会保障制度改革を推進するための大きな一歩だ。

毎日・・・「大量造反で通過 民主はきっぱり分裂を」

民主党から大量に造反者が出る中、消費増税法案を柱とする税と社会保障の一体改革関連法案が衆院を通過した。

産経・・・(主張)増税大量造反 3党合意これで持つのか 首相は除名処分を決断せよ」

「筋通らぬ小沢氏の行動」小沢氏は支持議員らから離党届を集め、新党結成も視野に造反に踏み切ったのではなかったか。

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軽うつ症(軽うつ)とは・・・

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05sikotuko31 複雑多義な世の中、職場などで配置転換でなれない仕事や、人間関係で一人悩んでしまう、また、ちょっとした失敗を何時までも、引きずってしまう。いわゆる軽うつ症(軽うつ)が多い。それは仕事の内容、重要ポスト、などに関係なく、誰にでも起こります。

軽うつ症(軽うつ)とはうつ病はいわゆる”気分障害”です。「うつ病は精神病」ではありません。確かに広義には精神疾患になるかもしれませんが、むしろ病気ではなく障害と考えて、「うつ病」ではなく「うつ」としたほうがいいという考えもあります。

国際疾病分類でも「気分障害」という言い方がされるようになっています。「うつ病、というくらいだから精神病なんだ」 ・・・・と思わないほうがいいでしょう。とくに軽症うつ病(軽うつ)の初期段階は、「気分と体調の不良」というだれにでもある症状です。普通に生活もできます。

軽うつ症(軽うつ)は、向精神薬など薬があるそうですが、ちょっとしたきっかけと家族や、職場などで、よき理解が必要です。そして、ゆっくり治すことが大事です。

参考・・・http://www.orange810.com/utu/000071.html

http://mainichi.jp/feature/news/20120626mog00m100018000c.html

        

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2012年6月26日 (火)

先祖まで無縁化時代?

10ichige_akitakoma11 先祖まで 無縁化時代 草の墓

私たちの町では、1ヵ月早い?7月13日が盆の入りである。同じ町内でも23日という所もあるそうだ(むかし、農家の盛んだった養蚕の関係と聞く)。近くにある墓地だが、夏草に覆われて通路まで草が茂ってしまっている。今、この世では、無縁化社会で、大きな問題となっている。「お墓の掃除などやっている暇がない」・「面倒だ」というのが現状であろう。

私は、やはり今生きているのは先祖があって今、生きていられる。「感謝」しなければいけない。そこで、少なくても1ヵ月一度お墓の掃除に行くことに決め、私の先祖が眠る墓地と通路を除草して掃除をした。何時までも元気でいられることを念じて・・・

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支持政党無しに思う

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08yokotesigai_yuukei21 政党支持はと問われたら、支持政党は無しが56パーセントという回答という。(読売新聞4月)民・自・公3党合意で今日26日「消費増税を含む社会保障と税の一体改革関連法案」は衆院本会議で採決される。

問題は民主党内の反対勢力で小沢一郎氏とその支持者達の消費増税に反対し、新党結成も検討している?民主党の小沢一郎元代表ら同党から何人が造反するかが焦点。衆院で54人以上が離党すれば、与党は半数を割る。

国民は「今日よりも明日が良くなる」「決断する政治」「政局ではなく大局を」といった、耳に心地よいだけで、実の伴わない言葉に、飽き足りないものを感じていて、誰がやっても同じ。と政治に感心がなくなってしまっている人間が多い。

消費増税はすでに国民の間にかなりのコンセンサスがある。これで法案が不成立に終わるようなら、首相の責任問題にととどまらず、政党不信は決定的になる。その時、無党派層は、きたる総選挙で投票率と、各政党、国会議員指示数がどうなるのか気になるところだ。

消費税増税案を閣議決定し、国会に提出し、国会審議した。にも かかわらず、「多数決で決まったことには反対者も従う」というのが民主主義だ消費増税案なぜ反対するのか?

離党をすることが筋だと思うが、はっきり離党の意思表示をすべきである。こういう政治をしているのが政党政治に不信で無関心が増幅してしまう原因だと思う。

          

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2012年6月25日 (月)

幸せ人生を送る秘訣

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05gihu_hana_festa21 希望通りの望む人生を歩む事ができれば・・・最高の幸せでしょう。夢は叶い、心配や不安・恐怖に悩まされることなく心身ともに健康で、幸せ人生を活き活き謳歌できます。そのような幸せ人生は誰もが望むことです。

しかし、実態は違います。心理学者が調査した結果によると、1万人を無作為に抽出したデータから 成功し、豊かな人生を歩んでいる人は、2から3%という統計のデータがあるそうです。 なぜ、そのように少ないのでしょうか。

仕事をするなら楽しんで出来る仕事をすることです。それには、自分が願っている仕事を選ぶことです。しかし、選んだ仕事でも、人間関係などで必ずしも、順風満帆とはいかないものです。

自分が願った願望を着実に実現する幸せ人生を歩んでいる人は、前向き(ポジディブ)がいるかと思うと、いつも願望が実現できずに時が過ぎ去り、自信を無くしている悲観的(ネガティブ)になってしまう人 もいます。

自分が望んで選んだ人生は楽しく送る秘訣は、人に頼まれたことや、地域のお付き合いなどでどうしても断れないでやななければならないことなど、一旦やると決めたら、“気持ちよくやる”ことです。そうすることで周りの人も幸せ感を与え、自分も幸せになった気分になるものです。

そうは言っても気が乗らないことは、そうは旨くいかないこともあります、大事なことは、続けることことによって周りの人から喜ばれたり、応援されると、だんだんと気持ちよくポジディブな考えになっていくものです。

そして、周りの人に感謝されていき、自信となり、一回り大きくなった気分になります。人に信頼され、頼りにされることは、最高の幸せな人生を歩んでいる人です。

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2012年6月24日 (日)

青大将をみて・・・

287_field111 昨日、近くの湯殿川沿いを散歩していたら、大きな蛇(青大将)に出会った。直径4センチ長さが1.5メートル位であった。私が近づいたらサーと草むらに滑り込んで見えなくなってしまった。

「あぁ!ご苦労さん」と声をかけたくなった。私たちの町も開発されすっかり蛇の姿が見られなくなり、蛇が棲めないような環境になってしまった。蛇が生きるには昆虫などやネズミやモグラなどの小動物が棲んでいなければ生きられない、厳しい弱肉強食の自然界である。

人間の都合のいいように環境を変えてしまった。アッ良かった頑張って、姿を見させてもらってホットした気持ちである。そうだ、こういう生き物がいて人間も生かされている。これからも自然環境を守っていかねばと意を強くした。

一方、いまも蛇やガマ蛙などがいると、目の敵にし殺してしまう行為をする人間がいるが、蛇でもガマ蛙でも、生きる権利があると思う。自然界の掟を勝手に入り込んで、人間自身を苦しめてしまう結果のなっていることを気付いていない証拠なのだ。

またようやっと、蛙の鳴き声が少しだけど、聞こえるようになって、一人嬉しく思っている。トンボや蝉もソロソロ鳴き出す頃になった。むかしいた多くの生き物が、再び姿を見せることは、何より人間にとっても、大変大事なことだ。

すべての人間がそう思うようになることを期待したい、そして、川や山・公園・道路などのゴミ拾いを続けているが、そのご褒美だと思った。

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人生30000日

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09oga_akanegumo11 3万日というと82年である。日本人の平均寿命は男性は79.55歳で世界4位、女性は86.30歳で世界1位。全体の平均寿命でも世界1位の長寿国である。

自分の一生の生き方を時系列で考えることが誰でもあると思う。来るべき未来に思いをいをし、過去をふり返り、今を考える。若いときは今だけの、享楽にふける生き方になり勝ちである。自分の生き方として、将来に思いを巡らせるというより、今が楽しければ良いということかもしれないが・・・

命は天から授かったものだから、我が身ながらに大切にしなければ、受け難き人身を受けた意味をなさないと思う。

人が生まれてから死ぬまで(生涯)の普遍的推移である「ライフサイクル」を、就学、就労、結婚、出産、退職等個人の「ライフサイクル・イベント」でまとめた資料で、大きく変化していることがよく分かる。

それは、寿命の伸長だけではなくライフサイクル・イベントのほとんどが年齢伸長(エイジング)していることで、親世代と子世代の関係が長きにわたって培われた親子関係(家族関係)概念では御し得ない実情になっており、この実情が高齢社会問題の大きな要因になっていると言える。

日本の国勢調査と生命表、人口動態調査等から、エイジング総合研究センターが作成した近代日本のライフサイクル関係指標である。

家族のライフサイクルも変化で主要事象(イベント)が変化がしている。出処高齢者社会基準資料07~08年版による。http://www.jarc.net/?p=335

    

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2012年6月23日 (土)

蓮の花を見て思う

798pxnelumbo_nucifera21 世界では、戦争が絶えません、シリアでは国内各地で政府軍と反体制派が戦争状態が激化し多くの犠牲者が出ているそうです。アフガニスタンでも、タリバン勢力のテロ行為が頻繁にあって、死者が出ているといいます。

グローバル化した世界経済とダンバーシティー化などでいっそう混迷を深めていると思います。一方、行き過ぎた市場経済主義で、世界は混迷を深めています。加えて、ギリシャ・スペインなど中心に、欧州の各国で財政危機が大きな問題となっています。貧困や格差拡大をさせ、社会の絆を破壊しています。

そして、日本の行く道を決める政治が、混沌とした状況にあり明日が見えない不安な毎日です。

そんなニュースをテレビ・新聞などで見聞き思うのは日本の風景に似合う「蓮の花」です。日本古来のお寺・仏像から、蓮の花を連想して今の世の中を考えてみました。

蓮の花は泥中にあって、はじめてきれいな花を咲かせます。泥なくしては決して美しい花は咲きません。泥が大切で、泥があってこそはじめて咲く蓮花です。泥を如何にして肥料として昇華していくべきか、私たちの生きて行く道にも泥中に学ぶことがたくさんありそうです。

蓮の花には仏が降りるという伝説があります。「蓮は泥の中からでも、綺麗な花を咲かせることができる」のです。人間も、世俗のドロドロとした中からでも、美しい花を咲かせることができるという考えがあります。一方、「蓮はあの泥でさえも、栄養としてしまう」という考えもあります。私は、前者でありたいと思います。

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決められない政治・決めないのも政治

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00a233ff1 「すぐ決める政治」は、「決められない政治」より、時にはより大きな害悪をもたらす恐れがあるかも知れない。

大手メディアの社説やコメンテーターが「決められない政治」脱却を大合唱。若者の非正規雇用化や家族の解体でもたない社会保障制度はそのまま、自民党の国土強靱化法案を批判せずに社会保障をバラマキと言い、なし崩しの原発推進も肯定。逆戻りしても日本の未来はない。変われない政治が問題なのです。(金子勝氏twitter)

https://twitter.com/masaru_kaneko/status/213671421409366016

「決断力のない人は、決断しないことによって危機を招くが、決断力のある人は、それを急ぐことによって危機を招く」・・・元経済企画庁長官・福山大学客員教授

『延長国会 「決めない」のも政治だ』東京新聞である。

首相は、消費税増税の民自公三党合意を「決められない政治」からの脱却だと言うが、その詭弁(きべん)にはだまされたくない。国民の多くが疑問に思う政策なら「決められない」方がましである。参院議員の良識に望みをつなげたい。

延長国会ではまず、衆院の「一票の格差」是正と、国会の無駄排除に力を注ぐべきだ。違憲・違法状態を放置し、政党交付金や文書通信交通滞在費などの特権に手を付けない国会が信頼されるのか。

民主党が国会に提出した衆院比例代表に一部連用制を導入する案は、消費税増税への公明党の協力を得ようとの思惑が丸見えだ。

一票の格差是正のために「〇増五減」は最低限必要だが、選挙制度を抜本的に変えるのなら有識者に議論を委ねるのも一手だ。議員を選ぶ土俵づくりは、党利党略とは距離を置くべきである。

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2012年6月22日 (金)

「仕事が出来ない」・・・人

108sirakami_mothertree11 厳しい競争社会で生き抜くことは容易ではない。現役のサラリーマンの方は、誰でも給料のアップ望んでいるのが・・・「仕事が出来る・出来ない」で大きな差となることは当然である。フリーになって、改めて考えてみた。

「仕事が出来ない」人とは、失敗を繰り返す人? 成績が上がらない人?不透明・不況な世の中、頑張ってもなかなか成果が出ないこともある。

「仕事が出来ない」というのは何なのか?

■1①コミュニケーション能力不足。

  ②空気が読めず気が利かない、人の気持ちがわからない。相手の考えや立場を察した行動ができない。

  ③自分の失敗を上司に知られたくない、そんなに重要だと思っていない。などの理由か ら、“報・連・相”(報告・連絡・相談)を怠る。

■2①仕事に優先順位がつけられない、スケジュールが立てられず納期の管理ができない。

  ②自分がどれくらいでその仕事を処理できるかが把握できてない。事業内容を把握するのがヘタ。

  ③物事を客観的に見ることができない。

■3①成長するという意識が低い。傷つきたくない意識が強い。怒られないようにだけを行動様式にしてしまう。

  ②今できることにしかチャレンジできない、自ら学ぶチャンスを喪失、成長の伸びしろがない。

仕事ができない人に共通してみられるのは、自分目線が強すぎて、上司や先輩、取引先など相手側に立って考えられないことが主な原因だ。相手側の視点に立って物事を考えられれば、自分を客観的に見る視点も身に付くようになる。

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行く道は一つとは限らない

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00a233ff1 人生行路で、二つに一つ・右か左かの道を選ばなければならない、難しい判断をしなければならないことがある。国の進路を決める重大な岐路である政治の問題でも、消費増税問題・TPP・原発再稼動の問題などは国を二分するくらいの問題である。

民主党の小沢元代表は、消費増税反対を貫く覚悟だ。野田首相は政治生命を賭けてと、全く妥協することはないようだ。

住民の判断を仰ごうということで国民投票・住民投票という考えもあるが、東京都の市民グループが原発稼動の是非を問う住民投票を行うと東京都に制定を求めたが・・・

新潟県の柏崎刈羽原子力発電所など、東京電力の原発の再稼働に賛成か反対かで条例案である。

石原都知事は、「物事は複合的、重層的に考えなければ原発の問題は大変なことになる」と述べている。

行く道は一つとは限らない。常にと考え続けることである。今、日本のいろいろなところで、ある人は「これが正解だ!」と言ってそれ以上、人の意見も聞き入れない人間がいる。

「正解はたった一つでない」ということ、未知なる正解を見つけ続ける努力をすることは、必要であり、逆に私達が忘れてしまっていることとも言えるのかも知れない。

 

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2012年6月21日 (木)

「リオ+20」・「グリーン経済」

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00nyudogumobgm1 「リオ+20」というとブラジルのリオで開かれている国際会議6/20~22の3日間である。(首都ブラジリア)

「環境と経済両立を」テーマで話し合いが進められる。

今回の会合では、環境対策と経済発展の両立の鍵となる、いわゆる「グリーン経済」をどう位置づけるかが焦点で、先進国はすべての国が「グリーン経済」に移行すべきだとしている。これに対して、途上国は、まずは支援の強化がグリーン経済移行の前提条件だとしている。

先進国・途上国とも、利益優先の国々で思惑があって合意文書はグリーン経済の重要性という考え方は打ち出されるものの、具体的な取り組みについては明記されない方向という。

大きな視点に立ち人間がこの地球で将来、安心できる環境で暮らしていけるか、今生きている全人類の共通のテーマであろう。私たち日本人の優れた環境技術や、考え方を世界にアピールする最大の機会だと思う。注目すべきことだ。

それにしても、鳩山前首相の国際公約は2020年 に、温室効果ガスを1990年比で25パーセント削減するとの目標を掲げたこと である。すっかり信用をなくしてしまった。

「グリーン経済」とは・・・(デジタル大辞泉)環境保全や持続可能な循環型社会などを基盤とする経済。自然環境の保全や天然資源の循環利用によって、将来にわたって持続可能な経済成長を実現しようとするものである。

再生可能エネルギーの研究や自然環境の再構築、廃棄物削減事業など環境分野の雇用促進、環境対策への投資など、環境問題への取組みを経済の中心に据えることで、経済発展と環境保全の両方の課題を同時に解決することを目指す。

2008年、グリーン経済への移行を促進するため、国連環境計画(UNEP)を中心として、「グリーン経済イニシアチブ」が立ち上げられた。→グリーンジョブ→グリーンニューディール

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地域社会へ無関心層の問題

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08yokotesigai_yuukei21 「無縁社会」と言われ、地域社会での活動である「自冶会(町会)の在り方」が問題で、町会役員をおおせつかっている私は、「地域への無関心層である若者・中年の働き方」が課題であると思う。

八王子市の生活実態調査=興味のある資料に出あった。今後の研究資料として参考にしたいと思う。「八王子市における中高年世代の生活実態と生活意識に関する調査」・・・(八王子市都市政策研究所・・・2010年)

調査結果の概要・・・調査結果の概要. 本調査は、八王子市の中・高年齢層の生活実態や生活意識の現状を 把握し、 ... 移動手段、(3)生活環境、(4)人とのつながり、(5)地域社会での生活、(6). 高齢期の ..... 熱心な人たちが地域をよくしてくれる」とする地域に無関心な層は約7%. と なっている ... 就労意向を持つ人が希望する働き方は、男女ともに企業・組織での雇用 ...

http://www.city.hachioji.tokyo.jp/dbps_data/_material_/_files/000/000/029/493/gaiyoubann3.pdf#search='

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    2012年6月20日 (水)

    佐藤一斎の言志四録

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    07akitakoma_sumire11 言志四録・・・yahoo!百科辞典
    江戸後期の儒学者佐藤一斎(いっさい)が42歳より80歳までの学道の所得を記した箚記(さっき)(随筆)、日録の類(たぐい)で、一斎の主著の総称。『言志録』『言志後録』『言志晩録』『言志耋録(てつろく)』の4書を合して『言志四録』という。

    一斎は林家(りんけ)の塾頭として朱子学を講じ、私的に陽明学を信奉した。陽明学を信奉することを公表することは、公人としての立場上はばかられたために、一斎は『言志四録』のおのおのを刊行する際に、元の稿本のなかから、私人として陽明学を信奉することを告白した箇条を抹消した。

    その結果、稿本『言志四録』に比べ、刊本は精彩に乏しいことはいかにも否めない。しかし、一斎はなんといっても幕末期学術思想界の大御所であり、朱子学・陽明学を兼採した一斎の宋明(そうみん)性理学に関する学殖は当代随一であったから、『言志四録』の内容は江戸期儒学哲学の貴重な遺産であることにかつて異議はなかった。西郷隆盛(たかもり)は『言志四録』から101か条を抄出して座右の銘としたが、明治期以降にも広い読者を得た。

    三学戒 『言志晩録』第60条・・・

    「少くして学べば、則ち壮にして為すことあり、壮にして学べば、則ち老いて衰えず、老いて学べば、則ち死して朽ちず」

    意味・・・人は幼少の頃に学ぶ楽しさをが身につけば、大人になった時、社会の役に立つ人物となる。30歳をすぎて学ぶ意欲が心の底から湧きだせば、中高年と言われる年代こそ日々の人生が充実し、周囲を明るくするものだ。

    70代、80代で学ぶ人は、今までの人生経験に輝きが増し、後世の人々に大きな目標・理想の炎を燃やし続ける人物となる。

    2001年5月に総理大臣の小泉純一郎が衆議院での教育関連法案の審議中に触れ、知名度が上がったと言われている。

    心臓の冠動脈のバイパス手術を受けられた天皇 陛下だが、この手術を執刀した順天堂大学医学部の心臓血管外科教授・天野篤医師の 経歴が「凄い」とネット掲示板などで話題となっている。その先生が座右の銘としているという。

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    美人とは・・・

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    3612 「もっと、美人に生まれたかったわ!」という女性が多い・・・よく考えて一体、美人とは・・・美人の条件、美人の基準は、国によって違うのだろう。

    4月13日放送の『ネプ&イモトの世界番付け』で、1位:ブラジル2位:ロシア3位:アメリカだそうだが・・・「美人の条件」というと、人それぞれの好みや見方などの価値観などで決まるものだ。個性的なキャラクターを持った健康美人が、一般的に好まれるものと思う。

    自覚・背景・気配・・・

    1、自覚は、自分を美人だと思うこと。美人として生きていこうと意識すること。

    2、背景は、プロフィールが、美人かどうかを一部決めてしまうようなこと。

    3、気配は、美人の雰囲気が美人を作る。

    そして10の条件があるという。①神秘性②凛・③センス・④幸せ・⑤危うさ・⑥華・⑦清潔感・⑧きちんと・⑨何割か男・⑩頭の良さ

    http://ameblo.jp/catherine08/entry-10085248211.html

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    2012年6月19日 (火)

    東大自冶会・・・全学連脱退

    753pxyasuda_auditorium1 全学連というと東大の安田講堂事件を思い出す。学生の自発的組織である全学共闘会議(全共闘)および新左翼の学生が、暴力的手段を伴って東京大学本郷キャンパスを違法に占拠していた事件と、大学から依頼を受けた警視庁が1969年1月18日から1月19日に封鎖解除を行った事件である。東大安田講堂攻防戦ともいう。(ウキペディア)

    学生運動・ベトナム戦争・安保闘争・樺美智子さん死などが頭をよぎる。その東京大学はその全学連を脱退とのニュースに出会い。過ぎ行く時代の流れを感じる。

    産経新聞・・・webニュース『東大自治会が全学連脱退 「共産党、不当支配」』

    戦後の学生運動の象徴だった全学連(全日本学生自治会総連合)に所属する東京大学教養学部学生自治会が、全学連と都学連(東京都学生自治会連合)から脱退することを代議員大会で決定した。

    同自治会は理由について「日本共産党による全学連と都学連を通じた不当な支配から脱却するため」としている。同自治会は全学連の中核的存在。関係者は「全学連にとって存続に関わる問題で共産党勢力の凋落(ちょうらく)を裏付ける動き」と指摘している。

    全学連は現在、5つの党派が独自に名乗っているが、同自治会が所属していたのは最大組織とされる共産党系の日本民主青年同盟系(民青系)全学連。同自治会執行部によると、共産党は長年、学生党員を正副委員長に就任させることで、党の指示通りに自治会が動くよう画策。直接または全学連、都学連を通じて署名活動を指示するなどしてきたという。

    昨秋、中国籍の委員長を中心に脱退へ向けた議論が高まり、執行部内の党員も党に反旗を翻して同調。14日に開かれた代議員大会で脱退が決議された。

    産経新聞の取材に対し共産党東京都委員会、全学連ともに「不当な介入は一切ない」としている。

    ■全学連 各大学にある学生自治会の全国組織。学費値上げ反対闘争を背景に、昭和23年に約150大学、20万人以上で結成されたが、徐々に対立を深め、共産主義者同盟(ブント)などの各派に分裂。新左翼系は無党派学生らと全共闘を結成し安保闘争に参加するが、抗争などで弱体化した。民青系全学連は現在、活動実態のある加盟数を37としているが、実際は10程度とされる。

    各大学にある学生自治会の全国組織。学費値上げ反対闘争を背景に、昭和23年に約150大学、20万人以上で結成されたが、徐々に対立を深め、共産主義者同盟(ブント)などの各派に分裂。新左翼系は無党派学生らと全共闘を結成し安保闘争に参加するが、抗争などで弱体化。民青系全学連は現在、加盟数を37としているが実際は10程度とされる。

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    消費増税反対で対案は・・・

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    10kouchi_katurahama11 国の借金1000兆円、増え続けて、将来世代にそのツケを回す?ギリシャの二の舞になっていいのか?・・・その対案・ビジョン・・・

    どうも分からぬ小沢一郎元民主党幹事長の考え、国民に約束したマニフェストを掲げ選挙に勝ったのだから、消費増税には反対という。政権交代から約3年、この公約の破綻は明らかだ。だからこその一体改革ではないのか?

    消費税の引き上げは「国民に対する冒涜、背信行為だ」と厳しく批判し、会期末の21日に予定される衆院採決で反対票を投じることを明言している。

    だからと言って、過去の自身の言動や党内論議の経緯からみて、その言い分は矛盾だらけで説得力を欠くといわざるをえない。 潔く離党の道を歩くべきだ。

    小沢一郎の側近がやる政治を「忖度政治」という人がいるそうだ。忖度とは、他人の心をおしはかることである。

    民主党の小沢グループは100人以上おり、党内で最大の勢力を誇る。若手議員ばかりで、良くも悪くも「上意下達」的な結束力を誇っており、政治家同士がいがみ合うこともない。

    政治経験が浅いから、今や政界随一の実力者となった小沢氏に進言するような政治家は、いようはずがない。かくて「お山の大将」になった小沢氏の意向を忖度するしかない環境が醸成されない。

    朝日新聞社説・・・小沢元代表―矛盾だらけの増税反対」

     http://www.asahi.com/paper/editorial.html#Edit2

     

     

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    2012年6月18日 (月)

    ネット時代の「青い鳥」

    06oga_toga11 現代の若者は、価値観、人生観などはどう思っているのだろうと興味を持つところであるが、時代が変われば、考えも変わる。むかしのような画一的な考えはないようだ。

    そして、ネット社会は益々進化して、選別型社会で、自分で取得したライセンスを“かざし”自分自身で選択していく時代になったと言えよう。

    今日の東京新聞社説に
    週の初めに・・・ネット時代に「青い鳥」を読んで思った。

    内容・・・
    若い世代を中心に「希望論」「幸福論」が盛んです。東日本大震災の影響もあむかしのりますが、「失われた二十年」を経て、青い鳥探しが本格化しています。

    「十分な収入が得られるか」-約83%の若者が不安に思っています。「仕事」「景気」「老後の年金」にも80%強が不安を抱いています。今月発表された二〇一二年版「子ども・若者白書」に掲載された内閣府調査(十五歳から二十九歳までを対象)の結果です。

    ところが、いま活躍中の若手評論家や社会学者の受け止め方は、必ずしもそうではありません。

    ◆駄目なのはシステム
    「希望論」(NHKブックス)という対談形式の本の中で、ともに三十歳代前半の評論家とリサーチャーは、こういっています。

    宇野常寛氏(評論家)「希望という言葉そのものに『こんな世の中だから希望が必要』というニュアンスが入ってしまうことには抵抗したい。むしろ希望自体は満ち溢(あふ)れているのに、それを活(い)かせていない日本社会のシステムがダメだという話です」

    濱野智史氏(日本技芸リサーチャー)「私はこの日本にこそ希望を見る」「いまこそ無数のイノベーションをもってして、現実の諸制度に揺さぶりをかける日が来ている」

    二十七歳の社会学者、古市憲寿氏も、いま五十歳の人が若者だった一九八〇年頃と比べると「彼らのほうこそ『不幸』に見えてしまう」(「絶望の国の幸福な若者たち」講談社)といいます。「そんなに受験勉強頑張りたくないし、インターネットも携帯電話もない生活なんて考えられない」というのです。

    三人の意見は若者の多数派ではないかもしれませんが、「最大多数の最大幸福」追求という横並び重視の目標が達成困難な時代に入ったと思わざるをえません。

    ◆進む「選別型社会」
    たとえば雇用問題。良い学校に入り、良い会社に勤めることが幸せな人生につながる-多くの日本人は長年、そう考えてきました。戦後の江田ビジョン(「日本の憲法、英国の議会制民主主義、米国の生活水準、旧ソ連の社会保障」を理想とした故江田三郎旧社会党書記長の構想)に代表される「国のかたち」論。従来型の発想なら終身雇用、定年延長などが夢実現の有力な武器になるはずです。

    だがバブル崩壊後、人件費削減という企業側の思惑と、自由な働き方を求める若者の価値観とが奇妙に重なり合い「非正規」という雇用形態が急増。その結果どうなったでしょう。横並びの定年延長でなく、企業は必要とする人だけ残ってもらう、逆に能力ある人はさっさと別の仕事に転職する「選別型社会」に変ぼうしつつあるのですアメリカンドリーム対ブータンの幸福指標といった対比論議は、もはや日本の現状分析に適合しなくなっています。

    高度経済成長期の「総中流」的幸福論ではなく、若手評論家がいうように「無数のイノベーションで現実の諸制度に揺さぶりをかける」ことが新たな幸福や希望につながるのかもしれません。

    げんに海外に留学しなくてもネットを通じて外国語習得ができるとか、医療上の相談に応じてもらえるとか、同じ趣味の友人を無限に増やせるとか、八〇年代の若者とは比べものにならない「幸せ」が身近にあるからでしょう。

    しかしスーパーなどが遠く日常生活にも支障をきたす「買い物弱者」が全国で九百十万人います。北海道や長崎県では人口の一割です(農林水産省調べ)。車も運転できず病院通いもままならない人々。高齢者のデジタルディバイド(情報操作技術の格差)を解消してネットを通じての買い物と宅配、医療相談など生活の利便性を改善することは十分可能なはずです。

    また貧しくとも明日に希望が持てたアナログ時代の下町人情とか良い社会規範もデジタル社会の中で再評価すべきでしょう。

    米政治哲学者のマイケル・サンデル氏は先に日本記者クラブでの会見で「東日本大震災のがれき処理をどうすればよいか」と質問され、次のように答えました。

    「スイスの村が核廃棄物処理場の候補地になった時、住民調査をしたら51%が賛成と答えた。村人たちに補償金を払うことを提案したら増えなかった。逆に賛成は25%に半減した。処理場受け入れは公共心からであり、カネを絡ませることは逆効果になる」

    ◆脱バーチャルの世に
    ネット社会は、とかく仮想現実の空間と理解されがちでした。だがゲームやチャットだけでなく、現実社会を変えられる実例を積み重ねることが重要です。そうすれば「不安」を抱く80%の若者たちも、将来に向けて「青い鳥」を発見できるに違いありません。

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    現代のサラリーマン事情

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    05sikotuko31 「無い子では泣かれぬが、子があればこそ子で苦労し、子で苦労することはできない。」 むかし儀母が言っていた事を思い出す。

    いくつになっても、親子の血(関係)は、切ることが出来ない事実である。最近、長男の仕事のハードさから、ゆとり心がなくなり、家族の笑顔を薄れてきたように見える。孫達も、そのことを察知し、両親に気を使うようになったようである。

    リストラ・企業合併・不採算部門の撤退など、グローバル世界・ダイバーシテイ・サバイバル化などサラリーマンにとっては環境は厳しい。世のサラリーマンはみな、その渦中にあると言っても過言ではない。

    何かいいアドバイスをしたいと思い考えた・・・自分の人生行路を振り返って、決して順風満帆ではなかった。強い荒波、台風の嵐に遭遇したこともあったなど、波乱万丈とまではいえないが結構厳しかったことなどを話す、少しは穏やかな心を取り戻せたように?・・・フォローしなければと思った。

    青島幸男・植木等のスーダラ節ではないが、「サラリーマンは気楽な稼業にきたもんだ!」は遠のむかしで、サラリーマンは、年功序列・温情主義で企業は成り立っていたが、現在では実力主義、何年も後輩に先を越されることは、日常茶飯事である。

    だからと言って、家庭を返り見ず猛烈社員で過ごし身体を壊す結果に家族が犠牲になってしまうケースをよく見聞きする。マイホーム型・猛烈社員型どちらを選択するか、持って生まれた性格、育ってきた環境などからの形成された価値観などあり、難しい判断だ。

    究極的には、「家族の幸せの追求」だ。それには「家族の健康」と、お金では得られない「精神的充実感」を求めることだ思う。そうした基盤を持ちつつ他人に優しさ・慈しみが持てる人間であって欲しい。そうした信念持って生きてもらいたいと思った。

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    2012年6月17日 (日)

    雨の珠

    10shiretoko5go_1ko21 雨の珠 風に揺れて 池に散る

    梅雨が止んで、青葉に珠のように連なっている光景を見ることがある。昨日は小雨で午前中降り続いた。草の葉に溜まった水滴が、風に揺れて湖面に波紋を広げていた。静かな朝の一時を感じ取ることが出来た。

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    臓器提供の親の心・・・

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    07rose_ame21 自分は幸せにになりたいと思うなら、他人をしてあげることことだと思います。他人不幸を見て通り越すことは自分は幸せな気にならないでしょう。

    その精神がなければ自分の幸せはありえない。この世で一番美しく尊いものは慈しみの心と行為です、自分のことはさておき、周囲のものの真の幸福のために尽くすことです。

    最近のニュース富山大病院に入院していた6歳未満の男の子が、脳死と判定され、改正臓器移植法に基づき、家族の承諾で心臓や肝臓、腎臓などの臓器が摘出され、移植が行われました。

    脳死移植でしか救えない子どもの待機患者を救って上げたい。という人間が出来る最高の慈しみの心であったと思います。

    親のコメント・・・
    「息子は、私たち家族が精いっぱい愛情を注いで育ててきました。元気な息子のわんぱくにふり回されながらも、楽しい時間を家族みんなで過ごしてきました。

    本日、息子は私たちのもとから遠くへ飛び立って行きました。このことは私たちにとって大変悲しいことではありますが、大きな希望を残してくれました。息子が誰かのからだの一部となって、長く生きてくれるのではないかと。そして、このようなことを成しとげる息子を誇りに思っています。

    私たちのとった行動が皆様に正しく理解され、息子のことを長く記憶にとどめていただけるなら幸いです。そして、どうか皆様、私たち家族が普段通りの生活を送れるよう、そっと見守っていただきたくお願い申し上げます。」

    http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120614/k10015835961000.html

    こうした両親の祈りのような思いが、今回の脳死移植を支えています。幼い子どもの突然の死という深い悲しみを乗り越え、臓器提供を決断した両親に心から敬意を表したいものです。

    臓器移植しか健康を取り戻すことが出来ない患者さんはたくさんいて、ドーナーの提供を待ち望んでいるのです。

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    2012年6月16日 (土)

    一病息災で長生き

    09buna_sinryoku_omitake21 私は、脳梗塞(自覚症状がなかった)で治療中(血液の流れをよくする薬を飲んでいる。そして1年一度MRI検査)である。一病息災で長生きしたい。

    最近「サラサラ血液」という語をよく耳にする。私は、血液の成分内容の健康チエックが大事で3ヶ月に一度採血検査が大事だと思う。

    中性脂肪・コレステロール・血糖値などの正常数値を覚えて置くことで、自己管理(努力目標)をすることである。普通・・・血液検査の検査内容定期健康診断では主に次の内容で調べる。

    ・AST(GOT)(肝機能判定)
    ・ALT(GPT)(肝機能判定)
    ・γ-GTP(肝機能判定)
    ・総コレステロール(脂質代謝判定)
    ・HDLコレステロール(脂質代謝判定)
    ・トリグリセライド(中性脂肪)(脂質代謝判定)
    ・赤血球数(RBC)(貧血判定)
    ・血色素量(貧血判定)
    ・血糖(糖代謝判定)

    「サラサラ血液」は、一般的に、①長時間水分をとらない場合、②入浴後、③睡眠中に血液がドロドロになる傾向があるという。血液をさらさらにするには・・・

    1・・・肥満の解消、特に、内臓脂肪を減らす。

    2・・・ストレスを避ける。 

    3・・・バランスの良い食生活を心がける。  

    4・・・適度な運動を心がける。

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    梅雨寒むや

    386351 梅雨寒や、台風四号 遠くあり

    今日は九州地方・東海は大雨で突風・竜巻・土砂災害に気象庁では注意を呼びかけているという。台風がフィリッピン東沖を北上中、750hPaだが、勢力を増しながら沖縄・九州に近づくとの予報である。

    梅雨前線が九州・中国・関東にまたがり、三陸沖の冷たい北東の風が関東地方に吹いているため東京では気温20度と上がらない。八王子市では7時ごろから降りだしてきた。今日は1日雨で寒い?くらいだ。

    台風4号の進路予想では日本列島九州から、関東へと横断する予想である。上陸の平年値は・・・接近 本土→0.4個 沖縄・奄美→0.6個 上陸→0.2個だそうだ。

    つまり、6月の本土への接近と上陸を合わせると、平均すると、2年に1回以上はあることになる。6月の台風は珍しいことではないのだ。

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    一体改革3党合意

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    00a233ff1

    日本の将来をを決める「一体改革:民主・自民・公明が合意しこれで、消費増税法案は成立確実になった。野田首相の党内(小沢・鳩山グループなど)全力で説得をすることである。党の分裂?徹頭徹尾に異議を唱えていた小沢氏であり党を出る?それにしても「ねじれ国会」では、法案成立などの弊害は目を覆うばかりだ。

    日本が抱える財政危機の深刻さの裏返しだ。国と地方の債務残高が1000兆円規模に達する中で、増加する社会保障費への対応を迫られるという異常な状態だ。「決められない政治」からの脱却を目指し、混乱を回避することで既存政党が最低限の責任を果たした。しかし、民主党内での調整が残る。(毎日)

    社会保障を国債に頼る構造を改め、現役世代を支援し、所得再配分を強める。一体改革の理念を忘れてはならない。(朝日)

    今朝の新聞各紙の社説・・・
    朝日・・・『修正協議で3党合意―政治を進める転機に』
         『修正協議で3党合意―一体改革は道半ばだ』

    読売・・・『一体改革合意 首相は民主党内説得に全力を』

    毎日・・・『民自公修正合意 「決める政治」を評価する』

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    2012年6月15日 (金)

    梅雨の思い出

    800pxcherry_tree_with_early_leaves1 むかし、貧しい百姓だった家に生まれ、大家族で男6人女1人の世間で言う七福神なっていわれ、私は六男である。今では知らないだろうと思うが、お勝手がへっつい・つるべ井戸・囲炉裏で、燃料が薪、木の枝、枯れ葉というものであった。

    ガラス戸がほとんどなく、障子で隙間風が当たり前に吹き抜けていた。お勝手からでる煙が草葺屋根の破風から出る光景は目に残っている。

    6月といえば「梅雨」である。田植えの時期で、山の栗の花が咲くころが、田んぼに人が出て、田おこしや田植えの準備で忙しい日が続く、牛・馬で代掻きで、鼻を取るということで、子供たちがその任につくのである。

    10時のお茶・昼飯・おこじゅ(3時のお茶)で焙烙(ほうろく)で焼い“たらし焼き”(小麦粉を水で溶いて焼いたもの)を食べた。親父が「前の山を見ろ、山の栗の木は花をさかせている今が田植えの瞬だ。」

    「2・3日雨がふらないいてくれるといいのだが・・・」と呟いていた。ツバメが、忙しく田んぼで働く人をかいくぐり飛んでいる。「今日は、夕方には雨が降り出す」と言った。何故分かるのかといえば、親父の腰が痛みが強いからだという。

    水飲み百姓で、お袋に言われた。一反で10俵採れれば3俵は年貢米を地主に納めるのだという。いわゆる小作農であったのだ。私はそのことが全く理解できなかった。

    夕飯は、風呂(風呂小屋)に入って裸電球一つの下で家族が揃って食べた。なんの不満もなかった。

    現在、近くの栗林には白い栗の花が咲いている。もう、むかしの山はなくなっている。今日は梅雨の貴重な晴れ間、たまった洗濯物を洗う日となるだろうと天気予報である。九州・四国地方は雨だそうだ。

    私は庭の伸びた柚子の木を剪定しながらそんなことを思い出した。

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    交通事故に思う

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    Katidoki181 私は、南大沢交通安全協会の交通指導員を行っているが・・・車社会で、痛ましい交通事故は尽きない。自分の身は自分で守ることは当然であるが、何より「交通ルールを守る」ことは、これからの車社会では歩行者・運転者も大事だ。

    きのう車を運転していて、ふっと思った。「もし突然気持ちが悪くなったらどうしよう」と・・・。誰でも一度や二度はあるだろう。また車を運転していてハッとした経験もあるだろう。いわゆる「ひやりハッと」である。

    いくら通いなれた道でも、状況は違うのは当たり前で、絶対安全はない。「事故は自他の要因は何時でも常にある」ということを認識して置くべきだ。

    そして、いま問題となっている、運送会社の運転手の労務管理と持病対策である。本人の判断と医学的判断での対応などを点検すべきだと思う。

    そして、交通マナーの低下は嘆かわしい。運転しながら、ゴミを道路に捨てたり、携帯電話をかけたり、大きなラジオをかけて、街宣車モドキの音が聞こえることがある。また、運転して経験がある、幅寄せ、急接近、接近走行などの行為である。

    大型グレーン車を運転し、小学生の登校の列につ込んだ痛ましい事故・高速バスで防音壁に突っ込んで多くの死傷者を出した事故・脱法ドラッグを飲んで走り死傷者を出した京都の事故が記憶に新しい。

    一連の事故を契機に、私たち一人ひとりが健康と運転のことを考えていきたいものである。

    西日本新聞社説・・・「持病と運転免許 排除の論理では解決せぬ」

    http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/307612

     

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    2012年6月14日 (木)

    植物珍名あれこれ

    55eb1803d82b34f155628866526c3d391 6月に入り、野山の草木の成長が早い、アッと今に伸びてしまう、草取りが大変だ。特に芝などの中の除草は根まで抜かないとまた直ぐ伸びる。

    雑草(ざっそう) 日本大百科全書・・・人が管理している土地に生え、管理対象に悪影響を与える望まれない植物、とくに草本植物を雑草とよぶ。雑草はときに野草と混同されるが、野草は原野に生えるものをいう。

    雑草という植物はない」生物学者でもあった昭和天皇のお言葉として伝わる。

    「人間は植物に向こうてオジギをせねばならぬ立場にある」“植物の父”と言われた世界的植物学者牧野富太郎の言葉(「牧野富太郎選集1」東京美術)

    植物は食物ともなり、私たちの命をつなぐ。「植物と人生とはじつに離すことのできぬ密接な関係に置かれてある」。だから「植物を尊崇し、感謝の真心を捧(ささ)ぐべきである」という。

    それにいても珍しい名前の植物があるものだ。私の近くにある片倉城址公園に「なんじゃもんじゃ」の木がある。公園が出来た時に植えられたものと思うが・・・

    三宅やよいさんの選評で今日の清水哲男『新・増殖する俳句歳時記』の句に西野文代氏の「ままこのしりぬぐひきつねのかみそりと」があった。

    チョットしらべて見たら、今まで聞いたことがない植物があり、ビックリした。はきだめ菊・あぶらちゃん・ありどうし・うしのした・うしのひたい・うばゆり・うまのあしがた・おとこようぞめ・おにのめつき、などなどである。

    http://www.hana300.com/aachinmei.html

    日ごろ、公園や、自宅の庭などを草取りを行っているが、ほとんど名も知らない。春夏秋冬に咲く草の花があるくらいの知識しかない。それにしても、外来種が多くなったことに驚く、また逆にアメリカへ渡った、葛(くず)などは繁殖力が旺盛で、地下茎がどこまでも伸びてしまい処置に頭を痛めているという。

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    市民協働・・・

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    1231 市民協働の意義
    平成12年4月に地方分権一括法が施行され、これまで国が行ってきた様々な事務や権限が、地方分権化へ向けた活発な動きの中で、地方へ移譲されてきている。

    そのような中、地方においては自治体として自らの決定と責任でまちづくりを進めることが、これまで以上に強く求められている。

    そのためには、地方自治の本旨である「自分達のまちは自分達がつくる」という理念のもと、だれもが住みたい、暮らしたいと思えるような“まちづくり”に向けて、市民と行政とがより良いパートナーとして、お互いの知恵と力を出し合いながら、市民協働で進めていくことが、一層重要になってきていると思う。

    基本的理念
    生きていられることは、社会的に何らかの責任が伴う。個人では(家族・地域社会・一般社会)家族を例で考えると、家族の中では、夫々の役割がある。一家を支えていく収入のための、仕事従事者、家族の生活維持のための家のメンテナンスなどと、日常の食事の支度、掃除、洗濯、ごみ出しなど、様々な仕事がある。

    それらの仕事は、家族の中で話し合い、家族のメンバーが、役割分担して、協力しあっている。また、休日の過ごし方や家具のレイアウトなど、それぞれ好みは違っても、家族で話し合ううちに、よいアイデアが生まれてくることもある。

    このように、家族でいろいろなことを話し合って、アイデアを出し合い、協力し合いながら実行していくことは、まちづくりのことを市民と市役所で話し合って考えること同じである。

    市民協働とは、市民と行政とが相互の信頼関係のもとに、知恵と力を出し合いながら、お互いの得意分野に沿った役割分担のもとに、一緒に住み良い暮らしやすいまちづくりを進めていくことである。

    八王子市の取り組み理念・・・市・・・H.P
    定年を迎え、これからのセカンドライフ(第2の人生)を地域に根ざし、より豊かに過ごしていただくことを目的に、町会・自治会、NPO・ボランティア活動、健康、仕事、生涯学習、趣味、観光などのセカンドライフに関する情報の提供、市民活動団体との仲介、地域活動の啓発事業などを行う総合窓口です。


        

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    2012年6月13日 (水)

    脱原発・・・代替案を示して

    10risiri_senpousi21 「脱原発」と叫んでいるが、代替案を示し、エネルギー政策を議論することで、現実にあった日本の将来を、子供・孫と続くことが出き、安全・安心できる未来像を示すことが大事だと思う。

    反対・放射の漏れで未曾有の被害をだした福島原子力発電事故を経験したからといって反対と叫んでいては、あまりのも無責任すぎると思う。日本の将来が展望できて現実味がある代替案を示した後に議論をすべきことだと思う。

    それが社会的に影響力がある国会議員・知事などの要職にある人叫んでいては、やたらと混乱を起すのみだ。

    「脱原発」を喧伝するリーダーの方々は、口ぐちに代替案は「自然エネルギー」だと煽る。「自然エネルギー」とは、具体的には、「再生可能エネルギー」で、風力や太陽光などを指すのだが、54基の原子力発電で30パーセントの需要を賄えられるかといえば10年以内では無理である。

    「短期的には無くても、長期的にあるからいいではないか。その意志が大事だ」と反論される。だが、その長期的にも実現できるかどうかもわからないのだ。先行してその「ビジョン」を10年近く前に提示したドイツですら、未だに20~30%の電力を原発に頼っているのが実情だ。

    福島原発事故後に、ドイツ政府が急きょ原発7基の稼働停止を命令したところ、国内の電力が足りなくなり、隣国フランスから原発でつくられた電力を緊急輸入しているという。

    参考・・・「脱原発叫ぶ前に、よく考えよ」http://blog.globis.co.jp/hori/2011/05/post-f6c5.html

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    墓地の価値観・・・

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    13_10241 近くにある来迎寺の両親が眠る墓地の掃除してきた、夏草が伸び、樹木が枝を張っていた、草をとり枝を整えて、通路まで清掃して、サッパリとした。

    これも、いままでよく掃除をしてくれた妹夫婦が離れたところに越されてしまい出来なくなったということからである。今まで生きてこられたのも、両親はじめ遠い先祖があったからだと、感謝の念(思い)からである。

    最近、墓地に感心を強くなり、さーて自分の墓を確保しなければと思うようになった。きっかけは、自分も後期高齢者となって、そろそろ自分の始末を考えて置かなければいけないと考えるようになった。

    我が家でもご他聞に漏れず、核家族で息子・娘夫婦は離れて暮らしている。当然孫達も同じだ。親の面倒(介護)などは望むべきもない。40~50年前のバックグランド違う世となって嫁さんが息子の両親を介護・看取るなんて考えられない。

    近所のある人は、墓地を買い、墓石を買って、お坊さんに頼んで戒名まで頼んだという。全く世話なしにしたという話をきいた。

    今話題になって樹林墓地が東京小平市にできて7月1日から受け付けが始まるそうだ。人気があって内覧会では5000人が見学にきたそうだ。やはり、子供たちにはお墓の面倒はなるべくかけたくない。

    合同葬で、勿論、墓石もなければ塔婆もない。近くに大きな木があるだけだ。死んだら土に還るという単純な考えである。なんと言っても後々手間・費用が掛からないということが人気になっているのだろう。

    子々孫々に自分の存在を示し未来永劫奉るという、今までの概念が変わろうとしている、したがって、お盆・お彼岸などの考え、お寺のあり方・宗教のあり方の価値観が違ってくるのも当然だと思う。

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    2012年6月12日 (火)

    タバコ対策・・・環境にも・・・

    拾っても拾っても「タバコの吸い殻」が落ちている、特に国道路の交差点のなど人通りの多いところや、植え込みの中、電柱の影などである。特に困るのは植え込みの中で、見つけにくい。

    人間の心理でチョット「申し訳ない」という気持ちの表れなのか?また逆に、たかがタバコの吸い殻だそのままにしても、雨などで溶けてなくなる?また、無意識で捨てて行く?何れにしても、町は汚れるのである。

    歩きながら(歩行喫煙)は私の住む町八王子市は全市内禁止されている。みんなで決めてルールを無視しているのだ。(実際に喫煙している人を見ても注意する人がない)

    この間中学生と思える5・6人の子供がタバコをふかしてしている光景を見たが、注意しようと思ったが、他に誰もいなかったので、勇気がなかった。(どうしてかというと、注意したら集団で襲われそうになった経験があるからだ。)

    それにしても健康にはよくない「タバコ」・・・先週、がん対策推進基本計画が閣議決定された。喫煙率を下げる、国民の健康を守るための数値目標が決まった。

    これで少しは歩行喫煙が減る?イヤー駄目だろう。1箱1000円以上にしたらいいと思うのだが、そのお金を環境改善対策に使うようにしたらいいと思うが・・・

    朝日新聞社説・・・「たばこ対策―業界より健康重視で」・・・http://www.asahi.com/paper/editorial.html#Edit2

    健康重視も大事だが、私は日本人のモラルの低下が問題と思っている一人である。環境問題を忘れてしまっているようで仕方がない。タバコを吸うことは否定しないが、環境に・他人に迷惑をかけていることを認識してもらいたい。

    中学生が吸っている光景は何とも奇異である。鳩山由紀夫元首相の国際公約「温室ガス25パーセント削減」も見直す?・・・見直さざる得ない状況のようだ。

      

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    挨拶の効能

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    3612 見慣れない人がいたら、とにかく挨拶をすることだ。「お早うございます」・「今日は」・「今晩は」意識してちょっと大きめの声で行うことが、防犯対策に有効という。

    道端などで見ず知らずの人とすれ違うときに、相手の特徴・風体を確認を行う絶好のチャンスで、声をかける→空巣、窃盗などの被害を未然に防ぐ、予防策だと思う。

    人間は、グループでいきる動物で、独りでは生きられない。常に信頼される誰かがいなければ生きていけない。だから、オウム真理教の犯人の一人、高橋克也容疑者が、17年も逃亡生活しているが、キット誰かの援助を受けていることは間違いない。

    また、米パデュー大学が、239人の通行人を対象に、道で他人とすれ違うときに・・・

    ①丁寧に会釈をされる。

    ②笑顔で挨拶される。

    ③完全に無視される.

    の3グループに分けて調査を実施。すると、①と②のグループに比べ、③のグループの人々は、社会から孤立していると感じたと、その後のアンケートで答えたという。

    これまでの調査で、人は短期間であっても「仲間はずれにされている」と感じると、自信をなくし気分が落ち込むということがわかっている。

    同調査をおこなったエリック・ウェッセルマン氏は、「人間は集団で生活する生き物。昔から人に頼って生きてきたので、もし集団からはじかれてしまえば、死んだも同然になってしまう」とコメントしている。

    地域によっては、他人にアイコンタクトや会釈をすると「変な人」と思われてしまうこともあるが、例え二度と会わない人であっても、笑顔で挨拶されて嫌な気分になる人は少ないはずである。

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    2012年6月11日 (月)

    老年は山登りに似ている

    00nyudogumobgm1 年老いてくると、過去の色々な経験から、判断力・洞察力が増し心豊かになってくる。しかし、年老いて視野が狭くなる人もいる。いわゆる柔軟性がなくなり、やたらと自己主張し妥協を持たない心に凝り固まってしまう人だ。

    色々な経験には、苦難という経験から学ぶ人もいる。この苦難という経験から幅広い人間に成長する人と、二度と浮上しない人間になってしまう。前者は視野が広くなり、後者は視野が狭くなってしまう。

    また、人から学ぶ人もいるだろう、本から学ぶ人もいるだろう。いつまでも、学ぶという姿勢を保てるかどうかが、同じ経験を積んでも成長できるか出来ないかの差になると思う。人生は長いようで短い、誰でも人生設計を組立てる、そして時代・大きな出来事などによって組み替える。過去の経験活かし将来を見通す・・・

    そうして、その考え・行動が後世に名を残せるよう努力したいものである。

    老年は山登りに似ている。登れば登るほど息切れするが、視野はますます広くなる。       イングマール・ベルイマン(スウェーデンの映画監督・脚本家)

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    終末期医療は社会全体議論を

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    1231 少子高齢化が進み、高齢者医療・介護医療・終末期医療・介護制度のあり方・在宅医療・地域医療などの問題は深刻な状況になってきている。

    いづれは誰でも通る道、老人医療・終末期医療の将来の不安はある。少子化・核家族化で家族で介護は、考えられない。在宅医療の難しく、現実出来ない。こういった問題は、家族と社会全体で議論することが大事だ。NHKwebニュース・・・
                
    終末期医療“社会全体で議論を”

    高齢者の終末期医療の課題について医師たちが意見を交わすシンポジウムが東京で開かれ、どこまで延命を行うかといった治療の選択については、医師だけに任せず、家族や社会全体で議論していくことが必要だという意見が相次ぎました。

    このシンポジウムは医師の団体が開いたもので、救急や在宅医療の現場で働いている医師が終末期医療の課題を報告しました。

    このうち千葉県の病院で救急医療に携わっている吉田明子医師は「医療技術の発達で、人の意思が分からないまま延命することも多い。本人がどのような最期を迎えたいのか事前に意思を示し、家族とも認識を共有しておくことが必要だ」と述べました。

    また都内で在宅診療を専門に行っている林恭弘医師は「病院が患者を長期間受け入れられなくなっているなかで、在宅での延命医療を望まない家族も出てきている。治療の選択を医師だけの責任にされても難しい時代になっていて、何らかのガイドラインや法整備が必要ではないか」と訴えました。

    主催した全国医師連盟の中島恒夫代表理事は「医療現場では最期をどう迎えるかという重要な決定が難しく、死の決定のたらい回しとも言える状況で、今後は、本人の意思を軸に、家族や社会全体で考えていく必要がある」と話していました。

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    2012年6月10日 (日)

    片倉城址(住吉神社)のこと

    Katakurajoseki051 私は生まれも育ちも今住んでいるところも同じ八王子片倉である。片倉といえば「片倉城」である。今は片倉城址公園として、八王子市が公園として管理し市民の憩いの場として、整備維持管理をしている。

    その歴史は鎌倉時にさかのぼり、家紋・・・城主家紋, 【一文字に三つ星】である。ということは、大江備中守広元を祖にもつ師親が長門国・住吉神社を勧請したものであると言われているが確証はない。

    神社の説明板の由緒をみると「鎌倉管領片倉城主、長井大膳大夫道広が、応安5(1372)城の鎮守の守として、摂津国住吉大社を勧請したものである」とある。

    家紋は「一文字に三つ星」・・・毛利 元就は、室町時代後期から戦国時代にかけての安芸(現在の広島県西部)の国人領主・戦国大名。本姓は大江氏。家系は大江広元の四男 毛利季光を祖とする毛利氏の血筋である。(ウキペディア)

    川幡一郎氏の著書から・・・「住吉神社」・・・鎮守様と氏神様とは同じもののように思われるが、その祭祀は違う思う。

    住吉神社の祭りの旗には鎮守住吉大明神とある。そしてこの神ののぼり旗は、日向と川窪の講中で奉納したもので、安政二年に納められたもので、布地と旗棹は現存している。

    氏神とはその氏族の祖先の霊または祖先が祀った氏族の神様であって、住む土地の産土(うぶすな)神である。

    鎮守は鎮主で、兵士を駐在させてその他の土地を守る神または社である。(鎮守府も同義か)鎮守社は仏寺のために建てた神社、地主の神、一国、王城、土地、寺院、邸宅、氏などを鎮護する神として祭った総称である。

    例えば、武蔵国の鎮守は、埼玉県大宮市高倉の氷川大明神、祭神は素盛鳴尊。相模国の総鎮守は寒川大明神(祭神は応神天皇)。長門国総鎮守は豊浦郡住吉大明神(祭神は住吉三神)である。

    現在の八王子市片倉町も、その前は由井村片倉で、明治の村制以前は片倉村で、字は谷戸七字であった。呼称は、字川久保とか日向とかで、字内のつきあいは講中づきあいといったので字ごとに氏神さまをお祀りした。

    川久保の山王様、釜貫の白山様、車石の大六天、台の浅間様、時田の弁天様、只沼の延命地蔵などである。

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    「胃ろう」考える

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    07rose_ame21 「生きる」とは? 改めて問われる時代・・・http://www.nhk.or.jp/gendai-blog/100/120463.html で考えさせられたが、現代の医学が「生きる・生きている」ことについて大きなテーマを投げかけられた「胃ろう」処置である。

    「胃ろう」で生命を維持しても、これでも生きている・・・もうあまり人工的な治療は・・・これが延命医療?処置?・・・ただ、人工的な栄養補給を行えば、しばらく生きられる。その判断は、本人・家族は難しい。

    本人の意思表示も確認の判断は重い。ひと昔前なら、「人間、食べられなくなったら、終わり」などというように、「食べられなくなると、少しずつ弱って死んでしまう。」というのが常識?であった。

    医療技術の進歩によって、新たな現実に直面していると言ってもいい。「『胃ろう』などをしたことについてどう考えているか?」と聞いたところ、「わからない」「つけなければよかった」と答えたかたが半数。「もし医師から『胃ろう』などをやめる選択肢が出されたらどうするか?」という問いには、3人に1人が「やめる」と回答したという。

    「生きる」とはなんなのか?「長く生きられるのならば、生きられるほうがよい」と無条件に言えるのか?延命医療の技術の進歩で、こうした根本的な問いを考えざるをえない状況になっている。

    石原伸晃自民党幹事長がエイリアン発言が話題になっているという。小宮山洋子厚生労働相は7日の閣議後記者会見で、6日のBS朝日の番組で胃瘻(いろう)について 「患者や家族に不快な思いをさせる言葉遣いは慎重であってほしい」と求めた。

    全国で26万~40万人が利用しているという。小宮山厚労相は「胃瘻で命をつないでいる患者もいる」と患者や家族の気持ちに理解を求めた。

    「胃ろうで生かされている」人も、社会的には存在が薄くなっていても、生命体としては生きている。胃ろうによる栄養補給をやめてしまうと、生命体としての命はしばらくして続かなくなる。その決断をするのは、だれがするとしても、とてつもなく重い。

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    2012年6月 9日 (土)

    身体より命を大事にする生き方

    10ichige_akitakoma11 「五木寛之のきょう一日」という本に、「身体より命を大事にする生き方」がある。

    「人は何のために生きるのか」と、問う声があります。「生きるために何をするのではない。何かをするために生きるのだ」と励ます声もあります。要するに、ただ漠然と生きている人間には意味がない、というわけでしょう。

    世を去るとき、自分が自分が生きてきた歳月を、振り返る。そしてこれだけのことをなしとげたのだ、と満足して死ねる人は幸せです。

    しかし私はそんな堂々たる人生にあこがれる気持ちは毛頭ありません。悔い多き、恥多き自分の過去を、情けなく思いながら、苦笑しつつ死ぬほうがよほどいいと思います。

    生きる、ということだけでも大変なことです。ブタのように生きようと、トラのように生きようと。関係がない。森に散る一枚の木の葉にも、命はある。人が一生をどう生きたか、などということは大したことではありません。五年だろうと五十年だろうと、生きたという事実に価値がある。

    寝ていようが、遊んでいようが、怠けていようが、働いていようが、生きているということは、それだけ大変なことだ。まして放射能があたりに満ち満ちている時代に。

    そんなこというのは、教育上よろしくない。と、しかめ面なさる方もいるでしょう。人間の世界は、無慈悲でかつ、非合理なものだ、と私は信じています。だからこそ、この世にけなげに生きる命が尊く思われるのです。

    生きているこの命を大事にする。養生とは、そこから生まれる態度です。「あす死ぬとわかっていても、するのが養生」という考え方は、そういうことではないでしょうか。

    まして、現在、私たちはかってないほど不安定な時代に生きている。歴史のなかで、何百年に一度、いや、何千年に一度という危うい時代に直面いるのです。

    明日はどうなるのかわからない。だからこそ、宇宙から見ればゴミのような自分の命にこだわる。健康法は、身体を大切にする方法です。それに対して、養生は、命を大事にする生き方です。

    ほんのちょっの違いではあります。だが、そのちょっとの違いに、何かがある。そう思って今日も養生につとめてきました。あれほど健康に気をつかっていた父親は、早く世を去りました。それも天命だと自分にいいきかせつつも、残念に思わずにはいられません。

    今日義兄が末期がんで医者からもう何があっても可笑しくないという。明日なのか十日後なのか予断は許されないとの話を聞いて、ふと考え書いてみた。

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    年をとって転ばぬように

    10kouchi_katurahama11 人間は二足歩行ができるこの世で、唯一の哺乳動物だ。400万年前のアウストラロピテクスは、脳容量がチンパンジーとほとんど変わらないため、知能的にはチンパンジーと大同小異だったと推定されている。そんな歴史を経て現在の姿になっている。

    しかし、どう見ても、移動するには不安定で転ぶ危険は四つ足動物に比べれば理屈で二倍となる。年をとれば、足腰が傷むのは仕方がない。それでも這って歩くわけにはいかない、杖を持って歩く、杖で体を支えて歩けるうちはいいが、やがて歩けなくなり、車椅子になり、寝たきりになる。

    昔となりのお爺さんが、畑の草むしりをしていて、腰を地べたについてむしっていたことを思い出す。足が悪いからといって、躄ざって仕事をする、百姓魂のようなものを感じた。(「躄(いざる)」膝や尻をついて移動する)ことである。

    身体の衰えは年には勝てず、自然の法則でもある。しかし体の機能低下は精神的も影響し、体の自由が利かないと感情が不安定になり、大声を出したり、イライラする態度になり勝ちになる。

    6月17日は父の日である。毎年祝ってもらえるが、その父の日に転んでしまったら孫達に笑われてしまう。足は毎日10000歩を目標に歩いているが、目の悪くなって、躓くことがある。階段は、手すりに掴まって登り降りするように心がけている。

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    野田首相の決断

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    00a233ff1 野田佳彦首相の決断は正解だ。

    原子力発電、世界的に見ても、福島第一原発事故を受け、ヨーロッパには原発廃止へ傾く国もあれば、国威をかけてその維持を標榜する国もある。

    http://www.swissinfo.ch/jpn/detail/content.html?cid=29905208

    日本では、正に国を二分する議論になっている。野田佳彦首相は最終判断を昨日、記者会見での判断が示された。私は日本の運命を左右する決断だったと思う。大飯原子力発電の再稼動を「日本国民の生活を守るため再稼動は私の判断だ」よかった。

    確かに、原子力発電の放射能の危険性は、日本国民の生命を脅かすものであることは間違いない。化石燃料の石油・天然ガスでは、コストも今後上がることと、生活レベルを下がることは相反する。

    日本の原子力発電は54箇所あり、日本の電気需要の30パーセントを占めている。もちろん太陽光発電などの開発は進めるべきだが、供給が需要に追いつかないで、計画停電をせざる得ないとなると、今までの国民生活を維持は出来ない。そして人の命にも関わってくる。

    今日の新聞で朝日・読売社説で取り上げているが真っ向から意見の違うないようだ。国を二分にした内容だ。

    朝日・・・「首相会見―脱原発依存はどこへ」***慎重

    読売・・・「大飯再稼働へ 国民生活を守る首相の決断」***賛成

    国民それぞれの意見はあるが、稼動をするか?稼動しないか?電力の需要が増える夏に15パーセントが不足を節電ではまかないきれない。将来的にも、原油・ガスなどのコスト増は必死で、再稼動はやもう得まい。

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    2012年6月 8日 (金)

    健康寿命のこと

    539571 NHKのwebニュースで「健康寿命」初めて推計した。それによると、介護の必要がなく健康的に生活できる期間を「健康寿命」と定めて、厚生労働省が初めて推計をすると、男性は70.42歳、女性は73.62歳と、平均寿命に比べていずれも10年ほど短いことが明らかになった。2010年女性の平均寿命と健康寿命は差は、女性は12年余り短い。

    都道府県別で最も長かったのは、男性が愛知で71.74歳、女性が静岡で75.32歳と、いずれも東海地方だった。一方、最も短かったのは、男性が青森で68.95歳、女性が滋賀で72.37歳だ。

    厚生労働省は今後、食生活の改善や適度な運動ができる環境の整備など、健康寿命を延ばすための対策を検討したいという。

    私の持論であるが「健康は食と運動にあり」どういうことかと言えば、年相応の食事でバランスである。多く種類(野菜)で、少なめに摂ること、間食はしないこと、やたらとサプリメントは摂らない。そして運動・・・散歩と軽度でもいいから体を動かし、リラックスを心がける。

    市の無料健康診断など必ず「定期の健康診断」をする。年を生活リズムを確立することだ。その中で、睡眠が大きなファクターと思う。充分睡眠が取れる環境作りに気つけるというものだ。

    西日本新聞社説・・・「健康寿命 誰もが格差を意識すれば」
    厚生労働省が初めて算出した「健康寿命」は、2010年の全国平均で男性70・42歳(10年の平均寿命79・55歳)、女性73・62歳(同86・30歳)となった。

    都道府県別の数字もあり、九州7県では男性の1位が鹿児島の71・14歳で全国7位、女性は宮崎の74・62歳で茨城と並んで7位になった。ちなみに鹿児島の女性は全国10位、宮崎の男性は同11位だ。

    逆に下位組はどこか。男性は長崎69・14歳で全国45位、福岡69・67歳で40位、大分が69・85歳で39位に入っている。一方、女性は福岡の72・72歳が44位となり、長崎が73・05歳で39位だった。九州の健康寿命は南高北低である。

    厚労省は健康寿命をどう定義し、算出したのか。同省が3年ごとに実施する国民生活基礎調査を使った。同調査は全国約29万世帯、世帯員約75万人を対象とした大掛かりなものだ。その質問票の中に、食事や入浴など日常生活や仕事、運動などに影響する健康上の問題が「ある」か「ない」かを聞くものがある。

    この「ない」と答えた割合を性別・年齢別に求め、都道府県の人口と死亡数を用い…などと説明が続く。ここでは国として健康寿命の定義を決めた上で、具体的数値を示したことに意味がある。

    健康寿命を延ばすことは、13年度から始まる国民健康づくり対策(第2次「健康日本21」計画)の大きな柱だからだ。国民健康づくり対策は1978年度からほぼ10年単位で進められ、2000年度から「健康日本21」計画となった。

    この計画には(1)壮年期(25~44歳)死亡の減少(2)健康寿命の延長(3)生活の質の向上-と三つの目標が掲げられた。これは基本的に次期計画に引き継がれる。

    この間、日本人の平均寿命の延びに呼応して健康寿命も延びてきた。なのに、今になってなぜ、健康寿命を初算出など話題づくりのようなことをしたのか。健康格差の是正も目的にあるからだ。具体的な数字は国民にとって分かりやすい。訴える力が大きく、浸透しやすい。

    過敏なほど健康に関心を持つ人がいるかと思えば、無頓着な人、気にはなっても仕事などで余裕がない人など千差万別であり、二極化しているともいえる。ここで問題は健康に無関心な人、関心の薄い人をどう振り向かせるかである。

    関心の濃淡、取り組みの強弱は地域によっても大きく違う。格差をどう埋めるか。過去の健康づくり対策でも普及啓発に頭を痛めてきた。具体的な数字で違いを示すのは関心を呼ぶ一つの方法だ。

    来年度からの第2次「健康日本21」計画作りでは、個人以上に地域の役割が強調されている。高齢夫婦世帯や高齢単身世帯、さらに未婚単身世帯が増え続けていることが大きい。地域のつながりの重要さがあらためて認識されてきている。

    格差であれ、何であれ、人々の関心を集め、意識させるのは第一歩である。そんなことをきっかけに地域の健康づくり運動に関わる人が増えれば文句なしだ。

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    新証拠は厳しい

    00nyudogumobgm1 平成9年に東京電力の女性社員が殺害された事件で、東京高等裁判所は、無期懲役が確定したネパール人の男性について、再審の判決である。検察は異議を申し立てたが、男性は今後、強制送還されることから、新たな証拠を示すことはさらに厳しくなるだろう。

    無期懲役が確定したネパール人のゴビンダ・プラサド・マイナリ元被告(45)が再審を求めていたもので、東京高等裁判所は「新たな鑑定の結果、被害者の体に残されていた体液などから別の男のDNAが検出された。このため別の男が被害者を殺害した疑いが否定できなくなった」などと指摘し、裁判のやり直しを命じた。

    疑わしきは被告人の利益に、という裁判の鉄則をふまえた判断だ。検察側の求めに応じ、十分に主張・立証させたうえで導き出した結論でもある。

    今朝の新聞各紙は社説で・・・
    朝日・・・「再審開始―検察の異議はおかしい」

    読売・・・「東電OL殺害 検察を敗北に導いた新証拠」

    毎日・・・「マイナリ元被告 早期の再審決着目指せ」

    日経・・・「有罪ありきでは、なかったのか」

    杜撰さを指摘した内容だ。完全に検察の敗北だ。一連の刑事司法改革で法律が改められ、裁判員裁判などでは証拠隠しができないようになった。検察当局の意識も変わりつつある。

    真相を解明し、無実の人を罰しない。それは、検察官、弁護人、裁判官の立場をこえて、刑事裁判に関わるすべての人の、そして社会の目標でもある。

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    これからの埋葬方法「樹林墓地」のこと

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    Kodachi_071 墓地の案内が、しつっこい位に電話が掛かってくる。妻と冗談に、「墓地は自分の庭でいい。だから自分で死ぬまでに墓穴をほっておけ・・・」と言っていたが、そうもいかない。子供・孫はいるが、お金をかけて立派なお墓を作るお金がもったいない。

    そして、お墓を維持するには、お寺に付け届けを子供・孫にさせ、「先祖代々の墓」なんて後世に名を残すこともない、骨を飛行機でまいたり、海にまいたり、川に流したりでもいいいいんだが、それもお金がかる?

    莫大のお金がいるとおもうが、最近はロケットに載せて、宇宙葬?を考えている人もいるらしい。また、遺骨を砕いてガラスに混ぜて固め適当の大きさににして、額のように日の当たる窓越しの出窓に置くということもあるとある本でみた。

    昨日NHKのニュースで東京都が小平市に樹林墓地を7月から売り出すという。10万円台で、あがるそうであっこれだと思い調べてみた。

    「樹林墓地」
    少子化・核家族化の問題はお墓に影響してくる。東京都立小平市と村山市にまたがり敷地に樹林墓地が出来ました。というものである。墓石がない、その代わりに木が立っているという。
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    7月1日からいよいよ受付が始まる。大変な人気になっていて、説明会だけでも5000人が応募してきたという。直径1.8・深さ2.1メートルの円筒形の筒カロートを埋め、共同で納骨できる。カロートは1万700体の遺骨を安置できるそうである。
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    埋葬方法は、どこのカロートのどの位置に埋めるのかというのは霊園側が決める。そのカロートが、ある程度ご遺骨で一杯にならないと埋葬しない。だから通常の納骨式は儀式は出来ない。

    小平霊園は、1区画、だいだい4~5平方メートルで、この方法だと、0・08平方メートルに1体入るので、4~5平方メートルの敷地に185人の方が埋葬出来る。トータルで1万700人という。値段が、遺骨の場合、13万4000円。粉末状にすると、4万4000円である。
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    今、世の中には、散骨をする人がいるが、本来は埋葬するには、墓地以外のところに埋葬してはいけないという。墓地埋葬法というのがあるそうだが大目に見られている?海だとか、節度のある散骨はOKだ。陸地に撒くのは、近隣からクレームで裁判になったり、将来の不動産価格にも関係があるということで、陸地に散骨は出来ない。

    人口は、日本では減っていくが、墓地は増えている。墓が足りない。都の霊園では初めだが樹林墓地がつくられたのも、将来の日本の姿なのかもしれない?

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    2012年6月 7日 (木)

    梅雨空と、どくだみの花

    Dokuda131 梅雨空や どくだみ花 糸雨降り

    昨日は、台風3号の影響で関東地方は雨が降った。糸のような雨が午前中降り続いた。我が家の庭の片隅にどくだみの白い花がさいている。今年は採って、日陰干しをして煎じて飲んでみようかと思う。

    どくだみというと、匂いがどうも苦手で、草むしりの時は避けてしまう。根が深いので処分するのが大変である。

    昨日は九州南部が入梅とか、東京地方も入梅間近という。今日の晴れ間は貴重な晴れ間という。いよいよ梅雨になるのか、体調管理に気をつけよう。そして、梅エキスを作って置こう。

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    扶養義務年収600万円・3親等内

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    05sikotuko31 若者の間で生活保護を「ナマポ」と呼ばれ、どうすれば申請が通るかなどネットで情報交換している という。

    吉本興行の芸人より端を発した「生活保護不正受給」問題で、自民党は「生活保護不正受給の徹底した取り締まりと、親族扶養義務の厳格化」を掲げ、「一定の年収がある人が3親等内の親族がいた場合、原則としてまず親族が扶養すべし」という形で生活保護法改正を実現した。

    倫理規定に過ぎなかった扶養義務を、明確な基準と共に明文化したわけだが、目安としては、年収600万円というラインが設定された。当初は年収1000万円以上が想定されたものの、「そんな基準に設定したら、ほとんどの国民が対象になってしまう」という厚労省の強い反対によって、サラリーマンの平均賃金に近い水準が採用されることとなった。

    年収600万円で扶養するということはローン・教育費などで、結構大変な家庭もあるが、国の予算3.7兆円の生活保護費に膨れ上がり、生活保護制度が社会問題である。

    祖父母や父母、子や孫ら直系血族と兄弟姉妹にはその義務がある。家庭裁判所が認めれば3親等にまで及ぶと民法にはある。親族の財布の中身を洗いざらい調べ、余力があれば扶養に充てさせる。拒めば家裁に申し立てて取り立てる。完膚なきまで“債権回収”に注力するらしい。

    私は、何かヘンで仕方がない。受給者は210万人に上り、無数の親族の財産をつぶさに調べるなんてできるのか?それに暴力や虐待、借金などの事情を抱え、そっとしておいてと絶縁を望む人もいるだろう。

    金勘定の頭だけでうるさく口出しすれば受給の権利を手放す人が出ないか、いくら身内でも面倒を見るには思いやりや愛情が欠かせない。国や自治体は住まいや仕事、年金、そして支え合いの心をもっと。不正は減ったが、孤立死は増えたでは困る。

    http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/ronsetu/CK2012060402000117.html

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    2012年6月 6日 (水)

    行き詰った地域社会の組織

    Shibutoge61 どんなに誘い、促しても全然これに応じない・・・まさに「笛吹けど踊らず」の状態と最悪で、しらけ気味だ。仕方なし、嫌々ながらにやる言動は態度に表れる。これでは組織は有名無実となる。いわゆる盛り上がらない集団でしかない。強引に引っ張れば、後々不満者が出るだけである。

    住民一人ひとりが社会貢献する情熱を引き出し、名実ともに魅力溢れる町になるよう対策を考えないといけない。

    住民の心を掴んでいないで囃し立てても、笛・太鼓の音だけとなってしまう、リーダーは、自分の足元をもう一度見直し、住民に真の気持ちと、意向確認をして、協力を取り付けることを腐心して欲しい。

    何を望んでいるのか、現況と将来の展望を説明し、その接点を見つけること、後継者を選びをしっかり決めて、将来に夢・希望を持ち、発展していく青写真を示すことで多くの人の賛同を得るようにしなくてはならない。

    今のような人と人の意思疎通がはかれない、地域社会であったなら、10年・20年後の時代をそう想像すると将来は本当に大変なことになっているだろうと思う。残念ながら非常に暗い展望しか見えてこない。

    その背景には、日本の社会の不透明さがにもある。日本の社会全体が来るところまで来てしまって、後はしばらく落ちるしかない。現実に少子高齢化がどんどん進み、今すでに900兆円を超える借金がある。そのどん底から這い上がれるかどうかの時代であり、その流れでの地域社会もある。

    残念ながら、10年後、20年後の日本国のあり方について明確にビジョンを示している政治家は見当たらない。だから意識的に、私たちおじいちゃん世代が考えて提言して、政治をちょっとでも変えていくしかない。まだ力をもっている世代だから、大いに発言して、政治にももっと関心をもつべきだと思う。

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    梅の実の季節に思う

    Phot0000000000005fb5_500_01 真夏日や 梅の産毛に 光射す

    六月に入り暑くなったり、涼しくなったりしているが、今日は台風3号が通過する太平洋上に近づく天気図である。そのために東京地方は、朝から雨で、4月下旬陽気で21度までしか上がらないという。

    梅の実に日の光が射し、膨らんだ実の表面に産毛が見える、時期でもある。見ているだけで酸っぱさで唾液が溜まる。

    もうスーパーの店頭には梅酒用の梅が売られていた。梅というと青梅市の吉野梅郷の梅を思い出す、昨年から、梅ウイルスの被害のニュースが流れて、3000本の木を伐採したという。毎年ムメフラール作りをしているが、今年はどうだろう。

    ムメフラールは、天然の梅の実には含まれておらず、梅の果汁を煮詰めて梅肉エキスを作る過程で生成する物質であることが確認されたという。


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    生命力と価値について

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    Shirakaba_b1 生命力と価値について考えた。近くの湯殿川の河川改修工事でミニ公園が出来た。広さは50坪ぐらいで芝が植えられた。芝が根付いたと思ったら、雑草も一緒に根付いたのだ。

    芝の中の雑草取りをしながら考えた。3月に植えられた芝が根付いたようだが、その中に雑草の種が付いていて、その種も一緒に芽吹いて伸びて花が咲いてきた。雑草の生命力には驚いてしまう。

    芝の中でしぶとく、そのチャンスを狙っていたかのように、芝が人の手で植えられるのを待っていましたと、言わんばかりである。その雑草を取らないと、芝は雑草に負けて、消えてしまうのだ。

    その雑草は2週間日前に、ニ日かけて処分したのだ、が、数日経って再び生えてきた、根が残っていたのだ。そこで、根ごと抜かなければと思い手で抜くことにしたが、これが大変で指・腕・肩が痛くなり、少しづつ毎日雑草とりをしているのだが・・・考えた・・・

    草も木も花も、生命あるものは、与えられた環境で、その命を精一杯発揮し、生きようとしている。生存競争に戦って子孫を残す・・・生き物が、与えられた命を精一杯発揮して、熾烈な戦いをしている。今ある世の生き物は、生存競争に勝ち残った戦勝者なのだ。

    個々の生き物が、精一杯生きて死ぬことだけでも価値はある。しかし、それを次に続くもの(子孫)につなげるとか、一緒に生きるものの生命を充実させるのに役立つなら、より一層価値があることになる。

    もちろん、それでは「何のため生きるのか?」、「なぜ精一杯生きるのか?」という問題があるが、それは、遠い先祖から受けついたDNAの本能であろう。哺乳動物は生まれて、誰に教わらず母親の母乳を吸うことと同じで、古代の蓮の種が、環境を整られて花が咲いた大賀蓮なども同じで、生命力は人間にも想像できていないこともある。

    生命の長い歴史は進化し続けている。しかし、人間は価値をコントロールする技術を覚え、遺伝子を組みかえて、人間の都合の良いものを作り出すことを覚えた。だが、それにより都合の良いものばかりではない遺伝子組み換えた食料品などは人の体に害をもたらさないか?また、生態系に害はないのか?など問題がでてきているのも事実だ。

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    2012年6月 5日 (火)

    人の噂も、喉元すぎれば・・・

    10shiretoko5go_1ko21 「人の噂も七十五日」・「喉元過ぎれば熱さを忘れる」の例えがあるよう、人間は時間が経過したり季節が変わればいろんな事も忘れてしまう。

    精神的に後々まで引きずるような結果では忘れて良いことである場合もある。しかし大事な決め事・約束事は忘れてしまうことは、その人の信頼を失うことになる。また忘れてしまって失敗を何度も繰り返すことになる。

    忘却とは、「忘却とは忘れ去ることなり。忘れえずして忘却を誓う心の悲しさよ」菊田一夫原作のラジオドラマは、有名・・・であった。忘れてしまったらどんなに心が軽くなるだろうが忘れられない心情・・・。

    人間は自分以外の関わりの直接ない事件や出来事は当初は興味や知る事もするが時間の経過と共にそんな事があったかいな?となってしまう。

    オウム教団の菊池直子容疑者が、17年も過ぎた今逮捕された。もう忘れかけていたが、思い出して来た。・オウム真理教の施設第七サテアン ・上九一色村・ジャーナリストの江川紹子氏・紀藤弁護士・参議院でジャーナリストのオウム真理教に詳しい有田芳生氏などが頭に浮かぶ・・・

    地下鉄サリン事件・松本サリン事件・坂本弁護士一家殺害・刈谷さん誘拐事件などが思い出される。また、5月26日にNHKのドキメンタリーでも放送があった。しかし被害者の心にはまだまだ、記憶は鮮明に残っているだろうが、普通の世の人は年とともに忘れ去られてしまっている。

    「人の噂も七十五日」・「喉元過ぎれば熱さを忘れる」と昔から言われているのだが、何時までもそのことにかまけていられない。人生を川に例えるなら、真っ只中では、次から次に障害物が流れてくる、目の前に流れてくるものを払いのけ、裁いていかねば生き残れない。

    人の噂も七十五日とは、世間で人があれこれ噂をしていても、それは長く続くものではなく、やがて自然に忘れ去られてしまうものだということだ。

    喉元過ぎれば・・・ではならない事もある 忘れないからこそ反省も出来るし今後の為にもなるのである。何事も忘れず記憶して日々に生かす、これが物事の道理である。

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    日本の運命かかる6月

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    10risiri_senpousi21  もう後がない日本丸は、大きな氷山に取り込まれていて、打開する道は限られてきた。舵取りの船長、野田佳彦船長は、熟慮の末に、スタッフを入れ替えたのだ。もちろん不退転の覚悟で、態勢を組直ししたのだから期待したい。

    それには野党の自民党・公明党の協力なしには舟は動かない。今まで停船状態になっていた船を動かすには、民主党内の反発分子の言い分もあるだろうが、一体改革協議を前に進めていくことである。野田佳彦首相(船長)に期待する(期待するしかない)。

    新聞各紙の社説

    朝日「一体改革協議―首相が陣頭指揮に立て」
    参院で問責決議を受けた2閣僚や、これから野党の追及を受けそうな閣僚を差し替えた。自民党などの更迭要求に応じることで、社会保障と税の一体改革関連法案の成立に向け、環境を整えようというのである。

    野田首相の記者会見からは、一体改革にかける決意は伝わってきた。いわく、6月21日の国会会期末までは、日本の将来を左右する決断の時だ。「21日」を見据えて、それまでに衆院で採決をめざす――。

    読売「野田再改造内閣 日本の命運かかる6月政局」
    「首相は一体改革へ陣頭指揮を」・「修正協議への環境整備」・「輿石氏も腹をくくれ」・「大胆な妥協が必要だ」

    自民党が強く反発しているからだけではなく、内容にも問題が多い。自民党の提案する「社会保障制度改革国民会議」を受け入れて、有識者も交えてじっくり議論するのが現実的だ。一体改革関連法案の修正協議と並行して、衆院の選挙制度改革も喫緊の課題である。

    与野党は、この6月の判断と行動が日本の命運を握ることを肝に銘じるべきだ。会期延長は避けられない。首相の政権運営にも大きく影響する。政治の前進のためには大胆な妥協が必要となろう。

    毎日「野田再改造内閣 修正合意への重い使命」
    野田再改造内閣が発足した。参院で問責決議を受けた2閣僚ら5閣僚が交代、民間人初の防衛相として森本敏拓大院教授が起用された。

    野田佳彦首相は記者会見で「大きな決断の時」と語り消費増税法案成立へ決意を示したが、野党と合意する道筋は依然として描けていない。民主、自民両党は採決などの日程駆け引きを先行させず、一日も早く修正協議を軌道に乗せるべきだ。

      

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    2012年6月 4日 (月)

    17年逃亡の女を逮捕

    07bonchi_asayake_hi11 地下鉄サリン事件で殺人などの容疑で特別手配されていた菊地直子容疑者(40)とみられる女の身柄が2012年6月3日、神奈川県相模原市内で確保された。

    菊地容疑者は、1995年にオウム真理教が起こした地下鉄サリン事件で、他の信者とともにサリン製造に関わったとして、殺人容疑で全国に特別手配されていた。

    17年の逃亡生活 実態解明へ軽視庁に菊池直子に似ている女を知っていると申し出たという、内装業ををしている男だが犯人をかくまったと疑いで逮捕する方針という。 知り合いの男が結婚を申し込んだが、『自分は菊地直子なのでできない』と明かされて断られた」と話しているという。

    17年もの間どこでどのような生活をしていたのか、とても一人では生きていけない世の中、誰かの世話にならなければ生きていけない。逃亡生活は、昼といわず夜といわず、落ち着いて生活など出来るはずがない。それもオウムを信じていれば出来たとでも思うのか、その心境ははかりしれない。

    菊池容疑者は「何を作っているのか分からなかった」と言っているそうだが、真相が待たれる。それにしても、教団は名前を変えて存続しているという。「ひかりの輪」だそうだ。その幹部たちは何を思っているのだろうか?

    人を殺しても心理を追求するなんて恐ろしい、「マインドコントロール」この事件で使われたことを思い出した。

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    芝の中の草取りで思う

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    Photo 10日前から、芝の中の草取りに挑戦している・・・芝の中の草取りは大変である。今年河川改修で、ちょっとしたスペース約180㎡位の場所に芝が植えられた。(国交省南多摩西部建設事務所管轄)河川管理通路はカラーのインターロッキングで気持ちが良い。

    やがて芝が根づき青い芽が伸びてきたかと思えたのだが、芝の中に雑草が生えてきて、花が咲き実が付いてきた。これは一大事、この雑草を処分しなければ、雑草に負けて芝は消えてしまい、普通の土手になってしまう。

    事務所に、いつも無理を言っているので、近くに住むものとして、草取りぐらいしなければと思い、暑くなる前にと、朝6時30分頃から午前中・そして午後4時ごろか5時30分おこなって、翌日も午前中・午後と行って、やっとの思いで処分ができた。

    そのためか、肩が張り、両手指が痛い、湿布張ったり、もんだりしたが直らない、一人で無理をしてしまったのだ。こんなに疲れたのは最近なかったのだが・・・。

    2・3日経って、様子はどうかと見たのだが、目残しがあったり、草の根が抜けきらないで残った根から葉がでてきている。これは大変、根ごと抜かないと駄目だと思い、昨日根ごと抜く作業を行ったが、これが大変、根が深く一本抜くにも力を入れないと抜けない。

    無理して抜くと芝を傷めることになり、指を入れて抜くのだが、またまた指が痛くなり、さーてどうするか、金ヘラを使って抜くがこれでも根が残ってしまう。それに暑く長い時間は出来ない。

    毎日少しづつするしかない、そこを通る度にするようにしようと思う。どなたか、手を貸してもらえる方、そして芝の中の草をとる道具があったら教えてもらいたい。

    それにしても、近所の方は、私の作業をしている姿を見ても、何にも反応を示さない。「そんなこと役所にお願いすれば・・・」とでも思っているのか?よく分からない。

    地域のことで、私たちで出来ることは、勤労奉仕をすべきと思うが、私には関係ない・誰かやるから私はしたくない。と思う人が多くなったようで残念である。行政・市民が協働することが、住みよいまちづくりの基本と思う。

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    2012年6月 3日 (日)

    月日の移ろい速さに戸惑う

    10kouchi_katurahama11 最近つくづく、自分の体力の衰えを感じる。月日の経つ早さに戸惑う。また季節の移り変わりに、自分の人生を重ね合わせて無常なることにため息がでる。

    「光陰は矢よりも迅すみやかなり、身命は露よりも脆(もろ) し」ふと我にかえり、過去りし日々を思い将来を思う。 現代は人間社会の変化の速度が一時代前と比べると加速している感じで、一年の変化が十年に値するようにも思える。

    だから、変化に取り残されると、この時代を生き抜くことができないのではという錯覚に、陥ってしまいがちになる。

    昨今の社会の情勢は混迷の度をいっそう深め、激動の時代をむかえた。と異口同音に現代人は叫び続けている。しかし、山川草木、万物は静かな生き死にの流れの中にあり、悠々に無常の時を刻んでいる。

    大地には小さな花や昆虫が、生命の営みをみせている。生死を憂えることもないから、生老病死の悩みもない。この大地には金も名誉もない、悠久の生命の生死の流れがあるのみである。

    人間だけが心身を悩ますいっさいの欲望、すなはち煩悩により、自分の足下すら見えず、歩むべき方向を見失なっている。 現代人の多くが日常的にストレスを感じている。人間社会しか見ない。

    四季の移ろいの美しさに感動する心を失なってしまった。人間社会のしがらみにしか生きる空間を持たない心の悩み多き人々が今日も人間の間を堂々巡りしている。

    峰の色 谷の響き 鳥の声 風の音 一木一草にいたるまで、すべて生死の流れの風景である。ことごとくが輝きに満ちあふれありのままに生死の流れの風景を露呈している。

    生きること、死ぬこと、人とは、幸せとは、環境とは、社会とは、家庭とは、いずれも生死の風景であることにも気づくだろう。生きる喜びとは何か、それは生まれてきたこと、生死の流れの中に生きていることである。

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    これでは日本丸が沈没する

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    00nyudogumobgm1 これでは日本丸は沈没する緊急事態である。何しろ船長さん不在?のようなもの、与野党議員・国会を動かすことをかんがえてよ!堪忍袋の緒が切れる。何時になった国会は正常な動きになるのか?国民の血税を使い、野田・小沢・谷垣のチキンレースなどして、うつつを抜かしている場合ではないだろう。

    自民党の谷垣禎一総裁は「消費税増税法案を通したいなら、野田総理が腹構えを示すべき」と語り、まず衆議院の解散総選挙を約束すべきだと強調し、特別委審議に入っていない。法案の先行きはいまだに不透明なままとなっている。6月21日に会期になる。

    どうするのか、全く国民の目線なんて考えていない。これでは、橋下大阪市長の税金泥棒というのも、もっともだ。

    野田首相、田中・前田の両閣僚を谷垣自民党総裁の希望通り、更迭を考えてきたとのマスコミの情報である、ならば何故もっと早くやらなかったのかと思うが・・・

    それでも谷垣総裁は、納得いかないだろう、小沢さんの国会証人喚問をという。何か自民党も国会を自分たちの立場だけを保身して、国民のほうに目を向けていない。このツケは国民というわけでは、堪ったものではない。マスコミも辛らつな内容で社説を書いている。

    2日、日新聞社説・・・「サボる国会―目を覚まし、仕事せよ」

    http://www.asahi.com/paper/editorial20120602.html

    3日の読売新聞社説・・・「開店休業」国会 法案停滞は与野党の怠慢だ」

    http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20120602-OYT1T01028.htm

    31日、西日本新聞社説「野田・小沢会談 党内政局に終止符を打て」http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/305229

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    2012年6月 2日 (土)

    登山家の励ましのエール

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    24351 5月19日に7日本人73歳の女性登山家ー渡部玉枝さんがエベレスト登頂成功に成功した。10年前の自身が持つ記録を破り、女性の世界最高峰登頂の最年長記録を再び打ち立てた。(ちなみにエベレスト登頂世界最高齢は2008年に登頂した78歳のネパール人だそうだ。)

    そして、5月26日にヒマラヤ山脈にある8000メートル級の14の山すべての登頂を目指していた日本人登山家竹内洋岳さん(41)が、26日午後最後の山ネパールのダウラギリの登頂に成功し、日本人で初めてすべての山の登頂を達成した。しかも無酸素登頂である。無酸素で高所に耐えられる体を作ってきた竹内さんのこれまでの経験やノウハウが生かされたのだと思う。

    登山家は目指す山の頂点を極めて、その山の頂に立つと、さらに次に目指すべき山の頂に立つことを思い描く。次々と挑戦すべき山の頂がある、どこまで登っても終わりがないだろう。

    努力して頂上に行きつくことができたとしても、「これでいい」とそこで満足せずに、何かの奥義を極めるとは、行き着くところまで突き進んで、もうこれ以上はないというところをさらに極めよ、さらに努力せよということである。新しい世界へさらに飛躍するということだ。

    北米マッキンリー山で84年に消息を絶った冒険家、登山家の植村直己さん(当時43歳)見つかった「最後の日記」が(出身地・兵庫県豊岡市の植村直己冒険館でパネル展示されている。)「孤独を感じない」「何が何でも登るぞ」とも書いてある。冒険館は「日記は色あせていっても、植村のチャレンジ精神はあれから28年たっても色あせていない」。(毎日新聞)

    植村家は代々農家で、直己の祖父は損得・金勘定抜きで困っている人を助ける性分だった。直己もこの祖父の血を引いており、登山隊に加わる時にはトップに立ちたいという想いはあっても、自分が主役になるよりは常にメンバーを影でサポートするような立場に立ったという。

    登山家は、この世の中に生きているものとして、努力して頂上をめざすことは、自己自身の修行に他ならない。そして、人々に生きる(やれば出来る・諦めたら駄目だ)勇気と努力することに、励ましのエールを贈っているのだ。

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    2012年6月 1日 (金)

    衣更えで悩む

    0261

     まちまちな 陽気に悩む 更衣

    今日から6月、夏で衣更えである。歳のせいか、寒さ・暑さに弱くなった?。先月、日中は25度以上の夏日となる日もあったが、コタツが必要な日もあった。我が家では、いまだに朝晩コタツを利用している。衣服で悩むことが多いのもこの時期である。

    衣更えというと・・・ウキペディア・・・衣替え(ころもがえ。衣更え、更衣とも表記)は、季節の推移に応じて衣服を替えること。またそのために衣服の収納場所を変更することをもいう。

    衣替えはあくまで習慣であり、強制的に替えなければならない訳ではない。しかし、学校においては、移行期間が終了すると強制的に替えなければならない場合が多い。

    狭義には、季節に応じて学生や企業の制服(夏服、冬服など)を変更することを指す。日本では、毎年6月と10月(南西諸島では5月と11月)に衣替えが行われることが多い。多くの場合、二週間から一ヶ月間の移行期間が設けられる

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    企業の内部告発・・・

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    07akitakoma_sumire11 不正を正すのは勇気も必要だが身分の保証と企業のトップの考え方、(下部の意見を聞き入れる)で改革でき、企業は前進できるもだと思う。

    企業の「内部告発」にメディアと身分保障の考え方・・・マイケル・ウッド・フォード。オリンパス光学工業元CEO・・・「壊れゆく日本企業が再生するために」記事みた。(WIRED.jp)

    昨年世界中を騒がせたオリンパスをめぐるスキャンダルは、オリンパス内の黒い秘密を暴いたが、社長だったからできたか?平社員の立場だったら?

    事件の真のヒーローは最初に内部告発を行った社員。私はサラリーマン上がりの「生え抜きのガイジン・プレジデント」として世間的な注目もあった。答えはYESである。外国籍をもち、社長であったことは、私の行動をやりやすくはしてくれたと思う。中間管理職では無理だったろう。

    自分が中間管理職だったら、同じことをやったかの質問では、以前だったr日本の大手の主流メディアは、保守的かつ自己中心的で、リスクをとらない。

    今回の事件においてよかったことは、内部告発に関して、メディアに頼りになる道筋がある『FACTA』のおかげであるという。『FACTA』に掲載された情報が国際的なメディアの目に留まったのだという

    日本の社会に貢献できたことは、内部告発をしやすくしたということかも知れない。自分の身を守るために目をつぶったとしてもそれを裁くつもりもない。事件前だったらして無く、事件後だったら、同じことをした。

    同じことがあったら、もう一度告発しますか?内部告発をして「身内」を裏切るというのは、日本の社会ではとても罪深いこととされてしまう日本であるが、その時は、変わらなくてはいけない、日本社会のためにという。

    それはどうやったら可能ですかの質問では、内部告発を行ったあとの状況というのは、恐ろしい。妻は神経衰弱に陥り、脅迫もあった。同僚からも離されるなど、トラウマが残るような恐ろしい状況となった。

    しかし、わたしには幸いなことに、日本と英国それぞれに頼りになる弁護士がいた。さらに金銭的な余裕もあった。自分の身を法的に守るためには金銭的にも苦労が強いられる。それでも、変化は起こらねばならない。

    日本は外圧がないと変われないとよく言われる。明治維新は外圧がなければ起こらなかったと言われたりするが、私はそうは思わない。変化は内から起こるものであり、1億2,000万人のこれだけ教育された民主的な市民が声を上げて、企業のありよう、とりわけマスコミのやり方を糾弾しないのであれば、日本は緩慢な死を迎えることになる。

    しかし、現状日本で起こっていることに対する日本の人々の危機感のなさはさらに恐ろしい。国の負債は膨らむ一方で、人口動態としても酷いありさまである。経済成長のない失われた10年を見過ごし、虎の子の家電は韓国企業に負けてしまっている。どうも日本人は不感症になってしまって、それが若年層になればなるほどそうだ。

    一種、革命の機運のようなものが必要なのかも知れない。グレーのスーツを着た者どもがあらゆる決定を行っていることに対して抵抗しなくてはいけない。それは、マスコミの人間の仕事である。

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