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2012年5月

2012年5月31日 (木)

欧州の債務危機問題の再燃・・・

06oga_toga11 「米大統領 独仏伊首脳と電話会談」・「“ギリシャ貿易保険” 停止の動き」・「ブラジル政策金利 過去最低に」・「日本の国債 利回り0.81%の低水準」・「経済再生で「学び直し」提言へ」・「欧州信用不安 株価8500円割れ」など、今日のNHKwebの経済ニュースはこんな内容の見出しであった。

ギリシャ始め、スペイン・ポルトガル・イタリヤなど欧州の債務危機問題が再燃してきている。[東京 31日 ロイター]によると 欧州懸念がさらに強まり「質への逃避」が一段と進んでいる。株式や高金利通貨、商品の価格が下落する一方、日米独の国債の利回りはさらに低下。ドイツの2年物国債は初めてゼロ金利にまで低下した。

スペインと、その金融問題の支援に及び腰な欧州連合(EU)や欧州中央銀行(ECB)との「溝」は深いと受け止め、先行き不透明感を嫌った投資家が安全資産への資金逃避を加速させている。

TBS系(JNN)によると、今日の為替・株価は一向に収まらないヨーロッパの経済不安が、日本経済を直撃している。急激な円高・ユーロ安が進み、株価も大幅に値下がりしている。

31日の東京外国為替市場は、スペインの大手銀行救済問題を背景に、海外の市場で円高・ユーロ安が進んだ流れを受け、4か月半ぶりの円高水準となる1ユーロ=97円台半ばで取引が行われている。

円はドルに対しても、79円台を割り込んでおり、安住財務大臣は「投機的な動きを注視する」と、けん制している。

一方、円高を受けて日経平均株価も全面安の展開。一時は4か月半ぶりの安値を記録しました。結局、前日より158円安い8474円で午前の取引を終えている。市場関係者は「ヨーロッパの先行き不安が投資家心理を悪化させている」と述べている。

打つ手はないものか、私たちの生活にも大きく影響が予想され、日本の再建・消費増税・税と社会保障の一体改革など見通しもついていない。不安は増すばかりである。

野田・小沢会談で前に進むのか

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05sikotuko31 小沢一郎元民主党代表は、冤罪が晴れていない。清廉潔白の身になったと声を大にして言えるのだろうか、国民は闇は晴れていないと思っている人は多いと思う。過去の経歴から闇の政治家のイメージが拭い去れない。

NHKの「ニュースウオッチ9」に出演し「自分の言動に責任を持つことは当然だ」と述べ、消費税率引き上げ法案に反対する姿勢を堅持する考えを強調した。野田総理大臣が言うように、『もう待ったなしだ』という状況ではない」との考えであるが、消費税率の引き上げは党の決定だ。従うのは当然である。

自民・公明は、小沢氏と決別を条件に挙げている、この際、自民に協力を選択し法案の審議を前に進めて貰いたい。読売新聞社説に同感だ。

読売新聞社説・・・『野田・小沢会談 「もう一度」は時間の浪費だ』
議論は、予想通り平行線だった。野田首相は増税反対派に妥協せず、社会保障と税の一体改革を着実に進めるべきだ。

首相が民主党の小沢一郎元代表と会談し、消費税率引き上げ関連法案の成立への協力を要請した。「社会保障と財政の状況を踏まえれば、一体改革は待ったなしだ」と迫った。

小沢氏は、「増税前にやるべきことがある」と従来の姿勢を崩さず、法案に賛成できないと明言した。さらに、「行政改革による無駄の排除」「社会保障の理念の後退」「デフレ脱却が途上」の3点を主張したという。双方の主張を吟味すれば、明らかに大義は野田首相にある。

消費税率引き上げは昨秋以降、党代表選や一体改革関連法案の了承などの党内手続きをきちんと経ている。少子高齢化に伴って社会保障費が増大する中、増税先送りは財政を一段と悪化させよう。

小沢氏の「増税前にやるべきことがある」との主張は、改革先送りのための常套句に過ぎない。行革やデフレ脱却の重要性は、党内論議で何度も確認されている。

小沢氏は、「政権公約(マニフェスト)の原点を忘れるな」とも言う。だが、小沢氏が主導したマニフェストは、予算組み替えによる年16・8兆円の財源捻出など非現実的で、民主党政権に「負の遺産」を背負わせたのが実態だ。

衆参ねじれ国会の下、野党の協力が不可欠な中で、あえて実現不可能な公約を持ち出すのは、「反対のための反対」である。首相と小沢氏の会談を仲介し、同席もした輿石幹事長は、「党内融和」を優先しており、再会談の可能性を否定していない。

しかし、合意する見込みがないのに、何度も同様の会談を繰り返すことには意味があるまい。関連法案の成立には、自民、公明など野党との法案の修正協議が欠かせない。自民党は「小沢氏との決別」を協力の条件の一つに掲げている。再会談が与野党協議の妨げとなるのなら、いずれ会談打ち切りを決断する必要がある。

野田首相は、関連法案採決時の党内からの造反について「党として対応する」と語り、処分を辞さない構えだ。一体改革に「政治生命を懸ける」と言明している以上、今国会での法案成立を最優先すべきで、安易な妥協は禁物だ。

自民党が社会保障制度改革基本法案の骨子をまとめるなど、一体改革をめぐる与野党協議の機運は徐々に高まってきている。この機を逃してはならない。

2012年5月30日 (水)

どうしたらゴミ捨てがなくなる?

10shiretoko5go_1ko21 5月27日(日)に八王子市は一斉に「町の清掃デイ」を行った。毎年5月30日をゴミゼロの日とし行っている。私たちの町会(片倉町一丁目町会)も朝8時から実施した参加人は小学生を含め約110名だった。主にゴミ拾いが中心である。タバコの吸い殻・パンの空き袋・缶・ペットボトルなど、軽トラ一台分の量になった。

特に目立たない木の陰や雑草の中に捨ててあるゴミはちょと気がつかない。人間の心理で捨てるのはちょっと躊躇するが、目立たないところはいいだろう。また、少しぐらいなら、小さいゴミ・タバコの吸い殻ぐらい・・・捨てていく、暫くするとだんだん増えてくる。

汗をかいて拾ってきれいになった。しかし、翌日になると、何時もの通りゴミは捨ててあった。誰だろう?折角きれいにみんなで協力したばかりなのに・・・

道路は不特定多数の人が利用する、他の町の人は、何時もと変わらぬ生活で車・歩行・自転車などで通行する。また、町会に方も、清掃デイなんて全く知らない、感心を持っていない人もいる。少なくても、清掃デイに参加して頂いた方は、無意識には捨てたりしない。

歩行禁煙は八王子市全域と条令ではなっているのだが守られていない。ゴミ捨て禁止のポスターも多すぎるほど設置しているが、一体どうしたら止め、町がきれいで、気持ちよく生活できるか悩んでしまう。今日もゴミ拾いをし、何時もの通り袋一杯になった。

価値観について

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10ichige_akitakoma11 価値観とは知性・社会・お金・家族・身体など、価値判断を伴った視点です。自分の考えを理解して貰いたくて一生懸命に話したのに、相手が考え方を変えなくて、不満を感じたことはありませんか?逆に、自分の考えを受け入れてくれてホッとしたこともあると思います。誰とでも完璧な人間関係を築けているとは言えない。

ウマが合う人/合わない人がいる理由・・・人は誰でも、ウマが合う人と、合わない人がいます。なぜか人間関係がうまくいかない人とか、逆になぜか最初から仲良くなれる人がいます。それは、個々の人間が持っている価値観によります。

仲のいい夫婦は、同じような価値観をもっています。逆に離婚を考えている夫婦は価値観が違っている人だと思います。つまり価値観の違いが、考え方の違いや意見の食い違いを生むのです。

知性・社会・お金・家族・身体・・・誰が何に、一番高い価値観をもっているかは、人それぞれ違います。それなのに、私達は、誰もが自分の価値観で物事を推しはかります。そして、誰もが自分と同じ価値観で物事を見ていると思い込み、自分の価値観に合う人を好きになって、価値観に反する人を攻撃してしまいます。夫婦であったとしてもです。

一人ひとり、考え方も価値観も違うだけで、相手の価値観を尊重して、コミュニケーションを取れるようになると、人間関係が改善していきす。

逆に、相手の価値観をないがしろにすればするほど、何度も問題が起きます。人は、自分の価値観に合致したものしか受け入れないので、それを認めてあげない限りは、問題が起きるのは自然なことです。

子供・成人・結婚・一人暮らしなどの人生の移り変わり、また、無意識に自分の考えや価値観を強化していくものです。真面目な人なら、真面目になっていきますし、人生楽しみが第一なら基本的にはそうなっていきます。

毎日自分の価値観に従って判断を下していくので、強化されるのは当たり前です。無意識に自分の中で「いつも使っている言葉」を唱えているのです。

「がんばらなきゃ」って人もいれば、「どうにかなるさ」の人もいるでしょう。人間には動機と価値観があります。動機は大人になってねしまうとあまり変えられない。創造的なのが好き、人と一緒だと安心、人を助けたい、地位を高めたい、~したい、の部分が動機です。

ところが価値観は結構あっさり変わることがあります。自分では、無意識ですが、他人から暫くあっていないうちに、「随分かわったね」という経験は誰であると思います。それは大きなショッキングなことが遭った時などです。
変えられる・変えざるを得ない事実を知っておくことが大切だと思います。

2012年5月29日 (火)

人から信頼される人とは・・・

O07750519118033164891 人から心より信頼される人は、「つつしむ」・「つとめる」ということが身に付いている人のことと、あるお坊さんが言っていました。

つつしむとは・・・「あやまちをおかさないように気をつける。」「心をひきしめ、ひかえめな態度をとる。」とあり、「つとめる」とは・・・「精を出して仕事をする。」「努力して事を行う。」とあります。

要は、事象を慎重に判断し一生懸命仕事に精を出す(人)ことで、その積み重ねして人間が他人から信頼が勝ち取るものだと思います。だから立派な理屈は口にはするが、実行力がなければす信頼は生まれません。

たとえば、人から深刻な相談を受けた内容・本心を打ち明けてくれた内容・誰にも言えないような秘密を話してくれたとき、そのことを自分の胸の内だけに納め、決して他人に話したりしないのだと思います。

そして、その人の立場になって話を真剣に受け止めて対処していこうとする心配りの出来る人です。時には、一緒に涙したり・笑ったり・落ち込んだり・悩んだりして、相手の気持ちになって考え・悩んだりするのです。

それを繰り返し行っている人は、自然と「言葉をつつしむ」ことが出来ており、軽はずみな発言をすることもなく、その人自身の発する言葉には「責任感のある・重たさ」があるものです。

逆に言葉の軽い人は、人から深刻な相談を受けることもなく、人の心に勝手に踏み込んでいっては、何とかその人から誰にも知られたくないような興味深い情報を仕入れようとするのかもしれません。

そして、相手の本心を探り出した情報を他人に売ることもあるかもしれません。「どうだ・・私はこんなに人から信頼されているから、心の秘密を打ち明けてくれているのだぞ!」

と言わんばかりに、得意げな顔をして言いふらすこともあり得ります。人として同じ生き方をするのであれば、「口をつつしむ」ことを実際に身に付けた人になっていきたいものです

審議拒否は給料泥棒

06oga_toga11 「審議拒否」が続く国会、日本丸は大きな波風に揺れ動いている。舟に乗っている日本国民は不安で仕方がない。問題を一刻も早く解決しないと、呼吸困難に陥っている国民と、まだまだ余裕のある人間でも、この先が不安は増すばかりである。色々な問題が山積しているのだ。舟を止める訳にいかない。

黙っていれば何時までやるの?給料・手当てはしっかり貰えるということで、仕事は勝手にボイコットして?いられる国会議員は、それが仕事と思っているのでは、国民の血税を使っていることを再認識してもらいたい。

自民党議員さん・公明党議員さん、そりゃ前田国交省・田中防衛大臣が参議院で問責決議を受けた人間を更迭しないのも可笑しいが、そんな事して空白出来る状況ではない。もっと大人の見地から判断してもらいたい。

だから、維新の会の橋下大阪市長に自民・公明は「税金泥棒呼ばわれするのだ。こんなことことして、国民から信頼は薄れ、国民と乖離が大きくなる、自分たちが窮地に落ち込んでいることを認識すべきだ。

MSN産経ニュース・・・「批判あっても筋通す」 自民・脇参院国対委員長が審議拒否で自民党の脇雅史参院国対委員長「少々評判が悪くても、ここは筋を通すしかない」

自民党の脇雅史参院国対委員長は24日の党参院議員懇談会で、田中直紀防衛相ら参院で問責決議を受けた2閣僚が交代しない限り、原則的に国会審議には応じない考えを重ねて示し、理解を求めた。

政府・与党が求める原子力規制庁設置法案の審議についても「参院は一切応じることはない。中途半端な格好で次へ進むことはありえない」ときっぱり。

「世論調査でも審議が止まるのは与党が悪いからだという人が5割以上、野党が悪いという人は3割だ。自信を持って(審議拒否を)やればいい」とハッパをかけるが、移り気な世論がどこまで審議拒否を支持するか。国会の状況同様に見通せない。

橋下徹大阪市長は24日の記者会見で、問責決議を受けた田中直紀防衛相ら 2閣僚の更迭要求に応じないことを理由に審議拒否戦術をとっている自民、公明 両党に関し「税金泥棒だ」と批判した。

原子力規制庁設置関連法案の審議入りが遅れている現状を憂慮。2閣僚が 原子力行政の所管外だと強調し「なぜ規制庁法案まで人質に取るのか。茶番劇で 国民不在の国会運営だ。国会議員の責任を果たしていない」と早期審議入りを求めた。

同時に「こんなことばかりだから国民の国政への信頼は落ちていく」と切り捨てた。

義理人情の世の中が懐かしい

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199912070922111 私は昭和20年代後半、親父聞くラジオの浪曲で広沢虎造の「遠州森の石松」を覚えている。飲兵衛で、喧嘩っ早く、そしてなにより馬鹿である。「江戸っ子だってねえ、寿司喰いねえ。」寿司をみれば、思わずセリフが口に出てしまうくらいであった。

清水次郎長の子分・「森の石松」は、次郎長の代参で金比羅へ向うが、その帰路で博打の貸し金のもつれから、命を狙われる。森の石松は、馬鹿がつくほど単純で、正直者で一本気、見え透いた罠にまんまと掛かり、殺されてしまう。

浪曲はこの下りを、「馬鹿は死ななきゃなおらない」というフレーズを用いて語った。広沢虎造は名調子で広く人気を博したので、世間に「馬鹿は死ななきゃなおらない」というのが広がった。

そこに登場する「石松像」は、「自分は絶対嘘をつかないから、人も嘘は言わない」と思い、常に人を信じる性格で、行動も「お人好しで義理人情に生きる」見本の様に表現される人物である。

本人の気質「義理と褌は外せない」などを親父はよく事ある毎に言っていたが、昭和の頃は日本人には、義理人情に生きる人間が多かったのだろう。それゆえ、森の石松像に人気があった。

人を信用し、家には鍵がない。困っている人には、見知らずの方を泊めてあげたり、お金を貸したり、ご飯を食べさせたりした時代があった。

村田英雄の歌に佐藤惣之助詩・古賀政男作曲「人生劇場」ヒットした時代があった。(宴会などでも年配の方がよく歌った)

(一)
やると思えばどこまでやるさ
それが男の魂じゃないか
義理がすたればこの世は闇だ
なまじとめるな夜の雨
(ニ)
あんな女に未練はないが
なぜか涙が流れてならぬ
男ごころは男でなけりゃ
解るものかと諦めた
(三)
時世
(ときよ)時節は変ろとままよ
吉良の仁吉は男じゃないか
おれも生きたや仁吉のように
義理と人情のこの世界

(吉良の仁吉は、清水次郎長の兄弟分)

義理人情・・・辞書から義理人情ということば自体は中国に由来するが、その内容は、日本における濃密な人間関係、社会関係を維持存続し、さらには強化するための、日本の社会と文化に根ざした習俗であり、社会規範である。 [ 執筆者:源 了圓 ]

日本における「義理と人情」との関係には、一種の社会規範であり、それが人間の情欲や人間らしい思いやりの情としての「人情」と対立・葛藤の関係にあって、人が自己の身の処し方に悩む場合。と「あの男は義理人情を解する男だ」という表現に示されるように、両者がいわば一つのセットとなって、情緒的な人間関係に根ざした心情道徳という性格をもつ場合、の両面がある。

今でも、私たちの町にも一人位は「遠州森の石松」のような人物が居て欲しいものだ。

  

2012年5月28日 (月)

人口増加と水不足

05oirase31 水に恵まれた青い惑星、地球。地球には、14億立方キロメートルの水があると言われているが、そのうち約97.5パーセントは海水で、淡水(真水)は約2.5パーセント。そして、この淡水のほとんどが、北極や南極の氷だそうだ。 私たちが身近に利用できる水は地球上の水のわずか0.01パーセントにすぎない。私たちが日常使用している水は、限りある貴重な資源ということになる。

日本は人口が減少しているが、世界的に見ると人口は増え続けている。70億人(昨年国連で発表)世界の平均寿命は1950年には48歳が、今は69歳と20歳以上も延びた。このままいくと2043年には90億人、2083年には100億人に達すると予想されている。

近い将来、化石燃料の限界が近づいていて代替エネルギーの問題そして、食料危機が大きく取り上げられている。しかし「水」の問題は深刻に受け止めていないようだが、専門家は、人口が増えたことで、水不足に陥るという。

水というと日本は南北に細長い島国であり、列島の中央を急峻な山脈が縦断し、国土の75%を山地が占めている。そして、春夏秋冬の四季があり、雨が降り、山に降った雨は川に流れて田畑に取り入れての四季折々の農作物が採れる。

世界的に見ると、アフリカ大陸の砂漠地帯の近くに住んでいる住んでいる人間などは、人口が爆発的に増えているそうだ。そして地球温暖化で住んでいたところが砂漠化が進んで大きく広がっている。水は人間生きるには欠かすことが出来ないものである。

私たち人類はこれまで、川として地表を循環している淡水と、地下水を利用して食料を生産し、これまで発展してきたが、特に近年、世界各地で川の断流や地下水位の低下など水不足が深刻化してきている。

原因は、増え続ける人類を養うための食料を生産する農業用水の増大によるもので、中国では、流域面積が日本の国土の2倍にもなる黄河で、川の水が海まで到達しない断流が頻繁に起き、また、インドやアメリカなどの一部では、地下からの揚水の増加により、毎年地下水位が低下しているという。

国連が1997年に行った世界淡水アセスメントによると、「世界の約3分の1の人々は、すべての水需要を満たすのが不可能だと思われる、いわゆる水不足という状況下にある国で暮している」と報告してる、この割合は、人口の増加と経済成長がともに限られた水の供給を圧迫することから、2025年までには3分の2へと倍増するだろうと警告している。

馬鹿がいなけりゃ成り立たない

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00a233ff1 「馬鹿がいなけりゃ成り立たない」とちょとやるせない思いがする今日この頃である。「俺がやった俺がやった」言いふらし自己主張し、人々に賛同を得ようとする人間と、反対に人に目立たないように黙ったコツコツ仕事をする要領の悪い?人がいる。

私は「ボランティア」・「無報酬」・「自分を犠牲にして」などの言葉があるように、人のため、世のためと人知れず陰の力となって尽くしている人が貴重で、世の中よくなるのだと思う。

最近の風潮で、町が汚れているなぁー、・・・黙ってゴミ拾いをし・・・子供が悪い遊びをしているー・・・積極的に注意し・・・人を侮る悪い噂を流す人がいれば・・・つまらないから辞めなさい。など、人が嫌がることをする人が少なくなった。

余計なお節介?はしない。関わりたくない。見てみぬ振りをする。そんなことする余裕などない。自分が生きるためにはそんなことにかまけていられない。という人が多くなったといことでもある。

私は、最近「絆」という言葉が世の中に流布しているが、本当に口では言っているが行動に移せない・移さない人間が多くということだ。したがって、そんな余計なことをする人間が少なくなったと思う。

30~40年前をかえりみると、名物人間がいた、横丁の怖いお爺さんが子供の悪遊びに怒って注意したり、また、お節介お婆さんが、用もないのに隣に家に声をかけたりする人がいたっけなぁーそうして困ったことは、「おたがいさま」で、世の中楽しく暮らせていた。

町の人々は、「迷惑かけてすみません。」「いいえこちらこそ何時もすみません」そうして最期に「ありがとうございます。」のことが懐かしいく思える。

「ペスタロッチ「ガラスの破片を拾ったペスタロッチの心 」思い出した。
スイスのある町に、一人の老人がやってきました。そして、まだ舗装されていない通りで、子どもたちが遊んでいるのを、ニコニコして眺(なが)めています。そして、ときどき身をかがめては、なにかを拾ってポケットに入れています。

こういうことが、何日か続いたある日、とうとう、警官がそばにきて、「いま、なにか拾ったようだが、見せてくれないか」「これは、見せるようなものじゃありませんよ」といって見せたがらないので、いよいよ怪しいと思った警官が、手をポケットに入れそうにしたので、その老人は自分でポケットの中のものを手の上にのせました。

「なんだこれは。ガラスの破片ではないか、こんなものを拾ってどうするのかね」その老人は、子どもたちのほうを指さして、「はだしの子もいるし、ころんでヒザこぞうや手をつく子もいるので、あぶないと思ってね」あいかわらず、おだやかな語調で、にこやかにしている老人に、「もしや、あなたはペスタロッチ先生ではありませんか」と聞いた警官は、「ええ、そのペスタロッチです」と、静かに答える老人に、ふかぶかと、おわびの礼をするのでした。

これは、愛による新しい教育論を説いて、それを実践し、「教育の父」といわれた、スイスの教育家ヨハン・ハインリヒ・ペスタロッチの、ある日のエピソードです。

2012年5月27日 (日)

嫌な世の中じゃございませんか?

07murasugi_watasuge11 「5月の憂鬱」という言葉があるが、季節の変わり目で気温が高かったり低かったり、気温差が大きい日のためなのかも知れないが鬱になる人が多いという、また若い人は、進学・就職の堰を乗り越えて、新しい分野で、環境に馴染めないで、悩んでしまう人もこの時期である。

その上、世の中、高齢化・無縁化で孤立死が問題となっている。私の知っている中学の同級生は、病気で亡くなった。そして奥さんがうつ病になって、ひとり家に篭もり、買い物など、外に出る姿が見られなくなった。近隣の方とも交際が少なくなってしまって、雨戸の開かない日が続き、呼び出しても応答がなく、娘さんに連絡し、合鍵で玄関を開けたら、亡くなっていたという。

いわゆる孤立死である。孤立死は今、社会問題となっているが、他所ごとではないことを実感した。「どうして早く分からなかったのだろう」いまや「たら・ねば」では片付けらない問題である。若い・高齢者とは関係なく誰でも、起こり得る現象だと思う。

一番憂いていたことで、何とも寂しく切ない。これが現実、何とかならないのか、「政治が悪い」のか、いやいやこれが社会構造の変化の“なれの果て?”嫌な世の中じゃございませんか・・・

幸せの青い鳥を追い求め過ぎ・・・

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3612 働くことが好きで、暇さえあれば仕事する・・・「しなければお天道様に申し訳ない。」夜なべをする両親の姿が目に浮かぶ・・・はだか電球の下で家族が一つの、ちゃぶ台で夕飯の食事をしていた昭和20年代・・・一匹の魚を兄弟で取り合って食べた。そういう時代であっても、なに一つ生活に不満を持ったことがなかった。

昨年ブータンの国王夫妻が来日し、笑顔が素敵なワンチュク国王と、結婚なされたばかりジェツン・ペマ王妃。国王の真剣な眼差しと時折見せる満面の笑みは印象的だった。王妃も凜とした表情のなかに、柔らかい笑顔を覗かせていた。

被災地の小学校訪問で国王陛下が子供たちに話した「龍」の話は、「自分の体験の上に存在し、経験によって大きくなるという心の中の龍。」自分の龍を鍛錬して、感情などをコントロールすることが大切」というもので、印象的であった。

人口70万人の小国で、国民の幸福度が世界一高いというブータン。こんなにも優しくお幸せそうなお二人を見ていると、ブータン王国の価値観を見習いたくなった。

産経新聞・・・経済協力開発機構(OECD)は23日までに、各国の国民の幸福度を測定する「より良い暮らし指標」の最新版を公開した。日本はOECD加盟国など36カ国中21位で昨年の19位から後退した。「仕事と生活の調和」や「生活満足度」の評価が低迷したことが響いた。

指標は11項目で構成。日本は仕事と生活の調和の評価が34位。週50時間以上働く人の割合が高く、1日の中で余暇や睡眠、食事などに使う時間が少なかった。生活の満足度も27位と低水準にとどまった。

一方で、犯罪に巻き込まれる確率が低いとして「安全」は1位。「教育」は2位で、学歴や読解力が高いとされた。全体評価の1位は2年連続でオーストラリア。2位がノルウェー、3位は米国と続いた。

「文化・文明(生活の向上)」と「心の幸福度向上」は、果てしない人間の煩悩である。欲望が際限なく進んで心と身体のバランスが崩れると幸福感覚が麻痺した状態になる。そして、悩み苦しみ最悪は悲しい人生と思い込むことになる。

私達は、他人よりも少しでも、豊かな暮らしをしたいと、身体を壊すまで働いて「幸せは人よりいい暮らし」を求めて「幸せの青い鳥」を追い求めているではないだろうか?

 

2012年5月26日 (土)

CO2排出量過去最多(316億トン)で未来が危うい

Galleryplayer3_desert 東日本の震災で原子力発電の安全性が問われているが一方、世界のCO2排出量 去年過去最多 になったという。新興国での増加が続いたことなどから、316億トンとなり、これまでで最も多くなったことが、IEA=国際エネルギー機関のまとめで分かった。

石炭や石油の消費などによって世界全体で排出された二酸化炭素の量は前の年から3.2%増えてたそうだ。温室効果ガスの主な排出国は、産業革命以降の気温の上昇を2度未満に迎えることを目標としているが、二酸化炭素の排出量が最多となった今回の推計を踏まえて、IEAは「目標の実現に向けた道のりは、閉ざされつつある」と厳しい見方を示しているという。

最大の排出国である中国・インドなど規制は必要だ。その上原子力発電は、現段階では全廃するということは出来ない。全世界が真剣に考え、地球温暖化阻止をしなければこの地球上で生きていくことが出来ない深刻な状況になる。

産経新聞主張に「将来の原発比率 現実離れの議論は問題だ」の意見に賛成である。

平成42(2030)年時点の原子力発電比率を検討している経済産業省の基本問題委員会が、0~35%までの5案を示した。今夏までに政府のエネルギー計画として最終決定する方針だ。

最大の問題は、東京電力福島第1原発事故を受けて、原発ゼロを求める意見が議論に色濃く反映され、料金や安定供給、温暖化対策などを総合的に評価する姿勢が欠けていることだ。

社会・経済を支えるエネルギーの将来像を左右する重要な選択だ。一時の風潮に流されることなく、最適な電源構成を冷静に考えねばならない。

政府が一昨年に決めたエネルギー基本計画は、事故前に26%だった原発比率を42年には約50%に高めるとしていた。だが、昨年の事故で方針は撤回され、夏までに計画を策定し直すことになった。

委員会はゼロから35%までの案ごとに日本経済に及ぼす影響度を試算しているが、原発ゼロの場合の影響は極めて深刻だ。

火力発電向け燃料費の増加に加え、発電コストが高い太陽光や風力などの再生可能エネルギーの調達により電力料金は2倍以上に上昇する。国内総生産(GDP)は5%程度も下がるとされており、国際競争力の低下と産業空洞化を加速しかねない。

また、発電過程で温室効果ガスを排出しない原発をなくすと、二酸化炭素(CO2)の排出削減にも悪影響が出る。原発比率を35%にした場合と比べ、原発ゼロでは温室効果ガスの排出削減効果はほぼ半減する。1990年比で2020年までに温室効果ガスを25%削減するとした民主党政権の国際公約と矛盾はしないか。

原発ゼロのケースは、再生エネルギー比率を35%まで高めることが前提だ。現行では水力を含めても9%にすぎない再生エネルギーをどうやって一気に増やせるのか。道筋は示されていない。原発に代わる主要な電源として現実的な選択肢とはいえまい。

細野豪志原発事故担当相は25日の記者会見で、「原発比率は15%がベースになる」との見方を示した。40年の耐用年数が来た時点で段階的に廃炉にするという政府の方針に沿ったもので、新規増設は考慮していない。電力の安定供給は政府の責務だ。理想論だけではなく、現実を踏まえた議論が問われている。

宇宙旅行は夢ではない

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Galleryplayer22_moon  いよいよ普通の人が宇宙旅行できる時代は近い。それは、民間企業で開発されていてロケット打ち上げに成功したことで感じる。宇宙はまだまだ未知の世界で分からないことばかりである。宇宙旅行は人間の究極の夢である。

アメリカの創設10年のベンチャー企業が国際宇宙船に無人の輸送機をドッキング成功したという、NHK深夜便を聴いていてニュースで知り、驚きである。

宇宙開発が進んでいて、日本では5月18日にロケットH2A・三菱重工業と宇宙航空研究開発機構は、韓国の人工衛星・日本の人工衛星乗せH2Aロケットを打ち上げに成功したニュースがあったばかりである。

2001年からH2Aにとって今回は21度目の打ち上げで成功率は95パーセント、H2Aの打ち上げが民間に移管された2007年から打ち上げを担当している三菱重工は、さらに多くの打ち上げ契約を獲得し、現在は欧州とロシアが支配している衛星打ち上げ市場に足場を築きたい意向だという。

そしてアメリカの民間企業(スペースX社)が打ち上げた無人輸送機「ドラゴン」が日本時間26日午前1時ごろ、民間企業が開発した輸送機として初めて国際宇宙ステーション(ISS)にドッキングした。

スペース・エクスプロレーション・テクノロジーズ、通称スペースX(: Space Exploration Technologies Corporation、SpaceX)は、ロケット・宇宙船の開発・打ち上げといった宇宙輸送(商業軌道輸送サービス)を業務とするアメリカ合衆国の企業である。2002年にインターネットベンチャー企業PayPalの創設者、イーロン・マスクにより設立された。従業員1500人(ウキペィア)

ドラゴンは、引退した米航空宇宙局(NASA)のスペースシャトルに代わり、ISSとの間を往復して物資を運ぶ役目を担う。高さ5.9メートル、直径3.66メートルの円筒型で、ISSの軌道までなら、日本の無人輸送機HTV(こうのとり)と同じ6トンの荷物を運ぶことができる。

宇宙飛行士の食料や衣服などを届け、実験で得られた成果物などの物資を持ち帰る。(毎日新聞)

2012年5月25日 (金)

生活保護費不正受給のこと

0105tutuzi21 いま生活保護費の不正受給で、問題になっていて、大阪市は2011年度の市税収入が6226億円で生活保護費の予算が2916億円という惨状だ。母子家庭の生活保護を批判の対象になっているが、震災以降、単身健常者の受給まで急増している。現在209万人という。3兆円で、2025年度で5.2兆円という予想である。

テレビで、需給日にハローワークに列をなして受け取りに行き、貰ったらパチンコ・自販機でお酒を買って、朝から飲んでいる光景が写ったいた。働けるのに意欲がなくなる人たちが多くいるようだ。年金より高い金額で?、身体が悪いを口実に生活保護費で暮らしている?こんな甘い国民意識は異状だ。「正直者は馬鹿をみる」なんて世の中あってはならない。

お笑いタレントの次長課長 河本準一さんの母親が15年間も受給していたという。今日のテレビで、それを認めた記者会見があって、返納したいという。

デビュー当時は年間100万円もいかない不安定な収入であって、仕方なし母親は生活保護費を受給していたということだが、いまや5000万円の収入があると?されている、何故早く本人が気がつかなかったのか、また市の担当者も気がつかないというのも可笑しい。

国民の税金を、こうやって使われては、汗水流して働いた税金を不正に需給は許されない。法の見直しをし、本当に見直しが必要だ。貰わなければいけない人にのみ、支給するということにして貰いたい。

こんな底の抜けた、管理では日本は沈没する。真面目な人は怒って当たり前だ。貰うほうも貰うほうで問題だが、支給するほうも問題である。

無事と無学

Bachalpseeflowers1 「無事と無学」・・・武田鏡村監修「仏教」から・・・(ほとけの言葉)
同じ言葉でも、日常的に用いるのと、仏教で用いるのとでは、意味が全く逆がありますが、(無学)はそれにあてはまります。

無学といえば、ふつうは「学問や教養のない人」の意に用いられますが、仏教用語では意味が反対で「学ぶべきものがなくなくなった人」を指します。より具体的にいうと、煩悩を断じ尽くして、「阿羅漢」という修行者の最高レベルに達した人のことです。完全無欠のさとり境涯で、初期仏教ではゴータマ・ブッタのさとりと同じレベルととらえられます。

これとは反対に、いまだ阿羅漢でない、煩悩や学ぶべきものが残っておる段階の修行者は(有学)とよばれます。

一方(無事)も、真逆とはいえませんが、意味が大きく転じた仏教語の一つです。日常的には、事故に遭ったり、大病にかかったりしても、大事にいたらかった場合、「無事でよかったね」などと言いますが、仏教では(無事)は「拠り所となる実体がないこと」「心にわずらいがないこと」を意味しています。

特に禅宗では、一切の無為を離れた自然のなあり方を(無事)と呼んで尊びました。たとえば、『臨済録』(中国の禅僧・臨済録)には「無事是れ貴人なり」とあります。つまり、(無事)は本来、外面的な障害がないことではなく、束縛を離れた平穏な内面の状態、こだわりのない状態を、さしているわけです。いわば、さとりの境地です。しかし、「無事」になっても、安心してはいけない、とも禅は戒めています。

「無為無人の人、なお金鎖の難に遭う」(『碧厳録』 すっかりさとった人でも、さとったと思うや「金の鎖」にしばれれてしまうというのです。

人権・最近のニュースから思う

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07rose_ame21 最近・・・「人権」という問題でこのところ大きくニュースで取り上げられたのは二つある。

一つは、中国の「盲目の人権活動家」として知られる陳光誠氏が4月、自宅軟禁から脱出して北京の米国大使館に逃げ込んだ。アメリカ・中国の外交問題にも危惧されていた。

その後約1カ月を経て、陳氏は留学名目で米国に19日に出国した。一時は中国に残って活動を続けることも模索したが、当局による家族への迫害を恐れ、妻子とともに米国に渡ることを選んだ。

9月24日付け西日本新聞社説に「中国の人権・国際社会でも目を光らせよ」・・・載せた。

二つ目のニュースは、千葉県柏市で栄養失調状態だった幼い子供2人に治療を受けさせずに放置し、2歳10カ月だった長男を餓死させ、母親に懲役7年を言い渡した。

長男は紙やプラスチックなどを口にし腸閉塞になっていた状況があり「両親しか頼れない2人が長期間耐え忍んだ心細さ、身体的苦痛はあまりに大きく結果は重大」と裁判長が述べた。

母親の夫は同罪などで共謀し、次女にも十分な食事を与えず、虐待の発覚を恐れて医師の診察をなどを受けさせずに放置、餓死させ、次女を栄養失調になっていた。

人権とは生きる権利だ。法務省のホームページに載っている内容・・・「人権」とは・・・「すべての人々が生命と自由を確保し,それぞれの幸福を追求する権利」あるいは「人間が人間らしく生きる権利で,生まれながらに持つ権利」であり,だれにとっても身近で大切なもの,日常の思いやりの心によって守られる。
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子どもたちに対しては,「命を大切にすること」,「みんなと仲良くすること」である。

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「人権」は難しいものではなく,だれでも心で理解し,感じることのできるものである。しかし,現実の社会では,保護者からの虐待によって子どもの命が奪われたり,パートナーからの暴力によって心や身体に深い傷を受けることがある。

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高齢だから,障害があるから,同和地区出身者だから,外国人だからということで差別を受けることもある。ハンセン病に対する誤った認識や偏見により,現在でも故郷に帰ることができない方もいる。どれも悲しく痛ましい人権問題である。

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人権は思いやり、どんな人でも、優しくしてあげる心を持ってあげることが、基本であると思う。それにはお互いに、「苦しさ、楽しさ、豊かさを共有する心を持つ」ことだ。

2012年5月24日 (木)

夏草との戦い

 Img_0103 草伸びて 戦い果てに 指に豆

昨日・今日と夏日となって暑い、今年に春に改修された、湯殿川河川管理通路がインターロッキングで整備され気持ちがいい。それに続く国有地に芝が植えられた。広さが150㎡ぐらいあるかと思われるが、その芝生が見えないくらいに雑草が生えてしまった。

湯殿川の則面及び、河川管理通路などは、国土交通省にお願いし草刈をしていただいた。また隣接しているNTT片倉電話交換局も5月27日の、八王子市清掃デイにあわせて草を刈っていただいた。(草が伸びると、どうしてもゴミを捨てていく、心無い人がいる。)

それにしても夏草の伸びるのは早い、芝生に生えてしまった雑草は、小まめに抜き取らないと大変なことになる。農家の人が「夏は草との戦い」というが、よく分かる。

昨日午後から4時30分までと今朝は、6時30分から11時まで行いようやっと征伐できた。しかし、指に大きな豆ができ、身体が痛い、汗びっしょりにった。終って、爽やかな風がきもち良かった。

政治は腹の探りあい

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08yokotesigai_yuukei21 小沢一郎元代表は、いったい何様なのか、確かに先の衆議院選挙で多くの候補者を当選させた(小沢チルドレン)の実績はあるが・・・しかしまぁー裁判も決着していない身の上でこれだけの陰の権力があるとは恐れ入った。

野田首相の政治生命を賭けても成立させる意欲を持っている、消費増税反対なら、離党が妥当だろうと思うが・・・。

小沢氏は常々、私は一平卒の身と自称しているのにわざわざ、幹事長の輿石氏の仲介で話し合い?何んておかしいと思う。小沢氏を無視するわけにいかない?(そうしても消費増案を成立させたい意欲を反対派に示したい・・・ということか?)

それに会談前から「決裂なら党分裂か」「輿石氏のメンツはつぶせない」といった観測が乱れ飛ぶ「永田町文化」も、国民と政治との距離を広げていくばかりで、嫌気を差すばかりである。

小沢氏はみずからのグループの議員たちとは昼夜を問わず会合を重ねている。しかし、首相と直接会うのは野田政権の発足以来、9カ月近くで初めてだという。

野田首相は「日程がタイトだとひしひしと感じている」と述べ、6月21日までの通常国会の会期延長に含みを持たせている。

政治は数の力ということか?いずれにしても厳しい、問責決議を受けた2閣僚を更迭させろという自民党、公明党との隔たりと、党内反対派に重鎮の小沢氏の存在・・・

まぁー一回で決着つく会談にはなりそうもないとの予想である。小沢氏と比較的近い輿石氏の思惑は時間稼ぎという政治アナリストもいるようだ。政治は、お互いの腹の探りあい?の感が深まった印象である。

2012年5月23日 (水)

悟りと解脱・・・

08adachi_bizyutukan11 仏教の用語で、私たちが日常使われている言葉は実に多い。今朝は、その仏教用語で「さとり」「解脱」を勉強してみたが、人間の心の煩雑さは煩悩・・・(身心を悩まし苦しめ、煩わせ、けがす精神作用。(貪(とん)・瞋(じん)・痴(ち)は根元的な煩悩として三毒という。)で紛れていることを知った。

「さとり」心境までは到達できないが、少なくても自分に厳しく日常を過ごさねばならないと思った。

武田鏡村「仏教」の本からの抜粋・・・
「悟りと解脱」――心が煩悩から開放された心解脱と、煩悩が完全に絶たれ慧解脱の2種類がある。

「さとり」という言葉は仏教用語としてよく使われるが、いざ定義をしようとすると曖昧な用語でもある。初期仏教では修行の完成は(ニッパーナ)と呼ばれる。涅槃に達するまでには預流果・一来果・不還果・阿羅漢果という4段階で「解脱」を体験し、徐々に煩悩を滅しなければならない。

最終的に阿羅漢果に達するとすべての煩悩が絶たれ、もう2度と輪廻転生がない涅槃の境地に達するとされる。

日本語の「さとり」に近い用語は、「解脱」だが、この解脱には2種類がある。心解脱と慧解脱である。心解脱は、修行のプロセスで体験する一時的な「悟り」で、時解脱とも呼ばれる。安定した禅定に入ることで、心が煩悩(汚れ)から解放された状態である。

もう一方の慧解脱は、智慧を開発して無明を滅ぼすことをいう。慧解脱を経験すると煩悩は完全に絶たれ、二度と生じなくなる。先ほどの4段階の「解脱」は慧解脱のことである。しかし、瞑想修行において智慧の開発を支えるのは禅定の集中力なので、慧解脱は心解脱とともに起こるのがふつうである。これを具分解脱という。

ゴーダマがブッタとなる前に師事したガーラーマやラーマブッタは禅定の達人であり「心解脱」は幾度となく体験していた。しかし彼らの解脱は、禅定という特殊な心理状態に依存した一時的なすぎなかった。ブッタは智慧によって無明を完全に滅ぼし、どんな状況でも決して揺るがない「不動の心解脱」完成させたのである。

仏教徒の「さとり」は、慧解脱でなければならない。智慧の開発=因果法則の発見には、禅定が不可欠というわけではない。ブッタとの対話によって法眼が生じた(預流果になった)という場合に起きているのは、禅定を伴わない慧解脱である。

がれき搬入阻止・焼却反対について

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0525202011062625201809361 東日本大震災の、宮城県・岩手県がガレキ処理に困っているのに、手助けしようとしている北九州市に地域住民の反対で試験焼却のがれき 大幅に遅れ搬入というNHKのニュースを聞いて、伝統の日本人の気質が時代と共に失われていってしまったのは残念な気持ちである。

「がんばれ日本!」「元気をだせ日本!」などの看板を日本中で見かけるが、私は九州地方に行っていないので分からないが、多分あるだろう。お互い様じゃないですか、困っている人がいたら手貸すのは日本人でなくとも心のある人であるならば、人間は誰でも手を差し出す。

放射能を含んだガレキを焼却すると何十倍に濃縮されるとか、放射能を日本中にばら撒く結果になるとか、心配されれている人が反対しているのだろう。北九州市は試験的に焼却し、結果を専門家の人たちに判断してもらおうとしているのだ。反対する人の中に逮捕者が出たという。もっと冷静になってほしいものだ。

NHKwebニュース・・・西日本では初めてとなる震災のがれきの試験焼却を予定している北九州市に、22日朝、宮城県石巻市のがれきを積んだトラックが到着しましたが、受け入れに反対する市民グループなどの激しい抵抗のため、がれきの搬入は予定より大幅に遅れ、午後8時すぎに終わりました。

なぜ反対するのかは、放射能汚染されているという危惧だからだと思うが、NHKが行った世論調査で、震災で発生した岩手県と宮城県のがれきの処理を自分が住んでいる地域のごみ処理施設で受け入れることについて賛否を聞いたところ、「賛成」と答えた人は57%で半数を超えたという。

確かに、目に見えない放射能は、被害にあっても何十年後に症状が出るということだが、ここは冷静になって、物事を大局的な見地で行動をしてもらいたいと思う。

2012年5月22日 (火)

東京スカイツリー開業

200810170013a11 スカイツリー 五月晴れなら いいのだが

今日22日は東京スカイツリーが開業である。高さ634メートルの世界一高いタワー。来場が20万人を見込んでいる。周辺の道路は混雑が予想されることから電車やバスといった公共交通機関を利用するよう呼びかけているという。

「東京スカイツリー」は地上デジタル放送に対応した新たな電波塔として平成20年7月から3年8か月かけて建設され、ことし2月に完成した。スカイツリーには、地上350メートルと450メートルに展望台が設けられ、東京のパノラマが一望できるほか、晴れた日には遠く富士山を見ることもできる。

東武鉄道の担当者の、スカイツリータウンの年間来場者の見込みは、開業から1年で3200万人を想定して、初年度は2750万人を見込んでいるという。

経済効果は、調査方法や各調査機関によって違いはあるものの、一説には開業後は年間880億円の経済波及効果が見込まれているそうだ。

政治に感心を持とう

07akitakoma いま、日本は少子化対策を真剣に考え、抜本的な施策を打ち出し実行に移さないと、日本の明日はない。
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人口問題は深刻な状況で、このままでは、資源エネルギーも不足し、食料需給率も下がっている状態で、放置したら大変なことになる。人口は1億人ぐらいでよいから、産児制限を奨励してきた。そして、産児制限をキーワードに国は、これを喧伝してきた結果?今は、子供は1-2人になってしまっている。
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未婚率の増加は、女性の就労者が増えたことも関係する。いわゆる共働きである。文化の違い、生活の質の違い、などの考えたの違いからだ。社会(国)の豊かさは、個人の豊かさから推計される。国の政策は個人の幸せを考えた政策でなければいけないのは言うまでもない。
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安全・安心の出来る国づくりは、国民一人ひとりの意識の問題である。究極的には個人の「幸せ」という価値観で決められるものだ。ようやっと「社会保障と税の一体改革」関連法案の審議が始まった。少子高齢化などに対応すべく、社会保障制度と消費税を含む税制の抜本改革を目指し議論されている。
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与党の民主党の中でも意見が分かれている状況の中で、野田佳彦首相の主張が通るか問題である。日本再生の道作りであり、世界で生き抜くためでもある。
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この問題は、世界の問題に連動していることも考えあわせないといけない、人口と資源のバランスは大変重要だ。特に世界的に見れば人口は増え続けている。世界は、もう平時ではないかもしれない。
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2050年に地球の人口が90億人になと国連は試算している。そして、温暖化などで、干ばつや洪水が多発し、穀物が不作になる現象が続いていて、昨年の東南アジア大洪水では、日本企業も大きな被害であった。
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2025年に、世界中で真水の水不足が問題視されるであろうことが懸念されている。そして、日本では信じられないが、2025年までに世界の3分の2が水不足になると「 国連食糧農業機関」警告も、国連が発している。そして、将来的には海・川などの魚もこのままだと危機的な状況になると警告を発している。
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話は戻るが、少子化問題は、主として経済的な要因がある。少々の児童手当では解決できない問題がある。住居、高校、大学の教育費、就職問題、結婚問題、農家ならば相続問題等もある。社会構造の改革・・・意識が国民一人ひとりが持ち政治に感心をもつことである。
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国・地方の選挙の投票率でも分かるように50パーセント切るのが当たり前というのではどうにも仕方がない。

2012年5月21日 (月)

金冠日食・・・雑感

06oga_toga11 2012年5月21日朝7時32分“金環日食”を見た。(東京八王子市)雲の切れ間であるが辺りは、夕方のような?感じになった・・・

古代の人はさぞ、この世の終わりとでも思ったことだろう。科学が発達した現代であるが、この現象を事前に分かるということにも驚いている。

まぁーこんなこと考えて見たが・・・地球の自転のスピードは秒速というと・・・地球は一日24時間かけて1回転している。地球の円周は約、40000キロメートルだから40000÷24=1666・6÷60÷60=0.4629629・・・秒速、約 463メートルである。但し(赤道のスピード)

ところで、昔は迷信?が頻繁に使われて、今朝のような日食がある年は、何か不吉なことが起こり、この夏は冷害で作物は凶作だとか?子供が病気で亡くなるとか?オヤジから聞いたことがあった。

まだまだ、宇宙の謎は解明されていない。このことから、こんな熟語を連想した・・・因果応報 (前世における行為の結果として現在における幸不幸があり、現世における行為の結果として来世における幸不幸が生じるという考え方。)

また、有為転変(世の中のすべての形有る/形為すモノが絶えず流転・変化して、しばらくの間も同じ状態にとどまることがないこと。) 

世紀の天体ショー

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1851_07_28_berkowski1 今朝は(2012年5月21日)宇宙の大スペククタルショーが起きる。東京などの首都圏では173年ぶり、大阪、名古屋、東京の三大都市圏で同時に観測できるのはの実に392年ぶりという、太陽・月・地球と一直線になる金冠日食である。

想像だが、私が子供の頃、部分日食を見た時にも不安にになってしまったことから、それが392年前のむかしに突然暗くなってしまったら、この世が終わりと思ってしまった人々がいたと思う。「一体どういうことなのか?・・・神様・仏様」ただおろおろするばかりの人々はお互いに抱き合い不安な様子が目に映る。

このことから連想するのだが、宮沢賢治の童話『銀河鉄道の夜』を思いだす。宇宙の法則
宮澤賢治の代表作となる『銀河鉄道の夜』は死後の世界の情景を描いたものである。銀河の中を、列車が天国まで走っていく上り1本の急行列車である。

そこにいろんな人物が登場してきて、あの世の姿がそっくり出てくる。あの世(宇宙)の法則がはっきり描き出されている。それこそまさに賢治のとらえた幸福の原理である。単なる幻想の物語ではなく、実在の宇宙の内面のありのままの法則を描き出してみせている。

宮沢賢治といえば、詩の中でも「雨ニモマケズ」だが、この詩にう描かれた清貧に甘んじて利他行に徹する人物像は、『法華経』に登場する常不軽菩薩がモデルだと解釈がある。

武田鏡村の監修の本「仏教」から・・・常不軽菩薩とは、誰に対しても「あなたは仏になることができるのだから」と礼拝し、石を投げられろうと、杖で打たれようと、相手に崇敬を捧げ続けて、「常に軽んじず」ということから常不軽と名づけられて菩薩で、臨終時に『法華経』の教えを聞いてさとりを開き、さらに無限に寿命をのばして、『法華経』を説き続ける。

この常不軽菩薩こそ、賢治の理想像といえる。「デクノボー」原型なのかもしれない。そして「雨ニモマケズ」末尾に「南無妙法蓮華経」の題目を真ん中にした、日蓮宗でいう「大曼荼羅」が書き込まれている。『法華経』を知らずして賢治の文学は出来ない、といわれる所以である。

いま、賢治が生きていたらどんなこと考え言うのだろう?「ほめられもせず、苦にもされず、そういう者に私はなりたい」とでも言うのかなぁ――

そんな思いのドラマチックな天体ショーが行われる。果たしてお天気はどうだろう。まさに世紀のスペクタルだ。

2012年5月20日 (日)

自分の頭で考える

Cat031自分の頭で考える」・・・当たり前だと思う。

しかし、自分の思考は、幼少の頃から、子供は親や育ててくれた人の環境により人夫々に性格が違うように考え方も違ってくる。また、その経験と今まで生きた、価値観で自ずと変わってきている。若いときには冒険をし選択肢を増やすことが大事である。

それは、多くの失敗を繰り返し、より良い成功への早道を探るということであるが、一生探すのが人生ということかも知れない・・・人生は果てしない旅という人もいる。

私たちは何時の年代でも、思考しながら、これがベストだと信じて行動をしている。実際の思考情報よりも、数が少ないと失敗することになる。それは、たいていの場合、いま、持ち合わせている範囲で思考する。

宗教や思想にも、思考は影響を受ける。そのため、人は自由に思考しているつもりでも、実際にはいろいろな制約を受けることになる。

この世の中にある「規則」のほとんどは禁止事項で成り立っている。「あれをやってはダメ、これをやってはダメ」というわけで、その制約のために、思考にいつもブレーキがかかった状態になる。

発想の転換・・・どんな事でも同じだが、成功させるためには、自分自身の得意なことを把握し、それを充分に引き出すことが必要である。とはいえ、そう多くの得意なものを持った人はいない。少なくても私は、他人に長所として誇れるようなものは何も持っていない。

しかし、短所ばかりの私であっても、発想をちょっと転換するだけで、短所を長所に変えてしまうことが可能になる場合もある。自分の短所をどう長所に置き換えて考えるのも大事なこととかもしれない。

本当に自分の頭で考えているか、たまにはもう一度見直してみることも必要なのではないだろうか。そうして年を重ねることで、後輩たちに選択肢を増やしてあげることも大事なことだと思う。

苦もあれば楽あり

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00a233ff1 世界的不況、円高、デフレ、年金不信、消費増税、エネルギー問題、問題は山積だ・・・

山積みに問題がある日本は負の連鎖?少子化で人口減少、働けない老人などの増加は、スパイラルの奈落の底に落ち込んでいくようだ。

それならどうする、私は、消費増税は賛成である。なぜなら、国の予算を半分を借金(国債)で賄っている、こんな財政破綻状態では仕方がない。少子化もひどく毎年新潟県人口がそっくりいなくなる計算だから「緊急事態」である。

売れない売れても儲けがない人が減る企業が赤字化になり税収も入らない。テレビなど先端技術はお手の物だった電機業界は韓国などの追い抜かれ企業は軒並み赤字決算だ。

日本異常を通り越し「危険水域」になっている。もう間に合わない公務員人員削減に給与引き下げ(手遅れどころかまだやっていない)いよいよギリシャの二の舞になるのか???悲しいが滅びるしかない・・・

上り詰めた頂上から下り坂を一気に駆け下りる?いやいやまだまだ山の頂上は先だ。その頂上は平たい平原のよな広い所を求めて行く、誰でも幸せを味わえ、未来が希望が持てる日本にしなければいけない。

エネルギー問題で、原子力発電は是か非かでは、私はいろいろの事情を勘案して賛成(読売・産経などの社説でも)だ。が・・・国を二分にしている(朝日の社説など否)で、なかなか再稼動まで議論が尽きないが、大飯原子力発電所の再稼動しなければ、関西地方が計画停電が予定されるという。この夏混乱が予想される。企業生産は落ち込みは必死だ。

消費増税でも、このままの日本の財政では、背は腹に変えられない思いだ。借金を将来の子や孫にツケを回すことは出来ない。ここは耐えて忍ばなければいけない。

苦あれば楽あり・・・苦労の後には、必ず楽しいことがあるはずだということ。人生は苦楽相伴うものだから、苦労ばかりは続かないし、楽しいことばかりが続くわけでもない。

日本は昭和の大戦から、立ち直り苦から脱しでバブルを味わった。そうして力を過信して、しまったツケが今にきている?「楽あれば苦あり」である。

2012年5月19日 (土)

5月のバラ

Red1 用事まで 忘れてしまう バラの花

バラが咲いているお宅の前を通ることは楽しみで、わざわざ遠回りしても通って見たくなる。そして、用事があっても忘れてしまいそうになる見事な花である。気品のある匂い、素敵な色合い、自然の力は到底人間の知恵では、どうすることも出来ない。

そういうバラを見ると、一日が幸せで心が和むようだ。

金環日食のこと

Galleryplayer11_earth  今回のように日本の人口の約7割が見られるという大々的な金環日食は、なんと932年ぶりという。 まさに1000年の1度の奇跡の天体ショーである。金環日食が見られるのは、5月21日(月)の朝6時~8時ごろ。(地域により異なる。)日本のほぼ全域で見られるという。

関東地方で金環が観測できる北限エリア群馬県でる。部分日食でない完全な金環日食が見られるギリギリの地域だそうだ。

日本海側などの一部地域では「金環日食」でなく「部分日食」を観測することになる。今回の日食が日本各地でどんな風に見えているのか、見え方の違いを体感してみたい人は、インターネット中継がお勧めである。

兵庫県姫路市の宿泊型児童館『星の子館』では、「カチューシャ日食」といわれる部分日食を観測できると予測されている。21日朝の姫路の太陽は、90%近くが欠けるものの、その形は端が隠れたカチューシャ状。それもまた珍しい眺めが楽しめそうだ。

私は子供の頃、ガラスを藁を燃やし、煤を着けて、皆既日食を見た経験がある。昭和20年代だったと思う。学校の先生から、教えられて太陽・月・地球が一直線になることを知った。だが、いまだにその日の時間までは、計算も出来ない。

しかし、5月21日から、これから夏にかけて世紀の天体ショーが楽しめるる。普段は何となく空を見るだけても、一生に一度といわれる観測のチャンスを見逃す手はない!「難しいことなどわからない」が、なんだかロマンチックな気分になる・・・

暗いニュースと明るいニュース

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00nyudogumobgm1 「欧州の債務危機の懸念は深まる」・・・このところ、景気は世界に落ち込んでいる。欧州ではギリシャを始め各国で、財政危機が叫ばれている。アメリカ・日本にもその影響は厳しい。円高により、軒並み株価は大きく落ち込んだ。日本もいろいろな面で楽観できない状況だ。しかし、H2Aロケットの打ち上げ成功の明るいニュースもある。

株価ことし最大の下落 円高も・・・18日の東京市場では、ヨーロッパの信用不安が拡大するという懸念から、日経平均株価がことし最大の下落となった一方、比較的安全とされる円が買われて円高が進み、日本の国債も買われ、長期金利が一時、8年10か月ぶりの水準に下がるなど、投資家の間では、リスクを回避しようという動きが強まった。

日本、アメリカ、イギリス、ドイツの4つの国の国債が買われ、各国の長期金利はいずれも歴史的な水準に低下している。

「G8サミット開催」・・・野田首相は18日、アメリカ・ワシントン郊外のキャンプデービッドで行われるG8サミット(主要国首脳会議)では、「欧州の債務危機が最大のテーマだと思います」と述べたが、サミットで、再燃が懸念されるヨーロッパの債務危機への対応に積極的に関与する方針を示すとともに、北朝鮮問題では核実験などのさらなる挑発行為を阻止するため、各国に連携を呼びかける考えである。

海外の衛星搭載 H2A打ち上げ成功・・・明るいニュースもある。海外から受注した衛星を初めて載せたH2Aロケットの21号機は、18日未明、鹿児島県の種子島宇宙センターから打ち上げられ、予定の高度で韓国の多目的衛星などを切り離し、打ち上げは成功した。

H2Aロケットの打ち上げ成功は15回連続で、海外から受注した衛星の打ち上げ成功は初めてである。

今後の受注活動に弾み・・・信頼性・安全性が裏付けられて日本のロケット技術が世界に示された。今後は打ち上げコストの問題だが、多目的のものを同時に取り入れるなどしてコスト削減の努力すれば、将来の商業衛星は、大きく拓けることだろう。

衛星打ち上げビジネスの今後の課題は・・・成功率は95.2パーセントで高いが、衛星打ち上げビジネスの国際市場で欧米のロケットと受注を争っていくには多くの課題がある。コストであるが、海外のロケットより2割から3割程度高いと言われているが、コストの削減には限界がある。

国際ニーズは大型化であるがH2Aロケットは3.5トン限界だそうだ。欧米の衛星の大型化が進んで世界で打ち上げられる衛星の半数以上が4トンを上回るようになり、H2Aロケットが対応できるのは市場全体の10%程度になっているとする見方もあるという。

2012年5月18日 (金)

草刈りでむかしを思う

55eb1803d82b34f155628866526c3d391 草篭に ためて昔を 思い見る

私の住んでいる地域は、まだ近くに、田んぼ・畑がある。さすがに、牛はいない。むかし実家には30頭の牛を飼っていたことがある。

人手が足りないので中学生の頃から牛の餌さの草刈などを、手伝わされた。学校から帰ると、草刈篭を背負って、近くの土手にのぼり、鎌で刈る。山盛りになるまで、ぎゅうぎゅうに詰めると重くなり、やっとの思いで、腰を切るのが大変だ。

背負って家に帰ると肩が赤く腫れあがる。それだも文句を言わなかった。当たり前のことだと思っていた。今日、湯殿川の近くの公園で草刈り作業をしている人を見て、思い出した。

Cocolog_oekaki_2012_05_18_16_31

日常用語は仏教語が多い

07akitakoma_sumire11 仏教用語、仏教の言葉は、それ自体難解で理解し難いというイメージを持つ人が多いと思うが、事実、仏教語には一般的でない、難解な単語が多いことも確かである。しかし、私たちが日常用いている言葉の中に仏教の用語が数多くあることも事実でる。

武田鏡村「仏教」から・・・
「ガタピシ」・・・戸や障子の建て付けが悪いと、ガタピシ音がして開け閉めに苦労する。即ち、ゆるんだり、震えたりして組立が粗末な様を指している言葉である。このガタピシ、ガタガタ等の言葉は、元来は擬音語的発生と思われるが、漢字を当てはめると「我他彼此」「我他我他」となる。

つまり、何事も「我(自己)と他者「彼と此」というふうに対立すものととらえ、衝突が耐えない様子を言い表したもので、事物のありのまま姿をみずに、目の前の現象だけをみて判断することを戒めているわけである。立て付けの悪い戸は、あれこれに不満を述べる我の強いわれわれ凡夫と同じ、ということなのだろう。

「ウロウロ」・・・はっきりした目的もなく、あちこち行ったり来たりを「うろつく」とか「うろうろする」と云う。この「うろ」は有漏という漢字でれっきとした仏教語。漏れるものが有ること。これは心を乱すあらゆる迷い、欲望のことで煩悩と云う。即ち有漏とは「煩悩がある」という意味。煩悩の代表選手は「貪り」「いかり」「愚かさ」これを三毒と云う。

人間誰しもこの迷いに囚われ、あれかこれかと思い迷い、決断しかねて苦しみながら右往左往、結局どこへ行くのか道が解らなくなってしまう。これが有漏で「うろつく」形となる。この反対は、漏れる煩悩が無いので無漏と云う。即ち無漏とは悟りを開いた仏様の状態を云うのである。「うろ覚え」も同じ語源である。

落ち着きもなくさまよっている様子は、まさに煩悩にまみれて道に迷う人間の姿によく似ていることだろうか・・・因みに風狂の禅僧一休は、ある人に「一休」という名のいわれを聞かれると、こんな道歌を詠んだそうだ。

「有漏路より 有漏路かえる一休 雨降らば降れ 風吹かば吹け」

人生とは、この世(有漏の世界)からあの世(無漏の世界)に戻る旅路にすぎない――というのだ。

GDPの高成長は持続できるか

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08yokotesigai_yuukei21  GDPの高成長は持続するか、それとも一時的な特殊要因か?

「東日本大震災復興需要で公共投資・個人消費がエコカー補助金の復活」で・・・GDP年率4・1%増…1~3月期、3期連続増 内閣府が17日発表した2012年1~3月期の国内総生産(GDP)の速報値で、物価変動の影響を除いた実質GDP(季節調整値)は11年10~12月期に比べて1・0%増(年率換算で4・1%増)だった。

ともあれ、少しは明るい見通しが見えてきたといえる。しかし、復興への息切れ、消費増税、ギリシャを初めとする欧州の経済の不安定など、マイナス要因をいかに乗り切れるかにである。今後の政府の施策と政治の安定にかかっている。

読売新聞社説・・・「GDP高成長 景気の本格回復につなげたい」
堅調な個人消費と東日本大震災の復興事業をテコに、ようやく景気が回復してきた。追い風を生かし、日本経済を確かな成長軌道に乗せることが重要だ。

今年1~3月期の実質国内総生産(GDP)は前期比1・0%増と、3四半期連続のプラス成長になった。年率換算で4・1%という高い成長率である。

GDPの6割を占める個人消費は、4四半期連続でプラスとなった。昨年末にエコカー補助金が復活し、新車販売が急増した影響が大きい。遊園地など娯楽関連の消費も順調だった。

震災から1年たち、自粛ムードで冷えた消費者心理が好転してきたようだ。公共投資も、3四半期ぶりに増加に転じた。内需主導の成長と言えるだろう。

総額20兆円近い復興予算の執行は、これから本番を迎える。政府は4~6月期も復興需要を支えにプラス成長が続くと見ている。ただし、財政支出による景気の押し上げ効果には限りがある。夏以降の息切れが心配だ。

エコカー補助金の制度は来年1月末までだが、約3000億円の予算は夏ごろにも底をつく可能性がある。支給が早めに打ち切りになれば、自動車販売の反動減は避けられまい。

復興事業も、被災地の復興計画作りが順調に進まないと停滞を余儀なくされる。夏の電力不足が、生産にブレーキをかけ、産業空洞化を一段と加速させる恐れもある。

政府は、復興支援や安全を確認した原子力発電所の再稼働など、政策を着実に進めるべきだ。ギリシャの混迷で欧州危機再燃への懸念が広がり、円高圧力が強まっている。持ち直してきた輸出の足を引っ張りかねない。

政府・日銀は過度な円高の阻止へ、為替介入や追加金融緩和も辞さない決意が必要だ。復興事業などの効果があるうちに、民需主導の成長戦略を加速させることが求められる。

菅前政権が2年前に策定した新成長戦略は、約400の施策が盛り込まれた。その実施状況を政府が点検したところ、成果が見られたのは1割弱にとどまった。全くの看板倒れである。

野田内閣は閣僚や経済界の代表による国家戦略会議で、「日本再生戦略」を検討している。総花的にならないよう政策を厳選し、効果的な内容に仕上げてもらいたい。

2012年5月17日 (木)

仏教の「業」について・・・

06_12801 善悪の結果をもたらす人間の行為・・・今の心の流れは過去の心の流れに影響を受け、未来の心の流れは今の自分に掛かっている。仏教の基礎知識(日本歴史宗教研究所所長武村鏡村監修の本「仏教」)より・・・

「業」とは・・・人間の身体・言語・心でなした行為(身口意・・しんくいの三業)は、その行為の資により自らに善悪をもたらす、という教えだ。ブッタは出家在家男女を問わず、世俗で幸福に生き、解脱に方法として、業を観察せよと勧めた。

「私は業そのものであり、私が相続しているものは業であり、私を生んのは業であり、私の血縁・親類者といえば業であり、私が拠りどころになるのは業だ。私が何か行為をするならば善であれ悪であれ、私はその結果を相続する。」

ブッダが業の観察を勧めたのは、止悪作善のためである。自分を業そのもと知り、行為の責任は自らが受けるとみなす人は、当然、悪行為を避けようとするだろう。ゆえに業を観察の手段とされる。

もちろん、我々には「自業自得」に厳密に証明する手段はない。ブッタも衆生が業を知り尽くすことは不可能と釘を刺す。しかし自分の現状を幸福(楽)とするは、不幸(苦)とするかは、あくまで自分の外界に対する感じ方に依存している。

同じ状況に対して感情的に泣き喚いて自暴自棄になるか、あるいは理性的に受け止めて適切な対処法を取るかによって人生は大きく変わる。それはまさに「自業自得」である。

仏教では、変化消滅しながら相続される心の流れ輪廻と呼ぶ。心の流れは、身口意の行為によって向きを変え、強弱の変化を繰り返す。今の心の流れは、つねに過去の流れに影響を受け続けている。未来に向けてどんな心の流れを作るかは自分にかかっている。

また、それは自分にしか出来ない仕事でもある。「私は業そのもの」というブッタの業論は、どこまでも前向きな教えなのだ。

気になるギリシャの動向

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24351 このところの株価の低迷で分かるように、ギリシャの動向がニューヨーク市況のみならず、世界経済に及ぼす影響は大きい。

緊縮政策にに強い反発・・・ギリシャとフランスの国民の意思である。フランス大統領選とギリシャ総選挙で、いずれも財政緊縮策を進めてきた与党が敗れ、再び欧州債務危機に対する不安が広がっている。特にギリシャでは第1党から第3党まで順番に行った連立協議が不調に終わり、6月に再選となった。

増税と歳出カットによる財政再建に対し国民の不満・批判が強いことで、国民の意見が強かったという結果だ。

さーて、財政再建と経済成長を両立させる政策をとって危機を乗り切ることができるだろうか。現時点での政治情勢を見る限り、残念ながらその「可能性は少ないと言わざるを得ないだろう。」見方をするエコのミストも多いようだ。

一方「ギリシャのユーロ圏残留の目はわずかながらまだある」との見方もあるが・・・

http://jp.wsj.com/World/Europe/node_443449

朝日新聞社説・・・「ギリシャ危機―仏独が主導し新戦略を」

混迷から抜け出すためには財政緊縮一辺倒の政策だけでは不十分だ。欧州連合(EU)はギリシャの人々が納得し、実行できる新しい提案を加え、6月の総選挙に向けたメッセージを発信する必要がある。

ギリシャは先の総選挙後、どの政党も組閣できなかった。再選挙をしても、安定につながる見込みは少ない。フランスのオランド新大統領は就任式の後、ドイツのメルケル首相と会談した。両首脳はギリシャのユーロ圏残留を望み、成長を促す措置を取ることで合意した。

不安が南欧諸国に広まれば債務危機の再燃は避けられない。ギリシャが旧通貨のドラクマに戻ってもユーロ時代の借金は残るし、国内は制御できないインフレに見舞われるだろう。半世紀にわたって進めた欧州統合の根幹が揺るぎかねない。

仏独両国は首脳会談での合意にそって、EUの新戦略を作り始めるべきだ。ギリシャ国民が結束できる道筋を示さなければ、結局は破局への道に進ませることになる。

ギリシャの有権者には、財政緊縮策への拒否感が強いことが先の総選挙ではっきりした。一方で、欧州諸国には、財政緊縮策を捨てるならば金融支援をやめるほかないとの声が強い。

ところがギリシャの多くの人は、ユーロ圏に居続けたいとも思っているという。厳しい状況のなかで、再選挙はEUやユーロに残るかどうかを問う、切ないものになるだろう。

対立を乗り越えるには、財政規律とともに、雇用を増やし、経済を活性化させる政策を作り出していくしかない。

ギリシャを震源とする経済危機が始まって2年余り。この間の財政緊縮の継続によって産業活動は縮小し、若者の失業率は5割を超える。これまでの政策の限界が見えつつある。

緊縮を主導してきたのは仏独両国だ。オランド大統領は自らの選挙で、EUの緊縮路線を変え、雇用増をもたらす成長戦略の必要を訴えて当選した。

財政の健全化を重くみてきたメルケル首相も、産業インフラ整備などを通じた景気刺激の必要を認め、今後、フランスの提案について協議する考えをオランド大統領に示した。

EU内にも見直し論議が浮かんでいる。政策金融機関である欧州投資銀行の増資や、EU構造基金の南欧諸国での活用といったアイデアだ。

歴代の仏独首脳は欧州統合のエンジン役を果たしてきた。仏独はEUの新戦略を主導する歴史的責任がある。

2012年5月16日 (水)

やり直しがきかない子育て

10247681 私は、小学校に入る前の思い出が強烈に残っていることが多い。だからと言って、今の生活にどう影響しているのか、人格として今も幼かった頃の性格が表れていると自覚したことがないが・・・専門家は、人間の脳は6才位までに大人の約90%が成長するという。

子育てというと、むかしのようなお爺さん・お婆さんなどがいる、(舅・小姑・姑など)大家族で育てられている子供と、現代では、自ずと違う。夫婦2人の家庭で育てられるお子さんが多い。環境が違えば子育ても違うし、性格・人格も違ってくるだろう。乳幼児から施設に預けて、夫婦共働きになるとなお更である。

一度だけで、後戻りできない子育てである。6歳までに、その人の人格が決まってしまうという・・・やり直しがきかない子育てである。“まだ早い”が“もう遅い”にならぬように・・・

子供達が小学校1年に入学したときに、既に、子供達の能力にはかなりの差が見られるという。10数年前までは、これは遺伝による差だと考えられていた?、実はそれまでの教育(脳への刺激)の差なのだ専門家はいう。

早期教育は単に知識能力のみならず、知・情・意・体の総ての面の能力についても同様なことが言える。子育てはやり直しがきかない。自分の子供の子育てが誤っていたからと、後戻りしてやり直すことは出来ない。一般的には、幼児期に基礎学力をしっかりと身につけることだ大切と思う。

幼児期は人格形成の大切な時である。この種の専門の先生のお話では、間題の約半分は育った家庭が起因し、特に幼児期における親の不在傾向や家庭内のトラブルなどによるものが起因するという。

親の不在傾向は親子のスキンシップ不足に繋がりまた、最近の離婚の急増や家庭内のトラブルなどは子供への悪影響が計リ知れない。

さらに核家族化がもたらす弊害としては伝統的な子育てが排除され、もっぱら合理化されたり、あるいは商品化された物に頼リ過ぎてしまうため、母子の信頼感が損なわれてしまうようである。

人格形成の発達課題は、信頼感、自立感、活動性、自発性などの醸成、さらに自己確立へとステップを踏んで展開されるというが、その順序を崩すと達成が難しく、また、年令に見合ったタイミングがあって、3才の時に身につけるべきものを、10才になってから補おうとしても無理だそうである。

人格形成は一度、どこかで大きなつまづきを生ずると、後からの修正や追加が出来ないといわれている。つまり、やリ直しがきかないということである。

この問題は幼児を持つ家庭についての女性の社会進出、仕事中心の男性社会、核家族化などへの警鐘とも受けとめられる。将に社会構造・価値観の変化と受け止めているだけでいいのだろうか・・・

中国の「核心的利益」とは

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09oga_akanegumo11 「核心的利益」とは・・・

○●・・・いかなる代償を払っても確保するという意思表示(朝日新聞社説)

○●・・・「核心的利益」とは、どんな代償を払っても守らなければならない決心を示すときに使われる中国の外交用語(産経新聞社説)

○●・・・中国が絶対に譲歩できない国家主権や領土保全などに用いる言葉(読売新聞社説)

○●・・・中国が、国の本質的な利益にかかわるとみなす事柄のことで(1)基本制度と国家の安全の維持(2)国家主権と領土保全(3)経済社会の持続的で安定した発展-を指す(西日本新聞)

(1) 中国の国体、政治体制、政治の安定、すなわち共産党の指導、社会主義制度、中国の特色ある社会主義。(2) 中国の主権の安全、領土保全、国家統一。(3) 中国の経済社会の持続可能な発展という基本的保障。・・・(Voice+ ボイスプラス)

野田佳彦首相と中国の温家宝首相との13日の会談で温首相の発言である。「核心的利益」の意味は、どう捉えるかの判断は難しいが、中国の軍事力の誇示で領土・経済を含めた国家戦略の一つ。

また、中国内の民族の独立問題や、中国人権活動家、陳光誠氏などの擁護・批判などに強い反発をし、神経質になっている。

核心的利益について新聞各紙は一斉に取り上げている。その見出しは・・・

読売・・温首相尖閣発言 「核心的利益」は穏やかでない」

朝日・・「日中関係―いがみ合うだけでなく」

産経・・『「核心的利益」発言 中国の意図は尖閣奪取だ』

北海道・・「尖閣問題再燃 日中とも冷静に議論を」

これだけ日本にとっては、関心事であるということだと思う。日中会談は、首脳会談は実現しなかった。中国の胡 錦濤主席は、韓国の李明博 大統領とは会談した。それだけ中国としては、尖閣諸島の問題をはじめ、東シナ海・南シナ海の進出に意欲を持っていることだと思う。

2012年5月15日 (火)

環境を守ることは、今生きている人の責任

10shiretoko5go_1ko21 大きなゴミ袋をそのまま捨てる、私がゴミ拾いをしている目の前でタバコの吸い殻を捨てる人間がいます。一体何を考えているのか50代のサラリーマンのような人です・・・「当然ちょっと待って、今私がゴミ拾いをしているのに・・・「電車が来るので忙しいから」と言って逃げるように立ち去っていきました。また、無意識に捨てていく人もいます。

一体どうすればゴミはなくなるのか・・・悩んでしまうことも・・・しかし、毎日ゴミ拾いをしていると近所の方や、通勤の方に、「ご苦労さん」「ありがとうございます」などと声をかけてくれます。何か信頼されているような気がして、嬉しく思い励みにもなります。

「心の教育が大切」とか「奉仕活動の義務化」などと、幾ら叫んでみても、実情は何にも変わらないわないのです。「ゴミ捨て禁止」・「ゴミは持ち帰りましょう」などの看板をいくつ立てても、同じこと、看板の立っている目の前は、放置しているとゴミのだらけになります。

東日本大震災以降、地球温暖化・排気ガス規制問題などの環境浄化・保全に対して、メデイアでも取り上げ方が少なったように思えます。

環境破壊は、私たちの将来にとって、命に関わる問題です。良い環境は後世に引き継がなければなりません。「小さいゴミだから、投捨ててもいいだろう」、「屑篭がなかったから捨ててしまった」、「忙しいから」とか言う言い逃れは出来ません。

捨てても、溶けてなくなるゴミなどありません。地域は、生き物すべての住むところ、自分一人のものではない。みんな同じ空気・水・食べ物を頂いて生かされているのです。

気持ちよい環境・健康で明るい日常生活を送るには、一人ひとりの心がけ、人に迷惑をかけない、他人に思いやりの心を持つことです。また環境を守ることは、今生きている人の責任でもあるのです。

沖縄復帰40年で思う

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05detohama11 きょう沖縄復帰40年である。安全保障も大事である。特に東アジアにおいては、北朝鮮の動き、中国の東シナ海領有権の主張の高まり、油田開発などで、不安定さは増してきている。

加えて、東京都の石原知事の尖閣諸島の東京都が買い取るという発言で、中国は神経を尖らせている。先の日中韓の首脳会議にも影響が出ているようだ。それだけ領土問題は、シビヤになっている。

日米安全保障条約で、沖縄を守ることは、大事なことだが、これ以上沖縄県民にに負担をかけていいものだろうか、普天間飛行場移転の問題は、事実上暗礁に乗り上げたかたちである。環境の問題などを含めこれ以上に沖縄に負担はかけられない。

74パーセントの軍事施設を沖縄に置くのは、私は不条理で、やはり日本本土に分担・配置が必要と思う。

新聞各紙は一斉に沖縄復帰40年を取り上げて社説に載せている。

朝日・・・「沖縄復帰40年―まだそこにある不条理」
40年もともに過ごせば、お互いの気持ちや痛みをわかりあえるものだ。しかし、きょう復帰40年を迎えた沖縄と本土との関係は、そうなっていない。

朝日新聞と沖縄タイムスの4月の共同世論調査では、米軍基地が減らないのは「本土による差別だ」との回答が、沖縄で50%に上った。こんな答えを生む状況を、放っておいていいはずがない。

日本が主権を回復した1952年、国内の米軍基地の9割は本土にあった。その後、沖縄への移転、本土内での集約が進み、復帰時には59%が沖縄にあった。いまは74%で、「基地の中に沖縄がある」と言われる。

この間、政府は沖縄の人たちの神経を逆なでしてきた。見通しが立たない米海兵隊の普天間飛行場の名護市への移設を「唯一の有効な解決策」と言い続けるのは、その典型だ。

読売・・・「沖縄復帰40年 経済と安保を両立させたい」
沖縄県はきょう、本土復帰40周年を迎える。宜野湾市で、野田首相ら三権の長や仲井真弘多知事などが出席して記念式典が行われる。

日本全体の米軍施設用地の74%が集中する過重な負担が続く中、政府はいかに経済振興と安全保障を両立させるかが問われる。

政府は先週、今後10年間の第5次沖縄振興計画の基本方針を決定した。那覇空港の第2滑走路整備による国際物流拠点化が柱で、沖縄の自立的な経済発展を目指す内容だ。この方針に基づき、沖縄県がきょう振興計画を決定する。

計画の策定主体を政府から沖縄県に変更したのは、妥当である。アジアに近接する地理的特性や国際性を生かした計画を着実に実行に移してもらいたい。

過去の振興計画は「本土との格差是正」を掲げてきたが、県民1人当たりの所得は全国平均の7割前後にとどまる。製造業が育たず、県内総生産に占める割合は40年前の11%から4%に低下した。

毎日・・・「沖縄本土復帰40年 「差別」の声に向き合う」
戦後、長年にわたり米国の統治下にあった沖縄の施政権が日本に返還されて、15日で40年を迎えた。政府と沖縄県は共催で記念式典を開く。会場は、移設が難航する米軍普天間飛行場から約1キロ。政府と沖縄の間に横たわる基地問題の最大の懸案を眼前にしての催しとなる。

式典には野田佳彦首相が出席し式辞を述べる。しかし、政府に向ける沖縄の視線は厳しさを増している。仲井真弘多沖縄県知事が、過重な米軍基地の負担を「差別」と表現したのは2年前だった。そして、今、同じ意識が県民に広がっている。本土復帰から節目となる年に、その言葉の重みを改めてかみしめたい。

2012年5月14日 (月)

ボランティア・・・召集で悩む

108sirakami_mothertree11 きのう、ボランティアで、片倉時田まち広場にある倉庫の改修作業を行った。朝9時~4時30分になった。召集は12名で12人参集していただいた。昼休みもしなかった。

町会会館の新設の計画して進められるものだが、町会創設以来の大事業であり、現在の会館の取り壊しで、器具備品を収納するスペース作りである。

召集すには、誰を選ぶか悩んだ、土建仕事の出来る人は一人、指示をしていただく人(体調不良)の人ひとり、他はまったくの素人だ。折角の行楽日和に、申し訳ないと思いつつ、声をかけてしまって、こんなに多くの人を頼んでしまい反省した。

2人は、木の枝おろしという仕事をしていただいた。高所作業で、もし怪我でもしたらどうしようと、前の晩考えたら眠れなかった。(これは関係役所に、何度かお願いしていたのだが予算の関係で、ずっと先になってしまう」)ということから、地元の方と相談したものだ。そして、手の空いた人はグランドの草取り、植栽の剪定などを行っていただいた。

ボランティアの召集に関しての、何も取り決めはない。しかし町会の事業計画に付随して準行事であること、大目の動員は、途中で用事がある人がいることを想定した。そのことは、一つの目的を達成することに汗を流すことで、コミニケーションが深まる・・・これが大事だ。

なんと言っても良かったのは、みんな気持ちよく参集していただいたこと、非定常作業で、怪我人が出なかったことである。

元気で長生きするには・・・

07_sl_kurosawa21 最近、計算に弱くなった・ひとの名前が思い出せない・考えるが面倒くさい、むかしの事は覚えているが、最近のことは忘れてしまう、などに自分ながら嫌になる程だ・・・好奇心を持つこと、興味のあることに集中するなど頭では考えるが、行動に移せない。

最近お年寄りの仲間で交わす言葉、「ボケ!が始まったのか?忘れぽっくて仕方がない」忘れてしまったことの言い訳である。年寄りの代名詞?になってしまうことも・・・

アンチエイジングが必要という・・・「アンチエイジング」とは、日本語で言えば「抗老化」「抗加齢」。しかし、それは「時計の針を止めること」ではなく、「針を少し戻して、その進みを遅らせること」だそうだ。

時計の場合、針自体に指をかけて逆戻りさせたり、裏のネジ部分を操作して、針の進みを遅らせることが出来る。それと同様の取り組みが、私たちが考える「アンチエイジング」である。

例えば、肌の若返りは、スキンケアや医学的治療により、外部から皮膚そのものをケアすることであり、「針自体を逆戻りさせる」ことに当たる。

また、サプリメントやホルモン補充療法などの、内部から全身的に若返りを図る方法、つまり全身的な老化防止策が、「針の進みを遅らせる」方法として最近脚光を浴びてきましたという。

朝日新聞にあった・・・長寿しゃかいを生き抜くには・・・『「ボケずに楽しい人生を歩む秘訣は「とにかくときめく」こと』

幸せに長生きする秘訣はあるのか? ボケずに長生きするための手軽な方法を伝授する『100歳までボケない101の方法』(文春新書)の著者で医学博士の白澤卓二氏に聞いた。

幸せな長寿のためには、ボケないことも非常に重要です。アルツハイマーは、以前は原因不明の難病とされてきましたが、最近になって因子がわかってきました。肥満、喫煙、糖尿病、高血圧、低教育水準、うつ病などです。自分の努力で予防できることもたくさんあるので、リスクを少なくすることが鉄則です。

気をつけたいのが、心の問題。うつです。うつはアルツハイマーのリスクを高めますし、心のアンチエイジングのためにうつの予防はとても重要です。うつと対極にある状態はなんでしょうか?「ときめき」です。何かにときめいている人はうつにならないんですよ。

一人でときめくことはなかなかできないので、環境づくりが大切です。たとえば、私は「10歳若返るアンチエイジングキャンプ」というのを実施しています。登山家の三浦雄一郎さんの父で、101歳までスキーをしていた三浦敬三さんが雪山にときめいていたという話をモデルに、雪山にかんじきをはいて入っていくんです。みなさん子どものようにはじゃぎますね。これこそうつの対極にある状態です。

ときめく対象はなんでもいい。ヨン様でもいいし、犬猫でもいい。何か好きな趣味でも。さあ、大いにときめきましょう。

他山の石とすべきこと

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07kitayamazaki31 昨日の広島のホテル火災があり、宿泊客など7人が犠牲者がでた。殆どが一酸化中毒死だそうだ。出火原因を幅広くとらえ、事件の可能性も含めて容疑者不詳のまま、殺人容疑で現場の検証令状を請求、捜査を進めるという。

ホテルの窓は、内側が板で塞がれているところもあったということで、警察や消防は、窓が塞がれていたことで煙が充満し、逃げ遅れた可能性もあるとみて、板の設置などに問題がなかったか調べているという。

そして、群馬県藤岡市の関越自動車道で発生した高速ツアーバスの事故は、乗客45人のうち7人が亡くなり、高速道路の単独事故死者数としては過去最悪だ。

これも長距離バスの運転は一人で、過労からだと思う。夜行バスということで、料金が安いということで利用客が多いという。しかし、その勤務形態と労務管理に問題があると指摘されている。

この大きな2件の事故は、なるべくしてなった事件であると思う。人の命の尊い、したがって、人の命に関わる職業従事者は、法律でも厳しくなっているのは当然である。

事件・事故が起きて、規制の見直しや、原因の究明をするという“いたちごっこ”が繰り返される。いずれにしても、「安全と利益」と相反するところがあるが、利益を優先に考えての結果であるのは間違いない。

またこの事は因果応報で、利益を追求するあまりの結果であると思う。「因果応報」とは・・・人はよい行いをすればよい報いがあり、悪い行いをすれば悪い報いがあるということ。「因」は因縁の意で、原因のこと。「果」は果報の意で、原因によって生じた結果や報いのことだ。

こういう事故(事件)が起きてしまうと、事件の大きさから、経営者は致命的ダメージを負うことになることは必死である。世の中多くの人に、これらの事件でみんな大騒ぎしているが、中には「他山の石」と思える人、事業者も多くいると思う。

2012年5月13日 (日)

如何に上手に死ねるか・・・

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07_10241 如何に上手に歳をとり、如何に上手に死ねるか真剣に考えたことがある。最近の孤独死のニュースや、老老介護の疲れで悲惨な死に方をしたニュースが多い。

世の中の体制が悪いのか、価値観の違いないなのか、2.・30年前の一般的な価値観と大分違って来たのは事実である。核家族化が進み、親子の関係・家族の絆も薄れてきている。

葬儀は家族葬・墓地は、公園墓地、樹木葬などとなり、費用の掛からぬものが人気?になっているようだ。そのことから、生前の考え方も自ずと違ってきているのも頷けるところである。

75歳になると、誰でも、如何に上手に死ねるかという人間の最終シナリオを想定すると思う。これは社会のニーズの流れ、時代にマッチするする、政治の政策次第によるところが大きい。

少子高齢化は進み、お年寄りの社会にも、ある程度シフトすることも大事なことかも知れない。日本を支えてこられたお年より、これからこの道を通る若い人たちも、将来のことを案ずるなら、現状を認識し考えていく必要があろうかと思う。

「如何に上手に死ねるか」という問題はとても大事なことだ。

朝日新聞社説・・・「一体改革審議入り―上手に死ねる社会にする」

http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20120513/1336868881

2012年5月12日 (土)

「ゆりかご」が必要とされない社会が望ましいが・・・

09hirugao31 毎日新聞webニュース・・・「10日で5年 問われる匿名運用」

熊本市の慈恵病院が設置した、親が育てられない子供を匿名で受け入れる「赤ちゃんポスト(こうのとりのゆりかご)」は、10日で運用開始から5年を迎える。同病院の蓮田太二理事長らは8日に記者会見し、受け入れた子供の身元を判明させる努力をしつつ、匿名での運用を続ける考えを改めて示した。

【赤ちゃんポスト】「匿名利用、容認できぬ」中期的検証報告では、病院が受け入れた子供は07年5月~11年9月の約4年半で81人。蓮田理事長は会見で、「人に妊娠・出産を知られたくないという思いの強い人が来るのだから、匿名での受け入れは必要です」と強調した。

更に4、5月に福岡で乳児の遺棄事件が相次いだことに触れ、「(匿名では受け入れてくれないと)誤解されていないか心配だ」とも語った。

3月に発表された熊本市の検証では、子供の「出自を知る権利」の観点から、匿名での受け入れは認められないと結論づけた。

病院も身元が分かった方が養子縁組を進めやすいことなどから、2年目以降は利用者に声をかけるなど身元判明に力を入れている。判明の割合は、07年度は65%(17人中11人)だったが、08年4月から11年9月までを見ると88%(64人中56人)にまで伸びた。

赤ちゃんポストに、捨てられた1割が身障者だという。その是非が世間で問題になっている。日本の明るい子供社会、明るい子供達の未来を築くために、今、一人ひとりが真剣に考える時代が来たのではないだろうか。

ある人はいう・・・「捨てる」って言う人を批判する人は、身近に障害者がいない、何もわかっていない人だと思う。障害者の家庭がどれほどの苦労と金銭的負担を背負わないといけないか。そもそも、健常者を育てるのですら大変なことだ。大家族や地域の支援のない夫婦が障害児を育てようとしても、破綻するのは目に見えている。

またある人は・・・きょうだいを障害児の世話係にさせないためにも捨てさせてやれ。大抵は子より親が先に死ぬ。その後だれが面倒を見る? 施設の職員なら適度に距離が置けるが、家族や血縁という枠組みに縛られた人はそうは行かない。

障害児が生まれることによる家族の負担のリスクが下がれば出生率は上がるかもしれない。障害児が生まれても負担にならない制度作りが出来ればそれに越したことはないが、それが無理だから捨てたいと言う人がコレだけいる。

だから、縁を切らせて家族を負担から解放してやる制度も必要だと思う。コレに文句言う奴がいるなら、そいつが障害児を引き取ればいい。それか自腹で養育費を負担すればいい。その覚悟が無い奴に他人の家庭の事情に口挟む資格はない。

あるひとは・・・朝ズバで、養子縁組の誓約書に障害があっても引き取るという文があり、それを見て辞退する夫婦が出てきたと言っていた。これは考え方を変えると、里親希望者に選択権を与えればそれだけ縁組のハードルが下がり、子に恵まれない夫婦と親に恵まれない子供は減るということではないだろうか。

ある人は・・・子供の選別の何がいけない? 里親は自分の遺伝子を残せないのだから、そのくらいの特権はあってもいいと思うが。障害児は無理だけど健常児なら何とか育てられるという夫婦に健常児を、障害児でも育てられるという夫婦に障害児を宛がう。コレの何がいけない?

障害児が生まれた家庭は、障害児を育てることが出来る家庭だからなどと戯言言う奴がいるが、それはうまくいったケースのうまくいってる場面しかメディアに出てこないから言える奇麗事。

そしてある人は・・・障害児を育てる事のできない家庭に障害児が生まれた悲劇をどう考える? 神の采配に期待できないから人の手で理不尽を是正する、こうやって人間社会は発展してきた。コレを否定するなら文明社会から出て行くべきだ。

その子を育てることが出来ない家庭から、育てることが出来る環境や家庭へ移す。その仲立ちとして赤ちゃんポストが用意された。その人の手を否定するな。

ある人は・・・この話はとても難しいですね。後々の人間の負担や親の精神的余裕(これが一番な理由でしょうか?)を考えると、ポストに預ける選択も肯定されるかもしれないですし、逆に障害児にも愛着を持ち、我が子として育てたいと思う人もいるでしょう。何より、子供は親や生まれてくる環境・状態を選ぶことはできないわけで……

西日本新聞社説から・・・賛否が半ばしたまま5年を迎えた「ゆりかご」の今後の在り方を考えるにあたり、2年半前に県の有識者会議が検証結果を踏まえて「匿名でも相談でき、母子の入院や新生児を一時的に保護する機能を備えた医療機関を避難所として各都道府県に配置する必要がある」と提言していたことを思い出したい。

もちろん「ゆりかご」が必要とされない社会が望ましいのは言うまでもない。しかし、わが子の命を絶つわけにいかずやむを得ず手放す親がいるのであれば、「ゆりかご」のような存在は必要だ。親に一時の猶予を与えるだけでなく、社会全体で命の大切さをいま一度考え直す、きっかけにもなるはずだ。

地域の住む責任と義務

09oga_akanegumo11 先だって、住民協議会の打ち合わせが、召集されて時間通りに会場に出席したが、何んと出席者は、メンバー10人中3人という結果だった。そのリーダーは、東京四谷に会社勤めで、帰りが遅いということで、開始は20時になってしまった。

確かに、誰でも暇な人はいない。「年金暮らしをしているから暇だろう」という人もいる「好きだからボランティア的活動をしているのだろう」と思ってはいる人がいる。

3人で、話をしたのだが、「地域活動とは・・・」の議論になったのだが、地域のコミニティ・福祉の話になり、具体的には独居老人や、障害者の見守りなどと、防災・防犯などが主な目的である。

今。無縁社会・無関心社会などの言葉があるが、物資的には恵まれていても、精神的には、寂しい人が多いのではないだろうか。「人間の幸せとは、物質・精神の両方が満足できる状態にあると」思う。人間は生まれもった個性があり、それぞれの自己主張があるのは当然である。

しかし、人は一人では生きていけない、自分勝手に生きることは許されない。他人との協調しあって社会は成り立っている、ルールがあって当然だ。その上、他人に迷惑をかけない、というマナーが大事になってくるのである。

リダーの方は、まだ40代で地区のリダーも兼ねている。大変公私供に忙しいという。いくら会社勤めしていたとは言え、「会社に勤めているから」とか「仕事があるから」を 理由に「地域活動・市民活動・ボランティア活動はできない」というのは、言い訳にすぎ ないという意見だ。

地域活動・市民活動とは、時間が余っているからやるのではない。お互い助け合って、絆を深めていくことこそ、不透明な時代に、欠かすことの出来ない活動なのだ。

地域に住んでいる責任で「誰かのため、一人ひとりが、出来ることをする」大事なことだと思う。そうして「私たちの町は明るく健康な町、住んで良かった町」することだ。

地域の住んでいる人の責任と義務がある。絶対にひとりでは生きられないことを自覚していて欲しいものだ。

地震の備えは必要だが・・・

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Img_97161 「富士山麓から直下活断層の可能性」・・・昨日、NHKのニュースが流れた。

火山の噴出物に覆われた富士山の南東側の山麓から山の直下にかけて、活断層がある可能性が高いことが東京大学の研究グループの調査で分かりました。研究グループは、大地震が起きた場合、強い揺れや土砂災害などで大きな被害が出るおそれがあると指摘しています。

静岡県“全体像解き明かされる必要”
今の段階では分からず、より詳しく富士山の地下の全体像が解き明かされる必要があると考えている。今後、必要があれば防災対策を検討していきたい」と話しています。

3月末には・・・「首都圏直下型地震」・・・首都直下地震の一つ「東京湾北部地震」で予想される震度を分析している文部科学省のプロジェクトチームは30日、東京都23区東部や神奈川県の一部で震度7になる可能性があるとする震度分布図を公表した。

東海・東南海・南海・・・トラフ
細長いが、海溝よりは幅広く浅い海底のくぼみ。舟状海盆ともよばれている。外形による名称なのでその成因、構造などにより、いろいろな様態があると、3月に報道された。

1年前に東日本大震災が起きて、津波の恐ろしさはテレビの画像で改めて知らされた。復旧には、20年とも30年ともかかるという、復興・復旧は、進められている最中である。当然以前のように戻すことは出来ない。

多くの犠牲者・多くの財産を失った人・家族には、癒されることはないだろう。地震・津波の恐ろしさは想像を絶することだ。そして、原子力発電問題は存続・廃止の議論は当分続くだろう。

このことから、地震に対する備えは必要だろう。確かに首都圏・富士山に起きたら、犠牲者数は、見当がつかない。日本の産業・経済は破綻状態になる。しかし、明日来るのか、30年後・100年後に来るのか分からない。

地球の歴史から見るとエベレストが海底だったことからしても、地球は生き物のように変化しているのである。宇宙の中の星の一つ、私たちの銀河系には、約2000億個の星(恒星)をはじめとして、散開星団や散光星雲、惑星状星雲などがあるそうだ。そして消える星・誕生する星がある。まさに生き物のようにい息づいているである。

いま科学の力でも、地震を何時・何処・規模などは、察知出来ないならば、落ち着いた冷静さで受け止めて、取り越し苦労はしないことだと思う。

2012年5月11日 (金)

愛鳥週間で思う

Epb030774k1 5月10より愛鳥週間である。今年はなんと言ってもトキの話題である。ようやっと36年ぶりに野生下での孵化が確認でき成長している様子がテレビで画像が流れた。5羽のひなが確認できたという、喜ばしいことだ。

そして新たに、中国から5年ぶりに新たに2羽が提供されることになり、国内での安定した繁殖に向けた期待が高まりそうだ。

愛鳥週間は、アメリカ4月10日から始まる「バードデー」にならって日本でも1947年に導入されたが、南北に長い日本では4月ではまだ積雪が残る地域もあることから5月10日に変更されたという。

小鳥をとりまく生態系を含め守っていこうという愛鳥意識を高めることが目的だというが、日本人は昔から鳥に対して、ほかの動物とは違った深い愛情を注いできたと思う。

鳥の寿命というと、野生の鳥は早い。特に、スズメなどは、長くて2・3年だ。人間に飼われている鳥は比較的長いが、ツバメなどの渡り鳥の寿命短い・・・長距離飛んで身体的に老化が進むのだろうか?そして、天敵・天候などで厳しいことがあるのは間違いない。

それにしても、人間の勝手な環境破壊で、迷惑しているのは鳥達だろう。スズメは、家の近くにいて親しみやすい鳥だったが、今は見かけることが少なくなってしまった。

国内のスズメの個体数が過去約20年間で約6割も減ったとする報告を立教大と岩手医科大の グループがまとめた。環境省の委託を受けた山階鳥類研究所が全国で実施している鳥類標識調査のデータをもとに推定したという。

鳥といわず、野生の動植物の種類と数が減少していることは誰もが実感しているところだろう。鳥や昆虫などの棲んでいた、むかしの自然を取り戻すことは人間しか出来ない。取り戻す責任がある。人間が多くの生き物が棲めない環境にしてしまったのだから・・・

正直者は馬鹿を見る世の中では・・・

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05sikotuko31 何とも、悪知恵がある人間がいるものだ、制度が悪いのか?不正を見破れない、担当者が悪いのか、何時の世の中でも、どんな法律が出来ても法の網を潜りぬける人間はいるものだ。しかし法事国家である以上許すことは出来ない。徹底的に追求していくべきだ。

生活保護者は、年金需給額より多い金額を貰い、働けること考えない人が多いという。これも制度が悪いからで、制度を見直す必要がある。正直者は馬鹿を見る世の中では絶対いけない。

4・26・・・ZAKZAKより「生活保護“不正受給”驚くべきの裏側!月収30万でも保護費14万」

生活保護受給者が急増している。大阪市では「18人に1人が受給している」との衝撃的なデータが明らかになったが、東京でも実態は深刻だ。背景には長引く不況があるものの、制度の不備につけ込み、不正受給する悪い奴らもうごめいている。

受給する月額約14万円の保護費と合わせると、月の収入は40万円を超え、“年収”は約480万円になる。会社員の平均年収412万円(2010年度、国税庁調べ)よりも多い。

また、重度の歩行障害などを装い、札幌市から介護給付費をだまし取ったとして、詐欺罪に問われた元北海道職員に「障害者を支援するための制度を悪用した制度の基盤を揺るがしかねない悪質な犯行」と、懲役3年(求刑懲役5年)を言い渡した。ニュースがあった。

読売新聞社説・・・「生活保護見直し 自立を促し不正許さぬ制度に」
経済情勢の悪化を背景に、生活保護の受給者が増え続け、210万人に迫っている。働く意欲のある人の自立を助ける制度改革が急務である。

厚生労働省は、生活保護制度を改革するため、社会保障審議会に議論のたたき台を示した。秋までに「生活支援戦略」として具体化する。

注目されるのは、新設を検討する「就労収入積立制度」だ。働いて得た収入の一定割合を積み立て、生活保護から脱した時にまとめて受け取る仕組みである。

生活保護の膨張の一因は、働き盛り世代の受給者の増加にある。近年は雇用保険に未加入の非正規労働者が、失業によって一気に生活保護に陥るケースが目立つ。

生活保護から抜け出したくても収入のよい仕事に就くのは容易ではない。徐々に収入を増やしていく、というのが現実だ。

ところが現行制度は原則として働いて収入を得ると、その分、生活保護の給付額がカットされる。働いても働かなくても同じでは、生活保護から脱却しようという意欲をそぐ、と指摘されていた。

それだけに、積立制度には効果が期待される。積み立て分は給付減額の対象とはならない。将来に備えることができ、就労、自立への意欲は高まろう。収入全体が増え、給付される公費も減る。

どの程度の割合で積み立てるかなど細部の設計を急ぎ、試験的にでも速やかに実行してはどうか。併せて、公共施設の業務など就労機会を作ることも必要だろう。

生活保護の給付総額は今年度、3兆7000億円を超える見通しだ。この5年間で、1兆円も膨らんでいる。これを抑制するためにも不正の防止は徹底すべきだ。特に、生活保護費の約半分を占める医療給付である。

生活保護受給者は医療費の自己負担がなく、必要以上の診療を受けていることが少なくない。受給者ばかりを集め、診療報酬を稼ぐ悪質な医療機関も存在する。

厚労省は、診療内容が適正かどうか別の医師にも判断を求める制度など、不正防止の強化策を検討中だ。生活保護費の透明性を高めるために不可欠である。

社会保障と税の一体改革で対案を検討中の自民党も、「自助」を重視する立場から、自立支援策に力点を置いて生活保護給付を抑制する方針を打ち出している。

生活保護の見直しも、一体改革の重要な柱である。与野党で力を合わせ、多角的に制度改革を進めるべきだ。

 

2012年5月10日 (木)

椎の木の花匂う

83771 大木の 椎の木陰に 花匂う

きな樹木に咲く花は下から見上げても茂る葉に隠れてなかなか気づかないものだ。花の匂いに誘われて思わず、大木ということもあって、青空の隙間に見上げても花を確かめるのが難しい。

遠くから眺めると白く小山のように見える。秋になると、どんぐりが一杯落ちている光景を思い出す。むかし・・・童謡の「小山の杉の子」の歌詞を思い出した・・・♪昔々のその昔 椎の木林の すぐそばに♪・・・

自然の摂理を認識する謙虚さ・・・

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00nyudogumobgm1 五月の風は、さわやかで地球上の生き物が躍動し輝いている実感がする。特に小高い丘(八王子市片倉の集いの森公園)で遠くを見ていてそう思った。

この地球上の生き物は、さまざまな他の命に支えられて生きていられる。人間も同じで、誰でも、一人では生きていけない。この道理・摂理を認識する謙虚な態度こそ最も大切である。現代人はあまり気に留めようとしないばかりか、気づいていても、自分本位に行動している。

大いなる自然の道理に導かれている存在。山、森、谷、川、そのものがそうであり、そこで息づいている草木や熊、カモシカ、ウサギなどの獣がそうだ。それらは自然の恵みをあるがままに受け入れる。しかし一方で自然の過酷な試練にさらされ、しかも生きつづけることもまた道理なのである。

人間はそうではなかった。人間は常に自然を征服しようとする。それが人類の進歩であり、文明発展の歴史であり、合理主義を真理とする近代化である。そして現代の繁栄がある。ただその延長にある未来に栄光が待っているのだろうか?

この最も基本的なことが崩れ去ってしまう世の中ほど、恐ろしいことはない。最近のニュースは、原子力発電の存続・廃止の、選択を判断を迫っている。自然界に存在しない物資を生み出しその恐怖に慄いている。そして、車の大きな事故が相次いでいる、これも野放図に便利さだけを追求した歪がもたらされた、自然の摂理にそむいた行動が導いて結果だ。

信頼や信用、お互いを助け、生かし合えることを、みんな忘れてしまったのだろうか。 自分の力で生きているのだと思い込んでいる人であっても、人間は多くの人々や、生きとし生ける、さまざまな命にささえられ、生かされている。

「今生きている、生かされている」 この幸せを、喜びを実感ずる一方で・・・自然界の摂理と人間社会の発展、抜き差しならぬところにきてしまっている。人間の知恵は自然の摂理に背いた行為に対し冒涜である。

2012年5月 9日 (水)

小沢氏、消増税反対なら離党すべき

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どうもおかしい小澤一郎元代表の党員復帰である。消費増税は反対の立場を崩していない。民主党の輿石幹事長は「小沢元代表にも、党員資格停止を解除して、共に歩んでいただきたい」と述べたという。

前原政調会長は「三審制である日本の法律であるので裁判は終ったという訳ではない、一審の判断 が判決で下されても確定するかしないか様子を見る必要がある。」その通りだ。

早期の処分解除を主導した輿石氏には、消費税率引き上げ関連法案の成立を目指す野田首相と、同法案への反対を明言する小沢元代表の対立を緩和し、党内融和を図りたいとの狙いがある。果たして・・・

読売新聞社説・・・「小沢氏処分解除 「消費税」反対なら離党が筋だ」

民主党の常任幹事会は8日、陸山会事件で無罪判決を受けた小沢一郎元代表の党員資格停止処分の解除を決定した。

小沢氏が政治資金規正法違反で強制起訴された後の昨年2月、当時の民主党執行部は、「判決確定まで党員資格停止」とする処分を決めた。

にもかかわらず、控訴期限の10日付の解除とし、指定弁護士が控訴しても変更しないという。

その理由について、輿石幹事長は、社会保障と税の一体改革などを挙げ、「党内の一致結束が最優先の課題だ」と強調した。

確かに、消費税率引き上げ関連法案など山積する課題解決のために党内がまとまるべき時だ。役員会、常任幹事会を経て解除を決めており、手続きに瑕疵はない。

だが、処分解除で問われるのは小沢氏自身が姿勢を改めることである。まずは、消費増税法案への反対の矛を収めてもらいたい。

社会保障財源となる消費税率の引き上げ問題は、昨年8月末の党代表選で大きな争点となった。民主党は、引き上げを主張する野田氏を代表に選び、しかも、その後、時間をかけて丁寧に議論して法案を党と内閣で決定してきた。

野田首相は、消費増税法案に関する小沢氏の言動も念頭に「何人たりとも党員であるならば方針に従ってほしい」と述べている。

小沢氏は、党員資格を回復する以上、党の方針に従うのが当たり前だろう。それでも法案に反対を貫く、というのであれば、離党するのが筋である。

小沢氏には、陸山会事件で元秘書3人に有罪判決が出たことなど「政治とカネの問題」について国会で説明責任を果たすという課題も残っている。自民、公明両党は8日、小沢氏の証人喚問を要求していくことを確認した。

読売新聞の世論調査では、「国民に説明責任を果たしていない」との回答が87%に上っている。国会での説明は復権への条件だ。

一方、小沢氏は、陸山会事件の裁判で、政治資金収支報告書を見たことはなく「秘書任せ」にしてきた、と主張した。規正法の趣旨をあまりに軽んじていないか。

共産党を除く国会議員は、党を通じて、国民の税金による政党交付金を受け取っている。小沢氏のような言い逃れは許されない。

政治団体の会計責任者や秘書に対する政治家の監督責任強化を目指す、政治資金規正法の改正問題は放置されたままだ。法改正に腰を上げようとしない与野党は、怠慢としか言いようがない。

最近の若者は・・・

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10kouchi_katurahama11 「最近の若者は」・・・と言うが一般的には、中年・老年世代が若者を揶揄する形で使う偏見の一つ。

基本的に暴力的で、礼儀がなってない等のその時々のステレオタイプな悪い若者像が当てはめられることが多い、大抵の場合(その中高年世代にとって)不都合な、理解できない存在を一括りにして扱われる。

得てしてこの言葉を使うと年を取った・中年になったという扱いとなるため、若いと自認している人ほど好んで使わない傾向がある。

言われている、ある若者の意見に、「最近の若者は~」とかよく言われるが、言っている人(オッサン・オバサン)達も昔は、そうやって言われていたと思う。

みんなそう思うんですよ・・・でもある日突然「最近の若い奴は・・・」って言っている自分に気がつく・・・それが、オッサン・オバサンになる。いやでも、誰もが通る道なのかも知れない。単に立場が変わって、オッサン・オバサンに言われて、腹立ちそのものが、「最近の若い奴は…」なのだ。

しかし、世の中オッサン・オバサンの方が若い人より数倍も虐げられているかも・・・?オッサンになってみれば痛感する。若い奴が羨ましくてしょうがない・・・その裏返しが「最近の若い奴は・・・」って言葉になる。

しかし気になるのが、車離れ・ビール離れなどといわれている、その上親離れがうまく出来ないで婚期を失っている人もいる?独立心に希薄になってしまっているのは確かのようだ。

大学生の47パーセントが反抗の経験がないとのアンケートがあるそうだが、思春期のころ、親の言動をいちいち気に入らなく感じたのは、いわば「親離れのための動物的本能」である。

親離れし、独立していくことは自然である。これが狂わされている現代社会は、オッサン・オバサンの言う「最近の若者は~」は自分たちの責任でもあることを自覚すべきだ。

最近の若者が、反抗期を体験していなくても、自分の意思で親からきちんと自立できれば「最終的に自立した人間になる」ということが大事だ。

2012年5月 8日 (火)

自分ひとりの町ではない

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05sikotuko31 毎日ボランティアで、私の近くの湯殿川河川管理通路のゴミ拾いをしているが、今年の大型連休中は、タバコの吸い殻のポイ捨てが少なかった。

連休中は、サラリーマン・学生など通行人が減って、ゴミの量が比例して少なかったのだが・・・平常に戻った。昨日は、また増えたようだ。

何とかポイ捨てしないで、「我が町を環境から守ろう」と、八王子市・保健所・国土交通省などに相談し、「ゴミ捨て禁止」「犬の糞は飼い主の責任」などのポスターを設置してきたが、一向に減らない。

そして、八王子市は、「路上喫煙の防止に関する条例」に 基づき、市内全域の歩行喫煙禁止の制度の遵守徹底が.必要と思う。

「マナーから、ルールへ。厳しいのは条例ではなく、モラルをなくした現実です。」・・・

以前路上喫煙の禁止を定めた千代田区生活環境条例のポスター見たことがあった。確かに、いろいろなところで「環境の保護」・「マナーの尊守」の活動が見られるが、日本人の感覚がこれまでか・・・と思うことがある。

年々喫煙者の肩身は狭くなっていることは間違いない。家では家族で禁煙区域に指定・・・これでは、タバコを吸う場所がない。すっかり締め出されてしまった。

煙草は健康を害する。またその煙を周りの人にまで吸わせる事は良くない、そのぐらいの理屈は中年にも解る。家・駅構内の禁煙、禁煙の飲食店の増加、ポイ捨て禁止等々、不承不承従ってきたのは分かる。

また、たび重なる値上げ、足りない税収はとりあえず喫煙者からふんだくっといてやれ的な、安易で不当な値上げにもじっと耐えてきたのも分かる。

だが、「厳しいのは条例ではなく、モラルをなくした現実です。」 その通りであると思う。悪癖をやめられないのは・・・モラルの目にあまる悪化のためやむなく取り締まりとなったのだ。

自分の家の庭に、またベランダで吸って、「ポイ」と捨てますか?自分たちが住む町なのだから自分たちで、ポイ捨てで町を汚さないこと分かって欲しいものである。自分ひとりの町ではないのだから・・・平常出勤に戻って、タバコのポイ捨てが・・・

          

2012年5月 7日 (月)

ありのままにいきる

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08yokotesigai_yuukei21 ソフトバンクの孫正義社長の「僕は、いつも、ありのままをつぶやいています」の名言がある。

「ありのままに生きる」に通ずると思うが→本音の生きるということ「自分の思うように生きる」「心の赴くままに生きる」ということだと思う。純真な混じりけもない子供もように・・・好きなことを好きなときに、好きなように出来るのが子供の特権だ。

大人は、好きでもないことを決められたときに、決められた仕方で行動するように強いられているように見える。「いや違う!」と言う人も中にはいるだろう。だが、大なり小なり多くの人はこれを否定できないのではないだろうか。しかし、これは「大人なのだから仕方ない」の一言で片づけていいものとは思われない。

自己中心に生きるということは、協調性が欠けるということで、社会的には相当の批判の的になり、最終的には見放され世間から抹殺されることになる。だから、自分の思いを押し殺して生きた方が、ありのままに生きるよりはるかに楽であり安全なのであるとも言える。

だから、孫社長は「安全」というメリットは認めながらも、自分のためにあえて「ありのままに生きる」ことを選んだのだろう。自分流は不確実であって、困難も多いけれども、文句なく「楽しい」と思われるからである。

ふに落ちないことを明確にしたり、積極的に議論を挑む方がやっていて楽しい。「安全」かつ「安心」であるより、いつも話すネタをあれこれ思案する方が楽しい。

自分の判断に従って行動する限り、その失敗に対し責任をとる覚悟は考えておかなければならない。「ありのまま生きる」ということは、気楽なこと、お手軽なことではない。子供はいつだって真剣で、暇つぶし に遊んでいるのではない。あくびをしながら「夢中になる」なんてことは絶対ない。

2012年5月 6日 (日)

堅さを増す樹木の葉

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優しさから 堅さ増す 葉音かな

立夏が過ぎ、陽射しも力強さが増してきた。昨日は夏日となって、もうつぼみが確認できる紫陽花が、強すぎる日差しでいくらか、参ったようなかんじであった。

しかし、今朝は、そんなことが、あっも凛として、しっかり葉をひろげていた。(強風で、芽生えたばかりのはが、路面に落ちていたのもある。)樹木は、本格的な夏をむ向え、柔らかかった葉は堅くなり、夏の風雨に耐えられるようになるのだ。

そうして夏が過ぎるころ、葉は役目を終え枯れて落ちていく・・・

限られた時間・・・

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00a233ff1 限られた人生で時間を無駄に過ごしていないか、考えることがある。今まで何と無駄な時間を過ごしてきたものだとも・・・しかし人生何てそんなものだと思うことも・・・

何かをやろうと始めたがどうもうまくいかず、後戻りしたり、目標を立てて進んだが過ぎてみてとても遠回りしたことを実感したっりし、後悔したりする経験がある。

しかし、後戻りや、遠回りしても、そのことで多くの失敗や、自信喪失など、また思いがけなく、新たな発見をしたりすることがある。それは将来にとって、自分を守る武器にもなる。

大事なことは、人生は挑戦である、何事にも終るまで戦い続けることであると思う。アメリカの実業家スティーブ・ジョブズの名言である・・・

「人生の時間は限られている。他人の人生を生きることで時間を無駄にしてはいけない。」

――これは2005年にスタンフォー ド大学の卒業式で行われ有名なスピーチの一節だ。NHK の「ドキュメンタリーWave:スティーブ・ジョブズの子どもたち ~ハングリーであれ 愚かであれ~」・・・でこのスピーチを現地で聞いた卒業生のその後を追ったドキュメンタリーが放送された。「自分の人生を生きろ!」というメッセージが印象的だった。そして印象にのこったことは・・・

1.点と点をつなぐこと:Connecting the dots
「私はリード大学を6ヶ月で中退した。そして自分の興味と直感に従った。その結果出会ったものは、その後お金に換えがたいものとなった。」「先を見通して点をつなぐことはできない。

振り返ってつなぐことしかできない。だから将来何らかの形で点がつながると信じなければならない。」「直感、運命、人生、カルマ、何でもいいんだ。その点がどこかにつながっていると信じること。この手法が私を裏切ったことは一度もなく、私の人生に大きな違いをもたらした」

2.「愛と失う」こと:Love and loss
「私たちは懸命に働いて、ガレージで2人で始めたアップルは10年で従業員4000人以上の20億ドル企業になった。そして私はクビになった。私は30歳にして失職した。とてもおおっぴらに。私は人生の中心だったものを失い、それは衝撃的だった。」

このスピーチから2年ほど経過した2008年、住宅バブルがはじけ、サブプライムローンが暴落。リーマン・ブラザーズが破綻した。新聞社に勤めていたカルダロン氏は記者として取材に明け暮れていたが、リマーションショック後の大量リストラによって職を失った。

「一生懸命勉強して、働いて、頑張ればいい人生が送れると教えられた。でも全然違うじゃない。私は無力だった。」ジョブズの友人であるフェルナンデス氏もこのように語る。

「この国は、流れ作業のように、大学に行き、就職し、結婚して、家を買うことが幸せだという考えを植えつけるところがある。ジョブズはそんなレールに乗るな。これが幸せに繋がるものではないと言いたかったんだ。」

いまの時代、用意されたレールの上に乗るだけでは、世の中が悪くなったときに無力になる。それでも、カルダロン氏は失ってみて、改めて気づいたことがあるという。

「私はジャーナリズムや書くことがたまらなく好きだと気づかされた。わかっていればよかったけど、経験して学ぶしかないこともある。」

そして、自身のウェブサイトでニュースリンクを立ち上げた。収入はわずかでも地元のニュースを取材する毎日に満足しているという。失わなかったら気づけなかったこともある。それも大事な点になるのだろう。
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3.死〜ハングリーであれ、愚かであれ:death “Stay hungry Stay foolish”
「間もなく死ぬことを覚えておくことは、私が知る限り、人生の重要な決断を助けてくれる最も重要な道具だ。」「なぜなら、ほとんどすべてのこと。つまり、他人からの期待やあらゆる種類のプライド。恥や失敗に対するさまざまな恐れ。これらのことは死を前にしては消えてしまい、真に重要なことだけが残るからだ。」

2012年5月 5日 (土)

立夏に思う

Img_0106 露あびて 夏草競い 茂りけり

今日は子供の日で、暦は立夏である。夏が近づく匂い、というのがあるようだ。昨日は、東京地方に雷を交えて大雨となり、湯殿川の水も土色になって水かさが増えた。片倉城址の樹木・土手の雑草の、緑と濡れた土の香に、ああ夏が来る、とうれしさとなつかしさの入り交じった心地になる匂いだ。

毎年私の近くの湯殿川河川管理通路に、秋に咲くコスモスを近所の方達と育てているが、今年は主力の方が、体調を崩し出来ない。(昨年は私一人除草などしたが・・・)

それには2月頃から耕し、雑草の除去する。と、昨年の種が芽生えて来て、草取りをして育てる。というやり方で秋に咲く色とりどりを花を楽しんだ。今年は、何も手を入れないでおいたら、コスモスは雑草に負けて生えない。自然界での弱肉強食の厳しい。

差別と平等

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00nyudogumobgm1 最近、「差別」・「人権」という言葉を、聞くことが多くなったように感じる。特に、中国の盲目の人権活動家、陳光誠氏のニュースが世界的な話題になっている。

しかし、中国の人権問題は、何故改革できないのだろう、ノーベル平和賞受賞者の劉 暁波(りゅう ぎょう)は、2008年に監禁されたり、中国は人権問題で欧米から問題視されている。

「仏教」ー武田鏡村の本から(コラムほとけの言葉)から・・・「人権」は「差別・平等」に関係があるのではないかと思う、記して考えたい。

「人間本来みな平等なのだから、差別はあってはいけない」――こういう言い方を聞きます。つまり、(差別)は不正で、(平等)は正しいという、とらえ方です。

じつは、差別も平等もそれぞれ仏教用語のひとつなのですが、仏教では現代の一般的な感覚とは微妙に違うニュアンスで用いられています。(差別)は、仏教では正しくは「しゃべつ」と読みます。そして、この世のあるすべての、森羅万象は千差万別で、それぞれ多様なあり方をしている、という意味につかわれています。

つまり、個々の存在は本来独自性をもち、それぞれに異なる姿をもっているということです。現在一般によく使われる、「偏見にもとづいた区別」というニュアンスはありません。

一方、仏教でいう、(平等)とは、(差別)の状態にある千差万別のあらゆる存在も、心理(法=ダルマ)の観点からみれば、すべて等しく同じだ、という意です。

つまり、人間の眼にはそれぞれ異なって映る森羅万象も、縁起・無常・空といった仏法の説く原理にみな同様に等しくくるまているということです。

そして、仏教では、修業のレベルが進んだ人間は、差別的な見解から離れ、自他内外の一切を平等にみる智慧に至ると教えています。この智慧はとくに「平等性智」と呼ばれています。要するに差別と平等は、コインの裏と表のようなものなわけです。

そして、個々の違いは違いを認めたうえでなければ、平等はお仕着せの(悪平等)になってしまう、といこともあるのでしょう。

「法ののもとに万人が平等」が近年の平等観だとすれば、「仏法のもとでは「一切生命(生きとし生けるもの)が平等」とする仏教のそれは、スケールがより一層大きいものといえうるのではないでしょうか。

2012年5月 4日 (金)

人間らしく生きる→幸福について・・・

08adachi_bizyutukan11 現代人は、文明文化と発展と心が同調していない。今の生活に幸せの感謝出来ない不幸な人が多くなってきているのではないか・・・長い人間の歴史から、人間は他の動物とは違い、知恵がある。弱肉強食だけでは生き残れないということを、忘れてしまっている。

どういうことかというと、何不自由ない暮らしをしていてもこの暮らしに満足できず、欲求は治まらない。これ以上の欲を持つことは結構だが、今日生きていられることに感謝することを忘れてしまってはいけない。

衣・食・住などすべて、多くの人に支えて貰っていて今の生活ができ生かされている。このことを忘れて、自分さえよければ・・・もっと、上の暮らしをしたい。

「一生懸命働いて、人より上の生活をしたい」この事は、大変重要な考え方だが、他人が窮地であったなら、手を貸してあげる、ボランティア的仕事をしていく社会風土を創りだすことが大事ではないかと思う。

日本人は、物質的にも精神的にも混乱して中で生き延びてきた歴史がある。少しの食べ物でもみんなで分かち合って生きてきた。その精神が薄れてきたかに思う。

哲学書としては異例の売れ行きをみせている本がある。十九世紀のドイツの哲学者ショーペンハウアーが著した「幸福について」(新潮文庫)だ。

「幸福を得るために最も大事なのは、われわれ自身の内面のあり方」という、わかりやすいメッセージが、暗いニュース続きの日本人の心に染みているからだという。次のようにも記されている。

「われわれの幸福の基礎をなすものは、われわれの動物的な自然性である。だからわれわれの福祉にとっては健康が一番大事で、健康に次いでは生存を維持する手段が大事である。

すなわち気苦労のない生活の維持が大事である。名誉とか栄光とか位階とか名声とかは、いかに重きを置く人があるにせよ、こうした本質的に大事な財宝とは、比べることではない。

またそうしたものの補いにもならない。むしろ本質的な財宝のために、必要とあれば、惜しげもなく犠牲にされることであろう。

要するに、極論すれば、幸福でいる条件は「心身ともに苦痛がない健康な状態で、地位や名誉などを気にせずに、「退屈しないように余暇を楽しみながら、朗らかに生きることである」ということになるではないだろうか・・・

親子の愛について

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07rose_ame21 親が毒親なので子供が親と絶縁したいとか、絶縁したという話はよく聞くことがある。でも、親が子供と絶縁したいとかしたとかいう話は聞くことはあまりない。これはやはり、親が子を想うほど子は親のことを想わないからなのではないだろうか。(読売新聞・・・発言小町)

「親が子を思う情はいつの世にも、『永遠の片思い』であるという。片思いに応えられる年齢になったとき、親はいない。 墓前にたたずめば人は誰もが、「ばか野郎」となじってもらいたい 親不孝な息子であり、娘であろう。」・・・(読売新聞コラム編集手帳)

(おや)思う心(こころ)にまさる親心(おやごころ)

『吉田松陰の歌「親思ふ心にまさる親心けふの音づれ何ときくらん」から』・・・子が親を思う心よりも、子を思いやる親の気持ちのほうがはるかに深いということ

親が子を想う気持ち

「親は子の為ならどんなこともする。」親にとって子はどんなに大きくなっても子供だよ、親はそんな言葉を当たり前のように、あまり問題と思わずに言うことがある。それを聞いた子は、親の気持ちを想うと、やはり大事にしなければいけない。

「親孝行」という言葉が最近使われなくなったが、(儒教の教育が薄れてしまったのが残念である。)勝手に育ったとでも思っているのだろうか・・・

「子を産んで育てる」という動物的な本能であり、人間も他の動物と違いはない。しかし、必要以上の将来の不安視?と自制心?の知恵から子を産むという自然な行為をコントロールするあまり、少子化の減少という結果になり大きな問題になっている。

「無償の愛」・・・「ここまで育ててきてやったのに、この恩知らず」と親「生んでくれと頼んだわけではない」と子。良くある、思春期の親子喧嘩である。親は、この子供のセリフを絶対に言ってはいけない言葉だと主張する。

しかし、そんなセリフを吐かせるのは、親の方に問題がある事も考えられる。親には子供を一人前の人間に育てる責任がある。子供が悪態をついたり、不良となるのは親がこの責任でもある。

子供を育てるのは親だけではない。学校であったり、地域社会であったりもする。しかし、親がきちんと責任を果たしていれば、少なくとも親に対する不信感だけは抱かない筈である。

「親の愛」とはこの責任のことである。正しき事を教え、時にはただ成長する我が子に目を細めているだけでも良い。子供が一人の人間である事を認めてやり、考えを理解してやり、また時には助言をする。

決して傲慢にならず、強制をせず、寛大な気持ちで見守ってやる。そういうものが「愛」なのであると思う。「愛」を一心不乱に注いでやった時、子供は何かを感じる。そんな中から「親孝行」の精神が芽生えてくる。

例え、そんなものが芽生えなくとも、嘆いてはいけない。あるがままを受け入れるという覚悟があれば、見返りがなくとも諦めがつくだろう。子供を作るということは、そんな覚悟の上に成されるべきだと思う。

2012年5月 3日 (木)

我が故郷「片倉城址」のこと

800pxkatakura_castle_karabori1 片倉城址公園の近くに代々住んでいた「片倉城」の歴史に疎い。そこで平野勝氏の2007年に東京新聞の記事あったので記し、記憶にとどめて置きたい。

八王子市の南郊、湯殿川と兵衛川の合流点西方に張り出した丘陵の突端にある中世城館の跡。城は南北朝末期の応安年間(1368~75年)由木城から移った長井広秀構築と伝える。

長井氏は鎌倉幕府重臣の大江広元の第二子時広が、出羽長井郷(山形県長井市)を領して長井を氏とした。これが始まりとされる。

鎌倉初期の建暦三(1213)年5月、付近を治めていた横山氏一族が和田義盛の乱に連座して滅亡すると、片倉一帯が広元の所領となり、長井郷から移り住んだ時広の統治するところとなった。片倉城を築いた広秀は、時広の五代目の子孫といわれている。

片倉城は広房の代の応仁のころ(1467~69年)まで長井氏居城とされていたらしい。のち武蔵国守護代大石氏の持ち城となり、大石氏の後を継いだ滝山城主北条氏照が大改造を施し、支城として城構えを整えた。だが天正18(1590)年豊臣秀吉の小田原攻めの際、豊臣勢の攻撃を受けて落城。以後廃城とされた。

現在城址は市公園として整備され、縦横に遊歩道が通じて、手軽な散策地として親しまれている。園のは入り口に静まる住吉沼は、かっては湯殿川に臨む湿地帯の一部で、城の重要な防御線だったに違いない。

沼のほとりを抜け、急な石段を直登すると、雑木林を背にひっそりと住吉神社が立つ。長井氏が城の守護神として摂津国(大阪府)の住吉大社の分霊を移し祭ったのだそうだ。

神社の裏側へ回り込むように進むと本郭跡。草原になっている。本郭跡の西側には、空堀と土塁を挟んで広々とした二つの郭跡が開ける。家族連れには格好な遊び場だ。南西に丹沢連山を仰ぐ眺めもよい。春先には山腹を覆っている茂る雑木の林床をかれんなカタクリの花が彩る。

今の残る本郭や二の郭、空堀、土塁といった遺構は、いずれも氏照が改修した以後のもの。戦国城郭としての面影をよくとどめている。激しい攻防戦が繰り広げられていたであろう昔に思いを馳せながら、そぞろ歩きを楽しんだ。

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                 湯殿川

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つぎの句は、片倉城址の5月の風景・・・何年前から書いたものだが、まとめてみた。

静けさや 深緑の葉に 玉しずく

水ひかり 草木が萌える 城の里

石垣に 割れ目の奥に 夏をみる

薫風は 古城の里を 巡らして

朝早く 挨拶しながら 草の道

朝靄に 片倉城址も 影うすく

古城には 松が似合う 五月雨

湯殿川 我が心にも 水澄みて 変わらぬ流れに 昔を偲ばん

匂いつつ 散りにし花が 偲ばれる 夏は緑の 繁りければ

女の歴史と世継ぎ

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女(おんな)三界(さんがい)に家なし

「三界」は仏語で、欲界・色界・無色界、つまり全世界のこと。女は三従といって、幼い時は親に従い、嫁に行っては夫に従い、老いては子に従わなければならないとされるから、一生の間、広い世界のどこにも安住の場所がない。女に定まる家なし。

嫁して三年子なきは去る

嫁に子供が授からないと脈々と続いてきた家系が絶えるので、 子供が生めない嫁は離縁したという。

男尊女卑

男性の社会的地位が高く、女性の社会的地位が低い制度、もしくはその傾向を推奨・肯定する思想である。

この三つの言葉があるが、現代では差別語として、歴史に残るだけで、いずれは消えてなくなるだろう。女は歴史上、男に比べ差別されていた。女性はフランス革命(1789~99年)で参政権を得ているという。日本では1925年(大正14年)に参政権を獲得している。

最近の男女は、自分達さえ納得すれば家系が絶えても関係無いと思っている方々が多い。しかし、皇室典範で女性天皇などが議論してきているが、天皇制がある限り皇位継承の問題は、大事なことだ。

一般庶民の感覚でも「家督を引き継ぐ」という問題では少子化と、年代と共に薄れていくようである。しかし、今問題になっている空家の放置になっている?となれば問題で、社会風潮と片付けられない。

人が後世に末永く歴史を引き継ぐことは、今生きている人間の責任である。世の中男と女が知恵で、危機的状況にある日本の消滅を防ぐ方法を考えてもらいたい。

2012年5月 2日 (水)

雨と梅の実

Phot0000000000005fb5_500_01 五月雨や 梅の実青く 膨らめり

きょうは、朝から一日雨との予報である。二日おきに、晴れ・雨の繰り返しが続いている。梅の実も大きく目だってきたように思えるようになった。

今年の青梅市の吉野梅郷はどうだろう。梅ウイルス被害で木を切ったというニュースがあったが・・・

毎年、ムメフラールを作っているので吉野の梅を買いにいっている。ちょっと心配だ。

人は一人では生きていけない

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06_12801 「無縁化社会」という言葉が言われて久しいが、無縁化社会とは、人と人との関係が希薄となりつつある日本の社会の一面を言いあらわしたものだ。(NHKにより2010年に制作・放送されたテレビ番組による造語である。)

「無縁化社会」・東日本大震災で、「絆」が大きく取り上げれ、30年、40年前の日本人の心を取リ戻す「もう一度日本古来からの生き方」を考えるチャンス?かも知れない。そして「生きるとは」を考え、人間本来の命の大切さを認識をしなければならないと思う。

今朝のNHKニュースで、内閣府の自殺対策に関する意識調査によると、今までに、本気で自殺したいと思ったことがあると答えた人は23%で、年齢別では20歳代が最も高く、50歳代以下では4人に1人以上が自殺を考えた経験を持つことが分かったという。

この結果から、飽食の時代に、人と人の係わり合いが、以前と違ってきたことによる原因であることは間違いない。人は、人と関わり合わなければ生きていけない。また、人はひとりで生きていけない。

多くの人と関わり合う、自分と最も身近な他の人が、妻あるいは夫であり、親または子である。そして人は社会生活をいとなむ上で、それ以外に多くの人々とも関わり合いで生きられる。

そして、人との関わり合いで、さまざまな悩みを生まれる。人生の伴侶として巡り合い、共に歩むことを誓ったけれど、破綻してしまった夫婦、親と子の間に亀裂が生じてしまった家族など、これは身近な間柄の悩みである。

夫婦・親子は命の絆で結ばれた間柄なのに、思いやる心が冷めると、すきま風が吹く。自分に一番近い夫婦や親子といえども、考え方、生き方が異なって当然である。お互いが共生きのために理解と努力をするか、背を向け反目する行動をとるかによって、その展開が大きく異なってしまう。

個性ある人間が共に生きていく上で、価値観をすべて共有することは、不可能に近いから、部分的に共有するとか、多様性を相互が認め合うという努力を必要とする、互いが理解する努力をしないかぎり、人間関係は破綻する。

人には苦しみがつきもの、憎いものと会う苦しみ、この逆が愛する者と別れる苦しみ、憎しみに耐え、人生模様はさまざまである。

2012年5月 1日 (火)

平常心

539571 不透明な時代といわれている。こんな時代に心を「平常心」に保つにはどうすればいいのか、また平常心とはどういうことなのか・・・「平常心」(へいじょうしん)とは、ふだんと変わらない心。揺れ動くことのない心理状態である。

平常心(びょうじょうしん)と読むとこれは仏語。日常ふつうの心。ふだんの気持。あたりまえの生き方。平常心で生きることの難しい世の中でである。非日常的でなく、いつでもどこでも持っている心であるというが・・・

朝日カルチャーの「禅語に親しむ」・・・

平常心是道(無門関)・・・平常心(びょうじょうしん)是れ道(どう)

政治家たちがよく、政治課題や政治姿勢を問われて「平常心です」と言う答えを聞く。この場合の平常心は普段のとおり、格別の構えた思いも無ければ、気負いもなく、淡々とした心境であるという意味で用いられることが多い。

ただ、禅語としての「平常心」とは淡々として、全く心が動かないとか、動じないと言うことではない。禅語としては、宋代の禅匠、趙州和尚と師の南泉普願禅師の問答に由来する。 

趙州問う「如何なるか是道」南泉曰く「平常心是道 ある受験生が試験前日「自分はすぐに上がってしまうし、緊張して何時も失敗してしまいます。平常心になるにはどうすればよいですか?」という電話相談をしてきた。 この学生のように、一般的に平常心と言えば何事にも心が動じない、揺れ動かないことのように思われている。

しかし、人生には喜怒哀楽があって、一喜一憂、悩んだり苦しんだり、泣いたり笑ったりしながら心は揺れ動くのが常である。嬉しいときは喜び、悲しいときは涙するのは人として当然のことである。

この揺れ動く自分のその心そのものが我が心のそのときの真実の心であり、さまざまな状況、状態に応じて変化し現れるのが、人の心であり人間としての自然の姿である。緊張すべきときに無理に平常心を作ろうとか、落ち着こうとあせる心を起すときに不自然な心が働き、かえって変調をきたす。

このままじゃいけない、何とか落ち着こう、泰然としていようとすればするほど緊張は高まり、不安になることも少なくない。 緊張すべきときに無理に平常心を作ろうとか、落ち着こうとあせる心を起すときに不自然な心が働き、かえって変調をきたす。

このままじゃいけない、何とか落ちつこう、泰然としていようとすればするほど緊張は高まり、不安になることも少なくない。むしろ上がり緊張している我が心こそ、今の自分の真実の姿であり、ありのままの心なんだ、ということを素直に認め受け入れることである。

ありのままの心、ありのままの姿を認め受け入れるとき、そこには自らが否定し、排除しようとした自分の心はなくなり、障りとする緊張感はなく平生の平常心があるのみとなる。

とはいえ、「平常心」は普段のまま、現在の煩悩心のそのままではない。道元禅師の言われる「ただわが身も放ち忘れて仏のいへになげいれて、仏の方より行われ、是に従い行くとき ちからも入れずこころもついやさずして 生死を離れてほとけとなる」とある。要は仏のいえ、大自然の運行、自然法爾のままに、一切を御仏にお任せするその心そのままが平常心なのである。

孫娘のピアノ発表会のこと

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Azarea1 きのう、孫娘のピアノの発表会があった。比較的近い立川市に住んでいるが、年に何回かしか合うことがない。1ヵ月前に電話で発表会があることを連絡してきて、妻と一緒に聞きに行ってきた。会場は「くにたち市民芸術 小ホール」2年に一回の発表会で、幼稚園から、中学生まで50人ぐらいだった。

ピアノ教室のモットーは、「ピアノは弾くだけでは、本当の音楽を楽しむことはない。ハーモニー感じられてこそ心から音楽を楽しむことが出来る。」ということである。

小学校4年生の孫が弾いたのは、チャイコフスキー作曲のバレエ音楽『くるみ割り人形』より「花のワルツ」。

私の孫は、24番目の発表で、時間的には中間ぐらいであった。しかし順番の来るのが待ち遠しかった。それというのも、普段聞いていない曲が多く、自分のピアノの曲が無知であるのでなお更だ。

こんなに上手に弾きけるまで成長したことに感心した。お客さん大きな拍手にぺこりとお辞儀をしのが何とも可愛く思えた。

ちょっと違和感があったのは、中学生のエレキギターに合わせドラム・シンセライザーと、ギターが何ともピアノ発表会の雰囲気に合わない感じがしてたまらなかった。

そして、小中学生による、今人気のAKB・48の曲を踊った、素晴らしい踊りではあったが、ピアノ発表会には、ちょっと違和感があった。音楽には、色々なジャンルがあるが、日ごろのピアノの練習で、情操教育・努力することで、心の強さ・人に優しさなどを育むにピアノは最適だと思う。

私には最期の発表は、ドラムのただうるさいだけで、途中退席してしまった。

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