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2011年11月

2011年11月30日 (水)

野火の思い出

55eb1803d82b34f155628866526c3d391 今はなき 野火の煙と 枯れ野かな

土手の枯れ草に火をつける昔を思い出した。子供の頃田んぼの稲刈り作業が終って、枯れた雑草を火をつけて燃やしたのだが、なかなか燃え広がらない。前の日に雨が降って濡れているとなお更だ。

白い煙が風で舞い上がる光景が、あちこちで見られる。稲の取入れが終った証拠のサインのようなものだ。

それにしても、今は全く外で火を燃やすことがなくなった。童謡にある、「焚き火」などのは幻となってしまった。もう子供たちは煙が目に沁みるなんて実感できないだろう。

地球危機は人間の知恵で克服を!

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05sikotuko31 地球危機はヒシヒシ迫っている人間の知恵で克服を!

COP17が28日南アフリカのダーバンで始まった。地球の温暖化で、今年の台風12号で紀伊半島の豪雨・15号では私達の住む八王子市では街路樹が倒れるなど大きな被害がでた。そして、タイの記録的洪水で、アユタヤ周辺の工業団地を水没させたことで、日本企業の生産活動に大きな打撃を与えた。

今朝のNHKのニュースで、WMO=世界気象機関は、北極海の海氷の体積が、地球温暖化の影響で過去最少規模となったことを明らかにするとともに、温暖化によるとみられる洪水や干ばつなどの異常気象が、今後さらに頻発する可能性が高いとして、警戒を呼びかけたという。

京都議定書の期限切れを1年後に控えながら、これに代わる枠組みを決められそうにない情勢が何とももどかしい。温暖化対策は待ったなしの状況である。海水面の上昇で国土を失いかねない小さな国々があることを忘れてはならない。交渉進展に向け、参加国の頑張りを求めたい。

リーマンショック以降地球温暖化に対するマスコミの報道は断然少なくなった。日本は3・11東日本大震災、EU諸国の経済危機に見舞われなど、それどころではないのが正直なところだが・・・

西日本新聞社説・・・京都議定書は2008―12年を第1約束期間とし、先進国に温室効果ガスの総排出量を1990年比で5%以上削減する義務を課した。本来は2013年以降もこうした取り組みが欠かせない。

各国とも温暖化対策に取り組む意欲が急速に低下し、09年のCOP15(コペンハーゲン)、昨年のCOP16(カンクン)と協議は不調に終わった。だが、京都議定書以降の国際ルールがなくなる事態は避けねばならない。

そこに「空白」が生じると、温暖化防止にとって厳しい情勢を招くだろう。国際エネルギー機関(IEA)が「直ちに行動しなければ代価は何倍にもなる」と警告するように、万国共通の課題に向けた歩みを止めてはならないのだ。

1997年に採択された京都議定書では先進国と途上国を区別し、先進国にのみ削減を求めた。その後の経済発展を考えれば、両者の区別なく削減しなければなるまい。いまや中国は世界最大の二酸化炭素(CO2)排出国である。

当時は途上国扱いだったシンガポール、韓国、ブラジルも一定の義務を負うべきエネルギー消費国になっている。何より、京都議定書から離脱した排出量2位の米国を組み入れる必要がある。

「全員参加」で削減し、それに法的拘束力を持たせる体制を目指すのが筋だ。それが難しいなら、昨年のCOP16で合意された、各国が自前の削減目標や行動目標を自主的に登録する仕組みを進めていくのが現実的だろう。温暖化対策は取り組みを止めないことが重要である。

日本のCO2削減行動計画は、原発の増設とエネルギー使用削減を軸に構築されてきた。しかし、福島第1原発事故で大きく状況が変わった。原発の増設は想定できない。現在ある原発も相次いで止まり、CO2排出量の多い火力発電所がフル稼働して急場をしのいでいる。これ以上の削減には産業界の反発も強い。

「全主要国の参加」を条件に20年までに90年比で25%削減するという日本の国際公約は困難な情勢だが、簡単に諦めるわけにはいかないだろう。各国同様、排出を抑える努力を怠ってはならない。

2011年11月29日 (火)

知識と智恵はどっちが大事ですか

10_12801 この頃、世の中どうもおかしい。日本の借金は天文学的な数字、民間企業ならいつ倒産してもおかしくないのに、政府・官僚も一般の公務員も余り困った様子もなく、かけ声ばかりで一向に赤字は減りそうもない。

そればかりではない、子供だっておかしい。女子高生の援助交際という名の売春にはげんでいるというし、また、インスタント・セックスなどの言葉があるように性モラルの崩壊?そして犯罪の低年齢化がある。

環境問題が大事だ、地球温暖化を阻止しなくちゃいけないと、みんな口では言うけれど、ゴミのポイ捨ては一向に減らない。(今朝もゴミ拾いをしたが掃除をした傍から捨てている)

みんな、この世の中がどこかおかしいことを知っているのに、何故、まとも(真正面みる)にならないのだろう?誰かがやるならやる。「骨折り損のくたびれ儲けはもっての他」という人が多い。

手を汚さないで、世の中を思い通りにできたなら、その世の中は、理想の世の中なんだろうけど、これはとっても難しい。そう感じている方も多いのではないだろうか・・・

まともな言葉に出会ったときに「そうだ、これだよ!」私たちがいつのまにか見失っていた人間の原点。まさに感覚が麻痺しているのだ。理屈は分かっていても、実践の知恵と勇気がない人が多いということだ。

そして、「知識と智恵はどっちが大事ですか」は現代人への大警鐘である。

グローバルだのITだのとの掛け声で、私たちの周囲にはあらゆる情報が氾濫している。「勝ち組・負け組」この表現は自分の居場所を見失う人間を大量に生み出している。これこそが「知識があっても、智恵を使いこなせて」現状である。

私たちが最初にできることは、知識(情報)の整理である。情報の整理とは、自分に必要なものを自分で選択すること。

必要な知識は(情報)をどのように使うかが自分の知恵なのである。情報は大勢の人々に同じように伝えられる。自分に不要な情報は捨てる勇気が必要なのである。自分を守ってくれるのは自分自身なのである。

大切なのは受取る側の私たちの判断力、選択力なのである。 子どもの頃よりみんなと同じことをできる子が(よい子)と評価されみんなと同じことをしていれば(安心)だと思い込まされ社会人になった途端に(あなたは勝ち組、あなたは負け組み)と一方的に宣告される。

でも私たちは、知識は共通に与えられての、知恵は一人ひとり違うのである。この大切な教育の考え方が問題なのだ。このことに多くの人が気がついて貰いたい。

生活態度を見直そう

2_2006_1201_133713dscf06031 いま、生活態度を見直す時期にきていると思う。
目まぐるしく変化する現代、高度な技術変革と、自然環境や人への優しさが求められる時代でもある。

町の空洞化・少子高齢化は、暮らしの場所としての魅力の喪失が最大の要因となっている。そして、単に敷地や道路が狭いことに起因する住宅建築の困難さによるだけでなく、IT産業や自動車社会の進展、生活に密接した商店数の減少、郊外の新しい市街地整備や大型商業施設の立地など、様々な要因が折り重なって生じたものと考えられる。

気がつけば、人と人の絆・優しさ・思いやりが問題となってきた。特に思いやりは人間だけではなく、地球環境に対する思いやりが薄れてきたようで仕方がない。3・11東日本大震災以降「絆」の活字が氾濫している一方、自分さえよければの自己中心的が横行・・・困っている人がいてもソッポ向く人がいる・・・むしろ増えた?ように思える。

飽食・ものあまり時代、街中を歩けば、食べ歩きながら・歩行喫煙は以前より酷くなったように思える。コンビニ・スーパーでは、賞味期限が過ぎた食料品が捨てられている。

甘えとヘンな驕りがあるようだ。実際に被害に遭っていないからだと思うが、たかがゴミ一つぐらい、問題ないじゃないかと思う人がいれば、街は汚れ、犯罪は多くなってしまう。

人間は一人では生きていけない。家族・地域・社会があって生きられる。自分が安心して生きられるのは多くの人に支えられて生きられる。そのことを家庭・学校・地域社会で教育していくことが大事である。

いま自転車ブームだそうだ。しかしルール・マナーが守られていない、自転車専用通路を考えているようだが、どんなに立派な設備を作ってもルールを守り、マナーを心がけなければ、事故はなくならない。安心・安全の街の暮らしは一人ひとりの心がけから始まる。

女性が結婚したい男性

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3612 世の中、男と女が半々、結婚する年頃になれば、本人もそのきになって異性が気になる。結婚話となると、昔は近所の世話やきの小父さん・小母さんたちが、相手を探して見合いをさせて、結婚をした風習があった。

親同士が、世話やき小父さん・小母さんが、写真一枚で決めてしまい。本人どうしは結婚式まで顔を初めて見るという結婚の仕方が珍しくなかったと言う。保証人と仲人の権限があって、問題があれば解決してくれた。

そんな昔は、何が何でも結婚させると言う周りの人がさせていたので、結婚しない人は少なかった。

現代では、本人の意思を尊重し、親を始め、周りの人は本人意思任せである。価値観・結婚適齢期?が多様化して、どうも晩婚化が進んでいるかのようだが、必ずしもそうではないようだ。結婚したくても出来ない、結婚願望はあるが出会いがない・・・?

後とり、親との同居という二世帯家族が問題ということがあるが、結婚は、女性・男性の本人同士の意思で決めることだが、女性から見た男性を見る目が重要な要素である。(男性から女性を見る目も重要だが)

以前は三高(高学歴・高身長・高収入)だったが、今は・・・

デキるメンズ=略してデキメン調査によると・・・優しさ・頭のよさ・男らしさ・ルックス・見た目・思いやりが注目されるという。

1位 優しく、よく気がつく、広い心

2位 社会性、一般知識がある、頭がいい

3位 仕事が出来る

4位 ルックス、笑顔がいい、イケメン

5位 男らしい、守ってくれる、包容力、たよれる

東京では、デキメンとして評価されるためには、仕事より優しさ社会性がポイント。「優しさ」では、女性の気持ちをわかってあげること。言葉で言うのは簡単だが、所詮、他人なのだから100%何を考えているかわからないのはしかたがない。

そこで、積極的にコミュニケーションを図ること。彼女のテンションが下がっていれば「どうした?」とか、「会社でなんかあったの?」と聞くこと。「社会性」では、特に知識力が大事。色々なことを知っていれば、頭がいいと思われるので、ニュースを意識して見ること。あとは、優しさだけではなく、たまには男らしく強引なところも必要かもしれない。・・・ということだそうだ。

2011年11月28日 (月)

寂しさと秋の夕暮れ

08yokotesigai_yuukei21 訃報を聞き ふっと振り返る 秋の暮れ

散歩していて出会った人から突然、あの人が亡くなったという訃報を聞き驚いた。同世代の方で、お世話になった方であるが、子供たちに住んでいた家を任せ、故郷長野に夫婦で戻って悠々自適な暮らしを選んだ人・・・。

心筋梗塞?心臓麻痺?詳細は分からぬが、朝元気だった人が夕方に倒れたという。命の儚さを実感するばかりである。健康に人一倍気を使っていた人が・・・振りかってしまう、寂しさが心に残った。

強引さより話し合い政治を!

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09_12801 大阪ダブル選挙で勝利した橋下徹氏は「自民・民主・共産各党は、全く何の政治理念もないし、政策理念もない。そういうところが有権者に見抜かれていると思っている。この民意に基づいて、しっかり大阪市政をやろうという職員とは必死になってやる。この民意を無視する職員は、大阪市役所から去ってもらいます」当選後の第一声である。

ある意味、予想どおりの橋下徹・松井一郎陣営の圧勝劇である。既存政党が徒党を組んで対立候補の平松・倉田陣営の後ろ盾についたにも拘らず、開票と同時に「当確」が出るほどの大差がついた。

大阪のみならず、日本全体の傾向として、民主党や自民党、更には大手マスゴミをはじめとする”既得権益”にしがみつく連中には「もう任せられない」「何も期待できない」という国民の意思表示である。

閉塞感が漂う日本の政治に大阪から政治の流れを変えられるのか・・・

都構想そのものが信認されたというより、「二重行政が大阪の発展を妨げている」という問題意識に共感した人が多かったのではないだろうか。

維新は4年で都制に移し、生まれた財源で「稼ぐ自治体」をめざすという。法改正も伴う組織再編はさらに議論が必要だ。むだの排除や効率化をまず徹底し、実感できる成果を一日も早く示してほしい。

橋下氏と維新の政治手法も大きな争点となった。市長選では現職の平松邦夫氏が「反独裁」を訴え、知事選でも倉田薫氏、共産の梅田章二氏が強権政治からの脱却を主張した。橋下流への疑問がぶつけられた選挙でもあった。

維新が誕生して1年半。権力を手にするほどに責任も重くなる。強引な正面突破より政治勢力としての成熟を期待したい。(朝日社説)

そして 政策の強引さよりより話し合いを・・・小泉純一郎元首相の仕法では改革は出来ない。

2011年11月27日 (日)

三の酉

82ee85b01df7c7aaabc0583aab4855b31 鉢物を 取り込むころの 酉の市

昨日は、三の酉で、八王子の市守大鳥神社でお祭りがあって賑やかであっただろう。町会の理事会があっていけなかった。

甲州街道(国道20号)の両側に、出店が並び、裸電球の灯りと、ベッタラ漬けの沢庵の山・熊手を持ったお客の光景が目に浮かぶ・・・

八王子では、駅近くの市守大鳥神社で行われる。市を守るというのは、1590(天正18年)に、北条氏照の八王子城が豊臣秀吉の軍勢によって落城した後、戦後処理が早急に求められ、市場が再開されて物資の調達が行われたそうで、この市での取引の平安無事を守るために創建された神社故の名前という。

三の酉がある年は、火事が多いと昔は言われていた親父の言葉を思い出した。子供の頃は、今と比べて、お酉さまといえば、とても寒い夜のイメージでした。冬の到来を告げる感じでした。寒さのイメージは、木枯らし・霜柱・みぞれ・氷などであるが、近年は温暖化のせいで、さほど身に凍みる寒さを感じることがない。また、殆ど霜柱は見ることがない。

我が家では、君子ラン・シクラメン・月下美人・シンビジュームなどがあるが、家の中に取り込まないといけない。

世の無常、人の命に儚さを知る

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Omoide31 疎遠になっていた知人が、街で倒れて亡くなった。本当に吃驚である。人間の命の儚さを思い知らされた。

人が亡くなることに見聞きすると、寂しい気分になる。周りの人が一人欠け、二人欠け世の無常を実感させられる。日常の生活を見直し、この現実をわきまえて生きていこうと思った。

朝には紅顔ありて 夕には白骨となる身なり」

私たちは、朝には若々しい顔つきをしていても、夕方には白骨となってしまう身なのです。現に無常の風が吹いてきて、二つの目がたちまち閉じ、最後の一息が永久に切れてしまえば、せっかくの血色のよい顔も色を失って、桃や李の花のような美しさをなくしてしまうでしょう。

その時になって、親族の者が集まって嘆き悲しんだとしても、もはやなんの甲斐もないでしょう。そのままにしてもおけないので、野外に見送り、夜半に荼毘に付せば、煙となってしまって、ただ白骨のみが残るのです。悲しみはとても言い尽くせない。

だからこそ、人の世は老少不定のはかない世界であるからこそ、いずれの人も、早く後生の一大事を心にかけて、深く阿弥陀仏をおたよりして、念仏申すべきであります。

蓮如の御文章ある。蓮如は、室町時代の浄土真宗の僧、「蓮如上人」と尊称される。しばしば本願寺蓮如と呼ばれ、親鸞の直系である。

2011年11月26日 (土)

日米地位改定を・・・

09oga_akanegumo11 単純な疑問であるが、日本で起きた犯罪を、なぜ日本の司法が裁けないのだろう。確かに日本に駐留して「日本の安全を守っている」と言えばその通りかも知れない。

しかしそうだからといって、日本で起した事件・事故を裁けない。まして、公務中という解釈がよく分からない。公務中であるからと言って取調べはアメリカ側に任せと言って無罪奉免では、納得いかない。

治外法権を想起させる日米地位協定の運用が一部見直された。見直されたのは、在日米軍に勤める民間米国人(軍属)による公務中の犯罪についてだ。一歩前進だが、まだ不十分だ。

しかし、なぜ改定に踏み込まないのか? 

米側が軍属を刑事裁判にかけない場合、日本側は「裁判権を行使したい」と米側に要請できるようになった。被害者が死亡したり、重い障害が残った場合、米側は「日本側の要請に好意的考慮を払う」というが・・・

日米地位協定を見直しを求めるべきと思う。

朝日新聞社説・・・「米軍属の犯罪―地位協定を直すべきだ」
沖縄で交通死亡事故をおこした米軍属の男を、那覇地検が在宅起訴した。捜査の壁になっていた日米地位協定の運用を両国政府が見直したためだが、解決すべき問題はまだ残っている。

米軍属とは、米軍で働く米国籍の民間人のことだ。事故は今年1月に沖縄市でおきた。19歳の地元の青年が死亡した。

米軍は軍属が「公務中」だとの立場をとったため、那覇地検はいったん不起訴にした。軍属への米国側の処分は5年間の運転禁止だけだった。

今回、一転して日本の刑事手続きによる起訴になったのは、この処分に疑問をもった那覇検察審査会が「起訴相当」と議決したことがきっかけになった。裁判員制度とならぶ司法への市民参加である検審の制度が、行政の背中を押したといえる。

日米地位協定は、軍属が事件や事故を起こしても、米軍側が「公務中」と認定した場合は裁判権はまず米軍にあると定めている。日米両政府は今後、同じような状況で軍属が事件などにかかわったときは、米側が同意すれば、日本が裁判できるよう合意した。

これまでと比べて、大きな前進といえるだろう。

だが、米軍基地の外であっても、「公務中」の軍属の裁判権がまず米国にあることは変わらない。日本が起訴できるかどうかは米国の裁量による。

2006年以降、「公務中」とされる米軍属が事件や事故を起こしても、日米どちらでも裁判にかけられない司法の空白状態が続いていた。

米連邦最高裁に「平時に軍属を軍法会議にかけるのは憲法違反」との判例がある。このため米軍は、軍属を軍法裁判にもかけていないからだ。

米軍の法務官は米最高裁判例をもとに、平時に軍属が罪を犯せば基地受け入れ国が裁判権をもつという見解を示して出版している。つまり、もともと日本側が起訴できるという考え方が米軍内にもある。

今回、日米政府が交渉した背景には、米軍普天間飛行場の移設問題がある。だが沖縄の人たちが受けてきた苦悩を考えれば十分なものとは到底いえない。

米軍基地がある多くの自治体が長年求めてきたのは、同じような状況で日本が裁判権をもつ本来の姿だ。そのためには、地位協定の条文そのものを直す必要がある。

日米地位協定が結ばれてから半世紀になる。政府は不合理をそのままにせず、米国に協定の改定を求めなくてはならない。

結婚したくても出会いが・・・

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08kakunodate_koyo61 給料が安く経済的に・両親との同居でなければと家庭の事情などで、結婚が出来ないという人もいる、出来ないと思い込みをしている人が多いと思う。

むかし、お袋が言っていたことを思い出す「一人口は食えないが二人口は食える」(生活するには、独身でいるよりも世帯をもったほうが経済的に得策であるということ)・・・振り返ってその通りだ。そして、両親より自分の人生を優先させることを考える。(親はそれが当然と思っている)

出会いがない? なんて、スポーツや趣味を通じて、知り合うことは結構あるものだ。何かのサークルなどに積極的に参加したり、仕事と余暇を上手に取り込み幅広い感覚を養う。世の中には男と女しかいない、そして異性と人生を語り合える場を持つように心がけることが解決することだと思う。

産経新聞のweb記事「結婚したくても出会いが…交際相手なし過去最高」
18~34歳の未婚者のうち、「異性の交際相手がいない」とする男性が61・4%、女性が49・5%と、いずれも過去最高となったことが25日、国立社会保障・人口問題研究所の調査で分かった。一方、結婚願望を持つ未婚者は男女とも8割以上に上り、「結婚したくても、出会いが」という独身者の実態が浮き彫りになった。

調査は原則5年ごとに行い、今回は昨年6月に実施。男女約1万人から回答があり、18~34歳の7073人分を集計した。

これによると、「交際相手がいない」とする未婚者は、5年前の前回調査から大幅に増え、男性は9・2ポイント、女性は4・8ポイント増。一方、結婚意思がある人の割合は男性が86・3%、女性で89・4%と多かった。

結婚に対する考え方を尋ねると、「ある程度の年齢までには結婚するつもり」としたのは男性56・9%、女性58・4%。逆に「理想の相手が見つかるまでは結婚しなくてもかまわない」は男性42・4%、女性40・5%だった。

独身でいる理由は、18~24歳では、「まだ若すぎる」など結婚への積極的動機がないことを挙げる人が多かったが、25~34歳になると「適当な相手にめぐり会わない」が最多となり、男性46・2%、女性51・3%だった。

調査を行った人口動向研究部の金子隆一部長は「今は“婚活”が脚光を浴びているが、背景にはお見合い文化が廃れる中、結婚相手を探す機会が減っている実態があるのではないか」と分析している。

2011年11月25日 (金)

生き方に正解はない

08kakunodate_koyo11 歩きながら考えた。生き方に正解はない。親父と同じことをしても幸せになれない、必要なのは情報処理力でなく情報編集力である。当たり前の話だが、こういう風に生きなさい。という正解はなくて、どう生きるかは各自で決めるしかない。

戦後日本には、会社で生涯面倒見てもらうのが一番?という生き方が“正解”として確立してしまい、そしてある段階までは実際そうだったと思われる。いわゆる年功序列で真面目に勤めていれば、そこそこ家族を養って行くことができた。

その後は、グローバル化、IT化、少子化で経済状況が変わってしまい、今でも正解だと言えるのはない。どうするのかと言うと、自分でなんとかするしかないのだが、残念ながら日本の教育システムには、そういう能力を身につけさせるカリキュラムが欠落してしまっている。

だから、社会に出て誰もが思い悩むことになる。挙句、親のせいにして、不満を解消できず、悔いの人生で終ってしまう。しかし、悔いのない人生(生き方)だったと思う人はいない。

悩むこと自体は大事で、必要なことだ。悩んで進路変更して成功した人もいれば、あちこち進路がぶれてしまう人もいる。でも、個人的にはそれもまた良いのではないかと思う。一番可哀そうなのは、一度も悩むことのないまま、与えられた人生を過ごしてしまうことだ。

生き方に手本などない。一人悩み苦しんで生きるのが人生である。苦しみの中から光明を求め、探し出す努力を死ぬまでするのが人間である。

冬到来・・・

Yudono11 湯殿川 富士には雪の 見えるなり

湯殿川の河川管理通路から眺める富士は白いものが多くなった。このところ冬型の季節配置となり北陸・東北地方の日本海側では、雪の降るようになった。

日が短く、吹く風も冷たい。片倉城跡公園の雑木林も葉が落ちて、いよいよ冬到来である。そう言えば、明日26日は三の酉である。

年金の減額はやも得まい

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08omitake_buna_aki11 諸般の事情で年金の減額はやも得まい。年金の物価スライドは、当初より決まっていたものだが、物価が上がったときには支給金額は上がり、下がったときにはそのままは、受給者はありがたかった。

しかし年金問題が資金の問題で、行き詰ってしまっている。そこで元の仕組みに戻そうと言うのだ。それに反対している多くの声がある。

理由は支給を減額すれば、景気は悪くなるという理由からだそうだが、やはり少子高齢化は進み、次世代以降の年金負担額を維持するのは無理があると思う。

したがって政府が検討を示している、段階的に正規の支給額を、現状の物価に合わすということはやも得ない。朝日新聞の社説は納得できる。

朝日新聞社説・・・「年金の減額―本来の水準に戻そう」

年金が減るという話は、お年寄りにとってつらい。だが、ここは子どもや孫への影響に思いをめぐらしたい。小宮山厚生労働相が年金の支給額の引き下げを検討する考えを示した。今年度の年金は本来より2.5%分多い。それを段階的に戻そうというのだ。

問題の始まりは自民党と公明党が政権の座にあった99年だ。この年、消費者物価が少し下がった。それに応じて、翌00年度の年金を自動的に下げるのが本来のルールだった。

ところが、年金を減らせば、景気をさらに悪くするといった理由から、年金額を据え置く特例をつくった。特例は02年度の年金まで3年連続で適用された。選挙で年金生活者の反発を買いたくないという配慮もあったようだ。

据え置きにあたっては毎回、法案が出され、国会は全会一致で可決してきた。据え置いた分は、物価が上がったときに、年金額を引き上げないという方法で解消するはずだった。

ところが、物価が下がるデフレ傾向が続き、実際の年金額と「本来の水準」のギャップは埋まらないままだ。 政府の政策仕分けでは「累計7兆円規模の年金のもらいすぎがある」と指摘され、その解消が提言された。

私たちも、解消を急ぐべきだと考える。民主党内から反発の声が出ているが、乗りこえなければいけない。そうしないと将来世代にツケが回る。少子化で保険料を払う現役世代は減っている。一方で、長生きする人が多くなり、年金の支給額も増えている。

このままでは現役世代の負担が重くなりすぎるので、保険料の上昇は2017年度に歯止めがかかる。年金を払うために使うパイの大きさに、一定の枠がはまることになる。

さらに、物価上昇時には「マクロ経済スライド」という仕組みが設けてある。現役世代の減り方や寿命の延びなどに応じて、年金額を抑える制度だ。

しかし、いまの年金を「本来の水準」にまで下げてギャップをなくしたうえで、物価がある程度上がらないと、この仕組みは動かない。この決まりを見直して、物価が下がった時にも発動できるようにしないと、将来世代の年金がさらに減ってしまうことになる。

年金にしか頼れないお年寄りの不安はよくわかる。だが、いまの子や孫世代も、将来の年金に大きな不安を抱いている。お互いを思いやる姿勢で、この問題を考えたい。

2011年11月24日 (木)

死は平等である

07rose_ame21 生あるものいつか必ず終わりがある。破天荒、天才・毒舌家と言われた落語家の立川談志が亡くなった。生前に戒名を決めていたという。

死は平等であり、死に方も平等である。心臓が止まり、脳細胞が停止し、肉体が朽ち果てる。これは誰でも同じだろう。

もし、病死とか事故死とか自殺の人がいるから、平等でないと言われるのなら、それは死に方ではなくて、生き方が平等で無い・・・という事だ。

生き方は、十人十色である。人生が長いか短いかは、人それぞれの解釈の仕方であると思う。90歳で寝たきりで100歳、20歳で夢を持っていた人が亡くなったりする。生きているということに価値観が人それぞれに違う。

では、どのように生きればよいのか、人それぞれだが正しい生きる考え方は、船井総研の創始者、船井幸雄氏の著書「2011年からの正しい生き方」から・・・一つのヒントになる。

1. 単純化
逆をかえせば、複雑なことは無駄が多いということ。

2. 万能化
良い事ばかりがあるものと付き合うこと。悪いことが起こるようなものとは付きあってはならないということ。

3. 効率化
無駄なことはやめなさい。競争し合うのはやめて、助け合う方が無駄がないとのこと。

4. 半永久化
循環型にし、大量消費、大量生産は駄目。

5. 進化
後戻りする、環境破壊をするようなことでは駄目。

6. 自由化
自由は大事。束縛する、されることなく自由に生きなさいとのこと。

7. 公開化
開けっ放しがいいとのこと。

8. 長所伸展化
誰でも一番知恵のあるところ、得意なところ、経験と知識のある、自信のあるものを伸ばすこと。・・・各自知恵のあるところを使って、世のため人のため尽くしなさい、ということこと。

9. バランスをとること。
30何兆円の収入で九十何兆円もの予算を組んだり、金をばらまくことや、足らないところは借金するようなバランスのよくないことはやったら駄目。

10. 協調
一人主義は駄目。自分だけよかったらいいというのはいけない。

政策仕分け・・・確実に削る仕組みを

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Odaiba971 官僚の壁を打ち破れるのか、無駄を削る仕組みは提言されたが、公務員宿舎建設、次世代スーパーコンピューターなどいつの間にか復活?してしまっている。官僚までの一本化の徹底がなければ意味がない。確実に削る仕組みを考えないと効果はない。

昨日は、政策仕分け、昨日は年金制度に関し、議論が進められた。本来より高い年金支給の特例水準を2012年度から速やかに解消し、減額すべきだと提言した・・・財務省は特例により累計約7兆円の「もらい過ぎ」が生じたと指摘。提言を受け小宮山洋子厚生労働相は12年度から3年間かけて実現する意向を記者団に表明した。

東京新聞社説・・・「政策仕分け 無駄削る仕組み確立を」・・・政府の行政刷新会議が「提言型政策仕分け」を行っている。主要政策の問題点を洗い出し、改善の方向性を示すとしているが、提言には強制力がなく、無駄を確実に削る仕組みづくりが必要だ。

行政刷新会議が行う仕分けは四回目だ。「廃止」「凍結」「予算縮減」などを判断した過去三回の仕分けとは異なり、政策や制度の在り方に踏み込んで見直しの方向性を提言するのが特徴だという。

仕分けは二十三日まで。初日の二十日には福島第一原発事故を受けて原子力・エネルギー分野が対象となり、高速増殖原型炉「もんじゅ」存廃を含む計画の抜本的見直しが提言された。

仕分けは一般に公開され、インターネットでも中継される。多くの国民の眼前で主要政策の是非が議論されることは評価したいが、これで十分とは言えない。

蓮舫行政刷新担当相は冒頭「結果は首相のもとで取りまとめ、政府一体で進めたい」と述べたものの、これまでの仕分けをみると、骨抜きとなる例が相次いでいる。

例えば、二〇〇九年の事業仕分けで凍結とされた埼玉県朝霞市の公務員宿舎建設は昨年、財務省が事業再開を決め、工事が再開された(現在は再び凍結)。

同じく〇九年の仕分けで研究開発予算が百十億円削られた次世代スーパーコンピューターは、毎年の運営費が四十億円増えた。

ほとぼりが冷めたころに予算を復活させたり、別の費目で計上するのは、官僚の常とう手段だ。こうしたことが頻発するのは仕分け結果に法的拘束力がないからにほかならない。いくら華々しくやり玉に挙げても、実際に予算が削減されなければ意味がない。

この点、政府の仕分けに刺激され、衆院決算行政監視委員会で十六、十七両日行われた「国会版事業仕分け」に注目したい。

国会版では公務員宿舎や、原子力施設の検査を担う独立行政法人の予算縮減を求める意見が多数を占めた。政府に見直しの勧告や決議を出すかどうかは今後、理事会で判断するが、政府の仕分けと異なる点は、国会版の決定は法律に基づく権限を持つことだ。

もし、政府が仕分け結果を無視する予算を提出したら、否決したり、修正を求めることもできる。

この際、会計検査院や行政評価局を巻き込み、行政の無駄を確実に削る仕組みを、国会主導でつくってはどうか。税金の無駄遣いに目を光らせ、事業の要不要を判断するのは立法府の役割だ。

2011年11月23日 (水)

陸前高田の希望の松

  風雪に 空に願いの 一本の松

遠く江戸時代から植林され、計7万本もの松が連なって見事な景観を誇っていた陸前高田市の「高田松原」。いまそこにあるのは、3.11東日本大震災の大津波で奇跡的に生き残った1本の松の木は、人々はそれを“希望の木”と呼び、明日への生きる力としている。

岩手県陸前高田の高田松原は、その名の通り、古くから松の名所として知られていた。7万本の松並木が約2kmに渡って続き、海と高田の人々の営みを見つめてきた。

高さ25m前後の松の連なりは、地元の人々の誇りであるばかりでなく、月明かりの夜も、雪の朝も、多くの観光客を集め、四季折々の美しさを引き立ててきた。

その松の木は、何とか残そうと、地元の人は勿論多くの人の努力と願いの甲斐もなく潮の影響で枯れてしまいそうだと言う。弱ってきているのだ。

あきれた公私混同

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Yokohama1 金銭感覚がマヒしてしまっている?庶民感覚では考えられない大王製紙の井川前会長の公私混同である。持っている株を売って返せば問題はないだろう?銀座の高級クラブで、カジノの談義をしていて、『賭け事で一獲千金を狙ってはダメだ。人に借りてやるくらいなら、しない方がいい』と言っていたという。

どういう人かと言うと(ウキペディア)愛媛県伊予三島市(現四国中央市)を拠点とする製紙会社、大王製紙の創業家2代目、井川高雄の長男として生まれた。2歳年下には、後に大王製紙取締役となる弟、井川高博がいる。

小学校卒業までを大王製紙・四国本社のある愛媛県で育ち、その後は家族と共に東京に引っ越した。小学生時代から東京の学習塾に飛行機で通っていた。

父親の井川高雄は「超ワンマン経営」で知られたが、井川意高は大学在学中から父親の金を使い、銀座の高級クラブで豪遊するなどしていたという。

大企業の経営トップによる、あきれた公私混同である。それを許してきた企業の体質も、異状で会社組織の体をなしていない。驚愕の事件である。前会長は、持ち株を売って返せば問題はないだろうと言っていた。その感覚も庶民には分からぬ言い訳だ。

連結子会社7社から総額106億円の資金を引き出し、ほぼ全額を海外のカジノで使ったという。前会長は弁護士を通じ、「株取引で損失を出した後、たまたま訪れたカジノでもうけて深みにはまった」とのコメントを出した。

事件の温床となったのは、創業者一族である前会長とその父親がグループ全体の経営権と人事権を独占していたことだ。

外部の弁護士らで構成される大王製紙の特別調査委員会は、先月末に公表した報告書の中で、「井川父子に絶対服従という企業風土が原因だ」と指摘している。

連結子会社の役員たちは、前会長からの電話の指示だけで、無担保での貸し付けに応じていた。調査委の言う通り、創業者一族の支配力を薄め、経営の透明性を確保することが急務である。

また、ガバナンス(企業統治)の問題であり、強化する観点からの制度改正論議を加速させる必要があるだろう。

2011年11月22日 (火)

心の豊かさに希求すべき時代

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Yuu0031009_m1  ブータン国王夫妻が国賓として日本に一週間滞在した。ブータンと言えば、中国とインドに挟まれた小さなな九州と同じ広さに70万人の小国である。

「私は竜を見たことがあります。竜は心の中に住んでいる。 自分の竜を育てなさい」福島県相馬市の小学校を訪れた際、ワンチュク国王は、「竜が存在していると思いますか?。私は竜を見たことがあります」というと、聞いていた子どもたちが「えっ、本当?」と、純朴な一言をつぶやいていたのが印象的だった。

ブータンとは「竜の国」という意味で、国旗や国の紋章にも竜が描かれている。国王はブータンの子どもたちに「竜は心の中に住んでいる。自分の竜を育てなさい」と普段から話している。そして、福島の子どもたちには「人は経験を積み重ねて強くなる」と語り、励ましました。

国民総幸福量という言葉があり、ニュースでも注目されている。
国民総幸福量(Gross National Happiness, GNH、または国民総幸福感)とは、1972年に、ブータン国王ジグミ・シンゲ・ワンチュクが提唱した「国民全体の幸福度」を示す“尺度”のことでである。

国民総生産 GNP(Gross National Product) で示されるような、金銭的・物質的豊かさを目指すのではなく、精神的な豊かさ、つまり幸福や幸福感を目指すべきだとする考えから生まれたものである。

ブータンは国民総幸福量の増加を政策の中心としていて、2007年のブータン国勢調査では、「あなたは今幸せか」という問いに対し9割が「幸福」と回答したという。

私達は「本当の幸せとは」「幸せと感じるときは」など考えなおす時代であると思う。金銭的・物質的な豊かさでなではないだろう。精神的な心の豊かさに希求すべきである。

2011年11月21日 (月)

冬青空とゴミ拾い

2_2006_1201_133713dscf06031 冬青空 毎日町へ ゴミ拾い

落ち葉が舞い散る。昨日は暖かく、ボランティアで公園アダプトの活動したが、汗をかいた。一転今日は冬型の気圧配置となって、天気図は縦の線混みあっている。気温は昨日より10度も低いそうだ。関東地方は、晴れて空気の乾いた日続きそうだ。

私は毎日、湯殿川の町会エリア内の管理通路また、国16号歩道などのゴミ拾いを行っている。拾っても拾っても尽きないゴミは、北風に落ち葉と一緒である。

この町が冬晴れのように、何時もきれいになればと、ゴミ拾いをしている。さーて今日も出かけるとしよう。

町会の在りかたを考える

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Katidoki241 長らく町会の役員をしますが、最近「町会の在りかた」「存在意義」に疑問に思うようになった。①町会長などの役職になりてがいない後継者の問題、②一人一役制が取れないで特定の人に偏ってしまっている。が大きな問題と思っている。町会の存在意義が見失われている。などがあげられる。

町会をもう一度考えてみると・・・
町会とは、町において、その住民等によって組織される親睦、共通の利益の促進、地域自治のための任意団体・地縁団体とその集会・会合である。

町会の第一の役割は、互助組織としての実質的な活動というよりは、自然には生まれない共同体意識というものを人工的に発生させて、それをもって非常時の組織的互助や、制度で網羅できないご近所同士の軽微な互助など、それらの体制を包括的に維持することにあると思う。

町内の情報を統括する役員を選出し、各世帯や各種団体間を調整して連絡体制を維持したり共有財産を管理したりすることは当然必要だが、それだけなら行政が直接管理することも限定的に可能である。

肝心なのは、一定の範囲内で小集団を組織して最小単位となるコミュニケーションを定常的に成立させること、またそれらの小集団を組織する上位集団(ここではすなわち町内会)の意思決定過程を構成員に納得させる形式で明確化すること、そしてその手順のルーチン化である。

一見無駄で徒労が多いように見えるイベントや寄り合いもこの手順の内であり、昔から伝統的に維持されてきたムラ社会的なコミュニケーション手段の模倣として成り立っている。

地域コミュニティに関する日本的な解決方法に類似する手段は今でも大多数の地域社会で有効であり、かつ有効な代替手段は確立されておらず、時代遅れは承知しながらも、時代に合わせて新しく再構築する努力が不足している現状である。

実際、異なる年齢・性別・職種などを網羅できる地域的コミュニティ組織としては日本では依然として町会組織が大半を担っており、郷土や国家への帰属心などのメンタリティの基層としても未だ多数派である。

しかし一方で、地域コミュニティに対する、個人主義的反発や集団活動の忌避はごく自然な風潮であるといえるが、その一方でその対価ともいえる治安悪化や行政コストの増加は容認できないという大衆社会の、未熟性とも見てとれるジレンマがあり、すなわち町会の在り方の問題と、町会への理解が得られにくいという問題の双方にこれらが関わっている。

2011年11月20日 (日)

カエルを呼び戻したい

Photo_61 最近、近くの片倉城跡公園の池に、カエルが、全くいなくなった。何とかカエルを戻したい、赤ガエル・殿様カエル・ヒキガエル・青カエル・イボカエルなどである。私は、池や川に、カエルの卵を何処からか持ち込んで放しても、カエルは生存できない。昆虫や草などの豊富な環境がなければ生存できないと思う。

ところで毎日新聞に興味がある記事があったので、記してみた。「<片足カエル>大量発生は「ヤゴの捕食が原因」 北九州市が確定」である。

「偶然の重なり、興味深い事例」
北九州市八幡東区の板櫃川で昨年、片脚がないツチガエルが大量に見つかった問題で、北九州市は18日、発生原因を「化学物質や遺伝などでなく、オタマジャクシの段階でヤゴに食べられた」とする調査結果を発表した。調査した専門家は「自然の偶然がいくつも重なって起きたと考えられ、生物学的に非常に興味深い事例だ」と指摘した。

片脚がないツチガエルは昨年5月から市民の連絡を受けた市の調査で数十匹相次いで見つかった。現場の水質を分析しても異常はなく、市は専門家でつくる「調査検討委員会」(委員長、小野勇一・九州大名誉教授)を設置。調査委はヤゴによる捕食の可能性が高いとみて調べていた。

調査報告書によると、ヤゴとツチガエルのオタマジャクシを同じ場所で飼育実験。オタマジャクシに生えてきた後脚などをヤゴが捕食したことを確認した。また、化学物質や紫外線などによる奇形との類似性が低いことも確認した。

さらに▽発見現場はツチガエルなどが好んで生息する湿地だった▽ツチガエルはオタマジャクシで越冬する場合があり、ヤゴに捕食される危険性が高い▽昨年はヤゴが大量発生していた--などの要因から、オタマジャクシ段階でヤゴに後脚を食べられたことが発生原因と結論づけた。

 また、今春に市内の河川や貯水池を調べたところ、板櫃川と周辺だけでツチガエルが見つかった。だが、後脚のないカエルは確認されず、ヤゴも激減していた。

予算審議と行政監視

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E0035757_18140571 その予算を勝ち取るには「政治力」政治家の実力を有権者に示すことで、神様的存在となる。特に地方議員の国会議員の先生達の実力者と言われるのだ。

だから、「族議員」・・・(ある特定の政策部門に関心と知識を持ち、政策の立案と実施に強い影響力を持つ議員。また、その議員グループ。関係する省庁や業界と結託して動くこともある。道路族(建設族)、郵政族、農林族、防衛族、文教族など。)が予算審議の目の色を変えるのである。

しかし、その予算の使い方が適正に使われいるかはそれほど関心がない?また、お役所(官僚)の考え方の違い?があったりするようだ。

だから、毎期末(3月)になると、道路の補修が各所で目立ち始まる。役所での予算が計画通り使い終わらないで、駆け込み工事で何とか予算を使い切ってしまう。そうしないと、来年度予算が減らされてしまう?という話はよくあることだという。

予野党・専門家などで「国会版仕分け」の審議風景がテレビで公開された。予算の使い方・適正に使われ、その効果(無駄)が問題となっているが・・・

西日本新聞の社説に「国会版仕分け 行政監視の本領発揮せよ」
「政治力」に直結する国家予算の編成や審議には国会議員も政党も熱心なのに、その予算が実際にどう使われたか-という決算にはそれほど関心を示さない。

決算を審査した結果や教訓が次の予算編成に活用されないため、無駄や非効率が、いわば構造的に温存される。およそ民間の企業では考えられない「予算偏重」と「決算軽視」である。何度も繰り返し指摘されてきたことだが、一向に改まらない。

こうした積年の弊害に風穴をあけるのは本来、行政監視の権限と機能を備えた国会の重要な役目であるはずだ。その端緒となることを強く望みたい。

衆院決算行政監視委員会の小委員会が、行政の無駄を洗い直す「国会版事業仕分け」を実施した。事業仕分けと言えば、民主党政権の看板政策である。

「劇場型のパフォーマンスで、歳出削減効果は疑問」などと冷ややかな声もあるが、公開討論を通じて税金の使途に国民的な関心を高めた意義は小さくない。民主党政権の「専売特許」とはせず、国会でも積極的に取り組むべきだ。

今回は民主、自民、公明各党の委員14人が仕分け人となった。2日間の日程で仕分け対象となったのは、スーパーコンピューターなど革新的インフラの構築▽レセプト(診療報酬明細書)事務審査▽国家公務員宿舎の建設・維持経費▽原子力関連予算の独立行政法人・公益法人への支出-の4事業分野だった。

このうち、計算速度世界一のスパコン「京(けい)」については「世界一に敬意を表する」と評価する声の一方で、事業主体の研究所が文部科学省の官僚の天下り先となっている問題点などが指摘された。

また、原子力関連予算では、巨額の開発予算を投じながら実用化の時期が先送りされている高速増殖炉原型炉「もんじゅ」について「廃炉にすべきだ」など厳しい意見が出たほか、使用済み核燃料の最終処分場が決まっていない核燃料サイクル事業も疑問視する声が相次いだ。

結局、4事業分野とも「予算要求の縮減」や「組織・制度の見直し」を求める判定が大勢を占めた。やはり「たたけばほこりが出る」ということではないか。

決算行政監視委は、一連の仕分け結果を踏まえて決議や勧告を今国会中に採択し、政府に提出するという。法的な拘束力はないが、政府は立法府の決議・勧告を重く受け止め、来年度の予算編成に反映させるべきだ。

初の試みとあって、対象の事業や審議の時間は限定的とならざるを得なかったが、今後は他の委員会にも間口を広げ、対象事業も拡充してほしい。何よりも大切なのは、ことさらに「事業仕分け」と銘打たなくとも、国会議員が行政監視の問題意識を不断に持ち続けることだ。

あすから「本家」の行政刷新会議が「提言型政策仕分け」を実施する。政府の自己点検と、国会の行政監視を組み合わせた「相乗効果」を期待したい。

2011年11月19日 (土)

生活保護受給者と世界経済

Tokita1  生活保護受給者であるという、近所のアパートで70歳代後半の男性が何年前からか見かける。昨日は日の当たる公園のベンチで昼寝をしていた。聞くところによると、事業に失敗し自己破産申請して、離婚し単身生活者となったという。

結構、生活保護受給者のわりに優雅?な生活ぶりのように見えるのだが・・・その人も205万495人の一人なんだと思った。リーマンショックから、雇用の非正規化に伴う失業や高齢化などが背景にあり、東日本大震災の影響で失業した人、グローバル化した時代痛感させられるが、欧州の財政危機が将棋倒しのごとく出現・一方、タイの洪水などで日本経済に影響している。

こういった世界ののなかで、急速な高齢化と日本経済の方針・政策で方向を見誤ると後戻りは出来ない、地すべり的に崩壊する恐れもある。社会保障制度の充実は、基本的には、消費税の国民の税負担は、やもう得まい。(先進国では日本の税負担は少ない)

景気をよくすることで、仕事をが増え、失業・生活保護者も減ることは分かっている。野田首相の采配が頼みだが・・・

アメリカの起きているデモ、内戦で深刻なシリアなども見逃せないところだ。日本経済の将来は、TPP参加問題も、すっきりしない。インドネシアを訪れている野田総理大臣は、ASEANに出席し、連結を強化する、各国の取り組みを支援するため、2兆円規模の事業を実施する計画を表明した。

NHKが作成した棒グラフ

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       <生活保護受給者の推移 (C) NHK>

インスタントセックス

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08kakunodate_koyo11 NHK 特報首都圏 11月18日(金) http://www.nhk.or.jp/tokuho/
「インスタントセックス~さみしさを埋める若者たち~」「彼氏なんて数日おきに“とりかえる”っしょ!」「会ったばかりでも、SEXは当たり前!」

番組では・・・驚嘆する若者の性意識。いま「安易・即座」に性行為に及ぶ“インスタントSEX”が横行している。現状に危機感を抱き、繁華街に出向いてエイズ検査を続けてきた産婦人科医の赤枝恒雄さん。性感染症患者が10代の若者に蔓延し、エイズ感染者も低年齢化の傾向をたどる、と警鐘を鳴らす。

若者に何が起きているのか?若手ディレクターが繁華街へ繰り出し、若者たちの「性」の現場を突入取材。意識の変化の背景に、「大人社会への不信感」があることも浮かび上がってきている。

道徳教育の欠陥?ここまで、「性」に対する価値観が変わってきたとは・・・ビックリである。そもそも「インスタントセックス」という言葉など知らなかった。twitterで「鳥みたい」とあった。全くその場の雰囲気で性行為をする?動物的欲望だけで倫理観なんて・・・寂しさを埋める?他にあるだろう。

医師が言うようにエイズなどの性感染症が心配であるが、他にエネルギーを発散させる場を探し健全な青春を送って欲しいと思う。

2011年11月18日 (金)

挨拶とお互い様を大事に!

Karasawa20001 日本人には元来「助けあい」向う横丁の仲間意識あった。現在では声をかけることも、挨拶することも、煩わしい?だから、お隣がどんな家族構成をしているのか、知るよしもないということか、酷いのは、お隣でご不幸があっても何にも知らないことがあるという。

気持ちの良い挨拶をする人に、悪い人はいない。人間は一人では生きていけない。朝起きて家族と、出かけてお隣の方と、歩いていて、見かけている人に、会社の同僚や先輩の方、上司や部下などに一日で何回も挨拶することがある。挨拶することで、お互いのコミニケーションの始まりである。

そして、住宅街を散歩して気がついたのだが、街路樹などの落ち葉の交じって食べ物の包装プラッシク・パンの包み紙・タバコの吸い殻などがある。家の外回りの歩道をきれいに掃除されているお宅と、そうでないお宅がある。何か境界通り掃除されているようだが、ちょっと掃除をする範囲を延ばせば、町は一層きれいになるのだが・・・と思う。

掃除が出来ないお宅には理由がある思うが、歩行者のポイ捨ては困るのだが、近所どうし「お互い様」の精神でゴミが落ちていたら、自分の家の敷地エリアだけでなく、ちょと手を伸ばして掃除することを心がけたらと思う。

軍事力でしか平和は保たれないのか?

10kouchi_katurahama11 安全は、軍事力で守らる。平和や安全は、私たち国民の願いであり、それを守ることは日本政府の務めである。だが、自国への特別な思いが、「自分たちだけ安全であればいい」「自分の平和が優先」という考えや態度であると、周囲の国やそこに暮らす人々のことに配慮をかかしてしまう。

「備えあれば憂いなし」「万一の備え」として憲法を改め、軍事力を増強していくことは、一見正しいように見えるが、人は武力に頼ろうとすればするほど柔軟な考えができなくなり、周辺国との間に摩擦や対立関係を招きかねない。

ほとんどの戦争が「自分たちの平和と安全を守るため」という大義を掲げて行われてきたことを考えても、軍事力は「諸刃の剣」だと言える。暴力は憎しみを生み、復讐心は新たな暴力を生み出すだけである。力と力の戦いに終わりはない。

また、国土が狭く、島国である日本は、相手の攻撃に耐えて反撃できる環境にないと言われている。資源が乏しく、貿易で成り立っている国の仕組みから考えても、戦争を起こしてしまえば、積み上げてきた日本のすべてが失われる。

平和を築くためには相当な努力が必要であり、さまざまな状況に直面する中で、私たちは「のほほん」としていてはいけない。しかし、「強い姿勢」が「武力で対抗すること」であってはならないし、「危機意識」が「対決姿勢を示すこと」であってはならない。

すべてのいのちが尊重される世界に生きてこそ、私たちは心の底から安心し、平和な人生を過ごすことができる。さまざまな武器が存在するために平和が脅かされているという「危機意識」を持ち、すべてのいのちが尊重される世界を実現するために、一切の暴力を認めないという「強い姿勢」を示さなければなない。

世界には、貧困や差別などに苦しみ、将来の見通しの立たない閉塞感の中で暮らしている人々が数多くいる。そうした問題がテロや暴力を生み出す温床になっている。

さらに、厳しい環境下にある人々を取り込み、暴力的な手段を使って自らの利益を確保しようとする組織が存在するのも事実である。平和を築いていくために、あらゆる国々と信頼を育むとともに、テロが起きる原因に目を向け、国際紛争そのものをなくしていく努力が求められている。

最近、中国が世界第2位の経済大国になった。その中国はベトナム・フィリピンなどで領有権でトラブルを起している。東南アジア地区に進出し国力の拡大を図ろうとしている。それには軍事力を伴い、空母などの開発と宇宙開発などに力を注いでいる。

それに対しアメリカも黙ってみている分けにいかない。中国の動きを意識した軍事力をオーストラリアに配備すると言う。日本の沖縄の普天間飛行場移設問題も解決の目どは立っていない。やはり世界の平和は軍事力のバランスでしかなし得ないのか?

毎日新聞社説に「米部隊の豪駐留 日本は重層的な安保で」http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20111118k0000m070122000c.html

産経新聞主張に「米海兵隊豪州へ 日本も抑止に役割果たせ」http://sankei.jp.msn.com/world/news/111118/amr11111802370002-n1.htm

が載っていた。

ふるさとは・・・

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ふるさとは、
       母親の胎内のような気がする。
       暑い陽射し、寒い北風を守ってくれて
       安心していられる。
       優しい母の微笑がある。

       ふるさとは誰にとっても、思い出はある。
       今があるのも出発点があって今がある。
       多くの思い出があればあるほど、
       ふるさとの思いは強く持つ・・・
       山があり川があり、友達があって、
       優しい母親の笑顔がある。

室生犀星の詩に故郷は遠きにありて思うもので有名な詩「小景異状」がある。
辛く、哀しくなった時母親の暖かい手で優しく包んでくれる思いがする。

そして私は「犀川」が好きだ。
      美しき川は流れたり
      そのほとりに我はすみぬ
      春は春、なつはなつの
      花つける堤に坐りて
      こまやけき本の情けと愛とを知りぬ
      いまもその川のながれ
      美しき微風ととも
      蒼き波たたへたり
                          

2011年11月17日 (木)

やれば出来る!湯殿川がきれいに

Img_0103 湯殿川に投げ捨てられているゴミが、葦に引っかかって気になっていました。国土交通省南多摩西部建設事務所にお願いして、昨日業者によって収集していただき、きれいになりました。

毎日、私達の片倉町一丁目町会のエリア(住吉橋~カタクリ橋)のゴミを拾っているが、水が流れている岸までは、危険なので出来ないので、事務所にお願いしました。実際地域住民の「川にゴミを捨てない」ということが徹底されれば、何時もきれいな川であると思いますが、残念ながら、心無い人間がいて悲しく悔しい・・・

最近は、鯉に交じって昔からいました、ハヤ・フナに交じって「アユ」の生息が確認できた(実際にコロガシで3~4匹釣った人がいます)ので、昔の水のきれいな川に戻ったのです。

これからは、昔生息していたカジカ・ドジョウ・ヤツメウナギ・ナマズなどの魚と蛙・昆虫などが戻ってくることを願っています。そして、子供たちに環境保全の大事さと、故郷の思い出作りに、湯殿川の魚・昆虫採集などを経験出来きる、環境を悲願するものです。

片倉町一丁目町会の住民の方、そして湯殿川に関係する館町・小比企町・片倉町・打越町北野町・長沼町などの町会の住民の皆様にもご協力していただき、湯殿川に多くの魚・昆虫などを呼び戻そうと思います。ご協力をお願いいたします。また、国土交通省の南多摩西部建設事務所にも、ご理解とご協力お願いいたします。

生活弱者と経済格差

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07bonchi_asayake_hi11 ものあまり、コンビニやスーパーなどから賞味期限が過ぎた、食品が毎日捨てられている。方や、満足に食べ物も手に入らない、独り暮らしのお年寄りも多く、生活保護受給者が増えているという。

その生活弱者を狙う、ビジネスもでてくる始末、繁栄の陰に貧困者ある。経済格差が問題となっているアメリカもニューヨークでデモがあり、日本でもやがて、大きな問題となってくるだろう。関連する問題を西日本新聞と朝日新聞が取り上げていたので記してみた。

昨日(16日)西日本新聞社説に、「生活保護 自立支援の機能を高めよ」があった。 3・11東日本大震災以降、生活保護受給者が増え、今年7月時点の全国の受給者数は205万人を超え、戦後の混乱期で過去最多だった1951年度を60年ぶりに上回った。

国と自治体の負担は年間3兆4千億円に達し、自治体財政の大きな圧迫要因となってきた。不正事案が頻発するなど、一部では国民の不公平感を招いている。安易な給付抑制は問題だが、もっと受給者の自立や就労を促す方向へ、保護の基準や仕組みを見直す必要がある。

生活保護受給者数は、戦後最低水準だった96年度から15年間で倍増した。家族や地域のケア機能が弱まっているとはいえ、ただならない事態である。

理由は多々ある。低年金の単身高齢者の増加、景気停滞に伴う雇用環境の悪化、さらに生活保護申請に対する自治体窓口の対応の柔軟化も要因だろう。

高齢化の加速は深刻だ。無年金や低年金で蓄えや家族の支援もないお年寄りが増え、受給世帯の43%を占める。今後も増え続けるのは間違いない。

不正受給者の取締りと、就労支援の実効をどう挙げるか、自治体の福祉窓口やハローワーク、民間職業紹介機関、専門的なNPOも含め、よりきめ細かな連携で対応してほしい。そして、10月から「求職者支援制度」をすすめ改善を図って欲しい。 とのないようであった。

一方今朝の朝日新聞社説「貧困と高齢者―地域で支える工夫を」という内容で載っていた。年をとり、家族はなく、貧しい……。私たちの社会で、そんな人たちが増えている。

生活保護を受けている人は、最新の7月の調査で過去最多の約205万人となった。このうち65歳以上の単身高齢者は、3割前後とみられる。09年度は約50万人だった。この時点で10年前の1.8倍である。

4人が死亡する火災が起きた東京都新宿区のアパートは、こうした人たちが、都会の片隅でひっそり暮らす様子を浮きあがらせた。23人の住人のうち19人が生活保護を受けており、ほとんどが高齢者だった。

生活保護を受けている人に許される月額家賃は5万円余り。都会に物件は少ない。必然的に古くて狭い木造のアパートに集中する。ひとり暮らしができるうちはいい。だが、年をとるにつれ、介護が必要になってくる。

高度成長期に地方から人が流入した都市部では今後、高齢・貧困・単身・要介護の人が増える。一方で、家族や地域社会のきずなは弱体化している。こうした社会の変化に、生活保護や介護保険といった既存の公的福祉が追いつけるのか。

09年3月、火災で10人が犠牲になった群馬県の高齢者向け施設「静養ホームたまゆら」には、都内から要介護の生活保護受給者が送り込まれていた。

こんな悲しいことを繰り返したくない。身よりのない高齢者でも、いま住んでいる地域で暮らせるように工夫したい。 そこで、同会が支援する若年層に、「さびしいときの相談相手になる」「掃除やゴミ出しをする」といった活動をしてもらい、賃金も払う。

同じ地域のなかで、高齢者のくらしを支え、若年者雇用の受け皿もつくる。こうした活動をさらに広げられないものか。支援対象者の生活保護費から活動費を捻出する形式だけみれば、「貧困ビジネス」と区別がつきにくい。組織をオープンにし、外部の目が入るようにする姿勢は欠かせない。

近隣に暮らす私たちにも、見守りや声かけなど、できることはいくらでもある。誰かにお任せして乗り切れるほど、日本の高齢化の波は小さくない。

2011年11月16日 (水)

もっと人の思いやる心を!

3612 有り余るものの豊かさと長寿社会にあって、現代人は大切なもを見失っている。一人で生きていると言う錯覚している。世の中には変わらないというものは何一つない。

しかし、このことにも無意識な人が多いために、人生の今をより良く生きるという意識が弱く、今さえ楽しければそれでいいという生き方をする人が多くなったように思える。

人の都合など関係なく時は過ぎ去っていく・・・「歳月は人を待たず」である。生かされている自分に気づくことができれば心に動揺がなくなるのだ。また、すべての生き物は他を生かし、他に生かせてもらっているという根本原則が忘れられてしまい、自分さえよければという考えをする人が多くなった。

自分の家や庭などにはタバコの吸い殻を捨てないが公園・川などのには捨てていく、そして、歩きながらの飲食が多い。パン・缶・飴・などの容器は、お構いなしに捨てられてく、コンビにでカップラーメンにお湯を注いでもらって、川などで食べて容器は家まで持ち帰えらない学生がいた。それをみてコンビニの店主に学生にカップラーメンにお湯を入れては、販売しないで欲しいと苦情を申しいれたのだが・・・

また、最近のニュースで踏み切りの遮断機が下りているいるのに渡ろうとした人に70歳代の男の方が注意したら、「うるせー」といって、男に殴られて重症を負わせたいう。そしてオレオレ詐欺は、手を変えひなを変えて相変わらず多い。

これはキレヤスイ現代人の異常な行動でしょうか、さまざまな犯罪や人々の行動においても、自分だけよければ、自分の権利がと、あまりにも現代人は利己の意識が過ぎるようようだ。

人間の自然環境に与える影響についても同じである。利他の生き方ができるところに心の豊かさが得られる。利他の意識が弱くなったために、心貧しい生き方をしている現代人が多いようで仕方がない。

放射能汚染を騒ぎたて、被災地域の取れた食べ物は、風評被害となって大きな問題としているが、ゴミのことの行為に反省して欲しい。「人に思いやる心」を考えることが大切だと思う。
 

問題を先送りの結果だ

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10_12801 オリンパスという会社は創業1919年高千穂製作所の会社で、ギリシャ神話で神々が住むというオリンパス山から名づけたという。ギリシアという国も、事実上崩壊状態になってしまった。今や、オリンパス光学機器メーカーで世界に名を馳せているが、頂上に登って、心の緩みがあったのか・・・92年続いた会社で最大のピンチだ。

バブル真っ盛りの1990年代の企業買収の失敗を隠してきたことに問題はありそうだ。その当時から社長は変わったが、1千億円を超えていた損失を暗黙の了解で先延ばしできたのだ。そして、企業買収などをして、何とか取り繕うとした・・・問題を先送りの結果である。

この問題はアメリカは大きく取り上げている。オリンパス問題はアメリカでも大きく取り上られているようだ。

13日付け西日本新聞社説・・・「オリンパス 今ごろバブルの亡霊とは」
オリンパスについては、証券取引等監視委員会が調査を始め、警視庁が情報収集に動き、東京地検特捜部も関心を持っている、などと報道がなされている。オリンパスの不正会計の実態は、その詳細が明らかになってくるだろう。

現行の企業会計制度の問題点も浮かび上がるだろう。どんなに仕組みを整えても不正は起き得る。絶えず改善を施し、より信頼性の高い制度にするしかない。

ただ、驚いたのは、今ごろになってバブルの亡霊が顔をのぞかせたことだ。同社によると、1990年代の財テク投資の失敗で生じた損失を隠し続けてきたことが、そもそもの原因だという。

損失額は1千億円を超えていたらしいが、その穴埋めのために考え出されたのが企業買収による資金捻出だという。

2006年から08年にかけてオリンパスは主力の医療関連事業強化の名目で、国内3社と英国の1社を買収した。国内3社の買収総額は約734億円だった。英社は約2100億円で、その投資を助言した会社に約660億円を支払った。

しかし、国内3社の当面の売り上げ目標は年間計65億円という。英社買収を助言した会社への報酬も常識外れだった。高い買い物は帳簿上で、実際は資金の多くが損失の穴埋めに回ったという。だが、見る人が見れば「おかしい」と思うようなことをなぜ、やったのか。率直に言って、もうひとつ納得がいかない。

実際、09年3月期決算の監査を担当したあずさ監査法人が「会計処理は不適切で、企業統治上問題がある」と主張したという。さらに、今年4月に就任した英国人の新社長も取引の不透明さを指摘、10月に社長を解任されてしまった。結局、この解任劇でぼろが出た。

本業よりも株式や不動産などに投資した方がもうかると、企業が一斉に財テクに走ったのが1980年代後半だった。振り返れば日本経済の絶頂期だった。

だが、90年代初めにバブル経済が崩壊し、その後、株価も地価も急落、企業は色を失った。赤字決算は出したくないと粉飾まがいの決算手法がとられた。名だたる大企業も例外とは言えなかった。

例えば、親会社の不良資産を子会社などに押し付け、親会社の帳簿をきれいにする。ごまかしが横行した。これでは海外の投資家の不信感を強めて当然だ。海外からの投資を呼び戻すためにも企業会計基準を厳しくすべしとなった。その新たな基準が2000年3月期決算以降、段階的に実施されていった。

会計基準変更は、たまったウミを出し、企業が信頼回復を図る好機だった。しかし、オリンパスはここで逆に損失隠しを図ったという。そして、つけを抱えたまま事業の急拡大路線をとった。連結決算の売上高は00年ごろの約3倍の1兆1千億円台に達したこともあった。

なぜ、そんな判断をしたか。理解し難い。ともかくも日本企業に対する信頼を取り戻すために真相究明が不可欠だ。

2011年11月15日 (火)

体調不良の一因

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1231 不摂生して、ちょっと風邪気味で何時もと違い。体調がいま一つよくない。ましてあるサイトのログインが旨くいかず、2時間もかけたが徒労に終った。

そのために午前5時ごろに書くブログも書けず、今日の作業に出かけたが、ヤル気が全くでないかった。身体がだるい、肩コリで頭が重い。

身近な人の不幸なできごとや、ショッキングな話や、身内で長らく大きな病院から、これ以上の処置がないといわれ、転院させられた。そして、年をとって妹が引越しという出来事が重なった。直接には私には関係ないが、インパクトのある出来事が続いて精神的にも滅入ってしまた?

人生は、何が待ち構えているか分からないということだ。緊張感が続く毎日のようで仕方がない。グローバル化した世界で、財政破綻という国が、世界のどこかの国が起きたら、日本、いや、私達の家計の経済まで影響する時代である。

いま問題となっているTPP参加表明した、日本政府は、まだ曖昧なところを見せている。これからの日本経済をより強力に押し進めていくにはTPPをリードしていく気概を持っていかなければならないと思う。

そんな心配事もする時代となっていることも体調不良の一因かもしれない。不透明な時代である。自分を見失わないようにして規則正しい生活と不摂生をしない。睡眠を充分とるを心がけて、体調管理に気をつけたい。

2011年11月14日 (月)

心の豊かさとは何か

1231 物は溢れ、お金さえあればどうにでもなる時代から、物の豊かさを求めるより心の豊かさを求める時代だという言葉を良く聞くようになった。それなら、その心の豊かさはどうしたら得ることが出来るのだろうか?こんなことは学校で教えてもらったような覚えがない。

絆という言葉が3・11東日本大震災以降いろいろな場面で使われてきた。家族・地域・職場のつながりの姿が変化してきたように思うが・・・

しかし現状は、人々がつながりを持つことを望んでいても、実際には難しくなってきてる。家族ではそれぞれの行動が個別化しており、地域においては近所付き合いが疎遠になり、職場内における付き合いも減り、企業への帰属意識さえもが薄くなってきたように思える。

国民一人一人が魅力的なつながりを持てる社会では、人々はつながりから安心のできる快適な生活を送ることが可能となる。家族とのふれあいにより、人々は心のやすらぎを得ることができる。

地域でも人々との付き合いや活動により住民のニーズに細やかに対応したサービスが提供され、人々は安全・安心を享受できるだろう。また望む付き合いやコミュニケーションが職場で実現すれば、人々はより活力を持ちつつ働くことができるだろう。

つながりが弱くなると、かつてつながりから得ていたものがなくなっていくから、つながりを持てる社会を構築しないかぎり、心の豊かさを得ることができない。しかし、心の豊かさとは、何であるかということがはっきりしていないと、いくら心の豊かさを探し求めてもそれを実感することがないのではないのではないだろうか。

心の豊かさを育むためには社会貢献やボランティアがいいと誰かに言われたとしても肝心な自分自身がそれを嬉しく思えなければ力は湧いてこない。

地域社会人々と触れ合い、悩み、喜びあえる状況にあってこそ味わえることであると思う、独りだけで、心の豊かさは味あうことは出来ない。

巨人が強ければ新聞が売れる

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  800pxtokyo_dome_200721 巨人が強ければ、読売新聞が売れる。現在の読売新聞の発行部数は1000万部を超えている。以前、読売新聞の社筆の渡部恒雄氏は「桑田選手が20勝と言わず25勝すれば、原選手が30本と言わず40本ホームランを打てば3億円払ってもいい。例え赤字になっても構わない。」

巨人の野球部門が赤字になっても、新聞が売れればそれでいいということだ。日本メデアのトップに君臨して、政界や財界の方面でもその影響力は今尚大きいものがある。渡部氏は、読売新聞社会部記者から、競争意識で、自分の意に沿わない者は、徹底的に排除し頂点を上りつめた人であるという。

本来なら、巨人チーム人事権まで介入することは、清武英利GMの範疇に及ぶことは、組織の混乱を招くことになる。しかし、コーチ・選手の名前を上げてまで、その不当振りを記者会見の席上で暴くと言うことは、問題であろう。

この問題を町の人にアンケートを朝日テレビスーパーモーニングでみると、清武氏の言い分に同調する人が圧倒的に多い。この問題は、ただ巨人の問題だけではなく、GM制度のあり方が問われる問題だと指摘している。スポーツ評論家ニ宮清純氏は言っていた。

こんな騒動で長引いていたら、野球ファンは逃げてしまうだろう。そのことを、両者は冷静になって話しあう必要があるだろう。ファンあってのプロ野球である。そのことを真摯に反省し、今後のプロ野球の発展を願いたい。

日本のスポーツ界を見ていると、どうも上下関係が厳しいことが問題となるケースが話題になる。「先輩の命令に対して後輩が絶対服従する」というように上下関係が極めて厳格な場合が多い。

特に大学や高校の運動部の上下関係は、さながら、王様と奴隷といった感じすらある。しかし、この極めて厳格な上下関係の存在が、日本のスポーツの弱さの原因であるという指摘もたびたびされている。特に外国のスポーツ選手や日本でも若手の選手からは極めて評判が悪いという。

2011年11月13日 (日)

巨人の清武GMの言い分

Cat031 突然の巨人の清武英利球団代表の告白記者会見が行われ、そこまでするか、との思いである。批判された渡辺恒雄球団会長は12日、反論した。

内容を見ると、「私が大王製紙やオリンパスの経営者と並ぶコンプライアンス違反をしているという表現がありますが、両社のケースは巨額の金銭の私物化や経理の不正操作に関する刑事犯罪的事案であって、巨人軍の人事問題とは次元の異なるものです。これを同列に扱うのは、読売新聞社、巨人軍、私個人に対する著しい名誉毀損であって、清武君に謝罪を求めます。」

しかし、ドン的存在というか、一人で日本野球界を引っ張ってきた、読売新聞主筆だが、今では通用しない。もう長くはない人生を、こんな形で終ろうとは思っていないだろう。「良い指導者は良い後任を選ぶ」と思うのだが、清武GMは、渡部常雄団会長の下では出来ないと言いたいのだろう。

飼い犬に噛まれた格好を世間に晒してしまった格好である。今で言う「お家騒動」でみっともない痴話喧嘩?だ。プロ野球人気は下がるだろう。

でこの問題を、今後のプロ野球界に、よい影響・悪い影響・どちらとも言えない。ネットでアンケートを取っていて、集計の結果が気になるところだが・・・。

こんな意見もあった・・・清武氏自身「刺し違える」なんて思ってないでしょう。「ナベツネ氏の強大な権力」は内部の人間ならすでに承知済み、にも関わらず今回の「告発」に勇気ある行動と思いたいです。「読売グループ内」に清武氏の同志が出てくる事を期待したいです。今のままでは「なにも変わらない」ですし結局「ナベツネ氏のオーナー復帰」で今以上にやりたい放題でプロ野球人気はますます低下が必至ですね。

TPPと既得権益

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08yokotesigai_yuukei21 TPPの参加は、国を二分するかのような議論がある。日本は資源の乏しい国、原材料を輸入し、加工を加え付加価値をつけて輸出するという貿易立国で日本経済が成長してきた。

基本的にはTPP参加し、安いものがどんどん輸入される、もちろん鉱物資源も輸入される。食料などは、消費者1億2千万人にとって安ければ生活は助かるということだが、日本の農業は崩壊するということで、医療では混合診療の問題で、いわゆる既得権益を守るということで反対している。

国民の税金で農業・医療などの、税金を使って保護されている。もっともっと手厚い保護が必要なのか?

日本産業経済の発展を考えたら、日本の物づくりの技量で発展していかざるを得ない日本の姿である。農業・医療のあり方は、今後、農業・医療などの既得権益を守ることだけではグローバル化した経済では通用しないことはあきらかだ。

既得権益とは、ウキペディア・・・
時流にそぐわなくなった特権としてその社会的集団を非難するときによく用いられる。しかしどのような社会的集団であっても、それが発足して間もない時期でなければ、必ず何らかの既得権益をもっているものであり、必ずしも悪とは言えない。それぞれ別の既得権益を持っている異なる社会的団体が、相手の権益を奪って自分たちの権益を拡大しようとして、たがいに相手の持っている権益を既得権益と非難しあうという状況もみられる。

現代では既得権益というと、大企業(とりわけ建設・土木業)や巨大団体などがその典型として見られがちであるが、中小企業や個人事業主が既得権益を持っていることがある。たとえば街中の古くからの商店街に見られる一見客の殆ど入ってない店が、実際は古くから付き合いのある企業や団体への納品などで売上の殆どを占めているという例も多く、これらも十分に既得権益であるといえる。また、既得権益は恵まれた階層・グループが持っているものとも限らない。たとえば明治維新の際の解放令によって農工商と平等とされた被差別部落民は、同時にそれまでやらされていた(独占していた)皮革加工業などの独占権を奪われてすこぶる困窮したという例もある。

2011年11月12日 (土)

落ち葉の季節

09_12801 散る先は 吹く風なりの 紅葉かな

このところ、朝晩が冷たくなった。紅葉が葉が色づき、西日に晒されて葉脈が透き通って見える。そして燃えるような真っ赤な葉となり、風に吹かれて散る。

西吹けば 東に溜まる 枯れ葉かな 与謝蕪村  を思い出す。通りを歩いていると片側だけに落ち葉が積もった光景を目にすることがある。もう落ち葉の季節となった。

新しい経済システムへ移行する時代

08kakunodate_koyo61 最近のギリシア・イタリアに始まる世界的不況などから新しい経済システムへ移行する時代になったように思われる。野田首相はハワイで行われるAPECで、日本の世論を二分するような問題となったTPP参加問題は、野田首相の「各国と調整にはいる」と表明するなった。

世界経済は、EUなど危機的状況にある。ニューヨークで、デモあり問題となったが、実際には、政権打倒の意思はなく、参加者の目的は失業、学資ローン、地球温暖化などバラバラだ。こういった姿勢に、冷ややかな視線も多い。参加者に取材したテレビ番組のレポーターが「どこまで本気かわからない」と語ったが、これが米国でも多数派の意見だという。

失業、貧富の差拡大が大きなテーマとなってきたことは間違いない、失業率9%、的確な経済政策が打ち出せない、オバマ大統領の支持もギャラップ社の最新世論調査によると、42%。歴代大統領で1期目のこの時期、これより低かったのは1979年のカーター氏(31%)しかいない。

ウキペディアで・・・ワーキングプア(working poor)とは正社員並み、あるいは正社員としてフルタイムで働いてもギリギリの生活さえ維持が困難、もしくは生活保護の水準にも満たない収入しか得られない就労者の社会層のことである。

これまでに見られた典型的な失業者をはじめとする貧困層とは異なり、先進国で見られる新しい種類の貧困として2006年以降、問題視された。ワーキングプア層から改革が始まる。

「我々にお金はないが」http://www.mamapapa.net/nes/thesis02.htmlの記事を興味深く読んだ。

低所得者層に位置する人々はお金がないから生活が苦しいのだが、彼らは何も持っていないわけではない。ある人は農作物を生産しているし、ある人は技能を持っている。またある人は勤勉に働くという素晴らしい才能を持っている。

逆転の発想で考えてみると。世界中の富裕層だけを鎖国状態の国に集めてみよう。彼らだけ別の惑星に移住したと考えてもいいだろう。彼らはお金は持っているが、それ以外何も持っていない。

誰も農作物を生産しないし、自分たちで家を建てることも、橋を架けることもできない。おいしい漬物をつけることもできなければ、肉体労働もしたがらないだろう。彼らは札束を握り締めたまま、衣食住を満たす健康で文化的な生活どころか、最低限の生活でさえ成り立たない可能性がある。

では、逆に低所得者層と呼ばれる人たちだけで別の惑星に移住したとしたらどうだろうか? 農業を営む者、家を建てる者、橋を架ける者、おいしい料理を作る者、社会に必要な技能を持つ者、汗を流すことを厭(いと)わない者など。社会は成り立ちそうだ。少なくとも富裕層のみの社会よりもずっとマシな社会がそこにはあるだろう。

つまり、お金などなくとも、それに替わる商品やサービスの交換手段があれば社会は成り立つということが分かる。要は、私たちは現行の通貨とは違った、通貨の代替となる新しい交換手段を構築し、代替の経済空間を構築すればよいということだと思う。

TPP交渉参加に向けて関係国との協議に入る

09oga_akanegumo11 野田佳彦首相の判断は「TPP交渉参加に向けて関係国との協議に入る」だった。日本を二分にするTTP議論となったという人もいるくらい、国会の議論様子はテレビや、ラジオ・新聞の報道で分かる。

「TPP問題と需給率慎重派と賛成派の攻防は、所詮政治ショーに過ぎない」と、古賀茂明氏は言った。農業族議員が自分の利権を守ろうと反対していたがいの間にか慎重派にすり替っていることが不可解である。

経団連の会長に配慮したのだろうか、それともアメリカを敵に回しては、経産省や外務省の役人の機嫌を損じてはまずいという政治的な判断なのだろうか。

TPPによって損益が生じる農家に対して多額の補償金拠出のための予算を要求し、それを首相が認めて手打ちにする算段なのであろうか、TPPで輸入農作物が安くなるなどと小躍りしている裏で、農家の所得補償のためにがっぽり税金を支払わされるはめになるのは、他でもない国民なのである。

昨夜の記者会見の内容(レスポンス)
「私としては、明日から参加するホノルルAPEC首脳会合においてTPP交渉参加に向けて関係国との協議に入ることとした」・・・野田首相は11日夜の官邸での記者会見で、TPPに対する意思を表明した。

TPP参加に強い意欲を持つ野田首相だが、交渉参加と断言せず、関係国との協議に入るという表現にとどめたことは、反対する勢力に配慮した結果だと言われている。このことを問われ、野田首相は次のように答えた。

「昨年11月に包括的な経済連携の基本方針をまとめた中で、TPPについては情報収集のための協議ということだった。その段階をさらに歩みを前に出すことで、TPP交渉参加に向けての協議という位置づけになっている」

TPP参加には、民主党内だけでも142人の国会議員の反対署名が集まり、その声は日増しに強くなった。党内の経済連携PT(プロジェクトチーム)は、50時間以上を費やし、20回以上の議論を重ねたが、ここでの提言も、反対派に配慮せざるを得なかった。

「前原政調会長から報告をしてもらったが、APECにおいて交渉参加の表明すべきかについて、時期尚早であるというのと、表明すべきでないという意見と、表明すべきだという意見があり、前者の方がその意見は多かった。したがって、慎重に対応をという提起があった。その提起を踏まえて熟慮した」

野田首相は基本的なTPPのメリット/デメリットについては説明ができたとの考えだ。ただ、週明けには反対派に向けた説明のために議員懇談会を開く方向で調整している。国会審議や国民への説明は、今後も続ける。

会見では、次のように反対派の懸念を否定した。「世界に誇る日本の医療制度、日本の伝統文化、美しい農村は、断固として守り抜き、分厚い中間層によって支えられる安定した社会の再構築を実現する決意だ」

TPP参加は貿易立国、投資立国としての日本が発展していくための方法であることを強調。

「このような観点から関係各国との協議を開始し、各国が我が国に求めるものについてさらなる情報収集に努め、充分な国民的な議論を経たうえで、あくまで国益の視点に立ってTPPの結論を見ていくこととしたい」と、述べた。

アクセス25万となる

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08omitake_buna_aki11 ブログを書き始めて、4年7ヶ月経った。日記のつもりで書いて1年ぐらい、してからブログへ、カウンターを追加したのであるが、昨日でアクセス数250000となった。記事数3880である。

記事内容は、日記・コラムつぶやきである。まぁー口下手な私で、思っていることが上手に話せないので、じっくり考えて書くということで、考えや主張をまとめておこうと思った。

アクセスが25万という数字は多いのか少ないのか分からないが,これからも書き続けていきたいと思う。URLはhttp://kawahata-m.cocolog-nifty.com/blog/

2011年11月11日 (金)

「自信を持つ」ということ

09_12801 この世に生きて70年の人生を振り返って自信を持って生きてきたのか?考えてみた。この先何年生きられるか分からないが、自信を持って生きようと思うが・・・

では、「自信を持つ」とはどういうことは・・・どんな状況でも自分自身のことを信じて、自分の力を信じて前に進んでいけるということ、最後の頼みの綱は自分だという感覚があり、自分自身が人生の主役であるという思いで様々な選択を行い、自分で自分の事が好きだと思えるようになる。

自己肯定感があり、自分に対するフィーリングが良い。物事や他人に対するあいまいさを許容でき、ものの観方・考え方も柔軟性があり、様々なタイプの人とコミュニケーションが取れる。

他人の目や評価もそれほど気にならず、失敗を極度に恐れることもない。規範意識に縛られず、日常のささいな事に悦びを感じて生きていくことができる。自分が今、何を思い、どう感じ、何を考えているのかを明瞭に自覚でき、その思いに従って生きていく術を知っている。

ユーモアにも富み、一生懸命に物事にあたるが、それでいてどこかに余裕もあり、リラックスして取り組める。そして、人を信じることができ、人の幸せを無条件で応援し、友の喜びを我がことのように喜べ、本当の意味で人を愛することができる人である。

しかし、自信のある人というのはまるで完璧な人間のように思えるかも知れない。だが、本人は完璧だという意識はない。むしろ自分には足りないところ、未熟なところがあると思っているし、そのことに対して許容的でいることができる。つまりは謙虚なのである。

そして、逆に、自分の足りないところや弱さをしっかりと受け入れている。そして、「足りないところはいろいろな方法で補っていけばいい」と思って、そのように行動できる人でもある。

自分の弱さや未熟さ、人よりも上手く出来ないことについて負い目に思ったり受け入れられなかったりすると、それは劣等感になってしまう。それが、つまり受け入れられない、許容できないということが自信のなさにもつながってくるのかも知れない。

自信のある人は、自分と他人とを単なる優劣だけで比較することはない。自分には出来ないことがあると思えば教えを乞おうとし、自分が出来ることがあれば人の力になろうとする。だから、人との出会いも楽しめるし、大切にすることもできる。

そして自分らしく活きるよう常に努力することである。それが最高の幸せだと思う。

宇宙の無常

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G6_01xga 春夏秋冬季節はめぐってくるだけではない。宇宙はものすごい速さで膨張しているという。この現象を天文学者・物理学者が証明しノーベル物理学賞は3人だった。(1人は亡くなってしまって受賞できなかった)この宇宙の中も無常であることを思い知らされた。

そして、マグニチュード9・0に、世界4番目の規模が、3.11東関東大震災が起きた。想定を超えた大きなもので世界一という高さの堤防も津波は、乗り越えた。8ヶ月たった現在で、死者は計1万5836人。行方不明者は、青森、岩手、宮城、福島、茨城、千葉の6県でいまだに3652人に上る状況である。

大気・地核の動きにいたるまで、大自然のめぐりは途方もなく大きいものである。それはどんな空間場所であろうとも、どんな生き物をもすべて包み込んでしまう。

台風12号15号の襲来で和歌山・奈良県に大きな被害がでた。多くて各地に大きな災害が起きた、人の力では、防ぎきれない自然の脅威をことさらに強く感じた。自然が作った“土砂ダム”の氾濫の脅威さらされた。

そして人間の知恵で、開発された原子力発電で、人間の想定異状の自然の脅威を見せ付けられる結果となった。目に見えない恐ろしい放射能の飛散する結果になってしまった。

この世の森羅万象はすべて自然のめぐりそのものだが、自然のめぐりによって、植物や動物などのさまざまな生命体が存在している、それらの生命体はみな生まれて死んでいく。

この世の自然なもの山川草木、森羅万象はたえず変化して一時も同じ姿をとどめない、すなわち無常です、そのものだけが変わらないというものは何一つないということである。

その一つとして私達人間も生まれてきた、そしてその一つとしてすべての人は死んでいくのである。どんなに生活が豊かになり医療が進んで、長寿社会になっても、人の生まれも死も無常の世ですから例外はない。

この世の生きとし生けるもの、植物でも動物でも、あるいは目に見えない微生物などの小さな生き物であっても、どんな命でも自然のめぐりで生まれるべくして生まれてきたものばかりである。

そして死ぬべくして死んでいく、自然のめぐりだから、自分の身体であるけれども自己の意志にかかわらず、生き死にしていくことを意味している。

2011年11月10日 (木)

年をとってもより美しく

3612 人間はいつまでも若くはいらない。誰でも、いつかは老いて「老人」になる。人は、「老い」を恐れ、「いつまでも若くいられる薬」や、「不老不死の方法」追い求める。しかし、人間は自然の摂理に逆らうことはできない。

老いから逃げることは不可能である。でも、「老いても美しく」いることは可能である。瑞々しい十代、キレイな盛りの二十代を過ぎても、三十代や四十代、またそれ以上の年代でも、その年齢の美しさがちゃんとある。無理して若くいることが「美しさ」ではない。

十代の子に四十代の女性が着るような落ち着きのあるスーツは似合わない。その年齢に合った装いをすることが、美しくいられることの第一条件である。その美しさを保つのが「基礎代謝」を高めることである。

身体に毒素がたまらないように、余分な脂肪をとどめることが無いように、努力していくことが明日のキレイにつながる。年を取ればシミが出ますし、しわだって増える。

太らずに美しいプロポーションを保っていきたいと願うのも当然のことだ。だから、努力をする。自分の年齢に、身体に合ったダイエットで自分なりの「美しさ」を目指していく。これが何より大切なことなのだ。

それにはまず、「自分を知ること」「向き合うこと」が何より重要で、精神衛生も心がけ、年相応の生活態度と教養を積む努力をすることで、考えは何時もフレッシュを保つことだ。

心の栄養も充分にとる、生活環境でも大きく左右される。自分自身のことをよく知った上で、自分が目指す「美しさ」を実現してくことだと思う。自分で何時も若くいたい心を持って、「キレイ」と「健康」を目指すなら、きっと願いは叶うだろう。

自分で自分を「美しい」と思えるように、毎日を楽しく過ごすことができるように。自分に合った方法を見つけていくことが大切だろう。

自分の位置の確認をし前へ

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05detohama11 混沌とした時代でどちらへ進むか、ややもすると、五里霧中、自分自身を見失う恐れも、落ち着いて自分の位置をしっかり確認しておく事が大事だ。

今年のノーベル物理学賞は、アメリカ人ソール・パールミュッター氏等の「宇宙は膨張が早まっているという」我々の生きている実生活では、全く実感がないが、地球に住む人間社会も、きっと、地球の歴史にあったような氷河期が間じかに起こるかも知れない。

欧州危機でギリシアの6倍の規模を持つイタリアの財政が危ない、「イタリア10年国債利回りが7%台に上昇、欧州株・ユーロも下落」というニュースなどで日本の我々の暮らしにも大きく影響してしまう、グローバル化した時代、軸足をしっかり決めて前に進みたいものだ。

日本の針路が重大な岐路にある。TPPの問題でも、意見が分かれていて、参加・不参加・慎重など、この先が全く予測がつかない。理想を追い求めるか、現実を見つめるのがいいのか 、だが、しっかりと現実を見つめたほうがいい。

理想なんて机上の空論、それよりも、確実に着実に現実に即して対応する。果たしてそれでいいのだろうか。現実ばかりを見ていると、先に進みにくくないだろうか。理想を追い求め、大志を抱くから、進化する側面もないだろうか・・・

重要なのは二者択一ではなく、しっかりと現実に根ざしながらも、理想高く心に秘め、理想と現実の差異をしっかりと認識する。現実的な発想は、小さくまとまってしまう。理想的な発想は、実現不能な夢物語になってしまう。

どちらか一方じゃなく、常に両面を意識する。両者の差異を認識することが重要なことだ。人に過ちというものはつきもの。理想はアクセル、現実はブレーキ。車にはどちらもなければ困る。理想高く突っ走らねば、前には進まない。

しかし、猛スピードでは過ちを犯すかもしれない。現実というブレーキを常に確認し、適度なスピードを保つという修正を加える。 理想を追求しつつ、現実に根ざす、常に両者の差異を認識して修正を加える。常に忘れたくないものだ。

2011年11月 9日 (水)

冬来たりなば春遠からじ

Cat0119039_m1_2 冬至来て 猫ひだまりで 丸くなり

今年は11月に入っても暖かい日が続いたが、一昨日雨でグッと朝晩が冷えて、水道の水が温かく感じるようになった。

南向きの車庫の軒先に猫が丸くなって寝ていた。猫といえば1日20時間寝ているというが本当なのだろうか?また一年で暑いと感じるのは、土用の丑の日の3日だそうだが?

しかし、季節の巡りは年々早く感じるようだ。そう言えば、年末商戦、ボーナス商戦、クリスマス、忘年会のシーズンがきた。

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあり

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2_2006_1201_133713dscf06031_2 最近のニュースは、TPP(アジア太平洋地域に自由貿易圏を構築する環太平洋パートナーシップ協定をめぐり、日本国内での議論が紛糾している。輸出企業が参加を強く望む一方、安い輸入農作物の流入を恐れる農家は断固反対の立場だ。

また、復興債の償還期限の問題であるが、民主党内でも意見が分かれているが昨日民主・自民・公明で、25年の償還で合意した。自民党の60年は、あまりにも長い。公明党の15~20年の主張で、民主との10半ばを10年延長した結果となった。

この裏には、各議員の選挙を意識し、有権者の負担をおもんばかったからだと思う。しかし先延ばしは、これから生まれてくる人負担させることになり、問題先延ばしである。

言い方を変えれば、あまりにも「自分勝手」と言うしか理解できない。日本人は高度経済成長期には、汗水流して働いてきた、昭和22・3年生まれた、いわゆる団塊の世代が、それ以前の歴史を引き継ぎがあって今の日本がある。

そういう歴史がある。日本の将来の輝かしい未来づくりと子供たちに夢と希望の持てる国にするためには、「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあり」の格言がある通り、自分を保身すだけは、あまりにも勝手すぎる。政治家は身を切ることで日本を救う覚悟が必要だ。

TPPの問題では、将来の日本、子供、これから生まれてくる子供にも日本の繁栄と幸せを願うなら、今生きている人たちが多少の我慢をすることは、日本を救うためには必要だと、私は思う。

身を捨てる覚悟で国家の一大事を!

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「身を捨てる覚悟で国家の一大事を救う」
日本の財政が、借金が雪だるま式に積み重なって、ギリシアや、イタリアのような状況になったらどうする。すでにその危機は迫っている。野田首相の復興債の償還期限は10年を目標にしていたはずだ。この復興債の自民党の主張は60年だった。

東日本大震災の復興費用をまかなうための臨時増税のうち、所得増税の期間を25年にすることで、民主と自民、公明の3党が合意した。

これでは、まだ生まれてくる子供たちの世代まで付けを回す結果である。日本の赤字国債は長い自民党政権時代からの積み増しで膨らんできてしまっているのだ。

確かに、この上に消費税増税となると国民の要否意欲は薄れ、景気は低迷すだろう。しかし、このことは国民は理解している人は多いと思う。

自民党の復興債の考え方がどうも分からない。欧州危機が世界全域に不況の風が強まっていることに、日本は毅然と立ち向かい、痛みを伴う財政危機脱却を図るのはとうぜんである。

自民党の選挙を意識し、痛みを強いる政策にことごとく反対する。というのは、世界的に大問題となっている欧州の債務危機を全く分かっていないとしか言いようがない。

今日の新聞各紙は社説で、この問題を取り上げている。

朝日・・・「所得増税25年―消費増税はできるのか」
25年は長すぎる。1年あたりの増税額を抑えるためだが、将来の世代に負担を先送りしないことが臨時増税の目的だったはずだ。建設国債を60年かけて返済しているのと比べれば短いとはいえ、これから生まれてくる世代にも負担増が及ぶ長さである。

心配なのは、増税に対する与野党の姿勢だ。一連のやりとりから浮かび上がるのは、国民に負担増を求める決断から逃げたい、という姿勢である。民主党内では依然として反対が根強い。当選回数が少ない議員が多く、次の選挙への影響が心配なのだろう。

読売・・・『復興債25年償還 3党合意を「消費税」に生かせ』
10年代半ばまでに消費税率を段階的に10%まで引き上げれば、増税時期が長期にわたって重なり、消費や経済全体への悪影響も懸念される。復興増税は短期間で切り上げるのが本来の姿だろう。政府が増税対象としているたばこ税の扱いについても、与野党で早急に結論を出すべきである。

今回の3党合意の内容については問題もあるが、政治を前に動かす枠組みが維持された意味は大きい。社会保障と税の一体改革に伴う消費税率引き上げという難題の解決にもつながるからである。財政は危機的状況にある。税負担の必要性を国民に真摯に訴えることが政治の責任だ。各党には、財政再建に向けた覚悟と合意形成への努力が求められる。

毎日・・・「復興増税25年 理念なき与野党妥協」
何とも理念を欠く妥協である。復興事業が盛んに行われている間に増税などで財源を回収する、というのが野田佳彦首相の考えだったはずだ。「長い償還期間は若い世代に負担を先送りすることになる」とし「今を生きる世代が負担する」と主張していたではないか。

これでは、今後、本格化する消費税増税を巡る与野党協議が心配だ。増大する社会保障費の財源確保は日本が必要としていることであり、世界が頼んでいるのではない。金融市場も含め世界が注目しているのは、日本が消費税をいつ何%にするかではなく、与野党が壁を乗り越え、財政再建に本気で取り組む政治に変われるかどうかだ、ということも付け加えておきたい。

2011年11月 8日 (火)

枯れ葉に人生の想いを・・・

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夕暮れに 枯葉静かに 散りにけり

不透明さが増すばかりの世の中、そして復興と放射能の解決がもどかしい。震災・円高・不況などの影響で生活は厳しい年となったが、季節の移ろいは確実に巡っている。枯れ葉一枚静かに散っていく光景を見て、人生の想い感じた。

片倉城址公園の銀杏の木が、すっかり黄色く色づいてきた。今日は暦の上では立冬である。桜の葉は台風15号で、すっかり落ちた木もある。

銀杏はギンナンの実を落ち始めた。「イヤー掃いても掃いてもキリがないです」と嘆いている。八王子市の国道20号沿いの八百屋さん・・・恒例の八王子いちょう祭りは19・20日に行われる。

挙国一致で難局を・・・

05detohama11 財政危機問題、普天間飛行場移設問題、TPP問題など喫緊の課題山積している。国会議員の先生達はこのことを充分理解していると思うが、待ったなし諸問題を挙国一致で乗り切らねば、ギリシアの二の舞になる。

財政危機に陥ったギリシャの政治的混迷を他山の石とすべきだ。与野党は、日本の財政再建を急がねばならない。先のG20で、野田首相は「2010年代半ばまでに消費税率を10%まで引き上げる」と国際公約したことを、国会は重く受け止めるべきである。

復興債の償還期間について、政府案が当初10年となっていたのに対し、自民党は建設国債に準じた60年に延長、するよう要求し、結局25年間で決着しそうだが・・・

TPP問題では、首相の決断は迫っている。交渉の参加は将来の日本の経済の行方を決めるもので、首相の英断が待たれるところだ。

毎日新聞社説・・・野田佳彦首相の今後の政権運営にとって、大事な1週間が始まった。民主党は環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の交渉参加に向け意見集約を進めており、首相は12日から米ハワイで開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)で参加を表明する意向とみられる。

就任以来、首相には国民への説明を尽くさないまま、国外で重要案件の態度を表明するきらいがあった。TPPの場合、首相が先頭に立ち説明する気概を示さないようでは、交渉参加に広範な国民理解は得られまい。発信に乏しいスタイルを返上すべき時である。

7日の衆院予算委員会の論戦に正直、拍子抜けした。与党会派の質問とはいえ、直近の焦点のTPP問題で突っ込んだやり取りはなく、民主党内に慎重派を抱え「はれもの」にさわるような状況が逆に際立った。

日本の自由貿易圏づくりへの参画は経済発展に不可欠で、交渉参加は農業の基盤強化などにも資すると私たちは考えている。党内調整に全力を挙げるよう、改めて求めたい。

だが、交渉参加に十分な国民的合意がなお得られていないことも事実だ。毎日新聞の世論調査ではTPP参加について最多の39%が「わからない」と回答している。政府から十分な情報と判断材料が提供されていない表れだろう。

TPPには農業団体のみならず「食の安全」に関わる問題、さらに医療、保険への影響など国民に根強い懸念がある。不利な情報も含め政府が率直に開示し、戦略をていねいに説明することが不可欠だ。

にもかかわらず、首相はさきの所信表明演説でもTPPについて前の国会での演説と同じ「早期に結論」とのせりふを繰り返すだけだった。自ら率先して意義を語らないようでは、国民の疑念は深まる。

また、首相はさきの主要20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)で、消費税率を2010年代半ばまでに段階的に10%に引き上げることを国際的に約束した。政府・民主党合意に沿った発言と言えばそれまでだが、記者団には衆院選の時期は法案成立後とする考えも示している。ところが、やはりさきの所信表明では、消費増税にふれていない。

首相はかつて、原発輸出の継続についても国内に先駆けて国連の会合で発言したこともある。波風を立てたくないため国内の発信を手控えているとすれば、政治姿勢そのものが問われよう。

首相はTPPについて近く記者会見を行い、国民に説明する意向という。予算委での野党会派による質疑も行われる。首相が進んで国民に語りかける姿を見せてほしい。

「良識」を考える

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07rose_ame21 いま日本は、政治も経済も、教育も労働も、社会の全般が狂っているようで仕方がない。そうした状況にあって、いま日本人にもっとも必要とされるものは、良識である。社会人としてまともな判断を下せる、善悪の判断と、その良識が、問われる時代である。

この地獄のような競争社会において、狂った世の中の「常識」に振り回され、多くの人が良識を失っている。一人でも多くの人が良識を取り戻してほしい。そして、人間らしい心を持って、ぜひとも人間らしく生きてほしい。心からそう願いたいものである。

勇気を持って善いことをした。だが、人は誰も誉めてくれない、そっぽを向く、そんな行為を評価するどころか、軽蔑さえする社会になってしまい、それが常識とさえ?

そしてまた、善いことをすることもある、でも善いことをした人が「善い人」ではない。「善いことをした」というだけなんである。次の瞬間には悪いことをする。それが人間だと思わないと、あらゆる判断を間違える?

そなに人を信頼できない社会になっている。もう一度「良識」取り戻し、日本人の人間どうしの心の絆を取り戻すことが大事だと痛感する。

「良識」・・・物事を正しく判断する能力。時として理性と同一視される。「正しく判断し、真なるものを偽なるものから区別する能力は、本来良識あるいは理性とよばれるものであるが、これは生まれつきすべての人に相等しいものだ。

「良識」とは、ある与えられた判断が真であることを妥当な論拠を挙げて推論することされないことで、日常の具体的な諸問題を冷静かつ公平に判断する能力だ。

また、常識を一定の社会や集団においてのみ通用する一般的知識として理解するなら、良識は常識をしのいでその上にある。例えば、「祖国防衛」はあらゆる民族の常識であるが、「核兵器廃絶」は全人類の悲願であるという意味で、実に良識とよぶにふさわしい。

良識の府・・・作家や有識者を中心とする大きな会派があり、衆議院のように政党の立場にとらわれず、議員一人一人の良心や信念にもとづく自由な議論が行われていた。このことをさして参議院のことを「良識の府」と呼んだ。

2011年11月 7日 (月)

「お互い様」と挙国一致で・・・

08ringo_tyoukai11 むかし、お隣りどうしで暗黙の了解というか、多少の迷惑「お互い様」の精神があった。いま東日本の被災された東北の岩手・宮城・福島の3県で「がれき」処理で困っている。東京都の石原知事は岩手県から、平成25年度まで50万トン受け入れるという。

放射能が心配で、まだ各県が受け入れ表明しているところは少ない。理由は放射能が含まれていて心配だからだ。しかし東京新聞のコラムに書かれているように、何とか日本中で考えて解決させる問題だと思う。

産経新聞記事・・・石原知事の東京都が東北以外の自治体で初めて、東日本大震災で発生した災害廃棄物(がれき)を受け入れて処理を始めたことに対し、都民らから反対の声があることについて、石原慎太郎知事は4日の定例会見で「(放射線量などを)測って、なんでもないものを持ってくるんだから『黙れ』と言えばいい」と語った。

都は3日、岩手県宮古市から第1便として約30トンを受け入れ、処理を開始。がれきそのものから放射線量は検出されず、都内の処理施設周辺の空間放射線量にも影響はなかった。

石原知事は「放射線が出ていれば別だが、皆で協力して力があるところが手伝わなければしようがない」と指摘。「皆、自分のことばかり考えている。日本人がだめになった証拠だ」と述べた。

がれきの受け入れを表明した9月末から今月3日までに、都には3328件のメールや電話が寄せられ、うち2874件が反対や苦情。賛成などの声が200件だった。都は今年度内に1万1千トンを受け入れ、平成25年度までに岩手・宮城両県のがれき計50万トンを処理する方針を示している。

東京新聞コラムに「がれき処理は“挙国一致”で」が載っていた。全くその通りで、放射能があるから駄目というのでは、あまりにも勝手すぎる。もし、自分の自冶体で大きい被災に遭われたら、色々な、助けを借りることになる。

コラムの内容は・・・東日本大震災では住宅やビルなど被災3県だけで推計2273万トンのがれきが発生した。一部は太平洋上に流出した。

9月下旬、約3100キロ離れた米ミッドウェー諸島付近でロシア船が「福島」の表示がある小型漁船や冷蔵庫などを発見し回収した。ハワイ大国際太平洋研究センターは、漂流物は3年後に米西海岸へ到達すると予測している。

米国は大震災発生後、直ちに「トモダチ作戦」を発動。海兵隊員など約16000人を動員して人命救助や物資輸送に取り組んだ。原発事故での情報提供と合わせて、同盟国の支援には力強いものがあった。

その国へ、がれき漂着を座視していいのか。被災国だからといってこの問題を放置してはならない。政府も問題意識は持っている。「漂流物が大量に漂着すれば外交問題になりかねない」(環境省)として、衛星や航行船舶などの情報をもとに今後シミュレーションを行うという。

それも結構だがこの際、海上保安庁の巡視船や海上自衛隊の護衛艦などを出動させて大規模な“掃海”を実施したらどうか。漂流物の放射能検査も含め、日本国の責任を示すべきだ。

国内では東京都が東北地方以外で初めて被災地のがれきを受け入れた。被災地だけでは処理できないのだから当然だ。放射能検査を厳格に実施して、できるだけ多くの自治体が受け入れてほしいと願う。

「なるべくしてなる」という言葉

Cat031 「成るべくしてなる」の意味は、悪い結果が見えていてもいなくても、当の本人ではこれ以上どうしようも出来ない状況から成るべくしてなったということかも知れない。しかし、自分の言動に責任がないことだ。

人間の力としてできる限りのことをして、その結果はただ運命に任せるのみということから「人事を尽くして天命を待つ」言葉がある。

また、同じ意味で「因果応報」・・・仏語。前世あるいは過去の善悪の行為が因となり、その報いとして現在に善悪の結果がもたらされること・・・人はよい行いをすればよい報いがあり、悪い行いをすれば悪い報いがあるということで、「因」は因縁の意で、原因のこと。「果」は果報の意で、原因によって生じた結果や報いのこと、がある。

どんなことでも、手抜きをしたり、他人に責任を転嫁して、自分に厳しい規律を果せない人がいる。そして偶然にも結果が良かったりすると、人間本来の歩きかたが違っていても気がつかないで、有頂天になってしまう。

実直にコツコツ人生を歩んでいる人、自慢するでもなく、ひたむきに、ただ人々の幸せを願い、世の中不幸な出来事を「なるべくしてなる」という意味を充分、分かる人間でありたい。

ただ立っているだけで疲れた

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P07_photo051   きのう、八王子中学校駅伝大会が八王子市上柚木公園野球場出発で計画され、南大沢交通安全協会片倉町一丁目支部で二人の出動要請があり出かけた。

8時集合厳守ということで、雨が降るという天気予報だったので、雨具(合羽)を用意し、7時25分に出発し、7時45分に集合場所の第5駐車場に着いた。まだ役員だけで、他に誰もいなかった。

選手の出発は、男子9時30分、女子は10時55分予定であった。走るコースは男子、女子が違っていて、指導員53人が35箇所に配置で私達は女子コースで(10時55分出発)を担当だった。協会会長の挨拶簡単な注意事項などがあって8時10分配置場所に着いたのが8時15分であった。

それから、トイレなどのある場所を確認し、11時20分ぐらいに走行する選手の安全を確保するということでそれまで待つことにした。雨は幸いにも降りそうもなく助かった。

しかし、結果的には、配置に立って約3時間選手の走行する安全確保で、駐車歩行者の注意呼びかけをすることだが、実際はほとんどなにもすることがなくただ立っているだけであった。

コース、チューム数などの資料が、FAXの不鮮明などで大会要領が分からず、ただ配置場所にいた。結果的には3時間待って終ったのが11時45分であった。私の受け持ちエリアは車・歩行者ははとんどなかった。

座ることも、また座るところもない。ただ立ちっぱなしの3時間であった。「イヤー疲れたなー」家について12時30分であった。それにしても3時間何もしないで待つというのは始めての経験である。大会の運営する協会の具体的な要領の事前説明が欲しかった。

2011年11月 6日 (日)

あれ!テレビが捨てられている

Tokita1 何時も、ゴミ拾いをしている湯殿川の河川管理通路に、大きなテレビが捨てられていた。重たくて持って移動さえるのが大変だ。

早速処理をしたいので、八王子市役所に電話したのだが、土曜休日で対応が取れない。片倉町一丁目町会でお願いしている、資源ごみ回収業者が、回っているはずで、町内を探し業者さんに、会って相談したのだが、お金が3000円位掛かるとのこと、自分のお金は勿論、町会の費用では、処理できない。

困ってしまい、粗大ゴミの業者に確認しようと思っていたら、丁度マイクで町内を回っている?聞こえる!早速追いかけて、確認したら勿論お金が掛かるということであった。

仕方なし、明後日の月曜日に八王子市役所に相談しよう、ということにした。

不法投棄は、八王子市の条令で犯罪!である。家庭で処分にお金がかかるからといって、通路に捨てるとは!非常識である。片倉町の町民ではないと思うが、通路にテレビを捨てられているのは始めてである。

経済危機・ギリシアからイタリアが・・・

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09meigetu_tyusyu11 日本の野田首相がフランスカンヌで行われた主要20カ国・地域(G20)の首脳会議から、昨日帰国した。議題は債務問題に取り組む欧州への支援や経済成長のための方策と現実味を帯びたギリシアのユーロ離脱にのっとられ、振り回された。

世界経済の9割を占める国々の代表といえども、人口1100万人ほどの国の政治動向を固唾をのんで見守るしかなかった。

市場の動揺と各国からの批判・圧力を受け、首相は結局、国民投票方針を撤回。その後の議会にかけられた内閣信任案も僅かの差で可決され、政治的混乱の中でギリシャが債務不履行、ユーロ離脱となる危険はひとまず後退した。

しかし、ユーロ圏のイタリアもギリシアのように、市場で国債が一段と売られた。10年物国債で6.4%という利回りは、ユーロ導入来の高さで、アイルランドやポルトガルが、欧州連合(EU)や国際通貨基金(IMF)の資金支援を仰いだ際の水準に迫るものだ。

朝日新聞社説・・・「ユーロ危機ー政治の混迷許されぬ」
ユーロ圏首脳らが先月、難交渉の末、政府債務問題に対する包括策をまとめたばかりだ。空中分解させてはならない。欧州はもちろん、世界各国も結束して対応してほしい。

金融市場に高まっているのは、政治指導者をはじめとする統治システムへの不信感だ。

イタリアのベルルスコーニ首相は、長期政権のもとで腐敗や汚職への批判を浴びてきた。国債の急落を受けて、年金制度の見直しや国有財産の売却といった改革案をまとめたが、市場はその実行力を疑っている。

ギリシャの場合、危機の発端は前政権による財政赤字の粉飾だった。年金カットや公務員削減などの緊縮策に対する国民の反発にさらされるパパンドレウ首相は、国会での信任を得たものの、与野党の対立は厳しく、政局は流動化している。

この間、パパンドレウ首相は突然、ユーロ圏への残存の是非を問う国民投票の実施を宣言したが、内外の反発を受けて撤回した。あまりにリスクの大きい政治的な賭けだった。

歴史を振り返れば、民主主義の源流はイタリアやギリシャにさかのぼる。その民主主義がうまく機能せず、世界経済を混乱させていることを欧州は深刻に受け止めねばならない。

イタリアやギリシャが政争に明け暮れ、財政再建の手綱を緩めれば、両国だけでなく、世界経済が危機に陥る。総選挙で政治刷新を行うにしても、市場の混乱を招かないよう時期は慎重に選ぶ必要がある。

G20会議に集まった首脳はユーロ危機克服への協調をうたった。しかし欧州の混乱に振り回され、財政不安の国や銀行を支援する欧州金融安定化基金(EFSF)への資金支援については、新興国からの約束を取りつけられなかった。

一歩前進だったのは、IMFの新たな貸出制度への取り組みだ。資金繰りに困った国々に短期資金を上限なく貸し出す枠組みである。G20各国は早急に具体策を詰めてほしい。

政治が足踏みを続けている間もマネーは国境を超えてうごめいている。早急に危機克服への道筋をつけなければならない。


 

2011年11月 5日 (土)

いつも心の掃除をしておこう

539571 心のどこかで、悪事の芽があっても直ぐには身を滅ぼすことはありません。しかしその心が何かの切っ掛けで、火のごとく燃え、恐ろしい結末になります。人間はいつも心の掃除をしておく事が大切です。

信賞必罰の人間社会、悪事が栄えることはありません。歴史に残る、政治家でも企業家、また芸術家、科学者など、世のため人のためを思って仕事の実績を残こす、そんな輝かしい功績はないけれど、きれいな心を持ち続けている人もいます。それは砂にまみれたキラリと光るダイヤモンドような存在です。

私は宮沢賢治の、詩にあるよう「木偶の坊」です。でもいつも心の掃除を心がけている積もりです。これからも続けていきたいと思っていますが・・・

怒ること、愚痴いうこと、欲張らないこと、意地を張らないこと、そして優しい心を持ち続けること、笑顔をたやさない心を持ち続けたいと思います。陰で支える人でありたい。

宮沢賢治の詩「雨にも負けず」・・
雨にも負けず、風にも負けず、雪にも、夏の暑さにも負けぬ、丈夫な体をもち、慾はなく、決して怒らず、いつも静かに笑っている。

一日に玄米四合と、味噌と、少しの野菜を食べ、あらゆることを、自分を勘定に入れずに、よく見聞きし、分かり、そして忘れず。

野原の、松の林の陰の、小さな、萱ぶきの小屋にいて、東に病気の子供あれば、行って看病してやり、西に疲れた母あれば、行ってその稲の束を負い。

南に死にそうな人あれば、行って、怖がらなくてもいいと言い、北に喧嘩や訴訟があれば、つまらないからやめろと言い。

日照りの時は涙を流し、寒さの夏はおろおろ歩き、みんなに、木偶坊(でくのぼう)と呼ばれ、褒(ほ)められもせず、苦にもされず、そういうものに、私はなりたい。」

自然体に生きる

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1231 自然体に生きることは難しい。自然体に生きようと思うには、仏教で言う修行でもあるかも知れない?世の中の邪念、自分自身の心の邪念を捨て、生まれ持った純粋な心を維持しする努力することにあるのだと思う。

基本的な考え・・・人間として一番大事なことは、あくまでも自然体である続けること、秀でた人の模倣をすることでなく、権威ある人に付き添うものでなく、全く自分自身のままでいればよい。

自然体であり続けることが、肝心なのである。人はみな他人と差があって当然、他人と違いがあって当然なのである。自らの個性をそのままに、自分自身でありつづけることである。

決して他人との比較によって、自分の位置を決めてはいけない。「人には出来ても、自分には出来ない」「ダメだ」「無理だ」というマイナスの領域に自分を位置づけることは、間違っている。

自分自身の長所を一つでもよいから見つけ、それを伸ばしてゆけばよい。そうすることにより、知らないうちに自信がつき始め、人生を楽しく生きることが出来るようになる。

子供の物が手に入らないと言ってはだだをこね、感情のまま、わめき転がり回り、人目をはばからず感情を表す光景を目にすることがある。

世の中でお金への異常な執着する人が多い中で、ありのまま自然体で生きていたら、金の亡者やさまざまな亡者たちに殺されてしまうのではないか、というほどの恐怖さえ感じてしまう。そんな世の中でも、それでも生きていくのが使命である。その使命を果たし何とかありのまま自然体でいるには、たくさん捨てる物がある。

幸せだと感じる暇もなく、明日訪れるかもしれない死を迎える。 ありのままの自分でいられる場所みつけたい。

普段はうれしい応援の「がんばれ」ということば、つらいときには「がんばらない」を選ぶ勇気、自然体で、前に進み続けること 「がんばらない勇気」 がんばることは大事なことでがんばることは自分を満足させたりする 。

よくがんばったねと言われると気恥ずかしくて、くすぐったいほんのちいさな子供の頃もがんばれば、何かいいことがあると知っていた。

そんなにがんばって大丈夫?ちいさな心は大丈夫?がんばらないで立ち止まってもいいんだよ 、がんばってという何気ないことば何でもないことばが楔のように打ち込まれるときがある。 がんばらないで立っていて前を向いて立っていて進みたくなったら進めばいい。がんばらないという勇気ある選択することが大事である。

2011年11月 4日 (金)

欧州発の経済不安は治まるか

09oga_akanegumo11 ギリシアの経済不安は欧州のみならず、全世界の国々に不安は広がってきている。日本の電機・自動車産業始め輸出産業は大きな影響あり、深刻である。フランス・ドイツ政府の主導の政治による解決策が注目される。国民投票となるのか、与党、野党とほぼ互角の勢力のギリシア国会で、パパンドレウ首相の辞任?という声も・・・

日本経済新聞社説・・・欧州を起点とする経済や金融の混乱が、世界の企業業績に影響を及ぼし始めた。世界的な株安が続けば投資と消費が冷え込み、企業業績の先行きが一段と不透明になりかねない。 米国企業の業績は今のところ総じて好調だ。

調査会社トムソン・ロイターによれば、主要500社の7~9月期の純利益は前年同期比17%伸びたもようだ。 特にアップルなど一部の大手IT(情報技術)関連企業は、売上高と純利益が7~9月期として最高だった。スマートフォン(高機能携帯電話)などの新製品やサービスが普及期を迎えていることが、収益の伸びを支えている。

ただし、半導体や自動車などでは、需要の伸び悩みにより、採算が悪化する例も出ている。欧州では金融機関がギリシア国債の損失処理を余儀なくさせられており、人員の削減も相次いでいる。

こうした金融機関の動きは、個人消費などの実体経済にも悪影響を及ぼしている。独自動車大手ダイムラーは、主戦場である欧州での乗用車販売が伸びなかったため、減益になった。欧州への輸出が多かった、アジア企業でも業績の変調が目立つ。

液晶パネルや半導体で高いシェアを持つ韓国や台湾のメーカーは7~9月期に相次いで減益や赤字になった。台湾のパソコン大手宏碁(エイサー)は10~12月期の売上高が7~9月期と比べ、5~10%減ると予想する。

こうした先行きへの慎重姿勢が投資や、雇用の抑制につながるようだと、今、世界を牽引する米IT大手なども、影響を免れない。

韓国LGデイスプレーは、需要改善が当面見込めないとして、設備投資の減額を表明した。そうした動きがどこまで広がるのか注視したい。

日本企業も電機や自動車などをを中心に、全世界の事業を、展開している。グローバル経済の動向に応じて生産や販売の体制を組みかえる柔軟さが欠かせない。

「まちづくり」は貴方が主役です

10_12801_2 「まちづくり」は・・・高齢者や障害者を含むすべての人が安心して快適に暮らせるまちづくりを願っている一人です。私の住む町、八王子市片倉町一丁目町会でも、ご他聞に漏れず、少子高齢化が進んでいます。

そのため八王子市でも推進を図ることを目的とする条例「八王子市都市計画マスタープラン」があります。ひとにやさしい心の醸成等について、事業者や市民の理解と協力を得て推進しようとするものです。

最近、私が感じているのが、公共性など多くの市民に参加していただける施設等は充実してきたのですが、利用者のモラル・マナーが問題となっていると思います。箱物を作ったがそれを使う一般市民の本当に理解し利用されているか、疑いたくなるような光景を見聞きしています。

具体的には、利用し方で、使った後の始末であるが、後から使う人のが気持ちよく使える、施設であったり、心配りがおなざりとなっているようなことが多いように感じられます。

また、「私達の町は私達で守る」人に優しい故郷の良さを後世に残し引き継ぐということは、今生きている人間の義務だと思います。当然、街の中、河川、山など先祖から引きついた自然を慈しむ心が大切と思います。

ふるさとを守る、荒廃した故郷を元に戻すには、壊してしまった年月より、数十倍もかかります。むかし川にすんでいた生き物、山にあった植物など、また取り戻す努力をしましょう。

人間の生きる原点は何か?お金や、ただ便利であるだけではないでしょう。市民一人ひとりの心構えで、まちはよみがえるのです。まちづくりは貴方が主役です。

禅語の心を知る

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10_12801 今朝禅語で「百不知百不会」の語に出合った。人間は、誰一人必要としない人間はいない。生きているだけで価値があると信じる一人である。人それぞれに持ち味があり、派手に活躍したり、そう見せかける人がいる。

うだつが上がらない人だって何か良いところがあるはずだ。また目立たない陰の功労者という人がいる。最近は、俺がやったと、自己主張をする人が多いが、私は目立たぬ存在で、人知れず善行をする人が好きだ。

百不知百不会(ひゃくふち ひゃくふえ)

ここで言う「百」とは限定的な数字の単なる百ということでなく、いろんなこと、さまざまとか諸々、何もかもといったという意味合いとして用いた百である。多くの思想家、諸学派の人々の総称を「諸子百家」と言ったり、その人々の自由な論争を「百家争鳴」というように百という限定された数字ではない。

百不知とはとんとものを知らない底抜けの愚か者。百不会もどうように何もかも会得していない木偶の坊。何をやらせてもまともなことが出来ない役立たずの人を蔑んだ言葉である。

だが禅家では「抑下托上よくげのたくじょう)といって、表面では大変悪辣な激しい言葉を投げかけながらも、実際にはその言葉の裏に、この上なくその相手を尊重し、その人の価値を高く評価する意を込める禅独特の高尚言い回しをすることがある。

だから「この大馬鹿者!」と叱ることが実はその者を単にに叱り蔑むことでなく、親しみを込めてそのものの力量を評価しうけがう意味合いもある。このように百不知とは知、不知を超えた人、会、不会にかかわらない人であって、一切を忘れきって何物にも執われない超脱の道人、いわゆる悟った人という言葉にも置きかわる。  

我々凡人はちょっと学んで知識を得ればすぐにその知にとらわれ、あるいはその才をひけらかし、知ったかぶりしたり、偉そうな物言いになりがちである。本当は何も知ったわけでなく、他人の知識の受け売りをして得意がり賢いように振る舞う小利口な愚か者に過ぎない。

本当に悟った人、悟り切った人は自ら悟ったということをひけらかしたり、顔にも出さないものである。悟りを知らない凡人の目から見れば「愚のごとく、驢のごとし」という言いように、愚直で物言わぬ驢馬のように愚かに見えるかも知れない。

たしかに世間では出世したり大活躍したりして目立つことが賛嘆されるが、仏法における本当のよい行いとは世間的評価の基準ではなく「陰徳の行」を旨とする。

人に知られることがなくても、ただ黙々とひそかに日々に修する信心修行の営みというものは、まぬけのように見えたり、平々凡々に見えるかもしれないが、その陰徳の行によく参禅弁道があり、人間として真の生き方として輝くものである。

法華信仰に熱心だった宮沢賢治の「雨にも負けず」の詩を思い出す。「みんなに、木偶坊(でくのぼう)と呼ばれ 褒(ほ)められもせず、苦にもされず そういうものに私はなりたい」とあり、また自分を勘定に入れずに人々に奉仕したいという願いを込めた一遍の詩の中に賢治の「百不知、百不会」の姿が見える気がする。

女子高生のE-メール減少?

09_12801  どうも、メールを打つのがめんどくさい。電話で連絡するほうが簡単だ。私はメールでの連絡は使わない。電車の中、通りを歩きながら、酷いのは自転車に乗りながら携帯を使っている若者をよく見かける。

女子高生がメールを送受信する回数が減っているらしい。JーCASTニュースに載っていた。http://www.j-cast.com/2011/11/03111467.html

逆に「webを見る時間は増えている」という。mixiやFacebook、TwitterなどのSNSを使う時間が多いようで、「mixiのコメントとかでみんなと連絡取ってるの」「友達みんなmixi見てるから、そっちに書いておけばいちいち一人一人に連絡しなくて済むもんね」「私はTwitterやってるから、伝えたいことはとりあえずつぶやいてる」。メールが減った分、SNSで多数の人と一気にコミュニケーションを取ることが増えているようだ。という。

私は、マナーや、交通安全という面で、携帯の使用で注意したことがあるが・・・。確かに、出先で電話をかけるには便利であるが、他人に迷惑をかけたり、交通安全から危ない。と思うことが、しばしば見受けられて、怒りさえ覚えることがある。

 

2011年11月 3日 (木)

一汁一菜の料理に思う

Breakfast_of_grilled_salmon_miso_so 一汁一菜の料理でも、真心を持って料理する。粗末な菜っ葉を用いてお汁やおかずを作るとしても、いいかげんに扱う心をもって調理してはいけない、また上等な食材だからと浮かれたりする心を起こしてはならない。最高に美味い、というご馳走をつくるときも、粗末な菜っ葉の料理も、まごころと清らかな心で同じように調理したいものである。

品物の善し悪しに引きずられたり、食する人によって、態度や言葉を変えるべきではない。生き生きとした眼を見開いて、一枚の菜っ葉を扱うのにもいかにも成仏するように、仏の光明を菜っ葉一枚のうちに輝かすようにしたい、これが生きているすべてのものの命を生かすことである。

美食、飽食があたりまえの時代では、見ばえの良い食材を市場に出すために、食物を捨てたり、薬害や不自然な加工が問題になっている。輸入食材をめぐる問題、食糧資源乱獲の批判など国際的にひんしゅくを買うことはさけたいものである。

世界の人口は70億人、僅か半世紀で倍になるというスピートで今世紀には100億人になるという予想である。当然食料・水・エネルギーが問題になり、環境の悪化が懸念される。

南スーダン共和国が今年7月スーダン共和国から20年に及ぶ内戦でようやっと分離独立した。石油や、レアメタルなどの資源が豊富な国で、日本も国連平和維持活動(PKO)を派遣することを決めた。有限の資源を巡って、激しい取り合いは益々ヒートアップし、最悪は戦争化していく恐れさえ予想される。

自然現象に、新たな事象が今後も世界各地で発生するだろう。環境破壊がすすみ、地球温暖化が加速して気候変化は食料不足は深刻な問題となるだろう。各所で、内戦や国際紛争による飢餓難民の救済がさらに問題になってくる。

草刈機と作業

55eb1803d82b34f155628866526c3d391 草刈りて 土ほこり舞う 秋の空

轟々と唸る草刈機の音、このところのお天気続きで乾燥している。土を這う合成樹脂紐、土・小石を跳ね飛ばし、一層の埃を増す。

草は、鎌で刈るよりきれいに刈れるが、目・顔を保護するメンと手甲厚手の作業着での作業である。秋の西日に、作業者が埃の中に見えた。

湯殿川に本当にアユがいた!

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Kasenkanri1 「湯殿川に本当にアユがいた!」1ヶ月前に近くに住むアユ釣り名人?が「この湯殿川にアユがいる」と言っていた。その名人は、アユ釣りの道具を装備して、釣りを試みたが・・・どうもその成果はなかった。「釣って見せる」の言葉に期待したのだが・・・

昨日、湯殿川の稲荷橋付近で両側斜面の草を刈っていた業者の方と話した。アユを釣った人がいたという。さっきまで釣りをしていた人て、つれたアユを見せてもらったという。

大きさ15センチぐらいアユ3匹だったという。仕掛けは、「転がし」だそうだ。ヤッパリいたんだ。業者の方が、仕事の手を休め、「あそこにいるじゃないか!」と指をさした、その川面に目を凝らしていたら、確かにいることを確認できた。

きれいな水にしか棲まないアユがいたとは・・・ビックリである。私は毎日湯殿川の両側の河川管理通路のゴミを拾っているが、やっていて良かったと思った。

感心したことに、その草刈業者の方がタバコを吸っていたのだが、そのタバコを草むらに捨ててしまうのだろうと思っていたら、携帯のマイ灰皿を使ったいたのには、また驚いた。

河川管理通路をゴミ拾いをして、朝晩の通勤者の歩行喫煙で、通路が灰皿化してしまっているので、その上にタバコの空き箱、テッシュや、ガムのはき捨て、パン・おにぎりの空き袋などが落とし、コーヒーの空き缶、ペットボトルなどゴミ捨て場?勘違いしている状態である。注意看板を取り付けたり、ポスター貼ったり、しているが、一向に減らない。

草刈業者の環境に配慮した人もいるのだと思うのと、アユが本当にいることが確認できたので、またゴミ拾いをする元気がでた。そして通路に出会った人の「この湯殿川にアユがいるんです。きれいな川に、ご協力してください!」「エッ本当にアユがいるの?」と驚いていた人もいた。

早速、東京都南多摩西部建設事務所の河川管理担当の方に報告と、川の中に捨てられたレジ袋・弁当のパックやその他のゴミを収集していただくようにお願いした。

そうして、昔いた、ドジョウ・カジカ・八目ウナギ、砂もぐり、サワガニなどが再びみられるような環境に戻すことが夢が湧いてきた。多くの人が協力すれば必ず出来ると思う。

もうこれ以上絶対にゴミを町で川で公園では捨てない、捨ててはいけないのだ。自分の寿命を縮めていることに気がついて!!!Img_1468770_49285787_01

2011年11月 2日 (水)

エッ!国民投票?

05detohama11 ギリシャは,ヨーロッパの一国だが、ギリシアを助けないと、ユーロ全体が悪影響に引きずり込まれてしまう。ギリシャが崩壊するだけではでなく、ユーロ圏が怪しくなる。そのことで、アメリカ始め全世界に大きく影響され、日本でも同じだ。(昨日のパパンドレウ首相の演説で、ニューヨーク市況は、ダウ平均株価を300ドル近く値を下げた。)

だから、道連れにされたくないユーロ諸国が集まって、いかにギリシャを助けるか連日の会議を続けてきた。そして、やっとのことで2011年10月26日にEU首脳会議にて、ヨーロッパ経済危機問題を解決するための包括戦略が合意された。

ギリギリでギリシャ救済が決まったのだが、ここまでこぎ着けたのが大変な道のりであった。道のりだった。イギリスのキャメロン首相とフランスのサルコジ大統領が大声で罵り合ったという報道もあった。

ドイツのメルケル首相は「これですべてが解決するとは思わないほうがいい」と牽制していた報道もあった。そのたびに市場は動揺して、下げたり上げたりしていたのは見ての通りである。

しかし、そういった不協和音を鳴り響かせながらも、10月26日には、何とか包括合意を取りつけて、ギリシャは間一髪で助かった。

ギリシャを助けるというよりも、ユーロを助けるという大義名分のもとで、国も投資機関もすべてギリシャに対して50%の借金棒引きを了承したのである。

またEFSF(欧州金融安定ファシリティー)もレバレッジ化させることも合意されて、さらには念を入れて別の基金も立ち上げてアジアからの投資も呼び込むことに決定した。

ユーロ圏の安定の道筋はこれで何とかついたと、メルケル首相もサルコジ大統領も安堵して包括戦略の発表をしたはずだった。もちろん、ギリシャのパパンドレウ首相もそれを受け入れたように見えた。

世界経済がめちゃくちゃになる。ところが、10月31日になって、突如としてパパンドレウ首相は妙なことを言い始めた。

「EU首脳会議で決まった包括戦略を受け入れるかどうか、これを国民投票にかける」

国民の約60%は包括戦略に反対している。もし、国民投票にかけるというのであれば、拒否される確率が非常に高い。そうなると、EU首脳会議で決まったことはすべて吹き飛ぶことになり、ギリシャに対する救済は行われない。

すなわち、ギリシャはその瞬間にデフォルト確定し、最悪の場合はユーロ圏そのものが崩壊する。

遅行と拙速

199912070922111 人の性格は色々あるが、性格は生まれつきではない。生まれ育った環境によるところが多いと思う。だから両親の性格と全く違う子供であったりすることがある。

うちに子はどうもやることは早いが、そそっかしいところがあって失敗が多い。時間一杯にならないと出来ない子供がいるが、正確で丁寧である子供がうらやましい。と思っている人もいるだろう。

しかし、必ずしも、やることが正確であって、遅いということでは、結果はパーフェクトでなくても早いほうがいいということもある。

中国の兵法書「孫子」には、「拙速は巧遅に勝る」という格言がある。拙速とは、つたなくても速いことであり、巧遅とはたくみでも遅いことである。つまり、完璧でなくとも「仕事が早い」にこしたことはないという意味だ。

完璧さを追求するあまり、いつも期限がぎりぎりになる人がいる。完璧さを心掛けること自体は、とても素晴らしい考え方だが、時間がかかりすぎて 機を逃しては元も子もない。

「完璧だ」と自分が思っていても、相手が同じように「完璧だ」と感じていただけるとは限らず、独りよがりになる危険性があるということである。またズレがなくとも、時間の経過とともに、考えが変化することもある。そうしたリスクを回避するにはスピードも大事なファクターでもある。

もちろん、理想は「巧速」であることに間違いはない。しかし、「拙速」か「巧遅」かと二者択一の判断を迫られるのなら、躊躇なく「拙速をとる」というのが私の持論である。早さは、とりわけ重要で、スピードこそが、信頼に繋がるもと思う。

「対応の遅さ」が、相手に不利益をもたらす結果となっていることが少なくない。仕事がずば抜けて早い人は、それだけで光り輝くのである。仕事ができる人は、それをよく知っている。

どんな政策でも、巧遅であると信頼されない。日本の政治の対応は、世界から見たら、必ずしも信頼されていない?のではないかと思う。沖縄普天間基地移設・TPP参加・福島原発問題などの結論の出し方が遅い?

南スーダンへPKO派遣

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125pxflag_of_south_sudansvg1 南スーダンへ、日本政府は、アフリカの石油・レアメタルなどの資源が豊富といわれている国に国連平和維持活動(PKO)を派遣することを決めた。

アフリカ最大の国、スーダンから、2011年7月9日に、南スーダンは独立した。アフリカ大陸の54番目の国。首都はジュバで、人口は826万人。宗教はキリスト教とアニミズムである。

この国が世界で注目されている理由は、「新しく希望のある国家」だからではない。「石油が出る国家」だからである。現在、アフリカ6位の石油国家となっている。20年にわたる内戦で多くの難民。多くの国民が貧困や飢餓に苦しんでいる。

ダルフール問題などをおこしたり、多くの難民を出したり、大虐殺を行なったりで、20年間も戦争して、国民の40%は貧困層である。

今日の新聞各紙の社説にも書かれている。
読売・・・「南スーダン支援 意義深い陸自PKOの国造り」

朝日・・・「南スーダンーーPKO 慎重にていねいに」

毎日・・・「南スーダンPKO 役割も期待も大きい」

補給路がケニアの港湾から約2千キロという。治安が不安定な地域での活動は、困難なことである。

今回の派遣でも、武器使用基準を緩和せよという議論が一部にある。だが野田首相は、要員防護のための「最小限の使用」という従来方針を踏襲することを表明している。この判断も妥当だろう。武器使用をめぐる問題は、今回のPKO派遣と切り離して十分、議論を深めることが必要だ。

三紙とも、不安はあるものの南スーダン支援はおおむね、野田首相の判断に賛同している内容だ。アフリカでの厳しい条件のもと、確かな仕事を期待したい。

2011年11月 1日 (火)

「1秒の積み重ね」が人生

08kakunodate_koyo11 1秒の積み重ねで、1時間となり、1時間が24積み重ねて1日となる。そして1日を365積み重ねると1年となる。そして気がついたら、もう70歳を超えてしまった。子供の頃は、何でも自分の好きなことが出来る大人の社会を夢見たことがあった。

そして、60歳を超えたお年寄りは、凄いなあーと思った。あの顔の皺は勲章のように思えた。

自分は、60過ぎまでは長い道のりと思っていたが、いつの間に?、気がついたら、60歳を過ぎ、古希を過ぎてしまった。一体、長かったのか、短かったのか分からない人生だった。

さーて、これから、何時まで生きられる分からないが、一日一生の心構えで1秒・1日を大切に過ごそうと思う。京セラの創業者の稲盛和夫氏の名言がある。

「いまこの1秒の集積が1日となり、その1日の積み重ねが1週間、1ヵ月、1年となって、気がついたら、あれほど高く、手の届かないように見えた山頂に立っていたと、いうのが私たちの人生のありようなのです。」

3月11日東日本大震災・異状な夏の暑さ・台風12号・15号大雨で大きな被害があった年でもある。それも1秒の積みかさねで遠くに置き去られてしまう。時間は後戻りはしないということだ。たった今でも1秒の積みかさねは止まらない。

晩秋は落ち葉の季節

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             東京代々木公園

♪かきねのかきねの曲がりかど、たきびだたきびだ落ち葉たき・・・童謡の「たきび」が懐かしい。今日から11月、年賀はがきの発売だ。そして明日はお酉さまです。

晩秋は落ち葉の季節でもある。掃いても掃いても、あとからあとから落ち葉が風に舞い散る。

桜の木がある片倉城址公園の近くのお宅の人が言っていたが、「今年は台風12号と15号で殆ど落ちてしまい、今年は掃き掃除が楽だ」。と・・・

東京代々木公園を、落ち葉を踏みしめる足音の感触がいい、ちり積もった落ち葉が絨毯のように綺麗で、この時節ならではの光景です。

八王子市の名物の一つ国道20号(甲州街道)のいちょう並木があり、いちょう祭りを行っているが、今年は11月19日(土)20日(日)で第32回です。八王子いちょう祭りのタイトルが、≪『大正百年記念』『東日本大震災復興支援』届けよう元気を!八王子の地から(力)≫に決定しました。今年は、このテーマで、催し物が繰り広げられるそうです。

落ち葉が散乱している状態を秋の風情と見る人と、掃除が行き届いていないと思う人と、見解が分かれるところです。それでは掃除することは、どういう意味を持つのでしょうか。日本人は掃除が好きな国民であるとか、日本人はきれい好きな民族だと、他国民に比べていわれるけれど、そうなのでしょうか?・・・

八王子のいちょう並木にある商店などは、掃き掃除が毎日大変だそうだ。いちょうの葉は滑りやすいにで足を取れて転んで怪我のないように気をつけないと・・・Ityounamiki1
      八王子市国道20号のいちょう並木

 

小渕優子氏の代表質問

Natsu1  誰が書いたか知らないが、小渕優子氏の代表質問を聞いて、「私の父のほうが立派で、野田総理とは天と地の差がある」なんて普通は言わないでしょう。ましてや国会の代表質問で言うとは・・・自分が言っていることが分かっているのかな?・・・同じ選挙区の方には申し訳ないが品格が?・・・

『小渕優子氏「父と首相、天と地ほどの差がある」』 読売新聞・・・31日の衆院本会議の代表質問で、自民党の小渕優子幹事長代理が、父の小渕元首相(故人)と野田首相を比較し、首相像が似ているとの論評は誤りだと強調した。

小渕元首相は金融危機、野田首相は東日本大震災の復興と、ともに国家的危機に直面し、低姿勢で経済再生を図ろうとする姿に共通性があると評されている。小渕元首相は「冷めたピザ」、野田首相は「ドジョウ」と、ともに食に絡んだニックネームも付けられている。

初の代表質問に立った小渕氏は「就任時の環境、状況がよく似ていて、人柄も似ているかもしれない」と指摘。しかし、小渕元首相が就任から約2か月で金融再生法を成立させたことを例に「スピード感、決断力が格段に違う。天と地ほどの差がある」と述べ、野田首相には指導力が欠けていると批判した。

野田首相は「(小渕元首相に)親近感を持っている」などと答弁。小渕氏は質問後、記者団に「首相の気持ちは受け取った」と語った。

ほほ笑み

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3612 世界の人口が昨日で70億人になったそうだ。その増加は、半世紀で倍になった。今世紀には100億人になると予想されるという。一日383000人の赤ちゃんがうまれていて、日本でも2800人が生まれている。昨日10月31日にうまれた赤ちゃんは70億人目の赤ちゃんの「記念ベビー」である。

生まれたばかりの赤ちゃんをみていると、色々な表情をするものだ。あくびをしたり、目を明けたり、泣き出したり、怒ったような顔になったり、悲しんだり、そしてほほ笑むというように、百面相である。

お父さん・お母さん「生んでくれてありがとう」と言ってほほ笑んでいるような顔をすると、「サー確り責任を持って育てないと・・・」と自分も初めての子供とき気合を入れた覚えがある。

新生児の笑顔はよく一般の人に天使のほほえみと呼ばれている。ミルクを飲んだ後、昼寝の後によく観察できる。しかし、これは単に赤ちゃんが神経反射で顔の筋肉を引きつらせているだけで、特別な感情がない。

神経反射は、意識せずに神経が勝手に刺激に反応して動くことである。新生児の笑顔も一つの神経反射であり、赤ちゃんの成長とともに消えてなくなってしまう。

成長し、ほほ笑を絶やさない人間になってもらいたい。笑うということは人間の生理作用にとっても大事なことである。

笑い(ウキペディア)によって自律神経の頻繁な切り替えが起こる。この結果、交感神経と副交感神経のバランスの状態が代り、副交感神経が優位の状態になる。

副交感神経は、安らぎ・安心を感じた状態のときに優位で、副交感神経が優位な状態が続くとストレスが解消される。交感神経は、怒りや恐怖を感じたときなどの異常な事態の時に優位になる。したがってその状態が長く続くとストレスの原因になる。

身体中の様々な器官に刺激が与えられる。 NK細胞(ナチュラルキラー細胞)が活性化しガンの予防と治療の効果がある。自律神経の頻繁な切り替えによる脳への刺激により、神経ペプチド(免疫機能活性化ホルモン)が全身に分泌される。

70億人目の赤ちゃん、「おめでとうございます。ほほ笑みを絶やさない、人生を送ってくださいとお祈りします。」

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